RubiconMaiden〜ルビコンの乙女〜   作:CVn-α:コル・カロリ

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ラインの乙女に脳を焼かれました。あのQBやOBの音が子守唄のように聞こえるレベルで手遅れです()



青年は"乙女"の夢を実現するか?

 

 ある日、夢を見た。

 

 

 恐らく、あれらはアーマードコアであろう。

 

 1機は4脚AC。両手にレーザーライフルと実弾ライフルを。肩にミサイルを積んでいた。

 もう1機は2脚AC。両手にリニア系と思われるライフルを2丁。

 

 戦闘開始から1秒も経たずに音速を超える2機のACを。

 目にも止まらぬ速さで空を駆ける2機のACを。

 

 

 夢から醒めた私は、しばらく呆然としていた。両目から涙が流れていたことに気が付いたのも少し経ってからだ。

 

 あの日から、私はあの"夢"に……夢の中に出てきたアーマードコアに心を奪われていた。

 気が付けば、私は流体力学や航空力学、材料工学に機械工学を学び、シュナイダー社の門を叩いていた。

 

 

──────

────

──

 

 

「私が目指す速さは……今の御社が開発している"真っ直ぐな速さ"とは違います。」

 

 

 シュナイダー社は、ACの開発も行っている企業としてはかなり異色な企業だ。

 募集している人材に求めているのは、"速さ"への強い感情。それが少年のような憧れだろうと、別のベクトルだろうと構わない。とにかく、心の底から"速さ"を求めていれば受け入れるような企業だ。

 そんなガバガバ募集要項で良いのかって?……それなりの規模を誇る企業に(多少は)学歴や出自を問わず入れるのであれば、寄って集る輩は多い。だが、選考の一環としてシミュレータでの"体験"をすれば、そんな輩の化けの皮は剥がされる。あまりの速さに、だ。

 ……速さから生まれる"空気抵抗"で、化けの皮が"剥がれる"、か。実にシュナイダーらしい言葉遊びだと思う。これを言ったら担当の面接官に気に入られ、途中の選考をすっ飛ばして最終面接(社長との面接)に行けてしまった。流石はシュナイダー。話も早いな。

 

 

「"真っ直ぐな速さ"、ですか。」

 

「はい。私が見たアレは……"舞うような速さ"でした。──

 

 

 文字通りの縦横無尽な戦闘機動。

 一瞬でも気を抜けば視界から外れる相対速度。

 自らのミサイルですらも追い越す速さ。

 フレアでミサイルが当たらないのなら、無誘導の偏差撃ちで当ててしまう演算能力。

 

 

──遷音速域に達したときに発生したヴェイパーコーンは……純白のドレスのようで……もはや私の心は、あの"乙女"に恋焦がれて、燃え殻しか残されていない。」

 

「なるほど、ヴェイパーコーンをドレスと例えますか。そして、実際に流体力学,機械工学,航空力学,材料工学を学んできたと。そして、卒論もコックピット内部の加速度を緩和するための機構を題材としている……安定性などのクリアすべき課題点は山積みではありますが、実にチャレンジ精神溢れる機構です。」

「面接の結果は後日……いえ、社長権限によりこの場で採用とします。また、配属部署は……そうですね、まずはサイドスラスターの開発部署に回ってもらいます。」

 

 

 やはりシュナイダーの社長だ。話が早い。お手本のような即断即決だ。

 

 

「サイドスラスター……なるほど。お気遣いありがとうございます。」

 

 

 そこからはシュナイダーで開発漬けの日々が始まった。

 

 理論構築1つ取っても、やはりシュナイダーは格が違う。

 流体力学においては、マッハ0.5を超えるような環境下でのデータが大量にあり、大学,大学院で学んでいた内容が数世代前のものとすら思えるほどに洗練されていた。

 また、材料工学も一味違う。音速に到達することを前提としており、機体先端部で発生する断熱圧縮と、それによる温度差に耐えられる素材が開発されていた。

 機械工学については、音速付近で発生する機体の異常振動に関するデータが蓄積,解析されており、他の企業が使っているシミュレーターと比較して10年……いや、15年は先に進んでいるだろう。

 航空力学?シュナイダーだぞ?言う必要なんてあるだろうか。

 

 


 

 

 入社してから1年程度が経過した。机上の空論と現実世界の差異に苦戦しつつも、与えられた開発課題を少しづつだがこなせていた。

 他の社員は航空力学特化や機械工学特化の人間が多く、それらの間を取り持てる私の存在は重宝されているようだ。無論、私の今の能力は特化型の人間には、少し……いや、格では2枚程度劣っている。だが、満遍なく70点であるが故に、辛うじてどの分野でも話に喰らい付ける。そのため、間を取り持つ存在としてはこれ以上ない……とのことらしい。

 

 

「サイドスラスターは、理論上必要な推力に到達した。メインブースターを稼働させるためにジェネレーターの出力を引き上げられれば……いや、そのレベルでの出力を確保できるジェネレーターを開発すれば、あまりの重量に遅くなってしまう……」

 

「おや、開発に行き詰まっているようですね。」

 

 

 シュナイダーが他の大企業*1と違う点として、社長の現場視察の頻度が挙げられるだろう。

 現場の粗探しをしている訳ではなく、寧ろその逆だ。

 速さを愛し、速さに愛された企業の社長が、どうして空力バカ(褒め言葉)でないことがあるだろうか。新たに形になったものがあれば真っ先に視察に来て、それが魅せてくれる速さに思いを馳せるような人間だ。

 社員たちも、他の人間に自分の成果を自慢したくて堪らないような人間ばかりだ。そのため、社長の視察は寧ろモチベーションの向上に繋がっている。

 

 もちろん、行き詰まったときにも視察に来る。様々な部署を視察してきた社長だからこそ、現在抱えている課題の解決に役立つ研究や知識を有している部署への紹介も可能になっている。

 

 

「はい。現在はジェネレーター出力がボトルネックとなっています。」

 

 

 既存のジェネレーターでは、内燃式でも還流式でも要求される出力、EN容量に達することができていない。出力を無理やりクリアすれば、EN容量が犠牲となり、2,3回──下手をすればたった1回──のQBでENが尽きるだろう。

 

 

「……これは我が社の中から有志を募って行うプロジェクトになりますが、辺境の開発惑星"ルビコンⅢ"。そこに眠っている資源である、"コーラル"を調査するプロジェクトを立ち上げる予定です。」

 

「コーラル……確か、あの"アイビスの火"の原因になったという……」

 

「はい。」

 

 

 コーラル……アイビスの火……星系を巻き込んだ大火……まさか?!

 

 

「まさか、そのコーラルを燃料にしようと?」

 

「その通りです。既にアーキバスやベイラムは派兵準備を整えており、我がシュナイダー社も設計,製造を問わず技術者を派遣する見通しです。」

 

 

 コーラルが原因となったアイビスの火。それは、ルビコンⅢがある星系に壊滅的な被害を齎した。着火地点の真反対側では比較的被害が少なかったため、グリッドが倒壊せずに使える状態で残ったり、生き残った人間がいたりした。しかし、着火地点の近くにはグリッドすら残らず、定住する人間が極めて少ない不毛の大地と成り果てたらしい。

 

 だが、それは裏を返せばコーラルが秘めている燃料としてのポテンシャルを物語っている。

 どの程度の量を燃やしたのかは定かではないが、惑星の大気圏と同等か、それ未満の体積で甚大な被害を齎している。燃料として制御することができれば、ジェネレーターの出力問題を解消できる可能性はあるだろう。

 

 

「私もそのプロジェクトに参加します。」

 

「ベイラムや惑星封鎖機構、ルビコンⅢの現地勢力との全面戦争になるでしょう。無論、その中であなたが命を落とすリスクもあります。それでも構わないのですね?」

 

「はい。元よりあの"夢"に恋焦がれ、それを実現するために私を燃やしている最中ですから。道半ばで斃れたのであれば、所詮私はその程度の人間だったということです。」

 

 

 


 

 

 

 こうして、私はルビコンⅢへと向かった。

 惑星封鎖機構の衛星砲に狙撃されたりしたが、流石はシュナイダー。全て回避して人員や物資の損失無く降り立つことができた。空力万歳。

 

 BAWSなどの現地勢力からコーラルを研究用に融通してもらい、その代わりにシュナイダーの技術を一部提供する交渉もまとまった。

 それだけでなく、エルカノの鍛造技術には目を見張るものがある。これまで扱いが難しく使用を断念していた金属素材の一部が、彼らの技術によって使用可能になった。それに、軽量AC……良き同志になれるかもしれない。

 

 こうして、シュナイダー社は(アーキバスには独断で)ルビコンの勢力と研究協定を結んだりして地盤を整えた。

 

 

 一方私の方はと言えば、ルビコンで研究を開始してからおよそ半年。研究用に使うコーラルの安定供給は現地勢力の協力でできており、今はコーラルジェネレーターの基礎研究を行っている。既存の燃料とは性質が全く異なるため、シュナイダーの優秀な技術陣と言えども苦戦を強いられている。

 

 

 そんな折に、傭兵支援システムであるオールマインドが接触してきた。

 こちらから依頼を出したりすることで関わることはあったが、向こうからの接触は珍しい。それこそ、こちらが申請した事項に不備があったときの修正要求か、依頼に関することでしか機会は無かった。

 

 

「傭兵支援システムが何の御用で?今は依頼なども出しておらず、特に心当たりはありませんが。」

 

「ルビコンⅢで活躍している傭兵たちから、シュナイダー社の製品、主にブースターは極めて高い評価を得ております。」

 

「そうでしょう。燃費、速度を極めて高いバランスで実現していますから。EN負荷が少し高いのだけが短所でしょうけれども。」

 

 

 噂によれば、単機で封鎖機構の大型武装ヘリを堕とした独立傭兵──確か名前は"レイヴン"だったか──も私の手がけたブースターに乗り換えたらしい。RaDの探査用ACは負荷が低く、高負荷なブースターを積む余力が残されていたのだろう。

 

 

「ですので、オールマインドの研究・開発部門と共同でACのパーツを開発をするのはどうでしょうか。こちらからも有益なデータを提供できると信じております。」

 

「有益なデータ……ですか。我がシュナイダー社の技術力はご存知でしょう。高機動機体向けのパーツに関して言えば、ルビコンはおろか、太陽系の経済圏でも1、2を争う……いえ、頭1つ抜けてトップです。」

「そんな我々が"有益"だと感じると自負するのは、自らハードルを上げすぎではありませんか?」

 

「確かに、高機動機体に向けたACパーツにおいて、シュナイダーがこの分野を牽引しているのは間違いないでしょう。」

「ですが……コーラルについては、このルビコンに根付く組織である我々が先に進んでいることは疑いようのない事実です。」

 

 

 コーラルに関して……か。それを交渉の初手で切るあたり、シュナイダーが何を求めてルビコンにやって来たのかはお見通しだろう。まあ、今のルビコンにやって来る理由はコーラル以外無いだろう。猿でもわかることだ。

 

 

「そちらの言い分は理解しました。ですが、共同研究の承認をするのは私ではありません。話は上に通して下さい。」

 

「承知いたしました。今後ともオールマインドをよろしくお願いします。」

 

 

 


 

 

 

 あの後、実際に共同研究の提案は受け入れられた。私を共同研究チームのシュナイダー側リーダーに任命され、オールマインドの研究・開発チームと共同で研究することになった。

 

 

「……なるほど。コーラルは、平たく言えば"勝手に増殖できるアルコール"と言ったところか。確かに、これならアイビスの火を引き起こしてでも止める必要があったな。」

 

 

 これまで、様々な条件下でコーラルのジェネレーター燃焼試験を行ってきた。

 短時間の燃焼では、既存の燃料と比較して体積辺りの効率が少し良い程度だった。しかし、燃焼時間を長く確保した場合には著しい効率上昇が見られた。

 これを、"コーラルは燃焼に時間がかかる"と結論付けて最適な空気混合比率を探したりしていたが……実際は、ピストン内に拡散させた際にコーラルの密度が急激に低下し、増殖スピードが急上昇。結果として燃やすコーラルの総量が増えたものだと判明した。

 

 さて、それとは別にアイビスの火についてだが……もしも、コーラルに火を点けていなかった場合、宇宙空間という理想的な増殖環境でコーラルが指数関数的に増殖。宇宙はコーラルで満たされていただろう。

 そして、遍く生命はコーラルによる中毒症状で死滅……あるいは、適応できた極めて運の良い一部の個体を残すのみとなっていただろう。そこまで減れば、生物の多様性は失われ、些細な出来事がキッカケで絶滅の憂き目に遭ってもおかしくなかった。

 やはりコーラルには、潜在的な危険性がある。石炭や石油といったものでも、扱いを間違えれば大惨事を引き起こす可能性がある。……コーラルの場合は、その"大惨事"が桁違いのスケールなのだが。

 

 

 


 

 

 

 オールマインドとは定期的に開発の進捗報告で顔を合わせているが、今回は少し違った。進捗報告の後に、"記録に残らない形で話をしたい"と言われた。何か悪巧みでもしているのか……あるいは、アーキバスに対する裏切りの誘いかもしれない。用心してかかろう。

 

 

「我々オールマインドは、シュナイダーが……いえ、"あなた"が何を作ろうとしているのか、それを知っています。」

「音速に近い領域……いえ、音速を上回る領域で戦闘を行う機体。それを作り上げようとしている。」

 

「その通りです。ジェネレーターに要求したEN出力と、メインブースターに要求した推力から導き出したのでしょう。」

 

「はい。」

 

 

「ですが、その機体には"アーマードコア"として致命的なまでの欠点があります。文字通り、"致命的"となりうる欠点が。」

 

「知っています。例えアーキバスの第10世代強化人間手術であろうと、この暴力的なまでの加速度に耐えることは不可能です。切り返すように2回QBを吹かせば内蔵が潰れて死ぬでしょうね。」

 

 

 1秒で静止状態から音速を超えるなら、加速度は約35G*2となる。また、音速を超えるまでの時間と身体にかかる加速度は反比例関係にある。仮に、現在のQB噴射時間である0.4秒で音速に到達するのであれば、加速度は約85Gとなる。

 この暴力的……いや、文字通りの殺人加速度に耐えられる強化人間手術は、今のアーキバスには無い。ましてや他の企業にある筈も無い。

 

 

「あなたはその問題点を、AIに操縦させることで解決しようとしているようですが……もし、他ならぬ"あなたの意識"で操縦する手段があるとしたらどうしますか?」

 

「…………話は聞きましょう。」

 

 

 直感が告げている。この"話"は、恐らくロクなものではない。オールマインドがコーラルに関する情報を提供する立場であることを考えると、私がまだ知らないコーラルの一面──もちろん、危険な面だ──に深く関わっているものだろう。

 

 

「コーラルには情報導体としての性質があります。言わば、人間の脳における神経細胞のような性質です。この性質を用いることで……あなたの意識をコーラルに"転写"します。」

 

「つまるところ、私にルビコニアン……いや、コーラリアンか?になれと言うのですね?」

 

「はい。あなたは今、コーラリアンと言いましたが……我々はコーラルに宿る意識に名前を付けています。」

 

 

──『Cパルス変異波形』と。

 

 

 


 

 

 

 

 オールマインドからコーラルジェネレーターの設計図、実験データが提供された。ただ、これは技研が残したデータをオールマインドが回収しており、それを私にも共有しただけだ。

 流石のオールマインドでも、ジェネレーター周りまでは開発の裾野を広げられていないらしい。まずはフレーム一式と武装を制作し、その後でそれらに合わせたジェネレーターを開発するつもりなのだろう。

 

 それはさておき、コーラルジェネレーターの設計図や実験データは極めて有用だった。

 まずは寸分違わぬものを製作し、実験してデータを得た。それをオールマインドが提供したデータと比較し、理論の構築や改善点の洗い出しに使い倒した。

 その努力は、半年も経たない内に実を結び、要求水準を満たすジェネレーターの開発に成功した。

 

 

「ジェネレーターの出力は基準値に達した。2基搭載すれば、QB10回毎のインターバルが規定の時間を下回れる。……これなら、"乙女"を現実のものとすることができる。」

 

 

 AB中も含めて、QBは最短でも0.33秒間隔を空けないと吹かせない。これはブースターへのEN充填のためにどうしても避けられないものだ。そして、ジェネレーター1基での連続QBの限界は10回。3.3秒あれば、このコーラルジェネレーターはフルに回復できる。2基を並列搭載することで事実上無限のENを手に入れた。

 

 後は、この機体を製造、組み上げる工程を残すのみとなった。……無論、その後の実験フェーズもあるので正式発表までには、いくつかクリアするべき課題や手続きの諸々なんかを残しているが。

 

 

 ……おや、本社の社長からのメッセージか。確認しないとだ。

 

 

 

 開発進捗レポートを確認しました。

 コーラルを用いたジェネレーターの開発成功に、本社でもそのジェネレーターを用いた場合のシミュレーションをするなど非常に活気づいています。あなたが最終選考の面接で話してくれた"乙女"の実現にも大きく近付いたことでしょう。

 

 

 早速ですが本題です。

 

 我が社としては、あなたの貢献が極めて大きいことを認めています。ですので、"乙女"の試験中にあなたが失われてしまう事態を避けるべきものとして結論づけています。

 

 また、AIを搭載した"乙女"が戦力として有用になることは、鳥が空を飛ぶことよりも明らかなことですが、"乙女"の戦力化に関して重大な懸念事項があります。

 それは、あまりにも戦力として強大すぎることです。

 現在までに得られた実験データから推測される戦闘能力、あるいは各種性能が推測データの9割しか発揮できないと仮定しても、既存のあらゆる兵器を過去の遺物にしてしまうとのシミュレーション結果が示されました。そのため、現在コーラルを巡って敵対しているベイラム、大豊のみならず、アーキバス、果ては"政府"までもが敵になるでしょう。

 

 

 シュナイダーからの要請は以下の3点です。

 

・フルスペックを発揮する試験については極秘裏に行い、結果が外部に漏れることのないよう、また、漏れたとしても誇張したデータだと思われるような細工を施すこと

・我が社の製品として発表する際には、有人で操縦可能なレベルまでスペックダウンさせたものとすること

・試験に際して、通常の機体と比較して2倍以上の死亡確率が見込まれる試験は行わない、もしくはAIに行わせること

 

 

 これがシュナイダー社の社員にとってどれだけ屈辱的なものであるかは、私自身も理解しています。より速く飛べるのにも関わらず、わざと遅くしろと言っているのですから。

 ですが、今の我々には世界を敵に回して勝てる戦力はありません。何より、そうなれば真っ先に狙われるのは機体開発の主任たるあなたでしょう。そして、死んでしまえば"乙女"に携わることもできなくなってしまいます。

 

 我々のためにも、そしてあなた自身のためにも、どうかこの要請を飲んで下さい。シュナイダー社として行える補償は全力で行うと約束します。

 

 

 

 …………なるほど、そうなるか。

 だが、私の返答は決まっている。……そうだな、嘘偽りは一切述べていないから、これで問題は無いだろう。

 

 

 

 要請3点についてですが、以下の通り対応致します。

 

・実験用地確保の際には、ルビコニアンからも不毛の大地として捨て置かれた中央氷原から選定することで、実験の様子が第三者の目に入る可能性を可能な限り減少させる

・シュナイダーの製品として発表する際には、私が実際に操縦した機体を用いる

・試験に際して、死亡確率が2倍以上と見積もる際にはこれまでの社内事例に則り算出する

 

 

 私としても、ヴェイパーコーンを纏った"純白の乙女"が血塗られたものになることは不本意です。

 

 

 

追伸

 

 でしたら、"乙女"のフルスペックを再現した仮想戦闘シミュレーションを実装しておいて下さい。加速度を体で感じることができないのは残念ですが、現実との折り合いを付けるのであればこれが限界でしょう。

 欲を言えば、脳内に直接信号を送り込む形で加速度の感覚を再現できれば完壁です。

 

 

 

 

 残念だが、素直に従うつもりははじめからない

 

 だまして悪いが、私の夢なんでな

 好きにやらせてもらおう

 

 

 


 

 

 

 乙女の試作機1号が組み上がった。これから実際に稼働して試験を行う。

 

 

「これより試験稼働を開始します。……ジェネレーターパージ機構の確認を。」

 

「ジェネレーターパージ機構、正常な応答を確認。ハートビートシステム*3をテストモードで起動。テスト用通信途絶に対して正常な動作を確認。問題無しです。」

 

 

 あくまでも今回はAI……ですらなく、こちらから送信する簡潔な行動指令で動作させる。

 全く未知の領域に至った機体である。そのため、不測の事態に備えてジェネレーターを物理的にパージする安全機構を搭載している。もちろん、"実戦"で積むことは無いが。

 

 

「それでは……ジェネレーターの稼働を。」

 

「ジェネレーター、起動。出力は正常に上昇中です。……試験1号機、起動可能です。」

 

「メインシステム、通常モードを起動。」

 

「はい。メインシステム、通常モードを起動。……異常無し。完了です。」

 

 

 ジェネレーターを2基並列搭載している影響でシステムの稼働が不安定になることも懸念されたが、どうやらその心配は無いようだ。

 

 

「EN供給ジェネレーターの切り替えテストを。」

 

「EN供給ジェネレーターを切り替えます。……各種システムの電圧低下は誤差の範囲内。続いて連続切り替えの負荷テストに移ります。……電圧の異常低下は見られません。安定稼働しています。」

 

 

 良し。今のところは順調だ。

 

 

「次、緊急停止の動作確認を。」

 

「緊急停止の動作確認を行います。信号を送信。内部回路の保護装置の作動、EN供給回路、ブースターへのコーラル供給経路の遮断を確認。ジェネレーター出力が0になるまでの時間も規定の範囲内です。」

「緊急停止、テストクリアです。」

 

 

 私が従順であると見せかけるためにも、動かす前に実施する安全装置のテストはこれでもかと盛り込んだ。QBを連続で吹かすテストまではまだ行程がいくつも残されているが、仕方ない。私としても、事故で自壊する姿は見たくないからな。

 

 

「緊急停止後の再起動試験を。」

 

「再稼働信号送信。ジェネレーター出力、規定時間内に最大出力に到達。出力の安定性、信号の信頼性、その他測定結果は全て基準をクリアしています。」

 

 

 ようやく……ようやくだ。

 私の"乙女"がその1歩を踏み出す瞬間だ。

 

 

「……通常歩行による移動テスト、続けてブースト移動のテストを。」

 

 

 何の問題も無く、"乙女"は動き始めた。

 ああ、私の全てを捧げると決めた"乙女"よ。この世で産声を上げるまで、後ほんの少しだ。

 

 

「周囲の人員は全て退避しているな?」

 

「はい。」

 

「……良し。クイックブーストの稼働試験だ。」

 

 

 こればかりは他の人間に任せられない。

 "乙女"を操縦するコンソールの操作を交代する。

 

 さあ、この世界に産まれ落ちるのは……今だ。

 

 

「クイックブースト、起動。」

 

 

 ……そうだ。これだ。これこそが、私が恋焦がれていた"乙女"だ!!

 遷音速域でヴェイパーコーンを身に纏うその姿。それこそが、私が求めていた"乙女"の姿そのものだ!!

 

 

「クイックブーストの連続使用試験を行う。」

 

 

 クイックブーストで加速する。空気抵抗で減速する。

 再びクイックブースト。また減速する。

 

 一回クイックブーストを吹かす度に、"乙女"はドレスを身に纏う。ブースターから漏れ出すコーラルの赤い光は、ドレスを飾り立てる宝石のようだ。

 

 

「規定回数の連続QBを確認。速度、推定の97%。シミュレーションで使用した大気状態との差異として許容される範囲内。試験を続行する。」

「次、アサルトブーストの稼働試験。」

 

 

 "乙女"が再度加速する。容易く音速の壁を超え、後ろには衝撃波で巻き上げられた雪だけが舞い散る。ロングトレーンのウェディングドレスのようだ。

 

 

「ブースター温度の推移、想定よりやや低温度。機体内部の温度は想定より僅かに高め。排熱機構に改善の余地ありと認む。」

「最後の試験項目に移る。AB中のQB連続稼働を行う。」

 

 

 ……あの日に見た夢を、現実のものとすることができた。

 こんなにも早く、"乙女"を産み出せるとは思っていなかった。恐らく、私の人生で最大の幸運となるだろう。それこそ、一生を捧げる覚悟すらしていた。だが、残りの人生を"乙女"と共に過ごせる。これを幸運と言わずして、何を幸運と呼べば良いのだろうか。

 

 

 気が付けば、涙が私の目から零れ落ちていた。

 今、私の夢が……恋焦がれ続けていた"乙女"は、あらゆる枷から解き放たれた。重力ですらも、もはや"乙女"を縛り付けることはできない。この世で最も美しく、どこまでも自由だ。

 

 

「ようやく……ようやく会えた。私の……私の"乙女"よ。」

 

 

*1
アーキバスやベイラムに比べれば規模は小さいが、比較対象がおかしいだけで充分大企業だ。例えるのなら……戦車の車体から砲身までを完全に自社生産できる軍需企業と言えば読者諸兄にも伝わるだろう。

*2
地球の重力の35倍。ベッドの上に寝転がって、その上に自分が追加で34人乗ったのと同じ力でコックピットのシートに押し付けられると考えれば大体合っている。

*3
周期的に信号を送信,受信することで正常動作を確認するシステム。スイッチが押されたら切れるのではなく、スイッチを押し続けていないと勝手に切れてしまうようなものだと考えれば大体OK。





えっ?連載中の小説があるのにもう一本を書き始めたとか正気ですか?
……既に脳を焼かれているので、正気な訳が無いですね()
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