「……さすがに、限界か」
ハサミを動かすたび、背中が突っ張って軋む。殻の継ぎ目がひび割れ、動くたびに細かい粉が舞い落ちた。
乾いた熱気の中で、その“ゴワつき”はもはや鎧ではなく、足枷に近い。
ここまでよく保ったもんだ。
森の湿気で伸びた殻が、今じゃこの乾燥で縮み、体に張り付いている。
これ以上動き続けたら、ひびが広がって、脱皮不全……最悪、命取りになる。
「どこか……いい場所を探さねぇとな」
見渡せば、黒ずんだ岩と、茶色く焦げた木々。
風は熱を含んで重く、砂と灰を巻き上げながら吹き抜けていく。
地面にはひび割れが走り、小さな亀裂から湯気が漏れていた。地の底に、確かに“火”がある。
この熱を利用すれば、きっと殻も柔らかくなる。
ただし、やりすぎれば焦げる。微妙な塩梅だ。
俺は岩陰を選びながら進んだ。
斜面を登り、乾いた木の根を避けて、風下に体を伏せる。熱が直接当たらず、風が通る場所――理想的な脱皮場を探す。
火山地帯の入り口とはいえ、油断すれば焼け死ぬ。
「……この辺り、悪くねぇな」
眼前には、崩れかけた岩壁があった。
その隙間から、ほのかに温かい風が吹き出している。触れればじんわりと温かく、手を引っ込めれば涼しい。
風の流れがある証拠だ。ここなら熱がこもりすぎない。
俺はその場に腰を落とし、ハサミで岩を軽く叩いて形を整えた。
ごつごつとした岩肌が削れ、ちょうど体が収まるくぼみができる。
「ふぅ……ここなら、いける」
体を丸めると、ひび割れた殻がギシギシと鳴った。
痛みはある。けれど、その痛みが“限界の合図”だ。
殻の内側で、新しい自分が生まれようとしている。
あの森で得た毒も、強くなった筋も、すべてをこの一枚の下に封じ込めてきた。
それを今、脱ぎ捨てる。
「……やるか」
深く息を吸い、体内の熱を巡らせる。
胸の奥がじりじりと熱くなり、甲殻の合わせ目から音を立てて裂け目が走った。“ビキッ”という音とともに、背中が開く。
灼けた風がその隙間に流れ込み、蒸気のような白い気が立ち上った。
痛みが走るたび、呼吸が荒くなる。だが止められない。
今ここで、脱ぐんだ――火山に踏み入る前に。
古い殻を押し割りながら、全身をくねらせる。
乾いた殻が砕け、細かな灰と混じって舞い上がる。
焼けた空気の中、新しい殻が光を受けて赤く煌めいた。
まるで火に焼かれた金属のように、薄く、しなやかで、熱を映す。
「……はぁ……っ」
脱け出した瞬間、全身の力が抜けた。岩肌に身を預け、しばし動けない。
外した殻はすでに白く乾き、風に吹かれて崩れ始めていた。
あれが、かつての俺のすべて。もう戻ることはない。
「悪くねぇ……軽い」
ハサミを動かすと、音が違う。
新しい殻は滑らかで、風を受け流す。
動くたびに筋肉が軽く、視界が鮮やかになる。
“生まれ変わった”という言葉では足りない。
ただ、生き残った。それだけで十分だ。
風がまた吹き、灰が舞った。
新しい殻の上で、灰が溶けるように消えていく。