この世の関節が外れた世界   作:灰桜空虚

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いつも読んで頂き、ありがとうございます。
前回がノリにノっていた分、今回がどうなるか…。
思いつきって大事ですね。

それでは、本編どうぞ。


Episode-21

船内に設けられた椅子に座り、船に揺られながら。

 

「瑞鳳、俺はやるよ。」

 

零は一人、着ている軍服を整えながら、覚悟を決めていた。

 

「ほぉ!貴殿は良い顔をするなぁ!」

 

扉が開かれたと同時に、現れた幸造の声を聞き。

零は、反射的に立ち上がる。

そして姿勢を正し、勢いよく振り返ったかと思えば。

 

「す、すみません!」

 

頭を下げ、何故か謝った。

 

「ぶふぅっ!!」

 

それが余程に面白かったのか、吹き出すなり幸造は腹を抱えて笑う。

落ち着きを取り戻し、幸造は零の正面で椅子に座り。

 

「何も謝ることはしてないだろう?私が貴殿の教官となる島永幸造だ、よろしく頼む。」

 

そのまま自己紹介をすれば、零も気を取り直し。

正面で座る幸造の圧を感じながらも、負けじと。

 

「橘花零です!よろしくお願いします!」

 

大声で敬礼を返す。

その姿を目にした幸造は、(おもむろ)に目を見開く。

ゆっくりと立ち上がり、零の横へと歩み寄り。

"何かしてしまったのか"と、振り向いた零の肩を掴む

幸造は唇を震わせ、感動したとばかりに。

 

「貴殿の敬礼…一体、()()()()()()?」

 

「え、えと…。」

 

幸造が前のめり気味に顔を近づければ、零は後ろに仰け反る。

戸惑いながらも落ち着くよう、手でジェスチャーを交えるが。

幸造には届かないと諦め、肩を掴まれたまま姿勢を戻し。

 

「舞鶴の艦娘、暁に教わりました。」

 

零のその説明に、幸造は瞬きを繰り返す。

 

「貴殿の父では無く、海野少将のとこの暁に?」

 

呆然としながら確認すれば、零は何度も頷く。

力なく幸造は零の肩から手を離し、再び椅子に座り直す。

一体全体何だったのかわからず、零は立ち尽くす他無い。

思考を手放し、未だ混乱したままの零に。

 

「すまなかった、まぁ座ってくれ。」

 

幸造は煙草に火を付け、零にも座るよう促す。

大人しく従い、零は幸造を訝しげに見る。

 

「いやはや、貴殿の父に教わっておったのかと思えば…舞鶴の暁とはなぁ。海軍の中でも、あそこの暁は特段に敬礼が綺麗だと聞いてはおったが。」

 

そんな視線を気にもせず、幸造は感傷に浸るように穏やかな目で。

この呟きとも、聞かせているとも取れる言葉に。

零は黙って耳を傾ける他なかった。

神妙な顔をしている零とは反対に、幸造は笑顔を向ける。

 

「立派な教官(レディ)に教わったな。」

 

そう言われてしまっては、零としても返す言葉が見当たらず。

神妙だった顔は、幸造と同じく晴れやかに。

 

「はい、間違いなく暁は立派(レディ)です。」

 

事実だけを端的に返した。

このやり取りが、幸造の考えを固める。

眼前の、年端も行かぬ十二歳という少年。

軍人を相手にしても、緊張はすれど。

選びながらも言葉を返す、若すぎるまでの男児。

その零の佇まいに、感心を通り越し。

 

(貴殿には…()()()()()()()()()…。)

 

胸中で呟きながら、零を眺めていた。

物思いに耽る幸造を見ていると、零は。

 

「あ、あの…。」

 

心配になり、いつの間にか声を掛けていた。

そこで幸造は我に返り、煙草を口にする。

煙を吐いて、一呼吸置き。

 

「おぉ、そうだ。甲板に出て、海でも眺めて来るといい。()()()()()()()()()()()()()()()()、心配無用だ。綺麗な海を見るのもまた一興だと、貴殿は思わないか?」

 

幸造が答えを待つ間もなく。

 

「良いんですか?!海は俺も好きです!」

 

満面の笑みで零に返され、呆気に取られるのも一瞬。

 

「そうか!近くなったら声を掛けよう、煙草で煙たいのも申し訳ないからな。」

 

「ありがとうございます!」

 

幸造が苦笑交じりに自嘲するも、零は気にせずとばかりに甲板へと向かった。

短くなった煙草を灰皿に押し付け、更に一本取り出し。

口にあてがい、幸造は一人。

 

「引退はまだまだ先か…いや、終えたくとも終えられぬな。貴殿の行く末を見てみたい、そう私は思ってしまった。元帥の息子というのを抜きにして、な。」

 

溢れる笑みをそのままに、椅子を揺らしながら呟いた。

その顔は大将というには程遠く、一人の孫を見送る祖父のようにも近かった。

 

 

 

甲板へと上がり。

船上のデッキで、零は手すりに掴まりながら。

 

「うっはぁ!絶景じゃん!!見るとこ全部が海!!すげー!!」

 

身を乗り出さんばかりに、海上を見る。

見渡す限りの海に、零は興奮さえ覚えていた。

透き通るような海色に、その心を踊らせながら。

それと同時に、寂しさも過ぎる。

 

舞鶴(あっち)が遠いなぁ。」

 

支給された軍帽を潮風で飛ばされないよう手で押さえ、零はスクリューから作られる波を見る。

 

「舞鶴の皆が居たから、俺は生きてるんだもんな…。母さん、見ててよ。俺は、これからも頑張るからさ。」

 

そう呟きを織り交ぜて。

 

 

―――カンカンカン。

 

 

しばらく眺めていると、デッキの階段から足音が響く。

音に気付き、零が振り向けば。

 

「橘花君、直に接岸だ。中に入って、荷物を下ろす準備をしてくれ。」

 

姿を現した横須賀鎮守府大将、島永幸造が手招きをしながら零に声をかける。

零は敬礼し。

 

「はっ!」

 

そう返し、船内へと戻る。

零が去っていく背中を見送り、幸造は目を細める。

 

「しかして面白い。貴殿の敬礼、教わったと言えど見事なまでに綺麗だ。…後ろ姿は元帥そっくりだな。」

 

それは、笑顔からなるものであり。

感嘆から出るものでもあった。

船も接岸を終え、港で零がスーツケースを置き。

 

「ふぅ…。」

 

一息入れたところで、幸造も階段を降りてくる。

 

「貴殿の部屋は、後で艦娘に案内させよう。先に、私の執務室へ来てくれ。」

 

「わかりました!」

 

そう言われ、零は荷物を持って幸造の後ろを追いかけた。

執務室に通され、零は緊張のあまり身体も顔も強張らせる。

 

「まぁまぁ、そう固くなるな。」

 

零の緊張を悟ってか、幸造は椅子に座りながら笑顔を向ける。

そして、煙草に火を付け。

 

「さて…貴殿の入学にあたって、これからテストを行う。」

 

本題とばかりに、デスクに頬杖を突きながら煙を吐く。

 

「まず、現日本海軍に大将は何人居ると思う?」

 

「え…。」

 

突拍子もない問題に、零は唖然として言葉に詰まる。

幸造はそれに堪え切れず、声に出して笑い飛ばす。

その声で驚く零に、幸造は手をヒラヒラさせ。

 

「すまない、あまりに貴殿の顔が面白くてな?ぷっくくく…。なにも難しく考えなくて良い、直感で構わんよ。」

 

幸造の試すような言葉に、零は思考を練り。

 

「十人くらいでしょうか…?」

 

と、恐る恐る尋ねる。

幸造はその答えに、煙を吐きながら。

 

「惜しいな、その半分しかおらんのだよ。海野龍玄、鳴波見燐火(なるはみりんか)、沖崎・ロゼ・フリューゲル、潮梛十無(しおなぎつなし)、そして私、島永幸造だ。」

 

そこまで聞いて、零は目を丸くする。

 

「ご、五人?!」

 

驚く零の声を耳に入れながら、幸造は長くなった灰を灰皿に落とし。

目を伏せながら、申し訳なさそうに続ける。

 

「貴殿も知っていよう。橘花元帥が行方不明になり、元帥の座が空いた。故に、その座に仮でもなれるのは大将だ。しかしながら、元帥の座に就かせてはならぬ人間が何人もおる。私を含め、この五人は元帥の帰りを待っているに過ぎない。代わりに、海野龍玄がその大概を担っておるのが現状だ…私は歳だし、沖崎も鳴波見もまだ若いしな。」

 

零は、幸造の言わんとすることがわからないでいた。

無言のまま、次の言葉を待つばかり。

幸造が煙草を口に含み。

 

「大将とは言っても、名ばかりなのだよ。出来ることならば、私は引退を考えておった。しかして、元帥より私は貴殿を託されておる…()()()()()()()()()()()。」

 

煙を再び吐き出し、零を真っ直ぐに見つめる。

歴戦の軍人の圧をその身から漂わせ、覚悟を確かめるが如く。

殺気紛いの圧に、零は額から汗を流し、手にも汗を握る。

そんな零を差し置いて、幸造は眼光鋭く口を開く。

 

「この先、貴殿が耳にしたく無いモノ、目を覆いたくなるようなモノ、それらを必ずその身で味わうことになる。それでも、軍人になりたいと、いや、"なる"と言い切れるか?ここで踵を返しても、私は何も責めまい。海野少将に言って、舞鶴に戻す手筈を取ろう。」

 

"覚悟を問われている"と瞬時に悟った零は、圧に負けぬよう耐えるので精一杯である。

頭では理解が出来ているものの、口が思うように開かない。

知ってか知らずか、幸造は尚も言葉を待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

『行きなさい!!』

 

 

 

 

 

 

(母さん…。)

 

母が発した最期の声が、腹を抉られた姿が、脳裏で浮かびリフレインする。

瞬間、零は先程までの圧を吹き飛ばさんばかりに。

拳を握りしめ、声高らかに。

 

「俺は!あの海を駆ける艦娘達と一緒に!綺麗な海を見続けたい!そして、母さんに顔向けできるような!父さんに並ぶような!そんな軍人になりたいです!」

 

そう言い切った零の目からは、涙が止めどなく溢れていた。

宣言にも近い覚悟を聞き届けた幸造は、満足そうに何度も頷き。

 

「よくぞ言った!!合格だ!()()()()私、自らが教壇に立とう。その覚悟、忘れるでないぞ!」

 

「はっ!」

 

幸造の激励に零はその顔を涙で濡らしながら、敬礼を返した。

と、同時に。

 

 

—―コンコン

 

 

と、ノックが響いたかと思えば。

扉が開き。

 

「提督、何か大声が聞こえたわよ…って!提督!こんな子供を泣かせて!何してるのよ!」

 

一人の艦娘が、足音を響かせながら幸造のデスクへと向かう。

幸造は勘違いを訂正すべく、口を開き。

 

「い、いや、由良よ、違うんだ、この少年が今日から来ると言っていた橘花君だ。今、入学テストという名の見極めをだな…」

 

幸造の言葉を遮り、由良は。

 

「何がテストですか!泣かせてもう!怖かったね?大丈夫だから、泣かないで、ね?」

 

「い、いや、その…。」

 

由良と呼ばれた艦娘が、零の頭を撫でるが。

零自身も、慰めらている理由がわからず、言葉に詰まる。

 

「この子は相当に苦労していてだな?だから覚悟を聞こうと思い、熱くなってしまった結果なのだよ…。」

 

幸造は自身を落ち着かせるべく、煙草を吹かす。

しかし、鬼の形相に近しい由良は止まらず。

 

「何が"熱くなった"よ!それで?!合格なの?!」

 

由良の怒鳴り声に、幸造は煙草を口から落としそうになるも。

 

「あ、あぁ!合格だとも!」

 

若干引き気味になりながら、当然とばかりに答える。

由良はそのまま怒鳴り声で。

 

「当たり前でしょ!!」

 

自分で見極めたわけでもあるまいに、零を抱きしめながら言い放った。

当の零は追いついて行けずに、ただ由良の腕の中で大人しくしているばかりである。

幸造はこの場を収めるべく、思いつきで由良に指示を出す。

 

「あ、あぁ、ついでだ、夜も暮れた。橘花君を部屋へ案内してやってくれ。」

 

由良は怪訝な顔を幸造に向けながら、不承不承。

 

「っもう…。了解よ、案内するから一緒に行きましょ、ね?」

 

零の手を引いた。

 

「あ、その前にいいですか?」

 

零は由良に連れ出される寸前、立ち止まり。

 

()()()()()()()()()()()()()()。」

 

幸造に頭を下げた。

 

「あぁ、貴殿の活躍を期待していようとも。こちらこそ、よろしく頼むぞ。」

 

幸造も圧を完全に消し去り、満面の笑みで答えた。

しかし、横槍が如く。

 

「いいのよ、頭なんて下げなくて。」

 

由良が吐き捨てるように言ったあと、舌を出して幸造を(たしな)めた。

二人が執務室を去ったあと、煙草を灰皿に押し付けて幸造は窓を眺める。

 

「本当に楽しみが増えた。早く戻って来てください、元帥。()()()()()()()()()()、あなたではありませんか。」

 

目を瞑れば、脳裏に浮かぶ紫雲に。

 

 

 

 

『幸造!海を!日本を!明るくするぞ!』

 

 

 

 

『死こそ最大の汚点だ!よく覚えとけ!病気か寿命以外で、この戦争で死ぬんじゃねぇぞ!』

 

 

 

 

「あなたの声は、顔は、いつでも浮かびますなぁ。まるで、昨日までかのように。」

 

目を開け、染み染みと呟いた。

 

 

 

―――ジリリリリ

 

 

 

感傷に浸っていると、デスクの電話が音を響かせる。

受話器を持ち上げ。

 

「こちら横須賀鎮守府。」

 

幸造が名乗れば。

 

[呉の海野です。島永大将…折り入って()()()()。]

 

相手は、龍玄である。

椅子に腰掛け、幸造が低い声を出す。

 

「報告だと?」

 

[はい、大湊近海で深海棲艦の艦隊が多数確認されました…。]

 

受話器越しから伝わる、龍玄の焦燥しきった声に。

そして、その内容に。

 

「艦隊が多数…だと?!」

 

思わず、大声を上げる。

 

[はい、およそ二十の艦隊です。隻数ではありません、繰り返します、二十の艦隊です。]

 

驚愕する幸造をお構い無しに、龍玄は続ける。

聞かされていることが事実であると。

構造は飲み込むことに、時間を要した。

 

「柳のところは艦隊の増強最中だぞ!?まして、一艦隊のみだ!すぐに増援を送らねばならん!」

 

[わかっております。娘が既に動いていますが、その報告はあまりの()()でして…。]

 

やり取りの中で、龍玄の"惨劇"という言葉に、幸造は眉を上げる。

 

「惨劇だと?」

 

確認すれば、龍玄の唾を飲み込む音が伝わり。

声を震わせながら、続く言葉は。

 

[三隻の中破、大破した艦娘達を…損壊したドックにて発見、二隻は…執務室で柳中佐と共に発見されました。この二隻は大破で、柳は出血多量に加え、意識不明だそうです…。]

 

 

聞き終えた幸造は、思考を張り巡らせ一つの答えに辿り着く。

怒りを抑え、血管を額に浮かび上がらせながらも。

 

()殿()()()()()()()()()?」

 

龍玄に声を低くしたまま訊けば。

 

[…わかっております、()()()()()()()()()()()()()()()()()。]

 

「すぐに艦隊を向かわせよう、近隣の鎮守府にも声を掛けろ。貴殿も早急に向かわせるんだ。」

 

[はっ!]

 

受話器を乱暴に置き、幸造は編成を考えるべくデスクに向かう。

引き出しから書類を引っ張り出し、叩きつけるように広げ。

 

「やってくれおったな!私の教鞭から逃げ出した小僧(弱虫)めが!」

 

怒りを顕にしながら、ペンを走らせた。




如何だったでしょうか?

それでは、また次回に。
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