余命0.03%の実験体だった私、脳内AIと脱走したら『都市のゴースト』と呼ばれる正体不明の救世主になっていた   作:夜琥

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9. 炎と灰の逃走経路

リミッター解除の反動は、まるで全身の骨が内側から砕かれるような激痛だった。

 

一瞬だけ世界が白く染まり、次に襲ってきたのは、立っていることさえ許さないほどの強烈な脱力感だった。

 

《警告。ホストの筋繊維の断裂が深刻化。アドレナリンの分泌も限界に近い。直ちに休息が必要だ》

 

クラヴィスの無機質な声が、霞む意識の中で遠くに聞こえる。

 

私は、傷つきうまく動けないシロを強く抱きしめ、ふらつく足で闇の中を走り出した。

 

隠れ家へ。あの、静かで、安全な場所へ。

 

「わかってる…でも、今は進まないと…!」

 

しかし、悪夢はまだ終わっていなかった。

 

前方の路地から、複数の人影がぬっと現れる。それはヴォルフではなかった。

 

裏社会の情報を聞きつけ、おこぼれに預かろうと集まってきた、ハイエナのような目をした賞金稼ぎたちだった。

 

「見つけたぜ!ゴーストのお出ましだ!」

 

「ヴォルフの旦那だけに出し抜かせるかよ!そいつらを捕まえりゃ、俺たちも大金持ちだ!」

 

下卑た笑い声が、狭い路地に反響する。

 

これ以上リミッターを解除したら本当に動けなくなる。

 

私の体は、ただの非力な少女に戻っていた。

 

《右へ。3秒後、蒸気パイプが破裂する》

 

クラヴィスの指示に従い、私は咄嗟に身を翻す。

 

直後、背後で轟音と共に高温の蒸気が噴き出し、追手たちの悲鳴が上がった。

 

《シロの照明機能を最大出力で起動。敵の視力を奪え》

 

腕の中のシロが、力を振り絞って強い光を放つ。その一瞬の隙に、私は再び走り出す。

 

クラヴィスの精密なナビゲートと、シロの懸命な抵抗、そして私の必死の機転。

 

それら全てを組み合わせ、私たちは絶望的な状況をなんとか切り抜けていく。

 

しかし、敵は次から次へと現れ、私の体力は、確実に削り取られていった。

 

***

 

満身創痍の状態で、私はようやく隠れ家である地下鉄駅の入り口にたどり着いた。安堵の息をつこうとした、その瞬間。

 

入り口のシャッターに突き刺さった、見覚えのある特殊なワイヤーアンカーが目に飛び込んできた。

 

《警告。これは賞金稼ぎヴォルフが使用したものと同型のアンカーだ。内部に敵がいる。隠れ家はすでに制圧されている》

 

闇の中から、ヴォルフが、まるで劇の主役のようにゆっくりと姿を現す。

 

彼は、私が他の賞金稼ぎに追われることすら計算に入れていたのだ。

 

「鬼ごっこは楽しかったか、『ゴースト』ちゃん?」

 

「…どうして、ここが…」

 

私の震える声に、ヴォルフは楽しそうに肩をすくめた。

 

「言ったろ?お前さんの足取りは、水道のホロウの一件から追わせてもらってた。ここが、あんたの巣なんだろ?」

 

周囲の闇から、他の賞金稼ぎたちがじりじりと包囲網を狭めてくる。私の唯一の安息の地は、今や敵の巣窟と化していた。

 

「さあ、おとなしく投降しな。クライアントは『無傷で』と言っている。俺も、ガキ相手に無駄な暴力は振るいたくねえ」

 

ヴォルフが一歩、踏み出す。

 

その瞬間、私は限界を迎えた身体でリミッターを解除し、足元の鉄パイプを蹴り上げた。パイプは回転しながらヴォルフの顔面目掛けて飛んでいく。

 

「チッ…!」

 

ヴォルフはそれを腕で弾くが、その一瞬の隙に私は隠れ家の奥へと駆け込んだ。

 

「逃がすか!追え!」

 

賞金稼ぎたちが、一斉になだれ込んでくる。

 

絶体絶命の状況。私の脳裏に、隠れ家の中に備蓄していた、可燃性の高い燃料やガスボンベの映像が浮かんだ。

 

「クラヴィス、隠れ家にある燃料…あれを使えば、爆発を起こせる。道を作れるはず」

 

私の提案に、クラヴィスは即座にリスクを提示する。

 

《肯定。だが、それをすれば我々の唯一の拠点を失うことになる。成功しても、我々は全てを失う》

 

「それでもいい」

 

私の声は、不思議と震えていなかった。

 

「この隠れ家は…初めて手に入れた、私の場所だった。でも、ここにいたら捕まるだけ。…あなたと、シロがいれば、どこだっていい。どこだって、生きていけるから」

 

私は、近くの配電盤にシロを向かわせる。

 

「シロ、あのカバーを壊して、中のケーブルを引きずり出して!」

 

シロが配電盤のカバーをこじ開け、火花を散らすケーブルを数本、外に引きずり出す。

 

「クラヴィス、あの鉄パイプであのケーブルに当てれば、大規模なショートを起こせるよね?軌道を計算して!」

 

《了解!》

 

私は、脳内に表示される放物線に従い、力を振り絞って鉄パイプを投げつけた。パイプは回転しながら、シロが引きずり出したケーブルに接触する。

 

ケーブルから散っていた火花が、投げつけられた鉄パイプによりその範囲を広げた。

 

瞬間、凄まじい光と熱が発生し、漏れ出していた燃料に引火した。

 

轟音と共に、地下鉄の入り口が、大規模な爆発と炎に包まれた。

 

私は、爆風で壁に叩きつけられ、腕に焼けるような痛みを感じながらも、クラヴィスが事前に示していた、壁の崩れかけた通気口へと必死に這っていく。

 

「クソガキが…!自分の巣ごと焼きやがった!」

 

爆風から身を守りながら、ヴォルフは悪態をついた。他の賞金稼ぎたちは、炎の勢いに恐れをなして後ずさっている。

 

「追うぞ!まだ遠くへは行けるはずがねえ!あっちの通気口だ!」

 

ヴォルフは、炎とは反対側の、私が消えた通気口へと視線を向けた。

 

***

 

狭く暗い通気口を這いずり、私はなんとか外の路地へと脱出した。

 

背後で、自分の唯一の居場所が炎に包まれていくのが見える。

 

涙を堪え、私はただひたすらに走り続けた。

 

《次の潜伏場所を再検索する必要がある。だが、都市部はすでに危険地帯だ》

 

「…分かってる。だから、誰も来れない場所に行く。クラヴィス、この近くで一番危険なホロウはどこ?」

 

《…最も近い高レベル共生ホロウは『デッドエンドホロウ』。要警戒エーテリアス『デッドエンドブッチャー』の巣だ》

 

「そこに、行く」

 

《正気か?君のエーテル適性では、内部に数分と滞在できない。汚染レベルが即座に危険域に達する》

 

「プロの賞金稼ぎでも、簡単には手出しできない場所。もう、そこしか残ってない。大丈夫、危険域になる前に別の裂け目から外に出られれば問題ないよ」

 

《…了解。ホロウに突入後、最短距離で裂け目を検出し道を示す》

 

***

 

私は、クラヴィスが提示したデッドエンドホロウを目指し、比較的安全な低レベルホロウを経由しながら進む。

 

しかし、ヴォルフと手練れの賞金稼ぎたちは、プロの意地と報酬への執着から、その追跡の手を緩めなかった。

 

崩れたビルが折り重なる、迷路のような低レベルホロウ。私は、息を切らしながら瓦礫の山を駆け抜ける。

 

《警告。後方より複数の生体反応が接近。追いつかれるまで、推定120秒》

 

「どうしよう…リミッターを解除すれば…」

 

《不可能だ。君の身体がもたない》

 

私は、必死に周囲を見回す。瓦礫の奥から、不気味な気配がする。

 

「…この辺り、エーテリアスが多い。もし、私が大きな音を立てたら…あいつらは、音のした方に行くよね?」

 

《肯定。エーテリアスは音と振動に強く反応する。だが、君自身も標的になる。極めて危険だ》

 

「あなたは、私が生き残れるギリギリのルートを計算できるはずだよ。大丈夫、私はあなたを信用してる」

 

《…了解。ルートを算出する。私の指示通りに動け》

 

私は、クラヴィスの言葉を信じ動く。

 

指示されたポイントで、私は大きく息を吸い、ありったけの声で叫んだ。

 

それは意味のない、ただの絶叫。しかし、ホロウの静寂を切り裂くには十分すぎた。

 

直後、周囲の瓦礫の奥から、複数のエーテリアスが咆哮を上げながら姿を現す。

 

《行け!》

 

私は、クラヴィスが示す、エーテリアスの群れをギリギリでかすめるような、針の穴を通すようなルートを全力で駆け抜ける。

 

背後で、追いついてきた賞金稼ぎたちの悲鳴と、エーテリアスの咆哮が混じり合うのが聞こえた。

 

***

 

その頃、邪兎屋のメンバーは、先ほどの戦闘現場の調査を終え、イアスのナビゲートで「ゴースト」の痕跡を追っていた。

 

イアスは彼らの少し前を跳ねるように進み、道を示している。

「プロキシ!そっちの様子はどう!?ゴーストの信号、まだ追える!?」

 

ニコが、瓦礫の上を慎重に進みながら、イアスに向かって話しかける。イアスを通して、リンの声が聞こえてくる。

 

『うん、追跡できてる!信号は弱いけど、まだ移動を続けてるみたい!それに、ゴーストの周りに他の賞金稼ぎみたいなシグナルもいくつか確認できた!急いだほうがいいかも!』

 

その直後、彼らの進行方向の空が、一瞬だけオレンジ色に染まり、轟音が響いた。

 

「今の爆発…!まさか!」

 

ニコは顔を上げる。

 

「プロキシ!ゴーストの信号は、今の爆発があった方角よね!?」

 

『そのとおりだよ!みんな、急いで!』

 

彼らは爆心地へと急ぐ。

 

***

 

現場に到着した彼らが見たのは、炎上する地下鉄の入り口と、そこから逃げ出してくる賞金稼ぎたちの姿だった。

 

「あんたたち!中で何があったか聞かせなさい!」

 

ニコが一番近くにいた男の胸ぐらを掴む。

 

「ひいっ!お、俺たちは何も知らねえ!」

 

男がしらを切ろうとした瞬間、アンビーが音もなくその首筋にブレードを添えた。

 

「…状況を説明して」

 

「悪党め!スターライトナイトの名において、洗いざらい吐いてもらうぜ!」

 

ビリーも二丁拳銃を男に向ける。

 

「わ、わかった!話す、話すから!ゴーストのガキが、自分の巣ごと爆破しやがったんだ!」

 

「ガキ…?やっぱり、ただの噂じゃなかったのね…」

 

ニコは舌打ちすると、男を突き放した。

 

「で、そのガキはどこへ行ったのよ!」

 

「ヴォルフの旦那が追って行ったが…あっちの方角だ!」

 

男が指さしたのは、デッドエンドホロウのある方角だった。

 

***

 

低レベルホロウを抜けた先は、新エリー都の旧市街とカンバス通りを繋いでいた、巨大な高架道路の残骸だった。

 

足元は崩れ、眼下にはデッドエンドホロウの入り口である、不気味なエーテルの渦がまるで生き物のように渦巻いている。

 

「はぁ…はぁ…」

 

息を切らし、私はついに足を止めた。もう、どこにも逃げ場はない。

 

「逃げ場はねえぜ、ガキ。大人しく投降しな」

 

背後から、ヴォルフの声が響く。彼だけは、エーテリアスの群れを切り抜け、ここまで追ってきたのだ。

 

「あの程度のオモチャで、俺が止められると思ったか?」

 

彼の後ろから、他の賞金稼ぎたちも、傷だらけになりながら続々と姿を現す。

 

「ちくしょう、あのガキ…!仲間が何人かやられたじゃねえか!」

 

「捕まえたら、ただじゃおかねえ…!」

 

その時だった。賞金稼ぎたちの背後から、イアスを先頭に、邪兎屋のメンバーが駆け込んできた。

 

「そこまでよ、悪党ども!プロキシのナビゲートは完璧ね!ゴーストはあたしたちがいただくわ!」

 

現場は、私 vs 賞金稼ぎ vs 邪兎屋という、三つ巴の緊迫した状況に陥る。

 

「なんだぁ、てめえら!?」

 

賞金稼ぎの一人が、突然現れたニコたちに動揺する。

 

「あのマークは…邪兎屋か!面倒な連中がしゃしゃり出てきやがって!」

 

別の男が吐き捨てる。

 

ヴォルフはニコたちを一瞥し、再び私に視線を戻した。

 

「チッ…ハイエナどもが嗅ぎつけやがったか。だが、獲物を横取りされるのはごめんだぜ」

 

ヴォルフが手を挙げ、部下たちに合図を送ろうとした、その瞬間だった。

 

「こうなったら、ヤケだ!足の一本でも撃ち抜いて、動けなくすりゃいいんだろ!」

 

エーテリアスに仲間を傷つけられ、苛立っていた賞金稼ぎの一人が、ヴォルフの制止を無視して私に向かって発砲する。

 

《回避!》

 

クラヴィスの警告と同時に、私は咄嗟に身を翻した。しかし、消耗しきった体は思うように動かず、バランスを崩す。

 

「あっ…!」

 

私の足は、崩れかけた高架道路の縁を踏み外し、宙を掻いた。

 

腕の中のシロを強く抱きしめる。

 

なすすべもなく、私の体は崖下の、デッドエンドホロウの空間の裂け目へと吸い込まれていった。

 

「なっ…!?あの子、落ちたわよ!」

 

ニコの叫び声が響く。

 

「この馬鹿野郎が!」

 

ヴォルフの怒声が、発砲した賞金稼ぎに叩きつけられた。

 

「クライアントは『無傷で』と言っただろうが!」

 

ニコが、助けるために一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。

 

ホロウの空間の裂け目が、ブゥンという不気味な唸りと共に、異常な輝きを放ち始めた。

 

「な、何よこれ…!」

 

裂け目の縁が、まるで不良品のモニターのように激しく明滅し、紫色の放電が周囲の瓦礫に迸る。

 

足元の地面がビリビリと震え、立っていることさえ困難になる。

 

《警告!空間座標、崩壊寸前!高密度のエーテル乱流、計測不能!突入すれば致命的な損傷を受ける可能性あり!マスター、これ以上の追跡は不可能です!》

 

イアスから響くFairyの悲鳴のような警告に、ニコは思わず足を止めた。

 

「チッ…!どうなってんのよ!」

 

全員が呆然とする中、空間の裂け目は一際強い光を放った後、まるで何もなかったかのように、元の静かな渦へと戻っていった。

 

後に残されたのは、唖然とする邪兎屋と賞金稼ぎたちだけだった。

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