余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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33. 過去からの伝言、交錯する真実

「うわぁ……。なんか、場違い感半端ないんやけど」

 

リオンさんの呟きが、私の今の気持ちをそのまま代弁してくれていた。

 

ひかりさんに連れられてやってきたのは、ヤヌス区の目抜き通りを一歩入った場所にあるティーサロン。

 

でも、そこは私が今まで見てきた「喫茶店」とはまるで別物だった。

 

重厚な扉の向こうには、磨き上げられた大理石と、座るのを躊躇うような深紅のベルベットの椅子。

 

シャンデリアの光が、オイルの染みたリオンさんの白衣を場違いなほど鮮やかに照らしている。

 

「高そうやなぁ、ここ。一杯でウチの試作機一個分くらいするんとちゃうか?」

 

リオンさんは面白がるように言いながら、どかっと椅子に腰を下ろした。

 

私は、背中を丸めてリオンさんの隣に縮こまるのが精一杯だ。

 

「急なお誘いでごめんなさい。ここならプライベートな話もできると思って」

 

ひかりさんは優雅な所作で席に座ると、背後に控えていたヴァレリウスさんに視線を送った。

 

「ヴァル、外の警戒をお願いできるかしら? 大事な話になりそうだから」

 

「承知いたしました、お嬢様」

 

執事の老紳士が音もなく退室し、部屋には私たち三人だけが残された。

 

カチャリ、と上質な磁器が触れ合う音が、静まり返った個室に響く。

 

「リオンさん、そのお洋服の汚れ、素敵ですね。何かの実験の成果でしょうか?」

 

「おう! ちょうど新型の集音器を調整しててな、情熱の跡や!」

 

リオンさんはひかりさんの世間話に乗り、楽しげに笑った。

 

そのやり取りを横で見ながら、私は少しずつ呼吸が楽になっていくのを感じた。

 

「ノエルさんも、ホロウで会った時以来ね。あの時はバタバタしていて、ゆっくりお話しできなかったけれど」

 

ひかりさんが私に話を振ってくれた。

 

その優しい微笑みに、私は「あ、はい……」と小さく頷く。

 

「ノエルさん。改めて伝えさせて。あの時、メグのことを教えてくれて本当にありがとう。貴女が『優しい音がした』って言ってくれたおかげで、私はどれだけ救われたか」

 

ひかりさんはそう言うと、椅子に座ったまま、私に向かって深く頭を下げた。

 

以前、私がひかりさんに伝えた、メグちゃんの「音」

 

『そっと……大切なものを、守ってるみたいな……そんな音だった』私はたしか、ひかりさんにそう伝えた。

 

「あ、あの! 頭を上げてください……! 私、そんな大したこと……!」

 

私は慌てて手を振り、あたふたしながら言葉を探す。

 

私にできたのは、ただ感じた音を伝えただけ。あんなに感謝されるようなことじゃない。

 

「ううん。貴女の言葉があったから、少なくともメグが悪意を持った人と一緒にいるわけではないことが分かって、ほっとしたの。何も手掛かりがない状態より、少しでも判断できる情報は、あの時の私にとって何より大事だったわ」

 

ひかりさんは顔を上げ、真剣な瞳で私を見つめた。

 

私は言葉に詰まり、どうしていいか分からなくなってしまう。

 

「ええやんかノエルちゃん、遠慮なく感謝は受け取っとき。ひかりちゃんの言う通り、アンタの『耳』は機械より正確やからな」

 

リオンさんの言葉に、私は少しだけ肩の力を抜くことができた。

 

すると、リオンさんが不思議そうにひかりさんを見つめた。

 

「それにしても驚いたわ。ノエルちゃんがメグちゃんと縁があったなんてな……ひかりちゃんも、メグちゃんとはどういう関係なん?」

 

リオンさんは、私がエイゼンさんと一緒にいた時に、リアム先生がメグちゃんにしようとしていることを伝えたことを知っているけど、私は、ホロウでの出来事はまでは言っていなかった。

 

だから、ひかりさんとメグちゃんの繋がりも知らない。

 

ひかりさんはリオンさんの視線を受け止めると、少しだけ目を伏せ、決意したように口を開いた。

 

「メグは、私にとって大事な友達です」

 

ひかりさんは静かに、けれど丁寧に話し始めた。

 

ボロボロの少女と出会った時のこと。

 

天宮邸で過ごした、短くも穏やかだった日々。

 

そして、彼女が何も言わずに、離れていったこと。

 

その話を聞き終えたリオンさんは、ポツリと独り言のように呟いた。

 

「……そうか。やっぱメグちゃん優しい子やな。それに『青空』見れたんやな」

 

その言葉の響きには、温かさと、どこか報われたような響きがあった。

 

リオンさんが言う「青空」とは、単に外の景色を眺めることじゃない。

 

信頼できる人と共に、穏やかな気持ちで過ごすその「状態」のことなんだ。

 

リオンさんの声のトーンから、私はその深い意味を直感的に理解した。

 

それと同時に、私の胸の中にあった違和感が、確信に変わった。

 

リアム先生が言っていた『主任はメグにクラヴィスという危険なAIを埋め込み、無理やり戦わせている。あの子は助けを求めているんだ』という言葉。

 

(あれは嘘だったんだ……。メグちゃんは、助けを求めてなんていなかった)

 

エイゼンさんがメグちゃんを苦しめているなんてことも、私の「耳」で聞いた音や、ひかりさんの話とは正反対だ。

 

先生はやっぱり嘘をついていたんだ。

 

ひかりさんは話を終えると、再びリオンさんに頭を下げた。

 

「リオンさん、もしメグの行方を知っているなら教えてほしい。そして……もしエイゼン博士のことを知っているなら、話をさせてほしいんです」

 

ひかりさんの必死な願い。

 

その言葉には、大きな決意が込められていた。

 

「ええで」

 

リオンさんは、拍子抜けするほど軽い調子で答えた。

 

「え……? いいの?」

 

「ええよ。メグちゃんの話をしたり、エイゼンと話をするのは減るもんちゃうしな。それに、アイツもひかりちゃんみたいな可愛い子と話せたら喜ぶやろ」

 

リオンさんはガハハと笑いながら答えるけれど、私は少し複雑な気持ちになった。

 

あの無愛想で冷徹そうなエイゼンさんが、デレデレと喜ぶ姿なんて、どう頑張ってもイメージできない。

 

またリオンさん、後でエイゼンさんに怒られるんだろうな。

 

「ただな、ひかりちゃん」

 

リオンさんの表情から笑いが消え、物思いに耽るような影が差した。

 

「ウチが知ってるのは、ウチと同じ研究所におった頃の……メグちゃんが元気やった時のことだけや。そのあと別の研究所に移った後のことは知らん」

 

リオンさんは、窓の外に広がるビル群を見つめた。

 

「思えば、アイツが研究所を離れた時から、歯車が狂ったんやろうな……」

 

リオンさんは、幸せな時間を思い返すように、ゆっくりと語り始めた。

 

***

 

当時のウチは、今思えばただの「研究バカ」やった。

 

エーテリアスから「敵」だと認識されへん発明……今の「カモフラージュ技術」の原型を突き詰めてた時期やな。

 

成果は出とった。

 

でも、ウチは人付き合いがド下手で、自分の成果を同僚に奪われても「研究さえできればええわ」なんて能天気に構えとったんや。

 

その結果が「落ちこぼれ」のレッテルや。

 

資金は削られ、上司には信用されず、ウチは研究所の隅っこにある埃っぽい部屋に追いやられた。

 

そんな時に入ってきたのが、エイゼンやった。

 

あいつはウチ以上の変人やったわ。

 

仕事は完璧。

 

でも、上司の設計した仕事に「矛盾がある」「有用性がない」って遠慮なく面と向かって詰め寄るような奴でな。

 

案の定、あいつは一瞬で「地雷」認定されて、ウチの隣の部屋に追いやられた。

 

能力が高すぎて辞めさせられへんからこその隔離や。

 

ウチは「おっ、同類やんけ」と思って、親近感全開であいつの部屋をノックもせずに開けたんや。

 

そしたらそこには、無数の器具を取り付けられた小さなメグちゃんと、それを操作しとるエイゼンがおった。

 

「変態やーーー!! 幼い女の子連れ込んで何しとるんやこの変態!!」

 

それがウチの第一声やった。

 

「……妙な言葉を覚えさせるな」

 

あいつはそう吐き捨てると、扉に仕掛けてた侵入者用のトラップを即座に起動させよった。

 

ウチは何が起きたのか分からないまま、床に叩きつけられて拘束されたわ。

 

「ぎゃーー! 今度はウチまで連れ込まれるぅ!」

 

「うるさい」

 

近づいてきたエイゼンにバインダーでポカリと頭を叩かれた。

 

その様子を見て、椅子に座ってたメグちゃんがコロコロと笑い始めたんや。

 

「あはは! 博士って変態なんだ。ねえ、変態ってどういう意味?」

 

その瞬間、エイゼンの眼光が「変なことを教えたら殺す」っていう鋭さに変わったのをウチは見逃さへんかった。

 

「えーっと! 嬢ちゃん、変態っていうのはな、めちゃめちゃ賢いって意味や! 天才の最上級やな!」

 

ウチは必死に取り繕った。

 

メグちゃんは純粋な目で「そっか! じゃあ、博士は変態だね!」と嬉しそうに言いよる。

 

エイゼンの圧が凄まじいことになっていくのを感じて、ウチは冷や汗を流しながら続けた。

 

「ただな? 変態って言葉はあまりに使われすぎてて安っぽいから、これからは『天才』って呼んであげるとええで!」

 

「そっか! 博士は天才!」

 

メグちゃんの無邪気な笑顔に、ようやくエイゼンの圧が和らいだ。

 

あいつは溜息をつきながら、ウチに向き直った。

 

「……何の用だ、先輩面した落ちこぼれが」

 

「ひどいな! 隅に追いやられた後輩くんを慰めに来たんや! 年上でも研究所ではウチが先輩やからな!」

 

「必要ない。帰れ」

 

「ちょい待ち! その女の子、勝手に連れ込んでるのバレたらマジでヤバいって。説明しろや!」

 

エイゼンは少し黙った後、得体の知れない注射器……多分、一時的に記憶をぼんやりさせる薬液やな……それを手に取って近づいてきた。

 

「リスクは減らすに限る。一眠りして忘れてもらおうか」

 

「ちょ、冗談やろ! 待て待て、嬢ちゃん助けてーー!」

 

ウチが情けなく助けを求めると、メグちゃんは不思議そうにウチらを見て言った。

 

「ふふ、二人とも仲良しなんだね。博士がこんなに楽しそうなの、私、初めて見たよ」

 

その言葉に、エイゼンの手が止まった。

 

ウチとアイツは、同時に声を揃えて否定したわ。

 

「「それはない(な)!!」」

 

でも、あの時のあいつの顔は、確かに少しだけ困ったように緩んどったんや。

 

***

 

リオンさんの話を聞きながら、ひかりさんと私は何度も驚きの声を上げた。

 

あの無愛想なエイゼン博士が「変態」呼ばわりされて動揺してたなんて。

 

それに、リオンさんとエイゼンさんがそこまで古い付き合いだったことも意外だった。

 

「リオンさんの話を聞いていると、メグはすごく元気で……幸せそうだったんですね」

 

ひかりさんが寂しげに呟いた。

 

「そうやな。アイツの部屋は狭かったけど、あそこは間違いなくあの子らの『聖域』やったわ。……ひかりちゃんが出会った時は違ったんやろ?」

 

「はい…。私が出会った時のメグは、常に怯えていて。リオンさんの話に出てくるような、無邪気に笑う姿は想像もできないほど、傷ついていました」

 

リオンさんはその言葉に、苦い顔をして頷いた。

 

「……アイツらが研究所を離れて、今の場所に移るまでの間に、何があったのか。それを話さなあかんな」

 

リオンさんは、楽しかった記憶を一旦脇に置くように、再び語り始めた。

 

***

 

ウチはそれから、毎日のようにあいつの部屋に通うようになった。

 

研究資金がないからあいつのリソースを勝手に使わせてもらうため……っていうのは建前で、本当はメグちゃんのことが気掛かりやったんや。

 

あいつの人とのコミュニケーションは無機質で冷たいから、メグちゃんが退屈しとるんちゃうかと思ってな。

 

でも、それはウチの勘違いやった。

 

あいつのメグちゃんに対するコミュニケーションは、同僚や上司にするような無機質なものやなかった。

 

言動や表情は変わらへんように見えるけど、たしかに情が溢れとった。

 

ウチが行くと、メグちゃんは「リオン博士!」って懐いてくれて。

 

エイゼンも「暇なら手伝え」と言ってな、あいつの研究に関わるようになっていった。

 

穏やかな生活やった。

 

ある日、エイゼンが席を外した時、ウチはメグちゃんに聞いたんや。

 

「いつもこの部屋におるけど、退屈してへんか?」って。

 

「うん、退屈してないよ。博士が本を読ませてくれるし、最近はリオン博士ともお話できるし」

 

メグちゃんの傍らにあった本を見て、ウチは絶句したわ。

 

専門書、辞書、難解な論文……。

 

その隣に、たった一冊だけ、不釣り合いな「青空」が描かれた絵本が置いてあった。

 

「あいつ、感性ズレてへん? 絵本はともかく、専門書とかはまた違うやろ」

 

「あはは、私が読みたいって言ったの。博士のこと知りたいし、リオン博士ともっとお話がしたいから」

 

メグちゃんは、照れくさそうに笑って、こう言ったんや。

 

いい子やろ?マジでエイゼンにはもったいないと思ったわ。

 

「そんなら、なにかやりたいことはないか? 『これ』が食べたいでもええし、『あれ』が欲しいでもええよ」

 

メグちゃんは少し考えて、絵本を手に取った。

 

「本物の青い空が見てみたい」

 

「見たことあらへんの?」

 

「うーん、多分? 覚えてないだけかもしれないけど。薄っすらだけど覚えてるのは、煙に覆われた赤い空と、紫色の空。絵本に書かれてたのは違うから、これ見てみたいなって」

 

ウチは胸が締め付けられる思いやった。

 

メグちゃんは災害の赤い空か、ホロウの不気味な紫しか知らんかったんや。

 

「外に遊びに行ったりはしてへんのか?それか移動中に見れたりはしなかったんか?」

 

「博士に危ないから外に出ないように言われてるし、移動するときはいつも寝ちゃってるから」

 

エイゼンの研究を手伝っとったウチは、それでピンときた。

 

外に出さないのは、メグちゃんのエーテル親和性の高さを見せないため。

 

移動中に「寝てる」のは、エイゼンが睡眠薬かなにかで、不自然じゃない形で……キャリーバッグとかに入れて研究所に持ち込むためやったんや。

 

不自由な思いをさせてるアイツに怒りが湧いたけど、ウチはそれを抑えて提案した。

 

「そんならさ、ウチと一緒に『青空』見に行かへん? エイゼンには内緒でさ」

 

「ほんと?」

 

メグちゃんは一瞬顔を輝かせたけど、すぐに微笑んで首を振った。

 

「いまは大丈夫。博士と約束してるんだ。『青い空』を見せてくれるって。内緒でリオン博士といっしょに行っちゃったら、博士が悲しむから」

 

あの子の「優しさ」に、ウチは何も言えんかった。

 

だからウチは、あの子がエイゼン以外に頼ることができるようにこう言ったんや。

 

「そっか。約束は大事やもんな。なら、メグちゃん。エイゼンが約束を破ろうとしたら、ウチに言ってな? ボコボコにしたるから」

 

メグちゃんはウチの顔をぱちぱち見つめて、笑みを浮かべた。

 

「うん。もし博士が約束破ったら、リオン博士に言うね。……『青い空』を見に行くときは、リオン博士も一緒に行こうね。絵本に書いてあったんだ。『家族』みたいに信頼できる人と一緒だと、もっときれいに見えるって」

 

ウチらは「約束や」と言って指切りをした。

 

…その約束をして、しばらくした後、アイツは研究所を辞めさせられることになった。

 

エイゼン自身が生み出す成果は凄まじかったけど、あいつの正論に詰められた連中が逆恨みして、あいつを追い出す動きに出たんや。

 

そんでな、ウチの研究成果を盗んだヤツが、どさくさに紛れて、エイゼンの研究も横取りしようとしたら、カウンターを喰らって、悪事が全部露呈した。

 

しかも、あいつはわざと研究所の腐敗を全部公にしよった。同僚の悪事だけやない。いままでやってきた悪事全部や。

 

研究所の運営が一時的にできなくなるほどの不祥事。

 

上層部はあいつを恐怖して、辞めさせる動きを加速させた。

 

エイゼンは「すでに次の研究所は決めている」と言って、立ち去る際にウチにこう言ったんや。

 

「……メグのこと、感謝する。お前と出会ってから笑顔が増えた」

 

ウチは納得いかへん気持ちで、でも感謝の気持ちを伝えなあかんと思て、怒鳴ったわ。

 

「エイゼン! ウチもあんたに感謝しとる! あとな、メグちゃんとの約束破るなよ! 破ったらウチがボコボコにしたるからな!」

 

アイツは無言で手を挙げ、それが最後やった。

 

その後、ウチの研究は正当に評価されるようになった。

 

資金も多く割り振られて、ようやく人心地がついた頃や。

 

エイゼンから、一通の通信が入った。

 

『リオン。……お前に頼みたいことがある』

 

相変わらずの不愛想な声。

 

でも、あいつがウチに頼み事なんて前代未聞や。

 

ウチは二つ返事で、アイツの研究を片手間に手伝うことにした。

 

けど、送られてきたデータを見て、ウチは鈍器で頭を殴られたように感じた。

 

そこに並んどったんは、人間を人間とも思わん、あまりに無残な実験データやった。

 

「あんた、メグちゃんに何をした」

 

ウチはエイゼンを問い詰めたがあいつは何も答えんかった。

 

「答えろや!!」

 

ウチは通信越しに叫んだ。

 

それでもアイツはしばらく何も答えんかった。

 

やっと口を開いたかと思えば、アイツは震える声でこう言ったんや。

 

「……少し、忙しくなる。私は、彼らを甘く見ていたようだ」

 

あいつの声には、これまで聞いたこともないような絶望と、激しい怒りが混じっとった。

 

後で分かったことやけど、その時のメグちゃんは、度重なる実験で、エイゼンのことを認識できんくなってたみたいや。

 

白衣を着た人間を見るだけで、恐怖に支配されるほど、メグちゃんは追い詰められていた。

 

「答えになってへんぞ!!」

 

ウチが食い下がっても、通信は一方的に遮断された。

 

直後にメッセージで送られてきたんは、アイツが書いた『ナノマシン』の論文と、メグちゃんがまだ笑っとった頃の、真っさらな身体データやった。

 

ウチは、アイツを信じることにした。

 

あんな風にメグちゃんを慈しんどったエイゼンが、あの子を傷つけるはずがない。

 

『忙しくなる』

 

その言葉の裏で、アイツは、メグちゃんを害する存在すべてを排除しようとしてたんやろな。

 

ウチに研究を頼んできてたのも、その考えを補強していた。

 

「ホンマ、どんだけ口下手やねん」

 

ウチはモニターに映る数値を睨みつけながら、アイツのナノマシン研究に全力を尽くすことを決めた。

 

それが、アイツとメグちゃんを救う唯一の道やと信じてな。

 

***

 

リオンさんの話を聞いて、私とひかりさんは絶句した。

 

メグちゃんの身体データが、ある時期を境に異常な数値を示し続けていたこと。

 

それと同時に、それを安定させるためにエイゼン博士がナノマシンを作り上げ、リオンさんもその調整を手伝っていたこと。

 

「リオンさんは……メグが壊れてしまったと思っていたんですね」

 

「……ああ。議論中のアイツの雰囲気で察したわ。最近あいつのいる研究所に行った時、やっと答え合わせができたんや。アイツはあの子を救うために、ずっと地獄におったんやな」

 

ひかりさんは、溢れそうになる涙を堪えながら、さらに踏み込んだ。

 

「リオンさん。メグの中にいる、もう一人の誰か……『クラヴィス』についても、何か知っていますか?」

 

「そっちに関しては携わってないから、詳しくは知らんが、アイツがメグちゃんのために開発したAIだってことは知っとる。ナノマシンのことを考えれば、そのAIはメグちゃんを守るためのものやろな」

 

クラヴィスは、メグちゃんを守るための盾だった。

 

先生が言っていた「壊さなきゃいけないモノ」ではなかったんだ。

 

「リオンさん。その……メグちゃんに酷い実験をしてた人たちのこと、知ってるんですか?」

 

私の問いに、リオンさんは少し考えてから首を横に振った。

 

「直接は知らん。エイゼンから送られてくるデータの記録に、管理者として名前が載ってただけや。ヴェルナーとリアム。よく名前が載ってたのはこの2人やな。そういえば、ノエルちゃんが追っかけられてるとき、リアムには会ったな」

 

やっぱり。

 

リアム先生は、私達を助けてくれた優しい先生じゃなかった。

 

メグちゃんを「素材」と呼び、エイゼンさんを悪者に仕立て上げ、私たちを騙していた。

 

「リアムに従っている子供たちは……騙されているんですね」

 

ひかりさんの言葉に、リオンさんは「エイゼンはあの子らを一度救おうとしたんや」と続けた。

 

元々「M-01〜06」と呼ばれていた子たちが薬で安定し、力を使えるようになったのは、エイゼンさんの介入のおかげだったこと。

 

でも、先生が一芝居打って、子供たちに「自分を助けてくれたのはリアムだ」と信じ込ませたこと。

 

その話を聞いた瞬間、私の脳裏に欠落していた記憶が鮮明に蘇った。

 

あの日。

 

私たちが逃げ出そうとした時、近づいてきたエイゼンさん。

 

でも、先生の「君たちは私が守るからね」という言葉を信じた私たちは……。

 

レオ君の力で共鳴し、私が動きの「音」を教え、イリスちゃんが指示を出し、カイン君たちがエイゼンさんとその部下達を攻撃した。

 

(私……エイゼンさんを傷つけたんだ……)

 

「……リオンさん。私、エイゼンさんに謝らないと」

 

震える声で言うと、リオンさんは優しく私の頭を撫でた。

 

「なら、帰ったら一緒に行こか」

 

ひかりさんも、決意を固めたように顔を上げた。

 

「リオンさん……メグの行方はご存知ですか?」

 

ひかりさんは、祈るように問いかけた。

 

「分からんなぁ。ただ、エイゼンが何か手を打ったみたいや。あいつのことや、メグちゃんの行方はとっくに掴んどるやろうな」

 

「…そうですか。リオンさん、改めてお願いしてもいいでしょうか。どうしても……エイゼン博士とお話しさせてほしいんです。彼から直接、聞かなければならないことがあるんです」

 

ひかりさんの切実な訴えに、リオンさんは少しだけ目を丸くした後、優しく微笑んでスマホを取り出した。

 

「もちろんや。さっき言ったような気もするが、エイゼンと話すこと自体減るもんじゃない。連絡してみよか」

 

そう言って、エイゼンさんに連絡を入れる。

 

けれど、呼び出し音が空しく鳴り響くだけで、エイゼンさんが出ることはなかった。

 

「おかしいな。あいつ、ウチを着信拒否したんちゃうやろな」

 

リオンさんは冗談を言いながら肩をすくめたが、その瞳の奥には微かな懸念が過っていた。

 

「しゃーない、ウチの連絡先あげとくわ。エイゼンと繋がったらすぐ教えたるから」

 

リオンさんは手早く自分のIDを記したメモをひかりさんに手渡した。

 

「ありがとうございます。本当に助かります」

 

「ええよ。エイゼンとの仲を取り持つんも、先輩の仕事やからな」

 

リオンさんが軽口を叩き、私たちが席を立つ。

 

「もうええ時間やしな。そろそろお開きとしよか」

 

「そうですね。本日はありがとうございました。お見送りさせてください」

 

そう言ってひかりさんも席を立つ。

 

そしてさり気なく、耳元のインカムに指を触れ、外のヴァレリウスさんに連絡を入れる。

 

「ヴァル、外は問題ない?」

 

その瞬間。

 

私の「耳」が、ひかりさんのインカムから漏れ出る激しいノイズを捉えた。

 

そして、そのノイズの向こう側から聞こえてきたのは、あの冷静沈着なヴァレリウスさんの、これまで一度も聞いたことがないほど切迫した声だった。

 

『お嬢様、裏口からお逃げください! こちらも圧を掛けておりますが、包囲されつつあります!』

 

ひかりさんは、私たちがその緊迫した通信を聞き取れているとは微塵も思っていないのだろう。

 

彼女は動揺を一切表に出さず、努めて穏やかな声で私たちに告げた。

 

「……リオンさん、ノエルさん。外で少しトラブルがあったみたい」

 

ひかりさんは努めて穏やかな声で、けれど有無を言わせぬ確かな意志を持って告げた。

 

「裏口から外に出ましょうか。……大丈夫、私についてきてくださいね」

 

彼女はそう言うと、まず私たちの様子を確かめるように一歩下がり、それから私とリオンさんの歩調に合わせるようにゆっくりと歩き出した。

 

焦りを感じさせない、けれど無駄のない洗練された所作。

 

ひかりさんは、優しく導くように厨房への通路へと足を進めた。

 

「トラブル……? ひかりさん、ヴァレリウスさんは……」

 

私が不安になって聞き返すと、リオンさんが私の肩をぐっと掴んだ。

 

「……ノエルちゃん、今は何も聞かんとき。ひかりちゃんの案内についていくで。……ええな?」

 

ひかりさんは私たちの会話を聞き届けると、安心させるように一度だけ深く頷いてみせた。

 

彼女の足取りは、決して私たちを置き去りにはしない。

 

けれど、迷いのないその背中からは、大切な客人を守り抜くという強固な決意の「音」が鳴り響いていた。

 

私たちはひかりさんのペースに導かれるまま、厨房を抜け、薄暗い搬入口の裏口へと急いだ。

 

「ひかりさん、案内おおきに。ノエルちゃん、しっかりついてきや!」

 

「は、はい……っ!」

 

重い鉄扉が開かれ、私たちは外の冷たい空気に触れた。

 

けれど、自由への出口であるはずのその路地は、すでに――。

 

路地の出口を塞ぐように、一人の男が悠然と佇んでいた。

 

派手な化粧を施し、奇抜なファッションに身を包んだ、異様なまでの存在感。

 

一見すればただの奇特な人物に見えるが、その男の身から放たれる威圧感は、物理的な重圧となって周囲の空気を押し留めていた。

 

刺すような鋭い視線が、まず先頭を行くひかりさんを射貫く。

 

そして、その背後に隠れるように続くリオンさんと私を一瞬だけ、安否を確認するように掠めると、再びその容赦のない眼光をひかりさんへと真っ直ぐに向けた。

 

「あらぁ〜? そんなに急いで、どこへ行くのかしら?」

 

男の唇が、ねっとりとした、けれど氷のように冷たい笑みを形作る。

 

「そこのお嬢様。うちの大事なスタッフを、ずいぶんとおいたして連れ回してくれたじゃない。……寄り道は感心しないわよ?」

 

男の瞳に宿るのは、明確な敵意と、排除の意志。

 

リオンたちを長時間拘束している不審な第三者、天宮ひかりに対し、彼は殺気を放っていた。

 

エイゼン直属の部下にして、「勝利」を掴み取る者。

 

ヴィクターがひかりの前に立ちはだかった。

 

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