「つうわけでっ、いざヴィラン退治だ!」
「ええ!? いきなりですか!?」
職場体験3日目、オールマイトから彼の師である『グラントリノ』との職場体験に参加していた緑谷 出久は、その日の昼間から唐突に今後の予定を示された。
「小僧、お前は思った以上にワン・フォー・オールを使いこなせてる! だからこそ組手以外の経験を積むべきだ! 俺とばかり戦ってると変なクセついちまって、全く違うタイプへの対応で躓く。だからこそ、次は様々なタイプと状況の経験を積むフェーズに入る! そもそも職場体験だ。ヴィラン退治をするのは、当たり前だろ?」
「仰る事はごもっともですけど……こう突然だと、心の準備が……」
自分の身長の半分程度の老人であるグラントリノから指を差され、動揺しながら彼を見下ろす緑谷の前で、グラントリノは事務所である家から出ると目の前を走っていたタクシーを手を振って止めた。
「ヴィランとの戦闘はすでに経験してるんだろ? それに、そんなデカいヤマにゃ近づかんさ。ここいらは過疎化が進み、犯罪率も低い。都市部にヒーロー事務所が多いのは、犯罪が多いからだ。人口密度が高けりゃ、それだけトラブルも増える。渋谷辺りは、小さないざこざ日常茶飯事なワケよ」
「渋谷って……東京の渋谷ですか!? まさかそんなハイカラの街にコスチュームで……!?」
「ヒーロー同伴でなきゃ着られん服だろ? 最高の舞台で披露できるのを喜びんさい!」
(渋谷か……保須市も横切るな。後で飯田くんに連絡してみよう……)
タクシーに乗り込みながらグラントリノと会話をする緑谷が考えていたのは、職場体験が始まる前に同級生の飯田と交わした会話。
彼が何を考えようとしているのか、緑谷は理解しているつもりだった。それでも、彼の想いも悲しみも答えてくれない飯田を前に止める言葉が見つからず、保須へと職場体験に向かっていった姿を見て不安を抱いていたのだ。
そんな緑谷の心境を知らず、グラントリノは隣の席で足をバタつかせながら陽気な笑みを見せて、彼の肩をバシバシと叩いていた。
「しっかし、雄英の体育祭をテレビで観た時にゃあ……てんで力の使い方がなっちゃねえと思って、ワシが手を貸そうとしたってのに…………なぁんだ! 俊典のヤロウも、やればできんじゃねえかっ! ワッハッハッハッ!」
「は、ハイ……ソウデスネ…………!」
(ゴメン、切裂くん……!)
「ハックシュンっ!!!」
「どうしたの?」
「なんだ、風邪か?」
「大丈夫かい?」
「いや…………?」
・・・♡・・・♡・・・
職場体験3日目。
俺達は朝早くから保須市へと訪れていた。それも今日はマウントレディだけでなく、会計士さんも連れてだ。
日程としては、初日は朝から物件探しとせっかく東京まで来たついでの買い物。夕方から夜にかけて保須市内をパトロールしてヴィラン退治。その後保須で一泊して、翌日は彼女のファッションショーと会計士さんの仕事を見学。最後にお土産買って観光して帰る流れだ。
俺達4人は最初は新幹線で、それから会計士さんの予約していたレンタカーに乗り込んで、保須の市街を走った。
最初は私服でマウントレディの買い物に、荷物持ちとして付き添う。側から見れば、姉の買い物に付き合わせる兄弟か何かに見えただろう。会計士さんは車の中で事務作業の続きや、ファッションショーの調整などをしていた。
そこから彼と合流して保須の物件を何件が巡り、良いヤツを何個か記録しながら返済が終わった時の妄想にみんなで浸りつつ、すっかり空がオレンジ色になり始めた頃から、俺達はコスチュームに着替えて、ヒーロー活動を始めた。会計士さんともソコで別れて、彼はひと足先に俺達が今日泊まるビジネスホテルへと戻った。
さすがは東京。今は駅前辺りからマウントレディのファンサできる所を探して市街地を歩いていたのだが、田等院とも比べてもこの時間帯の人通りは多い。もう夕焼けの日が暮れて街頭に灯りが点き始める頃だったけれども、道ゆく人々の数は減るどころか増している気がする。それよりか田等院のパトロールで見なかった、学校終わり部活終わりの学生や、仕事終わりのサラリーマンまで、人通りが多種多様になり始めた。
「おっ、マウントレディ!」
「保須でなんて珍しいじゃんっ!」
「キタコレ……! ……仲間がいないと寂しいな……」
「あの子、雄英の生徒じゃない!?」
「スゴーい、生で見たっ!」
「ちっちゃくてカワイイ!」
「隣のヤツ誰だ?」
「マウントレディ、新しいサイドキックでも雇ったのか?」
周りの民間人から投げかけられる言葉にも、少し慣れてきた。峰田もようやく同年代からの女子高生から声をかけられて、ご満悦だった。
ヒーローチャートランキング2桁台のマウントレディは、やはり元々ある程度は名前が通っているのか、ほかのパトロール中のプロヒーローにも声をかけられていた。
そのまま俺達は大通り沿いを歩いていると、国道から少し路地にちょっと入った所にある、大きめの公園に到着した。
「ホラっ、マウントレディ! ココなら大きくなっても大丈夫なんじゃないですかっ!?」
「良い場所ね! ちょっと大通りから離れるけど……ファンサービスには十分だわっ!」
「人もこんなに集まって来たぜ! マウントレディっ! ドドーンと1発お願いしますっ!!」
まるで腰巾着みたいな俺と峰田に押されて、彼女は自分の個性で大きくなる。暗がりのビル群の隙間からライトアップされたマウントレディの姿は、まるで怪獣みたいだった。
さすがに本拠地である田等院よりキタコレ族の姿は少ないが、その分学生や親子連れのファンが多かった。
そしてそんなファンが集まれば、小さな子供は自然と峰田の方に吸い寄せられる。俺が少し教えた事もあってか、すっかり彼の子供に対する交流も慣れたモノである。
そしてもちろん、俺だってそんな子供の対応も負けてはいない。ヘルメットとフェイスマスクを外し、子供の群れにしゃがんで峰田と一緒に紛れ込む。
「オレのこせいは『
目の前にいるのは、今までの幼稚園児より歳が上の小学校低学年ぐらいだろうか。手の平から野球ボールサイズの、真っ黒で牙の生えたパックマンみたいなモノを生み出して、フワフワと浮かせる。
「へえ〜っ! スゴくカッコいいね! ホントだ、コレならなんでも食べちゃうかもっ!」
そう言って俺は自分の手を、その黒いボールの口の中へと伸ばす。ボールは牙を動かして何度も噛み付くが、ガチンガチンと金属の当たる音が鳴って、俺には何の被害もない。
自分の個性をわかった上で手を突っ込んでくるヤツは初めてだったのか、子供は目を広げて驚いた。
「ええっ!? なっ、なんで食べられないんだよ!?」
「へへ〜ん! オレの個性は『刃』っ! だから体はきんぞくとおんなじぐらいカタいのさっ!」
そう言いながら俺は子供の前で刃になった指を見せ、続いて腕そのものを大きな刃に変化させて見せる。
「そんなぁ……オレのこせいはさいきょーだと思ったのに……!」
「ゴメンねっ、でもキミの個性は本当に面白いね! ゴミとか、キラいな食べ物とかも、コレに食べさせてるんでしょ?」
初めて自分の個性を負かしてくる俺の存在は衝撃的だったか、落ち込んでいる子供に俺は思いついた使い方を聞いてみる。
「ふえっ!? な、なんでわかったんだよ!?」
「わかるよぉ〜! だって、そんな個性あったらオレ、キミとおんなじ使い方するもん! ヴィランをたおすだけじゃなくて、人助けもできそうな……スゴくヒーローっぽい個性だよっ!」
そう言いながら、俺は笑顔で子供に向けて親指を立てた。
「ひ、ヒーロー……え、えへへ♪」
『暴食魂』なんてヴィランみたいな名前の個性で、ヒーローと言われるのは慣れていないのか、少し顔を下に向けて照れている子供に、今度は別の子が割り込んできた。
「おにーちゃんもヒーロー?」
「そーだよーっ! このデッカいブレードでワルいヴィランを、スパスパ切ってたおすんだ!」
「スゲーーっ! じゃ、チンコもスパスパなのぉ!?」
「おおぉ! チンコだってスッパスパだよっ!」
「切裂その流れ、前にも見たッ!!」
「あっはっはっはっ! スパチンコおもしれーっ!」
峰田にツッコまれつつも、子供とゲラゲラ笑いながら話をしていると、俺達の人だかりから少し離れた所に、ポツンと取り残された小学生ぐらいの男の子がいた。
「こんばんは! キミもヒーローは好き?」
「う、うん……」
気になった俺はその子の前にしゃがみ込んで、話をしてみる。少し引っ込み思案なのか、子供は両手を合わせてギュッと握ったままだった。
「怖らがなくていーよー♪ オレはヒーローのブレイズ! キミの名前は?」
どうして暗い顔をしているのか、なんとか心を開いてもらえないかと考えながら自己紹介をしていると、さっきまで話していた子供が指を差した。
「スパチンコっ! ソイツにヒーローにはぜったいムリだぜ!」
「え、どうしてぇ?」
少しとぼけてみせた俺の問いかけに、目の前の子供が唇を震わせて答えた。
「ぼ……ぼく『むこせい』だから……っ」
「───っ!?」
1番最初に反応したのは、それまで話を小耳に挟んでいた峰田。マウントレディは、そこそこ集まっていたキタコレ族にファンサして、気付いていなかった。
「おいっ、切さ───」
慌てて峰田が話を止めようとした所を、俺は彼に手を突きつけて逆に止める。
そして、俺は意を決して思い切り立ち上がりながら叫んだ。
「個性がないのもまた個性っ!!!!!」
俺の言ってる意味はわからなかったか、目の前の子供も、周りの子供も、何なら峰田までポカーンとしている。
そうして、俺はまたその子の前にしゃがみ込んだ。
「いいかい? キミはいままでも、これからもタイヘンかもしれないし、ヒドいコトを言われるかもしれない。でもコレだけはおぼえていて!」
少年の小さな瞳に、俺の黒い瞳が映った。
「ヒーローは『こせい』があるからヒーローになれるんじゃない。ほんのすこしのやさしい『こころ』があれば、だれだってヒーローになれるんだよ」
子供は目をパチクリさせながら、俺の話を聞いている。そんな彼の肩を、俺は優しく手を乗せる。
「ヒーローぉ? ボクでも……?」
「うん! キミはこせいにたよらなくていい、オレなんかよりもスゴく自由で……強いヒーローになれるね……!」
たどたどしい少年の問いかけに、俺はゆっくりと頷いた。そして彼に問いかける。
「キミ、パパとママは好き?」
「……うんっ」
「じゃあパパとママが困っていたら、助けたいよね?」
「うんっ!」
先程よりも元気の良い返事に、俺は応える。ココがきっと、彼の転換点だと信じて。
「そのしゅんかん、キミはパパとママのヒーローさ! だれよりもね……!」
「パパとママの……ヒーロー……!」
そうして、目を輝かせる彼に俺は出せるだけの笑顔を向けた。
「そうっ! ヒーローに『こせい』はカンケーないっ」
「誰もが皆ヒーローになれるよ」
「ほ、ほんとうに……!?」
「うんっ! ヒーローのオレが言うんだもん! ほんとうだよ……!」
子供の頭を撫でながらウインクまでして、俺は目の前にいる子の、ヒーローとしての可能性を示した。
そんな話をしている内に、この子に向かって名前を呼ぶ母親らしき人影が、俺の視界に映る。
「ホラっ、キミのヒーローかつどうは、ママを困らせないことっ! もう夜になるから、気をつけて帰ってね!」
「うんっ! バイバイ〜、スパチンコ〜!」
「ブレイズだよ〜!」
すぐに後ろを見て俺の予想と合っていた母親の方へと、子供は走りながら俺に手を振っていた。そして、その母親からも深々と頭を下げられてしまった。
そんなどこにでもある家庭に手を振ってから、俺は振り返る。
「……………………」
「マウントレディ?」
「あっ!? えっ、ご、ゴメンなさいっ!」
いつの間にか、俺の一部始終をマウントレディに見られていた。彼女は何か言おうとはしていたけれども、峰田に割り込まれて結局俺に何かを言う事はなかった。
「切裂っ、冷や汗出たぜ!?」
「ゴメンゴメン峰田くんっ! 次は気をつけるよ!」
きっと適当に言いくるめたと思われただろう峰田にも軽く心配され、俺も彼に軽いノリで謝った。
日もすっかり暮れ始め、さすがに子供は親と帰って少なくなってきた。そろそろ次のテナントの近くまでパトロールして、ファンサできるエリアでも探そうかと考えた、その時だった。
市街の中から爆発音が響いた。
「んッ!?」
「今のはッ!?」
「ア、アレ……てッ!?」
遠くに見える高架橋の上を走っていた新幹線が、爆発を起こして急停車した。
ポーチの中から双眼鏡を取り出して、煙の噴いている箇所を覗くと、ソコから現れたのは脳味噌丸出しの、人型をした化け物。
「脳無だッ!」
「えっ!? 知ってるヤツなのッ!?」
「マウントレディッ! 『USJ事件』のファイル見てないでしょッ!!?」
俺がマウントレディに向かって叫ぶ隣で、峰田が両手を頬に当てて悲鳴みたいな声を上げる。
「ウッッソだろぉッ!!? なんでアイツがッ!!!」
「は?」
それを更に遮って、俺は双眼鏡の先で見えた脳無に思わず声を漏らす。
ビル群の屋上から爆発と共に現れた脳無は1体だけではない。ざっと見渡して3体はいるし、ビルの隙間からまだ鳴き声が聞こえる。
「そ、そんな……!?」
俺の素の叫びは、ものの見事に峰田と被った。
「「なっ、なんであんなにいんだよッ!!?!」」
・・・♡・・・♡・・・
「やっぱいいねぇ、脳無」
「貴方は参戦なさらないので?」
「バカか? ケガしてんだ……だからヤツらを持ってきたんだ」
「でもまさか……6体の内、5体も貸し出して頂けるなんて……先生は何か考えでもあるのでしょうか……?」
「ハハハ……ッ、知ったこっちゃねえ。コレだけ頭数がありゃ……夜が明ければ、世間はアンタの事なんか忘れてるぜ……ヒーロー殺し……!」
・・・♡・・・♡・・・
5体の脳無による街への被害は、たちまち市街地広範囲に広がった。
ほんの数分前に新幹線を破壊して強制停止させた脳無の1匹───長身で手足が異様に長い細身のタイプは、峰田ぐらい身長の低くて黄色のコスチューム来た老人のヒーロー『グラントリノ』がビルからビルへと飛び回って抑えている。
残る脳無は……そんな彼とプロヒーロー達を妨害する様に飛び回る、背中に翼を生やしてガスマスクを着けたタイプ。
そして、まるで俺達のいた人だかりを狙ったかの様に、公園の広場の中へと飛び込んできた……USJ事件の時のヤツとよく似た、ゴツい体格に目の無いタイプだった。
ビルの上には同じくゴツい体格に手が4本、頭が2個あるタイプが駅の方へと向かっていくのが見えたが、今はいない。いや、見れていない。
こっちはもう、それどころじゃなかったからだ。
俺と峰田とマウントレディは、広場の中に集まっていた人達を速やかに避難誘導させる。
マウントレディは個性を切って元のサイズに戻っていた。こんな大混乱の中で巨大化していたら、民間人を踏んづけかねない。そんなタイミングを狙ったかの様に、脳無は飛び込んできたのだ。
「建物の中や路地に避難させてッ!!!」
「おい隠れろッ!!! 急げぇッ!! 走れぇェッ!!!!」
「公園から出ろォォォォッッ!!!!!」
さっきまでマウントレディとファンサービスしていたせいで、いかんせん人が集まりすぎていた。誘導はしているが、あっちこっちに人が走りすぎている。ほかのプロヒーローの援軍も、別の脳無に気を取られすぎているのか、一向に来ない。
「クッ……ココじゃ被害が……ッ!」
焦るマウントレディに対し、公園内へと飛び込んできた脳無は言葉にならない咆哮を上げながら、すぐそばにあった遊具の滑り台を根こそぎ掴み上げて、狙うワケでもなく人混みに向かって放り投げた。
「ヤベッ!!!」
俺はすぐさまその方向に向かって飛び出し、逃げる人々の盾となる。
「グウッ!!!!」
「ブっ、ブレイズッ!!?」
マウントレディの声と同時に金属のぶつかり合う音が響き渡り、弾き返した滑り台と一緒に俺は地面に転がる。でも、この程度擦り傷にもならずに俺はすぐ立ち上がる。
「大丈夫ですッ! それより早く避難誘導を……ッ!?!」
大人の悲鳴と子供の泣き声が交錯する中、脳無は目もないのにキョロキョロと辺りを見渡しながら、大きな足で地面に亀裂を起こしながら歩きだす。
その脳無の進むその先、人々が割れる様に逃げていく地べたに座り込んで泣いていたのは、直前まで峰田がファンサしてた子供だった。
「さっきの子供っ!!!!!」
俺やマウントレディ、誰よりも早く、峰田が飛び出した。
「峰田ッ!?」
アイツ……考えるよりも先に、体が動いてやがった……!
「待ってッ!! グレープッ!!!」
マウントレディが止めようとしたが、それで峰田が止まるハズもなく、俺も彼に続いて飛び出しながら彼女に顔だけ振り返る。
「マウントレディッ!!! 個性使用許可ァッッ!!!!!」
「ッ!?」
プロヒーロー免許も持っていない、一介の学生である俺達が個性を使うには、プロヒーローからの許可が必要不可欠。
マウントレディが暴れるには最低でも片側2車線以上の道路が必要。一通ばっかの道路に電線にまで囲まれた狭い公園のココじゃ、必殺技の『キャニオンカノン』どころか直立不動で精一杯だ。今あの脳無を捌けるのは、俺と峰田しかいなかった。
もう一刻の猶予もない。
自分の個性ではどうしようもないと悩んだ末に、彼女は叫んだ。
「ッ………………プロヒーロー『マウントレディ』の名において……ッ、個性の使用を許可しますッ!!!」
俺は個性も使って足を刃に変化させ、更に加速する。
「峰田許可が下りたァ!!!!」
「ッっ!!!」
俺の声が届いた峰田は頭からモギモギをひとつモギって地面に投げつけると、そこに向かって足を踏み込ませる。
「『跳峰田』ァァぁっッ!!!!!」
モギモギを踏んづけた反発で、峰田が爆速で飛び出しながら子供を掻っ攫い、続いてその峰田に狙いを定めて拳を振り下ろそうとする脳無の頭上を飛び越えた俺が、ヤツの両腕を撥ね飛ばした。USJのヤツよりは何倍も弱いと思うが、コイツらは複数個性持ち。油断も容赦も一切不要だ。
俺が地面に着地して振り返ると、脳無の断面からは鮮血が流れる事なく、ボコボコと肉塊が膨れ上がって瞬く間に再生していく。
「お前も『超再生』かよッ!!!」
思わず俺は叫んだ。知らない脳無もいる上、困った事に記憶が『ヒーロー殺し』ばっかで、誰が何の個性だったか完全に忘れた。
だが、目の前のヤツはUSJの時の超スピードは持っていない。それだけで十分な勝算はあった。
「コイツで……『グレープラッシュ』ッ!!」
すぐに子供を広場の外に出して戻ってきた峰田が、脳無の足下にモギモギを投げつけて地面と引っ付けたが、ヤツの足はモギモギにくっ付いていた地盤ごと引き剥がして歩みを続ける。
「ウソだろぉッ!!?」
驚く峰田を他所目に俺は周囲を確認する。公園内からある程度人は捌けた。ここから反撃に移る。
「マウントレディッ!! プロヒーローの応援を呼んでくださいッ!!! 俺と峰田でコイツを食い止めますッ!!」
「そ、そんなっ!? あなた達まだ……!」
「俺はこのタイプのヴィランと戦った事があります! 大通りまで出てマウントレディが大きくなれば、何かあったと思ってプロヒーローが来るのも早いでしょッ!?! アナタにしかできないんですッ!!!」
この馬鹿力の脳無を下手な場所に動かすよりも、まだある程度は広いこの公園内に留まらせる方が被害は絶対に少ない。
駅から離れて、大通りからも少し入った、このあまり目立たない場所じゃ、プロヒーローが気づいてくれるかも怪しい。ココじゃ狭すぎるマウントレディを大通りに逃して個性を使わせるのが、1番の最適解だと思った。
「ああもうッ! 本当に……絶対に……無茶だけはしちゃダメよ……っ!」
どうしようもできない苛立ちを漏らし、最後に絞り出す様な声を俺達に返した彼女は、背を向けて大通りへと走った。
後になって知るのだが、マウントレディは今日ほど自分の個性が不便な事を恨んだ日は、なかったそうだ。
彼女の背中を見届けて、俺は自分達へと迫って来ていた脳無に集中する。
「峰田ッ!!」
「おうッ!!」
左右にバラけて脳無の振り下ろしてきた拳を避ける。地面が割れて砂埃が巻き上がるも、反対側から峰田がメチャクチャにモギモギをヤツに投げつける。
「『グレープラッシュ』ッ!!!」
やはりスピードは大した事はないのか、それとも目がないから反応が鈍いのか、面白いぐらいモギモギに当たっていく脳無。
引き剥がそうとするが、今度はその手にまでモギモギがくっ付いてしまう。体同士で引っ付いたモギモギを無理矢理剥がし、剥けた皮膚が再生されていく。
「いいぞ峰田ァッ! このままモギモギで埋めちま───
俺がそこまで言うと、脳無の背中が裂け、まるで蛹から羽化する昆虫の様に自分自身の真っ黒な皮を剥ぎ、体中に引っ付いたモギモギを脱ぎ捨てて、新たに生まれ変わった。
「『脱皮』しやがったコイツぅッ!!?!」
「クッソぉッ!! オイラのモギモギ意味ねーじゃねーかーッ!!!」
地団駄を踏む峰田に、俺は間髪入れず脳無に肉薄して切り上げ、その片腕を撥ね飛ばした。
「諦めんな峰田ァッ!! お前にはまだあるだろーがッ!!!」
「切裂っ!!!」
大きく体を揺らめかせた脳無だったが、それでも放たれたもう片方の腕によるアッパーカットを、俺は刃で防いだ。
「ぐうッ!!?!」
さすがにパワーは上か、硬化しても貫いてくる衝撃に俺は宙を舞って吹き飛ばされたが、街路樹に足を着けてショックを逃し、今度は突撃で飛び出しながらスライディングで脳無の股下をくぐり抜けると同時に、腕を再生させているヤツの両脚を切り裂く。
その隙にモギモギで遊具の上まで空高く跳ね上がった峰田が、脳無の頭上目掛けて急降下する。その両手で抱く、大きく合体させたモギモギを向けて。
「『峰田バルーン』ッ!!!!!」
体育祭の時よりも大幅にサイズダウンした、それでも脳無よりデカい大玉サイズのバルーンが、足を再生しようとしていた脳無を、岩の露出した地面へと一気に押し潰した。
「「よッしゃァッ!!!」」
俺と峰田が声を合わせ、膨らんだバルーンから飛び降りた彼とハイタッチする。バルーン越しに脳無の鳴き声と、ドンドンと暴れている振動が伝わるが脱出はもう不可能だろう。
「よしっ、マウントレディの所に行こうっ!」
「へへっ、やったぜ……! へ……へへぇ……!」
「峰田くん……?」
さっきまでテンション高くて咆哮を上げた峰田が、今度は半泣きになって地面にペタンとへたれこんでしまった。
「USJの時……切裂と轟が戦ってた時、怖くて体がぜんぜん動かなかったのに……オイラ、強くなってんだよなぁ……!?」
「……もちろんさ! 俺達ヒーローになるんだもの! 常にPlus Ultraさっ!」
自分自身の成長に驚いてしまっているのだろうか。そんな峰田の背中を押す様に、俺は彼に手を伸ばした。
「立てよ親友っ! まだ終わってないよ!」
「おぉ……! グスッ……おうっ!!」
半泣きの目元をグローブで拭い、俺の手を掴んで立ち上がった峰田と、ひとまずマウントレディと合流しようかと話をする。そこに遅れて登場してきたプロヒーロー達が公園の中へと入ってきた。
「君達っ!!」
「遅くなってすまないね!」
「アレっ、ヴィランは!?」
少し気まずくて、無言のまま俺と峰田は同時に、バルーンの下敷きになっている脳無を指差した。
「えぇっ!?」
「君達が!?」
「たった2人で……!?」
プロヒーロー達には驚かれていたが、今は褒められるよりもやる事がある。
とにかく、これ以上ココにいる必要はなくなった。早くマウントレディと合流しようと、バルーンに沈めた脳無はプロヒーローの数名が現場を確保し、俺と峰田は残りのプロヒーロー達に連れられて、片側1車線の道路を走っていた。
「道路に出んなっ!!」
「まだ隠れていてくださいっ!」
「コンビニの中に入っててッ!!」
戦闘の騒ぎが治って何人かの民間人が外に出ようとしたけれども、俺と峰田とプロヒーロー達は、ソレを制止させる。まだ脳無は残っているのだから。
不意に、ポーチの中の携帯電話が音を立てて震えた。
「「んっ!?」」
俺も峰田も気付いて確認してみると、緑谷からの一斉送信メッセージだ。
開いてみると文章も何もなく、ただ保須市内の地図の現在地を示す写真が1枚だけ貼ってあった。
「み、緑谷からっ!? で……何だコレ!?」
「たぶん、ソコに来───
画面を見て峰田と話しながら、俺達がマウントレディの所まで駆け抜けようとした、その途中の小さな交差点からいきなり、車じゃなくて……空中を吹っ飛ばされたプロヒーローが横切っていった。
「うわッ!!?」
「は…………?」
峰田は驚き、俺は戦慄した。
一瞬だったけど……確かに見えた。
魚の背ビレを模したヘルメットに、水色がメインカラーのヒーローコスチューム。
飯田が職場体験に行ったヒーロー事務所のプロヒーローだった。
俺が口に出すよりも早く、後ろのプロヒーローの1人が叫んだ。
「マニュアルさんッ!!!」
「ガハッ! ゴホっ、ゴホォッ!! す……すまない……ッ!」
プロヒーローは道路を激しく転がったマニュアルの元へと走り、まだ立とうとする彼の容体を確認している。俺と峰田は交差点で立ち止まり、マニュアルが吹き飛んできた道路の先を見遣る。
「うっ!?」
「……ッ!?」
火事が起こって炎に包まれた道路の前から、腕が4本で頭が2つの脳無がこちらへと歩いていた。
そんな地獄の様な光景に、プロヒーロー達が声を漏らす。
「ウソだろ……!? 駅にいたヤツらは何やってんだ!!」
「そんな……!」
脳無は片手でもう1人、頭からバッファローみたいな角を生やしたプロヒーローの首を掴んで締めながら、残り2つの腕で身の丈よりも大きなバスを持ち上げていた。
「逃げなさい! アナタた───
目の前に立ち塞がった女のプロヒーローがそう言った瞬間、脳無は持ち上げていたバスを振りかぶり、俺達の頭上を越える軌道で……マニュアルに向かって放り投げた。
空中を舞った路線バスを見上げて俺の視界に映ったのは、バスに隠れてしまったのだろう学生や、子供の姿だった。
「うおォォォォッッ!!!!!」
すでに落下点に走っていた峰田が、再びモギモギをひとつに合体させて、放物線描くバス目掛けてブン投げる。膨らんだモギモギは、さっきの脳無を拘束した時よりも大きく、バスを受け止めれるサイズの大型のバルーンとなり、地面に当たるよりも早くバスを接着させて大きくバウンドする。
「らあァァァァッッ!!!!!」
その跳ね上がったバスに刃を突き刺して押さえつけ、なんとかバスの振動を止めた俺は、すぐ出入り口のドアを刃で切り開いた。
「走れますか!? バスから出てすぐに走ってくださいッ!!!」
「キャアッ!!!」
中で人同士でこんがらがっていた民間人を逃していると、急に悲鳴が聞こえて振り返る。すると、さっきまでソコにいた女のプロヒーローが、脳無がブン投げたプロヒーローと激突して、道路を激しく転がりながら電柱と、建物の壁に叩きつけられた。
「行け切裂ぃッッ!!!」
頭から流血を起こしている峰田がバスの中へと飛び込み、子供を抱えながら残りの乗客を誘導させ、次々とバスから飛び降ろして逃がす。
その隙に俺は脳無の気を逸らすべく、ヤツに真正面から飛びかかってその4つの腕を取っ払おうと刃を振り下ろした。
が、俺の刃は脳無の腕に接触した瞬間、固い物にでも当てたかの様に弾かれた。
「硬ッッッッてェェェェっッッ!!!?!!?」
見た目は普通の腕なのに、俺の本気の刃を弾き返すほど、信じられないぐらい硬かった。動揺した俺に向かって脳無は、2つの腕を使って踏み込みながら拳を振り抜き、峰田のバルーンで固定されたバスに体をメリ込ませるほどの勢いで、俺はヤツに殴り飛ばされた。
「ぐうゥゥッっ!!?!」
「切裂!?」
ちょうどバスの避難を全員終わらせた峰田が、ひしゃげたバスから這い出る俺に驚きながらも、隣に並んだ。
「大丈夫かよっ!?」
「ああ問題ないッ! それよりちょっと厄介だぞアイツ……!」
俺は緑谷の事を頭の隅に追いやった。彼なら大丈夫だと信じよう。
話しながら俺が頭に手を当てると、手袋に血が染みていた。硬化していた刃にも亀裂が走って、血が滲み出る。さっきの脳無と同じぐらいのパワーの持ち主だ。
峰田のモギモギで拘束したいが、あのクソ硬い防御力と2つある頭、それと4つの手をなんとかしなればならない。
「ハァ、ハァ……! き、君達……ココは俺達に任せなさい……ハァ、ハァ……ッ!!」
「アナタ達まだ……学生でしょ……!?」
「早く逃げろっ! マウントレディの所に行くんだッ!!」
プロヒーローが3人、俺達の後ろから声をかけて逃がそうとしてくる。だが1人はボコボコにされて重傷、もう2人は足が震えていた。さっきまでいた1人はマニュアルを救護している。応援が来る気配もない。
それにまだ、バスのバルーンの後ろや、真横の路地に逃げ込んだ子供や学生が、俺と峰田を見ていた。
「峰田くん、逃げろだって……」
「へ、へへ……!」
俺は峰田と視線だけを互いに向け、笑い合いながら脳無への対峙を続けた。
そんなのお断りだ。
そして一歩も下がる事なく、背後のプロヒーローに向かって静かに声を響かせる。
「先輩……それは無理な注文です……!」
「戦いから逃げるヒーローを、子供達はヒーローとは呼ばんのだよ……!」
もちろん、全ては否定しない。
逃げるのも正解かもしれない。正しい判断かもしれない。
でも、あの小さな瞳に、ヴィランとの戦いから逃げる自分達の背中を見せるのは、断固として拒否する。
ソレをやってしまったら、俺も峰田もヒーローとして終わってしまうのだから。
「「「………………!」」」
後ろのプロヒーロー達も、思う所はあったのか、何も言い返してはこなかった。
「援護します…………峰田ッ!」
「おうッ!」
かと言って俺と峰田の2人で、あの脳無が簡単に倒せると思い上がっちゃいない。
俺は刃の伸縮で、峰田はモギモギを壁に投げつけて、左右にあるにある建物を交互に飛び回って、脳無を撹乱させる。脳無の2つの顔が動いた瞬間、道路のプロヒーロー達が一斉に駆け出し、飛びかかる。
「「「うおぉォォォォォォォォッッ!!!!!」」」
しかし、脳無は4つの腕で乱暴にプロヒーローへと殴り掛かり、掴んでは投げ掴んでは投げを繰り返す。頭が2つもあるクセに、賢い戦い方をしないのは救いだった。
「せめて……1本でもッ!」
俺は飛び回りながら、刃に変化させた両腕を高速流動させ、脳無に突っ込んで刃を腕に叩きつける。
火花が飛び散り、脳無の腕に徐々に傷が広がっていく。効いていないワケではない。
だが別の腕が迫り、俺が避けて刃を離すと、せっかく脳無に付けた傷が塞がっていく。コイツも『超再生』持ちだ。
「クソッ!!」
「斬撃は効かないッ! 俺の手裏剣もダメだッ!!」
全身黒づくめのプロヒーローがバク転で脳無の腕を避けながら叫んだ。そこに角の生えたプロヒーローが脳無の腰に正面から掴みかかる。
「オラぁァァァッッ!!!!」
そのスキに、今度は腕の刃を戻してただ硬化させ、俺は脳無の背中側から突進して拳を背骨に叩き込んだ。
硬化した拳は深々と突き刺さり、バキボキと中で骨の砕ける音と、脳無が声を漏らしながら体を拗らせた。
「効いたッ!?」
女のプロヒーローが驚く。打撃が普通に効いたという事は、防御力を上げている『硬化』とかではない。斬撃にしか耐性がないのなら、さながら『ショック吸収』ならぬ『斬撃吸収』とでも表現しようか。
「ならっ、打撃あるのみかッ! グウゥゥッ!?!」
しかし、打撃するにしても4つの腕と2つの頭が都合良く妨害してくる。体を押さえつけられて逆に膝蹴りを入れられたプロヒーローが、四肢を掴まれてバスに向かってブン投げられる。
「『グレープバスケット』ッ!!!」
しかし、その4つの腕を使った瞬間、峰田の投げたモギモギの1つがバスケットボールサイズに膨らみ、脳無の胸元に引っ付いた。
しかし脳無はモギモギに一瞬気を取られただけで構う事なく、今度は馬鹿力で道路ごと地盤を叩き割って俺達を引き下がらせる。
「クッソッ!!」
「このままじゃ……!」
俺とプロヒーロー達は投げつけられたバスの前の、丁度最初の道路の交差点まで押し戻されていた。
でも、俺と峰田にとっては、その位置が1番都合が良かった。
「押し出せ峰田ァ!!!!」
「うおぉォォォォッッっ!!!!!」
それまで周囲の建物に設置されたモギモギによってバウンドを繰り返した峰田による高速の頭突きが、察知して体を向けて構える脳無よりも早く、ヤツのモギモギがくっついたド真ん中に直撃した。
ボヨンと気の抜けた様な音を立てて、脳無の巨体が足を滑らせながら、国道片側3車線の道路まで弾き出された。
「ソコならいけますよね、マウントレディ……!」
「ええ……ッ!!!」
国道沿いに待ち構えていたマウントレディによる、全身を反らせて振り下ろされた彼女の拳が、脳無をアスファルトの地面にメリ込ませた。
道路が亀裂を上げて捲れ上がり、大きな砂埃が巻き上がるものの、彼女の巨大化した拳をモロにくらった脳無は、弱点である脳を半壊させたまま、頭まで地面に埋まっていた。
それでもまだ腕を伸ばして這い上がろうとした脳無の上から、峰田のバルーンが覆い潰す。
「コレで……ッ、シメだ……ッ!」
脳無がバルーンで見えなくなり、俺も峰田もプロヒーローもよくやく緊張の糸を切らせる。
「ハァ、ハァ……お、終わった……!」
「あ、ありがとう……君達……!」
「おいマニュアルッ! 大丈夫かあっ!?」
プロヒーローの1人はマニュアルの方へと走って、彼の傷を処置していたもう1人とは反対側の肩を持って担ぎ上げる。そうしてひとまずこの場にいた全員が、マウントレディの立っていた大通りに集合した。
元のサイズに戻った彼女は、少しボロボロになった俺達を見て、思わず声を漏らす。
「あなた達っ、血が……!」
「大した事ないです。頑丈なのが取り柄なんで……!」
「えへへ……コレ、オイラの頑張りすぎで出た血っスから……」
俺と峰田は彼女に笑ってみせたが、それでも彼女は少し怒ったような表情を見せた。
だが、今は説教を受けている場合じゃない。
「それにしても……ずいぶんと被害が広がったな……」
「いけない……また道路壊しちゃった……!」
「なんとか許してくれるの祈りましょう!」
「駅前の方のヤツらは……散り散りになったハズだ……!」
「油断しないで! まだ戦いは続いてるわ……!」
プロヒーローの言う通り、確認できただけでも脳無はあと3体残っている。緑谷のメッセージが来てからだいぶ時間が経ったが、まだ油断はできない状況だった。
途端、駅の方の上空から大爆発が起こった。
「うわっ!?」
「キャっ!」
「何だぁッ!!?」
太陽でも直視したみたいな、眩しい炎が巻き上がり、一瞬世界が昼間になった。
そこら中に乗り捨てられていた車が揺れ動き、通りの窓ガラスがカタカタと嫌な音を立てる。
「まだ脳無が……!?」
「いや違うッ! アレは……っ!!」
プロヒーローの指差す先、再び夜へとなった上空に広がる黒煙の中から、オレンジ色の炎を纏ったヒーローコスチュームの、筋骨隆々の男が姿を現した。
「『エンデヴァー』だっ!!!!」
炎に混じって真っ赤な髪が覗く、かなり強面な中年の男。轟の父親であるエンデヴァーだった。
彼はゆっくりと大通りへ降下しながら、手で掴んでいた脳無───両腕が異様にゴツく、背中には翼、尻尾まで生やした1つ目のタイプを掴んで、地面に叩き伏せる。炭化して真っ黒だった脳無は、これ以上動く気配はなかった。
「ハァ、ハァ……少してこずったか……!」
荒れた息を整えようとするエンデヴァーは、駆け寄ってくる俺達に気付く。
「ん……マウントレディ? なんでお前なんかが……いや、考える事は同じか……」
エンデヴァーだって東京の此処が拠点じゃない。彼が追っているのもステインだ。脳無はたまたま、交戦となっただけなのだ。
「こちらにあと2匹逃げたハズだが……どうした?」
俺は辺りを見回すエンデヴァーに対して、脳無を拘束している峰田のバルーンを指差して答えた。
「2体とも鎮圧させました」
「そうかご苦労」
俺に向かって平然とした態度を取るエンデヴァー。コイツたぶん、俺が雄英の学生だって気付いてないな。峰田とマウントレディも「え?」みたいな顔してるし。
「んっ!?」
そんな事を考えている間に、空を見上げたエンデヴァーが、まだ飛行している脳無を見つけて俺達から歩いて離れる。
「コイツの警察の引き渡しを頼む。残りの人員で、あのヴィランに有効な個性を持たぬ物は、江向通り4丁目へ応援に行ってくれ」
「ソコにもヴィランが?」
「わからん。だが頼む」
そう言い捨てて、エンデヴァーは走りながら足から炎を出して飛んでいってしまった。
彼の背中を見ながら、飛べる個性が便利そうで羨ましく感じた。
「ココは俺達が引き受けるから……先に行ってくれ!」
マニュアルを担いでいたプロヒーロー2名が救急車も呼ぶ事にして、俺達で捕まえた脳無も引き受けてくれた。
「ど、どうするよ切裂?」
「緑谷くんのメッセージと同じ住所だ……そこに行ってみよう……!」
俺はもう一度携帯の画面を確認して、目的地の方向へと大通りを駆け出す。そこに遅れてマウントレディが追いかけてくる。
「えっ!? ちょっと待って! 何の事!?」
「走りながら説明しますっ!」
俺は彼女に振り返って事の経緯を説明しながら、緑谷とソコにいるハズのステインの下へと急行した。
・・・♡・・・♡・・・
指定された住所の近くまで来ると、少し人気のなくなったビルと倉庫の通りが広がり、すぐそばの路地からインディアンみたいなデザインのコスチュームを纏ったプロヒーローに連れられて、緑谷が歩いて出てきた。
「さて、早くソイツを警察に……」
「緑谷くんっ!!!」
俺の呼び声に、すぐさま彼は顔を向けて反応した。
「き、切裂くんっ!? それに峰田くんっ!! えっ、マウントレディもっ!!? なんで!?」
「お前のメッセージ見たんだよ!」
「保須には、たまたま来てたの!」
「あなた……『ヘドロ事件』の……!」
説明や関係ない話も前後させながら言う俺達に、緑谷は混乱しかけていたが、それでも元気な表情を見せる。怪我は腕と頬に切り傷があるぐらいで、特に歩きづらそうにもしていない。体育祭にフルカウルのヒント与えて、一緒に訓練した甲斐あった。
そして、そこには飯田はもちろん、轟もロープで拘束したステインを引きずって、路地から歩いて来ていた。
「切裂君! 峰田君も!」
「委員長っ! 無事!?」
「ああ……緑谷君と轟君が、僕を助けてくれたんだ……」
俺の呼び声に、少し気分の沈ませている飯田が答える。
「切裂……悪い、もう終わっちまった……」
轟は後ろで引きずるステインを一瞥してから、なんか申し訳なさそうな顔をし始める。
「いいって轟くん!」
「そうだそうだ! オイラ達も、もうお腹いっぱいだぜっ!!」
「「?」」
思えば、民間人の避難もしながら『超再生』持ちの脳無2体を捌いてきたのだ。ココで更にステインとまで戦ったら、大変な事になったのは間違いなかった。
いったい俺達に何が起こったのか聞こうとする轟達に、そこにもう1人駆けつける者が現れる。
「こ、小僧……なぜ、お前がココに!?」
「あっ、グラントリ───ぶっ!」
「新幹線で座ってろっつったろ!」
空を飛んで現れた小さな老人のヒーロー、グラントリノが緑谷の顔面をそのまま蹴っ飛ばした。
「誰?」
「僕の職場体験の担当ヒーロー……でも、なんで……?」
「いきなりココに行けと言われてなぁ! まあ、ようわからんが、とりあえず無事なら良かった!」
勝手に動いた事を謝る緑谷に、グラントリノは彼を睨んでいたが、それは怒りよりも何か感傷に浸っているように思えた。
それから次々とプロヒーロー達が集まり、ようやく皆の注目が、ロープでグルグル巻きにされているヒーロー殺し『ステイン』へと移った。
警察や救急車の要請がテキパキと進んでいく中、俺はコッソリ気絶しているステインの手首から、ナイフを取り上げる。そんな事をしていると、それまで暗い顔をしていた飯田が緑谷と轟に頭を下げた。
「2人とも……僕のせいで傷を負わせた! 本当にすまなかった! 怒りで何も……見えなく……なってしまっていた!」
「僕もごめんね……君があそこまで、思い詰めてたのに……全然見えてなかったんだ……友達なのに……!」
「しっかりしてくれよ。委員長だろ?」
「ズズッ……うん!」
飯田が鼻をすすりながら返事をしている彼と緑谷と轟の隣から、峰田がソロリと近寄って緑谷のズボンの裾を引っ張る。
「何かあったのか……?」
「あぁ……後で説明するね……」
ヒソヒソと小さな声で話をしている2人を横目に、俺は空を見ていた。
「なっ……伏せろッ!!」
グラントリノの叫び声が通りに響き渡り、上空から羽の生えた最後の脳無がこちらへと飛びかかっていた。
この場に飛べる個性はグラントリノしかいなかったが、まだ高度が高すぎて彼には脳無まで攻撃が届かない。俺にも峰田にもどうしようもない。
だが……今ここには、あの脳無に余裕で手が届くヒーローがいた。
「マウントレディッ!!」
「はあぁぁァァァッッ!!!!」
巨大化と同時に手の平を振り下ろしたマウントレディが、蝿を叩き落とすかの様に脳無を地面へと叩き付けた。
地面をバウンドした脳無はそのまま道路を滑り、T字路の前の建物に衝突して動かなくなった。元々頭から流血しながら飛んでいた上、『超再生』は持っていないタイプで、ダメージが溜まっていたのだろう。
「フゥーーーッ!」
「さっすがマウントレディっ!!」
再び元のサイズに戻ったマウントレディに、峰田やプロヒーロー達の賞賛が飛んで、この場に再び安堵が訪れる。
だが、そんな一瞬の出来事を突いて、今度はステインが動き出した。
「え?」
どこにまだ仕込みナイフなんて持っていたのか、縄を切ってすぐそばにいた緑谷の頬を切り裂き、その血を舐める。そして、その動けなくなった彼を羽交締めにして人質に取りながら、俺達と距離を置いた。
「緑谷ッ!!!」
「なっ、どうやって拘束を!?」
「クソッ!!」
「ひ……ヒーロー殺し……ッ!」
「……偽物が蔓延る、この社会も! ……悪戯に力を振り撒く犯罪者も!!」
ステインは動けない緑谷を地面に下ろし、今度は自分の腕を皮膚をナイフで突き破る。そして、その裏側から血で真っ赤に染まった大型のナイフを引きずり出して構えた。
ひとつ目のナイフも真っ赤だった。コイツ、体の中にナイフ隠してやがった。
「ハァ……ハァ…………粛清対象だァ……!!」
「そ……そんな所に……ッ!?」
「イ゛……ッ!? ぃ……イッテぇ……ッ!!」
マウントレディが顔を青ざめ、峰田が悲鳴を上げて自分の腕を押さえる。
「全てはァ…………正しき社会の為に……ッ!!!」
緑谷が足元にいる以上、無闇に動けなくなった俺達に、今度は空からエンデヴァーが飛んできた。
彼はすぐさま、俺達の集団に気付いて地面に着地する。
「こっちにヴィランが逃げてきたハズだが…………アイツはッ!」
「ハァ……ハァ…………エンデヴァー!」
ステインがエンデヴァーを睨みつけ、顔を動かす。
対してエンデヴァーは遠距離攻撃でもするかと体の炎を大きくしようとしたが、足元の緑谷を見てその動きを止める。
「うぐっ…………待て轟ィッ!!」
グラントリノも牽制する目の前で、ステインは一歩を踏み出した。
その衝撃で、彼の顔に纏っていたバンダナが、はだけ落ちた。
その瞬間、その場にいた全員の息が止まり、動けなくなった。
「偽物ォ…………ッ! 正さねば……! 誰かがァ、血に染まらねば……ハァ……ッ!」
ステインの鼻は削ぎ落ちており、まるで骸骨の様な顔だった。
「ヒーローを…………取り戻さねばァ……ッ!!」
ヨダレを垂らしながら、圧で貫く様な形相と視線で俺達を見るコレは殺気……
……いや違う、覚悟だ。
形は違えど、平穏な世界を作ろうとした、彼なりの思いだった。
「来い…………来てみろ偽物共ォ…………!!」
動けない俺達に一歩ずつ、彼は歩み寄ってきた。
自分を止めてみせる、真のヒーローを求めて。
「俺を殺して良いのはッッ!! 本物のヒーロー!!!!!」
まるで、かつて自分がなろうとした存在を、諦められないかの様に。
揺るぎない意思にも、悲鳴の様にも感じられた。
「オールマイトだけだァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!」
それでも、俺の足は動いたから……
一歩、踏み出した。
「誰もがヒーローなれる可能性を持ち……
誰もがヴィランになる可能性を持つ……!!!」
意を決して、そのまま大きく踏み込んだ。
「き、切さ……」
峰田が、俺を止めようとしたけども……
俺は腕を刃に変えて飛び出した。
「アンタは何処で間違えちまったんだッッ!!!!!」
緑谷も驚いている目の前まで、俺は刃を振り上げて、駆けた。
でも、俺の刃がステインに届く事はなかった。
彼はもう、立ったまま気を失っていたのだから。
俺の声も、届かなくなっていたのだから。
ただ足を止めて、立ち尽くすしかなくなっていた。
次回『職場体験終了』
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