鼻を刺すような酸い匂い――毒の気配だ。
乾ききった岩肌を進んでいた俺は、その匂いに足を止めた。
岩陰からのぞくと、赤橙の鱗をした数匹のイーオスが群れている。痩せた獲物の肉を噛み裂き、舌を這わせ、地面に紫の泡を垂らしていた。
イーオス。
あの毒をまき散らす、小型の群生獣。
あいつらの毒袋を手に入れれば――俺の毒鎌はもっと研ぎ澄まされる。
「いいな、ちょうどいい相手だ」
喉の奥で低く笑い、俺は岩陰を滑るように進む。
火山の空気は熱く、風は乾き、息をするたび甲殻の中が焼ける。
その熱さえ、いまは気にならない。
毒の匂いに、体の奥が反応している。
群れは五匹。どいつも気が緩んでいる。
頭を上げた一匹が尻尾で地面を叩いた。獲物の残骸に夢中で、こちらを警戒する様子はない。
――なら、今だ。
地を蹴る。
砂が弾け、岩の隙間を抜けて俺は飛び出した。
最前の一匹が「ギャッ」
と声を上げた瞬間、右の鎌がその首を薙ぐ。
赤橙の鱗が舞い、紫の血が飛び散った。
続けざま、左の鎌で別の個体を地に叩きつけ、毒袋の位置を狙って一息に切り裂く。
濃い紫の液が地面に広がり、蒸気を上げた。
熱と毒が混じり合い、空気がゆらめく。
胸の奥がざわめく。
まるで自分の中の毒が反応しているかのようだ。
「……悪くねぇ」
残りの三匹が牙を剥く。
小さな咆哮を上げながら一斉に飛びかかってくる。
だが、その牙は俺の殻を掠めるだけで、ほとんど通らない。
“キンッ”と乾いた音が響き、イーオスの歯が欠けた。
「おいおい、それじゃ噛みきれねぇぞ」
ハサミを振るう。
反撃というより、掃除に近い。
一匹を弾き飛ばし、もう一匹を地面に叩きつける。
血が、毒が、砂と混ざって黒紫に変わる。
やがて、最後のイーオスが痙攣して沈黙した。
地面は紫の染みで覆われ、焦げたような匂いが立ちこめる。
「……ふぅ、少しは手応えがあるかと思ったが」
俺は倒れたイーオスの喉を裂き、毒袋を摘み取った。
中に溜まった液体は濃く、重い。
これを取り込めば、さらに強い毒になる――そう確信できた。
だが。
聞こえてくる
イーオスより重い足音。
「ドッドッドッ……」と、低く響く振動。
風が止まり、空気の色が変わる。
岩の向こうから現れたのは、一回りも大きな影。
ドスイーオス。
群れの長。
鮮やかな朱の鱗を光らせ、喉を膨らませてこちらを睨んでいる。目は赤く濁り、息とともに紫の霧が漏れた。
「……やっぱり出てきたか。親分の登場ってわけだ」
その声に反応するように、ドスイーオスの背鰭が逆立った。
次の瞬間、喉の奥が泡立ち――毒液が弾丸のように放たれた。
俺は岩の影に飛び込み、液を避ける。
“ジュッ”と、岩肌が溶ける音。
もしまともに浴びていたら、甲殻ごと焼かれていたかもしれない。
「……ふぅ、子分よりずっとやるじゃねぇか」
あいつの毒は濃い。
匂いだけで喉が痺れる。
それでも、恐怖より先に湧いてくるものがある。
欲だ。
――その毒袋、俺のものにする。
ハサミを構える。
体の中で毒がうずく。
強くなるための衝動が、心を焼く。
ドスイーオスが咆哮した。
地面が揺れ、熱風が吹き抜ける。
紫の霧が辺りを覆い、視界が霞む。
俺はその中に飛び込んだ。
毒の匂いが濃く、空気が熱を帯びる。
「さあ……勝負だ、親分!」
咆哮が交差し、鎌が唸りを上げた。