切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第三十二話

 

 

 

 

 

 数日後の深夜、俺達の携帯電話に連絡が入った。

 

 内容はもちろん、八斎會襲撃の決行日。ビッグ3の先輩達にも、同じ情報が届いているのだろう。

 

 俺、緑谷、切島、麗日、蛙吹、そして峰田が夜中に一度起きて顔を合わせ、明日の準備を軽く話してから再び眠りについた。眠れた者は少数だったと思うが。

 

 その翌日、俺達の意思に反して清々しいぐらいの快晴の下、俺達インターン生とビッグ3、そしてプロヒーロー達全員が、再びサーの事務所の会議室に集合していた。

 

 サー曰く、エリちゃんは八斎會本部である組長の邸宅から動いていないらしい。ロックロックは無駄手間を踏んだとボヤいていたが、彼がそれを否定した。

 

 どうしてエリちゃんが邸宅から動いていないと確信に至った理由……それは八斎會の構成員が近くのデパートで女児向けの玩具を買っていたからだそうだ。

 そのテの趣味かもしれないとファットガムが言っていたが、シリーズモノの玩具だったのに店員に話している知識が古いバージョンで止まっていた事から、確信を得たサーが『予知』を使ったそうだ。

 そしてその予知にエリちゃんの姿が映って、確定したというワケだ。

 更にここ数日近く、別の構成員が前の張り込みでは見せなかった、リンゴなどのフルーツや買って帰る様子が目撃されたそうだが、リンゴは確かエリちゃんの好きな食べ物だったとして……残りは組長のお供物だろうか?

 

 それ以外に特に大きな出来事はなし。数日前に少し大きめの地震があって、市内の地下の電話線が何本か切れたぐらいだそうだ。八斎會の邸宅も少し慌ただしくしていたため、関連性はないとの事。

 

 治崎がいる時間帯は張り込みで確定済み。警察との連携で令状も用意している。あとは殴り込むだけだ。

 すっかり明るい雰囲気の戻った通形先輩と『やるんだダンス』を一緒に踊りながら、気合いと闘魂を入れて会議は終了。俺達インターン生と先輩達はすぐさまヒーローコスチュームに着替えて、警察と合流すべくプロヒーロー達の指示の下、慌ただしく動き出した。

 

 気がつけば、時間は朝の8時。近所のコンビニで軽く朝飯を済ませた俺達は、時間に遅れる事なく集合場所であった警察署に到着していた。

 

 八斎會近隣の警察署には多数の警官と機動隊と、今回の作戦に参加するプロヒーロー達が集まっていた。サー、バブルガール、センチピーダー、ファットガム、リューキュウ、マウントレディ、ロックロック、相澤先生、そのほか会議の時に見たモブヒーローがありったけ。神野事件には及ばないかもしれないが、ヤクザ事務所ひとつ潰すにしては、本来なら過剰すぎるぐらいの戦力が集まっていた。

 俺もそんな彼らと並んで、緑谷と通形先輩と一緒に待機していた。ちなみに、今日の迷彩はマルチカム迷彩にした。屋内戦だから全身真っ黒にでもしようかと思ったが、エリちゃんが怖がりそうだからやめた。

 

「八斎會構成員のその後を見た結果……八斎會組長宅には届け出のない入り組んだ地下施設が存在し、その中の一室に今回の目的である女児が匿われている事が確定した」

 

 俺達の目の前で、パンチパーマみたいな黒髪にM字ハゲが輝かしい、強面の警部さんが説明をしてくれる。

 

「さすがに地下全体を把握する事は叶わなかったが、男の歩いた道はそのまま目的へと最短ルートであり、八斎會の広い敷地を捜索するにあたって、最も有益な情報となる」

 

 ルートを覚えるのは簡単かもしれないが、すぐ使い物にならなくなるのを俺は知っている。それでも行ける所までは全力で追い詰めるべく、俺は最初に渡された八會斎の屋敷の外観にから地下道まで続く見取り図を睨み、エリちゃんまでの道のりを頭に叩き込む。

 

「しかし、目指すにしても個性を駆使されれば捜索は難航する。そこで、わかる範囲でだが八斎會の登録個性をリストアップしておいた。頭に入れておいてくれ」

 

 警部さんの話と一緒に別の警察の人から見取り図に続いて、構成員の個性やらの情報を貰った。

 隣で同じ情報を見ている、黒髪剛毛で赤いマントに金色のコスチュームのヒーローが言う通り、情報がすぐ出せるのは助かる。だが警部さんの言う通り、いるハズなのに何人か抜けてるヤツがいる。

 

 敵連合の情報は最後までトゥワイスのみだった。トガちゃんが未成年だから情報統制はメディアだけだと思っていたが、もしかしたらプロヒーローにまで隠蔽しているのかと思った。そもそもサー達が認知していないから、出す必要もないと警察側が判断したのかもしれない。

 

「隠蔽の時間を与えぬためにも、全構成員の確認、捕捉など可能な限り迅速に行いたい!」

 

「決まったら早いっスね!」

 

「君、朝から元気だな……」

 

 警官の説明を聞いてテンションが上がってきているのか、切島がデカい声で天喰先輩に話しかけているが、朝以外も元気じゃない先輩が引き気味に反応している。

 

「フゥ……緊張してきた……!」

 

「探偵業の様な事から警察との協力……知らない事だらけ……」

 

「ねっ、不思議だねっ」

 

 大きく深呼吸を繰り返す麗日の隣で、プロヒーローと警察とのやりとりに蛙吹が関心していると、そこに青と翡翠色のパツパツスーツのヒロコスを纏った波動先輩が、いつも通りの元気な様子で割り込んできた。後ろから尻を見上げる峰田の視線にも気づかず。

 

「そうね。こういうのって学校じゃ深く教えてくれなくて、新人時代苦労したわよ」

 

「あ〜わかる〜、最初フリーでやろうとしたけど……結局やる事が多すぎて会計士さん雇ったものねー」

 

「そうやって考えると……フリーで独立してるヤツってスゲーな……!」

 

 リューキュウの言葉にマウントレディが反応し、峰田も2人を見上げながらウンウンと蛙吹と同じ様に関心していた。

 そんな中、ソワソワして落ち着いていられないのか切島が俺と緑谷に声をかけてきた。

 

「プロはみんな落ち着いてんな、慣れか!?」

 

「ねえ、今朝からグラントリノの姿が見えないけど……どうしたんだろ?」

 

 緑谷の疑問に答えたのは、資料を読んでいたサーだった。

 

「あの人は来られなくなったそうだ」

 

「え!?」

 

 驚く緑谷に、すぐ近くにいた警部さんが事情を説明してくれた。

 

「塚内が行ってる連合の件に、大きな動きがあったみたいでな。だがまあ、こちらも人手は十分。支障はない」

 

「そっか……」

 

「………………」

 

 今頃、グラントリノは黒霧を捕まえに行っているタイミングなのだろう。

 

 トガちゃんが『ワープゲート』を手に入れられたのはメッセージで知った。ただ、強力すぎるしプロヒーローにでも見られたら大変な事になるから、使うのは最低限にするよう伝えた。彼女が個性をコピーできる事を、今ヒーロー側に知られるのはマズい。

 

 そして、そろそろ物語に関わってくるあの『ギガントマキア』とか言う巨人も気になったが、今は余計な事を考えるのはやめた。

 

 それよりも気になる事があり、俺はリューキュウと世間話していたマウントレディの前へと移動した。

 

「マウントレディ、エッジショットとシンリンカムイは?」

 

「あぁ……それが、2人はもう八斎會の支部をガサ入れする仕事が回って来ちゃってたらしいの。まあ、元々忙しそうにしていたのを私が前倒しにしてチームアップの要望をしちゃってたから、しょうがないわ」

 

 この作戦は同時進行で、八斎會の支部も襲撃される。2人がいればもう少し本部の襲撃が手早くなりそうだったが、俺は彼女の理由に納得してしまった。

 そこへ切島と緑谷が元気良く俺に話しかけてくる。

 

「八斎會と敵連合、一気に捕まったりしてな!」

 

「それだ!」

 

 緑谷は気合を入れ直している様子だったが、絶対にあり得ない話だ。そこへ相澤先生も合流してくる。

 

「おい」

 

「ああっ、イレイザーヘッド!」

 

「俺はナイトアイ事務所と動く。意味わかるな?」

 

「っ……はい!」

 

 今度こそ正規の活躍をするため、そして見届けるための意を込めた先生の言葉に、彼は大きくそして気合いの入った返事をした。

 

「ヒーロー! 多少手荒になっても仕方ない。少しでも怪しい素振りや反抗の意思が見えたら、すぐ対応を頼むよ。相手は仮にも今日まで生き延びた極道者。くれぐれも気を緩めずに各員の仕事を全うしてほしい!」

 

 これから始まる一大作戦を全員で成功に導くべく、俺達は警察関係者と敬礼を交わす。

 

「突入開始時刻は、○八三○(マルハチサンマル)とする! 総員、出動ッ!!!」

 

 最後に警部さんの気合いの入った号令で、俺達は隊列こそまばらながら一斉に八斎會邸宅に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 時間は8時30分。俺達は死穢八斎會の邸宅の前に集結していた。

 

 刑務所並みに高すぎる塀に昔ながらの瓦葺きの屋根の屋敷、3階建てぐらいはありそうだ。真新しい別館みたいな建物や渡り廊下まで繋がっており、さすがは堅気じゃない組織の建物と言ったところだろうか。

 そして自動車どころか、ファットガムぐらいの異形型でも優々と通り抜けることができるデカい大手門。その目の前に、盾を持った警官隊が突入に構えて密集していた。

 

「令状読み上げたらダーッと行くんで、速やかによろしくお願いします」

 

「しつこいな、信用されてねえのか?」

 

「そういう意味やないやろ、意地悪やな」

 

 さっきまで2回聞いた警部さんの台詞に、苛立ちを隠せなかったロックロックをファットガムが咎めたが、彼はそれも気にしないで鼻で笑った。

 

「そもそもよ、ヤクザ者なんてコソコソ生きる日陰者だ。ヒーローや警察見て、案外縮こまっちまったりして───

 

 

 

 その台詞が終わる前に、俺は動き出す。

 

 

 

 ロックロックの独り言に構わず、警部さんが門の近くにあるインターホンを指で押そうとした時だった。

 

 空気が動くぐらいの衝撃音と同時に、メチャクチャデカいペストマスク着けた筋骨隆々の異形型が大手門の扉を中からブチ破ってきた。

 

 

 

「「「「「「「「「「ッ!!!!?!!?」」」」」」」」」」

 

 

 

 驚くロックロックやファットガム達を尻目に、扉ごと吹っ飛ばされた警官数名を俺が体で受け止めて、更に緑谷がフルカウルでキャッチし、残りを相澤先生が捕縛布で絡み取る。乱回転する扉の片方はファットガムがそのデカい体で、もう片方は切島が硬化して受け止めていた。

 

「なんなんですかぁ……? 朝から大人数で……」

 

 扉を破壊してユラリと立ち上がるのは、えらくノッソリしたやる気のない声を垂れ流しながら、黒地に赤い刺青模様のペストマスク越しに俺達を見下ろす八斎會の鉄砲玉、『八斎衆』がひとり『活瓶(かつかめ) 力也(りきや)』だった。

 

「オイオイオイ待て待てッ! 勘付かれたのかよッ!!」

 

「いいからみんなで取り押さえろっ!」

 

 感情的に叫ぶロックロックに続いて、髪の毛を武器にできる個性の『Mr.ブレイブ』が毛を引っこ抜いて剣に変化させて騒いでいる中、活瓶は周りの警官数人から伸びる薄黄色の光を取り込んで、徐々に体格を大きくしていく。

 

「少し元気が入ったぞ、もう……何の用ですかァッ!!!!!!?」

 

 そのまま活瓶は血管が浮き上がるほど肥大化させた腕で、動揺を抑えきれていない警官隊に向かって殴りかかろうとした所を、俺と緑谷の間を抜けてヤツへと駆けるマウントレディが叫んだ。

 

「イレイザーヘッドっ!!」

 

「ああ!」

 

 彼女の呼び声よりも早く抹消を発動していた相澤先生の合図に続いて、マウントレディが活瓶に向かって飛び上がった。

 

 

 

「キャニオンカノンッ!!!!!!!!」

 

「ごぼォッッ!!!!?!!?!」

 

 

 

 全身を利用したドロップキックと同時に巨大化。今度は扉を越えて大手門ごとブチ壊し、マウントレディは活瓶を敷地内へと蹴り戻した。

 サイズは調整していたのか、俺達や住宅地を巻き込むよりも早く元のサイズに戻ったマウントレディが門の残骸の前に着地する。無惨に破壊された門の後ろで待機していた構成員を数人下敷きにした活瓶は、意識を朦朧として立つ事ができずにいた。

 

「リューキュウッ!!!」

 

「わかってるわっ!!!」

 

 チャートランキングも、勤務実績も上であるハズのリューキュウに向かって指示をするマウントレディに対し、彼女は気にする事なくその身体をマウントレディに負けない大きさの、翼を生やしたドラゴンの姿に変身させるなり、活瓶を手足の変化した大きな爪で押さえつける。

 そこへ波動先輩が、足からスプリングのバネみたいに捻れている波動を放出しながら飛び上がった。

 

「リューキュウのサポート!」

 

「はいっ!」

 

「ケロっ!」

 

 先輩の指示で、麗日が活瓶に触れて力が込められない状態にし、波動先輩が足から波動を出して飛びながら両手から放出される波動を活瓶の顔面にブチ当てて意識を奪い、それを妨害する構成員を蛙吹が舌で薙ぎ払う。

 

「彼はリューキュウ事務所で対処しますッ!」

 

 活瓶を押さえつけながら指示を飛ばすリューキュウの言う通り、彼女の事務所に所属する麗日と蛙吹の2人は入り口で残る形となった。

 

「ええいっ! もう入って行け行けっ!!!」

 

 ファットガムの誘導でサーを始めとするヒーロー達が先頭に、通形先輩やマウントレディに続いて俺と峰田が壊れた門を通り抜けていく。

 

「行くよ峰田くんっ!」

 

「オイオイいきなりメチャクチャじゃねえかっ!」

 

 初っ端から作戦もへったくれもなくなってしまった状況に峰田が叫んでいるが、それはヴィランによる恐怖からではない。迅速に準備してきたのに待ち伏せされていた苛立ちによるモノだった。

 

「麗日さん、また後でっ!」

 

「デクくん、頑張って!」

 

「サンキュ梅雨ちゃん! 行ってくるぜッ!!」

 

「ケロッ、切島ちゃん……峰田ちゃんの事、お願いね……!」

 

 女子達と分かれる事となった緑谷や切島も遅れて門を通過し、同時に残りのモブヒーロー達と警察隊が門を越えて敷地内を制圧しようとする。

 塀の向こうは芝生や植木の手入れされた広い中庭が広がっていたが、邸宅までの道は真っ直ぐだ。

 

「ヒーローと警察だッ! 違法薬物製造、販売の容疑で捜索令状が出ているッ!!」

 

「捜索令状ッ!!?」

 

「知らんわァッ!!!」

 

 しかし活瓶の倒れ込んだ奥から黒スーツやら派手なワイシャツやらの格好をした、絶対にカタギじゃない奴らがワラワラと現れ、個性や凶器やらを振りかざして俺達に襲いかかる。庭の周りや別館からも八斎會の構成員が現れ、たちまち罵声の飛び交う大乱闘が始まった。

 

「おうおう何様じゃあッ!!!」

 

「待て待てなんじゃテメェらぁッ!!!」

 

「捜査だって言ってるでしょッ!!」

 

「ハアァッ!!!?」

 

「暴れないでくださいッ!」

 

「おとなしくしといてッ!」

 

 ブレイブに続いて黒い藁束みたいなヒーロー『ケサギリマン』が腕の藁束の部分を振り回して、文字通り袈裟斬りにしながら構成員を蹴散らす。

 だが、いかんせん人数が多すぎて、そのまま警察やらモブヒーロー達と取っ組み合いになり、まるで進行方向を遮る様にして妨害と攻撃を始める。

 

「道を開けて! 後先考えずに暴れると後悔するよッ!」

 

「組総出で時間稼ぎかよっ! なんて破滅的なっ!?」

 

「こんなんばっかかよっ!!」

 

 白い仮面ヒーローが構成員を取り押さえてボヤく中、踏んづけようとしてくる構成員の足を躱し、お礼と言わんばかりにモギモギを仕掛けながら走り抜ける峰田が叫んでいた。

 

「爆豪くんがいっぱいいると思えば楽しいでしょ!」

 

「確かにッ!」

 

 本人が聞いたらぶっ飛ばされかねない台詞だが、生憎ココにはいない。構成員をモギモギボールとナマクラ刃で蹴散らしながら、邸宅の正面玄関向かって駆け抜けていく。

 

「デケえヤツと云い、怖くねえのかよ!?」

 

「真っ直ぐ最短で目的までッ!!」

 

 活瓶や捨て身覚悟な構成員を見て喚くロックロックの隣で、俺達へ言い聞かせる様に叫ぶファットガムの台詞に応えるべく、目の前を邪魔してくる者を全て蹴散らして俺、峰田、緑谷、切島、通形先輩、天喰先輩、ファットガム、マウントレディ、サー、バブルガール、センチピーダー、ロックロックの12人で邸宅の道を走り抜けた。

 

「緑谷くん、切裂くん! 行くぞっ!!」

 

「「はいっ!」」

 

「うぉぉぉぉっ!」

 

 更に走る速度の上がる通形先輩が武器を振り回していた構成員をそのまま透過し、動揺した所を俺と緑谷のダブルラリアットでダウンさせ、最後に峰田がモギモギで地面に接着させる。

 

「ここは我々に任せて、先に行ってくださいっ!!」

 

 追ってくる構成員を蹴散らして叫ぶブレイブに、サーが返事をしながら別の掴みかかってくる構成員を背負い投げにして、そのまま植木の中へと投げ捨てた。

 

「頼みます!」

 

「火急の用やッ、土足で失礼するでぇッ!!!」

 

 ファットガムの怒号と同時に、玄関の前に立って壁になっていた構成員を俺がシバき倒し、緑谷と切島が玄関の扉を蹴り破って邸宅内に殴り込んだ。

 

「怪しい素振りどころやなかったなッ!!」

 

「俺はだいぶ不安になってきたぜ、おい! 始まったら、もう進むしかねえがよ!」

 

 ファットガムとロックロックの声に天喰が不安を漏らす。

 

「どこかから情報が漏れてたのだろうか、イヤに一丸となってる気が……!」

 

「だったらもっと、スマートに躱せる方法を取るだろ! 意思の統一は普段から言われてるんだろう!!」

 

 意外にも生き残っていたM字ハゲの警部さんが天喰先輩にそう説明する。それに続いて相澤先生も八斎會の内情を察していた。

 

「盃を交わせば、親分兄貴分に忠義を尽くす。肩身が狭い分、昔ながらの結束を重視してんだろうな。そしてこの騒ぎ……治崎や幹部が姿を見せてない。今頃地下で隠蔽や逃走の準備中だろうな……!」

 

「忠義じゃねえや、そんなもんッ! 子分に責任押し付けて、逃げ出そうなんて男らしくねえッ!!」

 

 切島がそう叫びながら廊下を走っていると、飾り棚がある場所でいきなり先頭を走っていたサーが急ブレーキをかけて止まった。

 

「ここだ。この下に隠し通路を開く仕掛けがある。この板敷を決まった順番に押さえると、開く!」

 

「忍者屋敷かっての……ですね!」

 

 飾り棚の上にあった花瓶をどかして、カチャカチャとパズルみたいに台の模様を押していくサーに、バブルガールがツッコんでみせるのとセンチピーダーが燕尾服を整えながら焦りを見せる。

 

「視てなきゃ気付かんな……! まだ姿を見せてない個性に気をつけましょう」

 

 2人がそう言っている間に仕掛けが起動したのか、飾り棚の部分が地鳴りを起こしながら横スライドで開いていく扉の奥から、いきなり手が伸びた。

 

「何じゃ、テメェらァッ!!!」

 

「オラァァァァッ!!!」

 

「スッゾコラーーッ!!」

 

 仕掛けの扉が無理矢理勢い強く開かれ、3人の構成員が武器を持って飛び出してくる。 

 

「バブルガール1人頼むッ!!!」

 

「はいっ! ゴメンねッ!!」

 

 しかし、センチピーダーが冷静に服の袖からムカデの触手を伸ばして構成員2名を巻き取り、バブルガールは手の平から形成した泡を構成員の顔面にぶつけ、目が眩んだ所を腕を捻り上げて地面に伏せさせる。

 

「うがぁァッ!!!」

 

「クソがァッ!!」

 

「目がァッ、腕がァッ!!!」

 

「峰田くんっ!!!」

 

「おーともよっ!!!」

 

 俺の掛け声に応え、センチピーダーとバブルガールが拘束した構成員を峰田がモギモギで壁と床に貼り付ける。

 

「昨日はギリギリまで寝てたし、朝からマウントレディとバブルガールのパイオツまで拝ませてもらったから絶好調だぜっ!!!」

 

 構成員をモギモギで簡単に身動き取れなくする峰田に、センチピーダーとバブルガールも息を飲んだ。

 

「拘束力に長けた便利な個性ですね」

 

「ヨコシマすぎるのが玉にキズですけど!」

 

 峰田がいる限り、拘束にプロヒーローを割く必要はない。常にフルメンバーで殴り込める。

 このメンバーが全員揃っていれば、治崎の下に辿り着くのも早くなるハズだ。

 

「流石ねっ、グレープ!」

 

「へへっ!」

 

 マウントレディからお褒めの言葉も頂いて上機嫌な峰田だったが、こんな所で喜んではいられない。俺達の目的は、まだ何も達成していないのだから。

 拘束した構成員の身柄は警察に任せ、サーを先頭に俺達は開いた隠し扉から地下へと続く階段を駆け降りた。

 

「もうすぐだ、急ぐぞ!」

 

 サーの台詞に呼応する様に駆ける速度を上げていく俺達だったが、階段を降りた通路の先は洞窟みたいな地面丸出しではなく、一面に鉄板が貼り付けられ、天井には等間隔で設置された蛍光灯、空気や水を送っているのかダクトやパイプまで伸びた、しっかりとした造りの地下通路だった。

 そして、サーが進もうと迷いなく走っている通路の先……あるべき道が完全な壁になっていた。

 

「行き止まりじゃねえか、道合ってん───

 

「どけッ!!!」

 

「切裂くんっ!?」

 

 一面の壁を見て警部さんがボヤこうとしていた隣から前へと飛び出した俺は、緑谷も驚く目の前で容赦なく本気の斬撃波を腕から飛ばし、正面の壁を文字通り切り開いた。

 

「凄い……!」

 

 砂煙を上げてブチ壊れていく壁を飛び抜け、通形先輩を追って俺は更に走り続ける。職場体験ではまだ覚えていなかった必殺技に、マウントレディが走りながら驚いていた。

 

「治崎の『分解して直す』個性なら、ああいう事も可能か!」

 

「小細工を……!」

 

 ロックロックとファットガムも走りながら苛立ちを見せていたが、それでも緑谷と切島の反応は明るかった。

 

「来られたら困るって言ってるようなモンだ!」

 

「妨害できるつもりなら、めでてえなァッ!!!」

 

「先輩っ、走って!」

 

「このまま真っ直ぐ!!」

 

 俺の呼びかけに通形先輩は歩みを止めずに通路を走り抜けていく。向こうはまだ油断している今、どこまで突き進めるかのスピード勝負だった。

 

 しかしその数秒後、急に地下通路が突然材質でも変わったかの様に波打ち、グニャグニャと不規則に歪み始める。

 

「あっ、何!?」

 

「チッ!!!」

 

 バブルガールの動揺する声と、俺の舌打ちが交差する。

 コレも警察からのリストには載っていた。ヴィラン名『ミミック』こと、八斎衆の1人『入中(いりなか) 常衣(じょうい)』の能力。

 

 

 

 

 

 俺が最も懸念していた、1番面倒臭いヤツの妨害が始まった。

 

 

 

 

 

「道がうねってっ!?」

 

「変わっていくっ!!」

 

 トンネルが芋虫の腹の中みたいに伸縮を繰り返し始め、立っていられなかった緑谷や切島達はフラフラと踊っているみたいにバランスを崩し、警官隊の人達も堪らず地面に這いつくばる。

 

「治崎じゃねえッ、逸脱してる!! 考えられるとしたら、本部長の『入中』だッ! 入中の個性は物の中に入り、自由自在に操る『擬態』ッ! 地下を形成するコンクリに入り込んで、生き迷宮となってるんだッ!!!」

 

「そんなヤツどうやって捕まえんだよっ!!」

 

 うねり上げる地面でトランポリンみたいにバウンスしている峰田が、壁に寄りかかる警部さんに向かって叫んでいた。

 

「そもそも規模が大きすぎるぞッ! ヤツが入り操れるのは、精々冷蔵庫の大きさまでと……!」

 

 警部の説明に狼狽えるロックロックに続いて、ファットガムが転ばない様にバランスをとりながら、個性を強化させる薬を思い出して推察を始める。

 

「かなりキツめにブーストさせれば、ない話じゃないか! しかし、何に化けるか注意しとったが、まさかの地下ッ!! こんなん相当体に負担かかるハズやでッ!! イレイザーッ、消されへんのかッ!!?」

 

「本体が見えないと、どうにも……!」

 

 相澤先生の抹消は対象が見えないと発動できない。だからヤツの個性はどうしようもなかった。

 

「道を作り変えられ続けたら……向こうはその間にいくらでも逃げ道を用意できる……! 即座にこの対応判断……あっ、ダメだ……もう女の子を救い出すどころか、俺達も……」

 

 冷や汗をダラダラと流しながら後ろ向きな発言を続ける天喰先輩の肩を、通形先輩が掴んだ。

 

「環っ! そうはならないし、お前は『サンイーター』だ!」

 

「っ!?」

 

 『太陽を喰らう者(サンイーター)

 

 それが天喰先輩のヒーロー名だ。通形先輩と天喰先輩の関係なんて詳しくは知らないし覚えてもいないが、2人の関係がそう簡単に壊れるモノではない。

 

 天喰先輩も、ホラ……もう震えが止まっている。

 

 なによりも、入中の妨害が始まろうが、俺と通形先輩なら関係ない。

 

「そして、こんなのはその場凌ぎ。どれだけ道を歪めようとも、目的の方向さえわかっていれば……俺は行けるっ!!!」

 

 通形先輩が歪み続ける通路の足元だけを器用に無視して、エリちゃんのいる方向へ駆け出す。

 

「先輩っ、待ってッ!!!」

 

 そこに足だけを刃にした俺がうねる地面を突き刺しながら疾駆して、先輩の背中を見失わない様に続いていく。

 

「ルミリオン!」

 

「先輩っ! 切裂くんっ!!!」

 

 サーと緑谷の声にも、俺と先輩は振り返らなかった。

 

「スピード勝負! ソレをヤツらもわかっているからこその時間稼ぎでしょう! 先に向かってます!」

 

 通形先輩がそう言った直後、進行方向の通路を塞いでいる壁を先輩が問題なくすり抜け、続く俺はその壁を容赦なく切り開いていく。

 

「うわッ!? またっ!!」

 

 俺と通形先輩の個性が勘付かれたのだろう。動揺する緑谷の視線の先では通路の天井やら側面から、隔壁の代わりにと言わんばかりに壁が次々と伸び広がっていくが、通形先輩と俺には関係ない。

 

「先輩っ、走り抜けてッ!!!」

 

「もちろんっ! 何かあったらすぐ知らせるよっ!!!」

 

「発泡斬撃派ッ!!!!!!」

 

「うわっ!!? ソレはひと声言ってほしかったんだねっ!!!」

 

 どれだけ道を塞ごうとも、俺の鎖鋸刃斬人による斬撃波は通形先輩を通過して全てを切り開いていく。地鳴りと轟音が細い通路に響き渡り、がむしゃらに遮ろうとしていた壁という壁が一気にザク切りに切断され、元の通路へと無理矢理戻される。今だったらI・アイランドの隔壁だって叩き割る事ができるだろう。

 

「切裂がいんならっ! こんなのへでもねえッ!」

 

「うんっ、この調子ならっ!」

 

「おっしゃーっ! いけいけーーーッ!!!」

 

「ヘッ、大したガキじゃねえかっ!」

 

「出番ナシで終わってまうなぁっ!」

 

「2人はエリちゃんまでのルートを暗記しています。全員遅れないように!」

 

 峰田や緑谷、他のプロヒーロー達からも明るい声が聞こえ始めていたと思ったその時、壁から壁へと通り抜けていた通形先輩の姿が、いきなり下へと落ちていった。

 

「え!?」

 

 違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちたのは、俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに気づいた通形先輩が迫真の形相で振り返るも、俺の姿は完全に穴へと落ちていた。

 

 咄嗟に体を捻って後ろへと振り返ると、峰田が俺へと手を伸ばしていたが、今度は俺を落とした穴がみるみる内に小さくなり、彼の顔も見えなくなって真っ暗になった。

 

「切裂いィィィッっ!!!!!」

 

 暗闇と落下感を体感していた俺の耳に峰田の声がどんどん遠くなって、聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 入中の個性によって床に広げられた大穴に、イレギュラーである切裂が落ちていった直後、その穴に手を伸ばしていた峰田が完全に床へと戻った穴の位置に滑り込んだ。

 彼が閉じた穴を広げようとするも、地下道の元々の材質である金属の床は手で掘り起こす事すら叶わない。

 

「クッソぉッ!!!」

 

 どうする事もできずに峰田は金属の床を拳で叩いた。そこに追いついた緑谷が片膝立ちで彼の肩を押さえる。

 

「そ、そんな……ッ! 切裂くん……!」

 

 遅れて続いた切島が硬化した腕を地面に突っ込んだが、ただの床へと戻った地下道は切島に動かせる代物ではなかった。

 

「クッソッ! ダメだッ、ビクともしねえッ!!」

 

「やられた……ッ! まさか彼を分断するとは……!」

 

 サーも思わず立ち止まり、峰田と切島がしゃがんでいる部分を焦燥の表情で見下ろしながらも、いまだに緩やかにうごめき続ける地下通路の何処かに潜んでいる入中の方を睨む。

 

「妨害の障害になっているブレイズだけをピンポイントで狙ったな!」

 

 イレイザーヘッドも切裂の消えた部分で足を止め、すぐ近くで自分達を監視しているハズの入中を探そうと辺りを見渡す。しかし、そんな彼ら突入組が立ち止まるのは一瞬だけだった。

 

「立つんだ切島くん、峰田くんっ!!」

 

 直前まで先頭を走り続けていた通形の判断は早かった。彼は切裂の落ちていった場所へ沈んで追う事なく、峰田達に背を向けて通路を走り出していたのだ。

 

「通形先輩っ!?」

 

「切裂がっ!」

 

 緑谷と峰田が呼び止めようとしても、通形は彼らに断言した。

 

「このままエリちゃんの所へ向かう! 切裂くんだってそうする!!」

 

「ミリオの言う通り……ここで立ち止まるのがヤツらの策略の内かもしれない……!」

 

 それに続いて天喰も2人の後を追い抜いて通形へと走り出す。床はまだ歪みが止まらずに彼は足をもつれさせていたが、迷いは先程よりは振り切れていた。

 

「チッ、ココにいても何も解決しねえんだ! 行くしかねえだろッ!!」

 

「行くわよグレープッ! ブレイズなら……大丈夫……っ!」

 

 狼狽えていた緑谷にロックロックが激励を投げかけ、マウントレディも自分に言い聞かせる様にして呼びかけながら、峰田を立たせようとする。

 

「ブレイズの切り開いてくれた猶予を、無駄にしてはいけません!」

 

「早くしないとまた壁がくるわッ!」

 

 センチピーダーとバブルガールも他のヒーロー達と同様に、壊理の救出を優先として走り出していた。

 

「気をつけろッ! また妨害が起こるかもしれ───

 

 しかし、周りの警官隊を纏め上げていた警部が叫んだ最中、今度は地下道の側面に大穴が開き、その反対側から壁の柱がイレイザーヘッドを押し込もうと伸び広がる。

 

「クッ!!!(やはり次は俺か……!)」

 

「イレイザーッ!!!!!」

 

「先生ぇッ!!!!!」

 

 咄嗟に飛び出してたファットガムと切島がイレイザーヘッドに飛びかかり、彼を突き飛ばした2人が柱に押し流されて穴へと放り込まれた。

 

「切島ぁッ!」

 

「切島くんッ!」

 

「ファットガムッ!!」

 

 緑谷達や数人のプロヒーロー達が2人を孤立させまいと穴に飛び込もうとするも、消えていった2人の穴が一瞬にして閉じてしまい、ただの壁へと戻っていった。

 

「マズいぞッ、このままだと各個に分断───

 

 押し飛ばされてから体勢を立て直そうとしたイレイザーヘッドが、再び入中を探しながら状況を把握しようとした時、彼等の想像を超えた更なる異変事態が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の声とは思えぬ金切り声が、地下道内に響き渡ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「───ッ!!!?!?」」

 

 峰田と緑谷は、その鳴き声に明確な聞き覚えがあった。

 

「い、今のってよぉ……!」

 

「う、うん……!」

 

 声を合わせる2人の額からダラリと冷や汗が垂れて、金属の床に滴り落ちる。

 

「い、今のは……ッ?」

 

「な、何……!?」

 

「オイオイ……今度は何だぁ!?」

 

 イレイザーヘッドやマウントレディ、ロックロックの動揺する声が響き渡った直後、地下通路内にどこからともなく地鳴りが湧き起こり、金属の天井や壁を軋ませながら勢いを増す。

 

「地震ッ!?」

 

「そんなッ!?」

 

 狭所の地下という最悪の状況下による自然災害に、センチピーダーとバブルガールの驚愕が伝播して他のヒーローや警官隊も焦燥が広がっていく。

 

「こんな所で……ッ!」

 

「みんな気をつけろッ!!」

 

「天井のダクトやパイプの下には近寄らない様に!」

 

 治崎ら八斎會とは無関係に思われた自然災害にも、プロヒーロー達は比較的冷静だった。だが、その揺れと振動はまるで自分達の場所へとみるみる近づいているかの如く大きく、激しく巻き起こり、察知した緑谷が叫んだ。

 

「みんなッ、地震なんかじゃないッ! これは───

 

 次の瞬間けたたましい駆動音が聞こえたと同時に、通形が走り去ってしまった進行方向先である歪み続けていた地下道の一部が風船の様に膨れ上がり、目の前にいた天喰とセンチピーダーとバブルガール、そして3人に続こうとしていた峰田や緑谷、残るプロヒーロー達や警官隊全員が、金属の床ごと破裂を起こした通路の中で土と泥に巻き込まれながら吹き飛ばされた。

 

 世界が爆発したのかと、薄れる意識で峰田は思った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 場所が変わって八斎會邸宅前。

 

 活瓶を拘束してからプロヒーロー達が屋敷へと雪崩れ込んでいった数分後、表にいた構成員を粗方拘束して警察へと引き渡していた。

 

「拘束、完了しました!」

 

「インパクトの割にあっけなかったわ……」

 

「だね……」

 

「活瓶 力也。人に触れて、息で活力を吸い取り巨大化します。気を失っている内に隔離させてください」

 

「「はっ!」」

 

 肩透かしを受けていた蛙吹と麗日が、リューキュウの指示で警官数人がかりで連行されていく活瓶を見送っている中、波動が飛行を続けながら未だに騒がしい屋敷内を指差す。

 

「中も荒れてるよ、急いだ方がいいよ!」

 

「ちょっと出遅れたけど、ナイトアイ達を追うよ」

 

「ええ!」

 

「はい!」

 

 外にこれ以上、自分達の仕事はないと判断したリューキュウと波動、麗日、蛙吹が自分達も屋敷に乗り込もうとした直後、彼女達は突如として巻き起こった地震に襲われた。

 

「ケロッ!?」

 

「地震ッ!?」

 

「みんな!?」

 

 活瓶を連行しようと道路上に出ていた警官達がふらつき、邸宅の高い塀や植木までもがグラグラ揺れ動いた。

 

「なっ、なんだぁ!?」

 

「おいデカいぞッ!!」

 

「このクソ忙しい時にッ!」

 

 その地震の規模に、外観の庭で構成員達を拘束していたブレイブやケサギリマンなどのモブヒーロー達や警官隊にも動揺が広がった直後、邸宅の庭園の中央が一気に地盤沈下を起こし、大手門と繋がる道路や塀を叩き割るほどの亀裂が走った。

 

「ヤバいッ!!!」

 

「離れろッ!!」

 

「リューキュウッ! お庭の部分が……ッ!」

 

 空を飛んでいた波動が言葉を放った直後、そのまま屋敷の外は亀裂が一気に広がり、庭園が丸ごと崩落を起こし始めた。

 

「キャっ!!?」

 

「ケロッ!!?」

 

「うわぁァァァァァァァっッ!!!?!」

 

「走れぇェェェェェェッッッ!!!!!!」

 

「逃げろぉぉォォォォッッ!!!!」

 

 咄嗟にプロヒーロー達や警官は拘束した構成員達を抱え上げ、ある者は闇雲に引きずって、ある者は構成員達と一緒に並走して、崩落から逃れようと一斉に塀の外である敷地外に向けて駆け出す。

 

「組長の屋敷がぁァァァァァァッ!!!!」

 

「オイッ! 組長がまだ中にいんだッっ!!!!」

 

「あの人は動けないんだぞッ!!!」

 

「組長ぉぉォォォォォォォォッッッッ!!!!!」

 

 一部の構成員は拘束されながらも屋敷の方へと戻ろうとする者が何人もいたが、彼女達は警察官と協力して構成員を助けようと、それぞれの個性を発動した。

 

「ダメっ! 下がってくださいッ!!」

 

 麗日は自身も無重力にさせながら、エアブースターの装備された両手足を巧みに動かし、崩れ落ちていく地面を飛び回りながら構成員達に触れ、今度は吸盤付きのワイヤーで1人ずつ吸着させて救出していく。

 

「2人とも急いでっ!!」

 

 波動も低空飛行で飛び回りながら、2人に声をかけつつ両手から放つ波動で逃げ遅れた構成員を敷地の外へと吹き飛ばした。

 が、更に崩落が邸宅の目の前にまで迫った時、転んだ警官を舌で巻き取って助けようとしていた蛙吹が反応に遅れてしまった。彼女の足元が地盤ごと崩れ落ち、大穴の中へと滑り落ちていく。

 

「ケロぉッ!!?!」

 

 咄嗟に警官を敷地の外へと放り投げ、そのまま舌で崩落していく崖を掴もうとしたが、その部分すら崩落を起こして彼女の姿が完全に宙へと投げ出される。

 

「梅雨ちゃんっ!!」

 

 麗日が叫んで両脚のエアブースターで落ちていく蛙吹を掴もうと接近するも、邸宅の一部である別館が渡り廊下を千切らせて大きく傾き、穴の中にいた2人の上から崩れ落ちていく。

 

「「ッ!!!!!」」

 

「ウラビティッ! フロッピーッ!!」

 

 リューキュウの叫んでいた目の前で、2人は崩落した建物を上から被って奈落の底へと落ちていった。

 砂埃が大きく舞い上がる中、彼女は腕を伸ばして穴の中へ探ろうとしたが、自分の足元の道路まで崩壊を起こしたのを見て、慌てて変身していた個性を一旦解除した。

 

「くッ……みんな離れてッ!!!」

 

「リューキュウ! 2人が……!」

 

 麗日と蛙吹が大穴の下へと落ちていく姿を見てしまい、声を震わせて青ざめる波動が地面に降り立ったが、それどころではなかった。

 

 

 

「んんぅ……ッ! 入中から貰ったブースト薬がァ、やっと効いてきた……!」

 

 

 

「ッ!!?」

 

「ッ!?」

 

 リューキュウと波動の視線の先……今の振動で意識を戻してしまった勝瓶が、警官隊の活力を吸って起き上がり始めたのだった。

 

「凄く元気がァァ……湧いてきたァァァッ!!」

 

 そのまま活瓶は巨大化しながら自身を囲む拘束具を破壊し、倒れた警官隊に向かって拳を振り下ろす。

 

「クッ!」

 

 そこへ再びドラゴンに変身したリューキュウが活瓶の拳を受け止めて、体を捻った遠心力の掛かった尻尾で薙ぎ払う。

 しかし、それを難なく両腕で受け止めた活瓶は道路上をズリ下がるも、特に大きなダメージもなく再びリューキュウに近寄りながら、ワキワキと手を動かす。

 

「さっきのデケェ娘はいねえのかよ……まぁいいや。アンタも中々イイ体してんじゃねえか……! なぁ……そのデケェ乳触らせろぉ……♪」

 

 ドラゴンに変身中も自身の胸部は巨大化に比例して残っているのだが、見境なしかヘラヘラとペストマスク越しに笑いながら迫る活瓶に少しだけ身震いするリューキュウ。

 

「リューキュウッ!!」

 

「遅れてすまないッ!」

 

 そんな彼女の周りに、波動を筆頭に地震から難を逃れたブレイブやケサギリマン、プロヒーロー達が彼女の下に集結する。

 

「まずはアイツを全力で拘束するわッ! 援護をッ!!」

 

「「「「「了解ッ!!!」」」」」

 

 麗日と蛙吹を助けたいが、活力を吸収されては状況が覆されかねない。マウントレディが屋敷に入った今、巨大化に対抗できる自分が対処して活瓶を拘束するのが先決だった。

 

「クスリも切れちまった……ハァ、野郎はいらねぇッ! 女だけかかってこいィッ!!!」

 

「嫌っ! 嫌ーーーッ!!!」

 

 腕を振り回して暴れ始める活瓶に、波動の放つ『ねじれる波動(グリングウェイヴ)』が放たれる。そこに続いて、プロヒーロー達とリューキュウが奴へと飛びかかった。

 

 屋外の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 地表まで巻き込む地下道の大地震と入中の個性によって分散されたヒーロー達は、それぞれの戦いへと殉じていた。

 

 入中の策略により、通形を除いたネームドヒーローを1人残らず時間稼ぎの部隊へ押し流すつもりだったが、その目論見は地震によって妨害された。結果として天喰とバブルガール、そしてセンチピーダーの3人と、警部を含む警官隊数名は史実で最初の激戦区となった地下内の大広間において、対する3人の八斎衆と対峙していた。

 

「サンイーターッ!」

 

 悲鳴を上げるバブルガールの視線の先。天喰の個性、食べた物を有機物無機物問わず身体の一部から無数に変身させる『再現』により、蛸の触手で幹部を纏めて縛り上げようとした腕が、八斎會の幹部である男の口によって易々と食いちぎられる。

 

「クッ……!」

 

「タコ……うんま……!」

 

 天喰の腕から再現した蛸足を食い千切るのは、細身の体格で瞳孔の開ききった眼球を動かし、口元だけ切り抜かれたズタ袋を頭に被った不気味な男。個性の『食』によってどんな物体すら食す胃袋と頑丈な歯を持ち、決して満たされる事のない飢餓を抱えた『多部(たべ) 空満(そらみつ)』だった。

 

「くッ! まさか私の触手まで食べるとは……!」

 

 センチピーダーが、食い千切られて体液の垂れる触手の1本を睨み、多部の警戒を一気に引き上げる。

 

「よそ見してる場合かァッ!!?」

 

 そんなセンチピーダーに向けて刀を振るうのは、比較的整えられた金髪に、やや大きな瞳に嘴の長い黒のペストマスクを着けた男。『窃野(せつの) トウヤ』だった。

 

「窃野ッ! コイツ相手に銃は出せんッ! ヒーロー頼む!!」

 

「バレてんのかよっ、まあいっかァッ! 暴れやすくなるだけだァッッ!!!」

 

 警部の言葉を聞いても、窃野は戸惑う事なくペストマスク越しに笑ってみせた。

 彼の個性は『窃盗』 対象の手に持っている物を自分の手に瞬間移動させる能力であり、拳銃はおろか警棒や防御する道具も盗まれてしまう。ソレをいい事に、彼は刀を振り翳してセンチピーダーを襲った。

 

「センチピー……キャッ!?」

 

「させるワケなかろう! 我々がすべき事は『阻む』その一点のみ!!」

 

 センチピーダーの援護に回ろうとしたバブルガールに向けて拳銃を数発発砲したのは、五厘にただの白マスク着けた、活瓶には身長も体格も劣るがそれでも筋骨隆々とした男、『宝生(ほうじょう) (ゆう)』であった。

 

「クッ!」

 

 続け様に放たれる銃弾をバブルガールはバク転と側転で回避しながら、個性のバブルを宝生に向かってバラ撒いた。

 

「小賢しいッ!」

 

 拳銃の弾丸は彼女の泡など風船の様に撃ち抜いたが、泡によって歪む景色は宝生の照準を狂わせ、その隙にバブルガールが肉薄する。

 全身を反らせて放ったサマーソルトキックで、宝生の持っていた拳銃が発砲と同時に天井へと蹴り上げられた。

 

「フンッ!」

 

「ぬうッ!」

 

 しかし、得物を失った宝生は肉体から衣服を突き破って半透明に輝く水晶を纏い、彼女に向かって刺々しい鈍器と化した腕を振り上げる。

 彼の個性は『結晶』 自身からダイヤモンドにも劣らない硬度を誇る、水晶を生成する能力であった。

 

「はッ!?」

 

「バブルッ!」

 

 咄嗟にセンチピーダーが負傷していない触手を伸ばしてバブルガールを掴み、自分達の方へと引き戻す事で宝生の腕を回避させるも、その触手が飛びついてきた多部によって食い千切られる。

 

「うぐッッ!!?!」

 

「に……苦いィ……タコかカニがいいぃ……!」

 

「「センチピーダーッ!」」

 

 触手と一緒に床を転がったバブルガールと、咄嗟にタコの触手を伸ばしてセンチピーダー本人にまで襲い掛かろうとする多部を止めようと左手に蛤の空殻を持った天喰だが、その殻が窃野に奪われた上に刀を振り下ろされ、彼のコスチュームであるフードの一部が切り裂かれる。

 

「くっッ!!」

 

「殺せねえってのはハンデだなァ! 良いご身分だぜェッ!!」

 

 窃野の対処に追われた天喰に代わり、バブルガールが千切られたセンチピーダーの触手を払って多部に飛び蹴りを放ち、更に手の平から数発のバブルを彼に向かって放つ。

 

「あ?」

 

 蹴られてもゾンビみたいに気にする事なく立ち上がってきた多部だったが、その泡に歯を立てて食べようとした口元で泡が割れると、途端に鼻をつんざく異臭が彼を襲った。

 

「ぅう゛げぇェェッ!!?!」

 

「なんだアレはっ!?」

 

 センチピーダーを襲うのを止めて床をのたうち回っている多部を見て、警部が彼女に疑問を投げかけた。

 

「昔張り込みで1週間ぐらい放置しちゃった三角コーナー(生ゴミ)の匂いですっ!」

 

 バブルガールの個性『バブル』による必殺技『パヒュームバブル』は、本人が今まで嗅いだ事のある匂いを再現して、泡の中に閉じ込めて放つ技である。構成員を拘束した時も、彼女は同じ技を使用していた。

 

「クソッタレッ……多部起きろッ!」

 

 多部を取り囲もうとしていた警官達から手錠やロープを盗み、適当に放り投げ捨てながら窃野は天喰に切りかかるが、彼は腕をカニとエビの甲羅の重ね掛けで発動した装甲で防御する。

 

「くッ! (まずはコイツを止めないと……!)」

 

「ハァァッ!!! (拘束もままならない……!)」

 

 そこに彼と同じ思考を抱いたバブルガールが窃野に蹴り込むも、次の瞬間には宝生の水晶で肥大化した両腕によるダブルハンマーが地面に打ち下ろされ、衝撃で2人が吹き飛ばされた。

 

「ぐあぁァァァッ!!!」

 

「キャアぁァァァッ!!!」

 

「2人ともッ!!!」

 

 そこをセンチピーダーが負傷している触手を更に伸ばして宙を飛んでいた天喰とバブルガールを掴み取り、一度体勢を立て直そうと解放した2人と一緒に八斎衆へと構え直す。

 床に立って大きく息を吐いたバブルガールが、3人の立つ方を睨む。

 

「くっ、なんて連携なのッ!?」

 

「俺たちゃ元々人生捨てた身だァ。飛び降りをヒーローにキャッチされたときゃ、ま〜ぁ絶望したもんだ。生きる価値を見出せなくなった人間……わっかんねえだろっッ!!?」

 

「若頭は、そんなゴミを拾って再利用してくれる…………俺達はゴミだが、ゴミなりに固い絆で結ばれているのさ」

 

 窃野と宝生の澱みない答えに、対話が効くのではないかと察知したセンチピーダーがバブルガールを引かせて一歩前へと出た。

 

「このまま私達と戦っている間に、私達の仲間が治崎を捕らえます。貴方達にはもう後先ないのでは?」

 

 ココで勝っても負けても結末は変わらない。そう断言するセンチピーダーに対しても、2人の答えは進展しなかった。

 

「それが、どうした?」

 

「先なんて、とうにねえんだよ。ある者は社会に適応できず捨てられた。ある者は恋人に裏切られ多額の借金を背負った。ある者は金の亡者に道具として利用され、生成した宝石が金にならない偽物だと分かると、要らぬ人間だと徹底的に打ちのめされた。後先なんか知ったこっちゃない。価値を与えてくれた男の為、邪魔者は殺す……!」

 

「そんな……!」

 

 バブルガールが漏らした哀しい声に、宝生と窃野の怨み篭った視線が向けられる。彼等にとって自身の境遇も怒りも悲しみも、理解されようとは思っていなかったからだ。

 

「恐怖で従ってるんじゃありませんね……洗脳に近い……!」

 

「使い捨てられる事が本望なのか?!」

 

 対話は不可能。そう判断したセンチピーダーと天喰がタコとムカデの触手を伸ばして構えた。

 

「ヒーローには理解できんさ……!!!」

 

「同情される義理はねぇッ!!!」

 

「食うッ! 食うぅッ!!!」

 

 水晶を丸ごと腕に纏った宝生、刀を構え直した窃野、異臭から復帰した多部が歯をガチガチと鳴らしながら、同時に3人へと襲いかかる。

 

「クッ!」

 

「またッ!」

 

 攻撃は喰われ、防御は盗まれる。完璧な連携を前にしてバブルガールとセンチピーダーの額には汗が滲んでいた。

 

(多部にマダコの毒は入った……! 時間が経てばアイツは動けない……!)

 

 それでも、天喰の瞳に陰りはない。マダコの唾液に含まれる神経毒を触手の中に再現していた彼は、2人よりも早く前へと踏み出した。

 

「連携の起点を崩します!」

 

 そう彼が言い放った次の瞬間、天喰の腕からムカデの触手が際限なく伸び広がっていく。

 

「何ッ!?」

 

「ああッ!?」

 

「食うッ!!?」

 

「えっ!? サンイーター!!?」

 

「私のっ!?」

 

 その姿に本人以外の全員が驚愕していた。

 彼は多部の喰い散らかしたセンチピーダーの触手一部を、どさくさ紛れて口にしていたのだ。

 

「再現必殺……『センチコイル』ッ!!!!!」

 

 驚く隙を突かれた窃野、そして食べるのを一瞬躊躇った多部に天喰のムカデの触手が絡み付く。

 

「フンッ!」

 

「ぐぅ、苦ェェッ!!」

 

 しかし宝生は馬鹿力で振り払われ、多部にはアッサリ喰い千切られた天喰の触手だが、この2人に関しては時間を稼ぐだけで十分だった。

 持っていた刀ごと窃野の体を捕らえた天喰は、そのムカデの触手の先端部である頭を彼の体に突き刺したのだ。

 

「痛ッッてぇェェェェェェッッッッ!!?!?!」

 

「窃野ッ!?」

 

「食うッ!?」

 

 途端に窃野が腹の底から響かせる程の悲鳴を上げた。すぐに多部が触手に喰らいついて彼を助けるが、彼は叫び声を上げて立つ事もできずにいた。

 

「ムカデの神経毒を流し込みましたッ!」

 

「ならっ、彼は任せてサンイーター!!」

 

 瞬時に判断したバブルガールが、警官隊よりも早く彼に飛び掛かる。痛みで悶えつつも、彼女に対して闇雲に刀を振り回す窃野を捻り上げ、地面に押し倒した。

 

「ぐあァッ!!? ク……ソぉ……ッ!」

 

 顔面を床に叩き伏せた窃野に、バブルガールは彼を目隠しさせた。彼の窃盗は、盗む対象物が見えていないと発動できないのだから。

 

「食うッ! 食う……ぅ、うッ!?」

 

 そのバブルガールを襲おうとした多部が、不意にフラフラと足取りが悪くなっていく。走り回っていた事が原因で、マダコの毒が回り始めていたのだ。

 

「再現には負けない……! 『センチコイル』ッ!!!」

 

 そこへムカデの触手を振り上げたセンチピーダーが、彼をくの字にヘシ曲げる勢いで薙ぎ払った。

 

「窃野ッ! 多部ッ!! おのれェェェェェェッッッ!!!」

 

 仲間を傷つけられて頭に血を上らせる宝生の前に対峙した天喰。彼の脳裏に最高の親友である通形の言葉が思い起こされる。

 

 

 

 

 

 ───俺が頑張れるのは、お前がいてくれるからなんだぜ、環!

 

 

 

 

 

 ───俺、知ってるんだぜ。お前が本当はスゲえ才能、持ってる事……!

 

 

 

 

 

 ───お前が本当は……スゲえ明るくて楽しいヤツだって事……!!

 

 

 

 

 

 ───環っ! そうはならないし、お前は『サンイーター』だ!

 

 

 

 

 

 

「そうだ……! 俺は太陽を喰らう者……!!!」

 

 そう名乗り上げながら、天喰はセンチピーダー触手と同時にタコの触手を動かし、甲殻類の装甲を身に纏って結晶を纏う宝生へと振りかざした。

 

「『サンイーター』だッ!!!!!」

 

「うおォォォォォォォォッッ!!!!!」

 

 互いに個性最大出力で激突する2人の戦い。史実よりも時間は奪われたが、その勝敗はもう目前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 切裂の次に入中から厄介と判断され、孤立させようと伸ばした壁からイレイザーヘッドを庇った切島とファットガム。この2人に関しては史実通りの相手と戦っていた。

 

 穴へと落とされた先、明かりの乏しい妙に殺風景な広間から現れたその男は……もしもイレギュラーである切裂が注視したら、コイツと似た様なヤツ別の漫画で見たような気がすると感想を述べただろう。

 赤い髪、巨漢な体格にしてもアンバランスなゴツい肩、その肩に比例した太い腕の筋肉と、ソレを補強する金属のガントレット。白い半袖シャツに、黒のズボンから無造作に挟まれた青いタオル。そして、その顔を丸ごと覆い隠す鯱みたいな形をしたペストマスク。

 

 八斎衆傘下が1人、『乱波(らっぱ) 肩動(けんどう)』 個性はその見た目通り肩が異常発達した『強肩』 元、違法である個性有地下格闘技のチャンピオンであり、自他共に認める戦闘狂である彼を形成する肩以外の部分は、全て自前の筋肉である。

 

 史実において、一撃で切島のアンブレイカブルを自慢の筋肉の腕と個性の力を含んだ肩を利用する拳で貫いた強敵。そんな彼は、相方の制止も気にせず切島へと全身全霊の拳で殴りかかった事で、個性矛盾(ホコタテ)対決となる彼等の戦いは火蓋を切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとつ確定している結果として、史実よりも遥かに『矛』に相応しい切裂 刃の斬撃を半年以上も受け止め、そして同時に『盾』でもあった彼の硬化をブチ抜く切島の拳は、乱破の筋力と個性で固められた拳を真正面から己の拳で受け止めていた。

 

「イイなあァッ!!!! ホンッッッッッッッッットにイイなァァァァお前ぇェェッッッ!!!!!」

 

「ウオオォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!! (あのデカい肩が個性かっ! って事は、残りは全部筋肉だけで……ッ!?)」

 

 歓喜の声を叫ぶ乱破の『強肩』から放たれる、機関銃掃射の様な殴打の連撃をアンブレイカブルの発動した拳で受け止めながら、切島は歯を食いしばって目を見開き、ペストマスク越しに笑い続ける彼を見遣る。

 

「謝るぜぇッ!!!! 『ハズレ』なんて言って悪かったあァァッッッ!!!!!」

 

「グウぅゥゥゥゥぅぉお゛ぉォォォォォォッッッッ!!!!!!!!」

 

 乱破の叫んでいる通り、地下のトンネルから転がってきた切島とファットガムを見て、彼が最初に述べた感想は『ハズレ』だった。

 メディアで少し有名になっていた雄英体育祭のアツ過ぎるタイマン戦。そんな風の噂を戦闘狂の彼が聞いて期待半分で確認した時から、彼には気になる相手がいた。

 そして、その相手がココに来ていると聞いた時、乱破は入中に頼み込んでまでソイツを自分の所へと連れてくるよう要望した。お目付けである相方の意見など聞かず。

 しかし、残念な事に入中は乱破の要望を無視して采配を行った。その相手は今頃、自分の個性に対して不利となる者と対峙させられているのだから。

 

 

 

 彼が純粋に殺し合いを望んだ相手は、紛れもない『ブレイズ』だった。

 

 

 

 だが、彼は今嬉々として目の前の少年との戦いに、己の全てを出し尽くせる相手を見つけ、満足していた。

 体育祭のタイマン戦でブレイズに敗れた相手、レッドライオットこと切島を前にして、彼は拳を打ち込みながら酔狂に笑ってみせた。

 

「ハハハハッッ、天蓋ッ!!! ぜってぇバリア張るんじゃねえぞッ!!!!!」

 

「張れるかッ!!」

 

 切島と激突する乱破から少し離れた所で叫ぶのは短髪で和服を羽織った、ずっと両手の指を頭に押さえつけて目を閉じている中年のペストマスクを着けた男『天蓋(てんがい) 壁慈(へきじ)』 

 彼の個性は黄色いエネルギー状の膜を形成する『バリア』だったが、2人のラッシュの激しさに、バリアを張る隙がなかったのだ。

 

「うぉぉォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!」

 

「イイぜぇェェッッ!!!! もっとだァッッ!!! もっと来いィィィィィィィィッッッッ!!!!!!」

 

 こうして誰の妨害も受けない、なるべくしてなった2人の激突だが、矛と矛がぶつかり合っているせいで、残されたファットガムと天蓋は盾と盾で勝負という泥沼を起こしていた。

 

「アカンっ! 激しすぎて近寄れへんッ!!」

 

 硬化したアンブレイカブルの拳と、ガントレットを着けた乱破の拳がぶつかり合い、打ち上げ花火の様に火花が撒き散らされる激戦地帯にファットガムは怯みながらも、隙あらば妨害を仕掛けてくるだろう天蓋に神経を集中させた。

 

「こっちの男もッ! まるで鉄の壁やなぁッ!」

 

「クッ! 諦めの悪い……ッ!!」

 

 焦るファットガムが天蓋自身を防衛するバリアに何度も拳を振り下ろすが、彼の形成するバリアは大きく波紋を広げるだけで、その拳を通さない。

 しかし、それでもファットガムは自分の成すべき事を果たすべく、天蓋のバリアを殴り続ける。

 

「こっちはなんとかするッ!! 競り勝てレッドォォォォォォォォッッッ!!!!!!」

 

「う゛お゛お゛お゛オォォォォォォォォッッッッッ!!!!!」

 

 切島に激励を飛ばしながら、ファットガムは天蓋のバリアを殴り続けた。彼の巨体は天蓋の視界を遮り、切島と乱破の間にバリアを狙って出せない状態にしていたのだ。

 

「無駄だ。あの少年には油断したが……最大出力のこの防壁は、お前には破れない……ッ!」

 

「グウぅッ!!!! 後輩に遅れ取るなんて……俺もそろそろ引退やなァッッ!!!!!!」

 

 そう言いながらファットガムは殴りかかってはいるものの、本気を出した天蓋のバリアはこの状態の彼には破壊できなかった。

 盾と盾の2人の勝負の行く末は、矛と矛の2人に委ねられていた。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!」

 

「どうしたァァァッ!!?! 腕が疲れてんのかぁァァッッ!!? そんなんじゃ俺は殺せねえぞぉォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 しかし、いくら切島の硬化が乱破の強肩による猛攻を耐え凌いでも、相手は数多の試合で肉体を鍛え抜いた格闘選手。実戦経験があるからと言って、ただの高校生である切島が真正面から彼に挑むには、決定打に欠けていた。

 そもそも、最初の接敵で自身の拳を硬化した体で耐え切り、加減していたとはいえ天蓋のバリアをアンブレイカブルの拳で砕いた瞬間、乱破は切島の評価を修正しただけなのだ。

 

「ぐうゥゥッ!!?!! (硬化が割れ始めてやがる……ッ!)」

 

「ガッカリさせんなよガキィィィィッ!!! まだ倒れねえでくれよォォォォォォッ!!!!!」

 

 煽る様に笑ってみせながら乱打を続ける乱破を前にして、切島は腕の亀裂に気付くものの、その拳を止めない。

 不意に、彼は自分がインターンで初めて事務所で会う事になった、ファットガムとの会話を思い出していた。

 

 天喰に無理を承知で紹介してもらった彼にも、最初に切裂の事を聞かれたのだ。

 

 

 

(環が人を連れてくるとはなあ〜! 体育祭見たよっ! 君みたいな元気のある子が来てくれるゆーたら、大歓迎やで! ……あー、ところで君の対戦相手やった切裂くんゆー子はどうしたんや?)

 

 

 

 フォースカインドの事務所でも、似た様な事を本人を尋ねられた切島は、適当に話を濁す事しかできなかった。

 それよりも心に受けたのは、自分の存在がまだ切裂に負かされただけの存在でしかないという事実。それでも、彼には戦っていた時の彼の言葉が頭に残っていた。

 

 

 

 

 

 ───嬉しいぜ切裂ぃ……! お前と戦っているこの時間は…………自分が今までより成長してるってのが、1番にわかるんだぜッッ!!!!

 

 

 

 ───俺もだよ切島くん……! やっぱり、俺が本気を出せる相手は…………君しかいないッ!!!

 

 

 

 

 

 どれだけ負け続けようとも、彼は自分自身を認め続けてくれた。だからこそ、切島は彼に劣等感を抱く事なく真っ直ぐに自分の目標を目指す事ができたのだ。

 自分の個性を活かした、守れるヒーローになるために。

 

 そして林間合宿による大事件から、ラグドールの言葉を受けてひたむきに個性を磨き、彼の刃を超える硬化を見せる事ができた。

 今まで追いかける事しかできなかった自分が、仮免を取り、インターンに推薦され、彼と同じ立場に立っているのだ。

 今この瞬間は一緒に戦う事こそ叶わなかったが、かつて林間合宿において何もできなかった立場から脱却し、彼と共にこうして現場に立てるだけでも、切島は十分だった。

 

 彼は初めて個性が発現した時、うっかり硬化した腕で目を切ってしまった。その傷痕は、今でも彼の瞼に残っている。

 以降しばらく自分の個性が嫌だと、泣きじゃくっていたらしい。

 

 自分の個性が嫌だったからこそ、自分と似た個性で、胸を張って命を懸けたヒーロー『クリムゾンライオット』の姿に彼は憧れたのだ。

 

 そして雄英に入り、切島は自分と似た個性で輝こうとする彼に、純粋に惹かれていた。そして気になったのだ。彼がどんなヒーローになりたいのか、雄英の食堂で切島は彼に問いかけた。

 答えは想像よりもスケールの大きな話だった。

 

 

 

 

 

 ───どんな個性の人でも、明るく前向き生きていける世界にするために……俺はヒーローを目指してる……!

 

 

 

 

 

 それは、どんな個性でもヒーローになる事ができるという裏返しの意味も含まれていたが、この時の切裂はそこまで考えてはいなかった。

 

 だが、自分よりも大きく明確な目的を持ったその言葉を覚えていた切島は、自分の個性に誇りを抱き、更に切裂に応えるべく成長を続けるのみであった。

 どんな地味な個性でも、ヒーローとして輝ける世界を、彼なら作り上げるのだと信じて。

 

 乱破の拳を受け止めるだけだった切島の拳が、逆に乱破の拳を捉えて弾き返し始める。

 

「負けるかあァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」

 

「そうだッ! それでいいッ!!! まだ倒れんなよォォォォォッッ!!! やっと肩があったまってきたトコなんだからなあァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 言葉通り乱打の速度が上がり始め、切島は僅かに歯を軋ませた。だが、歓喜の声を上げる乱破のガントレットは殴打の連続に耐え切れず壊れ始めている。それだけでなく、彼の生身の腕も限界を超えているのか鮮血が溢れていた。

 

「乱破ッ! 耐えきろッ!!! (もしもヤツが負けたらッ、俺も終わるッ!!!)」

 

「だったら声掛けんじゃねえッ! 全力でぶつかった相手に己の拳が砕けた瞬間がッ、この乱破 肩動の最期だァッッッ!!!!!!!」

 

「レッドぉッ!!! アンブレイカブル解くなァァァッ!!!!!!!! ソイツを倒せるんは、お前だけじゃあァァァァァァァッッッ!!!!!!!」

 

 彼に激励を浴びせ続けながら、自分も負けじとファットガムは天蓋のバリアへ血に染まった拳を振り下ろし続けていた。

 

 不意に、それまで波打つだけだったバリアに亀裂が走った。

 

「なッ!?」

 

 閉じていた目を見開いた天蓋の前でファットガムがニヤリと笑い、更に拳を叩きつける。

 

 それに呼応する様に、切島の拳も流れ出る血液すら硬化を始めて、彼の腕を包んでいた。

 

 硬化を鍛えた果てのアンブレイカブルで彼の鎖鋸刃斬人を弾き返したが、彼がソコで諦める男ではないのは切島にはわかりきっていた。

 

 すぐに自分の硬化を追い抜こうとしてくるに決まっていた。

 

 自分を負かそうとしてくる彼に、期待してしまっている自分もいる。

 

 それでも、追い抜かれるつもりはない……!

 

 彼と一緒の立場で戦うために……!

 

 誰かのピンチを見過ごす情けないヤツにはもう、ならないために……!

 

 

 

 

 

 彼の目指す、明るくて優しい世界を守る、ヒーローとなるために。

 

 

 

 

 

 (割れたそばから固めてけッ! 筋肉も……血管も……血も……骨も全部ッ!!!!! コイツを超えて、俺はァ……ッ!!!!!!!!!)

 

 

 

「「う゛お゛゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

 

 

 

 己の戦闘衝動を、初めて真正面から受け止めてくれる相手。

 

 己の個性の限界を更に超え、最大の親友へと応えるべく聳え立った相手。

 

 その勝負の決着は目前だった。

 

 ただ、その交戦の最中に切島の脳裏をよぎったのは、雄英の入学直前、花びらの舞い散る桜並木を芦戸と歩いた時に彼女と交わした会話。

 高校デビューと評され、茶化された赤い髪、お揃いの角、情けない自分との決別。

 

 ソレを乗り越えた時、彼女に伝えると約束していた。

 

 もう、ソレを伝えるべきなのかもしれなかった……

 

 高校デビューマンと言いふらすと約束していた相手。

 

 

 

 

 

 同じ中学出身だった、芦戸 三奈の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 状況は混沌としていた。

 

 地下道内は大きく変形し、さっきまで緑谷達の立っていた通路は、大きな広間へと変貌していた。

 

「オイっ、生きてるかッ!?」

 

「クソ……次はどこから来る……ッ!」

 

 部屋の壁際で負傷した警官を集めていたロックロックの前で、イレイザーヘッドが周囲に睨みをきかせる。

 その広間には自動車が通り抜けれるほどの大穴が幾つも空いており、いつ広間自体が崩落を起こしても不思議でなかった。

 

「それにしても、ココはいったい……!?」

 

「わからん。地下が大きく変わりすぎた上、方向感覚も狂わされた。ひとまずこの場を脱出する事を優先したい!」

 

 イレイザーヘッドに背中を合わせて警戒するサーの話す通り、通形を見失ってしまった今、もう壊理がどの方向にいるのかも不安定になり始めていた。入中と地震に影響されていない場所へと出て、態勢を立て直す事を彼は提案した。

 その意見に賛成だった緑谷は、出口になり得る扉を探しつつ、瓦礫と穴だらけな周囲の警戒を続ける。

 

「ほかのみんなが、無事だといいんだけれど……!」

 

 地震と大爆発に巻き込まれ、揉みくちゃにされた結果、この広間には緑谷とイレイザーヘッド、ロックロック、サー、マウントレディ、そして警官隊の半数が残されていた。

 

「グレープ!? グレープッ!! どこに行ったのッ!!?」

 

 中途半端に巨大化したマウントレディが、瓦礫となった地下道の一部を退かして声大きく叫ぶが、峰田からの返事はなかった。

 そこにロックロックの焦りの声が聞こえた。

 

「あのチビガキ……まさかアイツを追っちまったんじゃねえか!?」

 

「イレイザー、奴の姿は見えたか!?」

 

「現れる度に砂塵で何も……ッ!」

 

 背後のサーの呼びかけに、珍しく歯を噛み締めて苛立ちの声を漏らすイレイザーヘッドは、目に装着していたゴーグルを押さえる。

 

「アレの対処に時間をかけている暇はありません! エリちゃんの追跡に急がないと!」

 

「だが、入中もココを見ているに違いない!」

 

 サーの提案にイレイザーヘッドがそう言い放った直後、広間の上から吊り天井の様に壁が押し潰そうとしてきた。

 

「うわッ!?」

 

「クソッ、サンドイッチにされちまうッ!!!」

 

 驚く緑谷の隣で、ロックロックがタイミングを見計らって個性で止めようとしたが、あまりにも天井が広すぎた。止めれないかもしれないという不安が、彼の頭をよぎる。

 

「イレイザーッ!」

 

「わかっている、どこだ……ッ!!?」

 

 咄嗟にサーがイレイザーヘッドに叫ぶも、彼に入中の姿は見えなかった。それもそのはず、入中は天井の中に入って緑谷達を確認してから完全に潜り込み、部屋ごと押し潰そうとしているのだから。

 しかし、そんな彼の戦法に馬鹿力で対抗しようとするヒーローがいた。

 

「ふぅ゛ん゛ん゛ンンンンンンンッッッッ!!!!!」

 

「マウントレディっ!!?」

 

 広間の中で最大限まで巨大化しようとした彼女が、自分達を押し潰そうとしてくる天井を両手と頭で食い止めた。

 

「ハア゛ア゛ア゛アァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!」

 

 更に、そのまま彼女は巨大化を無理矢理発動させて、天井を元の高さよりも上へと押し返していった。

 

「グウッ!!? あの女……ッ!!!」

 

「っ!?」

 

 緑谷には見えた。

 

 押し返された吊り天井がグニャリと歪んだ最も遠い部分に、パワー負けで怯んだ入中が一瞬壁から剥がれ出てしまった瞬間を。

 

 その様子をイレイザーヘッドが捉えるよりも、彼の判断は早かった。

 

(ワン・フォー・オール……フルカウル……25パーセントッッ!!!!!)

 

 ロケットの如く飛び上がると同時に浮遊を発動して体勢を安定させた彼は、上昇を続けながら両手の指を合わせてデコピンの構えをとった。

 巨大化しているマウントレディの顔も一瞬で通り過ぎ、彼女が驚いた。

 

「デクッ!?」

 

「何ィッ!!?」

 

「エアフォースッ!!!!!」

 

 そう叫んだ緑谷の放った空気の弾丸が、驚愕する入中の顔面を正確に撃ち抜いたのだった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

「思ったより早かったな」

 

 ヴィラン名『オーバーホール』こと、治崎 廻は追跡者に顔を顰めた。

 

「すいませんねぇ……やっぱ、少し話聞かせてもらってもいいですか?」

 

 入中の妨害にも地震にも影響されず、ひたすら真っ直ぐ走り続けた通形は、壊理を連れて歩く治崎の下に到達していた。吐く息は荒く、それまで全速力で追って来た事が窺える。

 

「すぐに来れるような道じゃなかったはずだが?」

 

「近道したんで……! その子……保護しに来ました……!」

 

 そう言い放つ通形の視線の先、治崎の隣に立つ白衣を羽織って黒のペストマスクを着けた男は、ヴィラン名『クロノスタシス』こと『玄野(くろの) (はり)』 

 その男の腕に抱きかかえられている壊理が、彼の事を見ていた。

 

「事情が分かったらヒーロー面か学生さん。あの時、見て見ぬフリをしていたよな? お前に保護されるなんて、この子は望んじゃいない。この子にとってお前はヒーローじゃない」

 

 まるで決まっているかの様に話す治崎の立つ通路の奥には、シルクハット被ったコートから何まで全身黒づくめのせいで背景と同化し、通形も気づいていない黒のペストマスクの男『音本(ねもと) (しん)』が拳銃を構えている。

 

「だから来た……!」

 

 治崎の言葉を全て押し除け、壊理の救出に迷いのない態度を見せた通形の真上。天井のダクトの隙間には、半裸に一升瓶を口に咥え、鰐の頭蓋骨みたいな面を被った男。『酒木(さかき) 泥泥(でいどろ)』が潜んでいた。

 治崎はその答えに、苛立ちながら背を向けて歩き出す。

 

「……伝わらないなあ、わかりやすく言ってやろう……死ぬって事だよ」

 

 もはや対話など不可能。そう判断した通形は2人に向かって走り出した。

 

 イレギュラーによって時短こそ成功したものの、1番重要であるこの戦場は、史実と全く同じ構成が起こっていたのだ。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 遠くで地鳴りが響き渡っていた気がしたが、それどころではなかった。

 

 入中に広げられた穴にまんまと足を踏み抜いた俺は、通形先輩の手も峰田の手も掴む事ができず、滞空する個性でもない俺はただただ落ちていった。

 咄嗟に壁に向かって刃を伸ばしてしがみ付こうとしたが、いかんせん広がった穴が大きすぎた。

 そのまま数秒間の落下の果て、俺はクッションも何も無い金属の床へと叩きつけられた。

 

「ガッ……!」

 

 硬化して地面に激突するダメージは抑えたが、俺以外に落とされた人間は誰もいないのか、完全に皆と孤立した。

 入中も壁を切り開いてくる俺の事をマークしたらしいが、今は狙われていないのか壁や床が動く気配がない。次に狙われるのは相澤先生だろうか、上に残っている峰田達が心配だ。

 斬撃波を上に向けて何発か放ったが、さっきよりも分厚いのか天井に削れる跡が残るだけで、割れる気配がない。デイジーカッターは上どころか邸宅まで巻き込みかねない。敵味方が混戦している上に向かって放つのは危険すぎた。

 

 上に戻るのを諦めた俺は、だいぶ昔に八百万に造ってもらった方位磁石を取り出して、進むべき方向を確認する。周りは金属の壁だらけだから不安要素が隠し切れないが、エリちゃんの所を目指すにはコレを頼るしかない。

 きっと通形先輩も、俺を助ける事よりエリちゃんの救出を優先するだろう。

 

 俺が今立っている場所は広間にしてはやや狭く、通路にしては幅と天井が広すぎるといった細長い部屋だった。さっきの地震で照明が壊れたのか、非常灯みたいな小さな明かりしかついていない。ゴーグルの微光暗視装置の出番だ。

 

 

 

 それを使おうとすると、そんな不気味に伸びている通路から不意に、金属の床を靴で歩く音が響き渡った。

 

 

 

「……サー?」

 

 

 

 微かに見えた長身の体格。足音の感じからして峰田や緑谷じゃないのは、すぐわかった。

 

 

 

 ただ、俺の呼びかけに答えなかったから、咄嗟に刃に変化した腕を構えて、俺は音の聞こえた通路の奥へと構える。

 

 

 

 同時に俺は警部さんに貰った八斎衆のリストと史実の知識を巻き返し、該当しそうな相手を思い返す。

 

 

 

 非常灯の明かりがプツリと消えて、視界が完全に真っ暗になった。

 

 

 

 そして今度は、元の照明が部屋の中を照らし出した。

 

 

 

 そこには……

 

 

 

「待っていたわ……」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いるハズのない人間がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタが…………ヤイバ君ね……!」

 

 赤い長髪にブラウンのサングラス。服装こそジーンズにTシャツと半袖ワイシャツとパッとしないが、それが霞む長身で程々に引き締まった筋骨隆々の男。

 

 

 

 

 

 『引石(ひきいし) 健磁(けんじ)』 ヴィラン名『マグネ』

 

 

 

 

 

 それは敵連合が八斎會に所属する前に、治崎によって殺されているハズの人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『エリちゃんとトガちゃん』

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