切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第二十九話

 

 

 

 

 

「「「「「ケンカして謹慎〜っっっ!!?!?」」」」」

 

 翌日の朝一番、雄英の夏休みも終わって今日から始業式なのに、制服にも着替えず俺と爆豪と一緒に共同スペースを掃除をしている緑谷を見たクラスメイト達の声が、寮の中に響き渡る。

 

「バカじゃん!」

 

「バカなの!?」

 

「バカかよ!」

 

「骨頂」

 

 クラスメイト達の当然過ぎるブーイングを受けたが、後悔はしていない。むしろ眠いの我慢して見に行って正解だった。

 だが、仮免も無事取り終えたというのに、新学期初っ端から問題を起こした俺達に対するクラスメイト達の反応は様々だ。

 そこに轟まで困惑しながら、寮の窓ガラスを磨いている俺に問いかけてくる。

 

「お前まで喧嘩したのか?」

 

「いや、俺は2人を止めないで、レフェリーしてた」

 

「バカじゃん!」

 

「なんで止めないんだよ!?」

 

 瀬呂と砂藤の声に対して、俺は真っ直ぐな瞳で彼らに答える。

 

「漢の喧嘩は止められねえ」

 

「わかるっ! わかるぜっ切裂っ!」

 

「わかりあうな」

 

 テンション高く涙まで流しながら俺に共感する切島の言葉に、障子が冷静にツッコんだ。

 そんな俺との会話とは離れた所で絨毯に掃除機をかけている緑谷を麗日が心配している。

 

「それで、仲直りしたの……?」

 

「仲直り……っていうものでも、う〜ん言語化が難しい……」

 

「よく謹慎で済んだものだ! では、これからの始業式は君ら欠席だな!」

 

 冷や汗を流す飯田の言う通り、知っていたから俺も迷いなく行動していたが、一歩間違えれば仮免取り上げられても仕方ない事していた。

 

「爆豪、仮免の補習どうすんだ?」

 

「うるせえッ! テメェには関係ねえだろッ!!」

 

 轟も一応は心配しているのか爆豪の方に顔を向けたが、彼は素っ気なく掃除機を動かし続けていた。

 

「じゃあ掃除よろしくな〜!」

 

「いってくるね〜!」

 

 通学路に面するガラス窓を拭きながら、窓越しに芦戸が手を振ってるのを笑顔で見送って数分後。寮の前に誰もいなくなったのを確認してから、俺はそのまま緑谷に声をかけた。

 

「緑谷くん。オールマイト先生にOFAについてどこまで教えてもらってるのか、もう一度詳しく教えて」

 

「どうせ昨日じゃ全部話しきってねえだろッ」

 

「え?!」

 

 皆を送り出して始まったのはもちろん、緑谷の個性の事だ。

 昨日の事で全ては説明していないと踏んでいた俺と爆豪が緑谷に言葉で詰め寄る。

 

「詳しくって言っても……オールマイトも知らないって言ってたし、歴代の個性がどうだったのかも話した事ないんだよね……」

 

「もしかしたら、オールマイト先生にもわかってない事あるんじゃない?」

 

「ありえるな……あの強力な個性を顔面金玉野郎(オール・フォー・ワン)が欲しがらなかったワケがねえッ! 情報が拡散しねえように隠してた可能性もある。歴代の継承者が誰だったのかもハッキリさせるべきだッ」

 

 オールマイト先生は憶測でモノを言わないタイプの人だ。とりあえず口に出してみる、爆豪の勘の方がまだ信じられた。

 俺は昨日緑谷とオールマイトに言われた台詞から、史実の知っている範囲までわかっている事を予想してみせたように話す。

 

「AFOに渡された『力を溜め込む』個性と初代が持っている『個性を引き渡す個性』が混ざって『OFA』になったって事は、君に発現した『浮遊』の個性と一緒に、あと何個か個性があるって事でしょ?」

 

「ああ……ッ、オールマイトがテメェと同じ元無個性なのに、歴代の個性が発現しなかったのかも理由があるハズだッ」

 

「オールマイト先生に、その個性の事もっと詳しく聞かないと……!」

 

「クッソ……謹慎してる場合じゃねえってのによお……ッ」

 

 ブツブツと話し合いながら清掃を続ける俺と爆豪に、緑谷は掃除機を動かす腕を止めると口元に手を当てながら、恐る恐る呟いた。

 

「2人とも……この個性……みんなには隠すべきかな?」

 

 

 

 

 

「バカかッ!! テメえなんかに隠し通せるワケねえだろッ!!!」

 

「無理だよっ!! 緑谷くん、ウソ下手糞でしょ!!?」

 

 

 

 

 

「う……うん……」

 

 そんな猛烈に否定されると思ってなかったのか、緑谷がヘコみながら力のない返事をする。

 

「チッ! けど……不審に思われねえように、見せるタイミングぐらいは考えねえとな……!」

 

 爆豪の呟きに関しては俺も賛成。お披露目するなら次のイベントしかない。もしかしたら、負け試合が勝てるかもしれないのだ。

 

「せっかくだから、みんな驚かしてあげようよ! 緑谷くんの個性が『超パワー』で通ってるなら、なんでもアリなハズさ!」

 

「そ、それはちょっと……っ!」

 

「ったくッ、期末試験と言い……テメェはサプライズの好きな野郎だな……ッ!」

 

 俺の言い分に恥ずかしそうにする緑谷に対し、爆豪は悪態を吐きながら掃除機を片付けて、中のゴミをゴミ箱へと注ごうとしている。どうやら期末試験で俺がクラスメイトにも教師にも斬撃波飛ばせるの隠してた事、まだ根に持っているらしい。

 

「ん……? なんで、ンなトコに……」

 

「え?」

 

 唐突に爆豪の動きと言葉が止まり、俺が彼の顔の向いている方向を見ると、そこには白いウサギが共同スペースをヒョコヒョコと跳ねていた。

 

「アレ……結ちゃんじゃん!」

 

「あぁ? 『ゆわい』だァ……?」

 

「口田くんが飼ってるペットのウサギだよ」

 

 部屋王決定戦の時にいなかった爆豪に緑谷が説明をしている。ドアを閉め忘れたのだろうか。口田もうっかりしている。

 

「ったくッ! しっかり管理しやがれ……ッ」

 

 緑谷から話を聞いた爆豪はズカズカと近寄って結ちゃんを捕まえようとするも、慌てて彼が爆豪の肩を掴んで止めようとする。

 

「まっ、待ってよかっちゃん! ウサギは繊細な生き物なんだからっ!」

 

「チッ、面倒な動物だなッ」

 

 舌打ちをひとつ、緑谷の腕を振り払った爆豪が足を忍ばせて正面から近寄っていく。すると、爆豪との距離10メートル先の結ちゃんがフローリングの床で後ろ足を大きく振り上げて地面を蹴る、いわゆる足ダンを始めた。

 

「ホラっ、急に近づくから警戒してるよ……!」

 

「謝ってよ爆豪くん」

 

「ザケんなッ!」

 

 だったらどうすりゃあいいとキレ散らかす彼を宥めながら、俺は緑谷の方に顔を向けた。

 

「ついでに今『浮遊』練習しよう。ココでもできる

でしょ?」

 

「そ、そうだね……!」

 

 謹慎は寮から出れないし、外で喧嘩したのだから表で体力練成も禁止されている。屋内だから急激な機動は取れないが、共同スペースぐらいの広さがあるなら練習には十分だ。

 

「えーと……フルカウルを発動させて……フンッ!」

 

 一瞬、出なくなっていたらどうしようかと悩んだが、そんな心配はすぐ払われた。

 緑谷の爪先立ちになった足元が、徐々に床から離れていく。その様子を見て俺は息を呑む。

 

「おお……!」

 

「フン……ッ」

 

 緑色の電光を微かに纏わせながら、フワフワと天井の高い共同スペースの中を浮かんで結ちゃんを上から捕まえようとしていると、いきなり寮の出入り口の扉が開いた。

 

「やあ……って……!?」

 

「「「オールマイト!」」ぉぉぉぉっっ!!」

 

 突然の訪問者に集中力の途切れた緑谷が空中から落っこちた。結ちゃんは無事だったが、驚いて階段の方へと逃げていってしまった。

 

「浮遊の個性……早速使っているみたいだね……!」

 

「謹慎中なんで、外にも出れないんですよ」

 

「イテテ……オールマイト、仕事は?」

 

 でんぐり返しになっている緑谷の台詞に、彼は小さく笑った。

 

「ハハハ……すぐに戻るさ。それよりも今、歴代継承者の個性を可能な限りまとめてもらっている。時間はかかるかもしれないけどね……」

 

「歴代の? どうやってッ?」

 

「誰に?」

 

 俺と爆豪の疑問に、オールマイトは隠す事なく答えた。

 

「公安の警察にも、私の秘密を共有する知り合いがいてね。今は敵連合の跡を辿って忙しいそうだが、なるべく早くまとめてもらえるようにするよ」

 

 その台詞を聞いて、俺はほんの少しだけ不安を募らせる。情報資料として渡されるのは今よりだいぶ後だった気がするが、本当に正しい情報が来るのだろうか。

 

「先生……この『浮遊』って、オールマイト先生の師匠の個性なんですよね? ……どんな人だったんですか?」

 

「そ、そうだね……」

 

 少し恥ずかしげに言葉を紡ぎ始めるオールマイト曰く、聡明な性格をした女性で、笑顔が絶えない人物だった。彼の『平和の象徴』概念も、初めは半信半疑だったものの、最後には笑いながら受け入れてくれて、オールマイトをOFAの継承者に選んでくれたそうだ。

 

 先代の事を話しているオールマイトは、嬉しそうだった。

 

 だが……彼は彼女の孫が『死柄木 弔』である事を、言わなかった。

 

 メディアで聞いたが、彼に家族はいない。恋人もいない。史実でも解明してなかったが、AFOの事を考えれば、確信できた。

 

 そして残念ながら、彼女よりも前の6代目、5代目に関しての情報は、オールマイトにも教えてもらえなかったそうだ。

 

「教えられなかったんじゃなくて……知らなかったんじゃねえのか……ッ?」

 

「ああ……かもしれないね……」

 

「でも、そこまでしなくても……個性が引き継げるなら、話していた方が……」

 

「いいや、今までの継承者にも個性は発現してねえんだッ。だったら話す理由もねえだろ?」

 

 『OFA』が個性もシッカリ引き継げるとわかっていれば、歴代の継承者達も何かしら記録を残しただろう。

 でも、それをやらなかったのはAFOに探られるのを隠すためか。それとも……

 

 

 

「もしかしたら……緑谷くんが巨悪と戦う、最後の継承者かもしれないって事だよね?」

 

 

 

「なっ!?」

 

「チッ!!」

 

「まっ、まだ、憶測でしかないが……」

 

「フンッ、むしろわかりやすいじゃねえかッ」

 

 オールマイトは咳払いして話を途切らせようとしたが、俺の言葉に押された爆豪の憶測は止まらない。

 

「だとしたら、死柄木 弔と……!」

 

「ウウンッ! まだ確証があるワケじゃない。もう少し、継承者達からの直接的なメッセージでないと……!」

 

「オールマイト以外知らねえってのに……歴代だって生きてもいねえだろ? そんなモン……ッ」

 

 そうだ。この緑谷は心操と戦っていないから、『継承者達』の存在を知らないんだ。

 

 と思っていたら、緑谷が口元に手を当てながら呟き始めた。

 

「そういえば……個性を使ってる時、というかさっきもなんだけど…………なんか、誰かに見られている気がするような……」

 

 

 

 

 

「なんでソレを先に言わねえんだッ!!!!!」

「なんでソレを先に言わないのさッ!!!!!」

 

 

 

 

 

「…………ゴ……ゴメンナサイ……ッ ! 」

 

 ダークシャドウみたいに縮こまって謝る緑谷を無視して、俺と爆豪の話は更に発展しそうだった。

 

「個性そのものに、意識が宿ってるって考えんのが自然か……ッ?」

 

「どうだろう……『個性特異点』の論文に、なんかそんな事書いてあったような気が……」

 

「おっと、すまない! もうすぐ始業式だ。また何か進展があったらすぐに連絡するよ。3人とも、謹慎明けるまでは大人しくね……!」

 

 とにかく、オールマイトが資料を持ってこなければ、これ以上の話は進まないだろう。

 寮の扉から出ていく彼を見送って、共同スペースの中がまた俺と緑谷と爆豪の3人だけとなった。

 

「「「………………」」」

 

 無言のまま三者三様の思考する顔を見せる。特に、最後の戦いかもしれないと予告された主人公の様子は、使命感に溢れる表情だった。

 

「とりあえず……結ちゃんを追うよ……!」

 

「うん……!」

 

「ケッ……!」

 

 とにかく、今は彼に個性を使いこなしてもらわねばならない。再び浮遊を使い始める緑谷を誘導しながら、俺と爆豪は結ちゃんの捜索を始めた。

 

 その日、丸一日を掃除と勉強と緑谷の浮遊の特訓に注ぎ込んで、クラスメイト達が帰ってきた。

 結ちゃんが脱走していた事を口田に軽く注意して、爆豪が「次見つけたらシチューにしてやる」って嘘教えた後に本人から追いかけ回され、ついでに結ちゃんの捜索の途中でドアの開けっぱなしだった峰田の部屋がエロ本丸出しの『ON』の状態になっていた事も本人に注意して、その日の謹慎は大きな事件もなく終わった。

 

 緑谷はきっと、ひと足早く『先輩』に出会えたかもしれないが、俺にとっては些細な事だ。

 

 クラスメイト達は普通の授業の内容がえらく難しくなっていると話していたが、八百万が近い内にまた勉強会を開くらしく、ドベ達が喜んでいるのが確認できた。

 プッシーキャッツ達がインターンについて話してくれたお陰で、俺も緑谷も周りからそこまで遅れをとっている実感は湧かなかった。相澤先生も彼女達が説明してくれたのなら、だいぶ話が早かっただろう。

 

 それよりも、緑谷の浮遊をいつクラスメイト達にお披露目しようかと爆豪と一緒に悩みながら。彼に浮遊をある程度使わせてから3日後、俺と緑谷は相澤先生に反省文を提出し、爆豪よりひと足早く謹慎から復帰して雄英の教室を跨いだ。

 

「「ご迷惑おかけしました!」」

 

「デクくん、オツトメご苦労様っ」

 

「オツトメって……つか、何イキまいてんの?」

 

 頭を下げる俺と緑谷を待っていた麗日と、少し困惑気味の耳朗が話しかけてくる。

 

「飯田くん、ゴメンね! 失望させてしまって!」

 

「おお……反省してくれればいいが……しかし、どうした?」

 

 雰囲気に少し気圧されている飯田に、この3日間でついた差を取り戻すと、機関車みたいに鼻息を荒げながら息巻いている緑谷から少し離れ、俺は自分の席の周りの切島や近寄ってきた峰田に話しかける。

 

「なにか事件は起こった?」

 

「ううんっ、いたって平和そのものっ!」

 

「始業式に物間がここぞとばかりに煽ってきたぐらいか?」

 

「聞いたか? B組全員仮免合格だってよ」

 

 いつにもなく気合いの入っている緑谷に対して、えらく落ち着いた心持ちで俺は自分の席につくと、チャイムと同時に相澤先生が入ってくる。

 

「全員、席に着け」

 

 チャイムまでまだ少し早いのだが、相澤先生が入って来たので俺達は速やかに席へと着いた。

 

「おはよう、じゃあ緑谷と切裂も戻ったところで、本格的にインターンの話をしていこう。入ってこい」

 

 先生に促されて、教室のドアが開いた。

 

「職場体験とどういう違いがあるのか……じかに経験している人間から話してもらおう。心して聞くように」

 

 入って来たのは3人の生徒。B組とも違う、初めて見る生徒だった。

 

「現雄英生の中でも、トップに君臨する3年生3名……通称、ビッグ3のみんなだ」

 

「雄英生のトップ……!」

 

「ビッグ3……!」

 

 相澤先生の説明に、瀬呂と切島が声を漏らしながらその3人を見ていた。

 

「ビッグ3!」

 

「栄えある雄英生の中の頂点……!」

 

「学校の中で、1番プロヒーローに近い存在……!」

 

 芦戸の素を晒した大きな声が響き、飯田と八百万も初めて見る雄英のトップオブトップの存在に驚いていた。

 

「あの人達が……的な人がいるとは聞いていたけど……!」

 

「めっちゃキレイな人いるし……そんな感じには───あでっ!」

 

 水色で足元近くまであるボリュームたっぷりの髪の毛をした女子の先輩を見て、思わず言葉を漏らした上鳴の背中に耳郎が耳たぶのピンジャックを突き刺した。

 

「目標……補足!」

 

「あの人、あの時の……」

 

 峰田が目測で女子の先輩のスリーサイズを測っている中、前の席の緑谷は左側に立っている、金髪で髪の毛が逆立った漫画みたいな顔した先輩を見て呟く。謹慎中にどこかで会ったのだろう。

 俺も、こっちの世界に来てから、あの人は見た事ある。去年の体育祭でジャージが脱げ落ちて全裸晒してた人だ。

 

 てか、体育祭では名前だけ見て認識していたけど、本当に3人とも大した成績じゃなかった。あそこのポジションに立つには、目立つだけじゃ駄目なのはわかっている。

 まあ、ウチのクラスのビッグ3は決まりきっているので、あのポジションを求める理由は特にない。

 

「じゃあ、手短に自己紹介。まず『天喰』から」

 

 相澤先生に促されて、名前を呼ばれた細身でエルフみたいな尖った耳に猫背で黒髪の先輩が、なぜか俺達を睨みつけてきた。

 その眼力の鋭さにクラスメイト達もビクリと体を震わせながら、ビッグ3のプレッシャーに慄く。

 

「ダメだ……ミリオ、波動さん……じゃがいもだと思って臨んでも、頭部以外が人間のまま。依然、人間にしか見えない……どうしたらいい、言葉が……出てこない……頭が真っ白だ、ツラい……帰りたい……!!」

 

 と思ったら、カタカタと肩を震わせ始めて俺達に背を向けると、黒板の壁にピッタリとくっついてしまった。口田以上の恥ずかしがり屋である。

 

「あの……雄英、ヒーロー科のトップですよね?」

 

 泣き言を漏らしている天喰先輩に、尾白が心配そうに尋ねている。猫背を更に丸めて黒板の前で震えている彼の姿は、とても雄英最強の一角には見えない。

 でも強いのは確かだ。この人の個性は強力過ぎる。

 

「あっ、聞いて天喰くん! そういうの『ノミの心臓』って言うんだって! ねえ、人間なのにね〜! 不思議〜!」

 

 尾白の声にも反応しなくなった彼の代わりに、真ん中に立っていた女子の先輩が彼を慰めるどころが追い討ちをかけている。

 

「彼はノミの『天喰 環』! それで私が『波動 ねじれ』! 今日はインターンについて、みんなにお話ししてほしいと頼まれてきました!」

 

 その紹介の仕方でいいのか? とクラスメイト達も動揺しているが、当の本人の天喰先輩は壁を向いたまま喋らない。

 そして波動先輩がインターンについて話してくれるのかと思いきや、彼女はすぐに脱線を起こした。

 

「けど、しかし……? ねえねえ、ところで君はなんでマスクを? 風邪? おしゃれ?」

 

「これは昔……」

 

 波動先輩は、すぐ目の前の席に座っていた障子に声をかけ始めた。確かに、障子は常に口元を隠すマスクをかけているのだが、理由を聞いた事は俺もない。風呂入っている時も着けてるし、食事や歯磨きも複製腕の口で行っているから、口がないのかもしれないと俺は思っていた。

 で、珍しく戸惑っていた障子が答えるよりも早く、波動先輩の興味は轟へと移った。

 

「あらっ! あと、あなた! 轟くんだよね!? ねえ、なんでそんなトコロを火傷したの?」

 

「んっ、それは……」

 

 その理由は俺と峰田と緑谷ぐらいしか知らないハズだ。案の定、緑谷と峰田がドキリと目を丸めて波動先輩の事を見ていたが、彼が素直に話すよりも早くその興味もすぐに薄れてほかのクラスメイトへと移る。

 

「芦戸さんはその角! 折れちゃったら、生えてくる? 動くの? ねえ? あっ、峰田くんのボールみたいなのは髪の毛? 散髪はどうやるの? 蛙吹さんはアマガエル? ヒキガエルじゃないよね? うん! どの子もみんな気になるトコロばっかり、ふっしぎー!」

 

 純粋無垢といった様子の波動先輩に、上鳴や芦戸はインターンの事がどうでもよくなってきているのか、プリプリしてる時の八百万を見ているみたいに癒されている。

 先輩というよりは後輩以下、小さな子供の様な雰囲気を持つ先輩だった。ただ、悪い言い方でその無神経な性格は、異形型だらけなこの世界を生きるのは少し心配に感じるのだが、彼女の周りの人達がいれば大丈夫だろう。

 

「天然っぽい、カワイイ〜」

 

「幼稚園児みたいだ……」

 

「オイラの玉が気になるってぇ……!??」

 

「峰田ちゃん」

 

 玉について聞かれた峰田も頭を押さえつつ大興奮していたが、遠くから蛙吹に止められていた。

 

「ねえねえ、尾白くんは尻尾で体を支えられる? ねえねえ答えて! 気になるの!」

 

 いつの間にか彼女の興味は尾白に移っている。当然と言えば当然だが、普通の人間の見た目でしかない俺に、彼女は話しかけてはこなかった。

 

「合理性に欠くね……!」

 

 いつまで経っても話が進まない事に痺れを切らし、抹消を発動した相澤先生が早く彼女を黙らせて本題に入れと最後の1人の先輩を見る。

 

「うわっ! イレイザーヘッド、安心してください! 大トリは俺なんだよね!!」

 

 プレッシャーに押されて慌てながら教壇の前へと立った通形は、いきなり耳に手を当てて叫んだ。

 

「前途〜〜〜〜〜?!!」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜多難!!! つってね! よーし、ツカミは大失敗だ!」

 

 クラスメイトも何を言っているのか意味がわかっていない。俺も最初見た時は、何を言っているのかわかんなかった。

 スベるのに恐れのないその性格は好きだが、本当に前途多難である。ひとりで大笑いを始める先輩に、クラスメイト達も呆れ気味だった。

 

「3人とも変だよな? ビッグ3と言う割には何かさ……」

 

「ユーモアもよくわかんねえし……」

 

「切裂のモノマネの方が面白いぜ?」

 

「風格が感じられん」

 

「っ───────……(頷いている)」

 

 砂藤が控え目に言う一方で、腕を組みながら辛辣な評価を断言する常闇に、口田までウンウンと同調している。

 雄英のヒーロー科の顔であるビッグ3である以上、もっと威厳を持って然るべきなのだ。彼は何事も形から入るタイプなので余計そう思ったに違いない。

 そんな皆の思考を読み取ったのか、通形も笑うのを止めて真面目な顔になった。と言っても、あの顔じゃ真面目なのかどうかも俺には予測できないが。

 

「まあ、何が何やらって顔してるよね。必修ってワケでもないインターンの説明に、突如現れた3年生だ。そりゃワケもないよね、う〜ん…………1年から仮免取得だよね……うん、今年の1年って凄く元気があるよね、そうだね……何やらスベり倒してしまったようだし……」

 

 そこまで俺達を見渡しながら独り言を呟いていた通形に、彼が話し出してから大人しくしていたBIG 3の残り2人が彼を見た。その視線を受けた通形は、大きく頷いて俺達の方へと提案した。

 

「君達まとめて俺と戦ってみようよ!!!」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「えっ……ええええっ!?!?!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「戦って、って……!」

 

「いきなりかよ!」

 

 切島と瀬呂の呆気に取られた声に、通形はようやくマトモなリアクションをもらえたのが嬉しかったのか、鼻を擦りながら相澤先生にも提案を促す。

 

「俺達の経験を、その身で経験した方が合理的でしょ? どうでしょうね? イレイザーヘッド」

 

「……好きにしろ」

 

 そして、ベラベラ長話されるよりもそっちの方が合理的だったのか、相澤先生はあっさりと彼の提案を受け入れた。

 

 さて……正直、勝てる見込みは限りなく低いし、ビッグ3としての面子を潰すつもりもないのだが、それでもタダでやられるつもりはなかった。

 

 I・エキスポ事件以降、この先輩は俺の密かな目標になっていた人なのだから。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 そんなワケで、クラスメイトの困惑もおさまらないまま全員ジャージに着替えて体育館に移動した俺達は、先輩1人と戦う事になった。

 

「あの……マジっすか?」

 

「マジだよね」

 

 18対1という圧倒的俺達側が有利過ぎる状況に、瀬呂が遠慮しながら尋ねるも先輩は軽く返事だけして準備運動をしている。

 

「ミリオ、やめた方がいい……」

 

「遠っ!?」

 

 一応ジャージに着替えた天喰先輩が壁を向いて立っているが、その話し声が微かに届くぐらいの距離に、峰田が思わずツッコむ。

 

「インターンについては形式的に、こういう具合でとても有意義ですと、語るだけで十分だ……みんながみんな、上昇志向に満ち満ちているワケじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない……」

 

「えっ……?」

 

「いや、あの……ソレを先輩が普通に話せば解決したんですけど……」

 

 俺達を心配してくれていたのだろう天喰先輩だが、俺が容赦のない言葉を浴びせたら血反吐吐いて死んでしまった。

 

「すごーい! どうして天喰くんは倒れちゃったの? 不思議〜!」

 

「立ち直れなくなるって……」

 

 切島や峰田が少し困惑している近くで、倒れている天喰先輩を不思議そうに眺めていた波動先輩が、俺達に話を始める。

 

「あっ、聞いて! 知ってる! 昔、挫折しちゃってヒーローを諦めちゃって、問題起こしちゃった子がいたんだよ、知ってた? 大変だよね、通形。ちゃんと考えないとツラいよ〜、コレはツラいよ〜!」

 

「あぁ……んぅ……っ! おやめください……!」

 

 そう話を続けながら、波動先輩は芦戸の方に寄り添って彼女の頭の角をグニグニ触っている。角が中で連動しているのか、彼女の片方の角だけ触るともう片方も勝手に動いている。えっ、不思議。

 

 問題を起こしたヒーローというのは、たぶん『ヒーロー殺し』の事だと思いたい。彼も元々は普通にヒーロー科の学生だったらしいから。

 

 そして、ようやく苗字を呼ばれた通形先輩に対し、切島や常闇などの面々は2人の言葉に些かの苛立ちを覚えていた。

 

「待ってください。我々はハンデありとは言えプロとも戦っている……」

 

「そしてヴィランとの戦いも経験しています! そんな心配されるほど、俺らザコに見えますか……?」

 

 ココに立っているクラスメイト達は、史実とは少し心境が違う。

 『USJ襲撃』ではチンピラ程度のヴィランを撃破して、仮免も取れて調子に乗っている者達だったかもしれないが、彼等は夏休みの林間合宿襲撃事件で爆豪を拉致られた上、俺は生死を彷徨う程の重傷を受け、自分達の無力さを心の底まで痛感した者達だ。

 だからこそ全員がプッシーキャッツの個性強化訓練を自ら行ってきた猛者揃いである。仮免取れて少し気が楽にはなっているかもしれないが、彼等の『強くなりたい』という後悔は全員が持っており、その為に日々訓練を重ねた結果、史実よりも強化された者達ばかりだ。

 

 そんなクラスメイト達を見ても向こうは承知で勝つつもりなのか、先輩は即答した。

 

「うん。いつどっからでも来てもいいよね。1番手は誰だ?」

 

 大部分の人間は舐められてると思っただろう。獲物を狙う猛禽類の如く目を細めた常闇だけでなく、他の者達の気迫も上がっていく。

 

「俺が……!」

 

「僕、いきます!」

 

 お望み通り力を見せつけてやると切島が一番手を名乗り上げようとしたところ、それよりも早く彼の背後から前に出たのは緑谷だった。

 

「お前ら、良い機会だ。しっかり、揉んでもらえ!」

 

 相澤先生が珍しく声を張らせた先で、朝も教室で3日間の遅れを取り戻すと豪語していた緑谷の姿に、後ろにいた麗日も彼の気迫に賛同していく。それにつられてクラスメイト達も自分達の1番有利なポジションを取ろうと陣形を組み始めた。

 

「問題児! いいねえ君! やっぱり元気があるな!」

 

 通形は緑谷に感心しつつも、構えを取らないで立ったままだ。対して緑谷は少し爆豪みたいに獰猛な笑みを浮かべ、指を鳴らしてフルカウルの雷光を纏った。

 

「それじゃ先輩ッ、よろしくお願いしますッ!!」

 

 全身を普通に硬化させて切島が挨拶すると同時に、大きく構えた緑谷がフルカウル10パーセント程度だろうか、まずは小手調べと言わんばかりの強化で駆け出す。

 

 しかし、次の瞬間。通形先輩の着ていたジャージが下着ごと彼をすり抜けて落ちた。

 

「うわああああああぁっ!!!!?」

 

「今、服が落ちたぞ!?」

 

 事件性のある悲鳴を上げた耳郎が真っ赤にした顔を手で覆い、耳たぶのジャックをバタバタさせながら叫ぶ。瀬呂も驚く中、下着まで全て落ちてしまった彼は慌てて下着とズボンを履き直していた。

 

「ああっ、失礼。調整が難しくてね!」

 

 そんな隙だらけの通形に、緑谷は顔面へ向かって飛び蹴りを放つ。しかし、その蹴りは彼の顔を通り抜けて空振ってしまった。

 擦り抜けるのは知っていただろう緑谷は、空中でバランスを崩しかけてもなんとか着地して通形の反対側へと位置する。

 

「いきなり顔面かよ!?」

 

 振り返りながら言葉を漏らした通形先輩に、続く後方からの遠距離攻撃も全て顔面をすり抜けてしまい、気付けば先輩の姿はその場から消えていた。

 

「待て! いないぞ!?」

 

 通形の姿が消えた事に、全員へ聞こえるぐらいの声で状況を示した飯田の台詞で、すぐさま耳朗が地面にジャックを突き刺し、障子は複製腕を伸ばして辺り一帯に索敵をかけた。

 

「っ!? 聞こえないっ!?」

 

「俺の目にも……何も……!」

 

「えっ!?」

 

「なんでっ!?」

 

「マジかよっ!?」

 

 A組の中で一二を誇る索敵能力を持つ2人の言葉に、周りに驚愕が伝播していく。だが、それに呼応するように通形の声が俺の後方から聞こえた。

 

「まずは遠距離持ちからだよね!」

 

 目の前に居たはずの彼が、サポート系の個性を持ったクラスメイト達の背後を取るように地面から現われた。

 

「いやああああああぁっ!!!?!?」

 

 至近距離で男の全裸なんか見てしまい、再び耳郎が悲鳴をあげている。今日の彼女は厄日か何かなのだろう。

 

「ワープした!?」

 

「すり抜けるだけじゃねぇのか!?」

 

「どんな強個性だよ!」

 

 索敵をすり抜けられた障子に続いて、砂藤と切島が疑問の声を上げながらも遠距離隊を助けるために動こうとする。

 

「違う……ミリオの個性は決して羨まれるモノじゃない。僻むべきはその技術だよ、1年坊」

 

 いつの間にか立ち直った天喰先輩が、また壁に顔を向けたままボソボソと小さな声で話を始めている。しかし、今のクラスメイト達にそんな事を聞いている暇はない。

 

「ヤベッ!」

 

「あっ、峰田───ごはぁッ!!?」

 

 モギモギでジャグリングを始めていた峰田は反応が間に合ったか、空中へとモギモギで飛び跳ねながら通形のパンチを避けたが、それに目を取られた瀬呂が彼の続け様のボディブローを受けて倒れる。

 

「ケロッ!!?」

 

「『アシッドマ───ウソッ!? キャッ!!!」

 

 蛙吹は咄嗟に身を引きながら舌を伸ばして通形先輩を捕まえようとしたが、それも通り抜けられて着地を叩かれて地面に倒れた。

 芦戸は『アシッドマン』からの『ヒュドラ』を伸ばそうとしたが、酸の膜の内側に入り込まれてボディに拳を打ち込まれてダウンしてしまった。

 

「スカウトを経て、あるヒーローの下でインターンに励み、ミリオは培った……!」

 

 まだ天喰先輩の話が続く中、耳朗と障子は地面から現れた通形に抵抗する隙も与えられず殴られ、八百万は創造した盾で防御しようとして、その盾を通過されて彼の拳を腹に突き刺された。

 

「POWERRRRRRRRRRRRRRRR !!!!! 」

 

 通形のシャウトが体育館内に響き渡る。この人こそ、個性とは可能性を体現した人だろう。

 

 だが、こっちだってタダで負ける者達だけじゃない。

 峰田の反応は早かった。あのジャグリングがなければ彼も最初の接敵で負けていたハズだ。

 

「ダークシャドウッ!!」

 

「アイヨッ !!! 」

 

 ダークシャドウで飛べた常闇は空中へと逃げて、通形の奇襲を回避していた。

 

 そして、捨て身の覚悟で彼に抵抗した者が、更に1人いた。

 

 

 

「200万ボルトぉッッ!!!!!!!!!」

 

 

 

「うおっッ!!?」

 

 通形先輩も驚くぐらい、体育館の中が爆音と落雷に包み込まれ、瞬いた。

 

「上鳴くんっ!!?」

 

 自分の帯電量の限界を日々超え続けていた上鳴は、スケボーも無い今は機動力がない。

 だからこそ、彼は通形に接触する瞬間に、自身の全電力を浴びせる作戦に辿り着いていた。

 

 視界に焼き付いた光が晴れると、ジャージを少し焦がして腹を押さえながら地面に寝転がり、涙目でアホになっている上鳴と、そのすぐ近くの床から通形先輩がゆっくりと出てきた。

 

「ゥ……ウェェェ………………………………じ、じろー………………ウェ〜〜ィィ…………」

 

「驚いたんだよね……! でもっ、覚悟はまだしも体まで捨て身じゃ、ヒーローにはなれないんだよねっ!」

 

 ギリギリだったのか通形先輩の額には汗が滲んでいた。まさか俺達の中で先輩に最初の冷や汗を与えた相手は、上鳴だった。

 しかし直撃する前に透過されてしまったか、そのまま通形は全裸で立ち上がると次の標的に向けて狙いを定めたのか、地面へと沈んだ。

 

「上鳴……よくやったと言いたいが、アイツの言う通りだ。『通形 ミリオ』……アイツは俺の知る限り、最もナンバー1に近い男だぞ。プロも含めてな」

 

 もしかして想定していたのか、相澤先生が上鳴に賞賛を伝えるも、すぐに俺達へ事実を教えてくれた。

 

「一瞬で半数近くが……! あれがナンバー1に最も近い男……!」

 

「お前は行かないのか? ナンバー1に興味がない訳じゃないだろ」

 

 A組の6名が一瞬でやられた事に、相澤先生の隣で模擬戦を見守っていた轟も冷や汗を流しながら驚きを隠せないでいる。が、先生の言葉に彼はうつむきながら答えた。

 

「俺は仮免取ってないんで……」

 

「……そうか(丸くなりやがって……)」

 

 相澤先生は轟の大人しい返答に、思わず声を漏らしていた。

 そんな間にも通形は大きく息を吐くと、残る俺達と初撃を回避したクラスメイト達を見て関心した声を吐く。

 

「回避した生徒も凄いねっ! 体はモチロンだけれども、自分の個性をよく鍛えられているよ!」

 

「何したのか、さっぱりわかんねえ……!」

 

「すり抜けるだけでも強いのに、ワープとか……!」

 

「それって、もう……無敵じゃないですか!」

 

「よせやい!」

 

 切島、麗日、尾白の言葉に通形は照れ臭そうに言葉を漏らしながら構えをとる。そこに天喰がブツブツと相変わらず壁を向いたまま長々と呟き続ける。

 

「無敵か……そのひと言で君らのレベルは推し量れる。例えば素人がプロの技術を見ても、何が凄いのかすらわからないように、ミリオがしてきた努力を感じ取れないのなら、一矢報いる事さえできない……」

 

 天喰先輩の言う事はもっともだ。それでも、タダで負けるつもりはない。

 

 この人は、俺のある種の目標なのだから。

 

「ウェヘヘ………………じろー……」

 

「イタタ………………わかったって…………もう……っ」

 

 後ろで繰り広げられている2人のやり取りの方が何十倍も気になったのだが、鬼の心で我慢しながら俺は焦燥の汗を垂らす切島の肩を、ガシリと強めに掴んだ。

 

「きっ、切裂?」

 

「切島くん、先輩は攻撃する瞬間にだけ実体化して、それ以外は全部通り抜けてる。アレに対処するにはカウンターしかない……! 切島くん、俺より得意でしょ……?」

 

 実際、攻撃寄りの俺と違って、硬化によるカウンターは彼の方が得意分野だった。そもそも、俺との特訓という名の戦いを得て、彼が自分で考えて重点を絞っていた要素だ。圧縮訓練の時、上手い事必殺技にしたいと言っていたが、まだインスピレーションが足りないらしい。

 

「確かにな……っ! お前のおかげで冷静になれたぜっ、ありがとよっ!!」

 

 俺の激励に明るい声を返した切島は、全身を固めていた硬化を腕だけに留めて構え直した。もしも勝機があるのなら、彼のアンブレイカブルはここぞと言う時まで取っておいてほしい。

 

「カウンターかいっ? やってみなよっ!」

 

 俺の言葉を聞いて、通形は楽しそうな表情で走ってくる。そこに切島が飛び出して彼に殴りかかった。

 

「オラァァァッッ!!!!」

 

 しかし、通形は冷静に切島の拳を通過すると、そのまま彼の体全体を通り抜けて背後に飛び出した。

 

「ちいっッ!?」

 

「スキだらけなんだよねっ!」

 

 切島が振り返ったタイミングを見計らって、通形先輩は彼の腹部へと拳を叩き込んだ。先輩を倒そうとするのなら、カウンターなんて誰もが思いつく作戦だ。だから先輩がその対処法を備えているなんて、わかりきっている話だ。

 

「グゥゥゥゥッ!!!!!」

 

「えっ!?」

 

 だが、切島は怯まなかった。早期にアンブレイカブルを習得した彼と次に鍛えたのは、何があっても絶対に解除しない硬化の維持。俺に顔を殴られても、更には無理をしてまで爆豪のA・P・ショットによる爆撃を浴びても、彼は個性を切らない訓練をしていた。

 更に日頃から散々、俺と鉄哲や鎌切、回原、鱗に殴られ切られ削られ続けてきた彼の体は、今や俺の『鎖鋸刃斬人(チェインソゥ・スパーダー)』の直撃すら、耐えうる防御力を備えているのだ。

 

「うぉォォォォォォォォッッッ!!!!」

 

 全身全霊の一撃による通形の拳から巻き起こった風圧で、切島のジャージの上半身が破れ飛んだ。

 しかしそれでも、切島は倒れる事なく通形先輩の拳を耐え切っていた。それどころか先輩に向かって拳を振り上げていた。

 

「ウソっ!?」

 

「切島くん!?」

 

 通形先輩も驚いていたし、緑谷が更に驚きの声を上げていたが、切島の拳を回避して冷静に通形先輩は彼の背後へとワープする。

 

「よそ見はダメだよね!」

 

 そのまま緑谷が殴られるかと思いきや、彼はまるで予知していたかの様に背後に向かって現れた通形先輩へと飛び蹴りを放っていた。

 

「甘いよね! 必殺『ブラインドタッチ目潰し』!」

 

「うッ!?」

 

 罠を張って相手の動きを予測する。緑谷の作戦は見事なものだったが、通形の強さは更なる高みにあった。

 緑谷の蹴りを簡単にすり抜けると、通形は指を緑谷の眼球に突っ込む。目に指を刺されてしまえば、人は反射的に目を瞑ってしまう。緑谷も例外ではないが、通形の指は彼の顔をもすり抜けていった。透過できるからこそ、できる芸当だ。

 

「良い策だった! でも、多くの相手はそういったカウンターを画策するんだよね。ならば当然、そいつを狩る訓練するさ!」

 

 目を閉じてしまった上、飛び蹴りで空中に浮いていた緑谷は無防備。彼が着地する次の瞬間に通形は鋭いボディブローを打ち込む……ハズだった。

 

 

 

 

 

「飛べ緑谷っ!!!!!」

 

 俺の叫び声を聞いて、緑谷は目を瞑ったまま瞬時にフルカウルを足に集中させ、地面に向かってエアフォースを放った。

 

「っッ!!!」

 

 

 

 

 

 途端、緑谷の体が慣性を無視し、麗日の無重力を起こしたかの様に上へと急速に浮かび上がり、靴の足先に通形の拳を掠りながら宙を乱れて遊泳する。

 

「はあっ!!?」

 

「えぇッっ!!?」

 

「緑谷っ!?」

 

「緑谷君っ!!?」

 

「デ……デクくんっ!!?!?」

 

「と、飛んだぁッ!?」

 

 体育館にいるクラスメイト全員が、通形の事も忘れて驚く。コレばかりは周りで観戦していたビッグ3の2人だけでなく、相澤先生も目を丸くして驚いていた。

 

「驚いたっ!!! 君そんな事もできるんだねっ!!?」

 

「くっッ!!!」

 

 驚きで油断していた通形先輩の顔面に向かって、緑谷はすぐさま空中でエアフォースを両手から同時に放つ。

 

「うおっとっ! 君、多芸過ぎないかいっ!!?」

 

 通形先輩は地面に若干沈み込みながら、緑谷から放たれた空気の弾丸を通過させる。

 彼の浮遊は麗日と違って無重力じゃないから、質量分のエネルギーはある。屋内謹慎で外に出て訓練できなかったのが災いしたか、エアフォースを撃った反動で彼は空中でバランスを崩していた。

 

「うわっとッ!?」

 

 動揺している緑谷の隙を突いて、通形先輩は彼に向かって飛び掛かろうとしていたが、そこに俺が両手の指を交差させて彼に斬撃波を放った。

 

「セイッ!!!」

 

「おっと!」

 

「クッ(グラントリノや麗日さんみたいに……!)ッッ!!!」

 

 斬撃波は勘付かれていた先輩に呆気なく通過されたが、緑谷は空中でエアフォースを繰り返しながら、なんとか常闇と一緒に空中へと逃げ延びて滞空する。

 

「緑谷! 慣れていないのか!?」

 

「うんっ! ちょっとコレは……!」

 

 緑谷は辿々しく常闇に向かって話していたが、通形は空に逃げられた相手に対しても冷静だった。

 

「滞空型の個性っ! でも、場所が悪かったね!!」

 

 そう言いながら通形の姿が地面に沈んだが、彼の姿はいつまで経っても地面から現れなかった。

 

「えっ!?」

 

「どこにいった!?」

 

 緑谷と常闇が困惑していた直後、先輩が何をしているのか気付いた俺が叫ぶ。

 

「上だ2人ともッ!!!」

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

「エェッ !? 」

 

 俺の言葉に2人だけでなくダークシャドウまで驚いていた直後、体育館の天井から落下してきた通形先輩が、緑谷と常闇の後頭部を同時に両腕のラリアットで地面まで叩き下ろした。

 

「ぐふぅッ!!!?!」

 

「がはァァッ!!?!」

 

 何をされたのかはわかっていた。透過して体育館の壁を潜り込み、天井まで移動してから個性を解除したのだろう。

 地面に叩き落とされた2人がノビてしまったのを見届けている間に通形先輩はそのまま地面へ、ドポンと沈んでいった。

 

「切裂ッ、コイツ───うわっ!!!?」

 

 地面へと着地した峰田は間近に現れた先輩へとモギモギを投げつけたが、それも通過された彼に回り込まれて腹にパンチを喰らい、ゴロゴロと地面に転がった。

 

「峰田くんっ!!!」

 

 俺の叫ぶ間に先輩は再び地面へ沈むと、クラスメイト達の死角へと回り込みながらその拳を、今度は麗日へと振り上げる。

 

「キャッ!!」

 

 彼女は咄嗟に浮かび上がろうとしたが、緑谷よりも反応の遅い彼女では間に合わず、通形の拳をもらった。

 

「うわッ!!」

 

 そして飯田も最高速度を出される前に先輩に捕まり、その拳を受ける。

 そのまま葉隠、口田もあっさり捕まり、砂藤や尾白など格闘に自信があったクラスメイトも、先輩に拳を通り抜けられて鎮められた。

 

 先輩が強いのはわかる。峰田が倒されるのもわかる。何度も言うが俺も、目標としている人間だ。けれども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え訓練だとしても、峰田と女の子に腹パンする輩は一度痛い目に遭わせないと気が済まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通形先輩が孤立していた俺を見て笑いながら、地面へと沈んでいく。向こうは俺の個性を知っているのだろうかと、一瞬の思考がよぎる。

 

 この人は全てを通過する。実体があるのは攻撃してきた瞬間だけ。今まで彼と戦った人達も、そのカウンターを狙うしかないと思っただろう。向こうは当然その対策もする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だったら、カウンターをカウンターする先輩よりも早くカウンターを決める。

 

 刹那の見切り勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩が現れるのは、必ず視界の範囲外。

 

「ッ!!!」

 

 彼が出てきたと認識したと同時に俺は着ていたジャージを突き破り、全身から一斉に刃を突き出した。

 

 

 

 

 

「『針鍼鼠筵斬(ヘッジホッグスパイン)』ッ!!!!」

 

 

 

 

「っ!!!」

 

 俺の必殺技の名乗り口上と同時に、数十本もの刃を伸ばした俺に対して、地面から飛び出していた通形先輩はすぐに身を翻した。

 

「やっぱり……1番の障害になるのは、君だよね……! もうひとりの問題児っ!」

 

 そう言って先輩はニヤリと笑った、全裸のまま地表へと着地した彼の頬からは、ポタ……ポタ……と、滴る音が体育館内に響き渡る。

 

 

 

 身を引いた彼の腕と頬には、小さな切り傷がついていた。

 

 それに驚いたのは2人の先輩。

 

 

 

「ッ!? ミリオに、傷をつけた……!」

 

「すごいすごーい! 不思議っ!!」

 

 波動先輩が騒ぎながらぴょんぴょん飛び跳ねている中、天喰先輩がようやく壁から顔を逸らして俺達を見ていた。

 

「やっべ……久しぶりにやった……!」

 

 対して俺は、一瞬にしてボロボロになってしまったジャージを確認する。形だけは残っているものの、パンツ以外穴だらけになってしまった。

 

「へっ……! すっげえパワーだけどっ、力は個性無しの据え置きみてえだな…………俺には効かねえっ!」

 

 そして、通形先輩の拳の直撃に硬化で耐え切った切島は、個性には慄いていたものの、素の力が自分の硬化を超えていない事に気付いて自信を持ち始めていた。

 

「そっちの君も物凄い硬さだねっ! 今までで1番だよっ!!」

 

「少しは見直してくれましたか、先輩っ!」

 

 通形先輩は俺と切島を称賛しながら、それでも勝つつもりで平然と距離をとって構える。

 

 それに対して俺と切島も拳を握りしめて、先輩に向かって対峙した。

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

 

 

「おい、誰かツッコメよ……」

 

「そうは言うが、3人とも集中しているからな……」

 

 実力では敵わないと察した砂藤が声を漏らす中、昏睡から復帰した障子が戦いを眺めながら冷や汗を垂らす。

 

 彼らの目の前では全裸と上裸と半裸がジリジリ動く、果てしなくシュールな光景が広がっているのだ。相澤先生も咎めようかと悩んではいるが、通形先輩が個性を使えばまた脱げてしまうので、どうしようもなくなっているのだろう。女子に至っては波動先輩以外、全員目を逸らしていた。

 

「切裂の個性なら出来るとは思っていた。だが……それだけで通形は倒せる相手じゃない。本人もわかっているだろう」

 

 相澤先生の解説通り、このままでは彼に致命打を与える事はできない。だが、ここまできて彼に負けるつもりで戦ってはいなかった。

 

 通形先輩の前で俺は腕を捻じ曲げ、片足を上げ、不可思議な構えをとる。隣に立っていた切島も疑問の声を漏らす。

 

「な、なんだぁ?」

 

 

 

 

 

「『居合斬乃構(スパーリングスタンス)』……!」

 

 

 

 

 

 全身が刃物で太刀筋も関係がない、振り抜いた方向に一瞬で刃が立つ俺にとって最速の構え。

 

「君もやっぱりカウンターを取るよね!」

 

「来るぞッ……オラぁァァッ!!!」

 

 通形先輩は地面に潜り込まず真正面から俺に向かって接近し、対して切島はそのまま彼へと突っ込んでいくが、その拳を体ごと通過した先輩はそのまま俺を狙って殴りかかってくる。

 

 だが、俺のこの構えは切り込むんじゃあない。

 

「フンッッ!!!!」

 

 彼の拳を回避すべく、俺は片足立ちだった足で飛び上がり、先輩の拳から放たれる直撃を避けた。

 そして空中で体を捻りながら、俺は刃にした足を先輩の背中に向かって振り下ろそうとしたが、動きを読まれたのか俺の足は先輩の背中に沈み込んでいった。

 

「まさか君まで飛ばないよねっ!」

 

 そしてその着地の瞬間を狙って、冗談すら言う余裕のある通形先輩が俺の腹部目掛けて殴りかかる。

 

「フンッ!」

 

 回避されるのは想定内。本命の肉薄された瞬間に、俺は硬化と同時に緑谷のスマッシュを耐える時みたいに身構えた。

 

 直後、俺の腹に通形先輩の拳が真正面に叩き込まれる。

 

 だが切島がブレなかったように、俺もその程度の拳では通じない。それどころか、殴った通形先輩が顔を顰めて大きく飛び退いた。

 

「ッ!!? コレは……!」

 

 通形先輩の拳が離れた俺の下腹部には……針の筵の如く、小さな刃が俺の体から並んでいた。そして先輩の拳の指からは、無差別な切り傷が作り上げられていた。

 

 この先輩の弱点は、緑谷や常闇の対処で見せたように、遠距離攻撃を持ってない事。どうしても直接触れないと彼は攻撃手段を持たない。

 

 

 

 

 

 もしもOFAを持っていれば、本当に彼は無敵になれるだろう。

 

 

 

 

 

「先輩どうしますか? このままだと永遠に決着つかない気がするんですけど……」

 

「確かにそうかもね! でも、君はヴィラン相手にもおんなじ事を言うのかな?」

 

 通形先輩に当然みたいな挑発を返されて、俺は笑った。

 

「いっけえっ、切裂切島ァ!!!」

 

「お前らだけが、俺達の希望だーっ!!」

 

「ふたりともがんばれ〜っ!」

 

 いつの間にか、腹のダメージから復帰して体育館の端へと集まっていたクラスメイト達が、俺と切島に向かって声援を送る。

 

「へへっ、任せとけっ!!!」

 

 いつも以上に嬉しそうな切島と合流し、肩を並べるようにして通形に構えた。

 

「切裂……俺はお前と違って遠距離攻撃がねえ……でも、お前ならあの人に勝てる考えがあんだろ……? 俺は……俺の出来る事をやるぜ……!」

 

「それでいいよ切島くん……! どっちが先に通形先輩倒せるか……競争だ……っ!」

 

「想像以上だよ君達! 俺も少し本気出すよっ!」

 

 不敵に笑った通形先輩は再び地面へと沈み始める。それと同時に切島が駆け出し、俺も彼に続いて両手を刃にして飛び出す。

 

 切島はアンブレイカブルでカウンターを決めれは勝ち。俺はカウンター決めるか、別の方法で先輩を倒す。

 通形先輩は硬化してない俺達にパンチしないと一向に倒せない。俺達に締め技をかけてきたとしても、俺はその瞬間に触れている部分へ刃を展開すればいい。切島はアンブレイカブルを発動すればいい。

 

「うわっッ!?」

 

 地面に沈んでから切島の足元から飛び出してきた通形先輩は、一瞬驚いた切島をそのまま通過すると身を翻して彼の両足を蹴り付けて転ばせる。金属の像がそのまま動く俺と違って、硬化しても動くのに必要な柔らかさを残す必要のある、彼の関節を狙い始めたのだ。

 

「切島くんっ!」

 

 俺は咄嗟に斬撃波を飛ばして、切島に追撃しようとする先輩の背中を狙ったが、その斬撃は通過されたと同時に彼の姿が地面に沈んだ瞬間、トビウオが跳ね上がってきたかの様な勢いで先輩の姿が俺の目の前へと突っ込んできた。

 

「再び必殺ッ! 『ブラインドタッチ目潰───うわっ!!?」

 

 先輩は必殺技を叫ぼうとしていた台詞を途切らせ、驚きながら全身を透過させて俺を通過しながら地面に飛び込んだ。

 

 真正面から目を狙ってきた先輩に、俺は開けた口から刃を伸ばしたのだ。

 透過で避けられはしたが、肝が冷えただろう。

 

「ヒュンッてなったよねっ! どこがとは言わないけどっ!」

 

「まだ余裕ですねっ、先輩っ!」

 

 再び地面から勢い良く飛び出した先輩が俺に殴りかかるも、再度タイミングを合わせて全身から刃を伸ばした俺をそのまま通過して地面に沈む。

 

「切島くんッ!」

 

「わかってるッ!!」

 

 俺のひと言でアンブレイカブルを発動した彼の数秒後には、足元から飛び出した通形先輩のアッパーカットが刺々しい見た目となった切島の顎を通過して、また別の地面へと沈んでいく。彼の地面から地面へと飛び込むワープの速度が、格段に上がり始めていた。

 

「クッソ……ッ、早えっ!!!」

 

 すぐにアンブレイカブルを解除した切島がキョロキョロと辺りを見渡して、なんとか先輩の動きについていこうとするが、このままだと遅かれ早かれ彼は隙を突かれる。

 そんな状況の中でも俺は先輩に勝つ方法を考えていた。

 

 先輩の通過する個性は、部分的に使う事で地面に立っていられるのだ。

 

 全身を透過させてしまうと、重力に従って地面に落っこちてしまう。重力も透過できればそれも済むが。

 

 とにかく、ひと言で済ますと、先輩の個性は扱いが大変なのだ。

 

 そんな先輩をカウンター以外で倒すもうひとつの勝利方法、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個性を暴発させる事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3年生、しかもひたすら体力だけでなく個性を磨き続けてきた彼に、果たしてソレが通じるかどうかは数パーセントの確率だろう。

 

 だが、狙わなければ0パーセントのままだ。

 

 俺は再び片足立ちで構えを取り、先輩が背後から飛び出してきた瞬間に体を捻らせながら真上に飛び上がり、彼に向かって闇雲な斬撃波を乱れ撃った。

 

「うおっ!?」

 

 斬撃波は当然通過していったが、代わりに彼の足元が再び地面へと沈んでいく。

 

「クッソっ、また当たらねえっ!」

 

 切島が悔しそうな声を漏らしている間に先輩の顔が完全に地面へと沈んだ瞬間、俺は両足を刃にして限界まで大きく跳躍する。そして次に先輩が顔を出す所を予測した。

 

 あり得るのは、切島の死角だ。

 

 一見ただの地面である何も無いそこに向かって、俺は足で斬撃波を叩き込んだ。

 

「おっとっ!?」

 

 飛び出そうとしていた先輩がいきなり顔面へ地面ごと斬撃波が叩きつけられて驚き、再び顔から沈んでいく。個性の解除が遅かったか、俺の斬撃を受けてはいない。

 

「えっ!?」

 

「切裂くんっ!!?」

 

「スゴいっ!」

 

「予測したっ!?」

 

 クラスメイトの何人かは俺の反応に驚いていた。だが俺はもう次の行動へと移していく。

 地面に着地するなり俺は背後に振り返り、地面に両手を当てて思い切り引っ掻き上げる。

 

「うわっ!?」

 

「地面ごと……!」

 

 斬撃で地面の一部が地盤ごと割れ、その隙間から通形先輩の金髪の頭が見えた。

 そこに飛び込んだ切島が片腕だけアンブレイカブルで硬化した腕を、先輩の頭に向かって振り下ろした。

 

「ウオォォォォッッ!!!!」

 

「まだまだ潜れるんだよねっ!」

 

 しかし、地盤をブッ壊す威力だった切島の拳は先輩を捉えられず、砂埃で潜ったのかどうかさえわからなくなった先輩の姿が、いきなり彼の背後から現れる。

 

「切島硬化ッ!」

 

「ッ!」

 

 咄嗟に俺が叫びながら、先輩の直線上にいる切島ごと彼へ斬撃波を放った。

 

「うわっ!? 君、味方ごとはっ!」

 

「俺には効かねえっ!!!」

 

 通形先輩は驚いていたが、ちょっと切島の言うのが早かった。

 

「だよねっ!」

 

 先輩は俺の斬撃波を切島の代わりに受け止めようとしていた。しかし、彼の台詞を聞いた瞬間、背中の部分を通過させて斬撃波を回避する。

 それだけでなく、先輩の体を通過した斬撃波は硬化している切島の体で弾かれ、先輩の前で滅茶苦茶に斬撃が乱反射していく。

 

「うわっ!?!」

 

 堪らず全身を透過させた先輩が地面に落っこちるように沈んでいったその背中には、ほんの少しだけ俺の斬撃波の切り傷がついていた。

 しかし先輩は地面から、崩壊している地盤へと弾かれるように飛び出しては潜るを繰り返すと、今度は切島の体へと通過してそのまま潜り込んだ。

 

「うおっ!?」

 

 反射的に切島が振り払おうとしても先輩の体は手で触れる事ができず、そのまま彼は振り解くように体を震わせる。

 

「ホントは壁の方が良いんだけどっ! 擬似『ファントムメナ───っ!?

 

「ッ───ッ!!?

 

 切島の体からフルカウルを発動させた緑谷並みの速度で弾き飛んだ先輩は俺の顎に向かって拳を突き出し、俺はそんな先輩の脳天に向かって腕を振り下ろしていた。

 どちらの攻撃が先に到達するか、スローモーションで先輩との視線を合わせて腕が交錯したその直後、俺の刃がただの手刀に戻り、先輩の拳が俺の顎の前でピタリと止まっていた。

 

「そこまでだ」

 

 相澤先生が個性を発動させていたのだ。

 

「えっ!?」

 

「なんだよ〜!」

 

「良いトコロだったのに〜!」

 

「実力は十分見れたし、怪我されても困るからな」

 

 周りで息を呑みながら見ていたクラスメイト達が一斉にブーイングを起こすも、俺と通形先輩は緊張と構えを解いてホッと息を吐いていた。

 

「いやぁ〜っ! 久しぶりに手応えのある相手だったんだよねっ! 熱くなりすぎちゃったっ!」

 

「俺も……今の自分の力を出し切る事ができました……ありがとうございます……!」

 

「俺もっ、先輩と戦って自分の個性にまた自信ついたッス!」

 

 硬化を解除した切島も先輩に近付いて大きく頭を下げ、俺はそんな彼と手を叩き合わせた。

 

「切島くん、ありがとう……!」

 

「へへっ、こっちこそ……!」

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 試合がひと段落して、ジャージを着直した通形先輩が天喰先輩と波動先輩の2人と並んで、俺達の前へと立って話を始めた。

 

「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど、すみませんね女性陣! とまあ、こんな感じなんだよね。俺の個性、強かった?」

 

「デクくんっ! 飛べるようになったんっ!!?」

 

「スゲーぞ緑谷っ!!!」

 

「う、うん……! なんか、超パワーの余剰エネルギーが体から漏れているらしくて……!」

 

「屁みてえ」

 

「瀬呂!」

 

「ス、スンマセン……」

 

「緑谷、お前も自由の翼を手にしたか……!」

 

「てかっ! 切裂お前知ってたのか!?」

 

「前の爆豪くんの喧嘩でできるようになったからね」

 

「また秘密にしてたのかよー!」

 

「タッハー! 完全に話奪われちゃったねっ!!!」

 

 クラスメイト達は浮遊した緑谷へと集まっており、誰も通形先輩の話を聞こうとしていなかった。頭に手を当てて天を仰ぐ先輩に、先生と2人の先輩の視線が集中する。

 

 一度相澤先生に握ってもらってから、ビッグ3の3人達が話を始めた。

 通形先輩の個性は『透過』 文字通り壁でも地面でも通り抜ける事ができる能力だ。地面からワープみたいに見えるのは、潜っている最中に個性を解除すると、ゲームのバグみたいに弾き出されるシステムらしい。体の向きや角度で、弾かれる先を狙えるそうだ。

 だが油断すれば服どころか地面へと落っこちるし、空気も通過するから息もできない、音も透過して何も聞こえず、光も通過するせいで視界も見えていないらしい。

 だから壁ひとつ通り抜けるにしても、足から体、また足へと個性を切り替える必要があり、応用すればする程その手順は複雑化するそうだ。五感が奪われた状態で。

 そんな結果、先輩は周りの生徒からは完全に出遅れたらしいけど、そこから個性を理解すると同時に鍛えまくって、とにかく相手の行動を予測する必要があった。個性に手順を踏む以上、周囲よりも早く、時に欺けるほど。

 

 そしてその予測を可能にするのが経験。インターンによる実戦経験から、彼は予測を立てているのだ。

 

「色々前段が長くなったけれど、コレが手合わせの理由! 言葉よりも『経験』で伝えたかった! インターンにおいて、我々は『お客』ではなく1人の『相棒(サイドキック)』!! プロとして扱われるんだよね! それは、とても恐ろしいよ……プロの現場では時に、人の死にも立ち会う! けれども、怖い思いもツラい思いも全てが学校じゃ手に入らない一線級の『経験』っ!!! 俺はインターンで得た経験を力に変えて、トップを掴んだっ!!! のでっ! 怖くてもやるべきだと思うよ、1年生!!」

 

 経験を力に。先輩の言葉に緑谷が目を輝かせている。

 

 俺も先輩みたいな経験が必要だ。

 

 職場体験での『客』としての扱いではなく、『サイドキック』として戦線に立てる経験。

 

 仮免だが、プロと同格に扱われるのだ。俺じゃなくても、これ以上ないぐらい魅力的な経験だ。

 

 ようやくまともな話をして、通形の演説にクラスメイト達が震えながら拍手を起こした。飯田の『ブラボー』も久しぶりに聞いた。

 

 最後にビッグ3の3人に挨拶をして、彼らとの交流は無事に終わった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 1年生達の授業が終わり、制服へと着替えたビッグ3が自分達の教室を目指して廊下を歩いていた。

 

「ねえっ、ねえっ! スッゴく不思議だよあの子! 私のインターン紹介してあげよっかなー!?」

 

 廊下の中央を腕を振って快活に歩く通形の周りで、波動が足の裏に僅かなエネルギーを放ちながら、ぴょんぴょん飛び跳ねて彼に相談をしている。

 その反対側では、これ以上ないぐらい猫背で落ち込んでいる天喰の姿もあった。

 

「ダメだ……あまりにも性格が合わない……! ミリオへ果敢に挑みかかるあの2人の姿は、僕には眩しすぎる……! 僕のインターンも逆に心配されて拒否られるに決まっている……!」

 

 切裂に正論突かれたのが余程心に響いてしまったのか体だけでなく声まで震わせている天喰に対して、そんな事ないとポンポン肩を叩きながら通形は問題児に付けられた切り傷を覆う絆創膏をもう片方の手の指でなぞる。

 

「予測を立てたあの子も凄いけど……なにより俺に傷をつけたんだ!」

 

 昨日初めて会った上、今日は空まで飛んで度肝を抜かせた問題児も非常に魅力的だったが、彼は自分との戦いを恐れずに、親友とも呼べる相棒と一緒に挑んできたもうひとりの問題児を思い返し、目を輝かせながら言った。

 

「『サー』に凄く良い報告ができそうだよっ!」

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 翌日、爆豪もようやく謹慎が解除され、俺達クラスメイト全員が揃った朝のSHRの教室で、教壇の前に立つ相澤先生が告げた。

 

「えー……プロヒーローの職場に出向き、その活動に協力する職場体験の本格版『ヒーローインターン」ですが……昨日協議した結果、校長をはじめ多くの先生が『やめとけ』という意見でした」

 

 どんがらがっしゃーん! という擬音がこれ以上ないぐらい似合う勢いで、俺達1年A組は机の前で盛大にひっくり返った。

 最近うちのクラス、ユーモアに磨きがかかってきた様な気がするのだが、俺のせいか?

 

「あんな説明会までしてー!?」

 

「でも全寮制になった経緯から考えたら、そうなるか……」

 

 俺の後ろで席に座り直した切島が大きく項垂れる。その目の前では机にヘバり付いていた上体を起こし、肘を当てて頬杖をつきながら珍しく冷静に分析していた。

 

「ざまァッ!!!」

 

「参加できないからって……!」

 

 仮免を持たない爆豪の包み隠す気のない感想に、言葉に葉隠が呆れながら席に座り直す。

 

「……が、今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針として『インターン受け入れの実績が多い事務所に限り、1年生の実施を許可する』という結論に至った」

 

 そこから付け足したみたいに相澤先生の話が結論を迎えると、さっきまでご機嫌だった爆豪がカチンと不機嫌になり、そんな彼を無視してクラスメイト達は職場体験で自分の行っていた事務所の話を始めた。

 たぶん、ほとんどのクラスメイトの事務所は条件を満たしていない。俺も早めに行動を起こす必要があるかもしれないが、まずは午前中の授業を終わらせよう。

 

 

 

 

 

 その日のお昼休み。峰田が携帯電話を俺の机の上に置いて、頭を抱えていた。

 

「くっそ〜〜っ、ダメだっ! マウントレディの事務所に電話したけど……やっぱインターン経験がないから受け入れが出せないってよっ!」

 

「そっか……仕方ないよ……」

 

 俺も彼に対して慰めるように声を出す。どうやら峰田、ダメ元で彼女の事務所へと連絡してみたそうだが、特例はなかったようだ。

 

「学校側からガンヘッドさん、インターンの実績が少ないからダメやって言われた……」

 

「私も……セルキーさんの所に行きたかったわ……」

 

「フォースカインドさん、インターン募集してねえんだもんな……」

 

 麗日、蛙吹、切島を筆頭に、ほかのクラスメイト達の結果も良くはない様子。

 

「つうか、元から敷居が高いんだよ……」

 

「インターンの受け入れ実績があるプロにしか、頼めないからな……」

 

「せっかく仮免手に入れたのによ……」

 

 瀬呂や上鳴も職場体験での事務所からの結果は乏しいようだ。2人の言葉に峰田も俺の机に飛びついて、顔を机の縁に当てながら残念そうな顔をする。

 

「切裂、お前どうするんだ? プッシーキャッツの方は」

 

「……っ!」

 

 轟の何気ない台詞で、俺がプッシーキャッツ事務所にインターンする事に危機感を抱いているのか、芦戸が黒目を広げてこっちを見てきた。

 だが、俺は尋ねてきた彼に対して首を横に振る。

 

「ううん……あの事務所、山岳救助メインだから……できればヴィラン退治に熱入れてる事務所がいいんだけど……」

 

「そうか……俺が仮免持ってれば、峰田と一緒に親父の事務所推薦できたかもしんねえが……悪いな……」

 

「いいって轟くん」

 

「仮免補講、頑張れよっ!」

 

 さすがに自分が参加できずに事務所だけ推薦はできないか、轟が謝ってくるのを俺と峰田で止めた。エンデヴァーの事務所を推薦されても、それはそれで困ってしまうのだが。

 

「ホッ……」

 

「そうですわね……事務所で特色も変わりますもの……」

 

 小さく息を吐く芦戸に、八百万まで口元に手を当てながら今回のインターンの敷居の高さを話している。

 

「ちょっと勿体無い気もするけどね……」

 

「ラグドールさん、悲しむんじゃねえ───っ!?」

 

 気を遣った尾白がそう言った直後に、ラグドールさんの話を出そうとした砂藤が芦戸に睨まれた。

 

「俺達は必須科目も多い。学生の本分である勉学と両立も中々難しいだろう。誘いがあるからと言って、無理に参加する必要はないと思うぞ」

 

「うう……そうだよね……」

 

 飯田の言葉に怯んだ葉隠に連れられて、周りのクラスメイトの何人かもこの学校の勉強量を想像してインターンを諦めたか、話を止めて散り散りになり始めた。

 だが、それでも俺はインターンを諦めてはいない。

 

「………………」

 

「だいぶ悩んでるな……」

 

「俺も……どうすっかな……」

 

 峰田の前で、俺と切島は悩み続けていた。

 

 仮にマウントレディからインターンの誘いが来ても、俺は断るつもりでいた。

 

 

 

 

 

 次の事件は今までの事件みたいに、待っていて巻き込まれるモノではない。

 

 

 

 

 

 最善は誰も死なさず、通形先輩に被害を出さない事。

 

 トガちゃんと話もしているから、敵連合もソコにはいるだろう。交戦するかは別として。

 

 どうして、そこまでして次の事件に関わりたいか。

 

 

 

 

 

 それは、奴等の作っている物がどうしても必要だからだ。

 

 

 

 

 

 アレがあれば、死柄木やそれ以上のボスが現れたとしても、致命打を与える事ができる。

 

 個性を消せる、あの弾丸を。

 

 この事件が解決してしまったら、もう2度とその弾が作られる事はないし、そもそも作らせない。

 

 トガちゃんと一緒に生きる世界にするためにも、事件の後に残った弾丸を回収するか、あるいはトガちゃんに回収してもらう必要がある。

 

 選択肢は少ないが、選択できる場面が少なすぎる。

 

 そもそも、次の事件に関わるのもひと苦労だ。

 

 通形先輩の事務所は緑谷が行くのだが、あの事務所のプロヒーローを説得させるのは絶対無理として、次の事件に関わる残り事務所は2つしかない。

 

 緑谷は昼休みに入るなり教室から出ていった。彼が通形先輩の事務所に招待されるまで、もうすぐだろう。

 

 俺は行動を起こした。

 

「俺……波動先輩と天喰先輩にインターン推薦してもらえないか、聞いてくる……!」

 

「あッ、切裂! なら俺も行くっ!!」

 

「オイラもっ!」

 

 波動先輩の事務所はダメ元。可能性があるとすれば、天喰先輩のインターン事務所だ。

 

 俺の言葉にすぐさま反応した切島と峰田の2人と一緒にドアを出ようとすると、そのドアは勝手に向こうから開いた。

 

「やあっ!」

 

 

 

「「「通形先輩!?」」」

 

 

 

 見上げるぐらいには身長の高い通形先輩の姿に、俺と切島と峰田は思わず立ち止まる。

 

「緑谷に何か用ッスか?」

 

「見てないよな?」

 

「お昼始まってから、オールマイト先生の所に行きましたけど……」

 

 なんとなくだったが、先輩と緑谷との接点が大きいように感じた俺達3人は、無意識に彼の所在について教えようとしていた。

 

 だが、先輩の答えは俺の予想を大きく外れるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切裂くん! 君、インターン興味あるよね!? 俺が紹介するからウチに来てよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?! ぇ……いや、はいッ!?」

 

 陰鬱としていた教室内に、俺の素の叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 次回『イレギュラーの真価』

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