重い。
小さな身体の関節にギシギシと負荷がかかる。引きずる音が湿った草と泥に混じって、這うように小洞穴へ続いていく。
「……よし、もう少し、もう少しだ」
息が荒い。というか、今の俺はエラ呼吸なのか? 口で息してるつもりなのに喉が泡立ってるみたいな感じで苦しい。だけど今だけは疲れも関係ない。ただ――この重たい、暖かい、柔らかい“肉の塊”が、俺の眼前にあるのだ。
ケルビ。
華奢なシルエット、緑がかった短毛、そして死の直前まで警戒を緩めなかったあの瞳――。
ようやく、仕留めたのだ。最初は岩陰から数日観察して、あの水場でいつも水を飲むケルビたちのルートを把握し、そっと地中に潜み、呼吸を抑えてただ機を待った。何度も失敗し、穴を掘るだけで丸一日消費し、雨に濡れ、足を攣りながらも、ついに、あの青白い首筋にハサミを突き立てた瞬間――
「……うぉおおおおおおおおおおぉぉ!!」
ハサミを大空に突き上げ、バンザイの形で吠える。ガミザミ特有の甲高くガシャガシャと響く鳴き声が洞穴の入り口に反響して、異様に誇らしい。
もう、我慢できなかった。
ゴトリとケルビを洞の奥へと放り込むと、俺は即座にその胴体へとにじり寄る。
「……じゃあ、いただきます……!」
右の螯で皮を裂く。ぐにゅ、と皮下脂肪が露出する。ぬめるような質感に一瞬たじろぐが、空腹の方が勝った。
ぶちり。
肉を切り裂き、そのまま直接――食らう。
「……うめっ……うめぇえええぇっ!! なにこれ!柔らかっ!じゅんわりしてるし、なんかレバーっぽい!!」
脂の甘味が口に広がる。匂いも濃いのに嫌な生臭さはない。舌にまとわりつく血の味すら、妙に心地よい。これは……ホワイトレバー?
ゲームの説明通りに真っ白のレバー
「これは……これまでで一番うめぇぇぇぇ!!」
左の螯で脇腹を裂いて、内臓をぐちゃりと掴み出す。ガミザミのハサミって意外と器用だ。食べやすくちぎれるし、口まで運ぶのも簡単。しかも舌がそれに応じた進化をしてるのか、違和感なく咀嚼できる。
筋張った部位は繊維ごと裂けて、奥歯で潰すように噛めば、血の旨味がジュワリと溢れてくる。
胃の中に熱が満ちていく。うまい。うまい。うまい。生まれて初めて、虫じゃない“まともな肉”にありつけた。しかも、狩って、仕留めて、運んで、自分の手で食べる……いや、ハサミでだが。
「もっと、もっと食わせろ! 脚、脚も美味そうだ!」
ケルビの腿を切断。細い骨を器用に外し、関節をパキリと外して、筋肉をかじる。これは少し硬いが、嚙むごとにしっかり旨味が出てくる。
「……ああ、マジで生きてるって感じするわ……。これだよ、モンスターハンターの世界で、ようやく“肉”ってやつを味わえた!」
腹が……膨れてきた。
ふう、と長い息をついて、残った骨と内臓を見下ろす。まだ食べられる部分はあるが、今日はもう十分だ。体の内側が熱い。満たされたというより、満足でいっぱいだ。
俺はケルビの死骸の隣で、背をもたれて寝転がった。甲羅がゴリゴリしてちょっと痛いが、それでも心地よい疲労感。
「……キシシ、狩猟生活、第一歩だな」
ケルビ一頭。それだけだ。でも、その一頭を仕留めるのに、どれだけの時間を使ったか。どれだけの空腹を、どれだけの飢えを、どれだけの執念を費やしたか。
それが、肉になった。俺の腹に、満足に、なった。
「明日から……どうしようかな」
天井を仰ぐ。相変わらず洞窟の上部は岩のような殻で覆われ、微かな光が亀裂から差していた。外は昼か、それとももう夕方か……。
ケルビの肉は日持ちしないだろう。明日には匂いも強くなってくるし、他のモンスターを引き寄せるかもしれない。
俺はもう、ガミザミだ。肉体の制限、能力、知性、全てが限界つき。それでも――生きて、食べて、狩って、強くなって、ショウグンギザミに……いや、いずれは、鎧裂まで――!
「……でも、今は、寝よ……」
食った直後だし。
体も重いし。
なにより、幸せすぎてもう、動けない。
俺は甲羅を閉じて、まどろみへと落ちていった。満腹と、肉の匂いと、ほんの少しだけの……勝者の誇りとともに。