切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第三十一話

 

 

 

 

 

 麗日、蛙吹、切島のインターンでの活躍がネットニュースに報道されてから数日後、俺と緑谷が待ちに待ち侘びるぐらい久しぶりとなる、インターンの出勤が決まった。

 その日の出発は朝から変わっていた。事務所からコスチュームは必要ないと言われ、少し身軽な制服姿で俺と緑谷が寮の外へと出ると、そこには切島、麗日、蛙吹の3人が偶然合流して仲良く仕事場へと向かう事となった。

 

 行きの道ではプロヒーローに車で駅に連れて行ってもらい、同じ駅から同じ電車に乗る。3人とも、今日の集合場所は普段の事務所とは別の所だと言われたそうだ。

 同じ駅で降り、同じ改札から同じ方向、曲がる道まで同じで到着したサー・ナイトアイ事務所の入り口の前では、通形先輩、天喰先輩、波動先輩のビック3が揃って談笑していた。

 

「な……なんだろう……?」

 

「とにかく、入ろう」

 

 クラスメイト達も少し困惑しながら先輩に連れられて、俺達はナイトアイ事務所の正面玄関から入る。

 広いエントランス内には、ドラゴンの翼と爪を模した大きな髪飾りを着けた、中華風のコスチュームにやや切れ目で金髪の美人な女性『ドラグーンヒーロー・リューキュウ』 真っ黄色のパーカージャージに黒い覆面を着け、でっかいダルマみたいに丸みのある体格をした異形型の男『BMIヒーロー・ファットガム』といったヒーローチャートランキング上位のプロヒーローに、見た目から何まで多種多様なマイナーヒーロー達に加え、バブルガールと話す相澤先生にグラントリノまでが集合していたが、そんな俺の視界の下側からプロヒーロー達の人混みを割って小さな影が飛び込んできた。

 

「切裂っ!」

 

「えっ!!? 峰田くん!!!?」

 

 基本的、起きるのが遅い峰田と休日の朝から会う事はほとんどないのだが、なぜか俺達よりも到着の早い……というか、何でここにいるのかわからなかった彼に声をひっくり返すほど驚きながら、とりあえず嬉しそうに飛び込んできた彼と抱き合った。

 

「「みっ、峰田くん!?」」

 

「なんで峰田が!?」

 

「峰田ちゃん……間に合ったみたいねっ!」

 

「間に合った?」

 

 驚くクラスメイト達に対して、1人だけ反応が違った蛙吹に事情を聞き出そうと振り返ろうとしたが、そこへ俺の前に更に知っている顔が現れる。

 

「切裂君、お久しぶりね!」

 

「マ、マウントレディまで……!」

 

 そこには、史実ではこの場にいるハズのない、久しぶりに生で見るマウントレディの姿まであった。今まで散々見てきた、いつものヒーローコスチュームの服装で。

 俺から離れて彼女と並んだ峰田は両腕を腰に当て、まだ驚きの解けていない俺達の前で大きく胸を張ってみせた。

 

「へっへ〜んっ! オイラも今日から切裂と同じ、インターン生だぜっ!」

 

「ええっ!?」

 

「ホントかっ!!?」

 

 麗日と切島が同時に驚いている隣で、困惑している俺と緑谷がマウントレディに問いかけた。

 

「マウントレディ……インターン受け入れできたんですか!?」

 

「前に峰田くんが言ってた時、マウントレディの事務所は……」

 

「そうっ、私と会計士さんだけの事務所じゃダメだったわ!」

 

「へへっ、だからマウントレディが考えてくれたんだぜ!」

 

 彼女は峰田と同じように腰に手を当てながら、彼の台詞に続いて俺達に事の経緯を説明をしてくれた。

 

「あなた達と一緒だった『保須事件』と、あなたのお友達の爆豪くんを助けた『神野事件』で、私も随分顔が売れて人気が伸びたの! それで新しい事務所も構えられたし、会計士さんとサイドキックを本格的に雇おうと思ったらね……最近、私みたいな少人数でやってる事務所で協力し合ってヒーロー活動をするっていう『チームアップ』っていう計画に『エッジショット』から打診があって、そこに『シンリンカムイ』も誘われて3人でチームを組む事になったのよ!」

 

「『エッジショット』に『シンリンカムイ』っ! どちらもヒーロービルボードチャートランキング上位のプロヒーローっ!!! 2人とも『神野事件』で活躍したヒーローですねっ!! エッジショットの個性は体を紙のように薄く細く伸ばすことができる『紙肢』っ!! 一見目立たないように見えるけど、その速度は音速を超えて…………ブツブツブツブツ」

 

「デクくん始まっちゃった……!」

 

 マウントレディの口から出てきた2人のヒーローの名前を聞いて、久しぶりに長々と呪文を唱えている緑谷を麗日に任せて放ったらかしにしながら、俺達は話を進める。

 

 確かに……なんかそんな設定が最後の方にあった気がしたが、それが彼女を保須事件に関わらせた事で有名になり、計画が前倒しになったという事なのだろう。

 

「でもスゲぇッスねっ!? ヒーロー同士で協力とか燃えるっスッ!!!」

 

「でしょ〜?! それでエッジショットが結構インターンの実績あるから、彼に頼んで峰田くんを私達のチームのインターン生第1号として受け入れたワケっ!」

 

 切島の関心を示す声に、マウントレディはニッコリと嬉しそうに微笑みながら、いまだに鼻を高くしている峰田に手の平を向けた。

 エッジショットは、確かベストジーニストと同年代ぐらいのヒーローだ。パッと見だと若そうな見た目をしているが、コスチュームを取ると相澤先生みたいな無精髭があるのをメディアで見た事がある。年齢も30超えていたハズだ。

 見た目的にはサイドキックを引き連れるよりは、独立したフリーランスで動いているイメージが強いが、確か彼も雄英のOBだ。自分の事だけではなく、後進を育てたい気持ちはあるのだろう。あるいは、同じ忍者趣味のヒーロー志望を大切にしたいのかもしれない。

 

「事務所の調整とかはまだ終わってないから、世間への公表はまだまだ先なんだけども……提携が終わればサイドキックの人数も用意できるし、貴方達1年生のインターンの受け入れだってできるわよ!」

 

「ケロっ! 学校のみんなとも、ヒーロー活動できるかもしれないわ!」

 

「ちなみに、チーム名は『ラーカーズ』って名前だぜっ!」

 

 今後の事まで話してくれたマウントレディの説明に、クラスメイト達とのヒーロー活動を想像して目を輝かせる蛙吹へ、峰田がグッドサインを送りながら台詞を付け足す。

 『Lurker』の意味は『潜む者』や『隠れる者』になるが、エッジショットがリーダーだからだろう。彼ら3人の中でランキングが1番高いのが彼だったと思う。

 

 思うと、峰田のヒーローコスチュームもマントを外せばほぼ暗色の紫になるので、忍者っぽいと言われれば忍者っぽい。『じゃじゃ丸くん』風味だが。

 

 とにかく峰田がインターン生になれたのはわかったが、俺には疑問が残った。

 

「で……そのエッジショットとシンリンカムイは……?」

 

 俺が手を挙げてマウントレディ質問した通り、峰田がインターン生になれた感謝の相手である肝心の2人の姿は、なぜかエントランスにはいない。

 確かに、と緑谷や麗日までキョロキョロと辺りを見回そうとすると、マウントレディが少し申し訳なさそうに答える。

 

「あ〜、2人は今ちょっと別の仕事が入っててね……ナイトアイからの招集に私が代表で参加したのよ。今日はパトロールもできないし、峰田くんは参加させるつもりなかったんだけど……あなた達がいたのを見て納得したわ」

 

「納得?」

 

「んっ、聞いてないのか?」

 

 ラーカーズをサーが指名した事と俺達の招集に何か関係があったのか、俺が疑問の声で返事をした事に、今度は峰田が首を傾げた。

 その疑問にマウントレディがすぐさま答えてくれた。

 

「今回の事件も『敵連合』が関わってるって……それで私達にナイトアイから声がかかったのよ……!」

 

「それ、ホントっスか!!?」

 

「ケロ……!」

 

「敵連合……!」

 

 1番に声を上げた切島に続いて、蛙吹と麗日も思わず言葉を零す。林間合宿から随分と時間が経って現れた俺達の宿敵に、何もできなかった彼の表情が闘志を燃やし始める。ずっと望んでいた、ヤツらへのリベンジマッチを。

 

 しかし、そこへ水を浴びせるように俺達へ言葉を投げかけながら歩いてくる、相澤先生の姿があった。

 

「だから、本来はインターンを認めても……俺は中止を提言する予定だったんだがな。お前ら全員含めて」

 

「相澤先生!?」

 

「って、中止ッ!!?」

 

「ええッ!? 今更なんでっ!」

 

「オイラ始まったばっかなんだぜっ!?」

 

 気づいていなかった者や、その発言の内容に驚く者、納得いっていない者、様々な感情がクラスメイト達の中で台詞となって放出されるが、それでも先生は冷静に理由を俺達に教えてくれた。

 

「敵連合が関わると聞かされたろう……話は変わってくる。それなのにナイトアイと言い、お前と言い……」

 

 愚痴の様に言葉を漏らす相澤先生としては、俺達を寮制にしてまで敵連合からの危害を守ろうとしたつもりなのに、まるで積極的に学生である俺達を連合と戦わせようと仕向けているようにも見えるプロヒーロー達に、納得がいっていないみたいだった。

 

「でも『神野事件』以来、ずっと身を潜めていたヤツらの尻尾を捕まえる、2度とないチャンスかもしれないわ。だからナイトアイの招集を受けた時、私は峰田くんをインターンに推薦したのよ。捕獲のプロだからっ!」

 

「今まで敵連合には悔しい思いしかしてなかったもんなっ! アイツらにカチコミかけられんならっ、なんだってするぜっ! なあ切島?!」

 

「あったりめえよっ! このまま俺達雄英がやられっぱなしでいられるかってんだっ!!」

 

 先生の言葉に反して、マウントレディは今回で敵連合を打倒しようとしている。当然峰田や切島もその熱を移され、気合いが入っているみたいだった。

 確かに峰田がいればヴィランの不殺かつ拘束はだいぶ楽になる。保須事件で脳無を捕らえた実績まであるから、プロヒーローであるマウントレディのお墨付きだ。

 

 だが、今回の敵連合は、あくまでひとつの目的のため八斎會と共謀しているに過ぎない。あの弾丸に1番近付く事ができるのは、連合とトガちゃんだけなのだから。

 

 俺はトガちゃんに、伝えるべき事は全て伝えたつもりだ。弾丸の存在を死柄木が認知すれば、史実通り八斎會の傘下に入り込む事ができたハズだ。

 

 あとは、俺達が頑張ればいい。

 

 トガちゃんが弾丸を手に入れる事と、サーと通形先輩を助けるのが、俺の最善だ。

 

 そんな事を考えていると、蛙吹が思い出した様に相澤先生へと問いかける。

 

「先生がココに来たのも……敵連合が関係あるからかしら?」

 

「それもあるだろうが……どうもそれだけじゃなさそうだ。ざっくりとだが、お前達の事情も聞いている」

 

 そう言いながら相澤先生は俺と緑谷の方を見てきた。どこまで聞いてきたのかは、すぐにわかるだろう。

 

「貴方達、前にも言ったでしょ? ナイトアイさん、そろそろ始めましょう」

 

 そこに俺達から離れて波動先輩と話をしていたリューキュウが、自分の事務所のインターン生である麗日と蛙吹の2人を呼びながら、エントランスの奥の方に立っていたサーへと顔を向けた。彼のコスチュームであるリーマン姿の白いスーツは、今日もシワひとつなく輝いていた。

 

「貴方方に提供して頂いた情報のお陰で、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか……知り得た情報の共有と共に、協議を行わせて頂きます……!」

 

「シエハッカイサイ……?」

 

「切島くん、八斎會」

 

「なんだっていいぜっ! 切裂、早く行こうっ!」

 

 これから話し合いを始めるのにえらくテンションの高い峰田と、完全に置いてきぼりにされて困惑している切島を連れ、俺達はプロヒーロー達とエントランスをゾロゾロと歩き、事務所内で1番広い会議室へと移った。

 

 

 

 峰田とマウントレディがいる事に、俺は少しだけ……安心感が湧いてきた。

 

 

 

 ただ、それでも……不安はあった。

 

 

 

 『 I・エキスポ事件』の記憶が、嫌でも思い起こされる。

 

 

 

 今度は油断するつもりはない。

 

 

 

 ここに来てしまった以上、危険は避けられないけども……2人の実力がこれ以上ないぐらい頼もしいのは、理解していた。

 

 

 

 それに緑谷も切島達も、史実の実力より更に高みに登っている。

 

 

 

 絶対に勝つ。

 

 

 

 八斎會に手加減も容赦も必要ない。

 

 

 

 

 

 誰も死なせるものか。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 会議室へと移った俺達とプロヒーロー達は、各々の席へとついた。

 

「えー……それでは始めてまいります……!」

 

 人前に慣れていないのか若干の緊張を見せながら、会議室の大型モニターであるスクリーンの設置された前でカンペらしき手帳を見ながらバブルガールが会議の司会役を務める。

 俺は緑谷が座っている席の隣に座っていた。緑谷の奥には通形先輩。スクリーンから最も近く、中央の席に座るサーとも位置が近い。

 俺の左隣にはガン黒い肌に、真っ黒な癖毛をドレッドヘアーにしないで無造作に伸ばし、南京錠型のピアスに鍵穴を模した黄色と黒のコスチュームを身につけた『錠前ヒーロー・ロックロック』が座っていたが、バブルガールの話を聞きながら俺達の事を胡散臭そうに見ている。

 麗日、蛙吹、波動先輩、リューキュウはそのロックロックからだいぶ奥の方に並んで座っており、俺の真向かいにやや困惑しながら席に着いている切島や天喰先輩、そして隣にファットガムが特注のデカい椅子に座っている。その奥、俺に対して対角側の方に峰田とマウントレディが座っていた。

 

「我々ナイトアイ事務所は、約2週間ほど前から『死穢八斎會』という指定敵団体について、独自調査を進めています……!」

 

 ドスケベエロコス女ヒーローであるバブルガールを前に、峰田は彼女の話も聞かないまま完全に下乳とヘソに釘付けだったが、蛙吹とマウントレディの冷たい視線を受けて慌てて視線を戻し、真面目に聞く事を決めたようだ。

 

「キッカケは?」

 

「『レザボアドッグス』と名乗る強盗団の事故からです」

 

「ありましたね」

 

「警察は事故として片付けてしまいましたが、腑に落ちない点が多く、追跡を始めました!」

 

 モブのプロヒーローからの対話も交わしながら彼女がそこまでの経緯を話すと、今度はそのバブルガールの隣に立っている昆虫のムカデの体をした……と言うか、ほぼムカデに無理矢理黒の燕尾服着せただけみたいなヒーロー、ナイトアイ事務所サイドキックの『センチピーダー』が、ムズムズする様な声で説明を始める。

 

(わたくし)センチピーダーがナイトアイの指示の下、追跡調査を進めておりました。調べた所、死穢八斎會はここ1年の間に全国の組織外の人間や、同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大、金集めを目的に動いているものと見ています」

 

 センチピーダーの説明と共に、スクリーンには私服に覆面だけ着けた奇妙な格好のトゥワイスと同行する、治崎の姿の写真が映し出された。

 

「そして調査開始からすぐに、敵連合の1人『分倍河原(ぶばいがわら) (じん)』ヴィラン名『トゥワイス』と接触。尾行を警戒され追跡は叶いませんでしたが、警察に協力して頂き、組織間で何らかの争いがあった事を確認しました」

 

 彼の台詞に続いて次に映ったのは、廃工場か何かだったのか、敵連合の隠れ家らしき建物が半壊しているのと、その周りにパトカーが数台停車している写真だった。中訳になっている説明も、インターン初日にバブルガールが教えてくれた内容と、ほぼ同じだ。

 そこまで聞いていると、唐突にセンチピーダーの話を割ってマウントレディが手を挙げてきた。

 

「あら? じゃあ結局、八斎會は……敵連合とはどうなったのかしら?」

 

 彼女の疑問は当然だった。これだけの情報だと、ただ何かの交渉が決裂となって連合との関係が終わったように見えるのだから。何のために自分達が呼ばれたのか、わからなくなってしまう。

 そんなマウントレディに答えるかの様に、スクリーンに映る写真が変わったソコには、停車した黒塗りの車から八斎會の屋敷へと入って行く、後ろ姿の集団が映し出された。

 その画像と同時に、サーが彼女に説明を始めた。

 

「こちら数日前にセンチピーダーが撮影した映像です」

 

「ッ!?」

 

「これは……!」

 

 写真を見た瞬間、マウントレディを筆頭に何人かのプロヒーローが息を呑む。

 後ろ姿の集団の中で誰が見ても確実にわかるのは、グレーと黒の全身タイツみたいな格好をしたヤツ、トゥワイスだ。

 

 その隣、車の陰で半分ぐらいしか見えていないが、この暑い中で長袖のパーカーのフードを深く被って顔も髪型も見えなくしているのは間違いない、トガちゃんだ。残りの周りのヤツらは八斎會の部下だろう。

 

「あの抗争からの顛末は不明ですが、奴等は敵連合と協力体制を敷いている可能性が高い。連合と八斎會、どちらがどちらの傘下なのかは、まだ掴めていません」

 

「……ッ!」

 

「マジかよ……!」

 

 そう説明を続けるサーに、プロヒーローだけでなく緑谷や峰田達にも緊張が広がっていく中、俺は映像の上側に映っている曇り空を見ていた。

 今は8月。夏真っ只中であり、最近はずっと快晴だった。県内で雨が降ったのは俺と緑谷と通形先輩で治崎に遭遇した、あの日だけだ。

 

「このご時世に、よくやるな……」

 

「急激に組織の拡大だけあって、愚連隊みたいだ」

 

「ヤクザの復権でも狙ってんのか?」

 

「まさに何かに備えて掻き集めたって感じだな……!」

 

 モブのヒーロー達に加えて隣のロックロックまで雑談を始めているが、確かに彼等の言う通り映像に見えている八會斎の面子は、かなり特徴的だ。

 ヤクザって全員スーツ姿のイメージあるが、チンピラも掻き集めていると言っているか、服装はネクタイも着けていないワイシャツやスカジャンなど、まばらだ。パッとしないどころか、ただの私服みたいなヤツまでいる。パーカーや上下ジャージのヤツもいるから、チンピラも超えて半グレの集団みたいだ。

 

 そして、スクリーンの補足する敵連合の説明にはトゥワイスの情報しか載っていない。プロヒーローも警察も、トガちゃんには気付いてないみたいだ。車の外の半グレの集団に上手い事紛れ込んでいたから、俺じゃないとたぶんわからない。蛙吹と麗日が顔を顰めた気がしたが、写りが悪すぎて確信が持てないようだった。

 そんな事を考えている間にも、サーの話は続く。

 

「敵連合が本格的に絡んでいる以上、奴等の所有する人造兵器『脳無』との交戦も予想される。戦闘経験のあるマウントレディの職歴と、そこのインターン生の能力を鑑みて召集した。特にマウントレディは保須でのヒーロー殺しに、神野での救出作戦だ。連合が絡んでいるのなら、彼女がいれば心強い」

 

 彼の説明を聞いてプロヒーロー達からの視線が集中し、マウントレディは少し居心地の悪そうに顔を逸らし、峰田は目を細めて腹の立つドヤ顔を披露していた。

 神野事件以降、ようやくプロヒーロー達も脳無がただの人間ではない事に気づき始めてくれた。今の連合は脳無を持っていないハズだが、連合との交戦なら想定される脳無に対し、大量に拘束できるヒーローと一気に面制圧できるヒーローとして、サーはラーカーズを推薦させたのだ。

 そこまで彼が話すと、マウントレディよりも敵連合……と言うよりも死柄木と関わりの深いグラントリノが話の間に入ってきた。

 

「連合が関わる話ならという事で、俺や塚内にも声がかかったんだ」

 

「その塚内さんは?」

 

「ほかで目撃情報があってな、そっちへ行っている」

 

「………………」

 

 彼の隣に座っていたモブヒーローの質問に答えるグラントリノを、俺は睨んでいた。

 

 

 

 

 

 怪しい。

 

 

 

 

 

 確か、この頃にはもう黒霧は連合と離れてしまっているハズだ。あんな便利な個性を持った彼が警察なんかに居所を探られ、アッサリと捕まる展開に俺はあの警官への疑いが隠しきれない。

 

「小僧……まさか、こうなるとは思わなんだ。面倒な事に引き入れちまったな」

 

「面倒だなんて思ってないです」

 

 少し申し訳なさそうにするグラントリノに対して、自分で望んでいると言わんばかりにハッキリと断言する緑谷を見て、彼の隣の通形先輩が驚いていた。

 

「知り合いなんだ……!」

 

「あっ、はい! 職場体験でお世話に……!」

 

(神野でオールマイトといたジイさんだ! 緑谷スゲえ人と知り合いだな……!) 

 

 グラントリノとの関係を先輩に説明している目の前で、切島が驚きながら彼の方を見ていた。神野事件で彼の姿は少しメディアに映っていたから、どこかで見知っていたのだろう。

 

「バブルガール、続きを」

 

「え〜! このような過程がありっ、『HN』で皆さんに協力を求めたワケで……」

 

「ソコ飛ばしていいよ!」

 

 話を八斎會に戻すべくサーに促され、少し調子を崩されたバブルガールにセンチピーダーがフォローをかけるが、その単語に麗日が疑問を抱く。

 そこに波動先輩が周りの空気にそぐわない、和気藹々とした口調で説明を始めてしまう。

 

「HN?」

 

ヒーローネットワーク(HN)だよ! プロ免許を持った人だけが使えるネットサービス! 全国のヒーローの活動報告が見れたり、便利な個性のヒーローに協力を申請したりできるんだって!」

 

 あと、指名手配されているヴィランも見れるらしい、少し気になるシステムだ。まあ、完全なプロヒーローじゃない俺達は、見る事はできないシステムだが。

 未成年であるトガちゃんの事は、もしかして載っていないのかもしれない。

 

 そんな事を会議室の少し重い空気も意にせず、マイペースでウキウキと話をする波動先輩を見て、隣のロックロックが大きくため息を吐いた。

 

「雄英生とは言え、ガキがこの場にいるのはどうなんだ? 話が進まねえや。本題の企みに辿り着く頃にゃ、日が暮れてるぜ」

 

 小さく舌打ちして俺や峰田達も流し目して話すロックロックに、マウントレディの圧のこもった声に続いてファットガムが立ち上がった。

 

「ちょっと!」

 

「抜かせ! この2人はスーパー重要参考人やぞ!」

 

「俺……達……?」

 

「ノリがキツい……」

 

 いきなりファットガムに紹介された切島が動揺し、天喰先輩がビクリと体を震わせる。

 彼も彼でマイペースなのか、俺達に軽く自己紹介をすると、再びサーが話の続きを始めた。

 

「八斎會は認可されていない薬物の捌きを、シノギの1つにしていた疑いがあります。そこでその道に詳しいヒーローに協力を要請しました」

 

 つまり薬物関係の犯罪に対して経験の深い、ファットガムがサーに選ばれたらしい。麗日と蛙吹にカワイイ物でも見ているみたいな視線を送られている彼だが、実際は切島みたいなタイプの人を集めてる超絶武闘派のヒーローだ。

 

「昔はゴリゴリにそういうんブッ潰しとりました。そんで先日のレッドライオットのデビュー戦……今までに見た事のない種類のモンが環に撃ち込まれた…………個性を壊すクスリ……!」

 

 

 

「「「「「個性を壊す……!?」」」」」

 

 

 

 ヒーローの象徴とも言える『個性』に害を与える。そんな前代未聞な内容を聞いて、周りのプロヒーローが一斉に驚く。それに続いて、すぐ通形先輩がイスから立ち上がって天喰先輩に呼びかけた。

 

「えっ!? 環、大丈夫なんだろっ!?」

 

「ああ。寝たら回復したよ……見てくれ、この立派な牛のヒヅメ」

 

「朝食は牛丼かな!」

 

 対していつも通りの暗い口調で天喰先輩が、右手を黒毛の牛の足に変化させて通形先輩に見せる。ここ来る途中のチェーン店にでも寄ったのだろうか。

 

「回復すんなら安心だな、致命傷にはならねえ」

 

「でも戦闘中にブチ込まれたら状況は一転する……!」

 

 確かに、相澤先生みたいに一芸だけじゃないヒーローなら対処は早いかもしれないが、個性が使えなくなった時の動揺は先生から嫌と言うほど学んでいる。確実に相手より数テンポ対処が遅れる事になるし、あるだけでプレッシャーになる個性破壊なんて武器は楽観視しすぎだ。

 俺の呟きにロックロックは何て事もなく、俺を見て鼻で笑う。

 

「個性に頼り切るからだ。最近のガキは個性に鼻をかけちまっていけねえ」

 

「いえ、その辺りはイレイザーヘッドから」

 

 俺とロックロックとの間で変な摩擦が起こり、話がズレそうになっていた所をサーがイレイザーヘッドへと促して修正してくれた。

 

「俺の『抹消』とはちょっと違うみたいですね。俺は個性を攻撃しているワケじゃないので、基本となる人体に特別な仕組みがプラスアルファされた物が個性。そのプラスアルファが一括りに『個性因子』と呼ばれています。俺はあくまで、その個性因子を一時停止させるだけで、ダメージを与える事はできない」

 

 相澤先生の説明を聞いて、俺は学校でのクラスメイト達との出来事を思い出す。

 昔、峰田に先生の『抹消』を発動させて頭のモギモギをモギったら、モギモギは俺達の手にくっ付かないし、峰田の頭から新しいモギモギも生えてこなかった。

 丸坊主になった峰田を見てクラスメイト達は女子含めて大爆笑していたが、当の本人である峰田は「頭が軽い……!」と感動していたのを思い出した。

 

「環が撃たれた直後、病院で診てもらったんやが……その個性因子が傷ついとったんや。幸い今は自然治癒で元通りやけど……」

 

「その撃ち込まれた物の解析は?」

 

 自分の話になって注目されるのが嫌なのか、更にうつむく天喰先輩の方を見ながらファットガムが、サーの質問で彼の身に起こった内容と事件のあらましを話していく。

 

「それが環の体は、ほかに異常なし。ただただ個性だけが攻撃された。撃った連中もダンマリ、銃はバラバラ、弾も撃ったっきりしか所持してなかった! ただ……切島君が身を挺して弾いたお陰で、中身の入った1発が手に入ったっちゅうワケや!」

 

「うおっ!? 俺っすか!? ビックリしたッ、急に来たぁ!!」

 

 いきなり名前を出されて大いに困惑する切島。波動先輩含む女子達から褒められているのに、話に追いつけてない。峰田の冷たい視線も、彼に向けられている。

 だが、女子達からの温かい声も、次の内容で一気に冷える事となる。

 

「そしてその中身を調べた結果……むっちゃ気色悪いモンが出てきた…………人の血ぃや細胞が入っとった…….!」

 

 ファットガムの説明を聞いてインターン生はもちろん、ビッグ3まで一斉に目を広げて顔を青ざめた。特に麗日と蛙吹は、悍ましさのあまりに動揺している。

 そんな中でもリューキュウを筆頭にマウントレディや一部のプロヒーロー達は真剣に考えながら話を進めている。

 

「つまり、その効果は人由来……個性って事?」

 

「個性による個性破壊……」

 

「う〜ん……さっきから話が見えてこないんだが、それがどうやって八斎會と繋がる?」

 

 特撮ヒーローみたいに全身を銀色のヒーロースーツと仮面で覆い隠したモブヒーローが、ファットガムに尋ねた。

 

「今回、切島君が捕らえた男……ソイツが使用した違法薬物な……そういうブツの流通経路は複雑でな……今でこそかなり縮小されたが、いろんな人間、グループ組織が何段階にも卸売りを重ねてようやっと末端に行き着くんや。八斎會がブツをサバいとった証拠はないけど……その中間組織の1つと八斎會は交流があった!」

 

「それだけ?」

 

 モブヒーローの疑問が晴れないのはわかる。中間組織との交流なんざ八斎會ぐらいデカい組織になると、顧客だろうが何だろうが嫌でも接触は増えてくるだろう。つまり、よくある事なのだ。

 だが、サーの説明に続いてリューキュウも情報の提供を始める。

 

「先日リューキュウ達が退治したヴィラングループ同士の抗争…………片方のグループの元締めが、その交流のあった中間売買組織だった」

 

「巨大化した1人は効果の持続が短い粗悪品を売っていたそうよ」

 

「最近多発している組織的犯行の多くが、八斎會に繋げようと思えば繋がるのか……!」

 

「八斎會をどうにかクロにしたくてこじつけたような……もっとこうバシッと繋がらんかね?」

 

 2人の話を聞いて全身真っ黒の藁束みたいなヒーローと、仮面のヒーローが両手を後頭部に当てながらボヤいていると、サーの背後にあるスクリーンに俺の隠しカメラで撮ったエリちゃんの顔が映った。

 

 その怯える少女の表情を見て、何人ものヒーロー達が何事なのかと顔を顰めた。

 

「あ……」

 

「若頭、治崎の個性は『オーバーホール』 対象の分解、修復が可能という力です。分解……1度壊し、直す個性。そして、個性を破壊する弾……」

 

「「………………」」

 

 サーの説明に、緑谷と通形先輩の顔が俯いた。

 

 

 

 

 

 彼女の助けを求める声の意味を、理解してしまった。

 

 

 

 

 

「緑谷くん…………緑谷くん……!」

 

 俺は緑谷の足を小突いて小声で反応を求めたが、緑谷の返事はない。それどころか視線がどこに向いているのか、眼の焦点が合っていない。

 俺の様子はサーにも見えていたと思うが、彼はプロヒーロー達にも理解してもらうべく説明を続けた。

 

「治崎には『エリ』という名の娘がいる。出生届も無く詳細は不明ですが、彼等3人が遭遇した時は手足に夥しく包帯が巻かれていた」

 

「まさか、そんな悍ましい事……!」

 

「超人社会だ。やろうと思えば誰もが何だって出来ちまう」

 

「な……何の話ッスか?」

 

 リューキュウとグラントリノの言葉に、キョロキョロとプロヒーロー達を見回す切島に呆れたロックロックが大きくため息を吐き、状況を理解していない俺のクラスメイト達に告げた。

 

「やっぱガキはいらねえんじゃねえの? わかれよな。つまり、治崎って野郎は娘の体を銃弾にして捌いてんじゃね? ……って事だ」

 

「……は?」

 

 その間違いのない答えに麗日や蛙吹まで硬直する中、峰田が今まで聞いた事のない様な声を漏らしていた。

 

「実際に銃弾を売買しているのかは分かりません。現段階では性能として、あまりに半端です。ただ、仮にソレが試作段階にあるとして、プレゼンの為のサンプルを仲間集めに使っていたとしたら…………確たる証しはありません。しかし全国に渡る仲間集め、資金集め、もしも弾の完成形が完全に個性を破壊するモノだとしたら…………悪事のアイデアが幾つでも湧いてくる」

 

 サーの言う通り、八斎會はヒーロー社会を根本から破壊しかねない代物を少女の体を使って作ろうとしている。そんな物が裏社会に出回ってしまったら、超常黎明期を再来させる地獄が始まるだろう。

 彼の推察にファットガムが自分の座っていた席から手をついて勢い良く立ち上がり、赤い手袋を着けていた拳を握り締める。

 

「想像しただけでハラワタ煮えくり返るッ! 今すぐガサ入れじゃッ!!」

 

「そうだそうだッ!! オイラが片っ端から捕まえてっ、何から何まで全部吐かせてやるッ!!!」

 

「ちょっ!? 峰田くんッ! まずはイスに座りなさいっ!!」

 

 低身長用のイスから立ち上がって机に片足を着けながら啖呵を切る峰田に、マウントレディの窘める声に続いてファットガムが応えてしまう。

 

「おおっ! ちっこいのに大した度胸やっ!! ウチの事務所全員で殴り込んだるわッ!!!」

 

 今にも2人で暴走しそうな峰田とファットガムを落ち着かせようと、数人のヒーローで抑える様子に向こう側の席へと視線が集まるが、そんな光景を見ながらロックロックは舌打ちして俺達を責める。

 

「ケッ、コイツらが子供保護してりゃ1発解決だったんじゃねえの?」

 

「全て私の責任だ。3人を責めないで頂きたい。知らなかった事とは言え、3人ともその子を助けようと行動したのです。緑谷はリスクを背負い、その場で保護しようとし……ミリオと切裂は先を考え、より確実に保護できるよう動いた」

 

 サーは迷いなく俺達を庇う。もし、史実を知らなくても、『オーバーホール』のリスクを考えれば俺は通形先輩と同じ行動をとったハズだ。緑谷の行動だって、気持ちは理解できる。

 

「何が……最高のヒーローだ……!」

 

「何が……ミリオンを救うルミリオン……!」

 

「………………」

 

 彼女がどんな目に遭っているのかは、俺の想像を絶するだろう。

 

 だからと言って、その前に何かできるのかと言われれば、俺の個性でもみんなの個性を利用しても何もできないというのが現状だった。

 

 彼女を助け出すのは当然だし、敵連合にも渡さない。それは当たり前の事だったが、俺にはトガちゃんが今どうなっているのかの心配が勝っていた。

 

 それでも、一緒に戦ってくれると約束した彼女に、俺は弾丸と一緒にエリちゃんの事も伝えた。

 

 ただ弾丸を手に入れるだけならまだしも……エリちゃんの負担が逸れるように、更にはエリちゃんを敵連合からも狙われないように、本当に危険な事を彼女に頼んでしまったのだから。

 

「今、この場で1番悔しいのは、彼等3人です」

 

 サーの言う通り、こんな残酷な目に遭っている女の子の手を、1度離してしまった事を2人は悔やんでいる。

 そして同時に揺るぎない決意を抱きながら。

 

「今度こそ必ずエリちゃんを……っ!」

 

 

 

「「保護するっ!!!」」

 

 

 

「そう。それが私達の目的となります」

 

 イスが倒れるぐらいの勢いで席を立ち、拳を握りしめて叫ぶ2人の声にサーがメガネを光らせて同調するが、そこへまたロックロックが舌打ちを鳴らす。

 

「ケッ、ガキが粋がるのも良いけどよ……推測通りだとして、若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった『核』なんだろ? ソレが何らかのトラブルで外に出ちまってだ。あまつさえガキんちょヒーローに見られちまった。素直に本拠地に置いとくか? 俺なら置かない。攻め入るにしても、その子が『いませんでした』じゃ話にならねえぞ? どこにいるのか特定できてんのか?」

 

「確かに……どうなの? ナイトアイ」

 

 態度こそツレない彼からまともな内容の意見と、リューキュウからの質問にサーは眼鏡を片手で整え直しながら答える。同時に彼の後ろのスクリーンに日本の全国地図と、その中の八斎會の支部や拠点を示すマーカーが示された。

 

「問題はソコです。何をどこまで計画しているのか不透明な以上、1度で確実に叩かねばならない。そこで八斎會と接点のある組織グループ、及び八斎會の持つ土地、可能な限り洗い出しリストアップしました。皆さんには各自その箇所を探っていただき、拠点となりうるポイントを絞ってもらいたい」

 

「それで俺達のようなマイナーヒーローが呼ばれたのか……」

 

「どういう事だ?」

 

 サーの説明に一部の無名のヒーロー達がスクリーンを見て納得していた。緑谷ぐらいしか詳しく知らないだろうが、彼等の活動地区と八斎會の拠点の位置がリンクしている。つまり土地勘のあるヒーローばかりがココには呼ばれていたのだ。

 

「拠点の捜索にあたっては、以下の事を意識していただきたい。ひとつ、個性を破壊する弾を製造できる場所があるのかどうか。ふたつ、頻繁に人や物の行き来があるか。みっつ、認可されていない薬物が多く出回ってないか。八斎會は綿密な計画を練り、深く静かに事を進めています。細心の注意を払うよう、お願いします」

 

 サーが指を立てながら捜索の細部内容まで長々と説明していると、そこに耐えられなくなったのかファットガムが机を叩いた。

 

「オールマイトの元サイドキックな割に、ずいぶん慎重やな……回りくどいわッ! こうしている間にも、エリちゃん言う子泣いてるかもしれへんのやぞッ!!」

 

 今にも殴り込むんじゃないかと息を荒げているファットガムに対しても、サーは冷静に現実を突きつける。

 

「我々はオールマイトになれない。だからこそ分析と予測を重ね、助けられる可能性を100%に近付けなければ」

 

「焦っちゃいけねえ。下手に大きく出て捕らえ損ねた場合、火種が大きくなりかねん。ステインの逮捕劇が連合のPRになっちまった様にな。むしろチンピラに個性破壊なんつう武器流したのも、そういう意図があっての事かもしらん」

 

 過去の事例を基にグラントリノもサーと同意見だったが、それでもファットガムは反論を続ける。

 

「考えすぎやろッ! そないな事ばっか言うとったら、身動き取れへんようなるでッ!!」

 

「あの……1つ、いいですか?」

 

 彼の激情を抑えるようにして、今度は相澤先生が手を挙げた。

 

「どういう性能かは存じませんが、サー・ナイトアイ……未来を予知できるなら、俺達の行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々、合理性に欠ける」

 

 現状の未来を見て、その対策を練ろうとする。普通だったなら確かにその手段が最も相澤良い、合理的すぎる先生の意見だ。本人の心情を考えなければだが。

 

 それに……そんな便利すぎる個性が、そこまで都合の良いワケない。

 

「それは……できない」

 

「!?」

 

 眼鏡越しに少し視線を落としたサーの答えに、先生だけじゃなく周りの者まで動揺が広がる。

 

「私の予知性能ですが……発動したら24時間のインターバルを要する。つまり1日1時間1人しか視る事ができない。そして、フラッシュバックの様に1コマ1コマが脳裏に映される。発動してから1時間の間、他人の生涯を記録したフィルムを視られると考えていただきたい。ただし、そのフィルムは全編人物の近くからの視点。視えるのはあくまで個人の行動と僅かな周辺環境だ」

 

「いや、それだけでも十分過ぎる程色々わかるでしょう。できないとは、どういう事なんですか?」

 

 それだけでは答えになっていない返答に対し、相澤先生は少しだけ目を細めて問いかける。

 

「例えば、その人物に近い将来、死……ただ無慈悲な死が待っていたら、どうします?」

 

 眼鏡を押さえてうつむいたサーがそう言った瞬間、会議室の中が緊張に包まれる。

 

 そんな中、俺と彼の視線が僅かに合わさった。

 

 

 

 

 

 俺の行動は、サーの個性に影響されない。

 

 

 

 

 

 俺がいるから、未来が確約できないのだ。

 

 

 

 

 

 いや、そんな問題じゃない。これはサー自身の問題だ。

 

 

 

 

 

 オールマイトの事でトラウマになっているのは、緑谷に告げられる前からわかっている。

 

 

 

 

 

 サー自身が、乗り越えないといけないのだ。

 

 

 

 

 

「私の個性は行動の成功率を最大まで引き上げた後に、勝利の駄目押しとして使うものです。不確定要素の多い間は闇雲に視るべきじゃない」

 

「ハアッ!? 死だって情報だろ! そうならねえための策を講じられるぜ!」

 

 あまりにも限定的すぎる強力な制限に、激情気味なロックロックが反論をする。だが、サーは揺らがない。

 

「占いとは違う。回避できる確証はない」

 

「ナイトアイ、よくわかんねえなっ! いいぜ、俺を見てみろ! いくらでも回避してやるよ!!」

 

 隣に座っているモブのプロヒーローもロックロックの強行を止めようとしていると、それでもサーは断固とした意思で叫んだ。

 

 

 

「駄目だ!」

 

 

 

「ナイトアイ……!」

 

 梃子でも動かないサーの様子に、ロックロックは押し黙る。どうしても使おうとしない、悪く言えば人命が掛かっているのに手間を増やそうとしているサーに、ファットガムも相澤先生も顔を顰めてしまった。

 

 未来が見えるという事は、その人の運命を決定づけてしまっているみたいなモノだ。

 

 俺だって、変えようのない未来で人の死なんてみたら、耐えられそうもない。

 

 しかも今回に至っては未来に囚われない俺、史実に存在しない峰田とマウントレディ。混沌としたこの現状では、万が一に明るい未来が見えても本当に当たるのかが疑わしい。

 無言となった会議室内に、リューキュウがため息を吐いて話を再開した。

 

「ハァ……とりあえず、やりましょう。困っている子がいる。これが最も重要よ」

 

「娘の居場所の特定、保護。可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力、宜しくお願いします……!」

 

 サーが席から立ち上がり、プロヒーロー達に頭を下げた。

 

 

 

 サーは今回の事件で最悪の未来を見る事になるのだが、それを緑谷が塗り替えた。

 

 

 

 俺に、緑谷と同じ事ができるのだろうか?

 

 

 

 

 

 彼を救う事が、本当にできるのだろうか?

 

 

 

 

 

 それでも……最期までは諦めたくない。

 

 

 

 口ではいくらでも言える事かもしれないけど。

 

 

 

 未来に囚われない俺と、未来を見る事のできるサーに、大きな意味があると思いたい。

 

 

 

 彼を救えるのは自分だけなのだと、信じて。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 敵連合に関する話もあって少し会議が長引いた結果、相澤先生やマウントレディのプロヒーロー達は今後の八斎會の支部を調査するチーム分けの会議が行われた。

 張り込みに単独潜入紛いの事までやらなきゃいけない終点の不確定な調査に、まだ学業が本分である俺達インターン生を参加させるのは流石のプロヒーロー達にも躊躇われた。峰田は自分も参加すると最後まで抵抗していたが、プロの向こうの意見が絶対である以上、覆る事はない。

 

 彼を宥めて会議室の席を外した俺はビッグ3に連れられて別の控え室に移動し、事務所が注文していた昼食の弁当にガッつきながら今後の事について話し合っていた。ちなみに弁当の献立は唐揚げ弁当。まだ出来立て揚げたてホヤホヤだ。

 

「ガツガツッ、ガブリっ! きりひゃきひゃあっ! オイラの『ジャンブル』っ、もう少し改良できひょうなんらよッ! 手つらってくんね!? ガツガツッ、ガツガツっ!!」

 

「ガブっ……っっ……ゴクンッ! おれもひゃっ、今技結構考えてんらけろさっ……行き詰まっれれ困ってんらッ……! ゴクッ……緑谷くん切島くん、弁当食って」

 

「いや、そうだけどよ……」

 

「……切裂くんも峰田くんも……よく食べれるね……」

 

「ぅ……ゴメン……私…………」

 

「ケロ……ちょっと食欲ないわ……」

 

 だがしかし、弁当に勢い良くガッついているのは俺と峰田だけ。緑谷と切島は箸こそ持っているがまるで手が動いていないし、麗日と蛙吹に至っては手を膝に置いたまま割り箸すら割っていない。ビッグ3の先輩達は、気分こそ優れないが通形先輩もしっかり弁当を腹に押し込もうとしていた。

 

「梅雨ちゃん! 食べないならオイラが……!」

 

「ダメ、梅雨ちゃんも食べて。てか、食べろ。麗日ちゃんも」

 

 蛙吹の弁当にまで手を伸ばそうとしていた峰田を止め、少し強めの口調で指示する俺にクラスメイト達が嫌々箸を動かし始める。

 そんな中で蛙吹が消沈したまま、自分の弁当を取ろうとしていた峰田に質問する。

 

「……峰田ちゃんは、怖くないの?」

 

 彼は彼女に顔も向けず、自分の弁当の残りを腹に押し込みながら即答した。

 

「ううん! 要はッ、あのハッカイサイとかいうクソッタレのボスを捕まえればいいんだろッ!?! 上等だよっ! あんな鬼畜ッ、ぜってー楽に捕まえてやらねーからなッ!」

 

「峰田ちゃん……!」

 

 まだ組織名すらちゃんと言えてないのに、モノ凄い形相で俺以上に唐揚げ弁当にガッついている峰田に、蛙吹から小さく声が漏れた。

 峰田、職場体験で子供からの人気が出てから、段々と考え方が変わっていった。小さな少女であるエリちゃんの話を聞いて、彼は怖気付くどころか怒りに燃えていた。

 

「クソッ、こんなトコで怖気付いてどうすんだ俺! ヒーローに憧れてココまで頑張って仮免取ったんだっ! うおォォっ!」

 

 峰田の熱意に押されて、ブンブン顔を左右に振った切島が負けじと弁当を持って、大口開けながら一気に掻き込んでいく。

 

「緑谷くん、大丈夫?」

 

「うん……ヒーローは、泣かない……!」

 

 泣いている場合じゃないと覚悟を決めたのか、切島と峰田の様子にも影響されたのか、緑谷も鼻を啜って目元から零れ落ちそうだった涙を擦り、弁当の唐揚げにカブりついた。

 

 考え方はそれぞれかもしれないが……別にヒーローも人間なのだから、泣くとは思っている。泣く事ができるのも、弱音を吐けるのもある種の強さだと、俺は思う。溜め込むと、いつかパンクするのだから。

 

 この世界に来てから俺、泣いた事あんまりない。個性が個性だから、ケガとかもほとんどしなかったし。

 

 

 

 

 

 いつも泣きそうになるのは、トガちゃんと一緒の時だ。

 

 

 

 

 

 きっと……俺にとってはエリちゃんの事よりも、彼女の方にずっと心が傾いてしまっているのだろう。

 

 そんなことを思いながら峰田に続いて弁当を空にした俺が皆の弁当を食べる様子を見ていると、部屋に直結しているエレベーターが開いて相澤先生とマウントレディが部屋に入ってきた。

 

「随分と対極的な食事会だな」

 

「ケロっ、先生!」

 

「ああ、学外ではイレイザーヘッドで通せ」

 

「マウントレディも!」

 

「ようやく終わったわ……! まさか、こんな大事になるなんて……エッジショットとシンリンカムイになんて説明しようかしら……」

 

 口元に米粒を付けたまま彼女を名前を呼ぶ峰田に、マウントレディが髪を掻き上げながら大きく息を吐いた。

 

「飯は喉を通ってるみたいだな。ビッグ3の通形が言っていた通り、本物の経験は綺麗事だけじゃない。お前らが望んだヒーローになりたかったら、乗り越えるんだ」

 

 今回の事件は重すぎるかもしれんが……と、言葉を足した相澤先生は俺達とビッグ3の先輩達を見渡しながら、最後に唐揚げにカブりついている緑谷を見下ろした。

 

「ただなあ緑谷……お前はまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ。敵連合の一件はあるが残念な事に、ココで止めたらお前はまた飛び出してしまうと俺は確信してしまった」

 

「……っ!」

 

 林間合宿の事を言っているのだろう。動揺して咀嚼を止める緑谷の前に先生はしゃがみ込んだ。

 

「俺が見ておく。するなら、正規の活躍をしよう緑谷。わかったか? 問題児」

 

「っ!」

 

 相澤先生が拳を軽く緑谷の胸に着け、彼は口内に飯を含んだまま大きく頷いた。

 その反対側では天喰先輩が通形先輩に優しく声をかけている。

 

「ミリオ、顔を上げてくれ」

 

「ねえ、私知ってるの。ねえ通形、後悔して落ち込んでも、仕方ないんだよ。知ってた?」

 

「……ああ」

 

 天喰先輩と波動先輩の2人に慰められながら、通形先輩は弁当を掻き込みながら鼻を啜っていた。この人も戦闘力だけのヒーローじゃないし、ココで折れる人間でもない。ましてや信頼できる仲間が2人もいる。

 

「気休めを言う。掴み損ねたその手は、エリちゃんにとって必ずしも絶望だったとは限らない。前、向いていこう」

 

「はい!」

 

 相澤先生の言葉に、口の中のものを飲み込んだ緑谷が大きく頷く。先生の言う通り、治崎の手の外には緑谷の様に自分を助けてくれる人がいるって事が、エリちゃんにはわかったハズだ。

 

「相澤先生……!」

 

「ここではイレイザーだ」

 

「俺っ、イレイザーヘッドに一生ついてきます!」

 

「一生はやめてくれ」

 

「スイマセンっ!」

 

「切島くん、声デカい……!」

 

 クラスメイトの間で騒いでいる俺達を尻目に、弁当を完食した通形先輩が俺と緑谷の方に顔を向ける。

 

「ぷっぱ〜……よしっ! 2人とも、今度こそ必ず……!」

 

「「はい!」」

 

 通形先輩の呼びかけに俺と緑谷が元気良く応えると、相澤先生は立ち上がって今一度俺達を見渡して告げた。

 

「とは言ってもだ。プロと同等か、それ以上の実力を持つビッグ3はともかく、お前達の役割は薄いと思う。蛙吹、麗日、切島、お前達は自分の意志でココにいるワケでもない。どうしたい?」

 

「せ……っ、イレイザーヘッド! あんな話聞かされてもう、やめときましょとはいきません!」

 

「イレイザーがダメと言わないのなら、お力添えさせてほしいわ!」

 

 麗日と蛙吹の迷いのない答えに、相澤先生は無言で頷いた。

 

「会議に参加させてる以上、ヒーロー達は1年生の実力を認めていると思う。現に、俺なんかよりも1年の方がよっぽど輝かしい……」

 

「天喰くんスキあらばだね!」

 

 弁当をモサモサとむさぼりながらネガキャンを披露する天喰先輩に、ビッグ3の中で誰よりも早く弁当を完食してお茶を飲んでいた波動先輩が彼に告げる。

 

「俺らの力が少しでもその子のためになるならっ、やるぜイレイザーヘッドっ!!」

 

 最後に切島の気合いの入った返事も聞いて、相澤先生は最後に峰田の方を見ていた。

 

「わかってるならいい。今回、俺達の任務はあくまでエリちゃんという子の保護が目的。だが……峰田、お前に関しては任務の目的が少々違うが……」

 

「わかってるよ先生! 敵連合や脳無との交戦は会うまではわかんないからっ、エリちゃんの保護と治崎(アイツ)の逮捕に全力出せって事でしょ!?」

 

 マウントレディと峰田が呼ばれたのは連合との交戦が想定されたからが原因だが、エリちゃんの事を聞いて素通りする2人なワケがない。

 

「イレイザーヘッドだ、任務を履き違えんな峰田。警察とナイトアイ事務所が集めた情報の見解でも、敵連合と死穢八斎會の関係は不明確な部分が多く、その目的も解明されていない」

 

 警察もまだ個性を破壊する弾丸に対して、眉唾な情報が多すぎるのだろう。まさか敵連合が弾丸を狙っているなんて答えには、辿り着いていないのだ。

 

「会議で決めた事だが……エリちゃんという子に危機が迫ってる以上、付属である連合との接敵は最低限。ヤツらが同じ場にいたとしても、俺達の優先順位はエリちゃんの保護。そしてソレを妨害するだろう八斎會構成員の逮捕。ただし……万が一見当違いで連合が八斎會と完全な協力態勢を構えていた場合は……やるしかない。任務は複雑だが……お前達なら何を優先すべきか判断できるハズだ。正規の手続きで、正規の活躍をする姿を見せてくれよ、ヒヨッコ共」

 

「「「「了解ですっ!」」」」

 

「「了解よっ!」」

 

 相澤先生の言葉で、テーブルに座っている俺達全員の心がひとつにまとまった気がした。

 

 ただ、俺はひとつだけ今回の事件に関しての懸念事項が残っていた。

 

「マウントレディ……潜入任務とかってできるんですか?」

 

 作戦会議で想定している通り今回は屋内戦メインであり、そして巨大化という目立ちすぎるマウントレディの個性と、これから始まる潜入任務は合っていない。

 カチコミの時は巨大化して屋根を引っぺがす手段もあるが、エリちゃんがどこにいるのかハッキリしない以上いきなり滅茶苦茶はできないし、彼女はたぶん地下だ。

 

「ぷっ……w」

 

 俺の質問で唐突に峰田が笑って、クラスメイト達もビッグ3も相澤先生まで、なんなんだと彼に視線が集中する。

 

「心配しないで、ホラっ!」

 

 それまで携帯電話でエッジショット達にメッセージを送っていたのか、ずっと携帯を見ていたマウントレディが俺の問いかけに答えたかと思えば、いきなり彼女の体がこの部屋の中で巨大化を始めた。

 

「え!?」

 

「うわっ!? マウントレディっ!!」

 

 峰田以外の全員が驚き、緑谷と俺が慌てて彼女の凶行を止めようと声を上げる。

 

 だが、彼女の個性によって事務所が壊れる事はなかった。

 

 相澤先生が抹消を発動したんじゃない。

 

 

 

 

 

 彼女の巨大化は部屋の天井へと届く5メートル程度で止まっていたのだから。

 

 

 

 

 

「え……!?」

 

 驚く俺に対し、マウントレディはドヤ顔を披露しながら俺の目の前に顔を寄せた。

 

「どう? アナタに言われて個性を伸ばした結果よ!」

 

「あぁ……!」

 

 確かに職場体験で告げていた俺の言葉を、彼女は汲み取っていたのだ。

 前にネットニュースにマウントレディが巨大化と縮小化を何度も繰り返して次々ポーズを変えながら、キタコレ族に写真を撮らせるパフォーマンスを見た時に思ったのだが、狭い都会で個性を鍛える方法を彼女は見つけていた。その結果が今、ここに表れたのだ。

 

「へへっ、まだメディアにも見せてねえんだぜっ! ホントはラーカーズ結成記念にお披露目するつもりだったらしいけどっ!」

 

「峰田くん、知ってたん!?」

 

「ケロっ、リューキュウさんと同じぐらいにもなれるって事ね!」

 

「凄い……! サイズが調整できるって事は今までみたいにマウントレディが満足に動ける片側2車線以上の道路上みたいなスペースを限定する必要はない。マウントレディの最大長身は元の身長の162cmから約13倍の2062cm。場所に合わせて調節すればほぼ全ての場所で巨大化した有利な状態でヴィランの退治ができる。それだけじゃないよサイズ調整ができるなら高所への移動も巨大化してから縮めば簡単だし民間人の救助や荷物の運搬だって自由自在だ。これからはマウントレディもヴィラン退治意外で仕事の幅が大きく広がるよ。下半期のヒーローチャートランキングかなり変動するんじゃないかな? 個性を調節するっていうとても簡単そうで1番難しいのは僕自身が1番理解しているけれども切裂くんの言っていた通りやっぱり個性は可能性…………ブツブツブツブツ」

 

 俺達の驚く様子を見て喜ぶ峰田に、目を丸めてマウントレディを見上げる麗日と蛙吹。そして長々と呪文を唱え始める緑谷は無視して、腰を大きく曲げて天井にぶつからないようにしながら、彼女は腰に両手を当てて俺達を見下ろした。

 

「まっ、私もソコソコ顔も名前知れてるし、張り込みには使えないかもしれないけど……エリちゃんの救出には協力させてもらうわよっ!」

 

「すごーいっ! 不思議不思議っ!! わたしもリューキュウやマウントレディみたいに、大きくなりたいな!」

 

「は、波動さんは大きくならなくてもいいんじゃないかな……」

 

「タッハ〜! 波動さんが大きくなったら、俺達人形みたいにイジられるのが見えてるんだよね!」

 

「コレで器物損壊からオサラバできそうですね……!」

 

「ホントよっ! まっ、おかげでまた巨大化グセが再発しちゃったんだけどね♪」

 

 ビッグ3も後ろで騒いでいる中、俺達を見下ろしながら彼女は大きな顔を近づけてウインクをする。元々の美貌に子供っぽさと巨大化という非現実的な色っぽさも合わさり、目の前で見た俺と緑谷、切島がゴクリとツバを飲み込んだ。

 

「あと、コレはお礼」

 

「え?」

 

 そう言ってマウントレディは巨大化したままの両手で俺を赤ん坊みたいに軽々と抱え上げると、そのまま当たり前みたいに俺を抱きしめてきた。

 

「あ……っ!」

 

 巨大化のせいで巨乳爆乳なんて表現を超えている、レギュレーション違反なサイズの乳房が俺の上半身を包み込み、その状態で彼女が囁く。

 

「インターンの件は遅くなってゴメンなさいね……でも、この事件が解決したら私達とのチームアップも組んでくれるわよね?」

 

「は、はい……!」

 

 恥じらいを全く感じさせられない、彼女の大きくて真剣すぎる視線を間に受けて、俺は後先の事を考えずに返事をしてしまった。

 

 だいぶ後で知るのだが、ソレが彼女の策略の内だった。

 

 人間を駄目にするソファーの比じゃない。男を一撃で腑抜けにさせる、彼女の肢体である。

 俺の返事を聞いたマウントレディは、満足して俺をストンと床に下ろしてくれた。後ろで峰田の凄まじい視線を感じながら、俺は少し赤面して惚けていた緑谷の方に向かって振り返る。

 

「み、緑谷くん……やってみ?」

 

「え、遠慮しておく……!」

 

「切島くんは?」

 

「お……ぅ、っ! いやッ、そんな男らしくねえ事っ、恥ずかしくてできるかってんだっ!」

 

 とりあえず2人に勧めてみたが、緑谷は向かい側から麗日の麗らかじゃない視線を受けていたので、すぐさま逃げた。切島も髪の毛に負けないぐらい顔を染めて欲に飲まれかけていたが、ギリギリ理性が勝っていた。もしかしたら2人とも、ほんの少しだけ惜しかったとか思っていそうだが。

 

「……三奈ちゃんに報告したろ」

 

「……写真も撮れたわ、ケロっ」

 

「ラグドールさんにも伝えとこうぜ」

 

「2人ともやめて。峰田くんも」

 

 携帯をイジる女子2人を全力で止めようとして、なぜかソレを止めようとしてくる峰田が面白そうな顔をしている。

 マウントレディはようやく元のサイズに戻って満足した様な表情をしているし、相澤先生は個性を発動しようとした目頭を軽く押さえながら、大きくため息を吐いていた。

 

 決して今回の事件は楽観視できるモノではなかったハズなのだが……

 

 

 

 

 

 ……俺には、なんだかいける気がしてきていた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 個性を破壊する弾にエリちゃんの体が使われているという衝撃の事実の発覚から、その八斎會の若頭である治崎の行方と、エリちゃんの居場所の捜索がサーとチームアップしたプロヒーロー達によって開始されて数日後。

 

 その日、ようやく俺は緑谷の『浮遊』を鍛えてもらうべく、彼を麗日との特訓に漕ぎ着けていた。

 エリちゃんの事で緑谷本人の精神はまだ完全に良いとは言えなかったが、激闘が迫っている以上は足踏みしていられないのは本人も理解していただろう。

 それに、オールマイトの未来の事も俺というイレギュラーな存在で、漠然とだが希望が見えている。サーの事務所で麗日と時間的余裕があるぐらい合流できたのが幸いした。

 

 相澤先生含むプロヒーロー達が捜査を行なう間、俺達は事務所からの報告が届くまで待機という名の練成期間となった。全員がエリちゃんの保護に奮い立つ中、俺だけはトガちゃんの事も考えていたが。

 八斎會のアジトが地下になっているせいか、数日前から携帯で送っているメッセージが既読にならない。想定の範囲内だが、彼女の動向が読めなくなるのは歯痒い。最悪だったとしても、史実通りに話が進んでいるのを祈るばかりだ。

 

 時間帯は放課後。全員ジャージに着替えた俺達が特訓の場に選んだ場所は見慣れた『体育館γ』だが、今日はセメントス先生が作ってくれた立体交差の障害物から少し離れた、体育館内の平地の部分が広がる壁際に寄って、俺は空中に浮いている2人の特訓を眺めていた。

 

「ねえ……どーしても、ダメなの? インターンの事……」

 

「うん。ゴメンね芦戸ちゃん、仕事だから……」

 

「三〜奈! もうっ、すぐ戻っちゃうんだから!」

 

 たまたま芦戸との特訓も挟んでいた俺は、彼女に対して素っ気ない態度を取る事しかできない。最近は『ヒュドラ』の頭が3つから5つに増やせるようになったらしく、俺を何回か頭で捕まえる事に成功した彼女は、今度は俺よりも遥かに素早い峰田を捕まえようと頭の操作性を伸ばしていた。

 

「ゴメンね、アシ……三奈ちゃん……」

 

 仮免試験以降、未だに呼び慣れなかった彼女の名前に戸惑っている俺を見て、芦戸は複雑な表情をしながらそれでも俺に肩を寄せ、その澄んだ黒い瞳で俺を少しだけ見上げる。

 

「……今度は無事で帰ってきてよね……?」

 

「……うん」

 

 彼女にはわかったのだろう。俺達が戦いに備えているのが。これからまた、自分達の想像もつかない激戦区へと踏み出していくのが。

 林間合宿の様な結果にはさせない意思を込め、俺は彼女の目を見て頷いた。

 

 本インターンの内容に関しては一切の口外が禁止されている。

 そのかわり、俺達はエリちゃんの救出作戦の参加が決定されている。だから今、口に出すワケにはいかなかった。

 

「まぁ……最近の緑谷とか、だいぶ思い詰めてるみたいだったしよ……切裂もな」

 

「瀬呂くん……」

 

 そこへ数分前まで体育館内の立体交差エリアで、峰田や蛙吹と一緒に鬼ごっこしていた瀬呂が話しかけてきた。どうやら彼は2人に機動力を鍛えるために呼ばれたそうだ。確かにA組随一の機動力の持ち主は彼だから、峰田と蛙吹が呼んだのも納得だ。

 

「どうせ情報漏洩がどーたらとかで、言えねえんだろ? 無理強いしねえから、頑張ってこいよ!」

 

「ありがとう……瀬呂くん、峰田くんに呼ばれたんでしょ? 付き合わせちゃって、悪いね」

 

 何も言わなくても俺達の意を汲んでくれる彼に、俺は素直にお礼を伝えた。

 

「いいって事よっ! お前らの力になれんなら、いくらでも協力するぜ」

 

「瀬呂〜っ、休憩しようぜ〜!」

 

 良い笑顔を見せながら腕を曲げて返事をしていた瀬呂の後ろから、峰田と蛙吹が走ってきた。さっきまで散々跳ね回っていたせいか、2人とも瀬呂と同じぐらい汗びっしょりだ。

 

「峰田くん、お疲れ」

 

「梅雨ちゃんも、頑張ってるね!」

 

「ケロっ、それでも峰田ちゃんは捕まえられないのよ。私もまだまだだわ」

 

 体育館の壁際へと集まってきた俺達は、持ってきていた水筒や自販機で買ったペットボトルの飲み物を飲みながら雑談をしていると、普通のノートを開いている俺を見て瀬呂が再び話しかけてくる。

 

「しっかし、お前がスランプなんて、珍しいな?」

 

「うーん……」

 

 唸っている俺はさっきから何をしているのかと言うと、緑谷が訓練でよく書き留めているノートを貸してもらい、俺の『個性』やヒーローコスチュームの事が書かれているページを見ていたのだ。

 結構単純な個性だとは思っているが、爆豪や轟の欄と同じぐらいページ数が多い。それだけ緑谷が俺の事を見ているという事になる。

 

 そのノートの内容を踏まえて峰田や切島と特訓していたが、結果は乏しい。何か新しいインスピレーションでも出てこないかと、俺は芦戸と話し合っていた。

 ちなみに、切島は体育館の奥の方でB組の鉄哲達と殴り合っている。俺は少し彼等の輪から外れていたのだ。

 

「緑谷くんのノート借りたけど……コレだって思うのもないし……地道に個性伸ばすかな……」

 

「うーん……じゃあ、ヤイバが個性でこんな事できたらいいな〜って事……ある?」

 

 芦戸に提案されて最初に思ったのが索敵能力だが、さすがに『刃』では無理だろう。パワー系としてはもう十分すぎるし、遠距離攻撃から範囲攻撃まで完成した。瀬呂や蛙吹、峰田の様な機動力も魅力的だが、刃の伸縮を鍛えるしかない。残る俺の中の希望は……

 

 

 

「飛びたい……」

 

 

 

「無理だよ」

 

「無理だろ」

 

「無理だって」

 

「無理よ切裂ちゃん」

 

 4人から一斉に否定されて、俺は大きく項垂れた。

 わかってはいる。俺の『刃』とは関係性が無さすぎるのだから。

 瀬呂の話に続いて、峰田も心配そうな声を漏らしながら体育館内を見上げた。

 

「飛べると言やぁ、緑谷も頑張ってるけどよ……大丈夫かアイツ?」

 

「あっちもあっちで大変そうだな……」

 

 そして、そんな事を考えている俺達の視界の先では、緑谷と麗日がしどろもどろに体育館内の中間辺りを浮いていた。

 

「うわっ、ととっ!」

 

「デクくんっ! こっちこっちっ!」

 

 空中をバタバタと不安定に浮かんでいる緑谷に、麗日が無重力で浮遊しながら自分の方へと来るように彼を誘導していた。彼女も器用に個性の発動と解除を繰り返して、上手く空中で機動をとっている。

 

「お茶ちゃんの無重力と違って、ある程度は進む方向が決められるのね」

 

「それでも遅いから、エアフォースの衝撃と合わせて飛ぶのが理想的なんだけど……」

 

 2人の様子を見上げる蛙吹に俺は説明を補足する。緑谷の浮遊は麗日と違って重力下で発動しているので、個性の調節で上昇から下降まで行える。更に前後左右に微力ながら推進できるので、調節がうまくいけば好きな方向に浮かび上がれる。

 

「デクくん、泳ぐみたいな感じて……!」

 

「こ、こう……?」

 

 ただ、さっきから頭が上のほぼ直立状態でしか受けず、横になると空中でグルグル転がっているのが目立った。

 それもなんとか、麗日のアドバイスで形になりそうだ。

 

「飛ぶ事に関してはお茶子ちゃんが1番ね」

 

「A組の中で完全に飛べるのが麗日だもんな」

 

 蛙吹と瀬呂も、会話をしながら飛んでいる2人を見上げて関心していた。聞こえてくる会話も明るい。

 

「デクくん上手だよっ!」

 

「そ、そうかな……?」

 

 麗日のお褒めの言葉に、緑谷はまだ自信なさげに困惑している。体軸を横や斜めにできたら、ようやくエアフォースが使える。直立の状態で真横に衝撃なんて放ったら、体からひん曲がってしまうからだ。

 

「でも……飛ぶのがこんなに難しいなんて……かっちゃんも凄いと思ったけど、麗日さんもやっぱり凄いや……!」

 

「そ、そんな事ないよっ! 私のは飛ぶってゆーか……浮かんでるだけやし……!」

 

 目の前で手をバタバタしながら首を左右にブンブン回し、ゆっくりと旋回していく麗日に対して緑谷からの言葉はまだ続いた。

 

「僕……ずっと、麗日さんの個性が羨ましかったんだ……!」

 

「っ!!? そ、そうなん……!?」

 

「だって、空が飛べるもん……コミックのヒーローみたいでっ!」

 

 確かに緑谷の言う通り、飛べる事に自分自身だいぶ憧れているとは思っていたが、やっぱりヒーローと言えばマントと飛行能力なのかもしれない。オールマイトだって個性の応用だが、ほぼ飛べるし。

 

「俺も飛んでみたいな……」

 

「オイラもちょっと気になるんだよな……」

 

「今度、麗日に頼んでみたら?」

 

 俺の唐突な呟きを峰田と芦戸が拾ってくれた。確かに期末試験で1回無重力にしてもらったぐらいで、まともに彼女の個性で飛んだ経験は1度もない。訓練の一環としては、アリかもしれなかった。

 

「でも、アレじゃまだ遅すぎるぜ?」

 

「的にしてくださいって言ってるみたいなモンだしな」

 

 瀬呂と峰田、機動力コンビの手厳しい評価に、俺は無言で同意していた。2人の言う通り、あれではまだまだ戦闘に使える段階ではない。

 

 浮かんだまま体勢を変えるコツを掴んできたのか、しばらくしてから緑谷と麗日の2人は地面へと下降してきた。

 

「どう緑谷くん?」

 

「やっぱり難しいよ……! 力のイメージとしては……星の○ービィみたいに、空気を溜め込んで風船みたいに浮かび上がっていく感じなんだけど……」

 

「なにソレ」

 

 想像以上の酷いイメージに俺は、せめて口に出すのだけは押し留めた。100歩譲っても○ービィは麗日の方だろうに。

 そこから緑谷の長々とした呪文を聞きつつ飲み物で軽く休憩してから、今度は緑谷の浮遊に加速をつけようと言う話になった。

 

「推進力はエアフォースで良いとして……イメージとしては風船を針で突っついたみたいな……」

 

「ソレだと力の爆発みたいなイメージにならないか?」

 

「爆豪みてえだな」

 

「確かに……」

 

 緑谷の想像するイメージに全員で否定しつつ、俺はイメージの方向性を変えようと提案する。

 

「もっと機動力つける必要があるから、速いイメージの方がいいんじゃない?」

 

「う〜ん……速さも必要だけど、浮いてないといけないから……何か飛ぶイメージがあればいいんだけど……」

 

 向こうも少し手詰まりを感じていたので、我慢できなくなった俺は彼へと助け舟を出す事にした。

 

「音楽でも流すか……雄大に大空を飛んでる感じの……」

 

「ソレいいかもっ! 何流すの!?」

 

 俺の提案に芦戸がすぐさま乗った。今は授業じゃないのだから、音楽流そうがどんな事をしたって怒られる事はない。

 俺は彼女が持ってきていた、形は円柱形でカラフルなカラーリングをしたBluetoothのスピーカーを俺の近くに置く。なんでそんな物があるのかと言えば、彼女が時折休憩中にダンスする時に使っている物なのだ。

 

 俺も何度か誘われているし、少し興味があったから参加した事もある。ただし彼女のダンスが披露されるのは、もう少し先だ。

 絶対に明るい雰囲気で実現させるべく、まずは緑谷に浮遊を完璧に使いこなせてもらわないと困る。

 

 俺は彼女のスピーカーに自分の携帯をリンクさせると、適当な音楽を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 挿入曲 Mena Massoud & Naomi Scott - A Whole New World

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブハハハハハっwww!!!」

 

「ダハハハハハっwww!!!」

 

 イントロが流れたと同時に、体育館に芦戸と瀬呂の思い切りの良い笑い声が響き渡った。

 

「なんでコレなんだよっ!?」

 

「コレ以外ないでしょっ!」

 

 峰田のツッコミに俺は何が問題なのかと即答する。空飛んでんだから間違いないハズだ。

 

「ケロっ、試してみましょ♪」

 

 一見無表情だが、蛙吹もノリノリである。俺は彼の背中を押すべく、早口で捲し立てる。

 

「ホラっ、緑谷くん! 曲終わっちゃうから飛んでっ!」

 

「き、切裂くんっ! コレって雄大って言うかその……っ!」

 

 オールマイトオタクだけの男だと思っていたのに曲は知っていたのか、なんか照れくさそうにし始めた緑谷に、俺は真顔で告げる。

 

 

 

 

 

「いいから飛べ」

 

「う、うん……(切裂くんって……たまに戦ってる時よりも怖い目してる時あるんだよね……)」

 

「?」

 

 

 

 

 

 隣の麗日は知らないのか、首を傾げていた。たぶん彼女、『TDL』とか行った事ないのかもしれない。ヒーローになった理由が理由だし。

 緑谷にTDLのパンフレット渡そうかどうか悩んだが、さすがにクソナードに1発目からTDLは敷居が高すぎる。代わりに『ズードリームランド』で肩慣らしでもしてもらうかと考えながら、俺は今から飛び立とうとする緑谷を見守る。

 

「エアフォースを、対ヴィラン用の15パーセントじゃなくて……移動のためだけの超低威力……っ!」

 

 フルカウルとエアフォース、更には浮遊の出力まで調整しなくてはならないというマルチタスクに挑戦している緑谷。難易度がどれ程のものなのかは、本人にしかわからない。

 

 でも、緑谷ならやってくれる。そう願った直後、地面に向かって彼の両手からエアフォースが放たれ、地盤を弾く。

 

「うわっ!!?」

 

 その直後、いきなり緑谷の体がワイヤーで引っ張り上げられたみたいに急上昇した。

 

「デクくんっ!」

 

 バタつく彼を見上げながら自分に個性を発動させた麗日が飛び上がり、一直線に上昇していく彼へと接近していく。

 

「麗日さん危ないっ!」

 

 咄嗟に急ブレーキをかけようと、緑谷は上方に向かってエアフォースを放ち、勢いを止めてみせたが今度はその止まった緑谷に麗日が蹴り付けた勢いでそのまま突っ込んだ。

 

「きゃっ!?」

 

 周りも少しザワついた直後、空中で激突するかに見えた彼女の両手が伸びて、咄嗟に彼はその手を同じく両手で掴んだ。

 

 勢いが押し殺され、空中で緩やかに乱回転していく2人。

 

 その2人の手は互いの指がガッシリと組み合わさり、手の平を完全に密着させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……っ///」

「お……ぅ///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼と彼女の視線が合わさり、半開きの口元から言葉にならない声が同時に零れた。

 

 五指で触ったって事は麗日の無重力が発動しただろうから、好きな方向に推進力の出せる緑谷は落下する重力を感じず、思うがままの方向に飛ぶ事ができるだろう。

 そう考えると『浮遊』と『無重力』の個性は相性が良いのか。

 

「アフォ〜ニュ〜ワァァァ〜♪」

 

 芦戸が片手はエアーでマイクを持ち、クルリと踊るように回転して手を広げ……

 

「ドンジュデェァクロォズア〜イズっ♪」

 

 俺も彼女に習ったステップで回転し、エアーでマイクを掴んでいない手を彼女に伸ばす。

 

 無重力を解除したら一気に下に落ちるので、緑谷が個性をゆっくり解除しないと安全に着地できないのだが、2人はそのまま手を離す事もできず、ただただ上昇していく。

 

「アハンドィンサウザンシングストゥシィ〜♪」

 

 彼女に望むのは、どうか自分の気持ちに素直になってほしい。

 

「ホォジュゥブリィッヅベッヅケダァ〜♪」

 

 俺の予想通りか、一気に2人の動きが良くなった。緑谷と麗日は両手を繋いだまま、大きく右へ左へ弧を描きながら、まるで翼で飛んでいるかの様に体育館の天井近くを遊泳する。

 

「おっ!?」

 

「なんか動きのキレが良くなったな!」

 

 事故にならずひと安心した瀬呂や峰田が騒いでいたが、もう2人の声も聞こえない。

 

「アフォ〜ニュ〜ワァァァ〜♪」

 

 今なら誰も2人の関係をダメなど言わないだろう。

 

「エブリィタ〜ンァサプラィズッ♪」

 

 そのまま大きく手を掴んだまま飛び回る2人の姿に、離れていたB組や切島も気付いたのかスゲーと騒いでいる声が聞こえた。

 ゴーグルがないから2人の表情は見えなかったが、たぶん笑っている気がした。

 

「ウィズニゥホ〜ライズンヅゥハシュ〜♪」

 

 俺がトガちゃんに心動かされた様に、2人の思いを夢を見ているだけにはさせない。

 

「エヴィモ〜メンレッレタ〜ァ♪」

 

「……あいつら楽しそうだな……」

 

「打ち合わせでもしてきたのかよ……?」

 

 歌詞知っていれば打ち合わせる必要などない。芦戸とデュエットしている俺に、瀬呂や遠くにいた切島達からの変な視線が集まってくる。

 

「「アィチェイズェムエ〜ニウェアっ♪ ゼァッタイムスペァ♪」」

 

 想いを仕舞わなくなった彼女と、クソナードじゃなくなった彼らがどこに行くかは、俺にはもう決められない。

 

「「レッミィシェアディスホォ〜ニュ〜ワァ〜ウィズュゥゥゥゥゥ〜♪」」

 

 俺と芦戸の歌声が体育館に響き渡る中、何をしているのかと微妙な視線で俺達の方を見下ろしている緑谷に、両手を掴んだままの麗日が恐る恐る口を動かす。

 

 

 

「ねえ、デクくん……っ」

 

「な、なに……麗日さん……?」

 

 

 

 俺の見上げる視線の先で、目を丸めた緑谷と視線を合わせて、彼女は彼に囁いた。

 

 

 

「慣れたら、今度は外で飛んでみよっか……!」

 

「う、うん……っ」

 

 

 

 本当に今の2人なら、空の向こうまで飛んでいってしまいそうだ。

 

「アフォ〜ニュ〜ワァァァ〜♪」

 

「アフォ〜ニュ〜ワァァァ〜♪」

 

 どこまでもどこまでも、2人だけの世界へ。

 

「ザッツェルウェルビィィィ〜♪」

 

「ザッツェルウェルビィィィ〜♪」

 

 首が疲れそうなぐらい曲げ、2人を眺める瀬呂が呟く。

 

「なあ、あいつらいつまで2人で飛んでんだ?」

 

「ケロっ♪ いいじゃない。もう少し様子を見ましょ」

 

「ケッ……!」

 

 渋い顔で舌打ちをする峰田の隣で、ほぼ無表情なのに嬉しそうにしている様な気がする蛙吹の顔が、印象的だった。

 

「アスィ〜ィンチェィズっ♪」

 

 でも、それでいいと思った。

 

「アワンドリンスプレイスっ♪」

 

 次の戦いは屋内戦になると思うから、浮遊の個性を発揮する機会は少ないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「フォォォ〜ユゥゥゥゥ〜エェェェェェンドゥミィィィィ〜〜〜〜♪♪」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも、俺は歴代継承者の七代目である女性に100万回ぐらい頭を下げたくなる思いだった。

 

 ちなみに、この事件の終わった後に芦戸と前々からどこか出掛けに行こうと決めかねていた場所は、カラオケに決まった。緑谷や麗日、切島や蛙吹、峰田と瀬呂も誘ってだ。

 

 芦戸は『TDS』が良いと言っていたが、さすがに2人きりで同意するワケにはいかなかった。

 

 どうせソコ行くなら、みんなと一緒にだ。

 

 

 

 

 

 次回『死穢八斎會本部襲撃』

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