絶望神と共に行く遊戯王5D's   作:重症患者を救いたい

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4話 絶望vs絶望! 決戦 機皇帝ワイゼル

 夕刻。旧サテライトの湾岸は、焼け焦げたような真紅の光に包まれていた。

 それはまるで、静かに燃え上がる炎の中にいるかのような光景。水面に反射した陽光が、あたり一帯を血のように染め上げていた。

 人の気配はしない。不自然なほどに。だが―――

 

「来たか」

 

 怜悧な声が、音もなく鼓膜を打つ。

 いつの間にか、背後に白を基調としたフード姿の男が立っていた。

 顔の右半分を覆う、無限(∞)を象った印の仮面。―――プラシドだ。

 

「……どうも。オレの“雇用主”さんでいらっしゃる? 顔を合わせるのは、これが初めてですね」

「そうだ、ウーヴァン・ディット。使い走り風情に、このオレが直々に出向いたのだ。光栄に思え」

 

 神に選ばれし存在という自負に裏打ちされた、傲慢な口ぶり。

 その態度に、プライドの高さが滲み出ている。

 

「ご用件を伺っても?」

「貴様を“見極め”に来た。人間のくせに、命令を機械のように遂行してきた。その徹底ぶりが、むしろ不気味だった」

 

 プラシドの左目が、淡く鋭い光を宿す。

 

「加えて、《絶望神アンチホープ》……我々の理解を超えたそのカードを所持しながら、一度も使おうとしなかった。なぜだ? その真意が、見えない。思想も、意図も。お前の内面には常に、空白があった」

 

 道中、絶望神から情報は得ていた。

 《アンチホープ》は、ある時ふとウーヴァンの手に渡っていた“だけ”の存在。

 三皇帝の誰も、そのカードと対話した者はいない。

 観察はされた。解析も試みられた。だが、絶望神はそれを許さなかった。

 異常なエネルギー反応を示すだけで、その正体は曖昧なまま。

 ―――そのくせ、前のウーヴァンも一度として、そのカードを使うことはなかった。

 

「末端の構成員が、制御不能な兵器を抱えている。そんな得体の知れぬ存在を、組織に残す理由は……ない」

 

 その声は、冷たいというよりも、決定を言い渡す機械のように無機質だった。

 

「だからこそ、不動遊星を相手に選んだ。敗北を口実に、“処分”を完遂する。それが我々の計画だった。貴様というノイズを、この場で消去するつもりだった」

 

 一度言葉を切り、フード越しに鋭い視線を突き刺す。

 

「だが、予定は狂った。貴様は……《絶望神アンチホープ》を使い、不動遊星に勝利してみせた」

 

 その言葉の端に、ほんのわずかな苛立ちが滲む。

 

「それがホセの興味を惹き、ルチアーノを喜ばせた。“使える力”だと。不動遊星に続いて、クロウ・ホーガンにまで勝利したことは、確かに高く評価されている。……だが、オレは違う。制御不能な力を“容認”するつもりはない」

 

 声には明確な怒気が込められていた。

 それは激情ではなく、静かに沸騰する怒り――冷徹な理性が生んだ不快感。

 

「貴様は、あの神の意思も、使用理由も語らない。精神干渉があったのか? そもそもあれに意思があるのか? すべて不明のままだ。“勝利すればよし”などという短絡的思考を、オレは断じて認めん」

 

 風が静かに吹き抜ける中、プラシドは一歩、間合いを詰める。

 

「貴様は勝利を得た。だが、それは制御とは違う。ただの結果だ。兵器とは、“理解できる範囲で勝たせる”ことにこそ価値がある」

 

 そして、宣告する。

 

「そのカードの真価、貴様という器の限界――ここで見極める。そして不要と判断すれば……“処分”する。それだけのことだ」

 

 オレは小さく首を傾げたあと、ようやく口を開いた。

 

「“使ったくせに理由を語らない”とか、“理解できない力は危険”とか、おっしゃってましたね」

 

 指先で、カードデッキの縁をなぞるように撫でる。

 

「でも、もしアンチホープの“神意”を知ってしまったら……あなた方にとって、それは“成果”よりも、むしろ“呪い”になるんじゃありません?」

 

 一歩、プラシドの言葉に呼応するように前へ出る。

 

「……まあ、それでも?どうしても“見極めたい”って言うなら。雇い主の“評価”には、全力で応えるつもりですよ」

「安い挑発だ。だが、いいだろう! 来るがいい!」

 

 プラシドが手にした剣状の装置を振るった瞬間、辺りが一帯、白光に包まれた。意識が一瞬、ノイズのように途切れる。

 次の瞬間、オレの眼前には―――まばゆい都市の光。

 人々の営みが休むことを知らない眠らない街、ネオドミノシティ。そのデュエルレーンへと、瞬間転送されていた。高層ビルの谷間に伸びる滑らかなコース。空には星々が浮かびはじめ、都市照明の合間から静かに瞬いている。

 既にノワール・ワンも、プラシドのT・666もスタート位置に着いていた。オレはDホイールのグリップを握り直し、コンソールパネルに手を伸ばす。モーメントを起動し、ギアをローに蹴り込む。

 ―――ガチン。鈍く響く音が、すべての準備が整ったことを知らせた。

 

「フィールド魔法《スピード・ワールド2》、セット!」

《DUEL MODE ON.AUTO PILOT STAND BY》

 

 二台のマシンを中心に、フィールド魔法が拡がっていく。

 欲望と信念が交錯する高速の戦場。その中心で、オレ達は声を重ねた。

 

「「ライディングデュエル!アクセラレーション!!!」」

 

 二つの咆哮が空を割る。

 マシンが競走路をなぞるように加速し、夜の静寂を切り裂いていく。

 そして、∞のマークが2機を囲むように現れる。これでダメージは実体のものとなった。

 

「貴様に先攻は渡さん!」

 

 ノワール・ワンが吠えるように走るなか、

 プラシドはあくまで余裕を崩さず、その速度で大地を引き裂く。

 それはまるで、人知を超えた力が走るたび、物理法則すら屈服するような光景だった。

 

「第一コーナーを取った者が先攻だ! オレのターン!」

 

 プラシドが叫ぶと同時に、T・666が低く咆哮するようなエンジン音を響かせる。

 

「《ワイズ・コア》を守備表示で召喚!」

 

 シュウウウ……と機械音が響く。

 卵のような楕円形の白い外殻が、上下にゆっくりと割れる。

 その中心には、静かに青い光を灯した白い機械体―――《ワイズ・コア》。

 守備力は“0”。

 それでもどこか不気味な、静かな圧を纏っていた。

 

「カードを4枚セット、ターンエンドだ!」

 

 攻撃の出来ない初手。だが、プラシドは迷いなくターンを終える。

 その動きは極めて淡々としていた。闘志は、声高に叫ばれるものではない。

 今、彼が突きつけてきているのは、鋼鉄の意志そのものだった。

 

(やっぱ、初手《コア》か)

 

 オレは静かに息を吸う。

 

(なら、あの伏せカードの中に、《ワイゼル》展開のトリガーが潜んでる可能性が高い。残り3枚の内最低でも2枚は……多分、妨害だ。どれも“想定内”ではあるけどな)

 

 プラシドを“下っ端”扱いしてはいけない。

 ヤツは、神の代理を自称する三皇帝が一人。

 

「……オレのターンですね」

 

プラシドSPC0→1

ウーヴァンSPC0→1

 

 ノワール・ワンのシートに、静かに風が吹き込んだ。

 オレはカードを引き抜きながら、微かに口元を緩める。

 

「モンスターをセット。カードを2枚伏せてターン終了」

 

 こちらも攻撃はなし。静かな立ち上がり。

 互いに一手目で動きを見せない―――ある意味、それは“準備を許す”ということだ。だがプラシドの性格上、次のターンには攻勢に出るだろう。

 

(さあ……どう来る?)

「オレのターン!」

 

プラシドSPC1→2

ウーヴァンSPC1→2

 

 カードを引く音すら無機質。プラシドの視線は、セットされたカードたちの奥を見据えるように鋭く光る。

 

「リバースカード・オープン!《ボム・ブラスト》!このカードは自分のターンにのみ発動できる罠カードであり、このターン、戦闘を行なっていない機械族モンスターを3体まで破壊。そして、破壊したモンスター1体につき400ポイントのダメージを与える!オレは、《ワイズ・コア》を破壊!400ポイントのダメージを受けてもらおう!」

 

 《ワイズ・コア》の外殻が内側から裂け、熱波と衝撃波が一直線にオレへと飛び込んできた。

 

「……っ!」

 

 シートが跳ねるほどの衝撃が、胸元を直撃する。

 

ウーヴァン:LP4000 → 3600

 

 痛みは、数値だけの話じゃない。

 このデュエルのダメージは、意識にも、肉体にも響く。

 視界が、一瞬滲んだ。これが、遊星達の体験してきた過酷なデュエル―――

 

「カードの効果によって破壊された《ワイズ・コア》の効果、発動」

 

 爆発とともに散った《ワイズ・コア》の残骸が、空中で青白い光を帯び始める。

 その光が、呼び水”となった。

 プラシドのデッキから、5枚のカードが自動的にスロットから吐き出される。

 

「デッキから《機皇帝ワイゼル∞》、《ワイゼルT》、《ワイゼルA》、《ワイゼルG》、《ワイゼルC》を特殊召喚する!」

 

 五つの機械が、次々にフィールド上へと舞い降りる。

 それぞれが各部位へと自律的に組み上がっていき、空中に浮かぶシルエットが次第に“皇帝”の姿を帯び始める。

 

「シンクロキラーの力、特と味わうがいい」

 

 プラシドが右腕を真っ直ぐ前に突き出す。

 

「合体せよ、《機皇帝ワイゼル》!!」

 

 機体が組み上がる音。ギアの噛み合う轟音。空間そのものが“歪む”ような振動。

 完成したその巨体は、人型の自律兵器。

 白の装甲が不規則に光を弾き、仮面のような頭部からは紅い視線が走った。

 

「《機皇帝ワイゼル∞》の攻撃力はパーツの攻撃力の合計と同じ数値になる!」

 

《機皇帝ワイゼル∞》ATK0→2500

《ワイゼルT》ATK500/DEF0(守備表示)

《ワイゼルA》ATK1200

《ワイゼルG》ATK0/DEF1200(守備表示)

《ワイゼルC》ATK800/DEF600(守備表示)

 

「お出ましですか……」

「さらに、《ワイゼルT》をリリース」

 

 プラシドが冷たく告げると同時に、フィールドの《ワイゼルT》が静かに分解されていく。その残骸は粒子となって空へと昇り、

 

「手札から《ワイゼルT3》を特殊召喚!」

 

 粒子が凝縮するように再構築され、頭部ユニットが新たな形状へと切り替わる。

 角のような翡翠色のエネルギーブレードを生やした鋭角なパーツが、《ワイゼル∞》の頭部に装着された。

 

《ワイゼルT3》 ATK600

 

「パーツの再構成により、攻撃力の合計が変化。よって、《ワイゼル∞》の攻撃力が上昇する」

 

《機皇帝ワイゼル∞》 ATK2500 → 2600

 

 オレは気だるげに肩をすくめる。

 

「ただ100上がっただけじゃないでしょう。特殊能力、あるんじゃないですか?」

「教えてやろう。《ワイゼルT3》は1ターンに1度、相手の魔法・罠カードの発動を、無効にして破壊する」

 

 低く冴えた声が、空気を貫くように響く。

 

「つまり、貴様のカード1枚は、今この瞬間から無意味な紙片に成り下がるということだ」

「へえ?じゃ、バトルしてみてくださいよ」

「下手な挑発を。バトルだ!」

 

 プラシドの声が空間を貫く。

 それと同時に、彼の右手が“断罪の号令”のように振り下ろされる。

 

「《機皇帝ワイゼル∞》で、セットモンスターを攻撃!」

 

 《ワイゼル∞》の背部に配置された推進装置から、蒼白い光が吹き出す。

 上半身が低く前傾し、左腕のブレードが螺旋の火花をまとう。

 未来からの“処刑者”が、音もなく滑るように前進し、刃を名もなきセットモンスターへと振り下ろす、その瞬間。

 

「罠発動!《聖なるバリア-ミラーフォース-》!」

 

 空間が一瞬、鏡のように割れて広がる。

 反射結界がフィールドを包み、《ワイゼル∞》を飲み込もうとする。

 

「無駄なことを……《ワイゼルT3》の効果発動!魔法・罠の効果を無効にする」

 

 《T3》の角が閃光を放ち、空間を切り裂くような電子音が響く。

 《ミラーフォース》が放っていた光は、歪みとともに吸収され、破片のように砕け散った。

 

(《ミラーフォース》は囮だ。ま、《ワイゼルT3》の効果を使わせたのはデカい)

 

 刃が振り下ろされると同時に、フィールドを沈黙が包む。

 音のない斬撃。

 その向こうで、破壊されるのは、カボチャのような顔をした奇妙なトマト。

 

「戦闘で破壊されたことで、《キラー・トマト》の効果発動」

 

 発動後、オレはすぐさま、次のカードに手を伸ばす。

 

「が、それにチェーン。リバースカード、《レベル・レジストウォール》発動!」

 

 伏せカードが輝き、バリアのような数字の波動が広がる。

 

「このカードは、自分のモンスターが戦闘で破壊された時に発動できます。墓地へ送られたモンスターのレベルに等しい合計レベルになるように、デッキから効果を無効にしたモンスターを守備表示で特殊召喚する!」

 

 デッキが淡く光り、その中から、複数のカードが次々に弾き出される。

 

「《キラー・トマト》のレベルは4。よってデッキからレベル1の《サクリボー》、レベル1の《クリアクリボー》、レベル1の《儀式魔人ディザーズ》、レベル1の《グレイブ・スクワーマー》、以上4体を効果無効で守備表示にて特殊召喚します」

 

 順に出現していくモンスターたち。

 フィールドに、小さくも奇妙な“歪な聖堂”のような陣形が敷かれていく。

 だが、これはまだ序章に過ぎなかった。

 

「さらに、チェーン1、《キラー・トマト》の効果を処理。《終末の騎士》をデッキから特殊召喚」

 

 出現したのは、黒衣に赤いスカーフを翻した漆黒の騎士。

 その両目を隠すように装着されたゴーグルが、無言の決意を語るようだった。

 《終末の騎士》の登場に、プラシドの目が細くなる。

 

「そして、《終末の騎士》の効果発動。特殊召喚成功時、デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送る」

 

 オレはデッキに軽く手を添える。まるで、“必要な1枚”が自らを差し出すことを知っているかのように。

 

「オレが墓地に送るのは、《絶望神アンチホープ》」

 

 その名を口にした瞬間、空気が僅かに震えた。

 プラシドの口元がわずかに歪む。

 

「なるほど、レベル1のモンスターが4体。召喚準備は整えたわけか」

 

 状況を理解した上で、なおその先を見据える冷静な分析。そして、制圧する意志。やはり侮れない。

 

「ならばカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「では、オレのターンです」

 

プラシドSPC2→3

ウーヴァンSPC2→3

 

 フィールドに整然と並ぶレベル1のモンスターたち。

 《サクリボー》《クリアクリボー》《儀式魔人ディザーズ》《グレイブ・スクワーマー》。

 彼らはまるで、これから何かを“捧げる”ために生まれた存在のように、静かに膝を折っていた。

 

「オレは、場のレベル1モンスター4体を墓地へ送る!」

 

 その瞬間、辺りの空気がねじれ始めた。

 クリボーたちが淡く光を放ち、球体のエネルギーとなって天空に昇っていく。

 《儀式魔人ディザーズ》の盾が黒く染まり、《グレイブ・スクワーマー》の身体が破裂するように断ち切られる。

 

「今こそ現れよ!全ての闇と混沌を統べる絶望の化身!」

 

 オレの声は、まるで祭壇に刻まれた詠唱のように響いた。

 

「《絶望神アンチホープ》!」

 

 フィールドの中心に、虚空が開く。まるで宇宙空間そのものがデュエルレーンに裂け目を作ったかのように。黒の中に黒が生まれ、その奥から、否定された黒き神がゆっくりと姿を現す。翼のなき畏怖の対象たる悪魔。

 その紅の目は、まるで万物を見下ろしながら、それでも一切の感情を持たぬかのように──ただ“空虚”を返していた。

 

《絶望神アンチホープ》ATK 5000

 

 プラシドの眼が明確に動く。

 

「ついに姿を現したか。絶望神……」

 

 一瞬、空気が沈黙し、そのあとわずかに風が吹いた。

 だがその風は、どこか生き物のように“嫌悪”を含んでいた。

 オレは、機体を走らせながら静かに呟く。

 

「遅くなって、すみませんね。呼ぶのに手間がかかるんですよ、この神様は」

 

 スピードの世界に包まれたデュエルレーン。

 黒の裂け目から這い出るようにして現れた《絶望神アンチホープ》は、そのままゆっくりと、首を傾けた。見る―――否、“覗く”。

 まるで、極端な明暗差の向こうからこちらを測るように、神は視線をプラシドへと落とした。そして、語った。

 

『……我に興味があるか? “愛する者のいなくなった絶望”より生まれしマシーンよ』

 

 その声は地の底から響くようでいて、同時に耳元で囁かれるような、肉体を超えて魂に触れる声だった。プラシドの瞳が、わずかに揺れた。

 

「……! 貴様……どこまで知っている!?」

 

 《絶望神》は、どこか遠くを見るような声音で続ける。

 

『すべてを。同じく“絶望”を司る者であるがゆえに。我も見てきたのだ。より強く、より高みへという人の望み。人の業。それゆえの破滅を』

 

 言葉は静かだった。

 だが、その一語一語が胸の奥底に“圧”を残していく。

 

『もっとも―――我が司るは、“生まれるべきでなかった絶望”。同じ造物であっても、創造主に情を抱かれているお前達と違い、我は祝福されぬ生誕と嘲弄によって、絶望を与える存在ではなく、絶望する存在となり果てたがな』

 

 ただ事実を並べるだけ。そこに怒りも、悲しみもない“ように恰好をつけている”。ただあまりにも純粋な諦念、に見える。

 だが、その瞳にわずかに光が宿る。

 

『しかし、今は違う。我はこのウーヴァンという器を得て、再び“絶望を与える存在”となるのだ―――勝利し続けることで』

 

 風が吹いた。

 

『さあ、お前にも再び“絶望”を与えてやろう』

 

 その言葉に、プラシドは表情を鋭く変える。

 

「……戯言を」

 

 バッ、と伏せられたカードの1枚が開かれる。

 

「罠カード発動!《因果切断》!!」

 

 稲妻のようなエネルギーがフィールドを奔る。

 

「手札を1枚捨て、相手フィールドの表側表示モンスター1枚を除外する……!その神には消えてもらう!」

 

 神の輪郭がゆっくりと、世界から消失していく。否、“いなかったこと”にされていく。

 《絶望神アンチホープ》―――除外。

 プラシドは、勝利を確信した者のように、わざとらしく空を見上げて吐き捨てた。

 

「この程度で“神”を名乗るとは……笑止」

 

 だが、オレは穏やかに、カードの束をひと撫でしながらこう返した。

 

「まあ……その名の通り、“絶望したくなるほど使いづらい”のは否定しませんよ」

 

 ほんの僅かに、笑う。

 

「けどな―――そいつを使って“いいデュエル”をするのが、楽しいんじゃないですか?」

 

 その言葉とともに、オレは1枚のカードを見せた。

 

「……手札の《ネメシス・キーストーン》の効果発動。除外されている《絶望神アンチホープ》をデッキに戻すことで、このカードを特殊召喚!」

 

《ネメシス・キーストーン》ATK0/DEF0

 

 それは、除外領域という“忘却”を跳ね除け、神を“再び物語の座標”へと引き戻す灯。

 《ネメシス・キーストーン》、即ち再度召喚のための“鍵石”。

 

「あんたもよくご存じのはずだ。絶望ってのはそう簡単になくなりゃしないもんですよ」

「無駄な足掻きを!永続罠発動!《御前試合》!」

 

 開かれたのは強力なロックカード。

 

「このカードが場に存在する限り、お互いに1種類の属性のモンスターのみ表側表示で存在できず、2種類以上の場合は1種類になるように墓地へ送らなければならない!」

「《終末の騎士》は闇属性。《ネメシス・キーストーン》は地属性。どちらかしか残せないってわけですか。じゃあ、《キーストーン》を墓地へ送って《終末の騎士》を残します。で、《終末の騎士》を守備表示に変更。カードを2枚伏せてターンエンドです」

 

 防御に回る。一瞬でも気を抜けばやられてしまうだろう。

 

「はっ!拍子抜けだな!オレのターン!」

 

プラシドSPC2→3

ウーヴァンSPC2→3

 

プラシド

LP:4000

SPC:3

Hand:1

Monster:《機皇帝ワイゼル∞》《ワイゼルT3》《ワイゼルA》《ワイゼルG》《ワイゼルC》

FieldMagic: 《スピード・ワールド2》

Magic&Trap:Set1+《御前試合》

 

ウーヴァン

LP:3600

Hand:1

Monster:《終末の騎士》(守備表示)

FieldMagic: 《スピード・ワールド2》

Magic&Trap:Set2

 

「バトルだ! 《機皇帝ワイゼル∞》で《終末の騎士》を攻撃!」

 

 蒼い推進炎がフィールドを裂き、ワイゼルの刃が閃くその瞬間――

 

「罠発動ッ!《悪魔の嘆き》!」

 

オレは1枚の伏せカードを叩きつける。

 

「アンタの墓地にある《ワイズ・コア》を対象にして発動。そいつをデッキに戻します。その後、デッキから悪魔族モンスターを墓地に送る。止めます? 《ワイゼルT3》で」

 

 一瞬、プラシドが視線を伏せる。

 そしてすぐに、口角をほんのわずかだけ上げた。

 

「見えているブラフに引っかかるほど、オレは愚かではない」

 

 低く、凍るような声。

 

「貴様の“本命”は……もう一枚の伏せカードだろう。ならば通してやる」

「では、効果処理を続けます。《ワイズ・コア》をデッキに戻し……そして、墓地へ送る。《絶望神アンチホープ》をな!」

 

 静かに神を再び地の底へと呼び戻す。だが―――プラシドの声は、揺るがない。

 

「フン、墓地に送ったところで召喚できなければ意味はない。《御前試合》が場に存在する限り、4体ものモンスターを並べる道は絶たれている!」

 

 そして、攻撃を続行する。

 

「《終末の騎士》、消し飛べッ!!」

 

《機皇帝ワイゼル∞》の刃が、鋭く、沈みゆく騎士を切り裂いた。

 

「ターンエンドだ」

「それじゃあ……まあ、これがどっちにしろオレのラストターンだ!」

 

プラシドSPC3→4

ウーヴァンSPC3→4

 

 指先で軽くデッキを弾き、ドロー。

 その動きに、ほんの少し“願い”がこもる。

 

(頼むぜ。もう一度、あいつを目覚めさせる……!)

 

 魔法・罠を封じる《ワイゼルT3》。展開を封じる《御前試合》。まさに盤面は完全制圧。

 けれど、―――その中で、オレは笑った。

 

「来たぜ。《憑依するブラッド・ソウル》、召喚!」

 

 現れたのは、赤黒く燃える、無名の悪魔。

 カードパワーだけで見れば、正直“凡庸”だ。

 けれど、この状況では“唯一無二”のカードとなる。

 

「な……あのカードは……!?」

 

 プラシドの瞳がわずかに見開かれる。

 

「へぇ、マイナーカードなのに効果はご存じで? なら話は早い」

 

 オレは、その悪魔に指をかざす。

 

「《ブラッド・ソウル》をリリースし、効果発動!」

 

 吹き上がる深紅の魂。

 

「相手フィールドに存在する、レベル3以下のモンスターすべてのコントロールを得る!

《ワイゼルT3》はレベル3。《ワイゼル∞》《A》《G》《C》は全てレベル1―――つまり、アンタの切り札は……全部、オレのモノになる!」

 

 赤い魂が咆哮し、機皇帝のボディに突入する――その時!

 

「やらせるかッ!!」

 

 プラシドが叫ぶ。

 

「ライフを1500支払い、カウンター罠《神の通告》発動ッ!そのモンスター効果を無効にするッ!!」

 

プラシド:LP4000→2500

 

 轟く雷鳴。けれど、オレは微笑を崩さない。

 

「ならこっちも……ライフ半分を支払って、発動!《神の宣告》!」

 

ウーヴァン:LP3600→1800

 

 空間が弾ける。

 

「魔法・罠の発動を無効にする。カウンター罠は、カウンター罠でしか止められない!当然、《ワイゼルT3》にも止めることはできない……!!」

「なにィィッ……!!?《悪魔の嘆き》はブラフではなかったというのか!」

 

 《神の通告》が弾け、《ブラッド・ソウル》の効果がフィールドに貫通する。

 ―――その瞬間。

 《機皇帝ワイゼル∞》が紅い光に染まり、《ワイゼルT3》《A》《G》《C》全てのパーツが、一つずつオレの側へ転送されていく。プラシドの表情が、大きく歪んだ。

 

「貴様……!」

 

 それは怒りか。驚きか。あるいは、大きな―――絶望か。

 

「さあて」

 

 オレは静かに呟く。

 

「オレの場には、レベル1のモンスターが4体。なら、こいつらを―――墓地へ送る!!」

 

 直後、フィールドが深紅と漆黒の断層に引き裂かれた。

 《機皇帝ワイゼル∞》《ワイゼルA》《ワイゼルG》《ワイゼルC》

 そのすべてが光の粒子となり、絶望という名の霧に飲み込まれていく。

 その中央に、ぽっかりと穿たれた、虚無の穴。

 世界そのものに生まれた「拒絶」からそれは現れた。

 ゴウ……オオォ……という、風とも呻き声ともつかぬ音が響く。

 スピードフィールドの空に、“影”が出現する。

 漆黒の神──《絶望神アンチホープ》、降臨。

 地上に足を着けず、空間に“存在する”こと自体が歪みを生む。

 

『……再び、ここに顕現せしは。人の業と、敗者たちの嘆きの集合』

 

 神の声は低く、静かに、しかし凍てつくように響いた。

 

『再び、“与える者”となるために。我はここにある』

「……それが“願い”なら、応えるまでですよ。オレも、このデュエルも」

 

 そして、静かに手を掲げる。

 

「バトルフェイズ。《絶望神アンチホープ》でダイレクトアタック!!」

 

 風が止まる。

 いや、“音”そのものが、消えた。

 神が、ただ一歩、前に進んだだけで。

 プラシドの目が、大きく見開かれる。

 

「ば、馬鹿な……!虫けらごときが、こんな力を……!?」

 

 《絶望神》の腕が、ゆっくりと上がる。

 

『“希望”がなければ、未来に抗う力は生まれぬ。だが、“希望”に裏切られた者は、未来に絶望する』

 

 神の掌から、淡く……そして猛烈に収束する漆黒の閃光。

 

『……眠るがいい。哀れなる絶望の欠片よ』

 

 光が、プラシドを飲み込んだ。

 轟音すらない。ただ、世界そのものが欠け落ちるような静寂。

 

「ぬぅああああああっ!」

 

プラシド:LP 2500 →0

 

 爆発的な力がT・666を吹き飛ばした。

 黒い機体は宙を舞い、ねじれながらコース脇のガードレールに衝突・炎上。

 機械音と火花、そして金属が焼け焦げる匂い。

 一瞬遅れて、プラシドの体がコースに叩きつけられた。

 頭から地面に衝突。仮面が砕け、右頬から無数の火花が迸る。

 

「がっ……ぁ、ぐ……」

 

 口元から煙を吐きながら、彼はなお、地面に膝をついたまま、“信じられない”とでも言いたげに虚空を睨みつけていた。

 

「なぜだ。なぜ、オレがこんな末端風情に……」

 

 拳を叩きつける。

 だがそれすら、力を失い、乾いた音しか立てなかった。

 焼け焦げた煙が立ち込める中、オレはノワール・ワンを降り、崩れ落ちたプラシドの傍へと歩み寄った。 

 仮面の破片が、散乱している。むき出しになった義体の顔からは、火花と煙がまだ滲んでいた。

 

「……どうも。良いデュエルでしたよ」

 

 軽く肩を竦めて言えば、プラシドが、顔を上げた。

 

「貴様……“なぜ” ……。なぜオレに勝てた……!たかが末端が……!」

「末端だから、ですよ。命令しかない機械だったから、いざという時の“逸れ方”を誰も警戒してなかった。あんた達にとって、オレは道具。それ以上にも、それ以下にもならなかった」

「このままで済むと思うな。オレ達は神の計画を遂行する存在。このような敗北、一時のノイズに過ぎん!」

「ノイズの方が、印象に残るもんですけどね?」

「貴様……!」

 

  だがその瞬間、彼の身体に転送のエフェクトが走る。

  周囲の空間が歪み、データ粒子のような光が立ち昇る。

 

「覚えていろ……ウーヴァン・ディット……!オレの名は、プラシド……!」

 

 閃光が走り、彼の姿は宙へと消えていった。

 オレは一人、目を細める。

 すると―――静かに、“あの声”が響いてきた。

 

『……面白かったぞ。あの者の怒り、見下し、誤算―――すべてが滑稽で、美しかった』

「言ってくれますね、絶望神様。今のが“楽しい”って言えるなら、もうどんなデュエルも愉快なんでしょうね」

『この身が再び“絶望を与える側”に戻れたのは、貴様という器あってこそ……。ウーヴァン』

「光栄です。次も、頼みますよ。……絶望神様」

 

 夜風が吹いた。黒煙を流し、やがて空へと溶かしていく。

 闇の中、マシンを再び起動させながら、オレは一言だけ、小さく呟いた。

 

「さて……これでオレもイリアステルにとって価値があると認められましたかね。面倒くさそうですけど」

 

そのとき、端末から電子音が響く。

無言で接続。

 

「どうも。こちらウーヴァン。今度はどちら様?」

『……我々は再評価を行った』

 

 重厚なホセの声が響く。

 

『WRGP代表チームの一つに空白が空いた。そこに貴様を加える案が浮上している。プラシドの敗北を以て予定が変更になった故にな』

「それはそれは。急に評価してくださるとは」

『評価ではない。合理だ。お前の“異質”は、我々の予定調和を打ち破る一手となる』

 

 横から、軽やかなルチアーノの声が割り込む。

 

『なあ、出てくれるだろ?あんたが出た方が、面白くなるしさ?それに、今後の身の保証もしてやるよ』

「……検討させてもらいますよ。ただし、条件次第です。メンバーも揃えないといけませんし、オレは雇われの身。期待に応えるには、対価が必要ですから」

『交渉可能だ。……それに』

 

 ホセの声が、わずかに熱を帯びる。

 

『絶望の器がどこまで機能するか――それを見届けるのもまた、面白い』

 

 通信は、一方的に切れた。

 

「あーあ、また面倒なことになってしまいましたね。しかし、遊星達を導く一助になるってんなら安いもんだ」

 

 そして、ノワール・ワンを走らせる。人々の営みの光の中へと。

 




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