うぉアッマッ! うぉデッカッ! うぉキッツッ! 作:所羅門ヒトリモン
好意について考える。
恋について考えると言い換えてもいい。
冷静に考えて、少しの好意も持っていない相手に女の子がスキンシップを取るだろうか?
否である。
僕は鈍感系ではないので確信しているが、乳神家の双子姉妹は九割の確率で僕に好意を抱いているだろう。
たとえ男女の人口比が偏重し、よく分からないR18エロゲ的な歴史を持つこの世界でも、男女の貞操観念は基本的に前世と同じだ。
世の女性のほとんどが旺盛な性欲を持っているワケではないし、数少ない男の価値観が「女子って不潔……!」みたいになっていることもない。
というか、この世界では二十年以上前、英雄的且つ伝説的に散って逝った男性たちが多くいて。
彼らの残した功績や偉業のために、およそ旧時代の男尊女卑めいた思想・価値観が深く一般化してしまっているまである。
とはいえ、
この世界に生きる希少な男性たち。
僕も含めた彼らは、旧時代の悪しきとされたステレオタイプに遡行してはいない。
普通、これだけ男にとって都合のいい環境で生きていたら、どんな聖人君子でも次第に増長して王様気取りになりそうなものだけれど、少なくとも現在の状況でこれはちょっと考えにくい。
というのも、まず単純に男女の絶対数に差があり過ぎるんだ。
現在の世界を動かしているのは女性。
社会に必要な重要な歯車を回しているのも女性。
西暦2200年代。幸いにも高度に発展して廃れることなく存続している倫理観と道徳心のおかげで、男性保護法なんてものが敷かれているけれど、今現在の世界の仕組みを知れば知るほど身に染みて理解できる。
僕ら男は、生殺与奪の権を握られているに等しいと。
大袈裟な言い方だよね。
でも事実だ。
極論、僕らは周りの女性に徒党を組まれて、寄って集ってリンチされるだけで死ぬ。
少数派よりも多数派の方が強いのは当たり前。
そんでもって、この世界の人類社会をいま運営しているのは女性でしょ?
僕らは圧倒的に管理される側の立場にある。……これで王様気取りのバカ野郎が現れるかと言えば、ね?
そんなワケで、僕がなんで前時代の男性たちに感謝を抱いているかといえば、彼らの偉業と功績がマジで高潔過ぎたおかげで、二十年以上経ってもこの世界の女性には男性を尊重する意識が最低限以上に残されているためだ。
淫神も淫魔も、僕は教科書の挿絵や写真くらいでしか知らないけど、マジモンの化け物と戦って勝利までした彼らには素直に尊敬の気持ちが湧いてくる。
もちろん、それは現職の『退魔師』である彼女たちにも適用される話だよね。
要するにだ。
僕はこの世界での自分の立ち位置を弁えている。
常識も理解しているし、周囲の女性がどのような価値観をベースに日々を過ごしているかも大体は分かっている。少なくとも、自分ではそのつもりでいる。
だから思うんだけど、この世界の女性は男性に対して、より〝男性的な属性や言動〟を求める傾向が高い。
これはミク姉とマコ姉の例からしても、ほとんど疑いようがない事実だ。
そして僕は、彼女たちの望みに極力応えようというスタンスの男である。
何故ならば、生活のほとんど、人生の大半を実質的に支配・管理されている側の存在として、女性の反感や不興を買ったりするようなムーブメントはぶっちゃけデメリットしかないのがひとつ。
次に、僕個人のやりたいコトと、女性たちから求められるコトにそこまでのギャップが存在しない点。
僕は前世の不甲斐なさを後悔している。
パートナーを男なのか女なのかもよく分からない他人棒に寝取られるなんて、もう二度と体験したくない。
今世ではせっかくゲタを履いているんだから、是が非でも青春にリベンジしたいさ。
具体的に言えば、周囲の異性を自動的にメス顔にさせる上位雄になって。
──で、この願望にはどうしたって親密な間柄の異性が必要不可欠になるだろう?
関係性の数値を、初期値のゼロからプラスに変える。
つまり、一般的なグッドコミュニケーション論から鑑みても、誰かと友だちになったり交流を重ねるには、ズバリ相手の喜ぶことや好きなことを提供するのが基本的なセオリーだよね。
僕の望み・目標・夢は、そういう意味でまさしく趣味と実益を兼ねていた。
こうして九十九坂にやって来て、一年以上が経過したいま。
乳神邸は高級旅館みたいでめっちゃ広いけど、一つ屋根の下で一番身近に長く暮らさせてもらっているんだぜ?
彼女たちから少なくない好意を持たれるようになるのは、当然といえば当然と言いたい。
……逆に、これでまだ好感度ゼロとかマイナスとかだったら、僕は本当に自分が嫌いになっていたところだ。
しかしながら、好意にもレベルがあるよなぁ……って最近はよく思う。
たとえば、誰かに恋をしたときって、その誰かが他の人間に取られたら嫌だなって気持ちを〝恋心の自覚トリガー〟にしていいと思っているんだけど。
やや厄介なことにこの世界では、一夫多妻制が復活してしまっている。
世の女性たちも、この制度の復活を歓迎するように受け入れてしまっている。
ひとりの男性を本当の意味で独占するような拉致監禁は重罪扱いだ。
そうなってくると、〝恋心の自覚トリガー〟すなわち嫉妬や独占欲に関して、この世界の女性たちは自ずと封をしていることになる。
……分かるだろうか? つまり見えづらいのだ。こちらからもジャッジを下せる判断材料が。
ミク姉やマコ姉たちに、僕は好意を持たれているだろう。
だけどそれって、本当に〝ちゅきちゅきだいちゅき♡ らぶちゅっちゅ♡ ほうりつなんかしらない♡ わたしだけをみて♡〟な状態なのか。
それとも、〝世間は一夫多妻制が当然なのだし、独占欲なんて下手したら逮捕……ダメダメ!〟程度の堰き止め切れてしまう想いなのか。
僕は……自分でもどうなんだと思うけれど、後者より前者の方が気持ちがいいんじゃないかと考えてしまう。
きっと前世で、快楽でズブズブに溺れているパートナーを見てしまったせいだ。
僕もあんなふうに、ズブズブに蕩けた顔で愛されたい。
そんな欲求が生まれてしまったがために、僕の中の恋の基準までが跳ね上がってしまった感覚もある。ああ、分かってる。これってマジで〝歪み〟なんだろうな……。そう思っていても、自分でももうどうにもできない。
僕はもどかしさに喘ぐ。
好かれている自信はある。そのように努力しているんだから当たり前だ。
けど、まだまだ深いところまで好意のレベルは達していない。どうしてもそう思ってしまう。
僕にとって恋とは、あの日垣間見たベッド上での光景。アレが基準値。
よって僕自身にも未知数で得体の知れない……恐らくは快楽の境界とでも言うべき彼方にあるのだった。
乳神
乳神家の当主であり双子姉妹の母親であり、九十九坂ではそれなりに名と顔の知れた乳神神社の巫女頭でもある女性。
彼女の属性は、色白。清楚な美人顔。パッチリとして鈴を張ったように澄んだ黒瞳。スベスベプルプルとした艶めきボディ。母親。義母。歳上。大人。ママ。バリキャリ。巫女さん。スーツも和服も似合うクール&ビューティ。大和撫子。実はかなり寂しがり屋。厳格で教育的。綺麗好きで家事好き。趣味は高級家電蒐集。そして禁欲家。
僕は宝香さんと呼んでいる。
彼女は大人であり、初対面の顔合わせの時にも物凄くしっかりとした性格を窺わせてくれた立派な女性だ。
「柊木さん。……いえ、柚子太郎さん」
「あ、はい!」
「これからは私が貴方の保護者です。でも、男性だからといって変に甘やかされるとは思わないでくださいね」
むしろ逆ですと。
宝香さんは最初に、ハッキリ宣言した。
「私は貴方が、将来どこに出ても恥をかかないように、世間一般の基準よりも立派な男性として厳しく育てるつもりです。これまで貴方を育ててくださった柊木家の方々に、決して頭を下げずに済むよう、きちんと責任を果たしますから」
「────」
僕は思わず、呆気に取られたのを今でもよく覚えている。
中学卒業までの間、僕の養親を務めてくれたのは二人の女性だった。
異性間結婚ではなく同性間結婚で結ばれた彼女たちは、赤ん坊だった僕を引き取った時点で結構な年齢であり、しかしながら、激動の時代をナマで目の当たりにしてきた世代だからか。
僕の面倒を見るにあたって、とてもエネルギッシュにパワフルに、それでいてフレキシブルに愛情を注いでくれた
ご近所さんからはマダムカップルなんて呼ばれたりもしていて、人前では常に上品な振る舞いをする二人で。
老齢とデザイナベビー云々にまつわる特殊事情さえ発覚しなければ、僕は最後まで彼女たちの家で暮らしていくものだと思っていた。
まぁ、それだけ居心地のいい場所だったのだ。
そんなある日に、貴方は退魔師に保護されなければいけないので、今日からこの人が保護者です! なんて通告されたところで。
僕に限らずとも、多少気鬱に思ってしまうのは仕方のない人間心理だと思う。
けれど、そんな僕に宝香さんは言ったのだ。
「……ちょっと、聞いていますか?」
「──ぁ、すいません。少し嬉しかったもので……」
「嬉しい?」
「はい。貴方がいいひとで良かったなって」
「……どういうことですか?」
「どうしようと思っていたんです。僕のこれまでを、今日からとつぜん無かったものとして扱われてしまったら」
この世界の女性たちの中には、なんというか僕ら男性との関係性を自分が思い描いた通りのカタチにしたがる人種がいる。
……いや、そんなのは多かれ少なかれ、誰にだって当てはまる話ではあるのだけど……そうだな。
僕がこのとき危惧していたのは、〝今日から私たちが貴方の家族なんだから、これまでの家のことは忘れなさい──〟的な圧力があったらイヤだなぁ、ってなところだった。
この世界では特に、養親や保護者といった立場に座る女性たちは権力者であるパターンが多い。
そうなると、如何に法整備がなされていたところで、隠れた裏側では逆光源氏計画みたいなコトも多いんじゃないかとネットの世界では噂されていたんだ。
田舎の地主で由緒正しき神社の巫女一族だなんて、ほら、穿った見方をすれば如何にも閉鎖的な因習とかありそうだし。
宝香さんの最初の一言を聞いて、僕はいくらか安心したんだよね。
それに、立派な男性として厳しく育ててくれるっていうのも、今世では自分磨きに全ベットするつもりの僕にとっては願ったり叶ったりでもあった。
宝香さんからしたら、いきなりなんのこっちゃだったとは思うけれどね。
「……よく分かりませんが、貴方の人生は貴方のものです。男性なら、堂々としていなさい」
「はい」
「女性からもし、なにか理不尽を言われるかもと恐れているようなら背筋を伸ばしなさい。せっかく上背があるのですから」
「はい、そうですね」
「ええ。私は雄々しく、常に胸を張っている男性を好ましく思いますよ」
宝香さんはそこで、優しく微笑んだ。
まだ三十四歳。いや、この時は三十三か。
双子姉妹の母親にしては若すぎる実年齢と外見の持ち主なのに、僕はすごく大人の包容力を感じてしまった。
「これからよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
気づけば深々と頭を下げて、そうして九十九坂での新生活に歩み出したのが、今ではもう一年以上も前のこと。
梅雨の雨は涼やかな風を運んで、まれに春の肌寒さを思い出し、我々青人草に衣替えを早まったかと思わせる日もある。
クール&ビューティな宝香さんは、日頃、旧都を中心に九十九坂の土地をコロコロと転がしたりしていて、神職の仕事以外でも忙しない日々を送っているバリキャリだ。
神社の巫女さんが土地転がしなんて、ちょっとどうなんだ? って世間からの眼差しもあるはずだけど、そこは前世と今世の違い。
乳神神社の退魔巫女が扱う土地なら安心できるという話で、九十九坂内外では広く受け入れられているようだ。
──昔は工事や建築時の単なるお祓い係だったのが、時代の流れとうねりで、気がつけば正式な利権まで預かるようになってしまって今に至ります。
宝香さんは時折り、疲れを隠せない顔で遠い目をしている。
この頃は季節の変わり目ということもあって、余計に疲れが溜まりやすいのだろう。
しかしながら、たとえ休日であっても宝香さんは気を抜かない。
家でも恐るべきスーツスタイルだ。デキる女は部屋着などという概念を持たない。常にスタイリッシュにキメているものなのだろう。メリハリのありすぎるプロポーションを包むのは特注のスーツだとか。
普通、胸の巨きい女性はどんな服を着ても太って見えてしまいがちなのに、宝香さんのスーツは不思議とボディラインに沿ったシルエットを作り出し、もともとの肌の色が白いのもあって、黒地の生地もとてもよく映えている。ハイウェストでタイトなミニスカートも、そこから覗くストッキングの曲線も、やはりまだまだ若々しいためかキツさを感じさせないし大変魅力的だ。ミク姉とマコ姉よりも素晴らしい胸の丸みも、またさすがである。しかし、前はこんなにスカート丈が短くなかったような気もするが……まぁ梅雨だからな。
日曜日。
「柚子太郎さんに服を買うのはいいとして、どうしてまたこのセンスなの……」
「ママ! やめて! せっかく昨日買ってきたのよ!?」
「没収です。舞恋さん。何度言えば分かるんですか? 貴方、柚子太郎さんに反●のレッテルを貼りたいのかしら……」
「ブフッ!」
ミク姉が茶の間で緑茶を吹いた。
宝香さんは涙目で懇願するマコ姉から、容赦無く例の法被を奪い取る。
マコ姉は床に「ああっ!」と倒れ、とうとうびえ〜ん顔になった。大 変 だ !
「宝香さん! 僕は気にしませんよ!」
「バカを言わないでください、柚子太郎さん。頬を打ちますよ」
「受けて立ちます!」
バチンッ!
僕は空中を半回転して縁側に吹き飛んだ。
くそぉ。退魔師の身体強化、ズルすぎるだろ……まだまだ鍛錬が足りないなと悔しくなる。
だが忘れるな。いつか僕は、こうして教育モードになって実力行使も辞さない時の宝香さんからの
と、僕が縁側に沈んでいくと、ミク姉が心配そうにオロオロし、マコ姉はついに泣いた。
「うわーん! ママのバカ! なんでこれのカッコよさが分からないのよ!?」
「舞恋さん。貴方のファッションセンスからは邪を感じます。今日は涼しいですし、お山で清澄な気を取り入れて来なさい」
「な、え? 雨降ってる日に滝行!? かわいくないの!? 娘!」
「かわいいですよ。でも霊力を回せば問題ないはずです。退魔巫女のお役目を思い出しなさい。美丘さん、ちょうどいいですね。貴方も一緒にやって来るように」
「!? な、なんで私、まで……!?」
「口に含んだものを吹き出すなんて、はしたないですよ。さぁ、立ちなさい。夕方まで帰ってきてはいけませんからね」
「そん、な──」
愕然とするミク姉は、ガビーんとショックを受けながらも宝香さんには逆らえないのか。
ぎゃぁぎゃぁ駄々をこね始めていたマコ姉を引っ掴むと、ズルズルと茶の間を出て行った。
こう言う時ばかりは、姉妹の姉と妹とで〝らしい〟関係性が垣間見える。
二人ともこの後は、巫女服に着替えてお山に登り、数日ぶりに退魔巫女修行に励むのだろう。
日曜日の昼前なのに、宝香さんは実に厳しい母親だった。
──冷たい雨音が、縁側の木板を通して乳神邸の静謐を伝える。
サァァァァ、サァァァァ。
雨の勢いは激しくなくて、風の強さも微かだ。
カーテンのように揺れる庭先の雨垂れは、今日の雨がゆっくりと長く続くことを意味している。
姉妹が玄関を出て、しばらく経った。
屋敷内にいるのはふたりだけ。
その間、僕も宝香さんも何かを予感していたように口を開かず。
ただ奇妙な、視線すら合わさない沈黙が続いていた。
だがやがて、僕が堪えかねたように体勢を直して茶の間を後にしようとすると、
「ぁ、柚子太郎、さん……」
「ん? なんですか、宝香さん?」
「その……部屋に」
「部屋?」
「私の部屋に、来てくれませんか?」
「それって、もしかして……」
「……はい。
甚平の背中を摘まれ、振り返って尋ねると俯き美人。
宝香さんは恥ずかしそうに、あるいは普段の殻を慎重に破り捨てるかのように、声を震わせながら勇気を奮って僕に頼み込む。
こういう宝香さんは、初めてではない。
僕は充分に何を頼まれているのかを察し、真剣に頷いた。
「分かりました。宝香さんの部屋に、行きましょうか」
宝香さんはうなじまで赤くしながら、こくん、と頷く。
縁側に出て、雨の音が静かに響く廊下を進み、大人の女性が娘と同じ年頃の異性を自室へ案内する。
そして、部屋の前まで来ると宝香さんは「ここで、少し待っていてください」とひとり先に部屋の中へ。
楚々とした仕草で戸を開けて、滑り込むように姿を隠す。
おあずけだ。
僕は天井を仰いで、気を宥めるために深呼吸を繰り返した。
しかし、焦る必要はない。
宝香さんはいま、戸を一枚隔てた向こう側で着替えているだけだ。
着替えが済めば戸は開かれ、僕は彼女に招き入れられる。
前回は身嗜みを整えるのにやや手間取ったのか、十五分くらいかかった。
ならば今回もそれと同じくらいの時間だろう。
腕の筋肉の上で血管が、バキバキと浮かび上がる。
いっそ合図を待たずに今すぐ戸を開けてしまえば、どれほど素晴らしいものが待ち受けているだろうか。
内なる獣に首輪を嵌めて、必死に鎖に繋ぐ時間だった。
──が、頑張って我慢している俺の苦労も知らないで。
十五分が経過しても追加で十分が経過しても、戸は一向に開く気配が無かった。
「……宝香さん? 大丈夫ですか?」
「あっ! そ、そのっ、ごめんなさい。もう少し待っていてください……!」
「……はぁ」
部屋の中からは焦ったような声。
もしや何か、不測のトラブルでも起こったのだろうか?
待たされる間の掻痒感。
それに加えて、本当に心配な気持ちが湧いて来て、戸のすぐ目の前で直立してしまう。
一ミリ先だ。たった一ミリ先なんだ。
だが僕は、女性の部屋に同意もなしに侵入するほど不埒な男ではない。
歯がゆい思いに苦しめられながらも、そこからさらに五分、十分と待ち続けた。
まぁ、さすがにそこまでが限界だった。
「宝香さん。何か困ったことになってはいませんか?」
「ゆ、柚子太郎さん……でもこれは……」
「大丈夫です。助けが要るなら、遠慮しないで。いまこの場所には、宝香さんと僕しかいないんですよ?」
「………………そう、ですね」
長い葛藤があったが、宝香さんは冷静に現実を受け入れたのか。
僕の提案に賛同し、「では、すみませんが助けてください……」としずしず戸を開けてくれた。
大人の女性の私室に、足を踏み入れる。あ、いい香り……
脳が一瞬フワッと昇天しかけたが、密かに親指で人差し指の指先に爪を食い込ませてクールな面持ちを保つ。
すると、そこに待っていたのは──
(! デッッッッッッッッッッッカ──ッッ!!)
「は、はしたない女だと思わないでくださいね……!」
(キツゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ──!?)
女子中学生の体操服とジャージを、どう見ても無理やり着ました三十四歳成人女性ですサイズ合ってません! という黒髪ロング姫カット和風爆乳バリキャリ美人ママだった。
赤基調の短パンには両側面に白のラインが入っているが、宝香さんの白くムチっとした太腿と尻肉に押し上げられて、もはやコットンとポリエステルの混ぜ合わせ生地はブルマーも同然になり、後ろ姿を眺めれば、隠すべき尻たぶの一部下側がきっとハミ出ているのではないかと思われる。
宝香さんらしく、やるならば徹底的にという高めの意識の顕れだろう。ご丁寧に長めの白ソックスまで履いているが、そこから短パンまでの距離があまりにも長すぎて、短パンが股関節周りしか覆えていない。なんてことだ。こんなのもうスパッツとも大差無い。宝香さんの下半身はそんなとんでもない事実を逆に詳らかにしてしまっていて、かえって淫靡な印象が強まっている。
では、続いて上半身はどうかと言われれば。
まず半袖のドライトレーニングシャツの丈が足りていない。そのせいでキュッと締まったウェストがヘソだしルックで露出されていて、まるで体育祭の陽キャ、ギャルのような嬉し懐かし明け透け感。
然れど、真に驚くべきなのはそこから上だ。
宝香さんは上着として、こちらも赤基調のジャージに袖を通していて、きちんと前も閉めている。
いや、正確には閉めるためにかなり悪戦苦闘したのだろう。
恐らくシャツを着込んだ時点で、絶望的に胸周りのサイズが足りないことに気がついたはずだが、何としてもジャージまで着てやろうという意地で強引に前を閉めた形跡が見て取れる。
証拠は目の前の異様に汗ばんだ宝香さんと、畳の床に哀れに転がっているジッパーの取手だ。強引に引っ張ったりなんだりして、古びていたのもあって無惨にも壊れてしまったに違いない。
おかげで、宝香さんの上半身はパッツパッツ! キッツキッツ! だった。
ジップアップラインがギチギチと悲鳴を上げ、ジャージの生地もミチミチと苦鳴を上げている。
内側から押し上げられ、ギリギリまで伸ばされた体操着の生み出すシワ。
窮屈すぎて、宝香さんはいまにもはち切れそうだ。
それほどに、おっぱい……
ミク姉とマコ姉の母親なのだから当然の上位遺伝子ではある。
しかし、僕の見立てでは余裕でG以上はある(それ以上の大きさは僕には見立てられない)はずの双子姉妹よりも、さらに大きいというのだから驚愕的だ。
具体的なサイズが知りたい。何カップなのか知りたい。
でも、それはさすがに面と向かって聞くにはキモすぎる。
僕は知らず、ギリッ! と歯軋りするのを堪えられなかった。
ところで、宝香さんが何で女子中学生の体操着を着ているのかと云うと、そこにはとても共感できる動機がある。
いつだったか宝香さんは言いました。
普段、どうしてそこまで厳しくするんですか? と尋ねた際に、
「……娘たちには黙っていて欲しいんですが、告白すると、実は少しだけ羨ましい気持ちもあるからなのかもしれません」
「羨ましい?」
「ええ。私も十代のとき、柚子太郎さんみたいな男の子と遊びたかった。私の青春は灰色でしたから、コンプレックスがあるんです」
「コンプレックス……」
「そうです。青春コンプレックスです。学校帰りに放課後制服デートとか、男子運動部のマネージャーになって周りには秘密にしながら男女交際してみるとか」
「意外です。宝香さんでも、そんなことを?」
「ひどいですね。私だって、女の子だった時期はあるんですから」
「──なら、今からでも青春を楽しんでみましょう!」
「……えっ?」
「大人になったら遅いなんて話、ないです。それに宝香さんは、まだ全然若いんですから!」
その気になれば、いくらでもハメを外せるはずだ。
僕は我が事のように感じ入って、熱弁した。
それからだ。
僕はべつに僕を相手に青春をやり直せばいいと言ったワケではなかったんだけど。
宝香さんは僕に、昔の制服や娘の服なんかで、ちょっとした〝ごっこ遊び〟を要求するようになった。
そしてどうやら今日は、中学時代の体操着を引っ張り出して、何かしらのアオハルシチュエーションをご所望だったらしいものの……
「……あー。ひょっとして、思ってたよりサイズが小さくなってて、ジッパーが壊れちゃったんですね? で、いくらなんでも壊れた服で僕を呼ぶのはどうかと躊躇って、脱ごうとしてましたか?」
「そ、そうです……」
「ふむ。ふむふむ。でも、その様子だとジッパーの取手は壊れちゃってて掴みづらいし、無理やり閉めた時に生地も食い込んだりしましたか?」
「っ、そうです……! お願いします。助けてください柚子太郎さん。自分で前を開けようとすると、両腕で胸を挟む感じになって、余計に前がキツく……!」
「なるほど」
つまり僕に与えられたミッションは、今この場で、宝香さんの爆乳でいっぱいいっぱいになったジャージのジッパーを下ろすことか。
「あの」
「なんです?」
「どう考えても宝香さんに触れざるを得ないんと思うんですが、いいんですね?」
「……仕方がありません。夕方には娘たちも帰って来ますから、どうぞ遠慮なさらずお願いします……!」
そこで、宝香さんは両腕をおもむろに下ろすと、やや顔を斜めに逸らして、目をつぶって「んっ」と言った。
男に、自らおっぱいを差し出す仕草だった。
僕は下唇を噛んで、必死に勃起と動揺を堪えながら気合を入れる。
ジッパーの取手は壊れていて、つまめるつまみは歯を噛み合う金具のホック部分しかない。
ギチギチッ、ガチャガチャッ。
「ダメだな。かなり食い込んじゃってますね」
「ん……そ、そう……それじゃあ、もう切るしかないですか……?」
「いや、ちょっと待ってください。何か潤滑油になるものがあれば……」
宝香さんの部屋には、ハンドソープのボトルがあった。
綺麗好きで家事好きでもある宝香さんは、いいなと思った日用品を使い比べてレビューするという少し奇特な趣味を持っている。
僕はその買い置きのなかから、泡にならないタイプのものを手に取った。
「これ、使わせてもらいますね?」
「いいですが……っひゃ!?」
「こうやって、ジッパーの金具の部分全体にハンドソープをかけて……少し染み込むかもしれないですけど、そこは我慢してください」
「あっ……んんっ! そんなに、たくさん……」
「でも、袷の部分がこれで、満遍なくぬるぬるになりました」
ここからは、少し工夫を入れつつ一気に力を入れてやれば、たぶんジッパーを開けられるはずだ。
半白濁のぬるぬるで濡れた胸の谷間の上部分を、両手で掴む。
「じゃあ、一気にやりますよ?」
「……っ、ハァ♡ ハァっ♡ 分かり、ました……♡ 最悪、破れてしまってもいいです……♡」
よほど息苦しいのだろう。
宝香さんは閉じていた目蓋を開けると、自分の胸元でガッチリと力を入れる僕の手を、まだかまだかと待ちかねるように息荒く見下ろした。
呼吸乱れて、胸もさっきより激しく上下に弾み出す。
酸欠なのかもしれない。
猶予が無いと思った僕は、「1、2の……3!」と、そこから宣言通りに。
一気に、強引に、引き裂くようにジャージを引っ張った。
直後──
ば る ん っ ♡
「アアぁンッ♡」
ぶるんっ♡ だぽんっ♡
「ふぁ?」
汗で蒸れて洗剤で濡れて、非常に肌の色を透けさせた純白のシャツに包まれて。
宝香さんのおっぱいが、まるでそういう魅惑的な果実かのように目の前に飛び出して来た。
二次元がいきなり三次元になったような錯覚すらあった。
僕は自分でも予想以上に力を入れていたのと、ハンドソープのせいで少し力加減を誤ったのもあって、ジャージを引っ張った勢いそのままに、宝香さんのカラダまで引き寄せてしまい──
まるで、神域の禁断の果実の芳香をたっぷりと嗅ぐように──
顔の正面から、むにゅ〜♡ とっ、おっぱいにぶつかってしまった──
体操着のシャツは、とても生地が薄かった──
「ハァ♡ ハァ♡ ありがとうございます、柚子太郎さん♡」
「────」
「今日はもうこれで……ですが、また今度も……♡ お願いしますね……♡」
宝香さんは耳元で、とても艶めいた声音で囁き、着替えを取り出すと恐らくはお風呂に向かっていく。
ひとり残された僕は、それから三十分くらい雨の音を聞いていただろうか。
脳裏に駆け巡るのは、宝香さんと過ごした青春の
ああ、冷たい雨に打たれようとも、この肌には熱気がこもる。