余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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29. 断ち切れない鎖

紫色の靄が視界を覆う。

 

ホロウ特有の、肌にまとわりつくような湿った空気と、空間が歪む微かな耳鳴り。

 

逃げ込んだ先は、かつて工場だったと思われる廃墟の深部だった。

 

巨大な配管が内臓のように天井を這い、崩れた壁や錆びついた機械が墓標のように立ち並んでいる。

 

複雑に入り組んだ地形は、身を隠すにはうってつけだが、同時に敵にとっても死角が多いことを意味する。

 

「…ハァ…ハァ…ッ」

 

メグは壁に背を預け、荒い呼吸を整えていた。

 

潰された右足の感覚がない。

 

いや、熱い鉄棒を押し付けられたような激痛が、逆に感覚を麻痺させているのだ。

 

ナノマシンが修復を始めているのか、傷口がちりちりと焼けるように熱い。

 

「ピュイ…」

 

シロが心配そうにメグの足元にすり寄る。

 

「…平気だよ、シロ。まだ、動ける」

 

メグは強がって見せるが、脂汗が止まらない。

 

「無理すんな。アドレナリンが出てるうちはいいが、切れたら動けなくなるぞ」

 

ヴォルフが、物陰から周囲を警戒しながら低い声で言った。

 

彼は素早く手元の端末を操作し、ホロウ内の簡易的なマッピングを行おうとするが、エーテル干渉が強く、ノイズが走る。

 

「チッ、センサーの反応が鈍いな」

 

ヴォルフが舌打ちをした、その時。

 

メグがふと顔を上げ、虚空を睨んだ。

 

「…来るよ」

 

「あ?」

 

ヴォルフが怪訝な顔で振り返る。

 

「右の壁の向こう、配管の上を伝って3人。…天井の梁の上に、狙撃手が2人。…左の通路の曲がり角の先からも、5人来てる」

 

メグは確信を持って告げた。

 

敵が動くたびに揺らぐエーテルの波紋。

 

ホロウの中だからこそ、彼女の「アンテナ」は、ヴォルフの持つセンサーよりも遥かに鋭敏に、敵の位置を捉えていた。

 

ヴォルフは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに自身の聴覚と直感を研ぎ澄ませた。

 

微かな衣擦れの音。埃が落ちる気配。

 

(…マジかよ)

 

メグが示した位置と、ヴォルフが違和感を感じた位置が、完全に一致している。

 

「…へっ。伊達に狙われてるわけじゃねえってか」

 

ヴォルフはニヤリと笑うと、メグの情報を疑うことなく受け入れた。

 

信頼関係などという甘いものではない。

 

ただ、現場において正確な情報を出す人間は「使える」という、プロとしての判断だ。

 

「上出来だ、嬢ちゃん。その『目』、貸してもらうぜ」

 

ヴォルフは天井の梁を見上げ、ワイヤーアンカーの射出機を構えた。

 

「雅の嬢ちゃん、お前の腕は?」

 

ヴォルフが問う。

 

雅は裂けた青緑色の羽織の袖から覗く左腕を一瞥した。

 

そこには生々しい傷口はなく、代わりにエーテルの粒子がゆらゆらと立ち昇っていた。

 

対ホロウ6課の制服を模したその衣装は、所々が焼け焦げているものの、彼女の凛とした佇まいを損なってはいない。

 

彼女は刀を構え直すと、小さく頷いた。

 

そして、メグの方を向くと、一言だけ。

 

「…守る」

 

その言葉には確固たる意志が込められていた。

 

「頼もしいこった。…作戦はシンプルだ。ここは狭い。俺が上から撹乱して、敵の陣形を崩す。お前は嬢ちゃんの盾になれ。近づく奴は片っ端から斬り捨てろ」

 

雅は静かに刀の柄に手をかけ、了承の意を示すように軽く顎を引いた。

 

ヴォルフは天井の梁を見上げ、ワイヤーアンカーの射出機を構えた。

 

その瞳が、狩人の色に変わる。

 

「狩りの時間だ」

 

カシュッ!

 

乾いた発射音と共に、ワイヤーが天井の闇へと吸い込まれた。

 

ヴォルフの体がふわりと浮き上がり、梁の影へと消える。

 

直後、静寂を破るように、メグが告げた通りの位置から、黒い影たちが雪崩れ込んできた。

 

暗視ゴーグルと消音ライフルで武装した、黒尽くめの部隊。

 

「――ターゲット確認。制圧を開始する」

 

無機質な指令と共に、一斉射撃が開始される。

 

パシュッ、パシュッ、パシュッ!

 

消音された銃声が連続し、メグたちが隠れていたコンクリートの壁が削り取られる。

 

「っ…!」

 

メグはシロを抱いて身を縮める。

 

雅が動いた。

 

彼女は風のようにメグの前に滑り込むと、飛来する弾丸を、目にも留まらぬ刀捌きで弾き落とす。

 

火花が散り、金属音が廃墟に響き渡る。

 

「なっ…!?銃弾を…!」

 

敵兵の一人が動揺した、その隙だった。

 

ヒュンッ!

 

頭上から、何かが風を切る音がした。

 

「うぐぁっ!?」

 

梁の上に潜んでいた敵兵が、突然悲鳴を上げて宙吊りになる。

 

メグが位置を教えた場所に、ヴォルフが先回りしていたのだ。

 

「一人目!」

 

ヴォルフの声が天井から降ってくる。

 

吊るし上げられた兵士はそのまま別の敵兵に向かって投げつけられ、二人まとめて壁に激突した。

 

「上だ!散開しろ!」

 

部隊長らしき男が叫ぶ。

 

だが、ヴォルフはすでにその場にはいない。

 

メグの情報を元に、敵の死角となる梁を飛び移り、予測不能な角度から奇襲をかけ続ける。

 

「クソッ!位置がバレてるのか!?」

 

「影を撃て!制圧射撃だ!」

 

敵の注意が上空に向いた瞬間、メグが鋭く声を上げた。

 

「雅さん、右前方!3人!」

 

雅が地を蹴った。

 

一閃。

 

声もなく踏み込んだ雅の刃が、前衛の兵士の武器を両断し、そのまま流れるような動きで二人目を峰打ちで沈める。

 

メグは次々に来る、敵の位置を雅とヴォルフに継続的に伝え、不利な戦況を安定させていた。

 

***

 

一方、廃墟の外に展開していた指揮車両の中では、冷徹な空気が流れていた。

 

彼らは、メグ達が車両の入り込めないホロウの裂け目に飛び込んだ後、拘束された少女を「使用」し、車両の通れる最短ルートで、メグ達が逃げ込んだ廃墟の外に辿り着いていた。

 

指揮官は、複数のドローンと兵士のヘルメットカメラから送られてくる映像を、瞬きもせずに見つめていた。

 

「…妙だな」

 

彼は、画面上に表示される自軍の損耗率と、敵の動きの相関関係に目を止めた。

 

「こちらの奇襲ポイントが、ことごとく先読みされている。賞金稼ぎの勘か?それにしては正確すぎる」

 

彼は、映像を巻き戻し、スロー再生する。

 

そこには、攻撃が開始される直前、ターゲットであるメグが何もない空間を見つめ、口元を動かしている様子が映っていた。

 

「…なるほど」

 

指揮官は、興味深そうに呟く。

 

「ターゲットは、このエーテル環境下で、我々の配置を『視て』いる。リアム様からの情報にあった『アンテナ』能力…想像以上の精度だ」

 

「指揮官、どうしますか?このままでは消耗戦になりますが」

 

部下の問いに、指揮官は冷ややかに笑う。

 

「相手がこちらの位置を知っているなら、それを利用するまでだ」

 

彼は、端末を操作し、新たな配置図を送信する。

 

「全部隊に通達。作戦変更。配置を『飽和攻撃』へ移行。さらに、B班とC班はエーテルジャミングを使用し『誤った位置情報』をばら撒け。…ターゲットの『目』を、逆に利用してやれ」

 

***

 

「手強い…!」

 

「怯むな!エーテル中和弾を使え!」

 

敵兵の一人が、特殊な弾頭を装填したランチャーを構える。

 

発射された弾丸が空中で炸裂し、白い煙幕のようなガスが広がる。

 

そのガスに触れた瞬間、雅の動きが鈍った。

 

構成するエーテルが不安定になり、身体の輪郭がノイズのように乱れる。

 

「雅さん!?」

 

雅は苦しげに眉をひそめる。

 

だが、心配そうに見上げるメグの視線に気づくと、微かに口元を緩めた。

 

「…大事なし」

 

たった一言。

 

しかし、メグを安心させるには十分な強さを孕んだ言葉。

 

彼女は再び敵に向き直る。

 

その剣速は明らかに落ちていたが、闘志は衰えていない。

 

「効いてるぞ!押し込め!手足の一本や二本なくなろうが構わん、生きたまま連れ帰ればいい!」

 

部隊長の冷酷な叫び声が響く。

 

その言葉に、敵兵たちの動きが変わった。

 

ターゲットを傷つけないようにという遠慮が消え、明確な殺意と暴力性を帯びる。

 

「なりふり構わずきやがったか…!」

 

ヴォルフがワイヤーを巻き取り、一度メグたちの元へ降り立つ。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「雅さんが…!」

 

「あの煙、エーテルへの干渉兵器か。厄介だな」

 

その時だった。

 

「数で押せ!護衛を釘付けにしろ!」

 

部隊長の号令と共に、敵兵が一斉になだれ込んでくる。

 

ヴォルフは咄嗟にワイヤーを放ち、左右から迫る兵士を絡め取って激突させるが、その隙を縫って別の兵士がライフルを乱射してくる。

 

「キリがねえ…!」

 

ヴォルフは障害物に身を隠しながら応戦を余儀なくされる。

 

雅の方も、エーテル中和ガスを散布する兵士たちに取り囲まれていた。

 

「…邪魔、だ…!」

 

彼女は刀を振るうが、ガスの影響で本来の速度が出せない。

 

さらに、メグの脳内に、無数の「気配」が雪崩れ込んできた。

 

「…っ!?」

 

(何これ…!?敵が増えた…?右も、左も、上も…全部から来る!?)

 

メグの「アンテナ」が、処理しきれないほどのエーテル反応を拾い、激しい頭痛を引き起こす。

 

それは、敵が意図的に散布したデコイとジャミングによる、情報の飽和攻撃だった。

 

「ヴォルフ!敵の場所が…いっぱいありすぎて、分からない…!」

 

メグが悲鳴のように叫ぶ。

 

「目くらましか!…来るぞ!」

 

二人の護衛がそれぞれの対処に追われ、防衛線に一瞬の綻びが生じる。

 

そのわずかな隙間を縫うように、一人の敵兵が瓦礫の影から滑り込み、メグへと肉薄した。

 

手には、高圧電流がバチバチと音を立てるスタンバトンが握られている。

 

「ターゲット、確保!」

 

敵兵がメグに飛びかかる。

 

ヴォルフは複数の敵に抑え込まれ、雅もガスに阻まれて動けない。

 

「…ッ!」

 

メグの視界がスローモーションになる。

 

迫りくるスタンバトンの先端。

 

触れれば意識を刈り取られ、自由を奪われる。

 

だが、メグの心は、凍りついた湖面のように静まり返っていた。

 

(知ってる…この感覚)

 

メグの瞳が、冷たく細められる。

 

そこに、怯えはなかった。

 

(大丈夫。動ける)

 

メグは、迫りくる脅威を「恐怖の対象」ではなく、「処理すべき情報」として認識した。

 

逃げる場所も、抗う手段もなかった頃とは違う。

 

今は、ヴォルフからもらったナイフが手の中にある。

 

雅さんから学んだ動きが、身体に残っている。

 

私はもう、ただ怯えるだけの実験体じゃない。

 

敵兵がスタンバトンを振り下ろす。

 

容赦のない、骨を砕く勢いの一撃。

 

その動きは、かつて敵として対峙した、雅に模倣したドッペルゲンガーの鋭い斬撃と重なる。

 

あの時、死線を潜り抜けた身体が、どう動けばいいかを覚えている。

 

『逃げる』ことと『戦う』ことは、同じだ。

 

相手の力を利用し、軌道を逸らし、その隙を突く。

 

(右…!)

 

メグは、その軌道を「アンテナ」で感じるエーテルの流れと共に読み取る。

 

彼女は、潰れた足の激痛を無視し、残った左足で強く地面を蹴った。

 

身体を低く沈め、敵の懐へと飛び込むように、右斜め前へステップする。

 

スタンバトンが空を切り、メグの頭上を通過する。

 

「なっ!?」

 

攻撃をかわされると思っていなかった敵兵が、驚きに目を見開く。

 

前のめりになった敵の勢い。

 

メグはそれを利用し、すれ違いざまに、ヴォルフから貰ったナイフの柄頭を、敵の鳩尾めがけて叩き込んだ。

 

「はぁっ!!」

 

ドンッ!という鈍い音が響く。

 

「がはっ…!?」

 

敵兵は苦悶の声を上げ、前のめりに崩れ落ちた。

 

メグは肩で息をしながら、震える手でナイフを握りしめたまま、その場に踏みとどまる。

 

痛みと疲労で膝が笑っているが、彼女は倒れなかった。

 

その瞳には、かつての怯えではなく、生き残るための強い光が宿っていた。

 

「…やった…!」

 

しかし、安心したのも束の間だった。

 

倒れた兵士の影から、即座に二人目の兵士が飛び出してきたのだ。

 

「ターゲットの抵抗を確認!制圧する!」

 

二の矢。

 

メグの反撃さえも計算に入れた、波状攻撃。

 

二人目の兵士は、メグが体勢を崩したその瞬間を狙い、無慈悲にスタンガンを突き出してくる。

 

(…しまっ…!)

 

ナイフを構え直す時間もない。

 

青白い電撃が、目の前まで迫る。

 

避けられない。

 

なら――

 

メグは、回避することをやめた。

 

歯を食いしばり、迫りくる電撃に向けて、あえて自らの左腕を差し出す。

 

「ぐっ…!!」

 

強烈な衝撃と激痛が身体を貫く。

 

筋肉が痙攣し、意識が飛びそうになる。

 

だが、メグは倒れなかった。

 

焼けつくような痛みを意志の力でねじ伏せ、両足を踏ん張ってその場に耐える。

 

「なっ…!?倒れないだと…!?」

 

敵兵が驚愕に目を見開く。

 

屈強な動物でさえ、気絶に追い込む高電圧。

 

普通の人間なら即座に気絶するはずだ。

 

だが、目の前の少女は、異様な執念で立っていた。

 

(痛い…熱い…!でも、動け…!)

 

メグは、敵兵の驚きによる一瞬の硬直を見逃さなかった。

 

差し出した左手で、敵のスタンガンを持つ手首をガシリと掴む。

 

そして、体内を巡るナノマシンに、荒れ狂うエーテルの奔流を呼び込む。

 

(雅さんみたいに…!)

 

右手にエーテルを集中させる。

 

ナイフではない。

 

純粋なエネルギーの塊を、鋭利な刃として形成する。

 

「はあああっ!!」

 

メグは、敵兵の手首を掴んだまま、踏み込んだ勢いと敵の突進してくる力を利用して、エーテルの刃を敵の懐へと突き上げた。

 

ドォォン!!

 

衝撃波とともに、敵兵が吹き飛ばされる。

 

装甲ごと胸を撃たれた敵兵は、壁まで吹き飛んで動かなくなった。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

メグは、黒く焦げた左腕を押さえながら、荒い息を吐く。

 

視界がぐらぐらと揺れるが、それでも彼女は倒れなかった。

 

自分の足で立ち、敵を見据え続けている。

 

薄れゆく意識の中で、ヴォルフの叫び声が遠く聞こえる。

 

「メグッ!!」

 

彼の声には、かつてないほど焦りが滲んでいたが、メグはそれに答える余裕がなかった。

 

意識が薄くなりつつあるメグの近くで、まだ残っている敵兵を睨みつける。

 

その時だった。

 

地響きのような重低音と共に、工場の奥、深い闇の中から、金属が擦れ合う音が響く。

 

それは、重い鎖を引きずるような、禍々しい音。

 

「…なんだ?」

 

ヴォルフが怪訝そうに眉をひそめる。

 

同時に、シロがけたたましい警戒音を鳴らし始めた。

 

「ピュイ!ピュイピュイ!!」

 

「シロ…?どうしたの?」

 

メグが問いかける間もなく、空間のエーテル濃度が異常な速度で跳ね上がる。

 

肌を刺す重圧。

 

「アンテナ」が、これまで感じたことのない強いエーテル反応を捉えた。

 

シロが私の前に立ちはだかり、必死に何かを威嚇している。

 

(…なに…?)

 

歪で、悲痛で、攻撃的な――

 

敵兵の通信機からジリジリとした音ともに声が聞こえてくる。

 

『全隊、退避せよ。目標エリアに”実験体”を投入する』

 

 

その言葉を聞いた瞬間、敵兵たちの動きが変わった。

 

彼らは無言で、しかし迅速に、メグやヴォルフから距離を取り、工場の影へと身を隠していく。

 

それは、これからここに解き放たれる「何か」が、彼らにとっても制御不能な脅威であることを知っているかのような動きだった。

 

敵が道を開けるように左右に退く。

 

その奥から、重厚な移動式コンテナのような装置が、自律駆動で現れた。

 

その前面には、一人の小柄な人影が、磔にされるように固定されていた。

 

***

 

廃工場の外に停車していた指揮車両の中。

 

モニターには、コンテナと、そこに拘束された少女の姿が映し出されていた。

 

「目標地点に配置完了」

 

指揮官は部下から、報告を受け取ると、拘束された少女のバイタルを示すグラフを確認して、調整を始める。

 

グラフは少女のエーテルを示すものに加え、脳波も測定しており、指揮官がキーボードで打ち込みを進めると、そのグラフが激しく乱高下しはじめる。

 

尋常でないそのデータはまるで、少女の苦痛が可視化されたもののようだった。

 

「行け。お前の『敵』は目の前だ」

 

彼がエンターキーを叩くと、遠隔信号が少女の拘束具へと送られる。

 

かつてヴェルナーは、メグという『最高傑作』に少しでも近づけるため、この少女に強化手術を施した。

 

だが、無理やり引き上げられたエーテル親和性は、彼女の肉体の制御能力を遥かに超えてしまうもの。

 

ゆえに、彼女を縛る拘束具は閉じ込めるためだけのものではない。

 

その身から溢れ出すエーテルの奔流が、敵味方の区別なく周囲を破壊し尽くすこと。

 

それを防ぐためのものでもあった。

 

『災厄』が音を立て始める。

 

***

 

少女は、拘束衣のようなボロボロの布を纏い、身体中に無数の制御デバイスとチューブが埋め込まれている。

 

顔は無機質な機械式バイザーで覆われ、手足は厳重な拘束具でコンテナに固定されていた。

 

彼女が自分の意志で歩くことはない。

 

背後の機械によって運ばれ、生かされ、そして制御されるのだ。

 

『出力調整完了』

 

無機質な電子音声が響く。

 

拘束された少女の身体がビクンと跳ね上がった。

 

「あ゛…がぁぁぁっ…!!」

 

バイザーの下から、苦痛に満ちた絶叫が漏れる。

 

背後の装置が、彼女の制御不能なエーテルを無理やり抑制し、指向性を持たせるための「調整」を開始し始めた。

 

それは、全身の神経をやすりで削られるような、激痛の奔流。

 

バイザーの奥から、赤い光が漏れ出す。

 

拘束具がガチガチと音を立て、彼女は苦しみにもがく。

 

ふと、その視線が一点に固定された。

 

薄暗い工場の中で、立っている私。

 

私を守るように立つ、2人の護衛。

 

彼女は、激痛に喘ぎながらも、笑った。

 

顔を引きつらせながら、それでも、無邪気に笑ったのだ。

 

「あ…あは…! いたっ、痛いけど…やっぱりいいなぁ…」

 

彼女の思考は、痛みの中で幼児退行を起こしたかのように単純化され、そして歪んでいく。

 

(あの子、痛そう?)

 

(でも、あの子は守られてる)

 

(あの子、縛られてる?)

 

(ううん、あの子は、自由だ)

 

自分と同じ顔をしているのに、自分とは決定的に違う。

 

それに気づくと、彼女の中で、狂った論理が閃めいていく。

 

かつて診療所でメグの存在に気づいたとき同じ結論。

 

自分とあの子の場所を入れ替えればいい。

 

同じ顔なんだから、代わりになれるはずだ。

 

誰も気づかないはずだ。

 

「ねえ…お願いがあるんだ」

 

掠れた声が、工場の空気を震わせる。

 

その声を聞いた瞬間、メグの心臓が凍りついた。

 

それは、聞き間違えるはずもない。

 

自分自身の声と、全く同じ響きだったからだ。

 

拘束された少女は、首を無理やり動かし、顔を覆っていた機械式のバイザーを、肩にこすりつけるようにして強引に外した。

 

ガシャン、と音を立ててバイザーが床に落ちる。

 

「…!」

 

メグは、自分の目を疑った。

 

露わになったその素顔を見て、言葉が出なかった。

 

銀色の髪。薄紫の瞳。

 

そこにあったのは、苦悶と狂気に歪んだ、自分自身の顔だった。

 

「…嘘…」

 

ヴォルフもまた、その異様な光景に言葉を失っていた。

 

「おいおい…冗談だろ…」

 

少女は、私たちが驚愕する様子などお構いなしに、楽しそうに話し始めた。

 

拘束された腕を無理やり伸ばそうとして、ガチャン、と鎖を鳴らす。

 

その瞳には、メグへの殺意も、自分への憐憫もない。

 

あるのは、新しい遊びを提案する子供のような、無邪気で、底知れない狂気だけ。

 

「また、会えたね…」

 

彼女は、メグを真っ直ぐに見つめ、にっこりと笑った。

 

「…さっきのお願いなんだけど」

 

甘えるように優しい声が響く。

 

「あなたがこっちに来て…私が、そっちにいくの」

 

苦痛に苛まれてるとは思えないほど、穏やかな声で。

 

「……ダメ、かな?」

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