余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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7. ゴーストを狩る者

 

カラン、とドアベルがけたたましく鳴り、ビデオ店「Random Play」の静寂が破られた。

 

「もう!全然尻尾を掴ませないんだから、あのユーレイ!」

 

カウンターに突伏していた少女、リンが顔を上げる。

 

その視線の先には、邪兎屋のリーダー、ニコ・デマラが腕を組んで仁王立ちになっていた。

 

「ユーレイ?ニコ、何か面白い話?」

 

「面白くもなんともないわよ!このあたしが二週間も追いかけて、手掛かり一つ掴めないなんて!」

 

ニコはそう言うと、ドカッとソファに腰を下ろした。

 

店の奥から、兄のアキラが帳簿らしきものを片手に、呆れたような顔で出てくる。

 

「またその話かい、ニコ。それで、今日の依頼は?先に言っておくが、これ以上ツケは増やさせないぞ」

 

「うっ、払うわよ!ただちょっといまは手持ちがないというか…それより、ゴーストよ、ゴースト!」

 

ニコはアキラの言葉に狼狽えながらも、身を乗り出した。

 

「二週間前の倉庫街の件、やっぱりあんたたちじゃないんでしょ?」

 

アキラはため息をつく。

 

「ああ、僕たちは関わってないよ。ただのシステムの不具合だったんじゃないのかい?」

 

その時、カウンターに置かれていたウサギ型のボンプ、「イアス」を通して、人工音声が流れた。

 

《否定。マスター、助手2号の仮説は全くもって非論理的です。あの程度の旧式セキュリティシステムが、あのタイミングで偶発的に故障する確率は、助手2号がアストラのライブチケットを購入できる程度の確率です》

 

アキラがその皮肉に眉をひそめるのを横目に、ニコは待ってましたとばかりにソファから身を乗り出した。

 

「ほら見なさい!あんたのとこのAIアシスタントもこう言ってるじゃない!」

 

《補足。あの瞬間にあの区画一帯で観測された電力サージは異常です。通常のシステムエラーで発生するエネルギーレベルを逸脱しています。結論。何者かが外部から極めて高度なハッキングを行ったと断定するのが合理的です》

 

「えー、じゃあ本当のユーレイ!?すごい、すごいよお兄ちゃん!『倉庫街のゴースト』なんて、映画のタイトルみたいでカッコいいよ!」

 

リンが目を輝かせる。

 

「でしょ!?だから、その正体を突き止めてほしいのよ!」

 

ニコはリンの反応に満足げに頷くと、アキラに向き直った。

 

「もし本物だったら、とんでもないお宝よ!ちょうどゴーストの正体を確かめてほしいって依頼があるし、報酬が入ったら、これまでのツケもぜーんぶ、綺麗に払ってあげるから!ね?」

 

兄妹とニコ、そしてFairyが、いつも通りのやり取りを繰り広げている頃、彼らが追う「ゴースト」の運命は、別の場所で、より悪意に満ちた方向へと動き出そうとしていた。

 

***

 

一般市民が寄り付かない奥まった路地裏。

 

そこには、表通りの華やかさからは想像もつかない、澱んだ空気が流れていた。

 

錆びついたネオンが明滅を繰り返し、湿ったコンクリートと安酒の匂いが混じり合うバーのカウンターで、二人の男が声を潜めて話していた。

 

一人は、ニコが時折利用する情報屋。

 

もう一人は、先日、旧都市第一水道でメグにコアを奪われた、ホロウ荒らしのリーダーだった。

 

「…で、首尾はどうなんだ。俺たちが閉じ込められたあの一件、何か掴めたのか?」

 

リーダーが、苛立たしげにグラスを叩きつける。

 

「まあまあ、落ち着けよ。面白い話が聞けるぜ」

 

情報屋は、薄笑いを浮かべて男をなだめる。

 

「あんたたちが経験した『幸運な偶然』、どうやらあちこちで起きてるらしい。システムの誤作動、タイミングが良すぎるトラブル解決…裏じゃ、そいつを『ゴースト』って呼ぶヤツらが出始めてる」

 

「幸運、だと…?フン、俺たちはそいつのせいで死にかけたんだぞ」

 

リーダーは、瓦礫に閉じ込められた後、「偶然」道が開けて脱出できた奇妙な体験を思い出し、顔を顰める。

 

「その『ゴースト』だがな、どうやら奴さん、お宝に目がないらしい。あんたたちが探してた『エーテル変換コア』も、そいつが持ち去ったって線が濃厚だ」

 

リーダーの目が、ギラリと光る。

 

「だからさ、こうするんだ」

 

情報屋は、端末を操作して一枚の画像を見せた。それは、鈍い輝きを放つ金属の塊だった。

 

「旧工業地帯の廃棄物処理場に、高純度のチタン合金が眠ってるって噂を、それとなく流す。お宝好きのゴーストなら、きっと食いついてくるはずだ。あとは、罠を張って待つだけさ」

 

「ゴースト」への復讐と、彼(彼女)が持つであろうお宝への欲望が、彼の心に黒い火をつけた。

 

***

 

その頃、メグたちの隠れ家には、穏やかな時間が流れていた。

 

「シ…ロ…」

 

「ピュイ…シ…ロ…」

 

私が不器用な発音で名前を呼ぶと、シロは一生懸命それを模倣する。

 

まだ完璧ではないけれど、その途切れ途切れの電子音が、私の心を温かくした。

 

私は思わず、ふふ、と笑みを漏らした。

 

《警告。ホストの表情筋が、これまで記録したことのないパターンで稼働。原因不明》

 

「これは、『嬉しい』っていうの。あなたも覚えたら?」

 

《…『嬉しい』。非効率的な情動反応だが、データとして記録する》

 

クラヴィスはそう言って沈黙した。

 

私とシロと、そしてクラヴィス。歪な形かもしれないけれど、ここは確かに、私の「家族」がいる場所だった。

 

そんな穏やかな日常は、クラヴィスの声によって破られた。

 

《情報。旧工業地帯の廃棄物処理場エリアにて、高純度のチタン合金の反応を検知。これはシロのボディを強化するための最適な素材だ。入手を推奨する》

 

「あそこはギャング組織が縄張り争いしてる危険な場所だって言ってなかった?」

 

《肯定。だが、この情報はジャンク屋のプライベートチャンネルから漏洩したものであり、安全なルート構築が行われている。彼らが素材を確保し、移動させる前に我々が先行して回収する。成功確率は68%。シロの装甲を強化することによる長期的な生存確率の上昇を考慮すれば、十分に合理的なリスクだ》

 

「シロのためなら…やる」

 

私は、初めて自分の意志で、明確な目的を持って危険な任務に臨むことを決意した。

 

《君はここで視覚情報を共有するだけだ。危険はない》

 

クラヴィスの言葉に、私は静かに首を振った。

 

「ううん。私も、一緒に行く。シロの目になるだけじゃない。私の『アンテナ』で、機械のセンサーじゃわからない危険な気配も探る。私がいなきゃ、シロを守れないから」

 

シロは、ただの外部ユニットじゃない。私の、大事な仲間なのだから。

 

***

 

旧工業地帯の廃棄物処理場は、巨大な鉄の山が迷路のように入り組んだ、不気味な場所だった。

 

私はシロを先行させ、自身は少し離れた場所から、物陰に隠れて後を追う。

 

クラヴィスからの視覚情報共有と、私自身の「アンテナ」が捉える危険な気配。その両方を頼りに、私たちは慎重に進んでいった。

 

《目標のコンテナを発見。内部に高純度のチタン合金を確認。シロ、これより回収作業に移行する》

 

シロが小さなアームで目的の素材を見つけ出した、その瞬間だった。

 

周囲に設置されていたスピーカーから、甲高いノイズが鳴り響く。

 

《警告!EMP攻撃だ!罠…!》

 

クラヴィスの悲鳴のような警告と同時に、私の脳内に流れ込んでいたシロからの映像が、砂嵐のようなノイズと共に真っ黒に途切れた。

 

「シロ!?どうしたの、シロ!」

私の呼びかけに、答えはない。

 

物陰からそっと覗くと、機能停止して動かなくなったシロの周りに、ホロウ荒らしたちが現れ、下品な笑みを浮かべていた。

 

***

 

リーダーが、動かなくなったシロを無造作に蹴り上げる。

 

「おい、本当にこいつでいいのか?ただのガラクタだろ」

 

部下の一人が尋ねる。

 

「間違いない。情報屋の話じゃ、『ゴースト』はボンプを斥候に使ってるらしい。それに、さっき俺たちが近づいた時、遠くで隠れてる本体がピクリと動いたのが見えたんだよ。こいつは、ただのボンプじゃねえ。ゴーストに繋がる、大事な『首輪』だ」

 

***

 

《かかったな、幽霊さんよぉ!さあ、てめえの可愛いペットを迎えに来な!》

 

リーダーの嘲笑う声が、スピーカーを通してエリア一帯に響き渡る。

 

「そんな…シロが…」

 

《冷静になれ。彼らの目的は君だ。このままでは、シロは分解され、我々の情報が漏洩する。だが、君が現場に向かっても、待ち伏せされているだけだ。生存確率0%。シロは…『外部ユニット01』は、ここで破棄する。それが最も合理的な判断だ》

 

クラヴィスの冷徹な言葉に、私の中で何かが切れた。

 

「嫌だ」

 

《聞き分けろ。これは感情の問題ではない。生存確率の問題だ》

 

「嫌だ!シロはただのユニットじゃない!私の…私の、大事な仲間だ!あなただってそうでしょ!?」

 

私は、初めてクラヴィスに対して激しい感情をぶつけた。

 

ちょうどその時、近くにあった巨大なスクラッププレス機が、轟音と共に動き出した。

 

ガコン!と鉄が軋む耳をつんざくような音が、エリア一帯に響き渡る。

 

この音なら、私の声は誰にも聞こえない。

 

「私が今まで生き延びてこられたのは、あなたがいたから!あなたが、私の体の力を引き出してくれたから!だったら、今度もやってよ!リミッターを外して!この体はあなたに任せる!私が、シロを助けるの!」

 

クラヴィスは、数秒間、完全に沈黙する。

 

私の脳内で、彼の論理回路が、これまでにないほどの速度で回転しているのが感じられた。

 

《…了解した。君の『仲間を救いたい』という非合理的な意志を、新たな最優先事項として設定する。これより、君の身体のリミッターを、安全限界を無視して最大レベルまで解除する。警告するが、これは君の身体に深刻な反動をもたらす。それでも、いいか?》

 

「…いい。お願い、クラヴィス」

 

***

 

次の瞬間、私の全身に、これまで感じたことのないほどの力がみなぎるのを感じた。

 

視界の隅には、クラヴィスが算出した最適なルートと、敵の配置、そして利用可能な全ての環境オブジェクトが、半透明のアイコンで表示されていた。

 

《第一目標、敵の通信をジャミング。第二目標、エリア内の重機を遠隔操作し、陽動を作成。第三目標、シロの確保》

 

私は、もはや怯える少女ではなかった。人間に対する恐怖はない。いま感じているのは怒りだけだ。

 

隠れていた物陰から飛び出し、夜の闇を疾走する。

 

高所のフェンスから飛び降りても、リミッターを解除された脚が、猫のようにしなやかに衝撃を完璧に吸収する。

 

廃棄処理場にたどり着くと、私は瓦礫の山を蹴り飛ばし、見張りの視界を塞いだ。

 

制御盤に触れ、巨大なクレーンを遠隔操作し、コンテナを持ち上げて別の場所に叩きつける。

 

轟音と衝撃に、ホロウ荒らしたちが混乱に陥る。

 

それは、これまでの「幸運な偶然」とは全く違う、明確な敵意と目的を持った、無慈悲なまでの最適解の連続だった。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ゴーストの野郎、来やがったのか!」

 

パニックに陥る彼らを尻目に、私は音もなくシロのもとへ駆け寄る。

 

機能停止し、傷だらけになったシロを、そっと抱きかかえる。

 

「見つけたぞ!おい、ガキ!」

 

リーダーが、私に気づいて銃口を向ける。

私は、ゆっくりと顔を上げた。フードの奥で、紫色の瞳が、冷たく彼を捉える。

 

「ひっ…!」

 

リーダーは、その目に射竦められたように、一瞬だけ動きを止めた。

 

その隙を突き、私は再び闇の中へと消えた。

 

リーダーは、一瞬だけ見えた、あの冷たい紫色の瞳と、月明かりに照らされた銀色の髪を、決して忘れることはなかった。

 

隠れ家に戻った瞬間、全身を駆け巡っていた力が、嘘のように消え失せた。激しい痛みが全身を襲い、私はそのまま意識を失った。

 

《警告。ホストの筋繊維に深刻な断裂を確認。生命維持を最優先する》

 

傍らには、傷だらけのシロが静かに横たわっていた。

 

一方、命からがら逃げ出したホロウ荒らしのリーダーは、裏社会に新たな情報を流す。

 

「ゴーストの正体は、銀髪のガキだ。とんでもない力を持ってるが、本人も無事じゃ済まねえはずだ。あいつが持ってたお宝と、あのボンプ…高く売れるぜ」

 

「ゴースト」の噂は、この日を境に、ただの幸運の象徴から、危険だが価値のある「賞金首」へと変貌を遂げた。

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