ぬかるんだ地面を、ずるずると引きずる音が響く。
湿った土の上に残る深い溝は、ドスファンゴの頭骨を運んできた証。重い。
けれど、それ以上に胸の奥の重みの方が、どうにも動かしづらい。俺は振り返る。そこには、かつて泥にまみれ、恐怖に震えていた俺の「住処」がある。
ケルビの毛皮を敷いた小さな巣。
湿気と腐葉土の匂いが染みついた、俺の“日常”だった。
……ああ、よくここまで来たもんだ。
魚を追い損ねて虫を食った日。毒を浴びて倒れた夜。
リオレウスの影に怯え、死にたくなくて、ただ生き延びた。
気づけば脱皮を繰り返し、甲殻は厚く、鋏は鋭くなっていた。
それでも、まだ弱い。まだ、小さい。
でも、行かなきゃならない。火山へ。
俺は再び頭骨を引きずる。
“ドスファンゴの証”。戦った末に得た、最初の「勝利」の象徴。
だが、ここに置いていくのは危うい。
ハンターが見つけたら、俺の存在も痕跡も消される。
……なら、あいつに託そう。
沼地の奥。岩の裂け目に口を開ける小さな洞窟。
近づくと、乾いたカチカチという音が聞こえた。
あいつ――“ガミザミ”だ。俺より少し小さく、やたら陽気なやつ。
今日も両の鋏を広げ、バンザイのように挨拶してきた。
「……お前、またやってるのか」
洞窟の奥では、大小さまざまな頭骨が整然と並んでいた。
ケルビ、ブルファンゴ、ゲリョス、リオレウス――そして、どれも磨かれている。
こいつ、本当に頭骨フェチなんだな……。
俺は引きずってきたドスファンゴの頭骨を、どさりと置いた。
その瞬間、あのガミザミの目が輝いた。キチキチと高い音を立て、興奮気味に俺の周りをくるくる回る。
どうやら気に入ったらしい。
「……頼む。預かってくれ。もし、俺が帰ってこなかったら――お前のコレクションにしてくれ」
もちろん、言葉なんて通じない。でも、伝わったような気がした。
あいつは何度もバンザイポーズを取って、鋏をカチカチ鳴らした。
まるで「任せろ」とでも言うように。
俺は背中のヤドの中から干したドスファンゴの肉がいくつか入っている。そのうちの一切れを前に放ると、あのガミザミは素早く受け取り、まるで宝石でも噛み締めるように味わった。その様子に思わず笑いそうになる。
「……お裾分けだ。元気でやれよ」
洞窟の外に出ると、沼地の風が重く肌を撫でた。
湿った風の中に、焦げたような熱気が混じる。
――火山は、遠い。
振り返ると、洞窟の前であのガミザミが立っていた。両の鋏を高く掲げ、まるで見送りの儀式のように。その小さな姿が、泥と霧の中で滲む。
俺はゆっくりと鋏を上げ、同じく掲げ返す。互いに言葉はない。ただ音だけが交わる。
カチ、カチ、カチ――。
まるで、別れを惜しむ鼓動のように。そして俺は、背を向けた。
沼地を出るための一歩を踏み出す。足元の泥が鳴るたびに、何かが遠ざかっていく気がした。
――また会えるといいな。
あのバンザイ野郎と。