「ぜぇ……ぜぇ……! し、死ぬかと思った……!」
なんとか別エリアまで逃げ切った俺は、その場にへたり込みながら荒い息を吐いていた。
いや、マジで危なかった。あと少し逃げるのが遅れていたら、今頃はこんがり焼けたガミザミの丸焼きになっていたかもしれない。
あの黒いグラビモス亜種、マジで容赦がなさすぎるだろ……!
「おまっ……ベイビー! お前なぁ!」
俺は息を整えると、先に逃げていた相棒へと詰め寄った。
ベイビーはというと、少し冷や汗を垂らしながら、露骨にそっぽを向いている。
「いや、こっち見ろや! お前、俺を置いて逃げただろうが!」
「……グルゥ」
聞こえませーん、とでも言いたげな態度である。
いや、絶対に聞こえてるよな? その気まずそうな反応が何よりの証拠だぞ!
「ったく……。相棒を置いていくとは、どういう了見だよ!」
俺が文句を言い続けていると、ベイビーはますます顔を背けた。
……いや、まあ。うん。
あれは逃げるか。
俺だって、あの場にいたら全力で逃げる。というか、実際に全力で逃げてきたわけだしな。
相手はあのグラビモス亜種だ。しかも、こちらを完全に敵と認識しているらしく、熱線を連発してくる始末。あんな化け物を相手に、ガミザミとベイビーのブラキディオスが立ち向かったところで、どうにかなるとは思えない。
「……確かに、あれは逃げるよなぁ」
「グルッ!」
俺の言葉に、ベイビーが素早くこちらを振り向いた。
お前、そこだけは反応がいいな!?
「いや、納得はするけどさぁ……。なんかこう、モヤモヤするんだよなぁ……」
相棒を置いて逃げたことについては、まあ、仕方ないとしよう。俺だって似たようなことをしたかもしれない。
それに、グラビモス亜種の存在を知らせてくれたのはベイビーだ。あの警告がなければ、俺は気づくのが遅れて熱線をまともに食らっていた可能性だってある。
そこは素直に感謝している。
……しているんだが。
「いや、確かに教えてくれたのはありがたいんだけどさぁ……逃げるときも一声くらいかけてくれてもよかったんじゃないか?」
危険を知らせてくれたのはいい。だが、肝心の逃げる段階になったら、こっちを置いて真っ先に走り出したのはどうなんだ。
せめて「逃げるぞ!」くらいの合図があってもよかったと思うんだが。
……いや、あの状況でそんな余裕があるわけないか。
うーん。やっぱり納得するしかないのかねぇ。
俺はため息をつき、疲れた身体を引きずるようにして立ち上がった。
「……で、あいつ、まだいるんかねぇ?」
気になるのはそこだ。
さっきの様子を見る限り、グラビモス亜種は完全にブチギレていた。子供を失ったのだから当然といえば当然なのだろうが……。
「いや、だからってトドメを刺したのはアイツなんだけどなぁ……」
思わず、そんな愚痴が漏れる。
確かに俺もバサルモスを攻撃していた。腹の甲殻を破壊したし、毒も仕込んだ。ダウンしたところに追撃までしていたのだから、無関係だとは言えない。
だが、最後に焼いたのはあいつだ。
どう考えても、俺だけが悪いわけじゃないだろ。完全にとばっちりだ。
……まあ、そんなことを本人に訴えたところで、熱線が飛んでくるだけだろうけど。
「よし。ちょっと様子を見てくるか」
俺がそう言うと、ベイビーがこちらを向いた。
……ん? なんだ、その顔は。
まるで、また行くの? あそこに? とでも言いたげな表情である。
「いや、ちょっと確認するだけだって」
「……グルゥ?」
ベイビーは疑わしそうに俺を見つめている。
いやいや、そんな目で見るなよ。別に戦いに行くわけじゃないんだからさ。
「ほら、あいつがまだいるのかどうか、ちょっと見るだけ。な?」
そう言って、俺は先ほど逃げてきた通路へと向かった。
もちろん、堂々と姿を見せるつもりはない。あんな相手に正面から近づくなんて、命がいくつあっても足りないからな。
通路の端から、そーっと。
そーっと、顔を出す。
そして、目だけをひょこっと覗かせた。
「…………」
いた。
漆黒の巨体が、先ほどとほとんど変わらない場所にいる。
「げぇぇ……。まだいるわ……」
そりゃそうだよなぁ。
自分の子供が死んだんだ。そう簡単に立ち去るわけもないか。
グラビモス亜種は、倒れたバサルモスのすぐそばにいた。
その巨体を寄せるようにして、じっと亡骸を見つめている。時折、頭をわずかに動かすものの、どこかへ行こうとする様子はない。
先ほどまでの怒り狂った姿とは違い、今はただ、息絶えた子供のそばに寄り添っているようだった。
「…………」
……うん。
なんというか、こう。
さすがに、ちょっと胸にくるものがあるな。
子供が死んだんだ。親としては、悲しいに決まっている。
……いや。
「でも、あえていうがトドメを刺したのはお前なんだけどな」
思わず、小声で突っ込んでしまった。
確かに俺もバサルモスを攻撃していた。腹の甲殻を破壊したし、毒も仕込んだ。ダウンしたところに追撃までしていたのだから、無関係だとは言えない。
だが、最後に焼いたのはあいつだ。
俺が追撃しようとしていたところに、横から熱線をぶっ放してきたのは、間違いなくあのグラビモス亜種である。
……まあ、そんなことを言ったところで、どうしようもないんだけどさ。
「……うん、無理。あれは無理だわ」
俺はそっと顔を引っ込めた。
さて、どうしたものか。
あのグラビモス亜種がバサルモスのそばにいる以上、すぐに戻って死体を回収するのは難しそうだ。
……いや、でもなぁ。
「流石に、あの死体を放置するのはもったいないんだよなぁ……」
何しろ、モンスターの肉は貴重な食料だ。せっかく倒したのに、親の逆鱗に触れたせいで丸ごと諦めるなんて、あまりにも惜しい。
それに、肉だけじゃない。
俺は自分の背中にあるヤドへと意識を向けた。
今使っているヤドも、だいぶ身体に合わなくなってきている。成長するたびに少しずつ窮屈になってきたし、そろそろ次の脱皮も近い。新しいヤドを用意するなら、ちょうどいい時期かもしれない。
そこで目をつけたのが、バサルモスの頭骨だ。
「ちょいと大きいけど……あいつの頭骨、ヤドに使えそうなんだよなぁ」
もちろん、今の俺には少し大きすぎる。だが、これからさらに成長することを考えれば、悪くない選択肢だろう。
何より、バサルモスの頭骨なら見た目もなかなか格好いいはずだ。岩竜の頭を背負ったガミザミ。うん、悪くない。
それに、砕けた甲殻だって何かに利用できるかもしれない。素材として持ち帰っておけば、後々役に立つ可能性もある。
「肉に頭骨に甲殻かぁ……。うーん、やっぱり回収したいなぁ」
欲しいものが多すぎる。
だが、今は無理だ。あの黒いのがいる限り、近づくのは自殺行為でしかない。
「夜になったら、もう一度様子を見に来るかねぇ」
そう呟いた瞬間、隣にいたベイビーが「グルゥ!?」と声を上げた。
振り向くと、ベイビーは目を見開き、こちらをじっと見つめていた。
「いや、今すぐ戻るわけじゃないって。夜になって、あいつがいなくなってたら回収するだけだよ」
「……グルゥ」
ベイビーは納得していない様子だったが、これ以上説明しても無駄そうだ。
「まあ、今は一旦帰るぞ。さすがに疲れたわ……」
ベイビーを連れて、俺たちは巣穴へと戻ることにした。
バサルモスの身体はかなり硬い。普通の肉食モンスターじゃ、そう簡単に食い破れないだろう。なら、肉も頭骨もまだ残っているはずだ。
……多分。