この世の関節が外れた世界   作:灰桜空虚

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Episode-28

舞鶴鎮守府の会議室。

そこで、二人の声が室内に響いていた。

 

「まさか、()()()()()()お前が先に来るとはな?」

 

低い声が響く。

先手は言わずもがな龍玄の声であるが。

問題は、対話の相手である。

 

「海野君、()()()()()()()()()()聞き捨てならないかなぁ?」

 

脚を組みながら机に頬杖をつき、放たれる言葉。

その声は高くも、飽くまでゆったりと響く。

龍玄が皮肉を込めながら、嗜める目前の相手。

気軽でありながら間を見極め、出方を待った。

が、それは悪手であった。

それでいて(言った後で)恐れを為し、龍玄は焦燥を煽られ取り繕っているに過ぎない。

それ故に、その言葉に息が詰まったような感覚を覚える。

()()()()()()()、である。

その名前というのが。

 

「鳴波見、この作戦に参加しようと思った理由はなんだ?」

 

佐世保鎮守府大将、鳴波見燐火である。

八つも年下、されど自身と()()()()()()

故に龍玄としても、敵には回したくない。

勘繰るように訊くが、それもまた悪手。

 

「雪ちゃんが危ない、()()()柳君がやられた。これだけで理由なんて充分っしょ?」

 

短くそれだけを燐火は言った。

だが、続く言葉に龍玄は自身の耳を疑う。

 

「それと、気になることも出来てね?実は、深海棲艦…それも姫級が一隻だけで佐世保(ウチ)に来たんだよねぇ。その理由、気になるくない?だから、この作戦に繋がりすらある…って思ったわけ。」

 

「姫級が一隻?佐世保は大丈夫だったのか?」

 

単純な心配である。

この、思考回路の速さ。

大将の座に居るのも、納得である。

龍玄からしたら、然程の社交辞令程度である。

 

しかし、その燐火から返ってくるのは。

 

「うん、千歳達が頑張ってくれたからね。ま、()()()()()()()()()()()()()()()?聞き出したい情報があったにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

龍玄は目を見開く。

それどころか、驚愕があまり言葉を失う。

というのも、湯呑を持つ手が止まったのも相まってである。

 

「に、逃がすだと?」

 

狼狽する龍玄の耳元で、燐火が

 

「こうは言ったけど、確証は無いよ?逃げられたとは言ってた、でも、あの千歳から逃げられたなんてこと、信じたくないだけかも知れない。これだけ言っとくよ…零君を()()()()()()()()()()。」

 

「そこで少年が出る理由はなんだ…?」

 

そう燐火が言うが、龍玄には尚更に疑問が(つの)る。

まるで見ていたかのように、自分の立場を気にせず。

 

「姫級一隻で鎮守府に現れる…そんなの、前代未聞っしょ?考えられるのは偵察か、()()()()()()()()、もしくは単なる暇つぶしか。ムズいところではあるけどね?もし、全部が当たっていて、尚且つ()()()()()()()()?そんなの、深海を牛耳ってる式条の目論見と、差し金でしかないっしょ…フラッと来たのを装って、偵察がてら、その"お宝"の在り処を外堀から虱潰しに来ているって、考えるのが妥当じゃない?姫級ならそんな簡単に、迂闊に、遠征ついでで倒しに近寄れない…。」

 

"探し物"という言葉で、龍玄はやっと理解が追いついた。

予期せずとも、予想は付くことだと。

二人の予測と推測は、大きく外れた物であったが。

()()()()()()()()、正解にも遠からずであろう。

 

「橘花零…元帥の息子ともなれば、消しにかかるのは当然のことか。」

 

龍玄の見解に、燐火は頷く。

 

「にしても、雪ちゃんが零君を拾うとはねぇ…十年ぶりなんじゃん?あの二人が揃うのって。」

 

龍玄は話題を大きく逸らした燐火に、溜息を漏らしてしまう。

 

「はぁ、お前は本当に自由奔放だな…いつになったら少年に言うんだ?自分が親戚…()()()()()だと。」

 

燐火はそれに頭を振り。

 

「言わないよ、この先に何があってもね?鳴波見という()()()()()()()()()()()()し、関わりすらさせたくない、柊さんを見てたからわかるでしょ?()()()()()()()、関わらせちゃいけないの…だから、柊さんの()()()()()()()()()()んだし。」

 

そう言って、琥珀に近い眼色を鈍く光らせる。

その眼を見た龍玄は、"これ以上は何も訊く気もない"とばかりに。

 

「…他人の身内事(じじょう)に首を突っ込む余裕など、今は持ち合わせてない。」

 

その言葉を聞いた燐火は、満足気に頷いた。

 

「流石、海野君!話が早いじゃん!」

 

「その言葉遣いは、どうにかならんのか…もういい年だろう?」

 

「いいんですぅ!女の子は、いつまで経っても女の子なんだしぃ!お偉いさんの前では、ちゃんとしてるしぃ!」

 

龍玄の言い分を他所に、燐火は頬を膨らませながら弁解した。

こんな様子ならば(ぬか)に釘かと、龍玄も首を振る他なかった。

そんな折。

 

 

――コンコン

 

 

「失礼します、島永大将と橘花少佐をお連れしました。」

 

「「どうぞ。」」

 

雪のノックに、二人は立ち上がり姿勢を正す。

 

「海野に鳴波見、二人とも久しぶりだな。」

 

二人を見るなり、幸造が右手を額に軽く当て。

敬礼を済ませながら歩を進め、声をかける。

 

「「はっ!お久しぶりです!」」

 

二人の敬礼に笑顔を浮かべながら、隣にいる零の肩を掴む。

そのまま前へと押すが、本人は焦りを見せる。

 

「え?!」

 

そんなことをされれば、子供には辛いものである。

緊張も相混(あいま)るが、真後ろで微笑む雪の顔で悟る。

腕を後ろで組みながら、雪が言う。

 

()()()()()()()()、見せて欲しい。」

 

そう言われ、零は確信した。

なればこそ、やることは決まったのであろう。

 

「横須賀鎮守府付海軍学校所属、橘花零です!少佐の階級を頂いたので、この場に来ました!よろしくお願いします!」

 

敬礼をしながら言えば、龍玄も燐火も返す。

 

「立派な敬礼をありがとう。佐世保鎮守府大将、鳴波見燐火よ?よろしくね。」

 

「俺は何回か会ってるがな。呉鎮守府大将、海野龍玄だ…少年、軍服が似合っているじゃないか。」

 

()()()()敬礼を見れば、いよいよ戦場に来たと実感が湧くもの。

零は舞鶴という、かつての住処だったこの場所に。

寂しさでもなく、重たく流れる空気でもなく。

ただただ、自身の成せることは何か。

頭を埋め尽くすのは、幼い身体に降り注ぐ責任であった。

 

「橘花君、早速だが作戦要項の確認をする。壁に貼ってある海図を、ここに広げてくれ。」

 

「はっ。」

 

幸造の指示で零は、()()()()()()身体を動かし。

言われた通り、机の上に海図を広げる。

全指揮は龍玄なのか、幸造が目配せをする。

その視線に、小さく頷き。

 

「では。これより作戦要項と、敵の進軍を確認する。」

 

龍玄が言えば、全員が海図へと視線を移す。

そのまま作戦会議が進むに連れ。

 

「A地点を舞鶴近海、B地点を大湊へと続く太平洋側の中心、C地点を日本海側の中心、D地点は…少年ならどうする?」

 

煮詰まってきたところで、零へと龍玄が訊く。

少年で少佐と言えど、戦場に立つ軍人。

この場に呼ばれる手腕が、どの程度かと力量を試そうという魂胆。

指名された零は、必死に目を凝らす。

悩みながら見ていると、海図の一点に目が留まる。

 

「ここ…俺の居た島ですよね?見た目というか、あの電磁塔でわかります。もし、そうだとしたら陣取ったと考えた深海凄艦達が、集まる可能性は捨てきれません。ここも通り道にすれば、警戒しながら北に進めます。仮に外れたとしても想定内、当たっていたとしても想定内、撃破進軍が可能だと思います。」

 

零の見解には、全員が感嘆した。

将が付く四人がである。

 

「少年、その理屈でいけば確かに可能だな。しかし、艦隊をそこまで()けないぞ?」

 

龍玄が怪訝な顔でそう言うが、零の不敵な笑みを見て。

 

(考えがこれだけでは無いのか…?)

 

脳内に渦巻く、ある男の影。

その影が、零にも写ったというのでもあろうか。

同時、耳にリフレインする言葉。

 

『いいか、龍玄。正攻法には、必ず落ち度が出てくる。周囲をよく見ろ、その先に打開策がある…ま、これは息子にも教えていることだがな。』

 

その声をそのままに。

零をもう一度見ると、海図に線を引いている。

ここは子供らしさが垣間見え、フリーハンドは些か拙い。

だが、その動きさえ龍玄には。

紫雲をその眼で、姿を重ねていた。

 

「海野少将の艦隊をA地点、B地点を鳴波見大将の艦隊、C地点を島永大将の艦隊で運用することで、D地点では海野大将の艦隊を回せば大丈夫かと…島永大将は幸いにも、ニ艦隊を連れてきてますから。」

 

と、頬を掻きながら、苦笑混じりに話す零とは相対に。

幸造すら驚きを隠せずに居た。

 

「橘花君、教わっていたにしろ、これはあまりにも…。」

 

幸造が言えば、零は答える。

それは、誰も予想だにしない理由。

 

「俺に教えてくれたのは、元帥の父さんだけじゃありません。榛名や龍田の艦娘たちと、母さん…鳴波見柊も教えてくれたんですから。」

 

雪は声を失っていた。

まさか、自分()の息子が海軍に行くのを助長していたなど。

半ば、信じられない部分があったのだ。

 

「そうか…ならば、日本海側はどうする?」

 

龍玄が納得の色を見せつつ、零を更に追い込む。

幸造から既に聞いていた零は、()()()()()()()()()()()()()()()()

この間、数十分。

思考の回転は、やはり若さだろうか。

 

「恋さんの艦隊がありますから。なんでも、大鳳さんという艦娘は強いみたいなので。」

 

零の思考、艦隊運用の見解。

それらに誰ももう、何も返す言葉すら思いつかなかった。

それ程までに、零の考察とも見解とも言えるものは。

ソレ以上に完璧な案は、持ち合わせていなかった、

否、()()()()()()()()が正しいまである。

 

「度肝を抜かされたな…。では、日本海側を岬ノ宮に…ん?そういえば、奴がまだ来てないな?」

 

龍玄が思い出したように呟くが、誰も恋からの連絡を貰っていない。

待っていれば来るだろうと、気にしないことにするが。

その恋は既に、()()()合流ではなく。

 

 

 

 

 

 

「お?まだ誰も来てないのかお?」

 

幸か不幸か。

日本海側から、大湊へと向かっていたのだ。

舞鶴に集まった者達は、知る由もない。

 

「敵艦隊は?」

 

恋が船の横を駆ける、大鳳に訊く。

落ち着きはそのままに。

 

「偵察機に反応はありません。」

 

恋にそう言葉を返せば、本人は頷く。

 

「わかったお、もう少し先に進んでみるお。」

 

「はっ!」

 

完全な恋の勘違い。

作戦も立てず、誰が現地に行くというのか。

恋の率いる艦隊は、そのまま北方を目指す。

これが、吉と出るか凶と出るか。

それは後にわかることである。

 

 

 

 

舞鶴では、作戦も煮詰まり。

 

「では、明日、ヒトマルマルマルから作戦開始とする。」

 

「「はっ!!」」

 

龍玄の言葉で、敬礼を交わした後。

全員が執務室を出た。

 

 

 

零が廊下を暫く歩いていると、声が聞こえてくる。

振り返れば、白髪と鉢巻を揺らしながら駆けてくる姿が見える。

 

「零君!!」

 

駆け寄る艦娘は、勿論のこと。

 

「瑞鳳!?」

 

瑞鳳である。

驚く零に、勢いそのまま抱きつく。

 

「零君、どうしたの?まさか、寂しくて戻って…え?」

 

零の軍服。

その胸元を見て、漸く気付く。

視線で察し、零も頷き返す。

 

「うん、実は少佐になったんだ。それで、今回の大湊と舞鶴の攻防作戦に参加させてもらうことになってさ…舞鶴の艦隊を借りて指揮することも決まってるんだ。もちろん、()()()()()()だよ?」

 

瑞鳳は最後まで聞き終えると、再び零に抱きつく。

 

「零君、おめでとう…本当の軍人になれたんだね。艦隊は任せてね?私も出るわよ、もちろん♪」

 

腕の中の軍服を着た少年。

傷だらけで悲劇に遭いながら、縋るように初めて出会った少年。

その姿は、確かに幼い少年の形をしていたはずだった。

だが、自身の掲げた贖罪とも言える目標。

恐らくこれを、周囲の大人も。

この作戦で背中を預ける艦娘も。

これを()()()()()()()()()()()()

だが、瑞鳳は違った。

 

 

――"少年"は"少佐"という軍人に変わってしまった。

 

 

そう感じ、気付かれぬよう唇を震わせる。

感じたものは、そのまま仕草に出てしまう。

それは、嬉しさなどではない。

否、"嬉しさも"あるが。

ソレ以上に、胸中で渦巻いたあの取り決め(独占欲)

無慈悲にも、零は逃げられなくなった。

無論、()()()()()()

カチリ、カチリと。

刻まれる時間、運命の歯車。

それらは止まらない。

 

 

 

――ずっと一緒。

 

 

 

零の考えとは裏腹、瑞鳳の真の(まじな)いは。

未だ序章、ここからである。

 

 

 

強いて、敢えて。

この(ゆがみ)を言葉で例えるならば。

 

魔法も呪いも無い。

否、それは違う。

人々から忌み嫌われ。

糾弾され、限界を超え。

やがて臨界点を迎える。

なれば――喪失。

 

 

喪失し、全てを拒み。

ひたすらに恨みを纏う。

なれば――怨恨。

 

 

怨恨は消えず、ただひたすらに。

恨みを唱え続け、自身を壊す。

なれば――呪詛。

 

 

呪詛を綴り、(のろ)いで。

自身も相手も縛る。

なれば――呪縛。

 

 

呪を祝としてしまう。

なれば――(まじな)い。

 

何人足りとも寄せ付けぬ。

邪"魔"されない、その方"法"。

なれば――魔法。

 

 

"綺麗"でも"絢爛"でもない。

"魔法"にそのようなモノは存在しない。

 

瑞鳳の底知れぬ束縛、嫉妬、独占欲。

それらもまた。

 

 

 

――魔法と呪いでしかない。

 

 

 

この例えが正しいのならば。

それらが今後、どのような影響があるかどうかは。

 

「零君…私と一緒に、()()()()()見ようね…♪」

 

この瞬間から。

荒ぐ呼吸を抑えながら、頬を赤く染め上げ。

零の耳元で囁く、この軽空母(瑞鳳)に委ねられた。

 




如何だったでしょうか?
それでは、また次回に。
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