余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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15. 意識の淵にて

新エリー都の地下深くに広がる、古い下水道。

 

ひかりたちの追跡を完全に振り切った私は、シロを抱きしめ、冷たいコンクリートの壁に背を預けて荒い息を整えていた。

 

「…ここまで来れば、もう大丈夫だよね」

 

《肯定する。この区画の監視システムはすでに放棄されている。インターノットに接続されていないこの設備であれば、Fairyであっても君の痕跡を追うことは、不可能だろう》

 

湿った空気と、遠くから聞こえる水の音。

 

息を整えてから、これからの拠点についてクラヴィスと相談する。

 

「前の隠れ家は、見つかっちゃったけど、何がいけなかったんだろう?」

 

私は、クラヴィスに問いかける。同じ過ちを、繰り返すわけにはいかないから。

 

《原因は複数考えられる。第一に、電力の無断借用だ。都市のインフラから直接エネルギーを引いたことで、追跡の糸口を与えたこと。第二に、立地だ。人通りが少ないとはいえ、人の出入りがあるエリアだった。そのため君の目撃情報が拡散しやすかった》

 

「じゃあ、今度の隠れ家は、もっと人が来なくて、電気も自前で何とかできる場所じゃないとダメってことだね…」

 

私は、自分たちの生存戦略がいかに綱渡りであったかを痛感する。

 

追われてるから仕方ない部分もあるけれど、ただ生き延びるだけでも、こんなに頭を使わないといけないなんて。

 

「…人が来なくて、でも電気が手に入って、誰にも見つからない場所。そんな都合のいい場所、街の中にはもうない」

 

《君の言う通りだ。都市部での潜伏は限界に近い》

 

「じゃあ、ホロウの中に拠点を作ろう。ホロウの中なら、少なくとも一般人には見られないよね?」

 

《却下する。君のエーテル適応性では自殺行為だ。汚染レベルが即座に危険域に達する》

 

「でも、街の中にいるのだって同じくらい危険だよ。いつ見つかるか分からない」

 

《…リスクを再計算する。…やむを得ずホロウに潜伏する場合、選択肢は一つしかない。君の身体への負荷を最小限に抑えられる、低レベルホロウだ。それでも、君のエーテル汚染が致命的なレベルに達する確率は92%だが》

 

「低レベルホロウじゃ意味ない。ホロウレイダーやホロウ荒らしみたいな人たちがウロウロしてる。すぐに見つかっちゃう。だから、誰も寄り付かないような、もっと危険なホロウじゃないとダメなの。私の『アンテナ』があれば、その中でも安全な場所を見つけられるはずだよ。それに、あなたがいれば、エーテルをエネルギーに変えて、活動時間を少しは伸ばせる。見つかるリスクと、汚染のリスク、どっちが高い?」

 

クラヴィスは数秒間沈黙する。メグの提案は、一見すれば無謀だ。しかし、最も危険な場所こそが、最も安全であるという論理もまた、真実だった。

 

《…君の指摘は合理的だ。リスクの再評価を行う。君の『アンテナ』能力を最大変数として、高レベルホロウに隣接し、かつエーテル循環が比較的安定している地域を検索する。…候補を特定。この先の下水道網を抜けた先に、旧都陥落時に放棄された工業区画の跡地がある。その中核施設である『自動化工場』は、高レベルホロウと低レベルホロウの境界に位置している。地下に非常用の独立した動力炉が残存している可能性があり、設備が生きていれば電力の供給も賄える》

 

「…結構設備が充実してそうだね。危険なホロウとの境界にあるって言ってたけど、私たちが拠点にする『自動化工場』に人がいる可能性はどのくらい?」

 

《限りなく低いだろう。我々の拠点予定地に向かうためには、高レベルホロウを抜ける必要がある。低レベルホロウからでも行けるが、物理的に防火壁やシャッターなどを破壊する必要があるため、我々が到着したとき、破壊されていなければ人がいない証明になる》

 

「なるほど。そこに行ってみよう」

 

***

 

私は、クラヴィスのナビゲートに従い、暗く、ぬかるんだ道を進んでいく。

 

「ねえ、クラヴィス。私の『アンテナ』の力ってさ、いまは、エーテリアスの気配とか、あなたがホロウを調べるために使ってくれてるけど、もっと踏み込んだ使い方とかできないのかな。たとえば、ホロウの裂け目を意図的に作り出して、近道するとか」

 

《理論上は不可能ではない。君の『アンテナ』は、ホロウ空間の不安定な座標点に干渉するポテンシャルを秘めている。だが、それを制御するには、現在の私の演算能力では全く足りない。下手に干渉すれば、周囲のエーテル濃度が爆発的に上昇し、君の身体は即座に侵蝕される。さらに、最悪の場合、我々ごと空間の狭間に消滅する確率が99.9%以上だ。自殺行為に等しい》

 

「…そっか。でも、いつかできるようになるかもしれないってことだよね」

 

《…肯定も否定もしない。今は目の前の生存に集中しろ》

 

私たちは、下水道から地上に戻り、エーテルによって不気味な光を放つ植物が生い茂る、旧工業区画の跡地を進んでいく。

 

足元は不安定で、時折、地面に走る亀裂の奥から、エーテリアスの呻き声のようなものが聞こえてくる。

 

《停止。前方100メートル、複数のエーテリアスの反応。巡回型のようだ。右手の、崩れたタンクの影に隠れろ》

 

私は息を殺し、錆びた鉄の匂いがするタンクの影に身を潜める。

 

数秒後、異形の怪物たちが、規則的な動きで目の前を通り過ぎていった。

 

《…よし、通過した。ルート案内を再開する。…待て。新たな反応を検知。単独。だが、極めて強力なエーテル反応だ》

 

「エーテリアス…?でも、なんだか気配が違う。もっと…人間に近い…?」

 

私の『アンテナ』が、これまでに感じたことのない、鋭く、研ぎ澄まされた気配を捉える。

 

瓦礫の影から、ゆっくりと一人の人影が現れた。

 

腰に刀を差した、凛とした佇まいの女性。

 

黒い影に覆われた、その姿を認めた瞬間、私の記憶が警鐘を鳴らす。

 

「まずいかも…ドッペルゲンガー、私の記憶を読み取ったんだね」

 

対ホロウ6課の課長にして、現代の『虚狩り』。ゲームでも最強クラスの実力者。

 

《警告。対象の外見的特徴は、データベースにある星見雅のものと98.7%一致。だが、エーテル反応パターンが異常だ》

 

「クラヴィス、あれはドッペルゲンガーっていうエーテリアスだよ。ドッペルゲンガーは『獲物』になる対象の知り合いの姿を模倣するの。厄介なのは、姿を真似るだけじゃなくて、ちゃんと本物と同じくらい強いこと」

 

その言葉と同時に、雅の姿をした『それ』が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 

その表情は能面のように無機質で、瞳の奥には、人間らしい光が一切宿っていなかった。

 

「除悪務本…。『悪』たるを定むるは、私だ」

 

本物と寸分違わぬ、古風で、しかし有無を言わせぬ迫力に満ちた声。次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。

 

《回避!右!》

 

クラヴィスの絶叫と同時に、私は咄嗟に横へ跳んだ。

 

直後、私がさっきまでいた空間を、氷の刃のような斬撃が通り過ぎていく。あまりの速さに、目で追うことさえできなかった。

 

「ほう…。先の一振りは、茶碗を砕く木槌と思へば、黒板を伝う白墨が如し、か」

 

意味の分からない言葉。でも、それが本物の雅の口癖であることは、私の記憶が教えてくれていた。

 

《戦闘スタイル、能力、その全てが完全にコピーされている。今の私の演算能力では、動きを予測できない…!》

 

雅さんの動きには見覚えがある。私の記憶を読み取ってスキルの予備動作も同じなんだったら。

 

「…クラヴィス!記憶!私の記憶の雅さんを参照して!」

 

《…了解。君の記憶野から、対象『星見雅』の戦闘データを抽出。現在の対象の動きとリアルタイムで照合し、予測モデルを再構築する…!》

 

クラヴィスの声が、私の頭の中で高速に響く。

 

《来たぞ!次は、溜めからの連続斬撃だ!予備動作は右肩の僅かな沈み込み!》

 

雅が、再び姿を消す。私は全神経を集中させ、クラヴィスの指示と、自分の記憶と目の前の敵の動きに意識を向ける。右肩が、ほんの僅かに沈んだ。

 

「耐えてみせろ」

 

「そこ!」

 

私は、斬撃が来る瞬間、あえて、雅の近くに寄った。氷の刃が、私の背中をかすめていく。

 

そして、拾っていた鉄パイプを使って脇腹に叩き込む。しかし、すぐに雅は体勢を整える。

 

《…見事だ。だが、まだだ。分析したところ、君の記憶の『星見雅』と違い、奴の動きに技と技の繋ぎに、僅かな隙がある!そこを突け!》

 

「僅かな隙なんて…!」

 

《君の知覚を強制的に加速させる。君の記憶にある『極限回避』に類似するものだ!耐えろ!》

 

クラヴィスの言葉と同時に、私の脳を内側から鷲掴みにされるような、激しい頭痛が襲った。

 

「ぐっ…!」

 

視界がぐにゃりと歪み、世界から色が抜け落ちていく。今までとは違う…。

 

これは、ただの力の増幅じゃない。私の時間が、加速していく…!

 

雅が、三度目の突撃を仕掛けてくる。しかし、その動きが、まるでスローモーションのように見えた。

 

振り下ろされる刀の軌道、筋肉の僅かな動き、舞い上がる埃の一粒一粒まで、はっきりと認識できる。

 

私は、クラヴィスの言葉を信じ、再度雅の懐に飛び込むように、逆に前へ出た。

 

「はあああっ!」

 

加速した思考と身体。

 

私の体が、ゆっくりと迫るドッペルゲンガー雅の斬撃を紙一重でかわし、すれ違いざまに、鉄パイプを刀を持った腕に叩き込む。

 

鈍い手応え。雅は一瞬刀を離したが、空中で再度刀を握り、体勢を崩しながらも、ありえない角度から刀を翻してくる。

 

《離脱しろ!》

 

私は咄嗟に後方へ跳び、距離を取る。

 

《…ダメだ。倒しきれない。このままでは消耗するだけだ。…ルートを再計算。前方の、崩れた連絡通路を渡るぞ》

 

クラヴィスが指し示したのは、二つの建物の間に辛うじて架かっている、半分以上が崩落した金属製の橋だった。

 

下は、底が見えないほどの深い谷になっており、紫色のエーテルの霧が渦巻いている。

 

「…行くしかない、よね」

 

私はシロを強く抱きしめ、一歩、足を踏み出した。ギシリ、と金属が軋む嫌な音がする。

 

背後から、雅が猛然と追いかけてくる。私は振り返らず、ただひたすら前だけを見て、慎重に、しかし素早く橋を渡り始めた。

 

一歩踏み出すたびに、橋全体が悲鳴を上げて揺れ、足元の金属板がエーテルの影響で溶けかかっているのが見えた。

 

その時、背後から氷の刃のような斬撃が飛んでくる。私は咄嗟に身をかがめてそれを避けるが、斬撃は橋のワイヤーを数本、いとも簡単に断ち切った。

 

「きゃっ!」

 

橋が大きく傾き、私はバランスを崩して滑り落ちそうになる。

 

必死に手すりにしがみつき、体勢を立て直す。

 

《急げ、メグ!橋が崩れる!》

 

ほとんど四つん這いになりながら、必死に前へ進む。

 

雅は、傾いた橋の上を、まるで平地のように軽々と駆け抜けてくる。

 

あと、数メートル…!

 

その瞬間、背後から迫った雅の刀が、私の左腕を深く切り裂いた。

 

「いっ…!」

 

骨まで達するような激痛が走り、コートの袖が一瞬で赤黒く染まる。

 

しかし、今は振り返っている暇はない。

 

私は最後の力を振り絞り、橋の向こう岸に飛びついた。

 

その直後、轟音と共に、私の背後で連絡通路が完全に崩落し、深い谷の底へと消えていった。

 

***

 

息を切らしながら、私たちは、やがて巨大な鉄の扉の前にたどり着いた。

 

そこは、旧都陥落時に放棄された、工業区画の自動化工場だった。

 

内部は静まり返り、停止した巨大なアームやベルトコンベアが、まるで巨大な生物の骸骨のように静かに佇んでいる。

 

私は、壁に手をつき、荒い息を整えながら、赤く染まった左腕を見下ろした。

 

「…っ…」

 

深く斬られた傷口から、どくどくと血が溢れ出している。

 

ひかりが用意してくれたコートの袖は、すでにびっしょりと濡れて、重くなっていた。

 

《傷口のスキャンを開始。…深度は深く、骨に達する寸前だ。運悪く動脈に近い主要な血管を損傷している。加えて、エーテルによる汚染反応を検知。ナノマシンがエーテルの除去を優先しているため、再生と止血が追いついていない。結果、傷の深さに対して出血量が異常に多い》

 

「…ドッペルゲンガーとはいえ、さすが雅さんだね。腕、切り落とされるところだった…」

 

「ピュイ…」

 

シロが、心配そうに私の足元にすり寄ってくる。

 

「大丈夫だよ、シロ。これくらい…いつものことだから」

 

私は、工場の制御室の隅にあった、錆びついた救急箱を見つけると、中から消毒液と、辛うじて使えそうな包帯を取り出した。

 

私は歯を食いしばり、傷口に直接消毒液をかけた。

 

「…っつ!」

 

染みるような激痛に、思わず声が漏れる。

 

脳裏に、白い部屋の光景が蘇る。実験で傷つくたびに、研究員たちに治療される日々を思い出す。

 

私は、その記憶を振り払うように、包帯を腕にきつく巻き付け、血が滲むのを無理やり押さえつけた。

 

《君の腕の傷を再スキャンする。ナノマシンの修復が追いついていない。危険な状態だ》

 

「後でいい。それより、ここが本当に安全か調べて。それが最優先」

 

私は、クラヴィスにそう言いながら、工場の制御室の隅にある非常用電源のコンソールにシロを接続し、最低限の明かりを確保する。

 

チカチカと点滅する非常灯が、私たちの新しい隠れ家をぼんやりと照らし出した。

 

《…了解した。シロを介して、工場のメインフレームにアクセスする。…旧式のシステムだが、プロテクトが固い。…侵入完了。ネットワークは完全に遮断されている。過去10年間のアクセスログも存在しない。…やはり、ここには誰も来ていないようだ。加えて、外部からの侵入経路は限られ、防御にも適している。そして…地下の非常用動力炉が、最低限の出力を維持したまま生きている》

 

「物理的な危険は?崩れたり、誰かが潜んでたり…」

 

《施設内の監視カメラと各種センサーをスキャンする。…構造的な損傷は軽微。主要な区画へのルートも確保できる。だが、一部のエリアは崩落の危険性が高い。マップデータを君の視界に投影する。危険エリアは赤く表示した》

 

「エーテリアスは?」

 

《…多数確認できる。工場の下層階、動力炉周辺の熱源に引き寄せられた個体が群れを成しているようだ》

 

「多数って…大丈夫なの?」

 

《問題ない。大半はティルヴィングとアルペカだ。君も知っているだろう、最もオーソドックスなタイプだ。数は多いが、一体一体の脅威度は低い》

 

「ティルヴィングとアルペカ…。うん、知ってる。弱いけど、たくさんいると面倒なんだよね」

 

《その通りだ。そして、その面倒さが、この場所を安全にしている要因の一つでもある。ホロウ荒らしのような連中は、利益は多少あれど、わざわざ多数の雑魚を相手にしたがらないだろう。より敵が少ない場所を狙うはずだ。…もう一つこの場を狙わないであろう理由がある》

 

「それは?」

 

《さらに深層部…動力炉の直近に、より強力な個体も複数確認できる。種類は…ハティが3体、デュラハンが4体。それに、加えて厄介なタナトスも3体、徘徊している》

 

「そんなにいるの!?しかも複数…まるで何かを守ってるみたいだね。…クラヴィス。エーテリアスって、生きてた頃の人間の動きをすることがあったはず。彼らが守ってるものに、何か見当はつく?」

 

《…現時点での情報では、断定は不可能だ。だが、動力炉そのものが彼らにとって重要な意味を持つか、あるいは、その周辺に彼らの執着を引く何らかの物体が存在する可能性は高い》

 

「その動力炉って、ここから遠いの?」

 

《肯定する。この制御室は地上2階。動力炉は地下5階の最深部だ。我々が刺激しない限り、彼らがここまで上がってくる可能性は低い。当面の安全は確保できるだろう。ここは我々の新たな拠点となり得るだろう》

 

その言葉を聞き、私は、安堵のため息をつくと、壁に背を預けてずるずると座り込んだ。

 

「はぁ…疲れた…」

 

私は、自分で応急処置をした腕に目を落とす。きつく巻いた包帯は、もう真っ赤に染まっていた。

 

「…腕って、こんなに血が出るんだね。胴体とかなら分かるんだけど…」

 

どこか他人事のように呟いた、その時。

 

《警告。血圧が危険なレベルまで低下。失血による貧血状態だ。推定失血量は700cc。成人男性でもショック状態に陥る量だ。さらに、左腕の神経と筋繊維の損傷が深刻だ。このままでは、たとえナノマシンによる再生が完了しても、後遺症が残る可能性がある。具体的には、指先の感覚麻痺、及び握力の恒久的な低下だ》

 

「…後遺症、か。ねえ、クラヴィス。それって、治せないの?」

 

《…現状のナノマシンの機能では、完全な修復は不可能だ。より高度な医療設備か、あるいは君の身体機能そのものを底上げする特殊な素材でも摂取しない限り…》

 

「…そうなんだ」

 

クラヴィスに申し訳ないな、と思いながら、立ち上がろうとした、その瞬間。ぐらり、と視界が大きく揺れ、私は床に手をついた。

 

「…うわ…」

 

《ナノマシンが緊急造血を開始している。君がこれ以上無理に動けば、失血死の可能性も否定できない。君が立っていられるのは、リミッター解除の反動でアドレナリンが過剰分泌されているからに過ぎない。直ちに休息を取れ》

 

失血のせいか、頭がふわふわして、死ぬことへの恐怖さえも、今は遠くに感じられた。

 

それか家族が、クラヴィスとシロが一緒にいてくれるからかもしれない。

 

「…そっか。…もし、私がここで死んじゃったら、この体は、クラヴィスにあげるよ。ちゃんと動くものをあげたかったけど…」

 

クラヴィスの厳しい声に穏やかな声で答えた。

 

痛みと苦しみの日々だった私を、生きることをほとんど諦めていた私を、救ってくれたのはクラヴィスだったから。

 

《…戯言を。君の意識がなければ、この身体はただの器だ。私も機能停止する。それに、君の『死にたくない』という意志が、私にとっての最優先コマンドだ》

 

「…ふふ…もしもの話だよ…」

 

なんだか眠くなってきた。

 

「じゃあ…すこしだけ…やすむ…ね…」

 

私の言葉は、最後にはほとんど音にならなかった。視界が急速に暗転し、私は糸が切れた人形のように、冷たい床に崩れ落ちた。

 

《必ず生存させる。死ぬことは許さない》

 

遠ざかる意識の中で、いつも冷静なクラヴィスの決意に満ちた声が、微かに響いていた。




8/18: 会話のテンポが良くなるよう修正
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