切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第十三話

 

 

 

 

 

 職場体験当日。雄英高校の最寄り駅に集合した俺達A組は、体験先のヒーローに失礼のないようにと相澤先生から軽い小言を受けてから、俺と峰田は先生とA組達と別れて、電車でマウントレディの事務所へと向かった。

 緑谷と麗日が駅で飯田を見送っていたのを見たが、彼の反応は俺が見ても少し違和感を感じる、取り繕ったモノだった。

 

 マウントレディの事務所の最寄り駅まで、たったの数分。ここからは徒歩で移動となり、最初はウッキウキでスキップまでしていた峰田だったが、貰った資料に示された地図に従って歩いていく内に、すぐ変な事に彼も気付く。

 地図には事務所として案内されたハズなのだが……辿り着いたのは、そこそこ敷居の高い普通のマンションだった。

 

「なぁ切裂……ココで間違ってないよな?」

 

「うん」

 

 峰田が見上げているドアの前の表札に書かれた『岳山』の字を確認する。と言うか、マウントレディの名字が『岳山』って、今初めて知った。

 

「事務所ってゆーか、ただのマンションだぞ……」

 

「まあ、その辺の話も聞いてみようよ」

 

 このまま2人で突っ立っていても仕方がないので、俺は意を決してドアのインターホンを押す。

 ドタドタと慌ただしい音に女性の返事が奥から聞こえて、ドアが開かれた。

 現れたのは、爽やかな金髪のロングヘアーを伸ばし、峰田の髪の毛みたいに澄んだ紫色の瞳をした、男女問わず100人中100人が美人と答えてしまいそうな、若い女性だった。ただ、まだヒーローコスチューム姿ではなく、彼女が着ているのはラフな部屋着姿だった。

 そんな彼女に息を飲みながらも、俺は峰田と挨拶をする。

 

「初めまして。雄英高校から来ました、ヒーロー科1年A組の切裂 刃です」

 

「同じく、峰田 実です!」

 

 俺と峰田は同時に頭を下げた。

 

「「1週間よろしくお願いします!」」

 

「ぇえっ、よ、よろしく……ね……!」

 

 そんな俺達の素直な態度に、マウントレディはえらく緊張していた。

 普通、職業体験って参加する側が緊張するハズなのに、受け入れ側の方が緊張してるのはなんとも可笑しな気分だ。

 

「それじゃあ……中に入ってもらおうかしら!」

 

「「はいっ、失礼しますっ!」」

 

 とりあえず彼女に案内されてマンションの中へと入ったのだが、入ってみてもそこは本当にちょっとフロアのスペースが広めの、良いお部屋だった。

 ソファーやテレビなど生活感もあるが、ただ、そんな雰囲気とは場違いな連結式のテーブルや、パイプ椅子、金属ラックの本棚がココを事務所か何かであると表していた。

 

「おおぅ……」

 

「お?」

 

 女性の住んでいる部屋に入れるみたいで、最初は目をギラつかせていた峰田が、無骨なレイアウトに少し驚いている中、俺はテーブルの前に立っている人間に視線を奪われた。黒のスーツ姿に顔の上半分が銅の鉄仮面みたいになっている人だった。

 

「初めまして。君達が職場体験の生徒だね? 僕はただのサイドキック兼会計士。よろしくね! ちなみに顔のコレは異形型の元々だから、気にしないで」

 

 そう軽く自己紹介して手を振る会計士さんの、左手の薬指には指輪が嵌められていた。既婚者だ。

 

「あれ、マウントレディ結婚してましたっけ?」

 

「ち、違うわよっ! 彼は外に家庭を持つ、タダの会計士……まぁ、プロデューサーでもあるわね」

 

 峰田はマウントレディと会計士さんを交互に睨んでいたが、嘘を言っているようには見えなかった。

 そうして始まった、俺と峰田によるマウントレディ事務所の職場体験。まず会計士さんの指示の下に始まったのは、事務所内の清掃だった。

 

「いーい? ヒーロー活動はね、暇な時間をいかにしてやり過ごすかが重要なのよ。わかる?」

 

「「はーい……」」

 

 どっから用意したのか割烹着を着て掃除機を回す峰田と、会計士さんに借りたエプロンを着けてテーブルと書斎棚を拭いていく俺。その後ろでマウントレディはソファーに座って、情報雑誌を読み上げながらお菓子を摘んでいた。

 

「こういうプレーは得意じゃないんだけどよぉ……」

 

「これも仕事さ、あきらめな」

 

 峰田を宥めさせながら、俺は書斎棚を拭き上げつつも、何冊か気になったファイルを手に取って確認しながら清掃していく。

 清掃しがいのある広いリビングだが、事務所にしているせいで物が多く、少し窮屈に感じる部屋を見渡して、俺はテーブルでパソコンを叩いている会計士さんに話しかける。

 

「だいぶゴチャついた部屋ですけど……ここにお客さん通してるんですか?」

 

「いいや、ココは彼女の家だからね。個人的な依頼じゃ事務所が小さいし、僕1人だけだと事務作業が大変な事になっちゃうから、受けてないのさ。普段はパトロール中の犯罪の取り締まりと……大きな事件が発生した時に警察から来る、応援要請で出動するんだ」

 

「へぇ〜、ヴィラン退治にもいっぱいあるんだな! よっと!」

 

 峰田が素の声で関心しながら、キッチンの隙間を掃除機で掃除しようと躍起になっていた。

 そんな峰田の反応を見て、会計士さんは更に話を続ける。

 

「逮捕の協力や人命救助などの貢献度は役所に申告してから、専門機関に虚偽がないかどうか調査されて、最後にお給料が振り込まれるんだ。だから基本、歩合制さ」

 

「あぁ……クッソ、取れねえ……っ!」

 

「やっぱり……そうなんですね!」

 

 キッチンの陰で見えない峰田が何かやっているので、代わりに俺が相槌を打つ。

 

「あと……君達の知っての通り、ヒーローには副業が認められているから、メディアへの出演やイベント事などの参加で出演料や契約料……いわゆる『ギャラ』が貰えるんだ。僕の仕事のメインはそっち系の仕事の精査や交渉人って所だね。あぁ、ゴメン切裂くん。書斎室もあるから、そっちもお願いね」

 

「マウントレディって言ったら、大体はそっち系ですもんね! つか……見ろよ切裂! オイラのモギモギ、埃の隙間に押し込んだらホラっ、メチャクチャゴミ取れたぜ!」

 

 ゴミの付きまくった峰田ビーズを上に掲げて、キッチンから見せつける彼を俺は褒める。個性でまたひとつ、彼にできる事が増えてしまった。

 

「大発見じゃん峰田くん! その調子でガンガンいこう! 俺、書斎室行ってくるね」

 

「おうっ!」

 

 マウントレディ1人が暮らしているにしては、広すぎるとは思っていた。リビングを離れて俺は別の部屋へと移動する。

 ドアを開けて電気を点けると、そこは書斎室と言うよりカーテンの閉じられた普通の部屋で、壁にはズラリとメタルラックの本棚にファイルという名のファイルがひしめき合って詰め込まれていた。上の方にはダンボールまで乗っかっていて、警察ドラマで見る資料室みたいだった。

 掃除ついでに整理整頓もしながら、俺はファイルを順繰りに調べていく。書斎室の本棚は、解決済みの事件ファイルと、都心以外の別の地方で起こった事件ファイルばかりだ。爆豪と緑谷が巻き込まれた『ヘドロ事件』のファイルも見つけた。

 

 リビングにあった本棚は『ヒーロー殺し』含めた未解決事件と、『USJ事件』など、かなり有名な事件。それと最近起こった事件のファイルだった。

 

「終わりました!」

 

「こっちのキッチンも終わりました!」

 

「ありがとう! そしたら一度休憩しよう。お茶とお菓子出すよ」

 

 俺と峰田の報告で、会計士さんは一度パソコンの動きを止めた。

 

「ありがとうございます! あと、書斎室に自分のクラスメイトが巻き込まれた事件のファイルがあったんですけど、こっちに持ってきていいですか? 『ヘドロ事件』って名前の……」

 

「え?」

 

「マジかよ切裂っ、あの爆豪のヤツの!?」

 

「お? いいよ、持ってきな」

 

 俺の言葉に峰田だけではなく、マウントレディも振り返って俺の方を見てきた。確か、彼女もヘドロ事件の事件現場にはいたハズだ。体がデカすぎて、商店街の中に入れなかったそうだが。

 会計士さんに許可も貰って、俺はファイルを持ってくると、峰田と会計士さんとマウントレディが座っているソファーに腰を下ろした。もちろん俺の隣には峰田。マウントレディと会計士さんは向かいのソファーだ。そして目の前のお菓子の皿と、お茶が4つ淹れられた脚の低いテーブルの上に『ヘドロ事件』のファイルを置いて開いた。

 

「事件ファイルに興味持つなんて、やっぱり雄英生は違うねぇ……!」

 

「あなた達、彼とお友達?」

 

 機嫌良く話す会計士さんに対し、俺達に興味を示している様に話すマウントレディ。彼女の言っている彼とは、たぶん爆豪の事ではないのかもしれないが、このファイルに緑谷の名前は書いてない。

 峰田はマウントレディの言った事にたじろぎながら、お菓子をつまんで事件ファイルを見下ろす。

 

「いや、友達では……」

 

「どちらかと言えば、ライバルですね……」

 

「そう……」

 

「ってか、このヴィランかなり強力だな……オイラのモギモギじゃ捕まえられねえ……」

 

「俺の斬撃も無理だね。こーゆータイプのヴィランが出た時のために、新しい技でも考えないと……」

 

 ファイルを見ながらお茶をすする俺に、会計士さんは思い出したかのように話を始める。

 

「そう言えば君、この『ヘドロ事件』の子と体育祭で戦ってたでしょ!? いやー凄かったよっ、まさに残虐ファイト!」

 

「オイラのクラスも、途中で見れないヤツが出たッスからね!」

 

「私も体育祭の警備任務に就いてたから、スタジアムの外から見てたわ。見入りすぎて先輩に怒られちゃったけど」

 

「「「何してんの」」」

 

 俺達3人の声が被って、マウントレディは恥ずかしそうに咳き込んだ。

 そこに会計士さんが話を続ける。

 

「そうそう、疑問なんだけど君……体育祭3位だったでしょ? もっと上からのヒーロー事務所のオファーもあっただろうに……どうしてココを選んだんだい?」

 

「いや、マウントレディ……1年経たずでヒーローチャートランキング2桁台に入ったのって凄いと思いましたし、結構若いから俺達目線の話とか、いっぱい知ってそうだったので……」

 

「そ、そう……!」

 

 俺の答えにマウントレディも会計士さんも驚いていた。

 

「おおっ、しっかりした理由だ! こりゃ僕達も張り切らないとな!」

 

「……なんでオイラには聞かないですか?」

 

「君はひと目でわかったよ、彼女のファンだって。今までいろんな人見てるから、見分けはつくんだよ?」

 

 納得しつつも唇を尖らせる峰田に、俺は彼を宥めながら逆に質問してみる。

 

「ちなみに、マウントレディは俺達の誰にオファーしたんですか?」

 

「轟くんと上鳴くんよ」

 

「あぁ、顔すか……」

 

 2人の共通点をすぐに理解した峰田は、あんまりな理由にソファーで項垂れた。

 

「峰田君はマスコット枠として、切裂君は……うん、特段ブサイクでもないし、イケメン…………まぁ、良いんじゃない?」

 

「すっごい投げやりな褒め方ですね」

 

「まあまあ……顔は整ってるから、長い目で見れば化けるかもよ……?」

 

 顔半分隠れている人に慰められても、何にも嬉しくなかった。

 

「オイラ、マスコットかぁ……」

 

「でも、美男美女ばかりがヒーローで人気とは限らないよ? 君よりも異形型の見た目でトップヒーローとか、沢山いるしね」

 

 同じ異形型である会計士さんが峰田も慰め、彼も少し元気を取り戻した。

 

「でも、身だしなみや清潔感は整えておきなさい? 人前に立つ以上、ヒーローは見た目も大切よ。私は幸運にもこの美貌と、目立つ個性があったから何とかなったけど……初デビューの第1印象でインパクト出せないと、生き残るの難しいわ。結構シビアなのよ……この世界」

 

「プロヒーローは就職から1〜2年の退職率が一番高いからね。事務所を立てるか、独立するかも大きな分かれ目だよ」

 

「ふえ〜、オイラどうすっかな……最初は切裂と事務所立てようぜって言ってたけど……」

 

 峰田が手に膝をついて、大きく息を吐いて悩んでいる姿を尻目に、会計士さんと今後の職場体験の内容を打ち合わせた。

 

「さて……すっかり駄弁っちゃったけど、今後の5日間の方針を先に言っておこうと思ったんだ。最初の2日間はヒーロー事務所が毎日どんな仕事をしているのか体験してもらうため、普段の事務所の1日を過ごしてもらうよ」

 

「「はい!」」

 

「もちろん、パトロールにも参加してもらうからね。時間は特に決めてないけど、午前に1回と午後に1回。警察や他ヒーローからの応援要請が入ればその限りじゃないけど、それ以外は事務所でヒーローとしての事務作業や雑務を経験してもらう。その後は……2人の働きを見て適宜考えようと思う」

 

 スラスラと話す会計士さんの話を聞いて、俺と峰田はやる気を出した。パトロールとヴィラン退治以外にも、やる事覚える事は沢山ありそうだ。

 

「空いた時間は……勉強でもすっか!」

 

「いいね峰田くん。俺もやるよ!」

 

「流石偏差値79の高校……!」

 

「やだわ〜、私……高校生活なんて思い出したくもないわ〜」

 

 驚く会計士さんの隣で、マウントレディは遠い目をしている。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 それに対して会計士さんが笑いながら答えた。

 

「はるばる北海道から本州に飛んだんだもんね」

 

「え? マウントレディ、出身北海道なんですか?」

 

「そうよ北海道のド田舎」

 

「そっからヒーロー科の高校に?」

 

「違うわ、高校は地元の農業高校。そこから短大でプロヒーローの免許取ったのよ」

 

「「農業高校!?」」

 

 俺と峰田は声を合わせた。どんどん俺の知らない事ばかりか、彼女のイメージにない話まで出てくる。

 

「彼女、個性が原因で小中と学校の校舎、何回か壊しちゃってるからね」

 

「あっ、そっか……」

 

「なるほど……」

 

 壊される可能性の低い、だだっ広い農業高校が1番都合が良かったのか。本人の意思じゃなさそうだけれど。

 そんな事を考えているのを遮る様に、マウントレディが手を叩いた。

 

「ハイハイッ! この話はオシマイっ! それより、時間も良い所だし……これから早速午前のパトロールに行きましょうか! 2人ともコスチュームは持ってきてるわよね?」

 

「はい!」

 

「おしっ!」

 

「着替えは向こうの書斎室かトイレ使って。更衣室なくてゴメンね」

 

 そんな感じで峰田と書斎室でヒーローコスチュームに着替えた俺達2人は、リビングに戻ってくると同じくメディアでよく見たヒーローコスチュームを身につけたマウントレディと顔合わせた。

 マウントレディのパーソナルカラーである紫とベージュ色の、M78星雲に住んでそうなヒーローのデザインをしたパツパツスーツに、顔には顔の側面から悪魔みたいに角の生えた目出しアイマスクを装着している。

 

「準備はOKかしら!?」

 

「おお……っ! は、はいっ!」

 

 コスチューム纏った峰田が完全に見惚れていた。やっぱり目の前に本物ヒーローがいると、興奮するものなんだろう。

 

「それじゃあパトロールに行くわよ。歩きながら色々と説明もするから」

 

 そう言って歩こうとしたマウントレディの足が、ピタリと止まった。

 

「そういえば…………あなた達のヒーロー名、聞いてなかったわね! 教えてちょうだい!」

 

 俺と峰田は、握りしめた拳を前に出して宣言する。

 

「モギタテヒーロー『グレープジュース』っ!」

 

「イレギュラーヒーロー『ブレイズ』!」

 

「ふふっ♪ グレープっ、ブレイズっ! ついてきなさい!」

 

 名前を聞いたマウントレディは嬉しそうに、俺達を引き連れて事務所兼マンションの外へと出ていく。

 彼女が偉大なる先輩であり、1人のヒーローである事を身に染みて感じた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 さあやって来ました、事務所の最寄りである田等院駅周辺。風を肩で切りながら歩くマウントレディの後ろを俺はついていく。峰田の足幅を知らない彼女は、少し峰田が大変そうな事に気づいていない。

 

「いい? ヒーローコスチュームを身につけて外に出たら、あなた達も立派なヒーロー! 堂々と胸を張ってちょうだい!」

 

「はい!」

 

「はっ、はい!」

 

 さっきのマンションでの様子とは一転、リーダーシップを感じられるマウントレディに、俺達は着いていく。

 ちなみに、授業以外で初めて着る事となったヒーローコスチューム。せっかく人目につく場所に初めて立つので、今回の迷彩の柄もお気に入りの陸自迷彩にしていた。

 

「まずは軽く大通り沿いをパトロールしてから、ファンとの交流をするわ!」

 

「はいっ!」

 

 見て回るだけでなく、ヒーローとして市民から持て囃されるのも、大きな意味がある。デカいマウントレディがそこにいるってだけで、犯罪の抑止力には十分なるのだ。

 

「私がファンサービスする時は、必ず……」

 

「巨大化して自分が収まる場所ですよね!」

 

「その通り! そこまでは普通に歩いて見て回るわよ!」

 

 峰田の答えに、機嫌良くさせた彼女と一緒に街を歩いて移動をする途中で、俺は反対側の歩道に走る人影を見つける。

 

「ん?」

 

 筋骨隆々とかを超えた異形型の体格に、しゃくれ顎。道路工事の黄色と黒の縞々のカードフェンスみたいなデザインの防具がアクセントになったプロヒーロー『デステゴロ』だった。

 で、その彼のすぐ後ろを走っているのは……

 

「ヒーローとは日々訓練! 日々鍛錬だ! パトロール中と言えども、それは変わらん!」

 

「はッ……はいっ!!」

 

 イヤホン=ジャックこと、耳朗だった。

 

「耳朗ちゃん!」

 

「え!? あ、ホントだ!」

 

「っ!?」

 

 峰田も気づいて指差す耳朗は、こちらには気付いたようだが、走っていて返事をするどころではなさそうだった。ピンジャックになってる耳たぶをなびかせながら、顔だけを俺に向けている耳朗は限界ギリギリなようだ。

 

「ん!? マウントレディ!」

 

 俺達を引き連れるマウントレディに気が付いたデステゴロは耳朗を引き連れたまま、横断歩道を渡ってこっちまで走ってきた。

 俺達の所まで来た耳朗は、膝に手をついて息を切らせていた。

 

「大丈夫耳朗ちゃん? お水あげようか?」

 

「はぁッ、はぁッ! ありがと……!」

 

 彼女は俺の装具のポーチから差し出した水筒を手に取り、口を付けないように少し離しながら、器用にゴクゴクと一気飲みをし始める。そんな俺達の様子をデステゴロが見てマウントレディに苦言を漏らす。

 

「……甘やかしすぎなんじゃないか、マウントレディ?」

 

「関係ないでしょデステゴロ。私には私なりのやり方があるのよ」

 

 さすがヒーローチャート上位のマウントレディ。ゴツくて巨体で強面なデステゴロの意見を跳ね除けた。

 

「それよりマウントレディ、お前も知っているだろ『ヒーロー殺し』 アイツを野放しにしていると、いつかココにも来るんじゃねえかと思うんだが……」

 

「かもしれないわね……東京からはだいぶ離れてはいるけど……」

 

 プロヒーローは2人で話をしているので、俺は彼と彼女から少し離れて、満足した耳朗から水筒を返してもらってポーチに戻した。

 

「ありがと切裂……生き返ったよ……! ハァ……!」

 

「デステゴロの事務所なんて……ずいぶんハードになりそうなトコ選んだな?」

 

「ウン……もうちょっと考えればよかった……!」

 

 後ろの本人が聞いたらカンに障られそうな事を、峰田は平然と言う。そのデステゴロはまだマウントレディと話をして、聞いていなかった。

 

「まあ、その分覚える事も経験する事も特別になりそうだから……頑張っていこうよ耳朗ちゃん!」

 

「そうだね……っ! まだ始まったばっかだし、頑張ってみるっ!」

 

「またなマウントレディ。おいイヤホン=ジャック! 行くぞっ!!」

 

「は、はいっ! じゃあねっ!」

 

 耳朗とそんな軽い会話をしてから、彼女はマウントレディとの会話を終えたデステゴロに呼ばれ、また走って行ってしまった。

 その後、特にヴィランによる大事件などが起こる事もなく、大通り沿いを彼女と峰田とパトロールしてから、ようやくマウントレディがファンサービスできる小さな公園へと到着した。

 

「ヒーローはヴィランを退治するだけが仕事じゃないわ! 自分達がココにいるって事で、みんなに安心感や信頼を得るのも大事な事よ! こんな風に……ねっ!!」

 

 そう言って彼女は個性を最大限に利用して、俺と峰田の隣で自身を巨大化させる。たちまちマウントレディの姿が山みたいに大きくなった。

 足元から見上げるとマジでデカい。ビル数階分はある。下から股に向かって見上げると、なんだか申し訳ない事してるみたいな気分になった。胸もデカくて顔が見づらいから、デカくなったマウントレディを真下から覗くのは、あんまり良くなさそうだ。峰田はガン見だったが。

 

「スゲえ〜!」

 

「キタコレ……!」

 

「キタコレ」

 

「キタコレ!」

 

「うわっ! 本当に集まってきた!」

 

 大きくなったマウントレディを囲む様に、一瞬にして彼女のファンと言うかパトロンでもある『キタコレ族』のカメラが集まっていく。公園周辺の建物にもカメラ構えているから、相当な人気っぷりだ。ここに来る途中までに、何人もの彼女のファンがついて来ていたが、パトロール中は話しかけないのがマナーなのだろう。その代わりに挨拶や声をかけられたら、彼女は笑顔で返していた。

 マウントレディはそんなキタコレ族に巨大化したまま様々なポーズで反応を誘い、更に人を寄せ集める。それはキタコレ族のみならず、純粋な彼女のファンや、初めて彼女を見る人なども集まっていく。

 

 そして公園という公衆の場に人が集まっていく以上、ちょっと面白い事になっていた。マウントレディそっちのけで、峰田の周りにどんどん小さな子供が集まっていくのだ。

 

「うぁあぁ!? なんだなんだなんだっ!?」

 

 チビッ子に「カッコイイ」「カワイイ」と言われながら、困惑する峰田が囲まれていく。ちなみにこの時間帯、小学生以上は学校だから、ここにいるのは幼稚園児ぐらいの歳の子ばかりだろう。5歳児ボディである峰田と、どっこいどっこいぐらいの体格だ。

 

「ホラッ、グレープっ! せっかくアナタに興味を持ってくれたんだからっ、ファンサービスしなさいっ!」

 

「ファ、ファンサっつったって……え〜と!」

 

 少しイタズラっぽく話すマウントレディに勧められ、なんとか自分の頭で考えながら峰田はとりあえず握手をしようと手を伸ばす。けども、遊んでくれると勘違いされたか、彼の手がたちまち子供達に掴まれて引っ張りだこにされ始めた。

 

「うぉおぉぉっ!? ちょいちょいちょいっ!?」

 

 マントも引っ張られ始め、さすがに焦った峰田にそろそろ助け舟を出してやろうかと俺が近寄ろうとすると、それよりも早く子供の親御さん……それもまだ若々しい女性達が子供達を止めてくれた。

 

「コラっ、お仕事のジャマしちゃダメでしょ?」

 

「体育祭は惜しかったわね〜!」

 

「なんてお名前のヒーローさん?」

 

「もっ、モギタテヒーローッ! 『グレープジュース』ですっ!!」

 

 ちょっぴりドギマギしながらも、腕を曲げて拳をギュッと握りしめ、峰田は自己紹介する。彼が小さくてカァイイくもあって、向こうの反応は中々良い。子供のみならず、若妻の心まで掴んだぞ。

 そんな俺は、ちょっと遠くに離れてマウントレディの足元に隠れながら、峰田のファンサを見守る。

 

「よかったね峰田くん、モテモテで」

 

「違うわいッ! あぁッ、頭はダメだっての!」

 

 チャームポイントだが触れるとくっ付いてしまう頭に、無邪気に触ろうとしてくる子供の手を慌てて避ける峰田。子供は丸いものに惹かれる傾向があるから、彼みたいなのはとっつきやすいのだろう。身長も少し大きいぐらいだし。

 

 カメラのフラッシュを焚かれながら、キタコレ族に囲まれるマウントレディと、ワイワイガヤガヤとチビッ子に囲まれる峰田。その間にポツンと取り残される俺。ずいぶんと差が生まれたモノである。

 

「足元にいるヤツ誰だ?」

 

「あんなサイドキック、マウントレディの所にいたっけ?」

 

「まさか……とうとう『男』が……っ!?」

 

 その内、数人の男が変な勘違いを始める。このままだとゴシップ記事に載せられても、仕方がない所までいってしまっていた。

 

「お前は気づかれてもいねぇな……w」

 

 慣れない子供をあやしながら、ヘラヘラ笑みを向ける峰田。そこにマウントレディが上体を大きく曲げて俺を見下ろしてくる。

 

「切裂くん、その全身を隠しちゃうヒーローコスチュームだと、あなただってすぐわかってもらえないから、人気が出づらいわよ? それにそのコスチューム、あなたの個性とあまり関連性がないと思うんだけれど……そういうのが好きなの?」

 

 まともな意見を言われて、俺もビビった。

 彼女の言う通り、俺のコスチュームが完全に趣味に走っているのは承知している。しかし、好きは貫き通してこそだ。

 

「まぁ、そうですね。なので……俺が流行りにしてやりますよっ!」

 

 本音を言えば、目立つのは得意じゃないのだが、俺は有名にならなければいけない理由がある。

 

 個性によって人生を狂わされかねない、こんなクソみたいな世界を生きる人達が、心操みたいにヴィランではなくヒーローを志してくれる意思を尊重し、守りたい。

 

 

 

 

 

 トガちゃんのための、優しくて明るい世界を作るために。

 

 

 

 

 

 マウントレディの足から離れて、峰田のいる子供の集団からも離れた俺は、それでも集まる人だかりの前でわざとらしくヘルメットを外し、フェイスマスクを脱いで大きく息を吸い込んだ。

 俺の存在に周りの人達は、すぐ気付いてくれた。

 

「んっ!? あの子……体育祭の3位の子じゃないか!!」

 

「スゲぇッ!」

 

「雄英生が2人も!!」

 

「凄いなマウントレディ……!」

 

「君っ、応援してるよ!」

 

「表彰式の言葉、聞いてたよっ!」

 

「頑張って!!」

 

「君も体育祭惜しかったなーっ!」

 

「アツいもの見せてくれたぜ!!」

 

「ヒーロー名、なんて言うんですか!?」

 

「カッコイイ……♡」

 

 たちまち俺の周りに人が集まり始めたどころか……なんと、キタコレ族の一部まで引き込んだ。元々男の集団ばかりだから、マウントレディみたいな女の子だけでなく、迷彩服みたいな格好良い系のジャンルも好きな人が多いのだろう。

 しかも、峰田と違って若い女性まで集まってきていた。俺は女性のファンにも握手をしながら、後ろの峰田に向かってニヤリと笑みを向けてやると、悔しそうに歯をギリギリしながら俺を睨んでいた。

 もちろん女性ファンだけではなく、俺は集まってきた人達に握手や挨拶、そして自分のヒーローとしての指針である、明るくて優しい世界を作るという目標を挙げる。壮大すぎて少し恥ずかしかったが、息苦しくは感じられなかった。

 

 俺はマウントレディに顔を向けて鼻を鳴らした。見下ろす彼女も驚いていた。

 

「キーックっ!」

 

「コラーー、クソガキーーッ!!」

 

 泣きっ面に蜂か、峰田が少しヤンチャな子供にイジられている。ソレを見ているのも面白かったのだが、せっかく未来のファンが増える機会だ。ココで良い印象を持ってもらえれば、一生モノである。

 俺はファンサもほどほどに、峰田に近づいてしゃがみ込むなり彼の頭をポンと叩いた。

 

「峰田くん、子供とはまず目線を合わせて!」

 

「え!? うおっ!」

 

 峰田の隣に膝までつけてしゃがんだ俺は、丁度目の前にいる子供達に笑顔を見せながら、刃に変化させた手を振って興味を引かせる。

 

「恥ずかしがらずに目線を合わせて、オーバーなぐらいの笑顔を見せる。そしてまずは挨拶! 常識でしょ? こんにちわ〜♪」

 

「「「「こんにちわ〜!」」」」

 

 切島、上鳴、瀬呂辺りが見たら笑われそうなぐらいの勢いで、俺は子供達に元気の良すぎる挨拶をしていく。何人かの子はいい笑顔で返事してくれた。

 

「うおっ、スゲぇ!」

 

「そしたら自分が誰なのか伝えないと! ボクはヒーローの『ブレイズ』っ! こっちはオトモダチのヒーローの『グレープ』っ! よろしくね!」

 

 そこまで言うと、興味を示した子供の1人が、自分からこちらへと寄って話しかけてきた。

 

「おにーちゃんも、ヒーローなのー?」

 

「そーだよー! ボクのこせいはこーやってわるいヴィランをスパスパきっちゃうんだよ!」

 

 ここぞとばかりに俺は片腕をそのまま刃にして、子供達の前で立ち上がって大袈裟にヒュンヒュン振り回す。

 

「すごーい!」

 

「かっけーっ!」

 

「じゃあチンチンもスパスパなのぉ!?」

 

「おおぉ! チンチンだってスッパスパだよっ!」

 

「おおいっ、切裂!」

 

「子供のノリにはノッてあげる! コレ鉄則っ!」

 

 すぐに母親がコチラへと謝ってきたが、すぐにやんわりと断りを入れて俺は更に話を広げていく。

 ここまでくれば、あとはどんな話にも乗ってくれる。そしてこの世界で子供にも通じる話題は、自然と決まっている。

 

「キミのこせいはなーに?」

 

「ぼくのこせーはねっ───

 

 そのまま地べたに座り込んで、キャッキャと子供の群れに囲まれていく俺。そんな様子を後ろから峰田と、縮んで元のサイズに戻ったマウントレディが、俺を宇宙人でも見るような目で見ていた。

 

「な、なんであんなに仲良くなれるの……?」

 

「オ、オイラもわかんない……」

 

 こちとら、ソコソコの記憶力もって幼稚園児からココまで来たんだ。この子達との意思疎通の仕方なんて、保育士だってビックリのレベルでこなせる自信があった。

 幼稚園の面談で先生から「全然泣かないし、グズらないし、大人しくて他の子のお世話までしてくれる、とても面倒見の良い子です」と言われた時には、母親が俺の顔を見ながら「?」を出し続けていたのもいい思い出だ。

 

 俺は離れてしまった峰田とマウントレディを呼んで、未来のヒーローの可能性を持つ卵達との合流を深めさせた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 初めてのパトロールが終わって、事務所が注文してた弁当で昼食を終えてから、俺と峰田は会計士さんから事務作業を学んでいた。

 ちなみに午後もパトロール行くから、服装は雄英の制服ではなくヒーローコスチュームのままにした。

 

「うーん……オイラあんなに子供に人気出るとは思わなかったな……」

 

「だから俺言ってたじゃん、峰田くんカァイイって」

 

「せっかくなんだから、君の個性で何かパフォーマンスとかできると、もっと人気出るかもね? 子供が喜びそうなヤツ!」

 

「うーん……」

 

 会計士さんとも雑談しながら行っていた事務作業も区切りがついて休憩している途中、峰田が自分の頭のモギモギをひとつ手に取って考え事をしていると、ソファーに座っているマウントレディがため息を吐いていた。

 

「「ん?」」

 

「ハァー……」

 

 彼女が見ていたのは給与明細らしき、小さな紙切れだった。

 モギモギを頭に戻して後ろからコッソリ見ようとしていた峰田を、野良猫みたいに首の後ろの襟を掴み上げて、俺は一緒になってマウントレディの後ろから覗く。

 

「へー、新人ヒーローで相場がコレぐらいなんですね……」

 

「ゼ、ゼロがいっぱいだ……!」

 

 俺と峰田の声に、すぐ彼女は振り返って給与明細を手元に隠した。

 

「ちょっと、子供が見るものじゃないわよっ」

 

 自分の給料見られるのは恥ずかしかったのか、マウントレディは見られた事に少しだけ怒っている。

 そこに峰田の冷静な言い訳が始まる。

 

「イヤイヤ……オイラ達もプロヒーロー志望なんだから、見てもいいんじゃないッスか? そーゆーのも、これからの仕事の参考になるかもしれないのに……」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

 少し戸惑うマウントレディに、俺は更に話を続ける。

 

「それにしても……ずいぶんと天引きが多い気がしましたけど、貯金でもしてるんですか?」

 

 俺の言う通り、彼女が持っていた明細の最後の欄が見えていたが、その手取りの金額が20万を超えていなかった。このマンションの家賃もそこそこありそうだが、生活が大丈夫なのか少し不安になる金額だ。

 マウントレディは俺から顔を逸らして、言いづらそうに答えた。

 

「事務所を壊しちゃったの、知ってるでしょ……?  それの返済が、まだなのよ……」

 

 彼女の個性が大きくなる事である以上、下手に暴れると関係ない物まで壊してしまう時が多い。プロヒーローデビュー戦でも、ヴィランを倒すついでに電車の高架橋の一部を壊していた。

 

「確かにテレビで見た時、ヴィラン倒してるより物壊してる映像の方が多いですもんね」

 

「マウントレディと器物損壊はセットだもんな!」

 

「段々と遠慮がなくなってきたわね、あなた達……!」

 

 眉間に皺を寄せるマウントレディに対し、後ろで会計士さんが遠い目をしながら乾いた声で笑う。

 

「ハハハ……僕も最初の頃は大変だったよ、ホントに……」

 

「ちょっと! その話をするのはもうナシって言ったでしょ!?」

 

 マウントレディが慌てて話を止めようとしてきた。そんな色々と壊されたら、きっと会計士さんも大変だったのは間違いない。

 可哀想だからこれ以上金の話は止めて、俺はその原因になっている彼女の個性について話を続ける。

 

「その大きくなる個性って……2〜3メートルぐらいに抑えられないんですか?」

 

「ムリよ」

 

「体の一部だけ巨大化させる事は?」

 

「ムリよ」

 

「じゃあ、きっとできますね」

 

「ちょっと!? どれだけ頑張ってもムリだったんだから……!」

 

 駄々を捏ねるように反論しようとするマウントレディに、俺はビシッと手の平を突き出して黙らせる。

 

「個性とは可能性です。自分で「ここまでしかできない」と決めつけるんじゃなくて「もっとできる」と思う気持ちが大切です」

 

 本当なら農業高校にいる内に、彼女は個性を伸ばすべきだったのだ。都心になればなるほど、彼女の訓練のための巨体を確保するスペースがなくなってくる。今になっては困難かもしれないが、彼女の可能性を信じてみたかった。

 彼女も『ヒロアカ』の中では雄英の関係者以外でひと際、目立っているキャラクターだった。この先、敵連合と絡む可能性はある。それを考えたなら、いくらでも強くなってほしかった。

 

「可能性って……」

 

「俺だって、最初は腕と足しか刃物にできなかったんですよ? それが、気がつけば全身刃物人間になってました」

 

「切裂はクラスの中で1番個性の使い方が上手いんだぜ? オイラも自分の個性を見てもらって、新しい技ができるようになったんだからな!」

 

 少し胡散臭そうな顔で話を聞く俺の隣で、まるで自分の手柄みたいに、両手を腰に当てて鼻高くドヤってみせる峰田。

 更に俺は彼女に畳み掛けるようにして続ける。

 

「サイズ調節が簡単にできるようになれば、ヴィラン退治だけじゃなくても、建設や救助でも仕事の幅が広がります。そしたらもっと、マウントレディの事知ってくれる人も増えますし、お金も増えるかもしれませんよ?」

 

「確かにっ! ファンサービスのパフォーマンスで、上手い事個性を使えないか考えてみようか?」

 

 後ろで会計士さんが笑いながら考察を始めている目の前で、マウントレディは俺からの視線を逸らした。

 

「まあ確かに……このサイズ調節ができれば……って、何度も思った事はあるわよ……でも……」

 

「……マウントレディも、自分の個性で人生苦労してきたんですよね? 俺もですよ」

 

「……っ!」

 

 まだ下向きな意見を続けようとした彼女が、俺の言葉で視線を合わせた。

 

「けっこう親から個性制限されましたし、周りからも『ヴィランっぽい』って言われました。それでも、峰田くんと一緒に今ココまで来れました。個性は使い方次第です……!」

 

「そうね……そうかも……!」

 

 少しだけ彼女の曇りが消えたところに、いつの間にか給与明細を手に取っていた峰田が、明細を会計士さんに渡しながら元気な声を漏らす。

 

「でも、この返済がなくなれば、新しい事務所も立てられるッスね!」

 

「次は東京辺りにでも立てるんですか?」

 

「う、うん……そうね……そうしたいんだけど……」

 

「「?」」

 

 新しい事務所と言われ、マウントレディは口ごもった。俺と峰田が不思議そうに顔を傾けるも、後ろの会計士さんが苦笑いしながら口を開く。

 

「まっ、とにかく今は彼女の借金の返済を終わらせるのが最優先だね。ただ『ヘドロ事件』以降、最近はこの辺りで大きな事件も起こってないから、返済は長い目で見ないといけなくなってるけど……」

 

 会計士さんとしても、事務所の返済はなるべく早く終わらせたいに決まっている。問題は一気にソレを減らせるような出来事は、田等院で起こらなくなっている事。

 外見が整っているマウントレディは副業も多い方だが、それでもヴィラン退治の金額に比べると桁が下がってしまう。一刻も早く返済を済ますなら、ヴィランを倒すのが1番早かった。器物損壊も防ぎながら。

 

「プロヒーローは歩合制なんですよね? だったら少しぐらい遠征してでもヴィランを倒さないと……」

 

 そう言いながら、俺は事務所のテレビのリモコンを手に取って、ニュース番組にチャンネルを変える。

 

「例えば……アレとか……!」

 

 それに連れられて丁度、皆が視線を向けたテレビの内容は『ヒーロー殺し』のニュースだった。

 

「イヤイヤイヤイヤッ! 待てって切裂っ!! アレはマジでヤバいだろッ!!?」

 

 すぐに峰田がテレビを指差して叫んだ。マウントレディと一緒と言っても、さすがにヒーロー何人も殺してるヴィランの街に遠征は怖かったか。

 マウントレディは俺と峰田が騒いでいるテレビを見ながら、指を口元に添える。

 

「保須か……」

 

「デステゴロも言ってたわね……まだ被害者は増えるかもって……」

 

 会計士さんも声を漏らしている中、ソファーに座り込んだままの彼女の目は……微かにだったが、名声にも今の給与の惨状にも囚われない、パトロール中に見たヒーローとしての視線を感じた。

 

「掃除中に見つけましたけど、ココにまだ未解決の事件ファイルありますよね。『ヒーロー殺し』のファイル」

 

「お前、また余計なヤツを……!」

 

「ああ、気になる事件だから警察と公安委員会に頼んで、取り寄せてもらったんだ」

 

 峰田が何か言おうとしたが、会計士さんの何気ない言葉に押され、俺はすぐ本棚のファイルを取り出してテーブルに置き、過去にステインが起こした事件のページを開いた。

 

「ヒーロー殺しは今まで出没した7ヶ所の都市で、必ず4人以上のヒーローに危害を加えてから別の場所に移動しています。で……保須はまだ『インゲニウム』しか襲われてないから、あそこに再出没する可能性は大いにあるんです」

 

「うーん……少し興味があるけど、それでいつ現れるかなんてわからないし……それに4日後、私ファッションショーの撮影があるのよ?」

 

「「マジでッ!?」」

 

 全く関係ないし知らなかったイベントに、俺と峰田が声を合わせる。

 ヒーロー殺しが現れる翌日だ。少し気にはなったが、仮に保須に行っても病院の世話にならない程度に自分の被害を抑えれば、参加できる。

 それでも確かにマウントレディの言う通り、いつヒーロー殺しが出没するかなんて彼女達にはわからない。空振り覚悟で1日だけ静岡からわざわざ東京に行くのも、非効率的だ。その事で彼女は迷っていたのだが……フォローを入れたのは、なんと会計士さんだった。

 

「切裂君の言う通り……僕も前々から、ココを離れるべきじゃないかとは思っていたんだ。彼女が事務所2回壊してから……今、田等院周りで物件貸し出してもらえないんだよね……」

 

「うっ……!」

 

「ソレ、結構ヤバくね?」

 

 峰田すら冷静になって、冷や汗を垂らすマウントレディに問いかけ始めたので、俺はもう勢いに任せてみる事にした。

 

「保須で新しい事務所探しましょう! 都心へかなり近く……ってかもう東京になりますし、ソレしかないですよ!」

 

「確かに都心なら、夜になればヴィランの事件なんて日常茶飯事だからね……他のヒーローに先を越されなきゃ、上手くいけば……!」

 

 東京のだいぶ西側なのだが、都心ならなんだっていいだろう。

 会計士さんは少し困ったように頷いていたが、マウントレディはまだ悩んでいた。

 

「で、でもホントにいいの? せっかく職場体験に来たのに、私達の物件探しって……」

 

「そうだぜ! せっかく職場体験しに来たんだから……」

 

「物件探しだって、ヒーロー事務所建てるなら良い経験になるよ峰田くん!」

 

 俺と峰田が言い合いを始め出した両サイドで、マウントレディと会計士さんによる話が進んでいった。

 

「そうね……ここ最近、この街で大きなヴィランの事件もなかったし……そろそろ東京辺りに進出したいから、一度くらい私の名前を売っておこうとは思っていたのよね……!」

 

「大きな事件現場に、プロヒーローの遠征は珍しくもないからね……! よしっ、ファッションショーの会場も東京だから、少し色々とやる事があるとして……明日は普通に君達には職場体験をしてもらって、明後日から泊まりで保須に行ってみようか!」

 

「かーーッ、マジで行くの……?! イヤでも……ファッションショーのためだぁっ! やってやるぜぇっ!」

 

 峰田の不安を払って奮い立たせる叫びが事務所に響き渡る中、俺とマウントレディと会計士さんの3人で、明後日の予定を決める話が始まった。

 

 こうして、マウントレディのプロヒーロー上京デビューと、借金の返済が終わった後の新しい事務所探しのため、保須への出張が決まってしまった。

 もはやヒーロー殺しがオマケみたいな感じになってしまったが、明日は予定通り俺達に仕事を教えるついでに予約やら色々と調整をして、3日後に保須へと行く事が決まった。

 

 

 

 

 

 次回『保須事件』

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