今回は少し長いかもです…。
それでは、本編どうぞ。
少年が無邪気に、鎮守府内を走り回っていた。
「天津風ー!こっちだよー!」
「零君!待ちなさいったら!私の吹流しなの!返しなさい!」
天津風が零を追いかけ回しながら、大声で呼びかける。
「やだよー!」
零は悪戯めいた笑顔で、天津風を煽り散らかす。
「ほんとにもう!無邪気すぎて、困ったものね!お父さんに言うわよ!」
対抗し、天津風が父をチラつかせれば。
「えぇー!意地悪ー!」
走りながら、零は文句を垂れる。
「どっちが意地悪よ!嫌だったら、すぐ返しなさい!」
「天津風のいけずー!」
天津風の反撃虚しく、零は尚も天津風を小馬鹿にする。
走りながら、天津風は閃く。
笑みを堪えきれず、口角を上げながら。
「いいわ!そっちがその気なら、龍田さんにでも…。」
「ごめんなさい!返すから、龍田だけは…!」
天津風が奥の手とばかりに、龍田の名を出せば。
全速力で天津風のもとに走り、零は頭を下げる。
「私が何かしらぁ?」
「げっ!龍田!」
「"げっ!"って何よぉ?失礼ねぇ?」
噂をすれば何とやら、龍田が角から現れる。
それに驚き、零は仰け反るように床に転んだ。
龍田は唇に人差し指を当て、首を傾げる仕草を見せる。
「また天津風さんに悪戯してたのぉ?
「そ、それだけは…ごめんなさいごめんなさい!!」
慌てる零を見て、満足したのか。
「冗談よぉ?でもぉ、悪ふざけは程々にねぇ?」
「う、うん、わかった…。」
龍田に釘を刺され、零は肩を落とす。
「反省したのなら、別にいいわよ。」
天津風もその様子から察し、目を瞑ることにした。
「零の声が聞こえた気がするんだが、この辺に居るのか?」
三人の耳に、太くも逞しい声が入ってくる。
「と、父さん!」
零が声の主を見る。
そこには、零の父である橘花紫雲が立っていた。
「丁度良いところに居たな、執務室まで一緒に来て欲しい。」
「え?」
「なに、天津風にイタズラした事を怒るわけではないぞ?」
「違うの?」
「あぁ。
「えぇ、いいわよ。」
「わかったわぁ。」
紫雲の有無を言わさぬ物言いに、二人の艦娘は頷く。
零は父の見せる笑顔に疑問を持ったが、大人しく付いて行くことにした。
「お前に良いことを教えてやろう。」
「いいこと?」
執務室に入るなり、紫雲はデスクに座りながら笑顔を見せる。
その笑顔に零は不信感を抱くが、次の一言でそんなものは吹き飛んだ。
「零、幼いお前には早いかも知れんが、指揮を叩き込んでやる!元帥特権でな!ふはははっ!!」
「ほ、ほんとに?!」
零は嬉しさのあまり、拳を固く握る。
「あぁ。お前はまだ六歳と幼いが、龍田や榛名、他の艦娘達とも勉強してるだろ?」
「う、うん!陣形、装備、各艦種の性能…。」
勉強が嫌いなのか、零は顔を青くさせながら指を折って数える。
「そんなお前なら、将来提督になったとしても立派になるだろう。と、見込んだわけだ。」
紫雲は笑顔を見せながら。
(零、お前に託すぞ…
胸中は何処か寂しげであったが、零には知る由もない。
「今日から早速、叩き込むぞ!」
「わかった!!」
紫雲の激励に、気概を見せる零。
父と息子はお互いに、笑顔を向けていた。
そこに、大淀がノックも無しにドアを開ける。
「出撃中の艦隊より、無線です!」
大淀が紫雲に、鬼気迫るように言えば。
「緊急か?!ノックをせず入ったのは褒める!すぐ繋げ!」
「はっ!」
大淀が無線を渡せば、紫雲はすぐに笑顔を消す。
唾を飲み込み、零はその一部始終を脳に焼き付けるように集中する。
[提督!やべーよ、想像以上に敵が多い!撤退か夜戦に持ち込むか、指示を頼む!]
無線の声は、天龍だった。
「制空権はどうだ?!」
[軽空母になった鈴谷と熊野が、頑張ってくれちゃいるが…厳しいな。]
天龍の醸し出す弱々しい雰囲気に、紫雲は即座に指示を出す。
「まずは、敵艦載機を撃ち落とすことに専念しろ!全艦、輪形陣を保つんだ!いいか?お前らは強い、自信を持て。元帥直下の大本営所属は伊達じゃない。天龍も、
[お、おう!任せろ!なんたってオレは、世界水準を超えた軽巡だからな!全員、聞いたな!?輪形陣だ!]
[[はっ!]]
「夜戦になる前に決めろ。空母の居るその艦隊では、不利でしか無い。天龍、江風、綾波、榛名は魚雷で牽制しながら、砲撃を休めるな。弾薬も使い切って構わない。鈴谷と熊野は、制空権で押し込まれるなよ。」
落ち着かせるように、打って変わって紫雲は優しく諭すように声を掛ける。
[[はっ!!]]
全員が返事をしたあと、轟音と同時に通信が切られる。
紫雲はソワソワと、執務室の中を行ったり来たりしていた。
「て、提督…。」
「と、父さん…。」
「あ、あぁ。そうだな、俺の艦隊だ、あいつらを信じなくちゃな。」
大淀と零に怪訝な顔で見られた紫雲は、冷静さを取り戻す。
「まだ艦隊から通信が入らない…。」
紫雲は焦燥していた。
時計を見れば、夕刻を指していた。
「このまま行けば、夜戦は必至だ。」
紫雲は零に目を合わせる。
「いいか?夕暮れになれば、夜戦が近くなる。」
「う、うん。」
"これが戦場だ"と言わんばかりに、言葉を続ける。
「夜戦になれば、空母は一部を除いて不利になる。何故かわかるか?」
紫雲が零を真っ直ぐに見つめ、言葉を待っていれば。
「提督、零君にはまだ難しくありませんか…?」
「大淀、黙って聞いててくれ。」
「は、はっ。」
大淀が割って入るも、紫雲の真面目な顔にそれ以上何も言えなかった。
「んーと…。」
零は頭をフル回転させる。
「悩むことはないぞ?間違っていたからと言って、何があるわけでもない。
そう言われ、零は直感で答える。
「鈴谷かなぁ?艦載機が発艦出来ないって。撃てても機銃が限界だって、言ってた気がする。」
「
紫雲はデスク越しに零へと、目つき鋭く視線を送る。
(そっか、俺に聞いてるのか。)
零は、"答えじゃなかった"と悟り、再考を始める。
そして、出した答えが。
「…敵の的になる。格好の餌食でしかないから、
零の考えて出した答えに、紫雲は大きく頷く。
「そうだ、零。まさにその通りなんだ。」
答えを聞いた紫雲は、額に汗を浮かべる。
零がここまで答えられた理由は、龍田と榛名の教えの賜物と言える。
言葉の難しさも、およそ六歳の使う語彙ではない。
紫雲もわかっていた。
しかし、驚いたのはソレではなかった。
(轟沈…
紫雲はデスクから立ち上がり、零を見下ろす。
見下ろされた零は、その圧から一瞬たじろぐ。
「零、いいか?指揮を執る上で、絶対に忘れたらいけないことがある。」
「忘れたらいけないこと?」
「あぁ。」
零に訊かれ、紫雲は腕を組み口を開く。
「指揮とは。」
その口から発せられる、その先の言葉は。
「窮地に追い込まれた時こそ。」
将来、この少年の信条となる言葉である。
「死こそ最大の汚点だ、提督が諦めてはいけない。指し示し、本領を発揮させる。それが指揮だ。」
「死こそ最大の汚点…。指し示し、本領を発揮させる…。」
零は繰り返し、その言葉を己に刻んだ。
溜息を一つ吐き、紫雲は椅子に座る。
「これだけは、何があっても忘れるな。提督である我々が諦めれば、艦娘達は文字通り轟沈する。戦場に出ているのは、艦娘だけじゃない。こうして執務室から指示を出し、
「わかった!」
紫雲が真面目に言えば、零もまた真面目に元気よく返事をした。
「さすがは俺の息子だ!偉い!」
その返事に、笑顔で息子を褒める父親がいた。
[提督…!]
そこに、大淀の通信機が反応を示す。
「どうした!?夜戦か?!すぐ増援を…。」
紫雲がそこまで言った所で、天龍が大声を出す。
[勝ったぞ!江風が中破したが、夜戦の前にケリをつけてやったぜ!!]
「よし!よくやった!さすが俺の艦隊だ!帰投したら、間宮アイスをご馳走してやる!」
[[やったー!!]]
「あ、帰投中も気をつけろ。殿は天龍がやってくれ。」
[あぁ!任せろ!]
「では、気を付けて帰ってこい。」
[[はっ!]]
返事を聞き終え、紫雲は通信機を置く。
「どうしたの?」
零が訊けば、ガッツポーズを決めた紫雲が。
「勝った!勝利だ!やったぞ!零!勝利したんだ!これで、海鮮が食えるぞぉ!海域に出る漁師さん達が動けるからな!」
(
紫雲が胸中の何かを隠し笑顔を見せれば、零は顔を綻ばせる。
「父さん、お疲れ様!」
「あぁ!あいつらにも、帰ってきたら言ってやれ!」
「うん!!」
零が指揮を覚えるようになる、事の発端であった。
「「艦隊帰投しました!!」」
その日の夜、艦隊は帰投した。
「ご苦労だった!全員入渠が終わり次第、間宮アイスを…。」
執務室で、紫雲が労おうとした時。
「零くーん!鈴谷、ちょー頑張った!」
「うん!鈴谷、お疲れ様!」
鈴谷が零に抱きついていた。
「あー、鈴谷ずっと寂しがってたからな。」
天龍が呆れ混じりに言う。
「ずっと言ってたもンな?"帰ったら弾薬と燃料より先に、零君を補給するんだ!"ってな。」
「江風!ちょっち待って!ソレ以上は!」
江風に言われ、鈴谷は顔を赤く染め上げる。
「向かってる途中、ずっと恥ずかしい事を言っていたんですのよ…。」
「えぇ!榛名もバッチリ聞いてました!」
「っ~~~!!」
熊野と榛名にも言われ、鈴谷は声にならない悲鳴を上げた。
そして。
「みんなお終い!!ドックに行くよ!間宮アイスもあるし!?江風は中破だし?!」
鈴谷はズカズカと、執務室を後にした。
「「鈴谷が照れてる…。」」
紫雲を含め、全員が呆気に取られていた。
「んじゃ、オレ達も入渠に行くとしますか。」
「「うん。」」
「零君も入る?」
綾波が訊けば。
「いいの?」
「いいですわよ?」
零が確認すると、熊野も了承し。
「わかった!行く!」
六歳という幼さの特権である。
最早、職権乱用と言っても過言ではない。
そして執務室を全員が出れば、紫雲は一人になる。
「すまない、零を急ピッチで鍛え上げる。それで、勘弁してくれ。」
一人、そう呟いていると。
「提督、明石です。」
ノックと同時に、明石が顔を出す。
「…出来たか。」
「はい。本当に使うんですか?あんな代物…。」
「あぁ。掴んでしまった以上、あいつを危険に晒すわけにはいかない。」
紫雲が、神妙な顔で見れば。
頬に涙を伝わせる、明石の顔が目前にあった。
「本当に良いんですか?!アレを使えばこの先!あの子の記憶が戻る保証も、無いんですよ!?もっと、別な方法を…!」
「無い。無いんだ、明石。わかってくれ、お前達の為にもだ…。」
今度は、明石の肩を勢いよく掴む。
「て、ていと…。」
明石が言いかけるも、紫雲の顔を見た明石は黙ってしまう。
「俺が悩まなかったと思うか…ッ!?嫁だった祥鳳が轟沈し…あいつだけが、俺達が夫婦であった証拠なんだ…ッ!!生死が掛かってるなら…危険に晒すくらいなら…あの装置で恨まれる事になっても…!俺は構わないッ!!」
その心からの叫びを、明石はただ受け止める事しか出来なかった。
執務室では一人の父と、艦娘の啜り泣く声だけが響いていた。
如何だったでしょうか?
しばらく、このような展開が続きます…。
ご容赦ください…。
それでは、また次回に。