合宿3日目。今日も昨日と同じく、やっているのは個性伸ばし訓練。高台から口田の出している大声が、そろそろ悲鳴みたいにも聞こえてきた。
「補習組、動き止まってるぞ!」
「ああっ、ウッスっ!」
「す、すいません……ちょっと眠くて……」
フラつきながら訓練を行う切島と芦戸の眠たそうな声に、捕縛布で矯正した相澤先生の指導が飛んでいた。
「だから言ったろ、キツいって。個性の強化だけじゃない。何より期末で露呈した立ち回りの脆弱さ……お前らがなぜ他のクラスメイト達よりも疲れているか、その意味をしっかり考えて動け」
そのまま先生は訓練してる俺達に歩き回りながら、更に話を続けた。後ろでラグドールが、クスクス笑っているのも気にしないで。
「気を抜くなよ、みんなもダラダラやるな。何をするにも『原点』を常に意識しとけ。向上ってのは、そういうモンだ。何のために汗かいて、何のためにこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ!」
通りかかった相澤先生の言葉を俺は復唱する。
「原点……!」
俺の原点は、ただひとつ。
───人間じゃない子、産んじゃった……って───
───彼女を助けろ…………彼女のヒーローになるんだ───
───例えトガちゃんがヴィランになったとしても、俺はずっと君の味方でいるよ……!
───ヤイバくんはもう、私のヒーローなんですから……!
彼女のための、明るくて優しい世界を作る。
彼女のカァイイ笑顔のためなら、俺は無限に頑張れた。
雄英を目指した時の、あの気合いを更に振り絞れ。
Plus Ultraだ。
「………………」
目の前で、腕や手の平から伸ばした刃を構えた鎌切が、俺を見て疑問を浮かべていた。
「切裂……どうしたんだぜ?」
「どうした切裂。何休んで…………なんだ、その顔は?」
相澤先生に顔を見られ、俺は誤魔化す。
「ぃ、いいえ…………なんでもありません! 鎌切くん、来いィッ!!!」
涙も出てないのに顔を腕で拭って鼻をすすった俺は、そこから両腕を刃にして彼と鎬を削る。
そんな中、八百万と砂藤が訓練しているすぐそばに停まっていた、トラックの荷台に座っているピクシーボブが声を上げた。
「ねこねこねこ♪ それよりみんな! 今日の晩はね……クラス対抗、肝試しを決行するよ! しっかり訓練した後には、しっかり楽しいことがある!! The アメとムチー!!!」
疲れながらも盛り上がりを見せるクラスメイト達の中、耳朗が怖がっているのが見えた。俺達のためにわざわざレクリエーションみたいな事も用意してくれるのは、俺達に個性伸ばし訓練をマンネリ化させないためなのだろう。まあ、寝たいと言うのが本当の欲望なのだが……
そう言えば、彼女達は山岳救助を主な仕事とするプロヒーローだが、非番の時は自然保護活動やキャンプ場とかの管理もしているらしい。
学校の授業じゃなければ……事件も起こらなければ、もう少し彼女達との時間を楽しんでみたかった。
「というワケで! 今は全力で励むのだーーー!」
「「「「「「「「「「イエッサー!!!」」」」」」」」」」
ピクシーボブのテンションの高い声に、そろそろ地獄絵図にも慣れてきた俺達の元気な声が山の中に響いた。
・・・♡・・・♡・・・
そうして、日中の過酷な訓練が終わった夕食の時間。俺達A組とB組は昨日と同じように、屋外キャンプ場で分担して夕食を作り始める。
「ねえ、肉じゃがのハズなのに、なんで肉がないの?」
手の平から伸ばした2本の刃を火挟の代わりにし、火の着いた薪を動かして鍋の火力を調節しながら、苛立ちの声を上げる俺にクラスメイトの一部が固まった。
「ああ……それがちょっと色々あってな……」
「お前と峰田、途中で寝ちまったもんな……」
クラスメイト達の男子が今日の肉じゃがの肉を、牛肉か豚肉か決めるのでA組B組対抗の腕相撲大会し始めたのは覚えていたが、俺は風呂終わった時点でもう眠たかった。峰田に至ってはもう完全に電池切れになっており、盛り上がっている彼等に踏み潰されないように抱えていたら、そのまま俺も寝落ちてしまったのだ。
おかげで、新しいグループメッセージの記念すべき1枚目の写真は、俺に抱かれた峰田が仲良くヨダレ垂らして寝転がってる写真だった。しかも、今朝は峰田の頭にくっついた状態で目が覚めた。すぐに取れたが。
「あのあと、勝負決まんなくてさっ! 枕投げ大会で決着つけようぜって話になったんだよ!」
「で、またやかましくしてブラドキング先生と相澤先生に怒られたってオチ」
「肉はその時、無慈悲に没収された」
鉄哲と切島、常闇が俺達の寝ている間に起こった事を話している向こうでは、テーブルでまた障子に抱えられながら野菜を切っていた峰田が、切島に向かって叫んだ。
「てかっ、切島消してくれよあの写真っ! ハズかしいんだよっ!」
「ケロっ、カワイイじゃない。残しておきましょ」
今日も今日で仲良くガヤガヤしながら、料理をしているクラスメイト達を眺めていると、ちょうど隣で緑谷が火を起こそうとしていた。
「緑谷くん、洸汰くんの様子どうだった?」
「え? ……見てたんだね、切裂くん……」
察しの良い彼は、俺が洸汰の後を追っていたのだと勘違いした。実際は追ってすらいないのだが、話の内容も知っているから、そういう事にしておいた。
「うん…………俺はさ、個性も好きだし、親も健在だからさ……あの子にできる事って言ったら、そばに寄って笑わせようとする事しかできないから……」
「切裂くん……」
「でも、まあ……ほっとけないの、わかるよ」
俺と並んでしゃがみながら話をしていると、そこに鍋を持った轟が近寄ってきた。
「何の話だ?」
「「轟くん……」」
彼は緑谷を見ながら、材料の入った肉じゃがの鍋を、俺の火の調節をしていた竈門の上に置く。
「オールマイトの事、相澤先生に聞いてたろ」
「ああ、うん、えっと……洸汰くんの事で……」
「洸汰? あの子供がどうした?」
「えーと……かくかくしかじか……」
俺は轟に、洸汰くんの事を軽く説明した。両親の事と、この世界を嫌いになろうとしている事を。
「そうか……ヴィランに親をか…………だったら尚更、素性もわかんねえ通りすがりに、正論叩かれても、煩わしいだけだろ」
そう言いながら、轟は緑谷が木を組んでいた竈門に並び、彼に代わって左手で優しく火をつける。
「大事なのは、何をした、何をしてる人間に言われるか……だ。言葉単体だけで動くようなら、それだけの重さだったってだけで、言葉には常に行動が伴う……と思う」
「そっか……そうだよね……轟くんの言うとおりだ……」
少しだけ、彼に元気づけられた緑谷が、竈門の前から立ち上がって表情を和らげる。
「俺は……母さんが入院した時、親父を憎む以上に、寂しかった……」
「轟くん……!」
「ほっとけないって気持ちはわかる。マンダレイにできないなら、俺達で寄り添ってやるのも、ひとつの手段だとは……思う」
彼が雄英で自分の居場所を見つけたみたいに、洸汰くんにも自分達の中に関係性を持たせようというのは、良い考えに思えた。少なくとも、あの小さな背中を1人にさせるのは、後ろから見ていても不安で仕方がなかった。
「確かに……あのまま1人にさせるのは、良い兆候じゃないよね……」
だからこそ、彼には洸汰くんを救ってほしい。
「うん……今日は肝試しあるから、すぐはいけないけど……帰りにまた顔出してみるよ……!」
「……そうだね」
いつも通りの口調で話す緑谷に、俺は竈門の火を調節しながら、そんな言葉を返す事しかできなかった。
・・・♡・・・♡・・・
日も暮れて、夕食の肉無しじゃがも爆速でガッついて、今日は風呂も手短に終わらせた俺達A組とB組は、施設から離れた外の広場へと集まっていた。
「さて、腹も膨れた! 皿も洗った! お次は〜〜っ!!?」
ピクシーボブの呼びかけに、芦戸を筆頭にして補習組が一斉に叫ぶ。
「肝を試す時間だー!」
「「「「試すぜー!」」」」
「その前に……!!! 大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と授業だ」
そして、そんな5人を相澤先生が一蹴した。
「ぅぅウぅッソぉッだぁッろぉォォォォッッッ!!?!?」
目ん玉を飛び出さんばかりの形相で相澤先生を見ていた芦戸が、彼の捕縛布で残り4人と一緒に絡め取られた。
「すまんな、日中の訓練が思ったより疎かになってたので、こっちを削る」
「ウワーーッ! カンベンしてくれーーーッ!!」
「「「試させてくれーーーーッ!!!」」」
「わ゛ーーーんッっ、助けてヤイバぁーーーーーッ!!!」
そのまま相澤先生に施設へと引きずられながら、マジ泣きで俺に向かって手を伸ばす芦戸に、優しく手を振って彼女を見送った。
クラスメイト達も、先生に引きずられていく彼らを見届けている内に、ピクシーボブから肝試しのルールが説明された。
肝試しのルートは施設から少し離れた広場をスタートに、ぐるっと道を1周回るコースで、同じ道は使わない。
最初B組が仕掛け人。A組は2人1組で3分置きに出発。ルートの丁度真ん中にラグドールが待っていて、机に名前の書いたお札があるから、ソレ持って帰って来ること。
脅かす側は直接接触禁止で、個性フル活用して脅かし、より多くの人間を失禁させたクラスが勝利だそうだ。
コースと距離を聞いてから、俺はピクシーボブの持っていたクジを引いた。
クジの結果は、こうなった。
1番 障子 & 常闇
2番 轟 & 爆豪
3番 耳朗 & 葉隠
4番 八百万 & 切裂
5番 麗日 & 蛙吹
6番 尾白 & 峰田
7番 飯田 & 口田
8番 緑谷
「……え?」
緑谷が自分の引いたクジを見つめながら、何度も周りの人数を確認している。
仕方がない緑谷。20人で5人補習だから、どうしても1人余るんだ。
「オイ尻尾ぉッ、代われ……ッ!!」
その後ろでは、尾白の肩をガシリと掴んだ爆豪が、純粋に彼を脅している。轟のペアが嫌だそうだ。子供か。
「切裂ィィィ……ッ!」
そして俺にも……まだ肝試しが始まっていないどころか脅かす側でもないのに、峰田が亡霊みたいな顔をして俺に迫り寄ってくる。
「ペアを換わってくれよォォォ……ッ!!!」
「峰田くん、離れて」
少し哀れに思えたけど、頷くワケにはいかない。八百万が逃げていた。
「さてと……」
常闇の呟いている『闇の饗宴』カウンターが10を超えた頃、峰田を軽くいなした俺は迷いのない足取りで、あるペアに相談しにいく。
「耳朗ちゃん、葉隠ちゃん」
「ん、切裂……?」
「どうしたの……?」
2人とも怖いのが好きではないのだろう、俺に呼ばれた返事も、ちょっとテンションが低い。特に耳朗は昼間から嫌がっていたから、更に元気がなかった。
それでも、俺は彼女達に提案する。
「悪いんだけど…………順番代わってくれない?」
・・・♡・・・♡・・・
肝試し開始から6分後。
「それじゃあ3組目、スパスパキティ! 八百万キティ! ゴーーっ!!」
ピクシーボブの号令で、俺は八百万を連れて少し早歩きで、真夜中の森の道を進み出した。
歩き出してからすぐに彼女は俺に質問する。
「どうして3番にしましたの?」
「先に悲鳴が聞こえたら、面白くないから」
俺はスッパリと答えて、左右と上を警戒する。森はどちらも深いし、上は木々に遮られて夜空が隙間程度しか見えなかった。
「………………」
俺の返事に「そんな理由で?」とでも言いたそうな顔で見ている八百万。期末試験前は彼女に勉強会へと誘われたが、普段はこちらから話しかけた事はあんまりない。たぶん、峰田と同類だと思ってるかも。
「八百万ちゃんの個性って、本当になんでも作れるの?」
「え、ええ……」
逆に彼女と話したい事と言えば、条件はあれど反則的なその個性だろう。この先、八百万にはお世話になりそうな気もしたし。
「食べ物は?」
「ソレ、みなさんからよく聞かれるのですが……食べた脂質分をそのままお出しする事になるので、あんまり得意ではございません……それに、その創造した食べ物が美味しいとも限りません」
「え? なんで?」
「有機化合物はとても複雑で、香りや味が複雑に混じり合う事になりますので……分子の構造が決まっている無機物と違って、人の手による無作為性で作られた料理を完全に再現する事が、そもそも不可能───
「愛情が必要なのか」
「いえ、そういうワケでは……いや、そうかも……」
コレ以上聞いても、俺の理解する範囲を超えそうだったので、話を変えた。一定の形が決まっていない料理を作るのは困難で、作れるのは塩や調味料程度が限界なのだろう。
なら、こっちはどうなのかと、俺は別の話を始める。
「水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、あと少量の15の元素……」
「……?」
「あれ、八百万ちゃんなら知ってると思ったけど、盲点だった?」
俺は歩きながら彼女に振り返って、答えを教える。
「人間の体を構成する元素だよ」
俺がそう言った瞬間、八百万は夜でもわかるぐらい、自身の目を釣り上がらせた。
「お、お言葉ですがッ、生物を創造する事はできませんわっ」
「別に人間丸々作れなんて言ってないよ。でも……怪我ぐらいなら修復できるんじゃない?」
さすがに、生命の冒涜は彼女だって嫌に決まってるだろう。しかし、使い方や考え方を変えれば、人を救う事だってできる。
全ての個性が、そうやって人を助け合う世界にしたいのだから。
俺の言い分に彼女は目を丸くして、口元を押さえた。
「な、なるほど……!」
「個性とは可能性だよ。八百万ちゃんの個性は単純かつ強力だ。最初からコレは無理って思っちゃ、もったいないよ」
創造できる彼女に「勿体無い」なんて、かける言葉を間違えたかもしれなかったが、八百万は俺の後ろを歩き続けながら、ゆっくりと言葉を口にする。
「個性とは可能性……学校でも何人かの方からお聞きしましたが……切裂さんの言葉だったんですね」
「うん。強くなるには……自分の個性を信じるのが1番だと思ってたからね……」
彼女は「自分の個性を信じる……」と呟いたが、更に俺へ話を続けてきた。
「でも、どうしてそこまで個性に着目したのですか?」
「それは……」
この世界がバッドエンドにならないようにするため。みんなの最悪の未来を避け、最善を尽くすため。とは言えない。
不意に脳裏から、トガちゃんの姿が想像された。
個性で苦しんでいたあの子を、あの子の個性を受け入れてくれる世界を作るため。
「……せっかくの個性なんだから、みんなのためになる使い方を考えた方が、良いと思うから……」
俺の言葉に、彼女は納得してくれた。
「みんなのために…………確かに、ヴィランと戦う事を考えなければ、それが1番良いのかもしれませんね……」
「うん……」
それだけ話して、俺と八百万は薄暗いコースを足早に移動する。
B組には悪かったが、彼等の脅かしを無視して進んでいくと、俺の視界の先にお札が並べられた白のテーブルが見えた。つまりココが中間地点だ。
「ラグドールさん?」
「変ですわね……いませんわ」
しかし、ピクシーボブの説明で聞いていた、中間地点にいるハズのラグドールの姿は、どこにもなかった。
嫌な予感が駆け巡り、俺は彼女を呼びながら早足でテーブルへと近寄る。
「ラグドールさんッ!? ラグドールッ!!」
「ばぁッ!」
テーブルの前まで近寄り、強めの声で叫ぶ俺の目の前で、草むらの奥から彼女が飛び出した。特徴的な四白眼は夜道でもよくわかった。
「わッ!」
「きゃあっ!!」
肝試しが始まって、ようやく素の叫び声を上げた俺と、可愛らしい悲鳴を上げた八百万を見て、ラグドールは満足そうに笑う。
「アハハハハッ! おつかれ〜、キミ達けっこー早いね〜。前のペアに追いついちゃうよ?」
蝋燭の立った長机の前で、猫の手のグローブをパンパン叩くラグドールを見て、八百万は大きく呆れたため息を吐いて、俺は大きく安堵の息を吐いた。
そのまま俺と八百万は、ピクシーボブに言われていた通り、上機嫌なラグドールの目の前にあるテーブルの上に並んだ、自分の名前の付いたお札を取った。
「残り半分、がんばってね〜♪」
「いきましょう切裂さん」
俺はお札を無造作にズボンのポケットに押し込むと、元気の良い声で八百万が先へと歩こうとしている。俺の後ろではラグドールが元気そうに手を振る。
ここまでは滞りなく動けた。爆豪と轟が通過しているのだから、タイミング的にはココが最適解のハズだ。
俺は覚悟を決めて、足を止めた。
「……ラグドールさんの個性って、暗闇でも居場所が認識できるんですか?」
いきなり話題を振られた事に、ラグドールは振っていた手を止めると、今度は自信満々に胸を張って答え始めた。
「え? もちろんっ! 地面の中でも、物陰に隠れても、あちきには丸見えよっ!」
目をパチパチさせながら、まだ楽しそうにしているラグドールに俺は振り返ると、恐る恐ると言った具合で、彼女にお願いした。
「じゃあ、今やってもらえますか?」
「え?」
「き、切裂さん?」
いきなり俺が雑談を始めた事で、道を進もうとする足を止めた八百万のみならず、ラグドールまで動きをピタリと止めて困惑を始める。
それに構わず、俺は更に話を続けた。
「さっきB組に混じって『本物』がいたような気がしたんで……ずっと気になってるんですよ。ラグドールさんなら、見えるかもと思って……」
俺のいい加減に固めてた理由に、彼女はおちゃらけたポーズのまま目をぱちくりさせると、今度はさっきよりも大きな声で笑い始めた。
「アハハハっ!! キミって意外と面白いね! でもザンネン。あちきの『サーチ』は、1度本人そのものを見ないとストックできないのよ」
「へー」
アレ、そんな都合の悪い個性だっただろうか? と考えたが、後々になって向こうのボスは個性を複合できるのを思い出した。彼女の個性は『材料』でしかなかったという事か。
「どれどれ〜、怖がりなキミのために見てあげようか! う〜〜ん……」
それでも、彼女は俺の話に乗ってくれたのだろうか、個性を発動して頭に手を当てて周りを眺め始めた。俺の隣に八百万が歩いて戻ってくる。
「切裂さん……幽霊とか、信じてますの?」
「うん」
余談になるが、コレは本当だった。こんな『個性』なんてもののある世界なんだから、霊的な個性を持っている人だっているだろうし、たったら幽霊がいてもおかしくないと俺は思っていた。
でも、そんな話は重要じゃない。
「アレ……?」
森の中を見渡していたラグドールが、ポツリと呟いた。
「B組の子が19人しかいない……?」
「え……そ、そんな……!?」
八百万は驚いていたが、俺は冷静に分析している。1人足りないのは、芦戸達と同じ補習の物間だろう。
「ソレは補習の人だと思っ───ッ!!!」
原因を喋ろうとした俺は、ラグドールの背後から忍び寄ってきた存在に気がつき、テーブル越しに彼女の腕を引いて俺の元へと引っ張った。
「えッ!?」
「キャっ!?」
直後、彼女の脳天を狙った巨大な拳が空振りを起こし、長机が破壊された。
「「キャアァァァァッッ!!?!!」」
「グッ……っ!!」
亀裂が広がり、地盤が盛り上がる程の風圧を受けながらも、引っ張ったラグドールの体を抱き留めた俺は、無慈悲な暴力を振るった影から八百万と一緒に大きく距離を取った。
砂煙が晴れ、夜空の光が差し込むソコには、3メートルを超える筋骨隆々の体格に緑色の肌。顔には近未来的なデザインのバイザーと、猿轡を付けた脳味噌丸出しの化け物。
「あ、アレは……ッ!」
八百万も人づてとテレビでしか、ハッキリと見た事なかっただろうが、すぐに理解していた。
雄英やプロヒーローを達を散々脅かした、脳無に他ならなかった。
「えッ、えっ、何っ、ナニっ!!?」
「ヴィランですッ!」
突然の俺の行動にも、脳無の存在も知らなかっただろうラグドールは、パニックを起こしたまま俺の腕を掴んでいた。
「八百万ッ!!!」
「切さ───ッ!!?
俺は抱きつかれていたラグドールを八百万に押しつけ、すぐさま脳無に飛びかかるなり両腕を変化させた刃で斬撃を叩き込む。
「ぐッッ!!?!」
だが、その刃は脳無の体に深々と突き刺さる事なく、金属の音を響かせて弾かれた。
この感触、忘れるワケない。
『斬撃吸収』だ。
保須に現れた脳無と同じ、よりにもよって最悪の個性だ。
弾かれた反動で空中でバランスを崩した俺は、脳無の裏拳を体に喰らって、木を数本巻き込んで叩きつけられた。
「ガハぁッッ!!!」
「切裂さんッ!!!」
「切裂君ッ!!!」
2人の悲鳴が重なる中、すぐさま頭を振って俺が跳ね起きた先の視界には、俺を弾き飛ばした脳無の背中から6本の腕が生えた。
「っ!?」
「ッ!」
2人は飛び退いて下がろうとしたが、脳無は猿轡を付けままの口で何かを叫びながら、八百万の髪の毛を掴むと馬鹿力で彼女の体を空中へと放り投げた。
「キャアァァァァッ!!!」
「八百万ッ! くッ!!」
俺は木を蹴り付けて飛び上がり、彼女の体を受け止めながら、刃に変化した足から斬撃波を放ち、ラグドールに伸ばしていた脳無の手を地面に叩き伏せた。
しかし斬撃波でも脳無の手を切断する事はできず、脳無は軽くバランスを崩して膝をつきながら、残った腕を握り締め、奇声を上げながらラグドールの背に向けて振りかぶる。
「あぁ!」
「クぅッ!!!」
そのまま着地と同時に八百万を解放し、ラグドールに背中から飛びついて、脳無の拳を背後から受けながら地面を転がった。
「キャアァァッ!!」
「ぐうゥゥッ!!」
そのまま道端の木にぶつかって転倒は止まり、俺は彼女を起こしながら立ち上がる。
「立ってッ! 立ってラグドールさんッ!!」
「あ、あなた……ッ!」
脳無は1人で孤立していた八百万を無視し、俺とラグドールの方へと走って来ようとしていた。
「ラグドールさんばっか狙ってる!」
「あっ、わぁッ、私ッ!?」
言葉遣いにも余裕がなくなっていたのだろう。標準語で驚いた彼女を後ろに下がらせ、俺は脳無に向かって走った。
「ダメッ! 切裂さんッ!!」
八百万は止めようとしたが、俺は真っ直ぐ走ってくる脳無が8本の腕を広げて襲いかかってきたのと同時に、俺は脳無のど真ん中目掛けて突進し、伸縮に使った足の刃を生身に戻し、そのまま腕を回避してドロップキックを脳裏の腹に叩き込んだ。
「ラ゛アッ!!!!!」
膝も伸ばして蹴り込んだ脳裏の体が浮き上がり、森の中へと木々を巻き込んで派手な地鳴りを立てながら、茂みの奥へと吹き飛ばされた。
「す……スゴい……!」
驚いていた八百万だが、アレで倒れたとは微塵も思っていない俺は、すぐさま立ち上がってラグドールと彼女を引き連れ、肝試しの道を逆走した。
「逃げるよッ!!!!」
「はいッ!!!」
「う、うんッ!!!」
とにかく一旦安全な場所に移動しようと、俺達3人が同時に駆けようとして、夜空を見上げた八百万が異変に気づいた。
「マズいですわ切裂さんっ! 山火事が……!」
「それに変な煙まで登ってる!?」
八百万だけでなく、帰りの進行方向を確認していたラグドールがいきなりブレーキをかけて、グローブの手で指を差す。
森の木々越しに見える空には、星よりも明るく光る青白い火の粉が舞い上がっており、俺達の戻ろうとした進行方向先の道にはうっすらとだが、紫色のガスが漂っていた。
ソコまで確認していると、いきなり体にビクリと震えが走った。
だが、俺はこの感覚を知っている。マンダレイのテレパスが入った信号だ。
『みんなッ、ヴィラン2名襲来! 他にも複数いる可能性あり! 動ける者は直ちに施設へ! 会敵しても決して交戦せず撤退をッ!』
「マンダレイさん……って事は、広場にもヴィランが……ッ!?」
「ピクシーボブ、虎……!」
「ラグドールさんッ! 俺達以外の生徒が今どこにいるか、わか───
ラグドールに指示を出そうとしていたら、いきなり掴み上げられた俺の体が空中へ無造作に浮き上がり、更に真横から火花が散る程の重たい金属音と衝撃を受けて、俺は木々を薙ぎ倒して転がった。
「がハァァァァァッ!!!!?!」
「切裂さんッ!!?」
「切裂くんッ!!!」
いつの間にか起き上がって追いついて来た脳無が俺を掴み上げ、腕を変化させたハンマーで殴り飛ばしたのだ。
更に脳無は残り7本の手をグニャグニャと粘土の様に変形させると、その肉の隙間からドリルやら、チェーンソーやら凶器と言う名の凶器を生やして見せた。
「ヒ……ッ!」
「ヒィ……!」
あまりにも凶悪な外見と凶器を構えた脳無の前に、2人が恐怖を覚えて声を漏らした。
俺は立ち上がり、頭から流血しているのだけを確認すると、気にも留めずに彼女達と脳無の間目掛けて駆け出す。
そして、全ての凶器を八百万に向かって振り下ろそうとした脳無の腕を、俺は両腕の刃で全て受け止める。
「切裂さんッ!!?!」
「ぐうぅゥゥゥゥッ!!! 下がれ八百───
喋ろうとした時にはもう、俺を押さえつけていた脳無の腕が2つ、ドリルとチェーンソーの腕が俺の体を抉るように押し付けられた。
「あ゛あぁ゛ア゛ァ゛アァ゛ァァァァッッ!!?!!!?!」
「キャあァァァァッ!!!!」
「嫌ァァァァッッ!!!」
振動と鈍い痛み。そして上半身から、切島と戦っている時みたいな火花が散った。
硬化していたのだが、Tシャツを破いて俺の体を削ってきた脳無の凶行に、女子2人が火花に目を逸らしながら悲鳴を上げる。
「オラ゛ァァッ!!!!」
それでも俺は硬化した膝で押し当てられていた脳無のドリルを弾き、片腕の刃を流動させると同時にチェーンソーを払い、懐に入り込むようにして残りの凶器の振り下ろしを逸らすと、鳩尾に拳で正拳突きを叩き込み、反動で前屈みになった脳無の顎へ足の刃で飛び上がりながらアッパーカットを叩き込んだ。
猿轡がビシビシと噛み締められてヒビの入る音を立てながら、脳無は真後ろに体を反らせて浮き上がり、頭から地鳴りを上げて倒れ込んだ。
「ハァ、ハァ……ッ!! 八百万ッ!!! ラグドールさん連れて施設まで逃げろッ!!」
俺は息を吸い込みながら、脳無から視線を離さず彼女の近くまで飛び退いた。破れたシャツから鮮血が滲み出し、ズボンや足を伝って地面へと垂れた。少しモロに喰らったかもしれない。
「き、切裂さんッ! でも、そんなッ!」
「ダメっ! あなただけ置いてなんて行けないッ!!!」
俺の言い分に女だからと言って、ヒーローを志す八百万も、ましてやプロヒーローであるラグドールも賛成してくれるなんて思ってない。それでも俺は声を荒げて彼女を説得させる。
「逃げたいのはヤマヤマだけれども……アレから逃げれると思うかッ!!?」
「うぅ……ッ!!!」
地面に倒れた脳無は、もう足を動かして立ち上がろうとするが、腕を武器に変化させたせいでバタバタと上手く立ち上がれていない。頭だけは悪いのが救いか。
今までで2番目に厄介な『斬撃吸収』に、8本の腕と自由自在な凶器への変形。USJの脳無よりはパワーもスピードも低いが、素の身体能力は保須の黒いタイプの脳無と同等だろう。状況から考えれば、今までで1番強い脳無になるかもしれない。
森林内は火事とガス、広場はヴィランの襲撃、緑谷も洸汰くんの所に向かうだろう。応援を呼んでいる余裕はどこにもない。八百万もラグドールもサポート型の個性であり、戦闘では絶対に敵わないし、走ってもすぐ追いつかれる。
俺が囮になるのが、ラグドールを逃すための最も最善の策だった。
「で、でも……ッ!!」
「ラグドールさん、生徒を回収しながら施設へ戻ってください! アンタにしかできないッ!」
そうこう言い争いながら俺達3人が引き下がっていると、一度武器を納めてから8本の素手で立ち上がった脳無が、再び武器を伸ばして振り回しながら、奇声を上げて俺達に駆けてきた。
「ま、また……っ!!!」
「クッ!!!」
俺が再び両腕を刃にして、数発の本気の斬撃波を放つも、周りの木々は切断されたが肝心の脳無は衝撃で少し足を止めただけ。傷を与えるだけで、大したダメージも与えられていない。
そのまま脳無が全ての腕を広げて武器を振りかぶったので、俺が刃と体で受け止めようとした時、後ろから八百万が大きな敷物みたいな布を創造し、脳無を包み込ませた。
「なっ、八百万ッ!?」
「させませんわッ!」
大きな布を脳無はすぐに武器と化した腕で振り払おうとしたその瞬間、布に触れた丸ノコと数本のチェーンソーが歪な音を立てて絡まり、脳無に覆い被さったまま動かなくなった。
「っ!?」
「ドレス用のレース生地ですわッ!」
淑女の八百万だからこそ出た発想だろう。網目状の生地は、細かな刃のチェンソーに絡まって離れなくなっていた。
「走れぇッ!!!」
俺の号令で、八百万とラグドールは同時に来た道を走り始める。最後尾の俺が振り返って後ろを確認すると、脳無は筋肉で無理矢理腕同士を引き剥がす事に成功したものの、チェーンソーに絡まった生地を剥がそうと空いた手を使って自棄を起こし、俺達を無視して闇雲に破っている。
「待ってっ! このガス……吸っちゃダメッ!!!」
漂っていたガスが段々と濃くなり、前方のラグドールが鼻を押さえて俺達に警告すると、八百万は準備していたのだろう。すぐさま体からガスマスクを人数分想像した。
「こちらをっ!」
「ありがとう!」
「ああっ!」
彼女に渡されたガスマスクを装着した俺は、一度冷静になって状況を分析する。
俺の八百万の組より先に肝試しへスタートしてるのは……障子と常闇の組と、轟と爆豪の組。今頃向こうはガスで退路を絶たれて、爆豪と轟が『ムーンフィッシュ』と遭遇している頃だろう。さっきまで遠くから地鳴りも何回か聞こえたから、常闇のダークシャドウが暴走して、障子が息を潜めているハズだ。ここまでは史実と変わりない順番だったから、必ず起こっている事だろう。
逆に順番を変えてしまった後ろは、耳朗と葉隠のペアと麗日と蛙吹のペアがスタートしているハズだ。尾白、峰田、口田、飯田はマンダレイの指示で広場から施設へと移動し、緑谷は洸汰くんの所に向かったハズだ。麗日と蛙吹の順番は史実と同じとして、変えた耳朗と葉隠が今どうなっているのか、知りたかった。
「ハァ、ハァ……! ラグドールさんっ、葉隠と耳朗がどうなってるか見えますかっ!? 俺のひとつ後ろの組ですッ!!」
「耳朗ちゃんと葉隠ちゃんは……全く動いてないッ!! ん……待ってッ!? 更に後ろの……麗日ちゃんと蛙吹ちゃんのこの動き……戦闘してるッ!!」
「そ、そんな……っ!?」
元々怖がりだったから状況把握もまともにできなかったハズだ。たぶん気付かずにガスをモロに吸ってしまったのだろう。彼女達の運命が変わらなかった事に、俺は歯を噛み締める。
このまま脳無から逃げ続ければ、倒れた耳朗と葉隠の2人と合流する事になる。そうなったらタダでさえ逃げるのが困難なのに、脳無が見境なく暴れ始めたら俺では守りきれずに詰みである。
麗日と蛙吹は、もしもトガちゃんが相手なら大丈夫なハズだ。俺のオトモダチを彼女は殺したりはしない。
俺が思考する間にラグドールは更に状況を調べ始める。
「コース上にいるA組の子は、行きに4人! 帰りにも4人! 行きの常闇くん、障子くん、爆豪くん、轟くんの反応は動いてる……これも戦ってるのかしら……まだ無事みたいっ!」
「良かった……轟さんと爆豪さんなら、きっと大丈夫ですわっ!」
「ああっ、障子や常闇もいるなら大丈夫!! B組の様子はっ!?」
八百万が少しだけ安堵する中、続け様に俺はラグドールへ質問を重ねる。
「動いていない子が奥に沢山……! あっ、ひとりこっちに走って来てる! その奥から4人ぐらいも! まだ距離はあるけど……!」
「じゃあその人と合流しよう!」
そう言ってすぐに俺達が濃くなってきたガスの中を走っていると、遠くの方からハッキリと聞こえるぐらいの特大な爆発音が聞こえた。
「今のは!?」
「何っ!?」
ラグドールと八百万が頭を振って音のした方向を探すが、木々が高すぎて全くわからなかった。だが、聞く限りでは肝試し会場からはだいぶ離れている気がする。
緑谷が『マスキュラー』と交戦し始めたな。原作では今戦うには力量差がありすぎると思っていたギリギリの戦いだったが、今の緑谷なら絶対に倒せる。どれだけ早く決着をつけれるのかが、爆豪の誘拐を阻止させられる鍵だった。
「このまま少しずつ後退するッ!!」
「うんっ!」
俺の指示にラグドールが賛成しながら走っているが、後ろの俺へと振り向いた八百万が悲鳴みたいに声を上げた。
「切裂さんッ! 来ましたッッ!!!」
「クッッ!!!?!!」
振り返れば、ドスンドスンとこちらに走りながら生地を破いていた脳無が、あろう事か生地の絡まったチェンソーの腕を腕ごと千切り、俺達に向けてブン投げてきた。
「ウォオォォォォッ!!!!」
斬撃波でチェーンソーの腕を弾き飛ばして軌道を逸らしたが、高速で飛んできた丸鋸だけは体で受け止める事となった。胸元に直撃した丸鋸は火花を散らして割れ飛んだが、俺は硬化した体に亀裂を入れられ、鮮血を散らしながら地面に転がった。
「ガッっ!!!!」
「キャッ!!」
「切裂さんっ!!!」
すぐに八百万が抱き起こしてくれたが、俺の視線の先で脳無は切断した腕を平然と再生させ、今度は八百万の生地に妨害されない大きな斧と剣、そしてドリル数本とバールとハンマーを伸ばし、暴力と言う名の暴力を掻き集めた姿で、更に加速を始める。当たり前の様に『超再生』の個性持ちである事に、顔を顰めると同時に俺は血と合わせて冷や汗を垂らした。
「そ、そんな……!」
「ヒエ……ッ!!」
俺の刃が効かない斬撃吸収に、超再生の様子まで見た2人は完全に勝機を失っていた。だが、俺は彼女達に有無を言わせない声で、叫んだ。
「走れェェェッ!!!!」
不規則に斬撃波を放ち、脳無の腕を揺るがせながら、振りかざされる凶器を刃で受け止め、逸らしていく。頭は悪いのか攻撃自体は馬鹿力と手数に物を言わせた単調な分、ようやく慣れ始めた。そこまでに受けたダメージも多かったが。
しかしそこへ応援が1人、ガスに塗れた道の奥から口元を布で巻いて現れたのは、逆立てた黒髪に格子模様のヘアバンドを巻いている、眉毛が太めの三白眼が特徴的なB組の生徒。
「泡瀬君っ!!!」
「あッ!! ラグドールさんに八百……ぅおぉォォォッッっ!!?!?」
走ってきたのはB組の中でも常識的で、拳藤の次ぐらいに判断力と行動力の良い泡瀬だった。彼が喜んだ直後、俺達の後ろから迫る脳無にビビり散らかした。
「とにかく、まずコレをっ!」
「っ!」
放り投げられたガスマスクを貰って、彼は口元の布を捨ててマスクを装着する。口に当てていた布の正体は、彼が着ていたのだろうワイシャツだった。
「スーッ、ハーッ、サンキュッ!」
「泡瀬ェッッ!!! 早くこっち手伝えッッッ! グうぅゥゥッッ!!!!」
一瞬、彼に向かって振り返ってしまった俺は、脳無の攻撃を逸らし損ねて、ドリルを腹にくらった。
「が……ハぁ……ッッ!!!!」
「切裂くんッ!!!」
そのまま木に叩きつけられた俺は、背後にある木をバラバラに切断させて、その木片を泡瀬へと投げつけた。
「そんだけありゃあイケんだろッッ!!!!?!!」
「クソッっ、ああッ!! あぁァァッ!! やってやんよぉっッッ!!!!」
空中へ投げられた木片に飛びついて掴んだ泡瀬は、恐怖を押し除ける様にして叫ぶ。個性強化訓練の成果が出たのだろうか。彼はラグドールを狙おうとした脳無の股下へ飛び込んで潜り抜けると、ヤツの両脚同士を木を繋げて溶接し、更に足自体も地面に溶接させた。
「しャアァァァァッ!!!」
彼の掛け声と同時に下半身を簡易的に拘束された脳無は、ラグドールに凶器を届かせる事なく前のめりに倒れ込んだ。
足も地面に溶接されて前に倒れたせいか、両足首が明らかに壊れた曲がり方をしていたが、超再生ならすぐに復活してくるだろう。ジタバタと暴れる脳無の前で腰を抜かしていたラグドールを、俺は駆け寄って抱き起こす。彼女のヒロコスに俺の血が染み移った。
「切裂君っ、血が……!」
「今はいいッ! 逃げるよッ!!!」
とにかく彼女を起こして泡瀬と八百万と一緒に道を走らせながら俺が振り返ると、まだ倒れている脳無の叫び声と、ヤツを溶接していた木がミシミシと音を立てて割れていくのが聞こえた。
その音は溶接した本人にも聞こえていた。
「クッソッ! やっぱ木じゃ限界あったか!! 鉄じゃねえと……ッ!」
「でしたら、コレをッ!!」
そう言って八百万が創造したのは、金属の棒だった。空身だから数本しか持てないものの、木片より遥かに頑丈な素材を受け取り、泡瀬の声が少し軽くなった。
「サンキュッ!」
「ほかの方々は!?」
「みんなガスをまともに吸って気ィ失っちまった! 1人じゃ運べねぇから助けを呼ぼうとしたらお前達の声がしたのにっ、ヴィランだってっ!?! マジヤバいってッ!!!」
走りながら状況を説明する泡瀬に対し、俺は刃の両腕を確認する。
個性強化合宿でだいぶ疲労は溜まっているハズなのに、形成する刃は割れる気配がない。強くなっている証拠だと信じたい。
そう考えている間に、再び脳無の叫び声と足音が後ろから聞こえた。地面に溶接していたハズの足の裏が地面ごと引き剥がれ、足に溶接していた木片がボロボロに崩れていた。
「ゼェ、ゼェ……ッ!! また来やがったッ!!!」
「ハァ……ハァッ! なんでアイツはガス効いてねえんだよッ!?」
「ハァ、ハァ……! 鼻が無いのかしらっ!?」
「ハァ……ハァ……ッ! あの顔に付いた機械に、何か仕組みが!?」
「ん? て事は……ッ!」
俺は迫り来る脳無に振り返ると、顔に向かって連続で斬撃波を飛ばし、顔面に装着された猿轡とバイザーが一体化している機械を破壊しようとするが、8本の凶器を構えた腕に易々と防がれてしまう。
「泡瀬ッ、もう一度ッ!!!」
「ああッ! 任せろッ!!!!」
俺と泡瀬が脳無に飛びかかり、正面からの脳無の攻撃を俺が刃で受け止める隙に、後ろから回り込んだ泡瀬が脳無の腕を掻い潜って、腕数本同士を鉄棒で溶接して脳無の手数を減らした。
「おっしゃぁ───がハァッ!!?!」
しかし、脳無に後ろ蹴りを喰らった泡瀬は後方に吹き飛ばされ、木がへし折れる勢いで激突した。
「泡瀬君っ!!!!」
「泡瀬ッ!!! クッッソォォォォッ!!!!」
彼を助けるよりも、彼の作ってくれた機会を逃さず、俺は脳無の腕を弾いてヤツの顔面に縦一文字で刃を振り下ろし、ヤツの猿轡とバイザーを真っ二つに切断した。
紫電と同時に黒煙を噴いて、悲鳴みたいな声を上げる脳無に付けられていた機械が、地面に転がった。断面から察するに、無線機か何かだろう。コレで指示を受けていたようだ。
「やりましたッ!」
「まだだッ!!!」
だがバイザーが晴れた脳無の顔には、6つの眼球が付いており、更にガスの中でも脳無自体の動きは止まらなかった。
「そ、そんな……ッ!!?」
怯えるラグドールの視線の先で、後ろから折れた木片を持って接近しようとした泡瀬が、脳無に振り返りざまに溶接されていない腕のハンマーで殴られた。
「がはぁ……ァッッ!?!!!?!!」
「泡瀬ェッ!!!!!」
咄嗟に木片で防御しようとしたが、硬化できない生身の体であんなもの喰らったら、ひとたまりもない。思わず女子2人が目を閉じてしまった。
「キャァァァァッ!!?」
「泡瀬さんッ!!!」
更に脳無は俺に斬撃で押されながらも、溶接された姿のままバランスを保っていると、自身の筋肉に力を込めて溶接されていた腕の接続部を無理矢理引き剥がし、空いた腕の斧を俺の脳天向かって振り下ろした。
「あッ───
咄嗟に防御していた刃で斧の直撃を受け止めようとしたが、その隙を他の腕のドリルと剣に文字通り体を突かれ、碌に体勢もままならないまま脳無の全身の馬鹿力が篭った一撃を、俺は真正面から受けた。
防ごうと横に構えた刃が、脳無の振り下ろされた斧で亀裂が走り、そのまま勢いで無理矢理下へ下された斧の刃が、俺を頭から地面へと叩き伏せた。
「───ッッっッッッっッ!!!?!!!!!」
声を上げる間もなかった。
地鳴りと同時に砂煙が巻き上がり、凹んだ地面に亀裂が走るほどの威力で、体ごと頭を叩き付けられた俺は、鮮血を散らしながら地面に倒れ伏した。
「い゛ぃ…………ッ、痛゛ぇェ……ェッ!! グぅ……ソ…………ッ!!」
「や……八お、よろろず……逃げて……ラグドールさんと……! 早く……っ!」
泡瀬の息はあったが、痛みで頭を押さえたまま立ち上がれなくなっていた。血みどろの手が腕を伝って、肘からとどめなく流れ落ちているている。
俺は倒れたまま血反吐を吐き捨て立ち上がろうとしたが、その瞬間目の前に迫っていた脳無にハンマーで顔面を下から上へとフルスイングされ、空中をぐわんぐわんと回転しながら力なく地面を転がった。
「ガぁ……ぁ゛あ…………ッ!!!」
脳無の悍ましい咆哮が森の中へと響き渡り、ヤツが俺に向かって凶器のドリルの駆動音を響かせながら歩き始める。
「や、やお……もヨ……ッ!!」
「あ……ぁ…………………………ぁ…………!」
俺の倒れた視界の先に、八百万が1人で孤立しているのが見えた。でも地面に座り込んだままの彼女は俺の呼びかけに応じず、全身を震わせて涙を流しながら首を横に振っている。脳無の圧倒的な力と恐怖で、完全に心を折られてしまっていた。
一歩、また一歩と脳無が歩み寄って来るのを感じる。せめてラグドールと八百万が逃げる時間だけでも稼ごうと、俺は硬化を発動しようとした。
「やめてぇェェェェェェェェッッッ!!!!!」
「っ!?」
途端、目の前からラグドールの声が聞こえた。
「わ、私でしょッ!? 狙いは私なんでしょ……!!? 私はどうなってもいいからッ!! 3人は見逃してぇッ!!!!」
足をブルブル震わせて脳無の前に立ち塞がった彼女が、その大きな瞳から涙を流しながら、俺の前でヤツに向かって叫んでいた。
「ラグ……ドールさ、ん……!」
間違いなく、今の彼女は俺達にとってのヒーローだった。でも、彼女を敵連合に連れて行かれたら、全てが史実通りの台無しになってしまう。
それでも、もし……本当に脳無の目的がラグドールだけなら、ヤツの隙を狙える最後の機会でもあった。
「ラ、ラグドールさん……っ!」
「………………!」
声を震わせる八百万の視線の先で、俺の想像通り……脳無が腕に伸ばしていた凶器を納めて、素手でラグドールに掴みかかろうとした。
そこに、泡瀬の叫び声が響いた。
「八百万ゥゥッ! 鉄棒投げろォォォォッッッ!!!!!!」
「ッッッ!!!!!」
俺も泡瀬も、力を振り絞って同時に動いていた。
「ッ!!?!?!」
声の言われるがままに無我夢中で、脳無に向かって創造していた鉄の棒を八百万は投げつける。
「早業着工……ッ!!!!!」
そこに飛びかかった泡瀬が、背中から脳無に駆け上がり、鉄棒を指で数本掴んでヤツに狙いを定めた。
「『ウェルドクラフト』ッッ!!!!!!!」
鉄棒と地面や周りの大木まで巻き込み、手品みたいな速度で竣工させた脳無の動きが、完全に封じ込められた。
泡瀬が地面に着地して、ラグドールを抱き寄せて離脱すると同時に、今度は俺が脳無の真正面から頭に向かって飛び付いた。
「ラァぁッ!」
今まで脳無との戦いはいつも、殺すつもりの作戦で半殺しにしてから捕まえていた。完全に拘束できる峰田がいない今、俺は最終手段を取るしかなかった。
史実でUSJの脳無とオールマイトは、ショック吸収を手数で押し込み、吸収できる限界をブチ抜いて脳無を倒した。
俺には手数で押す事なんてできないが、どんな個性も裏を突く事はできると思っていた。
斬撃吸収は、いつも外側からしか試していなかった。
なら、内側からはどうだろうか?
脳無に飛び付いた俺は、ヤツの弱点である丸出しの脳味噌に刃にしていない両手を突っ込んだ。
「フンッッッ!!!!!」
途端に脳無は言葉にならない悲鳴を上げ、泡瀬の溶接した金属の棒も引き剥がしながら暴れ狂い始める。それでも俺は足の裏から鉤爪状に刃を伸ばして脳無の体に引っ掛け、引き離されないようにしがみついた。
「切裂君ッ!!?!!」
「切裂さんッ!!!!」
叫ぶ脳無の8本全ての腕が溶接から解放されると、その腕全てがドリルに変化し、俺に集中した。
頭、背中、腹、腕、足、無差別に俺を貫こうとするドリルに硬化した身を削られ、俺の全身から火花と鮮血が、舞い上がった。焼けるほどの熱が傷口に伝わり、流れる血が蒸発していくのを感じる。振動と爆音の駆動音が全身に響き渡り、彼女達の悲鳴も聞こえなくなっていた。
「まだあ゛あぁ゛あァァ゛アぁ゛あァ゛ァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!」
それでも、俺は明滅する火花と視界の中で、脳無の中に突っ込んだ手に刃を立てた。
「ア゛アぁ゛あァァ゛ァ゛あ゛ァ゛あぁ゛あァ゛アァぁ゛ァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!」
そして、そのまま俺はヤツの体内へ、弾いた指で滅茶苦茶に斬撃波を放った。
途端、それまで暴れ狂っていた脳無の脳味噌が膨れ上がって爆散し、真っ赤な血なのかもわからない液体を道や木々にまで飛散させ、俺はその液体を全身に浴びた。
「と、止まった……!」
「あ……ぁ……!」
「き、切裂さ……ん……!」
そのまま、ピタリと全身の動きを止めた脳無はユラリユラリと巨体を揺れ動かした後に、真正面に頭から倒れ込んだ。
「ガ……ッ! はぁ…………ぁ……!」
俺は飛び退いて着地する気力も残っておらず、しがみついていた脳無と一緒に倒れて地面を転がった。
「切裂さんっ!!!」
「オイオイヤバいってッ! 今倒れたらマジでヤバいってッ!!」
すぐさま駆け寄ってきた3人に抱き起こされ、俺は自分の体を確認する。
硬化は切島や鉄哲と鍛えてきた甲斐あって、削れはしたが欠損は起こっていない。ただ視界が定まらず、ボンヤリと朦朧としている。たぶん、血を流しすぎたかもしれない。
「や……八百万……ッ、こ……拘束……早く……!」
「は、はい……ッ!!」
俺は倒れている脳無に指差して、彼女に指示を送る。脳を破壊したとは言え、まだ油断できない。事実、脳無はまだ痙攣を起こしていた。
「切裂君……ゴメンなさい……! ゴメンなさい……! あぁぁ……っ!!」
「……助かりました、ラグドールさん……」
俺を抱きかかえてボロボロと涙を流しているラグドールに、なけなしの笑顔でお礼を伝えてから俺は立ち上がろうとする。
「お、オイっ! まだ動いたらヤバいって! その傷じゃ!」
「大、丈夫……それより……」
ひとまず脳無を完全に動けなくさせるべく、ヴィラン拘束用の移動牢(メイデン)を時間かけて創造しようとする八百万。そんな彼女を見てから、俺は肩を押さえてくる泡瀬に、刃が割れて血みどろの手を差し出した。
「溶接して」
「へ……マジ?」
俺の言葉に、泡瀬はたじろいだ。彼の個性で無機物と有機物が溶接できるなら、怪我だって溶接できると俺は踏んでいた。どんなリスクがあろうとも。
「お待ちくださいっ! 今医療用品を出しますから!!」
後ろで八百万の焦る声が聞こえたが、俺は泡瀬に向かって叫んだ。
「このままだと失血死するっ!」
「あぁァッ! やるよやるッ!! フンッ!」
俺の勢いに押されて覚悟を決めたのか、泡瀬は俺の腕を掴んで傷口を溶接した。
途端、傷口から煙と光と同時に、激痛が響き渡った。
「グゥゥゥゥゥゥゥっッッ!!!!?!!」
「な……なんて事を……!」
「あぁ……あ……!」
八百万もラグドールも、あまりにも痛々しい光景で、言葉を出せなくなっていた。だが溶接は激痛だったものの、大体の傷はしっかりと塞がっていた。これで失血する心配もなくなった。
「ハァ、ハァ……! 昔やった事あんだけど……死ぬほど痛いんだよコレェェェェェェッッッ!?!!!!」
そのまま泡瀬は叫び声を上げながら、自分の頭の怪我も溶接で繋いだ。
俺は更に自分の頭の傷も彼に溶接してもらうと、メイデンを完成させた八百万と協力し、全員で脳無の拘束を完了させた。そして今度は彼女が創造した医療用品で怪我の処置と保護を行っていると、再び全身に身震いとマンダレイの声が響いた。
『A組B組総員! プロヒーロー、イレイザーヘッドの名において、戦闘を許可する! 繰り返す、A組B組総員、戦闘を許可する!!』
「戦闘許可が……!」
「施設まで逃げろって事か……!」
放り投げられた時に擦りむいた足をガーゼで処置した八百万と、頭に傷口の保護で包帯を巻いた泡瀬が、相澤先生からの許可に、彼の真意を口に出す。
もう遅いと叫びたかったが、もしかしたら早かったかもしれない。更にマンダレイの通信は続く。
『ヴィランの狙いがひとつ判明! 狙いは生徒のかっちゃん! かっちゃんはなるべく戦闘を避けて! 単独では動かないこと! わかった? かっちゃん!!』
「爆豪さん!?」
「ア、アイツ!?」
2人は同時に驚いていた。今頃、爆豪はキレ散らかしているだろう。彼ならきっとまだ大丈夫だと思うが……
ボロボロになってしまったシャツを破かれ、八百万とラグドールから全身に包帯を巻かれた俺は彼女に聞いてみる。
「ラグドールさん……爆豪くん……どこにいます……?」
「……まだ動いてる……! 戦ってるんだろうけど……!」
「一度施設に戻りましょう……! ラグドールさんを守らねばなりませんし……切裂さんが……!」
「ああっ! このまま救出に行っても共倒れだ。それにB組のみんなも放置しっぱなしだ……!」
「ハァ、ハァ……! みんなを……助けないと……!」
ひとまず、重傷である俺と中傷である泡瀬、そしてヴィランから狙われているラグドールを施設へ避難すべく、俺達4人は施設に向かって暗がりの道を足早に進む。俺はもう1人で走る事ができず、泡瀬とラグドールに支えられて歩いていた。
しばらく移動していただろうか。前を走っていたラグドールが手を横に出して足を止めた。
「前から3人誰か来る!」
「ッ!?」
その言葉に全員で動かしていた足を止めると、ガスの漂って霧になっている道の向こうから口元に布を巻いた拳藤と、同じく口元を布で隠した小大。そして、上裸で口元に布を巻いた鉄哲が合流した。
「八百万! ラグドールさん!」
「んっ!!!」
「泡瀬、切さ……って、お前らなんだそのケガ!?」
3人はボロボロになっている俺と泡瀬を見て驚いていた。対して向こうはまだ無傷である。
「ハァ、ハァ……! ちょっと色々あって……とにかく無事だよ!」
「こちらもヴィランの襲撃に遭いましたの……!」
「つか、なんでこっちに来た!? 施設は向こうだろうが!!!」
ごもっともな泡瀬の発言に、鉄哲が来た道を指差しながら早口で説明を始めた。
「ああっ! 最初は倒れた仲間を連れて道なりに施設へ行こうとしたんだが……濃いガスで道が塞がれちまってたんだ! 森ん中もガス塗れで施設の方向がわからねえし、おまけにそこら中で大火事になってるしよおっ!!」
「それで……今度は中間にいるラグドールさんに指示を仰ごうと、B組の待機位置に倒れた仲間を置いて、こっちに来たんだけど……ガスがどんどん広がってきちゃって……こっち側に逃げるしかなくなってたの!」
「んっ、んっ!!!」
拳藤の説明も合わさり、小大が大きく頷いているのを見てから、八百万が新たにガスマスクを想像して3人に渡す。
「まずはコレを!」
「……ありがとう!」
「……スー、ハーッ! ワリいな!」
「…………んっ!」
布を捨ててガスマスクを装着した3人。口元に当てていたのは、鉄哲のシャツだろう。
呼吸に余裕ができた拳藤は、ラグドールと八百万と一緒になってこれからの行動を考える。
「八百万、消火器って創造できるよね!?」
「もちろんです!」
拳藤の質問に、彼女は大きく頷いた。救助訓練で俺も散々見てきたから、心配いらない。
「なら、森の中を抜けられる! ラグドールさんなら施設の人が見えるから真っ直ぐ行けるし、早く戻ろう! ヴィランがどこにいるかもわからないし、危ない!」
「ああ! 切裂は重傷だし……ラグドールさんもヴィランに狙われてんだッ!」
「なんだって!?」
「ん!?」
泡瀬の言葉に鉄哲や小大まで驚きながらも、このまま施設に戻ろうとする拳藤に、俺は包帯の巻かれた手の平を突きつける。
「待って! ほかの子を置き去りにできない! ラグドールさんっ、どうなってるっ!? 周りはッ!!?」
「……B組の子が固まってるのが待機位置ね……その奥にA組の4人と……広場と施設に人が固まってる……!」
森とガスの周りを見渡しながら、ラグドールは呟いた。まだ広場は交戦中で、A組の4人が1番心配だった。たぶんこの人、相澤先生をサーチしてないから、見えてないと思う。
「せめて……ガスマスクだけでも被せに行かないと、みんなの命が危ない……!」
「そうですわね……! これ以上ガスに飲まれては……体にどんな危険が生じるか……!」
「つまり……まずガスを出してるヤツを潰せばいいんだな……!」
そう言って腕を金属に硬化させたのは、鉄哲だった。
「て、鉄哲!?」
「鉄哲!?」
「ん!?」
泡瀬と拳藤と小大の驚く声に、彼は俺へと顔を向けて話し出した。
「俺は戦う。切裂……お前がもう限界なら、尚更だッ! B組のみんなを頼む!」
「ちょ、ちょっと鉄哲!? 相澤先生が言ってたのは、ヴィランと戦うんじゃなくて、施設に逃げるためで……!」
拳藤は鉄哲を止めようとしたが、彼の言葉によって遮られて押し止められた。
「お前はいつも物間を窘めるが、心のどこかで感じてなかったか? A組との差……」
「て、鉄哲……!」
その言葉に、泡瀬まで彼の言葉を受け止めていた。
「俺は感じてたよ……! 同じ試験で雄英入って同じカリキュラム。何が違う? 明白だ! ヤツらにあって俺達になかったモノ……ピンチだ! ヤツらはそいつをチャンスに変えていったんだ! 当然だ! 人に仇成す連中に、ヒーローがどうして背を向けられる?」
「鉄哲……」
「止めるな拳藤、泡瀬。1年B組ヒーロー科、ココで立たねばいつ立てる? 見つけ出して……俺が必ずブッ叩く!」
俄然ヤル気を出し始める鉄哲に対し、俺は彼を止めない。この日のために、彼と一緒にココまで鍛えてきたのだから。
「鉄哲くん……よく聞いて……ッ!」
俺は鉄哲を見ながら、森の中のガスが濃い方向に向かって指を差した。
「このガス……こっちに来てから濃くなってきたし、この森の奥に行くほど濃さが増してる……たぶん、ガスの濃い方向に元凶のヴィランがいるハズ!」
「よしわかったッ! ソイツは俺に任せとけっ!!!」
「頼む……! 拳藤ちゃん、鉄哲くんお願い……!」
「わかった……そっちは任せるわ……! ちょっ、待ちなさい鉄哲ッ!!!」
勝手に走り出す鉄哲を拳藤が追い始める前に、俺は八百万を呼んだ。
「八百万ッ、トランシーバー出して! 拳藤ちゃん!!」
「はいっ!」
「えっ!?」
彼女が創造した2つのトランシーバーの内、ひとつを拳藤に投げ渡した。
「周波数は『84.92』に合わせて!」
「わかったわ!」
彼女は周波数を合わせると、鉄哲を追ってガスの濃くなっている方へと走って行ってしまった。
こうして、鉄哲と拳藤の2人がガスを出してるヴィランを潰す間に、俺と八百万と泡瀬とラグドールの4人で、B組とA組の救護と施設への道を作る事となり、それぞれ行動を開始した。
再び俺を担いで進み出す泡瀬とラグドールが、2人の行ってしまった方向を何度も見返していた。
「みんな……凄いクラスメイトばかりね……私なんかよりも……!」
「ハァ……ハァ……ッ! そんな事ないですラグドールさん! 鉄哲は、俺の親友です……信頼できます!!」
「拳藤……鉄哲……!」
「ん……」
「いいんですか!? 本当におふたりを行かせて!」
八百万はまだ疑問を抱いていたが、あの2人は史実でもガスのヴィランを倒していたから、絶対的な信頼があった。むしろ、俺と切島に殴られまくっている鉄哲が、どれだけ早く戦闘を終わらせるかの方が重要だった。
「ハァ、ハァ……! あの2人なら大丈夫。それより4人の方が心配だ……ッ!」
そのまま道なりに移動し続けていると、鉄哲達が諦めたのだろう更に濃くなってきたガスの道の中で倒れている、葉隠と耳朗を発見した。
「葉隠さん! 耳朗さん!」
八百万が抱き起こすも、2人は完全に気を失っていた。すかさず彼女が創造していたガスマスクを顔に装着させる。
こっちに逆走してからだいぶ距離を走った気がするが、そもそも俺と八百万はスタートから早歩きに高い速度で歩いていたし、2人とも怖がりだから進む速度が極端に遅かったのだろう。
「脈は正常ですし、呼吸も落ち着いてます。ガスは昏睡させるだけの効果なのかもしれませんが……油断はできませんね……!」
「うんっ!」
そのまま八百万がハーネスを創造して、ラグドールに葉隠を、小大に耳朗を背負わせた。最初は泡瀬が溶接して2人とも背負おうとしたが、脳無の戦闘の疲労とまだ救助する人数を鑑みて、彼女に止められた。俺も全身の怪我で止められた。
そこまで行って次にB組の待機位置へと移動していると、不意に夜空に1発の銃声が鳴り響く。
「ん!?」
「い、今の音って……!?」
「銃声じゃないかしら……!?」
「そ、そんな……!」
「鉄哲はあれぐらいじゃ死なないッ! 泡瀬ッ、B組の待機位置はどこ?!」
更に銃声は数発聞こえたが、俺は4人を連れて移動し、泡瀬の誘導でB組の集合場所に到着した俺達は、B組の残りの生徒全員を発見した。
ひとまず全員に八百万の創造したガスマスクを装着させてから、俺達は誰が誰を背負うかを即決していく。
「ハァ……ハァ……八百万……創造の容量、まだ大丈夫?」
「ハァ……ハァ……! はいっ!」
ラグドールは葉隠を、小大は耳朗を背負ったまま。八百万は塩崎を背負い、泡瀬は骨抜と鎌切を個性で無理やり背負い、俺は1番デカかった凡戸を背負おうとして、グラリと膝をついてしまった所を八百万に止められた。
「切裂さん! 今のあなたは貧血を起こしているハズですっ、無理をしないでくださいッ! その怪我で背負ったら、体が保ちませんっ!」
「ハァ、ハァ……大丈夫……まだ、大丈夫だから……!」
「お願いですっ!!!」
八百万に全力で止められて、俺は諦めてヨロヨロと立ち上がった。それでも、まだ救出しなければならない人は残っている。
「ハァ、ハァ……人手が足りない……! 便利な個性の子がみんな気絶してる……!」
「今はコレで行くしかありませんわ……!」
八百万の判断は正しかった。泡瀬がガスマスクをつけたクラスメイト達を見て、声を振り絞る。
「すまねえ……ちょっと待っててくれよ、みんな……!」
「ん……!」
「見て!」
ラグドールが示す肉球の指先。紫色のガスが引いて薄れていく光景が広がっていた。
「ガスがおさまってきましたわ……!」
「鉄哲と拳藤……やってくれたんだ……!」
八百万と泡瀬が声を上げる直後、俺のズボンに引っ掛けていたトランシーバーからハウリングを起こした鉄哲の大声が聞こえた。
『俺だっ! ガスヴィランは潰した!』
「ありがとうっ! 山火事は俺達じゃ対処できないから……B組の待機位置で残りの人を抱えて施設に走って!」
『おしッ、わかった!!』
「本当に、やってくれましたね……!」
「ああ! あとは施設に向かえば……!」
「待ってっ!」
喜んでいた八百万と泡瀬を、ラグドールの悲鳴みたいな高い声がピタリと止めた。
「麗日ちゃんと蛙吹ちゃん……動いてない……」
「っ!?」
さっきまで動いていた2人が動いていない。ガスに巻き込まれたのか、何かあったのか。まさかトガちゃん以外のヴィランがいたのか、俺は体の疲労も忘れて無意識に駆け出していた。
「き、切裂さん!」
「待てって!」
ガスが晴れたおかげで一気に見通しが良くなった。しかもB組の待機位置は広場に近い方だったのか、すぐに俺は発見する事ができた。
後ろから追いついてきた八百万達が叫んだ。
「あれはっ!?」
「え……?」
麗日と蛙吹が倒れていた。
「ハァ、ハァ……! 麗日ちゃんッ! 梅雨ちゃんッ!!」
すぐさま2人に駆け寄った俺が声で呼びかけると、倒れていた彼女達はすぐに目を覚まして反応をしてくれた。
「う、うぅ……!」
「ヴィランですわねッ!」
八百万の声に、麗日は絞り出す様な声を出して、立ち上がりながら答えた。
「お、女の子だった……私達とおなじぐらいの……っ!」
「ッ!」
1人しかいない。トガちゃんだ……
「クレイジーよ……相手の血を吸って、その人の見た目をコピーしてたわ……! 私も吸われた……っ!」
そう言いながら立ち上がる蛙吹の手首には、太い刺し傷があった。
麗日と蛙吹を2人同時に相手取って、血を奪って逃げたようだ。フラついている様子から察するに、かなりガッツリ奪ったみたいだ。
たぶん、彼女に下されている命令は爆豪誘拐までの時間稼ぎなのだろう。そう信じるほかなかった。
「た、立てる?」
「なんとか……って、切裂くん! そのケガ……ッ!」
「俺は大丈夫……!」
意識の戻り始めた麗日は、包帯から血を滲ませる俺の姿を見て声を上げたが、なんとか押し黙らせる。
だいぶスタート地点に近くなってきたのだろう。広場の方から地鳴りが聞こえる。
「マンダレイと虎が戦ってる……ピクシーボブ……っ!」
ラグドールは広場の方を見て、歯を食いしばっていた。不意打ちを受けたピクシーボブが、動いていないのが見えてしまったのだろう。
「ラグドールさん……このまま施設を目指そう!」
泣きそうになっているラグドールの腕を、俺は掴んだ。自分が狙われているのは、本人ももうわかっているだろう。
「うん……そうね…………あ!」
「え?」
しかし、そこへ森の中を突っ切って現れる者達がいた。ラグドールには先に見えていたのだろう。
「み……緑谷くん……!」
Tシャツが破けたのか、俺と同じ上裸で右腕が完全にブッ壊れた緑谷が走って出てきたのだ。
「切裂くんっ!? そのケガ……!!」
「君よりマシ……じゃないか、今回は……!」
軽口を叩いて俺は彼を見る。纏っている緑色の雷光は、普段の上限を超えているだろう。もう、上限を守っている方を見るのが珍しくなりそうで、俺は思わず笑ってしまった。
それに続いて森の中からは、円場を背負った轟と、複製腕をケガした障子が飛び出してきた。
「切裂!? お前……」
「大丈夫、まだ……!」
「麗日さん、ケガを……!」
「大丈夫、全然歩けるし! ていうか、デク君の方が……!」
「八百万! お前も無事だったか……! ラグドールさんも……!」
「は、はい……切裂さんのおかげで……!」
「うん……うん……!」
「オイ、立ち止まっている場合じゃねえ! 早く施設に行こう!」
「んっ、んっ!」
B組の泡瀬と小大が先を急かし始めたのを見た緑谷は、味方が増えた事に安心したのか少し表情を明るくさせた。
「とりあえず、無事でよかった! そうだ、一緒に来て! 僕ら今、かっちゃんの護衛をしつつ、施設に向かってるんだ!」
それを聞いた瞬間、俺は思い出した様に緑谷に向かって叫んだ。
「ッ! 緑谷くん、常闇くんと爆豪くんはッ!!?」
「何、言ってるんだ? かっちゃんなら後ろに……」
彼が普通の口調で振り返ったそこに爆豪も常闇も、姿はいなかった。
「「「………………」」」
唖然とする緑谷と轟と障子が言葉を詰まらせた最中、不意に木の上から全く知らない男の声が聞こえた。
「彼なら俺のマジックで貰っちゃったよ!」
見上げれば、羽付きの黒いシルクハットに白黒の幾何学模様の仮面を付け、カーキ色のコートを纏った、マジシャンとも怪盗とも見て取れるヴィラン、『Mr.コンプレス』が水色のビー玉を手で弄びながら話を続けた。
「コイツはヒーロー側にいるべき人材じゃあねえ。もっと輝ける舞台へ、俺達が連れてくよ」
「返せッ!!!」
すぐさま緑谷が叫んだが、コンプレスはどこ吹く風でペラペラと話を続ける。
「返せ? 妙な話だぜ。爆豪君は誰のモノでもねえ。彼は彼自身のモノだぞ、エゴイストめ!」
「返せよッ!!!」
「どけ!」
緑谷を押し除けて轟が本気の氷山を放ったが、コンプレスは生身の人間とは思えない跳躍力と身のこなしで空中を飛んで回避された。
そのまま彼は道の反対側の木の上に着地すると、まだ余裕があるのか話を再開する。
「我々はただ、凝り固まってしまった価値観に対し、『それだけじゃないよ』と道を示したいだけだ。今の子らは、価値観に道を選ばされている」
「わざわざ話しかけてくるたあ、舐めてんな……!」
轟の挑発にも、コンプレスは気にする事なく手で弄んでいたビー玉を、手品の様に1つから2つにして見せびらかした。
「元々エンターテイナーでね、悪い癖さ。常闇君はアドリブで貰っちゃったよ」
「この野郎、貰うなよッ!!!」
「麗日こいつを頼むッ!」
コンプレスは常闇のダークシャドウが倒した『ムーンフィッシュ』の話をしていたが、その会話の合間を突いて、背負っていた円場を麗日に預けた轟が本気の氷山を放った。
だが、それも空中を浮いているように移動するコンプレスに悠々と回避された。
「悪いねェ! 俺は逃げ足と欺く事だけが取り柄でよォ! ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか!」
そう言って今度は耳元に手を当てると、無線機か何かに向かって1人喋り始めた。
「開闢行動隊、目標回収達成だ! 短い間だったが、これにて幕引き! 予定通り5分以内に回収地点へ───
今だ。
氷山を回避して完全に油断していると踏んだ俺は、彼の台詞が終わるよりも早く、両手の指を交差して斬撃波を放った。
向か───うおォッ!!?」
エンターテイナーは台詞を潰されるのは想定外か、真っ直ぐ高速で突き抜けた斬撃波は、偶然にも空中で体を捻って回避しようとしたコンプレスの、コートの部分を切り裂いた。
裂けたコートの隙間から、ヤツの圧縮した玉が2つ零れ落ちて、その時にはもう俺と緑谷が玉に向かって飛び付いていた。
「やった! 切裂くん! えっ!?」
「貸してッ!!」
喜ぶ緑谷から玉を取り上げて、俺は玉に刃を突き立てて無理矢理破壊すると、中から元のサイズになって出てきたのは轟の氷塊だった。
「ハズレだッ! まだ持ってるッ!!」
「クッ……アイツぅッッ!!!」
怒る緑谷に対して、コンプレスはバランスを崩しながらも木の上に着地して、ポケットの部分から大きく破けたコートを震える手で確認する。
「クッ……ソォ! コレ、お気に入りだったのに……ッ! 終幕の台詞も潰しやがって…………テメェのせいでショーが台無しだ……ッ!!」
顔こそ仮面で見えないが、明らかに苛立ちを隠せない彼に、俺は睨みつけながら言葉を返した。
「何が台無しだ、だ……結局お前がやるのも、価値観の押し売りだろ……? やってる事がちっさい割に、大層な正義ヅラしやがって…………義賊にでもなったつもりかぁ……!?」
「……ッ」
瞬間だっただろうか、コンプレスの動きが一瞬止まった。
「クッ!」
しかし、その次の瞬間にはもう、ヤツはほかの木へと飛び移り、逃走を始めていた。
「待てェ!!!」
コンプレスに向かって叫びながら、左手でエアフォースの構えをとった緑谷を、俺は彼の手の平を覆って止めた。
「待ってッ!!!」
「きっ、切裂くんッ!? ど、どうしてッ!」
「轟くんの氷結を躱す相手だ! エアフォースは確実に当たる距離とタイミングで……ねっ!?」
「う……うんッ!!!」
俺のひと言で冷静に戻れた彼は、俺の顔を見て大きく頷いた。
「行って緑谷くんッ!」
「うぉォォォォッ!!!!」
俺に背を押されてフルカウルを発動した緑谷は、コンプレスを追って木の上へと跳躍し、そのまま彼が見えなくなった森の奥へと飛んでいった。
「麗日ちゃん、円場くん貸して! 緑谷くんを追ってッ!!!」
「あっ、ごめん切裂くん! ありがとうッ!」
「私も行くわっ! まだ緑谷ちゃんを追えるかもっ! ケロっ!!」
「すまねえ! そっちは任せたぞ!」
「みんなを頼む! 常闇と爆豪を取り戻したら、俺もすぐ施設に向かう!」
蛙吹、轟、障子の3人が、俺が押した麗日に続いて森の奥へと走り出し、緑谷を追って行ってしまった。
麗日から預けられた円場を背負い、俺達は再び5人となった。
「轟さん……」
「行っちまった……!」
「切裂君……」
「ん……」
きっと、ここにいる全員コンプレスを追いたかっただろうが、まだ守るべきラグドールがいる。俺達の目的は変わらなかった。
「ココにみんなを置いとくワケにはいかない……! 施設に向かうよ!」
「そうですわね……行きましょう!」
俺の指示で今度はラグドールさんにサーチを発動させ続けながら、俺達は森を突き抜けて施設へと目指した。途中燃えている火には八百万の創造した消化器を浴びせ、道を作りながら俺達はガスの消えた森の中を進み続ける。
「んッ!? 待って、前から誰か走ってくる!」
「え!?」
その途中で、彼女の言う通りに前から走る音が聞こえて、先頭のラグドールさんに続いて俺達全員が停止した。
正体はすぐわかった。真っ暗な夜の森に馴染むヒーロースーツの、相澤先生だった。
「ハァ、ハァ……! 先生ッ!!」
「ッ!? ラグドール……!」
先生はいきなり現れたラグドールに随分驚いているようだが、その後ろにいる生徒を背負った俺達を見て、更に目を開いた。
洸汰くんを連れていないって事は……緑谷と合流して彼を施設に届けた後だろう。
先生の視線は、包帯だらけの俺に向いていた。
「切裂……お前、その体……!」
「森の中にまだB組の生徒が倒れてます! 人手が足りませんッ!」
「広場でマンダレイと虎が戦っています! 応援に行ってください!」
言われるのはわかっていたが、今はそんな事を説明している暇ではない。コンプレスを追いかけられるのはあの5人しかいないので、緑谷の事は彼らに任せ、最低限の説明だけを先生に伝えた。ラグドールも焦っていたのか、広場の事しか言わなかった。
「……わかった。ラグドール、お前も……」
彼女を連れて行こうとした相澤先生を、俺は全力で止める。
「ダメですッ!! ラグドールさんもヴィランに狙われてるんですっ!」
「何……!? クッソ……お前も施設で待機しろっ!」
もうワケを聞く余裕もなかったのだろう。一度外に出て緑谷から洸汰を回収し、また飛び出してきたのだ、内心焦っているに違いない。相澤先生は広場の方へと向かって行ってしまった。
そんな彼を見届けてから、俺達も施設へ向かって再度走り出した。
「ハァ、ハァ! あっ、緑谷と爆豪の事、先生に伝えんの忘れちまったッ!」
「ハァ……ハァ……! 今からじゃ絶対に間に合わないッ! もう5分経ったかもしれない!」
泡瀬の言葉に俺がすぐさま返事をした。それに八百万も賛同した。
「信じましょう! 緑谷さんをッ!」
「んッ!!」
とにかく、ラグドールと背負っている人を施設に送り届け、ブラドキング先生に任せて残りのB組を助けに向かおうと、俺は走りながら頭の中で考えていた。
「施設までもうすぐですわっ!」
「うんっ! もうすぐ目の前!!」
八百万とラグドールの言う通り、暗い夜の森の中をスルスルと走り抜け、彼女の後をついていく俺達に、ようやくゴールが見え始める。
森の出口を抜けた奥に、施設の名前である『マタタビ荘』の看板が見え、建物の光が見えてきた。
「テメェか、俺の脳無を壊しやがったのは……!」
聞いた事のない男の声と同時に、施設の光が見えていた目の前に青白い炎が広がった。
「「「キャァァァァァァァッ!!?!!!」」」
「うわッ!!?!」
「なんだッ!!?」
3人の悲鳴と同時に、汗が蒸散するほど一気に周りの空気の温度が上がる。暗かった森の中が青く眩しい炎で広がり、目の前に1人の人影が炎の中から現れた。
「あの脳無を止めるなんて……お前も中々異端じゃないか?」
「っ!!」
真っ黒なロングコートに、黒い髪。目元と口元にツギハキの痕がついた、炎と同じぐらい青い瞳をした美形の青年。
その姿を見た瞬間、泡瀬が言葉を漏らす。
「また、ヴィランかよ……!」
現れたのは敵連合の1人、『荼毘』だった。
「そ、そんな……ココまで来て……!」
ヤツは俺の後ろにいるラグドールを指差し、ゆっくりと話を始める。
「その女も捕まえるリストにあったヤツだ……悪いけど、本気でいかせてもらうよ?」
「ッ!」
俺は背負っていた円場をその場に下ろしながら、冷静に思考する。
コイツの偽物はトゥワイスが『二倍』の個性で複製した、1体目は相澤先生が倒したハズだ。
じゃあコイツは……2体目の偽物だ……!
このまま炎を出されたら、俺はともかくほかのクラスメイトはひとたまりもない。
「じゃあな」
荼毘の指差す手が開き、その手の平に炎が溜まるのと同時に、俺はヤツに向かって駆け出し、その手を刃で上に弾き上げた。
「おっとッ!!」
「隠れろッ!!!!!」
周りに吹き散らされた青白い炎が上空に向かって噴射され、慌てて荼毘は炎を止める。そのまま腕を切り落とそうと振りかざした刃は素早く回避され、ラグドール達に叫んでいた俺に向けて再度炎が放たれた。
「うぉォォォォォォォォォォォォっッッッッ!!!!!!!!」
轟の炎の比じゃない火力と温度差が、俺の硬化した体を貫いて徐々に焼き焦がしていく。せっかく彼女達が巻いてくれた包帯も、一気に真っ黒く焼き焦げてしまったが、小さな傷が焼けて塞がったのは幸運か。
「ハァ、死んだか……」
「ッ!」
視界の中で炎の揺らぐ轟音の中、そんな間の抜けた荼毘の声が聞こえた瞬間、俺は体が炭化するのも恐れずに放たれた斬撃波が炎を切り裂く。
しかし、荼毘は炎を突き破ってきた斬撃波を、髪の毛とコートを掠らせて回避した。
「くッっ!? 遠距離攻撃持ちとは聞いてねぇぞ……!?」
やっぱりコイツらの情報は体育祭で止まっている。
包帯は焦げたが、熱への耐性も上がっている。個性強化訓練の成果が出ていた。
周りを見渡せば、八百万やラグドールは大きな木を盾にして荼毘の炎から隠れている。いくら強力な炎とは言え、生木を一気に燃やす威力はないらしい。
「八百万ッ!!! みんなを守れェッ!!!!!」
「っ!!!!!」
俺の叫び声を聞いて、八百万はガスマスクを酸素マスクに変えて皆に投げ渡していた。
「ったく、厄介な個性だな……お前もッ!」
荼毘は八百万も見ながら俺の斬撃を飛び退き、青い炎を噴射していく。そこら中に炎が燃え広がり、瞬く間に山火事が広がっていく。
「クソッ!」
普段ならあの程度の身のこなしなら、すぐに捕まえるか斬撃波を当てられるハズなのに、思うように体が動いていない。個性強化訓練と脳無との戦いで俺も緑谷と同じ、もうとっくに限界は超えてしまっているのだろう。
「チンタラしていていいのか? お前は熱には耐性ありそうだが……お仲間さんはどうかな……?」
「ッ!?」
彼の言葉に、俺が硬化をほんの少しだけ解除してみると、すぐさま火傷が起こるほど、周りの温度が上がっていた。
「八百万ッ!」
「仲間見てる場合かァッ!?」
荼毘が叫びながら両手で炎を俺に向かって放つ。回避すれば八百万達の方へと流れるように狙っており、俺は体で炎を裂きながら噴射の圧に負けずに荼毘へと刃を叩き下ろす。
「クッッ!!」
「おっとッ!」
しかし、荼毘は余裕そうにヘラヘラ笑いながら、俺の斬撃を躱していく。
「ハァ……ハァ……!」
「ラグドールさんッ!!」
「ッ!」
後ろで彼女に声をかける八百万の声と、仲間の声も聞こえた。このままだと仲間が熱に体力を奪われ、次々と倒れ始める。トランシーバーは最初の炎で壊れた。携帯も同じだ。施設の中にいるクラスメイトかブラドキング先生が、目の前の火事に気づいてくれるしか、応援は望めない。
そこまで考えていると、また荼毘が俺の前で喋り始める。
「どうする? あの女を渡せば、他は見逃してやらなくもないぞ。もう時間もねえしな……」
このまま黙って時間を稼ぐか、その前に後ろが保たないんじゃないかと、思考すらも血が回らなくなりそうになっていた時、後ろから八百万の声が聞こえた。
「切裂さんッ! 私達は大丈夫ですッ!!」
「やれェッ! やっちまえェェッ!!!」
「んッ!」
振り返ると、いつの間にか散っていた仲間全員を集めた八百万が、耐熱遮断シートを創造して全員の全身を覆う様に被り、隙間から顔を出して叫んでいた。創造が早すぎると思ったのは、小大がシートを限界まで大きくしたからだった。
「チッ、バカな奴等だ……持ち帰るのは諦めるか……!」
「くッ!」
交渉を諦めた荼毘が俺の前に手の平を広げて、炎を収縮していく。そして先程と同じ様に俺に向けて放とうとしたヤツの横から……茂みを飛び出してくる影がいた。
「うぉォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!」
「鉄哲ッ!!?!?!」
ガスヴィランを倒して戻ってきていたのだろう。現れたのは鉄哲だった。
「フンッ!」
すぐさま荼毘は叫ぶ鉄哲に向かって青白い炎を噴射したが、その炎の中を彼は全身金属化して走り抜けた。
「効かねぇェェェェェェッッッッ!!!!!」
そのまま蒼炎から飛び出した鉄哲は、真っ直ぐ荼毘に殴りかかった。彼のツギハギで火傷痕の目が見開き、鉄哲の拳が頬に突き刺さる。
「グウゥッ!!? クソッ、お前もアンチかよッ!!!」
大きく体を揺らめかせながら、荼毘は再度鉄哲に炎を噴射したが、彼は気にもせずに更に荼毘へと飛びかかった。
「ウオォォォォッッ!!!!!」
その驚いた隙を突いて、俺は鉄哲に意識の向いていたヤツの懐に、受け身も考えずに飛び込んでその刃を振るった。
「あ……ッ!」
荼毘の体が俺の刃で、綺麗に上下に真っ二つに分離した。それを見た鉄哲も、殴るのを止めて驚いていた。
「なっ!?」
「チッ、油断した……まあいい……目標は最初から達成している。お前らの負けだ……」
上半身だけになった荼毘が地面に転がりながら口惜しげにそう呟くと、みるみる内に彼の体が泥となって溶けて消えた。
「な、なんだったんだ……?」
「ハァ、ハァ……ッ! 分身だ……それより……炎を止めないと……!」
「2人ともっ! こっちよッ!!」
振り返れば、消火器を持った拳藤と泡瀬と小大が、八百万とラグドールの周りの炎を消しながら、移動している姿が見えた。
2人に駆け寄り、円場を背負い直している間に、鉄哲も追加した4人が消火器で辺りの炎を大まかに消しながら作ってくれた道を俺は走り、森を突き抜けた。
「見えた……!」
ようやく、目の前に建物が見えた。
火事が見えていたのだろう、出入り口のドアが開いて、そこから切島と峰田……それを追う飯田とブラドキング先生が見えた。
彼らが、俺の名前を呼んでいる気がした。
でも、もう声は俺には聞こえなくて……
ぐらりと、視界が傾いた。
傾いたのは、俺の体だった。
「あ……」
「切裂───
最後に聞こえた声は、誰だったのだろうか。
たぶん貧血だ……
ちょっと……頑張り過ぎたんだ……
でも……
「ラ、ラグドー……る…………」
最後まで、守らなければならない人の名前を呼んで、俺は意識を失った。
・・・♡・・・♡・・・
「ここは……」
緑谷 出久が目を覚ますと、そこは見た事のない天井だった。
体は思う様に動かず、まだ緩い痛みが全身に、声には出ないが落ち着かない痛みが右腕に集中して、思わず彼は顔を顰める。
妙に薬品の香りに、清潔すぎる室内と心音のメーターだけが聞こえる、静かすぎる雰囲気。雄英の保健室や保須事件の時と同じ、ココは病院なんだと彼は察知する事ができた。
部屋の明かりはついていたが、時間は今は昼だろうか。あのあとどれだけ時間が経ったのか、彼が考えようとした時に視界の左側にあった病室のドアがノックされて開いた。
「緑谷……!」
「デクくん……!」
「轟くん……麗日さん……」
最初に入ってきたのは轟と麗日で、そこから遅れて飯田や切島と、1年A組のクラスメイト達が続々と入ってきた。
「緑谷君!」
「目え覚めたばかりか!?」
「マジかよっ!」
「まだ眠ってるって聞いてたからよぉ! ちょっと病院の人に伝えてくるっ!」
「私も行ってくるわっ! ケロっ!」
峰田と蛙吹が慌てながら病室を出ていく。その間に轟が、彼の隣に用意されていた椅子に座った。
「と、轟くん……」
「緑谷、何があったか覚えているか……?」
「あ……」
彼の言葉に、緑谷はあの日起こった出来事を1から思い返した。
肝試しの真っ最中に敵連合と接触した緑谷は、真っ先に洸汰の安否を願って彼の元へと向かった。
そして、その場所にピンポイントで登場したヴィラン『マスキュラー』と接触し、洸汰を守りながらの交戦が始まった。
咄嗟にフルカウルの上限だった10パーセントを超え、20パーセントの力で洸汰に飛び込み、彼を助けた。
更に右手で50パーセントのスマッシュを打ち込み、マスキュラーの個性である筋肉で防がれた彼は、ただの100パーセントでも威力が足りない事を察知した。
だから、彼はあえて防御されるのを誘い、本命を打ち込んだ。
隙を狙う緑谷の脳裏に、彼の言葉が思い起こされた。
───だって……緑谷くん今、成長してるじゃん。このまま修行を積めば、例え5パーセントだとしても、今の5パーセントと数ヶ月後の5パーセントって、絶対にパワーなりスピードなり何なり違くない?
(ありがとう……切裂くん!)
その想いを胸に、彼はトドメを刺そうとしてくるマスキュラーの筋肉の塊を右腕の拳で受け止めた。
そこから片手で弾いたエアフォース。それも上限を超えた100パーセントの威力で左手の指ひとつを犠牲にし、マスキュラーの義眼の付いた顔面を撃ち抜いた。
(200……いや……ッ!!!
……300パーセントッッッ!!!!!)
そして、その衝撃で筋繊維が緩んだ瞬間を見計らい、彼は単純計算300パーセントに匹敵するスマッシュを、奴の本体そのものに叩き込んだのだ。
「デラウェア……デトロイトスマアァァァァァァァァァァシュッッッッッッ!!!!!!!!!!」
彼の作戦は功を成し、マスキュラーの意識を完全に奪う事に成功していた。
史実よりも損傷箇所は増えたが、それ以外に大きなダメージはなく、彼はマスキュラーとの戦闘を終えた。右腕は完全に使い物にならなくなったが、残った左腕と両足で洸汰を背負い、彼を安全な場所へ届けると同時に、相澤先生へ爆豪が狙われている事を伝えるために、施設へと向かった。
そこから偶然通りかかった相澤先生に洸汰を預け、更に先生からの交戦許可をテレパスで生徒全員に伝えるため、彼は広場で交戦するマンダレイと再会。スピナーの一撃を食い止め、彼女に伝言を終わらせると爆豪の元へと向かったが、その途中で負傷した障子と合流した。
ヴィランの襲撃で暴走したダークシャドウと、それに振り回されている常闇を助けるべく、彼は氷塊が見えた轟の方へとダークシャドウを誘導し、爆豪と轟が交戦していたヴィラン『ムーンフィッシュ』を巻き込ませ、爆豪の爆破と轟の炎でダークシャドウを鎮静化させた。
こうして彼は、障子、常闇、爆豪、轟と彼が抱えていた円場と合流し、爆豪を施設へ送り届けるべく、道なりではなく森の中を真っ直ぐ突っ切るコースで、施設を目指して移動を開始した。
そして彼は、イレギュラーを起こしてラグドールを助け、更には麗日と蛙吹を救出している、八百万と泡瀬と小大を引き連れた、切裂 刃と再会した。
自分よりもボロボロな彼の姿に、向こうでも壮絶な戦いがあった事を察した緑谷は、今は深い事を探らず彼らと協力して爆豪を施設へと連れて行こうとした。
しかし、その会話の途中で『Mr.コンプレス』に爆豪と常闇を個性で圧縮されて奪われ、切裂の不意打ちも虚しく彼の逃走を許してしまう。
だが、マスキュラーのダメージを抑えていた彼は切裂に背中を押され、再びフルカウルの上限を超えた動きで素早いコンプレスを追いかけ、轟と障子と麗日と蛙吹が続いた。
その後は自力でコンプレスに追いついて、彼を叩き落としながらヴィラン側の合流地点へと到着した彼だったが、そこにいた荼毘とトガヒミコとコンプレスに翻弄されて爆豪の玉を奪う事は叶わず、更に現れた黒霧が彼等を回収しようとする。
だが、そこで再び彼の左手で本気のエアフォースが放たれ、調子に乗って終幕の口上を名乗り上げようとしたコンプレスの顔面に直撃し、割られた仮面と同時に口から圧縮した爆豪と常闇を吐き飛ばしてしまった。
ココまでが、彼の快進撃だった。
慌てて回収しようと緑谷が駆け出し、更にエアフォースで追撃を仕掛けるが、ココに来て右腕の激痛とフルカウルの反動が起こり、狙いがブレた。その空気の弾丸は、圧縮された玉を取ろうとした荼毘の頭を外れてしまったのだ。
遅れて合流した轟が氷結の最大威力を放ち、荼毘に回避されたはしたものの、もうひとつの玉を障子が伸ばした複製腕で回収した。
気を失ったコンプレスを荼毘の右手が掴み、圧縮が強制的に解除された彼の左手が掴んでいたのは、爆豪の首。障子の掴んだ球からは、常闇が現れていた。
(かっちゃんっ!!!!!)
(来んな、デク……!)
最後の力を振り絞って、彼はガスに飛び込もうとしたが、それよりも早く親友の姿がガスの中へと消えた。
その光景を最後に、彼の意識は失われた。
「あの日の夜から、お前は1日眠っていたんだ。本当だったら……合宿の5日目だ。わかるな?」
「う、うん……」
轟の説明を、緑谷は視線だけを動かして相槌を打とうとするが、それすらも叶わない。
「迷惑かけたな、緑谷……」
「ううん……僕の方こそ……A組みんなで来てくれたの……?」
常闇の謝罪も気にしてはいなかった。むしろ彼を助ける事ができた事に安堵しているぐらいだった。
そうして緑谷の力ない問いかけに、今度は飯田が答えた。
「いや……耳朗君、葉隠君は、ヴィランのガスによって未だ意識が戻っていない……それと……八百万君は少し体調を崩してしまってね…………入院はしていないが、自宅療養中だ……だから、来ているのは、その内3人を除いた……」
麗日が、緑谷を覗いて、はっきりと彼に伝えた。
「14人だよ……」
「爆豪、いねえからな……」
「おい、轟……!」
轟の言葉を肩を押さえて止めようとしたのは、砂藤だった。
緑谷はオールマイトの言葉を思い出そうとした。
手の届く範囲は必ず助け出す、彼の言葉を。
自分が手の届く場所にいた。
必ず助けなければいけなかった。
そのための個性だった。
相澤先生に言われた通り、1人助けて終わる結果となった。
体が動かず、最大の親友を助ける事ができなかった後悔が、彼を駆け巡ろうとした。
その時だった。
「あ…………ぁ、あれ……?」
麗日の言った人数と並んでいるA組を見比べて、更に足りないクラスメイトがいる事に気がついた。
「き、切裂くん……切裂くんは……?」
緑谷は痛む体を気にせず、クラスメイト達を見渡して、知りたかったもう1人の親友を尋ねる。
自分以上に体をボロボロにしていた、親友の名前を。
だが、彼らから言葉は返ってこなかった。
クラスメイト達は一斉に言葉を詰まらせ、病室には心音だけを酷く遅く伝える電子音が、響く。
「……ぅ……うぅ……っ」
後ろに立っていた芦戸が、突然泣き始めた。
「ぇ……?」
不意によぎったのは、最悪の結末。
そんなハズないと、頭の中で警鐘が鳴り響く。
心臓の音が早くなって、煩かった。
彼が再度尋ねるよりも早く、轟が重々しい口を開いて、彼に伝えた。
「隣に、いるぞ……」
その言葉を聞いて、先程からずっと聞こえている、心音を示す電子音が自分の物じゃない事に、彼はようやく気がついた。
そっと……おぞましい寒気が通り過ぎて……彼は顔をゆっくりと、反対へと振り返った。
「あぁ…………ぁ………………!」
そこには、もうひとつのベッドと……全身を包帯で巻かれ、口には呼吸器を取り付けられ、夥しい数の血液と点滴のチューブが繋がれた彼の眠る、壮絶な光景が広がっていた。
次回『其々の覚悟』