余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた 作:夜琥
ヴォルフの背中が荒野の彼方に見えなくなると、メグは一度大きく息を吐き、診療所の方を振り返った。
「さてと…」
ヴォルフがいなくなった診療所は、急に静まり返ったように感じる。
「まずは、訓練の続きだね。雅さん、お願い」
メグが声をかけると、雅は無言で頷き、すっと自然体で構えた。
(『そんな大振りじゃ、当たるもんも当たらねえな』…か)
食事をしていたときに聞いたヴォルフの言葉が、脳裏に蘇る。
あのとき、自分の戦い方について少しだけアドバイスをもらっていた。
ヴォルフの指摘は悔しいけれど、その通りだった。
ただエーテルを放出するだけでは、実戦では役に立たない。
「もっと、速く…小さく…鋭く…」
メグはイメージを修正する。
大きな剣ではなく、ナイフのような、あるいは針のような、鋭利で凝縮されたエーテルの刃。
意識を集中させ、指先に熱を集める。
雅が隣で、手のひらに小さな光の円盤を作り出した。
それは攻撃的というよりは、何かを受け流すための「盾」のように見えた。
「え、それ…盾?」
メグが驚いて尋ねると、雅はコクリと頷き、その光の盾を前に突き出した。
「…守る」
短く呟かれたその言葉に、メグはハッとする。
(そっか…エーテルは、攻撃だけじゃない。守るためにも使えるんだ)
雅の戦い方は、攻防一体。敵の攻撃を受け流し、その隙を突く。
「ありがとう、雅さん。それも、練習してみる!」
メグは新たな目標を得て、再び訓練に没頭した。
昼過ぎまで訓練を続けた後、メグは少し休憩することにした。
「ふぅ…疲れたぁ…」
日陰に座り込み、シロが持ってきてくれた水を一口飲む。冷たい水が乾いた喉に染み渡る。
「ありがとう、シロ」
「ピュイ!」
エーテル操作の訓練は、少し続けただけでも脳が焼けるように痛み、長時間続けることは、今のメグには不可能だった。
「…でも、身体だけなら、まだ動く」
メグは、腰に下げたコンバットナイフを手に取った。ヴォルフがくれた「お守り」だ。
ずしりとした鋼鉄の重みが、手のひらに伝わる。
(これなら、エーテルを使わなくても、実戦形式の訓練ができる…!)
メグはナイフを構え、雅に向き直った。
「雅さん、今度は少し、相手をしてくれないかな。このナイフを使ってみたいんだ」
雅は静かに頷くと、腰の刀を抜き放った。
ギラリと輝く刃渡りは、メグの持つナイフの何倍も長い。
(…間合いが、全然違う。私が飛び込んでも、その前に切られちゃう)
メグは冷静に分析する。
力も、リーチも、スピードも、全てにおいて相手が上。
正面から挑んでも勝ち目はない。
(今まで私は、ずっと逃げてきた。障害物を使って、相手の視界を切って…)
逃げることは、相手の力を利用することでもある。
相手が突っ込んでくれば、その勢いを利用して別の方向へ誘導できる。
(…だったら、戦う時も同じようにすればいいんだ)
自分から攻めるんじゃない。
相手の攻撃を誘って、それをギリギリでかわして、その隙を突く。
カウンター狙いだ。
「…いくよ!」
メグは、あえて隙を見せるように、ゆっくりと間合いを詰めた。
雅がそれに反応し、鋭い突きを放つ。
(今…!)
メグは、その切っ先をギリギリで見切り、身体を半身に捻って回避した。
同時に、踏み込んで相手の懐に潜り込む。
そのままナイフを突き出そうとするが、雅は既に次の動作に移っていた。
刀の柄頭で、メグのナイフを持つ手を軽く叩く。
カツン、と乾いた音が響き、ナイフが手からこぼれ落ちそうになった。
「うぅ…やっぱり強い」
メグは苦笑いしながらナイフを握り直す。
雅は刀を引き、満足げに頷いた。
方向性は間違っていないようだ。
「でも、少し分かったかも。私の戦い方は、自分から攻めるんじゃなくて、相手の力を利用する『カウンター』だ」
リスクは高いが、小柄な自分が生き残るにはそれしかない。
(ヴォルフ…ありがとう。このナイフのおかげで、少し戦い方が見えてきたよ)
メグはナイフを握りしめ、新たな決意を胸に刻んだ。
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休憩を終えると、メグは診療所の掃除を始めた。
自分の寝床はある程度きれいにしたとはいえ、しばらくこの場所を使うことを考えれば、他の場所もきれいにしておきたいという気持ちがメグにはあった。
箒代わりの木の枝で床を掃き、ボロボロの布で棚を拭く。
その最中、棚の奥から一冊の古びた絵本が出てきた。
表紙は色褪せ、タイトルも読めないが、中には一生懸命描かれたであろう子供の落書きが残っていた。
『おとうさん、おかあさん、はやくかえってきてね』
拙い文字でそう書かれたページを見て、メグの胸が締め付けられる。
(ここにも…家族がいたんだ)
ホロウ災害で失われた、当たり前の日常。
この診療所も、かつては誰かの大切な場所だったのだ。
メグは絵本をそっと元の場所に戻し、心の中で祈った。
掃除を終えると、メグはシロの元へ歩み寄った。
「シロ、クラヴィスの様子を見せて」
メグがそう言って、シロの接続ポートにそっと手を触れる。
その瞬間、指先から微弱な電流が流れ、体内のナノマシンが活性化する。
シロは元々、クラヴィスの外部演算ユニットとして設計された存在だ。
たとえクラヴィス本体がスリープモードにあっても、その深層レベルでの接続は途絶えていない。
シロは、その接続を通じてクラヴィスが発する微弱な信号を受信・解析し、最低限のステータスをモニタリングし続けていた。
メグの視界に、シロが解析したクラヴィスのログが浮かび上がった。
『体温低下を検知。代謝レベルを微調整』
『精神的ストレス値の上昇を確認。鎮静フェーズへ移行』
『外部からの微弱なエーテル干渉を遮断』
(クラヴィス…ずっと、私を守ってくれてるんだね)
スリープモード中も、彼は片時も休まず、その微かな「寝息」を通じてメグの身体を管理し続けていた。
メグは、ログの文字列を指で優しくなぞるように、空中に手をかざした。シロが心配そうに電子音を漏らす。
「大丈夫だよ、シロ。クラヴィスは強いから。きっとすぐに起きるよ」
「ピュイ!」
シロが元気に答えるのを見て、メグは少しだけ元気を取り戻した。
日が傾き、空が茜色に染まり始めた頃、メグは夕食の準備に取り掛かった。
(ヴォルフ、そろそろ帰ってくるかな)
朝のスープは、なんだかんだで全部飲んでくれた。なら、夜はもう少し頑張ってみよう。
「缶詰のお肉と、乾燥野菜…あと、少しだけお米が残ってるから…」
メグは知恵を絞り、リゾット風の何かを作ることにした。
鍋でお米を炒め、水とコンソメ代わりの保存食を砕いて入れる。
コトコトと煮える音と、漂う香りに、少しだけ心が和む。
誰かのために料理を作るなんて、いつぶりだろう。
(…なんか、変な感じ)
追われている身で、こんな荒野の真ん中で、賞金稼ぎの帰りを待ちながら夕食を作っているなんて。
でも、その「変な感じ」は、決して嫌なものではなかった。
その時だった。
鍋をかき混ぜていた手が、ふと止まる。
ゾワリと、背筋を冷たいものが這い上がった。
(…なに、これ…?)
「アンテナ」が、微かな、しかし異質なノイズを拾った。
ホロウの自然なエーテルの流れとは違う。
もっと鋭利で、人工的な、悪意を含んだ気配。
「雅さん!」
メグが顔を上げると、診療所の入り口に立っていた雅も、すでに警戒態勢に入っていた。
刀の柄に手をかけ、低い姿勢で外の闇を睨んでいる。
だが、その気配は、ほんの一瞬でフッと消えてしまった。
まるで、錯覚だったかのように。
「…消えた?」
メグは辺りを見回すが、動くものは何もない。
ただ、風が枯草を揺らす音だけが聞こえる。
(気のせい…?でも、今の感覚は…)
メグの心臓が早鐘を打つ。
嵐の前の静けさ。
そんな言葉が、ふと脳裏をよぎった。
「魔法少女ノ魔女裁判」という作品をプレイしていたため、執筆が遅くなりました。
創作意欲が湧き、上記作品の二次創作の執筆も始めたので、これまでよりも少しだけ更新ペースが遅くなる可能性があります。
申し訳ありませんが、引き続きよろしくお願いします。