切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第二十八話

 

 

 

 

 

 その後、おびただしい量の書類手続きを事務室の机で行わされた俺達にようやく仮免許が渡され、競技場を出た時にはもう夕方だった。

 

「肉倉先輩……失礼します」

 

「貴様の志に劣らぬよう、私も日々精励しよう。今日は非常に有意義だった。それでは」

 

 俺は肉倉先輩に挨拶だけして、雄英の皆の所へと戻った。

 仮免許を持ちながら仲良く話をしている緑谷と麗日の2人や、轟にメチャクチャな気遣いをして謝る夜嵐や、俺達から少し離れた所で普通に話をしている相澤先生とジョーク先生などを見届けながら、俺は自分達が乗ってきたバスに乗り込む。

 

 雄英の寮へと帰ってくる頃にはもう夜へとなっていた。

 

 時間的にはランチラッシュの夕食もそろそろ届くだろうから、飯食って校舎で筋トレしてシャワー浴びて寝るかと考えながら、クラスメイト達と一緒に寮の前へと到着した俺は、出入り口の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えっ!!?」」

 

 途端、目の前から予想外過ぎる人達に出迎えられ、俺と緑谷は疲労の溜まった体を飛び上がらせた。

 

 

 

 

 

「猫の手手助けやってくる!」

 

 

 

「どこからともなくやってくる!」

 

 

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 

 

 

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!! 私服バージョン!!!!」」」」

 

 

 

 

 

 林間合宿以来となる、プッシーキャッツの4人がヒーローコスチュームじゃない私服姿で、見事にポーズを決めている光景だった。

 

「プププププッ、プッシーキャッツ!!?」

 

「ウソっ! なんでっ!!?」

 

 俺の後ろにいた上鳴と芦戸が指を差して大声を張り上げると、2人の間から俺の前へと出てきた飯田が大きく頭を下げた。

 

「プッシーキャッツ! お久しぶりですっ!!」

 

「お久しぶり、キティ達!」

 

「元気そうね!」

 

 マンダレイとピクシーボブがウンウンうなずいている中、薄着の半袖にスカート姿のラグドールさんが真正面にいた俺に向かって飛び出してきた。

 

「ヤイバ君っ!」

 

「ラグドールさ───な゛ぁっ!!?!」

 

 俺は声をかける隙も許されず、飛びつかれた彼女の胸の中へと顔を埋めた。

 

「きゃっ!?」

 

「ちょっ!?」

 

「やっぱり……こうなるか……」

 

 驚く八百万と芦戸の声と同時に、虎が頭に手を押させて息を吐くのが聞こえた。

 三十路の女が高校生に抱きつく、事案1歩どころか数歩踏み越えた光景に、彼女達以外のクラスメイトにも動揺が走る中、ラグドールさんはそのまま俺の耳元で優しく囁いた。

 

「ありがとね……あなたのおかげで私、助かったわ……」

 

「……いいんです、俺こそ助けられました……」

 

 この人が身を挺したから、俺は泡瀬と協力して脳無を倒す事ができたのだ。勝利を繋げたのは、彼女だ。

 そう伝えるよりも早く、ラグドールさんは胸に突っ込んでいた俺を離すと、今度は俺の垂らしていた腕ごと腰に手を回して抱き寄せる。

 

「本当に、ありがとう……っ!」

 

 今にも泣き出してしまいそうな声を漏らす彼女に、頬と頬が触れ合うほど強く抱きしめられ、俺は何も言えなくなる。少し度が過ぎるとは思ったのだが、彼女が敵連合の掃討作戦にまで参加していたのは俺も聞いている。狙われているのを承知で爆豪の救出作戦に参加し、戦線に立っていた事を。それだけ俺のために怒っていてくれた事を。

 周りも空気を読んでくれたのか、彼女の気持ちを汲んでくれたのか、何も言わずに俺とラグドールさんの周りを歩いて通り過ぎていった。

 そんな少し穏やかになった部屋の中で、今度は虎が爆豪に頭を下げた。

 

「あんときゃ守りきってやれず、すまなんだ」

 

「ほじくり返すんじゃねえ」

 

 気にするなと言いたげに爆豪は顔を逸らし、耳朗が葉隠と一緒に彼女の前へと歩み出る。

 

「ウチら大丈夫ッスよ、ねえ?」

 

「うんうんっ!」

 

 見えている制服の首元が大きく上下し、彼女が頷いてるのがわかる。そんな様子を見て大きく安心する虎の横で、マンダレイが近くにいた麗日に平箱の包みを渡す。

 

「はいっ、コレ! 差し入れよっ!」

 

「わあっ、ありがとうございますっ! デクくんっ『肉球まんじゅう』だって!」

 

「えっ、ホントだ……っ!」

 

 プッシーキャッツの専売品なのか、彼女達のヒーローコスチュームのグローブである、猫の手の形をしたお饅頭のセットだった。同じ肉球を持つ麗日には、惹かれるモノがあったに違いない。平箱の表を彼に見せながら楽しそうに笑っている。

 

「今、お茶を出しましょう」

 

「ああっ! いいのお構いなく」

 

 障子が複製腕で喋りながら、余った腕で大きなテーブルを彼女達の前へと運ぶ。砂藤が共同スペースのキッチンの方へと行こうとしてマンダレイが遠慮しようとするが、彼はそれでも歩くのを止めずに奥へと行ってしまった。

 

「い〜じゃん篠乃っ、B組にはもう行ったんだし〜!」

 

 ラグドールさんは俺を抱きしめたままぐるんと方向転換して、マンダレイの方に顔を向ける。俺は両腕を体側に付けたままだから、彼女の動きにされるがままだった。

 

「ラグドールさん、あの……」

 

「オフの日は知子(ともこ)でいいわよん♪」

 

 すっかり口調も元に戻った事に安心感を覚えたが、彼女はその口調のまま擦り寄っていた頬を離して、俺と顔を真正面に合わせる。

 腰を掴まれたままニッコリと微笑む彼女の、白目が大きくて瞳孔の小さい瞳がウインクし、俺の顔が見えるぐらい鮮明に映った。

 

「ラグドールさんっ!」

 

 そんな横から切島の大きな声が響き渡り、彼女は大きな目をパチクリと瞬きして顔を横に向ける。

 

「あん時は……色々とスンマセンっしたッ!!!」

 

「俺も……無理を言って、すみません……」

 

 俺は人伝でしか聞いていないが、俺の意識が失っていた時に暴走しかけた切島が、彼女とほかの3人に向かって大きく頭を下げていた。そんな彼の隣に轟も並んで頭を下げる。

 

「いいのよ……キミ達があちきらの事信じてくれたの、嬉しかったんだから……!」

 

「皆さんに教えて頂いた個性強化訓練で……大きく成長する事ができました!」

 

「圧縮訓練の時も、凄く経験が役に立ちましたっ!」

 

「大変でしたけど……本当にやっていて良かったですっ!」

 

 

 

「「「「「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」」」」」

 

 

 

 次々とお礼を述べるクラスメイト達に、プッシーキャッツの4人からも思わず明るい笑みが溢れた。ラグドールさんだけは、すぐに俺の方へと視線を戻していたが。

 

「そっかー、アレからみんなまた強くなったんだもんねー、ねこねこねこねこ……!」

 

 そう笑ってソファーから立ったピクシーボブは、肉球グローブは着いていない両手で口元を覆い隠しながら、いつか見た時みたいに足を交差させて歩み寄る。夏服で晒された太腿が眩しい。

 

「もっとツバ付けとこー!」

 

「うわぁっ!?」

 

「ぬあっ!」

 

「うおっ」

 

「またかよッ!」

 

「〜♪」

 

「え、俺もォ!?」

 

 緑谷、飯田、轟、爆豪、峰田と新たに切島が加わって、猫みたいに俊敏な動きで彼らを翻弄しながら、ピクシーボブが激励のツバを浴びせている。喜んで浴びにいっている峰田以外のクラスメイトは、制服と腕でガードしていた。

 そして、俺はツバはこそかけられていないのだが、代わりと言わんばかりにラグドールさんにまだ抱きつかれっぱなしだった。さっきまで顔を埋めていた彼女の乳房が、俺の胸板で隙間なく潰れるほど変形している。

 

 

 

 

 

「ラグドールさん、離してくだ───

 

「知子」

 

 

 

 

 

 彼女は自分の名前を言った。

 

 

 

 

 

「ラグド───

 

「知子」

 

 

 

 

 

 俺の言葉を遮るようにして、彼女は名前を言った。

 

 

 

 

 

「ラ───

 

「知子」

 

 

 

 

 

 名前と同時に彼女は、その大きな瞳で上目遣いをしてみせた。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 俺は、とりあえず口をつぐんだ。

 

 周りのクラスメイト達はピクシーボブの奇行と『肉球まんじゅう』の箱の中身に注目していたが、それでも何人かは俺の事を見ている。

 

 この人の苗字を俺は知らない。

 

 

 

「そんなにイヤ……?」

 

 

 

 いきなり声を萎らせて口元を閉じたラグドールさんは、その大きな四白眼を潤ませる。外側が黄色で中心が黒色で構成された、猫みたいな瞳が共同スペースの照明に晒されて眩しい。

 

 正直に言えば、嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トガちゃんにだって、『ヒミコ』って呼んだ事ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………知子さん」

 

「っ!?」

 

 誰の驚いた声だったのだろうか。ラグドールさんに抱きつかれままの俺が彼女を呼んだ声に、クラスメイトの数名が反応した。

 

「切裂を押し負かした……!」

 

「強い……!」

 

 彼女がどうして、ここまで俺に迫ってくるのかは……考えなくてもわかった。

 

 

 

 

 

 彼女にとって、自分を狙う脳無を倒した俺は間違いなくヒーローなのだろう。

 

 

 

 

 

 例え俺が望んでいなくとも、俺には運命を変えてしまった彼女に応える責任があると思ったのだ。

 

「にゃははっ♪ なぁにヤイバ君?」

 

 俺に名前を呼ばれて独特な笑い声を返したラグドールさんは、先程とは一転して明るい表情を見せながら猫撫で声で俺の頬に擦り寄るだけでなく、唇まで寄せてくる。

 

 そんな彼女に、離れてくださいと俺が言うよりも早く、俺と彼女との体が引き離された。

 

「ぃぃいぃいつまでくっついてんですかーーーっ!!!」

 

「にゃ?!」

 

「っ!?」

 

 俺とラグドールさんの間を叫びながら無理矢理引き剥がしたのは、黒い目をギュッと瞑らせた芦戸だった。

 

「しっ、心配だったのはわかりますっ! でもっ、ヤイバ困ってますからっ!」

 

 彼女の体から俺を離して腕を結構な力で掴んだ芦戸は、フーッフーッと鼻から漏らす息を荒げながら、爆豪みたいな顔でラグドールさんを睨む。そのまま体から酸でも放出してしまいそうな勢いだ。

 そんな彼女に対してラグドールさんは一瞬キョトンとした表情を見せたが、すぐに口元に手を当てて芦戸に余裕のある笑みを俺に見せつける。

 

「へぇ〜、もしやと思ったけど……キミも隅に置けないねぇ〜♪」

 

「っ!? ちっ、違いますっ!」

 

「何が違うのかしらん?」

 

「うぅっ! えっ、えぇ……っ! だっ、だからっ、抱きしめるのはちょっと……っ!」

 

「じゃあ代わりにキミがハグハグしてあげてっ。あちきの分も含めて♪」

 

「ハっ、ハグハグっ!? そ、そんなっ……いきなりは……っ!」

 

「じゃあ、あちきがハグハグしてもいいわよねっ?」

 

「だっ、ダメですっ! 来ないでくださいっ!」

 

 ラグドールさんの口撃に振り回されるがままの彼女が、しどろもどろに手を動かして実力行使で俺を守ろうとする。しかし、相手は俺達の制服を着ていても違和感のないぐらい若々しい三十路だ。嘘が苦手な高校生である芦戸が、口数で敵うワケがない。

 

 この時、俺は当然知らなかったのだが、ラグドールさんとピクシーボブの間には、こんな会話があったのだ。

 

 

 

 

 

 ───あの子……ヤイバ君は私が狙うから……! 横取りしたら流子でも許さないからね……!!

 

 そんな彼女に対して、ピクシーボブは俺と彼女を交互に見ながら、心の中でひとりごちた。

 

(知子のあんな顔……初めて見たかも……)

 

 

 

 

 

 ピクシーボブの視線の先で、俺の腕を引きながら立ちはだかる様にブロックする芦戸と、ニヤニヤと笑っているラグドールさんを落ち着かせるように、マンダレイが手をパンッと叩いて俺達を注目させた。

 

「それはさておき……みんな仮免合格おめでとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わざわざ寮で待っていたんだから、向こうは知っていて当然だ。俺達が今日、仮免試験を受けてきた事を。

 

 そして、あんな大事件から死に物狂いの圧縮訓練の経緯も知っていて、俺達全員の合格を全く疑っていない事を。

 

「え、みんな合格でしたんでしょ?」

 

 そんな疑う心のないピクシーボブの疑問な声で、一気にクラスメイトの空気が沈み込んでお通夜と化した。

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

「「「「え?」」」」

 

 そのただならぬ雰囲気をすぐに感じ取ったプッシーキャッツの前で俺、緑谷、峰田、切島は膝から崩れ落ちた。

 

「すみません、あの……轟君と爆豪君が……!」

 

「ぬうっ!?」

 

「えっ!?」

 

「ウソッ!!?」

 

「ゴメンなさいっ!!!」

 

 その言葉で察した彼女達が一斉に謝りながら轟の方を見る。そんな本人は少し俯きながらも、彼女達に言葉を返した。

 

「いえ、いいんです……個性以外も、俺には課題があるってのを知れたんで……」

 

「轟くん……」

 

 本当なら全て振り切って自由になってほしいのに、嫌であるハズの父親を見ようとしている彼の言葉に、俺は名前しか呼べなかった。

 

「あれ、爆豪は!?」

 

 瀬呂の言う通り、もう1人の爆豪の姿はいつの間にかいなくなっていた。

 

「も、もう……部屋に上がってったよ……」

 

「そ、そうか……聞かれなかったのは幸いかもな……」

 

 なぜか少し声の震えている緑谷が、メガネを指で整え直していた飯田にエレベーターの方を指差した。確かに、今の彼に聞かせたらどうなるのかわかったものではない。

 

 俺が選択肢を間違えなければ、もっと個性を鍛えていれば、今この共同スペースで全員で喜んでいる未来もあったのだろうか。そんな事を考えてしまう。

 

 しかし、重たい空気の中で膝をついていた峰田が飛び上がり、轟の事を指差す。

 

「でもっ! コイツら仮免補講やって、試験受かれば免許もらえるんですっ!!」

 

 仮免の補講なんて聞いた事なかったのか、その彼の激励の言葉にプッシーキャッツ達もさ驚きながら目を輝かせた。

 

「あらっ! やったじゃないっ!」

 

「頑張るしかないわねっ!!」

 

「もっとツバ付けッ───

 

「流子、その辺にしておけ」

 

「峰田ちゃん。あなたもよ」

 

 虎に肩を掴まれたピクシーボブと、蛙吹に襟首を舌で掴まれた峰田が引きずり離されていく様子を見送り、俺は芦戸に掴まれたまま共同スペース内を見渡す。

 

「どしたのヤイバ?」

 

 制服の上からエプロン着けてきた砂藤が運んできたお茶は5つあった。だから、彼もいると思っていた。

 

「おっ、洸汰くんじゃないか!」

 

「っ!」

 

 俺は部屋の隅っこに立っていた、トゲ付きの帽子を被った洸汰くんを見つけた。

 

「あっ、ホントだ! 久しぶりっ!!」

 

 俺の言葉にすぐさま反応した緑谷は、饅頭の箱を持った麗日から離れて洸汰くんに近寄った。そして彼の前にしゃがみ込んで両手を握り、嬉しそうにブンブン振っている。

 

「手紙ありがとうね! 宝物だよ〜!」

 

「別に……!」

 

 林間合宿でマスキュラーに助けられた後に書いた手紙の事だ。きっと、俺が気を失っている間に渡せたのだろう。口に出されたのは恥ずかしかったのか、緑谷にされるがまま手を握られて顔を逸らして照れている。可愛い。

 

「緑谷君、見てよ。自分で選んだんだよ?『絶対赤だ』って!」

 

 そんな緑谷の隣に並んだマンダレイが、扉の前の土間にある大人達とはひと回り小さな洸汰くんの靴を指差した。

 

「あ……っ!」

 

 思わず口に出してしまうほど彼は驚いた。

 

 緑谷の私服の靴と同じ靴だ。ただでさえサイズが大きく違うのに、よく見つけたものだ。

 

「あぁあぁあぁっ! ちっ、ちがうっ!」

 

「お揃いだ……!」

 

 嬉しそうにする緑谷の前で、洸汰は口どもらせながら彼の前で手をバタバタ振っていた。可愛い。

 

「しかし、またなんで雄英に?」

 

 そう、それだ。さっきまでお茶をテーブルに配っていた砂藤の台詞に、クラスメイト達の大半が思っていたに違いない。

 

 俺としても、彼女達との再会は当分先だと思っていたのに、なんでこんなにも早くなったのだろうか。

 

「復帰のご挨拶に来たのよ」

 

「「復帰?」」

 

 マンダレイの返事に、緑谷と麗日がポカンと口を開けた。

 

「そう。流子こと『ピクシーボブ』の復帰でね!」

 

「それはおめでとうございます!」

 

 そう言ったマンダレイが元気良くピクシーボブの方へと手の平を向けると、彼女が照れくさそうに頭を押さえる。

 八百万が手を合わせて祝いの言葉を述べるが、飯田は驚きながら彼女に向かってカクカクと手を突き動かす。

 

「頭のケガ、もう大丈夫なんですか!?」

 

 彼のその台詞を聞いて思い出した俺は、彼女の顔を見て思わず言葉を零す。

 

「ピクシーボブさん、頭の傷……!」

 

 彼女の金髪のお下げがある側の額には、鈍器みたいな物で殴れた裂傷の痕が隠れていた。林間合宿で敵連合との襲撃時、ヴィランからの奇襲を受けた時に彼女が頭につけられたモノだ。

 

「うん、少し残っちゃった……もう特になんともないんだけどね」

 

 そう言ってピクシーボブは俺に舌を出しながらウインクをしてみせるが、気にしているのだろう。その声色は少し元気を感じられなかった。

 

「レディの顔に傷つけたヴィランは、オイラがとっ捕まえてやりますっ!」

 

「うむ。女の顔をキズつけやがったんだ。敵連合の生き残りにもいつか、お礼参りをせねばならん……!」

 

「そうよっ! 今度会ったらっ、メッタメタに引っ掻き回してやるんだから!」

 

 さっきまで唾を浴びまくっていた峰田が拳を突き上げ、虎が賛同しながら腕を組みながら話す言葉に、ピクシーボブも指を立てながら俺達の前でブンブンと引っ掻くフリを見せつける。

 

 俺も叶うなら、あのオカマ野郎叩き切ってやりたかったが、アイツはもうそろそろこの世から消される。直接手を下せないのが残念だ。

 

「ところで君、仮免取ったんでしょ?」

 

 そんな事を考えていると、唐突にマンダレイから声をかけられた。そこにラグドールさんやピクシーボブまで話に乗っていく。

 

「だったら……ねえ流子?」

 

「ウンウン♪」

 

「しかし……仮免を取れたとは言え、雄英は1年生に『インターン』を推薦していただろうか……?」

 

 

 

「「「「「「「「「「インターン?」」」」」」」」」」

 

 

 

 プッシーキャッツ達が勝手に進め始めたその話の内容に、聞き覚えのないクラスメイト達全員が疑問の声を上げた。

 

「あら、まだ聞いてないの?」

 

「簡単に言えば、職場体験の延長線にゃ!」

 

 ピクシーボブの台詞に合わせて、ラグドールさんが俺とクラスメイト達の前に指を立て、得意げに説明を始めた。

 

 

 

 キャリア10年以上あるプッシーキャッツのラグドールを俺が救った事で、彼女達の会話から少しフライング気味にインターンの話が始まってしまった。

 

 

 

 インターンとは簡単に言い表すなら、郊外でのヒーロー活動。前に俺達クラスメイトが行った職場体験を本格化したものだ。コレは授業の一環で行うんじゃなくて、俺達の意思で参加するか否かを決める事ができる。

 職場体験は1週間カッチリ決まっていたが、ヒーローインターンはバイトみたいに出勤日が事務所の意向で決められる、最低でも1ヶ月程度はある長期的な活動だ。

 当然給料も出るが、その扱いは職場体験みたいな学生ではなく、1人のヒーローとして職務に励む事となる。俺達がしくじれば責任問題や処分が発生する。雇う側としても新人の1年生を雇うのは、いくら雄英とは言えかなりリスクのある行為だ。

 しかも俺達1年はまだ授業の科目が多い。ヒーロー基礎学だって、まだ『基礎学』なのだ。その状態で公欠すれば、放課後どころか休みすらなくなるだろう。

 ほかの学校のヒーロー科でも1年で仮免持っている者は少ないし、ヴィランから守るために仮免取らせて寮制を敷いた雄英がやってくれるのかはわからないと言ったトコロが、プッシーキャッツ達とクラスメイト達の反応と感想であった。

 ただ1人を例外として。

 

「そんなワケでヤイバ君、ウチの所においで……! たっぷりサービスしてあげるにゃ♪」

 

 インターンを何かと勘違いしていないだろうか。少し色っぽい眼差しをしたラグドールさんが俺の腕に飛びついて、トガちゃんよりも大きな胸を寄せて誘惑してくる。

 芦戸が再び目を吊り上げてズンズンとこちらに歩いてくるが、それよりも早く俺は言葉に迷いながらも彼女に返事をした。

 

 

 

「すみません、爆豪くんと来るつもりだったんで……ちょっと今回だけは……」

 

 

 

「え!?」

 

「え〜!?」

 

「なんでだよ切裂!?」

 

「お前の推しのプッシーキャッツだろっ!?」

 

「えぇっ!?」

 

「そうなのっ!?」

 

「今知ったわよっ!!?」

 

 こんなにも指名されて断るとは思っていなかったのか、芦戸の歩みがピタリと止まると同時に、数人のクラスメイトが驚いた。

 

「えぇぇ〜っ! ど〜してぇぇ〜っ!!?」

 

 ラグドールさんが駄々を捏ねるみたいに肩を揺さぶってくるが、さすがにココばかりは譲れない。

 

 

 

 

 

 今回だけはどうしても、彼女達と一緒に仕事している場合ではないのだ。

 

 

 

 

 

「まあ……君の体育祭の成績なら、引く手多数だろう」

 

「確かに、指名も沢山ありそうだし……他の事務所を見て選ぶのも、この子のためかも……(それにこの子、知子の獲物だから私的には彼にもう1人連れて来てほしいトコロなんだけど……)」

 

「イレイザーもまだ言ってないみたいだし、そもそもインターンさせてくれるのかもまだわからないしね」

 

「うぅ……一応推薦出すからね?」

 

「はい、考えときます……」

 

 それぞれ思い思いの感想を言った3人に続いて、少し涙目になって俺を見るラグドールさんに、俺は無難な言葉を返してお茶を濁した。

 

「アレ?」

 

 すると不意に、俺の肩を掴んでいたラグドールさんの顔が固まった。

 

 首を動かして見てみると、視線の先にいるのはインターンの事を考えているのだろうか、少し思い詰めた表情をしたままの緑谷だった。

 

「緑谷くんですか?」

 

「うっ、ううんっ! なんでもないっ! ごみんに〜ヤイバ君っ♪」

 

「ああっ! またっ!!」

 

 そのままもう一度俺は彼女の胸に包まれそうになって、芦戸に腕を引かれて難を逃れるのであった。

 

 その後、俺とクラスメイト達は神野事件に参加していた虎とラグドールさんの話や、ピクシーボブとマンダレイに個性強化訓練の話などをしながら、ランチラッシュが届けてくる夕食の時間までを過ごした。

 

「ね……ねえ……」

 

「芦戸ちゃん?」

 

 そんな中、クラスメイト達の会話とラグドールさんからようやく離れてテーブルのイスに座っていた俺の隣に、芦戸がイスへと腰を下ろした。

 

「……って呼んで……」

 

「え?」

 

 普段の明るさと言うよりも、さっきまでラグドールさんに振り回されっぱなしの荒々しさとは段違いな、か細い声で彼女は俺に呟いた。

 

「だから…………『三奈』って呼んで……っ!」

 

 そう言って俺に顔を向ける彼女の少しだけ強い声と、感情の篭った反転目の金色の瞳が、俺にはトガちゃんとよく似ていると感じられた。

 

 仮免試験の現見先輩と中瓶先輩、ラグドールさんとの交流まで、今日は少し彼女の機嫌を損ねすぎたかもしれない。

 

 

 

 

 

「…………三奈ちゃん」

 

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 数秒後の無言の後に、ポツリの呟くように答えてあげると彼女はその真っ黒な目を大きく丸めて、そして舌を出していつもみたいに笑ってくれた。

 

 そんな一幕を挟んで時間は過ぎ、俺達クラスメイトはお茶と肉球まんじゅうが空になるまでプッシーキャッツ達と話をしていた。

 時間が来て彼女達と別れる最後、緑谷と麗日に見送られる洸汰くんが少し笑っていたのが、印象的だった。マンダレイ曰く、小学校も夏休みが終わって明日から始業式だそうだ。元々は性格のせいで友達は多くなかったみたいだが、今の彼なら大丈夫そうと彼女は言っていた。

 そんな話の隣で、峰田や上鳴が夏休みを満喫していた小学生を羨む近くで、蛙吹や耳郎が呆れている光景も見れた。

 

 俺はラグドールさんと連絡先を交換した。というか、交換させられた。インターンの話が決まったらすぐに電話してほしいと耳打ちされ、彼女は扉から出ていく最後まで俺に手を振っていた。

 

 俺も手を振り返したが、ココでできるのはそこまでだ。

 

 

 

 今、彼女の所に行く事は絶対にできない。

 

 

 

 ただ、それでも……あれだけ自分を勧誘してくれた彼女達に、応えてあげたいとは思ってしまった。

 

 

 

 やるなら……次の事件を乗り越えてからだ。

 

 

 

 俺は緑谷と一緒にエンデヴァーの事務所に行く気はない。轟は普通に推薦してくれそうだが……強さと個性を磨くのなら、あの事務所じゃなくてもいい。

 

 

 

 サイドキックは峰田と一緒にマウントレディと約束しているが、仮免は例外だろう。

 

 

 

 ああでも、マウントレディとのインターンも捨てがたい。

 

 

 

 いや、気が早すぎた。

 

 

 

 この事を考えるのは、もっと先だ。

 

 

 

 爆豪が仮免取れて、もう少し経ったら本格的に考えようと思った。

 

 

 

 もしもプッシーキャッツの事務所に行くなら、峰田も連れていこう。3人で……いや、あともう1人ぐらい連れて行きたかった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 その夜、消灯時間はまだだったが、ベッドに寝転がっていた俺は半開きのドアの向こうで、隣の部屋から誰かが出て階段を下りていく音を聞いた。

 

 興味はあったが、眠いから見るのはよした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、飛び起きた。

 

 緑谷の個性が『ワン・フォー・オール』である事を俺も知らされてないと、そろそろ困る。個性の話で彼に聞きたい事も、聞きづらくなってしまうのだから。

 

 上履きのサンダルだけ持って2階のベランダから飛び出し、寮の庭へと難なく着地した俺はすぐに2人を追った。

 

 遊歩道まで出ても2人の姿は見えなくなっていたが、行く場所は知っている。目的地は最初のヒーロー基礎学の訓練所。

 

 緑谷と爆豪の2人が雄英に来て初めて戦った『グラウンドβ』だ。

 

 あの2人の関係に、俺が入る余地はない。

 

 『個性』によって捻くれ、『オールマイト』によって繋がっている歪な関係は、俺には修復できない。

 

 ただ、拳と思いを本気と本音でぶつけ合うしか、通じ合えない。

 

 あの2人は、お互いに解り合える日が、必ず来ると信じているから。

 

 緑谷の隣には麗日が並んでいるかもしれないが、俺と一緒になって2人を見守る関係になるのも、アリかもしれない。

 

 そんな光景を、いつか見てみたいと俺が思っているから。

 

 それに、考えれば考えるほど少し気になってきた。互いに遠距離攻撃を備えた原作よりも明らかに強い、今の緑谷と爆豪によるガチ喧嘩である。

 

 お互いヒーローコスチュームはないから、純粋な個性と力の差で勝敗が決まる。仮免試験では見る事のできなかった、2人の本気による対決が見られる。

 

 そんな期待を胸に、『グラウンドβ』に到着した俺は敷地内の壁を蹴り上がってビルへと駆け上がり、そのままビルからビルへと飛び移って2人を探していると、すぐに誰かの話し声が聞こえた。

 

 声の聞こえた方向に移動した俺は、ビルの上から縁を手で掴んで地表を見下ろした。

 

 

 

 

 

「オールマイトから貰ったんだろ、その力」

 

「───っ!!!」

 

 

 

 

 

 丁度、そのシーンだった。

 

 爆豪に、緑谷の個性がバレてしまう、その瞬間の。

 

「ヴィランのボス野郎、アイツは人の個性をパクって使ったり与えたりするそうだ。信じらんねえが、ナマクラが死守した猫ババアの1人がヴィランに執拗に狙われた事。脳無とか言うカス共の個性複数持ちから考えて、信憑性は高え。オールマイトと会って、テメェが変わって……オールマイトは力を失った……ッ!」

 

「………………」

 

 俺がラグドールさんを助けた話もどこかで聞いていたのか、爆豪の推理は俺の行動結果とも噛み合っていた。

 

「それに……オールマイトとボス野郎には面識があった。個性の移動っつうのが現実で、オールマイトはソイツと関わりがあって、テメェの人から授かったっつう発言と、オールマイトがボス野郎に勝った後言った言葉と結びついた……ッ」

 

「………………」

 

 オールマイトがAFOを倒した最後に告げた『次は君だ』の言葉は、結局俺が聞く事はできなかった。

 緑谷や峰田達はテレビでオールマイトの戦いを見ていたと聞いたし、爆豪はマウントレディが避難させてくれた後、事件現場にもっとも近かったのだ。確認する方法などいくらでもあっただろう。

 

「その事を、オールマイトに聞いた。けど、答えちゃくんなかった。だから、テメェに聞く……ッ!」

 

「………………」

 

 緑谷は何ひとつ答えず、黙って爆豪の言葉を受け止めていた。

 彼に嘘なんて、つけるハズがなかった。

 

「否定しねえってこたぁ……そういう事だな、クソがッ」

 

「……聞いて、どうするの?」

 

 そこでようやく口を開いた緑谷に対して、爆豪はやや感情的になりながら口数が早まっていく。

 

「テメェも俺も、オールマイトに憧れた。なあ……そうなんだよ……ずっと石ころだと思ってたヤツがさぁ、知らん間に憧れた人間に認められて……だからよォ……ッ!」

 

 

 

 

 

「戦えや……ココで、今……!」

 

 

 

 

 

「ええっ、待ってよ! なんでそうなるの!? いやマズいって! ココにいる事自体ダメなんだしっ! せめて戦うっても特訓とかで……体育館でやるべきだよっ! 今じゃなきゃダメな理由もないでしょ!?」

 

「ガチでやると、止められんだろうが」

 

 両手を前に出して慌てふためく緑谷に対し、両手から軽く爆破を繰り返している爆豪の表情は普段のギラついた目じゃない。圧縮訓練以前から特訓してる時にたまに見る、完全に真剣そのもの顔だった。

 

「テメェの何がオールマイトにそこまでさせたのか……確かめさせろ。テメェの憧れの方が正しいってんなら……じゃあ、俺の憧れは間違ってたのかよ……ッ!」

 

「かっちゃん……!」

 

 そんな事ないと全力で否定してやるべきだが、緑谷の口元からは彼の名前しか出てこない。

 

 この戦いに、勝ち負けはない。

 

 勝ちにも負けにも、意味はない。

 

 でも、同じNo.1を目指していたハズなのに、オールマイトが緑谷を選んだ理由を爆豪が知りたがるのは、当然の帰結だった。それが、例え彼が理解できなくても。

 

 今から始めるのは、2人による完全に個人的な決着。

 

 

 

 

 

 そして、俺がトガちゃんとの明るくて優しい世界を描くための通過点にしか過ぎない。

 

 

 

 

 

 そんな覚悟の下、俺は見下ろしていたビルの縁から身を乗り出し、そのまま2人のいる地面まで滑り降りた。

 

「き、切裂くんっ!? どっ、どうしてっ!!?」

 

「緑谷くん、ドア開け閉めする音、大き過ぎ」

 

「チッ、テメェ後つけてやがったな……ッ!」

 

 俺は2人の顔を交互に見比べる。騙され続けていた怒りと、憧れのヒーローに認められていた羨望とも言える様な表情で、生温い気温から腕に汗を滴らせる爆豪と……俺が現れた事による戸惑いと、ずっと騙し続けていた罪悪感の混ざった冷や汗を流す緑谷。

 対照的な親友同士の顔が、俺を見ていた。

 

「ゴメン、全部聞いた」

 

「っ!? 切裂くんっ、ゴメンっ! で、でもっ、今は一緒にかっちゃんを止めて……!」

 

「絶対止めない」

 

「ええっ!!?」

 

 有無を言わせない俺の返事に彼は困惑するばかりだったが、その表情が徐々に俯いていく。彼からすれば、俺も騙していた対象になるのだから。

 

 だから、せめて俺は2人の背中を押した。

 

「本気でぶつかりなよ。死にそうになったら止めっから」

 

「き、切裂くん……っ!」

 

「ハッ、いつもの特訓のつもりか……クソが……ッ」

 

 爆豪は俺に歯を見せて笑うと、緑谷へと向き直って手の平から爆発を繰り返しながら構える。

 

「ほ、本当に戦う気なの!?」

 

「コイツも聞いちまったんだ…………ケガしたくなきゃ構えろッ! そういや蹴りメインに移行したんだってなッ」

 

 俺は2人の間から数歩引き下がり、目の前で準備運動を始める爆豪と、嫌がりながらも地面を踏み締めて構えをとった緑谷を見る。

 

「待ってって! こんなのダメだっ!! かっちゃんっ!!!」

 

 そして、緑谷の制止の言葉を無視して爆速ブースターで突進した爆豪が、右手を大きく振り下ろそうとした。

 

 咄嗟にフルカウルを発動した緑谷は、今までの彼の動きでフェイントだと予測したようだが、爆豪はそのまま右手で連続した爆破を彼へと浴びせた。

 

「がハァッ!!?!」

 

「深読みするよなテメェはァッ! 来いやァァッ!!!」

 

 緑谷の『シーツ』って書かれたダサいTシャツの一部が破け、そのままビルの壁まで吹き飛ばされる。

 

「ぐッッ!!! マジでか、かっちゃんっ!!!!」

 

 俺と切島の硬化に対抗するために強化され続けた爆豪の爆破は、原作から大きく逸脱し始めているのではないかと錯覚するぐらい、その威力を増していた。

 

 フルカウルの身体強化で致命傷は防いでいたが、先制の直撃を受けた緑谷は瓦礫から飛び出して、むせ返りながらまだ爆豪を止めようとする。

 

「待ってってっ! 本当に戦わなきゃいけないのっ!? 間違ってるわけないじゃないかっっ!!! 君の憧れが間違ってるなんて、誰もッ───

 

 緑谷の声が上がる中、爆豪は通常の爆破で大きく道路上から飛び上がり、空中から両手で広範囲の爆撃を浴びせる。

 

「待ってってばっ!!!」

 

 爆心地から飛び退き、黒煙に飲まれながらも緑谷がさっきより大きく感情的になった叫び声を上げるが、爆豪はすぐさまその声の方向に向けて汗の溜まった両手を構えた。

 

「……『A・P・バースト』ッ!!!!」

 

 瞬間、爆豪の両手が煌めいた時にはもう、緑谷の姿が爆破に飲み込まれていた。

 

「うわっッ!!!?」

 

「この程度かァッ!!!!」

 

 ビルと大通りが一瞬にして戦争の跡みたいにクレーターが広がり、あちこちで黒煙が燻される。

 しかし、その光景の中……緑谷は膝を立てて黒煙の中から立ち上がると、緑色の稲妻を纏いながら爆豪へと突進する。

 

「この程度なワケ……ないっ!!!!」

 

 戦闘は避けられない。いや、むしろ勝つ事に気持ちを切り替えたのか。緑谷は空中へは飛ばず、爆豪の真下へと滑り込むようにしてスライディングをかけながら爆破を躱し、片手のエアフォースを放つ。

 空気の弾かれる音と同時に空間を歪ませる弾丸が爆豪の頬を掠り、腕に命中して大きくバランスを崩すも、彼は空中で逆さまになりながらビルの壁へと爆破の移動で蹴り付け、エアフォースを放つ緑谷へと接近する。

 

「仮免もッ、テメェとナマクラに完全に追い抜かれたッ!!」

 

「くっッ!!」

 

 爆豪の手がキラリと光った直後、道路を2本の線が横切るように連鎖爆破が起こって緑谷を薙ぎ払う。

 

「アイツが俺を導こうとしたのもわかってたッ!!!」

 

「「っッ!!?」」

 

 広がる黒煙を切り払いながらビルの壁にひっ付いて2人を追いかけていた時、爆豪の叫んだ言葉に俺も緑谷も動揺する。

 

「なんで、ずっと後ろにいたヤツの背中を追うようになっちまったんだッ!!?」

 

 爆破によってビルの一部が崩壊する中、空中を何本も光の粒が線となって煌めき、連鎖爆発を起こす。

 

「そ、そんなこと……っ!!」

 

「クソ雑魚のテメェがナマクラとの特訓で力をつけてッ、オールマイトに認められるぐらい強くなってッ! 俺だって強くなって……ッ、なのに、なんでッ、なんで、俺は……ッ!!」

 

 緑谷は否定しようとしたが、その声すら爆発とビルの崩壊に飲み込まれて、爆豪には聞こえなかった。

 

「…………俺はオールマイトを終わらせちまったんだッ……!?」

 

 代わりに聞こえたのは、彼の心の底に澱んでいた叫びにもならない想い。自分が攫われた事で、オールマイトがヒーローとしての力を失ってしまったという事実に、ずっと苦悩していた慟哭が誰もいない訓練場に響き渡る。

 

 それを聞いていたのは緑谷と、俺だけ。

 

「俺が強くてヴィランに攫われなんかしなけりゃ、あんな事になってなかった……ッ!!!」

 

「かっちゃん……っ!」

 

 体育祭の時は図らずとも俺が彼を強くしていたのだが、そこから彼とは少なからず競い合って力を磨いた仲だ。

 それでも、俺にも彼にもオールマイトの運命を変えるに足りる存在ではなかった。

 

 どこまでいっても、どれだけ目指しても、俺はトガちゃんのためにヒーローを志した、反則でも無敵でもなんでもない、ただの人だった。

 

「オールマイトが秘密にしようとしてた……誰にも言えなかったッ! 考えねえようにしてても、ふとした瞬間湧いてきやがるッ!!! どうすりゃいいかわかんねえんだよッ!!!!!」

 

 煌めく汗が飛散する中で、初めて見る爆豪の涙。

 

 その涙に応えようとする、緑谷の姿が爆撃を擦り抜けて更に荒々しく稲光り、空中を飛んでいた爆豪を蹴り付けた。

 

「グオッ!!?」

 

「それでも……僕にとって君は……! 僕にないものをたくさん持っていた君は……ッ! オールマイトよりも身近な凄い人だったんだッ!!!」

 

 そのまま地面へと転がった爆豪に、緑谷は道路上へと三点着地するなり立ち上がって拳を構えた。

 

「僕は君をッ、本気で乗り越えるッ!!!!!」

 

「ゲホッ……! ケッ……ようやくヤル気になってくれたじゃねえか……ッ!!」

 

 爆豪も地面で受け身を取りながら立ち上がり、手の平で再び爆破を繰り返しながらガンを飛ばす。

 その普段よく見た表情に、緑谷は大きく息を吸い込みながら力の限り叫んだ。

 

「来いよ、かっちゃんッ! やるなら、全力だッ!! サンドバッグになるつもりはないぞッ!!!」

 

「面白れえェ……ッ! 仮免は負けたが…………ナマクラの期待分には……ぜってェ応える……ッ!!」

 

 その台詞を聞いて少しだけ口調が軽くなった爆豪が爆破で上空に飛び上がり、一気に急降下する。緑谷がエアフォースで迎撃するよりも早く、彼の側面に回り込んだ横っ腹へ拳が突き刺さった。

 

「がはァッ!!?!」

 

 ガードレールがひん曲がるぐらいの勢いでぶつかるも、緑谷はすぐにビルの壁へと飛び上がって爆豪の追撃である爆撃を回避する。

 

「当たり前だけど……強くなってる!」

 

 壁から壁へと蹴り付け、爆豪の爆撃を回避しながら蹴り付けるも、緑谷の足先を捉えてからギリギリで動いている天才的な反応速度で回避される。

 

「何笑ってんだッ!!!」

 

 爆豪が腕を振り払い、道路を横切る真横一線の連鎖爆破を起こし、腕で顔を防御していた緑谷を飲み込んだ。

 

「サンドバッグにゃならねえんじゃねえのかよッ!!!」

 

「ならないッ!!!」

 

 叫びながら爆豪が爆破の利用による突進で畳みかけようとするも、それを緑谷が空中での蹴りで迎撃して彼の頬を掠める。

 頬が切れて血を滴らせる爆豪を、真っすぐに見つめ返す緑谷の視線が、澱みなく合わさった。

 

 彼も覚悟を決めていた。爆豪の気持ちを今、受け止められるのは自分しかいない事を。

 

「どうせ、また何か企んでんなッ!?」

 

 そんな彼に対して、爆豪が至近距離で爆破による閃光弾を放つ。

 

「うわッ!!?」

 

 目を眩ませた緑谷に爆豪が殴り込むも、彼の拳を腕で受け止めながら緑谷は腕を掴んで空中へ投げ飛ばし、両手で放つエアフォースで狙い撃つ。

 

「甘えんだよッ!!」

 

 しかし空中で体を捻りながら空気弾を回避した爆豪は、また爆破で己の体を加速させて緑谷に肉薄する。

 

「何考えるのかわからねえッ! どんだけぶっ叩いても張り付いてきやがってッ!!! 何もねえ野郎だったクセに、俯瞰した様な目で見てきやがってッ!!!!」

 

 近距離戦は緑谷に分があるからこそ、爆豪は爆破による跳躍からの高速機動で翻弄し、決して緑谷に主導権を渡さない。

 それでもバク転で爆撃を回避して距離を取り、次の手を考えようとする緑谷に対して爆豪が己のスタミナに任せた連撃を繰り出し、緑谷に考える時間を与えない。

 

 飛ぶ事のできる爆豪の絶対的な優位性であり、緑谷の短所。

 

 空中を飛ぶ事ができるのが、どれほど有利であるのかを俺も彼も思い知らされていた。

 

「まるでッ、全部見下ろしてるようなッ、本気で俺を追い抜いていくつもりのその態度がッ! 目障りなんだよッッ!!!!」

 

「うぐッッ!!!」

 

 空中を鋭角的な軌道で飛び回る爆豪の右フックが、緑谷の脇腹に深々と突き刺さった。

 ビルの壁をブチ壊す勢いで吹き飛んだ緑谷に対し、爆豪が更に畳みかけようと彼の突っ込んだ壁に向かって突進したが、緑谷も砂煙の中からエアフォースを放って飛び出して爆豪と文字通り激突する。

 

「ぐうぅぅっッ!!!」

 

「グウゥゥっッ!!!」

 

 お互いに頭をぶつけ合って空中で大きくブレるも、2人は頭からの流血も構わず反撃の準備へと動き出す。

 

 緑谷もまた戦闘の天才。爆豪と違って本能ではなく、冷静な判断と積み重ねてきた知識で詰めてくる。

 

 それでもなお、フルカウルの力を読み切っていた爆豪が流れを掴もうとしていた。

 

 緑谷は高速の爆撃をいなしながら互いに、心の底からの本音で語り合いながら、軽傷では済まない傷を作りながらも戦いは加速していく。

 

「そりゃ普通はバカにされ続けたら、関わりたくなくなると思うよ……! でも、前にも言ったように何もなかったからこそ……嫌なトコロと同じぐらい、キミの凄さが鮮烈だったんだよッ!」

 

 緑谷の声が大きく執念すら、いや懸想すら感じさせる程の力の熱を持つと同時に、その身に纏う緑色の電流がより激しさを増した速度で疾駆する。

 

「何ッ!!?」

 

 彼が思わず声に出すぐらい、速かった。

 

 あの高速的な連続爆破よりも速く飛び上がって、緑谷が爆豪に肉薄する。

 

 1度発動すると体がガタガタになるからと、仮免試験では抑えていた、フルカウル20パーセント。

 

 

 

 

 

 ソレを今、彼は超えようとしていた。

 

 

 

 

 

 蒸し暑い夏の夜に、背筋がヒヤリとする程の力の奔流と蹴りの速度。

 

 その速度は衝撃波すら生み、周囲の埃を巻き上げながら爆豪に襲い掛かる。

 

 爆豪もその一瞬で回避は不可能と直感し、両手による爆破で衝撃を緩和したが、それでも両腕に痣が残るほどの威力を緑谷は叩き出していた。

 

 そして、その次にはもう彼は動き出している。

 

「君が凄いと思っていたから……ッ! だから、ずっと……ッッ!!!」

 

「ぐうッ!!?!」

 

 爆破による迎撃も腕による防御も間に合わず、鈍い音と同時に爆豪の体が緑谷の回し蹴りで『く』の字に曲がった。

 

「君を追いかけていたんだッ!!!!!」

 

「追い越したッてかあッ!?!!!」

 

 緑谷に蹴られても、爆豪の爆撃を浴びても、お互いにボロボロだけれども。

 

 

 

 

 

 2人は笑っていた。

 

 

 俺の介入する間もないぐらい。

 

 

 あんなに楽しそうに。

 

 

 

 

 

 お互いがお互いを認め合えている様な、健全な時間に感じられた。

 

「こんなもんかよォッ!!!!」

 

「はあ゛あァァァァッッ!!!!!」

 

 それでも、緑谷のフルカウル20パーセントには機動力で上回れたのか、爆豪の方が押されていた。

 

「クソッ!!!(まだ未完成だがッ、この場で成功させるしかねえッ!!!!!)」

 

 それが、次の瞬間には再び盤面がひっくり返されていた。

 

「負゛けるかァァァァァァッッッ!!!!!!」

 

 叫び上げる彼も、本気の緑谷に応えようとしていた。

 

 

 

 

 

 爆豪が、移動のためにあの連続爆破を起こしたのだ。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 爆豪の姿が俺と緑谷の視界から消えた瞬間、ビルの1箇所が爆発と砂煙を巻き上げた。

 

「グうゥゥぅゥゥゥッッ!!!!!」

 

 そのまま壁を削り上げながら、爆豪は緑谷に飛来する。

 

 もう目で追う事すらやっとだ。

 

 制御ができていないが、恐ろしいぐらいの速さだった。

 

 『A・P・バースト』よりも大きく激しく、道路上が彼の飛散した汗で輝いた。

 

「死ねェェェェェェッッッ!!!!!!」

 

「あッッッ!」

 

 必殺技のハウザーインパクトを彷彿する、彼の本気の爆撃。

 

 

 

 

 

 咄嗟に俺は緑谷を庇おうと飛び出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、訓練所の大通りがクラスター爆弾でも投下されたみたいに次々と空中から連鎖爆破を起こして、ビル群を巻き込んでいった。

 

 一瞬にして爆心地周りのビルを薙ぎ倒し、周辺のビルの窓ガラスが一気に砕け散る。

 

 けれども、俺の制止も、爆豪の爆撃も、彼の体を捉える事はできなかった。

 

 緑谷が空中で方向転換したワケじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の体が、宙に浮いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?」

 

「なッ!?」

 

「あ゛ぁッ!?」

 

 三者三様の驚きを見せたが、すぐに俺は思考を戦いに戻して冷や汗を流した。

 

 

 

 

 

 緑谷は空中戦なんか慣れていない。

 

 そして、空中は爆豪に分がある。

 

 

 

 

 

「なんだそりゃあァァァァァッッッ!!!!!!!」

 

「ぐうッッ!!?!!」

 

 そのまま宙に浮く無防備な彼の頭を押さえつけて地面へと向けた爆豪は、もう片方の手で夜空に向かって真っ直ぐ突きつけた手から放たれる爆破で叩き伏せた。

 

「ハァ、ハァ……ッ!」

 

「ゼェ、ゼェ……ッ! ゲホッ、ゲホンッ!」

 

 亀裂が走るぐらいに彼を道路へと叩きつけた爆豪に、緑谷が頭を押さえつけられて息を荒げながらダランと体を伸ばす。

 

「クソォ……俺の勝ちだ……!」

 

 その彼の勝利の宣言は、どこか空しく訓練場に響いた。

 

「オールマイトの力……そんな力持ってても、自分のモンにしても、俺に負けてんじゃねえか……ッ! ハァ、ハァ……ハァ……!」

 

 

 

 

 

「そこまでにしよう、2人とも」

 

 

 

 

 

 そんな2人の間を止めるべく、声がかけられた。

 

「悪いが、聞かせてもらったよ」

 

「「「オールマイト……」」」

 

 2人の話の根幹となる存在であるオールマイトが、道路上に立っていたのだ。

 ビルに張り付いていた俺が、壁から滑り降りて地面に着地する。

 

「っ、切裂少年……!」

 

 オールマイトは邪魔者みたいに現れた俺に一瞬だけ驚くも、すぐに爆豪へと集中して向き直る。

 

「気付いてあげられなくて、ごめん……!」

 

「今更……ッ」

 

 オールマイトの謝罪に、爆豪は質問を投げつける。

 

「……なんで、デクだ? ……ヘドロん時からなんだろ……ッ? なんでコイツだったッ?」

 

「非力で……誰よりヒーローだった。君は強い男だと思った…………既に土俵に立つ君じゃなく、彼を土俵に立たせるべきだと判断した……」

 

 この場で一番オールマイトに言いたい事を言う権利のある爆豪が、彼と言葉を交わす。

 それでも、彼には納得できなかった。

 

「くッ……俺だって弱ぇよ……ッ!! あんたみてえな強えやつになろうって思ってきたのにッ、弱ェからッッ……あんたをそんな姿に……ッ!!」

 

「これは君のせいじゃない。どの道、限界は近かった……こうなる事は決まっていたよ」

 

 爆豪の苦心をオールマイトは否定する。

 

「君は強い。ただね……その強さに私がかまけていた…………抱え込ませてしまった……!」

 

 そう言って彼は爆豪の頭に触れて、その筋肉の感じられない細い腕で抱き寄せる。

 

「すまない……君も少年なのに……!」

 

「ッ!」

 

 だが、爆豪はオールマイトの腕を弾く。そんな気休めの慰めが欲しかったワケじゃないのだから。

 

「……長い事ヒーローをやってきて思うんだよ。爆豪少年のように勝利にこだわるのも、緑谷少年のように困ってる人間を助けたいと思うのも……どっちが欠けていても、ヒーローとして自分の正義を貫く事はできないと……緑谷少年が爆豪少年の力に憧れたように、爆豪少年が緑谷少年の心を恐れたように……気持ちを曝け出した今ならもう……わかっているんじゃないかな? 互いを認め合い、真っ当に高め合う事ができれば……助けて勝つ、勝って助ける、最高のヒーローになれるんだ……!」

 

「そんなん聞きてえワケじゃねえんだよ……」

 

 そう言いながら爆豪が体と心の疲労で地面に尻を突き、そのまま体育座りで組んだ腕に顔を埋める。まるで、自分の涙を誰にも見られたくないように。

 

「デク……お前……一番強え人にレール敷いてもらって……負けてんなよ……」

 

「…………強くなるよ。君に勝てるよう……!」

 

 お互いに心の底まで見せ合った緑谷と爆豪に、俺は何も言う事なく黙って2人を眺める。

 

「ハァ……デクとアンタの関係知ってんのは?」

 

「リカバリーガールと校長……生徒では、君達だけだ……」

 

 オールマイトの台詞に相澤先生ですら知らない事を、今になって思い知らされた。

 

「バレたくねえんだろ、オールマイト…………あんたが隠そうとしてたから、どいつにも言わねえよ。クソデクみてえにバラしたりはしねぇ。ここだけの秘密だ……ナマクラ、テメェもそれでいいだろ……ッ」

 

「うん……」

 

「かっちゃん……切裂くんも……」

 

 爆豪の言葉に俺も頷き、秘密を守ることを誓った。

 俺はトゥルーフォームのオールマイトの存在すら知らされていなかった。信頼が足りないということはないだろう。

 俺も、口が裂けても言うつもりはないし……爆豪だって筋は通す。秘密が漏れることはないだろう。

 オールマイトが気を遣わせて済まないと謝るが、爆豪ちゃんの言う通りこれを知られるリスクとデメリットがデカすぎるだけだ。

 

「秘密は本来私が頭を下げてお願いする事。どこまでも気を遣わせてしまって……すまない……!」

 

「遣ってねえよッ! 言いふらすリスクとデメリットがデケえだけだッ」

 

 爆豪の言う事に俺は全力で同意する。わざわざメディアにまで個性を秘匿しているのだ。

 

「こうなった以上は、2人にも納得いく説明がいる。それが筋だ」

 

 そう言ってオールマイトは俺達に緑谷の個性について、知っている限りの話を教えてくれた。

 

 AFOという巨悪に立ち向かうため、代々受け継がれてきた力である事。

 

 その力でNo.1ヒーローである、平和の象徴となった事。

 

 AFOとの戦いで傷を負って限界を迎え、後継に緑谷を選んだ事。

 

「暴かれりゃ力の所在やらで混乱するって事か…………っとに、なんでバラしてんだクソデク……ッ」

 

 爆豪は話を聞きながら緑谷の方を睨みつけていたが、俺としては真っ先に聞きたい事があった。

 

「オールマイト先生……緑谷くん、浮いたんですけど……」

 

「ああ……見ていたよ…………『OFA』とは違う。アレは私のお師匠である先代の個性……!」

 

「ッ!?」

 

「オールマイトの……師匠……っ!?」

 

 彼の言葉に緑谷と爆豪が同時に驚く。無理もない。オールマイトだって内心、どうして発現したのかわかっていないのだろう。

 

 

 

 

 

 緑谷のあの能力は、『ワン・フォー・オール』の歴代継承者達の個性だ。

 

 

 

 

 

 原作で一部が発現しかかっていたのは覚えていたが、なんでコレが先に発現したのかは、俺には全くもってわからなかった。

 

 しかも、この能力は中途半端の未完成だったハズだ。

 

 ソレが一瞬だったとは言え、ほぼ完璧に発現したのだ。

 

 緑谷に歴代継承者の個性が発現した理由は、なんとなくわかる。

 

 きっと、彼がAFOと死柄木 弔との戦いに決着をつける存在であるという事だ。

 

 

 

 

 

 でも、あの最初の鞭みたいな個性じゃなくて、なんでこっちが?

 

 

 

 

 

 考えるには情報が足りなすぎる。OFAを引き継いできたオールマイトだけが手掛かりだった。

 

「ワン・フォー・オールそのものの成長なのか、私にはわからない……」

 

「そんな……」

 

 だが、オールマイト本人に先代の個性は発現しなかったのだ。彼がわからないと答える事に、俺は何の疑いも持たなかった。

 

「結局……俺のやる事は変わんねえや……!」

 

「うん、そうだね……」

 

 考えていても答えは出ず、俺は緑谷と爆豪とオールマイトの3人と一緒に帰り道を歩く。

 

「俺は今まで以上に強くなる。デク、てめぇの全部を俺のモンにして『選ばれた』お前よりも上に行ってやるッ」

 

「じゃっ……じゃあ僕はその上を行く! 行かなきゃいけないんだ……!」

 

 後ろで2人でギャーギャー言い合っている光景を見届けていると、唐突にオールマイトから声をかけられる。

 

「切裂少年……君は本当に不思議な子だ……」

 

「そう……ですか……?」

 

「君は2人の関係を汲み取り、私の話を微塵も疑わずに信じてくれた。まるで最初から知っていたみたいにね」

 

「…………そんな事、ありません……」

 

 俺が言葉を濁しても、オールマイトは嬉しそうにしていた。

 

「これからも……君には2人の友達で、あってほしい……!」

 

「はい……」

 

 その言葉には、俺も応えたかった。

 

 例え緑谷が史実と変わろうと、俺も爆豪も彼との関係は変わらない。

 

 この2人の仲は、これでいいんだと思いたい。

 

 きっと、その先に2人にとって最善の答えがあると信じて、訓練所の道を歩んでいた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 その後、教員用の寮の前で俺達は浮浪者じみた男に、捕縛布で縛り上げられていた。

 

「ヒーロー仮免許の試験を終えたその晩に喧嘩とは……元気があって大変よろしい……!」

 

 『抹消』こそ使っていないが、仁王像みたいなドスの利いたオーラを放つ相澤先生に、俺達は3人仲良く拘束されたまま正座していた。

 

「相澤君待って、捕縛待って! 原因は私にあるんだよ!」

 

「はい? 原因? 何です?」

 

 緑谷と爆豪の喧嘩は相澤先生にはすぐ気がついただろうし、オールマイトが2人の仲介を自分に委ねてもらったのも知っている。相澤先生からすれば、どうしてそこまで俺達の肩を持っているのか、わからない事だらけだろう。

 オールマイトがヒソヒソと話をしているが、おおよそ自分の引退が爆豪は負い目を感じているとか何とか言っているのだろう。ほぼ正解だし。試験の結果も併せて、精神的な限界が来ていたとでも説明しているに違いない。ほぼそうだし。

 

「だからルールを犯しても仕方ない……で、済ます事はできません。然るべき処罰は下します……!」

 

 オールマイトとの会話の後、ひとまず先生の捕縛布からは俺達は解放された。

 

「先に手を出したのは……!」

 

「俺」

 

「僕も結構……ガンガンと」

 

 爆豪と緑谷を見比べてから、相澤先生の視線が俺に定まる。

 

「お前は……!」

 

「2人の後を追って…………止めませんでした。漢同士の喧嘩に手え出すほど、野暮じゃないんで」

 

 緑谷と爆豪の会話は出さない方がいい。突き詰められたら爆豪はともかく、緑谷とオールマイトは誤魔化せないと思ったからだ。

 

「爆豪は4日間! 緑谷と切裂は3日間の寮内謹慎!! その間寮内共有スペース清掃、朝と晩ッ! プラス反省文の提出ッ!!」

 

「せっ、先生っ! 切裂くんは僕らが大怪我しないように見守ってただけで……!」

 

「止めれる立場にいたのに止めなかったのも同罪だ」

 

 緑谷と爆豪の喧嘩を追った以上、こうなるのはもう想定していた。むしろ、眠いの我慢して追って来て、本当に良かったと思っている。

 

「ケガについては痛みが増したり、引かないようなら保健室に行け! ただし、バアさん(リカバリーガール)の個性には頼るなッ! 勝手な傷は勝手に治せッ! 以上、寝ろッ!!!」

 

 そうして、ようやく相澤先生から捕縛布合わせて解放された俺達だが、とても先生に言われた通りに眠る事なんてできなかった。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 寮の扉が強く閉じられ、相澤先生の気配が完全になくなってから、俺が呟く。

 

「先生………………」

 

「ああ………………」

 

 すぐにでも聞くべきなのだ。例え寝る時間を削ってでも。

 

 どうして緑谷に、あの個性が発現したのかを徹底的に洗う必要があったのだから。

 

 

 

 

 

 次回『ビッグ3』

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