またもベイビーの拳が、バサルモスの横っ腹に叩き込まれた。
ドゴォンッ!!
爆発とともに、腹部の甲殻が大きく弾け飛ぶ。砕けた岩のような破片が周囲に散らばり、その下から赤い生身が露出した。
「おおっ! やったな、ベイビー!」
見事な部位破壊である。
ゲームでもよくある光景だ。硬い甲殻を破壊することで、その下に隠れていた弱点が露わになる。しかも今回は、俺が背中に張り付いて攻撃し、ベイビーが横から爆破を叩き込むという連携まで決まっている。
まさに乗り攻撃を仕掛けているようなものだ。背中を攻撃され、腹を爆破され、毒まで流し込まれたバサルモスにとっては、たまったものではないだろう。
「グオオッ!?」
ひときわ大きな咆哮が響いたかと思うと、バサルモスの巨体がぐらりと傾いた。
そして――ドォンッ、と地面を揺らしながら倒れ込む。
「おっ、ダウンした!」
どうやら、今までの攻撃が相当効いていたらしい。そりゃそうだ。硬い背中を散々突き刺され、毒まで食らい、挙げ句の果てには腹の甲殻を爆破で吹き飛ばされたのだ。むしろ、よくここまで耐えたものである。
さらに、先ほどまで赤く染まっていた背中も、いつの間にか元の岩色へと戻っていた。
「あら、赤熱化も解除されたか。まぁ、あれだけ暴れ回ってりゃ冷めもするかねぇ」
とはいえ、今はそんなことを気にしている場合ではない。
せっかくのダウンだ。ここで一気に畳み掛ける!
「よっしゃ、弱点に追撃だぁ!」
俺はバサルモスの背中から飛び降り、破壊された腹部へと回り込んだ。露出した生身に鋏を構え、狙いを定める。
「これでも食らいやがれ!」
ズブリッ!
鋏の先端が、柔らかな肉へと深く突き刺さった。
「グギャアアアアアッ!!」
バサルモスが悲鳴じみた咆哮を上げる。
その傷口へ、俺は爆破も炸裂させる。
ドゴォンッ!!
「ゴアァァァオオッ!!」
腹の奥で爆発が起きたことで、バサルモスの身体が大きく跳ねる。苦しげに四肢をばたつかせ、地面を引っ掻くように暴れていた。
「おお……効いてる、効いてる! こりゃ相当なダメージだぞ!」
見ているこっちが少し心配になるくらいの反応である。
いや、まあ、狩りなんだから仕方ないんだけどさ。ここまで効果があると、逆にちょっと引くな……。
だが、今は手を緩めるわけにはいかない。こいつが起き上がる前に、もう一発ぶち込んでやる!
「さぁて、もういっちょ――」
「グオッ!グオオオオオッ!!」
……ん?
今のは、バサルモスの声じゃない。
俺は鋏を構えたまま、声のした方向へと目を向けた。
そこには、少し離れた場所でこちらを見ているベイビーがいた。いつもなら爆発に夢中になって突っ込んでくるはずなのに、なぜかその場から動こうとしない。
それどころか、どこか焦ったように何度も吠えている。
「ん? どうした、ベイビー? そんなところで……」
なんだなんだ。まだ攻撃が足りないとでも言いたいのか?
いや、でも、さっきから様子がおかしい。こっちへ来ようとするどころか、むしろ少しずつ後ずさっているような……。
「……おい、どうしたんだよ。そんな焦った声出して――」
ベイビーが、もう一度大きく吠えた。
その声を聞いた瞬間、俺はようやく気づいた。
こいつ、俺に何かを知らせようとしているのか?
そう思い、ベイビーの視線を追いかけるように、ほんの一瞬だけそちらへ顔を向けた。
その瞬間だった。
ゴォオオオオオオオッ!!
「……は?」
耳をつんざく轟音。
次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの熱線が、俺のいる場所へと一直線に放たれた。
しかも、その威力は先ほどのバサルモスのものとは比べものにならない。空気そのものが焼けるような熱気と、岩肌を抉りながら迫る光の奔流。
あ、これ。
ヤバいやつだ。
そう理解したときには、もう遅かった。
「ちょっ――」
ドッゴォオオオオオオンッ!!
爆音と衝撃が周囲を揺らす。
俺は反射的に身を縮め、目の前の巨大な影にしがみついた。
……あれ?
熱くない。
いや、熱いには熱いんだが、直撃したときのような焼ける感覚がない。
恐る恐る顔を上げる。
目の前にあったのは、倒れたバサルモスの身体だった。
そう。ダウンしたバサルモスが、俺と熱線の間に割り込む形になっていたのだ。あの巨体が壁となり、俺は奇跡的に直撃を免れたらしい。
「…………」
助かった。
いや、助かったんだけどさ。
「……なに今の?」
俺はバサルモスの身体に隠れたまま、熱線が飛んできた方向へ目だけをそろりと覗かせた。
そこにいたのは、漆黒の巨体。
岩のように巨大な身体。全身を覆う黒々とした甲殻。そして、こちらを睨みつける、恐ろしいほどの威圧感。
……うん。
知ってる。
知ってるぞ、まずいぞあれ。
あの姿を見間違えるはずがない。
「グラビモス亜種……」
黒鎧竜。
バサルモスが成長した先にいる、グラビモス。その亜種である。
いやいやいやいや。
ちょっと待って?
なんでいるの?
いや、火山なんだからいてもおかしくはない。おかしくはないんだけど、今このタイミングで出てくる!?
俺は目の前の巨体を見ながら完全に思考停止していた。
そして、ふと気づく。
……あれ?
バサルモスって、グラビモスの幼体だよな?
ということは、もしかして……。
「あっ、ど、どうも〜……お父様〜……」
思わず、片手をひょいと上げてみる。
「……いや、それかお母様かな……?」
知らんけど。
どっちにしても、子供の前で親に挨拶するみたいな状況になってしまった。
いや、俺が殺しかけてたんだけどね?
……うん。
今のは忘れよう。
そう思っていた、そのとき。
グラビモス亜種が、再び口元へと熱を集め始めた。
「…………え?」
ちょ、待っ――。
ゴォオオオオオオオッ!!
「ちょぉいっ!? 俺じゃなくておたくの子のほうがあなたのブレスで焼かれてますけどぉ!?」
再び放たれた熱線が、倒れているバサルモスの巨体を直撃した。
轟音とともに周囲の岩肌が焼け、凄まじい熱風が吹き荒れる。
俺は慌てて身体を伏せ、熱線が通り過ぎるのを待った。
……いや、いやいやいや。
何してんの、あの親!?
息子じゃないの!?今、息子っぽいのを焼いてなかった!?
しばらくして熱線が止む。
俺は再び、バサルモスの身体からまたも目だけをひょこっと覗かせた。ついでに焼かれたバサルにも声をかける。
「……お、おい。大丈夫か、バサルよ……?」
返事はない。
まあ、そりゃそうか。さっきから散々攻撃していたし、毒も回っている。腹の甲殻だって破壊されていたのだ。そこへ、あのとんでもない熱線を直撃させられたら……。
恐る恐る、バサルモスの様子を確認する。
……動かない。
ピクリとも動かない。
「…………」
「し、死んでるぅぅ!?」
バサルモスは、こと切れていた。
いやいやいやいや! 待て待て待て!
俺が攻撃していたのは事実だ。甲殻を破壊したのも、毒を仕込んだのも、腹の中で爆破させたのも俺とベイビーだ。
でも、最後にトドメを刺したのはお前だろぉぉぉ!?
俺じゃない! 俺だけのせいじゃないからな!?
そんな俺の叫びが聞こえたわけでもないだろうが、グラビモス亜種は怒り狂ったように咆哮を上げた。
「グオオオオオオオオオッ!!」
地面が震える。
その巨体から放たれる怒気に、俺の身体が本能的に強張った。
……あ、これ。
完全にキレてる。
子供を失った怒りなのか、それとも目の前にいる俺を犯人だと思っているのか。あるいは、その両方か。
どちらにせよ、話し合いが成立する雰囲気ではない。
「いやいやいや!俺のせいじゃなくね!?確かにボコボコにはしたけどさぁ!最後に焼いたのお前じゃん!!」
当然、返事はない。
代わりに、グラビモス亜種が大きく息を吸い込んだ。
「……あっ」
口元に集まる熱。
見覚えがありすぎる予備動作。
「うそぉぉぉぉぉっ!? また熱線かよぉぉぉ!!てか撃ちすぎぃぃ!」
ゴォオオオオオオオッ!!
「ぎゃあああああああっ!!」
俺はバサルモスの身体を盾にしながら、必死に逃げ道を探した。
だが、グラビモス亜種は容赦なく熱線を連発してくる。地面が焼け、岩が砕け、周囲があっという間に地獄絵図へと変わっていく。
「おいおいおい! そりゃないぜぇ!?ベイビー!一旦退避だ!逃げるぞぉぉぉ!!」
俺が叫ぶよりも早く、ベイビーはすでに駆け出していた。
いつものように爆破で立ち向かうどころか、こちらを振り返る余裕すらなく、別エリアへと続く通路に向かって全力疾走している。
「おぉぉぉいっ! お前!俺を置いて逃げてんじゃねぇぇぇ!!」
待て待て待て! 相棒だろうが! こういうときこそ協力して――いや、うん、わかる! あれは無理だ! 俺だって逃げたい!
俺はバサルモスの死体を盾にするのを諦め、鋏を振りながら地面を蹴った。
「待てぇぇぇ! ベイビィィィィィィ!!」
背後から、再び熱線の轟音が迫る。
俺は人生で一番必死な勢いで、別エリアへと続く通路に向かって猛ダッシュした。