第一話
地球上の全人類の8割が『個性』と呼ばれる特殊能力に目覚めた、超人社会。個性を悪用する者を『
当然、見慣れた俺の両親も当たり前のように、個性を持っていた。
母親の個性は……手の一部を包丁の刃に変化させる能力だった。
親父の個性は……全身を金属の像に変化させる能力だった。
そして、そんな両親との間に、ワケもわからず逆行どころか転生された俺。
イヤイヤ……ちょっと待てよ、って話だ。
一見ヒーローは格好良いし、ヒロインは可愛いし、なんか楽しそうな世界に見えるが、その実態は『個性』というレッテルに塗れた、闇の深い弱肉強食の世紀末社会に近い。
無個性はイジメの標的になり、個性が発現しても制御できなかった時点で死ぬかもしれないし、没みたいなショボイ個性だけが、一般人となんら変わりない生活を送れる代わりに敵の標的にされる。個性がトガり過ぎて見た目が人とかけ離れた、この世界で俗に言う『異形型』は、普通の姿をした同じ人間からも気味悪がれる。個性が強すぎれば逆に色々面倒なヤツ等から目をつけられる。これからの人生が『個性』によって完全に左右されるのだ。
端的に言えば、タチの悪すぎる人生ガチャ。コレなんてクソゲーってぐらいの、憧れはするが絶対に行きたくない漫画の世界ランキング上位には分類するだろう。
そんな世界に逆行からの転生を果たした俺は、いったいどうなるのだろうか。産まれてまだ数日しか経っていない赤ん坊の俺は、早くも命の危機を覚えていた。
しかし、ただの赤ん坊でしかない俺に、何ができるかと言えば何もできる事はなく、ただ両親にあやされながら過ごす日々が続いた。
ハイハイを脱却して歩けるようになってからは、ヒーローの活動を見に行かせてもらったけども、俺には自分の個性がどうなるのかが気がかりだった。
無個性じゃないかという不安があった。
そして……齢4歳に達して、通わされていた幼稚園で同じクラスの子供達が次々に『個性』を発現させる中、俺の『個性』は……発現した。
まだ骨だって完璧じゃない、幼児のぷにぷにの手の平が、腕ごと大きな『刃』に変化したのだ。
テレビか何かで『個性』は遺伝するって聞いた事がある。だからコレも母親の個性が遺伝した様に見えたが、あまりにもサイズが違うし、攻撃的すぎる。
俺の個性が無事に発現した事を、両親は喜んでくれた。でも……俺が無個性じゃなくて、安堵したようにも見えた。
同時に、両親は不安げな表情も見せた。数日後、俺を連れて母親が市役所へと届けた『個性届け』には『
両親は俺の個性の使い方を制限した。絶対に外で自分達の見えない所で、その個性を使うな……と。母親は同じ刃物の個性からか、真剣そのものだった。
さすがに、両親の気持ちはわかっていたし、言われなくたって理解していた。こんな触るモノ皆傷つける個性、好き勝手に振りかざして良いものではないだろう。無邪気な子供なら、尚更だ。
とはいえ、普通の人生を何十回やったって絶対に経験できない、この超能力的な『個性』 やるなと言われると使いたくなるのが子供の性だし、こんなの渡されたら子供じゃなくてもやるだろう。俺は大人のつもりだったから、その辺は上手くやらせてもらった。
持論だが……個性とは可能性である。
使えば使うほど、その多様性は伸びる。あるいは新しい使い方に気がつく事ができる。個性はまさに自分の体の一部であり、やる事は筋トレに近い。
その辺に興味を抱いた俺は、ひとまず全力で自分の個性を使ってみる事にした。もちろん、家の敷地の物干し竿しか置けないほどの、狭い庭の中で。
まずは全力で両腕を刃にしようとしたが、刃は肘には到達していなかった。しかし、よく目を凝らして刃に変化している付け根を見ると、刃渡が数ミリ程度前後して動いてる。なら、使い続ければもっと刃渡を伸ばす事ができるだろう。
次に、腕を刃にできるなら足も刃にできるんじゃないかと思って即行したら、コレが思いのほか簡単に成功した。そして靴と靴下は犠牲になった。母親には驚かれ、そして怒られた。
ついでに指だけ刃にできないかとやってみたら、コレも簡単だった。鉤爪みたいになった両手を母親に見せてみたら、複雑な顔ながらも喜んでくれた。本心がどうだったのか知るのは、ずっと後の事になる。
その時気づいたのだが……刃は俺が振った方向に太刀筋が向いた。手の平を広げれば指の内側に、握り締めれば指の外側に、刃が勝手に向いた。切るか切らないかは自分の思うままだった。
こうして体のほとんどを刃にできると知って、次に気になってくるのは、この身体の『切れ味』
まさか公園や幼稚園にある物を試すワケにもいかなかった俺が苦肉の策として選んだのは、母親の料理の手伝い。個性を使って家事を手使おうとするのは、なんとも平和的だ。母親も俺の個性の使い方を望んでいたのから、簡単に許してくれた。
で、実際に試してみたが、予想外にも切れ味はなんとも言えない。だが、母親は使っていくうちに切れ味が良くなっていくと口を滑らせたので、コレばかりは繰り返し個性を使用していくしかないだろう。
こうして、幼稚園児として幼児幼女と適当に戯れながら、俺はコッソリ自分の個性を磨く毎日を過ごした。この世界に転生して、無意識に憧れていた『ヒーロー』を目指して。
いや、ヒーローは格好良いとは思った、それよりも俺が憧れたのは『個性を自由に使える』その環境だった。この世界、ヒーロー以外が個性を使用するのは軽犯罪行為……悪事を働けば敵と断定される。広がる個性社会を法律で押さえつけるしかなかった、苦肉の策だったのだ。
小学校に入学する頃には手足だけではなく、歯や頭、逸物まで全身を刃物にする事ができた。それどころか、着ている衣類も巻き込んで刃にする事ができた。服や靴を犠牲にする日々からオサラバしたと思った。
当然、刃の切れ味も増した。周りのガキどもは個性の加減なんかほとんど知らないから、自衛のために俺は個性を使う事となった。この世界の教職員は尊敬するが、絶対になりたくはないと思った。
切れ味が増せば増していくに連れて、俺は自分で刃の切れ味を調節できる事に気が付き、それから普段個性を使う時はペーパーナイフ以下のナマクラ刃で使用する事が多くなった。
更に高学年にもなると、今度は刃そのものを身体から生やす事に成功した。自分の肌から刀みたいな刃が伸びるのはグロテスクな光景だったが、痛みも何も血も出ないみたいだし、すぐ慣れた。二股に裂けて伸ばせないかと考えたが、どれだけやっても刃の形は決まっており、精々怪獣の爪みたいに大きく太くするのが限界だった。
ちなみに、最初は着ていたシャツもパンツも全て穴だらけとなった。母親には驚かれ、また怒られた。
俺は刃で物を切る事だけでなく、刃を生成する時の勢いを利用して、何かできないかと悩んだ。手足を刃にして蜘蛛みたいに壁や天井を這い回れる事には気がついたが、想像以上の体力が必要な事に気付かされ、小学生にして筋トレを始める事になるとは思わなかった。
そのランニング中に、足の裏から刃を交互に射出する事で早く走る事に成功させる。靴ごと刃にして走る方が簡単だったのだが、表立って個性の使用はできないので、靴の裏に穴を開けてソコから刃を素早く伸縮させる作戦を実践してみた。
試しに運動会の50メートル走で使ってみたらブッチギリの1位になった上、個性を使った事は誰にもバレなかった。
嘘だ。親にはバレて、親父にはゲンコツくらった。
そんなこんなで中学生になると、それこそ大変な事となる。思春期真っ只中の彼等の中に混ざるには、それ相応の度胸と根性が必要だった。
個性なんてモノがあるこの世界では、学校社会におけるカーストの強さが、外国顔負けのドえらい事になっていた。最初の自己紹介で行われる個性の発表で、全てが決まってしまうぐらいだ。無個性には苦痛だっただろう。実際、個性が原因でイジメられるヤツは小学校でも、この先の中学校生活でも嫌になるほど見る事になった。
しかも個性社会になったのが原因か、えらく血の気の多いヤツが意外と多い。昭和までとは言わないが、平成の初期ぐらいまで世界観が逆戻りしてやがった。個性カースト制度の下で。
俺は元々陰キャだ。彼女どころか女友達だっていなかった。周りの騒ぎに首を突っ込む人間ではなかったし、横暴なヤツにはされるがままだっただろう。
だが、それは個性のなかった世界までだ。俺は自分の身を守るために、個性を振るった。
俺の個性は身体を刃物にしている以上、身体そのものを鉄の硬度にまで変化させている。生半可な物理攻撃はいっさい通用しないし、中学のヤツらに俺の個性を真正面からブチ砕けるヤツなんか、いなかった。
しかも、親父の個性よろしく、熱などの温度変化や、普通じゃ死ぬような高所からの着地の衝撃にも、ある程度の耐性がある事に気づけた。親父の個性も引き継いでいる事に、俺は喜んだ。
こうして、明らかにヒーロー向きではないものの、俺はクラスの半数以上を占める『没個性』とレッテルを貼られた者達から羨まれる『強個性』の枠に入れたのである。俺は親父似だから外ヅラはそこまで良くないハズなのに、まさか個性でモテる事になるとは思わなかった。
こうして、入学直後には学生同士のイザコザが多少はあったものの、俺はある程度平穏な中学生活を過ごそうとしていた。その間にも、コッソリ個性のトレーニングは欠かさない。部活には入らず、近所の筋トレジムの会員にしてくれと両親に頼んだ。
小学校から中学校に上がっても、やはり周りの話題はヒーローに事尽きない。特に『平和の象徴』と持て囃されるNo.1ヒーロー『オールマイト』の人気っぷりは凄かった。
俺もこの世界を過ごしてから、周りと話を合わせようとしなくても推しのヒーローを意識していたが、彼女が表舞台に現れるのはもう少し先なので、好きなヒーローを聞かれたら『プッシーキャッツ』を推しといた。「ババアじゃねえか」とか言ったヤツは、シバいといた。
そうしてクラスの皆がヒーローに憧れ、将来の夢として語っていた。ヒーローになるための高校は沢山あるため、俺も中学1年生にしてこれからどうするか、本気でヒーローを目指すか、自分の進路を見据え始めた。
矢先、変化は訪れる。
その日は、いきなり転校生が来るとクラスで話題になった。入学式から学校にもそろそろ慣れたハズだろうに、まだ数ヶ月で転校してくる子には少し同情したが……俺はどうでも良かったから、適当に聞き流しておいた。
そして朝のHRで、俺は転校生と出会った。
「初めまして……『渡我 被身子』と言います……よろしくです……」
それが、この世界で初めて出会った……『僕のヒーローアカデミア』の主要キャラクターだった。
少し腫れぼったい目元に黄色い瞳と縦長の瞳孔。艶の無い薄色のブラウンの髪の毛は両サイドにお団子に作り、付け根から彼岸花みたいに髪がハネている。
片手の袖で口元を隠し、少しモジモジしながら恥ずかしそうに、何かを我慢しているかのように顔をうつむかせて話す彼女の姿に、クラスの男子の何人かは心奪われていた。もちろん、俺もその1人だった。
軽い自己紹介が終わり、窓際に座っている俺の後ろの席に彼女が座る。フーっフーっと彼女の荒い息が、俺の集中力を惑わせる。
最初の授業の内容なんて聞かず、今後ろにいる彼女との、最初のアプローチをどうするか全力で悩んでいた。
同時に、彼女と俺が中学校に通っているこの状況から、俺はもうすっかり忘れかけていた『ヒロアカ』の話の流れを思い返す。
緊張はした。
一歩間違えれば刺されかねない相手だ。
でも、俺は初めて邂逅したキャラクターである彼女に、純粋に惹かれた。
授業終了と共に、すぐに俺は彼女に振り返って聞いてみた。
「……君も個性、押さえつけてるタイプ?」
口元を覆ったまま、彼女の面食らった顔を見ただけでも、俺はこの世界に転生して良かったと思えた。
・・・♡・・・♡・・・
『渡我 被身子』は生来の異常性癖者である。
対象は血。他者の血液に対して凄い執着心を抱いており、好きな相手の真似をしたがる元々の性格に『個性』もブーストされて出来上がったのが、彼女という女性だ。
個性によって血を求める故に、他人を傷つける事に躊躇いがなく、ソレがある種の愛情表現という猟奇的思考にまで拗れている。
だが、それを差し引いての美貌。身内には優しい性格。何より彼女が拗れる原因である超人社会の闇。一概に彼女が悪人には見えないのが、俺の感想だった。
だから、今は我慢している彼女の個性を見てみたかった俺は、放課後の誰もいない校舎の屋上への階段へ彼女を誘い、目の前で迷いなく自分の腕に自分の刃を滑らせた。
「痛ッてぇっ!!」
「は、はぁぁ……あぁ……!♪」
初めての自傷行為に我慢できず声を上げる俺に対し、麻薬中毒者に薬与えたみたいな反応をして、彼女は俺の腕から流れる鮮血に目を奪われる。縦に細い瞳孔がカッと見開き、半開きの口元からは彼女の鋭く尖った犬歯がキラリと光った。
「はぁぁ、キレーだねぇ♪ あっ、もったいないです! 吸っていいですか! いいですよね! 吸います!♪」
彼女は肘から垂れる鮮血を手で掬いながら、早口でまくし立てるがまま、俺の腕を傷口に歯を立てて噛み付いた。
「ぐ……ッ!!?」
彼女の長めで鋭い犬歯が、ブッスリと俺の傷口に刺さる。鈍い痛みが腕を伝い、裂け目から更に血が溢れ出る。
「へへへぇ〜〜♪」
それでも、血のついた手で俺の腕を掴み、にヘラ〜っと幸せそうに吸血を続けている彼女の笑顔に、俺は腕の痛みも忘れて笑ってしまった。
そうして、ひとしきり彼女にとっては久しぶりだったそうな───俺の血を吸った彼女は俺の腕からようやく口を離し、最後は目の前で手の平に付いた血をレロレロと舌を出して舐め回す姿を見せつけ、俺と視線を合わせた。
「ぷはっ♪ ヤイバくん……私、カァイイですか?」
名前呼びに心臓をドキリとさせながらも、口元をべっとり俺の血に塗らせた彼女が笑う。
「カァイイよ……っ!」
冗談抜きだった。
今まで見てきた、それこそ前の世界で見た女子の誰よりも霞んでしまうぐらいだった。
俺は彼女の笑顔に、心を奪われた。
「へへっ♪ 次は私の『個性』を見せてあげます!」
俺の答えに上機嫌で笑う彼女が、目の前でクルリと回転すると、そこには女子の制服を着た俺がいた。顔に少し違和感を感じるのは、鏡映しじゃないからか。
「うおっ!」
「どうですか? 私は人の血をチウチウすれば、その人に少しの間だけなれるんですっ!」
声まで俺だから、喋り方に物凄い違和感を覚える俺だったが、とりあえず披露してくれた彼女の個性を褒めた。
「凄いねっ! 完全に俺だよ、声もっ!」
「えへっ♪」
俺に化けた彼女が笑う。せっかく可愛い仕草してるのに、姿が俺のせいでなんとも言えない気持ちだった。
「個性は?」
「へ?」
急にポカンとしてみせる彼女に、俺は手の平を刃にして目の前でヒラヒラ振ってみせる。
「個性はコピーできないの?」
「う〜ん、できないみたいです……」
彼女は俺の両手の平を眺めてみせたが、彼女の手が俺と同じ様に刃が伸びる事はなかった。
「じゃあ……きっと個性もコピーできるようになるね」
「っ? そうなんですか?」
変身を解除した彼女が、キョトンとした顔で俺を見てきたので、俺は彼女に指を立てて言い聞かせた。
「個性とは可能性だよ。『血を吸って相手の見た目をコピーするだけ』って思う方が、悪い考え方さ…………ト、トガちゃんなら……血を使ってもっと凄い事、できる気がするんだ」
「ふーん……あ、まだ血が……♪」
果たして真面目に聞いていたのだろうか、名前すらたどたどしく呼んだ彼女が、俺の腕の傷口からまだ垂れる血に吸い付く。
「ん゛〜〜っ♪」
「それ以上吸ったら、俺死んじゃうよ」
レロレロと俺の傷口を舐めながら、彼女は悪気もなく笑顔で答える。
「だったら私が殺してあげるです♪」
「それはヤダなぁ。俺死んだら……トガちゃんもう俺の血飲めなくなるよ?」
俺の返事に、彼女の舌の動きが止まった。
「う〜ん、それはイヤです……」
「どうして?」
「ヤイバくんの血……トクベツな味がするんです……♪」
「なんじゃそら」
そう言ってまた血を吸いながら笑う彼女に、俺も出せるだけの笑顔を返した。
その日の筋トレは、結構早い段階でへバった。
俺と彼女の逢引きは出会った日から毎日続いた。たまに彼女が暴走して刃物持って来た事もあるけれど、硬化できる俺の体に刃は通らない。俺にとっては、じゃれあいみたいなモノだった。
「うぅぅ〜、ヒドいですヤイバくんっ。刺せないようにするなんて……!」
いつも通り、階段の踊り場で腰掛ける俺の胸元に、カンカンと制服越しに包丁の切先を当ててくるトガちゃん。涙目をウルウルさせるその表情は庇護欲を掻き立てるが、包丁を突き立てる姿は人には見せられないだろう。
「でも……今までよく血ぃ我慢してたね。転校する前はどうしてたの?」
「前の学校では、男の子を刺そうとしちゃって、逃げられちゃいました……」
「……トガちゃんに刺されるなら、本望だったと思うんだけどな……」
他人事の様に話しながら、俺は制服のシャツをはだけさせ、肩から首元までを彼女に差し出す。
「ほらっ」
「ハァ……ぁ♪ がぶっ」
彼女は正面から俺に抱きつき、俺の肩に歯を突き立てて吸血する。最近はこのやり方で彼女に吸血させるのが多くなった。腕も楽だが傷痕が人目につくし、自分の刃で傷つけるより、彼女に噛まれた方が気持ちが楽だった。
なにより、愛らしい彼女を正面から抱き留めれる事に、俺は血を吸われるのも厭わなかった。
「トガちゃんは血を吸うのが好きなの? それとも、個性を使うのが好きなの?」
「……わからないです。でも血は大好きなんです……」
素朴な疑問だったのだが、彼女は吸血を止めて俺の肩から口元を離す。唇から零れる血の雫を舌で舐め取り、彼女は自分の犬歯を見せる笑顔を見せる。そんな様子に俺も歯を出して笑って見せる。
しかし、笑顔の口元を閉じた彼女は、ポツリポツリとたどたどしく自分の話を始めた。
「最初は、ケガをしたスズメを拾ったんです。赤い血がキレーで……吸いたくなっちゃったんです」
「そりゃ……トガちゃんの個性は血が必要だから、子供だろうと興味を持つのは当たり前だよ……?」
彼女は俺に背を向けて、階段の段差に腰を下ろして自身の上体を俺にゴロンと預けてきた。彼女のお団子頭から伸びる髪の毛がピチピシと俺に当たってくすぐったい。
「それをママとパパにも見せたら、怒られちゃいました……」
「あぁ……うん……」
確かに、生き物の血を吸って喜んでいる娘受け入れろと言うのも、中々簡単ではないハズだ。親としての愛情も、まだ間違ってはいないと思った。
「でも、血を吸うのはガマンできなくて……野良猫とか、学校のニワトリとかの血を吸っちゃったんです」
「そりゃ……凄い怒ったでしょ?」
彼女は後ろを向いたまま、コクンと頷く。
「ママもパパも、『血を吸う子は普通じゃない、普通になれ』って言ってたけど……私には理解できないです……」
「そりゃ……こんな世界じゃ、俺にも何が『普通』かなんてわかんないよ……」
彼女は頭を動かして俺を見ようとする。髪の毛が擦れてくすぐったくて、彼女の笑い声が聞こえた。
「へへ……ヤイバくんも変わり者ですね……私と同じですね!」
「それでいいさ。もっとトガちゃんの個性を、良い方向に考えないと……!」
俺は優しく肩を抱き寄せた彼女の目の前に握り拳を突き出し、強く握りしめた。
「良い方向に、ですか?」
「うん。トガちゃんが血を吸うのを、悪い事なんかじゃないって言えるように……なれたらいいんだけど……」
だが、この国で個性を大っぴらに使うには、ヒーローになるしかない。
あの苛烈な職務を強いられるヒーローじゃなくて、ただの仕事としての個性を使う資格はないのだろうか。
いや、残念ながら、そんな資格はないのだ。ただの夢物語だ。
「でも……ママもパパも、今までの学校のみんな……私の事を怖がっていきました……」
もし、彼女に少しでも血を与えられたら、もう少し変わっていたのかもしれない。
そうすれば、彼女は……
「私……どうしても血が欲しくて、ガマンばっかさせられて……その内、動物の血じゃガマンできなくなって……気がついたら…………」
「そっか……わかったよ…………」
人の血を求め出した原因を知って、俺はどうしようもないため息を吐いて、彼女を更に強く抱き寄せる。
「私……いっぱい転校するようになって……オトモダチとか、いなかったんです…………オトモダチになりたくても……血を吸いたいのが先に来ちゃって……」
「うん……」
彼女は俺の手を押さえて、俯いた。
「学校も休まされて……ママとパパが、カウンセラーとかって人を家に呼んで、色々話をしていたですけど……何言ってるのかわからなかったです…………病院にもいっぱい行きました……」
「うん……っ」
彼女は、俯いたままだった。
「それでも何も変わらなくて……私ガマンできなくてワガママいっぱい言って…………そしたら……怒ったパパとママに、言われたんです」
「人間じゃない子、産んじゃった……って」
その瞬間、今まで彼女とボンヤリ生きていた俺の中で、確固たる意思が決まった。
───彼女を助けろ……
……彼女のヒーローになるんだ───
「そっか………………トガちゃん。今日は好きなだけ吸っていいよ」
「えぇっ!? いいんですか!♪? いただきますっッ!!♪」
さっきまでの小さな声が嘘みたいな勢いで、彼女は俺の肩の傷口に再び噛み付いた。そして俺は、そんな彼女を片腕でしっかりと抱きしめる。
「トガちゃん、俺ね……親に個性外で使うなって言われてんだ。危ねえから」
「んんっ?」
彼女を抱いていない片手を刃に変化させ、俺はその刀身に映る自分自身を見る。彼女は肩口から血を吸いながら、何の話かと疑問を浮かべる。
「コイツのおかげで『強個性』やらなんやって言われてるけど、こんな危ない個性……殺しが出来ないヒーローになんか絶対に合ってないでしょ?」
「んちゅ♪ それなら私もです。私の個性だって、ヒーローなんかから1番遠いです!」
自分と同じ側の個性と理解して、傷口から口元を離した彼女は嬉しそうに血の付いた刃を見せて笑う。
「でも、ソレって『普通』の事だと思う」
「え?」
ここにきて『普通』を出してきた俺に、彼女の声が止まった。
「俺の持論だけど……」
俺は彼女の前で手を上に掲げると、左右にゆっくりと傾けていく。
「誰もがヒーローになれる可能性を持ち……
……誰もがヴィランになる可能性を持つ」
「誰もがヒーローに……ですか?」
「うん」
俺は優しく、彼女の目を見て頷いた。金色の彼女の瞳が、この世の全ての宝石が霞むぐらい綺麗に感じられた。
「人は誰かのためのヒーローになれる。だから『個性のせいで、こんな生き方しかできなかった』なんて、俺は言いたくない。こんな個性に塗れたクソみたいな世界に……俺は負けたくない!」
「へへっ、私も……今の世界は生きにくいですっ、こんな生きにくい世の中に負けたくないです!」
わかってくれたのだろうか、彼女は俺の前でグッと握り拳を締めて、また俺の肩を掴んで首元に噛み付く。
こんな子が犯罪者として名を馳せる事になるなんて、到底思えなかった。
けれども、このままだと必ず彼女は地獄に堕ちる。もう彼女の居場所が敵(ヴィラン)にしかなかったというのもあるけれども、俺は何が何でも彼女を救いたい。
「トガちゃん見て決めた。俺『ヒーロー』になる」
「え?」
「トガちゃんのための、ヒーローになる……!」
彼女は何も答えようとはしなかったが、きっと伝わったと思う。キョトンと驚いている彼女が、これ以上なく愛おしかった。
ソレを見ているこっちが何だか恥ずかしくなって、俺は誤魔化した。
「俺のヒーロー活動は……トガちゃんに血をあげることっ!」
「わーい♪」
ひとつ前の事を忘れた様に、彼女は子供みたいに喜びながら、また俺に噛み付いてきた。そんな日が続けばいいと思っていた。
だが、1ヶ月もしない内に彼女が、また転校かもしれないと言い出した。
たぶん、俺が彼女に言い寄られているのを、誰かが教師に漏らしたのだろう。俺の腕は常にリストバンドの下に包帯が巻かれていて、肩や首には絆創膏だらけになっていたし。
それに、何度か教師に彼女との関係や絆創膏の事を聞かれたから、向こうは彼女の事情を知っていたのだろう。もちろん俺は本当の事を一切離さず、ジムトレーニングでケガしたものだと言い切った。
誤魔化してはいたが、限界だったようだ。
「ヤイバくん。おわかれですね……」
「あぁ。トガちゃんとの毎日は楽しかったよ」
もう何度目にもなるかわからない屋上の階段。その踊り場で彼女は俯いたまま話していた。俺との最後の吸血を終えて。
「どこに引っ越すの?」
彼女は首を横に振った。
「教えてくれなかったです……」
「連絡先教えるよ」
また彼女は首を横に振った。
「ケータイ持ってないです……」
持たせてもらえないのだろう。俺は階段の端っこに置いていたスポーツバッグを開いて、中からノートの端っこにシャーペンを書き殴り、ソレを千切って渡した。
「俺の電話番号。これは変わる事ないから。絶対に無くさないでね」
俺の切れ端を手で受け取ったまま、彼女は鼻をすすって小さな声を漏らす。
「私……ずっとヤイバくんと一緒にいたいです……!」
告白紛いの言葉まで言ってくれる彼女に、泣きたくなるのを我慢して、俺はトガちゃんの前で片膝をつき、彼女の手を両手で握りしめた。
もしも、このまま彼女と一緒になれたら、彼女はヴィランにならないのだろうか? そんな夢物語まで考えてしまった。
「トガちゃん、約束するよ」
膝をついたまま、驚いている彼女を見上げる。いつもの金色の瞳には涙が溢れそうで、屋上のドアの窓から差す光で、キラキラと輝いていた。
「俺はヒーローを目指す。トガちゃんみたいな個性でも、トガちゃんだけじゃなくて、俺やトガちゃんみたいな個性を持った人でも明るく、前向きに生きていけるような、優しい世界を作るために」
たとえ夢物語だろうとしても、この世界が物語なのだから、俺は俺の物語を作ってやる覚悟だった。
「だから、それまでトガちゃんも全力で生きて。ヒーローでもヴィランでも、なんでもいい。トガちゃんの個性を認めてくれる世界になるまで……トガちゃんという存在を認めてくれるまで、どうか生き抜いてほしい!」
「例えトガちゃんがヴィランになったとしても、俺はずっと君の味方でいるよ……!」
「はい……♡ 約束ですよ? 絶対に……凄いヒーローになってくださいです!」
彼女が見せた笑顔が、中学生活で最後の彼女の姿となった。
そうして、彼女は人知れず学校を去っていった。
俺の首元の傷が治るに連れて、クラスで彼女の話をする者はいなくなっていった。
コレが、ただの中坊でしかなかった、俺の限界。
この先の彼女はどうなるのか、彼女を信じるしかなかった。
そして同時に……俺の中で第2の人生の進路が、定まった運命などではなく、自分自身の目標として決まった。
家のパソコンで開いた『雄英高校』のホームページを、俺は迷いなくクリックした。
次回『入学試験』
史実では主人公達よりもひとつ歳上な彼女ですが、ココでは同い年にしています。