「うわぁぁーん! ここどこぉ!? 絶対さっきもこの倒木見たってぇ!!」
情けない声が森の中に吸い込まれていく。
木々のざわめきが答えの代わりみたいに揺れた。
――どうも。カッコつけて旅立ったのはいいものの、見事に森で迷子になりました。はい。
いや、笑うなよ、誰もいないのに……なんだこの湿気!
ぬるい風が甲殻の隙間を撫でて、変にむず痒い。
火山へ向かってたはずなのに、気がつけば周囲はどこもかしこも木、木、木!
天を覆う枝葉、うねる根、絡み合う蔦。ゲームの“森エリア”の軽いイメージを信じた俺がバカだった。これは「The 森」だ。容赦なく湿って、息が詰まるほど生き物の匂いが濃い。
「ま、まぁ、食いもんはあるし……なんとかなるだろ」
樹皮をめくれば芋虫がびっしり。落ち葉の下にはダンゴムシみたいなやつがうごめいてる。木の根元ではキノコが群生していて、ひとつ試しに齧ってみたら――ピリッと酸っぱくて、ちょっと悪くない。
うん、飢え死にの心配はない。
問題は、どこへ向かってるのか、まったく分からないことだ。方向感覚が狂う。木の幹には同じような苔、地面には同じような模様の根。遠くで鳥のような鳴き声がしても、それが右か左かも判然としない。
……いや、鳥じゃないな。あの声、どこか湿ってる。カエルか? いや、もっと……。
ピシィッ!っと鋏を反射的に構えた。茂みの奥で何かが動いた。なんだケルビか、驚かせやがって。少なくとも俺を見て逃げる気配はない。
「お、おーい……お前、迷子か? 仲間、どこ行った?」
……もちろん、返事はない。
そいつはしばらく俺を見つめて、ゆっくりと茂みに消えた。残ったのは湿った足跡だけ。
なんだよ、こんな森の奥にも生き物がたくさんいるのか。
妙に心細くなって、あのガミザミのバンザイ姿を思い出した。
あいつ、今ごろドスファンゴの頭骨を磨いてるんだろうな。
「……帰ったら、ちゃんと磨き方教わろ」
呟いた瞬間、風が変わった。
ぬるい湿気に混じって、どこか焦げたような臭い。
鼻をくすぐる刺激臭――知ってる。
炎
そして、風の向こうで何かが「ゴォォォ」と唸った。血が凍った。まさか、リオレウス……? いや、遠い。けど確かに、あの風圧。あの音。
森の木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立つ。俺は慌てて倒木の陰に身を伏せた。ぬかるんだ泥の中に体を沈め、呼吸を殺す。鋏がカチリと鳴りそうになり、慌てて口を閉ざした。頭上を、巨大な影がゆっくりと通り過ぎていく。木漏れ日の一瞬の切れ間に、赤い翼の一部がちらりと見えた。
……リオレウスだ。
あの恐怖が、胸の奥にまたじわりと戻ってくる。
ゲリョスの毒を浴びたときの、あの理不尽な痛み。
ハンターに見つかったら一巻の終わり。
でも、あいつ――あのリオレウスだけは、違う意味で恐ろしい。俺を狩る理由がなくても、ただの縄張り意識で焼き払ってくる。
息を止め、音が遠ざかるのを待った。心臓の鼓動が耳の奥でドクドク鳴る。数分経っても、まだ手足が震えていた。
「……はぁ……やっぱ、森って怖ぇ」
鋏で泥を拭いながら、ため息を漏らす。焦げた風は、もうほとんど感じない。リオレウスは去ったらしい。
空を見上げると、木々の間からほんのわずかに赤みが差していた。
――あの方向だ。火山。
あそこまで行けば、俺はもっと強くなれるはずだ。甲殻が、ほんのわずかに軋んだ。恐怖も、不安も、まだ消えちゃいない。
それでも、進むしかない。あのバンザイ野郎に胸張って帰るために。俺は鋏を構え、ぬかるむ地面を踏みしめた。森の奥へと――火山の方角へと、また一歩。