この世の関節が外れた世界   作:灰桜空虚

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いつも読んで頂き、ありがとうございます。
夏が近づいて来ました…。
暑くなって来たと思ったら、雨と湿気が…。
梅雨よ、来るな。

それでは本編どうぞ。


Episode-29

瑞鳳に()()()()()()零を、気にも止めず。

通路を歩く雪は、そのまま素通りしようとした。

しかして、それでは味気がない。

邪魔をするのは、良心に阻まれるが。

よって、雪が考えた策は。

 

「零君、()()()()()()?」

 

「なんでしょうか?」

 

そう自然に、作戦の一端であると言葉で示す。

なれど、そこは艦娘。

 

「うっ…!ず、瑞鳳…!」

 

瑞鳳は、零を抱きしめる腕に力を込める。

息苦しそうにする零を他所に、その顔に笑みを貼り付け。

 

「提督ぅ?零君だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

嫌味を隠さず、むしろ大々的に言い放つ。

しかし。

そんなものは、雪からすれば痛くも痒くもない。

ここぞとばかりに涼しい顔のまま、雪は言い返す。

 

「おや、私は言ったはずだよ?任務はして貰うと…瑞鳳、君を()()()()()()()()()()()()()()()()()。よって、()()()()()()()()()()()()()?」

 

「くっ…!わかったわよ、大人しく貸しますぅ…。」

 

雪とのやり取り(口喧嘩)のこともあり。

頬を膨らませ、瑞鳳は不承不承(しぶしぶ)ながら零を腕から開放した。

 

「素直でよろしい。」

 

雪はそう言って、解放された零を執務室へと連れて行く。

 

「う、海野少将?」

 

零は自身の手を引く雪に、戸惑いのあまり声をかけるが。

当の本人は、満足気に。

黒髪を靡かせ振り返りながら、静かに笑みを浮かべる。

 

(たま)には良いだろう?」

 

そう返されてしまっては、零も黙るしかない。

否、ただ黙るわけではない。

 

「わかりました。」

 

零も笑顔を返す。

()()()()()()()()()()()()()()()()

幼いながらに、違和感が過ぎる。

 

(なんだろ…。)

 

気の所為、にしては引っかかる。

だが、押し戻した。

そうせざるを得なかった。

何故ならば。

濁りのない、純粋な笑顔だからである。

違和感を持った零を気にせず、雪は背を向ける。

 

(いつか、追い越せるかな。)

 

憧れを纏った、その背中。

違和感など忘れて、零はそちらへと気が散っていた。

 

 

執務室に着くと、雪が静かに椅子へと腰掛ける。

 

「さて、君の艦隊運用だけれど。」

 

書類を引出しから取り出し、零に差し出す。

 

「は、はい!」

 

「会議でも言った通り、私の艦隊を君に預けるよ。ただ、()()()貸すだけだからね?それと、編成は君の願い通りにしよう。」

 

書類を渡され、目を通している零の隣に立ち。

 

「旗艦、瑞鳳。続いて、第六駆逐隊の四人に五十鈴だよ。」

 

書類の文字を、指で辿りながら。

そのまま読み上げ、横顔の零に微笑みかける。

 

「う、海野少将…!ありがとうございます!」

 

「君からの頼みだからね。島永大将が少佐の階級を渡したんだ、誇りを持つといいよ。そうだったね…君は既に私の艦隊で経験は積んでいるし、ノウハウだって幼いながらにあるんだ。軍学校なんて、()()()()()()()()()()()()()。軍人への第一歩は、疾うに過ぎていたんだ。」

 

雪は歓喜する零を、抱きしめる。

 

「おめでとう。本心を言えば、私も瑞鳳と同じく…君には軍人なんて、目指して欲しくなかった。」

 

「え?」

 

零は自身の耳を疑った。

しかし、雪は言葉を止めない。

 

「いいかい?この先は艦娘の、人間の、深海凄艦の血を見なければならなくなる。あぁ、()()()()()()()()()()…それが戦争なんだ。瑞鳳たち艦娘は、その血を、その惨劇を、生身の身体を得てしてまで、再び見ているんだ。かの大戦の軍艦達が、ね…君もいずれは目にするはずだ。その時、君は正気を保っていられる自信はあるのかい?」

 

雪は腕を離し、零の肩を掴んで真っ直ぐに見つめる。

 

「俺はきっと、目を背けるはずです。()()、逃げはしません。それが、軍人の責任でしょうから…島永教官にも同じく、覚悟を訊かれました。でも、諦めるつもりはありません。」

 

曇りのない、淡褐色の瞳。

雪はソレ以上、責めるのをやめた。

 

「わかった、もう何も言わないよ。さ、朝に備えて少しでも寝ておいで?瑞鳳の部屋を借りるといいさ。」

 

「ありがとうございます!」

 

一言感謝を告げると、零は執務室を出て瑞鳳の部屋へと向かった。

雪は一人、零の瞳を思い出していた。

 

「祥鳳さん、零君は立派になりました。それなのに、まだ頑張ろうとしていますよ?轟沈する前日に見せた、()()()()()()()()。」

 

雪の呟きは、開けた窓からの潮風と共に消えた。

 

 

 

 

丁度その頃。

幸造は一人、月夜の下で海岸を歩いていた。

海を見ながら、誰に語りかけるわけでもなく。

 

「橘花少佐…か。あの赤ん坊がなぁ…私が臨時で指名したと言えど、感慨深いとはこのことか。」

 

呟きながら、海岸の石を一つ拾う。

それを暫く眺めたかと思えば、海へと放り投げる。

 

「っくくっ、私も鈍ったなぁ。海軍に入ったのも、十六年前…。寄る年波か?」

 

そう考えに耽って、海を眺めた時。

 

「提督もお爺さんかしらね。」

 

幸造が振り返れば、由良がいた。

 

「おぉ、由良か。いつから居たんだ?」

 

まさか自身の後ろに由良が現れるとは思わず、目を丸くしながら訊く。

 

「ついさっきよ。それよりも、岬ノ宮中将は?」

 

由良が呆れ混じりに、幸造に尋ねる。

 

「なに?まだ来ておらんのか?」

 

「えぇ、音沙汰も無しよ。」

 

由良の返答に、幸造は考えを張り巡らせる。

 

(岬ノ宮が襲撃されたとて、彼奴がその程度で遅れることはない…まさか?)

 

「…()()()()。」

 

答えに行き着くなり、口角を上げながら呟く。

由良はその笑みに鳥肌を立たせ。

 

「き、気持ち悪いわよ、提督…。」

 

「なっ!?そんな顔をしておったか?!」

 

顔を青くしながらそう言うと、幸造は慌てるように自身の両頬に手を当てる。

 

「ふふっ、提督はそうでなきゃね。」

 

そう笑って、徐ろに艤装を展開したかと思えば。

 

「えい!」

 

掛け声と共に跳ね、海に降り立つ。

そのまま振り返るなり、後ろで手を組みながら。

浅瀬で幸造を見つめ。

 

「見てよ、海に浮かぶ(いる)私を。引退して本当のお爺さんになるまで、私は提督の艦娘よ?建造で出会えた時に喜んでた提督の顔、絶対忘れられないもの、ね?だから、悲観的になること無いわよ。まだまだ引退なんてさせないけどね…ね?」

 

由良の照れ混じりの言葉に、幸造は力なく微笑む。

 

「生きとし生ける者、年を取るのは当たり前…そうだ、貴殿の言う通りだな。なぁ、由良よ。貴殿は艦娘として生きている今を、悔いてはおらんか?」

 

幸造が白髪を掻きながら、俯き気味に訊く。

しかして、幸造の思いとは裏腹。

由良は腰に手を当て。

 

「当たり前でしょ?あの頃とは違うから…今は人間を撃たなくていい、同士()を撃たなくていい、あの時代の怨念とも言える深海凄艦が相手なんだから。どんなに時間が掛かっても、それを静める(沈める)のが私たちの使命。でも、轟沈だけはしたくない…したい艦娘なんて居ないとは思うけどね?提督達だって、そんなの望んで無いでしょう?だから、私たちは海を駆けるの。いつの時代も"人を守る"っていう、私たちの"役目"があるんだし。だから、そんなこと訊かないで、ね?」

 

由良が諭すように、言葉を連ねた。

心配無用とばかりの余裕さには、幸造も一本取られ。

 

「悪いことを聞いた…いや、私としては気になっただけなんだ。それと、岬ノ宮だがな。」

 

「あ、そうね、あの気持ちの悪い顔で、思い当たる節でも出来たの?」

 

軽口で言ってはみたものの、由良自身は引っかかりもある。

航行中に、何かあったとしても不思議ではない。

予期もせず、真顔になる。

顎髭を撫でる幸造の言葉を、そのまま大人しく待つ。

 

「もしかしたら、彼奴は先に行っておるやも知れぬな。会議とは無縁の戦闘狂(群れを嫌う一匹狼)、アレはそういう奴なんだ。」

 

何かを思い出しながら、幸造は煙草に火を付ける。

 

「岬ノ宮中将って、()()()()()()?いえ、演習もしてるから顔も知ってる。声だって、話したこともあるわ。でも、不思議な語尾を使うじゃない?穏やかとは程遠い顔で、あんな言葉を使うものだから、気になって…。」

 

煙を吐き出す幸造を見ながら、由良は気になったことを吐き出す。

 

「そうだな、これは()殿()()()()()()()()()話そうではないか。いい加減、話しても良かろうしな。これは、私が官房長官だった頃にまで遡る。長くなる上に、()()()()()()()()()()()?それでも聞きたいか?」

 

覚悟を問うような物言いに、由良は怪訝な顔を見せながらも。

 

「えぇ。是非とも聞かせて、ね?」

 

「他言は無用だ。」

 

その返事に幸造は一つ頷き、空を見上げる。

由良は艤装を解除し、岸にある流木に二人で並ぶように座る。

 

「彼奴…岬ノ宮恋は、名の知れた名家の跡取り…いや、息子()()()。」

 

幸造が語り始めた、不遇な青年の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の草臥(くたび)れた青年が、制服を着崩しながら街を歩いていた。

 

「ったく、これだけバイトしてもこれだけかよ。」

 

通りで見つけた飲食店の前で、財布を見ながら愚痴を吐く。

しかして、現状が変わるわけでもない。

溜息のあと、そのまま歩き出す。

 

「ちっ…どうせ帰ったって、(ゆう)にしか興味を持ってねぇ()()のことだ…飯なんてねぇだろうし…カップ麺でも買ってくか。」

 

そう言って、青年は再び歩き出す。

道中で青年の横を、黒塗りの公用車が通る。

その車が通り過ぎず止まった、かと思えば。

後部座席の窓が開き、男が青年に声をかける。

 

「おや?貴殿は岬ノ宮家の…?」

 

「あ?あぁ、島永のおっさん…どーも。」

 

やはり公用車、重役が乗車していた。

青年は一瞬驚くも、顔馴染みなのか軽く返した。

声をかけたこの男こそ、幸造である。

なれば、青年は。

 

「岬ノ宮の(せがれ)よ、いま暫く待っていてくれ。()()()()起こすなよ?()()()()()()()()()()が、堪えてくれぬか。」

 

「いいって。余計なことして、おっさんの立場が悪くなってもしょーもねぇよ。」

 

幸造の言葉に、呆れながらに手を振り。

ポケットに手を入れ、立ち去ろうとする青年。

なれど、幸造は立ち止まらせる。

 

「岬ノ宮恋、貴殿がそんな目に遭う理由など無いはずだ。私は諦めんぞ、貴殿も国民の一人。政治家として、大人として、()殿()()()()()()()()()。」

 

それだけ言うと、車は走り出す。

再び歩を進めながら、拳を握る青年。

青年もとい、後の海軍中将。

 

()()()()()()()()()、俺に何かを施そうとしてくるのなんてな。」

 

 

 

――岬ノ宮恋である。

 

 

 

『変な気は起こすなよ。』

 

幸造の言葉を思い出しながら歩いていれば、自宅の前に着く。

 

「変な気、ねぇ…。それは、()()()()だろ。」

 

深呼吸をし、ドアを開ける。

それがいつの間にか、恋のルーティンになっていた。

 

「ただいま…。」

 

玄関に入れば、軽快な声がリビングで響いている。

 

「悠、美味しい?今日のハンバーグ、明日は旅行だから奮発したのよ。」

 

「うん!美味しい!」

 

「ははっ、悠はやはり優秀だな。」

 

父と母、弟の声である。

憂鬱気味にリビングのドアを開ければ。

 

「あら、帰ってきたの?そのまま帰ってこなくてよかったのに。」

 

「まったくだ、知らん人間を住まわせている俺達の身にもなってくれ。」

 

「どっかいけー!」

 

なんとも不快な言葉が飛び交う。

それも()()()()()、恋を見下したような顔をしながらである。

堪らず、恋は。

 

「あぁ、そーかよ。」

 

それだけを言って、階段を上り自室に入る。

 

「俺が何したってんだよ、クソが。」

 

荷物を乱暴に置くと、そのまま床に寝転がる。

部屋にはベッドも、布団もない。

恋の家具は、全て弟に明け渡されている。

この現状を知る、幸造だからこその気遣いだった。

やさぐれながらも恋自身、有り難く思ってはいる。

 

「はぁ…食欲も失せたし、今日は寝るか。」

 

この翌日、恋の身に大きな転機が訪れる。

否、良い方向ではない。

 

 

 

 

「はぁ、いつも通りか。」

 

朝になり、部屋を出ると何もない。

誰も居ない。

恋にとっては、見慣れた光景である。

 

「学校行くか…。」

 

教室に入れば。

 

「おう、岬ノ宮!今日も相変わらずだな!」

 

「お前は朝からるっせーよ、志島。」

 

唯一の友人とも言える、志島磯鷸(しじまいそしぎ)

磯鷸は短髪の頭を掻きながら、渋い顔をする。

 

「岬ノ宮…()()()()()?」

 

「いつものことだ、もう慣れた。」

 

磯鷸の言葉にそう返し、授業を受けた。

終始、ほぼ毎日のことであるが。

磯鷸は恋のことを案じていた。

口出しは、本人の希望で何もできない。

不甲斐ないながらも、せめて友人でいようとしているに過ぎない。

 

 

昼になれば、磯鷸は恋の元に再び現れる。

 

「岬ノ宮、俺は軍人になろうと思うんだ。」

 

「あ?お前が軍人?」

 

屋上でサンドイッチを頬張りながら、恋は尋ねる。

 

「あぁ。なんでも、式条元帥と帆潟大将、それから橘花少将が東シナ海を奪還したらしくてな。」

 

「なんか聞いたな、それ。」

 

磯鷸の情報に、素直に頷き。

恋が最後の一口を飲み込む。

 

「あんな格好のいい人達に、俺が憧れるのは野暮なことか?」

 

真面目な顔で聞いてくる磯鷸に、恋は。

 

「いんや。なりてぇなら、なりゃいいだろ?別に、お前の夢にどうこう言わねぇよ。ま、頑張れ。」

 

寝転がりながら返し、晴天を見上げる。

()に応援されたのが嬉しいのか、磯鷸は口角を上げ。

 

「頑張るさ。」

 

暫くの沈黙のあと、チャイムと同時に教室に戻った。

 

 

時は進むもので、気が付けば放課後になり。

 

「じゃあな、岬ノ宮。」

 

「おう。」

 

磯鷸と別れたあと、自宅へと向かう。

 

「そういや、あいつら旅行だったな。」

 

普段より、軽くドアを開ける。

だが。

その同時に、蹴りが一発。

 

「ゴフッ!」

 

恋の腹部に命中し、その場に蹲る。

一瞬何が起きたかわからないまま、正面を見れば。

物凄い形相の両親が、恋を見下ろしている。

 

「お前のせいだ…。」

 

「な、何がだよ!」

 

恋は父の言葉に、腑に落ちずに怒鳴る。

次に響くのは、母の金切り声。

 

「あなたのせいで!悠が深海凄艦に襲われたのよ!この、疫病神!」

 

母が掴みかかれば、止める人間は誰も居ない。

逆に父も便乗する。

 

「お前のせいだ!」

 

「あなたなんか産まなきゃよかった!」

 

恋は度重なる暴力と、罵詈雑言に。

いよいよ、我慢の限界に至る。

 

「…俺が…。」

 

「文句でもあるのか!この出来損ない!お前さえ居なければ!」

 

恋の声を掻き消すように、未だ続く。

 

「俺がッ!何をしたってんだよッ!!!!」

 

怒鳴りながら立ち上がり、拳を握る。

恋は無我夢中で反撃をした。

我に返り、玄関の床に倒れている二人を見る。

血だらけの二人が、そこに転がっていた。

 

「う、うあぁ…!!」

 

恋は声にならない声で叫び、家を飛び出す。

走って走りついた先に、公園があった。

自販機でオレンジジュースを買い、ゆったりとベンチに座る。

 

『貴殿を救い出すからな。』

 

(わり)ぃ、おっさん…やっちまったよ。」

 

幸造の言葉を思い出しながら、虚ろな目で呟く。

缶を握る手を見れば、乾いていない返り血で濡れていた。

 

「ははっ、ほんとに、どうしようもねぇな。」

 

(いっそ…。)

 

――ザッ…ザッ…ザッ。

 

良からぬ事を考えそうになったその時、足音が恋の耳に入る。

自身の前で音が止み、立ち止まったのがわかると顔を上げた。

 

「み、岬ノ宮くん?」

 

恋は一瞬、思考を放棄した。

眼前に立つ白髪の少女に、目を丸くする。

(とし)は、恋と変わらないように見える。

しかして、恋が口走ったのは。

 

「だ、誰?」

 

この少女が、何者かであった。

だが、白髪の少女は口元に手を当て笑みを隠す。

 

新道愛香(しんどうあいか)よ、あなたと同じ学校の。それより、酷い顔してるじゃない!顔も血だらけよ?ハンカチで良ければ使って頂戴ね。」

 

そう言って、恋に渡すでもなく。

愛香自身の手で、血塗れた顔を拭く。

 

「あ、あぁ…ありがとな。」

 

素直に礼を述べるが、拭き終わった愛香は。

至極、不思議そうな顔で小首を傾げる。

恋も同じように、小首を傾げる。

 

(俺、変なこと言ったか?)

 

恋は悩ましくなり、顔を(しか)める。

 

「岬ノ宮くんは、やっぱり優しいのよ。何があったのか知らないけれど、聞くなんてことはしないから。それでも…なんだか、()()()()()()()()しているようには見えるわね?」

 

愛香の一言は、恋の耳には痛かった。

殴りも怒鳴りもしないが。

 

()()、見えているのか…。」

 

「うん。だって、いっつも怖い顔してるもの。笑顔くらい、見せてみたら?」

 

間髪入れずに返す、愛香の容赦の無さ。

だが、今の恋には心地よさすらあった。

 

「そうかい…笑う、ねぇ…っ?!」

 

言葉が途切れたかと思えば。

髪を乱暴に掻き、恋は照れ隠しをする。

何故ならば。

 

 

 

――そこに、愛香の笑顔があった。

 

 

 

「どうしたの?こうやって笑えば良いんだよ?」

 

「るっせぇ…気が向いたらな。」

 

外方(そっぽ)を向いての軽口が、やっとである。

恋の性格を持ってしても、年頃の自分(心情)には敵わない。

 

「ハンカチ、あげるから。またね?」

 

「あぁ…あ?おい、待てよ。」

 

「え?」

 

去ろうとする愛香を呼び止め、急いで駆け寄る。

落ち着きの無い恋に、愛香は戸惑いの色を見せるが。

次の一言で、愛香は赤面することになる。

 

「あー…なんだ、その、夜も遅ぇし、送っていく。」

 

「そ、そう、なんだ…紳士的なところも、あるんだね?」

 

「放っておけ…。」

 

二つの赤い顔が左右に並ぶ。

だが、二人のこれは泡沫に散る。

 

「送ってくれてありがとう…気を付けてね。」

 

「あ、あぁ…またな。」

 

恋は背を向け、自宅へと向かう。

 

「新道の家…デカかったな。にしても、見覚えがあるような気もするがな。」

 

ぶつくさと、一人で言いながら歩いていれば。

今は夜道。

本人以外からしたら、不審者である。

顔を未だ朱に染め、歩を進めている本人は知る由もないことだが。

 

「ちっ、生きてたか…杞憂に終わったな。」

 

ドアを開けると、倒れていた両親が居ないことに気付く。

ともすれば、このような呟きが生まれるのは無理も無い。

 

「救急車が通ったとは思ったが…自分達で呼んだのか?」

 

広々とした家に一人。

自室ではなく、リビングのソファに寝そべる。

久しく感じる、()()()()

恋とて、まだ養われるべき子供なのは間違いない。

 

「いつからだったかな…。」

 

呟きと共に眠る。

床ではない、心地よさ。

心身共に疲れ切った恋には、抗えなかった。

 

 

 

「おはよ、岬ノ宮くん。」

 

翌日の朝、教室に入ったばかりの恋に向けて。

軽快な声が、一つ響く。

姿を見るなり、恋は後ずさる。

 

「な…っ、新道…朝からなんだよ…。」

 

恋は昨晩のことを思い出し、平常を保とうと必死になる。

 

「つれないなぁ。昨日はありがとう、それでね?昨日のお礼に、お弁当作ってきたの。今日のお昼、ご一緒してくれない?」

 

愛香の進言に、恋ではなく。

 

「み、岬ノ宮が…。」

 

「じょ、女子に話しかけられてる…。」

 

周りがざわついた。

 

「は…?」

 

到底、恋には理解が追いつかない。

そんな時、間が良いのか、悪いのか。

 

「よぉ!岬ノ宮!今日も…あ…?え…?」

 

磯鷸が現れるが、その場で固まった。

目前の光景に、言葉を失う。

 

「み、岬ノ宮…お前…。」

 

かと思えば、憤怒を顕にする。

 

「俺という友がありながら…!いつの間にこんなべっぴんさんと…!」

 

「志島、落ち着け…頼む、ややこしくなる。」

 

恋が懇願するように、磯鷸を宥める。

二人のやりとりを、愛香は笑顔で見ている。

 

「確かに、お前の顔はいい。人相を除けばな…だからって…!」

 

磯鷸は拳を握る。

危険を感じ取り、恋は即座に防御姿勢を取るが。

 

「良かったな…岬ノ宮。お前は報われるべきだ、()()()()。」

 

その拳を握った腕で、磯鷸は涙を拭った。

どちらに言ったのかわからない、声援を添えて。

 

「なんのことだかさっぱりなんだが…。」

 

"身の危険は無かった"と、安堵する恋とは裏腹。

 

「…鈍感さんめ。」

 

愛香は頬を膨らませた。

 

それからというもの、恋は数日もの間。

愛香と昼食を共にするのが、日課になっていた。

だが、そんなある日。

 

「なぁ、志島。新道が見当たらねぇんだ。」

 

「おうおう、彼女の心配か?」

 

揶揄う磯鷸に、若干の面倒さを感じるも。

 

「そんなんじゃねぇ…。それより、何か聞いてねぇか?」

 

本気で心配する恋を気遣い、情報を与えることにした。

 

「あぁ、これは()()()だがな?それによると、新道さんは風邪で休んだらしいな。んで、これを聞いてどうするんだ?岬ノ宮。」

 

「…行ってくる、適当に誤魔化しておいてくれ。」

 

そのまま走り去る恋の後ろ姿を、微笑みながら磯鷸は見送る。

最中(さなか)、机に頬杖をつき。

 

「おやまぁ、()()()()()()()。良いんじゃねぇの?お前に、このくらいのことがあってもさ…あぁ、任せておけ。」

 

友の成長と、安らぎが得られたことを喜んだ。

 

 

 

――ピンポーン

 

 

恋は愛香の家に着くなり、呼び鈴を鳴らす。

 

「出ねぇな…病院か?」

 

体感にして数分、姿が現れないと悟り。

来た道を戻ろうとして。

 

「ゴホッゴホッ…!あれ、岬ノ宮くん?」

 

「なんだ、居たのか。」

 

「ど、どうしたの?」

 

恋の姿を見るなり、愛香は目を疑った。

倦怠感のある身体で、降りてきた為か。

 

「今日はごめんね…風邪、引いちゃって…。」

 

謝ろうとして、蹌踉(よろ)めく。

 

「あぶねぇ…。」

 

間一髪、恋がその身体を抱きとめる。

 

「ほえ?」

 

「…見舞いに来た。台所、借りるぞ…新道は寝てろ。」

 

なんと、そのまま抱きかかえ。

ベッドへと、愛香を運んだ。

愛香を寝かせると、恋は台所に立つ。

 

「…粥、作った。食えるか?」

 

「あ、ありがと…。」

 

ぎこちのない会話、されど。

そのやり取りは平和そのもの。

 

「食べさせてくれると、嬉しいな。」

 

「あ、あぁ…。」

 

顔を赤くさせる愛香に敵わず、恋は大人しく従う。

そんな日々。

そんな一縷の望み。

崩れるのは。

 

 

――容易である。

 

 

「美味しいよ、岬ノ宮く…。」

 

 

――パリーーーン!!

 

 

愛香が感想を述べようとした、その刹那。

窓ガラスが、勢いよく割れる。

 

「新道!屈め!」

 

恋が覆いかぶさるように、愛香を庇う。

 

「ここにいたか。」

 

割れた窓ガラスから、身を乗り出し。

黒い狐の面で顔を隠した男が、鎖鎌を持って現れる。

 

「てめぇ!!何しやが…っ!!」

 

恋には、その男に見覚えしか無かった。

 

「…親父の差し金か?」

 

()()()()、新道家の愛娘も居るようだな。是非も慈悲もない、二人であの世へ逝け。」

 

男がそう言うと、勢いよく鎖を振り回す。

 

「ちっ!!」

 

「岬ノ宮くん!」

 

恋には成す術がなかった。

愛香を担ぎ、走り回るのが限界である。

不幸中の幸いか、愛香の家は特段広かった。

男は鎖を手元に戻し、尚も口を開く。

 

「新道愛香、貴様の両親も待っているぞ?」

 

その一言が、愛香の怒髪天を衝く。

 

「どういうことよ!!」

 

風邪だと言うのに、アドレナリンでそんなことも厭わない。

声の限りで、愛香は怒鳴る。

 

「わからないか?殺したんだよ、俺の手でな。あぁ…勿論、()()()()()()()だ。悪く思うなよ?その隣にいる、哀れな息子でも恨んでおくんだな!」

 

再び鎖を握り、今度は鎌を振り回す。

 

「…岬ノ宮くん、降ろして。」

 

「お前、動けな…。」

 

愛香を気遣おうとするが、愛香の殺気で固まる。

 

「お願い。」

 

観念した恋が、愛香を下ろす。

 

「何処の誰だか知らないけれど…私の両親を殺して、岬ノ宮くんを侮辱して…赦さない。」

 

動作はゆっくりと。

ベッドの下から、愛香は真刀を取り出す。

鞘から刀身を抜き、()()()()()()

恋は、眼前の光景に目を疑う。

 

(な、何をする気だ…?)

 

胸中の呟きは、愛香の次の動きで消滅する。

 

「…死ね。」

 

少女から発せられている言葉、なれど。

恋には信じ難かった。

愛香が姿勢を低く、一足飛びで横薙ぎを放つ。

同時、鎌で男は防ぐ。

 

「小娘、やるではないか。」

 

鍔迫り合い。

まさに、その光景を。

恋は黙って見ることしか出来なかった。

 

「岬ノ宮くん、離れてて。」

 

「あ、あぁ…。」

 

生返事が限界、ソレ以上は言葉を紡げない。

何が起きているのか、恋には情報が()()()()

身体は固まり、行方を見るのみである。

 

「宵上彼岸流、その奥義を止めるなんて…とでも、()()()()()()()()()?奥義はまだまだあるのよ。」

 

恋を置き去りの如く、愛香は素早く刀を引き戻す。

再び、姿勢を低く構える。

 

――宵上彼岸流!

 

構えていた刀を逆手に持ったかと思えば。

左脚を前に出し、右脚を軸に身体を捻り円を描く。

 

「…()()()、どうぞ。」

 

そのまま右手の刀を、遠心力に任せ斬りかかる。

男の首を狙い、左の手の甲で刀の峰を支えて跳躍する

 

 

 

――大江戸花火・千輪菊!

 

 

 

だが、その回転斬り上げは虚しく。

 

(のろ)い!!」

 

男は鎌を上から振り下ろし、愛香の心臓めがけて突き刺す。

今一度言う。

愛香は、()()()()()()

結果。

 

「かは…っ!!」

 

鎌の切先、その凶刃。

ソレは愛香の心臓を貫いた。

その身体は、地面へと叩きつけられた。

だが、男の身体も無事ではなかった。

 

「相打ちを狙ったか…まぁいい、新道家の小娘を()れただけ、収穫か。」

 

肩から鮮血を垂れ流し、男はそのまま音もなく立ち去った。

 

「待ッ…!!」

 

恋は追いかけようとしたが、我に返り床に佇む愛香を優先する。

 

「し、新道!!!!」

 

胸部から鮮血を吹き出させ、息も絶え絶えな愛香を抱える。

 

「み、岬ノ宮く…ん、ごめんね…普段なら…絶対に勝てた…。」

 

「新道!そんなこと言ってねぇで、一緒に…!」

 

愛香の身体を支えながら、恋は涙を流す。

震える手で、口からも血を吐き出し。

限界など越しているであろう愛香は、恋の顔に手を伸ばす。

 

「もう…無理だよ…あなたは…不遇だったかも知れない、でも、優しいあなたを…ずっと見てた…だから、私…あの日、声を掛けたんだ…ずっと…一緒に…居たかった…でも、みま…もっててあげるか…らね…?最期に…愛香って…呼んで…恋くん…。」

 

「わ…わかったから…死ぬんじゃねぇ…!!愛香!!!!」

 

「呼んでくれて…ありがと…。」

 

恋の顔を寄せ、口付けを交わすと。

力なく、頭を恋の腕に預け。

溢れる血に反して、愛香の身体は動かなくなった。

 

「あ、愛香…愛香…愛香!!!!」

 

恋がどんなに呼んでも、反応はない。

 

「ぐ…がぁぁぁぁ!!!!あああぁぁぁぁ!!」

 

恋は力の限り、そう叫んだ。

初めての涙。

それは、恋が"恋"をした人の。

死が初であった。

愛香の身体を諦め、愛香の刀を鞘と一緒に拾う。

 

「復讐、するか。」

 

今の恋が出来上がる前の、昔の話である。

 

 

 

 

それから恋は、病院を突き止め。

 

「ぐぁ!!」

 

「いやぁあああ!!」

 

「出来損ないのくせに…俺を殺すとは…。」

 

家族を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今の話は、全て本人から聞いたものだ。」

 

幸造は一区切りとばかり、煙草に火を付ける。

 

「…岬ノ宮中将…。」

 

由良は目に涙を浮かべていた。

訊かなければよかった、そう寂寥感を募らせて。

 

「いい話では無かっただろう?」

 

「でも、海軍に来た話は?」

 

「それはな?」

 

 

これには続きがあった。

 

 

 




如何だったでしょうか?
今回は重たかったですね…。

それでは、また次回に。
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