絶望神と共に行く遊戯王5D's   作:重症患者を救いたい

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前話では沢山の感想ありがとうございます!今回は《Wiraqocha Rasca》の治療です。


6話 飛び立つ地縛神!Wiraqocha Rasca 最初のステージ!

 翌朝、まだ夜の冷たさが残る午前四時。

 空は群青色に溶け込み、街灯の白い光が芝生に淡く差し込んでいる。

 こんな時間の公園には、オレたち以外の人影などまずないはず―――そう思っていた。

 しかし、その静寂の中に、不意に小さな羽音が混ざった。視線を向けると、ベンチのそばで一人の青年が立っていた。

 銀色の髪が微かな風に揺れ、指先には一羽の白い鳥が止まっている。鳥の頭を、落ち着いた所作でそっと撫でる仕草は、まるで物語に出てくる王子そのもの。見惚れて、俺は思わず息を漏らしてしまった。

 右目を時折隠す長めの前髪。その隙間から覗くアイスブルーの瞳は、冷たさではなく澄んだ静謐さを宿している。

 長身に見合う引き締まった体格は、フライトジャケットとワイシャツ越しにも分かるほどだ。オルデが小声で呟く。

 

「……やっぱ目立つよな。こんな朝方にいなきゃ、女共の心を捉えて離さなかっただろうよ」

 

 青年はやがて小鳥を空へ放ち、軽やかな羽ばたきが薄明の空に消えていくのを見送った。

 そして、こちらに気付くと、爽やかな笑みを浮かべる。

 ウェットティッシュで指先を拭いながら、一歩、また一歩と近づいてきた。

 

「やあ、私がディスカー・ド・スールだ。気軽にディスカーと呼んでくれ」

 

 その声は、低く柔らかい響きを持ち、早朝の空気の冷たさすら和らげるようだった。

 

「初めまして、ウーヴァン・ディットです。急に呼び出してすいません」

「構わないとも。毎日ここに通っているからね!オルデから用件は聞いているよ。君達と組んでWRGPに参加するんだろう?……私はしがない冒険家だから構わないが、《Wiraqocha Rasca》は乗り気でなくてね」

「やっぱ、難しいか?」

「うん。無理強いするのはよくない」

 

 そう言いながら、ディスカーはデュエルディスクを起動し、カードをスロットにセットした。

 次の瞬間、彼の身体に紫のラインが走り、小鳥ほどの黒きコンドルが現れる。

 その翼は力なく垂れ、頭は項垂れていた。

 

『本体が世界の破滅を齎さんとし、複製たるわたしがこのザマで、大舞台に立つなど……許されるのでしょうか』

 

 声に滲むのは誇りを失った深い落胆。

 神と呼ばれた存在の威容はそこになく、ただ自分を許せない者の影があるだけだ。

 オレは、その様子を見つめながら胸の奥で思案する。

 ―――これが、彼の切り札。実力だけでは測れない事情が絡む存在。

 果たして、力を借りるべきか、それとも。

 オルデは隣でじっとディスカーを見ていた。

 凪いだ表情を崩さないまま、その眼だけは相手の内側を探るように。

 どうやら、俺と同じくこの男の“本心”を測っているらしい。

 

「こりゃ、簡単にはいかねえわけだ」

 

 唇の端に、ほんのわずかな苦笑を浮かべる。

 

「不動遊星達シグナーとこの後顔合わせするのは構わねえよな? 出るも出ないも自由だが、存在を知っていて隠すなんてことは出来ねえからよ」

 

 ディスカーは一瞬だけ目を細め、その奥に揺れる色を隠さなかった。

 それは迷いか、期待か―――読み切れない。

 だが、返ってきた声は低くもはっきりしていた。

 

「無論だとも。君達の誘いがなければ、彼らに会う勇気も芽生えなかったから助かる。いいかな?《Wiraqocha Rasca》?」

 

 黒きコンドルは、少し間を置いてからかすれた声を返す。

 

『はい。弱きこの身に出来ることがあるならば……』

 

 その言葉は協力の意思にも聞こえるが、同時に自分を見下す諦念が深く滲んでいる。

 オレは眉をひそめた。

 

「別の意味で重症患者ですね。これは……」

 

 オルデは小さく笑ったが、その笑みは温かさと警戒心が入り混じる。

「なあディスカー。お前さん、こいつをどうするつもりだ?」

 

 挑発にも似た口調。それにディスカーは即答せず、視線をわずかに落とした。

 

「何かする、というよりは共に歩くつもりだよ。だが、彼女が立ち上がるにはきっかけが必要だ」

「きっかけ、ね」

 

 オルデの目が鋭く光る。

 

「ならやっぱりシグナーに会わせることが先決だな。まずは罪の意識を解くために、当事者である連中と話をすることが優先だ」

 

 オルデが静かに言い切ると、場の空気がひとつ落ち着いたように感じた。

 

「なら、あの人達の中でも一番真っ直ぐで、容赦のない奴をぶつけましょうか。荒療治ですけど、本当に立ち上がれるのかを確かめるためには必要なんでね」

 

 ディスカーはわずかに眉を動かす。

 

「試す、というのか」

「試すっていうか、殴り合いだな。デュエルで、だ」

 

 短いやり取りの中に、やるべきことがもう固まっていくのを感じた。

 紫のラインをかすかに光らせた黒きコンドルは、視線を逸らしながらも小さく翼を震わせる。

 

『……わたしが、それに耐えられるかどうか』

「耐えられるかじゃなく、やるかやらねえかだ」

 

 オルデが軽く肩をすくめる。

 

「朝飯食べたら、遊星達が待つポッポタイムへ行きましょ。その時まで、覚悟を決めておいてください」

 

 その一言で、場は次の行き先に向かって動き出した。

 朝四時の公園に吹く風が、遠くの空をわずかに明るく染め始めている。

 その先に待つのは―――容赦なき「試練」だ。

 

 

 遊星達の拠点――ポッポタイム。

 そのガレージには朝日が差し込み、風や鳥の声、葉のこすれる音が、近くでも遠くでもよく聞こえる。

 

「遊星とブルーノとクロウに面識のあるオレが先に行きます。オルデとディスカーは、合図したら来てください」

「おう、任せたぜ」

「よろしく頼む」

 

 まるで取材の許可を取りに行く段取りのようだ、と内心苦笑しながらドアをノックする。「はーい?」と明るい声でブルーノが応えた。

 

「ウーヴァンです。事前に伝えてた通り、二人ほど連れが増えたんですけど……そこも含めてお話させてもらってもいいかい?」

「構わないよ! どうぞ入って!」

 

 OKの合図に、手で丸を作って後ろへ伝える。

 

「失礼します」―――オレが先導して足を踏み入れると、オルデ、ディスカーが静かに後に続いた。

 

「よう、邪魔するぜ」

「招いてくれてありがとう」

 

 ガレージの中では、七人の男女が円を描くように立ち、こちらへ視線を向けていた。

 遊星、ジャック、クロウ、アキ、龍亞、龍可、そしてブルーノ―――その並びは、思わず息を呑むほどの存在感を放っていた。

 

「貴様か!遊星とクロウを倒し、機皇帝すら退けたというデュエリストは!」

 

 ジャックの紫苑の瞳が、獣のような鋭さでオレを射抜いた。

その視線の圧だけで、ガレージの空気がひりつく。

「ええ、そうですよ。そして運営側からWRGPに参加するよう頼まれましてね。こうして仲間を二人、連れてきたわけだ」

「俺はオルデ・ストロイ。職業はカードショップのバイト店員」

「私はディスカー・ド・スール。冒険者さ」

 

 自己紹介を終えても、剣呑な気配は消えない。

ライバルチームの不意の登場に、視線が刺すような警戒を向けてくる。

とくに龍可は、遊星の背に半歩下がり、怯えたように眉を寄せていた。

 

「龍可、どうしたの!?」

「龍亞……あの人たち、とてつもなく強い精霊を連れてる……!」

「ウーヴァンが持つ《アンチホープ》だけじゃないっていうの!?」

「そこからか。……じゃあ見せてやるよ。俺たちの神も自己紹介といこうじゃねぇか!」

 

 オレたちは無言でデュエルディスクを構え、それぞれのカードをセットした。

 その瞬間、ガレージに重苦しい圧力が広がり、壁も床もきしむように軋みをあげる。

 空気が震え、影がうねり、視界の端から色が抜け落ちていく―――まるで三つの異界が同時に口を開いたかのように。

 

『使い手に絶望を与える神とはもはや言わせぬ!我こそが混沌にして絶望の象徴、《絶望神アンチホープ》!』

『相手の総てを力とし、総てをぶっ壊す!俺様こそが破壊神、《邪神イレイザー》!』

『……わたしは《地縛神 Wiraqocha Rasca》。オリジナルの持つ奥義を失い、儚き存在となった無力な神……』

 

 三柱の神が揃った瞬間、光も音も飲み込むような沈黙がガレージを覆った。

 誰もが息を呑み、視線は否応なく“異形”へと吸い寄せられる。

 

「こ、こんな……三柱の神が同時に!……しかも地縛神までいるじゃねえか!」

 

 クロウの声が震え、隣のジャックは唇を引き結んだまま、鋭い目でオレたちを睨む。

 

「この圧……《アンチホープ》だけでもすごかったのに!」

「ええ……まるで、世界そのものが引き裂かれそうね……!」

「この神々が俺達の相手になるのか……!」

 

 しかし、龍可はただ一体を凝視していた。

 

「……あの《Wiraqocha Rasca》だけ、何か……違うわ」

「違うって?確かに、1体だけ弱気な感じだったけど」

「そうなの。神としての威圧感は確かにあるけど……それ以上に、すごく参ってる感じがする……ゴドウィンさんが使ったときとは全然違う」

 

 ディスカーが口元を歪め、苦笑を漏らす。

 

「正解だ。彼女はオリジナルではなく、ただの劣化コピー。そのせいで自信というものを持てずにいる。だから―――荒療治だ。ジャック・アトラス、貴方にデュエルを申し込みたい」

「……オレが、か?」

「他に適任はいない。それに、私は遠縁ながらゴドウィン家の血を引いている。あの兄弟の母の妹の孫、というわけだ。だからこそ、この《Wiraqocha Rasca》に選ばれたのかもしれない」

「……血縁的に微妙じゃねえか!」

 

 クロウが思わずツッコミ、場の空気にわずかな笑いが混じる。それでも、緊張の糸は張り詰めたままだ。

 

「ま、細けぇことはどうでもいい。受けないとは言わねぇよな?ジャック・アトラスさんよ」

「ここで尻尾巻いて逃げるようじゃ、王者のプライドはどこに行ったって話になりますからね?」

「フン……そんな挑発など不要だ。挑戦を退けるジャック・アトラスではない!いいだろう、そのデュエル―――受けてやる!」

「それでは……始めようか!」

 

 ディスカーの雰囲気が一変する。瞬間、ガレージに闘気の渦が迸る。お互いに決闘盤を構える。合図は要らなかった。

 

「「デュエル!!」」

 

 先攻はディスカー。一挙一動に観客の視線が集中する。

 

「私のターン!」

 

 カードを引くと即断即決で5枚のカードを手に取った。

 

「《クリッター》を守備表示で召喚。カードを4枚伏せてターン終了」

 

《クリッター》DEF600

 

 ディスカーが召喚したのは三つ目の毛玉の悪魔。サーチ能力を持つ制限カード。

 落ち着いた立ち上がりだが、4枚もの伏せカードは普通の相手ならば攻めあぐねる布陣だろう。

 

「貴様がどんな罠を仕掛けていようが関係ない!ただ押し切るのみ!オレのターン!」

 

 だが、ジャックは違う。小賢しい策が在ろうと力のまま踏みつぶす。そんな勢いでカードを引き抜いた。

 

「《ツイン・ブレイカー》を召喚!」

 

《ツイン・ブレイカー》ATK1600

 

 先鋒は二つの剣を携えた戦士。ステータスの低い守備モンスターが出ているこの状況であれば、有効に働く能力を持っている。

 

「バトルだ!《ツイン・ブレイカー》で《クリッター》を攻撃!」

 

 鋭い跳躍からの斬撃が悪魔を一閃。伏せは開かれぬまま、《クリッター》は消滅した。

 

「《ツイン・ブレイカー》には守備表示モンスターを攻撃した時、攻撃力が上回っていれば貫通ダメージを与える能力がある!」

「ぬっ……」

 

ディスカー:LP4000→3000

 

「しかし、《クリッター》の効果発動!デッキから攻撃力1500以下のモンスター……攻撃力100の《地縛神 Wiraqocha Rasca》を手札に加える!」

「あいつ、地縛神をもう呼ぶつもりか!?」

「だが、その前にパワーで押し切ってくれる!このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、もう一度攻撃が出来る!『ダブル・アサルト』ッ!!」

 

 勢いのままに戦士がディスカーに切りかかる。だが、そのライフを削ることはできなかった。

 

ディスカー:LP3000→3000

 

「《ガード・ブロック》を発動したのさ。戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする」

「フン、2撃目は防いだか。バトルはこれで終了だ。カードを2枚伏せ、ターンエン―――」

「そのエンドフェイズにまずは永続罠《心鎮壺》を発動させてもらうよ。貴方がセットした魔法・罠を2枚発動不可能な状態にする。さらに、《大捕り物》を発動!《ツイン・ブレイカー》のコントロールを得る!」

 

 投げ縄が戦士の身体を縛り、ディスカーのフィールドに手繰り寄せられる。

 

「なに!?そんなカードがあるならば、なぜ2回目の攻撃時に発動しなかった!?」

「君の手札に《トラップ・イーター》がある可能性を考慮したのさ。さあ、君にできることはあるかな?」

「……ターンエンドだ」

 

 策を封じられたまま、渋々ターンを譲るジャック。だがその静寂を破るように、ディスカーは口元をわずかに吊り上げた。

 

「さて―――ドローする前に宣言しよう。自信を失ってしまった彼女、《Wiraqocha Rasca》を……私はこのデュエルで、最高に輝かせてみせる!」

 

 その声音には、先ほどまでの柔和さとは異なる確信と熱が宿っていた。観戦者の空気が一瞬で張り詰める。

 

「いくぞ、私のターン!」

 

 力強くカードを引き抜く動作は、まるで新たな物語の幕開けを告げる鐘の音のようだった。あの男と《Wiraqocha Rasca》―――両者が真価を見せる時が来るのか。

 

「まずはフィールド魔法《死皇帝の陵墓》を発動!」

 

 瞬間、フィールド全体が薄暗い黄昏色に包まれた。地面が軋み、黒ずんだ石畳が足元へと這い上がる。背景には朽ち果てた宮殿の輪郭が現れ、天を突くような巨大な墓標が影を落とす。

 重く沈む空気が、まるで生者を拒むかのように肌にまとわりつく。その奥――崩れた階段の先には、玉座のような墓壇が見えた。そこには不在の王を待つかのごとく、黒い羽根が一枚、ゆっくりと舞い落ちる。

 

「ここは、彼女が再び羽ばたくための祭壇でもある」

 

 ディスカーの声が反響し、陵墓そのものが応えているかのように低く唸った。

その言葉と同時に、観客席の一角から鋭い声が上がる。

 

「あ、そうか! フィールド魔法が場にあるってことは!」

「ああ―――地縛神を呼び出す準備が整ったということだ」

 

 ざわり、とギャラリー全体がざわめく。その視線は、ディスカーの手札と《死皇帝の陵墓》を結び、ただ一つの存在を予感していた。

 

「続いて永続罠《リミット・リバース》を発動。攻撃力1000以下のモンスター――《クリッター》を蘇生しよう。これで輝くための場は揃えられた」

 

 フィールド中央に、小悪魔の影が這い出し、三つの瞳で周囲を見回す。

 

「いくぞ! 《死皇帝の陵墓》の効果! 私は召喚に必要な生贄の数×1000ポイントのライフを払うことで、リリースなしでモンスターが召喚できる!ライフポイントを2000支払い―――来い、究極の破壊を齎せ!《地縛神 Wiraqocha Rasca》!」

 

ディスカー:LP3000→1000

 

 ディスカーの足元から黒い波動が噴き上がり、空を裂く轟音が響く。天井が墨を流し込んだように黒く染まり、巨大な漆黒のコンドルが墓壇の奥から姿を現した。翼が広がるたび、観客席を不安と畏怖の風が貫く。

 

《地縛神 Wiraqocha Rasca》ATK100

 

「来たか―――地縛神!」

「《地縛神 Wiraqocha Rasca》の効果発動! このカードが召喚に成功した時、相手の手札の数まで―――上限は3枚までだが、私のフィールドのカードを対象にする!君の手札はちょうど3枚。対象カードは《大捕り物》、そして《ツイン・ブレイカー》、さらに《リミット・リバース》!これらすべてをデッキに戻し、その戻した数だけ相手の手札をランダムに捨てる!」

「な……!ゴドウィンが使った時とは、まるで別の能力……!」

 

 遊星からも驚きの声が漏れる。

 

「さあ―――輝いてしまおうか!」

『ああ……わたし、活躍できるのですか……!それでは―――行きます!』

 

 《Wiraqocha Rasca》が確固たる意思を込めてジャックの手札に視線を定める。口元がわずかに開き、そこから黄金の光線が奔る。光は対象となったカードの象徴を撃ち抜き、眩い閃光とともに霧散させた。

 

「そして―――捨てた枚数分、《Wiraqocha Rasca》の攻撃力は1000ポイントアップする! 捨てた枚数は3枚―――よって、攻撃力は3000アップだ!」

 

 直後、地縛神の巨体から溢れる圧力が倍増する。漆黒の翼が大きく広がり、ただ飛翔しているだけでフィールド全体を支配するほどの威圧感が放たれた。

 

《地縛神 Wiraqocha Rasca》ATK100→3100

 

「ええっ!攻撃力3100!?」

「自分のカードを戻す大きなデメリットがあるけれど、それを《大捕り物》で2枚分補ったのか!ディスカー、彼もまた油断ならないデュエリスト……!」

「お褒めに預かり光栄だよ。そして、《リミット・リバース》が場から離れたことで《クリッター》は自壊する。そして効果発動!」

 

 三つ目の悪魔が砕け散り、ディスカーのデッキから1枚のカードが差し出された。

 

「攻撃力1500以下のモンスター……攻撃力300の《クリボー》を手札に加える」

「あいつの動きには無駄がねえ!」

「しかも、ジャックのフィールドには《心鎮壺》で封じられたセットカードが2枚だけ。手札は全て捨てられてしまったわ。圧倒的に不利な状況……!」

「くっ……!」

 

その横で、《地縛神 Wiraqocha Rasca》が低く唸りを上げた。先ほどまで狂気に揺れていた瞳は、今や澄んだ色を帯び、射抜くような光を放っている。

 

『わたしは……戦える……いや―――輝ける……!』

 

 その声は確かに正気を取り戻しつつあった。まるで、自らの存在価値を取り戻す瞬間を全身で噛み締めているかのようだった。

 

「……あ、さっきまで元気なさそうだったのに……」

「ああ、《Wiraqocha Rasca》の様子が……違う」

「使い手のおかげで、自分を活かされているの。カードが喜ぶはずだわ」

「派手に盛り上がったところで、バトルと行こう!」

 

 ディスカーが片腕を大きく振り上げると同時に、漆黒の巨鳥が空へ羽ばたく。

 

「《地縛神 Wiraqocha Rasca》!ジャックに―――ダイレクトアタック!『デス・シンギュラリティッ!!』」

 

 大地を裂くほどの咆哮。《Wiraqocha Rasca》の口内に凝縮されていくのは、光と闇が渦を巻き、重力そのものを捻じ曲げるかのような黒き球体。

 次の瞬間、爆ぜるような衝撃波と共に、それは一直線にジャックへと放たれた。

 

「ぬうううううっ……!!」

 

ジャック:LP4000→900

 

「す、すげえ……! さっきまであんなに弱々しかったのに!」

「完全に戦場を支配している……これが地縛神の本気か!」

 

 黒球が弾けた後、ジャックの周囲に黒煙が渦を巻く。

その奥からジャックの鋭い眼光が突き刺さるが、すでに観客は圧倒されていた。

 

「ディスカーの奴、やるじゃねえの……」

「ええ、これで形勢は完全にあいつの方へ……」

「おのれ……!」

 

 煙の向こうから、低く絞り出すような声。

 だがその声音には、闘志の火がまだ消えていない。

 

「私はカードを1枚伏せてターン終了だ。さあ、かかってきたまえ!」

 

 余裕すら漂わせてターンを譲渡するディスカー。

 悔しげに歯を食いしばりながらも、ジャックはデュエルディスクを構え直し、デッキトップに指をかけた。

 

「この程度で屈するものか!オレのターン!」

 

 カードを引いた瞬間、ジャックの瞳が一気に見開かれる。

 

「……来たか!」

 

 どうやら、この盤面をひっくり返すカードを引き当てたようだ。

 

ディスカー

LP:1000

Hand:2(1枚は《クリボー》)

Monster:《地縛神 Wiraqocha Rasca》

FieldMagic:《死皇帝の陵墓》

Magic&Trap:Set1+《心鎮壺》

 

ジャック

LP:900

Hand:1

Monster:

FieldMagic:

Magic&Trap:Set2(《心鎮壺》で封じられた状態)

 

「オレは貴様のフィールドの永続罠《心鎮壺》を墓地へ送り、チューナーモンスター《トラップ・イーター》を特殊召喚!」

 

 ばくん――大口が罠を丸ごと喰らい尽くす。

 その顔面が身体の大半を占める、異形の悪魔が姿を現した。

 

「おっと、今引いたのか。……少しまずいかな」

「これで封じられていたセットカードが解き放たれた! リバースカードオープン!《強化蘇生》!」

 

 光の鎖が墓地に伸び、封印を破る。

 

「墓地より《マジック・ホール・ゴーレム》を、そのレベルを1上昇させた状態で特殊召喚!」

 

 浮遊するリング状の石像が、重々しい音を響かせながら姿を現す。

 本来レベル3のそれは、《強化蘇生》の効果でレベル4に引き上げられていた。

 

「合計レベルは8だ!」

「いくのか、ジャック……!」

「レベル4となった《マジック・ホール・ゴーレム》に――レベル4の《トラップ・イーター》をチューニング!」

 

 王者の鼓動が轟き、臣下たちは星となって宙へ舞う。

 交錯する光の円環、列を成し、溶け合う輝き。

 その中心から降り立つは、生まれながらにして覇を握る者―――。

 

「王者の鼓動、今此処に列を成す! 天地鳴動の力を見るがいいッ!―――シンクロ召喚!我が魂―――《レッド・デーモンズ・ドラゴン》ッ!!」

 

 灼熱の猛りが空間を焼き裂き、紅蓮の血潮が竜の身を染め上げる。

 圧倒的な筋肉と翼を備えた紅蓮魔竜は、禍々しさと雄々しさを同時に放ち、降誕の咆哮を響かせた。

 

「やったあ!《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の召喚だ!」

「けど、まだ《Wiraqocha Rasca》の方が攻撃力が上よ」

「さらに教えておくべきことがあるね」

 

 ディスカーは淡々と告げる。

 

「地縛神が攻撃対象にならないのは知っているだろう?だが―――オリジナルと違い、コピーされた地縛神共通の効果として、フィールドにこのカードしかいない場合、相手は攻撃を行うことが出来ない。つまり、いくら攻撃力を上げても、《Wiraqocha Rasca》にも私にも攻撃は届かない。……もっとも、効果耐性はないのだけれどね」

 

 静かに事実を並べるその声音。だが、あのジャックが無策で切り札を呼び出すはずがない―――観客の誰もが、次の一手を固唾を呑んで待つ。

 

「そんなことは百も承知だ!」

 

 ジャックの声が鋭く響く。

 

「もう1枚のリバースカードを発動! 永続罠《デモンズ・チェーン》!《Wiraqocha Rasca》の効果を無効にし、さらに攻撃も封じる!」

 

 漆黒の鎖が虚空から伸び、巨鳥の翼も足も容赦なく縛り上げる。鎖は蠢き、まるで生き物のようにその力を吸い上げていく。

 

『そんな……折角得た力が……』

 

《地縛神 Wiraqocha Rasca》 ATK3100 → 100

 

 羽ばたきもできず、巨躯は無様に萎み、かつての威容は影を潜めた。

 

「バトルだ! 《レッド・デーモンズ・ドラゴン》! 《地縛神 Wiraqocha Rasca》を蹴散らせ!!『アブソリュート・パワーフォース』ッ!!」

 

 王者の咆哮に応じ、竜は滾る炎をその拳へと集約する。熱が空気を歪ませ、拳の周囲には灼熱の渦が巻き上がった。

 一気呵成――風を裂き、天地を震わせる掌底の一撃が、地縛神へ叩き込まれる。炎は羽毛も肉も容赦なく焼き尽くし、その巨躯を紅蓮の中に呑み込んだ。

 

「……っ! 手札の《クリボー》の効果! このカードを捨て、戦闘ダメージを0にする!」

 

 燃え盛る中、黒い影が飛び出し、衝撃を和らげて消える。

 

「だが―――貴様は切り札を失った!」

 

 灼熱の爆風が収まり、紅蓮の中から姿を現したのは、なおも堂々と翼を広げる《レッド・デーモンズ・ドラゴン》だった。

 対するディスカーは、口元を僅かに引き結び、視線を逸らすことなく睨み返していた。悔しさを隠す余裕はない―――だが、その奥にはまだ何かを企む光が潜んでいる。

 

「やっぱりジャックはすごいよ!」

「地縛神を倒したぜ!」

「これで流れは完全にジャックのものね!」

 

 歓声が波のように押し寄せる。その熱狂の渦の中で、ただ一人、ディスカーだけが微動だにせず、唇の奥で何事かを呟いた。

 ―――まだだ。

 それに気づいたのは、オレとオルデ、そして遊星とブルーノだけだった。熱狂に呑まれず、冷静に状況を見据えていた者たち。

 

「オレはこれでターンエンド―――」

「待ってもらおう。そのエンドフェイズにリバースカードを発動する。《終焉の焔》。闇属性モンスターのアドバンス召喚に使用可能な「黒焔トークン」を二体、特殊召喚する」

 

 瞬間、ジャックのフィールド前に、地面を焦がすような黒い炎がぼうっと灯る。

 その炎の中心には、単眼のような光がぎょろりとこちらを見据え、不気味に瞬いた。二つの影炎が、まるで意志を持つかのようにゆらゆらと蠢く。

 

「……ターンエンドだ」

 

 その召喚の意図に、果たしてジャックは気づいているだろうか―――あるいは、気づかない方が幸せなのかもしれない。

 

「では、私のターンだ」

 

 静かにカードを引き、指先で一度だけ軽く弾く。その仕草と同時に、わずかに口元が吊り上がった。

 

「《ダーク・バースト》を発動。墓地に眠る攻撃力1500以下の闇属性モンスター―――《地縛神 Wiraqocha Rasca》を手札に戻す」

「今さら手札に加えたところで、そのカードの特殊能力は発揮されん! オレの手札は0枚。捨てる手札がなければ、攻撃力は上昇しない!」

「確かにそうだね」

 

 ディスカーは軽く頷き、その目を細める。

 

「だが――今回私は、彼女と共に勝利を得たいんだ」

 

 両腕を大きく広げると、フィールドに浮かぶ二体の「黒焔トークン」が、まるで呼応するように轟音を上げて燃え盛った。黒炎の中の単眼が怪しく輝き、次の瞬間、天空へと吸い上げられるように消え去る。

 闇雲を裂いて降り注ぐ稲光――その中心から、巨大な影が羽ばたきながら姿を現した。

 

「二体の「黒焔トークン」をリリースし―――《地縛神 Wiraqocha Rasca》、アドバンス召喚!」

 

 フィールド全体を覆い尽くすほどの漆黒の巨鳥。その一鳴きで、観客の熱気すら――別の意味で―――一瞬にして凍りつかせた。

 

《地縛神 Wiraqocha Rasca》ATK100

 

「特殊能力が発動しない、たった100の攻撃力のモンスターを召喚だと? 一体何を考えてんだ?」

「ええ。地縛神には直接攻撃の効果が備わっているけれど、攻撃力が足りなすぎるわ」

 

 クロウとアキが困惑の表情を浮かべる。フィールドに君臨する巨鳥自身も、戸惑いの声を漏らした。

 

『なぜ……?この盤面で、わたしを呼ぶ意味は……』

 

 ディスカーは視線を上げ、巨鳥の瞳をまっすぐに見返す。

 

「あるとも。デュエリストたるもの、エースモンスターをエスコートできなくてどうするんだい? それが可憐な鳥なら、なおさらね」

『……まあ』

 

 巨鳥はわずかに羽根を震わせ、照れ隠しのように視線を逸らす。

 だが――――その愛嬌の裏に潜む意図を、ほとんどの観客は察していない。そう、残る手札一枚。そこに鍵がある。

 

「……これが最後のカードだ!」

 

 ディスカーが掲げたカードは、黄金に輝く装備魔法。

 

「装備魔法《団結の力》を発動! 《地縛神 Wiraqocha Rasca》に装備!」

 

 巨大な漆黒の翼に、まるで鎧のように光の装飾が絡みつく。輝きは脈動し、巨鳥の身体を包み込んだ。

 

「このカードは、自分フィールドの表側表示モンスター1体につき、攻撃力を800ポイント上昇させる!」

「え? でもフィールドには《Wiraqocha Rasca》だけじゃん!」

「そう、その通りだ。だから―――攻撃力は800だけ上がる」

 

《地縛神 Wiraqocha Rasca》ATK100 → 900

 

 観客席がざわめいた。だが、その中でジャックだけは息を呑み、目を見開く。

 

「まさか……!」

 

 遊星が低く告げる。

 

「ジャックのライフは900。《Wiraqocha Rasca》の攻撃力も900……」

 

 ブルーノが理解し、声を上げた。

 

「つまり―――直接攻撃が通れば、逆転勝利だ!」

 

 ディスカーの口元に、悪戯めいた笑みが浮かぶ。

 

「そういうことさ。エースは、最後までエスコートされてこそ輝く――――行け、《Wiraqocha Rasca》!『デス・シンギュラリティ』ッ!!」

 

 巨鳥が天を突く咆哮を放つ。その翼は夜空を裂く刃のように広がり、ギャラリーの空気を震わせた。

 次の瞬間、闇と光をまとった巨躯が一直線にジャックへと迫る―――。

 伏せカードは存在しない。《バトルフェーダー》は効果によって捨てさせられた。墓地で発動する効果もない。―――防ぐ術は、ない。

 ジャックの目がわずかに見開かれる。その炎のような視線は、恐怖ではなく――迎え撃つ覚悟を示している。

 

「……来いッ!」

 

 疾風の中、地縛神の巨体が一直線にジャックへと襲いかかる。翼の一閃が視界を覆い尽くし、鋭い嘴が勝利の一点を穿った。

 瞬間、フィールド全体を覆う衝撃波が爆ぜ、王者のライフポイントが無情にもゼロを示す。

 

ジャック:LP900→0

 

 轟音が静まった刹那―――ギャラリーは再び静寂に包まれた。

 そして、その中心で、ディスカーはただ静かに笑っていた。

 

「……これが、私と彼女の勝ち方さ」

 

 巨鳥は誇らしげに翼を広げ、天井を旋回する。その姿は、まるで勝利を讃える旗のように黒々と輝いていた。

 

『素晴らしい。こんなわたしでも、勝利を得られるのですね……あなたを選んでよかった、ディスカー』

「こちらこそ!そしてジャック、いいデュエルだった」

 

 ジャックは唇を結び、わずかに笑みを浮かべる。

 

「フン、今回は貴様の勝ちだ。だが、オレは何度でも立ち上がる。次はこうはいかんぞ」

 

 固く握られた手が、互いの健闘を確かめ合う。熱い余韻の中、確かな絆が芽生えた瞬間だった。

 

『で、どうだ?《Wiraqocha Rasca》ちゃんよ。WRGPに出る気になったか?』

『ふん、貴様……ディスカーに惚れたな。我も含め、全員がお見通しだぞ』

 

 《邪神イレイザー》と《絶望神アンチホープ》が、勝利の立役者に容赦なくちょっかいをかけてくる。

 

「うわ、出ましたね」

「ったく、神様ってやつは余韻ってもんを知らねえな」

『そんなもの、答えは決まっているでしょう。―――わたしは、わたしを信じたデュエリストたちと共に、WRGPという舞台で羽搏きます!』

「ああ、共に行こう!」

 

 巨鳥は誇らしげに翼を広げ、その瞳には確かな自信が宿っていた。

 そして、きらりと歯を輝かせるディスカーの笑顔が、ガレージの熱気を再び高めた。

 

「さあ、自己紹介と懸念事項は解決しましたよ。この神様達も無害であることがわかっただろ?」

「WRGPで待っているよ!」

「本番までには、ちったぁマシな実力をつけてこい。俺達はチーム・リベリオン!―――創造主の意志に叛逆する神、それを従えるチームだ!」

 

 オルデが指先を突きつけ、挑発の火花を散らす。

 

「ああ、大会では負けない!」

「次こそは必ず勝つ!」

「その鼻っ柱へし折ってやるぜ!」

 

 遊星たち新進気鋭のチームと、神を従える反逆者たち。

 その衝突は、WRGPという舞台で避けられない。

 世界を震わせるデュエルまで――あとわずか。

 

 

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