ケルビの肉は想像以上に美味かった。
モンスターハンターの世界とて例外ではない――うまいものはうまい。特に内臓系はガミザミの味覚に合ったらしく、あのホワイトレバーっぽいやつなんか、思い出すだけで甲殻の内側が疼く。
「ふぅ……満腹って、こういう感じだったよな……」
甲殻の腹を岩に預けるようにして寝そべりながら、俺はぼんやりと天井の苔を眺めた。
昨晩仕留めたケルビの死骸は、もはや骨と皮と少しの肉を残すのみ。初めてにしては、かなりうまく食べられたと思う。ハサミという道具がこんなにも万能だとは、ガミザミになって初めて知った。
「……で、この皮、なんか使えないかな?」
目の前にあるのは、意外にもほぼ無傷で残されたケルビの毛皮。少し焦げ茶がかった毛並みは柔らかく、乾きつつある肉の臭いが微かに漂う。
ちょっと前なら、こんな生々しいものを触るだけで吐きそうになっていたかもしれないが、今は違う。もう俺は、ガミザミだ。
モンスターとして生きていくと決めた。
「絨毯とか……ちょっとした敷物とかにできたら便利じゃね? あの岩床、冷てぇし」
いや、それ以上に――
(寝床、欲しいよな)
硬い甲殻を持っているとはいえ、長時間寝転ぶとなると話は別だ。少しでも柔らかいものを敷ければ、それだけで生活の質が上がる。というわけで、初の毛皮処理――いわゆる「皮なめし」に挑戦してみることにした。
まずは、こびりついた肉を丁寧に取り除くところからだ。
ガミザミの螯は、思っていた以上に繊細な動きができる。まるで細いナイフのように、皮の下に入り込んでくるっと剥がす。
「おお……これはすごい……人間の手より器用かもしれん……」
夢中になって肉をそぎ落とす。甲殻の身体が地味に疲れていたが、妙な高揚感が背中を走っていた。
皮を傷つけないように、慎重に、丁寧に――。
だが。
ぷつっ。
「あっ――」
思わず力が入ってしまった。螯の先端がズボッと皮に突き刺さり、くっきりとした穴が開く。
「Oh my gosh !!」
洞穴に甲高い金属音が響く。螯をぶんぶん振り回しながら、悔しさに打ち震えた。
「なんでこんな難しいんだよ……! 見た目よりずっと柔いじゃねぇか……」
とはいえ、全部がダメになったわけじゃない。小さな穴ひとつ、まだリカバリー可能だ。場所によっては重ね敷きでもいいし、最悪、接着の方法をあとで考えよう。
「……ま、初回にしてはこんなもんか……」
肉を取り除いたあとは、血を落とす作業だ。
昨日、ケルビを仕留めた水辺が使える。すでに夜が明けて時間が経っていたが、そこまで腐敗も進んでいない。ガミザミの嗅覚は人間よりも鋭敏で、今のところ異臭はない。
「これくらいの血なら、水でざぶざぶ洗えば……」
そう思って水辺へ運ぶ。
甲殻の足で皮を押さえながら、螯でじゃぶじゃぶ水をすくって洗い流す。川の流れは緩やかで、水温は冷たいが耐えられる。乾いた血の色がじわじわと広がって、やがて透明に戻る。
「……ほう、意外とちゃんと洗えてるじゃん」
水に濡れた毛皮は重くなるが、手応えはあった。
今まで“モンスターとしての自分”にどこか後ろめたさを感じていたが――こうして文明的なことをしていると、少しだけ誇らしい気持ちになる。
「……なぁ、ショウグンギザミって……このくらいのこと、できるのかな?」
そんなつぶやきが漏れる。
巨大な甲殻、獰猛な鎌、恐るべき知能を持つ上位種。あれになれれば、俺は――
「……ま、今はこれが精一杯だけどな」
水を絞って、岩場の上に皮を広げる。
日の光を浴びて、じわじわと乾いていく毛皮。その上に寝転ぶことを想像して、少しだけ笑みが浮かぶ。
(きっと、ここからなんだろうな)
小さなモンスター、ガミザミとしての生活。
いつかこの皮の上で、もっと大きな夢を見られるようになるかもしれない。