余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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23. 仮面の裏側

リアムの研究施設に戻った後、ノエルは一人、自室のベッドにうずくまっていた。

 

鎮静弾の影響で、仲間たちはまだ気怠い眠りについている。

 

静寂が、かえってノエルの不安を掻き立てた。

 

(先生は…私たちを、メグを助けるためじゃなかったの…?)

 

ホロウで聞いた、リアムの冷たい声。

 

仲間たちが苦しんでいる時に、ただデータを取ることに執心していた横顔。

 

そして、最後に自分に向けられた、あの感情のない瞳。

 

信じたくない。

 

でも、あの時の「音」は、嘘をついていなかった。

 

(…確かめなきゃ)

 

ノエルは、震える手でヘッドホンを握りしめた。

 

このままでは、また先生の優しい言葉に騙されてしまう。

 

真実を知らなければ。

 

彼女はそっと部屋を抜け出し、リアムの私室へと続く廊下を、息を殺して進んだ。

 

幸い、彼は研究データをまとめるため、一人で部屋に籠っているようだった。

 

ドアの前に立ったノエルは、壁に耳を当て、全ての意識を聴覚に集中させる。

 

中からは、リアムが端末を操作する音と、時折漏れる独り言が聞こえてきた。

 

「…やはり、薬物投与による暴走時のエーテル出力は、通常時のデータと比較しても突出している。

 

特にM-02の『構造分析』は、確率事象への干渉は価値がある…。

 

M-07がいなくとも、このデータがあれば…だが念には念を入れておくか」

 

リアムは一度思考を止めると、コンソールを操作して、ある人物への通信回線を開いた。

 

「…長官、お時間よろしいでしょうか。リアムです」

 

リアムは、恭しく言葉を発する。

 

『おお、リアム君か!どうした、私に連絡してくるとは珍しいな!』

 

スピーカーから響いたのは、やけに熱量の高い、力強い男の声だった。

 

讃頌会の長官の一人。

 

ノエルの耳には、その声の「音」が、疑うことを知らない、直線的な狂信の色を帯びて聞こえた。

 

「始まりの主への奉仕を続ける中で、一つ、由々しき問題が持ち上がりまして。他ならぬ長官にご相談したく、ご連絡差し上げた次第です」

 

リアムの声は、心からの憂慮と敬意を装っていた。

 

だが、ノエルのヘッドホンは、その敬虔な響きの奥に、氷のように冷たい計算の「音」が隠れているのを聞き逃さなかった。

 

『ほう、問題だと?ハッハッハ、どうせまたエイゼンのことだろう!最近ますます増長しているな!』

 

長官は、リアムの言葉を待たずに豪快に笑い飛ばした。

 

だが、その声にはエイゼンへのあからさまな嫌悪と、全てを見通しているかのような響きがあった。

 

「…ご明察、恐れ入ります。エイゼンの、始まりの主の御心を理解せぬ研究方針のせいで、『サクリファイス研究』が停滞しております。そればかりか、先の戦闘では、彼の独断により、貴重な子供たちが危険に晒されました」

 

『そうか!奴が主任の座に就いてからというもの、ろくな報告が上がってこん!始まりの主への忠誠心も感じられん!

 

そもそも、奴が提出する論文は、我々の教義とは全く関係のない、個人的な探求心を満たすためだけの代物だ!

 

君も、奴の下にいるのはさぞ窮屈だろう!』

 

長官は、まるでグラウンドに響き渡る号令のように、独善的な怒りを爆発させながらも、リアムの立場を的確に指摘する。

 

「ええ。ですが最大の問題は、主任が『サクリファイス研究』における最高の『素材』を独占していることです。彼の探究心は、もはや始まりの主の御心を外れています。

 

あの男のことです、いつ我々の足元をすくうような『研究成果』を突きつけてきてもおかしくありません。長官、あなた様とて例外ではありません」

 

リアムは、長官の警戒心を煽るように、言葉巧みに続けた。

 

『…面白いことを言う!続けてみろ、リアム君!』

 

長官の声色が変わる。楽しむような響きの裏に、リアムの真意を探るような、冷たい光が宿った。

 

「元々はエイゼンが密かに確保していた少女が始まりです。当時からエイゼンは、ヴェルナー様の命令に背くことが多くありました。それを快く思っていなかったヴェルナー様は、彼の弱みを探るべく、その少女を既存の実験計画に組み込み、介入の正当性を作りました」

 

リアムの言葉に、ノエルの心臓が小さく跳ねる。

 

『…ああ、ヴェルナーが報告してきたあの件か!奴は「エイゼンが素性の知れん小娘を囲い、何か企んでいる」とヒステリックに喚いていたが…要は、エイゼンへの当てつけのために、その娘を実験台にしたというわけか!それで?』

 

「はい。エイゼンには悟られないよう、私も協力して実験は進められました。当初の目的はエイゼンへの意趣返し…正直に申し上げて、使い潰すつもりで、実験を行ったのです。ですが…彼女は、その全てに耐え抜いた。それどころか、我々の想像を絶する、驚異的なエーテル親和性を示したのです」

 

リアムの声に、熱がこもる。

 

それは、当時の興奮を追体験しているかのようだった。

 

「ヴェルナー様は、そこで初めて彼女の『薬』としての価値に気づき、研究にのめり込んでいきました。ですが、それをエイゼンが嗅ぎつけた。奴は我々が気づかぬうちに圧倒的な研究成果を上げ、ヴェルナー様を主任の座から引きずり下ろし、現在は彼女への干渉を阻まれております」

 

『なるほどな!あの男が主任に推薦された裏には、そんな経緯があったのか!それで、その娘のどこにそれほどの価値があるというのだ!』

 

長官は、忌々しげに吐き捨てた。

 

「はい。ヴェルナー様との実験で判明しただけでも、彼女から採取したサンプルを用いて精製した薬液は、サクリファイスの安定性とエーテル伝導率を飛躍的に向上させます。それが一つの価値であるといえるでしょう。…加えて」

 

リアムは一度言葉を切り、コンソールに表示されたデータを指し示す。

 

そこに映し出されているのは、複雑な分子構造式と、ナノマシンの活動を示すシミュレーション映像だった。

 

「ヴェルナー様が失脚後も、私は彼女への実験を行っていました。そこで判明したことなのですが、奴は…M-07に最適化された専用のナノマシンを開発していたのです。私がそれを解析した結果、驚くべき事実が判明しました。

 

このナノマシンは、エーテルをエネルギー源として彼女の細胞を驚異的な速度で自己修復させる…理論上では、たとえ、死に瀕していようとも、その身体だけは半永久的に修復されます。

 

つまり、彼女という『素材』は、いくらサンプルを採取しようとも、決して尽きることがないのです。

 

加えて、サクリファイスの開発には多くのエーテルを必要としますが、彼女がいればそれも解決できるでしょう。

 

彼女には、エーテル操作する能力…『アンテナ』と呼称しますが、その能力が極めて高い。

 

すでに、予備実験において、機器を通したエーテル操作を我々で行うことができました。

 

本人に大きな負荷がかかりますが、ナノマシンを使った修復によって、それも問題ではありません。

 

彼女は、高品質なサクリファイスを安定して量産し、リソースを気にすることなくサクリファイスの実験が行うことのできる原石なのです」

 

スピーカーの向こうで、長官が息を呑む気配がした。

 

一瞬の沈黙の後、彼の声は先ほどまでの豪快さとは打って変わって、地を這うような低い響きを帯びていた。

 

『…なるほどな!エイゼンの隠していた少女についてはよく分かった!そして君の意図もな!この俺を利用しようというわけか、リアム君!』

 

その言葉は、槍のように鋭くリアムの心臓を貫いた。

 

ノエルは、ヘッドホンの向こうで、リアムの計算された「音」が、一瞬、凍りついたのを感じ取った。

 

彼の表情は見えない。だが、その背中が僅かに強張ったのが、ドア越しの気配で分かった。

 

「…滅相もございません。私の全ては、始まりの主と、その御心を最も理解される長官のために」

 

長官は、リアムの動揺を見透かしたように、再び豪快に笑い声を上げた。

 

『取り繕わなくて良い!面白い!実に面白いぞ、君は!その野心、気に入った!よし、乗ってやろう!』

 

「…ありがとうございます。長官、具体的な作戦については、いらしたときにでも」

 

『ああ!では会えるのを楽しみにしていよう!』

 

通信が切れると、リアムは満足げに息を吐き、ノエルには聞こえないほどの声で呟いた。

 

「…ふん、存外に鼻が利く。だが、好都合だ。手綱を握っているつもりでいるがいい。腕力に物を言わせるだけでは、私の知恵には勝てんよ。せいぜい踊れ、エイゼン、長官殿」

 

その口元には、全てを支配する王のような、冷酷な笑みが浮かんでいた。

 

そこまで聞いた時、ノエルの頭の中で、何かがぷつりと切れた。

 

全身の血が、急速に冷えていく。

 

あの優しい先生が、仲間たちが、そしてメグが、ただの研究材料としか見られていなかったという事実。

 

その絶対的な絶望が、彼女の小さな身体を支配した。

 

 

 

ノエルは、転がるようにその場を離れると、仲間たちが眠る医療室へと駆け込んだ。

 

「レオ!カイン!みんな、起きて!」

 

まだ気怠さの残る仲間たちを揺り起こし、涙ながらに訴える。

 

「大変なの…!先生が…先生が、メグちゃんを酷い目にあわせようとしてる…!」

 

「ノエル…?何を言っているんだ。疲れているのか?」

 

一番に目を覚ましたレオが、心配そうに眉をひそめる。

 

「違う!私、聞いたの!先生の部屋から…!先生は、メグちゃんを助ける気なんてないんだよ!」

 

ノエルは必死に、先ほど聞いた会話の内容を伝えようとする。だが混乱で、その言葉は支離滅裂だった。

 

「先生が…長官って人と話してて…メグちゃんを素材だって…!」

 

「落ち着け、ノエル。一体何の話だ」

 

「先生がそんなことするはずないだろ!」

 

カインが、怒鳴るように言った。

 

「きっと、あの変なオカマに、何か言われたんだよ!可哀想に…」

 

イリスも、悲しそうな顔でノエルを見つめている。

 

誰も、信じてくれない。

 

それどころか、憐れむような、心配そうな目で自分を見ている。

 

「違う!私は、この耳で聞いたんだ!先生の『音』は、嘘をついてた!いつもの優しい音じゃなかったの!冷たい嫌な音だった!」

 

ノエルの必死の叫びも、彼らには届かない。

 

リアムへの絶対的な信頼は、彼らの耳を塞いでしまっていた。

 

「ノエル、少し休んだ方がいい。お前は少し混乱しているようだ。先生に報告して、診てもらった方が…」

 

レオがそう言って部屋を出て行こうとした、その時だった。

 

医療室の扉が静かに開き、リアムが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 

「…その必要はないよ、レオ。話は、廊下で聞かせてもらったからね」

 

その声に、レオたちがはっと息を呑む。

 

だが、リアムの表情はどこまでも穏やかだった。

 

彼は、ゆっくりと部屋の中に入ると、ノエルの前にそっと膝をついた。

 

「…ノエル。君は、少し疲れているようだね。大丈夫、すぐに楽にしてあげるから」

 

その優しい声が、今は死刑宣告のように聞こえた。

 

リアムは、最初から気づいていたのだ。

 

自分が盗み聞きしていることに。

 

そして、その上で、自分を泳がせていたのだ。

 

「さあ、みんな。ノエルを保護してあげなさい。彼女は、少し混乱しているようだ」

 

仲間たちが、躊躇いがちに、しかし確実に、ノエルを取り囲んでいく。

 

「…いや…」

 

ノエルは、後ずさる。

 

もう、ここには味方はいない。

 

信じていた世界が、音を立てて崩れていく。

 

研究員の一人が、ノエルの腕を掴もうと手を伸ばした、その瞬間。

 

ノエルは、床を蹴った。

 

虚を突かれた研究員が体勢を崩す。

 

その僅かな隙間を、ノエルは小さな身体を滑り込ませるようにして駆け抜けた。

 

「待ちなさい!」

 

リアムの冷静な声が、背後から追いかけてくる。

 

ノエルは、ただ無我夢中で走った。廊下を曲がり、階段を駆け下り、どこへ向かう当てもなく、ただ追手から逃れるためだけに。

 

だが、研究所はリアムの庭だった。

 

監視カメラが、彼女の姿を捉え、その逃走経路はリアルタイムで追手たちに共有されていく。

 

『ターゲットはセクターD-4へ!』

 

『西側通路を封鎖しろ!』

 

行く先々で、研究員や、説得しようとする仲間たちの声が聞こえる。

 

包囲網は、確実に狭まっていた。

 

ノエルは、息を切らしながら、一つの通路へと飛び込んだ。

 

『E-Block』と書かれたそのプレートは、彼女が一度も来たことのない区画だった。

 

冷たい金属の壁が続く、どこまでも同じように見える廊下。

 

背後から迫る複数の足音と、仲間たちの声が、反響してノエルの心をかき乱す。

 

しばらく進むと、通路は無機質な壁で行き止まりになっていた。

 

「…っ!そ、そんな…」

 

背後からは、複数の足音が迫ってくる。

 

もう、逃げ場はない。ノエルが絶望に膝をつきかけた、その時だった。

 

カシュン、と小さな音を立てて、すぐ隣の部屋のドアが内側から開いた。

 

「…おチビちゃん、こっちやこっち!はよ!」

 

ひょこりと顔を出したのは、白衣を着た、気の強そうな目をした見知らぬ女性研究員だった。

 

その表情は、焦っているというより、目の前の状況を面白がっているように見えた。

 

(…罠、かも…)

 

一瞬、ノエルの頭を警戒心がよぎる。

 

だが、背後から迫るレオの声が、彼女の迷いを断ち切った。

 

「ノエル、そこにいるのか!」

 

(…もう、どっちでもいい…!)

 

このまま捕まるよりは。

 

ノエルは、最後の望みを託して、その部屋へと転がり込んだ。

 

ノエルが部屋に飛び込むと、女性研究員は素早くドアを閉め、にやりと笑ってノエルに人差し指を立てた。

 

「おチビちゃん、そこのロッカーに隠れとき!ええもん見せたるわ!」

 

ノエルが何が何だか分からないまま、言われた通りに頑丈そうなロッカーの中に飛び込む。

 

その扉が閉まった直後、女性研究員は壁際にあるコンソールを操作し、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ほな、いっちょ派手にいきますか!」

 

彼女がエンターキーを叩いた瞬間、通路の行き止まりだったはずの壁が、内側から凄まじい轟音と共に弾け飛んだ。

 

衝撃波と熱風が廊下を駆け抜け、追ってきたリアムたちは咄嗟に身を伏せる。粉塵が舞い、焦げ付いた匂いが鼻をついた。

 

「…何事だ!?」

 

レオが咳き込みながら顔を上げる。

 

目の前には、ぽっかりと大穴の空いた部屋があった。

 

「先生、罠かもしれません…!」

 

「ああ、分かっている。だが、入るしかあるまい。ノエルは、この中にいるのだから」

 

リアムは冷静に状況を判断すると、警戒しながらも、ゆっくりと穴の空いた壁の向こうへと足を踏み入れた。

 

子供たちも、緊張した面持ちで後に続く。

 

 

一歩部屋に足を踏み入れた瞬間、彼らの鼻腔を、鉄臭い生温かい匂いと、何かが焼け焦げた刺激臭が同時に襲った。

 

そして、目に飛び込んできた光景に、息を呑んだ。

 

壁の一角が大きく抉れ、そこには原型を留めないほど破壊された何かの残骸と、おびただしい量の肉片、そして赤黒い液体が、部屋中に撒き散らされていた。

 

まるで、今しがた部屋に逃げ込んだ人間が、爆発に巻き込まれて木っ端微塵になったかのような、あまりにも凄惨な光景だった。

 

「あ…ああ…」

 

最初に声を上げたのは、双子だった。「ノエルお姉ちゃん…?うそ…いやだぁ…!」嗚咽と共に、その場に泣き崩れる。

 

「ノエルちゃんの…歪みが…消えちゃった…ぐちゃぐちゃに…なっちゃった…」

 

イリスが、いつものふんわりとした口調を失い、虚ろな声で呟いた。

 

彼女の瞳には、ただノエルという存在が完全に「消滅」したという、残酷な事実だけが映っていた。

 

カインは、一瞬呆然と立ち尽くした後、獣のような咆哮を上げた。

 

「てめえええええ!」

 

怒りに任せて女性研究員に殴りかかろうとするが、レオが必死でその腕を掴んで止める。

 

「カイン、待て…!」

 

だが、そのレオの声もまた、震えていた。

 

彼の顔から血の気が引き、いつも冷静なその瞳が、絶望に見開かれている。

 

リアムは、その光景を一瞥すると、部屋の主である女性研究員に、静かに声をかけた。

 

「…やあ。君が、新しくエイゼンのチームに加わったという…」

 

「あー、アンタ誰や?まあ、ええわ!なんか用でもあるん?」

 

女性研究員は、悪びれる様子もなく、カラカラと笑う。

 

「…ここに、小さな女の子が来なかったかい?」

 

「ああ、来た来た!なんか慌てて飛び込んできた思たら、ちょうど実験の真っ最中やってん。見ての通り、ドカン!や」

 

彼女は、親指でぐしゃぐしゃになった肉片を指し示した。

 

リアムは、その残骸に視線を落とすと、心の底から悲しむかのように、その名を呟いた。

 

「…ノエル…」

 

「ごっめーん!アンタの大事な実験体やったん?」

 

「…いや。彼女は、私のかけがえのない、大切な『家族』だったんだ…」

 

その悲痛な声に、レオたちがはっと息を呑む。

 

「先生…」

 

「お前がノエルを…!」

 

カインが、憎悪に満ちた声で女性研究員を睨みつける。

 

「やめなさい、カイン」

 

リアムは、静かに彼らを制した。

 

「彼女に悪気はなかった。事故だったんだ。それに、元はと言えば、ノエルを惑わした主任が悪い。…実験を邪魔して、すまなかったね」

 

リアムは、女性研究員に穏やかに微笑みかける。

 

「ところで、これは何の実験を?」

 

「お!ええこと聞いてくれるやん!」

 

女性研究員は、待ってましたとばかりに、目を輝かせて早口でまくし立てた。

 

「これはな!エーテリアス自動殲滅機構の試作機や!完成した暁には、こいつを搭載したロボをホロウにばらまくだけで、エーテル反応を持つものを片っ端から駆除してくれるっていう、超スグレモノやねん!まあ、まだ未完成で、さっきみたいにたまに暴走しちゃうんやけどね!」

 

彼女はそこで一度言葉を切ると、リアムの後ろにいるレオたちを品定めするように見つめた。

 

「ついでにな、ウチの兵器ちゃんがどれだけイケるか、データも取らなあかんやろ?そのための『サクリファイス』も、もちろんウチのお手製やで!こいつら、もっと頑丈に作らんと、すぐにバラバラになってしもて、ええデータが取れへんのよ。もっと極限まで追い込んで、最高の『完成度』にせなあかんと思わへん?」

 

「ほう…それは、興味深い」

 

リアムは、彼女の研究内容に感心したように頷く。

 

(『サクリファイス』…だと?いや、話が噛み合わんな。彼女の言う『サクリファイス』は、あくまで兵器の的としての存在か。だが、『完成度を高める』…?アプローチは違えど、目指す先は同じ…『より完成度の高いサクリファイスの創造』か)

 

「実に興味深い研究だ。君のような優秀な研究者が、エイゼンの下で兵器開発だけをしているのは惜しいな」

 

リアムは、探るような視線で彼女を見つめる。

 

「はあ?別にええやん、ウチは好きな研究ができて、予算もたんまり貰えればそれで満足やし。誰の下とか、興味ないわ」

 

女性研究員は、けろりと言いのける。その、組織や権力に一切興味を示さない態度に、リアムはますます興味をそそられた。

 

「そうかい。だが、もしエイゼンの予算が君の研究を満足させられなくなったら…その時は、私に言うといい。君の才能に見合うだけの、最高の環境を用意しよう。力になるよ」

 

それは、穏やかな口調とは裏腹に、明確な引き抜きの誘いだった。

 

「へー、気前ええなあ。まあ、覚えとくわ」

 

女性研究員は、ひらひらと手を振る。

 

リアムは満足そうに微笑むと、まだ立ち尽くしている子供たちに向き直った。

 

「さあ、行こう。ノエルのことは…残念だったが、我々にはまだやるべきことがある」

 

その声は、悲しみを装いながらも、どこか冷たく響いた。

 

レオやカインは、憎しみを新たにするように女性研究員を一瞥し、無言でリアムの後に続く。

 

イリスと双子は、まだショックから立ち直れないのか、虚ろな目で床の惨状を見つめているだけだった。

 

リアムは、そんな彼らの背中を優しく促し、部屋を後にした。

 

 

 

彼らの足音が完全に遠ざかった後、女性研究員は「ふぅ」と一つ息をつくと、部屋の奥にあるロッカーに向かって声をかけた。

 

「もうええよー、出てきいや、おチビちゃん」

 

ロッカーの扉が、おずおずと開かれる。中から現れたのは、震えるノエルだった。

 

「あ、ありがとうございました…」

 

「いーや、どーってことないで!」

 

女性研究員は、カラカラと笑う。

 

ノエルは、床に散らばる肉片と血の海を見て、再び顔を青くした。

 

「あはは!大丈夫やって、そらニセモンや!人間そっくりのマネキンに、血液パックの中身詰めただけやん!ウチの傑作やで!」

 

「…うそ、じゃない…」

 

ノエルの耳が、彼女の言葉に嘘がないことを告げている。

 

安心した途端、今度はリアルすぎる光景に、こみ上げてくる吐き気を感じた。

 

「で、おチビちゃんは、なんであんなイケメンに追われてたん?」

 

助けてくれたこの人になら、信じてもらえるかもしれない。

 

ノエルは、勇気を振り絞って、自分が聞いたこと、そして逃げてきた理由を、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

リアムのこと、自分たちの能力のこと、そして、主任のこと。

 

女性研究員は、その壮大な話を、興味深そうに、しかしどこか他人事のように聞いていた。

 

「へー、そうなんや。大変やなあ。組織とか派閥とか、よう分からんけど。そのリアムって人も、主任って人も、どっちもどっちって感じやな」

 

「え…」

 

「いやー、すまんな!そないな面倒な話、苦手やねん!ウチにはどうにもできひんってことだけは分かったわ!アハハ!」

 

ノエルは、そのあまりにも軽い反応に、唖然とする。

 

勇気を出して話したのに、この人は何も分かってくれない。

 

「まあまあ、そないに落ち込まんと。人には向き不向きがあんねんて。ウチは、面倒なことはぜーんぶ人に押し付けることにしてんの!」

 

彼女はそう言うと、ノエルの肩をぽんと叩いた。

 

「というわけで、この件をどうにかできそうな人のところに、連れてったるわ」

 

「え…?それって、誰…?」

 

ノエルが尋ねると、女性研究員は、ニッと笑って答えた。

 

「エイゼンっていう、ここのおエラいさんや。ウチをスカウトしてくれた人でな、なんか知らんけど、ああいう面倒ごとを片付けるのが得意みたいやから」

 

「…でも…その人も、研究員なんでしょ…?先生と、同じ…」

 

ノエルの声は、恐怖と不信感でか細く震えていた。

 

リアムの裏切りは、彼女の中から「研究員」という存在そのものへの信頼を奪い去っていた。

 

「んー?まあ、そうやけど。でも、あのイケメンとは全然ちゃうタイプやで。もっとこう、鉄仮面みたいな?笑ったとこ見たことないわ。まあ、ウチの研究に口出しせんし、予算もポンと出してくれるから、ええ人やと思うけどな!…今のところは」

 

女性研究員は、悪びれもなく付け加える。

 

そのあっけらかんとした様子に、ノエルはますます混乱した。

 

「でも…」

 

「まあまあ、百聞は一見に如かずや!ウチが一緒に行ったるから、大丈夫やって!ほら、行くで!」

 

女性研究員は、迷うノエルの背中をぐいと押し、有無を言わさず部屋の外へと連れ出した。

 

「あ、あの…!」

 

「大丈夫、大丈夫!あのイケメンには、もう会わさんようにしたるから!」

 

その根拠のない自信に満ちた言葉に、ノエルはもはや抵抗する気力もなかった。

 

ただ、この陽気で掴みどころのない研究員の後を、おびえた子猫のようについていくことしかできなかった。

 

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