余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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26. 嵐の前の静けさ

ヴォルフの背中が荒野の彼方に見えなくなると、メグは一度大きく息を吐き、診療所の方を振り返った。

 

「さてと…」

 

ヴォルフがいなくなった診療所は、急に静まり返ったように感じる。

 

「まずは、訓練の続きだね。雅さん、お願い」

 

メグが声をかけると、雅は無言で頷き、すっと自然体で構えた。

 

(『そんな大振りじゃ、当たるもんも当たらねえな』…か)

 

食事をしていたときに聞いたヴォルフの言葉が、脳裏に蘇る。

 

あのとき、自分の戦い方について少しだけアドバイスをもらっていた。

 

ヴォルフの指摘は悔しいけれど、その通りだった。

 

ただエーテルを放出するだけでは、実戦では役に立たない。

 

「もっと、速く…小さく…鋭く…」

 

メグはイメージを修正する。

 

大きな剣ではなく、ナイフのような、あるいは針のような、鋭利で凝縮されたエーテルの刃。

 

意識を集中させ、指先に熱を集める。

 

雅が隣で、手のひらに小さな光の円盤を作り出した。

 

それは攻撃的というよりは、何かを受け流すための「盾」のように見えた。

 

「え、それ…盾?」

 

メグが驚いて尋ねると、雅はコクリと頷き、その光の盾を前に突き出した。

 

「…守る」

 

短く呟かれたその言葉に、メグはハッとする。

 

(そっか…エーテルは、攻撃だけじゃない。守るためにも使えるんだ)

 

雅の戦い方は、攻防一体。敵の攻撃を受け流し、その隙を突く。

 

「ありがとう、雅さん。それも、練習してみる!」

 

メグは新たな目標を得て、再び訓練に没頭した。

 

 

昼過ぎまで訓練を続けた後、メグは少し休憩することにした。

 

「ふぅ…疲れたぁ…」

 

日陰に座り込み、シロが持ってきてくれた水を一口飲む。冷たい水が乾いた喉に染み渡る。

 

「ありがとう、シロ」

 

「ピュイ!」

 

 

エーテル操作の訓練は、少し続けただけでも脳が焼けるように痛み、長時間続けることは、今のメグには不可能だった。

 

「…でも、身体だけなら、まだ動く」

 

メグは、腰に下げたコンバットナイフを手に取った。ヴォルフがくれた「お守り」だ。

 

ずしりとした鋼鉄の重みが、手のひらに伝わる。

 

(これなら、エーテルを使わなくても、実戦形式の訓練ができる…!)

 

メグはナイフを構え、雅に向き直った。

 

「雅さん、今度は少し、相手をしてくれないかな。このナイフを使ってみたいんだ」

 

雅は静かに頷くと、腰の刀を抜き放った。

 

ギラリと輝く刃渡りは、メグの持つナイフの何倍も長い。

 

(…間合いが、全然違う。私が飛び込んでも、その前に切られちゃう)

 

メグは冷静に分析する。

 

力も、リーチも、スピードも、全てにおいて相手が上。

 

正面から挑んでも勝ち目はない。

 

(今まで私は、ずっと逃げてきた。障害物を使って、相手の視界を切って…)

 

逃げることは、相手の力を利用することでもある。

 

相手が突っ込んでくれば、その勢いを利用して別の方向へ誘導できる。

 

(…だったら、戦う時も同じようにすればいいんだ)

 

自分から攻めるんじゃない。

 

相手の攻撃を誘って、それをギリギリでかわして、その隙を突く。

 

カウンター狙いだ。

 

「…いくよ!」

 

メグは、あえて隙を見せるように、ゆっくりと間合いを詰めた。

 

雅がそれに反応し、鋭い突きを放つ。

 

(今…!)

 

メグは、その切っ先をギリギリで見切り、身体を半身に捻って回避した。

 

同時に、踏み込んで相手の懐に潜り込む。

 

そのままナイフを突き出そうとするが、雅は既に次の動作に移っていた。

 

刀の柄頭で、メグのナイフを持つ手を軽く叩く。

 

カツン、と乾いた音が響き、ナイフが手からこぼれ落ちそうになった。

 

「うぅ…やっぱり強い」

 

メグは苦笑いしながらナイフを握り直す。

 

雅は刀を引き、満足げに頷いた。

 

方向性は間違っていないようだ。

 

「でも、少し分かったかも。私の戦い方は、自分から攻めるんじゃなくて、相手の力を利用する『カウンター』だ」

 

リスクは高いが、小柄な自分が生き残るにはそれしかない。

 

(ヴォルフ…ありがとう。このナイフのおかげで、少し戦い方が見えてきたよ)

 

メグはナイフを握りしめ、新たな決意を胸に刻んだ。

 

---

 

休憩を終えると、メグは診療所の掃除を始めた。

 

自分の寝床はある程度きれいにしたとはいえ、しばらくこの場所を使うことを考えれば、他の場所もきれいにしておきたいという気持ちがメグにはあった。

 

箒代わりの木の枝で床を掃き、ボロボロの布で棚を拭く。

 

その最中、棚の奥から一冊の古びた絵本が出てきた。

 

表紙は色褪せ、タイトルも読めないが、中には一生懸命描かれたであろう子供の落書きが残っていた。

 

『おとうさん、おかあさん、はやくかえってきてね』

 

拙い文字でそう書かれたページを見て、メグの胸が締め付けられる。

 

(ここにも…家族がいたんだ)

 

ホロウ災害で失われた、当たり前の日常。

 

この診療所も、かつては誰かの大切な場所だったのだ。

 

メグは絵本をそっと元の場所に戻し、心の中で祈った。

 

掃除を終えると、メグはシロの元へ歩み寄った。

 

「シロ、クラヴィスの様子を見せて」

 

メグがそう言って、シロの接続ポートにそっと手を触れる。

 

その瞬間、指先から微弱な電流が流れ、体内のナノマシンが活性化する。

 

シロは元々、クラヴィスの外部演算ユニットとして設計された存在だ。

 

たとえクラヴィス本体がスリープモードにあっても、その深層レベルでの接続は途絶えていない。

 

シロは、その接続を通じてクラヴィスが発する微弱な信号を受信・解析し、最低限のステータスをモニタリングし続けていた。

 

メグの視界に、シロが解析したクラヴィスのログが浮かび上がった。

 

『体温低下を検知。代謝レベルを微調整』

 

『精神的ストレス値の上昇を確認。鎮静フェーズへ移行』

 

『外部からの微弱なエーテル干渉を遮断』

 

(クラヴィス…ずっと、私を守ってくれてるんだね)

 

スリープモード中も、彼は片時も休まず、その微かな「寝息」を通じてメグの身体を管理し続けていた。

 

メグは、ログの文字列を指で優しくなぞるように、空中に手をかざした。シロが心配そうに電子音を漏らす。

 

「大丈夫だよ、シロ。クラヴィスは強いから。きっとすぐに起きるよ」

 

「ピュイ!」

 

シロが元気に答えるのを見て、メグは少しだけ元気を取り戻した。

 

 

日が傾き、空が茜色に染まり始めた頃、メグは夕食の準備に取り掛かった。

 

(ヴォルフ、そろそろ帰ってくるかな)

 

朝のスープは、なんだかんだで全部飲んでくれた。なら、夜はもう少し頑張ってみよう。

 

「缶詰のお肉と、乾燥野菜…あと、少しだけお米が残ってるから…」

 

メグは知恵を絞り、リゾット風の何かを作ることにした。

 

鍋でお米を炒め、水とコンソメ代わりの保存食を砕いて入れる。

 

コトコトと煮える音と、漂う香りに、少しだけ心が和む。

 

誰かのために料理を作るなんて、いつぶりだろう。

 

(…なんか、変な感じ)

 

追われている身で、こんな荒野の真ん中で、賞金稼ぎの帰りを待ちながら夕食を作っているなんて。

 

でも、その「変な感じ」は、決して嫌なものではなかった。

 

その時だった。

 

鍋をかき混ぜていた手が、ふと止まる。

 

ゾワリと、背筋を冷たいものが這い上がった。

 

(…なに、これ…?)

 

「アンテナ」が、微かな、しかし異質なノイズを拾った。

 

ホロウの自然なエーテルの流れとは違う。

 

もっと鋭利で、人工的な、悪意を含んだ気配。

 

「雅さん!」

 

メグが顔を上げると、診療所の入り口に立っていた雅も、すでに警戒態勢に入っていた。

 

刀の柄に手をかけ、低い姿勢で外の闇を睨んでいる。

 

だが、その気配は、ほんの一瞬でフッと消えてしまった。

 

まるで、錯覚だったかのように。

 

「…消えた?」

 

メグは辺りを見回すが、動くものは何もない。

 

ただ、風が枯草を揺らす音だけが聞こえる。

 

(気のせい…?でも、今の感覚は…)

 

メグの心臓が早鐘を打つ。

 

嵐の前の静けさ。

 

そんな言葉が、ふと脳裏をよぎった。




「魔法少女ノ魔女裁判」という作品をプレイしていたため、執筆が遅くなりました。

創作意欲が湧き、上記作品の二次創作の執筆も始めたので、これまでよりも少しだけ更新ペースが遅くなる可能性があります。

申し訳ありませんが、引き続きよろしくお願いします。
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