翌日。それぞれの職場体験を終えた俺達1年A組は、久しぶりになる雄英高校へと登校していた。
「「「ギャーーーーハッハッハハハハハハッッッ!!!!!! マジかッ!!! マジか爆豪っ!!!!!」」」
「笑うなァッ!!!!! 癖ついちまって洗ってもなおんねえんだッ! おい笑うな、ブッ殺すぞッ!!!」
「やってみろよ8:2坊やぁっ!」
「爆破は効かねえよ爆発さん太郎っ!」
「似合ってるよ爆豪くんっ!」
「テメェェェらぁァァァァァッッッ!!!!!!」
最初は髪型が8:2分けになって登校してきた爆豪を、瀬呂や切島と一緒に嘲り笑っていたのだが、怒らせ過ぎたらすぐ元に戻ってしまって、しばらくキレた彼に追いかけ回された。
ソレがひと段落して、続々と集まってくるクラスメイト達の話題は、もちろん職場体験の話なのだが、その中でも中心になったのは当然『ヒーロー殺し』だ。
ヒーロー殺し『ステイン』の素性は事件からすぐに暴かれ、ワイドショーを独占させた。一部の狂信的なファンによって、彼のドキュメンタリーみたいな動画まで作られて、動画サイトに上げられては削除の繰り返しになっている。
SNS上では、すっかり彼の思想に感化される者までいる始末だ。さすがに第2第3のステインがポンポン現れるとは思わないが……
で、その『ヒーロー殺し』よりも……今、俺の問題となっているのは、教室に入ってから俺の後ろの席である切島の携帯から、絶え間なく流れ続ける俺の声だった。
『戦いから逃げるヒーローを、子供達はヒーローとは呼ばんのだよ……!』
「「「「「カッケェぇぇぇぇぇっっッ!!!」」」」」
今朝のネットニュースのトップで『保須事件、雄英生徒が凶悪ヴィランを撃退』の題名を見た瞬間、嫌な予感がして見なかったのだが。ソレをウチのクラスメイト……特に切島が見ないハズがなかった。
保須に現れた脳無を、峰田と協力しながら鎮圧し、更には民間人の救助までプロヒーローと混ざりながら行っている俺達の動画がニュースに公開され、なんと切島はソレを登校してくるクラスメイト1人1人に見せつけているのだった。
「やっぱりお前は漢だぜ切裂ぃ〜〜っっ!!!!」
「もういいって切島くん……」
まるで自分の活躍みたいに喜んで、俺と肩まで組みながら、まだHR始まる前だってのに何回目になるのか忘れたぐらい、切島はネットニュースに上がった動画を見せてくる。
「スゴーーーいっ! ヴィラン退治までやったの!? カッコい〜〜〜っ!! いいな〜〜っ!」
芦戸が俺の目の前で黒い瞳を輝かせている隣で、障子と常闇が2人で仲良く切島の携帯を覗いている。
「プロヒーロー顔負けだな」
「ああ、子供を守るその姿勢……称賛に値する」
保須市内での脳無の戦闘が想像以上の反響になっていたらしく、おまけに巨大化で目立つマウントレディもいた事で事件現場は目立っており、俺と峰田の動画が拡散されていた。
褒められ続けても気持ち悪いので、俺は同情している様にこちらを見ていた耳朗に話を振った。
「じっ、耳朗ちゃんはどうだった? ニュースで立て籠り事件解決したって流れてたけど」
「ううんっ……ホラっ! ウチは避難誘導とか後方支援で、実際に交戦はしてないからっ……あんたには負けるし……!」
彼女は両手を前に出してブンブンと首を横に振る。目立つだけでも恥ずかしいのか、顔真っ赤だった。
「それでも、みんなスゴいよっ!」
「でもやっぱ切裂だろぉッ!」
「よく啖呵切ったよな?!」
「お前絶対カッコつけたろっ!!」
それでもまだ切島は俺の事を煽ててくるし、砂藤や上鳴に肩を突っつかれながら指摘されて、今になって恥ずかしくなってきた。
「てかッ! オイラ肝心な所でカメラから見切れてんじゃねーかァーーーッッッ!!!!!」
その俺達の足元で、自分の携帯で動画を再生させながら憤慨する峰田。せっかく命懸けて戦ったってのに、俺が啖呵切ったシーンに彼は頭のモギモギしか映ってなかった。
「大丈夫峰田くん! このあとちゃんと映ってるから!」
コレを撮った人はテレビ局の人間じゃなくて、たまたま逃げて隠れていた民間人だろう。その動画を集めてニュースにまとめたみたいだ。
画面が切り替わって、脳無に襲われる子供を峰田が跳峰田で掻っ攫って助けるシーンが映った。
「うおっ、スゲーーーっ!!」
「峰田もさすがだよっ!」
「あそこで飛び出せるなんてなぁ!!」
「へへっ……あのあと子供の親にメッチャ感謝されたしな……!」
クラスメイト達は峰田の活躍も、純粋に喜びながら称賛していた。そこには蛙吹の姿もあった。
「ケロっ! 凄いわね峰田ちゃん」
「そういう梅雨ちゃんだって……! 密航者とっ捕まえたの、ネットニュースになってたぜ! スゲーじゃんか!」
「ケロ……っ!」
まさか峰田に褒められるとは思ってもいなかったのか、蛙吹はその大きな目をパチクリと瞬きして照れていた。なんか凄く面白い光景が見れた。
そんな彼女は誤魔化すかのように、すでに動画から解放されている麗日へと、声をかけた。
「お、お茶子ちゃんはどうだったの? この1週間」
「コォォォ……とても……有意義だったよ……!!」
精神統一できそうな呼吸をしながら、何もない所に正拳突きをする麗日。なんか変なオーラも見える気がするし、緑谷ちょっと引いとるやん。
「目覚めたのね……お茶子ちゃん」
「バトルヒーローのトコ、行ってたんだっけ?」
このまま突っ走らせていいものか、耳朗も不安げな視線で麗日を見ていたが、彼女なら大丈夫。むしろ、この先から頻繁に必要となる、いい経験になったハズだ。
「しっかしよぉ〜たった1週間でみんな変化すげぇな……俺は割とチヤホヤされて、楽しかったけど……デカい事件とかは起こらなかったからなぁ〜!」
「ハハハ……何もない平和なのが1番だよ……」
「そうだよ!」
少し羨ましそうな声を出す上鳴に、尾白と葉隠が声を揃える。
「まあ、1番変化と言うか大変だったのは、やっぱりお前ら5人だったな!」
上鳴の指差す先にいるのは俺、峰田、そして保須事件に関しては下手な事が言えないから、すっかり話を聞く側になっていた緑谷、飯田、轟。
「そうそう『ヒーロー殺し』!」
「命あって何よりだぜ、マジでさ!」
「心配しましたわ……」
「エンデヴァーが助けてくれたんだってな!」
「凄いね! さすがNo.2ヒーロー!」
クラスメイト達は次々と慰労の言葉を投げかけてくるが、みんなむず痒そうにしていた。
「そうだな。助けられた」
3人の戦いは面構署長の言った通り、一切報道される事はなかった。俺と峰田も、たまたま居合わせただけで、ニュースには名前すら上がらなかった。
轟の棒読み過ぎるセリフが、事情を知っている残り4人に冷や汗を垂らせる。
「俺、ニュースとか見たけどさ……ヒーロー殺し『敵連合』とも繋がってたんだろ? もし、あんな恐ろしいヤツがUSJ来てたらと思うと、ゾッとするよ」
「うんうんっ!」
尾白が声を震わせ、隣の葉隠が頷く。ただヒーロー殺しの思想は敵連合の思想と絶対に相入れないハズだから、あの時点で合流するのはありえない話だ。
「でもさぁ、確かに怖えけどさぁ……尾白、動画見た?」
「動画って……ヒーロー殺しの?」
「そう! アレ見ると一本気っつうか、執念っつうか、カッコよくね? ……とか思っちゃわね?」
ヒーローを志すのだから、もう少し考えてくれと思いたかったが、上鳴みたいなのはすぐに影響されてしまうのもわかる。彼の場合、飽きるのも早いのだが。
そんな彼が口を滑らせて、緑谷が止めにかかる。
「上鳴くん!」
「えっ? あっ、いっ……悪い!」
すぐソコに、そのヒーロー殺しの思想に襲われた兄を持つ飯田に、慌てて謝る上鳴。だが、飯田は気にしていないと言わんばかりに手を振り、落ち着いた表情で話を始める。
「いや、いいさ。確かに信念の男ではあった。クールだと思う人がいるのもわかる。ただ、ヤツは信念の果てに、粛清という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、ソコだけは間違いなんだ。俺のような者を、コレ以上出さぬためにも……改めて、ヒーローへの道を俺は歩む!」
「おぉ……飯田くん……!」
「いいぞ委員長っ!」
緑谷と峰田に押されて、彼は教壇の前に立った。
「さあっ! そろそろ始業だ! 全員席に着きたまえ!!」
「五月蝿い……!」
「上鳴が変な話すっから……!」
「何か……スイマセンでした……」
飯田の委員長スイッチが入って、上鳴の謝罪と共にクラスメイト達はようやく俺の席の周りから離れて、自分の席についた。
こうして朝の授業である、職場体験のレポート作成が始まった。
レポートの作成は会計士さんから学んできた。峰田も楽勝そうだ。
・・・♡・・・♡・・・
「はい、私が来たー」
午前中の後段。気の抜けたオールマイト先生の挨拶から始まり、俺含めてクラスメイト達は着慣れてきたヒーローコスチュームに身を包んでいた。ちなみに、今日の迷彩服はマーパット迷彩だ。
「ってな感じでやっていくワケだけどもね。はい、ヒーロー基礎学ね! 久しぶりだ少年少女、元気か?」
彼の軽いテンションとは裏腹に、1週間ぶりで待ちに待ったヒーロー基礎学。俺とクラスメイト達はヤル気を満ち溢れさせて、ウズウズしていた。特に緑谷。
「さて、今回のヒーロー基礎学だが……職場体験直後って事で、遊びの要素を含めた救助訓練レースを行う事にする!」
「救助訓練なら『USJ』でやるべきではないのですか?」
前段の授業から元気溌剌な飯田が手を挙げる。ちなみに彼、ヒーロー殺しの戦いでコスチューム壊して、彼だけジャージのままである。
そんな彼の言った通り、俺達が集まっているのはUSJではなく、別の訓練場の入り口だった。
「アソコは災害時の訓練になるからなぁ……私は何て言ったかなぁ?」
そんなおだてる様な言い方に、みんなが答えるよりも早くオールマイト先生が告げる。
「そうッ『レース』ッ!!! ココは『運動場γ』! 複雑に入り組んだ迷路の様な密集工業地帯! 5人4組に分かれて、1組ずつ訓練を行う! 私がどこかで救難信号を出したら、町外れから一斉にスタート。誰が1番に私を助けに来てくれるかの競争だァ!」
みんなが「おぉ!」と声を漏らした中、オールマイト先生はビシリと爆豪に向けて指差す。
「もちろん、建物の被害は最小限にな!」
「指差すなよ……ッ!」
顔を逸らして先生からの視線を外した爆豪は、周りのクラスメイトに笑われていた。さすがにオールマイト先生相手では、さすがの彼もブチギレて張り合えなかった。
「じゃッ! 初めの組は位置について!」
オールマイト先生がジャンプで工業地帯の中へと飛び立ち、先生に決められていた最初の5人は運動場の中へと入って、それぞれの決められた位置へと動き出した。
最初に選ばれた組は緑谷、飯田、瀬呂、尾白、芦戸の5人。全員が機動力に個性を振れる組だ。
それ以外の俺達クラスメイトは、運動場の外にある、屋外吹き抜けで大型モニターも設置された待機位置。『OZASHIKIスペース』(マジでこんな名前)に集まっていた。
「飯田、まだ完治してないんだろ? 見学すりゃいいのにぃ」
上鳴が両手を頭の後ろに重ねて、モニターのワイプで区切られた飯田を見上げている。
「クラスでも機動力良いヤツが固まったな」
「強いて言うなら、緑谷さんが若干不利かしら?」
「確かに……ぶっちゃけ、あいつの評価ってまだ定まんないんだよね」
「何か成すたび、大ケガしてますからね」
体育祭以降の緑谷を知らない女子達が、彼に対しての評価を語っている。すぐ側で話を聞いている麗日も、少し不安そうな顔をしていた。
でも、そんな心配はもう必要なくなる。
レースである以上、学生である俺達は誰が1位になるか予想ゲームを始めた。言い出したのは切島だった。
「トップ予想な! 俺、瀬呂が1位!」
「あはっ……う〜ん、でも尾白もあるぜ?」
「オイラは芦戸! あいつ運動神経スッゲえぞっ!」
その会話に上鳴や峰田など、ノリの良いクラスメイトが集まって話を広げていく。
しかし、その少し離れた所に立っていた爆豪がモニターを見上げながら呟いた。
「……2位だな……ッ」
「え?」
爆豪のひと言に、俺が振り返った。
「何が2位なの爆豪くんっ」
「寄んなナマクラッ! あと盗み聞いてんじゃねえッ!!」
腕を振りかざしてくる爆豪をひょいひょい避けながら、俺は彼を問い詰めようとした。
「ケガのハンデはあっても、飯田くんな気がするな……」
「ケロっ」
麗日の予想する言葉に、蛙吹も頷いていた。
「それではいくぞ!!! スターートッ!!!!」
マイク使ってないのに運動場の外まで聞こえるオールマイト先生の大声と同時に、レース開始のサイレンが鳴り響いた。
そしてその直後、クラスメイトのほとんどが驚く事となった。
「うおおっ……緑谷ぁ!」
「何だその動き!?」
安定しているフルカウルを発動した緑谷が、パイプやらダクトやらを飛び越えて、瀬呂に負けないぐらいの機動力でオールマイト先生へと向かっている様子がモニターに映し出された。
みんながザワついている中、無言な轟も口を半開きにして驚いていた。
「スゴい、ぴょんぴょん……! 何かまるで……爆豪くんみたい……!」
「………………ッ!」
思わず口に出していた麗日を睨みつける爆豪だったが、それ以上の事はしなかった。体育祭直後にフルカウルを覚えたばかりの緑谷をぶつけた事もあってか、彼は比較的冷静に緑谷の様子を観察していた。
体育祭から職場体験の、たった数日しかない差を緑谷は、これでもかと埋め合わせるどころか次の段階へと飛べるまで成長していた。
「スゲーな緑谷っ!! ケガ克服かっ!?」
「いや、瀬呂も早えぇぞっ!!」
「アイツ本気出したな!?」
体育館γ内の入り組んだエリアでフルカウル状態の戦闘訓練は、俺と一緒にやっている。場所は変わるが、立体交差を駆け抜ける要領は同じだ。
それでも途中からテープの射出が早くなった瀬呂が競り勝って1位。数秒遅れで緑谷が本当に2位になっていた。瀬呂にはまだ勝てなかったか。
続いて尻尾使って猿みたいに飛んできた尾白が3位。飯田は直線距離かつ平坦な道じゃないと個性活かせないから、4位。芦戸は酸だけじゃキツかったか5位だった。
俺は再び爆豪の隣に寄った。
「本当に2位だったね」
「フンッ……まだまだ粗がヒデえ……! 視線が足下と近辺ばかりになってやがるッ。数手先見ねえと、しょうゆ顔には追いつけねえ……ッ!」
「でも、緑谷くんなら、追いついてくるよ」
「ッ!」
平然と言い放つ俺に、それまで顔を向けなかった爆豪が青筋立てて俺を睨んできた。
「もちろん……俺もね……!」
「上等だ……ッ、デクもテメぇも……俺を追い抜こうってんなら叩き殺すだけだ……ッ!」
それは果たして激励だったのか、爆豪の優しさを知っている俺には、どうしても挑発には聞こえなかった。
そこまで話していると、運動場側からオールマイト先生の声が響いてきた。
「1組目、退場!! 次の組、位置に着いて!!!」
「1位は俺だ……!」
「そりゃ、やらねえとわかんねえだろ」
「オイラの『跳峰田』を見せてやるっ!」
「……よしっ!」
次、俺の番。ほかの面子は峰田、爆豪、轟、麗日だった。
「頑張ってお茶子ちゃん!」
「切裂、頑張れよっ! お前に食堂の昼メシ賭けてんだからな!」
「今度はどうなる……?」
「やっぱり爆豪が1位じゃないか?」
「轟の氷の移動もかなり速いぞ……!」
「いや、麗日も浮いて飛んじまえば、楽勝だ!」
「峰田、自信満々だったな?」
「職場体験でヴィランとの戦いが、そのまま自身のモチベーションになっているのだろう」
運動場へと向かう俺達の後ろで、クラスメイト達が次のレースの話題で花を咲かせていた。
こちらも最初の組には負けるが、機動力には長ける組だ。特に常闇はまだだが、麗日は完全に飛べるから、空に上がれば一気に真っ直ぐゴールに向かえる。
示されたスタート位置に到着した俺は、軽く準備運動を始める。周りは見上げんばかりの鉄骨と燃料タンクに囲まれて、ゴールまでの情報がほとんど取れなかった。
「スターーートッ!!!!!」
開始のブザーと同時に燃料タンクの上へと飛び上がった俺は、鉄骨剥き出しのプラントの建物へと飛び移り、そのまま屋上まで駆け上がる。
そのまま辺りを見回しながら俺は屋上の端から飛び出し、煙突を数本蹴り付けて次の建物に着地する。そして、目視できたゴールの籏の位置とオールマイト先生に目掛けて、更に跳躍した。
どこか反対側からか爆豪の爆発音が聞こえるし、少しスタート位置の近かった轟は、パイプの上を氷で滑っている。遠くの方では、麗日が浮いたり落ちたりを繰り返していた。
「アレ?」
峰田の姿が見えねえ。そう思いながらゴールへとあと数十メートルという所で、爆豪が空中から飛び込んで見事な3点着地を決めた。オールマイトのリスペクトだ。
「うっしッ!!!」
そのまま次は俺がゴールに飛び込もうとした直後、いきなりプラントの物陰からモギモギが数個飛び出して障害物に引っ付き、ソレを跳ねる峰田が俺より先にゴールへ、ヘッドスライディングで滑り込んだ。
「あぁッ! 早えーーよ爆豪っ!!」
その数秒遅れで俺がゴールに着地した。
「峰田くん早いじゃん! ビックリした!」
「へへっ、爆豪に負けたのは悔しいけどなっ」
「フンッ! 調子に乗んなクソブドウっ!」
確かに、あと少し早ければ峰田が勝っていた。物陰から飛び出してきたから予想もできなかっただろうし、口こそああ言っているが爆豪は肝を冷やしただろう。
それに、峰田の呼び方が「クソザコ」から「クソブドウ」に変わった。彼が峰田の評価を改めた証拠だった。
俺達の会話が続いていると、少し遅れて轟が氷の滑り台でサーフィンみたいに滑走しながらゴールに飛び込んできた。
「自信あったんだが……滞空できるヤツは強えな。峰田も、いきなり現れたから驚いたぞ」
「へへっ、轟も火力は高えんだから、無理して機動力上げる必要、オイラはないと思うんだけどなぁ!」
「いいや、クソ親父は炎の個性だけで、何から何までこなしてやがった。アイツに負けるワケにはいかねえんだ……!」
「そっか……! 轟くんの2つの個性なら、エンデヴァーなんかすぐ超えられるよっ!」
「エンデヴァーの2倍プッシュだぜっ!!」
「ああっ」
俺と峰田と轟が笑みを向け合っていると、そこに人の影が差し込んだ。
「ハァ、ハァ……!」
「麗日ちゃん、大丈夫ー?」
「うーん! みんな早いよ〜!」
浮けるには浮けるのだが、無重力だから蹴り付けたり、何かで運動エネルギーを生み出せないとスピードがほとんど出ない麗日が5位だった。
「おめでとう爆豪少年っ!!!」
「しゃあッ! 俺の勝ちだザコ共ッ!!」
4人が揃って喜んでいる爆豪が、オールマイトに「あんたが一等賞」と書かれたタスキをかけられていた。ソレ嬉しいか?
「1番は爆豪少年だったが、みんな入学時より個性の使い方に幅が出てきたぞ! この調子で、期末テストへ向け準備を始めてくれ!」
「「「「はいっ!」」」」
「へッ!」
元気なみんなの返事と、爆豪の返事代わりの笑い声が聞こえ、皆がそれぞれの個性で待機場所へと戻っていく。
それを追って俺も帰ろうと飛び上がろうとした所で、いきなり肩をガシリと掴まれた。
「き、切裂少年……!」
「はい先……先生?」
振り返ると、オールマイト先生の画風の違う濃ゆい顔面が目の前まできて、俺は思わずたじろいだ。
「緑谷少年と最近、特訓してるって……ホント?」
「え、あ、はい……ダメでしたか?」
「いやっ、そんな事はないんだ! クラスメイト同士で切磋琢磨するのに、悪い事なんてないさっ! ただちょっと……どんな訓練してるのか聞きたいんだけどなぁ……」
「えーと……」
嘘ついても緑谷経由でバレると思ったので、俺は体育祭での彼の行動を踏まえた上で、オールマイト先生に正直に話すとした。
俺が緑谷に一刻も早く覚えて欲しかったのは、遠距離攻撃。スマッシュのパワー云々より、歴代継承者のアレより、コレに限る。
クラスに『青山』が存在しない以上、コレを覚えるの早いか遅いかで、原作の被害が大きく変わると思っていた。
多少駆け足とはいえオールマイト先生も、まさか俺が『エアフォース』の下地を作ろうとしているとは思わなかっただろう。
パーセンテージで緑谷の『超パワー』の出力を長々と説明する俺に、冷や汗をダラダラ垂らしながら先生は話を聞いていた。
職場体験前の最後の訓練では、フルカウル5パーセント。スマッシュは7パーセントが安定していたのを覚えている。本当だったら、グラントリノにどこまで成長させてもらったか、今日確認したかった。
「そ、そうか……! 相澤先生からは聞いていたが……君も緑谷少年に負けず劣らず、個性の理解力が高いな……!」
俺の話を聞き終えたオールマイト先生は、上体を起こして背筋を伸ばし、天を仰いでいた。
先生の株を奪うのに罪悪感はあったが、俺というイレギュラーがいる以上、緑谷に普通の速度で成長されては困るのだ。
気がつけば、俺以外の4人の姿は見えなくなり、俺はオールマイト先生と2人きりになっていた。
「置いてかれちゃいました」
「ンンっ! すまない、次の組が終わってから一緒に戻ってくれ! よぉし、3組目っ!!!! スターーーートッ!!!!!」
その後、残りの組も同じ様に救助レースが始まった。
次の組み合わせは常闇、蛙吹、砂藤、切島、八百万。
ここは誰が早いかハッキリしていた。
ダークシャドウに持ち運ばれながら、立体交差を無視するかの様によじ登り、滑空までする常闇が1位。
続いて壁に貼り付ける尚且つ、伸びる舌で瀬呂と似た様な移動や、ジャンプ力が誰よりもある蛙吹が2位。
その次はなんと、シュガードープで脚力を強化して、俺ばりの跳躍力を筋肉で見せつけながら移動する砂藤が3位。
切島も硬化した体で壁をよじ登ったりと頑張ってはいたが、いかんせんジャンプ力が人並み……それでも十分高いが4位止まり。
八百万もチャリンコだったり、梯子だったり創造して器用にプラントの中を駆け抜けていたが、体力自体は一般の女性より少し上でしかなく、5位だった。
ちなみに、ゴールに俺がいるもんだから、集まってくるみんなに「なんでいんの?」みたいな顔された。
ようやく俺もOZASHIKIスペースに戻って見学する最後の組は耳朗、口田、上鳴、障子、葉隠。
仕方ないとは言え、ココが1番泥沼の戦いになった。全員、機動力に対しての個性を持たない組だ。最初のスタート位置も、今までの3組に比べて近く設定されていた。
複製腕で進行方向の確認と、人並外れた体力筋力と異形型の優位性である腕を最大限に生かした障子が1位。
イヤホンジャックの音波で地形を確認しながら、最短ルートを駆けてゴールに辿り着いた耳朗が2位。デステゴロの事務所で走り回っていた成果が出たのだろう。
半分ぐらいまで移動して、ようやく見つけた鳥にゴールまで誘導してもらった口田が3位。
ほぼ当てずっぽうで走りながら、奇跡的にゴールに辿り着いた上鳴が4位。
自分の個性を何も有効活用できず、体力も普通ぐらいの葉隠が5位だった。
・・・♡・・・♡・・・
久しぶりの訓練も終わり、俺達は校舎の更衣室で着替えていた。
「中々ハードな訓練だったなぁ!」
「俺は機動力課題だな……」
ムサ苦しい更衣室の中で着替えながら、切島はそう呟く。彼の個性なら機動力振るより、防御力突き抜けた方が絶対に良いと思ったが、ああも差を見せつけられると考えてしまうのも仕方がなかった。
「情報収集で補うしかないな」
「それだと後手に回んだよなぁ……お前とか瀬呂が羨ましいぜ」
常闇の言う情報収集力も、機動力あるいは索敵性能のある個性を持ってるからこそ言える言葉である。
上鳴も電気が使える以上、もっと強くなれそうな気がするのだが、いかんせん彼の思考が個性に追いついてない。ちょっとどころか、かなり勿体なかった。
「なあ切裂、さっきオールマイト先生と何話してたんだ?」
「ああ……俺と爆豪くん、まともに話せる数少ない相手だから、仲良くしてね……だって」
「ハハハハハっ!! トンでもねえお守り任されちまったなっ!」
俺の適当な嘘に、更衣室のクラスメイト達が大爆笑する。緑谷も苦笑いだ。
爆豪はもういない。アイツ着替えるのも早い。
そんな中で、峰田が俺の腰を突っついて小声で話してくる。
「おい切裂っ、切裂っ……! ヤベえ事が発覚した、こっちゃあ来い……!」
彼の言う通りに近寄ってみると、峰田の指差す所……ポスターを捲った裏側に、500円玉サイズの黒い穴がポッカリと空いていた。
「コレは……穴だな……」
「おそらく諸先輩方が頑張ったんだろう……!」
「隣は女子更衣室だな……」
「そうだまさにショーシャンク……っ!」
つまり覗き穴のようだがこんな穴、丸見えだったら向こう側も気付くに決まっているだろう。それに覗くにしても、穴の位置が部屋の角過ぎる。たぶん、ほかの個性と併用して覗くための穴だ。
俺も峰田と果てしなく品の無い猥談はしてきたつもりだったが、犯罪行為は御免だ。
「封印」
俺は刃にした爪で穴を壁ごと引っ掻き、覗き穴を潰した。
「あ゛ぁアぁァぁぁぁっッ!!?!? なんて事すんだぁッ!?! まだ覗いてなかったのにっ、せめて1回だけッ! 先っちょだけでもいいからエデンをぉ〜〜〜ッっ!!!」
「ダメっ! 楽園は自分で作るんだよ峰田くんっ! サイドキックと事務員全員女の子で固めて、俺と事務所作るって約束したでしょ!?」
「おまっ……覚えてたのかよお前……!」
「当たり前じゃないか!? 俺と峰田くんの夢だろ?」
穴の側で騒ぎ始めた峰田が、潰れた穴を広げようとして俺が取り押さえる。その様子にほかのクラスメイトも、なんだなんだと集まってきた。
「せっかく良い事してんのに、台詞で台無しなんだよなぁ〜」
「でもなんでこんな所に穴が……?」
「とにかく! この穴は先生に報告するぞ!」
面倒事になるから先生に言うのも躊躇われたが、飯田が報告しに行ってしまった。帰りのSHRが長引かない事を祈るばかりである。
穴の側で騒いでいたせいか、耳朗が話を聞きつけて穴を発見し、八百万が空気読んで反対側から穴を塞いでくれた。
・・・♡・・・♡・・・
昼食も終えて、午後の科目も片付け、時間は帰りのSHRになった。相澤先生が教壇の前に立って、俺達に長話を始める。
覗き穴の話はすぐ終わった。先生は俺らが犯人じゃないって、信じてる様だ。峰田が女子から少し疑われたが……俺との会話を見ている者が多かったので、シロと結論された。
「ええ〜……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが1ヶ月休める道理はない」
先生の言う事はごもっともだ。ただでさえ土曜日課がある雄英で、1ヶ月も長々と休んでいたら勿体無い。昔の高校生の俺だったら文句タラタラだったかもしれないが、社会人しかもこの世界で誰もが憧れるプロヒーローを目指すなら、休んでいる暇などなかった。
それに……ここいらでまた俺に、試練が訪れる。
「夏休み、林間合宿やるぞ……!」
「知ってたよーーーっ!」
「やったーーーっ!!!!」
「肝試そーーっ!」
「風呂ーー!」
「花火!」
「行水!」
「カレーだなっ!」
「湯浴みっ!」
「峰田くん、全部同じだよ?」
ノゾキの話の空気から一転、一斉にクラスメイトが騒ぎ出す中、落ち着きのある八百万と常闇が話を始める。
「自然環境ですと、また活動条件が変わってきますわね」
「如何なる環境でも正しい選択を……か、面白い」
確かに、職場体験は人にもよるかもしれないが、市街地ばかりで活動してきた。救助訓練では何度かあったが、本格的な自然の中での訓練は初めてになる。
「寝食みんなと! ワクワクしてきたっ!」
「そ、そうだね……」
尾白も巻き込んで葉隠が騒ぎ始め、段々とクラス全体がうるさくなっていく俺達に、相澤先生は抹消を発動して睨みつける。
「ただし!!! その前の期末テストで合格点に満たなかったヤツは……補習地獄だ……!」
「「みんなぁ! 頑張ろうぜッ!!?!」」
たちまち静かになった教室に、上鳴と切島が声を合わせてクラスを鼓舞する。
「クソくだらねえ……!」
「みんな頑張れよっ!」
興味ないと言わんばかりに顎に手を当てる爆豪と、自分は赤点なんか取らないと言わんばかりの峰田が、俺達に腹の立つ声援を送る。
俺はと言えば、林間合宿前にそんなのあったなと感慨深く思いながら、この後の事でウズウズしていた。
そんな帰りのSHRも終わり、いよいよ放課後になった。
「ヤイバっ、たまには一緒に───
「切裂! 勉強───
「切裂、今日の特訓は───
俺の机の周りの何人かが、一斉に声をかけてきた。が……
「ゴメン俺用事あるから先帰る!」
みんなにそう叫んでから、俺はバッグ持って一目散に教室から出て行った。
「ええッ!!?」
「えぇぇぇぇっっ!?」
「あいつが放課後の特訓パスするなんて……」
「切裂くん……どうしたんだろ?」
「あんなに急いでる切裂ちゃん、初めて見たわ」
「余程何か大切な予定があるのだろう!」
「チッ! せっかく完成してきた『A・P・ショット』の的にするつもりだったんだがよォ……ッ!!」
「爆豪、ならっ! 俺が的になってやるよっ!!」
「テメェは熱に耐性無えだろうがッ! ケガしても知らねえぞッ!」
「残念だな……せっかく職場体験でグラントリノに鍛えてもらったフルカウルとスマッシュ、見せたかったんだけど……」
「オイ、クソデク……ッ! テメェも来いッ!!」
「ええっ!? か……かっちゃんっ!?」
「よっぽど自信あるみてぇじゃねえか……! テメェの個性がどこまで強くなったかッ、調べるついでに、俺がもう一度ブッ殺してやるッ!」
・・・♡・・・♡・・・
俺は、クラスメイト達との自主練も勉強も全てほっぽかして、雄英から駆け出した。
下校路ではない雄英の駅前にある途中の公衆トイレで、バッグに入れていた私服に着替える。雄英の校則では御法度な行為だが、今の俺はオールマイトでも止められない自信があった。
そのまま駅から電車に乗って目指したのは、都心から少し離れた大型商業施設『木椰区ショッピングモール』
その場所で俺は、彼女と待ち合わせしていた。
夕暮れのショッピングモールは、そろそろ店じまいの準備を始める店も多いが、それでもまだちらほらと人だかりはある。
体育祭もあったし、今回の職場体験の一件でメディアには俺の素顔も、結構な頻度で映ってしまっていたので、俺は顔を隠すためにキャップ帽と黒のマスクも着けていた。
携帯で連絡した通り、中央の噴水広場で待ってみるが、彼女の気配はない。腕時計を見たら、待ち合わせた時間よりまだ30分以上はある。SHRが少し長引いていたとは言え、さすがに早すぎただろうか。少し焦りすぎただろうか。
と思ったら、腰への衝撃と共に俺の視界が横にブレた。
「ヤイバくんっ!!♡」
「ぐぅ!」
そして、彼女の声が携帯越しではなく、今度は生で聞こえた。
腰にダイレクトアタックをキメられ、大きくふらついた俺だが、倒れる事なくバランスを立て直して、その突っ込んできた彼女に顔を向けた。
「トガちゃん……!」
最初に見えたのは、頭。彼女のブロンドベージュの髪の毛。そして左右にあるお団子ヘアと、そこから彼岸花みたいに咲き乱れた髪。
あの時と変わらない彼女の髪型に、俺の彼女との記憶が思い起こされる。
ほとんど素顔を晒してなかったのに、なんで彼女には俺がわかったのだろうか。
そんな事、一瞬でどうでもよくなって……
何年振りになるのだろうかと独白するぐらい、彼女を見るのを待ち焦がれていた。
彼女が頭を上げる。
その金色の瞳。夕陽に照らされて更に輝いている彼女の瞳が、俺を真っ直ぐに映し出した。
その口元、半開きになった彼女の唇の奥から、犬歯の長い真っ白な歯が覗く。
そのカァイイ笑顔を、俺にだけ見せてくれる彼女の笑顔を、1日たりとも忘れた事などなかった。
「ヤイバくん……♡」
彼女に名前を呼ばれるのが、こんなにも心地良い。
ヒーローとしての使命も、全て忘れそうなぐらいに。
俺は彼女に、素直に答えた。
「会いたかった……!」
「私もですっ!♡」
そう言って、俺達は当たり前の様に抱き合う。そうやって、ずっと彼女に血を渡してきたからこそ、躊躇いもなかった。
髪も、頬も合わさって、互いの呼吸も、鼓動も聞こえるぐらいに、言葉も発さず、再会を喜び合った。
俺は少しだけ顔を離して、彼女と見つめ合う。彼女の頬が夕陽に照らされて、淡く火照っていた。
「少しやつれたね」
「そうですかっ!?」
「それに軽くなった」
「ダイエットしてないですよ?」
少し隈が深くなっただろうか、それに少し抱き上げて感じたのは、女の子としての良い軽さじゃない。明らかに栄養が足りていなかった。
「はぁぁ〜ヤイバくんっ♡ もうガマンできません……! 早くチウチウさせてください……♡ 早くぅ!」
ハァハァと息を荒げながら話すトガちゃんに、俺はすぐにでも肩をはだけさせて、その身を差し出してやりたかったが、それをグッと我慢する。
「わかった。2人っきりになれる所に行こっか」
「はいっ!♡」
話すにしても血を吸わせるにしても、ココだと少し目立ちすぎる。俺は彼女の手を取って、場所を変える事にした。
でも血を吸わせる前に、俺は彼女を飯に誘った。と言っても、レストランとかだと人が多すぎるから、ファーストフードで適当にテイクアウトして、コンビニで野菜ジュースと飲み物買って、デカい広場の公園へと移った。
「はぁ〜っ、ごちそうさまでした♪」
彼女とベンチに並んで座って、そこそこの量あった食事をあっという間に食べ尽くした彼女が、すぐさま隣にいる俺に腕を首の後ろに回して、シャツを引っ張って丸出しにした俺の肩に齧り付いた。
「んっ!」
「ん゛ぅ〜〜〜〜〜っっ!♡!!♡」
久しぶりの痛みすら、心地良かった。
彼女の牙が、硬化していない俺の肌を簡単に突き破って、血管に到達する。
ぶちりと、音を立てて溢れ出る俺の血が、彼女の荒い鼻息と共に、吸い込まれていった。
ごくりと、彼女が吐息ごと俺の血を飲み込んでいく音で、俺が腕を回して抱きしめている彼女の胸が動く。
彼女の激しいぐらいの心音も、俺の心音と合わさって、どっちがどっちかわからなくなった。
彼女の彼岸花みたいな髪の毛が顔に当たって、くすぐったかったけども……それ以上に全てが懐かしくて、俺は抱きしめていた手で彼女の髪の毛を優しく撫でた。
側から見ればイチャつき過ぎて発情しているカップルにしか見えないだろう。ドン引いて、誰も近づいてこないハズだ。
やがて、満足するまで血を吸った彼女は、俺から口元を離した。
「……ぷはっ♡ ……にへへへ……♡」
彼女は俺と顔を合わせて、笑った。
あの時と同じ様に。
半開きの口元からは俺の血の滴が垂れて、彼女の顎から首へと伝う。
血に染まった牙の鋭い歯を見せつけて、彼女はニッコリと笑っていた。
「カァイイよ、トガちゃん……!」
考える間もなく、言葉が勝手に口から出ていた。
「えへへ…………ヤイバくん……♡」
そんな彼女に名前を呼ばれる事すら、嬉しくて仕方がなかった。
それから、用意していた絆創膏で傷を隠してもらって、ようやく落ち着いてくれた彼女と、俺は話を始めた。
このまま抱き合っていたかったが、さすがに目立ち続けるので彼女には隣に並んでもらった。
「そう言えば……携帯買ってもらえたの? ……両親に?」
彼女は首を横に振った。
「ママとパパは、もういません」
俺が聞き返すよりも早く、彼女は言葉を続ける。
「変な施設に送られそうになったので……逃げちゃいました!」
「………………そっか!」
きっと彼女の両親は、このまま猟奇的な彼女を社会に出すワケにはいかないと思って、良かれと思っての行動だったのかもしれないが、この世界で施設と聞いて良い予感は微塵も感じないので、逃げて正解だ。
結局、彼女の父親と母親に、彼女は救えなかったみたいだ。
「あ、でもっ! 中学校は卒業したんですよ!?」
それでも、この国の義務教育はなんとか終わらせてくれた事に、俺は少しだけ安堵した。
「良かったね! それじゃあ……今はフラフラしてんの?」
「最初はフラフラしてたんですけど……最近、私みたいな人を集めてる所に行ったんです!」
彼女がフラフラしてる間、何をやっていたのかは彼女が話そうとするまで聞かないつもりだ。きっと楽しいモノではなかったハズだから……
「へえ〜、なんて所?」
「『
本当の事を言うのなら、嫌だった。
彼女が雄英と敵対する組織に、身を寄せるのが。
かと言って、俺にはこのまま彼女を保護する方法が無い。
両親は説得する前に警察に相談するだろうし、そうなったら本末転倒だ。
捨て猫をコッソリ飼うみたいな手段も、彼女の事を考えれば取りたくないし、そもそも雄英の後々を考えれば、取れない。
それに、こうして組織にスカウトされた以上、彼女も引き返せない所まで来てしまっただろう。
結局は運命だったのか、俺以外にこの超人社会で彼女の居場所は、アレしかなかったのだ。
彼女はポケットから携帯電話を取り出して、嬉しそうに俺に見せた。デフォルメになったナイフのキーホルダーが付いていた。
「電話持ってないって言ったら、その時くれました! スマホじゃないのが、ザンネンですけど……」
いや、むしろスマホじゃなくて好都合だった。
とりあえず、コレ以降は電話じゃなくて、アプリ使ったメッセージでのやりとりにしようと、彼女と決めた。
使うアプリも一般に普及してるタイプじゃなくて、海外サーバー経由している秘匿性の高い、マイナーなヤツだ。ガラケーでも問題なく使える。
親に仕事用と偽って携帯を、もう1個買ってもらえないか……相談しよう。
とにかく彼女との連絡手段が手に入っただけでも、敵連合に所属したメリットはある。
それに少なくとも、敵連合に所属している間は彼女の衣食住は保証してくれるだろう。食は、今さっき不安になったが。
「……そっか。よく入れてもらったよね?」
そもそもソコが気になった。ただの仲介人である義燗が、いったい何に目をつけて彼女をスカウトしたのか。
「面接は苦労したですけど……私が人と個性に化けれると知ったら、みんな喜んですぐ引き入れてくれました!」
「へぇ〜………………え?」
俺が間の抜けた声を出した瞬間、彼女は俺自身に変身すると、その手を平然と刃に変えてみせた。
「そうです! 私……血を吸った人の『個性』も使えるようになったのですっ!!」
再び個性を解除して、彼女は俺の肩に擦り寄った。彼女の上目遣いが、俺の何かを掻き立てる。
「ヤイバくんの言う事聞いて……いろんな人の血を、い〜っぱい吸いました……!♡」
「覚えてたんだね……!」
「ふふふっ……ヤイバくんの事、信じてますからっ♡」
驚きよりも、嬉しさが込み上がってしまった。
反面、彼女もヴィランに片足突っ込んでしまった事実が、重くのしかかった。
尚更、警察に相談できなくなったが、もう今更だ。
むしろ彼女が成長しているのは、この状況下では喜ぶべきだった。
俺はそのまま肩を寄せて、彼女に告げる。
「俺ね……『雄英高校』入学したよ。ヒーロー科……」
「知ってますよ?」
「え?」
彼女は俺から頭を上げて、平然と答えた。
「体育祭……お外のテレビで見てました♪」
「見てたのっ!?」
「もちろんですっ! ボロボロになっても戦うヤイバくん、カッコよかったぁ……♡!!」
彼女は嬉々として、両手を頬に当てながら俺の活躍を語り始める。
俺と切島か、爆豪との試合を言っているのだろう。血みどろのデスマッチを見て盛り上がる、彼女の姿が容易に想像できる。
いや、そんな事を伝えたいワケじゃなかったのだが、彼女が笑っていて……どうでもよくなりそうだった。
「ウフフフフフ……♡」
俺の驚いた顔を見て、彼女は笑いながら俺に身を擦り寄せる。
「……私達、敵同士ですねっ♪」
「ああ……そうだね」
事実、そうなった。
でも、俺と彼女は変わらない。
ヒーローとヴィランの境界線は、意味を成さない。
あの日、誓った時から、ずっと彼女の味方だから。
「俺はトガちゃんが生きていて、安心したよ……!」
「はぁぁ〜、嬉しいですっ♡」
そう言って彼女は俺のシャツを引っ張って、まだ肩をアムアムと甘噛みしようとする。
そんな彼女に笑いかけると、彼女もニッコリと笑ってみせた。
「これから学校が夏休みになったら、もっと会えますね!」
「あー、ゴメン……雄英って忙しすぎて夏休みほぼないし、林間合宿もあるから、大変だと思う……」
「林間合宿もあるんですね! どこ行くんですか?」
「たぶん、山。どこかはわかんないけどね」
彼女は少し残念そうな顔をしていた。けれども、すぐその表情を明るく保ち直してみせた。
「そしたら! ヤイバくんの血……少しもらっていいですか?」
そう言って彼女が取り出したのは、注射器とゴム管。それとカプセル状の容器だった。
「どこで手に入れたの? そんな物」
「私の個性を知ったら、義燗さんがくれました! 後でもうちょっとちゃんとしたの渡す、とか言ってましたけど……」
正規ルートではないが、それでも幾分かはマシなルートで横流しされた医療用品だろう。サポートアイテムの類いではなさそうだ。
「そっか……いいよ。でも、俺の個性は雄英の人には見せちゃダメだよ?」
「はーい♪」
轟の炎や氷もなのだが……『刃』の個性自体はそこまで珍しいワケではない。だが念には念を入れておきたい。
彼女は手慣れた動きで俺に注射針を腕に突き刺し、管からカプセルへと俺の血を移していく。だいぶ彼女に血を飲まれた気もするが、まだ目眩や吐き気などは起こらなかった。
「ウフフ……コレでヤイバくんとおんなじ個性が使えます……!」
彼女は抜き取った俺の血のカプセルを眺めて、嬉しそうにしている。
「ヤイバくんっ、次は私の個性、どんな事ができるようになりますか?」
彼女は更にPlus Ultraしようとしていた。正直、個性をコピーできる時点で十分強いと思っていたから、次をあまり想像していなかった。
「う〜ん、次は……コピーした個性の複合……とか?」
「うぅ〜、ソレやろうとしましたけど難しいです……それに、その練習にはたっくさん血が必要なんです……」
考えてはいたらしいが、確かに個性を複合させるには相応の血の量が必要だろう。血の種類も必要だと。
「その敵連合にお願いしてみなよ。血を外気に触れずに吸い取れる道具と……密閉したまま保存できる容器とか……ブッ刺した注射器からそのまま口に通せるヤツとか」
「へへっ、言ってみるのです!」
彼女の強さは血ありきだ。それ以外はちょっと身のこなしが良い女の子である。起点となる血の確保に、サポートアイテムは徹底的に頼って欲しかった。
そのためにも、まずは敵連合に取り入る必要がある。死柄木になるべく棘を立てない様に、彼と接触する事が。
難しいとは思っていたが、それでも彼女ならやってくれると信じていた。
「トガちゃん……」
「はい?」
最後に、俺は彼女に伝えなければいけない事が、残っていた。
「ゴメンねトガちゃん……トガちゃんが明るく生きれる、優しい世界……まだまだ道が長いんだ……」
ココまで何回か死にかけた気がするが……『ヒロアカ』の物語はまだ始まったばかりである。敵連合と交戦するのも、ここからが本格的になる。
しかも、先は長い様で短い。知っている範囲だけで、1年も経っていないハズだ。
それまでに……いや、あの雄英を卒業するまでに、彼女のための世界を作らなくてはならないのだ。
無茶苦茶な目標なのかもしれないが、止まるつもりは毛頭ない。
それでも彼女は優しく笑っていた。
「大丈夫です! ヤイバくんなら絶対にスゴいヒーローになって、優しい世界を作れるのですっ!」
彼女は立ち上がって、俺の前でクルリと回転しながら踊った。
「私はずっとヤイバくんを待ちますよっ!!」
俺に再会できた嬉しさを、全身で表現しているかのように。
「だって……!」
あんなにもカァイイ笑顔を俺に見せながら、彼女は言った。
「ヤイバくんはもう、私のヒーローなんですから……っ!」
その言葉に、何も言えなかった。
俺はまだ、完璧な『ヒーロー』にはなっていないんだ。
君を、明るい日の下で堂々と連れ出せる世界にするんだから。
目頭が火傷しそうなぐらい熱くて、鼻が痛くなった。
俺が今この瞬間を生きていて、頑張る理由が、君の笑顔だったから。
油断すると、全て溢れてしまいそうで……
でも泣いたら、彼女はどうしたのか聞いてくるから……
その涙を堪えた。
泣くには早すぎる。
泣く前に、やる事が沢山残っている。
彼女のヒーローになるために、成すべき事がまだある。
正直な話、敵連合とこれからどう戦っていくかも、まだ決めかねている。
この世界を丸ごと壊そうとしている『死柄木 弔』……たぶんラスボスになるだろうアイツは、殺すにしろ捕まえるにしろ、絶対に倒さなくてはならない。
トガちゃんの生きる世界は、個性が好き勝手に使える、敵連合が考えるような世紀末ではない。
彼女の個性を明るく受け入れてくれる、優しいモノでなければならない。
その世界を作るためには『敵連合』はもちろん、原作に出てきたソレ以外の組織も、全て潰さなければならないのだ。
ココからトガちゃんを敵連合からどう切り離していくかも、決められていない。
不安はあった。
それでも、コレだけは絶対に揺るがない。
例え、この先に何があろうとも……
自分の存在が、この物語を担うとしても……
君が認めてくれるのなら……!
俺はトガちゃんのヒーローで有り続ける。
絶対に、彼女を救ってみせる。
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