切裂ヤイバの献身   作:monmo

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職場体験〜ヒーロー殺し編
第十二話


 

 

 

 

 

 体育祭の振替休日も終わった登校日。今日の天気は生憎の雨だったが、いつも通り教室の中はクラスメイト達の話し声でワイワイと賑わっていた。

 

「やっぱりテレビで中継されると違うねぇ! 超声かけられたよ来る途中!」

 

「ああ、俺も!」

 

 話題はもちろん、体育祭の反響で自分達が一躍有名人になってしまった事だろう。芦戸も切島も頑張っていただけあって、嬉しそうにしている。

 

「私も、ジロジロ見られて何か恥ずかしかった!」

 

「葉隠さんは、いつもなんじゃ……」

 

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ……」

 

「ドーンマーイ」

 

 1人だけ、声をかけられている意味合いの違う瀬呂に蛙吹の無慈悲なひと言で、彼の嘆きが教室に響く。

 

「たった1日で、一気に注目の的になっちまったなぁ!」

 

「やっぱ雄英スゲえなっ! 切裂はどうだった?! 3位なんだから凄かったろ!!?」

 

 すぐそばで上鳴と峰田が話をしていて、そのまま俺に話を振ってきたが、俺は席に座ったまま2人に手を振った。

 

「あぁ……俺さ、電車もバスも使ってないから……なんもなかったわ……」

 

 と言うのも、俺は基本的に峰田と一緒に下校してはいるのだが、その途中で峰田はバスを使うが俺は使わずに別の方向に行ってしまうのだ。

 

「あ、う……ご、ゴメン……」

 

「ど、ドーンマーイ……」

 

 なんだかA組の口癖にまでなってしまったドンマイコールに、俺は苦笑いする。コレが晴れだったらもう少し変わったかもしれないが、雨降ってたから出待ちとかもいなかっただろう。

 そんな話をしている内にチャイムが鳴ったと同時に相澤先生が入ってくる。

 

「おはよう」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おはようございます!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 先生が入る時には、全員が早技の様に席について挨拶をする。すっかり調教されてしまったA組だが、この日は蛙吹が声を漏らした。

 

「ケロっ、相澤先生、両手の包帯取れたのね、良かったわ!」

 

バアさん(リカバリーガール)の処置が大袈裟なんだよ…………んなもんより、今日のヒーロー情報学……ちょっと特別だぞ」

 

 包帯の無くなった手で顔を掻きながら、相澤先生がいつも通りのダルそうな態度で告げた。その言葉に数人の生徒が唾を飲み込む。いきなり登校初っ端から小テストでも始まるのかと、不安になっていた。

 

「コードネーム……『ヒーロー名』の考案だ」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「胸膨らむヤツ来たーーーッ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 久しぶりの物凄くヒーローらしい授業内容で、一斉にクラスメイトがはしゃぐ。

 

 で、相澤先生の抹消が発動して、再び教室が「シーン」と静寂に包まれる。

 

「……と言うのも、先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2〜3年から、つまり……今回1年のお前らにきた指名は、将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんて事はよくある」

 

 相澤先生の説明に、峰田がドンと机を叩き、それを八百万が窘めるように話す。

 

「大人は勝手だ……!」

 

「頂いた指名が、そのまま自身へのハードルになるんですね!」

 

「そう…………で、その集計結果が……こうだ」

 

 相澤先生が話しながら手元のリモコンを操作すると、黒板と同等の見た目と機能を有しているモニターに、雄英に送られてきたプロヒーロー事務所からの各生徒の指名件数が映し出された。

 

 

 

 

 

 轟   3461

 爆豪  2264

 切裂  1006

 常闇  332

 飯田  301

 上鳴  252

 切島  106

 八百万 88

 障子  35

 芦戸  23

 麗日  18

 峰田  12

 瀬呂  9

 蛙吹  7

 

 

 

 

 

「例年は、もっとバラけるんだが……今年はかなり偏った」

 

「うぉ……!」

 

 あれだけ頑張ったんだから、さすがにどこかしらから指名は来るだろうとは思っていたが、4桁叩き出すとは思わなかった。しかも……

 

「やったあっ!」

 

「オ、オイラに指名が来てる……っ!」

 

「ケロっ♪」

 

「ふむ」

 

 芦戸が椅子から跳び上がり、峰田が黒板見て震えている。蛙吹も機嫌良く喉を鳴らした。蛙吹以上に表情が窺えない障子すら、どこか機嫌が良く見える。原作で指名のなかった者達まで、指名を受けていた。

 

「だあっ……白黒ついた!」

 

「1位 轟、2位 爆豪って……体育祭と順位逆転してんじゃん……」

 

「表彰台で拘束されたヤツとかビビッて呼べないって……」

 

「ビビッてんじゃねえよッ、プロがァッ!!!」

 

 俺に速攻で倒されたクセに、切島よりも指名もらっている上鳴が項垂れる横で、轟に票数で負けた爆豪がキレている。あんなの見せられたら仕方ないよ。

 

「ハァ……さすがですわ、轟さん」

 

「ほとんど親の話題ありきだろ」

 

 委員長組は大人しく会話している一方で、明るく声を出す者もいる。

 

「わああぁぁぁぁっ! 指名来てる〜っ! あぁ〜っ!!!」

 

 涙目の麗日が喜びすぎて、前の席の飯田の肩を掴んで前後にブンブン降っている。怒るワケでもなく、されるがままの飯田もシュールだ。

 最終種目に進出していたクラスメイトが様々な反応を見せている中……ただ1人だけ、黒板に自分の名前が無い事に消沈している者がいた。

 

「………………」

 

「緑谷……ないな……! あんなムチャな戦い方すっから、怖がられたんだ!」

 

 背景で重たい鐘の音が鳴っていそうなぐらい、これ以上ないぐらい落ち込んでいる緑谷が峰田に慰められていた。だが、彼が行く事務所は運命で決まっている。オールマイトがちゃんと動いているだろう。

 

「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

 

「しょ……職場体験?」

 

 最初からプロヒーローを目指している俺達にとって、あんまり馴染みの感じられない言葉に、緑谷が言葉をそのまま返す。

 

「ああ、お前らはUSJん時、ひと足先にヴィランとの戦闘を経験してしまったが……プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」

 

「それでヒーロー名か!」

 

「ガゼン、楽しみになってきたぁ!」

 

 要は職場体験と言えど、ヒーローとしての仕事をするためにも、自分達のヒーロー名が必要になってしまったという事なのだ。砂藤と麗日が話をしながら、嬉しそうに拳を握った。

 

「まあ、そのヒーロー名はまだ仮ではあるが、テキトーなヒーロー名は……」

 

「付けたら地獄を見ちゃうわよっ!」

 

 相澤先生の説明を遮って、扉を開けて教室に入ってきた教師に、野郎共の歓喜の声が上がった。

 

「学校時代に付けたヒーロー名が世に認知され、そのままプロ名になってる人、多いからね!」

 

 

 

「「「「「ミッドナイト先生っ!!!」」」」」

 

 

 

 体育祭でも見た、白のパツパツスーツにボンテージ姿のミッドナイト先生が、脇を広げたセクシーポーズをキメたまま歩いて教壇へと上がった。コイツ、俺達の癖を穿りに来たのか。

 

「まっ、そういう事だ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん…………将来自分がどうなるのか、名を付ける事でイメージが固まり、そこに近づいていく。ソレが『名は体を表す』って事だ……『オールマイト』とかな……!」

 

 そこまで説明した相澤先生は、教室の隅っこに移動して寝袋に入って目を閉じてしまった。

 たぶん、俺達のドラフト指名の資料、俺達が休んでいる間に纏めていたのだろう。ツッコまずに寝かしておこう。

 

 授業の教鞭が移ったミッドナイト先生からホワイトボードと水性マジックが配られて、俺達ヒーロー名の考案が始まった。

 

 ものの数分後、相澤先生も熟睡し始めた頃、ミッドナイト先生の指示によって発表が始まった。

 

「じゃあそろそろ、できた人から発表してね!」

 

 教壇の前での発表形式である事を聞かされ、クラスメイトの何人かが固まった。

 まぁ、確かにこれからのヒーロー名、呼ばれる名前になるのだから、中々恥ずかしいモノがあるだろう。俺の机の周りの人間達が頻緒だ。

 しかし、そんな空気の中でも度胸のある、出席番号1番が元気良く席を立った。

 

「じゃあ最初私ねっ!」

 

 芦戸が教卓の前に立って、元気良くホワイトボードを見せた。

 

「ヒーロー名『エイリアンクイーン』っ!」

 

 字は可愛かったが色々とアウトだったので、ミッドナイト先生に酷評されて、彼女は渋々席へと戻っていった。

 

 最初にブッ飛んだのが出たせいで、大喜利みたいな空気になりそうだったが、それを蛙吹が手を挙げて打ち砕いた。

 

「じゃあ、次は私いいかしら?」

 

 彼女はウキウキしながら、教卓の前でホワイトボードを見せる。

 

「小学生の頃から決めてたの……! 梅雨入りヒーロー『FROPPY(フロッピー)』!」

 

 そうそうそうそう、そういうので良いのよ。親しみやすくて、蛙吹にピッタリな可愛いヒーロー名。ミッドナイト先生からも好評である。

 

 で、フロッピーのお陰で教室の空気が変わり、ここからクラスメイト達は次々と自分のヒーロー名を発表し始めた。

 

 

 

 次に教壇に上がったのは切島。

 

「剛健ヒーロー『烈怒頼雄斗(レッドライオット)』ッ!!」

 

 だいぶ昔のヒーローである、漢気ヒーロー『紅頼雄斗(クリムゾンライオット)』のリスペクトだそうだ。

 憧れの名前を背負うのは、相応のプレッシャーになるとミッドナイト先生は言っているが、切島なら絶対に大丈夫。そう思えた。

 

 

 

 次、耳朗。

 

「ヒアヒーロー『イヤホン=ジャック』!」

 

 個性と同じ名前のヒーロー名は、この世界ではかなり珍しいのだが、そんなロックな感じが耳朗っぽくて良い。少しドヤっているのも可愛かった。

 

 

 

 次、障子。

 

「触手ヒーロー『テンタコル』」

 

 触手を意味する『TENTACLE(テンタクル)』と、蛸をもじったヒーロー名だ。異形型の最大の利点であり、特徴でもある障子らしさを表す、良いヒーロー名だ。

 

 

 

 次、瀬呂。

 

「テーピンヒーロー『セロファン』!」

 

 わかりやすいのは良いし、瀬呂が強いのも知ってるが…………地味からは抜け出せなさそうな名前だけど……良いのか?

 

 

 

 次、尾白。

 

「武闘ヒーロー『テイルマン』!」

 

 まさに名が体を表している。それ以上言う事がないぐらい、尾白らしいストイックなヒーロー名だ。

 

 

 

 次、砂藤。

 

「甘味ヒーロー『シュガーマン』っ!」

 

 ゴツいけど顔はちょっと可愛い砂藤に合った、ギャップ萌えのヒーロー名だ。本人の性格も相まって、子供や女性に人気出そうである。

 

 

 

 次、芦戸、リベンジ。

 

「『Pinky(ピンキー)』っ!!!」

 

 ピンクがメインカラーの、芦戸ってすぐわかるヒーロー名だ。さっきの『エイリアンクイーン』も、俺は嫌いじゃないんだけどね。ただ、アウトなんよ。

 

 

 

 次、上鳴。

 

「スタンガンヒーロー! チャージと稲妻で『チャージズマ』っ!」

 

 結構悩んだのか、ホワイトボードに細かく書かれていた。ちょっと語呂悪い気がするけど、本人気に入ってるから、いっか!

 でも俺、耳朗が彼に提案してた『ジャミングウェイ』も好きだけどな。

 

 

 

 次、葉隠。

 

「ステルスヒーロー『インビジブルガール』!」

 

 葉隠らしいと言うか、葉隠以外名乗れないヒーロー名だ。彼女にはコレ以外あり得ないだろう。

 

 

 

 次、八百万。

 

「この名に恥じぬ行いを……万物ヒーロー『クリエティ』!」

 

 八百万の個性を象徴するヒーロー名だ。この世の理すら壊せそうな個性持ってる八百万が、ヒーローで本当に良かったと思う。

 

 

 

 次、轟。

 

「『ショート』……」

 

 出した瞬間、クラスメイトのみならずミッドナイト先生も困惑していた。たぶん轟は家庭環境のせいでベースの知識がないから、こんな事になってるんだ。ホワイトボードに書かれたカッスい字が、更に哀愁漂う。

 

 

 

 次、常闇。

 

「漆黒ヒーロー『ツクヨミ』」

 

 好き。せっかくヒーローなるんだから、たぶん常闇のセンスは1番大切。その知識、ショートにちょっと分けてあげて。

 

 

 

 次、峰田。

 

「モギタテヒーロー『GRAPE JUICE(グレープジュース)』!!」

 

 教卓の下から手と頭だけ出してホワイトボードを見せる峰田。個性であるモギモギを象徴する、良いヒーロー名だ。字も綺麗で字並びの構成までセンスある。

 

 

 

 次、口田。

 

「───────っ!」

 

 ホワイトボードには『ふれあいヒーロー《アニマ》』と書かれていた。

 コレかなり好きかもしれない。語呂良いし、格好良いし、可愛くも感じる。ゴツくて可愛い口田にピッタリのヒーロー名だ。

 

 

 

 次、爆豪。

 

「『爆殺王』……ッ!」

 

 バカじゃねえの。

 即、ミッドナイト先生の指導が入った。

 

「そういうのはやめたほうがいいわね」

 

「なんでだよッ!!」

 

 爆豪が反発する中、切島の野次が飛ぶ。

 

「『爆発さん太郎』にしろよっ!」

 

「子供に人気でそうっ!!」

 

「黙ってろクソ髪とナマクラァッ!!!」

 

 こっちに顔を向けて鬼の形相を見せる爆豪に、俺は悪フザけもほどほどにして、せめて真面目な意見も言っておいた。

 

「爆豪くん、ヒーロー名に『殺』の字はダメだよ……!」

 

「うんうん!」

 

「切裂に全力で同意する」

 

「勝手に決めてんじゃねェッ! クソがァァッ!!!」

 

 前列にいる上鳴や障子も賛同してくれたが、爆豪の思考が変わる事はなさそうだった。

 

 

 

 次、麗日。

 

「考えてありました……『ウラビティ』!」

 

 コレもかなり好き。彼女の名前『麗日お茶子』と『ウラビティ』 コレをよ〜く見合わせれば、このヒーロー名がどれだけセンス良いかがわかるハズだ。

 

 

 

 フロッピーの頑張りのおかげで、クラスメイト達のヒーロー名の発表は思ったよりスムーズに決まっていった。

 

「残ってるのは、再考の爆豪くんと、切裂くん、飯田くん、そして緑谷くんね!」

 

 すっかりみんなのヒーロー名の発表を見てばっかで、自分の紹介を忘れていた。

 そこに、俺の周りの席のクラスメイトが、顔を向けてくる。

 

「ヤイバ決まってないの? 私がヒーロー名考えてあげよっか!」

 

「俺が決めてやるよっ! 考えた事あるんだぜ俺っ!!」

 

 芦戸と切島が楽しそうに俺のホワイトボードに手を伸ばそうとしたが、それをミッドナイト先生が一喝した。

 

「ダメよ! 彼が求めてないなら、本人だけに考えさせてあげて。大切なヒーロー名なんだから!」

 

「「はーい……」」

 

「2人とも大丈夫、ありがとう」

 

 シュンと縮こまって自分の席に座り直す2人に、俺は手を振る。俺は別に、ヒーロー名が決まっていないワケじゃなかったから。

 

 ただ『名は体を表す』って相澤先生の言葉が……ここに来てかなり明確になった。

 

「決まりました」

 

 俺は手を挙げて席を立つ。

 

「はい、切裂くん!」

 

 ミッドナイト先生に招かれ、教壇に上がってクラスメイト達の視線が集中する前に立った俺は、ホワイトボードを教卓の前に出して見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イレギュラーヒーロー『刃's(ブレイズ)』です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の立場でこんな名前にするのは、烏滸がましかったかもしれない。

 

 でも、自分の生き様を示すのは、コレしか考えられなかった。

 

 自分の名前で洒落も効かせたヒーロー名。クラスメイト達の反応も「おぉ〜!」と悪くはない。

 

「うんっ! その身を表現した名前、イイわねっ!♪ でも『イレギュラー』はどうしてかしら?」

 

 ミッドナイト先生の評価は上々、だがすぐ俺の二つ名に疑問を浮かべる。

 でも、俺は口元に指先を当てて、彼女にニヤリと笑って誤魔化した。

 

「それは……ヒミツです♪」

 

「アラぁ♪ ヒミツを着飾るのもヒーローとしての魅力を出す立派な方法だからっ、イイわよっ!! それじゃあ、次は……!」

 

 俺の誤魔化しすら、ミッドナイト先生には好意的に受け止められた。

 こうして、俺のヒーロー名の紹介は終わり、残りのクラスメイトのヒーロー名も決まった。

 

 

 

 飯田は『テンヤ』 でも、ホワイトボードには何度も消した跡が残っていた。

 

 

 

 緑谷は『デク』 すっごいガタガタな字だったが、彼は誇らしそうにしていた。それもそのハズ、彼のヒーロー名は他ならぬ麗日の言葉と想いも混ざっているのだから。

 

 

 

 爆豪は『爆殺卿』もボツにされて、ひとまず『バクゴー』に決まった。てか、強制的に決められた。だから『殺』を入れるなっての。

 

 

 

「さて、全員のヒーロー名が決まったところで、話を職場体験に戻す」

 

 いつの間にか目覚めた相澤先生が、半身まだ寝袋に突っ込んだまま教卓の前で話を再開させる。

 

「期間は1週間、肝心の職場だが……指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は、あらかじめこちらからオファーした、全国受け入れ可の事務所40件……この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる」

 

 それを聞いて、すかさず俺は相澤先生に手を挙げた。

 

「先生、オファーの方に自分の行きたい事務所がある場合は、どうすればいいですか?」

 

「……好きにしろ。ただし、向こうもお前の能力を必要として指名したハズだ。よく考えて選べよ」

 

 そこまで聞いたあとは先生達から個人ごと、資料の束を受け取って最初の授業自体は終わった。

 

 そこから午前中の授業を終わらせて昼休みに入ってから早速、俺は机の上に山積みになっていた、指名ヒーロー事務所の資料を読み崩していく。

 

「なになに〜っ、ヤイバはどこの事務所行くの?」

 

 芦戸が俺の机に両手をついて、自分の体を机に預けてくる。上体が軽く斜めって、彼女の胸がドンと俺のそばに突き出される。

 体育祭以降、彼女との距離感が近いような気がするのだが、少し困った。後ろの切島も、チラチラ俺の方見てるし。

 

「芦戸ちゃん、自分の資料が先でしょ?」

 

「もう見終わっちゃった! でもなかなか決まらないんだよね〜!」

 

「うぉっ、切裂ッ! お前も『任侠ヒーロー《フォースカインド》』の事務所から指名受けてんじゃんか?!! 一緒に行こうぜっ!!」

 

 いきなり切島が俺の持っていた資料を指差しながら肩を揺らしてくる。

 確かこのヒーローは、カタギじゃないみたいな格好をした、対凶悪犯罪を主な生業にするヒーローだったハズ。切島と行けばそれはそれで楽しそうだが……

 

「う〜ん……俺、任侠にそこまで興味あるワケじゃないしな〜……」

 

「なんだよ〜っ、まぁ気が変わったらすぐ言えよな!」

 

 切島は残念そうな声を出したが、無理強いしないのが彼の良い所だ。後で何かで埋め合わせしないと。

 

「うぅ〜〜迷う〜〜っ! 指名されたヒーローの事務所に行くか、『マウントレディ』の事務所に行くかっ! あぁ〜〜〜っ!!!」

 

 向こうの席では、机にへばり付いた峰田が良心と欲望の狭間で迷っていた。後ろの八百万がゴミでも見る様な目で、彼の背中を見ている。

 

 ほかのクラスメイト達の方に目を転ずると、緑谷はいつもの呪文唱えながら受け入れヒーロー事務所を調べているし、蛙吹は水難系に関われる事務所に決めたそうだ。

 麗日は『バトルヒーロー《ガンヘッド》』の事務所。爆豪と戦ってから、自分のできる事を増やしたいとの事。

 轟は親父であるNo.2『エンデヴァー』の事務所へ。学べるモン、盗んでくるって。

 

 さて、ココで主人公の緑谷と、委員長の飯田にとって大きな転換となるのが『ヒーロー殺し』

 過去17名ものヒーローを殺害し、23名ものヒーローを再起不能に陥れた、神出鬼没のヴィラン名『ステイン』 そんなイカれた奴が飯田の兄である『ターボーヒーロー《インゲニウム》』を襲い、彼は兄の仇討ちにステインの出没地域である『保須(ほす)市』のヒーロー事務所を職場体験で選んでしまい、色々あってたまたま居合わせた緑谷と轟でなんとか解決させる事件である。

 飯田が保須以外の事務所を選ぶ事はないだろうし、選ばせる事も俺にはできない。そうすると、ヒーロー殺しが捕まえられなくなってしまう。

 しかも、飯田が選ぶ事務所のヒーローは妙にキャラが立っていたから、彼との関係を構築させておかないと、後々俺の知らない所で響く可能性もあった。

 

 俺が事件を特等席で見たかったら、1000以上ある指名の中から保須のヒーロー事務所を選べば良いだけの話だ。てか、飯田と同じ事務所を選べばいい。メチャクチャ怪しまれるかもしれないけれど。

 だが、全く知らない普通のヒーロー事務所の所に行ってまで見に行きたいかと考えると、疑問が残る。下手な事務所に行っても、職業ヒーローとしての経験はあるだろうが、保須の経験値と比べてしまうと霞んでしまう。大きな事件が起こる手前、なんとかこの事件もトガちゃんとの約束のために自分の糧としたい。

 

 俺は更に思考する。名がある程度通っている、かつ保須あるいは保須に近いか、保須に行く理由を作りやすいプロヒーローの事務所を、資料をめくりながら探していく。

 

 万が一、保須に行けなかったとしても、体育祭で緑谷には『フルカウル』のヒントを与えた。すぐに彼は結果を見せてくるだろうから、たった数日の差とは言えど、彼の個性は原作より成長してるだろうし、俺が参戦しなくても多少楽には解決するだろう。

 

 

 

 

 

 それに……コレを逃すと、もう2度と会う機会がないかもしれないから……もう1人の推しに会いに行くとしよう。

 

 『ヒロアカ』において、学生としての主人公が『緑谷』であるのと対照的な、プロヒーロー側の主人公だと思う『彼女』を信じて。

 

 

 

 

 

 俺はドラフトの資料を読むのを止め、オファーの方のヒーロー事務所の資料を取った。

 

「俺『Mt.(マウント)レディ』の事務所でいっか」

 

「あっ、ズリーぞ切裂っ!!」

 

 俺のアッサリとした決定に、遠くの席である峰田だけでなく、芦戸や切島のみならず周りのクラスメイトまで一斉に驚いていた。

 

「マウントレディっ!!?」

 

「えぇっ!? ヤイバもっと良いヒーロー事務所、指名来てるじゃん!!」

 

「お前も中々欲望に忠実な人間だなぁ!!」

 

「ほ、本当にソコでいいのかっ!?」

 

「切裂ちゃん、あなた親友だからって……そんな所まで峰田ちゃんに合わせなくてもいいのよ?」

 

「失敬な!」

 

 蛙吹の心配に、峰田の声が飛んだ。

 クラスメイト達の言う通り、俺の資料には『エンデヴァー』や『ホークス』はなかったものの、上はヒーローチャートランキングNo.4の『ベストジーニスト』から指名が来ていた。

 でも、ベストジーニストの事務所は爆豪が行くし、何より地雷なのでそもそも俺の選択肢にはなかった。

 

「いや、ココがいい」

 

 マウントレディの事務所は最寄りが雄英から数駅挟んだ『田等院(たとういん)』のすぐ近くだし、時間もかからない。新幹線繋がってるから、保須にも行こうとすれば行ける。

 もし相澤先生に不審に思われて理由を求められたら、彼女はプロデビューから約1年で一気にランキング2桁台まで登り詰めるほどの人気を集めており、大きな事務所ではないソロ活動である事などから、その辺りの営業や苦労話が聞けそうですとでも言おう。ちょっと先の大先輩として話しやすそう、とか理由もあるし。

 

「まぁ……切裂が行きたいってなら、止める理由はねえしな……」

 

「う〜ん……でもな……」

 

「ホントにココにするの……?」

 

 周りのみんなが不満そうな声を漏らす中、元気良く峰田が机の上に飛びついてきた。

 

「へへっ、じゃあオイラもマウントレディでいいやっ! 切裂と行ったら絶対楽しくなりそうだしよっ!!」

 

「そうだね。一緒に行こっか!」

 

 峰田が否定意見を出すハズもなく、俺は彼と2人で机の上で、希望体験先の用紙にマウントレディの事務所を書いた。

 そのまま仲良く2人で職員室の相澤先生に用紙を渡すついで、食堂に行く俺達をクラスメイトは変な物でも見る様な視線で見届けていた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 その日の放課後、体育館γでの特訓中に、いきなり上下雄英のジャージ姿の緑谷が同じくジャージ姿の俺の元へとやって来た。

 

「やったよ切裂くんっ!!!」

 

「な、何が……?」

 

 まるでフリスビー持ってきた犬みたいな元気いっぱいの態度で話す緑谷を見て、なんだか微笑ましく感じた。

 

「ワん……じゃなくて『超パワー』の個性を全身に散らす事ができたんだ! 見てよっ、フンッ!!」

 

 そう言うなり、緑谷は俺の前で両足を踏ん張ると、今まで見てきた赤く凶暴な光が太い血管の如く彼の体を駆け巡ったかと思いきや、今度は緑色の雷光が彼の身体を走った。

 

「クッ……まだ維持するのも意識がいるし、加減を間違えるとすぐ解除されちゃうし、ケガしそうになるんだけど……ッ」

 

「緑谷くん」

 

「っ!?」

 

 ただひと言、俺は両手を刃にして彼に構えた。

 

「き、切裂くん……っ!?」

 

 そして緑谷の言葉が言い終わる前に、俺は彼に向かって突撃していた。

 

「うわッ! 待ってッ!?」

 

「ヴィランは待たないよっ!」

 

 踏み込みながら彼の頭に向かって横薙ぎに切り込んだ一撃は、彼の跳躍によって回避される。

 

「くっ……!」

 

 普通の人間じゃありえない跳躍力で飛んだ緑谷だが足が爆裂している様子は全く感じられない。ひとまずフルカウルの概成はしたようだ。

 

「できたじゃん緑谷くん!」

 

「イヤっ、でもっ!!」

 

 俺も刃の伸縮で跳躍し、飛び上がりながら緑谷に刃を振り下ろす。

 

「フンッ!」

 

「うわっ!?」

 

 咄嗟に緑谷は俺を蹴り付けて、更に加速して俺の振り下ろしを躱して地面に降り立った。

 

「ゴメンっ! 大丈夫だった!?」

 

 フルカウルのかかった蹴りだったが、硬化した俺の体には問題ない。まだ爆豪の爆破の方が威力がある。

 

「そのまま打ち込んでみなッ!」

 

「でっ、でもッ!!」

 

 困惑する緑谷に、俺は再度突撃する。

 

「俺なら大丈夫! 舐めないでっ!!」

 

「ッ!」

 

 俺の振りかぶりを再び跳躍で回避し、着地した緑谷が俺に向かって駆ける。

 

「デトロイト……ッッ!!!(まずは5パーセントッ!)」

 

 俺は地面を踏み締めて、両腕の刃を交差させ全ての攻撃を受け止めるべく身構えた。

 

「スマァッシュッッッ!!!!!」

 

「『刃斬人(スパーダー)』ッ!!!!!」

 

 渾身のストレートに対して刃を出さないで、全身の硬化による単純な防御。金属音と共に、緑谷の拳は俺の鳩尾でピタリと受け止められていた。

 

「っ!!(ビクともしてないッ!!?)」

 

「オラぁッ!」

 

 俺は刃にした両腕を広げて緑谷を挟もうとしたが、彼はスライディングで俺の股下を抜けた。

 

「くッ!!(ダメだッ、5パーセントじゃ足りないっ!!)」

 

「もう終わり!?」

 

 彼を煽りながら、俺は緑谷に向かって刃に変化させた足で飛び蹴りを繰り出す。

 

「うわッ!?」

 

 彼はバク宙からの側転で俺の足による刺突を回避し、今度は地面を踏み締めて俺に向かって猛スピードで肉薄する。

 

「いくよッ!!(7パーセント……いや、8パーセントッ!)」

 

「来いッ!!!」

 

 再び全身を硬化させ、俺は全ての攻撃に身構えた。

 瞬間、緑谷の稲妻を纏った拳が、俺の腹に再び直撃する。

 

「スマァァッシュッッッ!!!!!!」

 

「グっっ!!?!」

 

 耐えていたハズの俺の体が、砂煙を上げて大きく後ろにズリ下がった。

 たった数パーセントしか上げていないだろうOFAの力に、俺は改めてオールマイトと目の前にいる主人公に慄いた。

 

「ぐうぅぅッ!!」

 

 しかし、緑谷も殴った腕をブンブンと振り、片膝をつく。

 

「緑谷くん!?」

 

「大丈夫……ッ! 少し引き攣っただけだから……!」

 

 とは言っても、さすがに攻めすぎてケガをされると職場体験に影響してしまうので、ひとまずフルカウルの状態で緑谷を動かし続ける方針を決めた。

 

「よし、パワーを下げよう、緑谷くん! ここからは機動力で勝負だッ!」

 

「……よしッ! 大丈夫……! いくよっ!!」

 

 俺と緑谷は跳躍し、体育館内の更に山脈が入り組んでいる方へと移動して、訓練を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……ふぅ!」

 

「ゼェッ、ゼぇ……ッ!」

 

 時間にして数十分。体育館内で暴れに暴れ回った俺と緑谷は、山脈から平地まで戻って来て腰を下ろし、感想を言い合っていた。

 

「体がブッ壊れてる様子もないし、良いね」

 

 あのあと、機動がてら何回か戦闘も行ったが、5パーセントで殴ってくる彼の拳には、異常も怪我も見られない。きっと、体育祭後、怪我が直るなりすぐ実践訓練に移ったのだ。

 

「切裂くんこそ……っ、強くなれたと思ったのに……まだまだ全然敵わないやぁ……!」

 

 攻撃もある程度は練習してきたんだろう。緑谷は両手の平を見ながら開閉を繰り返していた。

 

「緑谷くん。ワ……ちょ、超パワーを全体に散らしている時って、パワーの出力下げてるんだよね」

 

「え!? う、うんっ! もちろん!」

 

 俺の話に、緑谷はコクコクと高速で頷いた。

 

「それって、全体の……何パーセントぐらい? ブッ壊れるのを100パーセントとするなら」

 

「え!? え、と……ご、5パーセントぐらいかな……?」

 

 すこし惚けたような態度で言葉を探るように話す緑谷だが、無視して俺は話を続ける。

 

「って事は……最初、俺を殴ったのが5パーセントで効かなかったから、すぐに出力を上げたんだよね?」

 

「う、うん……! でも、今のままだと出力を少し上げただけで動くのは精一杯だし……切裂くんは止まってくれたから僕はスマッシュを当てれたけど、動いている目標に当てるのはまだ……」

 

 少し早口になりそうな緑谷を、俺は言葉で遮って止める。

 

「動かなくていいんじゃない?」

 

「え?」

 

「上げて動きづらくなるなら、殴る瞬間だけ出力を上げればいいじゃん」

 

「そ、そうか……そうだっ! 常に一定じゃなくて、一瞬で出力を上げられれば……!」

 

 彼ならすぐに気づいたとは思うが、さっきまでパーセンテージを上げたまま動こうとしていたので、修正させる。

 

「きっと緑谷くんが、今1番動きやすいのが5パーセントなんだよ。そこから徐々に上げていこうよ。その…………全身に超パワーを纏う技なんて言うの?」

 

「あっ、えと……フ『フルカウル』なんて……どう、かな……?」

 

「今決めたんだ…………良いと思う! じゃあフルカウルとスマッシュは別々で考える事にして、超パワーの出力を少しずつ上げていこう!」

 

 俺の提案に、彼は素直に首を縦に振った。そして自分で計画を立て始める。

 

「うんっ! まずはフルカウル状態の安定性が最優先かな。それから……」

 

「でもチキッちゃダメだよ。練習始めるごとに、最初は超パワーベタ踏みにして、限界ギリギリまでを試してね」

 

「え?」

 

 急に無茶な注文が出て、緑谷は顔を上げる。

 

「だって……緑谷くん今、成長してるじゃん。このまま修行を積めば、例え5パーセントだとしても、今の5パーセントと数ヶ月後の5パーセントって、絶対にパワーなりスピードなり何なり違くない?」

 

「そっ、そっか! そうだよねッ!! 超パワーを数値化してたから、頭から抜けてたよ!」

 

「そうだな……とりあえずまずは……スマッシュで15パーセントが安定するまで目指そう!」

 

「そ、そんな低くていいの?」

 

 緑谷は俺の提示した数値に疑問を投げかけた。ヒーローになるのを急いでいるかもしれないが、彼の個性は順序がある。

 

「体育祭の時、轟くんの氷を砕いてそのまま彼を吹き飛ばすぐらいのパワーが出せたでしょ? オールマイトもスマッシュで似たような事できたよね?」

 

「う、うんっ! オールマイトはスマッシュで空気を弾丸にして飛ばしてた!」

 

「ソレが出せる数値を探していくんだ。緑谷くんが遠距離攻撃できるようになったら、かなり強いから。たぶん出力自体は、あんまり高くないと思うんだよ。俺だって、ホラッ!」

 

 そのまま、俺は座ったまま片手の指を刃にして、誰もいない方向へ地面を思い切り引っ掻き上げた。

 

「わっ!?」

 

 緑谷が驚きながらもソコに目を凝らしていくと、斬撃の煙が晴れた地面には、明らかに俺の刃の届いていない所にまで斬撃の跡が伸びていたのだ。

 

「う、わ……!」

 

「オールマイトだって常に100パーセントフルパワーでなんて動いてないでしょ? 寿命縮むよっ?」

 

「た……確かに……!」

 

 オールマイトの真の姿を見ているからこそ、彼はすぐ納得した。

 

「緑谷くん。急ぐ気持ちはわかるけど、まずは落ち着いて登っていこう! 体を壊しちゃ、元も子もないから!」

 

「うんっ! となると……今の僕にやらなきゃいけないのは超パワーによるフルカウルの安定性を第1に機動性を上げる訓練をやっていかないと。やっぱりかっちゃんの動きが1番見ていてわかりやすいからどんどん真似していくとしてそこから1日ごと1パーセントずつ出力を上げていって自分の肉体の限界を調べよう。コレ筋トレの量も相談しないと時間が足りないからなるべく効率の良い方法を探してかないといけないけどやっぱり休日中のビルの壁の訓練は結構良い経験になったからアレでもう少し複雑な場所のある訓練所でフルカウルの練習はやった方がいいか。出力上げて早く動けるようになるまではスマッシュは同じ出力で放てるようにしておいて10パーセント目処で今度はスマッシュの瞬間出力を上げていこうか。あーでも各出力ごとのスマッシュの威力もしっかり調べ上げたいよなー8パーセントスマッシュは腕痛かったけど成功したからココまでは緊急時のデフォとしてフルカウルとスマッシュの出力差がどこまで開けるかも調べておかないといけないからんーコレ1人じゃできないなあ。切裂くんや切島くんにお願いすればやってもらえるかな。向こうも硬化の訓練にはなるかもしれないし。とにかく1回オールマイトにもう少し話を聞いて…………ブツブツブツブツ」

 

 緑谷は呪文を唱えて自分の世界へと入り始めた。彼が思考しだすのは悪い兆候ではないので、その様子を見ながら俺は立ち上がって背筋を伸ばす。

 

「ブツブツブツブツ…………切裂くんは凄いね……」

 

「え?」

 

 と思ったら、緑谷は呪文を唱えるのを途中で止めた。

 

「僕も一生懸命、自分の個性を調べてきたんだけど……簡単に、こんな事に気付いちゃうなんて…………僕、個性が発症するの遅くて、雄英に入学するまで自分の個性の使い方もよくわかってなくてさ……今まで自損ばっかで相澤先生には怒られてたし、せっかくオールマイトからも期待されてるのに……」

 

 なんか悪い呪文を唱えようとしていた緑谷に、俺は彼に近寄ってデコピンをかました。

 

「あぅッ!?」

 

「僻んじゃ駄目だよ、緑谷くん。個性とは可能性…………自分の個性には自信を持たないと……!」

 

「自信……そうだね、オールマイトにも言われたよ……! こんな所でヘコんでられない! 僕はもっと強くならなくちゃ……憧れのヒーローに、なるために!」

 

 消沈からの復活も早い緑谷に、俺は彼を真っ直ぐ見た。

 

「例え、君がオールマイトみたいな特別な個性を持ってたとしても……君は特別な人間なんかじゃない。君は俺達やみんなと同じ、ただの高校生なんだから。でも、忘れないで……」

 

 

 

 

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

 

 

 

 

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う……!」

 

 彼はそのまま、俺の言葉を復唱してくれた。

 

「君のその力は……大切な人達を守るために使おう。麗日ちゃんの事もね」

 

「う、麗日さんっ?」

 

 いきなり話をヘシ曲げられ、彼は声を裏返らせて困惑する。

 

「体育祭で轟くんに負けて……ボロボロの君を心配して、最初に医務室に向かったのが、麗日ちゃんだったよ」

 

「あっ! そ、ソウナンデスカ……」

 

 少しだけ、彼女の事を思い出したのか、しどももどろになってしまった彼が、可愛らしくて、尊くて、でも……それぐらいにしておいた。

 

「ふふっ、君は守ると同時に守られてる側の人間でもある事を、忘れないでね……! この学校にいる人達は、みんながみんな……ヒーローなんだから!」

 

「う、うんっ!」

 

 話に一区切りがついて、練成を再開しようとした所で、新たな客が体育館に入ってきた。

 

「おい、ナマクラッ! 約束通り来てやったぞ……ッて、なんでコイツまでいやがんだッ!?!」

 

「かっッ、かっちゃんッ!!?」

 

 体育館のドアを蹴り開けた爆豪が、俺と一緒にいる緑谷を見た瞬間、一気に機嫌を悪くさせた。

 

「緑谷くん。休憩終わったら次、爆豪くんと戦ってみなよ」

 

「えぇッ!!? き、切裂くんっ!!!?」

 

「ア゛ァッ!? テメェに呼ばれて、なんでクソナードと戦わなきゃならねーんだッ!!!」

 

 更にキレる彼へ、俺は挑発も込めて淡々と告げた。

 

「体育祭の頃の緑谷くんだと思って挑んだら、負けるよ」

 

「ア゛ァ゛ぁッ!!!!? ナマ言ってんじゃねェぞコラ……!! 来やがれクソデクぅッッッ!!!!」

 

 彼はカバンも制服の上着も放り投げて、爆速ブースターで緑谷に突進した。

 

「うわぁぁあぁぁぁっッッ!!!?!?」

 

 ものの数秒で爆豪は緑谷の進化に動揺したが、そこで折れるハズもなく、彼をボコしていた。すぐに自分の番が回ってくるだろうと、俺は跳ね回って逃げる緑谷を見届けながら準備運動を始めた。

 

 職場体験まで、もうすぐだ。

 

 

 

 

 

 次回『職場体験初日』




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