切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第二十話

 

 

 

 

 

 いよいよもって始まった林間合宿。

 

 雄英の敷地内にあるバス停で、これから乗るバスの前に俺達A組とB組が集まった所に、朝1発目から元気な物間の煽りが始まった。

 

「えっ、なになにA組補習いるの? つまり期末で赤点取った人がいるって事? ええ!? おかしくない? おかしくない!? A組はB組より、ずっと優秀なハズなのにぃ!!?」

 

 だが、それを目の前で聞いていた俺、峰田、緑谷、爆豪は淡々とソレを受け流す。

 

「物間くんも赤点でしょ?」

 

「B組で1人だけだろ?」

 

「ゴメン、僕聞いちゃった……」

 

「ケッ、バカがッ!!」

 

「いったいなんで君達が知ってるのかなぁ!?」

 

 開幕から話を無惨にヘシ折られ、彼は少し荒れ気味に動揺する。切島も俺達の口撃に混ざりたそうにしていたが、そんな自分も赤点だからか男らしく口を閉じた。

 その代わりと言わんばかりに、俺はもう1発物間に言葉のボディーブローをぶつける。

 

「放課後の特訓中に、鉄哲くんから聞いたよ」

 

「鉄哲ゥゥッ!!!!!」

 

 俺の答えに、ぐりんっと体を仰け反らせながら、後ろにいた鉄哲に物凄い形相を向けて叫ぶ物間。当の本人は悪気もない笑顔で、俺と切島にグッドサインを向けている。

 

「普段は俺達で競い合ってばかりだからなッ!」

 

「この合宿は互いに手を取り合い、自身の個性と向き合う時間だと、担任から聞いている」

 

「まぁ? こうしてクラス全員集合するのは体育祭以来だし!」

 

「仲良くやっていこおぜぇ……」

 

 鉄哲に続いて彼の周りにいた、鱗、回原、鎌切……俺達A組の特訓に参加してくるB組の野郎共が、クラスメイト達に友好的な言葉をかけてきた。

 そこにウチのクラスで1番愛想が良いと、俺が思っている緑谷が返事をしてくれた。

 

「うんっ、こちらこそよろしくね!」

 

「なんだか和気藹々してるねぇ!? せっかく久々のご対面なんだからさァ! ココは争い合おうよA組───

 

「やめんか。せっかく仲良くなれる機会なんだから!」

 

 物間がそこまで言った所で、B組の物理攻撃女子であり、特訓仲間である拳藤の手刀が振り下ろされ、彼は意識を失った。

 

「ごめんな? 自分だけ赤点取ったの、結構気にしてるから……」

 

「だったら最初っから取んなやッ、カスがッ!」

 

 拳藤に襟首を掴まれた物間を見て、興醒めした爆豪が離れていくと、彼女はそのまま気絶している彼を引きずってバスへと乗り込もうとした。

 

「ああっ、それと!」

 

 突然、何かを思い出したように拳藤は俺達の方へ振り向いた。

 

「実技試験の内容、ガセネタ流しちゃってゴメンなさい! 私達も当日知ったのよ!」

 

 そう言って物間を掴んでいない片手で、彼女は平手を前に出して謝る仕草をとった。

 

「全然気にしてないよ。アレもアレでやりごたえのある試験だったし!」

 

「ああっ! あの試験のおかげで、自分の反省点とか考えさせられたぜ!」

 

「そうそう! この学校、こんなんばっかだからな!」

 

 彼女に軽く手を振って答える俺の対応に、切島と峰田が便乗する。

 

「ふふっ、ありがと! ほらっみんな、バス乗るよ!」

 

 少しだけ笑って、物間を引きずりながら乗り込んでいく拳藤に続いて、次にB組の女子達がズイっと前に現れる。

 

「ウチの男共の中でも、血気盛んなヤツを手懐けるなんて、アンタ凄いじゃん!」

 

「オイ」

 

「心外だぜぇ」

 

「そりゃ鉄哲だけだっての!」

 

 身体をバラバラに分離できる個性の女子『取蔭』の言葉に、3人の男子が彼女へ怪訝な顔を向けながら、バスへと上がっていく。それに続いてほかのB組のクラスメイト達も次々とバスに乗り始めた。

 

「まっ、回原の言う通り……体育祭では色々あったけど、よろしくね!」

 

「ハァ……体育祭と聞くと、あの恐ろしい記憶が蘇ります……」

 

「そーデス! アナタたちには、とてもクヤしい思いをさせられマシた!」

 

「特にそこの小さな子……ウラめしい……」

 

「目立つ前に終わっちゃったノコ!」

 

「ん!」

 

 彼女に続いてB組の女子である、塩崎、角取、柳、小森、小大が反応した。

 B組はA組の口田みたいに、物を介さないと個性を使えないクラスメイトが数人いた。体育祭という場では、中々ツラいものがあっただろう。

 

「よかったね峰田くん。B組の女子に顔覚えられたよ」

 

「へ、へんっ! ……まぁ、B組の女子も……かなりのよりどりみどりで……」

 

「峰田ちゃん、バスに乗るわよ」

 

 少し照れていた峰田が、歩いてバスに乗って行く女子達のスカートを見ながら、じゅるりとヨダレを啜った所で、蛙吹に襟首を掴まれ引かれていった。

 向かう先は飯田が仕切ろうとしている、A組のバスのドアである。

 

「A組のバスはこっちだ! 席順に並びたまえ!!」

 

 いつもの訓練所に移動するバスとは違うと言う事で、いつも以上に気合いの入った委員長の指示の下、俺達A組もバスへと乗り込んだ。

 

 俺達が乗ったバスは左右2席で4列シートの、ごく普通の観光バスだ。運転手が雄英でよく見るデザインのロボットである事以外は。

 全員を乗せて出発したバスは高速道路を走っていたが、特別景色が珍しく感じる事もなく俺はバスに揺らされていた。

 

「お前ら、1時間後に1回バスを停車させる。その後しばらく……」

 

 先頭の席に座っていた相澤先生が俺達の方に振り返り、今後の予定を話そうとしたが、ここにいるのは騒ぎたい欲が真っ盛りの高校生20人。誰も先生の話を聞いちゃいなかった。

 

「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! 『チューブ』だ『チューブ』っ!!」

 

「バッカ、夏といえば『キャロル』の『夏の終わり』だぜ!」

 

「終わるのかよ!」

 

「席は立つべからず! べからずなんだみんな!!」

 

「飯田くん、危ないから座って!」

 

「ポッキーちょうだい!」

 

「しりとりの『り』!」

 

「『りそな銀行』!」

 

「『ウン10万円』……あっ!」

 

 ワイワイガヤガヤといった騒音がバス内に溢れ返っており、相澤先生は小言でも何か言おうとしていたけども、この惨状を見て諦めたみたい。唖然としてから、こっち見るのをやめた。

 

 そんなクラスメイト達の様子をキョロキョロと顔を動かして見回る、俺が座った席はどこかと言うと……轟の隣だった。ちなみに、俺が窓側。

 最初は委員長の飯田が席順に座らせようとしたが、芦戸や上鳴の騒ぎたい欲の人達が、普段と席が離れている人と一緒になりたいと言い出し、それで誰がどう座るか言い合いになっていると、相澤先生に「さっさと決めろ」と睨まれ、クラスメイト達が慌ててバスに乗り込んだ勢いで俺が適当な席に着いたら、隣に轟が座ってきたのだ。

 付け加えると、俺の前の席は麗日と蛙吹。後ろは爆豪と常闇。反対側は耳朗と八百万だった。

 

「切裂……この前は、いきなり無理言って悪かった。せっかく峰田や切島と特訓するつもりだったみてえだけど……」

 

「いいって、俺が行きたいって言ったんだから」

 

 元々大人しい性格をしており、基本的食堂でも無口な轟だが、そんな彼が話を振ってくるのはわかっていたし、俺としても彼に振る話題は有り余っていた。

 

「轟くん、お母さんの体調はどう?」

 

「ああ、最初に会いに行った時より、だいぶ良くなってんだ」

 

 

 

 

 

 実は一度だけ、俺は轟から母親の見舞いに付き添った事があった。

 

 

 

 

 

 前提として、俺は轟の家族の話に顔を突っ込むつもりはなかった。原作の本編の流れについてくだけで精一杯だとは考えていたし、轟の家庭はもう修復不可能なレベルだと思っている。

 

 俺としては、純粋な轟のなりたいものにならせるべく、家庭の事を考えさせるよりも……早く自由の身にさせた方が彼のためだと思っていた。アソコの家庭環境に入り込むの、地獄よりツラいし。

 

 原作でも、青山と轟が絡む事はほとんどなかったから、やっぱり主人公の緑谷辺りが解決していくのかと思っていた。

 あの家庭を高校生が修復できるとは思っていないが、少なくとも轟には良い事が何か起こるのだと思っていた俺は、彼の家族とは距離を一歩置くつもりだった。

 

 そんな彼が、雄英の終業式で比較的早く学校が終わった直後、俺に声をかけて……なんと母親の見舞いに誘ってきたのだ。

 曰く、俺のグループメッセージの写真を見て学校の話が弾む様になってから、今度は母親に友達の事を聞かれたらしく、クラスの誰かを友達として紹介したかったそうだ。

 

 そりゃ……妥当な相手は緑谷じゃないか? と俺は思った。だが、彼からそんな大役に指名された以上、断るつもりは微塵も無く、俺は何も言わずに彼の誘いに乗った。

 

 雄英の最寄駅から轟と2人で電車に乗り、そこそこ離れた都内にある、デカい総合病院へと俺は訪れる。

 ロビーの受付で面会の手続きを彼として、看護婦さんに顔を覚えられているどころか、黄色い声までかけられている轟は、そんなのを無視して俺を母親の部屋へと案内してくれた。

 病室の表札に貼ってあった『轟 冷』と書かれていたドアを開けて、轟は部屋へと入った。当然と思えば当然だが、ベッドが大半を占めて少し狭く感じる個室だった。

 

「ぉ…………母さん……今日は、友達を連れてきた……」

 

「焦凍…………後ろの人は……?」

 

 事前に来るとは知らせていたのか、友達を連れて来るとは言わなかったのか。真っ白な患者服でベッドに座っていた轟の母親が、こちらを見て少し驚く。

 轟の右半身に遺伝された。黒い瞳と白い髪が特徴的な、綺麗だけど薄幸そうな雰囲気が隠しきれていない、女性だった。

 

「初めまして。とど……焦凍くんのクラスメイトで、切裂 刃と言います」

 

 俺が丁寧に頭を下げて挨拶している間に、轟は近くに用意されていたキャスター付きのイスを2つ動かして、母親が腰を下ろすベッドの前へと動かした。

 

「前に言ったろ……友達を見てみたいって……」

 

 そこまで轟が言うと、彼女は目を少しだけ見開いてほのかに煌めかせながら、イスに座った俺に頭を下げてきた。

 

「初めまして……! ……焦凍の母の『冷』です。いつも焦凍がお世話になっています……」

 

「いえいえこちらこそ、焦凍くんには何から何まで、命まで助けられてばかりで……」

 

「2人ともやめてくれ」

 

 互いに自分の事で謙遜される光景は恥ずかしかったのか、頭を下げ合う俺と冷さんに轟は真顔で答えながら、部屋の冷蔵庫を開けた。

 

「何か飲むか? こういうのしかないが……お茶がいいか?」

 

「いや、それでいい」

 

 季節も夏に入り始め、今日も暑くて喉が渇いていた俺は、轟の言葉に甘えた。

 

「ありがと」

 

 彼から渡されたのは、俺の手の平におさまってしまうサイズの、子供が興味を持ちそうなデザインの紙パックの乳酸飲料だった。イスを動かしながら轟の開けた冷蔵庫の中をチラ見した時、ペットボトルのお茶以外には、そんな感じの飲み物しか入っていなかった。

 もしかしなくても、子供の頃の轟が飲んでいたモノなのだろう。

 

 ああ本当に……この人の記憶の轟は、子供の頃で止まっているんだと実感した。

 

 それから、俺と轟と冷さんを挟んだ、おかしな会話が始まった。

 初めは俺のグループメッセージの写真から、普段の授業など、話す内容はメッセージの写真の数だけあったから、尽きる事はなかった。

 轟は学校でも見た事ないような、穏やかな笑顔を見せた。コレは他の女に気安く見せていい顔じゃないなとは思ったが……コレを能動的に引き出せる彼の為の女性が果たして、この世にいるかどうか不安になってきた。

 

「轟くん、そんな事までよく覚えてるね……俺が話そうとすると、すぐ事件の話になっちゃうから……」

 

 元々、棘の取れた彼にとって1年A組のクラスメイト達は、第2の家族みたいな存在となる。自分の家族と違って優しさと暖かさに溢れている、あの場所が好きなのだからこそ、轟はその瞬間を大切にする男だ。ありふれて俺が記憶にも留めない事すら、彼は覚えていた。

 母親もいる手前、なるべく物騒な事件系の話は避けていた。だが、そんな俺に対して轟は首を横に振った。

 

「でも……USJでヴィランと戦った時……あん時、初めて…………俺は自分の意思で左の炎を使ったんだ……」

 

「そう、なの……?」

 

 その言葉に1番驚いているのは、母親だろう。アレほど嫌っていた左の力を、人に言われて出したなんて想像できなかっただろう。

 

「お前の指示で……みんなを助けるためだと考えてたけども…………切裂は俺の炎を、嫌いじゃないと言ってくれた」

 

 彼は自分の左手を見ながら、母親に言葉を紡ぐ。

 

「あの時……少しだけ、俺の中で迷いが生まれて…………で、緑谷が……俺のもう1人の友達が、その迷いを全部ぶち壊した……」

 

 そこまで言って彼は顔を俺に向けて、真っ直ぐ俺を見てきた。

 

「変わるきっかけをくれたのは、お前だ」

 

 

 

 

 

 あぁ……ソコが、彼との転換期だったのか……

 

 

 

 

 

 あの時は無我夢中だったし、極度の緊張状態で色々な事を言っていた気がする。

 体育祭でグラウンド出る前に話しかけられたのもビビったが、思い返すと緑谷だけでなく俺も影響を与えてしまった事に、今更になってしみじみ痛感した。

 

「頼もしかったよ、あの時の轟くん。君じゃなきゃ、アレには勝てなかった」

 

「俺だって、お前がいなかったら意固地になって……アイツに勝つ事はできなかった」

 

 もう、俺と轟の関係も、個性というモノで繋がってしまった関係だった。

 そんな俺達2人を見て冷さんが微笑んだ時、不意に病室のドアが開いた。

 

「お母さん、洗濯物と……って、焦凍っ? えっ……そっちのコは……??」

 

 入ってきたのは……メガネをかけていて、白い髪の毛だが、所々に轟の左半身の髪の毛の色と同じ、赤のメッシュみたいな模様が入った、20代ぐらいの女性だった。

 訪問者へ真っ先に反応したのは、やっぱり冷さんだった。

 

「あら、冬美」

 

 まさか、会う運命があるとは思ってなかった。顔は完全に母親の冷さん似だが、繊細な印象の母親と違って、彼女からは底抜けに明るい雰囲気が溢れ出ていた。

 

「姉さん、仕事は?」

 

「小学校はとっくに終業式してるわよ。言ってなかったかしら?」

 

 彼女は両手に持っていた荷物と袋を、病室の備え付けになっている戸棚の荷台に置いた。中身は母親の着替えや雑品だろう。

 自己紹介よりも気になる単語が出て、俺は轟に耳打ちする。

 

「小学校?」

 

「ああ、姉さんの仕事。小学校の先生なんだ」

 

 なんか、そんな設定見たような聞いたような気がする。ほかに覚えておく事がありすぎて、忘れてんだ。

 

「姉さん……俺のクラスメイトで、友達……」

 

「え!?」

 

 彼女にも俺の事を轟に紹介してもらって……俺は思わずたじろいだ。彼の口から『友達』という単語が出た瞬間、物凄い目をキラキラさせて嬉しそうに挨拶してくるものだから。

 

「初めまして! 焦凍がお世話になっております。姉の『冬美』です!」

 

「き……切裂 刃です……」

 

 思ったより母親と性格が正反対で、彼女に圧倒されている俺に轟が助け舟を出す。

 

「似てないだろ姉さん。母さんと違って」

 

「あ、ヒドーい! 焦凍がそんな事言うなんて!」

 

 彼が毒を吐くのも珍しいんじゃないだろうか。口では怒りつつも、冬美さんはそれでも嬉しそうだった。

 

「まあ……俺の母親も、あんま似てないし……」

 

 俺は完全に父親似だ。

 不意に口に出してしまった言葉に、轟が反応した。

 

「母親と違って……お前は泣かないもんな」

 

「あっ、思い出した! 君、あのお母さんの子でしょ?」

 

 彼の言葉に冬美さんが口元に手を当てて反応した。

 やっぱり覚えられていたか。授業参観の時、轟の母親の代わりに来ていたのは彼女だった。あのあと母親が謝り始めて、ひと言も喋る事はなかったが、目立つ髪色は印象に残っていた。

 

「凄く綺麗なお母さんね! 私なんかよりも…………何か秘訣とかあるの?」

 

「冬美、困ってるわよ」

 

「あ、ゴメンなさい!」

 

 ズイズイ彼女に押されてたじろぐ俺に、冷さんまで気を遣ってくれた。

 彼女が会話に混ざった事で、冷さんはほとんど喋らなくなってしまったけども、元々聞く方が好きなのだろう。自然な笑顔で俺達を見ていた。

 

「ちなみに、焦凍くんはクラスメイトに勘違いされました。お前の母親若すぎないか? って」

 

「マジか」

 

「ウソ!?」

 

 コレは本当。授業参観終わって家族と分かれてから、峰田と上鳴を筆頭にクラスメイトの男子が話題にしていた。

 

「一応、あの人焦凍くんのお母さんじゃないよって言っといたけど……」

 

「ならよかった」

 

「アレ……切裂くんは私の事……焦凍から聞いていたの?」

 

 安堵する轟に対して、冬美さんは当然な疑問を向ける。どうして自分が母親じゃないと知っていたのか。

 踏み込まれた以上、誤魔化しは効かなかった。

 

「俺、焦凍くんの顔の火傷とか……家の事とか全部聞いてるんで……」

 

「え……!?」

 

「……っ!?」

 

 自身の最凶のトラウマである話を、自分から人に話していた事に2人の家族は驚く。その視線は当然轟へと向けられていたが、彼の表情は穏やかだった。

 

「俺、切裂には……全部知っておいてほしいと、思ったから……」

 

「そ、そうなのね……!」

 

 そこまで心を許していた事に、冷さんも少し動揺していた中、冬美さんはまるで自分が悪いみたいな口調で、話を始めた。

 

「ゴメンね、切裂くん…………幻滅したかしら? うちの家族はね……色々、特殊なのよ。お父さんも、世間じゃナンバー2のスゴいヒーローだなんて言われてるけど……お母さんと焦凍の事で、ちょっと色々あってね……」

 

 ちょっとどころじゃないだろうに、ちょっとで済まそうとする彼女に、俺は静かに息を吐いた。

 この人も母親が倒れなければ、もう少し自分のワガママを出せる人になっていたかもしれないのに。長女である以上、彼女は弟の手を引いて我慢しなければいけない立場となっていたのだ。

 

「俺の両親は……普通だな……なんかゴメン」

 

「いいさ。それより、ずっと気になってたんだが……お前の親父はどんな人なんだ?」

 

 前にも言ったが、俺の母親は泣き虫だ。昔からと言うか、前からもと言うか、個性が使えるようになった事以外、怖いくらい何も変わっていなかった。

 

 それは親父も同じだった。

 

「親父は……よくわかんねえヤツだ……」

 

「仲悪いのか?」

 

 俺の言葉に、顔どころか体まで向ける轟。お前まで眼をキラキラすんな。冬美さんとお母さん困り始めたぞ。

 

「いや、そんな事はないんだけど…………元々無口なタイプってゆーか……あんま喋らないってゆーか……」

 

 

 

 

 

「でも、雄英受かった時は……喜んでたな……」

 

「そうか……」

 

 

 

 

 

 無意識に出た笑顔に轟は黙ってしまったが、その表情は柔らかいものだった。

 

 わかった、と言うか、感じた事がある。

 

 

 

 

 

 精神と年齢は、比例する。

 

 

 

 

 

 母親の乳首に吸い付いた頃から、物心がしっかりと形成し始める小学校低学年を、こんな身体で過ごした結果、実感した。

 

 あの頃から歳を重ねている実感が湧かない。

 

 

 

 

 

 変わっていない。

 

 

 

 

 

 今ここに座っているのは、転生前の時間を合わせて良い歳した大人ではなく、ただの16歳のクソガキでしかないという感覚だった。

 

 そんな中でも平穏に暮らしてきた俺の家族の話は、この3人には幻影すぎる。だから、もう止める事とした。

 

「そういえばっ、君も体育祭惜しかったわね! あと1回勝てればうちの焦凍と決勝だったのに!」

 

「爆豪も強かったからな……惜しいとは俺も思った」

 

 俺が言葉慎重に選んでいるのを悟ったのか、冬美さんが空気読んでくれて、話を変えてくれた。

 

「爆豪くん。ずっと観客席で俺の試合見て、俺の事分析してたもん」

 

「そうなのか?」

 

「轟くん、俺達の観客席1回も来なかったじゃん」

 

「……悪い……」

 

 俺達の会話に冬美さんも参加して、そんな他愛もない話が次々と花を咲かせていった。

 家族の雑談を聞きながら、俺はふと格子の嵌められた窓の側を見た。

 

 

 

 窓辺に置いてある、青い花が生けられたガラスの花瓶。名前も知らない花だが、置いたのは轟だろうか。

 

 

 

 あっという間に面会から1時間が経っていて、これ以上は冷さんの負担になるからと轟と冬美さんに判断され、濃すぎる面会が終わった。

 俺は最後に冷さんへ、もう一度挨拶をした。

 

「今日はありがとうございました。どうか、お大事に……」

 

「切裂くん……これからも焦凍と、お友達でいてあげてね……」

 

 切実そうな彼女の言葉に、心配はかけさせなかった。

 

「はい、大丈夫ですよ。それに……焦凍くんには俺以外にも、もっと友達がいますから……!」

 

「そう……!」

 

 もう一度別れを告げて、俺は病室から出ていった。ドアを轟が閉めてくれて、俺達はロビーに戻ろうと歩きながら話をする。

 

「いきなりで悪かった。こんな事に誘って」

 

「焦凍。まずは先に『ありがとう』って言えるようになりなさい? せっかく来てくれたんだから……!」

 

「ああ……ありがとう……」

 

 冬美さんに言葉を修正され、たどたどしく礼をする轟に俺は笑って答える。

 

「いいさ。来てよかったよ」

 

「そうか……このあと、どうすんだ?」

 

「雄英戻るのもアレだし……久しぶりに近場のジムにでも行こうかな……」

 

 それは、雄英に入学してから個性ありきの特訓ばかりで、めっきり行く事がなくなっていた。中学生で入り浸っていたトレーニングジムに、顔を出すのもアリっちゃアリだった。

 しかし、そこに轟が提案を入れた。

 

「俺の家、ここから近いんだが……道場みたいな部屋あるから、そこで特訓するのはどうだ? 俺の炎にも氷にも耐えられる、広くて頑丈な作りしてんぞ」

 

「そしたら切裂くん! うちでお夕食どうかしら!?」

 

「……ちょっと気になってきたわ」

 

 冬美さんの料理も気になったが、轟の訓練所の方が気になった。あんまり良い思い出ないだろうに俺を招いたのなら、せめて俺の記憶で上塗りした方が良いのかもしれないと、思ってしまった。

 俺は2人の提案に、自然と乗っていた。

 

 冬美さんは車で来ていたらしく、病院の駐車場に停められていた軽車に案内された。人ん家の車の匂いがする後部座席に、轟と並んで車に乗った。

 

「夏くんは…………あちゃ〜、確かデートだったか……!」

 

 車のエンジンを動かす前に、冬美さんは携帯で誰かに連絡を取ろうとしたが、諦めたみたいだ。たぶん、家族をもう1人誘おうとしたようだった。エンデヴァーを誘おうとしなかったのは、俺と致命的なぐらい気が合わないのを、本能的に悟ったのだろうか。

 確かに、あんまり会いたくない相手だったから、それでよかったけど。

 

「お母さん……優しい人だったね……」

 

「ああ……だからこそ、俺は親父が許せなかった…………今は、1人のヒーローとしてその背中を見てるが……俺も、No.1ヒーローのオールマイトに憧れてんだ…………いつかアイツも乗り越えてみせるさ……!」

 

 オールマイトに憧れてるのは、轟の本心だと思う。

 でもきっと、それだけじゃツラくなると思ったから、俺は助言した。

 

「轟くん」

 

「ん?」

 

「こんな事、冬美さんの前で言うのもどうかと思うけど俺、君からエン……親父さんの話聞いた時『アイツいっぺん死ねばいい』と思った」

 

「だよな」

 

「………………」

 

 俺の言葉に、1番の被害者である轟が迷いなく同意するモンだから、車を動かし始めた冬美さんは無言のまま困っていた。

 

「今はさ、俺達高校生だから……どうしても親に頼らなきゃいけない事、あるよ?」

 

「確かに」

 

 

 

 

 

 彼の家庭をひと言で表現するなら、遣る瀬無い。

 

 

 

 

 

 もしも……エンデヴァーが自力でNo.1を目指し続けていれば、彼には子供どころか結婚すらしていないのだ。

 

「でも……大人になれば、そんな縛りはなくなる……」

 

 此処にいる2人は、エンデヴァーが自分の野望と理想のために、冷さんから産まれてきた子供達だ。

 

「そりゃあ……仲が良い方が良いに決まってるけどさ……」

 

 そんなの、例え自分の肉親でも、誰が好きになれるだろうか?

 

「別に嫌いでも……俺はいいと思う。無理に好きになる方が……よっぽど辛いもの」

 

 政略結婚状態だったとは言え、エンデヴァーの言う事もやろうとしている事も、気付いていただろう。それに逆らえず何人も産んだ母親も、ある意味同罪である。

 

「轟くんは、なりたいものになって……自由に生きれば、いいと思うんだ」

 

 でも、そんな酷い家庭環境じゃないと……轟は産まれてこなかった。

 

 

 

 

 

 だから、遣る瀬無かった。

 

 

 

 

 

 彼に必要なのは、過去のしがらみを捨てる、自由だと思った。

 

「そうだな…………まずはヒーローになりたい。その後の事は、自分で考えるさ。あの学校でお前らと一緒にいれば、それも見つかる気がするから……!」

 

「そうだね。でも……轟くんはもう、お母さんのヒーローだよ」

 

「母さんの?」

 

 俺は頷いた。

 

 

 

 

 

「君が親父さんに逆らう理由には……いつも何処かに『お母さん』がいなかった?」

 

 

 

 

 

「……!」

 

 彼の目が丸く開いた。

 

 普通の子供だったら、親の言う事が絶対だろうし、厳しい事されても「悪いのは自分だ」とかって思い始めるだろうし。誰かにあたるとしても、身近な相手は順当に母親になるだろう。

 

 幼稚園児で親父の異常性に気付いて逆らった彼は、泣いている母親を守ろうとしていた。それだけ、あの父親がぐう畜生だったのも、あるとは思うが。

 

 あの家には仏壇があるのを、俺は知っている。アレが本編に絡んでくるのは想像したくはないが、あの親父の事だから轟よりも洒落にならない事件を起こしているのではないかと思うと、想像に難くない。

 怖くて聞きたくなかったが、考えると湧き出るのは嫌な予感のフルコース。

 

 

 

 

 

 いつか、トンでもないレベルの大バチが当たるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 轟はしばらく何も言わなかったが、やがて小さな声で呟いた。

 

「やっぱ、お前はスゲえよ……」

 

「そうか……?」

 

 彼が何を思ったのかはわからなかったが、もうひとつだけ俺には、聞きたい事があった。

 

「轟くん」

 

「?」

 

「お母さんの部屋の窓際に置いてあった、花瓶の青い花って……轟くんが置いたの?」

 

「いいや…………姉さんか?」

 

「ううん。たぶん、看護婦さんだと思うわ……」

 

「そっか……」

 

 そう呟いて、俺は車の外からまだ頭が覗いてる、病院の建物を見ていた。

 

 もしも、次来る事があったらなら、病院の前にあった花屋で小さい花籠でも買おうかと思った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 あの時の車と同じように揺らされながら、俺達2人がそんな話をして思い出に浸ってる間に、前の方の席で緑谷と飯田が懐かしい話をしている。

 

「飯田くんと2人で話すのも、久しぶりだね」

 

「ああ。最初の出会いは何と言うか、君に横暴な態度を取ってばかりで、本当に申し訳ない……!」

 

 そう言えば、緑谷と飯田の出会いは最悪だった。入試では勘違いとは言え、彼にいらんプレッシャーを食らっていた。実技試験スタート前の追い打ちは、俺が防いだが。

 

「でも、今こうして君と話をしているのが、俺はとても喜ばしい! ヒーローとしての在り方まで教えてもらった君は、間違いなく俺の親友だよ!」

 

「そ、そんな……っ! えと……ありがとう!」

 

「何見てんだクソデクッ!!」

 

 ベタ褒めされた緑谷は少し照れながら、なぜか爆豪の席をチラ見したのか、喧騒に混じって後ろから彼の吠える声が聞こえた。

 

「こんな膝のゆとりの狭いバス初めてですわ……コレはテレビですか?」

 

「ヤオモモ……それタダのテーブルだから……!」

 

 八百万は安っぽい観光バスにドキドキしながら、子供みたいにアレコレ興味を示して、それを耳朗が照れながら教えている変な光景が繰り広げられていた。

 

「『漆黒』……『く』」

 

「……『空爆』……ッ」

 

「次『く』だ。尾白」

 

「えっ! 俺!?」

 

 俺も無言で驚いていた。後ろの席いる常闇と爆豪……絶対に話の合わなそうな2人が、なんと『しりとり』をし始め、更に後ろの席の尾白へとトスしていた。

 

「カレー作るの楽しみ!」

 

「私は、沢ね! ホタル、カゲロウ……あとは、鈴虫かしら……!」

 

「………………」

 

「……景色の話よ。勘違いしないで」

 

 前の席は至って平和な麗日と蛙吹が、これからの林間合宿の楽しみやら、中学校の頃の修学旅行先など、話に混ざりたくなる内容を喋っている。

 それより蛙吹の話に時々出てくる、彼女の中学の旧友である『万偶数(まんぐうす) 羽生子(はぶこ)』って名前の子が物凄く気になるんだけど、未だに聞けなかった。少し前に『(いさみ)学園』というヒーロー科の学生と合同訓練として、ソコの生徒である彼女と対面した事はあったが、結局訓練が混沌として話す隙も与えられなかったのも記憶に新しい。

 いつかゆっくり話してみたいものだ。人型から大きくかけ離れた見た目で、心操と同じくヒーローとして志した彼女の道程を。

 

「轟くん、耳朗さんコレ!」

 

 障子と口田の席は、無言ながらも波長が合うのか2人とも楽しそうなオーラを放っていた。

 そんな雰囲気の中で、珍しく喋った彼が手に持って前に回してきたのは、可愛らしい缶箱に透明なラップを敷かれて入った、ひと口サイズのチーズタルトだった。

 

「砂藤くんの手作りだって! 1個ずつ取って前に回してよ!」

 

「ああ」

 

「わあ、美味しそう! 砂藤、ありがとっ!」

 

 通路の内側だった耳朗が思わず声に出して、缶箱を受け取ると、隣の八百万にタルトをひとつ渡してから、自分の分を取る。

 それに続いて、轟も俺達の分を手で取ると、耳朗が前の座席に回してくれた。

 後ろから通路を通して回ってきてるのを見て、俺と轟の列の時点で13個あったって事は……相澤先生の分まであるぞコレ。

 

 そんな事を考えながらも、轟からタルトをひとつ受け取って、俺はひと口で頬張る。

 

「美味いな……!」

 

「んんっ!」

 

 ボロボロ崩れるタルトの食感に、甘いカスタードの味とチーズの香りがした。今持っているお茶と合いそうだ。

 隣の轟もタルトを半分だけかじって、モグモグしながら残った半分を見ていた。表情こそ変わらないが……たぶん喜んでいる気がした。

 

「じゃーん!」

 

「けーん!」

 

「「ポンっ!」」

 

 お菓子が配られていく前の席では、芦戸が透明な葉隠と『あっち向いてホイ』している。イヤ、ちょっと待て……なんで成立してんだ?

 

「それにしてもっ、ヤオモモの豪邸スゴかったねー!?」

 

「ベルサイユ宮殿みたいだったよ! 見た事ないけど!」

 

「アレは泥棒も一周回って、入る気なくす広さだもんなぁ!」

 

 2人の会話に上鳴まで一緒になって、テキトーすぎる感想を言いながら騒いでいた。

 

「でも勉強助かったよー!」

 

「ヤオモモの教え方、学校の先生みたいだったもんねー!」

 

「だよなっ! アホな俺でもわかりやすかったぜ! さすがヤオモモ先生だ!」

 

「勉強中にカンニングの方法考えてたヤツのセリフとは思えないね……」

 

「うわバカ耳朗っ! シーッ、シーッ!!」

 

 耳朗のひと事に、上鳴は冷や汗と同時に人差し指を立てて息を吐く。彼のすぐそばの席には、相澤先生が眠っているのだから。

 

「ヤオモモ先生っ! 期末試験もおなしゃーッス!!」

 

「「「おなしゃーす!」」」

 

 1番後ろの席からパンッと手を叩く音と、瀬呂の声が聞こえた。それに続いてドベ共が一斉に八百万に両手を合わせた。

 

「アンタ達まずは自分で頑張んなよ……!」

 

「いいんですわ耳朗さんっ! 私もあの勉強会で、自信がつきましたもの! またみなさんの役にたってみせますわ!」

 

 苦言を漏らす耳朗だったが、本人は物凄い意気込んでいる。確かに、彼女は教えるのとか好きそうだ。もしもヒーローなんて職業がなかったら、学校の先生とか向いているのかもしれない。そんな光景も、少し見てみたかった。

 そんな事を思っている内に、タルトを食べ終えた轟が、お茶を飲みながら俺に尋ねてきた。

 

「お前は雄英の推薦、受けなかったのか?」

 

「うーん……俺そこまで頭が良いワケじゃないし……」

 

 雄英の推薦は個性が強いだけじゃ通れない。俺には狭すぎる門だった。

 

「それに……俺が推薦で受かったら、轟くんと八百万ちゃん、2人と雄英で会えなかったかもしれないし……」

 

「そうか。そうだな……!」

 

 簡単に納得してくれた轟は、隣の席のもう1人の推薦者を見る。

 その視線の先では、耳朗が八百万にイヤホンを片耳ずつ分けて、ヘビーメタルバンドを聴かせているトンでもない光景が広がっていた。

 

「峰田上手だなぁ!」

 

「ああっ、まだまだ練習中なんだけどな!」

 

 砂藤の声が聞こえて後ろを座席越しに見ると、峰田の席辺りからモギモギが飛んでいた。どうやら、またモギモギでジャグリングしているようだ。バスの天井ギリギリまで飛ばしながら、玉4つでやってた。5つにも挑戦してるらしいけど、失敗するとその辺にくっ付いて地獄だから、バスの中は4つでやってるんだって。

 

「確か、峰田はお前と同じ中学だったんだよな」

 

「うん、雄英の入試も2人で受けたよ。いつも峰田くんに勉強教えてもらってたからね……」

 

「そうなのか。あいつも普通に勉強できるもんな」

 

 あの頃は学校の帰りにファミレスやファーストフード店に寄って、通りかかるイイ感じの女や、胸の大きな店員に目移りしながら勉強していた。アレが意外とモチベーションになった。

 

 

 

 最近食ってない……いや、トガちゃんと会った時に食べれたな……

 

 

 

 雄英に入学してから、そのテの店に行くのもめっきり減った。

 

 個性も堂々と使えなかったから、必然的に勉強とジムトレーニングが多かった。峰田は体格の関係上、ジムに連れて行ってもほとんどの機材が使えないから、彼を誘う事はできなかったのだ。

 

 今度、轟と峰田でファーストフードにでも連れて行こうかと考えていると、前に座っている蛙吹が座席を手で掴んで、こちらに顔というか体ごと向けてきた。

 

「『雨音』 『と』よ。切裂ちゃん」

 

 なんと常闇と爆豪の始めた『しりとり』が、そのまま時計回りに席を回って、俺の所まで流れてきた。

 

「えっ、『と』? 『トガ───いやいや、えっと……その……!」

 

「『咎人(とがびと)』か?」

 

 いきなり振られて俺が口どもっていると、後ろの常闇が手を差し伸べたかの様に、代わりを答えてくれた。

 

「そうそれ!」

 

「また『と』じゃねえかッ!」

 

 爆豪が珍しくヤジを飛ばす中、俺の『と』を引き継いで、轟が思考する。

 

「『と』か……『凍結』」

 

「『つ』 『月読』……!」

 

 そのまま嬉しそうな常闇が答え、また爆豪に振られていった。

 

「そーいやぁ、切島! 爆豪との勉強会どうだったんだ!?」

 

「ああっ! ファミレスでやってたらさ……爆豪の中学のダチに会えてよお! アイツ中学から、あんなんらしいぜっ!」

 

 食堂で話をしていた時から気になっていたのか、上鳴が切島に聞いたら、彼の口からクラスメイト達には想像もできない単語が出た。

 

「爆豪の『友達』ぃ!?」

 

「えっ!? 爆豪って、緑谷以外に友達いたの!?」

 

「えー!? いが〜いっ!」

 

「ソイツも好きモンだね……」

 

「デクくんだけだと思ってた……!」

 

「どんな子なのかしら?」

 

「爆豪君の友達とは……余程心の広い人に違いないな!」

 

「テメェ゛ら全員こっち来いッ! 順番に殺してやるッ!!」

 

「おい、こんな窮屈な所で暴れるな!」

 

「うわっ!? かっちゃんっ、落ち着いてっ!!」

 

 再びギャーギャー騒ぎ出すバスの車内を見て、俺と轟の思う事は「うるさい」のひと言で繋がっていた。

 

 その後、いきなりマイク持った芦戸によってクイズ大会が始まったかと思ったら、飯田が数学の問題を出して上鳴と切島にキレられたり、緑谷がオールマイトのコア過ぎる問題出してブーイングされたり…………クイズに飽きて、次は滑らない話にしようと葉隠が言い出したと思ったら、蛙吹がいきなり怪談話始めたり、峰田が猥談話そうとして障子にマイク取り上げられたりと、中々にカオスな車内が広がっていた。

 

 本当に、見た事ない光景ばかりが引き起こされて、なんだか胸でも締め付けられているみたいな嬉しさと同時に、言いようもない緊張も積もらせながら、俺は目的地へと着実に進んでいくバスに揺らされていた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 高速を降りたバスは、しばらく山道をひたすら登って行くと、トイレすらない休憩所……じゃなくて、地面がコンクリですらない空き地みたいな所で停まった。

 

「うっ……ぐぐ……っ!」

 

「ようやく休憩か〜っ!」

 

 バスから出た俺は緑谷と一緒に、背筋を伸ばしていた。景色は所々雲が広がっているが、それでも青空は見えており、辺り一面森で空気が美味しく感じた。

 

「つか、何ココ? パーキングじゃなくね?」

 

「あれ? B組は?」

 

 耳朗の言う通り、途中のサービスエリアで休憩した時には一緒だったB組のバスがいない。ここにはA組しかいなかった。

 

「トトト、トイレは?」

 

 峰田はバスの周りを駆け回っているが、トイレは無い。彼の5歳児ボディじゃ、膀胱はすぐ溜まってしまう。サービスエリアでも、一目散にトイレへと駆けていた。

 

「何の目的もなくでは、意味が薄いからな」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 相澤先生の言葉に、周りの状況を見ていた数人のクラスメイトが、嫌な予感を感じ取っていた。

 

「トイレは?」

 

 峰田の質問も無視され、空き地の近くに停まっていた車のドアが開いて、中から2人の女性が現れた。

 

「よう、イレイザー!」

 

「ご無沙汰してます」

 

 頭を下げた相澤先生の前に立ったのは、頭には猫の耳を模したヘッドセットを着け、メイド服ともチアガール服とも言えるヘソ出しスカートで、片方は赤、もう片方は青のカラーリングをしたヒーローコスチュームを纏った女性が2人いた。

 

 

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

 

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 

 

 

 

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!!!」」

 

 

 

 

 

 そのままダイナミックな動きで、戦隊ヒーローみたいにポーズを見せつけた2人に、クラスメイト達が圧倒されて言葉に戸惑っていると、相澤先生が説明を始めた。

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」

 

 そこにテンションの高い緑谷が俺達の前に飛び込んで、久しぶりに聞く彼の呪文が始まった。

 

「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団!! 山岳救助などを得意とするベテランチームだよォ!!! キャリアは今年で12年にもなる───うわ゛っ!!?」

 

「心は18ィ!!!」

 

 青色のヒロコスの女性『ピクシーボブ』が、自身の手に装着されている猫の肉球みたいなグローブで緑谷の顔を掴み、年齢に直結しそうな台詞を言おうとした彼を力ずくで黙らせた。

 ちなみに、事務所でグループを作ると報酬や何やらで解散する事が多く、今日のヒーロー事務所ではあまり存在しないらしいのだが、10年以上も続いているこの事務所は相当なやり手且つ、仲が良いのだろう。

 

「若い頃も良かったけど……コレはコレでイイな……!」

 

 職場体験で若妻の良さを理解した峰田には、股間にクるモノがあったのだろう。ズボン押さえたまま、そんな事を言っている。

 

「判るかい峰田くん? 見ての通り、すっかり出るトコ出ちまったし、太い所はがっつり太いし、三十路が着る服ではないかもしれないけど、あの無理してる感のあるギャップがまた魅力となって───

 

「はいソコも黙るッ!!!」

 

 肉球グローブの先端にある爪を突きつけられたピクシーボブに叫ばれて、俺も話すのを止めた。

 

 相澤先生に指示されて、とりあえず俺達クラスメイトは彼女達2人に挨拶をする。彼女達は軽く自分達個人の自己紹介すると、俺達に唐突な話を始めた。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね……あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね」

 

 そう言って赤いヒロコスを着た『マンダレイ』が木の柵に守られた崖の先……森の向こうを指差した。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「遠っ!!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 10kmぐらいはあるだろうか。山々を越えた先の麓にチョコンと屋根が見える。

 

「えっ? じゃあ……なんでこんな半端な所に?」

 

「これって、もしかして……」

 

「いやいや……」

 

「アハハッ……バス戻ろうか……なっ? 早く……!」

 

「そうだな、そうすっか!」

 

「うんっ!」

 

「っ───────!(大きく頷く)」

 

 麗日、蛙吹、砂藤、瀬呂、上鳴、芦戸が順番に声を漏らして、口田も冷や汗を流しながら彼女達に背を向けようとした。

 その間もマンダレイは腕時計を確認して、少し艶かしい声で話を続ける。

 

「今は午前9時30分。早ければぁ……12時前後かしらん♪」

 

「おい切裂ぃ……ッて、アイツ早えェェェェェェェッ!!?」

 

 隣に立っていた峰田が横を向いた時にはもう、ドドドドドッと擬音でも出すぐらいの勢いで俺はバスに向かって走っていた。

 

「あっ、あいつズリィぞッッ!!!!」

 

「戻ろうっ、早く!」

 

 峰田の叫びにすぐ反応した切島も、負けずと一目散にバスへと走り出し、それに芦戸を始めとするクラスメイト達が続いた。

 

「12時半までかかったキティは、お昼抜きねー♪」

 

 マンダレイは尻尾をクネクネ動かしながら話を終えた。その仕組みどうなってるのか教えてほしい。

 その間にも走り続けた俺だったが、バスの出入り口にあともう少しだった目の前に、ジャンプで俺を飛び越えたピクシーボブが、立ち塞いできた。

 

「イヒッ!」

 

「ッ!」

 

 捕食者みたいな彼女の目に俺が怯んだ瞬間、相澤先生が珍しく笑った。

 

「悪いね諸君……合宿はもう、始まっている」

 

 途端、ピクシーボブが手を着けていた地面が一気に盛り上がり、俺達クラスメイトは全員、盛り上がった土砂の中に飲み込まれた。

 

「うわァァァァァァァァっっ!!?!?」

 

「何だ〜〜〜〜〜っッ!!?!!」

 

「土が盛り上がってェェェェェェェェっっっ!!?!!!」

 

 土砂を切り裂いて脱出した俺だったが、眼前に広がっていたのは柵を越えた崖下。落ちるしかなかった。

 

「クッソっッ!!!!!」

 

 普通だったらまず命のない土砂に巻き込まれたが、クラスメイト達はみんな土砂の外側に押し出されていた。コレだけでも、あの人の個性の技量が窺える。さすがはプロだ。

 だが、こんな所で泥だらけになるのは憚られる。俺は土砂から逃げる様にして崖に飛び出すと、滑る絶壁に刃を突き刺して麓へと滑走した。

 

「おーい! 私有地につき、個性の使用は自由だよー!」

 

 マンダレイの声を聞きながら、地面に滑り降りた俺は、ひとまず転がっているクラスメイト達の中から峰田を探した。その間にも彼女の声は聞こえる。

 

「今から3時間、自分の足で施設まで、おいでませっ! この……『魔獣の森』を抜けてっ!!」

 

「魔獣の森!?」

 

「何だ、そのドラクエめいた名称は!?」

 

 緑谷と上鳴のツッコむ声に、地べたに這いつくばっていた女子達から、耳朗が起き上がる。

 

「雄英こういうの多すぎだろ……」

 

「文句言ってもしゃあねえよ。行くっきゃねえ!」

 

 切島が服をはたきながら答えた向こうに、森に向かって一目散に走る峰田を捉えた。

 

「耐えた……オイラ耐えたぞっ! 木陰に隠れて……!!」

 

「あ、待って峰田くん! それ木じゃないッ!!」

 

「へ?」

 

 彼を追って走る俺の叫び声に、峰田が木だと思って用を足そうとした上を見上げると、そこには木とよく似た色合いで、峰田どころか俺達よりも何倍も大きな四足歩行のモンスターがいた。

 

「「「「「ま……魔獣だーーーーーッ!!?」」」」」

 

 瀬呂と上鳴を筆頭に数人のクラスメイトが叫ぶ中、口田が魔獣に向かって走りながら叫んだ。

 

「静まりなさい獣よッ、下がるのです!!」

 

 彼の個性で対話を試みるが、魔獣には全く効いておらず、そのまま峰田を大木みたいな腕で叩き潰そうと腕を振り上げた。

 

「フルカウル……ッ!!」

 

「斬撃波(スパーウェーブ)……ッ!!」

 

 魔獣に踏み潰される直前に、フルカウルを発動した緑谷が峰田に飛び込んで彼を助けてくれた。同時に魔獣の腕や体に、俺の容赦のない斬撃波がブッ刺さる。

 易々と腕から体まで切断された魔獣は、土埃となってただの地面へと戻った。

 

「この土くれ……やっぱり!」

 

「ピクシーボブさんの個性だね」

 

「やった……オイラ、やっちまった……」

 

 魔獣の残骸を見て俺と緑谷が話をしている中、もはやズボンを押さえる事をやめた峰田に、俺は彼を連れて森から引き下がった。

 

「スゲぇ、切裂!」

 

「瞬殺じゃん!!」

 

 切島と砂藤が喜びの声をかけて俺の周りに並んだが、森の奥からはまだ魔獣の唸り声がする。

 

「1体なワケないか……!」

 

「おいおい……いったい何匹いるんだよ?」

 

「どうする? 逃げる?」

 

 上鳴と芦戸が弱気な発言をしていたが、それを砂藤が指を鳴らしながら鼻で笑った。

 

「冗談……12時までに施設に行かなきゃ、昼飯抜きだぜ?」

 

「なら……ココを突破して最短ルートで施設を目指すしかありませんわ!」

 

 八百万の指示で、クラスメイト達はやる気を立ち昇らせながら、森の中の魔獣を蹴散らそうと意気込んでいく。

 

「ちょっとストップっ!!!」

 

「切裂君っ!?」

 

「どした?」

 

「お前もトイレか?」

 

 だが、俺は両腕を広げて刃にしながら、クラスメイト達全員を止めた。峰田もモギモギを両手に掴んだまま、どうしたのかと俺を見上げる。

 

「ゴメン、ゴメンッ! みんなゴメンッッ!! 一回落ち着こうっ!! 状況を確認しよッ!!!?」

 

 俺の叫び声に、とりあえず森へと殴り込もうとしたクラスメイト達も足を止め、視線を俺へと集中させた。

 

「どうしたんだ?」

 

「早くしねえと、時間なくなっちまうぜ?」

 

 周りのウズウズしているクラスメイトを止めてでも、俺はこの魔獣の森を短時間で攻略すべく、頭を回す。

 

 

 

 正直に言って、ココから夕方まで戦いたくない。

 

 

 

 原作を知っている手前、こんな露骨な事をするのはあんまり好きじゃないのだが……コレは皆の幸せのためだ。

 そのまま俺は、先程からずっと冷静に状況を確認している爆豪へと話しかけた。

 

「爆豪くん……崖で見た時、施設までどれぐらいだったと思う?」

 

「……ざっと10kmだな……!」

 

「うん、俺もだいたい同じぐらい……」

 

「じゅッ、10キロぉっッ!!?」

 

 俺と爆豪の目測に、この中で1番体力の弱い葉隠が叫んだ。

 それに対して、一度フルカウルを解除した緑谷が、口元に手を当てて簡単に計算を始める。

 

「10kmを3時間以内に、って事だから……時速に置き換えれば、約3〜4km だね」

 

「時速3kmって……少し早歩きぐらいだよな?」

 

「なぁんだ、結構余裕じゃん!」

 

 切島の簡単な例えに、芦戸が気楽な声を上げて拳を突き上げる。

 

「おっしゃあっ!! みんなっ、俺についてこいッ!」

 

「待って上鳴くん」

 

 彼女に続いてテンション高くなった上鳴は、いきなりリーダーシップを発揮してクラスメイト達を呼び、森へと走り出そうとした彼の足を、俺は靴で引っ掛けて止める。

 

「ぶべべべべッ!!?」

 

 そのまま彼は前のめりに転がり、地表から出た木の根っこにぶつかって止まった。

 顔面泥だらけになった彼を見て、耳朗が大笑いしていた。

 

「ほかに止め方あんだろーッ!」

 

「黙れアホ面ッ! ナマクラが止めなきゃ俺が止めたわッッ!!」

 

 彼に一喝した爆豪は、俺と持ってるヤツと同じ腕時計のGPSを一緒に起動させる。なんで仲良く持っているのかと言えば、先週末の休みに東京の都心でセールやってたアウトドア用品展で、たまたま偶然居合わせたからだ。

 

 てか、東京行くからトガちゃんと会う約束してたのに、爆豪なんかと鉢合わせしたから密会を中止せざるを得なくなった。トガちゃん、俺の趣味に興味ないだろうから、買い物終わってから会う約束にしといて、本当に正解だった。

 

 で、爆豪とGPS時計の前で、お互いに狙っていた商品に対して絶対に引き下がりたくなかったので、ショーケースの前で5分ぐらいメンチ切り合ってから、色だけは別々にして買った。ソレが、俺のヒーローコスチュームにも着ける予定の、この腕時計である。

 

「えーと……だいぶ標高高い……酸素濃度はちょっと薄いし、ガスる(霧が発生する)可能性があるよ」

 

「それだけじゃねぇ……この辺りの今の時間帯の天気は曇りのハズだ…………荒れるな……!」

 

 時計のモニターに表示されている情報を爆豪と一緒に読み上げていると、峰田が空を指差して叫んだ。

 

「は、何言ってんだよ? 空はこんなに良い天気だぞ!?」

 

「山の天気はしょっちゅう変わんだよッ! 話に混ざんなクソブドウッ!!」

 

 峰田に叫んでから、爆豪は再び俺と顔を向き合わせる。ソレを見て峰田は歯をギリギリさせながら彼を指差していたが、緑谷と麗日が「まあまあ……」と宥めている。

 

「爆豪くんの言う通り。さっき山頂の方に雲が被ってたから……風向き次第で流れてくるかもしれない……いや、流れてくるね……!」

 

 風向まで表示してくれる時計を見ながら、俺と爆豪の繰り広げられる会話に、委員長2人が呆気に取られていた。

 

「2人共、大分詳しいな……!」

 

「そう言えば……おふたりとも、趣味はキャンプとハイキングでしたわね!」

 

「ハイキングじゃねぇ……『登山』だ……ッ!!」

 

 八百万のひと言に、爆豪は彼女に向かってグリンッと首を傾けて睨みつけた。たぶん彼には譲れないモノがあったのだろう。あんなチャチな道は歩かねえ、とまで言いそうな勢いだ。

 彼に睨まれた八百万が驚いている間に、飯田が唸り声の聞こえる一面の森を見渡した。

 

「とにかく、この魔獣の森……一筋縄じゃいかないという事か……!」

 

「うん。時間を削っても、しっかり準備すべきだと思う」

 

「ああッ、山は準備が8割。ナメたヤツは……『死』だ……!!」

 

 そこまで!? と言いたげなクラスメイト達の反応が見えたが、実際そうだからタチが悪い。

 もう少し本格的な話を爆豪として、作戦を徹底的に練りたかった。これ以上全員が聞いていても仕方ないので、俺は作戦を練るメンバーを限定させた。

 

「ゴメン、飯田くんと八百万ちゃんも話に参加して。ほかの人は警戒しながら準備運動しといて。今からクッソ大変なの始まるから。あと……誰か峰田くんを介抱してあげて……」

 

「いいって切裂……着替えなんてないし、出ちまったモンは仕方ねえ……」

 

 みんなから少し離れて、遠くを見ながら準備体操を始める峰田に、緑谷や口田など優しいクラスメイトが集まっていく。ひとまず向こうは大丈夫そうだ。

 奥からは相変わらず魔獣のギャーギャー言ってる声は聞こえるが、襲ってくる気配がないので、作戦を考える俺達は4人で森の前に固まった。

 

「植生は完全な天然樹林……手入れがされてるってワケでもないし、まともな獣道はあまり期待しない方がいいね」

 

「あぁ。それに上から見下ろした時、かなりの急勾配があった。移動型の個性がねぇヤツは、休憩を挟まねぇと間違いなくバテるぞ……!」

 

 獣道ばかり、進みやすい道へ進むと、目的地から間違いなく逸れる。それに坂道を避けるワケにはいかない。

 

「それでいて、さっきの魔獣も相手となると、スタミナの減りは半端じゃないと思う。飯田くんでも、3時間全力疾走なんて……できないでしょ?」

 

 俺の問いかけに、飯田はこれから進むべき道を眺めて呟く。

 

「あぁ……よく見れば道は凸凹で、俺のスピードは活かせない……むしろ、余計な負担になるだろう……」

 

 自分に不利な地形を認識したが、ソコで思考を止めてしまう委員長ではない。すぐに彼は自分の考えを提案する。

 

「となると……普段の授業と同じ様にチームを組むべきか!」

 

「 I ・アイランドの再現ですわね! それに……今度は20人いますわ!」

 

 飯田と八百万の2人が並ぶと、話の理解はとても早い。さっそくチームを考えようとした所で、爆豪が腕時計を睨みながら頭を引っ掻いた。

 

「クッソォ……あの猫ババア共……地図のひとつもよこしゃあしなかった……ッ!!」

 

 彼の言う通り地図が無い以上、GPSで座標を出しても意味がない。目的地は真っ直ぐとはいえ、10キロもあるから地形の確認として地図は欲しかった。

 

「俺と爆豪くんだけなら、今から1時間もあれば行けるけど……20人も個性的なヤツいたら、今から3時間はどう足掻いても無理だな…………全力出したら葉隠ちゃんとか、たぶん倒れちゃうし……全員が施設に辿り着ける布陣で……イヤ、でもあの先生の思い通りになるのムカつくしなぁ……!」

 

「ナマクラ、テメェとバカ共の前フリが長かったから、時間が足りねえのはわかってるッ。ココはもう、出せる最速を出すしかねえ……ッ!」

 

 爆豪も今からは間に合わないのは承知していたらしく、俺の意見に同調してくれた。

 となれば、話は早くて単純だ。俺は八百万に向かって手を出した。

 

「八百万ちゃん……悪いけど、『磁石』出せる? 磁石……ぁ、いやっ、ゴメンそっちの『U字』の方じゃなくて、方位磁石方位磁石っ、『コンパス』ッ!」

 

「あっ、す、すみません!」

 

 今のは俺の言い方が悪かった。彼女がヌケてるんじゃなくて、俺と爆豪の知識に追いつけず、マジで『U字』の方が必要なのかと思われたのだ。

 

「ちょっと施設の方向見てくる」

 

 そう言って俺は近場の木へと刃で駆け上がり、目的地の施設の方角を確認しようとする。その間に、爆豪が委員長2人と各チームの連携方法を提案している。

 

「チームは4名1組でいこう! 普段の授業で皆が1番慣れていると思うからな!」

 

「ああ。だが先頭は森を切り開いていけるヤツがいる。俺と、ナマクラと鳥頭と半分野郎だッ」

 

 そこまで言ったのが聞こえて、俺は登っていた木を滑り降りて、爆豪に声をかけた。

 

「爆豪くん。轟くんは今『水』作れる唯一の人だから、温存させよ? 八百万ちゃん『塩』って出せるよね?」

 

「は、はい!」

 

「チッ……じゃあ、黒目だ……ッ!」

 

 荷物や水分の類いは全てバスの中に置いてきてしまった。空身なのは良いが、長期戦にはしたくない。轟が炎と氷を併用して水が出せて、八百万が塩が出せるなら、たぶん渇きに苦しめられる事はないと思う。

 

「5個チームで1列に並んで進むが……さっき言った先頭の森を切り開くヤツは、最前列に1人。そのすぐ後ろに前衛となる1組を配置して、最後尾には切り開く組の残りが後方を警戒するッ」

 

「その間に、残りの組を配置しますのね!」

 

 つまり、前は5人で前方を、次に残り3個組で左右を、残り3人で後方を警戒しながら前進する布陣だ。

 

「となると……前方の露払いと、交代要員となる後方警戒は既に決まった。残り3個チームの編成を考えよう!」

 

 俺と爆豪の考えている事は単純。森をブッた切って、男塾名物『直進行軍』をする作戦だ。20人も人がいる以上、複雑な作戦は考えなかった。

 飯田と八百万の思考も合わさり、パワーとスピードのバランス。サポーターと連携のとりやすいクラスメイトなど、チームの編成は驚くほど簡単に決まっていった。

 

「ナマクラ、方角はッ?」

 

「待って……ラッキー♪ 真東!」

 

 俺が返事をしながら木から飛び降りて、爆豪は俺からコンパスを取ると、飯田へと手渡した。

 

「おしッ、前衛チームのひとつ後ろに、コンパス持ったチームをつけろ。先頭が大きくズレ始めたら、指示を出せッ」

 

「方向の修正だな! コレを持つ人にも、後で伝えておこう!」

 

 俺が話に混ざろうとした時には陣形も完成し、細かい事まで決まり始めていた。

 更に腕時計を動かして、俺は時速計と距離計の画面を表示させた。

 

「GPSで1km進むたびに、前方と、間の組の交代、2kmごとに休憩するから」

 

「待てナマクラッ。登りに入ったら、俺が休憩の判断する」

 

「よっしゃ任せた。八百万ちゃん、トランシーバー作って! 5個っ!」

 

「はい!」

 

 I・アイランド以来になる、彼女の創造したトランシーバーを受け取った俺は、皆と一緒に周波数を『84.92』で設定した。コレで全て準備は全て整った。

 

「日が暮れる前には絶対に決着つけよう!」

 

「ええ!」

 

「そうだな!」

 

「心配いらねえ……この計画なら夕方よりも前にはつくハズだ…………猫ババア共が更に変な事してこなけりゃなあッ!」

 

 トランシーバーを制服に引っ掛けた爆豪が、準備運動代わりに手の平で爆発を数回繰り返す。その間に俺は持っていたトランシーバーを、飯田へと渡した。

 

「ゴメン……俺と爆豪くんは前で動きっぱなしか、ずっと最後尾になるから……ここからの指揮は飯田くん、お願いっ!」

 

「わかった! みんな、聞いてくれっ!!」

 

 飯田が準備運動の終わっていたクラスメイト達を集めて、作戦と編成が説明されていく。さすがは委員長。彼の指揮の下、トランシーバーが各チームに配られて、認識の統一がサクッと終わった。

 

「よしっ……行くぞA組ィ!!!!!」

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おうっ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 飯田の指揮の下、最前列の爆豪の爆発が轟いて魔獣の森を文字通り直進する、A組の侵攻が始まった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

「あらっ!?」

 

「うっそッ!?」

 

 最後の森を俺がブッた切って抜けた時、マンダレイとピクシーボブの驚く声が聞こえた。

 2人の反応はある程度想像していたが、ド肝を抜かす様な結果ではなかった。

 

 

 

「何が3時間ですかーーーーッ!!!」

 

 

 

 瀬呂の叫ぶ通り、3時間は無理だった。4〜5時間ぐらいかかって、もうオヤツの時間だ。途中3回ぐらい霧に遭ったし、1回スコールにも遭ったし、崖は轟に無理言って彼の氷で移動したが、坂道は全員を頑張らせないとダメな所もあった。

 俺を含めてクラスメイト達全員、制服から何までボロボロである。できればジャージでやりたかったと思うのは、仕方がないだろう。

 まっ、空が青い内に来れただけでも、良しとするか。

 

「それ、私達ならって意味。悪いね♪」

 

「やっぱりーーーーッッ!!!!」

 

 マンダレイの軽いひと言に、芦戸が悲鳴みたいな声を荒げてしゃがみ込む。

 原作よりも早く来れた要因は色々あるが、コンパスで逐一方向を修正していたのが1番デカい。となると、コイツら原作で迷子になってたんじゃないか?

 

「実力差自慢のためか……やらしいな……っ!!」

 

「腹減ったーー! 死ぬーーーーッ!!」

 

 砂藤と切島が地面に座り込んで、愚痴を漏らす。それに対して、ピクシーボブの独特な笑い声が響いた。

 

「ねこねこねこねこ♪ ……でも本当はね、もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった!」

 

 口ではそう言っているが、半分ぐらい進んだ所から魔獣の量が増え始めたのを、俺達は実感している。地図すら渡していないのに、最短距離を真っ直ぐ進んできた俺達は、彼女もきっと予想外だったのだろう。

 

「いいよ君ら! 特に……」

 

 そう言って、ピクシーボブは足を女らしく交差しながら俺達の下へと歩み寄ってくると……俺、緑谷、飯田、轟、爆豪、峰田を指差す。

 

「そこ6人!! 躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」

 

 俺と峰田まで良い枠に入れた事に、4人と一緒になって呆気に取られていた俺達の前で、彼女は舌舐めずりをする。

 

「3年後が楽しみ!! 唾付けとこォ!!♪」

 

「うわっ!?」

 

「なにをっ!?」

 

「きたなっ!」

 

「何すんだコラッ!」

 

 文字通り唾を吐きつけ始めたピクシーボブの奇行に、俺達は堪らず逃げ散らす。三十路の唾を嬉しがるかどうかは、分かれるだろう。峰田だけは喜んで浴びにいってた。小便の上から汗と唾で、今日の彼は液体塗れだ。

 

「マンダレイ……あの人、あんなでしたっけ?」

 

「彼女、焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

 相澤先生も、彼女の暴走をマンダレイに尋ねている。あの人の美貌なら、まだ急がなくても良いようには見えるが、三十路を超えると色々大変なのだろう。

 一方でマンダレイは落ち着いているようにも見えるが……もしかして、諦めてるのだろうか? あの子が原因だとするなら、それでも諦めないでほしいが……

 

 あと残りの2人は……何考えてるか、よくわからん。

 

「あっ、適齢期と言えば───う゛っ!」

 

「……と言えばってェ?」

 

 再びピクシーボブの肉球グローブに頭を押さえつけられる緑谷。言い方よ……繋げ方に悪意がありすぎる。

 

「ずっ、ずっと気になっていたんですが……その子は、どなたのお子さんですか?」

 

 彼の指差す先には、小学校低学年ぐらいの子供がいた。目立たなかったが、最初の空き地で彼女達が自己紹介した時も、車の側に立っていた。なんでド平日に小学生がいるんだと思ったが、そういえば今は夏休みの時期か。

 

「あぁ、違う! この子は私のいとこの子供だよ」

 

 大きなトゲが2本角みたいに生えた赤い帽子を被り、爆豪みたいに睨みつける様な視線が特徴的な子供だった。

 

「洸汰、ほら挨拶しな。1週間、一緒に過ごすんだから」

 

 マンダレイに『洸汰』と呼ばれた少年へ、最初に歩み寄ったのは緑谷。しっかりしゃがんで彼と目線を合わせると、その手を差し出した。

 

「あ、えと。僕、ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 

 しかし、洸汰くんが返事の代わりに返したのは、彼の睾丸を狙って放たれた拳だった。

 

「きゅう!!?」

 

 その攻撃をモロに貰った緑谷は、その場にガクリと崩れ落ちた。

 

「緑谷君!! おのれ従甥!! なぜ緑谷君の陰嚢を!!!」

 

 地べたに丸まって悶絶している緑谷を抱き起こして心配しながら、さすがの飯田も洸汰くんに対して怒った。「おのれ」なんて単語、久しぶりに聞いたわ。

 そんな洸汰くんは飯田の怒声を気にせず、スタスタと施設の方へと歩きながら、目線だけ向けて睨んできた。

 

「ヒーローになりたいなんて連中と、つるむ気はねぇよ!」

 

「つるむ!? いくつだ君!?」

 

 飯田も驚く中、そのまま施設の中へと入って行った洸汰くんの背中を、ヘラヘラと笑いながら見ている爆豪。その後ろから、笑う爆豪の背中を更に見ている轟。

 

「マセガキ……」

 

「お前に似てねえか?」

 

「あァッ!!? 似てねえよッ!! つうかテメェ喋ってんじゃねえぞ、舐めプ野郎ッ!!!」

 

「悪い」

 

 カケラも悪いと思ってなさそうな轟の「悪い」は更に爆豪のカンに障ったらしいが、それを相澤先生が止める。

 

「茶番はいい、バスから荷物降ろせ。部屋に荷物を運んだらしばらく待機してろ。シャワーもあるから使っていいぞ。時間になったら食堂で夕食。その後、入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さぁ、早くしろ」

 

 相澤先生の説明に、芦戸を筆頭とする女子達が飛び上がった。

 

「やったーー! シャワーだぁ〜〜っ!」

 

「もーー汗ビショビショっ!」

 

「泥だらけになったし……髪の毛も……!」

 

「ゲロ……よかった。干からびちゃいそうだったの……!」

 

「みんなで入ろーーっ!♪ 洗いっこしようよー!」

 

「み、みんなで入りますの!?」

 

 女子達の会話に、野郎共の一部がドキリと体を震わせる。元気なのは良いが、疲れ切っている体に妄想は毒だろう。

 にしても彼女達の言う通り、シャワーは助かった。みんな汗だくの上から土と泥を被ったから、もう揚げる前のテンプラみたいな状態だ。

 

「峰田くん、早く行きな。汗とションベンで凄い事になってるでしょ?」

 

「ヤメろぉっ!! 言うなぁッ!!!」

 

 少しみんなに余裕ができたのは良かった。ココまでは悪くない結果だ。

 バスの側面に開かれた荷物扉から、峰田が荷物を抱え上げ、スタコラと我先に建物へと入っていくのを見送って、俺も荷物を探して寮に入ろうとした。そんな時だった。

 

 俺は信じられないモノを目撃した。

 

「ハァ、ハァ……私のバッグは……」

 

「あ、芦戸ちゃん!?」

 

「ふえ?」

 

 俺は、少し足元のおぼつかないまま荷物を探そうとしている芦戸の横顔を覗いて、驚いた。

 

 

 

 彼女のピンク色の肌の一部が、白っぽい肌色になって……黒目の片方が、白目に染まっていた。

 

 

 

 少し見惚れてしまった俺の後ろに、たまたま荷物を探していた切島が叫んだ。

 

「あッ! ヤベぇッ!! コレ脱水症状だ!!」

 

「えッ!? そうなの!!?」

 

 彼は見た事があったのだろう。そのひと言でクラスメイト達が軽くパニックになる。

 

「あら大変。あなた達でフロントのソファーまで運んで!」

 

「私が浮かす! 梅雨ちゃん!」

 

「ケロっ!」

 

「あぁ〜…………!」

 

 麗日が芦戸を無重力で仰向けに浮かせ、大きく揺れないように蛙吹と一緒に固定しながら施設へと走っていく。ピクシーボブは水分を持ってこようと、彼女達を誘導しながら一緒に施設の中へと入っていった。

 

「私達は芦戸さんや麗日さん達の荷物を運びましょう」

 

「うん!」

 

「そうだね!」

 

「おっしゃ! 俺達にも任せろ!」

 

 残りの女子と男子の一部がまとめて荷物を持ち、次々と施設へ入っていく中、俺は彼女を見送ったまま、まだ自分の荷物を探していた。

 

「無理させ過ぎたかな……」

 

「フンッ、限界超えてまで個性を使い続けた根性は、認めてやるか……ッ」

 

 俺と同じく冷静な爆豪が、隣でバスの中から荷物を引っ張り出そうとしている。

 体育祭で見た酸の細い蛇は、この林間合宿までの成長度が凄まじく、だいぶ大きくなっていた。だからこそ爆豪は森を切り開く役で、轟の代わりに彼女を指定したのだ。

 その内、酸で全身包み込めるのではないのかと思っていたが、まさか出し過ぎるとあんな弱点があるのは思ってもいなかった。

 直前まで普通に騒いでいたから、緊張が切れたと同時に負荷がかかってしまったのだろう。そんなに焦らなくても一時的な症状のハズだ。

 

「つか、ナマクラ……お前、登山はしねえんじゃなかったのか……ッ?」

 

「キャンプ地が山ん中だったら、俺だって少しは登るさ」

 

 そんな平穏な会話をしながら、ようやく自分の荷物を見つけた俺が、彼と仲良く施設へと入ろうとすると、唐突に横から声をかけられる。

 

「ねえ、そこ2人」

 

「はい?」

 

「あァ?」

 

 呼び止めてきたのは、なんとマンダレイだった。しかも爆豪とセットで止められた。

 

「君達でしょ。クラスのみんなをまとめてたの」

 

 俺と爆豪は咄嗟に目を合わせたが、面倒臭い表情をしている彼を察して、俺が代わりに彼女へと答えた。

 

「………うちのクラスでアウトドアやってたのは、俺と爆豪くんだけだったんで………知識総動員ですよ」

 

「ふーん……!」

 

 そう声を漏らしながらピクシーボブとは少し違う視線で、値踏みするように俺と爆豪を見るマンダレイ。後ろの尻尾がまたフリフリと動いていた。

 

「あなた達、仮免取ったらウチにいらっしゃい! 歓迎するわよっ」

 

「どうする爆豪くん?」

 

「興味ねえ」

 

 だと思った。そのまま爆豪は施設へと入って行ってしまったので、俺は彼女に改めて挨拶してから、彼の後を追うようにして、ようやく宿泊施設の入り口へと入った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 その後、中途半端すぎる時間に到着した俺達は、荷物を展開してから今日の森の反省会を、委員長2人の司会の下で開いた。その頃にはもう芦戸も復活しており、いつもの元気さを見て俺は安心した。

 その後、プッシーキャッツの2人から少し早めに夕飯を用意してもらった。

 全力で夕飯と米を掻き込み、その後には風呂。シャワーを浴びて間もないが、天然の露天風呂に入れるのだから、誰も面倒臭がる人はいなかった。

 

「まあまあ、メシとかはね───

 

「待てェェェェ峰田くんッッッ!!!」

 

 もう台詞を言わせる暇すら与えなかった。露天風呂の女湯を隔てる壁の前で仁王立ちする峰田に、俺はヘッドスライディングをかけて抱きついた。

 

「放せェェェェッ!!! オイラは今この瞬間のために生きてきたんだよぉォォォォッッっ!!!!!」

 

「ダメだ峰田くんッ!! ソコは聖域なんだッ!!!! サンクチュアリであり、ファンタジアなんだッっ!!!!」

 

「止めないでくれ切裂ィ!!! オイラのリトル峰田は楽園を求めているんだッっ!! 夢にまで見たエデンを目指してんだよォォォォォォッッっ!!!!!」

 

「うるさい! 俺だって見れんなら見たいッ!! でも幻想はその目で見た瞬間ッ、現実となってしまうッ!!! もう夢で妄想する世界ではなくなってしまうッ!!! そんな事はさせるかあァァーーーーっッッ!!!!!!」

 

 壁の前でドッタンバッタン騒ぎながら転がる俺と峰田に、野郎共の様々な視線が集中した。

 

「何言ってんだアイツら……」

 

「ふ、2人ともっ、反対側に聞こえちゃうよ!」

 

「覗き穴の時もやってたよなぁ? ハハハ……っ」

 

「峰田も懲りないヤツだなあ」

 

「俺らも止めるか?」

 

「いい……切裂が正しくストッパーになってるなら、大丈夫だろう」

 

「ケッ……!」

 

「やっぱ……アイツと峰田は仲が良いんだな」

 

「君達っ!! 入浴は静かにしないかっ!!!」

 

「五月蝿い……」

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 峰田の暴挙も無事収めた俺は、疲れを取った風呂から上がって、あくびをしながら1人で施設の廊下を歩く。もうそろそろ寝ようかと、Tシャツ短パンにサンダルの寝巻き姿で、最後にロビーの自販機を目指していた俺は、ソファーに座ってゲームをしている洸汰くんを偶然見つけた。

 

「お、洸汰くんじゃないかっ」

 

「っ! お前は……!」

 

 相変わらず、室内なのに棘付きの帽子を被ったその姿を見つけて、俺は警戒している彼へと迷いなく近寄る。

 

「俺、緑谷くんの友達の切裂 刃。よろしくね」

 

 緑谷と同じように腰を傾けて手を差し伸べた俺に対し、洸汰くんは彼にした事と全く同じパンチを俺の股間に打った。

 

 途端にゴンッ! と、おおよそ人の股間からは鳴るワケのない音が鳴った。

 

「ッ!!?」

 

 思わず目を丸めた洸汰くんが、硬化した俺の股間を殴って腫れた腕を押さえる。俺は彼の前でしゃがんだまま、指を左右に振る。

 

「チッ、チッ、甘いよ洸汰くんっ。世界は広いんだから……!」

 

「なっ、何だオマエっ!?」

 

 少し涙目で俺を睨みつける洸汰くんに、俺はそのままソファーに座る彼の隣に座った。

 

「何のゲームしてんの? 俺もソコソコ好きだよゲーム、雄英入ってからあんまやんなくなったけど」

 

「す、座んじゃねえっ!」

 

 と思ったら、彼は逃げるようにしてソファーから飛び降りると、俺に向かって指を差す。

 

「お前アイツだろっ! あのスケベなヤツと一緒にいたヤツだろっ!」

 

「お、峰田くん? 当たりだよ」

 

 もしかしなくても、俺と峰田が風呂場で取っ組み合っている時に、上から覗いていたのだろう。その歳で女湯覗ける位置にいたのに、男湯しか見ない精神ってどうなのかと思ったが、今はそんな事考えている場合じゃない。

 

「フンッ! やっぱりな……ヒーローになりたいヤツなんか、ロクな人間じゃない! みんな、女の胸ばっか見たがるヘンタイだっ!」

 

 ココで胸を選んでしまう辺り、彼も年相応の小学生である事を痛感される。マンダレイも大変だっただろう。

 ここまで手の焼けるタイプは初めてだが……俺はそんな彼の小さな両肩を手で掴んだ。

 

「何を言ってるんだ洸汰くん! 男の子は産まれてから死ぬまで……おっぱいが大好きな生き物なんだよ! 君だってそうだろっ!?」

 

「お前こそ、なに言ってやがんだぁっ!?!!」

 

 マンダレイに見つかったら叩かれそうだが、あいにくココには俺と洸汰くんしかいない。怒りと羞恥で真っ赤になっていた彼は、掴んでいた俺の両手を振り払う。

 

「放せヘンタイっ! ヒーローになりたいヤツと、つるむ気はねえっつったろ!」

 

 そのまま彼は、俺から走って逃げて行ってしまった。ココまで子供に嫌われたのも久しぶりだが……やはり彼の心を開くのは、緑谷しかいないのだろう。

 そんな事を考えている中、俺しかいなくなった施設内のロビーに、洸汰くんが走り去って行った廊下から今度は、俺とほぼ同じ寝巻き姿の緑谷が歩いてきた。

 

「切裂くん?」

 

「あぁ、緑谷くん」

 

 緑谷は俺を見てから、廊下の方に顔を向けた。たぶん、洸汰くんとすれ違ったのだろう。

 

「あの子って……やっぱり何かあったのかな……?」

 

「さぁ……聞くなら本人より、プッシーキャッツに聞いた方が早そうだけど……」

 

「じゃあ、話してあげよっか?」

 

「「えっ?」」

 

 俺と緑谷が息を揃えて、声のした方向を見ると、別の廊下からロビーへと歩いてきたマンダレイがいた。ただ、今の彼女の服装はヒーローコスチュームではなく、ノースリーブのタンクトップにハーフパンツと言った、運動選手の寝巻き姿みたいだった。顔の目元に描かれていた模様も無い。彼女のファンの野郎共や、峰田が見たら卒倒しそうである。

 

「洸汰くんは、ヒーローに否定的なんですね…………僕の周りは昔から、ヒーローになりたいって人ばかりで……あっ、僕も……で、あの歳の子がそんなふうなの、珍しいなって思って……」

 

「そうだね……当然世間じゃ、ヒーローをよく思わない人も沢山いるけど…………普通に育ってれば、あの子もヒーローに憧れたんじゃないかな……」

 

「普通……?」

 

 緑谷の至極当然な疑問に、彼女の話は続いた。

 

 洸汰の両親は2人ともプロヒーローだったらしいが、2年前の事件でヴィランから市民を守り、殉職したそうだ。

 

 ヒーローとしては、これ以上ないほどに立派な最期だし、いわゆる名誉ある死だっただろう。誰も2人を貶す人はいなかった。

 

 だが、物心ついたばかりの子供には、そんな事はわからない。親にとって子が世界の全てであるように、純粋な子供にとっては親が世界の全てだ。

 

 彼は『両親は自分を置いて逝ってしまった』と思っただろう。なのに世間は2人をヒーローとして、良い事、素晴らしい事と、褒め称え続けた。

 

 それが我慢ならなかったのだ。

 

 同じヒーローであるプッシーキャッツの人達の事も良く思ってないらしいが、他に身寄りもないから従ってる状態らしい。

 

 彼にとってヒーローは、理解できない気持ち悪い人種だった。それだけじゃなく、個性とこの超人社会……このクソみたいな世界を否定しようとしている。

 

 まるで、かつて有り得たかもしれないトガちゃん……いや『トガヒミコ』と同じように。

 

「ゴメンね。話聞いてくれて……」

 

「いえ……ありがとうございます……」

 

 俺と同じソファーに座ったマンダレイに、緑谷は素直に頭を下げたが、俺はもう少しだけ心配があったので、彼女に尋ねた。

 

「大丈夫なんですか? マンダレイさん……」

 

「まあね……あれから2年経つけども……今の時期が1番繊細だから……私も正直言って、ちょっと距離感掴めてないのよ……」

 

 結婚も経験できず、いきなり子供を引き取った立場である彼女の、当然の反応だった。

 俺だって同じ立場だったら、例え得意だったとしても、全く同じ事を言う自信がある。

 

「でもね……あの子もいつかきっと、変われると思ってるの……!」

 

 そう言うマンダレイの視線は、母性だったのだろうか。優しくも強くも感じた。

 

「両親と同じ様に、命を賭してあの子を守ってくれる、ヒーローとの出会いがあれば……!」

 

「命を賭す必要なんかありません……」

 

「え?」

 

「切裂くん?」

 

 俺の言葉に緑谷とマンダレイが少し驚いて、こちらを見た。

 

「俺達が命を懸けるのは……あんな子供達が笑って暮らせるための……明るくて優しい未来を創るためです……!」

 

 きっと、洸汰くんの両親も同じだったに違いない。

 

「っ!」

 

 マンダレイの視線も気にせず、俺は緑谷を見た。

 

 彼も俺を見て、そして頷いてくれた。

 

 その視線だけで、俺達は通じ合っていた。

 

「うん……っ!」

 

 彼を救うのは緑谷の役目だ。原作ではギリギリの戦いだったが、今回に備えてずっと特訓してきた。『エアフォース』の習得が主目標だったが、それに付随してフルカウルとスマッシュの限界も伸ばしてきたんだ。後は主人公の彼を信じよう。

 

 

 

 彼の戦いには参戦できない。

 

 

 

 俺には、ほかに達成すべき目標がある。

 

 

 

 それが最善であると、信じて。

 

 

 

 

 

 次回『林間合宿2日目』

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