ラングロトラは腹を押さえながら数度転がると、そのまま後方へ大きく距離を取った。
「ちっ!」
思わず舌打ちする。
「もう少し毒を突き刺してやりたかったんだけどなぁ……!」
あと数発入っていれば、毒ももっと回っていただろう。
惜しかった。
そんな俺を睨みつけながら、ラングロトラは低く身構える。
ゴロ……
ゴロゴロ……
丸まる。
「お?またか?」
思わず笑みがこぼれる。
「また転がるのか? 学ばないねぇ!」
俺も再びハサミを構える。
さっきと同じだ。真正面から迎え撃って、背中に突き刺す。
ゲームで何度もやった。今度も返り討ちだ。
ゴロゴロゴロゴロッ!!
(馬鹿め!またカウンターで転ばせてやるぜぇ!。)
そう思った――その瞬間だった。
……ゴロ……
ゴロゴロ……
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「……ん?」
音が、二つ?
いや、違う。
ラングロトラの転がる音じゃない。
もっと重い。もっと低い。
地面そのものが揺れているような轟音。
そして奴の後ろから見える奴より巨大なもの
「…………」
一瞬だけ、背筋が凍る。
「……あ。」
俺は構えを解いた。
そして。
「やっっっっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
踵を返して全力疾走。
火山の岩場を必死に駆ける。
◇ ◇ ◇
(……なんだ?)
ラングロトラは困惑した。
優勢だったはずの獲物が突然背を向けて逃げ出した。
(ようやく俺の恐ろしさに気付いたか。)
鼻を鳴らす。
転がる速度をさらに上げる。
(そうだ……逃げろ。)
(そのまま押し潰してやる。)
獲物は逃げる。
追う。ただそれだけ。
ラングロトラは満足そうに転がり続けた。
後ろで何が起きているかも知らずに。
◇ ◇ ◇
「やばいって!!」
全力疾走。
「やばいってやばいって!!」
脚がもつれそうになる。
「あれはシャレにならんってぇぇ!!」
俺が恐れていたのはラングロトラじゃない。
あんな爆丸モドキ、まだどうにかなる。
問題は。そのさらに後ろ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地響き。岩が跳ねる。
熱気すら震えている。
「主任ぃぃぃぃ!!」
いや違う。
「ウラガンキンだぁぁぁ!!」
誰に訂正してるんだ俺は!!
そんなことどうでもいい!!
「あれは無理ぃぃ!!」
転がる岩石
転がる災害。
あんなのに轢かれたら甲殻なんか残らない。
俺という存在が消える。
「おい!!」
俺は前を走りながら叫ぶ。
「お前も後ろ見ろよ!!」
ラングロトラへ向かって怒鳴る。
「俺なんか構ってる暇ねぇだろバカぁぁ!!」
しかし届かない。
ラングロトラは勘違いしていた。
(逃げながら喚いている。)
(臆病者め。)
(今すぐ潰してやる。)
「いや違うんだってぇ!!」
涙目になる。
「なんで二匹に追われなきゃならねぇんだよぉ!!」
「主任の野郎どっち狙ってんだぁ!!」
ヤバい。本当にヤバい。
「くそぉ!!」
ヤドをガサゴソ漁る。
「何か! 何かねぇか!?」
骨瓶。
鉱石。
護石。
食べかけの鉱石。
そして。
「……ん?」
一つの骨瓶が転がり出た。
「これ……」
いつも使ってる爆破骨瓶より大きい。
いつものニトロダケじゃない。
「鬼ニトロダケのやつ?……?」
危険すぎて封印していた試作品。
「あー……そういや作ってしまってたな。」
一瞬だけ固まる。
そして。
「……これしかねぇ!!」
俺は進路を読む。
ラングロトラが転がる軌道。
そのど真ん中。
骨瓶をゴトッと置いた。
「頼むぞぉぉ!!」
俺だけ全力ダッシュ。
数秒後。
ラングロトラがその上を通過する。
そして
「……あ。」
ドゴォォンッ!!!
火山全体を揺らすような爆音。
爆炎が噴き上がる。
走りながら俺は振り返った。
「おっ!」
ラングロトラが盛大に吹き飛び、何度も地面を転がってひっくり返っている。
◇ ◇ ◇
(あいつ……!)
(小細工を――)
怒りに燃えながら顔を上げる。
その視界いっぱいに映ったのは。
目前まで迫った、巨大な岩塊。
ウラガンキンだった。
ラングロトラの思考が止まる。
「…………?」
ぽかん、と口を開ける。
次の瞬間。
ゴッッッ!!!
巨大な質量が、その小さな身体を飲み込んだ。
◇ ◇ ◇
俺はその光景を最後まで見なかった。
いや、見たくなかった。
ただ必死に走り続ける。
そして遥か後方から――
「ピギャアアアアアアァァァァァァッ!!!」
火山中に響き渡る、あまりにも哀れな断末魔だけが聞こえてきた。
「……南無。」
思わず手を合わせそうになった。
「だから後ろ見ろって言ったのに……。」