余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた 作:夜琥
シンダーグローレイクの中心地から立ち上る凄まじい熱気は、周囲の風景をぐにゃりと歪んだ陽炎へと変えていた。
大気の中を舞う紫色のエーテル粒子が、ライフルスコープのレンズに微細なノイズを走らせる。
視界の端がチカチカと明滅し、遠方の輪郭を曖昧にぼやけさせた。
「……息を殺せ」
呟いたのは自分自身か、それとも通信回線の向こうの気配か。
指先に僅かな力を込め、十字線の中心に黒い影を捉え続けた。
そのとき、耳に装着したインカムからノイズを切り裂くように、電子音が響く。
『状況の報告をしろ』
指揮官の声だ。
感情の起伏を排したその声は、緊張感を一段と引き締める。
俺は呼吸を整え、スコープから確認できた情報を整理して口を開く。
「郊外ホロウ、シンダーグローレイクにて、ターゲットを確認。ターゲットは走り屋『トライアンフ』のリーダー、ポンペイに治療を行っていると思われます」
報告を続けながら、視線の先にある光景を脳裏に焼き付ける。
「補足事項。ポンペイは共に行動をしていた者から攻撃を受け負傷。侵蝕が進んでいます」
通信の向こうで、指揮官が微かに思考を巡らせる気配がした。
『ホロウ内で治療……ナノマシンを利用したものか。ターゲットは身動きが出来る状態か?』
「いいえ。身動きが取れる状態にありません」
『狙撃は可能か?』
俺はわずかに眉を寄せ、レンズの向こうのエーテルの流れを凝視した。
紫色の粒子が激しく渦巻き、空間そのものが悲鳴を上げているかのように揺れている。
「……可能ですが、懸念点が残ります。シンダーグローレイクは現在、エーテルの奔流により不安定な状態にあり、弾道が干渉されてターゲットに到達しない可能性があります。加えて、エーテリアス『ドッペルゲンガー』がターゲットを護衛しています。以前と姿は変わっていますが、その防壁に弾かれる可能性があります」
返答はすぐに戻ってきた。
『了解した。引き続き監視を続けろ。狙撃のタイミングはお前に任せる。『侵蝕型ナノマシン』のアンプルは数が少ない。状況に合わせて対応しろ』
「はっ」
通信が途切れると同時に、冷たい静寂が再び戻ってきた。
銃身に固定された特殊なアンプルケースに視線を落とす。
銃弾の代わりにシリンジを装填できるようにカスタマイズされたその容器のなかで、特殊な薬品が微かに脈動している。
『侵蝕型ナノマシン』
ターゲットを確保するための特効薬。
上層部からは、そう伝えられている。
開発の出所がどこであれ、俺には関係ない。
指示されたことを完遂する。
それが、『アウル』の役割なのだから。
***
バイクのエンジンが悲鳴を上げている。
いや、悲鳴を上げているのは俺の肺の方か。
シンダーグローレイクに近づくにつれ、空気が粘り気を帯びた泥のように重くなった。
濃密なエーテルが容赦なく肌をピリピリと刺し、呼吸のたびに内臓が焼かれるような吐き気が込み上げてくる。
ひどい「エーテル酔い」だ。
背中にしがみついている嬢ちゃんの荒い息遣いからも、この環境のヤバさを痛感してるのがわかる。
バイクを滑り込ませるように停め、俺は真っ先にメグのほうへ視線を飛ばした。
「あんのバカが……!」
思わず悪態が口をついて出た。
視線の先、赤黒い血だまりの中心で、メグはポンペイの背中からすがりつくように抱きついていた。
ただ抱きついているわけじゃねえ。
腕、太もも、そして胸――二人をまとめて串刺しにするように、エーテルの槍が深々と貫いている。
メグの顔面は死人のように蒼白だった。
だが、ポンペイを抱き込む腕の力は微塵も緩んでいない。
狂気じみた執念で、自らの体を繋ぎ止めている。
この状況。
メグは無意味な自死を選ぶようなタマじゃない。
ポンペイもろとも自分を貫く意味。
それは、何か無茶苦茶な治療法を強行しているに違いない。
だが、地面に広がり続ける赤黒い血の海を見ていると、命が指の隙間からこぼれ落ちていくようで。
ひどくもどかしい。
それでも、ここは俺が手を出すタイミングじゃねぇ。
直感が、それが「最適解」だと告げている。
姿形は変わっているが、メグの側には雅の嬢ちゃんもいる。
もし本当に取り返しのつかない危機なら、雅の嬢ちゃんが何らかの行動を起こすはずだ。
それに、メグを誰より大事に思ってるAIのアクションもねぇ。
俺の端末に連絡が来ていないのがその証拠。今は邪魔をしないのが正解だ。
だが、事情を知らない奴らにとって、あの光景はどう見えるか。
背後で、金属が擦れる冷たい音が響く。
バイクを降りた嬢ちゃんが、ポンペイの惨状と、その傍らに立つエーテリアスを見て、バットを構えた。
地響きのようなエンジン音と共に、『カリュドーンの子』の残りのメンバーが続々と到着する。
シンダーグローレイクの状況と、ポンペイの信じられない姿。
全員が嬢ちゃんと同じように、雅の嬢ちゃんを「敵」だと認識した。
「問題ねぇ! あいつは仲間だ!」
俺は『カリュドーンの子』と雅の嬢ちゃんの間に割って入り、怒声を張る。
『でも! メグちゃんが!! あんなに血を流してる!!』
『カリュドーンの子』が連れていたボンプから声が聞こえてくる。
今すぐ治療しないと。そう言わんばかりに、ボンプの短い腕が必死に宙を掻いている。
メグのナノマシンやクラヴィスの存在を知っている俺からすれば、これだけの血を流していても、ひとまずは持ち堪えていると判断できる。
だが、それをここでペラペラと喋るわけにはいかない。
それに、メグを「知っている」らしいあのボンプを近づけさせるのは危ねえ。
「あいつの手当は俺がやる! てめぇらは、シンダーグローレイクに集中しろ! 話は終わってからだ!」
有無を言わせないように圧をかける。
『カリュドーンの子』たちも、ボンプも、後ろ髪を引かれるように、メグたちを痛ましげに見つめていた。
だが、俺の言うことの筋が通っていることを理解したのか、彼女たちは舌打ちを交えながらも武器を引き、まずは目の前の問題へとその意識を向けた。
***
カリュドーンの子たちが踵を返し、灼熱の火口へと駆け出していく背中を見送った後、俺はすぐさまメグのもとへ歩み寄った。
「……無茶しやがって」
腰のポーチから携帯用の医療キットを引きずり出す。
メグの体は、ポンペイを背後から抱き込むような異様な体勢のまま、紫色のエーテルの槍で貫かれている。
胸、両太もも、左手。
理屈は理解できなくとも、これがポンペイを助けるための命綱であることくらいは分かる。
だからこそ、刺さっている槍を抜くわけにはいかない。
だが。
「ナノマシンの話を考えるなら、血が外に流れるのは良くねぇだろうよ。なあメグ」
槍が貫通している接合部はもちろんのこと、固定箇所の調整をしていたのか、貫いた跡がそのままになっている箇所から、とめどなく血が溢れ出ている。
腰から圧迫ガーゼを取り出し、エーテルの槍に干渉しないよう慎重に、だが力強く、出血箇所を縛り上げていく。
血と汗で滑る手元を正確に動かし、外へ逃げようとする『命』を無理やり内側に押し留める。
応急処置の手を動かしながら、俺は傍らで静かに佇む雅の嬢ちゃんに声をかける。
「随分と見慣れねぇ姿になったな。……問題はなかったか?」
血で汚れた手を布で拭いながら尋ねると、雅の嬢ちゃんは視線をメグの顔へ向けた後、遠く火口で立ち回るカリュドーンの子たちへと移した。
手元には、抜き身の『刀』が握られていた。
その刀身を、鋭く冷たい紫色のエーテルがチロチロと舐めるように這い回っている。
「……敵意」
雅の嬢ちゃんがぽつりと呟く。
柄に添えられた指先が微かに動き、刀身のエーテルが一瞬、鼓動のように強く明滅した。
先ほど、『カリュドーンの子』に向けたあからさまな敵意。
それを根に持っているというよりは、純粋に脅威判定を下している様子だ。
「……そうだな。シンダーグローレイクのためにあいつらを連れてきたが、お前とメグの事情までは伝えてねぇ。警戒しておく必要がある」
俺は周囲の地形と、遠くで跳ね回っているボンプを視界の端に収めながら言葉を継いだ。
「あいつらのプロキシは、メグを知っていやがった。それだけでも警戒するのには十分だ」
すると、雅の嬢ちゃんは静かな声で、思いがけない情報を口にした。
「……プロキシ、パエトーン。ボンプと同期して、道案内できる」
「パエトーン? ……なるほどな」
エーテリアスがプロキシの異名を、それも具体的な能力まで把握していることに内心驚いた。
どういう理屈かは知らねえが、その謎を詮索することに意味はねえ。
裏社会でも噂に聞く伝説のプロキシ。
ホロウ内外で通信ができる技術もあると聞いていたが、パエトーンなら納得がいく。
「こんなところで会えるとは光栄だが……伝説のプロキシともなれば、あらゆるところから依頼が来る。メグのことを知ってるってことは、誰かから依頼を受けたってことだ。すでに、クライアントと情報の共有は済んでいると思ったほうが良いな」
状況を分析する俺に対し、雅の嬢ちゃんはさらに致命的な情報を落とした。
「パエトーンの近く、クラヴィスと同じAI、Fairyがいる。クラヴィスの元になったAI。クラヴィスよりも……性能が高い」
その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は一気に冷え込んだ。
「……ならこの場で危険なのは、あのボンプか」
今のメグの命を繋いでいるのは、クラヴィスが制御するナノマシンだ。
もし、あのボンプを通して『Fairy』という上位のAIがメグに接触し、クラヴィスをハッキング、あるいは無力化してしまったらどうなる?
ナノマシンの制御が外れた瞬間、メグの命の判断はそいつに委ねられるか、あるいは暴走してメグ自身を食い破るかだ。
どちらにせよ、死に直結する。
感情的な焦りはない。
ただ、盤上の『リスク』を排除するための算段だけが頭を支配した。
ボンプの動きを見逃さないよう、視界の隅から外れないように意識する。
「……まさに天敵だな。雅の嬢ちゃん、俺と考えていることは一緒のはずだ」
嬢ちゃんを一瞥する。
すると彼女は、俺の呼びかけにわずかに首を横に振り、静かな声で呟く。
「……カサネ」
「あ?」
「私の、名前」
そう言うと、嬢ちゃんはゆっくりと視線を横へ滑らせた。
ひどく熱を帯びた光を宿して。
誰にその名前を『もらった』のか。
口に出すのも惜しいとでも言いたげな、じれったいほどの独占欲と誇り。
野暮な説明などなくとも、十分に伝わってくる。
「……そうかい。そりゃあ悪かったな」
メグの隣に立つ『護衛』として彼女を正しく認識し直し、改めて告げる。
「カサネ。伝説が相手でも関係ねぇ。いざってときは、ぶっ壊せ」
カサネは少しだけ躊躇うような、微かな間を置いた。
こいつなりに、ボンプから明確な殺意や敵意がないことを感じ取っているのかもしれない。
だが、この状況において「絶対の安全」など存在しないことは、メグの護衛として立つカサネにも理解できるはずだ。
やがてカサネは無言のまま、静かに頷く。
彼女の握る刀身で、エーテルの光が鋭く、冷ややかに研ぎ澄まされていく。
焦げ付くような熱風が吹き荒れる中、俺たちは、ただ無言で牙を研ぎ澄ませていた。
***
レンズ越しの景色が、ふいに鮮明さを取り戻した。
スコープに焼き付いていた紫色のノイズが薄れ、陽炎のようにぐにゃりと歪んでいた大気が、嘘のように静まっていく。
どうやら、後から火口へ突っ込んでいった派手な走り屋たちが、何かを成し遂げたらしい。
シンダーグローレイクを狂わせていたエーテルの奔流が、見る間に沈静化していくのがわかった。
弾道を狂わせる最大の要因だった大気の乱れが消え去った。
だが、俺は十字線の中心を見据えたまま、微かに眉をひそめた。
「状況の変化を確認。後続の走り屋により、シンダーグローレイクのエーテル沈静化。懸念が一つ解消されました」
通信機越しに報告を入れつつ、新たな『障害』についても言及する。
「……ですが、射線上に新たな障害。ターゲットの直近に、賞金稼ぎ『ヴォルフ』が陣取っています。例のドッペルゲンガーと共に、ターゲットをカバーしている状態です。現状、狙撃の隙がありません」
『こちらからも確認できた』
即座に、指揮官からの応答がくる。
『場を乱す必要があるな。各員、状況は聞いての通りだ。ターゲット周辺の掃除をしろ。アウルの狙撃の隙を作れれば良い』
インカムの向こうで、展開している小隊の隊員たちから、短く無駄のない「了解」の符丁が連続して返ってくる。
俺はスコープの倍率を調整し、潜んでいた味方の動きを確認した。
彼らの動きには、修羅場を潜り抜けてきた者特有の美しさがある。
だが、かつての作戦でターゲットの異常な知覚能力と、賞金稼ぎの鋭い嗅覚に出し抜かれた教訓は、部隊全体に深く刻み込まれていた。
手強い相手だからこそ、通常の作戦よりもさらに慎重に。
気取られる要素を極限まで削ぎ落としたその動きは、まるで潜入任務のようにも見えた。
対策の一環として、装備品も一新している。
隊員たちが纏う野戦服には、エーテルを吸収・散乱させる特殊な減衰コーティングが施されていた。
周囲のエーテルに自らを溶け込ませ、音を立てずに滑るように距離を詰めていく。
『狙撃完了後、プロトタイプを展開し撤退。深追いは不要だ』
プロトタイプ――サクリファイスか。
ターゲットへの『侵蝕型ナノマシン』の撃ち込みと、プロトタイプの投下。
この二つが完了すれば、俺たちの任務は成功となる。
「……了解」
俺は短く応じると、ゆっくりと深く息を吐き出し、カスタマイズされたライフルの引き金にそっと指を添えた。
遅くなり申し訳ありません。
原作ストーリーで判明した情報と本作の設定の整合性の調整をしていました。
投稿頻度が落ちていることで、応援していただいているみなさまに不安を感じさせてしまっている部分があるかと思います。
そこで、不安解消のために以下のXアカウントで、執筆の進捗を報告していきたいと思います。
https://x.com/yako4396
具体的には以下のような投稿をしようと考えています
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例1:
余命0.03%:42話
戦闘描写(メグ視点)執筆開始
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例2:
余命0.03%:42話
戦闘描写(メグ視点)執筆終了
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小説専用のアカウントではないので、アニメやゲームのことを呟いていたりしていますが、
もし気にならなければ、こちら執筆状況の確認用としてご活用ください。
今後もお待たせしてしまう場面があると思いますが、みなさまに楽しんでいただける展開に仕上げていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。