切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第二十三話

 

 

 

 

 

 真っ白な視界の奥で、人の影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ト…………………………ちゃ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感覚的に、女性だってわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ヤ…………ん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ト…………が………………ちゃ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向こうも俺の名前を呼んでいる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤ……イバ………………ん…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ト…………………………ちゃん…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本能的に、俺は彼女に手を伸ばそうとして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤ…………イ…………バ………………さ……ん……!」

 

 

 

 

 

「ト……ガ…………ちゃん…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり視界が一気に晴れたそこは、知らない天井だった。

 

「ッ!!?」

 

「ッ、ヤイバさんっ!?」

 

 そして視界の横から顔を覗き込んできたのは、トガちゃんではなく、八百万だった。

 

「ッ!? や……やおモモず…………!」

 

 彼女は目を見開いて俺の様子を確認してくる。黒い髪の毛は今は纏めていないのか、俺の顔の前に垂れてきた。

 

「ヤイバさんっ、私がわかりますか……!?」

 

「あ……あぁ……」

 

 安心はしたが、それよりもだった。

 

 

 

 

 

 せっかく目が覚めたのに、心臓が止まる所だった。

 

 

 

 

 

 間違いなく、彼女の名前を呼んでしまった。

 

 無意識に口に出ていたかもしれない。

 

 口元を押さえようと手を動かそうとするも、体が全然言う事を利かずに体を震わせる。どうやら全身に分厚い包帯やらギプスやらで固定されているみたいだった。

 

 そして、目の前にいる八百万は、俺と意思の疎通ができているのを確認すると、その目に涙を浮かべながら寝ている俺の顔に抱きついてきた。

 

「よかった……っ!」

 

「むうっ」

 

 峰田なら夢にまで見ただろう、彼女のヤオヨロッパイが顔いっぱいに密着される。

 

 身動きが取れない中で、俺は胸の隙間から彼女に質問する。

 

「ここは……?」

 

「ここは病院ですわ……もう何日も眠ってましたのよ?」

 

 彼女が俺を離すと、窓の外から差し込むオレンジ色の日差しと、夕焼け空が見えた。察するに、今は夕方なのだろう。

 

「待って……」

 

 それよりも、俺は今彼女の言った言葉に、思考を奪われた。

 

「何日も……?」

 

「え、ええ……」

 

 間違いなく彼女はそう言った。

 

 爆豪がどうなったのか知りたかったのに、その前に気を失ってしまった。

 

 途端、全身の血が引く思いに苛まれた。

 

 心音を伝える電子音が荒々しく病室内に鳴り響く。

 

 

 

 

 

「待って……今何日経ったッ!!?」

 

 

 

 

 

「落ち着いてくださいっ!」

 

 そう叫ばれて、俺はもう一度彼女に顔を抱きしめられる。

 

「落ち着いて聞いてください……」

 

 そう、宥めるように八百万に囁かれ、俺は彼女の胸の中で呼吸をする。心音は落ち着くどころか更に荒々しくなったけども、彼女は俺を抱きしめていた手を解放すると、その片手を俺の肩へと置いた。

 

 そしてゆっくりと、彼女は話を始めた。

 

 

 

 

 

「オールマイトが、引退しましたわ……」

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 事件直後、林間合宿場近くの『庵木総合病院』に、切裂と緑谷達は救急車で搬送されていた。

 彼ら以外にもガスで意識不明の生徒や、頭を殴られて重傷のピクシーボブも運ばれた。

 

 軽傷者は現地で処置が施され、無傷の生徒もいたが、事件現場となった現地の施設で宿泊するワケにもいかず、教師とプロヒーロー、そして生徒達は全員山から下山し、病院の近くの警察署で事情聴取を行いながら、一晩を過ごした。

 

 夜が明けて、事情聴取から解放されたA組B組の生徒達は、緊急手配された帰りのバスが警察署に到着する前に、緑谷と切裂達の眠る病院へと迷いなく向かっていた。

 1日が経って、ようやく彼らは病院に運ばれた面々と再会し、ベッドで眠り続ける2人を見て言葉を失った。

 

 生徒達に主治医は症状を説明する義務はない。彼らに対して、緑谷は命には別状ないが、切裂は失血で生死の境を彷徨っており、いつ目覚めるのか検討がつかないと説明していた。

 

「あの子の腕の傷は……もう治せませんね……」

 

「緑色の髪の子も壮絶ですが、こっちの子はもっと酷い……」

 

「生きているのが不思議……いえ、奇跡なんですよ……」

 

 

 

「彼、骨髄が常人の数倍はあります」

 

 

 

「原因はわかりません……超常現象が起こってから、色々ありましたから……」

 

「…………マジかよ…………クソッ……!」

 

 そんな話を、コッソリ主治医の後をつけて盗み聞いた峰田が、その話の内容に身を震わせた。特に切裂は搬送された時点で、失血死してもおかしくないほど血を失っていた……と。

 

 耳朗と葉隠もガスの症状でまだ目覚めず、生徒のほとんどが意識不明となったB組で、生き残った物間達の表情は暗かった。

 

 そして、病室のベッドで眠る緑谷と切裂の2人を前に、話を盗み聞いて戻ってきた峰田の内容に、芦戸がすすり泣いている中、クラスメイト達が呆然としていると、そこに3人の来客が訪れた。

 

「マンダレイさん……!」

 

「キティ達……やっぱりここにいたのね……」

 

 ピクシーボブの容体を見てきたマンダレイ、ラグドール、虎の3人だった。彼女達も警察の事情聴取を終え、イレイザーヘッドとブラドキングよりも先に解放されていた。

 既に昨日から身につけていたヒーローコスチュームではなく、外出用の私服へと着替えていた彼女達を見て、轟はマンダレイに尋ねた。

 

「洸汰くんはどうしたんですか?」

 

「まだピクシーボブの部屋にいるわ。意識、戻ったみたいだから……!」

 

「そっか……!」

 

「戻ったんですね!」

 

「よかった……!」

 

「後でそちらにも顔を見せないとな」

 

 彼女の返事を聞いて、少しだけクラスメイト達の中が安堵で明るくなった。

 

「………………」

 

 そんな中、喜ぶ彼らの横を無言のまま通ったラグドールは、呼吸器と大量のチューブに繋がれた切裂の眠るベッドの前へと移動して、彼の頬に手を当てた。

 

「ずっとね……守ってくれたの……」

 

「ラグドールさん……」

 

 彼女の呟きに、まだ暗い表情を見せていた八百万が彼女の名前を呼んだ。

 

知子(ともこ)から全てを聞いた……自らの命も顧みず、全力で彼女を守り続けたと……!」

 

「ああ…………漢らしいぜ……切裂……! お前は俺なんかよりも……何倍も……っ!!!」

 

 虎と切島が声を震わせながら話をしている中、ラグドールは彼の顔へと自身の顔を寄せる。

 

「死んじゃダメよ……キミは絶対に、ヒーローになれる……! それに……」

 

 ポタリと、彼女の涙が雫となって、彼の頬に落ちた。

 

 

 

 

 

「まだ……お礼も言えてないんだから……!」

 

 

 

 

 

 そう言ってそっと優しく、彼に落ちた涙を拭った。

 

 本当だったら、抱き着いて額に唇を落としてあげたかったけれども、お互いの同級生が見ている目の前で、そこまでの暴走はできないぐらいには、彼女は冷静だった。

 

 彼から頭を上げて振り返った彼女は、今までの悲しみに満ちた様子とは一転、至極真剣な表情で虎とマンダレイに告げた。

 

「忙しくなるわよ……!」

 

「………………!」

 

「うむ……!」

 

 彼女の言葉に大きく頷いた2人は、最後にもう一度クラスメイト達に挨拶を済ませて、彼女達は廊下へと出て行こうとした。

 

「じゃあ……またどこかでね、キティ達……!」

 

 そんな彼女達を呼び止めるクラスメイトがいた。

 

「ラグドールさん……」

 

 廊下に出て、歩いて行こうとする彼女達を呼び止めたのは、切島だった。

 

「切島くん……?」

 

 彼は我慢できないように、彼女の顔を見て叫んだ。

 

「ラグドールさんっ……爆豪の位置わかるんスよねっ!!!!?」

 

「っ!?」

 

「あっ!」

 

「そうか!」

 

 その言葉に、八百万を除くその場にいたクラスメイト全員が、声を上げた。

 

 彼女は個性強化訓練中に爆豪をサーチしている。

 

 彼女の視界には、サーチした相手は姿が見えなくとも、その位置が星の光の様に映っているのだ。

 

 完全に顔が見える距離でなければ個性の詳細は表示されないし、彼女には見えている星が誰なのかはわかっていない。

 

 おまけに、写真や動画……はたまた個性を使った完璧な複製でも、本物を見なければサーチは反応しないし、顔が完全に見えなければ目の前でも発動はできない。

 

 あくまで、サーチしているのは人ではなく個性であり、無個性には反応しないのだ。

 

 しかし、彼女はこの強化合宿のために、プッシーキャッツを除く全ての人のサーチをリセットしており、今この病院にいるクラスメイトを除いた、遠くに見える光が爆豪であるのは明確だった。

 

 だから、追おうと思えばすぐにでも彼を追いかける事ができた。

 

「………………ええ」

 

 彼女は正直に答え、彼に頷いた。

 

「警察とプロヒーローはもう……爆豪を助け出す準備を始めてるんすよねぇ…………っ!!?!」

 

「…………ええ!」

 

 本当は口外を憚れる行為だったが、せめて今の彼等に不安を与えないためにも、彼女は答えた。

 

 しかし、その返答を聞いた切島は彼女に頭を下げ始めた。

 

 

 

 

 

「俺も連れて行ってくださいッ!!!」

 

 

 

 

 

「き、切島くんっ!!?」

 

「切島っ!!?」

 

 唐突に無茶苦茶なお願いを始める切島を、麗日と峰田が驚いてすぐ飯田が彼の肩を掴んだ。

 

「何を言っているんだ切島君!!?!」

 

「ラグドールさんお願いしますっ! あいつを……切裂と緑谷をあんな目に遭わせたヤツらに……爆豪を連れて行きやがった敵連合とか言うヤツらにッ、俺がカタキ討ってやるんですッ!!!」

 

 そのまま飯田を無視して彼女へと頭を下げ続ける切島に、さすがの彼も怒気を含ませて彼の凶行を止めようとする。

 

「馬鹿者ッ!! 君が行った所で何になるッ!!! コレは俺達が出て良い舞台ではないんだ!!! プロに任せるべき案件だッ!!!!」

 

「うるせえわかってるッッ!!!!!」

 

 そんな飯田の声よりも更に大きな声で、切島は彼に掴まれていた肩の手を振り払って、喚く様に叫んだ。

 

「でもさッ、俺……なんもできなかった……ッ! ダチが狙われてるって聞いてんのに……ッ、なんもできなかった! なんも……ッ!! なんも……なんもぉッ!!!」

 

 そのまま彼は自分の胸を手で掴みながら、皆と彼女の前で叫び続けた。

 

「お願いしますラグドールさぁんッ! 切裂も緑谷も、爆豪も……アイツらは俺の……最高のダチなんです……ッ!!!」

 

「切島……っ!」

 

「よせ切島、落ち着け!」

 

「落ち着けぇ、ここ病院だぞ……!」

 

「おい、切島っ?!」

 

 叫びながら急に足から力が抜けるようにして、フラフラと倒れ込んでしまう切島を砂藤、障子、上鳴、瀬呂が支えようとしたが、彼はそのまま廊下に屁垂れ込んでしまった。

 そんな彼の背中を峰田が優しく支えた。

 

「こんな状態じゃ、無理だろ……!」

 

「嫌だ……ココで動けなきゃ……ッ! 俺ぇ……俺ぇぇ……ッ!」

 

 それでも泣きながら願い続ける切島に、彼の隣へと轟が出てきた。

 

「ラグドールさん、俺からもお願いします。親父の名前を出せば、多少の事は───

 

「轟くんもッ!!!」

 

「ラグドールさん困ってる……!」

 

 切島に続いて無茶苦茶な注文をしようとした轟の瞳はヴィランへの怒りで純粋に燃えているが、そんな彼を麗日と口田が服を引っ張って止めた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 彼等の様子を見てマンダレイと虎が何から伝えるべきなのか迷っていた時、最初に動いたのはやはりラグドールだった。

 

「キミ達の悔しい気持ち、私には凄くわかる……私も……あんなボロボロだった彼に……なにもしてあげられなかった……!」

 

 轟と切島の前に歩み出た彼女は、震えている拳を握りしめる。

 それでも彼女は2人に対して、受け止めるべき現実をしっかりと伝えた。

 

「でも、ごめんなさい…………どれだけ望んでも、ヒーロー免許を持っていないキミ達を連れてく事は、私にはできないわ……!」

 

「ッ!」

 

「………………」

 

 その当然な答えに轟は視線を逸らして黙り込み、座り込んだまま俯いた切島の瞳からは、嗚咽と共に涙が廊下の床に流れ落ちた。

 飯田もその様子を息を呑みながら見守る中、ラグドールは更に話を続けた。

 

「だからって、何もしないでってワケじゃないの…………キミ達はキミ達のやるべき事を、全力でやってちょうだい……!」

 

「俺の……」

 

「やるべき事……?」

 

 廊下に座ったままの切島がラグドールを見上げ、彼女は彼に対して頷きながら目の前でしゃがむと、優しい表情を見せながら彼に語りかける。その様子を目で追う事なく、轟は自ら答えを探し始める。

 

「あの子……私達の個性強化訓練にひと一倍必死だったの、覚えてる?」

 

「っ……はい!」

 

「っ!」

 

 そこまで聞いて、切島と轟は悟った。

 

「アナタとの訓練だけでも大変なのに……彼ったら自分の個性が伸びるからって、他の生徒の個性訓練にも顔を出してたわね……」

 

「うむ。我の『我ーズブートキャンプ』にも、嫌な顔ひとつせず、自ら参加してきたのだ……! あれほど使命感に燃えた生徒は、今までに見た事ない……!」

 

 マンダレイと虎の言葉に、彼は自分達の考え方が甘すぎた事を思い知った。

 

 そもそも、この合宿はヴィラン活性化を見据えての、強化合宿だった。

 

 最終的な目標は『仮免許』を取得して、プロヒーローとして敵連合の様な組織的な悪意に対抗するため、と。

 

 だが、個性を可能性と信じて鍛え続けていた彼は、見据えている世界が違ったのだ。2人だけでなく、クラスメイト達までそう思ってしまった。

 

「だからお願い。今は私達を信じて……キミ達は腕を磨くの……! いつかヒーロー免許を持って、本当のプロヒーローとして輝ける時に備えて……!」

 

 

 

 

 

 きっと彼は……いつどうなってもいいように、最善を尽くすべく備え続けていたんだ……と。

 

 

 

 

 

「こんなやり方よりも……目を覚ました彼に……胸を張れる友達でいてね!」

 

 そう言って、彼女は頭を上げた彼に元気良く笑って見せた。

 それが空元気の笑顔だったとしても、誰も彼女に言う者はこの場にはいなかった。

 

「切島ちゃん、ラグドールさんが正しいわ……」

 

「俺達にできないからこそ、彼女達プロを信じる。それがプロを目指す俺達の礼儀だ」

 

「切島君。君の気持ちは俺にもわかる。俺だって悔しいし、心配だ。でもどうかわかってくれ……君が爆豪くんを心配しているように、俺も君が心配なんだ……!」

 

 蛙吹と常闇、飯田が彼の肩を押さえて立ち上がらせようとする。障子も彼と轟の肩を両方掴んで、自分達の方へと寄せた。

 

「切島の何もできなかった悔しさも、轟の眼前で奪われた悔しさもわかる……だが感情で動いていい問題じゃない。それに、俺達には他に成すべき事がある……!」

 

 その仲間達の腕と言葉に、2人は素直に従った。

 

 

 

 彼が備えていたなら、自分のやるべき事はひとつだった。

 

 

 

 今度は彼と同じ場所に立たなければ。

 

 

 

 彼と同じ目線で、物事を見なくては。

 

 

 

 そうしなければ、いつまでも彼に勝つ事はできないと信じて。

 

 

 

 切島は鼻水をすすりながら、クラスメイト達の腕に頼らず立ち上がった。

 

「わかりました……!」

 

 その答えを聞いたラグドールは安堵の息を漏らして、彼にもう一度明るい笑顔を見せた。

 

「安心して……爆豪君は私達が必ず助け出すから!」

 

 最後にそう言って、彼女は廊下を振り返りながら緑色の髪の毛を掻き上げると、腕を振って肩で風を切りながら歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に許さない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 左右の虎とマンダレイも彼女の言葉に無言で同意し、そのまま歩き出した。

 

 廊下の先頭を歩く彼女の四白眼は、連れ去られた爆豪を示す光が瞬くと同時に、見えぬ敵達を強く睨みつけていた。

 

 

 

 

 

「切島……」

 

 プッシーキャッツの見えなくなった廊下の前で、峰田が彼に声をかけた。

 

「……っ!!」

 

 腕で涙を擦った彼は切裂の病室ではなく、ピクシーボブの部屋を目指した彼女達とは反対方向である、病院の外へと向かって廊下を歩き出した。

 

「相澤先生……しばらく事情聴取で帰ってこれないって、言ってたよな……」

 

「あ、あぁ……もうすぐ帰りのバスが来るから、俺達だけで帰るようにとな。学校には向かわず、それぞれ家の近くに停車すると言っていたが……!」

 

 飯田の説明を聞きながら、目を据わらせた切島が答えた。

 

「俺……雄英の先生に、訓練所借りれねえか聞いてみるわ……!」

 

「オイラも付き合う……!」

 

 その言葉に迷いなく乗ったのは、峰田だった。

 

「グス……ッ、私も……ッ!」

 

 まだ止まらない涙を手の甲で擦りながら、芦戸も乗った。

 

「あのバス……雄英の近くに停まってくれへんかな……」

 

 そんな事を言いながら、麗日も彼の言葉に乗っていた。

 

「相手がロボットなら、嫌でも聞いてくれるだろ」

 

 彼女に答えながら、轟も話に乗った。視線は先ほどよりも、少しだけ穏やかだった。

 

「君達……いや、そうだな……!」

 

 委員長の飯田も乗った。彼はプロヒーローのマニュアルの言葉を思い出しながらも、彼等と自分の選択肢が正しいと信じながら歩み始めた。

 

「僕も……!」

 

「俺も……!」

 

「俺もだ……!」

 

「ケロ……!」

 

「個性とは可能性……!」

 

「うんっ……!」

 

「やってやろうぜ……!」

 

「ああ……っ!」

 

「………………!」

 

 それからクラスメイト達も次々と賛同し、最後に八百万が何も言わなかったが、決意の籠った目で彼等の最後尾を歩いていた。

 

 ここで悲しんでいても、何も変わらない。

 

 

 

 

 

 強くなりたい。

 

 

 

 

 

 イレギュラーによって引き起こされたプロヒーローの生還と本人の瀕死により、彼らの意志は統一された。

 

 切島を先頭に、残された雄英の友は自分達の成すべき事を信じて、動き始めたのだ。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 その日、『岳山 優』ことマウントレディは、新しく借りた事務所で、今までの事件ファイルの熟読をしていた。

 田等院のマンションの引越しも、引越し先も事務所の近場に建てられたマンションに決まり、荷物の移動など、生活の準備も済んだ。保須でのヒーロー活動にも波に乗り始めた時だった。

 

 事務所の会計士が、彼女に運ぼうとしていたコーヒーをトレーごとカーペットの床に落とした。

 

「え……っ!?」

 

 コーヒカップの割れた音で、ソファーから振り返った彼女が彼を見ると、会計士は落としたコーヒーも気にせず、声と体を震わせてテレビの速報に目を奪われていた。

 

「切裂くん…………ッ!」

 

 その言葉に連れられてテレビ画面を見たそこには、雄英の生徒が林間合宿中にヴィランの襲撃を受け、数十人の生徒が重症等で病院に運ばれたニュースが流れていた。

 その中の1人には『ヘドロ事件』でも『保須事件』でも見た緑色の髪の毛の少年。そして自分の職場体験に来てくれた、黒髪の彼の名前も報道されていた。

 

 雄英高校林間合宿襲撃事件が公式にニュースで発表されてから、マウントレディはすぐさま峰田と連絡を試みた。彼女と会計士は職場体験の時に、個人情報として2人の携帯番号を掌握している。それを今になって使用したのだ。

 彼はこちらから電話が来るのを想定していたのか、すぐに切裂が入院している病院と、彼の容態について教えてくれた。

 

 その深刻な内容を聞いてしまった彼女は、一度彼のお見舞いに会計士と向かった。丁度そこには峰田本人が2人を迎えてくれた。

 眠っている2人の前で、峰田は頭のモギモギ5個でジャグリングをしながら現在の自分達の状況を話した。雄英は夏休み中であり、本来なら合宿がまだ続いているハズだった。ソレが事件で合宿そのものが継続できなくなってしまった以上、代わりに自分達で雄英の訓練所を借りて、今はクラスメイト達と個性強化の訓練を行っているらしい。

 

 彼にいったい何が起こったのかを、峰田は八百万から聞いた話をそのまま彼女に説明した。狙われていたプロヒーローを守るために、強力な脳無やヴィランと戦闘を行い、最後まで最善を尽くそうとしていた事を。

 

 話をする彼の目に隈ができていたのを見て、彼女は説明してくれた峰田を優しく気遣いながら、彼と別れようとしたその時、会計士の持っている業務用の携帯電話が鳴り響いた。

 ソレがヒーロー公安委員会を通した警察から、彼女に緊急招集であると判明した時、マウントレディはすぐさま決意を固めていた。

 内容はもう聞かずともわかっていた。今回の事件を引き起こした敵連合の襲撃と、攫われた雄英生徒である爆豪 勝己の救出作戦への参加命令であった。

 

 彼女が到着した作戦会議室には警察の高官数十名と並んで、ヒーローチャートランキングのトップランカーであるエンデヴァー、ベストジーニスト、ギャングオルカに並び、近年メキメキとその頭角を現し始めたシンリンカムイ、エッジショット、古参で実戦経験も多い虎、ラグドール。塚内警部の呼び掛けでグラントリノが集合していた。

 

 そして、そんな彼等を率いているのは、平和の象徴であるオールマイト。ヴィラン退治にこれ以上ないほどの人員が、作戦会議室に集結していた。

 

「錚々たる顔ぶれが集まってくれた。さあ、作戦会議を始めよう!」

 

 今作戦の指揮を務める塚内警部が手早く作戦内容を説明していく。史実と違い、彼らにはイレギュラーである切裂 刃がその身を呈して守り続けた、プッシーキャッツのプロヒーロー『ラグドール』が味方にいる。一介のプロである彼女は、敵連合と直接戦えるとは思ってもいないが、彼をあんな目に遭わせた連合へ一矢報いるために、自分の出来る事とやるべき事を果たしに、この作戦に参加していた。

 彼女の個性で爆豪が囚われているのがテナントビルであるとすでに判明しているが、塚内曰くアジトが複数存在すると考えられていた。そこで、オールマイトやエンデヴァーなどの主戦力をテナントビルへ投入し、爆豪の奪還を最優先に行うのと同時に、アジトと考えられる場所を他の警察とプロヒーローで制圧。完全に退路を断ち、一網打尽にする2正面作戦が組み上がった。

 ラグドールはテナントビル側に配置され、爆豪の動向と敵連合の動きを作戦開始前から監視し続けた。彼女が爆豪を探せる唯一の人間である以上、当然の采配だった。

 一方、マウントレディは敵連合の構成員が潜むテナントビルではなく、奴等の保有する人造兵器『脳無』を格納するアジトの襲撃を任された。爆豪がいるテナントビルは近隣が市街地で、個性を発動して暴れるのは困難だった。逆に人気のない工場側なら、彼女の個性で脳無を一方的に蹂躙できる。工場の被害も今回は考慮しなくていいと達しを受けていた。

 

 作戦会議が始まった数時間後の夜にはもう、彼女達は現場で待機していた。

 

信乃(しの)も連れて来れれば、もっと円滑化できると思ったのに……』

 

「仕方あるまい知子。流子(りゅうこ)と洸汰を見てやらねば……2人の分も合わせて……奴等に御礼参りをするぞ……!」

 

 作戦開始直前。無線機で別動隊同士の遣り取りをしていたラグドールと虎の間に割って、エンデヴァーが苛立ちの声を漏らす。

 

『それにしても、なんで俺が雄英の尻拭いを…………こちらも忙しいのだが?』

 

「まあ、そう言わずに……あなたもOBでしょう?」

 

 そう答えたのは、やや首が長い全身を青のデニムに包んだヒーローコスチュームの男、No.4ベストジーニストだった。

 彼女はエンデヴァーが雄英生であった事に、少しだけ目を開いた。

 

『雄英からは今、ヒーローを呼べない。大局を見てくれエンデヴァー。今回の事件は、ヒーロー社会崩壊の切っ掛けにもなりうる。総力を持って解決に当たらねば』

 

 塚内の言葉にも押され、彼は舌打ちをした。

 

「私は以前、爆豪の素行を矯正すべく、事務所に招いた。アレほどに意固地な男はそういない。今頃暴れていよう。事態は急を要する」

 

「ほほう、貴様が変えられなかったのか」

 

「毛根までプライドガチガチの男だった」

 

 ベストジーニストの続ける話に、鯱の異形形であるプロヒーロー『ギャングオルカ』が興味を示す。

 大きくため息を吐いているベストジーニストに、これから助け出す生徒がどんな男なのか、想像を膨らませていた。

 

「此方には我が同志、ラグドールがいる。向こうは彼女の個性を理解した上で襲ってきたのだ。逆襲を警戒される前に動くべき」

 

『ラグドール。爆豪君に動きは?』

 

『まだありません、止まっています……!』

 

 塚内に答える彼女はマウントレディよりも年上ながら、その童顔混じりの顔立ちは歳不相応の幼さすら感じたが、その彼女の表情は作戦に向けて集中しているのか、覇気の籠った顔立ちをしていた。

 

「大方、彼を敵連合へと勧誘中なのだろう。時間がない! 今日はスピード勝負だ。ヴィランに何もさせるな! 先程放送されていた会見、ヴィランの目を欺くよう校長にのみ協力要請しておいた。さも難航中かの様に装ってもらっている! あの発言を受け、その日の内に突入されるとは思うまい。意趣返ししてやれ! さあ、反撃の時だ!! 流れを覆せ、ヒーローッ!!!」

 

 爆豪救出作戦、後に『神野事件』と呼ばれる大事件の始まりだった。

 

 塚内の号令で、作戦開始が告げられると同時にオールマイトの気迫の篭った声と、無線機の奥から爆音が響いた。

 

「脳無格納庫制圧チーム……行動を開始する!」

 

 それに続いてマウントレディが巨大化した足で工場を破壊し、ベストジーニストとギャングオルカと虎が殴り込みをかけた。

 

 マウントレディは一寸の油断をするつもりはなかった。

 

 相手は強力な個性を持っていた彼を……子供に優しく、身を挺して人々を守り、誰からも愛されるヒーローになれると信じている彼を、あんな目に遭わせた組織だ。

 

 

 

 

 

 絶対に許すつもりはなかった。

 

 

 

 

 

「脳無……間違いありません……『保須事件』のヤツと同じです……!」

 

 破壊した工場から現れた脳無を両手でそれぞれ1体ずつ握り締めたマウントレディが、他の3人のプロヒーローに自分の今まで見た物と同型である事を伝える。

 

「そうか。だが、格納庫という割には……数が少なくないか……?」

 

「過剰戦力だったかもしれぬが……手加減は無用……!」

 

 ギャングオルカが首を掴んで持ち上げている脳無と、足で踏んづけている脳無を見て疑問を呈するが、そのすぐそばで個性の『軟体』で体を湾曲させながら脳無を拘束する虎が答える。

 

「機動隊、すぐに移動式牢(メイデン)を。まだいるかもしれない、ありったけ頼みます」

 

 繊維を操って脳無を拘束しているベストジーニストが、後方の機動隊に命令をして脳無の拘束と移動を始めようとしていた、その時だった。

 

 唐突に、工場の奥から足音が響いた。

 

 

 

「虎……君が此処にいるって事は……あ〜、ラグドールはBARの方かなぁ? 前々から良い個性だとは思ってたんだが……まさかあの脳無を使っても弔が失敗するとは、僕にも予想外だったよ……!」

 

 

 

「ぁ……っ」

 

 マウントレディは、ステインの気迫を浴びたからこそ、目の前に現れた者の異様さを察した。

 

 そして、その奴を超える圧倒的な気迫と殺気の前に、自らの死を錯覚した。

 

「連合の者か……! 止まれ、動くな!」

 

「誰かライトを!」

 

 3人のプロヒーロー達に、その気迫は認識できていなかった。

 

「こんな体になってから、ストックも随分と減ってしまってね……まあいいさ……」

 

 男の声はプロヒーローの制止に構わず、こちらに向かって歩き続け、暗闇から黒い革靴とスーツを着た足だけが見えた直後、ベストジーニストが個性で彼の衣服を拘束させた。

 

「動くなと言って───ッッッ!?!!?!!

 

「ベストジーニ───ッ!!!!!

 

 それでも、彼女は彼等を止めようと身を乗り出したが、それはベストジーニスト本人の個性によって体を引き剥がされ、叶う事はなかった。

 

 ひとつだけ、作戦前から彼女の気がかりとなっていた、本部にいた警察高官からの話が思い起こされた。

 

 

 

 ───敵連合には恐らく……いや、間違いなくブレーンがいる。そいつの強さはオールマイトに匹敵する。その癖、狡猾で用心深い。己の安全が保証されぬ限り、表には姿を見せない。今回は死柄木らの確保から、奴の捕捉までを可能な限り迅速に行いたい……!

 

 

 

 その言葉を思い出しながら、彼女は衝撃で意識を失った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 プロヒーロー側の作戦は順調だった。

 

 敵連合の隠れ家である、テナントビルのバーに殴り込んだオールマイトとシンリンカムイ、エッジショットとグラントリノが敵連合の構成員の内、ワープ能力を持つ黒霧と無差別に炎を出せる荼毘を気絶させ、残りも一気に無力化して拘束しようとしていた。

 

 同時に工場を装っていた、彼等の所有する人造兵器『脳無』の格納庫もマウントレディ、ベストジーニスト、ギャングオルカ、虎が制圧した。

 

 そのハズだった。

 

 遠くから地鳴りが聞こえた数分後、いきなりテナントビル内とその周りから黒い泥みたいな物体が空間に現れたかと思えば、ソコから多種多様の脳無が転送されてきたのだ。

 

 更に爆豪や敵連合の構成員の口からも吐き出された泥が、そのまま彼等を包み込むとプロヒーロー達の目の前で別の位置へと転送された。

 殴り込みをかけていたプロヒーロー達から、少し離れた所で爆豪の動向を探っていた、機動隊数名に守られたラグドールが、事態の急変にいち早く気付いて無線機に叫んだ。

 

「えッッ!!? 爆豪くんの位置が消え……いいえッ、移りましたッ!!! コレは……脳無格納庫の方ですッ!!!!」

 

『なんでそんなトコロにッ!?』

 

 塚内警部が驚く中、彼女はこの場で誰よりも信頼できる、最強のNo.1ヒーローの名を叫んだ。

 

「オールマイトっ!!!!!」

 

『ラグドール、ありがとうッ! エンデヴァー!! ここは任せたッ!!!』

 

『なっッ!? クソッたれッ! 早く行けッ!!!』

 

 警察の機動隊を襲う脳無を蹴散らしながら、エンデヴァーがすでに飛び立っていたオールマイトに向かって叫んだ。

 更にほかのプロヒーロー達も、彼女に指示を飛ばした。

 

『ラグドールはすぐ移動しろッ!』

 

『ここの脳無は俺達で抑える!』

 

「はいッ!」

 

 テナントビルからオールマイトに続いて飛び出したグラントリノを見送り、彼女も警察に守られながら行動を開始する。

 移動型の個性でない彼女に、5キロの道は早急に到達できるものではなかったが、それでも彼女は爆豪の位置を追い続けるべく、警察のパトカーに乗り込んだ。

 

 だが、彼女が現場に間に合う頃には、事態は更なる急変を迎え、そして終息していた。

 

 

 

 

 

 テナントの襲撃現場から真っ先にオールマイトが爆豪のいる現場に到着したとき、そこには脳無格納庫の工場どころか、その周囲の都市区画が吹き飛ばされて更地となっていた。

 

 工場側を襲撃していたマウントレディ、ギャングオルカ、虎、ベストジーニストは吹き飛ばされたビルの瓦礫の中に倒れて、意識を失っていた。

 

「全てを返してもらうぞ、AFO(オール・フォー・ワン)ッッッ!!!!!!」

 

「また僕を殺すか? オールマイト……!」

 

 その更地となった中央で、オールマイトは宿敵であるAFOとの戦闘が巻き起こっていた。

 彼は圧倒的超パワーのオールマイトの攻撃をいなしながら、気絶したまま転送されて倒れている黒霧の体を黒と赤の禍々しい刃を伸ばした『鋲突』で突き刺した。

 

「黒霧、皆を逃がすんだ……!」

 

 そのまま彼は個性を強制発動する個性を発動し、倒れている黒霧の体からガスが広げて、大きなワープゲートと形成させた。

 

「さあ……行け弔、皆を連れて……!」

 

「先生は……?」

 

「常に考えろ弔。君はまだまだ成長出来るんだ……!」

 

 死柄木の見上げる空中へと浮かび上がったAFOが、吹き飛ばされてから再び舞い戻ったオールマイトと拳で激突する。

 その風圧に煽られながら、転送されて意識のあった連合の構成員は、同じく転送された爆豪を無理矢理にでもゲートの中へと連れて行こうとした。

 

 

 

 

 

 ……が、その戦闘に1人だけ参加していない者がいた。

 

 

 

 

 

「トガッ! 何やってんだ!?」

 

「トガちゃん!? そっちはゲートだぜ!? 俺も行くよ!」

 

「ちょっと、真面目になさいトゥワイス! 何してんのっ、あのおバカさん!!」

 

 スピナーやトゥワイス、マグネの声に呼び止められても、爆豪には目もくれずにゲートへと向かって歩くトガヒミコが、まるで興味のない無表情で彼らに振り返った。

 

「ヤです。その人……どうせ仲間になりませんよ、死柄木くん。お先に失礼します」

 

 それだけハッキリと宣言した彼女は、なんとワープゲートへ先に入って行ってしまった。

 

「ハァ!?」

 

「チッ……またいつもの気まぐれだ……!」

 

 スピナーの叫び声と同時に、苛立ちながらも判断した死柄木は、それでも爆豪を捕まえようと躍起になるが、向こうとしては6対1が5対1に減った上、コチラには遠距離攻撃できる者がいない。

 

「A・P・ショット……オートカノンッ!!!!!」

 

「ぐあァッ!!?」

 

「うおォォッ!?」

 

 その間も彼等の攻撃を爆速ブースターで回避しながら爆豪の構える両手から、対人用に威力を抑えた代わりに、連射力を上げた遠距離攻撃の爆破が、コンプレスとトゥワイスを襲った。

 

「クソッ!」

 

 このまま自分達を倒さんばかりに翻弄する上、遠距離攻撃で牽制してくる爆豪に、死柄木は彼女の言う通りに諦める選択肢を頭に入れ始めていた。

 ヒーローを志した者がヴィランに寝返るのは魅力的だったが、ここで仲間諸共倒れては意味がない。そこまで執拗に拘る必要もないのかと、思い始めた。

 

 そこへオールマイトの攻撃を凌ぐAFOの言葉も重なった。

 

「弔……彼女の様に、時には思い切った決断も必要だよ。なぁに、固執する必要はない。君にはまだ君を慕う仲間がいる……また同じ様に増やせばいいじゃないか。君にはもうそれだけの力がある……!」

 

「先生……!」

 

「弔……君は戦いを続けろ」

 

 そう言った直後、AFOは空中へと退避した爆豪を無視して、死柄木達を鋲突と衝撃波でゲートへと押し飛ばした。

 

「せっ、先生ッ! ク……ッ!」

 

 思わず彼に向かって手を伸ばしたが、僅かに意思の込められた瞳をしていた死柄木の姿は、残りの連合の仲間達とゲートに飲み込まれて、消えた。

 そのゲートの消えた場所に、ようやくオールマイトに追いついたグラントリノが着地する。

 

「遅いですよ!」

 

「お前が早すぎんだ!」

 

「志村の友人か……老耄の癖してよくもまぁ……!」

 

 そのまま目の前でAFOとオールマイトとグラントリノが戦闘を始める中、目の前のヴィランの次元の違う強さに思わず身を引こうとしていた爆豪に向かって、意識を取り戻したマウントレディが動き出した。

 

「うわッ!?」

 

 彼女は巨大化した腕で彼の体を掴み、その腕の中へと彼を寄せた。

 

「爆豪くんね? オールマイトッ!!! 彼は無事よ! 思いっきりやってちょうだいッ!!!!」

 

 巨大化して声まで大きく響き渡るマウントレディの声援に、オールマイトが笑顔を見せる。

 

「ありがとうマウントレディ……! これで心置きなく、お前を倒せるッッ!!!」

 

「僕はただ弔を助けに来ただけだが……戦うと言うのなら受けて立つよ? 何せ僕はお前が憎い……!」

 

 激闘を繰り広げるAFOとオールマイトの後ろで爆豪を腕で守りながら、元の大きさへと戻ったマウントレディが彼の腕を掴み、警察へと保護してもらうべく瓦礫の道を走った。

 

「オールマイト……!」

 

 あの戦いに割り込むほど、爆豪は自分の実力を自惚れてはいない。

 ただ、憧れのNo.1ヒーローの勝利を信じて、彼は彼女の後ろを走り続けた。

 

「かつて、その拳で僕の仲間を次々と潰し回り、お前は『平和の象徴』と謳われた……」

 

 AFOはそんな2人の背中を嘲笑いながら、作為的に2人の背中に向けて衝撃波を放ち、それをオールマイトが拳で搔き消す。

 

「グゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!」

 

「僕らの犠牲の上に立つ、その景色……さぞや良い眺めだろう……!」

 

 敵連合の人間を全員逃がしてしまったのは惜しかったが、彼は今目の前にいるAFOを倒す事に全身全霊を尽くす覚悟だった。

 そのまま彼は衝撃波を貫き、奴に向かって拳を振り抜こうとするが、再び巻き起こった衝撃波をその身を呈して受け止める。

 

「心置きなく戦わせないよ? ヒーローは多いよなぁ、守るモノが……!」

 

「黙れ……! 貴様はそうやって人を弄ぶ……!! 壊し、奪い、つけ入り、支配するッ!!! 日々暮らす方々をッ!! 理不尽が嘲り笑うッ!! 私はそれが許せないッッッ!!!!!」

 

 後方ではプロヒーロー達による決死の救出活動が行われる中、廃墟となったビル群に囲まれた広場で、拳による衝撃波が幾度となく響き渡る。

 

 残り少ないOFAの残り火の力で、オールマイトはAFOと激突する。

 

「DETROIT SMAAAAAAAAAAAAASH !!!!!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、『平和の象徴』と呼ばれた、No.1ヒーローの、最大にして最後の戦いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまるところ……

 

 俺は爆豪が救出される時期を越えて、眠ってしまったという事だ。

 

 事件当時、ブラドキング先生が警察、消防、救急車を通報してくれたみたいで、ヴィランが去った15分後ぐらいで事件は鎮静化したそうだ。

 

 結果として、俺達生徒40名の内、ヴィランのガスによって意識不明になったのが、B組の15名と耳朗と葉隠を合わせて17名。

 戦闘による重軽傷者は俺、緑谷、泡瀬、障子、常闇、八百万、轟、麗日、蛙吹の9名。

 無傷で済んだのは、補習組の6名と施設に避難した4名と、小大と拳藤と鉄哲の13名。

 そして、行方不明1名。爆豪だった。

 

 プロヒーロー6名のうち、ピクシーボブが頭を強く打たれて重体だったが、今はもう意識も正常に戻っているらしく、今日の昼には退院していたそうだ。

 1番気に掛かっていたラグドールは、あのあと施設へと無事に避難する事に成功したそうだ。個性だけ必要だった彼女はともかく、敵連合に引き込む魂胆だった爆豪を、意識のあるままいつまでも拘束するのはリスクが高い思ったのだろう。なんとか彼女を守り切れた事に、俺は安堵した。

 

 一方、ヴィラン側へ与えた損害は、ガスヴィランこと『マスタード』 歯を刃にする『歯刃』の個性の『ムーンフィッシュ』 そして緑谷が仕留めた、洸汰くんの親の仇である『マスキュラー』 3名の現行犯逮捕。そして俺が仕留めた、ラグドールを襲おうとした脳無1体。

 彼らを残して、他のヴィランは黒霧のワープゲートで逃げられていた。

 

 結果として、俺はラグドールの死守に成功した。彼女が健在である事は、少なくとも敵連合の計画と強化を遅らせる事に繋がるハズだ。

 

 緑谷は右手だけ全力でブチ壊した大怪我で済んでいた。だが、あのマスキュラーが相手なら無傷で勝利というワケには、どうしても考えつかなかった。右腕は大きな傷跡が残ったそうだが、一緒に訓練した甲斐あった。

 

 そして、1番の不安事項となったのが……

 

 

 

 

 

 俺が脳無を倒した事で、A組は爆豪を追う手掛かりが全く無い状態になっていた事。

 

 

 

 

 

 そもそも、緑谷にエアフォースを全力で覚えさせようとしたのは、合宿で連れ去られる人間を防ごうとしたからだ。

 万が一にも史実通りに爆豪が連れ去られた場合、彼の救出には緑谷達が必要だったハズだ。俺はラグドールを全力で守り、彼女に付け入っても爆豪の居場所とプロヒーロー達の作戦を聞き出して、コッソリ救出に向かうつもりだったのだ。絶対に俺に賛同する緑谷と轟を連れて。

 その二段構えの作戦だったのだが、俺が気絶した事で全て水の泡となって消えた。

 

 それでも、爆豪はしっかりと事件現場から生還した。A・P・ショットを覚えているほど彼を強化させていた要因もあるかもしれないが、結局はプロヒーロー達に任せていれば解決する事件だったようだ。あんまり、そうは思いたくないが……

 

 死柄木に匹敵するラスボスの『AFO』と戦ったオールマイトは力を全て使い切って、真の姿を全国に晒した。USJで轟と死ぬ気で稼いだ力の余裕分も、AFOとの戦いには意味は成さなかったようだ。

 それでもしっかりAFOは倒され、今は敵犯罪者特殊収監施設『タルタロス』に投獄されているそうだ。あの狡猾そうなヤツが、コレで終わってくれるとは微塵も思っていないが……ひとまず安心していいのだろう。

 

 

 

 

 

 本当に、A組の生徒は余計なお節介だったのだと、俺は思ってしまった。

 

 

 

 

 

 八百万の話を聞きながら、ベッドの横の棚に目をやると、見た事もない分厚い参考書が山積みになっていた。そこには人体に関する本もある。それだけではなく、自販機で売ってる様な安っぽい紅茶のペットボトルに、カロリーブロックのクッキーまであった。

 

「……ココで勉強してたの?」

 

「……はい」

 

 淑女の彼女が、なんでそこまでして俺の隣で勉強してたのか、問い詰めたかった。

 

「どうして……?」

 

「私は、ほかのみなさんと違って……勉強が個性の強化に直結しますから……」

 

「え……?」

 

 少し話が読めなくなって疑問を投げかけた俺に、八百万は優しく説明をする。

 俺が眠っている間、クラスメイト達は休校中の雄英に赴き、自分達で林間合宿の内容である個性強化訓練を続けていたらしい。

 

「個性とは可能性……切裂さんの言葉を信じて、今もみんな必死に訓練していますわ」

 

「俺の……?」

 

「ええ……!」

 

 俺の顔を覗き込んで彼女は頷き、更に話を続ける。

 

「クラスのみなさん……ずっと心配していました…………切島さんなんか……あなたの仇を討とうとラグドールさんにお願いして、爆豪さんの救出に同行しようと頼み込んでいましたのよ……」

 

「……切島くんらしいや……」

 

 史実でも緑谷を誘って爆豪救出に乗り出し、皆を巻き込んで行ってしまった男だ。どんな暴走の仕方をしても、おかしくはないと思った。

 ただ、そんな彼がいの1番に個性強化訓練へと乗り出そうとした事を聞いて、ラグドールがプロヒーローとして説得してくれたのだろう。次に彼女に会えたならお礼を伝えなければ。

 

「八百よろろっ、八もよっ……」

 

 もっと今の雄英とクラスメイト達の細かい状況を知りたくて、名を呼びかけて呂律が回らなかった俺に、彼女は優しく笑いかけた。

 

「ふふっ、ヤオモモでいいですわ……!」

 

「え?」

 

 女子だけで呼ばれていたあだ名での呼び方を、なんと彼女は許可してくれた。

 少し呆けてしまった俺を、八百万は腕と胸でもう一度優しく抱き留める。

 

「守ってくださって……ありがとうございます。切裂さんがいなければ……私もラグドールさんも、あの脳無にきっと……」

 

「やめよ、ヤお……ヤオモモ……ちゃん……」

 

 むしろ、俺が彼女達を巻き込んで、あんな目に遭わせたのだ。本来だったら謝らなくてはならないのは、俺だ。

 

「ラグドールさんも、あなたにお礼を伝えたがっていました……!」

 

「そう、だね……あの人にも、お礼言わないと……」

 

 彼女にとっては、俺の行動はそうなるのだろう。だが、彼女自身と八百万、泡瀬や鉄哲達もいなければ、あの戦いは勝てなかった。あの場にいた誰か1人でも欠けていたら、詰んでいたのだ。

 そう考えると、随分と杜撰な計画だと思った。

 

「ゴメン……」

 

「謝らないでください……私はあなたの事が───

 

 

 

 

 

 そこまで彼女が何か話そうとしていた時、病室のドアが開かれた。

 

 

 

 

 

「ヤオモモ〜……って!?」

 

 服と靴だけが浮いていたから、声を聞かずとも葉隠だってのはわかった。その元気でいつも通りな声色に、ガスの症状はすっかり治ったようだ。

 

 俺は数日ぶりに目を覚ましたのだから、クラスメイト達としても久しぶりの再会になるのだろう。

 

 ただ、この光景は見られるべきではなかった。

 

「「………………」」

 

 寝ている俺の首の後ろに手を回す八百万と、彼女にされるがままの俺。

 そして葉隠の透明な顔越しに見えた、芦戸が八百万にレーザーでも撃つのかと黒目を丸めた顔と、葉隠の足越しに映る、峰田が俺に目でレーザーを撃とうとしている般若みたいな顔。

 

「失礼しましたぁ!!!!!」

 

「お待ちくださいっ!!!!」

 

「待ってっ!!!!!」

 

 ドアを閉めて出て行った葉隠を、動けない俺に代わって八百万が全力で止めに向かった。

 

 ドアの向こうでも、いきなり閉められてパニックになっている声が聞こえたクラスメイト達を彼女が呼び戻し、彼らが病室へと飛び込んできた。

 みんなで予定を調整していたのか、俺の見舞いに来てくれたのは、クラスメイト達19人全員だった。

 

「うおぉぉぉぉッっっ!! マジで目ぇ覚めてんじゃん切裂ぃっ!!!」

 

「やっと目が覚めたんだな切裂ぃっっ!!!!!」

 

「5日間も眠ってたんだからなお前っ!?!」

 

「みんなず〜〜っと、心配してたんだよっ!?」

 

「学校もマスコミやばかったんだぜっ!!」

 

「春の時の比じゃねーわ、アレ!」

 

「よかった……本当に……!」

 

 上鳴や瀬呂、明るい男子達が大声で俺を祝うと同時に、涙を溜めている口田の隣で飯田が少し焦った様子で八百万に声をかける。

 

「八百万君、主治医に伝えたのかね!? 切裂君が目覚めた事を!」

 

「……っ!」

 

 そういえば、目覚めた彼女と話してばかりで、すっかり忘れていた。八百万も頭から抜けていたらしく、手で口元を押さえていた。

 

「ちょ、ちょっと行ってくるっ!!」

 

「私も行ってくるわっ! ケロっ!!」

 

 少し慌てている様子の麗日が病室から飛び出し、彼女の後を追って蛙吹が駆け出して行った。

 廊下は走らないようにと、飯田が声を上げている目の前で、峰田が俺の寝ているベッドに飛びついた。

 

「心配かけやがってよぉッ! お前ずっと生死の境を彷徨ってたんだからな、マジでっ!!」

 

「ごめんね、峰田くん……」

 

 隈になっていた瞳に涙を潤ませる峰田が、ポスポスと俺の体を絆創膏の貼られた手で叩く。

 

「よかったぁ……ヤイバぁ……! わ゛ーーーーーんっっっ!!!!!」

 

「ああ……ッ! マジでよか゛ったぜ……!! 切裂ぃぃっ!!!」

 

 すぐ近くでは、芦戸と切島が包帯だらけの腕で顔を擦りながら仲良く泣いている様子を見ながら、その隣には顔に数箇所もガーゼを貼った轟が俺の顔を覗き込んでいた。

 

「切裂、大丈夫か?」

 

「轟くん……心配かけて、ゴメン」

 

「いい。お前が目覚めて……安心した」

 

 大きく息を吐いて、僅かに笑みを浮かべる轟に何人かの生徒が無言で驚く。そういえば轟が笑っている所、かなり貴重だった気がする。

 その隣から顔を出したのは、両腕を包帯で巻いた緑谷だった。

 

「切裂くん……良かったぁ……本当に……!」

 

「緑谷くん……その両腕……」

 

「僕は大丈夫だよ! この包帯はちょっと特訓で無理しちゃっただけだから……!」

 

 慌ててワケを説明する彼の話を聞きながら、俺は顔と目線を動かして、ガスで気絶していた耳朗と葉隠を探して見つけた。

 

「耳朗ちゃん、葉隠ちゃん……復活したんだね……」

 

「ウチらが目覚めたのは一昨日。アンタがまだ眠ってるって聞いてね……みんな不安だったんたからね?」

 

「そうだよ! 今は自分の心配しよ!」

 

 耳たぶにまで包帯を巻いている耳朗と、透明な体の手に絆創膏が貼られている葉隠を見て、俺は冷や汗を垂らす。

 

「どうした?」

 

 まだベッドの前でしがみついていた峰田に声をかけられ、俺はベッドの周りにズラリと並んだクラスメイト達を見て呟いた。

 

「なんか、みんなボロボロじゃない……?」

 

 隣にいる峰田や緑谷を筆頭に、轟や切島や芦戸、少し遠くに離れた所にいる爆豪など、戦闘系の個性を持ったクラスメイト達の顔や体には、軒並み包帯が巻かれ、それ以外のみんなにも体や顔のあちこちにガーゼやら絆創膏やらが貼り付けられていた。

 俺の問いかけに、切島が大きく鼻を鳴らして答えた。

 

「へへっ! 今みんなで学校でさッ、個性強化訓練やってんだ!!」

 

「B組も一緒にな」

 

 障子が言葉を付け足し、更に話を広げていく。

 

「向こうのクラスメイトもガスから全員復活して、今は個性強化訓練で腕を磨いている」

 

「お前が1番最後というワケだ」

 

 常闇の台詞に、尾白が笑いかけてくる。

 

「泡瀬くんや鉄哲くんも、君の事心配してたよ!」

 

「早く教えてあげねえとな!」

 

 砂藤が腕を組みながら話していると、そこに上鳴が声を上げる。

 

「そうだ! 今、写真撮っちゃわね!?」

 

「そうしよっ! B組もみんな喜ぶよ!」

 

 上鳴の提案に葉隠が乗りだした所を、飯田が慌てて両手を前にビシリと突き出して止めた。

 

「待て待て君達! 切裂君はまだ目覚めたばかりだ! いきなり騒がしくしては、彼に負担が掛かってしまうだろう!」

 

「いいよ飯田くん……俺も早く……鉄哲くん達に伝えたいし……」

 

「そしたら麗日と蛙吹が戻ってからにしようぜ!」

 

 そんな話をしていた直後、再び部屋のドアが開かれて麗日と蛙吹が戻って来たが、彼女達に続いて俺の主治医と思われる、白衣を羽織ったオールバックの男性が入ってきた。

 

「お見舞い中で、しかも喜ばしい所にごめんね。ちょっと切裂君と話したい事があるから……個人情報だから席を外してもらえるかな?」

 

「いえいえ、お騒がせして申し訳ありません! みんな一度部屋を出よう!」

 

 飯田が主治医に90°頭を下げ、彼の指示でクラスメイト達がゾロゾロと部屋から出て行った。

 

「またすぐ戻ってくるね!」

 

「どうする、フロントまで戻る?」

 

「それより、近くのコンビニ行こうぜ! 切裂、何か欲しいモンあるか?」

 

「いいよ……財布ないし」

 

「いいって! 俺が奢るからっ!」

 

 手を振る麗日の声と耳朗の提案に続いて、上鳴が買い物を請け負ってくれた。

 彼に飲み物だけを任せ、少し駆け足気味で出ていく彼を見送り、最後にすっかり泣き止んだ芦戸が椅子に座っていた八百万の手を引く。

 

「またあとでねヤイバっ! ヤオモモ、行くよ!」

 

「は、はい……!」

 

 少し慌ただしく出て行った2人の後にドアが閉まり、俺と主治医だけとなった部屋に静寂が訪れた。

 彼は話を始める前に、俺のベッドの角度を軽く調整して、やや上体が起き上がれるようにしてくれた。

 

「まずはおめでとう……よく目覚めたね。親御さんもクラスメイトも、色々な人が心配していたよ」

 

「ですよね……」

 

 もしかしなくても、両親も来ていただろうと考えながら、主治医と軽く体調や質疑応答、血圧や脈拍、瞳孔などの確認をすると、彼は心音メーターを外してくれた。点滴はまだ残っていたから、ソレが終わったら外してくれるそうだ。

 そして、彼は本題に入ると言わんばかりに、俺の両腕に取り付けられていたギプスを取り外した。中で分厚く巻かれていた包帯を彼はデカいハサミで切り始めたので、俺も内側から刃を伸ばして反対側の腕の包帯を切り開いた。

 

「まず、その腕を見て」

 

「………………」

 

 両腕は、ミキサーにでも手を突っ込んだのかってぐらいにツギハギだらけの裂傷が広がり、原作の緑谷ばりの酷い事になっていた。USJの脳無につけられた傷が、目立たなくなってしまうぐらいに。

 

「個性で無理矢理傷を繋いでたから、一度解除してもらって、そこから治療した。止血する為だったろうけど内出血は酷かったし、リカバリーガールの治癒も施してもらったんだが……その傷はもう戻らないよ。頭の傷もね」

 

 主治医の話を聞きながら俺は、とりあえず右腕を丸ごと刃に変化させてみたが、少し血管みたいな波紋が残るようになっている。刃の硬度自体には関係なさそうだ。

 続いて丁度良く棚に置いてあった、たぶん八百万のだろう折り畳みの手鏡を手に取った主治医が、俺の顔を映してくれた。

 鏡に映る俺の顔の中央からやや左側の上に、額から目と鼻の間を通って口元に続いている縦一筋の切れ込みみたいな痕が残っていた。

 そんな俺の様子を見ながら、主治医は真面目な口調で話を続けた。

 

「身体中にも大きな裂傷の上から火傷を起こしていてね……その痕も僕達には治せなかった。ただ……火傷のおかげで傷口が塞がれて、失血だけは防がれていたみたいなんだ」

 

 そう言われて、俺は自分が目眩と同時に倒れてしまったのを思い返す。やはりアレは血を流しすぎていたのだ。

 

「君、本当に運が良かったからね。たまたまウチで輸血できたから助かったけど、もう少しで本当に死んでしまう所だったんだよ?」

 

「はい、気をつけます……」

 

 俺は主治医には目線を合わせず、刃に変化させた手を動かして具合を確認していた。今まで通り、斬撃波も問題なく出せそうだ。

 

「今日もこのまま1日、様子見で入院してもらうから。親御さんと学校には、こちらから連絡を入れておくよ。お大事にね」

 

 それだけ簡素な説明をしてから、主治医は部屋を出て行った。

 

 明日は退院前に両親が迎えに来るだろう。携帯は荼毘の炎で壊されただろうし、どこかに連絡を取る方法が何もない俺はクラスメイト達が戻ってくるのを待ちながら、ようやく開放された両腕を軽く動かしてみる。

 少しぎこちない気がするが、すぐ慣れるだろう。主治医曰く、腕以外にも身体中に脳無のドリルやチェーンソーで削られた痕も残っているらしいが、特に痛みも感じない。

 それよりも、5日も眠り続けたせいでクラスメイト達に成長で差をつけられたかもしれない。退院して先生との三者面談も終えたら、すぐに彼らの言っていた個性強化訓練に参加しようと俺は考えていた。

 

 その数秒後、再び部屋のドアが開かれた。もうクラスメイト達が戻ってきたのかと思った。

 

 

 

 

 

 でも違った。

 

 

 

 

 

「おい切裂」

 

「爆豪くん……?」

 

 入ってきたのは、さっきクラスメイト達全員で来た時にはひと言も喋らず、彼らの後ろにいた爆豪だった。

 

 珍しく俺を名前で呼んだ彼は、ズカズカとベッドの前まで来て俺の顔を普段の視線で見下ろすと、そのまま口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『トガヒミコ』って女、知ってるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ああ」

 

 俺の返事に、爆豪は表情を変えずに話を続けた。

 

「捕まった時、敵連合のメンツの1人に女がいて、ソイツからお前の名前が出た。誰だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の中学校の転校生だったヤツだ」

 

「ああッ?」

 

 その答えを聞いた爆豪は、眉を動かして驚いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転校してきた初日に話しかけたらさ…………なんか、付き纏われた。いわゆる……ストーカーってヤツだ……」

 

「……ストーカー……ッ」

 

 女性関係とか一切無さそうな爆豪には、馴染みのない言葉だったのだろう。俺を見る彼の眉間が、少しだけ不可解に歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でも、1カ月ぐらいでいきなり転校してったから…………それっきりだ…………」

 

「そうか。お前、確か峰田と同じ中学だよな? アイツは知ってんのか……ッ?」

 

 彼の続く質問に、俺は本当に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだろう…………彼女は中1の時の転校生で……峰田くんと出会ったのは、3年生で同じクラスになってからだから……たぶん知らないと思う……」

 

「そうか……」

 

 峰田と彼女の話をした事は、一度も無い。迷いなく答える俺の話を、爆豪は少しだけ表情を緩めて聞いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、この話ヤメていいか? 結構トラウマなんだが……!」

 

「………………ああ、わかった。悪かったな……」

 

 そう言って、初めて聞いたかもしれない謝罪を述べた爆豪は、部屋から出て行こうとして足を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとな……」

 

「?」

 

 爆豪は俺に振り返る。

 

「切島と芦戸……個性強化訓練でだいぶ無茶苦茶してやがる。アレじゃ伸びるモノも伸びねえ」

 

「え……?」

 

 小さく声を漏らして驚く俺に、爆豪は頭をガシガシと掻きながら話を続けた。

 

「あの2人だけじゃねえな。デクも峰田も……それ以外のヤツらも……暴走してやがんだ。よっぽどお前に、影響されちまったらしいな。何かはわかんねえが……」

 

「………………」

 

 無言でその言葉を受け止める俺に、彼は少し視線を逸らして言葉を溢した。

 

「お前がいなきゃ、A組は共倒れだ……早く戻って来い……ッ」

 

 そう言って、彼は今度こそ俺に背中を向けると、出て行ってしまった。

 

 そういえば、彼もヴィランに襲われた苦い経験がある。形は違えど少しだけ俺の気持ちを理解しようとしたのが、あの態度だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の歩いて行く音も聞こえなくなって、5分ぐらいドアを見続けていただろうか。俺はベッドに背を預けたまま大きく息を吐いた。

 

 爆豪に普通の嘘は通じない。だから、真実の中に最低限の嘘しかつかず、余計な事は一切省いた。

 

 てか、心音メーター付きっぱなしだったら、アウトだった。そう考えた瞬間、一気に血の気が引いて俺はもう一度床に伏せそうになった。

 

 その後、普通に戻ってきたクラスメイト達と写真を撮りながら雑談し、雄英での再会を約束しながら彼らは帰っていった。

 爆豪は最後まで何も言わなかったが、言いたい事はもう言い切っているのだ。帰り際に手だけ振って、彼に舌打ちされた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 それから数時間後。病院から俺が目を覚ましたと聞いて、すっ飛んできた両親とも再会した。

 母親にはワンワン泣き付かれ、親父からは「無理しすぎだ」と軽い小言と拳骨をくらった。

 それから両親は主治医との話をして、俺を退院させる準備のために家へと帰っていった後。体に刺さっていた点滴も外されて、数日ぶりとなる病人食で空きっ腹を腹8分目どころか2分目で凌いだ。

 その次は汗でベタベタだった体を洗い流すべく、ガッチガチに固まっていた手足を自力で動かして包帯を外した。主治医と看護婦からの許可は受けていた。

 全身8箇所に渡る大きな裂傷の痕を確認して、緑谷だってこんなに酷い事にはならないだろうと思いながら、俺は傷痕の汚れを労る様に洗い流してシャワーを浴び終えた。

 そうしている内に、時間はすぐ夜になって消灯時間も過ぎ、何もする事がなくなった俺が眠ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 いきなり、5階である病室の窓が、外から叩かれた。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

「ヤイバくん」

 

 俺のすぐそばだった窓の向こうに張り付いていたのは、今日見た私服とは違う格好の『蛙吹』だった。

 

 でも、俺にはすぐ彼女だってわかった。

 

 

 

「梅雨ちゃ…………トガちゃん……!?」

 

 

 

 そのまま鍵の開いていた窓を開けて、スルリと静かに入ってきた蛙吹の姿が、彼女の姿に変わった。

 

「ヤイバくん……!」

 

「トガちゃん……!」

 

 蛙吹の声が、彼女の声へと戻る。

 

 俺はようやくまともに動かせるようになってきた腕で、ベッドに横から飛び込んでくる彼女へと手を伸ばした。

 

「こんなにボロボロで……♡」

 

 消灯された薄暗い部屋の中で、夜目に慣れた俺の視界に映る彼女が手を広げ、俺は胸の中へと頭を優しく抱きしめられた。

 

「ん……トガちゃん……」

 

 心音メーターも外されてしまったが、俺と彼女の鼓動は落ち着いていて……心が安らいでいくのを感じる。そんな彼女を俺は伸ばした腕で、離さないようにしっかりと抱き留めていた。

 

「荼毘くんもヒドいです……」

 

 彼女の声は俺に甘えるみたいで、しかしどこか恨み籠った静かな怒りを感じた。

 

「ヤイバくんを殺していいのは……私だけなんです……!」

 

 彼女が、傷を受けている俺に喜びよりも怒りを覚えている事に、彼女の心情が変わりつつあるのを感じて、思わず謝ってしまった。

 

「心配かけたね…………ゴメン」

 

「いいんです…………ヤイバくんと私は、敵同士なんですから……」

 

 ラグドールを助けた時点で、彼女から爆豪救出のタイミングは探れたのだ。

 

 俺が気を失ってしまった事で、彼女に伝える機会を失ってしまった。

 

 

 

 プロヒーローに殴り込まれる体験なんてさせてしまった事を、今になって後悔した。

 

 

 

 彼女のヒーローになると約束したのに、怖い思いをさせてしまった。

 

 

 

 そんな申し訳なさを感じていても、この腕を離す事が俺にはできなかった。

 

 

 

 ただずっと、抱きしめてくれる彼女にこうしていたかった。

 

 

 

「ヤイバくん……チウチウしても、いいですか……?」

 

 そう囁きながら、口を開いたその白い牙を傷口の上に滑らし、噛みつこうとしてくる彼女を俺はそっと抑える。

 

「待って、トガちゃん……俺、輸血されたから……俺の血じゃないかも……」

 

「大丈夫ですよ……ヤイバくんの血だと思えば、ヤイバくんの血なんですっ」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

 その理屈は理解できなかったが、微笑を見せる彼女は俺の制止する手を重ねて、捲った患者服から晒される俺の肩に噛み付いた。

 

「がぶっ」

 

 緩い痛みが肩口から伝わり、彼女の口元から溢れた血が俺の患者服へと染み渡る。

 

「ん……ヤイバくん……♡」

 

 くすぐったくなる様な鼻息と、彼女の喉が鳴って俺の血が吸われていくのを感じる。

 

 両手が、彼女の指と俺の指で交互に繋ぎ合わされたまま、ベッドにまで流れ出た血の雫が滲んでいく。

 

 噛みついている彼女の舌が動いて、俺の傷痕をレロレロと舐め回している。

 

 それが心地良くて、ずっとそうされてもいいと思えてしまった。

 

 やがて、俺に突き刺さっていた牙がズルリと抜けて、彼女は何度も俺の肩に残った歯形と傷痕を舐め回していた。

 

 最後は歯形から残った血を吸い出そうと、俺の肩に口付けをして彼女の吸血は終わった。

 

「……どう?」

 

「ぷは……ふふっ♡ やっぱりヤイバくんの血はトクベツですね……♡」

 

 満足して俺の肩から口元を離した彼女は、その口元に残った血を舌裏で舐め取りながら、カァイイ笑顔を見せてくれた。

 

 その見上げる暗い部屋に映った彼女の姿が酷く魅力的で、俺はようやく自分の胸の鼓動が激しくなっていくのを感じた。

 

 

 

「トガちゃん……カァイイ……!」

 

「ふふっ♡ ヤイバくん……♡」

 

 

 

 彼女の吸血を終えてから、いつもの様に傷口へ絆創膏を貼ってもらった俺は、絡め合わせていた手を引かれて起き上がらせてもらう。そして彼女と一緒にベッドに座りながら、窓の外の夜空を眺めた。その片手は、離さずに。

 林間合宿場近くの病院とだけあって、周辺には大きなビルも煌めくほどの市街地もなかった。夜空の星の方が目立つぐらいだ。

 

「トガちゃん……爆豪くんが俺に、トガちゃんの事聞かれたんだけど……」

 

 そのひと言に、俺を見ていた彼女は金色の瞳を大きく丸めたかと思えば、今度は嬉しそうに笑った。

 

「へへっ、ヤイバくんがテレビに映った時に、嬉しくって騒いじゃいましたから……!」

 

「ソレ……敵連合のヤツらに、何か言われなかった……?」

 

 少し背中に冷や汗を流しながら俺は不安を零したが、彼女は俺を見ながらウインクをして、口元を閉じた笑顔を見せていた。

 

「大丈夫ですっ! ヤイバくんは私の、殺したいぐらい好きな人なんですから……っ!」

 

「あ、そっか……!」

 

 彼女を守ろうとする想いで、盲点になっていた。

 

 要するに、原作の緑谷と同じ立場に自分が立ってしまえばいいのだ。敵連合も史実通りなら、彼女が自分の好きな人を切り刻んで血を吸う狂人だという認知しかないだろう。

 

 そもそも、彼女の言葉は純粋だ。下手に見繕う方が、怪しまれる可能性が高い。

 

 連合に俺の存在が認知されるのは危険すぎるとも思ったが、USJに始まって今更が過ぎる。まだ、コンプレスとしかまともに接触していないのも、都合がいい。

 

 なんで爆豪の隣にいたのかはわからなかったが、たまたま偶然だったのかもしれない。カンが鋭すぎる彼に聞かれたのは、本当に予想外だった。

 

「それにしても……よく、ココがわかったね……」

 

「ヤイバくんの入院してる病院、映ってたんです……」

 

 大きな事件になるのはわかっていたし、都心から離れたこの合宿所の辺りで入院ができる規模の病院は、きっと限られたんだと思う。

 

「本当は……すぐヤイバくんの所に行きたかったんですけど…………どうしても彼の見張りがあって……」

 

「そう、だよね…………ありがと……」

 

 彼女の言う通り、あの爆豪がいる内は抜け出すワケにはいかなかっただろう。耐えてくれた事に俺は感謝した。

 

「でも、トガちゃん……今、俺の所に来てて、大丈夫なの……?」

 

「はい……! あの後、ヒーローが来て……黒霧さんのゲートで逃げて……私、ココまで来たんです……!」

 

「っ!?」

 

 彼女の言葉に俺の中で、ある違和感が引っ掛かった。

 

 

 

 今の言い方だと、彼女は自力で移動してきた事になる。

 

 

 

 血を吸った相手の個性が使えるハズなのに。

 

 

 

 

 

「え、待って……トガちゃん『ワープゲート』持ってないの?」

 

「死柄木くん……最初、私の事疑って黒霧さんの血、分けてくれなかったんです……」

 

 

 

 

 

 これは少し安直すぎた。いきなり、見た目も個性もコピー可能な優秀過ぎる相手が来て全てを信用するほど、死柄木も馬鹿じゃなかった。

 

「そっか…………!」

 

 黒霧は死柄木がAFOの次に信頼していた相手だ。ヴィランが持っていちゃいけないレベルの、『ワープゲート』という強力過ぎる個性を他人に軽々しく渡すハズがなかったのだ。

 トガちゃんが個性までコピーできる今、ヤツの個性はあらゆる事態に対処できる絶対に必要なモノだ。

 

 グラントリノと警察に捕まる前に、ヤツの血を手に入れなければ……!

 

 だが、果たして可能なのだろうか?

 

 軽率な考えを俺が猛省しながら思考を続ける間にも、彼女は頭をコテンと傾けて俺の肩に体を預けてきた。

 

「私……昨日もヤイバくんの事、見てたんですよ……?♡」

 

「ホントに……? ありがとう……」

 

「でも、昨日のお昼はずっとヤイバ君の隣に、黒い髪の長い女の人がいました……!」

 

 八百万の事だ。俺の想像した通りの光景が見え、身震いよりも彼女への心配が募った。

 

「その子もね……雄英のクラスメイトだよ」

 

「ホントですか……?」

 

「ああ」

 

 少しだけツリ目にさせて俺を見てくる彼女に、嫉妬すらも嬉しく感じて……俺は彼女をそのまま抱き寄せる。

 

「俺には……トガちゃんしか、見えてないよ……!」

 

「ヤイバくん……♡♡」

 

 彼女も俺に身を擦り寄せる。顔と顔がすぐそばまで寄り添い合って、嬉しそうに笑う彼女が尊くて、この笑顔を見せる彼女をまた引き離す事に、俺は不安を覚えた。

 

「トガちゃん……敵連合……怖くない?」

 

「大丈夫です……ヘンな人ばっかですけど……優しい人もいるんです……♪」

 

 荼毘や死柄木は絶対に違うとして、おそらく年長者だろう。あの面子の中で女の子にも優しそうな人は、あのオカマかもしれない。

 でも、アイツは女の顔に平然と傷をつけるようなヤツだ。もしも対峙したら、手加減などしない。

 

「これから……もっと戦いは激しくなる、と思う…………怖かったら、逃げていいからね?」

 

「逃げませんよ? だって、ヤイバくんがいますから……!」

 

 彼女は明るく笑ってみせた。俺を信頼しているのに、言う事を間違えたと思った。

 

「……そうだね。ゴメン、トガちゃん……」

 

「謝らないでください……!」

 

 彼女は預けていた身を引くと、今度は俺の傷痕の残る手を両手で掴んで、俺と視線を合わせる。

 

 その金色の瞳に、強い意志を含ませて。

 

「ヤイバくんが戦ってるんです…………私だって戦います……!」

 

「トガちゃん……」

 

 彼女はカァイイ笑顔を見せながら、更に告げた。

 

 

 

 

 

「大好きなヤイバくんだけに……ツラい思いなんかさせません……!」

 

 

 

 

 

 彼女の決意を聞いて、募るのは想いばかりだった。

 

 

 

 

 

 考えなければいけない事が山程あるのに、頭が回ってくれなかった。

 

 

 

 

 

 俺と彼女との関係は、凍った湖の氷上を手繋ぎで歩いているみたいだ。

 

 

 

 

 

 行く先は真っ暗で、果たしてゴールがあるのかもどうか、定まらない。

 

 

 

 

 

 どちらかの足元が割れてしまえば、手を繋いでいるお互いごと、その手を離せず落ちてしまう。

 

 

 

 

 

 あまりにも儚くて、限界寸前の綱渡りをしている俺も彼女も、その道を引き返す事はもうできない。

 

 

 

 

 

 それでも、俺はこの手を離さない。

 

 

 

 

 

 隣で、見ていたいから。

 

 

 

 

 

 君のカァイイ笑顔を、もっと明るい場所で見たいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君のカァイイ笑顔を『思い出』だけにはしたくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の覚悟に、応えなければ。

 

 

 

 

 

 俺だけが、彼女の覚悟に応えられるのだから。

 

 

 

 

 

 当面、雄英は少しだけ休息の期間が訪れる。

 

 

 

 

 

 その間にも生徒の俺達に試練は訪れるが。事件よりは何百倍もマシだ。

 

 

 

 

 

 少しの間だけ敵連合も、次の交戦まで余裕がある。

 

 

 

 

 

 その先が、再び大事件の始まりだ。

 

 

 

 

 

 死柄木を確実に倒す致命打になれる道具を、彼女の所属する敵連合は手に入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個性を消せる。個性ありきなこの世界の、最強最悪の兵器を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレが、どんな経緯を得て作られているのかも知っている。でも、仮免許すら持っていない俺には、まだどうする事もできない。

 

 

 

 

 

 だが、何としてでもソレが必要だった。

 

 

 

 

 

 死柄木 弔を……もしかしたらAFOも倒す事になるかもしれない可能性のためにも。

 

 

 

 

 

 ここから先は敵連合のターニングポイントでもある。

 

 

 

 

 

 俺は彼女の肩を両手で掴み、夜空の星よりも煌めく瞳にシッカリと目を合わせた。

 

「ヤイバくん……♡?」

 

 彼女は目を大きく開いて、真っ暗な病室でもわかるぐらいに頬を染めた。

 

 

 

 

 

 きっと……俺が求めてしまえば、彼女は喜んで全てを受け入れてくれるのだろう。

 

 

 

 

 

 でも……そんなのは望んでいない。

 

 

 

 

 

 そんなの……彼女が認めてくれたヒーローなんかじゃない。

 

 

 

 

 

 まだ、何も終わっていない。

 

 

 

 

 

 まだ、何も出来ていない。

 

 

 

 

 

 彼女を明るくて優しい世界へ連れ出すのが、俺のヒーローとしての姿なのだから。

 

 

 

 

 

 彼女を助け出すのが、俺があの時ヒーローを志した、原点なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては愛しい彼女の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを、終わらせてからだ……!

 

 

 

 

 

 だから……口から溢れてしまいそうな想いを堪えて、俺は声を振り絞った。

 

「トガちゃん、俺……今から変な事、言うかもしれないけど……よく聞いてね……!」

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 トガヒミコが彼と別れ、再び窓から病室を抜け出して明かりの少ない市外へと戻った時、彼女の懐にある着信履歴の溜まった携帯から電話が鳴った。

 

「………………」

 

 彼女はその携帯を手に取って、そっと耳元に当てる。

 

『おいトガッ、おめぇどこ行ってやがんだ!?』

 

『ゲートくぐったらお前はもういねぇしッ! 丸一日携帯には出ねえしッ! 何考えてんだよッ!?』

 

 彼女の所属する組織の、仲間の怒声だった。

 彼等が怒るのも当然だろう。まだ『神野事件』の直後である。警察とプロヒーロー達が自分達を追跡しているのは明白であり、息を潜めなければならない期間だ。

 彼女の行動は、自分達の身も危険に晒されかねない。怒られるのも当然だろう。

 

 しかし、そんな2人を止める声が携帯の奥から聞こえた。

 

『あんま怒るな荼毘、スピナー。トガの個性なら、まず身バレする事はありえねえ。そもそも、アイツがたまたま雄英から情報を盗み聞いてこなきゃ……合宿の襲撃自体、計画はされなかったんだぜ?』

 

「死柄木くん……」

 

 

 

 

 

 彼女の所属する、敵連合を率いるリーダー『死柄木 弔』本人の声だった。

 

 

 

 

 

『チッ……!』

 

 荼毘の舌打ちが聞こえたかと思うと、彼と携帯を代わったのか死柄木の声が大きくなって携帯電話から聞こえた。

 

『トガ……お前は気まぐれさえ起こさなければ優秀なんだ。お前に黒霧の血を渡さなかった事を、今になって後悔しているぐらいにはな』

 

「………………」

 

 見た目と個性を真似できる強力な人材だと義燗が提供してくれたが、彼は義燗自体も胡散臭い男だと疑っていた。

 見た目もただの女子高生で第一印象も最悪だった彼女は、今や雄英の信頼を地に落とせた事件を引き起こした鍵となった人物だ。

 

 彼女の評価を死柄木が改めるのは、至極当然だった。

 

『いいか……爆豪 勝己の件は俺も拘り過ぎた。先生が要望していた《サーチ》の女を奪えなかった時点で、お前の言う通りさっさと解放すべきだったんだ。あの戦いは俺達がもう、勝っていたんだからな……』

 

『マスキュラー達を犠牲にか!? 妥当だな♪ 先生は《ついで》ぐらいにしか思ってなかったぜ! 致命的だろっ!!』

 

 彼のすぐそばでトゥワイスが騒いでいたが、いつもの事だった死柄木は無視して話を続けた。

 

『連絡を寄越さなかったのは水に流してやるから、お前はそのまま情報収集を続けろ。俺達と協力関係を結べそうなヤツもいたら、そいつらをリストアップしとけ。それと……お前も《黒霧》を使え。色々と面倒が省ける』

 

『い、いいのですか? 死柄木 弔……』

 

 プロヒーロー達の襲撃時に、エッジショットの攻撃を受けて気絶していた黒霧も今は目を覚まし、彼と今後の計画を立てようとしていたが、その彼の発言に困惑していた。

 死柄木は頷きながら、通話先の彼女と連合の全員に向かって話し始める。

 

『今後、しばらく俺達は仲間を集める事に集中する。オールマイトが引退したとは言え……『神野事件』も大きくなりすぎた。ココもいつガサ入れされるかわからねえ。警察とプロヒーローの捜査を撹乱する為に、各地に分散して水面下で勢力を拡大させる……』

 

 彼の方針に連合の全員は納得していた。トガヒミコとしても、彼の指示は自分にとって都合が良すぎるぐらいだったので、何も反論はなかった。

 そこに荼毘が話に割り込んだ。何やらガラスの窓でも指で触るような音を立てながら。

 

 

 

『先生の残した脳無はどうする?』

 

 

 

『……お前に任せる。何かの交渉にも使えそうだが……俺達の命令しか受け付けねえ以上、そういうの得意だろ?』

 

 彼の返事に荼毘が鼻を鳴らした。林間合宿で切裂に脳無を壊されてから、彼は少しだけ機嫌を悪くしていた。そして、計画を狂わされた彼に憎悪を。

 

『わかった。デカい組織にはチラつかせてみるとするか……』

 

『聞こえたなトガ。切るぞ』

 

『ちょっ、ちょっと、貸しなさいっ!』

 

 それ以上聞く必要はないと、トガヒミコが携帯を耳から離そうとしていた時に、死柄木から携帯を奪う声が聞こえた。

 

「マグ姉……」

 

『トガちゃんっ! アナタいったいどこ行ってるのよ!』

 

 トガヒミコと少し遅れて敵連合に加入し、雄英高校への林間合宿襲撃の『開闢行動隊』にも参加していた構成員。女言葉が特徴的な大柄の男、『マグネ』であった。

 彼女の呼びかけに合わせて、携帯の向こうから別の男の声も聞こえる。

 

『トガちゃ〜ん、夜中に女の子1人でほっつき歩くの、オジサン感心しないよ〜?』

 

 爆豪を攫った張本人である『Mr.コンプレス』だ。

 一応は彼女を心配しているのか、彼はやんわりと彼女の突拍子もない行動を咎めている。

 

『いきなり何も言わずに飛び出して…………おバカさんなんだから!』

 

「……ゴメンなさい、マグ姉…………私は大丈夫です……!」

 

 荼毘やスピナーなどと比較して、連合の構成員は彼女に対して好意的だった。

 初対面では、見た目がただの女子校生でしかない姿に困惑されたが、彼女の「クソみたいな世界に負けたくない」という思想は敵連合の構成員にはある程度共感され、対等な立場から少し下といった妹分のような存在だった。

 特にマグネは基本的に無邪気な彼女に対し、ガサツな野郎共しかいない組織の中で身の回りの面倒を見る、姉とも母親とも言えないような曖昧な関係が築かれていた。

 性別こそ違ったが、マグネは世話を焼かせる彼女と身近に居た事で、ある種の居心地の良さすら感じていたのだ。

 

『大丈夫大丈夫じゃないとかいう問題じゃないの! 何かあったんじゃないかしらって……心配だったのよっ!』

 

『俺も心配だったのよぉ! 彼女は強いさ! 余計なお世話だっ! ホウレンソウは大事だよトガちゃん!』

 

『お黙りトゥワイス!』

 

 そして、そんなトガヒミコも彼等を見て思う事があった。

 

 

 

 彼女達も自分達と同じだった。

 

 

 

 自分と同じ、個性によって人生を狂わされてしまった人。

 

 

 

 性別という常識のしがらみから飛び出し、何にも縛られずに生きようとしている人。

 

 

 

 周りから誰にも理解されない、自分だけの正義を貫こうとした人。

 

 

 

 色々な理由で、『普通』から弾き出されてしまった人達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の目指す、明るくて優しい世界なら、この人達も普通に生きていけるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼なら、この人達のヒーローにもなれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、そんな考えが彼女の頭をよぎるも、それは電話相手のマグネの声で遮られた。

 

『アナタを止める事はしないけど……今度からはドコに行くのか、言ってから行きなさいっ! あと……なるべく早く帰って来なさいね!』

 

「………………」

 

『返事は!?』

 

「はい、マグ姉……!」

 

 相手はまだ何か言いたそうにしていたが、そうひと言約束して携帯を切った彼女は、市街の夜道を歩き出す。

 

 

 

 彼の言っていた通り、敵連合はしばらく潜伏すると言っていた。

 

 

 

 彼女は、ひとまず隠れ家へと戻るつもりだった。

 

 

 

 彼が言っていた。なんとしてでも黒霧の血を手に入れてほしい、と。

 

 

 

 今の彼女なら、それも可能である。

 

 

 

 更に彼は自分達の敵連合にも、困難が訪れると言っていた。

 

 

 

 ある組織が接触してきたら、絶対に気を付けながら上手く従属しろとも言っていた。

 

 

 

 彼等が作っている物を探り……それを上手く奪い取れとも。

 

 

 

 どうして、そんな事を知っているのかなんて、彼女にはどうでもよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては愛しい彼の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼との再会を夢見て。

 

 

 

 

 

 彼の目指す、明るくて優しい世界を目指して。

 

 

 

 

 

 見えない程に離れていても、彼女は彼と一緒に戦っていた。

 

 

 

 

 

「ヤイバくん……♡」

 

 

 

 

 

 目を閉じれば……彼の優しい笑顔と、彼の触れた手の感触が思い起こされた。

 

 

 

 

 

 あのまま全て、彼に身を任せてしまいたかったが、彼にはもうそれだけで充分だったのだと、自らを自制した。

 

 

 

 

 

 あの思い出の続きを完成させる。

 

 

 

 

 

 彼と一緒に、優しい世界で。

 

 

 

 

 

 思い出だけになんかさせないために、彼女はこれからの戦いに決意した。

 

 

 

 

 

 彼女は彼のために……彼のヒーローとして、星空に照らされた夜道を駆け出していった。

 

 

 

 

 

 その姿はすぐ暗闇に紛れ、誰にも見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切裂ヤイバの献身 期末試験〜林間合宿編 完

 

 ED曲 Ellie Goulding - Love Me Like You Do

 

(和訳推奨)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『寮生活初日』

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