余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた 作:夜琥
熱風が肌をじりじりと焼く。
シンダーグローレイクの火口から吹き上がる黒煙の向こう、轟音と共に一台のバイクがエーテルの裂け目を突き破って宙を舞った。
シーザーの無謀極まりない跳躍。タイヤが荒野の地面を抉り、土煙を上げる。
火打ち石を火口に投げ込むための無茶。
だが、あのバカげた特攻のおかげで、シンダーグローレイクの火は消えずに済んだらしい。
周囲に充満していたエーテルもマシになってきた。
シーザーの安否が気になるところだが、シンダーグローレイクの問題は片付いたと言っていいだろう。
肺から空気を吐き出そうとした瞬間、鼓膜を劈く甲高い破裂音が空気を裂く。
反射的に首をすくめる。
直後、足元の岩肌が弾け飛び、鋭利な破片が頬を掠めた。
火薬の焦げた臭いが鼻腔を焼く。考えるより先に身体が動いた。
明らかに俺達を狙った攻撃だ。
視界の端でカサネが刀を振るい、吸い込まれるように飛んできた数発の銃弾を火花と共に弾き落とす。
射線の通し方、隙の無い包囲網の構築。
覚えがある。讃頌会の特殊部隊だ。
前回の戦闘で警戒しているのか、安易に俺達の視界に映らないように動いている。
敵の姿は一部しか見えないが、俺達を全方位から狙っているのが分かる。
「……気づかれないように立ち回ってたつもりだったが」
舌打ちを吐き捨て、腰のホルダーからワイヤーアンカーを引き抜く。
親指でセーフティを弾いた瞬間、視界の端で複数の金属筒が弧を描いて宙を飛んだ。
破裂音。
爆風と共に噴き上がったのは、濃密な灰色の煙だ。
一瞬にして視界が真っ白な壁に塞がれる。
火口側で上がっていたバイクの爆音も、シーザーたちの怒号も、分厚い煙の向こう側へと切り離された。
互いの状況を把握させないための一手。
好都合だ。
カリュドーンの子に意識を向ける必要がなくなった分、讃頌会の奴らに集中出来る。
煙幕と同時に、周囲一体に耳鳴りが走る。
高周波の道具を動作させているような、特異な音。
俺には耳障りな音が聞こえるだけで、それ以外に何の影響もねぇ。
だが、すぐ隣に立つカサネの姿が、不規則に明滅した。
前回の廃墟でも喰らった、エーテルジャミング。
カサネの動きを制限するつもりだな。
負荷がかかっているのは見て取れた。
けどな、俺もカサネも同じ手で止められと思ったら、大間違いだ。
カサネの持つ刀身が激しく唸りを上げる。
ジャミングが効いている範囲を無理やり切り裂くことで、その影響を緩和させていく。
以前の戦闘から来る力尽くの技術。けど嫌いじゃねえ。
「…上等」
敵の足音が、煙の奥から四方同時に迫る。
靴底が砂利を噛む音すら極限まで殺した、息をつく暇も与えない波状攻撃。
正面の濃霧を裂いて、フラッシュが走った。
カサネの身体がブレる。紫の軌跡が空中で幾重にも交差し、正確無比に散弾の芯を叩き落とす。
火花が散ったその瞬間、俺はカサネの左肩越しに銃口を突き出し、閃光の起点へ向けてトリガーを絞る。
銃身から撃ち出されたアンカーが一直線に閃光の起点へ突き刺さり、肉を貫く衝撃が手に伝わる。
即座にワイヤーを巻取り、煙幕から敵兵の身体を引きずり出し、岩肌に叩きつけた。
息を整える間もなく、背後――メグの真後ろから二つの影が肉薄してくる。
合図はいらない。
踏み込みと同時に、カサネの背中と肩が擦れ合う。
飛び込んできた一人の首元を、カサネの冷たい刃が音もなく薙ぎ払う。
体勢を崩したもう一人に対し、腰溜めに構えた銃口から二発目のアンカーを床面すれすれへ撃ち放ち、足首を強引に薙ぎ倒す。
前のめりに崩れ落ちたその身体に、迷いなく踵で踏み抜いた。
背中と背中を密着させた防衛圏。
会話はない。呼吸の乱れすら合わせる必要はなかった。
カサネが刃で弾き飛ばした敵の死角へ銃口を向け、俺がアンカーで引き据えて生み出した無防備な急所をカサネの紫刃が正確に断ち落とす。
刻み込まれた死線の感覚が、無駄を削ぎ落とした動きとなり、敵の突撃を呑み込んでいく。
足元に数体の肉塊が転がり、砂利が血を吸っていく。
普通のゴロツキならとっくに腰が引けて散り散りになる損害だ。
だが、霧の向こうに潜む気配に、動揺の欠片もない。
隊列の乱れを補う靴音が、一定のリズムで距離を取り直していく。
最初から、この程度の損害は想定内ってことか。
敵の陣形が一段、奥へと沈む。
煙の向こうから、漂ってくるのは、ただ冷徹に、確実にこちらを潰そうとする殺気だけ。
「……カサネ」
「……ん」
背中越し、張り詰めた背骨から微かな熱が伝わってくる。
刀身に纏わせた紫の燐光が、足元の白煙をジリジリと焦がす。
「雰囲気が変わった。何が来てもおかしくねぇ」
「……わかってる。メグには、触らせない」
短く言葉を交わした直後、大気が圧縮される低い唸りが耳底を叩いた。
バシュッ、と空気を吐き出すような発射音が円周上から重なる。
弧を描いてカサネの足元に筒状の何かが突き刺さる。
それを破壊しようと俺とカサネが動こうとした瞬間。
「……っ!?」
「カサネ!」
突き刺さった筒から、煙幕とは違う粘度の高い藍色のエーテルが四方へ爆ぜ散る。
カサネが身を翻し、抜刀の一閃で飛沫を切り払おうとした。
だが――刃が藍色のゲルに触れた瞬間、刀身の紫光がバチバチと激しい火花を散らし、急速に光量を落とす。
「……重い、体、が……」
カサネの喉から、掠れた苦鳴が漏れた。
前回のジャミングどころの騒ぎじゃねぇ。
何が起きてるのかは分からねぇが、あの粘つく光を浴びた途端、カサネの輪郭がぶれ、足元の砂利を踏みしめる力すら抜け落ちている。
煙の向こうで、靴音が跳ねる。
躊躇いも、乱れもない。
隙を捉えた奴らの足取りが、一気に速度を上げて殺到してくる。
気配は四つ――いや、六つ。
「カサネ、後ろに下がってろ!」
怒声を張り上げながら前に出る。
紫の光を濁らせたまま、それでもカサネは鈍った腕を強引に振るい、正面から飛び込んできた一人を柄頭で打ち据えた。
だが、いつもなら即座に次を断ち落とすはずの刃が、追従してこない。
空を裂いた切っ先が、わずかに泳ぐ。
「舐めるなよ!」
カサネの右脇をすり抜けようとした影に向け、牽制のアンカーを打ち込む。
肉を抉る鈍い感触と共にワイヤーを引っこ抜き、体勢を崩したもう一人へ銃口を向けた、その直後だった。
死角。
カサネがカバーしていた左後方――俺自身の無防備な脇腹を捉え、煙幕の切れ目から乾いた銃声が鼓膜に響いた。
メグの盾になっている俺を、力尽くで排除しに来た一撃。
反応がわずかに遅れた。 咄嗟に身を捻ったが、躱しきれねぇ。
左肩に焼けた杭を打ち込まれたような激痛が突き抜け、足元の砂利を強引に削りながら身体が横へ弾き飛ばされる。
防弾ベストの継ぎ目を綺麗に抉られた。
焼けた布と肉の焦げる臭いが、肺の奥を逆流する。
「ぐ、ッ……!」
「ヴォルフ……!」
「余所見すんな、メグを見ろ!」
奥歯を噛み締め、吹き飛んだ体勢のまま踏み込んできた敵兵の膝関節を強引に蹴り抜く。
骨が折れる嫌な感触と共に一人を沈めたが、一度生じた狂いはもう止められねぇ。
俺が弾き飛ばされ、カサネの足元には藍色の汚濁がまとわりついている。
メグの前に立ちはだかっていた防壁が、わずか数秒、完全に消え去った。
その瞬間。
目の前の乱戦の怒号とも、取り囲む連中の発砲音とも違う。
シンダーグローレイクの熱風をまっすぐに切り裂いてくる、針のように細く研ぎ澄まされた破裂音が遠くから響いた。
首筋の産毛が一斉に逆立つ。
周囲の連中じゃない。
もっと遠く――この一瞬の隙、メグの身体が完全に露出する瞬間だけを、銃口を据えて待ち続けていた奴の一撃。
カサネが濁った光のまま刃を振り戻そうとし、俺も右腕のワイヤーへ指をかける。
だが、遅い。
白煙を一直線に貫いて飛来した銀色の閃光は、俺の伸ばした手をかすめ、カサネの切っ先をすり抜け――。
ポンペイの治療に全神経を注ぎ込んでいたメグの首筋へ、吸い込まれるように突き刺さった。
小さく、肉を穿つシリンジの破断音。
刺さったアンプルから、黒ずんだ液体が一瞬にしてメグの頸動脈へと流し込まれていく。
「――メグッ!!」
叫び声を上げるのと同時、メグの小さな背中が、痙攣したように大きく跳ね上がった。
お待たせしてしまい、申し訳ありません。
ここしばらく、筆が進まない事が多く、間が空く形となりました。
(書きたいことはあるのに、うまく描写ができない、みたいな。)
執筆は今後も変わらず続けていきますが、
ペースについては気長に見守っていただけますと幸いです。
みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。