立派なショウグンギザミ目指します!   作:ルミナリー

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後始末

――腹の底がずっしり重い。

 

「……ぷはぁ……っ、く、食った……!」

泥と血の匂いの中で、俺は四肢を投げ出して天を仰いだ。眼前には倒れ伏すドスファンゴの残骸。腹減り倍加の護石をつけていたせいで普段以上に腹は減っていたが、それでも今までのブルファンゴとは比べ物にならない量だった。だが――ほとんど食べてしまった。

 

口の中に残るのは、野獣臭さを超えてなお広がる濃厚な旨味。脂が舌を包み、嚙むたびに肉の繊維が弾けて肉汁が溢れた。ブルファンゴ肉が「獣臭いがそこそこイケる」程度なら、こいつは完全に別格だ。こんなものを毎日食えたら、俺は間違いなく化け物みたいに成長する。

 

「……ふぅ……よし……」

満腹のまま大きく息を吐き出し、立ち上がる。だが戦いの直後で、身体中がまだ痛む。膝を折るたび、ひび割れた甲殻がギシギシと軋む。さらに目の前に残るのは、肉を削ぎ取った後の骨、まだ使える皮、そして俺の鋏でもどうにか外せた大牙。全部、住処まで持ち帰らねばならない。

 

「……めんどくせぇ……」

心底ぼやきたくなった。俺の体は蟹だ。ヤドを砕かれたせいで背中も軽いが、運搬に向いた身体じゃねぇ。しかも獲物はデカい。皮一枚だけでも泥に引きずれば俺の体と同じくらいの重さがある。

 

まずは牙から。両鋏で抱え込み、泥に足を突っ張ってズリズリと引きずる。……重い。何度も足が取られ、泥に突っ込んでは悪態をつく。ようやく洞窟まで運んで置いたときには、脚がプルプル震えていた。

 

「……ふぅ、はぁ……まだ……皮と骨がある……」

二往復目。剥ぎ取った皮を口と鋏で咥え、泥の中を引き摺る。ヌルリとした感触に足を取られ、泥水を浴びて何度も転げそうになる。苛立ちながらも何とか洞窟まで辿り着くと、すでに全身ドロドロだった。

 

三往復目。骨だ。肉を削ぎ取った後の巨大な骨は、とにかく長くて扱いにくい。両鋏に抱えても地面にぶつかって転がるし、何度も躓きながら少しずつ進めていく。途中で「……俺、何してんだ……小さな蟹が、猪の死骸をせっせと運ぶって……」と情けなくなる。だが投げ出すわけにはいかない。

 

「……あと少し……」

息を切らし、震える脚を引き摺りながら最後の骨を住処に転がし入れたとき――ようやくすべての戦利品が揃った。

肉も食い切った。牙も皮も骨も運び切った。

 

「……お、終わった……」

その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように体が崩れる。戦いの疲労、満腹で重い腹、そして延々続いた往復作業のだるさ。全部が一気に肩にのしかかり、床に突っ伏した。

 

「……もう……動けねぇ……」

泥だらけの鋏を枕代わりに、半分意識を失いながらぼやく。

戦利品を整理する気力もない。ただヤドを失った背中がやけに涼しく、空気が心地よく感じられる。

 

「……勝った……俺の、勝ちだ……」

小さく呟いたところで、意識は闇に落ちた。

――こうして俺は、満腹と疲労に押し潰され、戦利品に囲まれながら眠りに落ちていった。

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