圧縮訓練の日々は流れ、仮免試験日当日。
俺達クラスメイトはバスに乗って、仮免許取得試験会場の『国立多古場競技場』に訪れていた。
「でけー、ドーム」
「あの装飾は必要なのか?」
バスから降りて障子と一緒に建物を見上げてみると、その大きさに圧倒される。体育祭の時の会場よりも更に大きい。USJぐらいはある。
「うう〜っ、緊張してきたぁ!」
「耳朗ちゃん大丈夫?」
「試験て何やるんだろう?」
「体育祭と同じさ。何が来ても、やるしかないっ!」
疑問を溢す葉隠の隣で尾白がみんなを励ますなど、ソワソワして落ち着かない生徒達の前に、相澤先生が立った。
「この試験に合格し、仮免許を取得できれば……お前ら卵は晴れてヒヨッコ……セミプロへと孵化できる。頑張ってこい……!」
「しゃあ! なってやろうぜ、ヒヨッコによぉ!」
先生の激励で、ヒーローコスチュームのバッグに収まらない、デカいスケボーを抱えた上鳴が拳を握りしめる。
耳朗曰く彼、サポート科の発目に自分の電力で動かせるスケボーを開発してもらったそうだ。ただ、前日のギリギリで完成したらしく、試運転をまだ試していないとか何とか……
「いつもの一発決めていこうぜっ! せーのッ!!!」
切島の気合いの入った合いの手に反応して、俺達は一斉に拳を空へと突き上げた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「Plus Ultra !!!!! 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」Ultra !!!!! 」
「「「「「えェェェェ誰ぇェェェェ!!?」」」」」
いきなり全く知らないヤツが円陣に混ざって、誰よりも大きな声で掛け声をかけた事に、クラスメイトの何人かが不審者に対して悲鳴を上げながらツッコんだ。
「勝手に他所様の円陣へ加わるのはよくないよ、『イナサ』」
白の半袖ワイシャツと黒いズボンという俺達とよく似た夏制服に、金色で『S』の字が彫られている校章を付けた黒い学生帽子を被る長身の男の後ろに、同じ学生帽で紫色の髪の毛の男が、円陣に混ざってきた彼を窘める。
「あっ、しまった! どうも大変、失礼いたしましたァァァァッッ!!!!!」
円陣に混ざった彼は、ビシリと直立不動になってから帽子が降り落ちるほど勢いよく腰を曲げて頭を振り下げ、そのまま丸刈りの頭部を地面に激突させた。なんとも、勢いだけで生きていそうな男だ。
「何だぁ!? このテンションだけで乗り切る感じの人は?!」
「待って、あの制服……」
上鳴の指摘に耳朗が彼の制服を見て、何かを思い出したように声を漏らす。それに続いて瀬呂だけでなく、爆豪も珍しく会話に割り込んだ。
「アレか……西の有名な……」
「東の雄英、西の士傑……ッ!」
俺も、この世界に来て少しは調べた事はある。
数あるヒーロー科の中でも、雄英に匹敵するぐらいの難関高である『士傑高校』の生徒だ。
「一度言ってみたかったッス!! 『Plus Ultra』!!!!! 自分、雄英高校大好きッス!!!!! 雄英の皆さんと競えるなんて、光栄の極みッス!!!!! よろしくお願いしますッ!!!!!」
『イナサ』と呼ばれた男は頭から流血したまま、元気良すぎるぐらいの勢いで挨拶をしてくれた。朝の眠気もブッ飛びそうなテンションの高い勢いに、峰田が無意識にクラスメイトの足へ隠れていた。
いや、そんな事よりも俺が気になったのは……
「わー、リアル轟くんに上鳴くんじゃん、マジイケメン! ダブルイケメンが眼福でゲキヤバ驚嘆~♪」
その彼を無視して勝手に話を始める、彼と同じ様に学生帽を被っている士傑の女子生徒だった。
「なぁ、なぁ、なんだって!?」
見た目はブラウンのセミロングヘアーと厚めの唇が特徴で、いかにもなギャルっぽい感じの雰囲気が醸し出ている彼女の、あまりにIQの低そうな会話に、目の前で聞いていた切島を筆頭に何人かが困惑している。俺もあんな言葉、現実で聞いた事ないから、若干引いている。
「聞いた!? 俺イケメンだって───いってえッ!? なんだお前らッ───痛いッ! 耳郎までなんで───あだーッ!!」
「ホラホラ轟くんっ、カメラに注目♪ 後でウチのクラスメイトに自慢してもオケ?」
「あ、あの……」
後ろで瀬呂や峰田、耳郎にド突かれている上鳴を無視して、俺は困惑している轟とツーショットを撮ろうとしている彼女を凝視していた。
……トガちゃんじゃない……
いや、むしろコレでよかったんだ。
確か、彼女が変身して此処にいたのは、緑谷に会いたいだけの勝手な理由だったし。
病院での俺の忠告に集中しているのなら、コレでいいんだ。
それでも、ちょっとだけ寂しさを感じてしまった俺の隣に、なぜか芦戸が立った。
「……あーゆーのがタイプなの?」
「え?」
振り向いた彼女の反転目は半目になっており、少し睨んでいるみたいだった。初めて見る彼女の圧がかかった表情に、俺は少しだけ身を引いた。
「いや、別に……」
「ん? ウチに興味アリ?」
「アリませーん! 早く行こヤイバっ!」
俺に声をかけてきた彼女に、ベッと舌まで出して拒否した芦戸は、そのまま俺の腕を引いて会場へと歩こうとする。
轟と写真を撮り終えた彼女は、写真を彼へと送るついでに連絡先を慣れた動作で交換して、次に上鳴へと近寄ろうとしたが、耳朗にブロックというか警戒されていた。
「ケミィ、イナサ。先に会場へ行け。毛原、2人から目を離さない様に」
「はいッ!!!」
「オケー」
「す、すまん……」
そんな士傑2名の暴走を慣れた様に誘導している男の目の前で、俺は心の何処かで感じる残念さを抑えつけていると、今度は俺に声がかけられた。
「おい貴様」
「え?」
さっきの紫色の髪の毛を伸ばした男だった。身長は俺よりもほんの少し高いだろうか。髪の毛で片目が隠れた細目に釣り目と、爆豪とはまた違う悪人ヅラをしている。
「私は士傑高校2年『
少し威圧感のある喋り方に隣の芦戸が動揺していたので、俺は彼女の手を払って後ろに下がらせた。
この先輩は覚えている。爆豪に負けて仮免1次試験で敗退したのは別にどうでもいいが、問題なのはヒーロー殺し『ステイン』の思想に、すっかり影響されていた人だ。
「初めまして。雄英高校1年、切裂 や───
「貴様の素性は体育祭を通して認知済みだ」
とりあえず頭を下げようとした俺を、肉倉先輩は目の前に手の平を出して止めた。
「規律と伝統を重んじる我々士傑と対照的に、時代の最先端と常識に囚われぬ自由さを校風とする雄英高校。貴様の様に非凡ながらヒーローとして己の矜持を貫き、口先ではない逸材が集う御校を私は尊敬している。御校と伍する事に、誇りすら感じているのだ」
「え?」
俺の間の抜けた声にも構わず、先輩は俺の後ろのクラスメイト達の集団に立っていた爆豪を指差す。
「校風の解釈を違えて、雄英の品位を貶めてばかりの爆豪 勝己と体育祭にて互角以上に競り合ったその実力。貴様がイナサと同様に士傑を推薦しなかったのが、奇しくも惜しまれる。貴様なら我々の校風にも要領良く順応し、非凡の才を遺憾無く発揮したであろうに」
「ああッ? ペラペラペラペラと何様だこの細目野郎はぁッ!?」
名指しで批判された爆豪が、爆撃の構えの如く両手を開閉させて睨みを飛ばすのに対し、肉倉先輩も負けじと細い目を更に細めて彼を威嚇する。
「私の目は見目良く長大であるッ!」
「やっ、やめよ、かっちゃん!」
「な、なんだかかなり面倒臭い人だぞっ!? 会話も何言ってんのかわかんねえし!」
緑谷と上鳴が彼を宥めているのも構わず、コンプレックスなのか全力で細目を否定した肉倉先輩は、荒れた自分を落ち着かせる様にひと呼吸をつける。そして、ズレた制帽を手で整え直しながら何事もなかったかの様に話を続けた。
「かの敵連合により意識不明の重体に追い詰められようとも、不屈の心でヒーローを志し今日日仮免試験に臨む貴様の姿。平和の象徴オールマイトが不在となった御国を守る、次の世代のヒーローに相応すると私は思惟する」
「な、なんか喋り方は怖いけど……良い人なのかも……?」
「人が話している最中である!」
後ろで俺にヒソヒソと声をかけてきた芦戸を、肉倉先輩は眼力と声で黙らせた。ビクリと震える彼女を庇うようにして、俺は片腕を広げながら先輩を見る。
「買い被り過ぎです、先輩……」
「いいや違わぬ。時に……貴様は『個性特異点』は存じているな?」
俺の意見を即答で否定しながら、先輩はまるで知っているのが前提の態度で問いかけてくる。もし知らなくても、勝手に説明を始めてくるぐらいの勢いで。
「……はい」
「ヤイバ知ってるの?」
「個性特異点……?」
「何ソレ……?」
後ろで葉隠と耳朗が周りに問い訪ねていたが、まともに答えられる物はクラスメイト側にはいなかった。
そんな彼らに向けて説明するかの様に、肉倉先輩は長々と話を続けていく。
「超常現象より世代を経るにつれ、個性は因子として混ざり合い進化している。より強力且つ複雑化した個性は、やがて本人はおろか誰にも制御が抑えられず、人類は自らの産み出した人災で滅び征くと示唆される終末論のひとつだ」
「何の根拠の無え、眉唾モンの空論だ……ッ」
唯一知っていたのか爆豪が話に割り込み、肉倉は口を閉じて目を細めたが今度は激情に駆られる事なく、俺を見下して口をゆっくりと開いた。
「誰もがヒーローになれる可能性を持ち…………誰もがヴィランになる可能性を持つ」
「ッ!?」
その言葉を聞いて、俺は芦戸に肩を掴まれながら身震いした。
「体育祭の表彰式で表明した貴様の思想する言葉通り、ヴィランとヒーローの可能性は等しく不変であり、外的要因によって信念を持たぬ人々の思惑は容易に左右されてしまう。先の『ヒーロー殺し』による、優秀なヒーローを残し有象無象の只者を淘汰する選民思想に対し、貴様が先見する『個性特異点』を踏まえた御国の理想を是非この私に聴聞させてみせよ」
肉倉先輩が俺に話かけてきた原因をようやく理解した。
『個性特異点』は俺に個性が発現してから、家のパソコンで調べた事がある。
確かに論文まで存在する通り、個性は世代を得るごとに遺伝子と同じ様に合わさり、進化した個性が発現する者が大多数だ。個性婚なんてものによって産まれた轟などが、一番良い例だろう。
「『個性特異点』に関する論文は、信用するには致命的に欠けてる要素があるんです……」
「ほう。特異点に関与するのは、個性だけではないと?」
俺は片目だけ細めた肉倉先輩を見て、大きくうなずいた。
「『個性』じゃなくて……俺達『人間』そのものの進化による可能性です……!」
「……個性が変遷を得て進化すると同様にして、我々人類も世代を越える毎に個性と順応する為、日々進化を遂げていると申すか。嘗て猿から新人へと進化を遂げた我々が『個性』という未知なる概念を前に、次の時代に適応すべく更なる進化を遂げると。確かに超常現象以降、異形型と呼ばれる新人類まで発現した人類の身体的パワーバランスは比較が困難と化した。貴様の意見により『人間の可能性』無くして、個性特異点による終末論は立証が不可能であるな」
異形型の論文は多すぎて、読むのが大変だった。とにかく、どれだけ見た目が変わろうと自分達と同じ人類である事を忘れてはならないと、普通の人型の俺達に向けて警鐘が鳴らされているのが現状だった。
「簡単に言えば……今の子供達をナメちゃダメです……!」
「だが、オールマイトが消え去り新たなNo.1を冠するエンデヴァーが繰り上がった途端、御国のヴィラン犯罪率はこの数日間でも微々たるが上昇傾向にあると数値により立証された。平和の象徴の不在と個性による犯罪増加……コレらに対して貴様は如何に思考する? それとも、我々は滅ぶべくして滅ぶ運命であると決断するか?」
「だから……俺達がいるんです……! 遺伝子として受け継がれていく情報だけじゃなくて、これからのヒーローとしての在り方を行動で証明するのと……次の世代に憧れを持ってもらう……! 自分の個性に対して誇りを持ち、人の為に個性を使う優しさを教え、世代を越えて託し続けるんです……!」
「個性と身体の遺伝情報だけでなく、社会的文化的な情報を次の世代へと託し続けると言うか。我々ひと世代だけでは到底不可能な、果てのない目標だ。我々だけではなく、御国の教育者達の本領も試される。貴様の描く未来は本当に、夢物語とも比喩出来る理想であるな」
まるで突き放している様な言い方をしている肉倉先輩だったが、ココで折れる様な目標は掲げていない。この先輩なら、わかっているハズだ。
「それでも、最初の俺達が諦めちゃダメなんです……!」
「ふむ……個性を抑制する今日の御国の法律では些か実現が困難であると推測するが、貴様程の手腕と人々を惹きつける力があれば世論を煽動するもの容易かろう。あくまで合法的な手段に限るが」
それも、手段のひとつではあると思っていた。けれども、トガちゃんのヒーローを目指す俺にそんな余裕はない。ましてや、この物語を知る俺にそんな猶予は存在しない。
「俺に政治家は出来ません。土台が出来上がれば、もっと偉い人が勝手にやってくれますよ」
「世論を動かさんば下地から盤石にするか。貴様が御国の未来に所望するはオールマイトの如く圧倒的武力と民衆を魅了する才能ではなく、民衆を正しく先導する『明るくて優しい世界』か。成程……」
「まっ、新参者が幾ら御託並べても聞く耳なんて持たれません。実績と信頼を積み重ねる事です。こんな所で、モタモタしてられません……!」
「堅実な真理であるな。悪くない、実に面白い意見だった。それだけの思想を抱く貴様は1学年である事も意にせず、今日日仮免試験に臨むにおいて生半可な覚悟と準備で参上した訳ではあるまい。こと試験中は対峙する競合相手ではあるが、貴様の合格を期待しよう」
話を切り上げてくれた肉倉先輩は両手こそ後ろに組んだままだが、俺に激励を送ってきた。この人も爆豪に絡まなければ、1次だけでなく2次試験も突破できる人だと思うのだが。
そもそも『ヒーロー殺し』に影響されたのが間違いなのだ。自分自身を確立できれば、癖は強けれどこの人はまともな人だと思っている。
「先輩こそ勝ち残ってくださいね? コレで不合格とか……キレますよ」
「……承知した。お互い、御国の未来を担うヒーローとして試験に臨もう。では失礼する」
そこまで言ってから、肉倉先輩は俺に背を向けて歩き出した。その様子をなぜかこの場にまだ残っていた現見先輩が、携帯電話を持ちながら能天気に独り言を漏らす。
「肉倉と話合う子なんて、マジ貴重じゃん! 写真撮っとこ」
「ケミィ、早く行けと言ったハズだ。イナサ、貴様もだ!」
「メンゴ〜」
「それでは、雄英の皆さん! 失礼しますッ!!!!!」
肉倉を待っていたのか、夜嵐まで頭から流血したまま帽子を被り直し、肉倉先輩に引き連れられてドームへと歩いていった。
「なんなんだあいつらは……」
「キャラが濃すぎるヤツばっかだったぞ……」
「魑魅魍魎……」
「世界は広いな……」
俺達だって相当濃い面子だと思っているが、クラスメイト達には士傑の学生が更に色濃く残ってしまった。
そんな様子を見届けてから、ようやく俺は大きく息を吐いて地面にしゃがみ込んだ。
「ヤイバ大丈夫!?」
「めっちゃ疲れた……!」
仮免試験始まってないのに、勉強明けみたいな疲労感が俺にのしかかる。今まで抽象的と言うよりかは、話す相手がいなかった内容を肉倉先輩に無理矢理引き出された気分だ。
ただ、先輩との対話で自分としても考える事が何個か浮かんだから、自分自身を省みる機会になれたと思う。予想外の邂逅だったが、結果としては悪い物じゃなかった。
「なんなのあの人!? 話難しすぎるし、その割には応援したりするしっ!」
「ヒーロー科にも色々な人がいるんだよ……」
あと、サラッと勝ち残れって言っちゃたけど、彼が今の爆豪に敵うとは思っていないので、絡んできたら御臨終である。
個性が強力だから、史実では初見の爆豪を戦闘不能に追いやった実力者だったため、だいぶ最初は不安事項のひとつではあったのだが、今は気にする必要はない。今のA組を鑑みた俺の予想なら、最初の1次試験は速攻で終わる。
そのまましゃがみっぱなしの俺の後ろで、士傑の面々を目で追う相澤先生が呟いた。
「『夜嵐イナサ』……ありゃあ、強いぞ……!」
「えっ? 先生、知ってる人ですか?」
葉隠が問いかけると、先生は頷きながら彼の素性に併せて知っている理由を話し始めた。
「夜嵐……昨年度つまり、お前らの年の推薦入試トップの成績で合格したにも関わらず、なぜか入学を辞退した男だ」
「えっ? じゃあ1年っ!? て言うか、推薦トップの成績って……実力は轟くんや八百万さん以上!?」
その内容にクラスメイトの誰よりも緑谷が驚いていた。一概に個性だけで実力は伺えないのだが、頭は良いのだろう。言動からは想像もできないが。
「先生、あっちの人は?」
会話が難しすぎて間に入れなかった峰田が、肉倉を指差して相澤先生を見上げていた。
「肉倉……どっかで聞いて…………っ! ……確か、父親は『タルタロス』の矯正監だ……!」
「えっ!? 本当ですか?!」
その台詞に、俺は思わずしゃがんでいた地面から立ち上がって相澤先生に反応した。
「矯正監って?」
全く聞き覚えのない単語が出た事に、疑問を漏らした麗日に対して八百万が周りに説明を始めた。
「刑務官の職務に於ける最高階級ですわ……! タルタロスの様に大規模な刑務所の、署長などの役職に就く方です」
彼女の説明に、飯田、砂藤、上鳴が順番に驚いて声を上げた。
「つまり、ヴィランを収監する刑務所の最高責任者か……!」
「しかも『タルタロス』の!?」
「メチャクチャエリートのヤツじゃんかぁッ!?」
つまり、あのAFOを収監してる所のトップの息子である。並の人間じゃ手も届かない相手だ。
言われてから彼の言動を見ると士傑に所属しているのも納得するモノを感じるし、尚更こんな所で失格になっている場合じゃないだろうとも思った。
「まっ、ヤツ本人の実力は俺も知らん。だが、警戒しておいて損はないだろう」
相澤先生がそこまで言うと、クラスメイト達の注目はやはり夜嵐先輩の方へと戻った。
「夜嵐イナサ……だっけ? 雄英大好きとか言ってた割に……入学は蹴るって、よくわかんねえな」
「ねえ、変なの」
「変だが本物だ。マークしとけ」
相澤先生の油断のない口振りに俺達クラスメイトの中で緊張が広がっていく途中、A組の誰でもない明るく元気な女性の声が先生を呼んだ。
「イレイザー!? イレイザーじゃないか!」
「ッ!?」
その声が聞こえた瞬間、相澤先生が今まで見た事ない顔をして目を広げていた。
そうしてまた目を細めた先生が顔を向けた先には、顔を明るい緑色の髪の毛にカボチャ色のバンダナを被って、上は黒のタンクトップにどこかカボチャを連想する、緑とオレンジのカラーリングなヒーローコスチュームを来た、えらく親しげな女性が歩いてきた。
「テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうしてじかで会うのは久しぶりだな!」
相澤先生に手を広げて嬉しそうに振っている女性に対し、先生はスゲえ嫌そうな顔してる。
そんな先生の様子に構わず、女性は彼の目の前まで歩いて止まった。
「結婚しようぜ!」
「しない」
突然の求婚に相澤先生は普段の口調で拒否する。芦戸と葉隠が新たな恋を目の前に、変なスイッチを入れ始めていた。
「プハハッ、しないのかよw! ウケるっwww!」
「相変わらず絡みづらいな『ジョーク』」
対して『ジョーク』と呼ばれた女性はいつもの事みたいに、先生の無愛想な反応に笑っている。
「『スマイルヒーロー『Ms.ジョーク』!! 個性は『爆笑』っ! 近くの人を強制的に笑わせて、思考行動共に鈍らせるんだ!! 彼女のヴィラン退治は狂気に満ちてるよっ!!!」
久しぶりに変なスイッチの入った緑谷も見れて、なんだかこちらも嬉しくなってしまった。彼女のヒーロー活動も、ちょっと見てみたい気もする。
「私と結婚したら、笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ!」
「その家庭、幸せじゃないだろ」
「プハハッw!」
相澤先生の前でグッドサインを送りながら再度求婚するジョーク先生に、ぶっきらぼうに返事する先生。この反応を見たいがために、やっていそうな勢いだ。
「仲が良いんですね?」
普段は色恋沙汰に関心の薄そうなクラスメイトの蛙吹まで、2人の関係を気にし始めた。
「昔、事務所が近くでな! 助け助けられを繰り返すうちに、相思相愛の仲へと……」
「なってない」
「いいな、その速攻のツッコミ! イジり甲斐があるんだよなイレイザーは!」
ゲラゲラ笑うジョーク先生の前で、これ以上俺達生徒の前で過去を掘られるのも嫌だったのか、話を切り替え始めた。
「ジョーク、お前がココにいるって事は……」
「そうそう! おいでみんな、雄英だよ!」
ジョーク先生の呼ぶ声に、先頭を歩いている緑谷によく似たクセ毛の黒髪で、顔の整った背の高い生徒が声を上げる。
「おお、本物じゃないか!」
「スゴいよスゴいよ! テレビで見た人ばっかり!」
そんな彼の隣で腕を叩く、明るめの金髪でおさげを前に垂らし、後ろ髪は大雑把にふたつ結びにした、トガちゃんみたいにギザ歯で縦に細い青色の瞳孔を持った女子が、騒いでいる。
「『傑物学園高校』2年2組。私の受け持ち、よろしくな」
ジョーク先生が相澤先生に紹介している間に、黒髪の生徒が緑谷の手を握る。向こうの夏服は灰色のポロシャツに暗い茶色のズボンだ。ポロシャツ、洗濯楽チンでいいな。
「俺は『真堂』! 今年の雄英はトラブル続きで大変だったね!」
「えっ、あっ!」
自己紹介しながら周りのクラスメイト達に次々と握手していく真堂先輩の、底抜けに見える明るい性格に人見知りの緑谷は押されている。
「しかし君達はこうして、ヒーローを志し続けているんだね! 素晴らしいよっ!! 不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!」
「眩しい……!」
「どストレートに爽やかなイケメンだ……」
さっきの曲者揃いの士傑と違って、常識的な人が来たと思っているクラスメイト達は、彼を見て安堵の息を漏らしていた。
「その中でも、『神野事件』を中心で経験した爆豪くん! 君は特別に強い心を持っている、今日は君達の胸を借りるつもりで、頑張らせてもらうよ!」
「ふかしてんじゃねえッ、セリフと面が合ってねえんだよ……ッ!」
真堂先輩が差し出してきた手を、爆豪は跳ね除けた。さすが爆豪、もう見破った。
彼には性格の二面性があるのだが、それを俺が言う資格はないので黙っていた。
「コラ、おめえ失礼だろ! すみません無礼でっ」
「いいんだよ、心が強い証拠さ!」
切島が先輩に謝っている間に、雰囲気トガちゃん似の生徒が轟に駆け寄った。
「ねえ轟くんサインちょうだい! 体育祭カッコよかったんだ〜!」
「やめなよ『中瓶』 ミーハーだな」
「はあ……」
『中瓶』と呼ばれた先輩は轟にサインをねだっていたが、それを黒髪ロン毛で目付きの悪い生徒が止めようとする。
轟 焦凍、本日2度目の逆ナンに「な゛ん゛でア゛イ゛ツ゛ばっか゛……!」と峰田がギリギリと後ろで嫉妬の目線を放っている。ソレを障子と砂藤がそれぞれ片腕で押さえつけていた。
轟も轟で、余程変な注文じゃないと拒否しない性格だから、普通に自分の名前を先輩のノートに書いていた。イタズラ書きかと思う様なカッスい字だったが、轟がプロデビューしたら付加価値がトンでもない事になりそうだ。
「……あーゆー子も、タイプなの?」
「え?」
気がつけば、再び俺の隣に立っていた芦戸が、轟にサインを貰って嬉しそうに飛び跳ねる中瓶先輩を見ていた俺の視界に割り込む様にして、こちらを睨んできた。
「……ううん、違うよ。行こっか芦戸ちゃん」
「あっ、ゴマかしたー! うふふっ♪」
口では指摘しているが、すぐこの場から離れてドームへと移動しようとした俺に、彼女は歩く俺に並んで鼻を鳴らした。現見先輩といいあの先輩といい、これ以上芦戸の気を損ねるのは気が引ける。
「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ジョーク先生がいて調子が狂ってるのか、少し苛立っている相澤先生に促されて、俺達は傑物の生徒達と一緒に競技場の建物であるドームに向かって歩き始める。俺の隣には芦戸が並んだまま、傑物から離れるように腕を引いて歩く。
士傑の面々も同様だが、この人達ももしかしたらこの先、緑谷達の運命に翻弄されるキャラクターなのかもしれない。
なら事故でも、この人達は落ちちゃいけない。
俺は芦戸に顔を寄せて、前にプレゼントマイク先生に興味本位で聞いた質問で集めた情報を伝えながら、彼女の耳元で囁いた。
「芦戸ちゃん、相澤先生は彼を先生に誘ったOBの先輩と、ソレを教師になってまで追っかけた後輩がいるぐらい人気があるから、おちょくってばかりだと奪われますよってMs.ジョークに伝えて……! 俺は向こうの先輩達に仮免取ってからの合同訓練とかの提案してみるから……!」
「きゃっ///!? おっ、オケっ、了解っ!」
唐突な俺の動きに驚かれるも、すぐに俺の意図を読んで動き出した彼女を見送り、俺は傑物の先輩達の中でも異様に目立つ、青いサイボーグみたいな見た目をした異形型の先輩に並んで話しかけた。
「先輩」
「ん?」
「もし『雄英潰し』するつもりだったら、今年は絶対に止めてくださいね?」
「っ!?」
俺のひと言に、先輩は無言で目を見開いて驚いた。
「死ぬ程後悔しますから……あとっ、仮免取ったら今度合同訓練とかやりましょうっ! 失礼しますっ!」
先輩に呼び止める隙も与えず、すぐに俺はジョークの方へと向かった芦戸に駆け寄った。
「真壁……?」
「……!」
後ろでは真堂先輩が異形型の先輩を呼ぶ声が聞こえたが、これ以上耳を傾ける事はなかった。
ノルマを達成した俺は、ジョーク先生とコソコソと話をしている芦戸へと割り込む。
「ヒソヒソ……(マジで!? ウワサでは聞いてたんだけどさっ、イレイザーってそんなに言い寄られてんの!?)」
「ヒソヒソ……(マジです。先輩には『ミッドナイト』先生もいますし、後輩には『13号』先生までいます……!)」
「ヒソヒソ……(ハッハッハっw! メディアには映りたくないとか言ってたクセに……アイツモテるね〜っ!)」
「ヒソヒソ……(笑い事じゃないですよジョーク先生。相澤先生を本気でオトしたかったら、急がないとダメです!)」
「ヒソヒソ……(ミッドナイト先生はちょっかいかけてるだけのフシありますけどっ、13号先生はたぶん本気ですっ!)」
「ヒソヒソ……(オイオイ、生徒2人にまでバレてるって……ソイツも露骨なヤツだなっ!)」
「ヒソヒソ……(相澤先生は13号先生の事、ただの後輩ぐらいにしか思ってませんから……まだ余裕はあると思うんですけど……)」
「ヒソヒソ……(そもそも……相澤先生への攻め方を変えないといけません。真面目に求婚してもあの人、結婚まで『非合理的だ』とか言いだしそうですから!)」
「ヒソヒソ……(ああ〜わかる〜っ! ソレ言われたらどうしようかって、思っててさーっ! ソコまで踏み込んだ事ないんだよね……)」
「ヒソヒソ……(踏み込まない方がいいですね。そもそも、相澤先生がなんであんな合理的主義なのか、『みんな』知りませんし……)」
「ヒソヒソ……(ジョーク先生って仕事柄、相澤先生の連絡先は持ってるんですよね? 連絡かけたりとかしないんですか?)」
「ヒソヒソ……(ハハハハっ! 基本的、ジョーク飛ばしても仕事じゃないってわかるなり、すぐ切られるからねっ!)」
「ヒソヒソ……(ヒドーい、せんせ〜っ!)」
「ヒソヒソ……(たぶん……なんとかして先生の過去を、向こうから引き出してくれるだけの関係に持ち込めば、ジョーク先生の勝ちです……!)」
「ヒソヒソ……(イレイザーの過去かあ……う〜ん……確かにちゃんと聞いた事とかないな……!)」
「ヒソヒソ……(失礼ですけど、『傑物』って確か野外訓練多めで施設自体は狭かったですよね? ウチに合同訓練申請すればいいじゃないですか! そうすれば相澤先生に会えますよ!)」
「ヒソヒソ……(雄英ってマスコミには冷たいですけど、ほかのヒーロー科は結構優しいんです! 前にも別の『勇学園』ってトコと合同訓練してましたから、仮免取ってからなら少し雄英も落ち着いてると思いますっ!)」
「ヒソヒソ……(ジョーク先生、後で俺達の連絡先渡します。それで先生の情報、横流しするんで!)」
「ヒソヒソ……(『Ms.』から『Mrs.』になりましょうジョーク先生!)」
「ヒソヒソ……(ブハハハっw! 君達よくそこまでしてくれるね!? そんなにイレイザーの事、気に入ってんの?)」
「ヒソヒソ……(だって……先生にも幸せになってもらいたいですもんっ! もう30ですよ相澤先生っ。私達がプロデビューした頃にはもう、落ち着いてて欲しいですっ!)」
「ヒソヒソ……(この世には、合理性なんかじゃ表現できないモノがあるってのを、相澤先生に知らしめたいんですよ!)」
「早く行け切裂、芦戸。始める前に失格になりたいか……!」
「「はーいゴメンなさーい!」」
いつの間にか仁王像みたいなオーラを出して俺達を抹消で睨みつけていた相澤先生に、俺と芦戸は同時にクラスメイト達の歩いていく競技場のドーム内へと駆け出した。ジョーク先生の笑い声以外、本当に小さい声だったから何を話していたのかは聞かれていないだろう。
「アハハっw! 先生想いの良い生徒じゃんか!」
「黙れ」
先生は最後まで辛辣な言葉を向けていたが、ジョーク先生は笑っていた。俺と芦戸の勢いに少し困っていた様にも見えたが、止まるつもりはなかった。
相澤先生は心に大きな傷を負っているのを、俺は知っていたから。
その傷を治せるのは、俺達じゃないと思っていたから。
・・・♡・・・♡・・・
試験会場に入ってすぐヒーローコスチュームに着替えた俺は、クラスメイト達と一緒に大広間である会場内へと移動した。
コスチュームに着替えた女子達とも合流した俺達A組20人は、デカいモニターがある会場のほぼド真ん中に密集する。
「切裂くん、今日の迷彩……赤味噌のお味噌汁みたい!」
「麗日ちゃん、お腹空いてる?」
まだ9時回ってないし、朝飯食ったばかりだと思うのだが、麗日が俺の迷彩服を見て気の抜けた事を言う。
「カビ生えた味噌汁だろ?」
「峰田くん、見た事あるの?」
峰田まで口出しをしてきた今日の迷彩は、フレクター迷彩だ。本当は迷彩服ではなくて、ヘルメットに装着された新調の高性能ゴーグルに注目してほしかったのだが。
「多いね……!」
「うん……!」
「見渡す限り約1000人……いや、もっといるかもしれないな!」
そんな事はともかく、俺と緑谷と飯田が周囲を見渡せば見渡すほど圧倒されるのは、会場の中を埋め尽くすほどの他校の生徒でごった返している会場内。
年2回で合格率5割なのだから。中には学生の間で今年で最後のチャンスとかの先輩もいるだろう。ヒーロー飽和社会の現状をよく表していた。
『えぇ…………では、アレ……仮免のヤツをやりまぁす…………あぁぁ……僕ぅ……ヒーロー公安委員会の《目良(めら)》です……』
いきなりスピーカーから声がしたと思うと、会場の壇の上に1徹どころじゃなくて4徹5徹ぐらいしてそうなボサボサ白髪の人が、頭をユラリと中途半端に傾けながら話を始めた。
「おお……」
また凄いインパクトのあるキャラが出てきやがった。漫画でも思ったが、声が入ると更に凄いな。口が近すぎて、マイクがハウリング起こしてる。
『好きな睡眠はノンレム睡眠、よろしくぅ…………仕事が忙しくて、ろくに寝れない…………人手が足りてなぁい……!! 眠たァァぃ……!』
声を絞り出す様にして、俯いたまま頭をぐわんぐわん揺さぶる目良さん。物間並に情緒不安定な人だ。
『そんな信条の下、ご説明させていただきまぁす……』
疲れを一切隠そうとしないその態度に、会場にいる全員が不安になっただろう。隣の緑谷も「大丈夫か?」みたいな顔している。
『仮免のヤツの内容ですがぁ……ズバリぃこの場にいる受験者1540人、一斉に勝ち抜けの、演習を行ってもらいます……』
「勝ち抜け……っ!」
「しゃあ……ッ!」
「予想通りだな……!」
その試験内容に、クラスメイトの中から何人かが小声で歓喜の声を漏らした。
「飯田くん……!」
「ああ……予定通り『プランA』でいこう……!」
俺達がクラスメイト間でコソコソと認識を伝達させている間に、目良さんは更に話を続ける。
『現代は……ヒーロー飽和社会と言われ……ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する向きも少なくありまぁせん……』
ヒーローとは、見返りを求めてはならない。
自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。
ステインの主張は、間違いなく社会に浸透した。
だが俺は、それを跳ね除けるつもりだ。
士傑の肉倉先輩の思想を、上塗りしてみせたように。
『まぁ……一個人としてはぁ、動機がどうであれ命懸けで人助けしている人間に……《何も求めるな》ぁは、現代社会においてぇ無慈悲な話だと思うワケですがぁ〜……あぁ〜とにかく対価にしろぉ義勇にしろぉ多くのヒーローが、救助、ヴィラン退治に切磋琢磨してきた結果ぁ……事件発生から解決に至るまでの時間は今、引ィくくらい迅速になってます。君達は仮免許を取得し、いよいよ激流の中ぁに身をぉ投ぉじる……そのスピードについていけない者ぉ、ハッキリ言って厳しい……』
そこまで長々と話していた目良さんが、少しだけ顔を上げて今にも眠りそうな視線で俺達を見遣った。
『よって試されるはスピード。条件達成者、先着100名を通過としまぁす……』
その内容とモニターに映った『一次試験』の文字を見て、一斉に会場内がザワつき始めた。
「受験者は全員で1540人……合格者は5割だと聞いていましたのに……!」
「つまり……合格者は1割を切る人数という事ね……!」
「ますます緊張してきた……!」
女子3人が緊張で声を震わせている中、峰田や切島、芦戸などの一部のクラスメイトは逆に奮い立っていた。
「まっ、雄英の入試の倍率よりはマシか……!」
「ハッ、ビビる内容でもねえぜっ!」
「へへっ、楽しくなってきたっ!」
昔、例え話した事のある峰田は動じなかったし、寮生活始まってから仮免を待ち望んでいた切島は昂っている。そして芦戸も準備万端の様子だ。
『まぁ……社会で色々あったんでぇ……運がアレだと思って、アレしてくださぁい…………で、その条件というのが……コレです』
目良は懐からオレンジ色のテニスボールサイズの球と、手の平サイズの平べったい機械を取り出して、試験内容のルール説明を始めた。
受験者は体の好きな場所に、センサー式のターゲットを3つ装着する。もちろん足の裏や脇の下みたいな、姑息な場所はダメ。
次にそのターゲット向かって投げるボールを6個、各人にポーチで携帯される。
ソレを使って受験者は相手のターゲットにボールを当て合い、3つ当てられたら脱落。
逆に、相手の3つ目のターゲットにボールを当てた人が『倒した』という判定になる。
そのルールで2人『倒した』者からの勝ち抜きだった。
『ルールは以上……』
「切裂くん、コレ……入学試験と……いや、対人と対ロボじゃまるで話が違う!」
「緑谷くん、落ち着いて。どっちにしろ……俺達のやる事は変わらないから」
ターゲットの数が3つに対して、ボールの数は6個しかないので、無傷のヤツを襲って勝つには、無駄玉が一切出せない。
そもそも、コレ的当てゲームじゃない。峰田みたいに普段から投げるのを技にしてるヤツは有利かもしれないが、普通のヤツは動いてる相手にボールをぶつけるのは簡単ではない。それも小さいターゲットを狙うのだから尚更だ。6個しかないボールをやみくもに投げる事もできない。相手を動けなくしてからボールを当てる必要があるのだ。
「ケッ、ザコ共が束になろうが俺達には関係ねえッ。さっさと始めやがれ……ッ!」
「いいみんな? 俺達以外の受験者は1520人。俺達20人で割れば、1人頭76人相手にすればいいだけだからね?」
「ああ。なんの問題もねえな」
「イヤイヤイヤイヤイヤっ! その計算で安心できるのは、お前らだけだろッ!!!」
視界の目良さんを睨みつけながらブツブツと独り言を呟く爆豪に、俺が舐め腐った計算式をクラスメイト達に披露し、轟が面白そうに賛同する中で峰田だけが足下で喚いている。そんな俺達の態度を見て、周りの他校の生徒が一斉に苛立ちの篭った視線で睨みつけてきた。
だが、こういう事に対して飯田が何も言ってこないのは、有象無象のヘイトを集めるのも俺達の想定内だからだ。本人はコスチュームのヘルメット越しに、少し冷や汗流していたが。
この先の展開を考えれば、俺が落ちるなんて絶対にあってはならない。史実で見た仮免補講の授業は楽しそうだったけれども、優先順位を考えれば諦めざるをえない。
轟と爆豪はどうしようかと悩んだが、受かればその分早くエンデヴァーの所に行けて、話が早く進むだろう。
できれば次の事件に連れて来れれば、大きく運命を変えれるのかもしれないが、爆豪は梃子でもきっと動かない。轟が素直に来るかもしれないぐらいの希望的観測だっだ。
『ええ…………じゃあ……展開後、ターゲットとボール配るんで……全員に行き渡ってから、1分後にスタートしまぁす……』
「展開?」
目良さんの説明が終わって、黒服の試験官達がボールとターゲットの入ったダンボールを持って動き始める途中、轟が彼の言葉に疑問を投じた直後に部屋が揺れた。
「うぉっ!?」
「なんだぁ!?」
周囲のどよめきと同時に壁と天井が開き、箱型だった部屋が文字通り屋根も含めて展開された。
「うっそ……!?」
「ビックリドッキリハウスかよ……!」
無駄に大掛かりな仕掛けが動いた後に広がったのは、快晴広がるドームの内側。いつの間にか、俺達は競技場のスタジアムの中へ部屋ごと移動していた。
「えっ!? オイラ達、廊下の扉から入ったよなっ!?」
「たぶんエレベーターか何かだったんじゃない? この部屋が……!」
「そう言えば、階段下りたもんね……」
「ムダに大がかりだな……!」
『各々……苦手な地形、好きな地形……あると思います…………自分の個性を活かして……頑張ってくださぁい……』
スタジアムを見渡せば、USJばりに特徴的な地形があちこちに分かれて乱立している。爆豪や轟と並んで、俺もどこに向かうか手早く決めていく。
『……一応、地形公開をアレするって配慮です…………ま、ムダですっ。こんなもののせいで睡眠が……ッ! 私がなるべく早く休めるよう……! スピーディーな展開をッ、期待していまァァす……!』
最後に目良さんの愚痴まで聴きながら、俺は試験官から貰ったターゲットを3つとも自分の胸に取り付け、ボールの入ったポーチを装具の上から腰に巻いて装着する。ほかのクラスメイトも自分達の好きな場所にターゲットを取り付け、ボールのポーチを受け取った。
ここに集まってるのは、学校は違えど誇りあるヒーロー科。先着である以上、メンツを保つためにも同校で潰し合いは、まず起こらない。お互いに個性を理解しているクラスメイト同士で協力するのが、1番安定する戦法だ。
だが、それは弱者の考え方だ。
「かっちゃん、切裂くん、轟くん、峰田くんは……」
「わかっとるわッ! コイツらザコ共の出鼻挫きゃ、俺達の勝ちだッ……!!!」
「ありがとう緑谷くん。すぐに勢いを繋げるから……!」
「大所帯じゃ俺の力が発揮できねえからな…………待ってるぞ」
「ゴメンな緑谷。オイラもどうしても、1人じゃないとやりづれえから……!」
俺達1年A組、俺がずっと眠っていた間も個性強化訓練に精を出していたクラスメイト達は、ただ緊張しながら待ち望んだ仮免試験の会場まで来たワケじゃなかった。来る途中のバス内で緑谷や切島を筆頭に、俺達は試験内容について全員で話し合っていた。
仮免試験で国立競技場まで借りて、筆記試験なんてありえないし、トンでもない人数を5割に絞らなきゃならないのに、1日で終わる試験で悠長に見ている暇もない。間違いなく最初は雄英の体育祭の障害走と同じ様に、ふるい落としが始まると彼等はソコまで答えに辿り着いていた。
そして、その場合に体育祭で自分達の個性が割れているのを良い事に、他校の生徒が大人数で集中砲火してくる可能性も予測し、それを裏手に取る作戦も全員で考え出していた。
「1人はリスク高えかもしんねーけど……っ! いつまでも仲間に頼りっぱなしじゃっ、ヒーローにはなれねぇよなっ!!」
「うんっ! ゴメンみんなっ、私も……行くからっ!」
切島と芦戸も自らクラスメイトの集団から離れ、1人別々の方向へと駆け出す。
「うぅぅぅ〜〜、私だってやってやるーーっ!!」
「葉隠さん……! ゴメン緑谷、俺も行くよ……!」
ソレに続いて葉隠と尾白もそれぞれ別の方向へと走っていった。
「元より我らは蠱毒……だが、数多の人目に晒されようとも、体の良い当て馬になるつもりは無い! ダークシャドウっ!!!」
「アイヨッ !!! 」
俺と肉倉先輩の会話を聞いて感化されたのが、えらく調子の良い常闇もダークシャドウを身に纏い、そのまま空中へと飛び立っていった。
「お、俺も! 少しは切裂に、俺が強くなったってのを見せてやるッ!」
「待って上鳴っ! アンタそれまだ試してないんでしょ!? フォローするからっ、勝手にどっか行かないでよねっ!!」
「えぇーーッ!? じゃあ……乗るか?」
「イヤ! ウチに速度合わせてっ!」
「そんなー!?」
唯一、この2人だけは一緒に同じ方向へと向かった。耳朗の走る速度に合わせて、ヨロヨロとバランスの悪そうにスケボーへと乗る上鳴を見送る。
「デクくん……!」
「うん……頑張ろう!」
分散する人達が消え、緑谷と麗日はお互いに顔を合わせてうなずいた。
本来なら緑谷はみんなを合格させるために、集団で動く方法を取ろうとしたのだろうが、今の彼ならフルカウル20%、スマッシュなら30%叩き出せる。エアフォースも20%に届いた。目を瞑ってたって、1人でなんとかなるのだ。
だが緑谷は優しい。ソコで終わらせないのが彼という人間であり、根っからのヒーローだ。
「みんなっ! かっちゃん達が動き始めるまで、あの山の方を目指して移動するよっ!」
「先行して拘束のための準備をしてきますわ! 飯田さん……申し訳ありませんが……!」
「構わないさ。乗りたまえ八百万君!」
「俺もテープの準備してくらあっ!」
「よし……行こうっ!」
「「「「「おおっ!!!!!」」」」」
クラスメイトには強力してこそ個性が発揮できる物もいる。今回は彼が、そのまとめ役だ。
体育祭の全国放送で、雄英の学生の個性はここにいる全国の受験者達にバレている。
だが、逆にそれは『体育祭まで』の俺達しか知らないという事にもなる。つまり林間合宿で戦った敵連合達と同条件。各人が圧縮訓練で編み出した必殺技を持つ以上、奇襲を仕掛けるのは簡単なのだ。
緑谷達が動き出すのを見送ってから、俺は轟も爆豪もその他のクラスメイト達も向かっていない、高層ビルの立ち並ぶ都心エリアへと移動した。
・・・♡・・・♡・・・
駆け足で都心エリアに到着し、片側4車線以上もある大通りのど真ん中へと立った俺は、俺を追って続々と集まってきた受験者達へと対峙する。
「オイオイ、1人だぜ」
「マジで舐めてやがんな……ッ!」
「馬鹿にしやがって……!」
「遠慮はいらねえ! 思いっきりやっちまえ!」
「1年のクセに……っ!」
「まぁ、いいや」
自分のターゲットを全部胸に付けたのは、なるべく相手を全員俺の正面側に捉えるため。その思惑通り、向こうは俺のターゲットを狙ってほとんどの人間が前にズラリと勢揃いしていた。
「いーい? 早い者勝ちだからねー!?」
「わかってるっての!」
「大丈夫? 泣いちゃわない?」
「ハッ、自業自得だろっ!」
他校の罵詈雑言を無視して軽く準備運動をした直後、試験開始を知らせるブザー音がスタジアム内に鳴り響いた。
『第1次試験、スタート』
無機質なシステム音声が聞こえたと同時に、目の前の受験者達は一斉に動き出した。
「オラァァァァァァァッ!」
「出る杭は打たれるッてねぇッッ!!」
「恨むなよッ、雄英ッッッ!!!」
片側4車線ある道路、歩道橋、信号機、街路樹、正面の1番高いビルの窓から、道路を挟んだビルの屋上から、俺に向かって一斉にオレンジ色したボールが雨霰の如く投げつけられる。
「フーーーーッ!」
だが、避けるつもりは微塵もない。
俺は手の平を向けるように両手の指を交差させ、前方の学生共から降り注がれるボールへと狙いを定め、振り抜いた。
「『
両腕の伸び広げる力を一気に解放させると同時に、瞬間的に流動する刃に変化した指から放たれた乱れ飛ぶ斬撃が、俺へと投げつけられていたボールの雨を易々と切断する。その斬撃波の風圧に押し負けて、他のボールまでもが明後日の方向へと舞い上がった。
「うわぁッッ!!!」
「キャぁぁっ!?!」
「何だコレッ!?」
「斬撃が……ッ!!」
「とッ、飛んだァ!?」
受験者達が驚愕する中、斬撃の余波は信号機や標識、電柱、街路樹を巻き込んで切断していく。歩道橋は両方の柱を階段ごと絶たれ、受験者を乗せたままひっくり返るようにして倒れた。
「うわあぁぁぁぁッッ!!!!?!」
「一旦逃げろぉッ!!!!」
「どうなってやがるッッ!!?」
「あんなの知らねぇぞッ!!!?」
そりゃあ、斬撃波は林間合宿前に習得してメディアには一切見せていなかったのだから、向こうは知る余地がない。
そして、知っていても想像の範疇を超えないと、どうしようもない技がもうひとつある事を、体育祭を見ているコイツらは忘れている。
「フンッ!!!!!」
俺は指から今度は腕ごと刃に変化させ、けたたましい駆動音を響かせて流動させながら真っ直ぐに、逃げ腰になり始めた受験者達へと駆ける。
「うわぁぁぁぁッ!!?!!」
「来たぁァァァァッ!!!!!」
「オイオイっ!!!」
「俺達を殺す気かッ!!?」
彼らの悲鳴を無視して俺は駆けながら腕を交差し、その刃先で道路表示の描かれたアスファルトの地面を削りながら、今度は正面のビルへと振り抜いた。
「『
道路を削って放たれた斬撃が倒れた歩道橋を通過し、そのまま斬撃は正面の都心エリアで1番大きなビルを駆け上がり、岩や鉄を擦らせて何かが切れる音が、ビルから大通りへと鳴り響く。
「まだア゛ァァァァァァァァァッッッッっ!!!!!!!!!!」
更に続けて2発、4発と俺は叫び上げながら、地面へ流動する刃を振り抜いて斬撃を道路からビルへと走らせた。
「なっ、なんだ…………ッ!?」
「何も起こってねえぞ……?」
「な、なぁ……このまま逃げようぜッ!」
「バカヤロウっ! 舐められてばっかで、たまるかってんだッ!!」
「どうせコケ脅しよっ!」
「そうに決まってるわっ!!」
「今だッ、攻めちまえっ!」
「………………」
そして10発目の斬撃を放った俺は、再び集まり始めてボールを投げつけてきた受験者に対し、その場から背を向けて歩き出した。
「あっ!?」
「しまった!」
「後ろ向いたッ!」
「誘いやがったアイツ!!」
「逃げたぞッ!」
「逃すんじゃねえッ!」
「回り込めッ!!」
「追えーッ! 追えっ……!?」
数人の受験者は気付いたかもしれないが、ソコにいたらもう手遅れだ。
倒れていた歩道橋が、ロールケーキみたいに輪切りとなっていく。
受験者の悲鳴。
地鳴り。
そしてガラスの破砕音。
彼らの動揺。
道路に伸び広がっていくビルの影。
ようやく全ての者が、振り返って気付いた。
1番高かった数十階建ての高層ビルが、周りのビルも数件巻き込んでザク切りに切断されていた。
「は?」
「うわァァァァァァァァァァァァッッッ!!!?!!?!」
「キャァァァァァァァァァァァァっっっっ!!?!!!!」
「ほげェェェェェェェェェェッッッっ!!!?!!!!」
「ビ……ビルを…………ッ!!?!」
「ウソだろ………………っ!?」
「切りやがったぁぁァァァァァァァッッっッ!!!!!!!」
「逃げろォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!」
「ギャアァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!!」
数多の受験者達の悲鳴が大通りに響き渡った時にはもう、地鳴りと共に分断されたビルの一部が好き勝手な方向へと滑り落ちて、そのままバランスを崩して傾きながら崩落していく。
そんな後ろの様子に目もくれず、俺は全速力で被害の届かない安全圏へと駆け出していた。
と言っても、最初から俺の場所にまでビルの瓦礫は届かない。そうなるよう、ある程度は計算してブッた斬った。
受験者達の叫び声がビルの崩落する音に飲み込まれ、凄まじい風圧と同時に濁流の様な砂煙が大通りへと広がり、俺は速やかに路地に避難して頭に装着するゴーグルを下ろし、壁の近くにしゃがみ込んで爆風の如く舞い上がる砂煙をモロに被るのを避ける。
台風の通過みたいな轟音が響き渡って、崩落の衝撃で地面が震えが上がる。受験者の声なんか何も聞こえなくなってから数十秒後、風圧も収まってきた俺は路地から大通りに顔を向けた。
「……死んでないよな?」
まぁ、この世界は鍛えれば鍛えるほど無尽蔵に強くなるし、プロヒーロー志望のココにいるヤツらは並の鍛え方していないだろう。ヴィランと戦い過ぎて、俺の感覚がおかしくなってるのかもしれないが。
路地から大通りに出てみると、まだ顔の辺りまで砂煙が舞い上がる道路上は少し前までの整然さは微塵も残っておらず、斜めに切断された跡の残る高層ビルと、その崩落に巻き込まれて倒壊したビル群が瓦礫へと変貌した、まるで大地震でも起こった後みたいな地獄絵図へと豹変しており、何人もの受験者が瓦礫の中で巻き添えにされていた。
俺は適当にノビていたヤツを地面から引っ張り出し、ターゲットに持っていた全てのボールを当てた。
ピコンと可愛らしい音が連続して鳴り響き、最後に特別豪華な電子音が俺のターゲットから鳴った。
『あ……ようやく1人目の通過者…………うおォっ!!!?!!?!』
どこからともなく聞こえてきたスピーカーから、目良さんの気の抜けたアナウンスかと思えば、突如として力強い彼の叫び声が響き渡った。
『だ……脱落者137名……っ!!! 1人で140名近く脱落させて通過したァ……!!?!』
ボールを当てて脱落させたんじゃなくて、ビルの倒壊に巻き込んで戦闘不可能にさせたのだ。多分このセンサー、受験者のバイタルも見られているから気絶してもアウトなのだろう。
そうだとしたら、俺達の作戦で容赦無しの蹂躙が始まる……
『えぇえぇぇ、さて……ちょっとびっくりして目が覚めてまいりましたぁ……って、うおォォォッッ!!!!?!!!』
俺がそんな事を考えている間に、また目良さんが大声を上げてマイクがハウリングを起こす。
『今度は脱落者120名ッ!!?! 1人で120名脱落させて、更に1名が通過……っ!!!! ねぇ、大丈夫コレ……? 100名通過できないんじゃないのォッ!!?!?!!』
彼の動揺する声の通り、この調子だと定員の100人が足りなくなってきそうだが、さすがにソレは起こらないだろう。俺達雄英が全員抜ければ、あとは普通の試験が始まるハズだ。
『いやはや、すっかり眠気もブッ飛んでいきましたぁ……! さぁ皆さん、早めに……頑張ってくださぁ〜いっ!!!』
仕事が早く終わると見たのか、少し機嫌が良くなっていく目良さんの声が聞こえた直後、自分の付けていたターゲットが青くピコピコと光り始めた。
『通過者は控え室へ移動してください。はよ!』
機械の声に急かされ、俺は瓦礫の山となったビル群から離れるようにして歩いていく。
俺と2番手で250人以上、人数を減らせた。一次試験全員通過のキーパーソンになった『青山』が存在しない以上、クラスメイト達がどこまでやれるかは祈るしかない。バラバラに散ったヤツらは必ず勝ち残ってくるとして、ほかがどうなるだろうか。
かと言って、俺も何もしてこなかったワケではない。今日に至るまで、クラスメイト達と個性や訓練については徹底的に話し合った。
絶対にみんなならやってくれると信じて、俺はターゲットの指示に従って待機場所へと向かった。
・・・♡・・・♡・・・
都心エリアに聳える一番大きなビルが乱雑に切断され、猛烈な砂煙を上げて倒壊していく。1人森林エリアへと訪れていた峰田は、そんな光景を木々の開けた所から見届けて確信した。
「アレ、絶対切裂だ……!」
ほんの数週間前まで敵連合の襲撃を受けて意識を失っていたのに、もう自分達を追い抜かんばかりの実力を見せつけた彼に、峰田は驚きながらも嬉しそうに笑ってみせると、そのまま頭のモギモギをひとつずつモギりながら空中へ放り投げ、計7個のモギモギでジャグリングを始める。
そんな彼の周りには、その身の丈の小ささを見て驕った受験者達がゾロゾロと木々の間から、彼に向けてボールを構えていた。
「ずいぶん余裕なチビだな……!」
「雄英だからって……っ!」
「遊んでのかあ?!」
「ナメやがって……!」
「後悔させてやるッ!!」
威圧的な言葉に続いて次々と投げつけられる受験者達のボールにも動じる事なく、ジャグリングを続ける彼は戦闘態勢を完了させていた。
「会計士さんにお礼言っとかねえと……!」
イレギュラーである彼がいなければ、気付く事すらできなかったであろう、自ら編み出した必殺技の名を呟いて峰田は動き出した。
「『ジャンブル』……ッ!」
ジャグリングしていたモギモギのひとつを瞬時に握りしめてから地面に零し、峰田はそのモギモギを足で踏んづけた。
途端、彼の姿は受験者達の前から消えた。
「なっ!?」
「消えたッ!!?」
「上だッ!!」
モギモギの反発力で一気に上空に跳ね上がった峰田は、その状態でジャグリングし続けていたモギモギを一斉に放った。
「『スプラッシュ』ッ!!」
散弾の如く彼の手元から放たれたモギモギは倒すべき受験者ではなく、彼等の周囲に広がる木の幹や太い枝へと付着する。
「うわっ!?」
「なんだっ!!」
「ハズれだッ!」
「構わねぇっ、やっちまえッ!!」
動揺する受験者達の声にも構わず峰田は更に頭からモギモギを周囲に散りばめると、最後にひとつのモギモギを圧縮しながら足元に添えた。
「『跳峰田』ァ……ッッ!!!!」
受験者達が空中に飛んだ峰田へと一斉にボールを投げつける中、彼は足元でバスケットボールサイズに膨らんだモギモギに押され、鋭角軌道を描いて森林内へと飛び込んだ。
「えッ!?」
「避けたァ!!?」
「どうやってやがるっ!!」
モギモギの膨張による反発。手元でジャグリングしているモギモギの数だけ、彼は空中で連続的に軌道変換ができるようになっていた。
「うわっ!!」
「どこ行ったッ!?」
「見えねえッ!」
閉所に散りばめられたモギモギと、自分1人に対して相手は複数人。これ以上ないほど彼のポテンシャルが最大限に発揮される攻撃準備が整った。
「いたぞッ!」
「いや、違うッ!」
「こ、これは……ッ!?」
空中を跳ねた峰田は木々や地面に設置したモギモギを更に踏みつけ、モギモギからモギモギへと縦横無尽に木々の間を飛び跳ねていく。
その速度は並みの受験者達の目では追えず、彼の姿はモギモギによって破茶滅茶な交錯を描く様にして『分身』を起こした。
「『アラウンド』ッ!!!」
一瞬にして現れた数十人もの峰田が森林内を跳ね回り、彼はその状態で受験者に向けて試験用のボールではなく、頭のモギモギを次々と投擲した。
「からの……ッ! 『グレープラッシュ』ッッッ!!!!」
モギモギまでは分身こそしないが、右へ左へと高速で分身が飛び回って受験者達を翻弄する。どれにボールで狙いをつければ良いかもわからず、そもそも高速で動き回る分身にすら狙いを定められない。
もう彼を捉えられる物は、この場にはいなかった。
「早いッ!!」
「どれが本物だよっ!?」
「に、逃げろっ!」
その場から逃げようとした受験者達の体へ狙いすまされたかの様に、彼の投擲したモギモギが接着され混乱が広がっていく。
元々、峰田の個性は投げつけるのが主体。彼にとって動く的に物を当てるのは造作もなかった。
「うわっ!!?」
「何だぁッ!?」
「しまったッ!」
「こんなの……うわッ、手もッ!!?」
進化された『跳峰田』からの『グレープラッシュ』により、峰田を取り囲んでいたハズの受験者達はたちまちモギモギによって逆襲された。最後は跳ね回る彼の頭突きや蹴りによって地面や木に向かって弾かれ、完全に拘束されてしまった。
「うわぁッ!!」
「はっ、離れねえっ!」
「たっ、助けてッ!!」
「イヤーっ!」
周りにいる受験者達が全員動けなくなるまでモギモギを投げ続けた峰田は、徐々に跳ね回る速度を落として分身を消しながら地面に三点着地する。この魅せ方は、オールマイトのリスペクトだった。
「いっちょ上がりっ!」
彼の周りにあるのは、地面や木々に接着されて完全に身動きのできなくなった受験者達が、悔しそうに声を漏らしながら悶える光景が広がっていた。
「う、ウソだろ……!」
「こ、こんな……!」
「あのバルーンのスキを突こうとしたのに……!」
「あんな時間かかるヤツ、やるわけないだろっ?」
そう言い捨てて峰田は、ようやく試験官に貰ったオレンジ色のボールを腰のポーチから取り出し、6個のボールを軽々とジャグリングしてから拘束された受験者のセンサーに向かって全て投げ当てた。
峰田の体に付いたセンサーから青く光って電子音が鳴り、森のどこかに設置されたスピーカーから目良の調子の良い声が聞こえた。
『はい更に1名通過ぁ……! ……アレ、何コレ……? …………まあ、1分経って動けなかったら、失格ねぇ……』
「そ、そんなっ!!?」
「ウソだろっ!?」
「クッソっ! 離れろっ!」
コレが実戦、しかも対ヴィランなら生殺与奪を相手に握られた時点でアウトなのだ。想像していなかった無慈悲な審判にモギモギで拘束されたままの受験者達から悲鳴が上がるが、主任である目良もそこまで甘くはない。眠いという私情も混ざってはいるが、振るい落としなどさっさと終わらせたいのだ。
「ワリいな! 今日のオイラ調子良いから、1日中はくっ付いちまうぜ!」
彼もまた、受験者達の頭数を減らすべく作戦に組み込まれた者だ。切裂や轟ほどの派手さはないものの、彼はしっかりと自分の役割を果たして1次試験を合格した。
モギモギで拘束された受験者達に背を向けたまま手を振りながら、彼は森林エリアを後にした。
・・・♡・・・♡・・・
競技場の観客席に点々と座っていた、各学校のヒーロー科のクラスを纏める教師達は、そこから見えるスタジアムの光景と目良のアナウンスで告げられる内容にドン引きしていた。
試験開始数秒後の事だった。スタジアム内でひと際目立つ都心エリアの1番高いビルが、周りのビル群も巻き込んで文字通り切断され、倒壊した。
同時刻、同じエリアで今度はその瓦礫を巻き上げるほどの巨大な台風が巻き起こった。まあ、コレは雄英ではく他校の生徒の仕業なのだが。
その大災害に引き続いて、都心エリアに隣接する高速道路エリアの高架橋上に、爆撃機でも通過した様な絨毯爆撃が一帯に巻き起こり、高架橋そのものが倒壊した。
少し遅れて工場エリアからは競技場のドームから飛び出すほどの氷山が伸びた数秒後、冷却した空気を炎で膨張させた白煙の大爆発が起こり、エリアの大部分が圧壊した。
他校の受験者達の悲鳴がここまで聞こえてくる中、ビル群とは少し離れた市街地エリアで目も眩む程の爆雷が放たれ、数分後には山岳エリアから台風とも爆発ともいえない、巨大な破壊旋風が巻き起こり、一番大きな山が崩壊していく。
周囲の被害を一切考慮していない情け容赦無しの範囲攻撃。そして思ったりよりも早く仕事が終わりそうな予感に、テンションの高い目良から告げられる1人に対して規定人数以上の脱落者。そんな様子を観客席から眺めて、相澤は自身の頭を片手で押さえた。
「アイツら……周りの被害は抑えろっての……!」
「あー……イレイザー……? ……あれ……あんたのトコロの子だろ……? どんな教育してんの……!」
彼とひとつ間を空けて座席に座っていたMs.ジョークこと『
教育方針まで勘違いされては困る彼は、バスの中で聞こえていた彼等の作戦の一部から全体図を推理して彼女に答える。
「面制圧できる者、あるいは単対多を得意とする者がバラバラに単独で散り、連携が必要な者の注目を引き付ける。そして先着100名という言葉に急かされ、或いは『雄英潰し』の功績に釣られ、単独の者に向かったヤツは全員……返り討ちだろうな。そうして勢いと頭数を一気に削り、全体の混乱が起こったタイミングで、連携組の中の攻撃と拘束役が人数分の人員を確保して……終わりだ」
そこまで言って相澤は大きくため息を吐いた。自分の予想通り『雄英潰し』なんて今の自分の生徒達なら平然と跳ね除けるとは思っていたが、ココまでやるとは思っていなかったからだ。
「ふーんっ、今年は1人も除籍してないだけあって、相当優秀な子達が揃ったのかい? コレだけ混乱起こせば、冷静になれる子なんてもう…………あー、ウチの『真堂』までおっぱじめた……っ! もうフィールドほぼ見えないじゃない……!」
彼女の言葉に続いてグラウンドの中央辺りの地盤が割れて崩壊すると同時に、競技場の建物全体が軋む音を立てながら観客席まで響く震動が伝わってくる。
自分の生徒達が巻き込まれてはいないかと心配していた彼女も、リーダーである生徒の個性が見えた事でホッとひと安心するが、エリアの形を変えるほどの範囲攻撃に続く範囲攻撃で観客席からはもうグラウンドの様子はほとんど見えなくなっていた。
もはや目良のアナウンスでしか情報が取れない状態になっていた観客席で、相澤は座席に深く腰を下ろした。
「まあ、結局やる事は変わらんからな……あの程度の試練今のアイツらじゃ、乗り越える壁にもならんだろう。ピンチを覆していくのがヒーロー……そもそもプロになれば個性晒すなんて前提条件。悪いが、うちは他より少し先を見据えている」
そう言って相澤は彼等の様子を思い返す。今日の行きのバス内には、林間合宿の時の様な子供じみた騒がしさは彼等にはなく、座席を移動してまで仮免試験の話し合いを全員で行っていた。
合宿の魔獣の森や後の施設内でも片鱗を感じられたが、ただでさえ我が強くて今年に関しては例年以上の色物揃いだったクラス全員が自ら進んで集まり作戦会議を行うこの光景は、今までのクラスと比べても異質な事だった。
「A組ってクラスをしばらく見ていて、わかった事がある。連中は気づいていないが、A組はその実3人の存在が大きく作用している…………クラスを纏めるでもないし、中心にいる訳でもないが……いつの間にか3人の熱はクラスに伝播していく。自分のクラスだけじゃなく、隣のクラスまで巻き込んでな。妙な事だが、大事の渦中に必ず3人の誰かはいるんだ。例えそばにいなくても、ヤツらの存在がクラスを底上げしてくれている」
そう言いながら、相澤は心の中だけでその3人の姿を思い浮かべた。
不撓不屈の精神力と、困っている人に迷わず手を差し伸べる、平和の象徴を体現するかの如く、ヒーローとしての優しさを示すヤツ
理想の為に努力を欠かさず、妥協の無い強さを追い求め、その情熱で不器用ながらも周りを焚き付け、計らずとも団結を強めているヤツ
そして、そんな2人に引き上げられる周りに、自ら困難に先陣を切りながら、篝火の様に道を差し照らし、皆を導いていくヤツ
あの3人がいれば、うちのクラスはどこまでも強くなる。オールマイトがいなくとも、新しい平和な世界を作り上げてくれると、彼は確信していた。
「ベタ惚れかよ、フフフ……w」
そんな様子の相澤を見て、福門は含み笑いを隠せなかった。そこまで気にかけている教え子が、まさか彼の恋路を気にかけている事に、嫉妬よりも笑いが込み上がってしまったのだ。
「それが俺のクラス……1年A組だ……!」
そんな彼女を無視して、相澤は確固たる意思を持って告げていた。
余談だが、その後A組は雄英史上初のクラス脱落者なしに加えて、仮免1次試験最速合格記録を叩き出した。それは別会場のB組も同様であった。
そして彼等が全力で暴れた翌年以降、他校による『雄英潰し』は起こらなくなったそうだ。
次回『仮免2次試験』
切裂 刃の現在のスペック
・『刃斬人(スパーダー)』
体を硬化させて刃にさせる技。基本的な動きに近いので、技かどうかも曖昧。
・『両刃斬人(エ・スパーダー)』
両腕あるいは両足を合体させて刃にする技。『刃斬人』よりも刃のリーチが長くなるが、両腕か両足が一体化するので、振り回しづらい。
・『鎖鋸刃斬人(チェインソゥ・スパーダー)』
刃をチェーンソーの様に流動させる技。あくまで流動は手動であるので、限界はある。
・『怪獣刃斬人(ナイフヘッド・スパーダー)』
全身を頭諸共全て刃に変化させ、人の姿をやめたKAIJUに変身する技。体格ごと大きくなるが、スピードは遅い。
・『爪握斬(スパークロー)』
手の指を刃にして引っ掻く技、腕そのものを刃にする『刃斬人』に比べてリーチは短いが、その分斬撃は多段になる。
・『滅裂斬(スパーブレイク)』
両手の指を交差させ、相手に向かって1度に10発の斬撃を打ち込む技。腕を伸ばして手の平を相手に向けるため、攻撃規模と照準しやすさを両立している。
・『十字滅裂斬(クロスパーブレイク)』
指ではなく両腕を交差させて放つ斬撃。『滅裂斬』よりも威力も範囲も高い。
・『斬撃波(スパーウェーブ)』
刀身から斬撃刃を放つ技。『鎖鋸刃斬人』と合わせれば、斬撃波は乱れ撃ちになる。
・『発泡斬撃波(スパークリングウェーブ)』
『鎖鋸刃斬人』と『滅裂斬』を合わせた技。1度に数十発の斬撃波を乱れ飛ばせる。対多用の面制圧向き。
・『超大切断斬(スパートデイジーカッター)』
『鎖鋸刃斬人』で斬撃を重ね合わせ、通常では放てない大きな斬撃を撃ち込む技。斬撃が大きすぎるので飛ばせないが「またつまらぬものを斬ってしまった」ができる。
・『高速突進斬(スピードスパート)』
足の裏をスケートの刃にして、高速で移動する技。体を折り畳んで、ボブスレーみたいに突っ込む事もできる。ただし地面が氷じゃないと、そこまで速くない。