切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第十八話

 

 

 

 

 

 そして始まった期末試験日。

 

 永遠にも感じた、3日間に渡る筆記試験が終わった。峰田と勉強した甲斐あって、完璧とは言えないが手応えはあった。

 ほかを見てみると、成績上位者は黙々と問題解いてたし、峰田や真ん中辺りも同様。切島も苦戦していたが、爆豪が勉強教えていたから大丈夫。芦戸と上鳴は無心になってテスト用紙にへばりついていた。爆豪は全然集中していなかったが……アイツは天才だから心配する必要ない。

 

 テストが終わったクラスメイト達は、極度の緊張から解放されて、それぞれ素の表情をさらけ出していた。

 

「ありがとうヤオモモー!」

 

「とりあえず全部埋めたぜーっ!」

 

「ヤオモモちゃんのおかげだよー!」

 

「マジ助かった、サンキュー!」

 

 中間成績下から数えた方が早いクラスメイト達が八百万に感謝していて、彼女も嬉しそうだった。

 

 そして翌日。期末試験のメインとなる、演習試験が始まった。

 

 俺もクラスメイト達もヒーローコスチュームに着替えた姿で、実技試験会場中央広場に集合する。ちなみに、今日の迷彩服はウッドランド迷彩だ。

 会場の出入り口に集合していた俺達の目の前には、相澤先生含めて8人の教師がいた。

 

「それじゃ、演習試験を始めていく。この試験でも、もちろん赤点はある。林間合宿行きたきゃ、みっともねえヘマはするなよ」

 

「な、なんか……先生、多いな……」

 

 耳朗の呟き通り、ロボ相手する試験にしては教師が多すぎる。そんな彼女の不安が、クラスメイト内に伝播し始める。

 

「お前らなら事前に情報を仕入れて、何するか薄々わかっているとは思うが……」

 

「入試みてえなロボ無双だろぉ!!」

 

「花火っ! カレーぇ! 肝試───っ!

 

 相澤先生の説明を遮って、不安の伝わっていない上鳴と芦戸が大きな声ではしゃぎ始めたが、眉間に皺を寄せながら2人を睨む先生の捕縛布マフラーが、モゾモゾと動き出した。

 

「残念! 諸事情があって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 マフラーからヒョコッと頭を出したのは、白いネズミなんだけど、熊にも犬にも見える動物の見た目をした、すっごい久しぶりに見た根津校長だった。

 

 

 

「「「「「校長先生!!?」」」」」

 

 

 

「変更……って」

 

 その校長の発言に、数人のクラスメイトが大きな声で反応する。

 そして上鳴と芦戸が、死柄木が触ったみたいに崩壊していく音が聞こえた。

 

 故意ではないとは言え、後で拳藤が謝ってきそうだから、飯田にひと声かけて「気にしてない」って伝えさせよう。

 

 そんな事を考えている間に、相澤先生のマフラーから13号先生に地面へ下ろしてもらった校長は、どうして試験内容を変更したかの説明を続ける。

 

「これからは対人戦闘活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ。というワケで……諸君らにはこれから2人1組で、ココにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「えっ!!?」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「先……生方とっ!?」

 

 更にクラスメイト達が驚く中、相澤先生が説明の補足を始めた。

 

「なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから、発表していくぞ」

 

 こうして、先生方が独自に組んだペアと対戦相手は以下の通りだ。

 

 

 

 

 

 1戦目

 

 砂藤 & 切島 VS セメントス

 

 

 

 2戦目

 

 蛙吹 & 常闇 VS エクトプラズム

 

 

 

 3戦目

 

 飯田 & 尾白 VS パワーローダー

 

 

 

 4戦目

 

 轟 & 八百万 VS イレイザーヘッド

 

 

 

 5戦目

 

 麗日 & 切裂 VS 13号

 

 

 

 6戦目

 

 芦戸 & 上鳴 VS 根津校長

 

 

 

 7戦目

 

 口田 & 耳郎 VS プレゼントマイク

 

 

 

 8戦目

 

 葉隠 & 障子 VS スナイプ

 

 

 

 9戦目

 

 瀬呂 & 峰田 VS ミッドナイト

 

 

 

 10戦目

 

 緑谷 & 爆豪 VS オールマイト

 

 

 

 

 

 緑谷と爆豪が物凄い形相で互いを見合っている中、オールマイト先生が空から着地して現れるも、更に校長からルールの説明が続いた。

 

 試験の制限時間は30分。戦うフィールドは森林だったり市街地だったり、各組ごと特性が違う。

 俺達生徒は手錠型のハンドカフスを教師にかけるか、組の片方の1人がフィールドの1箇所に設置されたゴールゲートから脱出する事に成功すれば勝ち。捕まえるか逃げるかは、組の個性を鑑みて選択できる。

 ただ、相手は最前線から1歩引いているとは言え、今までの激動の時代を生き残ってきたプロヒーロー。逃げた方が楽勝に見えてしまうが、それをさせないため教師には体重の半分までの重量が乗った重りを装着してもらう。

 

 俺の相手は、よりにもよって13号先生。相方はもちろん……

 

「頑張ろう、切裂くん!」

 

 ウラビティこと、麗日だった。

 

 この『ヒロアカ』の世界のヒロインであり……主人公、緑谷 出久の未来の嫁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、マジでお願いだから幸せになってくれ。全身全霊懸けるから。トガちゃんは懸けられないけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思いを背に、待機位置のリカバリーガールがいるモニタールームではなく、控え室みたいな静かな場所で、俺は彼女と2人で作戦を練っていた。

 俺達の試合は5戦目なので、少し余裕がある。机に開いた俺達の戦うフィールドの地図を囲んで、さあ作戦を考えようとすると、部屋に備え付けられたスピーカーから、やかましいサイレンが鳴った。

 

『砂藤、切島チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

「は、始まった……!」

 

 少し驚いた麗日が、地図からスピーカーの方に顔を向ける。早速もう1戦目が始まった。見に行っている暇はない。

 実技試験で13号先生に当たる可能性は、少なからず予想してはいた。青山が存在しないというのもあったが、俺の個性の性質として、麗日と一緒に先生と戦う可能性が最も高いと思っていた。

 

「さて……麗日ちゃんの個性は『無重力』だったよね?」

 

「うんっ!」

 

 俺が話を始めて、彼女は視線をスピーカーから俺へと戻した。

 

「前のヒーロー基礎学の救助レースで思ったけどさ……正直、羨ましいよ」

 

「え?」

 

 俺は目を丸くする彼女にハッキリと告げる。

 

「『飛べる』って相当強いよ。俺、飛べないからさ」

 

「そ、そんな事っ……あのとき私、1番遅かったし……」

 

 俺の言葉に、彼女は遠慮がちに首を横に振ってうつむく。

 確かに、今の彼女だと『飛ぶ』と言うより『浮く』に近い。だがその状態で、力を外から加える事ができれば、彼女は更に1歩踏み込める。

 

「個性とは可能性……でも容量を伸ばすのだけが成長じゃないよ。麗日ちゃんの個性を最大限に活かせる、サポートアイテム着けようよ!」

 

「サポートアイテム……!」

 

 俺としてもこの試験で、彼女には自信を持ってほしかった。

 でも、いきなりサポートアイテムと言われても、迷ってしまうかもしれなかった彼女に、俺は方向性を定めさせる。

 

「麗日ちゃん、自分の個性で困ってる事とかない?」

 

「うーん……無重力にしちゃうと、みんな勝手にどこまでも浮いちゃうから…………今までは、解除すればいいと思ってたんだけど……」

 

「浮かしてる物が全部解除されちゃうから、危ないのと……また触って浮かす手間が出るようになったって事ね」

 

 俺の言葉に彼女は驚きながら、大きく頷いた。

 

「うん! 今ね……ワイヤーを使って、浮かした物がどこかに行かないようにできたら……って考えてるんやけど……!」

 

「無重力になってるから、そこまでぶっといワイヤーとか必要ないし、麗日ちゃんの場合は引っ張れれば十分だから、装置自体はかなり小さくできると思うよ」

 

 無重力状態なら質量は関係ない。ワイヤーの先端は吸着できる物か、アンカーになっていれば十分だ。救助用と戦闘用で組み替えられれば、なお良い。

 俺の合いの手に麗日は調子が乗ってきたのか、更に話を続ける。

 

「それに……前の救助訓練で、浮いただけじゃ遅いから、瀬呂くんみたいにワイヤーで引っ張ってもらえれば、もっと早くなるかもって……!」

 

「いいね。足にもつけよう」

 

「あっ、足っ!?」

 

「うん。緑谷くんみたいにジャンプして移動するなら、腕より足に着けた方がいいし」

 

 瀬呂のターザンみたいな移動は、重力と遠心力ありきの移動方法だ。麗日の無重力を利用して自分自身を引き寄せる移動とは、勝手が違ってくる。

 彼女は1度地面を蹴ったら、個性を解除するまで戻って来れない。無重力なのだから……ワイヤーじゃなくても彼女は、もっと自由に動けて良いハズだ。

 

「てか、待って……無重力状態なら、アレだ……宇宙飛行士みたいに、空気押し出すだけで移動もできるよ!」

 

「ふえっ!?」

 

 俺の話に、背中に取り付けるジェットパックで、シューシューとエアーを噴きながら宇宙空間を移動する宇宙飛行士の姿が、これから戦う13号先生で想像される。

 

「普通は空気抵抗があるけど、無重力下ならどの方向でも加速すれば際限なく加速するし、減速も起こらないから、緑谷くんや飯田くん相手でも追いつけると思うんだ」

 

「デ、デクくんにも……!?」

 

 彼女の問いかけに、俺は自分の考えだけでなく、彼女を信じて答えた。

 

「うん!」

 

 

 

 彼女が、緑谷の後ろを追いかけるのではなく、緑谷の隣に立てるように。

 

 

 

「『グラントリノ』ってヒーロー知ってる? 相当昔のヒーローだから、あんま有名じゃないけど……動画はあるから、参考にできるかも!」

 

 エアーは背中に背負うより、手足にワイヤーと一緒に備え付けにした方がスッキリする。燃料のロケットじゃなくて、空気さえ押し出せればいいから、大きな装置もいらない。彼女のヒーローコスチュームも都合良く、元々腕と足が太い設計になっている。それこそ『グラントリノ』とほぼ同じ感じになるハズだ。

 問題は重力下と違って無重力下になるから、運動エネルギーの調整が相当難しい事かもしれないが、やってみる価値はあるし、彼女ならやってくれるハズだ。

 

「俺、サポート科に知り合いいるからさ。トンでもねー天才みたいな子。彼女にお願いしてあげるよ」

 

「あっ、もしかして『発目』さん? 知ってるかも……!」

 

 そう言えば、彼女は体育祭で会った事があるんだと、そこまで話していると、部屋の中から最初に聞いたのと同じサイレンが鳴り響いた。

 

『砂藤、切島チーム。両者気絶により、リタイア』

 

「ええっ!? 砂藤くんと切島くん負けちゃった!?」

 

 麗日がスピーカーを見上げて驚く。俺も思った以上に決着が早くて驚いた。

 俺と日々ぶつかり合って持久力を高めている切島の硬化が、そんな簡単に切れるハズないのだが……たぶん、砂藤のパワー切れと同時にセメントス先生に押し切られたな。

 セメントだらけの市街地でセメントス先生は、圧倒的に不利すぎる。俺だったら迷いなく麗日と一緒に飛ばしてもらって、撤退を選ぶ。そうなったら試験にはならないが。

 

 おそらく、ほかのクラスメイト達も動揺しただろう。この演出試験が半端な難易度ではない事が、わかったハズだ。

 そのままスピーカーからは、連続してサイレンが鳴った。

 

『蛙吹、常闇チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

「は、早く作戦決めなきゃ!」

 

 自覚はあったが彼女の個性の話で、すっかり作戦から話がズレていた。麗日が地図を見ながら慌てていたが、まだ時間はある。

 

「大丈夫、落ち着いて。相手はこの学校で相澤先生とオールマイト先生の次に強い13号先生。冷静にならなきゃ負けるよ……!」

 

「う、うん! でも……13号先生ってそんなに強いかなぁ? 先生ってテレビだと人命救助の活躍ばかりで……ヴィランとの戦闘とか、全然見た事ないんだけど……」

 

 彼女の言う通り、インターネットで13号先生を調べると、災害現場とか人命救助の話題しか出てこない。ヴィランとの戦いは本人の性格上、好きじゃないのだろう。

 ただ、その性格は今の試験に直結しない。

 

「ねえ……俺と麗日ちゃんの個性の共通点って何だと思う?」

 

「え? えと……? ……う〜ん……『無重力』と『刃』じゃ全然……」

 

 頭に大量の「?」マークを出して悩む麗日。本当だったら緑谷辺りが教えてくれるのだが、青山の代わりに俺が戦う今、彼女に教えられるのは俺しかいない。

 

「お互い、相手に接近しないと決定打が撃てない事」

 

「あ……そっか……!」

 

「だから俺達、13号先生を宛がわれたんだよ。接近されたら負けだから」

 

「じゃ、じゃあみんな……意図的に、不利になる先生と戦うようになってるって事……?!」

 

 俺は動揺する彼女にゆっくりと頷いた。

 今まで接近戦しか攻撃手段のない俺や、相手に触れられないと個性が発揮できない麗日にとって、指先で吸引して触れるだけで分解するブラックホールを形成できる13号先生とは、相性が悪い。

 

「正直、13号先生とは戦いたくないんだけど……たぶん向こうは最初から、ゴールゲートの前に陣取ると思うんだ」

 

「そ、そうだよね!」

 

 彼女にもその考え方はわかったらしく、ウンウンと何度も頷いて同意してくる。

 残り火とは言え『OFA』のオールマイトと、反則的な『抹消』の相澤先生を除いたとして、雄英の教師の中で1〜2の強さを発揮するのが13号先生だ。次点でセメントス先生になる。

 

「弱点は……機動力がある人じゃないって事だけど…………先生もわかってると思うから、挑発しても絶対に乗ってこないだろうし、そもそもブラックホールの範囲がデカすぎるから、動く必要ないんだよね……」

 

 俺と麗日が2人同時に動けなくなっていないと、13号先生はゴールゲート前から動かないだろう。ゴールの目の前に、何でも吸引してくるデカい砲台が置いてあると思うと、想像し易い。

 

「じゃあやっぱり……先生に気づかれないように、ゴールゲートまで行った方がいいのかな?」

 

「……一気に肉薄する作戦もアリっちゃアリなんだ。13号先生も、俺達が本当にブラックホールへ吸い込まれそうになったら……個性を止めると思うから」

 

「た、確かに……!」

 

 大胆不敵な戦法に、麗日はその手があったか! と驚いている。

 オールマイト先生と違って13号先生は加減がわかっている。ブラックホールに巻き込まれたら、単純に死んでしまうからな。

 

「でも、ソレは弱者の考え方。13号先生が本当にヴィランだったら、俺達ソコでおしまいさ」

 

「うぅ……そうだよね……」

 

 コレは原作で麗日がたまたま取ってしまった行動だが、意図的にやったら赤点評価になりかねない。この方法は策が尽きた場合の最終手段だった。

 

「………………」

 

 黙り込んで思考する彼女の表情に、覚えがあった俺は問いかけてみる。

 

「緑谷くんならどうするか……って考えてる?」

 

「へぇッ!!?!?」

 

 いきなり素っ頓狂な声を上げて、自分の顔を両手で押さえた麗日が跳ね上がった。

 

「ちっ、違う違う違う違う違うっ! そんな事っ!! 違うって!!!」

 

 両手をブンブン振り乱しながら、顔を真っ赤にして否定する彼女だが、コレをほかのクラスメイトに見せて、何も思わないヤツはいないだろう。

 

 

 

 最初は確か、緑谷が彼女を意識していたハズなのに、ソレがいつの間にか変わっていった。

 

 

 

 こんな無慈悲で残酷な、クソみたいな世界で生まれた、尊すぎる愛。

 

 

 

 2人の恋路の結末を俺は知らないが、どこまでも応援したかった。

 

 

 

 トガちゃんを幸せにして、尚且つ2人の幸せを見届ける。

 

 

 

 そんな都合の良い展開が、できるのだろうかと思ってしまったが、願わずにはいられない。

 

 

 

 願わくば、2人のゴールインまでずっと見ていたいと、心の底から思ってしまった。

 

 

 

 言うべきかどうか迷ったけども、俺は言った。

 

 

 

「麗日ちゃん……緑谷くんをよろしくね」

 

「へ……っ!?」

 

 まだ顔が真っ赤になっている彼女に、俺は淡々と話を続ける。

 

「コレ、本当は言うなって警察の人に言われたんだけど……『ヒーロー殺し』捕まえたの、緑谷くんなんだ……」

 

 次から次へと衝撃的な話が始まって、彼女は感情的に驚いた。

 

「ええっ!? で、でもニュースはエンデヴァーが……!」

 

「それは嘘。火傷の痕は轟くんのだし、実際に戦ったのは飯田くんと緑谷くんだよ」

 

 俺がゆっくりと話を初めて、少しだけ彼女は落ち着きを取り戻した。

 

「でも、俺と峰田くんと違って……3人はプロヒーローから個性使用許可貰ってなかったから、このままだと処罰対象になっちゃったんだ。それでも……3人はプロヒーローを助けて『ヒーロー殺し』を捕まえた功績があったから……警察の人が手を打ってくれたんだよ……」

 

「そ、そうだったんだ…………でも、どうして……?」

 

 そんな事を、どうして自分に話してくれたのか。彼女にとっての疑問に、俺は困ったような表情で答える。

 

「緑谷くん……危なっかしいもん……」

 

「……っ!」

 

 その言葉に彼女は今までの、彼の活躍という名の凶行を思い返しているみたいだった。

 

「いっつも危険を顧みないで、大怪我しちゃうし……俺も何度か言ってるんだけど……いつも1人で抱え込んで、向こう見ずで突っ走って……誰かが見てなきゃ……すぐ周り置いていっちゃうんだから…………彼を守ってあげる人が、必要だと思うんだ」

 

「切裂くん……」

 

 自分以外にも、同じ事を考えている人間は初めてだったのか。彼女は俺を見た。

 

「体育祭の時も、あんなんなっちゃったし……俺が個性のアドバイスしたから、今は自滅しなくなったけど…………緑谷くんは今よりきっと、もっと無理をし始めると思う…………ヒーロー免許なんか取ったら尚更だよ……! なんか……どんどん遠くに行っちゃいそうでさ……」

 

 俺は顔を下に向けたまま、告げた。

 

「必要なんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……彼と一緒に隣に立てる……彼のための、ヒーローが……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デクくんのための、ヒーロー……!」

 

 俺は頷いて、彼女の眼を見た。トガちゃんの瞳に負けないぐらい、強くて優しい……綺麗な眼をしていた。

 

 

 

 緑谷の隣に、俺は立てない。

 

 

 

 俺の隣には、並ばせたい人がいるから。

 

 

 

 全力で守りたい人が、いるから。

 

 

 

 彼女はポツリポツリと、俺に話を始める。

 

 

 

「切裂くん……私ね……最初、ヒーローを目指したのって……お金稼ぐつもりだったの…………パパとママに、楽させたいと思ってたから……」

 

「うん……」

 

「でも、入試の時のデクくんも……USJの時の切裂くん達も……体育祭でも……ずっと、キズついてくみんなのこと見て、思った事があるの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒーローが苦しい時、誰がヒーローを守ってあげられるんだろう……って……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは彼女が原作でずっと考えていた、答えを見ていない思想だった。

 

 

 

 そして、俺の好きな思想だった。

 

 

 

 俺は、彼女の考え方に、純粋に惹かれた。

 

 

 

 それがきっと、この物語の主人公である緑谷を、変えるものだと信じていたから。

 

 

 

「良い議題だね。俺も考えてみる……!」

 

「切裂くんも……無理しちゃダメだよ? 三奈ちゃんとか、心配するから……!」

 

 そう言って彼女は笑った。なんで芦戸の名前を出したのか問いただしてやりたかったが、拗れそうだからやめた。

 

「そうだね……こんな所で躓いていられないから……まずは、13号先生に勝とう!」

 

「うんっ!」

 

 そう言って話を締めようとした直後、部屋のスピーカーからまたサイレンが鳴った。

 

『蛙吹、常闇チーム。条件達成』

 

「あっ! 常闇くんと梅雨ちゃん、勝った!!」

 

 彼女の表情が一気に明るくなる。2人の勝利は、ほかのクラスメイト達にも希望となっただろう。苦戦は必須だが、この試験は勝てない戦いではない事が証明された。

 

「俺達も波に乗るよ……!」

 

「うんっ! でも、どうしよっか……13号先生。見つかったら、ブラックホールで逃げられないだろうし……」

 

 気合いを入れ直す麗日だったが、まだ先生に対する攻略が全く終わっておらず、彼女は不安が抜けていない。

 

「確かに……コッソリ脱出するなら、見つかったら終わり。でもね……13号先生を倒す方針なら、不意は突けるんだ……!」

 

「え?」

 

 俺が1人でゴールゲートをコッソリ通過する方法も考えてはいた。だが麗日も活躍しないと、クリアしても彼女だけ赤点扱いになってしまう。

 

 チャンスは1回きり。確実に仕留めるには、近寄られたら終わりな13号先生に、可能な限り接近する必要があった。

 

「麗日ちゃん、よく聞いてね。俺、実は……まだ学校の誰にも見せてないんだけど……」

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 俺と麗日が作戦を練り終える間に、3戦目の飯田と尾白対パワーローダー先生の戦いは終わっていた。飯田がレシプロで尾白と一緒に高速回転し、そのまま尾白をゴールゲートにシュートして勝負を決めた。

 そのまま俺達は試験会場のフィールドである場所にバスで移動していたので、4戦目の轟と八百万対相澤先生の戦いも、見る事ができなかった。USJで相澤先生は目を怪我していないから、少し不安に思ったが、轟なら八百万に発破入れてやってくれると信じた。

 

 そうして轟達の決着もわからないまま、俺達の試験の番となった。

 

 俺達の戦うフィールドは、普段の救助訓練で散々見慣れた『USJ』内。よりにもよって13号先生の庭みたいな場所がフィールドだ。

 ゴールゲートは、もちろん正面のデカい出入り口の前。そして、俺達のいる場所はその出入り口が目視できない、広くて長い階段を下った噴水広場の目の前だった。

 13号先生とは、ここに来るまで会っていない。お互いに奇襲できなくなってしまうからだろう。俺としても、ソレで良かった。

 

『麗日、切裂チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

 俺達の試験開始のサイレンがドーム内に鳴り響いたが、階段側から動きは見えない。

 

「隠れよう!」

 

「うん!」

 

 もし13号先生のスタート位置が階段の上なら、この距離からでも先生のブラックホールは吸引できる。自分でも自負していた危険な個性、やみくもに発動するのは先生も好きじゃないハズだから、ひとまず俺達は近くの茂みに身を寄せた。

 茂みに潜り込むなり、俺はポーチから双眼鏡を出して、階段の上がった周辺を確認する。

 

 

 

 見えた。

 

 

 

 声と仕草こそ可愛いが、俺でも見上げるぐらいの身長で宇宙服のヒーローコスチュームを着込んだ13号先生が、階段の端を走り回りながら噴水周りをキョロキョロと見回していた。

 ただでさえクソ重そうな宇宙服を着てるのに、そこから自分の体重の半分の重りまでつけている。それなのにあのフットワークの軽さだ。救助だけのヒーローとは格が違う。

 

「気付いてない……」

 

「うん……このままコッソリ行こうっ!」

 

 すぐ後ろに伏せていた麗日に促され、俺は彼女とゆっくり……13号先生に悟られないように行動を開始した。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 試験開始から15分後、一向に姿を現さない切裂と麗日の2人に、ゴールゲート周りを見て回る13号は首を傾げた。

 

(僕に正面から挑んでくるとは思っていませんけど……いったいドコに行ったのでしょう?)

 

 2人の個性の性質上、自分は天敵となる存在だ。それは先輩であるイレイザーヘッドに言われた通り、13号も理解していた。そして切裂に足の速さでは負けてしまう彼女は、ゲート前から離れるつもりもない。周りには出入り口やゲートに繋がる、落下防止用の鉄柵以外、隠れる物は何もない。彼女にとっては、やや有利すぎる布陣だった。

 それでも、2人は雄英の優秀な生徒である。まさかこのまま何も出来ずに時間切れになる結果は、微塵も思っていなかった。

 

「ん?」

 

 自分の警戒に抜け穴がないか、もう何度もゲートの周りを走り回って辺りを見回している彼女の視界の先───このUSJの出入り口に隣接する土砂災害エリアの山頂の陰から1軒の民家の残骸が浮かび上がる。

 その速度は早く、彼女が吸おうかどうかと判断する前に、民家はUSJのドームの天井まで急速に浮かび上がりながら、13号の真上の天井にブチ当たった。

 

(コレは麗日さんの個性ですけども……無重力なのに、この速さ……切裂君が個性で加速を付けてますね……!)

 

 実際13号の推理は当たっていた。無重力で質量をほぼゼロにした民家を、切裂が斬撃で弾き飛ばしていたのだ。

 脆くなっていた民家はUSJの天井を構成する強化ガラスと鉄骨の枠に弾かれ、バラバラと空中分解をしていく。それと同時に無重力が解除され、いつぞやの体育祭で麗日と爆豪の試合を彷彿とさせる、おびただしい量の瓦礫の山となった民家の破片が、一斉に13号先生へと降り注いだ。

 

(天井はそこまで頑丈に作ってませんし……汚されるとお掃除が大変なんですけど……大目に見ましょうか……)

 

 そんな呑気な事を考えながら、13号は片手の指先のキャップを開放し、その爪先から真っ黒に染まった小さな球体───ブラックホールを発動させ、自分の周りへと降り注ぐ瓦礫を吸引していく。

 

 民家の屋根から柱、ガラス窓。その民家の中にある家具まで。あくまで訓練所なので凝った物は置かれていないが、民家だった瓦礫が彼女の指先に形成された黒い天体に、強風を起こしながら吸い込まれて、塵になっていく。

 

 しかし、天井に炸裂した事で無差別に広範囲へ散った瓦礫までを、この場の出せる力で全て吸い込むのは無理だったか、吸引しきれなかった瓦礫の一部がボロボロと床や柵の外へと落ちていった。

 

(いけない……後で直さなきゃ…………って!?)

 

 キョロキョロと吸い漏らした瓦礫を確認しようと、13号が視界を動かそうとした時にはもう、次の民家が天井まで打ち上げられており、再び衝突と同時に崩壊して13号に降り注いだ。

 しかし、彼女はブラックホールを発動したまま、瓦礫の第2波を吸い込んでいく。腕を動かしてブラックホールの吸い込む方向も調整しながら、なんとか全ての瓦礫を吸い込もうとするが、範囲を抜けた瓦礫はゴロゴロとUSJの出入り口周りに落下して、床や鉄柵をヘコませる。

 

(あんまり地形を散らかすのは減点対象なんですけど……僕が相手では仕方ありませんかね…………って、またぁ!?)

 

 先ほどよりも被害が増えてきた自分のUSJに、少しだけ怒りながらも辺りの被害を見渡した13号の視界の先で、三度民家が天井へと投げつけられていた。

 

(ちょっと〜っ!)

 

 涙目になって、降り注がれる瓦礫をブラックホールで処理しながら、13号は冷静に2人の行動を分析していた。

 

(もしかして、僕のキャパシティ切れを狙っているのでしょうか? でも……ココでは本気を出せないだけですし……特に麗日さんは僕の事よく知っているハズですから、そんな狙いは…………って!!?)

 

 土砂の陰から民家ではなく、今度は土砂に埋まって半壊したビルの一部が急速に浮かび上がる。

 

(うわわっ!? さすがにソレはダメっ!)

 

 決して大きくはないビルの一部だが、さすがにアレを天井をブツけられるのはたまらないと、13号は指先だけにしていたブラックホールを、残りの4指も合わせて大きくして、ビルが天井にぶつかる前に減速させるべく吸引を始めた。

 

(うぅっ……ちょっと遠いし……大きすぎかも……っ!)

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 この作戦を実行する前に、確認しなきゃならない事が幾つかあった。

 

 そもそも、13号先生の『ブラックホール』は、厳密にはブラックホールではない。

 

 本当のブラックホールだったら、まず先生が吸い込まれてしまうし、そのまま地面も何もかもが吸い込まれて、地球が壊れてしまうだろう。

 

 たぶん、光も吸い込める性質が似ているから、先生か先生の家族が『ブラックホール』と名付けただけだ。

 

 俺と麗日が知りたかったのは、13号先生のブラックホールの指向性と、その範囲。

 

 それは、今までで先生が吸い漏らした場所を確認して、なんとなく掴んだ。

 

 重力を吸い込むブラックホールなのだから、無重力にすればイケんじゃねえのか? とか思ったが、空気も吸い込んで風が吹いてしまうから、抵抗できない無重力の物体は結局吸われてしまう。

 

 だから、最初は吸引できないギリギリの範囲を攻める必要があった。

 

 1番疲れたのは、ただでさえ登るのが大変な土砂災害エリアの山頂まで上がる所だった。ソコじゃないと13号先生とゴールゲートの周りが見えなかったから。麗日の容量とスタミナを少しでも減らさないため、重力下の彼女をおぶって登った。それだけでだいぶ時間を消費した。

 山頂に到着するなり、俺は土砂に巻き込まれて崩壊しかかっている民家の内側を切り抜き、ハリボテに近い状態で重量を軽減させてから、彼女に浮かしてもらってから勢いをつけて切り飛ばし、天井にぶつけて飛散させる。絶対に吸いきれない範囲がある事を予想して。

 

 そして、範囲を見切った俺達は、最後の攻勢に出た。

 

 13号先生は慌てたかもしれないが、今浮遊しているこのビルも内側は切り抜いているから、重量は麗日の限界よりも更に少し上ぐらいだ。USJの天井をブチ抜く事は絶対にない。

 

 先生がブラックホールを大きくしたのか、ビルが減速し始めるも、あとほんの少しの所でガラスの天井に接触してしまう。

 

 その瞬間、泥で茶色く染まっているビルの一部が、俺の斬撃で賽の目にバラバラになって重力に従い、落下し始めた。

 

 一気に重力加速をしながらUSJの出入り口と、13号先生へと降り注がれるビルだった瓦礫が、先生のブラックホールによってみるみる内に、中心部から吸い込まれていく。

 

 しかし、気持ちの悪い落下感を受けながらも、俺は先生のそんな様子を覗き見していた。

 

 いつもテキトーに選んでいた迷彩服が、たまたま役に立った。

 

 民家よりも広範囲に散った上、俺の斬撃も合わさって13号先生へと加速して降り注がれ、ブラックホールの範囲外に逸れた、瓦礫の一部。

 

 茶色が多めのウッドランド迷彩で、同じく土砂で茶色く染まった瓦礫の中にへばり付いて紛れ込んだ俺を、暗色のヘルメットを被っていた13号先生は見逃した。

 

 切島と同じく高所からの落下に耐えれる俺は、そのまま地面に落下して瓦礫と共に転がると、先生に脇目も振らずゴールゲートへと走った。

 

「あっ!!?」

 

 しかし、13号先生も間抜けじゃない。むしろ最後にビルなんて投げたから、警戒を強めていただろう。気付くのが早かった。

 右手で降ってくる瓦礫をブラックホールで吸い込みながら、空いていた左手の指を使ってブラックホールを形成し、俺を吸い込もうとしてきた。

 

「グウッ!!?」

 

 吸引力だけでブレーキをかけられた俺は、堪らず床に飛びついて四肢を刃にして、しがみつく。後ろからは更に増していく強風が、俺を引き寄せようとする。

 

「危ない危ないっ、逃がさないぞ〜!」

 

 先生はブラックホールを発動したまま、飛散した瓦礫も吸い込みながら歩いて近づいてくる。

 

「僕は戦闘は苦手だけど、捕りものには一家言あるんだ」

 

 そう言いながら、13号先生は更に近寄って俺を吸い上げようとするも、今の俺は両手足の裏が返し刃になってるから、ソレぐらいじゃ動じない。

 

「フンっ! フンっ! フンっ!」

 

 俺は四肢の刃を順番に解除して、四つん這いになりながら13号先生のブラックホールに抵抗し、ゴールゲートを目指した。

 

「君が個性でそういう事ができるのは知っています! ですから……コレなら!?」

 

 そう言って13号先生は、瓦礫を吸い終えたもう片方の手も前に出して、ブラックホールを2個発動させて俺に向けた。

 

「うわッ!? ぐうゥゥゥッ!!!」

 

 ゴールゲートどころか、USJの入り口の扉が軋む音を立てて震えている。たぶん先生がこの場で出せる全力だろう。

 俺の床に突き刺した刃がそのままガリガリと削られて、13号先生へと引きずられていく。先生との距離がどんどん縮まり、ブラックホールの風がますます強くなっていく。

 

 でも、それでよかった。

 

 ブラックホールの発動している13号先生へ向かって、麗日に特攻を仕掛けさせるほど、俺も鬼畜じゃない。

 

「グッ!!!」

 

 立つ事もままならないほどの強風が吹き荒れる中、俺は四つん這いからの寝返りと同時に両手の刃を床から引き抜き、フワリと体を浮き上がらせながら迷彩服を突き破って伸ばした数本の刃で、つっかえ棒の代わりにしてブラックホールに抵抗すると、足は刃で突き刺したまま13号先生に対峙した。

 

「ん!?」

 

「13号先生……!」

 

 そしてまだ刃に変化したままの腕を交差に構えて、先生に問いかけた。

 

 

 

 

 

「飛ぶ斬撃って、吸えるんですか?」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 瞬間、抜き放った俺の刃から、ブラックホールの吸い込む風を切り裂いて、2発の斬撃の波が13号先生に襲いかかった。

 

「うわッ!!?」

 

 至近距離から放たれた、地を離れて完全に宙へと分離した、空間を歪ませて自身へと迫る、吸い込めるかどうかもわからない正体不明の斬撃波。

 

 故に、恐怖の勝った13号先生はブラックホールを止めて、回避行動を選んだ。

 

「くうっ!!!」

 

 初弾は回避された。が、しっかり偏差で狙っていた次弾は先生へと直撃し、白い宇宙服の表面が破け、ヘルメットガラスが叩き割れた。

 

「あ゛ぁッ!!?」

 

 分厚い黒のヘルメットが割れて飛散し、頭のてっぺんが黄色、周りが黒でプリンみたいな配色した髪型の、童顔な女性の顔が見えた。

 

「麗日ッ!!!」

 

「ッ!!!」

 

 斬撃はナマクラ刃で放ったから、すぐに体勢を持ち直されると予想していた俺は麗日と一緒に、再びブラックホールを発動させる前に先生の確保へと動き出していた。

 ブラックホールの両手を俺に向けて使った事で、彼女への警戒ができなくなった13号先生に、麗日は最後に残った力で自分を浮かせると、USJの天井からコッソリと先生の隙を伺っていたのだ。

 

「解除ッ! ……からのォ!!!」

 

 斬撃波が13号先生に命中した時にはもう、天井を蹴り付けて先生に接近しながら無重力を解除した麗日が、上空から彼女に飛びかかってお得意の体術『G・M・A』で組み倒す。

 そこに俺もヘッドスライディングで飛びついて、彼女の両腕を掴んで合わせた。これでブラックホールは作れない。

 

「フンっ!」

 

 そして最後に麗日によって、先生の腕にカフスが迅速にかけられた直後、USJ内にサイレンが鳴り響いた。

 

『麗日、切裂チーム。条件達成』

 

「やったよォォオぉオォロロロロロロロロッッ!」

 

 彼女は顔を上げて喜ぼうとした直後、速やかに13号先生から離れながら腹の中身を逆流させた。女の子の生ゲロは初めて見たし、しかも慣れてんのか走りゲロだった。

 だいぶ無茶させたのはわかっていた。1回だけ彼女の『G・M・A』が気になって、放課後の訓練で教えてもらうがてら、無重力にできる限界を見せてもらった事があったからこそ、立案できた作戦だった。それでも更にPlus Ultraさせる結果となったが。

 

「麗日ちゃんっ!!! 13号先生、大丈夫ですか!?」

 

 柵まで走った麗日にポーチの水筒を投げて転がしながら、俺は倒れた13号先生を確認する。

 割れたガラスで切れたのか、俺の斬撃波か、彼女の頭からは鮮血の雫が流れていた。それでも13号先生はムクリと起き上がりながら、俺に向けて横一線のハイライトの入った目をパチクリさせながら、怒るよりも称賛してくれた。

 

「イタタ……驚きました……! まさか自分の弱点を克服していたなんて…………先輩(イレイザーヘッド)も職員会議で言わなかったから、たぶん知らなかったのでしょう。切裂君、先生達に隠してましたね……!」

 

 つまり、俺が遠距離攻撃できると知っていたら、13号先生には選ばれなかっただろう。色々考えたくなったが、今はそれどころではない。先生の血が止まってない。

 俺は装具の医療品の入ったポーチから止血ガーゼとテープを取り出して。彼女の額の傷口にガーゼを固定させる。

 

「この雄英……突拍子もない事、多いんで……!」

 

「フフッ、そうですね……お互い様です。麗日さんも、あれほど大きなモノを浮かせるとは……個性の成長が良くわかりました。2人とも、お見事ですよ!」

 

「は、はいぃ! うぶっ!? オロロロロロロロロっっ!」

 

 彼女は13号先生に返事をしながら、俺の水筒の水をガブ飲みしていたが、嬉しそうな顔を見せたと思ったら、また柵の外へと吐瀉物を垂れ流した。

 

「うわー……!」

 

「あーあーあー……」

 

 こうして、麗日も少し落ち着いた後、傷の処置も終わった13号先生に手を振って見送られて、俺と麗日はUSJから出ていった。

 

「やったね切裂くん! コレで期末試験もクリアだっ!」

 

 さっきまでのゲロ祭りが嘘みたいに、隣で麗日が飛び跳ねながら喜んでいたが、俺は少しだけ顔を青ざめて冷や汗を流しながら彼女に告げた。

 

「ねぇ、麗日ちゃん。ひとつだけ言わせて……」

 

「え、なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「13号先生って…………女だったんだね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ!? 知らんかったの!!?」

 

「だって、いつもあのヘルメット被ってるから……」

 

 今まで中性的だとは思っていたが、一人称が『僕』だからまだどこかで男だと思っていた自分がいたか、容赦なく顔を狙ってしまった。

 決着がついた後の会話で思い出したが、相澤先生にとって彼女は、僕っ娘童顔長身三十路間近の後輩と言う事になるのか。後々に知るが、しかも巨乳だそうだ。癖の過積載である。

 

 そんな下らない事を考えながら、俺達2人がバスで待機位置に戻っていると、6戦目の芦戸と上鳴対根津校長の試合が終わっていた。

 芦戸も決して弱くはないハズなのだが、感知系の個性がいないのに立体交差だらけの工業地帯エリアで根津校長を探すのは至難の技だったか、時間切れになって負けてしまった。

 

 ようやく戻って来れた実技試験会場の建物の中、麗日と2人で待機位置になるモニタールームのドアを開けると、そこにはモニターを一望できるデカい椅子に座っているリカバリーガールと、緑谷と蛙吹と飯田と八百万がいた。

 

「2人共おめでとう! グミ食べな、グミ!」

 

「わぁ、いただきます! リカバリーガール!」

 

「ありがとうございます」

 

 麗日と一緒に、彼女から受け取った熊の形をしたグミを口の中に放り込んでいると、続いて緑谷が俺と麗日のすぐ目の前まで近寄ってくる。

 

「切裂くんっ、おめでとうっ!! 麗日さんもっ!!」

 

「んぐっ!? デ……っ!!? デぇーーーーっ!!!」

 

 彼女は緑谷を目の前にして、グミを噛まないまま飲み込むと、顔を真っ赤にしながら急速にバックで後退してしまった。

 作戦前の話が、ちょっと濃すぎただろうか。まあ、彼女ならすぐ調子を取り戻すだろう。

 

「う……麗日さん?」

 

「どうした、麗日君? 顔が赤いぞ、風邪か?」

 

「なっ、なんでもないっ! なんでもないのっ!!!」

 

「ケロ?」

 

「?」

 

 蛙吹も八百万も、顔を隠すようにしてバタバタ暴れる麗日を見て首を傾げている中、緑谷と飯田は俺の方へと顔をむける。

 

「切裂君、クリアおめでとう!」

 

「うん、飯田くんもおめでとう!」

 

「凄いよ切裂くんっ! モニターで見てたけどっ、君も遠距離攻撃できるようになったんだね!?」

 

「うん、ゴメンね! 試験まで誰にも見せたくなかったから……!」

 

「全然っ! きっと相澤先生もビックリしてると思うよ!」

 

 いつも以上にテンションの高い緑谷に返事をしていたが、俺にはそれよりも気になる相手がいた。

 

「八百万ちゃん! 試合どうだった!? 俺、君の次だったから……全部見逃しちゃって……!」

 

「は、はい! 轟さんと一緒に作戦を考えて……何とか頑張りました!」

 

 八百万は少し眼を潤ませながら、答えてくれた結果に俺はガッツポーズを取る。

 彼女も頑張ったと思うのだが、発破をちゃんと掛けられた轟に感謝だ。相澤先生も手加減はしていただろうが、アイツならやってくれると信じていた。さすが轟だ。

 

 そんな会話の最中、次の試合を宣言するサイレンがなった。

 

「「「「「「あっ!」」」」」」

 

 

 

 

 

『口田、耳郎チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

 続いて7戦目。口田と耳郎対プレゼントマイク先生の試合が始まった。フィールドは音が吸われやすい森の中だった。

 このチームは、どの試合よりも天敵関係がわかりやすい。耳朗も口田も、音に関係する個性だが、その音をプレゼントマイク先生は、口から爆音を出す個性『ヴォイス』で全て掻き消せてしまう。

 耳朗の音撃も通用せず、先生の奏でる爆音の連続で負けてしまいそうだったが、口田が勇気を振り絞って大っ嫌いな虫を操り、プレゼントマイク先生を襲わせて気絶している隙に、ゴールゲートへと走って勝利した。

 

 虫にたかられているプレゼントマイク先生を見届けて4人がドン引いている中、蛙吹だけはいつもの無表情のままだった。

 

「「う……」」

 

「アレはプロでもキツいぞ……」

 

「口田くん、エグいな……」

 

「虫程度で情けない!」

 

 モニターの向こうで、泡吹いてブッ倒れてるプレゼントマイク先生に、リカバリーガールがプンスカ怒っている中、次の試合が始まった。

 

 

 

 

 

『障子、葉隠チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

 8戦目、障子と葉隠対スナイプ先生。フィールドは太い柱が遮蔽物として等間隔に並ぶ、広い屋内だった。

 索敵の障子と隠密の葉隠に対して、スナイプ先生は狙った場所に弾丸を必中できる『ホーミング』の個性。

 お互い、見つかったら終わりの戦いが繰り広げられる中、スナイプ先生の投げた発煙筒に紛れ込んだ葉隠が、靴も手袋も脱ぎ捨てて完全な全裸となり、障子が囮になって先生を誘ってから、彼女がカフスをかけて勝利となった。

 

「さすがに隠密行動では、葉隠さんが1枚上手でしたわね!」

 

「スナイプ先生の気を引き続けた障子くんも、ナイスアシストだった!」

 

「うんうん!」

 

「ケロ!」

 

 モニター画面で床に砂埃と足跡だけが、映っている映像を見て彼女が喜んでいるのが伝わった中、次の試合が始まった。

 

 

 

 

 

『峰田、瀬呂チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

 9戦目、そこそこ気になっていた。瀬呂と峰田対ミッドナイト先生の試合が始まった。

 お互い機動力抜群のチームなのだが、フィールドは嫌に広い岩石地帯だから、2人のお得意の機動力はそこまで活かせない。

 

「あっ、デクくん次出番でしょ? 演習場に行かなくていいの?」

 

 少し調子を取り戻してきた麗日が、彼を心配する。

 

「ああ……うん、そうだけど……ギリギリまで、みんなの戦いを見るよ。個性をどう使うか参考になるっていうのもあるけど……それ以上に、見てると力を貰えるんだ! ホント……みんな、凄い! クリアできなくても最後まで戦って、決して諦めない立派な雄英生徒だ!」

 

 緑谷は少し早口になりながら、モニターの方をずっと見ていたが、その視線の先で試合が大きく変動する。

 

「あっ! ミッドナイト先生ですわ!」

 

 岩陰からスルリと現れたミッドナイト先生に、いち早く気付いた瀬呂が峰田をテープで巻きつけて投げ飛ばした。が、彼自身はミッドナイト先生に組み付かれ、そのまま眠らされてしまった。

 

「マズいっ! 瀬呂君がっ!!」

 

「ケロっ!? 峰田ちゃん……ミッドナイト先生から逃げてるわ!」

 

「いや……俺が峰田くんでも、まず逃げる! ミッドナイト先生なら特に!」

 

 彼女の個性『眠り香』は、体の表面から放つ香りで相手を眠らせる事ができる。その威力は相手が男ならひと嗅ぎで、あの猛獣みたいな爆豪すら昏睡できる。眠り香はガスみたいに目視できるのが救いだが、眠らされたら最後だ。

 

 だが、今の峰田なら絶対に勝てる。

 

 彼はミッドナイト先生から背を向けて全力で走り、ゴールゲートの反対側で止まった。両膝に手を当てて、ゼェゼェと息を吐いているのが窺える。ただでさえ足幅が短いのに、ミッドナイト先生を振り切ってここまで全力で走ったものだ。

 

「ゴールゲートから遠くなっちゃった……」

 

「ケロ……」

 

「ここからどうするつもりなんだ……ん?」

 

 麗日や蛙吹、飯田が心配そうに見守る中、モニターの向こうで深呼吸をして息を整えた峰田は、その場で頭からモギモギを4個モギって、立ち止まったまま器用にジャグリングし始めた。

 

「この状況で何してるのかしら……?」

 

「最近、峰田くんハマッてんだよね、モギモギでジャグリング」

 

 俺には何で彼がジャグリングし始めたのか、わかった気もするが、彼の目が真剣そのものだ。たぶんスポーツ選手みたいに、何か考え事する時のルーティーンみたいになりだしているのだろう。元々の個性とも、相性が良い様に見えた。

 

「でもっ、ミッドナイト先生峰田くんに近づいてるよ!?」

 

「あっ、危ない!」

 

 緑谷と麗日の声の通り、眠っていた瀬呂をそのまんま放棄してきたミッドナイト先生が、背後から峰田に歩み寄って鞭を飛ばした。しかし、待っていたと言わんばかりに彼はジャグリングしていたモギモギをひとつ、不意に地面に落とすなり踏んづけて跳躍し、残りのジャグリング中のモギモギをミッドナイト先生に一斉に放った。

 

「うわっ! スゴいっ!!」

 

「アレも切裂ちゃんが教えたの?」

 

「ううん……峰田くんが自分で編み出したんだよ……!」

 

 更に峰田は駄目押しで頭のモギモギを投げつけて、ミッドナイト先生の鞭と体を地面にくっ付けると、体に巻きついていた瀬呂のテープで鼻と口を塞いで、彼女の真横を走って通り過ぎる。

 

「よしっ! 後はゴールゲートに向かえば勝利だ!」

 

「会計士さんにマジで感謝だな……」

 

「え?」

 

「いや、こっちの話……」

 

 もう眠り香も届かなくなって、口元のテープを走りながら外した峰田はゴールゲートへと直進はせず、しっかり眠っている瀬呂を担いで……それでも身長が足りないから下半身は引きずっていたが、彼と一緒にゴールゲートをくぐった。

 

「峰田くん、余裕だったね」

 

「峰田さんの作戦勝ちですわ!」

 

「ケロ!」

 

「デクくん、出番……」

 

 麗日が緑谷を気に留めた時、彼はもういなかった。峰田の勝利を確信した時点で、彼は動き出していた。

 少しだけ寂しそうな顔をした彼女を、俺は見逃さなかった。

 

「麗日ちゃん。信じよう……!」

 

「っ……うんっ!」

 

 

 

 

 

『緑谷、爆豪チーム。演習試験、レディーゴー!』

 

 そして最後の10戦目。1番気になっていた、緑谷と爆豪対オールマイト先生の試合が始まった。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんか、俺の思った以上に、展開が都合良く流れてっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がんばれデクくんっ!」

 

「普段はあんなに喧嘩してますのに……」

 

「うむ、お互いしっかり連携が取れているな!」

 

「爆豪ちゃんも……緑谷ちゃんに合わせてるみたいね!」

 

 お互いに遠距離攻撃を覚えていた2人が、オールマイト先生をヒット&アウェイで翻弄しながら、ゴールゲートに爆走していた。

 

 俺もビビっていたが、1番ビビっているのはたぶんオールマイト先生だろう。今までずっと仲が悪いと思っていた2人に、ここまで翻弄されるとは予想外のハズだ。

 爆豪は越えるべき壁であるオールマイト先生にガンギマリながらも、緑谷に向かって何か叫びつつ『A・P・ショット』を小出しにしてバラ撒き、緑谷も爆豪に負けないぐらいの形相で『エアフォース』のデコピンの構えを両手で合わせて、先生へ正確に放っていた。

 緑谷がこの前の特訓中に、片手ではなく両手使ってそれぞれ弾く指と押さえる指をOFAの8パーセントと8パーセントでデコピンすれば、エアフォースが自損なしで撃てるのに、俺もそんな設定知らない中で本人が自力で辿り着いたのは知っていたし、爆豪がほぼ完成したA・P・ショットをこの時期にもう使えるのも、身をもって体験している。

 緑谷から話しか聞いていないが、職場体験後に1度だけ、爆豪が緑谷を強引に訓練へ引き摺らせた事があるらしく、だとすれば今の2人は互いの出来る範囲をおおよそ知っているハズだ。だから連携が恐ろしいぐらい上手くいっている。

 

 緑谷も爆豪も、会話じゃなくて拳で合わせるのが1番なんだと、俺はこの時思った。

 

 しかし、残り火と言えど流石に相手はあのオールマイト。大怪我もあるとは言え、致命傷にならない遠距離攻撃だけじゃ絶対に勝てない。少しでも本気出された瞬間に、形勢は逆転される。

 2人はゴールゲート前まで走る事に成功したが、オールマイト先生に追いつかれて、爆豪は反撃に使おうとした手榴弾型の小手を破壊された上、膝蹴りで道路脇のビルに蹴り飛ばされて、緑谷は構えようとした腕を掴まれ、反撃しようと飛びかかって来た爆豪に叩き振り下ろされた。それでも立ち上がろうとした爆豪の背中を、先生に踏んづけられて彼は悶えていた。

 モニタールームの4人が戦慄する中、こうやって見ると本当に、オールマイト先生のイカれっぷりが目で見て理解できた。スピードとパワーはもちろん、耐久力もマジで強すぎるあの人。No.1ヒーローは全くもって伊達じゃない。

 だが、それでも勝利を諦めるつもりは、2人にはなかった。緑谷は腕をオールマイト先生に掴まれてぶら下がった状態で、片手でエアフォースを先生の顔面に向かって放った。

 

「あっ、バカ!」

 

「切裂くん!?」

 

 まだスマッシュの15パーセントは到達していないだろうに。案の定、痛そうに腕を振っている緑谷だが、オールマイト先生もさすがに痛かったか、緑谷を掴んでいた手を離してしまい、同時に踏んづけられていた爆豪が足からすり抜け、A・P・ショットではなく純粋な最大火力の爆破を先生に浴びせる。

 その隙に緑谷がゴールゲートに向かって走ったが、吐血しながら迫るオールマイト先生がスマッシュの空気圧を利用した勢いで繰り出したケツアタックを、緑谷の腰目掛けて突っ込んだ。

 

「うわッ!?」

 

「あのバカッ! 少しは手加減しないかっ!!」

 

 飯田まで声を漏らし、リカバリーガールが怒り始める中、モニターの向こうで送迎用のバスに激突して転がった緑谷に、爆豪が身を削って再び最大火力の爆破をオールマイト先生に浴びせるが、頭を押さえつけられて地面に叩き伏せられた。

 爆豪にオールマイト先生の気が回っていた今、緑谷はあともう少しのゴールゲートに駆けてしまえば勝ちだったのだが、彼があんな状況の爆豪を置いていけるハズもなく、ゲートではなく先生に向かって反撃に出る。

 

「そうだよね……緑谷くん…………君は、そういう人間さ……!」

 

「き、切裂くん……?」

 

 俺にはわかった。緑谷は今、フルカウルまで上限を超え始めただろう。身体に纏う稲妻が激しくなったから、彼をずっと見ていた俺には一目瞭然だ。

 そのまま彼はスマッシュをオールマイト先生の顔に叩き込み、爆豪を解放した。

 

「どれだけ言っても……すぐ、無理するんだから……!」

 

「……っ!」

 

 お互いに満身創痍で、ゴールゲートもすぐ目の前だ。これ以上の戦闘は限界だろう。それにオールマイト先生もダメージを受けすぎたか、もう時間切れみたいだ。体から煙が出始めて、リカバリーガールがさり気なくコンソールを動かして、先生の姿がモニターに映らなくなった。

 残ったモニターに映ったのは、気絶しておらずギャーギャー吠える爆豪を腰に抱えた緑谷が脱出し、無事試験は突破した。

 

 俺は泣きそうな顔をしながらモニターを見ていたのを、麗日に見られている事に気が付かなかった。

 

『緑谷、爆豪チーム。条件達成。1年A組、期末テスト。演習試験の全演習、終了!』

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 翌日、教室でお通夜みたいになっている上鳴、芦戸、切島、砂藤、瀬呂を緑谷が慰めていた。

 

「みんなぁ……合宿の土産話……っ! 楽しみに……してる……からっ!」

 

「ま、まだわかんないよっ! どんでん返しがあるかもしれないよ!?」

 

「よせ緑谷。ソレ口にしたらなくなるパターンだ」

 

 すでに涙を流して泣いている芦戸に、緑谷がワタワタしながら声をかけ続けていたが、そんな彼を瀬呂が肩を掴んで止める。

 

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄……そして俺達は実技クリアならず……! コレでまだわからんのなら、貴様の偏差値は猿以下だぁ!!」

 

「落ち着け、長え! わかんねえのは俺もさ。峰田のおかげでクリアしたけど……寝てただけだ! とにかく採点基準が明かされてない以上は……」

 

「同情するなら何かもう色々くれぇっ!」

 

 キーキー感情的になって叫ぶ上鳴を、なんとか落ち着かせようとしている周りに、チャイムと同時に相澤先生が教室に入ってきた。

 

「予鈴が鳴ったら席に着け……!」

 

 朝からスゴ味のある声を響かされ、クラスメイト達がバタバタ慌てながら自分の席に座る。

 

「おはよう、今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。従って林間合宿は……

 

 そこまで言って、実技不合格の4人が死刑宣告をされる前の囚人みたいな顔をしているのを見てから、先生は珍しくニッコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……全員、行きます♪」

 

「「「「どんでん返しだぁっ!!?!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、4人は席から立ち上がって、叫んだ。

 

「行っていいんすか、俺ら!!?」

 

「ホ゛ン゛ト゛に゛ぃ?!」

 

 半泣きの切島と、泣きベソかいている芦戸が相澤先生に再度確認する。

 

「ああ。赤点者だが、筆記の方はゼロ。実技で切島、上鳴、芦戸、砂藤、あと瀬呂が赤点だ」

 

「えっ!? やっぱり…………確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんなぁ……」

 

 一瞬声を裏返らせた瀬呂だが、先生の言った事を真摯に受け止める。

 彼の言う通り、実技は峰田がほとんど頑張ってしまったので、評価の仕様がなかった。俺と麗日のチームも、俺が斬撃波を飛ばしまくれば13号先生には圧勝できたと思うが、そうはいかなかったのもこの実技試験の難しさを物語っていた。

 

「今回の試験、我々ヴィラン側は生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題と向き合うかを見るよう動いた。でなければ課題云々の前に詰むヤツばかりだったろうからな。まぁ……1人だけ、課題を克服していたヤツがいたが……」

 

 相澤先生に睨まれた俺は、麗日に向かってグッドサインを送った。彼女が笑いながら手を振っている気がした。

 

「本気で叩き潰すとおっしゃっていたのは……」

 

「追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取ったヤツこそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん……合理的虚偽ってヤツさ……!」

 

 久しぶりに聞いた相澤先生の合理的虚偽に、赤点組が両手を上げて嬉しそうに騒いでいた。

 

「またしてもやられた……さすが雄英だ……! しかし、2度も虚偽を重ねられると、信頼に揺らぎが生じるかと!!」

 

「わあ、水差す飯田くん……」

 

 飯田が立ち上がって相澤先生に反論するが、先生は気にする事なく淡々と告げる。たぶん、どうでもいいと思ってる。

 

「確かにな……省みるよ。ただ全部嘘って訳じゃない……赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けてる…………ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツいからな……!」

 

 相澤先生の締めの言葉に、補習組5人は口から魂が抜けていた。

 

 そうして1日が終わった放課後。林間合宿のしおりを配られた俺達は、ページをめくりながら教室に集まって話を始めていた。

 

「まあ、何はともあれ……全員で行けて良かったね」

 

「ホント、三奈ちゃん達も行けて良かった〜!」

 

 尾白が開いているしおりを横から葉隠が覗いている微笑ましい光景の横で、飯田と緑谷と上鳴が荷物の欄を開いていた。

 

「1週間の強化合宿か……」

 

「結構な大荷物になるね……」

 

「俺、水着とか持ってねえよ。色々買わねえとな」

 

 3人が何を買うのか考えている所に、更に葉隠が手を上げてクラスの皆に提案を始める。透明なのに、俺達には彼女が笑っているような気がした。

 

「あっ、じゃあさ……明日休みだし、テスト明けだしって事で……A組みんなで買い物行こうよ!」

 

「うほっ! 良い! 何気に、そういうの初じゃね?」

 

「うん!」

 

 彼女の提案に真っ先に上鳴が反応し、麗日が嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「暗視ゴーグル……ピッキング用品……小型ドリル……」

 

「峰田くん。相澤先生、当日荷物確認してから行くって言ってたからね?」

 

「ちぇッ!」

 

 俺の言葉に峰田は、スマホにメモしていた買い物リストを、諦めて消した。

 

「おい爆豪! お前も来い!」

 

「行ってたまるか、かったりい!」

 

 切島が爆豪を誘うが、そう言い捨てて彼はバッグを肩に背負ってズカズカと教室から出て行った。

 

「轟くんも行かない?」

 

「休日は見舞いだ」

 

 緑谷が轟を誘ったが、彼もそう言ってバッグを持ってスタスタと帰っていく。ソコに我慢できず峰田が叫ぶ。

 

「ノリが悪いよ! 空気読めやKY男ども! 切裂も行くよなぁ!?」

 

「ゴメン峰田くん……俺、明日東京でアウトドア用品の展示即売と大特価セールやってるから、そっち行きたい……!」

 

「お前もかよぉっ!?」

 

「えーヤイバ来ないのー!?」

 

 峰田の叫び声に芦戸も便乗していくが、俺はしおりの荷物の欄をめくりながら話続ける。

 

「うん……しおり見たけど、俺全部持ってるから買う物ないや……」

 

 実際、俺の部屋にある物は全部林間合宿に併用できる。買う物はコンビニで買うような消耗品だけで、なんとかなるのだ。

 しかも、しおりの行き先は『海』になっているのだが『山』になるのを俺は知っている。

 

 そして、彼等についていくと休日が潰れるのも知っている。緑谷には気の毒だが、敵連合のラスボスである死柄木と対面するのも、彼にとっては重要なターニングポイントだから、危険だけれども止めるワケにはいかなかった。

 

 結局、俺は彼らとショッピングモールに行く事はなかった。

 

 

 

 

 そして翌日の朝早く。昼過ぎぐらいにはグループメッセージがエラい事になっているだろうと予想しながら、俺は1人新幹線に乗っていた。

 

 入学式から始まって、USJ事件、体育祭、ヒーロー殺し、色々な事があった雄英高校の前期がようやく終わった。

 

 これから夏休みが始まったら、すぐに林間合宿が始まる。そうなったら、もう浮かれる暇もない。

 

 

 

 

 

 備えなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 ココから敵連合との戦いは更に激化する。

 

 

 

 

 

 敵連合だけではない。

 

 

 

 

 

 悪意はいくつも迫り来る。

 

 

 

 

 

 選択しろ。

 

 

 

 

 

 何が最善であるのかを。

 

 

 

 

 

 彼女を救うために。

 

 

 

 

 

 トガちゃんのヒーローであるために。 

 

 

 

 

 

 次回『バイト』

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