余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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40. 命脈を割いて命を縛る

シンダーグローレイクの淀んだ空気が、肌をチクチクと刺す。

 

エーテルが異常に飽和したこの空間は、浅く息を吸い込むだけで肺の奥がピリピリと焼け焦げるようだった。

 

ポンペイさんの分厚い背中に、ぴったりと押し当てた私の左手。

 

その手の甲に向けて、形成したばかりの紫色の槍の切先を振り下ろす。

 

躊躇いは、ない。

 

「……っ!!」

 

肉を裂き、骨を擦る生々しい感触と共に、槍が私の左手を貫通し、そのままポンペイさんの背中へと深く突き刺さった。

 

その瞬間、視界が真っ白に飛ぶほどの激痛が全身を跳ね回った。

 

圧倒的な熱と痺れ。

 

私は反射的に呼吸を止め、奥歯をギリッと強く噛み締めた。

 

全身からどっと冷や汗が噴き出し、衣服の下を嫌な冷たさが滑り落ちていく。

 

激痛で視界がぐらりと揺れたが、絶対に手は離さない。

 

エーテルで作られた槍は、私の血とナノマシンが外の空気に触れないよう、トンネルの役割を果たしている。

 

私の血液がポンペイさんの体内へ。

 

ドクン、ドクンという脈打つような生々しい感覚と共に、極小の機械たちが流れ込んでいくのが分かった。

 

『……け…警…告。痛覚神経に極大の負荷を検知。これよ、り……痛覚の…フィルタリングを――』

 

脳内に響くクラヴィスの声に、わずかなノイズが混じっていた。

 

あるいは私が聞き取れなくなっているのかもしれない。

 

「……いい……っ……大丈夫……」

 

掠れた声で、クラヴィスがやってくれようとしたことを止めた。

 

「大丈夫、だから……。痛覚のカットに……演算を使わなくていい。いまは……私のことより、ポンペイさんの演算に、全リソースを集中させて……!」

 

額を伝う冷や汗が目に入ってひりひりと痛むが、拭う余裕すらない。

 

「……クラヴィス、どう? ナノマシンの操作、できる……?」

 

『……部分、的に……肯定する』

 

ノイズが混じりでありながらも、クラヴィスは冷静に状況を分析していた。

 

『ポンペイの身体情報は、途切れつつもナノマシンから取得できる。だが……現状のままでは、ナノマシンのアップデートに必要な情報を収集し終えるまでに、膨大な時間がかかるだろう』

 

その時間が経つ前に、ポンペイさんの命が尽きるか、エーテリアス化してしまう。

 

クラヴィスは事実だけを淡々と伝えてくれている。

 

でも十分。

 

「希望」が見えた。

 

「そっか……いい情報だね」

 

私は、無理やり口角を上げた。

 

余裕がなくて不格好な笑みになっていたかもしれないけれど。

 

「ポンペイさんを助ける方向性は……間違ってないみたい」

 

『メグ……』

 

「クラヴィス。起点を増やすよ」

 

私は意識を集中させ、新しくエーテルの槍を作る。

 

チリチリと紫色の光が集束し、鋭利な切先が形作られていく。

 

「ここが踏ん張りどころ。私のことは気にしないで……ううん、気にしてくれるなら、ポンペイさんのことお願い」

 

これ以上時間をかければ、ポンペイさんが保たない。

 

情報を一気に引き出すために。私がクラヴィスにバトンを渡すために。

 

気張れ私。

 

私は、がくりと蹲っているポンペイさんの耳元で、そっと囁く。

 

「ポンペイさん。身体動かすよ。楽にしてて」

 

返事はない。

 

でも、岩のように強張っていた背中の筋肉が、わずかに反応したのが分かった。

 

聞こえてるんだ。

 

蹲った状態のままでは、これ以上接続箇所を増やすのは難しい。

 

仰向けになってもらう必要があるけど、左手を離せばクラヴィスの分析が途切れてしまう。

 

だから、まずは「中継地点」を作る。

 

私は自分の右太ももに狙いを定め、先ほど作った槍を、思い切り突き立てた。

 

「あ、ぐ……ッ!!」

 

槍の切先が蹲るポンペイさんの脇腹へと深々と突き刺さる。

 

重く鈍い激痛。

 

喉の奥から声にならない悲鳴が漏れ、噛み締めた唇からじわりと鉄の味がした。

 

でも、これでラインの確保できた。

 

私は左手の甲を貫いていた槍を、一気に引き抜いた。

 

「いっつ……!」

 

刺す時よりも抜く時の方が痛い。

 

目の前がチカチカと明滅する。

 

フラつく身体を必死に保ちながら、視線だけで背後の気配を呼んだ。

 

「カサネ……手伝って…くれる……?」

 

私の意図を汲み取ったカサネが音もなく歩み寄り、巨体の反対側に回る。

 

筋肉の塊のようなポンペイさんの身体は、蹲っているだけでも恐ろしいほど重かった。

 

カサネが彼の肩を支え、私が慎重に引っ張る形で、ゆっくりと彼の体重を横に逃がし、仰向けへと寝かせる。

 

右太ももの槍が動くたびに肉を抉るような激痛が走ったが、絶対に声を上げないよう堪えきった。

 

仰向けになったポンペイさんの身体を跨ぐようにして、私はその上に乗る。

 

見下ろす彼の顔は、侵蝕の苦痛で歪み、息も絶え絶えだ。

 

「ごめんね……もう少し耐えて」

 

私は残る左太ももにもエーテルを集束させ、息を吸い、一気に突き立てる。

 

「う……ぁあっ……!!」

 

左太ももを貫き、ポンペイさんの下腹部あたりへと刺さる二本目の大槍。

 

両脚を床に縫い付けられたような状態になり、私の身体は痙攣するように震え始めた。

 

ただ、自分の血とナノマシンが、ドクドクとポンペイさんの中に流れ込んでいく感覚だけが、異常なほど鮮明だった。

 

「はぁっ……はぁっ……! クラヴィス、状況教えて……!」

 

汗と涙でぐちゃぐちゃになった視界の中、クラヴィスにすがりつくように叫んだ。

 

『……っ…当初より、データ収集の効率が向上し、アップデートに必要な情報も集まりつつある。しかし……』

 

クラヴィスの声が終わるより早く。

 

ポンペイさんの巨体が、ビクンッ、と大きく跳ねた。

 

「え……?」

 

彼の口から、くぐもった呻き声が漏れる。

 

結晶化した皮膚の隙間から、ドス黒い血管が不気味に浮かび上がっていた。

 

「っ……! 拒否反応……!」

 

私の血とナノマシン。

 

それが流れ込み、混じり合ったことで、免疫系が冗談にならないくらい活発に動き始めたんだ。

 

流れ込んだナノマシンは、私の情報から血液の生成を行おうとするから余計に状況はまずい。

 

激痛と周囲の熱波で、私の思考もドロドロに溶けそうになっていた。

 

このまま血を送り続けるだけじゃ、分析が終わる前にポンペイさんが死ぬ。

 

(なんで血を、送らないとなんだっけ……そうだナノマシンを使って、侵蝕を抑えるため。ナノマシンを使うためにはポンペイさんの情報を分析しないといけなくて……)

 

一つの言葉が脳裏を過った。

 

ポンペイさんのベースになる情報はナノマシンを介して、クラヴィスが解析してくれてる。

 

でもクラヴィスはなんて言ってた?

 

『ポンペイの身体情報は、途切れつつもナノマシンから取得できる』

 

途切れてるんだ。

 

起点を増やしたことで、多少改善できたとしても、不安定なことに変わりはない。

 

クラヴィスはこうも言ってたはずだ。

 

『メグ、私が君のナノマシンを管理できるのは、私と君が一体となっているからだ。一体となっていることで、私は君の情報を深く把握できる。仮にポンペイにナノマシンを移植したとしても、私が管理することはできないだろう』

 

エーテルで繋いで私の身体だって認識させるっていうのは、方向性として間違ってない。

 

だったら後は、安定させること。

 

私の血を流し込むんじゃなくて、私がポンペイさんの血を『取り込む』

 

そうすれば、クラヴィスは安定して、解析できるはずだ。

 

拒絶反応が出始めた今、一刻の猶予もない。

 

「……カサネ! ポンペイさんの身体を起こして……!」

 

私の声にカサネが即座に動き、痙攣するポンペイさんの上半身を抱え起こす。

 

起点を一つだけ残し、動くのに邪魔になった槍を外していく。

 

座った状態になった彼の背後に、私は這いずるようにして回り込んだ。

 

そして、彼の広く分厚い背中を、後ろから両腕で抱え込むような体勢を作った。

 

体重が後ろに掛かったとき、血が私に送られるように。

 

「ふぅっっ…いくよ…!」

 

私はこれまでで最も巨大で、ひときわ鋭いエーテルの槍を形成した。

 

狙うのは、血液が全身から集まる心臓付近。

 

「……っ!!」

 

強烈な紫の閃光と共に、大槍がポンペイさんの胸元から、私の胸元までを真っ直ぐに貫く。

 

それまで一方的に流れ込んでいた血の軌道が変わり、今度はエーテルの槍を伝って、ポンペイさんのどろりとした熱い血が私の体内へと流れ込んできた。

 

「……っあ…!」

 

激痛と悪寒。

 

息もしづらくなってきて、説明できない不安感を覚える。

 

おそらく私にも拒否反応が起きているのだろう。

 

身体の仕組みとしての免疫反応。

 

ナノマシンによる排斥反応もあるかもしれない。

 

けれど実感できた。

 

クラヴィスはこれで、安定した解析ができるはずだ。

 

「……クラヴィス……後は任せるね……」

 

「…了解した。任せると良い。それとメグ……無茶しすぎだ」

 

いまが踏ん張り所だったんだよ。クラヴィス。

 

私の無茶を止めないでいてくれてありがとね。

 

エーテルの固定を外した傷口から、二人の血が溢れ出し、地面に、赤黒い染みを広げていく。

 

意識が白濁していく中、私はただひたすらに、腕の力だけは緩めなかった。




この章におけるクライマックスは、全部書き上げてから投稿とすると、間隔がかなり空いてしまう(時間置いてから読み直すと、書き直したくなる)ので、出来上がった所から順次投稿していきます。

その分、1話あたりの文量が少なくなってしまいますが、ご了承いただけますと幸いです。
よろしくお願いします。
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