切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第三十話

 

 

 

 

 

 週末、土曜日課のある雄英の数少ない休日で、俺と緑谷は制服姿で朝から学校を出ると、待ち合わせた通形先輩に引率されながら電車で1時間の所にある『サー・ナイトアイ』の事務所へと向かっていた。

 

「それにしても、切裂くんも一緒だったなんて、びっくりしたよ!」

 

「俺もだよ、緑谷くん」

 

「仲が良いんだね2人とも! 雰囲気も少し似てるよねっ!」

 

 駅から出て道を歩きながら緑谷と話をしている俺に、通形先輩から似てると言われて彼の方を見るが、とてもソックリとは思えない。テキトーな事言ってると思った。

 

「でも、切裂くんはどうして『ナイトアイ』の事務所に? 君も通形先輩に頼んだの?」

 

 緑谷が俺とインターンが被っている事を知らされたのは今日。お昼休みの時の先輩の訪問は、俺の了諾を得たら校内放送で呼ばれてしまったので、かなりアッサリと終わったのだ。

 たから、俺は緑谷がオールマイトと通形先輩と話し合う光景を見てないし、通形先輩もなぜか緑谷に俺の事を話さなかったのだ。サプライズのつもりだったのか。

 

「ううん、俺は……なんていうか、ちょっと……」

 

「?」

 

 単純に通形先輩に誘われたから賛成してしまったのだが、理由とかを全く聞いていなかった俺は言葉を濁す。峰田や切島も俺を羨ましそうに見ていたが、流石に3人も推薦はできなかったのか先輩は申し訳なさそうに謝っていたのを思い出した。

 切島はたぶん史実通り天喰先輩の所に行くだろうが、今回峰田は事件に不参加だろう。仕方ない。

 

「ココがサーの事務所だよね」

 

「…………!」

 

「おお……」

 

 そんな事を話している間に先輩の引率で、とうとうサーの事務所の目の前へと到着した。

 

「おいおい角張るなよ。よくないぜ?」

 

 少し緊張気味な緑谷の肩に先輩が手を押さえて、落ち着かせようとする。

 

「言いそびれてたけど、サーはとても厳しいんだよね」

 

「存じております! 自分にも他人にも厳しく、ストイックな仕事が有名なヒーロー! テレビ出演した時、モニター越しでもあの鋭い眼差し! ゾワッとしましたよ!」

 

 オールマイトの元サイドキックであるという『サー・ナイトアイ』 俺もメディアで何度か見た事あるけど、確かに仕事人みたいな雰囲気が醸し出ていた。厳しそうだけど、滅茶苦茶事務仕事得意そうなヒーローだ。

 

 個性も強い。それこそ、彼が生き続けていれば、いろんな人の運命を変えられるかもしれないぐらいに。

 

「それもそうだけどね……サーにはメディアと違う、もうひとつの顔がある。君達が門前払いされたくないのなら、これからサーと会って話し終わるまでに……」

 

 そこまで言って、通形先輩は俺達2人に真顔でこちらを向いた。

 

「必ず1回、サーを笑わせるんだっ!」

 

「………………」

 

「へ? な……なんですか、それ!? 笑わせるっ!?」

 

 いきなり突拍子もない事を頼まれて、緑谷の頭から何個もクエスチョンマークが溢れ出している。あの堅物っぽいヒーローを笑わせようなんて、考えても実行するヤツはいないだろう。

 

「サーは、ああ見えてと言うか、だからこそと言うか、ユーモアを最も尊重してるんだ。俺ができるのは紹介までで、君達を使うかどうかはサーが決める。俺も協力してやりたいけど、ここからは君達2人でサーに認めてもらうしかない」

 

 そう言いながら事務所の中へと入ってサーの部屋が着々と近づいていく中、緑谷は考え事をしながら大きく俯いてしまった。

 

「どうしよう……前に寮で切裂くんが『2億4千万の瞳』流しながら雄英の先生達やかっちゃんとかのモノマネを片っ端からやってたの見た時は、みんな過呼吸になるほど笑い転げてたけど、僕には……っ!」

 

「なにそれ超見たい!」

 

 緑谷の独り言に、前を歩いて階段を上っていた通形先輩がこれ以上ないぐらい目を輝かせて反応しながら、後ろ歩きで階段を上がりながら俺と緑谷を交互に見てきた。

 

 夏休みの圧縮訓練中、娯楽は部屋でしかほぼ完結していなかったのが原因か、寮暮らしになってからみんなでバカみたいな事をするのが日常茶飯事になっていた。ここ最近のグループメッセージも、カオスそのものである。

 

 個人的には、ヒーロー公安委員会の『目良さん』のモノマネで全員抱腹絶倒させたのは、達成感が良かった。隣のB組にも大好評だったし、爆豪も我慢できなくて必死に肩振わせてたのも記憶に新しい。なにせ自分でも満足するぐらい、渾身の出来栄えだったからな。八百万なんて紅茶を鼻から逆流させて、なぜか俺が怒られたのも面白かった。

 確かに『2億4千万』をやればサーも評価はしてくれるかもしれないが、その前に緑谷で笑わせないと彼が地獄を見る事になる。何も考えずに発動できる作戦ではなかった。

 

「今更ですけど……会ったばかりなのに先輩はなんで良くしてくれるんですか?」

 

 緑谷の質問に、階段を上り終えた先輩は廊下の通路を歩きながら答える。

 

「別に良くしてる気もないけどね。君はメチャクチャな目標を持って、それを実現しようとしてる。困ってる人がいたら、お節介焼いちゃうのはヒーローの基本だろ?」

 

 彼の言葉に緑谷は思わず笑顔を見せる。オールマイトも同じ台詞を言って、緑谷自身も同じ台詞を言った事があるからだ。

 

「そういえば、切裂くんは?」

 

「え?」

 

 いきなり先輩に質問を振られ、俺は間の抜けた返事をする。

 

「君はどんな……どういうヒーローになりたいんだい?」

 

「俺は……」

 

 横顔で俺を見ながら尋ねてくる先輩に、俺は少し考えてしまった。

 

 俺のヒーローの原点は、トガちゃんだ。

 

 彼女を助ける。彼女のためのヒーローになる事。

 

 それをそのまま言う事はできないが、先輩が求めている答えも、俺が掲げなきゃいけない目標も、少し違う。

 

 いつも目的だけが定まっていて、自分の事が後だった。

 

 トガちゃんのための、明るくて優しい世界を作る。

 

 そのために俺がなるヒーローとは……

 

「……どんな人でも、どんな個性の人でも……ヒーローになれる事を証明できるような、ヒーローです……!」

 

「切裂くん……!」

 

 それは、無個性だった彼にも響いたのか、緑谷が俺の名前を無意識に呼んでいた。

 

「ふふっ、君の目標もだいぶメチャクチャだねっ! やっぱりソックリだよっ!」

 

 そう言ってグッドサインを送りながら、通形先輩は笑っていた。

 

「さて……あのドアの先だ。強くなりたいなら、己で開け……!」

 

「「はい!」」

 

 廊下を突き当たったT字路の目の前にある、窓の無い換気口付きの普通の扉。先輩が指差した目の前へと、俺と緑谷は前に出る。

 

「うん……!」

 

「うん……!」

 

 緑谷も、俺の2人ならと案外早く覚悟を決め、彼がそのドアノブを握りしめる。

 

 そして、最後にお互い顔を見合わせてから、緑谷はドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーーはっはっはっははははははwwwwww!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に聞こえたのは、女の笑い声だった。

 

「は?」

 

 部屋に入った瞬間、緑谷の間抜けな声が響く。

 

 常夏の海を思わせる綺麗な青い肌と、群青の麗しいショートヘア。下乳丸出しヘソ出しといった露出度の高い格好。童顔混じりの顔全体を覆う透明な酸素マスクを着けた女性が、寝具を縦にした台で固定されて、機械仕掛けの猫じゃらしでくすぐりまくられている。

 

「全く……大きな声、出るじゃないか」

 

 そんな彼女の目の前では、黄色のブチ眼鏡をかけ、黒髪に金のメッシュをかけた長身で、グレーのスーツを着たリーマン姿の男がいた。

 

「あははははははっっwwwwww!!!!!! ゆっ、ゆるっ、ゆるるっ、許してくださっwww!!?!! やめてっ、やめ……やぁっwww!!!!!!」

 

 涙が出るぐらい笑わされている女性の姿に、緑谷の思考が停止している中、俺は部屋の中へと入ってリーマン姿の男を目で捉えた。

 

 

 

 さあ……ユーモアにおいて、ツカミは大事だ。

 

 

 

 俺は大きく息を吸い込み、事務所の外にも聞こえるぐらいの勢いで、ありのままに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真ッ昼間から痴女と紳士がベッドでハードプレイしてるーーーーーーーーッッッッ!!!?!!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇぇェェェェェェェェッッッッ!!!?!!!!!」

 

「いきなりトバすねぇ切裂くんッ!?! 俺もビックリだよッ!!!」

 

 俺の全身全霊のツッコミに、緑谷が我に返って驚くのと同時に通形先輩もビクリと体を飛び上がらせて慄いた。

 そんな俺の大音量の声に、それまで女性の方を見ていたサーがユラリと頭を動かしてこちらに目線を逸らすと、彼の黄色い眉毛がピクリと動いた気がするが、まだ笑うには程遠い。それよりも、どうやら彼の髪の毛は黄色のメッシュを入れているのではなく、地毛が黄色でメッシュが入っているように見せるべく、大部分を黒く染めているのに気付いた。

 

 そのまま俺は向こうの反応よりも早く、深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「雄英高校1年A組『切裂 刃』です! 俺にもヤラせてくださいッ!!!」

 

「おっ、おおッ、同じく『緑谷 出久』です! 僕にもヤッてくださいッ!!!」

 

 

 

 

 

 俺の勢いに緑谷が乗った。コレで笑わないと、かなりキツい。本当に『2億4千万』を切らなきゃいけなくなる。

 数秒の間が空いた直後、頭を下げていた俺達2人に対して、サーが動き出した。

 

「……フッ、いいだろう。ユーモアの波に乗る技能と胆力は有しているようだ」

 

 俺達を見て鼻で笑ったサーが、笑っている女性をくすぐっていた猫じゃらしの機械を止めると、今度は体ごと俺たちの方へと対面してみせる。

 

 

 

 

 

「貴様を待っていた切裂 刃……いや『イレギュラーヒーロー』ブレイズ……!」

 

 

 

 

 

「え?」

 

「待っていた……?」

 

 その言葉に、俺は思わず下げていた頭を上げる。隣の緑谷も同様だった。通形先輩の方を見たが、彼にもわかっていない顔をしていた。

 

「貴様を指名したのは他でもない。貴様の個性や今までの働きに我が社での有益性を見出した訳でもない」

 

「「?????」」

 

 つまり、俺がこの事務所に来れたのは、通形先輩が俺を推薦したのではなくて、サーが俺を指名したからという事になる。

 

 え、なんで?

 

 緑谷も先輩もよくわかっておらず、俺もますますワケがわからなくなりそうだった。

 

 だが、その謎はサーの言葉によって、一気に崩壊する。

 

 

 

 

 

「数日前に貴様は通形ミリオと手合わせしたな?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

「は、はいっ!」

 

 たぶん、俺に向かって話しただろうに、隣の緑谷が返事をした。

 

 なんで知っているのか。

 

 俺達にインターンの説明会があるのを、先輩から聞いていたのだろうか。

 

 そんな事は、一瞬でどうでもよくなり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭で考えるよりも早く……凄く、嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーは緑谷の返事も無視して話を続けた。

 

「あの日、私は前もってミリオの未来を『予知』していた。彼は雄英生から傷ひとつ負う事なく圧勝する未来を私は視ていた……!」

 

「えっ!?」

 

「はっ!?」

 

「ッ!?」

 

 その言葉に緑谷のみならず、通形先輩まで驚きを隠せなかった。

 

 そして当然……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どくり……と、今までにないぐらい俺の心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だがミリオは貴様に3度もの傷を負わされ、試合を中止に追い込んだ。私の38年間視続けてきた未来が初めて変わった……いや変えられたのだ……!」

 

「はいっ!?」

 

 サーの続く台詞に、いつの間にかベッドの拘束から解放された青い女性まで、信じられない物でも見たかの様に俺の方を見て驚いていた。

 

「更に昨日はバブルガールを『予知』して貴様等の入室する未来を視た。『くすぐりマシーン』に拘束されている彼女から、緑谷 出久がセンスの無いオールマイトの顔真似をする様子を私は視ていた……!」

 

 そう言いながら話すサーの声は今までにないぐらい、ズッシリと力のこもった話し声に俺は聞こえた。

 

 サーの長い足が動き、彼が俺に近づいてくる。

 

 緑谷も先輩も、俺から少しずつ後退りしていく。

 

 俺は真正面から、2メートルぐらいはあるサーの顔を見上げた。

 

「『イレギュラー』……その意味は『不規則』『変則的』……その名乗りに恥じない存在だ。だからこそ私は聞きたい」

 

 そうして彼は目の前まで大きく歩み寄ると、俺の顔に向かってゆっくりとその手を伸ばしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様は何者だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 短絡的に考えるならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず『僕のヒーローアカデミア』に本来『俺』は存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼に視えているのはおそらく史実の未来か、それとも史実に限りなく近い未来だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だとしたら、この人に『青山』は視えているのかどうかは気になったが、今は関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が起こした行動と結果はほとんど史実とは外れる行為。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、バグとなって彼の個性に引っかかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやって俺の存在を知ったのかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、彼の口から『青山』を連想させる台詞は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あり得るとするなら、オールマイトと俺が一緒に映っている、体育祭だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がかりは一瞬にして溢れ出したが、それどころじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それよりも、敵連合のトガちゃんと繋がっている俺は、彼に未来を見られてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は身を引いて、眼前に迫った彼の手を避けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺には……未来はありません」

 

「き、切裂くん……!?」

 

 俺の言葉に緑谷が驚き、サーの伸ばしていた手がピタリと止まる。

 

「過去もありません……!」

 

「………………」

 

 サーは相変わらずの冷たい表情で、ジッと俺を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

「ただ、この瞬間だけを生きる! そういう存在です……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フッ、フフフッ! そうか……!」

 

 サーが、笑った。

 

 緑谷が、驚いていた。

 

 先輩も、女性も驚いていた。

 

 俺も、呆気に取られた。

 

「そういう考え方もあるか……! フハハハっ、ハハッ!! ハーーっハッハッハッハハハハっ!!!」

 

 そのまま彼は原作でも見た事ないような、メガネを押さえながら大笑いをし始める。

 

 その様子に俺も緑谷も、バブルガールも通形先輩すらキョトンとしていた。

 

 そうしてサーは笑いを落ち着かせながら、俺達に背を向けて自分のデスクの椅子へとついてみせると、両手を目の前で組みながら俺の方を見て招いた。

 

「貴様を雇用する有益性は皆無に等しいが、私は貴様に個人的な興味が湧いた。通形からインターンを希望していると話は聞いている。貴様を歓迎しよう切裂 刃…………学校からの契約書は持っているな?」

 

「は、はい……!」

 

 俺が慌ててスポーツバッグの中から定められた書類のファイルを取り出すと、隣の緑谷が困惑しながらサーに問いかける。

 

「あ、あの……僕は……?」

 

「人が話をしている時に遮るな。貴様には別の話と実技試験がある」

 

「は、はい……え、しっ、試験!?」

 

「同じ事を何度も言わせるな」

 

 そう言って緑谷を黙らせた彼は、俺の差し出した契約書へ持っていた印鑑を普通に押してくれた。

 そうして俺の契約書を片付けたサーは、再び椅子から立ち上がる。スーツのシャツを留めている、赤地に白玉模様のネクタイが可愛らしい。

 

「他の者は退室していろ。貴様もだ」

 

「「「あっ、はい……」」」

 

「元気がないな?」

 

「「「イエッサー!!!」」」

 

 本当に採用されたのか実感のなかった俺は、まだ呆然としていた通形先輩と女性の2人と仲良く声を揃えて、彼に元気の良い返事をした。

 

 

 

 だが、間違えた。

 

 

 

「貴様何故此処の事務所での私に対する返事が解った?」

 

「あっ!? いや……なんか雰囲気で……言っちゃいました……!」

 

 本音は知っていた半分、残り半分は林間合宿でプッシーキャッツの個性強化訓練中も同じ返事だったから反射的な反応だったのだが、この時の俺はそこまで頭が回っていなかった。

 まるで何を考えているのか読めないサーの視線が、俺をジッと見抜く。

 

「………………貴様に益々興味が湧いたよ切裂 刃。行け」

 

「………………」

 

 もはやひと言発するのも恐れた俺は、無言のまま通形先輩とバブルガールの2人と一緒に退室した。

 で、部屋から出て扉を閉めるなり、先輩のテンションの上がりまくった声が廊下に響き渡る。

 

「やったね切裂くんっ! サーにあんなに気に入られる人なんて俺、見た事ないよっ!!?」

 

「ホントびっくりよっ、まったくもう! あたしゃウラヤマですよ、ウラヤマ!」

 

 肩を掴まれてグワングワン揺さぶられる俺に、隣のバブルガールが子供っぽく頬を膨らませているが、それよりも先に2人へ釘を刺しておく事が生まれた。

 

「あの、さっき聞いた事……事務所の人以外、誰にも話さないでもらえますか?」

 

「もちろんよっ! サーの個性の発動条件だって社外秘なんだから、そこは信頼してちょうだい!」

 

 下乳丸出しなバブルガールのドンと胸を張る行為に視線が奪われそうになるものの、すぐに先輩が俺に質問してくる。

 

「それにしても、サーの視た未来を変えれる人なんて、初めてじゃないかな?」

 

 どこか話の雰囲気が軽いのも、個性なんて能力があるからそこまで不思議に思っていないのかもしれない。深刻に考えているのは、もしかして俺だけなのか?

 

「なにか関係のある個性なの?」

 

 ひとまず部屋の前から別の場所へと歩き始めたバブルガールの質問に、俺は首を横に振る。

 

「ううん。ただの超攻撃的な個性です」

 

 そう答えて俺は歩きながら片手を刃にしてみせると、彼女は「ヒエッ」と驚いてしまった。

 

「俺に傷をつけた後輩なんですよっ、実力も折り紙つきですっ!」

 

「ミリオンに傷をつけるって……ホントに規格外な子……!」

 

 先輩のあだ名なのか、そんな呼び名で先輩を呼んだバブルガールが、益々驚きながら俺を見てきた。

 

「でも、そうなると不思議よね。いったい何が原因なのかしら?」

 

「行き当たりばったりで生きてるからかも……」

 

「タッハー!」

 

 俺のいい加減な答えに通形先輩は頭を押さえて笑っていた。

 

「まあ、それはともかくとして……私はナイトアイ事務所サイドキック『バブルガール』よ。よろしくね!」

 

「雄英高校1年A組、切裂 刃。ヒーロー名は『ブレイズ』です。よろしくお願いします」

 

 事務所休憩所内に設置された自販機の前で軽く彼女とも握手と挨拶をして、俺と先輩達の話は部屋に残された緑谷へと都合良く移っていった。

 

「しかし緑谷くん、どんな試験してるんだろうね?」

 

「ミリオンも実技面接なんて、やってないものね?」

 

「はい。俺もサーの指名でしたから」

 

「いいわね〜ふたりともっ、気に入られてんのよっ! もうっ!」

 

 ここの事務所に入るには相当な苦労があったんじゃないだろうか、バブルガールは嫉妬している表情で俺と先輩を交互に見る。なんで彼女がサーの事務所に憧れたのかも、少し気にはなった。

 

「てか、さっき何やってたんですか?」

 

「あー、えっとね……サーって常に笑顔を大切にしてるから……私の緊張をほぐすためにやってるの、アレ……」

 

「よかった、サーの趣味じゃなかったんですね」

 

「ダッハ〜! まあ趣味と言えば趣味なんだよねっ! 俺もやられた事あるけど、結構苦しいんだよねっ!」

 

「君も気をつけなよ? 私もいまだにサーのプレッシャーに慣れないんだから……!」

 

「大丈夫ですっ、そしたら今度バブルガールがしくったら俺にヤラせてください!」

 

「イヤっ、好きでヤッてるワケじゃないのよっ!?」

 

「そんな格好して何言ってるんスかっ! なんですかその下乳! 誘ってるんスか!? 俺達ャ性欲真っ盛りの男子高校生ですよ!!? 通形パイセンなんて……『素直に勃起だよねっ⭐︎』って言ってましたよ!!」

 

「ぼっッ!? ブッ、ぶぅっwww!」

 

 俺は指を額にコンコンと当てながら、通形先輩の声を真似してみせる。ユーモア第一のサーの事務所に所属するだけあって沸点は低いし、そんな格好してる以上セクハラにも耐性あるのか、堂々と下ネタを言い放った俺の目の前でバブルガールは笑い出した。

 

「切裂くんッ!!? ユーモアはもういいんだよっ! ブレーキ踏んでっ!?」

 

 そして、勝手に真似された上、風評被害まで浴びせられ慌てふためく先輩に対して、俺は彼を無視して思考する。

 

 今、緑谷は史実通りなら印鑑の奪い合いをしているハズだ。

 

 印鑑は奪えないが、結果として緑谷はサーの事務所に所属できる。それはオールマイトから譲渡された『ワン・フォー・オール』を諦めさせるための採用だ。

 なぜなら、サーは通形先輩こそが次の平和の象徴に相応しい相手だと確信しているから。確かに、この人の性格や実力なら、サーの提案は間違っていないかもしれない。

 無論、俺は緑谷が次の平和の象徴になれると確信している。たからサーの意見を全て受け入れるつもりはないが、それよりもこの事務所に所属できた以上、俺は上手い事やらなくてはならない。

 サーは完全に、俺の異質さに気づいている。それがどこまでなのかはわからないが、下手に尻尾を掴まれるワケにはいかない。

 

 

 

 でも、それでも、俺はあの人を救いたい。

 

 少女の方は緑谷がなんとかする。俺はイレギュラーとしての最善を尽くす。

 

 

 

 俺のせいでサーは緑谷の体に触れて目を合わせるタイミングを失ったが、通形先輩に伝授させるだけの素で先手を読む技能があれば、なんとでもなるだろう。

 

 でも、もうそうだとしたら……

 

 

 

 

 

 サーは緑谷が『浮遊』を使える未来を視れたのだろうか?

 

 

 

 

 

 そんな事を考えていた数分後、ちょっと制服をボロボロにしてきた緑谷が俺達の集まる休憩所へと入ってきた。

 

「緑谷くん!?」

 

「どうだった?」

 

 先輩と俺の問いかけに対し、緑谷は握りしめていた拳を開いて見せると、そこには朱色の染まった手の平に黒の印鑑があった。

 

「な、なんとか合格したよ……」

 

「おおっ! おめでとう緑谷くんっ!」

 

「あなたもこれからよろしくねっ! あともう1人サイドキックいるんだけど……今ちょっと取り込み中でね……」

 

 バブルガールの挨拶も合わせて、ひとまずサーのいる事務室へと戻った。

 さっきよりも少し散らかってはいるが、周りにあるオールマイトグッズは無傷の部屋の中、話もまとまった俺達はサーの指示の下、翌日から仕事が始まると日程を軽く聞いて、今日は学校へと報告もあるため帰る事となった。

 俺達が部屋を出ていくまで、サーは終始冷静な態度を崩さなかったが、内心どうだったのかは最後まで読み取れなかった。

 

「……モノマネメドレーに通形パイセン追加しよ」

 

「ゴメン切裂くん、そのネタ貰っても良い? 僕もメドレー考えるから……」

 

「いいよ」

 

「ちょっとー!? ソレ俺が言ったセリフじゃないからねっ!? 絶対ダメだからねっ!!?」

 

 フリなのだろうか。俺と緑谷の会話に慌てる通形先輩の声が事務所の廊下内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 そんなこんなで無事に採用が決まった、翌日のインターン活動1日目。

 

 俺と緑谷は今日も通形先輩に引き連れられて、ヒーローコスチュームを着て最初の事務室に集合していた。職場体験と違って本格的な仕事になるから、今日の迷彩服は無難に灰色の都市迷彩にした。

 

「本日はパトロール兼監視。私とバブルガール、ミリオと緑谷と切裂の二手に分かれて行う」

 

「監視?」

 

 パトロールはまだしも『監視』と聞いて、隣の緑谷が疑問の声を出す。

 

「ナイトアイ事務所は今、秘密の捜査中なんだよ」

 

 今日も南半球が眩しいバブルガールの説明を聞くと、まるでヒーロー事務所と言うより探偵事務所みたいだった。それはそれで、俺はテンション上がるが。

 

「『死穢八斎會(しえはっさいかい)』と言う小さな『指定(ヴィラン)団体』だ。此処の若頭、所謂ナンバー2である『治崎(ちさき)』という男が妙な動きを見せ始めた。ペストマスクがトレードマークだ」

 

「マスク、怖っ!?」

 

 メガネを押さえながら説明するサーの手元から、新聞の資料と一緒に治崎の横顔の写真が出される。カラスの嘴みたいな形に動物の皮や金属の部品で補強した、クソ目立つペストマスク。写真は盗撮したものっぽいが、こんなマスク着けてたら誰も近寄らんだろう。

 

「でも……指定敵団体って警察の監視下にあるから、おとなしいイメージがありますけど……」

 

「過去に大解体されてるからね。でも、この治崎ってヤツはそんな連中をどういうワケか集め始めてる……最近あの敵連合とも接触を図ったわ」

 

「敵連合……ッ!?」

 

「その内容、詳しく知れませんか?」

 

 その台詞に緑谷がいち早く反応し、俺はバブルガールに情報を求めた。

 

「顛末は不明だけど……ヤツらのアジトだったと思われる現場から人間の手の欠損部位と、血を拭った後が発見されたから、何か争いがあったと思われてるわ」

 

 つまり、向こうの状況は史実と概ね変わっていない事となる。八會斎はトガちゃんを手駒として指名することハズだから、上手く取り付いてくれたと思いたい。

 

「人間の手って……!」

 

「ただ、奴が何か悪事を企んでいるという証拠を掴めない。その為に八斎會は黒に近いグレー……ヴィラン扱いが出来ない」

 

 緑谷はバブルガールの情報に少し驚いているも、サーの続く説明を聞きながら俺の顔を見て唾を飲み込み、冷静な顔に戻る。大方、敵連合に一度瀕死の重傷まで追い込まれた俺が再戦に燃えているんだと思っているのかもしれないが、残念ながら違う。

 

「我がナイトアイ事務所が狙うのは奴等の尻尾。呉々も向こうに気取られぬ様に……!」

 

「「「「イェッサー!」」」」

 

 俺、緑谷、通形先輩、バブルガールの気合いの篭った返事で、今日の任務が……

 

 いや、長くなるインターンの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 パトロールが始まって数分後、俺は親子連れの子供をあやしていた。

 

「ぶれいず、またね〜♪」

 

「気をつけてね〜!」

 

 母親と手を繋ぎながら手を振って歩いていく子供を見送って、俺は少し立ち止まっていた緑谷と通形先輩の2人と合流する。

 

「やっぱスゴいね切裂くんっ!」

 

「噂には聞いていたけどっ、子供のハートを掴むのが得意なんだねっ!」

 

 俺は緑谷に子供に対するファンサの方法を教えながら、八斎會の周辺地域のパトロールに専念していた。

 

「君もパトロールぐらいは職場体験でもやってるよね? あっ、敵連合の襲撃がトラウマ?」

 

「いえ……諸事情あって、基本活動未経験なので……」

 

 グラントリノに職場体験行った時はワン・フォー・オールを鍛えてばかりだっただろう。最初は緊張していたのかガチガチに動いていたが、なんとか慣れさせた。

 

「へえ、かわってんね。でも大丈夫っ、今回実際にホシを監視するのはサー達で、俺達はパトロールっ。色々教えるよっ!」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 昨日の制服と違って、胸元に『1000000』と数字が描かれた白いヒーロースーツに赤いマントを靡かせ、顔には黄色いバイザー付きの白のヘッドギアを装着したヒーローコスチュームの通形先輩が、自信ありげに胸を張ってグッドサインを緑谷に送る。

 彼のヒーロー名は『ルミリオン』 全てを意味する『オール』ではなく、100万の『ミリオン』を救う人間になれるように命名したそうだ。

 そんな彼を見て歩きながら、俺はふと思った事を彼に呟いた。

 

「……そう言えば、緑谷くんと外で一緒って、あまりなかったね」

 

「そ、そうだね……! 放課後の特訓の時は多かったけど、なんか新鮮かもっ!」

 

 これまで主人公である彼とはいつも別行動だった気がする。いつも彼が成さなくてはならない事を任せ、俺はその裏で最善を尽くそうとしていた。

 

 今度の事件はどうなるだろうか。

 

「へえ! 2人とも特訓してるんだ!」

 

「切裂くんには、いつも敵わないんですけどね……」

 

 関心する先輩に対して少し恥ずかしそうに頭を押さえて話す緑谷は、どこか嬉しそうだ。そして特訓の話を聞いて、俺は彼にとって重要な事を思い出した。

 

「緑谷くん、麗日ちゃんと浮遊の練習の話した?」

 

「あっ、そう言えばしてないや…………でも、おんなじ動きをするのなら、経験の豊富なグラントリノに聞こうかなって思ったんだけど───

 

 

 

 

 

 その答えに、俺はキレた。

 

 

 

 

 

「絶対に麗日ちゃんに聞いてッ! てか、聞けッ!!」

 

「きっ、切裂くんっ!?」

 

 せっかく同じ事が出来るようになった緑谷に、先輩との手合わせの後に真っ先に彼へと向かって目を輝かせていた麗日の瞳を、俺は忘れてはいない。

 

「君の浮遊は麗日ちゃんみたいな無重力に近いんだから、彼女に聞くべきでしょ! それに、あのおじいさん、忙しいんじゃないの!?」

 

「そ、そうだね……っ! き、聞いてみるよ!」

 

「タッハー! 君も相当な、ヒーローの資質があるねっ!」

 

 俺の圧に完全に押されていた緑谷の後ろで、通形先輩が天を仰ぎながら笑っている。つまり『お人好し』と言いたいのだろう。

 特訓の話もひと段落して、俺は再び2人と仲良く歩き始める。途中、体育祭で俺と緑谷を知っている一般人から声をかけられ、適当に手を振って返事をした。

 

「それにしても……今回は普通に終わるといいな……」

 

「職場体験も林間合宿も、大事件起こしてから合流してたもんね」

 

 まだ不安は拭えないのか、俺の言葉に緑谷は口元に手を押さえながらその視線を少し下ろす。

 

「でも、それだけ事件に巻き込まれるなら、今日は逆に何も起こらないかもね!」

 

「確かに……そうかもしれません……!」

 

 通形先輩の言葉に、少しだけ緑谷の表情は明るくなった。確かに毎回大事件に巻き込まれるなんて、運命でもなければ起こらないに決まっている。

 

「八斎會の事は気になるけど、今日は気楽にいこうよ緑谷くん」

 

「うん……今日は普通にパトロールするぞっ!」

 

「ウンウン! ヒーローだって、平和である事が1番だよねっ!」

 

 

 

 

 

「「「アッハッハッハッハハハハハハっ!」」」

 

 

 

 

 

 俺は緑谷と先輩と一緒に大笑いしながら、大通りの道を歩いていた。

 

 だが、一読者である俺から心の中で叫ばせてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなワケないだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメじゃないか、壊理。勝手に走っちゃ」

 

 数分後、俺達は件の治崎と遭遇した。写真で見た不気味なペストマスクだから、間違えるハズなかった。

 

「ウチの娘がすみませんねヒーロー。遊び盛りでケガが多いんですよ、困ったものです」

 

 治崎は笑ってはいるが、コイツが心の底では笑ってなんかいないのは俺達も理解している。

 そして彼が話しかけてきた原因である、今緑谷がしゃがんで体を押さえている、頭の片側に小さな角が生えてる少女は恐怖で震えていた。

 

「またフードとマスク外れちゃってるぜ。サイズ調整ミスってんじゃないのか?」

 

 通形先輩は感情が顔に出てしまっていた緑谷にフードを被せる。今怪しまれたらサーの任務に支障が出てしまう。

 先輩の行動の隙に、俺はあらかじめ下ろしていたゴーグルの側面に備わった隠しカメラのスイッチをONにして、彼女と視線を合わせて笑顔を見せる。黒のフェイスマスク越しじゃ、逆に怯えるかもだけど。

 

「大丈夫だったかい? ゴメンな、ドンクサいヤツなんだよ。お前も大丈夫だった?」

 

 俺は顔を緑谷に向けた。そして彼と視線を合わせながら腕に手を当てて指から徐々に力を込め、『エリ』と呼ばれた少女に触れていた彼の手を無理矢理離そうとさせる。

 

「ぁ……!」

 

「っ! うぅ、うん! 僕は大丈夫! 本当にケガしてない?」

 

 ところが何を思ったか……いや、緑谷は自分から少女へと触れ、その肩を掴んだ。

 もしいきなり彼女を抱えて浮遊されてしまったら、どうなるかなんてわかったものではない。今はどうしても彼には賛同できないし、余計な行動はさせたくなかった。

 

「こっちこそ、すみませんぶつかっちゃって! その素敵なマスクは八斎會の方ですね? ココらじゃ有名ですよね」

 

「ええ。マスクは気になさらず……汚れに敏感でして…………お三方とも、初めて見るヒーローだ」

 

「そうです、まだ新人なんで緊張しちゃって! さっ、立てよ後輩。まだ見ぬ未来に向かおうぜ?!」

 

 通形先輩が話を伸ばしている間に、俺は緑谷の腕を掴んで治崎にバレない程度に力を込めて、離そうとする。彼と目力を込めて優しく会話もしながら。

 

「ホラッ、お前のせいで怯えちまってるじゃねえかっ。その手を離してやれって……!」

 

「ぁ……ッ! え、えと…………ご、ゴメンね!」

 

 緑谷は笑顔を見繕いながらフード越しに俺を睨みつけたが、容赦なく俺も笑顔で睨み返す。

 

 その視線に折れて、緑谷は立とうとした。

 

 が、今度は少女の手が緑谷のコスチュームの袖を掴む。そして、ほんの小さな、消え入るほどのか細い声で、言った。

 

「いっ、いかないで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷は立てなかった。

 

「どこの事務所所属なんです?」

 

「学生ですよ! 所属だなんてまだおこがましいくらいのピヨっ子でして! 職場体験で色々回らせてもらってるんです! では我々、昼までにこの区画を回らないといかんので……行くよ!」

 

「はい、先輩!」

 

 明らかに警戒している治崎の質問を先輩は上手く回避しながら、俺は先輩に返事をしてそのまま緑谷を立たせようとした。

 

「あっ、あの……娘さん、怯えてますけど……?」

 

 だが、緑谷は動かずにそう呟いた途端、治崎の視線が細まる。

 

「叱りつけたあとなので」

 

「いや、でも……遊び盛りの包帯って感じじゃないですよね?」

 

「よく転ぶんですよ。靴も脱げてしまって……」

 

 余計な勘繰りは危なすぎる。これ以上は我慢できず、俺は緑谷の掴んでいたままの腕に、本気で刃を立てた。

 

「ッ!!」

 

 フード越しに緑谷の表情が歪み、彼の掴んでいた手が離れた。少女の涙が溢れてしまいそうな瞳が見えた瞬間、そこに入れ替わるようにして俺が彼女を見下ろすようにして膝立ちでしゃがみ込んだ。

 

「ゴメンねお嬢ちゃん、俺達これからお仕事なのさ。でも大丈夫!」

 

 そのまま俺は彼女の角の生えた頭を優しく撫でながら、ゴーグルを上げて直接の視線を少女と合わせた。

 

 

 

 

 

「きっとまた会えるよ……! その時にサインあげるね!」

 

 

 

 

 

 そして俺は見上げる少女へ、治崎に見えないように優しくウインクを見せる。そして、その赤い瞳をしっかりと見つめた。

 

「……!」

 

 果たして、こんな小さな子に俺の意思など通じたのだろうか。

 

 少女は緑谷から離れ、治崎の元へと戻った。

 

「何だ、もうダダは済んだのか? すみません、呼び止めてしまって……ご迷惑をおかけしました。では、お仕事頑張って……」

 

「いえいえこちらこそ! お嬢さんにも、よろしくね」

 

 通形先輩の明るい声を背中に受けながら、治崎は少女を連れて再び路地裏の黒い影に消えていく。

 

 そして、その足音が完全に聞こえなくなってから、俺はしゃがんだままその場に尻餅をついてブッ倒れた。

 

「ぶっッ、ハぁァァァァァァァァァァァァッッっ!!!!!」

 

「きっ、切裂くんっ! 大丈夫かいっ!?」

 

 心配してくれた通形先輩に構わず、俺は被っていたヘルメットを投げ捨てる様に外し、冷や汗で浸ったフェイスマスクを剥ぎ取り、大きく深呼吸を繰り返す。

 生の極道なんて一生見る機会なんてないと思っていたが、あのプレッシャーは間近で感じて気持ちの良いものではなかった。あの『エリ』と呼ばれた少女もいた以上、極度の緊張が俺も緑谷も、先輩も包み込んでいたのだ。

 

「ゴメン……ゴメン切裂くん……! 僕は……僕は……ッ!!」

 

「いや……むしろ、ありがとう……耐えてくれて……!」

 

「よく我慢したね2人とも……サーの指示を仰ごう……!」

 

 緑谷は両膝をついてフードを外し、その声を震わせる。俺はそんな緑谷を慰めながら、その隣で初めて聞く真剣な口調の先輩の指示に従い、ひとまずサーと携帯で連絡を取る事となった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 雨も降り始めた大通りの角っこで、俺達はサーとバブルガールの2人と合流した。

 

「すみません、事故りました! まさかあんな転校生と四つ角でバッタリみたいな感じになるとは……」

 

「いや、これは私の失態。事前にお前達を視ていれば防げた」

 

 すぐさま頭を下げる通形先輩を窘めるようにして、サーは手の平を前に出す。

 

「とりあえず無事でよかったよ。ヘタに動いて怪しまれたら危なかったかも」

 

「そんな恐ろしい感じには……」

 

 まだ少し治崎のプレッシャーがわかっていないのか、俺は緑谷に助言する。

 

「緑谷くん。自分自身がイカれ野郎だって理解しているヤツは、まともな人間のフリして一般社会に紛れ込むんだよ?」

 

「その通り。先日強盗団が逃走中、人を巻き込むトラック事故を起こした。巻き込まれたのは治崎ら八斎會……だが死傷者はゼロだった。強盗団の連中は激痛を感じ気を失ったが、なぜか傷1つ無くどころか、持病のリウマチや虫歯など一切綺麗に治っていたそうだ。治崎の個性だと思われるが、結果的に怪我人ゼロの敵逮捕となったため特に罪には問われなかった」

 

「でも、奪われたお金だけはキレイに燃えてなくなっちゃったんだって…………警察は事件性なしって結論を出したけど、どう考えても怪しいって事でナイトアイ事務所は本格マークを始めたの。何考えてるかは分かんないけど、やるときゃやるヤツって事」

 

 サーとバブルガールによる八斎會の説明も相まって、ますますさっきの少女が気になり始める緑谷の隣で、先輩が思い出した様に話し始める。

 

「あっ、そうだサー。ケガの功名と言うか……新しい情報を得ましたよね。治崎には娘がいます……!」

 

「娘……?」

 

「『エリちゃん』と呼ばれてました。手足に包帯巻かれて、何もわからないけど……助けを求めてた……!」

 

 1度少女の体を掴んでいた緑谷は、その手を握りしめながら悔しそうに声を漏らす。

 その言葉に困惑をしていたサーへ、俺が更に言葉を足していく。

 

「サー、俺のゴーグルの隠しカメラがその子を捉えています」

 

「「え!?」」

 

「今見せれるか?」

 

 驚く2人の隣で、俺は頭から外したヘルメットのゴーグルを分離させ、ゴーグルのレンズにそのまま映る画面を側面のボタンで設定し、その動画が流れるようにして彼に渡した。

 

「そう言えば……圧縮訓練の時、発目さんとゴーグルの話してたもんね……!」

 

「うん……動画機能はオマケだったんだけどね……」

 

 緑谷と話す俺の前で、眼鏡を外してゴーグルを顔に当てるサー。少しひょうきんな光景で普段だったら笑ったかもしれないが、今はそんな気分にはなれなかった。

 

「確かに子供…………身長は概ね110cm……白髪……瞳は赤……腕と足に包帯……素足…………張り込みでは1度も見た事がないな」

 

「ごめんなさい……どうにか保護してあげられていたら……」

 

 動画を見ながら冷静に分析をしていたサーに対し、緑谷が悔しそうに呟く。直後、ゴーグルを外して俺へと返したサーが彼に指を差す。

 

「傲慢な考えをするんじゃあない。事を急いては仕損じる。焦って追えばますます逃げられる。助けたい時に助けられるほど貴様は特別じゃない。現在こちらも他事務所とのチームアップを要請中だ」

 

「チームアップ……!」

 

 俺が呟いた言葉に、先輩やバブルガールが頷いた。

 

「彼女と八斎會の関係から洗う必要がある。まず相手が何をしたいのか予測し、分析を重ねた上で万全の準備を整えなければならない。志だけで助けられる程、世の中甘くはない。真に賢しいヴィランは闇に潜む。時間を掛けねばならない時もあると心得ろ」

 

 その台詞、オールマイトも最初のヒーロー基礎学で言っていた気がした。こんな所にも、彼がオールマイトのサイドキックであった繋がりを感じた。

 

「今日の所は3人とも事務所に戻っていろ。切裂、御手柄だったな。バブル、行くぞ……」

 

「あっ、はい!」

 

 こうして、俺と緑谷のインターン初日は終わった。

 

 俺が行ったのは些細な事でしかないが、コレでどうなるのかは、俺には全くわからない。

 

 それでも、彼女の助け出すのは緑谷の役目だと、俺は思っていた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 インターンのしこりは、翌日も続いた。

 

 今日は普通に学校への授業に参加した。

 爆豪と轟が仮免講習でボロボロになっているのも気になったが、それよりも頭の中はエリちゃんとトガちゃん、あとサーの事で満員だ。

 緑谷の方もエリちゃんとオールマイトの事でいっぱいいっぱいだと思うし、彼はサーが『ワン・フォー・オール』を通形先輩に託すべきだって話を、本人から直接聞いているだろう。表情を見る限り、今日も麗日と浮遊の約束はできそうもない。

 

 一昨日少しだけ話を聞いたが、切島は天喰先輩のインターン。麗日と蛙吹は波動先輩のインターン。常闇もホークスの所のインターンが原作通り決まったみたいだ。SHRの始まる頃なのに空いている席を見て、俺はひと安心する。

 そして息をついている俺の机の前に、峰田が飛びついてきた。

 

「なあ切裂っ、インターンどうだった? ドスケベエロコス女ヒーローいたか?」

 

「いた」

 

「マジでっ!!?」

 

 冗談で言ったつもりだったのか、峰田が俺の返事で飛び上がった。ただ、今の俺の心境で彼に言えたのはここまでだった。

 

「ゴメン峰田くん……ちょっと今そんな気分じゃない……」

 

「そ、そっか……ワリぃ……」

 

 そう言って気を遣ってもらった峰田が離れ、俺は緑谷の方を見る。

 彼もだいぶ不安が募っている。始まった座学から訓練までえらく集中力を欠いていたので、俺は昼休みに入ってすぐ彼に話しかけた。

 

「緑谷くん、大丈夫……そうじゃないね……」

 

「うん……ゴメン、麗日さんとの約束……」

 

「今はいいよ……もう少し気持ちに整理ついてからにしよう……」

 

「そうだね……」

 

 返事も小さい彼に俺は本題へと入らせた。

 

「緑谷くん。オールマイトに、サーとの関係って聞いた?」

 

「あっ……実は僕も考えてたんだ……!」

 

 俺は緑谷と場所を変えて少しだけ、2人でしか話せない内容を話し合った。

 

 サーが通形先輩を次のOFAの継承者にしようとしていた事、自分にはOFAを諦めさせるためのインターンである事、そこまでは知っていたが俺は初めて聞いたみたいな反応でやり過ごす。

 問題はなぜかソレを緑谷に全く言っていなかった、オールマイトの真意。

 

 彼にその事を聞くべきだと促し、俺は緑谷と別れた。

 

 で、放課後、俺は自主練も終わってから、寮への道を歩いた。切島のいない今日に至っては、B組のクラスメイト達とインターンについて話し合いながら訓練していたが、大きな成果は出せなかった。

 俺の個性もそろそろ成長の限界なのだろうかと思ったが、すぐにその思考を捨てる。

 

 まだ俺の想像の超える成長があるかもしれない。常にPlus Ultraだ。

 

 それよりもだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷静に考えて、サーの行動には疑問が残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通形先輩が俺を事務所に推薦してくれたのは、サーの指示だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーがどうやって俺の異質さに気付いたのかはわからないが、彼は迷いなくインターン生として俺を引き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに異質であるのはわかるが、俺の個性はサーの事務所では活かせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこそこ名も知れているから、潜入調査みたいな今の仕事じゃ邪魔なハズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなタイミングでなんで、わざわざ俺を引き込んだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーはオールマイトと関係を切っているから、オールマイトの秘密を共有している者同士の関係は、グラントリノか塚内警部ぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 塚内警部は違う気がする。サーだって彼の事を怪しんでいるハズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かと言って俺、グラントリノと大した接点はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして俺を受け入れてくれたのか、謎が深まるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも……サーが俺を受け入れた理由って……マジで興味が湧いただけなのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切裂くんッ!!!!」

 

 そこまで考えながら夕暮れの道を歩いていると、向こうから緑谷がフルカウルで爆走してきた。

 

「緑谷くん!」

 

「ハァ、ハァ……ッ! 聞いてきたよ!! ナイトアイと……オールマイトの……!」

 

 両膝に手をついて息を荒げながら、彼は俺に説明を始めてくれた。

 

 サーは元々はオールマイトの大ファンであり、サイドキックを取らない主義だったオールマイトを根負けさせて、サポートを申し出たのだ。

 

 5年間ほど一緒に活動していて仲も良好だったらしいが、その最後の年にAFOと戦ってオールマイトは重傷となり、コンビは解消した。

 

 このまま怪我を抱えたまま1人で数多のヴィランと戦うよりも、引退して後継者を探す事を望んだサーと、戦い続ける事を望んだオールマイトとの、価値観の違いだった。

 

 更に、サーの視たオールマイトの未来では、彼はヴィランと戦って凄惨な死を迎える光景を見てしまったそうだ。

 

 彼の見た未来は、今まで変わった事がなかった。

 

 サーはオールマイトの後釜を探して、通形先輩を育てたものの、当のオールマイトがワン・フォー・オールを無個性だった緑谷へと先に渡してしまい、余計に亀裂が広がってしまった。

 

 それでも、サーは真に後継者に相応しいと思った通形先輩を更に育て続けているのだ。緑谷のワン・フォー・オールを彼に渡してもらうために。

 

 サーのオールマイトが死ぬ未来は、今年か来年……いや、来年だ。遠いほど予知には誤差が生じるらしいが、見えた未来を変えられた事はなかったそうだ。

 

 だから……サーはオールマイトのために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった……!」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は緑谷の肩を掴んで視線を合わせ、片方の手を自分の胸に当てる。

 

「あいつはッ、オールマイトが死ぬ未来を見たんだろっ!? 今まで未来が外れた事はなかった!! だからッ……

 

 

 

 

 

 そのやり方は、イレギュラーを自負する俺にも想像つかなかった。

 

 

 

 

 

 ……だからッ!!!!! ワケ分かんねぇけど未来を簡単に変えていくっ『俺』を求めたんだっっ!!!!!」

 

 つまりは、悪い未来に対して『俺』を絡ませる事で、オールマイトの未来を捻じ曲げようとしているのだ。

 

 

 

 なんとも都合の良い話だろうか。

 

 

 

 でも、それでも良かった。

 

 

 

 なんだってよかった。

 

 

 

 オールマイトが死んで悪化する未来はあれど、オールマイトが生きて悪化する未来なんて、あるワケないのだから。

 

 

 

 俺の答えを聞いた緑谷は、泣きそうになっていた目を広げた。

 

「そっ、そうかっっ!!!!! じゃ、じゃあっ、ナイトアイは……っ!!!」

 

「ああっ!! あの人は……オールマイトを諦めてなんかいないっ!!!! 救おうとしてるっっ!!!!!」

 

 俺の言葉に緑谷の泣きそうな表情が、これ以上ないぐらい明るく感じられた。

 彼は大きく喜んでいたが、すぐに冷静になって俺に質問してくる。

 

「切裂くんコレ……オールマイトに伝えるべきかな……?」

 

 その問いかけに、俺は即答した。

 

「いらんっ! そしたら俺の変なトコまで伝えなきゃいけなくなるし!! サーにもサーの考えがあるハズだッ!! 俺はサーを信じるッ!!!」

 

 俺が未来を変えられる事は、これ以上誰にも言わない方がいい。もしかしたらサーの見ていた未来が想像もつかない方向に捻れるかもしれないし、緑谷ですら感情で動きそうなんだから。

 

 しかも、オールマイトはまだ俺らにも言ってない事があるだろう。警察の塚内とか言うヤツにも繋がりがある以上、彼に俺の秘密を伝えるのは危険すぎた。

 

「それに……オールマイト先生、緑谷くんに黙ってたんでしょ?! 少しぐらいやり返さないと気が済まないよ!」

 

「そっ、そんな理由で……で、でもっ、未来を変える可能性があるのは切裂くんだもんね……!」

 

 俺が運命の切り替えレバーである以上、緑谷は俺に逆らえない。だから、彼は俺の言った事にすぐ納得してくれた。少しズルかったかもしれないが、どうしても自分の身を守るためだった。

 

 

 

 

 

 そして、サーがオールマイトを救うために。

 

 彼がオールマイトのヒーローとなるために。

 

 

 

 

 

「よしッ、これから特訓だ緑谷くんっ!!! 付き合うっ!!?」

 

「もちろんっ!!!」

 

 謎が解けたおかげで、お互いになんだかやる気が湧き上がってきた俺達は、寮への道から踵を返して訓練所へと走った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 すっかり夜になった寮の共同スペースで、轟はソファーでうたた寝をしていた切裂に話しかけていた。

 

「切裂……子供に好かれるには、どうしたらいい?」

 

「はい?」

 

 予想外の質問にパチリと目を覚ました彼は、いったい仮免補講で何があったのか轟と長話をしている。

 

 そんな様子を見ながら、寮の共同スペースで峰田はいつも通りモギモギでジャグリングをしていた。

 

 最初はマウントレディ事務所の会計士のひと言で始まった、個性によるパフォーマンスのつもりで始めた技。それが気がつけば、自分の戦闘において起点に近い動きへと昇華していた。5歳児の体格故に手の平も小さな彼にとって、一度に数個のモギモギを操るこの技術は、魅力的すぎた。

 現在使っているモギモギボールは7つ、仮免試験前の圧縮訓練から更に技能が上がって、最近では更に手元のモギモギを増やすべく、手品にも手を付け始めていた。手が小さいので技術の取得は困難を極めていたが、それでも彼は技の錬磨のために努力を欠かさなかった。

 

「………………」

 

 しかし、どれだけ技の上達を感じても今の峰田の胸が満ち足りる事はなかった。彼は見るものもない空間を見つめながら無意識に高速で手を動かし、頭では全く別の考え事をしていた。

 

 プッシーキャッツを拒否した切裂のインターン先は、通形によって決まってしまった。

 

 自分も彼と同じ事務所に行きたかったが、元々彼と緑谷を招待するつもりだったのか、人数が制限されて受け入れてもらえなかった。

 切裂が通形にインターンの推薦を受けたその日の夕方、切島は天喰に、麗日と蛙吹は波動にインターンの推薦を受けていた。いくらビッグ3とはいえ、事務所の受け入れに限界はあるのも峰田はわかっていた。他にも瀬呂や何人かはインターンのツテがあったらしいが、学業の両立が困難だと判断して見送っていた。

 

 マウントレディの事務所はインターン経験がなく、峰田のツテは無くなった。せっかく会計士さんに言われた個性を使ってのパフォーマンスを、満を持して子供に見せる機会が来たと思っていたのだ。

 ジャグリングしながら目を閉じると、職場体験でパトロールした時に自分の周りへと集まってきた子供の顔ばかりが思い起こされる。今までずっと女性にチヤホヤされたいと願っていた彼は、純粋無垢な笑顔を見せてくる子供達にすっかり願望が傾いていた。

 

 更にインターン先で何かあったのか、切裂は緑谷と2人だけで話をしている様子を今日だけで何度も見かけた。

 何か重大な事件があったのは間違いなかったが、朝のSHRの反応を見る限り向こうが口外を拒否している以上、無理強いはできなかった。

 

 彼は中学3年の頃から、共に雄英を目指した親友同士だ。

 

 入学式から体育祭、職場体験でも常に彼と一緒だった。

 

 林間合宿では瀕死の重傷となった彼を、ほぼ毎日病院で様子を見に行っていた。

 

 圧縮訓練から仮免試験も常に一緒だった彼との学校生活において、峰田は初めての疎外感を受けていたのだ。

 

 

 

 今回のインターンにおいて、彼は切裂達から完全に蚊帳の外だった。

 

 

 

「峰田ちゃん……」

 

「っ!? ……梅雨ちゃんか……」

 

 その声をかけてきた方向に素早く顔を向けて、峰田はホッとため息をついた。インターンから帰ってきた制服姿の蛙吹が、消沈している彼に声をかけたからだ。

 いつからだっただろうか、切裂は峰田に向かって蛙吹の声真似で彼の名前を呼んで揶揄った事が何度もあった。さすがに彼も本人の前では一度も実行した事はなかったが、少しドキリと心臓に悪くて何度か怒った事があるぐらいだ。

 

 いつの間にか時間は消灯間際になっており、切裂も轟の姿もいなくなっていた。一緒に帰ってきていた麗日は、峰田に話しかけた彼女を気にしつつも足早にエレベーターへと向かっていく。

 

「どうだった? インターン……」

 

 普段ではまずありえない、女子に声をかけられたと言うのに峰田の反応は薄かった。そして、彼が消沈しているその様子も原因も、蛙吹はよく理解していた。

 

「そうね……今度、サー・ナイトアイ事務所って所とチームアップを行う予定なのよ」

 

「……っ! ……そっか……」

 

 それは、緑谷と切裂がインターンで所属している事務所の名前である。

 そんな事を聞くつもりではなかったのに、まるで当てつけみたいに言われたようで、峰田は彼女に対して少し不機嫌な表情を見せた。

 

 しかし、蛙吹の話はまだ終わらなかった。

 

「……峰田ちゃん、私が波動先輩に頼んで、あなたをインターンに推薦してもらおうかしら?」

 

「えっ?」

 

 口元に指を当てながら話す蛙吹の台詞に、峰田はジャグリングの手を止めてモギモギを零した。

 

 一見無茶苦茶な注文に見えたが、彼は『保須事件』でメディアからも目立つぐらい、実力が証明されている。そんな彼がインターンに興味があるが、事務所が取れずに持て余していると説明すれば、可能性があったのだ。

 

「そ、そんな……っ」

 

「いいのよ。峰田ちゃんの実力なら、波動先輩やリューキュウさんも、きっと認めてくれると思うわ」

 

 そう言って彼女は励ます様に彼に笑いかける。

 波動のインターン先である『リューキュウ事務所』は、男子禁制かと思うぐらい女性しかいないヒーロー事務所として有名である。まさに峰田が将来の夢として望んでいた事務所と瓜二つなのだ。

 

「つ、梅雨ちゃぁん……!」

 

 だが、それよりも峰田はインターンに参加できる事に喜んでいた。普段だったら跳ね飛び上がるぐらい嬉しかったハズなのに、この時ばかりは涙で飛び上がりそうだった。

 

(ケロ……よっぽどインターンに行きたかったのね……いえ、もしかしたら切裂ちゃんと一緒が良かったのかしら。峰田ちゃんも、素直な時はカワイイのに……)

 

 瞳にウルウルと涙を浮かべながら自分の事を見上げる峰田を見て、蛙吹はそんな感想を思い浮かべる。元々弟と妹のいる長女である彼女は、落ち込んでいる彼に対して面倒見の良さを発揮していた。ほんの少しだが。

 

「あっ、ありがとう、梅雨ちゃ───!?」

 

 鼻水をすすった峰田が喜びながら彼女にお礼を告げようとした瞬間、彼の携帯電話が震えたのだ。

 

「マウントレディ……?」

 

「こんな時間に何かしら?」

 

 彼女は彼と切裂が職場体験の事務所に選択していたのを覚えているし、彼がインターンの推薦を求めて連絡をとっていた光景も見ている。そして成果が乏しかった事も。

 蛙吹との話の真っ最中だったが、それでも峰田は連絡先の画面を確認して、そのまま携帯を耳に当てた。

 

『もしもし峰田くん?』

 

「は、はいっ、マウントレディ……!」

 

 そこには、聞き慣れたマウントレディの声が携帯のスピーカーから聞こえた。

 

『この前はインターンの希望、ごめんなさいね』

 

「い、いいえ! 仕方がなかったんスから……!」

 

 携帯を添えたまま峰田はブンブンと首を横に振った。目の前には蛙吹で、耳元にはマウントレディ。2人の美人に挟まれているこの状況に、彼は今更になって胸をドギマギさせていると、電話の向こうからマウントレディが問いかけてくる。

 

『ねえ、そういえば……切裂くんは?』

 

「あぁ……アイツ学校の先輩に気に入られちゃって、別の事務所のインターンに行っちゃいました……」

 

 峰田からインターンの話を振られた時点で彼女は彼の動向を気にしていたのだが、ラグドールと違って遠慮というモノをしっかりしていた彼女は、どうしても自分から彼の様子を聞くために連絡する事はできなかった。

 つい先日まではインターンの受け入れもできなかったため、推薦のできなかった彼女はひと足遅かったと、峰田の返事に少しだけ声色を下げる。

 

『そう……やっぱり彼、行動が早いわね…………なら峰田くんだけでもお願い……!』

 

「え?」

 

 それでも彼女が自分を求めてきた事に、峰田は携帯を耳に当てながら目を丸めて疑問の声を漏らす。

 

 そのままマウントレディは、えらく真剣な声で彼に伝えた。

 

『あなた《エッジショット》と《シンリンカムイ》ってヒーロー、知ってるかしら? 今、彼らと一緒にね───

 

 それはイレギュラーである切裂 刃が、彼女を『保須事件』へと関わらせた事。そして峰田と健全に職場体験を終わらせた事。なにより、マウントレディのヒーローとしての心構えに火を着けた事による要因によって分岐した、新たな運命であった。

 

 

 

 

 

 次回『インターン生、峰田 実』

 

 

 

 

 

 切裂のモノマネメドレー

『セメントス先生』→『根津校長』→『目良さん』→『天然ボケする轟』→『相澤先生』→『キレる爆豪』→『アホになった上鳴』→『肉倉先輩』→『キレる爆豪(2回目)』→『オールマイトの顔(トゥルーフォーム)』

 

 緑谷のモノマネメドレー

『オールマイトの顔(マッスルフォーム)』→『常闇(ダークシャドウ)』→『根津校長』→『通形』→『目良さん』→『照れる口田』→『物間』→『真堂先輩』→『映画見て泣いてる切島』→『オールマイトの顔(マッスルフォーム)』

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