切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第三十三話

 

 

 

 

 

 時間は敵連合が八斎會の傘下に入るよりも前。

 

 トゥワイスによって連合のアジトに案内された治崎と、死柄木との交渉は決裂した。連合の傘下に入る前提の交渉だった八斎會が、逆に連合をこちらの傘下に入れようとしたからだ。

 死柄木の「帰れ」という命令を合図に、戦闘は開始された。

 

「ゴメンね極道君ッ! ワタシ達誰かの下につくために集まってるんじゃないのッ!!!」

 

 マグネの個性によって磁力を付与され、武器である巨大な棒磁石で引き寄せられた治崎を彼女がそのまま磁石で叩き潰そうと振り上げた。

 

「何にも縛られずに生きたくてココにいるッ! ワタシ達の居場所はワタシ達が決めるわッ!!!!!」

 

「……ッ!」

 

 彼女の言葉に構わず、治崎は引き寄せられながらも冷静に手袋を外そうとしていた。

 

「マグ姉っ!?」

 

 この場に至るまで、もちろんトガヒミコは病院での彼との話と約束を覚えていた。

 

 死穢八斎會という組織には気をつける事を。

 

 奴等に取り入って、製造しているモノを横取りする事を。

 

 だが、彼女にとって連合のメンバーの中で1番親しいマグネが動いてしまった事で、それまで傍観を続けていたトガは動いてしまった。

 

「待って、マグ姉えっ!!!」

 

 治崎が現れた時から警戒態勢に移行していたトガは、叫びながらマグネへと変身して彼女と治崎に向かって個性を発動した。

 

「「ッ!?」」

 

 マグネの個性『磁力』は対象の生物に磁力を付与させる能力だが、男はS極、女はN極と決まっている。

 つまりS極とS極同士が接近した事により、大きな反発を起こした両者は、治崎の指がマグネに触れる寸前で一瞬の静止を起こした。

 

 その空振りを起こした彼の指先は、彼女の持っていた棒磁石だけを掠り、次の瞬間には磁石が弾ける様にして粉微塵に分解されたのだった。

 

「ッ!!?」

 

 治崎の個性にマグネが驚いた直後、同極同士の反発で両者は互いに反対方向へと吹っ飛ばされた。

 

「ぐうッ!!!」

 

「うぐッ!!!」

 

「マグ姉っ!」

 

 トガはすぐ自分の変身を解除して、吹き飛ばされたマグネを受け止める。対して尻餅をつきながら地面を転がった治崎に、Mr.コンプレスが飛びかかる。

 

「待てコンプレスッ!!」

 

「コイツはヤベえ! 俺の圧縮で閉じ込めるッ!!!」

 

 死柄木の指示も聞かずに治崎へと飛びかかったコンプレスだが、その彼に本人も気付かない程の小さな注射針の弾丸が突き刺さる。

 そのままコンプレスの手は倒れている治崎の腕に触れたが、彼の個性は治崎に触れても発動せず、逆に個性を発動した治崎によって腕を振り払われた。

 

「触るなァッ!!!!!」

 

「うあ゛ぁァァァァァっッッ!!!!!!」

 

 コンプレスの悲鳴と共に、彼の腕が血潮に塗れて吹き飛んだ。

 

 一瞬にして血溜まりの広がったアジトの中、コンプレスを助けるべく死柄木が治崎に掴み掛かろうとした最中、潜伏していた黒乃が撃ち外した弾丸を素通りし、治崎を守ろうとして『盾』扱いされた彼の部下を1人崩した直後、それまで息を潜めていた治崎の部下がアジトに殴り込んで交渉は終わった。

 

 戦力を削り合うのも不毛、冷静になってから電話してくれと一方的な約束をされ、八斎會を見送った敵連合は暴れた後始末とコンプレスの処置に急いでいた。

 コンプレスはトゥワイスがすぐ闇医者に診せるべく動き出したので、もうこの場にはいない。残ったのは死柄木とトガ、そしてマグネ。スピナーと荼毘、黒霧は別件で不在だった。

 

「トガちゃん……ありがとね。アナタがいなかったらワタシ……」

 

「マグ姉……」

 

 図らずともトガに命を救われたマグネは、粉々になって飛散した磁石の破片を見ながら、彼女に優しくお礼を伝えた。

 しかし、腕を千切られたコンプレスの事も気がかりだったが、トガはすぐに彼の腕に刺さっていたモノと同じ、死柄木を狙って外れた小さな注射器の形をした弾丸の2つを、彼の前へと差し出した。

 

「個性を消せる弾丸……死柄木くん、私が聞いてきますか?」

 

「待て。まずは俺が行って話をつける。コンプレスの腕の貸しもあるからな……」

 

 去り際に治崎が指で弾いた名刺を指で摘み、死柄木は連絡先を確認してから塵に還す。そしてトガから弾丸を受け取りながら、彼は治崎達の消えていったアジトの外を見ていた。

 彼女の前に立っていたのはマネキンの手で表情まではハッキリとしないが、仲間を傷つけられた割には少し楽しそうな死柄木の顔だった。

 

 

 

 

 

 そこから数日間、死柄木と治崎の会合を経て、なんとか敵連合は八斎會の傘下へと入った。

 史実よりもやや穏便に交渉を済ませた数日後、八斎會の部下の車で出向かれられて移動したトゥワイス率いる敵連合出向組は、八斎會の屋敷から地下深く入り組んだ迷宮の奥にある応接間へと案内された。

 そこには治崎を含む鉄砲玉八斎衆、幹部全員が集結していた。

 

「初めましてっ、トガヒミコですっ!」

 

「久しぶりだな鳥野郎! テメェ……絶対許さねえぞ! よろしくお願いしますっ!」

 

「………………」

 

 張り詰める空気に対して無邪気な挨拶をするトガヒミコと、いつも通りの支離滅裂な発言なトゥワイスを前に、治崎は顔を顰めた。

 別に2人の性格に不満があるワケではない。そこには治崎が指名していない人間、それも自分に向かって反抗しようとしてきた相手が同行していたからだ。

 

「お前を呼んだ覚えはないんだが」

 

 治崎の視線の先に立っているのは、トレードマークのサングラスこそかけているものの、武器だった棒磁石を破壊されてステゴロ状態になっていたマグネだった。

 

 彼女は死柄木と治崎の交渉に含まれていなかったにも関わらず、無理矢理ついてきたのだ。事後報告だった死柄木を納得させた上で。

 交渉が決裂したあの時、誰よりも早く自分を狙ってきた存在に胡散臭い声で質問した治崎に、マグネはやや激情気味に至極当たり前の事を言い返した。

 

「アンタ達みたいなムサ苦しい男ばかりの集団に、女子高生なんか1人で送るワケないじゃないのッ!」

 

「俺はっ!?」

 

 その理由にトゥワイスが自分自身を指差して叫ぶが、即座に彼女は言い返した。

 

「アンタだけじゃ不安だからに決まってんでしょッ!!!」

 

「敵連合か、いいな! 喧嘩しようッ!」

 

「ブッ殺すッ!」

 

「ホラ見なさい!」

 

「待って仁さん」

 

 唐突に会話へと割り込んできた乱破の売り文句を即買いしたトゥワイスに対し、目の前でコントみたいなやりとりを始める3人に治崎はため息をついた。

 

「コンプレスの件はすまなかったな。恨む気持ちもわかるが、俺も自衛の為だ。協力関係になった以上、計画遂行に助力してほしい」

 

「テメえ……最初に会った時もそうやって上っ面繕ってたな! ……で、何したらいいの?」

 

 態度を180°変えて話すトゥワイスに、一応は答えるつもりで治崎はトガとマグネに話を続けた。計画の話は死柄木から聞いている前提だったが、もちろんこの3人は目の前の男の壮大な計画を聞いている。

 元より治崎の計画など興味もなかった3人だが、死柄木の指示である以上は目の前の男に取り入るしかない。頭では理解していたものの、コンプレスの腕をいとも簡単に奪った手前、放置も危ぶまれる油断ならない相手であった。

 

「組の者同様、俺の指示に従ってくれればいい。その為にも、まずは個性の詳細を教えてくれ。もしもの時、連携を取りやすいようにしておきたい」

 

「もしも時だったら、もしもの時に教えるわ。そんなヘマをする事務所なのかしら?」

 

「ヤダヤダ、態度ってモンがないのよっ、教えてやんね〜!」

 

 開口一番にトゥワイスとマグネは拒否を示したが、治崎の後ろに立っていた音本による、対象から真実を吐かせる個性『真実吐(まことつ)き』で2人は強制的に自身の個性を吐かされてしまった。

 だが、トガだけは真本が語りかけるよりも早く、自ら個性の説明を始めた。

 

「血をチウチウする事で、その人の姿と個性をコピーできます! 1度に色んな人の血をチウチウすれば、それだけ色んな人になれますけど、効果はひとつずつしか出せないです。昔は1日中変身するのにコップ1杯ぐらい必要でしたけど……最近測ってないのでわかりませんっ!」

 

「……!」

 

 彼女の個性の説明を聞いた治崎はピクリと眉を動かし、さっきまで腰深く座っていたソファーに座り直した。

 

 血という単純な物で、見た目のみならず個性までもをコピーする能力。

 壊理の研究過程でイレイザーヘッドの『抹消』にすら興味を示していた彼が、注目しないハズがなかったのだ。

 

「というワケで……献血のお時間ですっ!」

 

 治崎の心境など露知らず、いきなり彼女はどこからともなく大きな金属トレーと、ありったけの注射器を幹部達の前で取り出した。

 ガラガラとガラスの注射器がトレーの中で乱雑に転がり、八斎會の数名がギョッとする目の前でトガは笑っていた。

 

「血が無いと私ただのカァイイ女の子なんで……みなさんの血を私にくださいっ!」

 

 カタギでない物達に対しても動じず、ほぼマイペースと言ってもいい度胸と天真爛漫な笑顔を向けて、針の鋭い注射器を慣れた手つきで持つトガ。そんな彼女に絆され、最初に反応したのは当然彼女と同じぐらいマイペースで自分勝手な彼だった。

 

「イイぜえ女ぁ、気に入ったァ! 俺の個性を使ってみろッ!」

 

「待て乱破ッ! お前の個性なんか何の役に立つッ?!」

 

「乱破のは女の子に使わせる個性じゃないよねえ?」

 

「確かに。だがゴミである我々の力を嬉々として望むのなら……」

 

「へ……へへ……っ」

 

「オイッ、馴れ馴れしいぞ女ッ、キエェェッ!」

 

「私の個性は若の宿願成就の為の特別な個性……おいそれと小娘に渡すワケには……」

 

「俺の血なんか飲んだらぁ、酔っぱらっちまうんじゃねぇのかぁ?」

 

「……どうしやすか?」

 

 周りでギャーギャー騒ぐ八斎衆を無視する黒乃の問い掛けに、治崎はしばし目を閉じて思考する。

 未成年故か、トガに関しては敵連合の構成員の中で最も情報が少なかった。風のウワサで人に化けれると聞いてはいたが、まさか個性までとは想定外だったのだ。

 

 せっかく見つけた掘り出し物の個性。コチラの実験に付き合って貰うためにも壊理と同じ、まずは機嫌を取るべきだと判断した治崎は玄乃に答える。

 

「……分けてやれ」

 

 少し調子を狂わされて苛立つも、彼はトガの採血を好きにさせる事にした。

 治崎の返事を聞いて、早速片っ端から八斎衆に注射針を突き立てて採血を始めるトガに対し、彼は3人の中ではまだマトモに話しやすい相手へと頭の中で昇格させた彼女に尋ねる。

 

「それと女……死柄木に、お前達の持つ『脳無』とやらを要望したハズだが……」

 

 彼が脳無の存在を知ったのは、死柄木との交渉時。

 コンプレスの腕1本分に対して、八斎會は部下1人を死柄木に崩された。交渉術は治崎が長けている分、立場が上な彼の方が1枚上手だった。死柄木は仕方なく、虎の子の兵器である脳無を切ってしまったのだ。

 マグネが眉間を顰める隣で、トゥワイスが叫ぶ。

 

「贅沢言うんじゃねえッ! 何体欲しいんだい?」

 

 彼の話など聞いていなかった治崎の視線の先、トガが注射器で採血した血をカプセルへとチューブで移しながら答える。

 

「死柄木くんのオトモダチ(ドクター)が用意するって言ってたんで、もう少し待っててください。なんでも、特別なヤツらしいのです……!」

 

 実際には友達でも何でもないのだが、比喩表現として言い放ったトガの説明に、個性を発動する機会を奪われていた音本が彼女に問いかける。

 

『本当だな?』

 

「はい!」

 

 その屈託も嘘偽りもないトガの答えを聞いて、音本は治崎の方を見て頷いた。

 

「オッケーだ。これからは八斎會の一員として迎える。だが、手配犯のお前らを自由にさせるワケにもいかない。指示のない限りはこの地下から出ないように頼む」

 

「軟禁かよッ!」

 

「ちょっとッ、少しはこっちの話も聞きなさいよッ!」

 

 騒ぐ2人も無視した治崎はソファーから立ち上がり、部屋から出て行こうとした。

 

「わかりましたっ! あっ、まだ血を貰ってないです!」

 

 唯一素直な返事をしてみせたトガだったが、八斎衆の血を回収しながら当然の様に彼の血も頂こうとしていた彼女に、治崎は眉間を顰めてハッキリと告げる。

 

「調子に乗るな女。もう少し信用できる仲になったら、自由にしてやれるさ。君ら次第だ」

 

 潔癖症である上に、注射なんぞされてたまるかと、顔にそう書いてあるのが見えるほどの形相を向け、そう言い捨てた彼は部屋から出て行ってしまった。

 

「……注射がコワいんですかね?」

 

「かもよ? ぷぷーっ♪」

 

「ハァ……」

 

 誰に向けるワケでもないトガのひと言に、トゥワイスが嘲りながら答える。その隣でマグネがため息をついていた。

 そんな2人の前に、白いペストマスク着けた全身黒ずくめの小さな人形に入り込んでいる『入中』が、彼女達3人を指差して奇声を上げる。

 

「いつまでもそんな態度じゃ、許さねえってこった。わかったら言う通りにしやがれチンピラ共が。俺達はヤクザだ。舐めてんじゃねえぞ、キエェェッ!」

 

 応接間の床をヨチヨチと歩きながら、小動物の威嚇の様に甲高い声で怒鳴りつけるが、見た目にこれっぽっちも迫力の無い彼に2人は無視しておちゃらけるばかりであった。

 そんな彼女は入中の言う事も気にせず、3頭身ぐらいしかない彼をカァイイと撫で始めていたが、その様子を見てマグネは思考を続けていた。

 

(ったくッ、死柄木も何考えてんのかしらっ!?)

 

 周りの会話を耳に挟みながら、彼女は下唇を僅かに噛み締める。

 数日前、死柄木が治崎との交渉を終えた後、マグネは別のアジトに身を移して黒霧と荼毘を除く連合の構成員全員を集結させた時の、彼との会話を思い出した。

 

 

 

 

 

(先生の腹心だった『ドクター』が、新型の脳無のテストプレイを行いたいそうだ。完成次第、荼毘が用意するとか言ってたが……おい、トガ……お前が持っている血を少しでいい、全種類置いていけ。脳無の実験材料にしたいらしい)

 

(……わかりました)

 

(いいか、あの個性を消す弾の正体を探ってくるんだ。向こうは連合の機動力を削いで、お前達を懐柔しようとしてくるだろうが……俺はお前達を信じている。弾の正体が判明したら、所在を俺に知らせるだけでいい。今度は気まぐれは起こすなよ……? マグネ、トガを制御できるのはお前だけだ。頼むぞ)

 

(そっからどうやって抜け出すのよ!? ヤツらのアジトは地下なんでしょ!?)

 

(ヒーロー側も俺達と八斎會のゴタゴタを嗅ぎつけたに決まっている。アジトを転々としている俺らよりも、本拠地が警察にバレてる八斎會をマークするだろうよ。そこに俺らが絡めば必ずヒーロー共が殴り込んで混乱が起こる。チャンスはその時だ……!)

 

(わかったぜ死柄木! 責任を取ってくるからなっ! コンプレスの腕を取り返してやる!)

 

 

 

 

 

 アジトに戻ってきた死柄木が、トガヒミコとトゥワイスに話していた内容を思い返している間にも、入中の話は続いた。

 ビシリと小さな手で指を差し、彼はトガへ向き直る。

 

「俺達は再び裏から社会を牛耳る。ヤクザの復権。床に伏せ動けぬ組長の宿願。それを果たす……! 甘い汁啜れるんだ、感謝するんだよテメえらは、キエエェェッ!!」

 

 ヤツらの作っている『個性を消す弾丸』に関しては、マグネ本人も強力な武器になりうるとは考えいた。だが、本当にこんな輩と結託して本当に大丈夫なのかと、彼女には不安が残っていた。

 

 ただ、それでもマグネが死柄木を説得させてまでココに来たのは、トガの心配は当然だったが、ほんの少しの確信もあったからだ。

 治崎との初めての邂逅、まるで解っていたかの様に自分を助けようと動いたトガ、こんなクソみたいな世界に負けたくないという、彼女の言動。

 

 そんな彼女が、常日頃から殺したいほど好きだという意中の相手。

 

 マグネの中では、ある程度の推理が組み上がり、それを見極めるべく動いていたのだから。

 死柄木の推察通りにヒーロー共が殴り込み、混沌の戦場と化するだろうこのアジトに、彼も来るという確信を持って。

 

 

 

 

 

 その日の翌日から、トガは治崎に個別で地下内の一室に呼ばれていた。2人以外に部屋にいるのは、扉の前に寄りかかっている腹心の黒乃だけだ。

 

「女、この血を舐めてみろ」

 

 そう言って懐に手を突っ込む治崎から渡されたのは、血の入ったガラスの試験管だった。それも色素はドス黒く濁った、随分と経過が流れた血だ。

 

「………………」

 

 大好きな血であるハズなのに、ほぼ腐りかけと言ってもいい血液を躊躇なく飲めと命令され、思わず彼女は顔を顰める。

 それでも、弾丸を捜索するにはこの飲まなければ話が進まないと、トガは治崎から渡された試験管の栓を開け、頭を上げてひと想いに中の血を喉へ流し込んだ。

 途端、喉元から伝わる不快感。

 

「……ッ!」

 

 目で見た瞬間、中身の血をトガは理解していた。

 鮮血じゃない。内臓や骨、その他諸々の不純物が混ざった、ペーストみたいな血だ。

 

 そんな気持ち悪さの感じる血をゴクリと飲み込んだ瞬間、彼女の身長が治崎と黒乃の目の前でみるみる内に縮んでいくと、頭の片側には角が生えた少女の姿へと変身を起こした。

 ブカブカとなったパーカーから頭を出して、スカートが腰から外れ落ちるものの、2人にとっては随分と見慣れた壊理の姿を見て、黒乃は冷や汗を、治崎は舌打ちをした。

 

「そう言えば……見た目も、って言ってやしたね……!」

 

「……ッ」

 

「?」

 

 感情の入り混じった視線で2人に見下ろされているトガ本人も、この時はまだ自分がただの子供に変身したという認識だけを持ったまま、頭を押さえた拍子に手に触れた角を何なのかと触ってみせる。

 

「何か変わった事はあるか?」

 

「……なにも……」

 

 声まで壊理と同じだが、普段見ている本人からは有り得ない表情と口調に黒乃だけが少し動揺する。

 しかし完全な壊理へと変身してみせたトガを前に、少し機嫌を治した治崎は彼女の前に羽の千切れた虫や、自身の個性で損傷させた実験用ネズミを渡した。

 

 咄嗟に治崎は「怪我を治す個性の女の血だ」と適当な事を言って、彼女に同じ事ができないかと試した。が、どれも彼の望む結果を出す事はできなかった。

 

「………………」

 

「クッソ……」

 

 首を横に振る壊理に化けたトガに対し、治崎は悪態をついた。

 彼の予測通り、壊理の力は溜め込む事で発揮され、彼女の個性である個性のコピーでは、効果を即効する事はできなかったのだ。

 

 諦める事ができなかった治崎は、次にトガを壊理に変身させた状態で彼女の採血を施し、その血を調べる事にした。

 

 その日はトガはもう解放させ、一晩費やして彼女の血を細部まで調べた翌日、助手でもある黒乃が実験室のパソコンの前に座る治崎に問いかけた。

 

「若……結果は……?」

 

「………………」

 

 彼は無言だったが、ペストマスク越しの苛立った表情見て、結果は明らかだった。

 

「残念ですね……せっかく使える者が来たかと思いましたが……」

 

「ああ。個性を真似る個性……上手くいけば計画の大幅な短縮に繋がるかと思ったが……やはり壊理を使うしかないか……!」

 

 ため息を吐いて椅子にもたれかかった治崎に、黒乃は立ったまま不安を漏らした。

 

「どうするんですか? 個性は使えなかった上、壊理の事も彼女に知られてしまいやした」

 

「お前や音本、天蓋の個性を1人で使えるんだぞ…………あの女は必ずウチの駒にする。それより……壊理にまた駄々を捏ねられる方が厄介だ……!」

 

 問題は山積みだと苛立ちの声を漏らす治崎を前に、それまで黒乃は敵連合の中でも愛嬌の良い上、コチラに対しても比較的従順なトガの様子を思い出し、彼に提案した。

 

「あの女に任せてみるのはどうでしょうか?」

 

「何だと?」

 

「女の子同士なら、心も開きやすいかと……」

 

 彼の意見を前に、治崎はパソコンを見たまま鼻で笑う。

 

「奴等を完全に信用した訳じゃない。だが、そうだな……選択肢のひとつとしては悪くない」

 

 強力な個性を持つ彼女を壊理に肩入れさせれば、こちらの手駒になるのも早いと治崎は考えたのだ。八斎會に女の組員はいなかった。実験漬けだった少女にとっても、物心を持ってから初めて身近に触れ合う同性の相手となる。

 玩具なんかよりも、壊理の興味を引く事はできるだろうと治崎は踏んだのだった。

 

 

 

 

 

 そして数日後、トガは再び治崎に呼ばれて地下通路の中でも最奥に位置する、立ち入り禁止だったエリアの一室へと案内された。

 入り口のドアを開け、治崎によって部屋の明かりが照らされた途端、その周りの光景を見てトガは息を飲んだ。

 そこには息苦しさの感じる地下室とはあまりにも不似合いな、可愛らしい模様の壁紙とカーペットが敷き詰められ、周りには女児用の玩具が未開封の箱に入ったまま幾つも転がっていた。

 その奥には木製のクローゼットがひとつ、大人用のベッドが壁際の真ん中に無造作に置かれていた。子供部屋にしては妙に部屋が広く、家具が少なすぎる。散乱された未開封の玩具も、気味の悪さに拍車をかけた。

 

 そして、そのベッドの上から反射の様に起き上がったのは、トガが前に治崎に渡された血で化けた、赤い眼に白髪の少女だった。

 

「女。今日からこの子の世話役になれ」

 

 一瞬、彼女は治崎の子供なのかと疑ったが、治崎と見比べても、あまりにも似ていない。どこか別の子なのだろうと思ったが、問い尋ねて答えてくれる雰囲気ではなかった。

 

「私より、マグ姉の方が得意だと思いますけど……」

 

「駄目だ。それと、この子の事を部外に話すのは許さない。お前の仲間にもだ。バラせばお前の口を永遠に閉じらせる事になる」

 

 ここに来るまで、トガは治崎に血で実験を受けた事も、その過程で少女に化けた事も、トゥワイスとマグネには口外を禁じられていた。死柄木の言っていた弾丸の正体を探るため、そしてイレギュラーである切裂の言っていた少女と、その弾丸を手に入れるために。

 彼女は自分の成すべき事を理解し、治崎の指示に従っていたのだ。表向きは従順なフリをして。

 

「はい……」

 

 そんな事も知らずに素直な返事を見せたトガに機嫌を良くした治崎は、部屋の外で待機していた壊理の元々の世話役である部下の男に近寄り、その肩を白手袋越しに掴む。男の体が恐怖でビクリと震えるのも構わず。

 

「必要な物はお前らが買い揃えてやれ」

 

 あの個性で撒かれると厄介だからな……と部下に耳打ちし、治崎は男から手を離すとそのまま軽い足取りで地下通路内の廊下を歩いて行ってしまった。

 

「ケケケッ、お嬢ちゃんのお陰で助かったぜ、ホント」

 

 ホッと息を吐いて冷や汗を拭った構成員……前髪で視線の隠れている男が、ケラケラと笑いながら壊理の事を見ていたトガの肩を馴れ馴れしく叩く。

 

「俺の前のヤツは彼女を逃がしちまって、若頭にバラされてるからな……気いつけろよ? ちなみに名前は『壊理』だ。そんじゃあな」

 

「………………っ」

 

 男は彼女の耳へ壊理に聞こえない様に囁き、更に必要な物は自分に頼むよう軽くトガに指示すると、ごゆっくり〜と捨て台詞まで吐いてドアを閉めて出て行ってしまった。

 バタンと扉の閉まる音を最後に、無音の空間が子供部屋に広がっていく。

 

「………………」

 

 部屋の中は少女と2人きりとなった。足元の玩具の箱を眺めながら、トガは彼と死柄木に言われた事を思い返していた。

 

「………………ッ」

 

 対して、目の前で治崎や構成員とのやりとりをしていた彼女を前にして、同じ八斎會の人間だと判断した壊理の様子は変わらない。物心ついてから初めて見る同性の相手に少しだけ警戒を緩めているようだが、怯えているのは変わらなかった。

 

「………………」

 

「………………ッ!」

 

 ようやく、彼の言っていた『核』の少女と会う事ができた。

 

 あとは、自分のヒーローである彼が彼女を助け出し、あの男が捕まればいい。八斎會がヒーロー達と勝手に交戦している間を狙って、連合は死柄木の思惑通りに行動を起こす。

 

 トガにとっては、それだけでよかったハズだった。

 

 

 

 しかし……

 

 

 

「エリちゃんって言うんですね? 私はトガですっ!」

 

 カタギではない者達に囚われる小さな少女を前に、彼女の興味が勝ってしまったのだ。

 いまだに震えが治らない壊理の目の前で、彼だけがカァイイと褒めてくれた口元が半開きの笑顔を見せ、トガはベッドの上の彼女に近寄った。

 壊理にとっては理解はできない可愛らしさだったが、その底抜けに明るい笑顔を前に彼女は少しだけトガへの警戒を弱めた。

 

「ト、トが…………?」

 

「はいっ! 今日からエリちゃんのお姉さんになりますよっ」

 

 急に始まった突拍子もないトガの言葉に、恐れる必要を薄れさせていくエリはキョトンと首を傾けながら、彼女に言葉を返した。彼女の真紅の瞳が、細長い瞳孔を持つ金色の瞳と合わさった。

 

「トガ……おねーさん?」

 

「っ! フフ……そうですっ!」

 

 それに対してトガは、壊理の返事に嬉しそうな笑顔を彼女に向けた。敵連合に所属してから、自分の事を何かと気遣うマグネに半ば憧憬を抱いでいた彼女にとって、自分の事を姉と表現してくれた少女は夢見心地を覚えるぐらい魅力的すぎたのだ。

 

「エリちゃん、カァイイねえ〜エリちゃんっ♪ その白いワンピースも似合いますけど、もっとカラフルな服も合いそうですっ!」

 

 額から生えた角を恐れもなく触れる彼女に、壊理は自分が地下から抜け出して治崎に追われていた時、たまたま出会った少年……自分の事を抱き留めてくれた緑色の少年と、目の前のトガヒミコと同じ様に自分の角を撫でてきた黒い目の少年を思い出した。

 

 

 

 

 

 ───きっとまた会えるよ……! その時にサインあげるね!

 

 

 

 

 

 それは少女にとって、遥かに違った。

 

(おんなじかんじがする……)

 

 優しく触れてくれた事などなかった治崎や八斎衆とは違う、2人の少年と同じ暖かい触れ方をする彼女に壊理は心を許していった。

 

 そんな不思議な関係が始まって少しだけ日にちが経ってから、全く手をつけなかった玩具を彼女と一緒に開封して遊んでいた時、壊理は素直な疑問を抱いた。

 

「……おねーさんはどうして……あのヒトといっしょにいるの…….?」

 

 彼女の言う相手が治崎の事だと察したトガは、迷いなく答えた。

 

「エリちゃんをココから出すためですっ」

 

「っ!?」

 

 そのひと言に、彼女は大きく目を見開いた。

 治崎の仲間だと思っていた彼女が、どうして彼に逆らって自分を助けようとするのかよりも早く、壊理からは絶望の表情が滲み出る。

 

「ダメ……!」

 

「ダメ……?」

 

 首を傾げたトガに対して、壊理はそのか細い両手で彼女のパーカーの袖を掴んだ。

 

「あのひとに、ころされちゃう……!」

 

 人の命も自分の命も平然と奪ってくる治崎の恐ろしさを思い出し、彼女はトガに泣き出してしまいそうな顔を見せる。

 

「それに……わたしのこせいはのろわれてるって……!」

 

 だが、彼女の反応は壊理の想像を超える程に違っていた。

 

「私とおんなじですね……!」

 

「え……?」

 

 それもそのハズだった。

 

 嘗ての自分と同じ、彼女もまた自分自身の個性で苦しむ女の子だったのだから。

 

 自分と同じ思いをしていると思った壊理を前に、彼女が引き下がる訳がなかった。

 

 そして、そんな彼女を目の前にしてトガは自分自身を救ってくれた彼と、同じ事を実行しようとしていた。

 

 トガの言葉に疑問を抱いた壊理は彼女を見上げた。

 

「私も……自分の個性のせいで、ママやパパとサヨナラしちゃったんです……」

 

「……!?」

 

 自分と同じ、親のいない境遇同士。それは壊理の心へとこれ以上なく寄り添えた言葉だった。

 

「みんな私を怖がって……ずっとひとりぼっちでした……」

 

「………………」

 

 親からも同級生からも個性による衝動を恐れられ、彼等の視線を思い出して俯きながらも、彼女はパーカーの裏に仕込んでいた血を吸い、壊理の目の前で自分の姿を『麗日』へと変えてみせた。

 突然、顔の変わったトガを前にして壊理の瞳が丸く見開く。

 

「っ!?」

 

「とっても生きづらくて……全部イヤになりそうだったんです……!」

 

 驚く彼女を前にして、トガは自身の姿を麗日のまま話していた彼女の口調が、急に明るくなり始める。

 

「でも……そんな個性を持ってても、私のことをカァイイって言ってくれた、男の子がいるんですっ!」

 

「オトコの……コ……?」

 

 そうして彼女は、自分の姿を今度は『蛙吹』へと変えてみせて、壊理の目の前で両手を胸元で握りしめ、彼女は彼を想う。

 

「その人がいるから……どれだけツラくても、私は生きていける……!」

 

 トガは自分の変身を解除して元の姿に戻ると、頬を染めて答えた。

 呪いとも言える個性を前にしても、自分が好きな自分自身で有り続けられた理由を。

 

「私の大好きな男の子……♡ 最高にカッコイイ、ヒーローの男の子がいるんですっ……!」

 

 そこまで言い切ってから、トガは壊理の小さな肩を優しく押さえる。

 

「だから……エリちゃんも、きっと出会えますよ……っ!」

 

 彼女は少女に笑ってみせた。

 普段の彼に見せる笑顔とは違う、優しくニッコリとした微笑みで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたを助けてくれる、ヒーローが……!」

 

 

 

 

 

「ヒーロー……!」

 

「はいっ!」

 

 その言葉に微かな光を瞳に灯した壊理の前で、トガの中ではもちろん切裂の姿が思い浮かべられていた。

 トガは散らばった玩具の箱を見回しながら壊理と同じ歳の頃の自分自身を思い出し、女の子のヒーローの象徴とも言える『プリユア』の玩具を探そうとしたが、無い事に気付いた。

 彼女は治崎の部下に言われた通り、頼む事を決めながら更に彼女の話は続いて、少女は目を輝かせていた。

 

「それだけじゃありませんよ……!」

 

「えっ?」

 

 更に疑問の視線を向ける壊理に対し、彼女は自分の手の平を握りしめた。

 

 

「あんなに苦しかった私を……助けてくれた彼が、今私のために戦ってるんです……!」

 

 その瞳に優しくも、強い意思を込めて。

 

 

 

「私も……彼を助けるっ、ヒーローになるんですっ!」

 

 

 

 

 

 その眩しいぐらいの笑顔に壊理は目の前の彼女に憧れ、そして自身の小さな手を胸に希望を抱いた。

 

 自分を助けようというヒーローの存在は、まだ彼女にとっては半信半疑だったかもしれないが、殆ど記憶にもない外の世界と……自分の個性を認めてくれる世界を思い描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親にも他人にも受け入れてもらえなかった彼女の笑顔で、確かに少女の心は救われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただひとつ、壊理とトガヒミコの事で切裂 刃の頭から完全にすっぽ抜けていたのは、サー・ナイトアイが八斎會の拠点を確定させる時の、彼が構成員から見た未来の光景。

 

 

 

 

 

 サーの視た構成員の未来に、トガヒミコは映らなかった。

 

 

 

 彼がビッグ3の初対面で、通形に傷をつけてみせたように。

 

 

 

 ナイトアイ事務所でバブルガールを見た彼のツッコミで、緑谷の顔芸が遮られたように。

 

 

 

 イレギュラーである彼の動きに影響されたモノ全ては、サーにも視る事ができなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 思い返せば、会議の時の写真に彼女の姿は映っていた。

 

 

 

 

 

 トガちゃんの、すぐ隣にいたじゃないか。

 

 

 

 

 

 服が地味過ぎて、誰も気づかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 頭の中で勝手に死んでいると思って、俺も気づけなかったのだ。

 

 

 

 

 

 まさか、自分が本当は死んでいる人間だなんて、彼女は微塵も思っちゃいないだろう。どうして生きているのかよりも、どうしてココにいるのかに思考を巡らせる俺の顔を覆っていたフェイスマスクが、ジットリと汗で滲んだ。

 そんな俺の目の前で、マグネは身の丈ほどある石柱みたいな形をした包みから、表面の磁力を遮断しているのだろう布を剥ぎ取り、そこから巨大なS極とN極が赤青で表示された棒磁石を取り出した。

 

「アナタの事……試させてもらうわ……ッ!!!!!」

 

 彼女とは初対面である。因縁なんかないだろうに、なんで上から目線なのか理解できなかった俺は、咄嗟に両腕を刃にして同時に斬撃波を放とうと腕を交差した。

 瞬間、俺の体が青く発光すると同時に、刃へ変化していた腕が勝手に動き、体に引っ付いて離れなくなった。それどころか、I・アイランドで遭遇したウォルフラムに個性の『金属操作』を受けた時を思い出すかの様に、俺の体自体が金縛りみたいに動かなくなった。

 

「ぐうっッ!!?」

 

 

 

 

 

 待って、コイツの個性ってどんなんだったっけ!?

 

 

 

 

 

 治崎と八斎衆、そしてエリちゃんとトガちゃんの事で頭が満員だった所に、イレギュラーとも言えるマグネの存在が割り込み、俺は彼女の知識に対して完全に失念していた。

 

「周りは金属の壁と床よ。磁力の付与されたその体で、どこまで戦えるのかしらッ!」

 

 油断と焦燥が合わさり、個性による力で身動きが取れなくなっていた俺の隙を突いて、接近してきた彼女の抱える棒磁石が俺の顔面に振り抜かれた。

 

「グうぅゥゥッ!!?!?!」

 

 生身で受け止めたら頭の中身が全て飛び出しかねない威力の持った磁気の塊によって、衝撃が俺の顔を突き抜ける。

 更に彼女は振り抜いた棒磁石を器用に反転させ、俺の体へと接着するN極側で俺の胴体を刺突すると同時に、吸着した俺の体をそのまま突き上げて天井に叩きつけた。

 

「フンッ!!」

 

「がハァぁぁっッ!!!!!」

 

 硬化している俺に接近しているのに、棒磁石の磁力が起こったり抜けたりしている。おそらく見かけによらず電気磁石なのだと、天井にめり込みながら判断すると同時に、顔面の1発で俺の頭が冴え渡ってきた。

 

 簡単に言うならば、彼女の個性は相手に『磁力』を与える能力なのだろう。

 

 磁力を付与されたら、俺の硬化した金属の身体は自分自身に吸着する。だから今みたいな金縛りに近い状態が起こるのだ。

 

「あらヤダ……もう終わりなのかしら?」

 

 天井の金属板が嫌な音を立てて曲がる程の力で棒磁石を突き上げながら、サングラス越しに俺を見上げて薄ら笑いを見せるマグネを前に、俺は硬化していた腕を解除して磁力のままに磁石へと自分の手を吸着させた。

 

「フンッ!」

 

「磁力に力で抗おうなんて……ムダよ……ッ!」

 

 彼女の腕力か、それとも磁力を引き上げているのか、俺の掴んでいる棒磁石が更に圧を増して俺を上へ押し付ける。背後の天井に亀裂が走り、砂埃が溢れた。

 

 どうして彼女が俺を狙っているのかはわからないが、こんな所で苦戦している場合じゃない。

 こうしている間にも、通形先輩は誰よりも早く治崎に辿りついてしまう。

 

「ぐうッ……!!!」

 

 自分の個性で彼女の個性には正面から抗えない。相性は中々に最悪だ。入中ももしかしたら、彼女の個性を踏まえて俺に差し向けたのかもしれない。

 

 だが、それがなんだ。

 

 I・アイランドでの雪辱を、忘れるハズがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───おいナマクラ……! テメぇ、そんぐらいの障害で、ヘシ折れるタマじゃねえだろ……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆豪の言葉を忘れるハズがない。

 

 相性が不利だろうが、やってやる。

 

 今度はヴィランの思い通りにはならない。

 

「ココは通さないわッ!」

 

 向こうは俺達が壊理を狙っているのを察知していただろう。マグネの発声と同時に俺の体は更に青く光り、圧壊させると言わんばかりに磁力が強まっていく。

 しかし、その身に亀裂が走るよりも早く俺は背中側から迷彩服を突き破り、幾本もの刃を伸ばした勢いでマグネの持つ棒磁石を一気に押し返す。

 

「ンンッ!!?」

 

 磁力よりも強く影響を受けない、刃そのものの射出行為にマグネがよろめいた瞬間、俺の青く発光する磁力が解けた。

 

「フンッ!!!」

 

 硬化を刃も使わず、俺は棒磁石を押し除けて地面に着地すると同時にマグネの顎目掛けて裏拳を放とうとするが、彼女は難なく棒磁石で防御。すぐさまS極側を俺に向けて、再び個性を発動した。

 

「吹き飛びなさいッ!!!」

 

「ッ!!?!」

 

 青い光と同時に棒磁石から耳鳴りがする程の反発力を受け、俺の体がワイヤーで引かれたみたいに吹き飛ぼうとするも、咄嗟に足の裏と背中から床と天井に向けて刃を伸ばし、通路のつっかえ棒にして磁力の反発を真正面から受け止める。

 伸ばした刃が震え、突き刺している金属板をガリガリと削りながらも俺は反発に耐え、今度は肩から真上に刃を伸ばして棒磁石の先端から真下に逃れる。

 

「フうぅゥゥゥッ!!!!!」

 

 歯を噛み締めながら伸ばした刃を引っ込め、マグネが反射的に下へと向けようとした棒磁石に磁力を付与されたままの左手の掌底を当て、磁石と接着させて上に弾いた。

 

「チッ! やるじゃないのッ!!」

 

 そのまま1歩踏み込み、マグネの腹に正拳突きを打ち込もうとした俺の右拳は彼女の膝に防がれる。硬化すれば膝の皿ごとブチ抜けたかもしれないが、磁力が発動している間は体そのものを刃にするワケにはいかなかった。

 俺の拳を膝で防いだマグネは、素早く反対の足で俺の腕を蹴り上げ、磁石に接着させた。

 

「グっッ!!」

 

「ハァァァッ!!!」

 

 両手を磁石に拘束された俺の顔面目掛け、マグネは棒磁石の先端を力強く撃ち抜いた。

 

「ふんっ!」

 

 俺はヘルメットの頭で磁石を受け止め、後退ろうとする体を背中と足の裏の刃で食い止める。ミシリと頭の上でヘルメットが嫌な音を立てたが、ゴーグルが無事なのを確認してから俺は両腕と肩と胸から突き出した刃を伸ばし、棒磁石の先端をマグネごと押し返した。

 

「くッ、また……ッ!」

 

 彼女の表情に少しだけ焦りが浮かんだ瞬間、磁力の光が弱まった俺は両手の刃を引っ込めて回し蹴りを放ち、棒磁石を彼女の手元から蹴り飛ばす。

 更に軸足にしていた足から刃を伸ばして片足だけで跳躍し、マグネがカウンターで放った足払いを避けると、今度は天井に向かって上半身から伸ばした刃を突き刺し、そのまま縮める事で彼女の真上を飛び越えた。

 

「なっッ!!?」

 

 まるで節足動物の様に刃の伸縮を利用した機動で彼女の背後をとった俺は、そのまま彼女を見下ろしながら大きく腕を振りかぶった。

 棒磁石は手放した。磁力は発動していない。このまま俺がナマクラ刃でマグネの頭にフルスイングを決めれば、一撃で彼女の意識を飛ばす事はできるハズだ。

 

 通形先輩は今もエリちゃんに向かって走り続けているだろう。彼女の相手をしている時間も、余裕もないのもわかっていた。

 

 

 けれども、俺は刃にしようとした腕をただの拳に戻し、思いっきり彼女の顔面をブン殴った。

 

 

 

「お゛ぉラ゛ァァァァァっッッッ!!!!!!!!」

 

「ぐブッぅぅウぅゥゥぅゥゥゥゥゥゥっッッッッ!!!?!!?!!!!!」

 

 レンズの割れたサングラスと共に、マグネの体が大きく吹っ飛ぶ。

 四肢を振り乱して旋回しながら宙を舞う大柄の体格が、そのまま金属の壁へと叩き込まれて砂埃と金属片が舞い上がった。

 壁が変形するほど吹き飛ばされたマグネの方向を睨みながら、俺は振り抜いた腕を彼女に向けて突き出したまま、自分の息を整えようとする。

 

「ハァ、ハァ……! 今のは……ピクシーボブさんの顔にッ、傷付けやがった分です……ッ!!」

 

 そう言い放った俺に対し、やはり致命傷にはならなかったマグネは砂埃を腕で払って現れると、鼻の片穴を指で押さえて鼻血を出し切った。

 そして、俺を見ながら彼女は面白そうに笑みを浮かべる。

 

「フッ…………律儀なコじゃない……! モテるでしょ、アナタ……!」

 

 サングラスの外れた黒い瞳が俺を見下ろし、金属の床に鼻血の跡が飛散する。口元から垂れる血も腕で拭い、マグネは足元に転がっていた棒磁石を掴み上げる。

 

「チッ!」

 

 最高の機会を見逃した上、まだまだ底の見えないマグネの体力を前に、俺はジリジリと後退りしながら通路を壁沿いに動いていくが、彼女は棒磁石を構えて磁力を俺に付与させる。

 

「ワタシを倒せなきゃ、女の子1人救えないわよッ!」

 

「クッ!」

 

 俺を煽るかの様に叫びながら彼女に引き寄せられる体に、発光する体から生やした刃でブレーキをかけつつも俺は姿勢を低くすると同時にマグネへ突進する。

 そのまま棒磁石で叩き潰そうとしてくる彼女に、俺は一瞬だけ腕を刃にして意図的に金縛りを起こしてマグネの一撃を逸らした。

 

「グッっ!!!」

 

 すぐさま刃を解除。手、腕、肩、胸、腹、腰、足から次々と刃を伸ばして金属の床を突き刺しながら這い回り、再び磁石を向けようとしてきた彼女の視界の端から刃の伸縮で大きく飛び上がった。

 

「アナタの事、『保須事件』から知ってるわよッ! 子供のヒーローさんっ!」

 

「ッ!?」

 

 マグネは棒磁石を抱えて天井に刃でへばり付いた俺に磁石の先端を打ち込もうとしたが、俺は床へと跳ねる様にして回避し、天井が大きく凹む。

 

「どんな個性の人でも明るく生きていける世界を作ろうだなんて……面白いじゃないっ!」

 

「何を……ッ!!」

 

 磁力が付与されたまま腕に生えていた刃で彼女に切り掛かるも、生身の部分を捕まれて真横へと投げ飛ばされる。

 

「でもね……結局アナタのやろうとしている事は、問題の先送りでしかないわッ!!」

 

「ッ!!!」

 

 磁石を担ぎ直したマグネに棒磁石を向けられ、反発を起こした俺の体が地面に触れるよりも早く、刃を伸ばすよりも早く、通路の壁へと叩きつけられる。

 

「ぐウッ!!!!」

 

「平和の象徴『オールマイト』でも実現しなかったそんな世界……マウントレディやプッシーキャッツなんかに見惚れてるアナタに、できるのかしらッ!!?」

 

 どうして知ってやがるのかよりも、回避と攻撃を優先すべく俺は刃を伸ばして次の行動に移りたかった。

 しかし、マグネは棒磁石のN極を俺に向けたまま磁石の磁力を強め、そのまま壁に圧壊させようと歩みながら声を荒げる。

 

「夢に溢れたヒーローを名乗ったって、アナタは他の人と同じ……ただ女の子にチヤホヤされたいだけなんでしょッ!!!」

 

 脳裏に映ったのは、ひとりだけの女性。

 マウントレディやラグドール、エリちゃんすら押し除け、彼女一色に思考が染まる。

 

 

 

 

 

 俺は戦いも忘れて感情的になって、彼女に叫んだ。

 

 

 

 

 

「なぁんか勘違いしてるみたいだけどよおッ!!!!」

 

 俺はこちらへと接近しながら棒磁石を振り上げる彼女を刺し貫こうと、全身から全方位へ出せるだけ伸ばせるだけの刃を伸ばし、刃で制圧させながら声を捻り出した。

 

「───ッ!?!!!?!!」

 

 

 

 

 

「俺が愛してる女は1人だけだァ…………ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 通路を塞ぐほどの刃が伸び広がり、床、壁、天井を穴だらけに突き刺していく。

 俺に飛びかかろうとしていたマグネの体も、服や髪の毛を刃が掠って鮮血が飛散し、更に数本の刃が貫かれて彼女は対面の壁へ磔にされた。獲物の棒磁石も何本もの刃に刺し貫かれ、枝に突き刺さったかの様に刃で空中に固定されていた。

 

「フゥ……ッ、フゥ……ッ!」

 

「そう………………わかったわ……!」

 

 息を荒げながら彼女の血を刃に伝わせる俺の前で、致命傷は避けながらも俺に磁力を付与して刃ごと通路に固定しようとするマグネは、俺を見て何故か笑っていた。

 

「トガちゃんは、ワタシ達に任せなさい……!」

 

「は?」

 

 その言葉で、全てを察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知ってやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とトガちゃんの関係を。

 

「お……お前…………ッ!?」

 

 思考と同時に、全身から一気に血の気が引く感覚に苛まれ、俺は全身の刃を全て収めて壁から飛び出し、彼女の息の根を止める勢いで両手の刃を立てていた。

 

 しかし、その腕は彼女の磁力で自分自身に接着し、俺は大きくバランスを崩して金属の地面に転がった。

 

「フゥーッ!! フゥゥーーッ! フゥーーッッ!!!」

 

 それでも、絶対に今コイツを仕留めなければと、闇雲に体から刃を伸ばして無理矢理体を動かそうとする俺を目の前に、マグネは刃で貫かれて手の届く傷口を片手で押さえながら、さっきまでの戦闘とは不似合いなぐらいの優しい声を俺に零した。

 

「大丈夫……知ってるのはワタシと一部の人だけ…………彼女もわかってないのよ、あのおバカさん……!」

 

「……っ!」

 

 その言葉に、ようやく冷静になれた俺は腕の刃を解除すると、マグネは俺に掛かっていた磁力を解除した。

 致命傷は避けているものの、刃が引き抜けた傷口から窺える彼女の出血量は少なくはない。服に滲む血が腕を伝って床へと滴り、血溜まりが広がっていく。

 

「どうして……」

 

 俺と彼女を味方をするのか。

 

 その問いかけに、彼女は笑っていた。

 

「ヴィランとヒーローの枠組みも縛られない……いいえ、その枠すら壊してしまいそうなアナタに……興味が湧いただけ……!」

 

「………………」

 

 罪を重ね過ぎた彼女は、俺達側になるつもりはないのだろう。まるでそうなる事を望んでいるかの様な口調だった。

 俺の前で、マグネは更に言葉を続ける。

 

「アナタ……もしかしたら、ワタシ達と同じ側かもしれないわね……!」

 

 その言葉を、俺は首を振って否定する。

 

「違う。俺は……ヒーローだ……!」

 

「そうね……そうよね……!」

 

 仕方ないと言わんばかりに、まだ出血の治らない彼女は壁に寄りかかりながら大きく息を吐く。

 彼女の黒い瞳が長い髪の毛に隠れて、表情は窺えなかった。

 

「行きなさい……ワタシの目的は達成したの」

 

 一瞬、敵連合はもう個性破壊弾を手中に収めたのか。それ以外に目的があったのか、思考が頭をよぎる。

 しかし、マグネは自分が歩いてきた通路の先、真っ直ぐ続いている道を指差した。

 

「この通路をまっすぐ進めば、治崎の所に辿り着くわ。運がよければね」

 

「………………」

 

 彼女が何故俺の味方をするのか。

 

 トガちゃんの事をどこまで知っているのか。

 

 どうして、まだ生きているのか。

 

 

 彼女が生きていて、俺にどんな脅威があるのか。

 

 彼女以外にも、俺とトガちゃんの事を知るヤツは誰なのか。

 

 問いただしたい事は山程あったが……

 

 今は、急がなければならなかった。

 

「行って……! アナタとトガちゃんの望む、世界を目指すなら……!」

 

「………………っ!」

 

 考えるのを止めた俺は、装具の医療品のポーチから包帯と止血帯をマグネの足元へと投げ渡し、彼女に背を向けて走った。

 彼女が小さく、笑った気がした。

 

「……フフフっ、やっぱりアナタ……モテるわね……!」

 

 どんな表情をしていたのか、俺は見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トガちゃんがアナタに惚れたのも……今ならわかるわ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の言った事を全て信じたつもりではなかったが、それでも走った。

 

 足を刃に変化させて通路を駆け、金属の床が削れる音を立て、彼女の姿も見えなくなったかもしれない程、距離を離していく。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 駆ける通路の奥から、1発の銃声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 水の滴る音を聞いて、蛙吹は目を覚ました。

 

「ケロ……」

 

 等間隔に滴る水音が響く、ほのかに灯りの広がる広間の中。八斎會の別館だった瓦礫の山から、蛙吹はその身を起き上がらせた。

 

「ココは……?」

 

 頭を押さえ、蛙吹は自分の怪我を確認しながらキョロキョロと辺り一帯を見回す。壁や天井、そこら中に不可解な大穴が空いており、気味の悪い空間だった。

 直前に起こったあの大地震からの地盤沈下から察するに、八斎會の地下の一室であるのは間違いないが、崩落に巻き込まれた自分達が何処にいるのかは見当もつかなかった。

 

「ッ! お茶子ちゃん……!」

 

 同時に蛙吹は自分と一緒に崩落に巻き込まれた麗日の事を思い出し、瓦礫の山から立ち上がる。ヒーローコスチュームのゴーグルは一部が破損し、体に密着するスーツの数箇所が破けていた。

 そんな姿で蛙飛びで瓦礫の山から飛び出し、薄暗い地下内を見回して彼女の姿を探す。ぼんやりとした電灯が機能している灯りの中、金属の床と泥、建造物の瓦礫など無骨な色合いが広がる広間で、彼女のピンク色のヒーローコスチュームは目立った。

 

「ケロッ、お茶子ちゃんっ!」

 

「………………」

 

 蛙吹から少し離れた所で倒れていた麗日に、彼女はすぐさま駆け寄る。手で体を揺さぶったが、目を閉じたまま気を失っているみたいだった。

 そのまま蛙吹は彼女に呼びかけながら、その体を確認していく。頭に被っているバイザーにヒビが入っており、スーツも一部が破けて擦り剥いた痕があったが、擦り傷だ。

 

「ケロ……!」

 

 蛙吹は麗日を抱きかかえながら、自分達が落ちてきたハズの真上を見上げる。穴の点在する広間は、天井が見えないが外からの光も届いていない。彼女を舌で抱え、壁を這い上がっての脱出は不可能のようだ。

 とにかく、まずは怪我の処置を実施しようと、蛙吹は自分と麗日のポーチを利用して彼女の手当てに手を動かそうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペタリ……と、人間じゃない足音が彼女の耳を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケロッ!?」

 

 咄嗟に彼女は麗日を舌で巻き抱え、壁に向かって大きく飛び退いた瞬間、直前まで自分達のしゃがんでいた場所に瓦礫となった建造物の一部が投げ飛ばされ、細かな瓦礫となって砂埃が舞い上がった。

 

「……ッ!」

 

 蛙吹が視線を向けた先には誰も立っておらず、瓦礫の飛散する薄暗い広間は、先程と変わりなかった。

 

「ケロ……ッ!?」

 

 その直後、広間の中央がグニャリと歪むとソレは徐々に人の形となって立ち上がり、背景と同化していた姿を蛙吹の前へと露わにした。

 

(アレは透ちゃんのッ!? ……いえ、コレは私の『保護色』ッ!!?)

 

 目を見開いて驚く蛙吹の前で、瓦礫の背景に擬態していた体から最初に見えたのは、頭部から丸出しとなった脳味噌。

 

 それは彼女本人も『USJ事件』で遠目から確認していた、プロヒーローであるイレイザーヘッドを重傷に追い込んだ存在。

 

 強力な個性を持った切裂と轟、その他のクラスメイト達が束になってようやく止める事のできた存在。

 

 敵連合の所有する人造兵器である『脳無』に他ならなかった。

 

 人間と爬虫類を合体させた体型と、脳の後ろ側から生え広がった長い髪。蛙吹の倍以上の体格ながらも、やや膨らみのある胸部。そして大きめの臀部から細長い尻尾を生やした脳無は、擬態を解除するなり逆関節に近い自身の2本足で立ち上がると、蛙吹へ1歩ずつ歩み寄りながら壁に張り付く彼女を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衣類を一切身につけていない体は漆黒に近く、仄かに毒々しい紫色を帯びた肌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユラリと僅かに足を鳴らして歩み寄る4本指の足や、力を込めて揺れ動かない腕は皮膚の一部分が破け、赤身の筋繊維が露出している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、蛙吹を見上げて睨むその目は片側だけをユラユラと光を靡かせ、黄色く不気味に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな脳無が彼女を見上げたまま大きく裂ける口を広げ、歯のない口内を見せて喉を響かせた。

 

「オ、オんナのコ……ワ、ワタ、わタシとおナ、ジ……」

 

「ケロッ!!?」

 

 甲高く、それでいて囁く様な女声を発して、脳無は喋った。

 蛙吹が驚いた直後、脳無は開いた口から彼女と同じ様に舌を瞬時に伸ばし、その身を捕えようと舌全体を大きくしならせた。

 

「ッ!」

 

 更に飛び退いて脳無の舌を避けた蛙吹は、額から冷や汗を散らせながら自分とあまりにも個性が似通っている脳無に、意識を集中させる。

 胸部が膨らんでいるのを察するに女性だと判断したが、そんな事彼女にとってはどうでもよかった。

 

「チガ……う。カ、かカ、『核』のコじャナイ……イラ、いラナ、イラ……ナイ……!」

 

(核の子……!? まさか……あのエリちゃんって子の事じゃ……!)

 

 すぐさま想定できる思考を巡らせる蛙吹に対し、舌を収納していく脳無の片側の目だけが、彼女を追って残光を残す様にして瞬く。

 そして蛙吹の体が地面に着地した瞬間、脳無は彼女と同じ蛙飛びを地面間近の超低空飛行で飛んでみせると、その体格で蛙吹の体を撥ねた。

 

「ゲロッ!!?!」

 

 自動車の交通事故さながらの衝撃で彼女の体が弾かれ、麗日を掴んでいた舌が一瞬緩んだが、揺れる視界に身を任せなかった彼女は気合いで麗日を舌から離さなかった。

 そのまま地面を転がった蛙吹が両手足でブレーキをかけ、脳無の飛び込んでいった方向に顔を向けるも、そこには砂煙の舞い上がった跡と瓦礫の転がる床と無骨な金属の壁しか見当たらない。

 

(マズいわ……また消えたわね……ッ!)

 

 擬態で身を潜められたと判断し、冷や汗を流した蛙吹は未だに目覚めようとしない麗日を見て瞬時に思考する。

 

(個性は同じだけれども、力もスピードも向こうが上……リューキュウも波動先輩もいない……! お茶子ちゃんも目覚める気配がない……ココは逃げるしか……!)

 

 そこまで判断した蛙吹は、自分達がいる広間に広がる穴へ向かって飛び込もうとした。どこに続いているのかもわからなかったが、麗日を守りながら脳無を倒すのは不可能という賢明な判断だった。

 が、その飛び上がった彼女の腰に舌が巻きつき、地面に振り落とされた。

 

「ゲロォッ!!!!」

 

 ボロボロだったヒーローコスチュームが更に損傷するだけでなく、瓦礫に削られた生傷から血が流れる。外見からは確認できないスーツの内側も、内出血が起こっていた。

 蛙吹を地面に叩きつけた脳無は、その舌で彼女を捕らえたまま大きく裂けた口元で言葉を零す。

 

「ニ……にガ、ニ、がさナイ……!」

 

「ケ……ロ……ッ!」

 

 痛みと脳無の声の中でも、蛙吹は自分の舌が麗日を掴んでいるのを確認すると、破れたスーツから蛙の粘液を滲み出して脳無の舌からズルリと逃れる。

 

(ダメ……ッ! 真っ直ぐ逃げようとしても舌で捕まる! なんとかして撹乱させないと……!)

 

 そう考えながら蛙吹は広間の壁に向かって跳躍して張り付き、舌を収めていく脳無に集中しながら次に飛び込む方向を定めようとしていた。

 

「ム……ムダ……!」

 

「ケロぉッ!」

 

 脳無が再び舌を伸ばして蛙吹を捕らえようとするも、彼女は冷静にそれを回避しながら床へと着地すると同時に、それまで自身の舌で掴んでいた麗日を地面に解放させるなり瓦礫の一部を舌先で絡め取り、脳無目掛けて体をしならせた遠心力で放り投げた。

 

(これなら……ッ!)

 

 そして、すぐさま麗日を舌で回収した蛙吹が今度こそ壁に開いた穴へと飛び込もうと跳躍した。

 しかし、脳無はそんな彼女の行動に対しても、冷静に瓦礫を回避して飛び上がると、まるで重力を無視しているかのような動きで空中に滞空し、舌先で床を弾きながら蛙吹に突進した。

 

(アレはお茶子ちゃんの!?)

 

 その判断した時にはもう、蛙吹の体は脳無に殴りつけられて地面を転がり、衝撃で舌から離してしまった麗日の体が力無く宙を舞った。

 

「ゲロォッ!?! ォ……ッ!」

 

 頬の痛みに合わせて、日頃から手入れのされていた彼女の黒髪が泥を被って薄汚れるが、それでも蛙吹は追撃を逃れようと地面を跳ねて、脳無から距離を取ろうとした。

 が、彼女が絶対に離さまいと舌で巻きつけていたのに離してしまった麗日の体は、脳無の臀部から伸びた尻尾によって足先から腕や首を絡めて、奴に掴み取られた。

 

「は……離してッ!!」

 

 身体中の痛みも頭の隅に追いやり、蛙吹は脳無に挑みかかろうとする。跳躍と同時に舌を伸ばして脳無の尻尾に囚われる麗日を取り返そうとするが、器用に尻尾を動かした脳無によって麗日の体は彼女の舌先が衣類を掠る。

 反撃と言わんばかりに脳無は、麗日を尻尾で持ち上げて人質にするのかと思いきや、急に重力が戻ったかの様に宙から地面へと静かに着地すると、大きく振りかぶった脳無の腕がゴムの様に伸び広がり、その腕が蛙吹の首を一直線に捕らえた。

 

「ゲロぉッ!!?!?!」

 

 そのまま彼女の体を背中から金属の壁へと叩きつけた脳無は、砂埃の舞い上がった中へと伸ばしている腕を徐々に縮め、頭から流血している蛙吹を掴み上げながら、目元だけでニヤリと嘲笑ってみせた。

 

「ヨ、ワイ……!」

 

「ぐ……グウぅ……ッ!」

 

 そのまま彼女の首を締め上げながら、脳無は尻尾に絡めた麗日にも力を徐々に込め、人間の曲がらない方向へと彼女の体を折り曲げていく。

 

「……ぅ、…………ッ!!」

 

「お゛……お茶子ちゃ……!」

 

 微かに呻き声が聞こえた麗日に、蛙吹が呼吸すらままならない状態の中、彼女へと呼びかけた。

 しかし、彼女の声が完全に届くよりも早く、脳無は腕の力を強めて彼女の首を締めていく。どれだけ蛙吹が脳無の腕を叩き、爪を立てて引っ掻こうとも、その腕の力が変わる事はなかった。

 

「うゥ……ぅうゥゥッ! ぅ…………っ!」

 

 圧縮訓練であれだけの鍛錬を積み、強くなっているつもりだった。

 

「ザ、ザん……ザ、ンねン……」

 

 トガヒミコに手も足も出せずに負けた悔しさをバネに、皆と更に向こうへと壁を乗り越えているハズだった。

 

「あ゛ぁ…………ッ!」

 

 舌を伸ばそうにも喉を押さえつけられ、蛙吹は脳無の腕を掴んだが、もうその手を動かす気力も失っていた。

 

「カ、か……『核』ノコイ、イが……いガい、こ、コロせ……って、メ、メメ……メイれイ……!」

 

 仮免試験においても、擬態こそ発揮する機会はなかったものの、自分の実力を発揮できたつもりだった。

 

「い……イヤ……ぁ……ッ!」

 

 なのに、脳無を前に友達を守る事も、逃がしてあげる事もできず、自分の力では目の前の存在に敵わない実力差を見せつけられた蛙吹の心に、亀裂が走る。

 

(だ……誰か…………!)

 

 声すらも出せなくなる程に力強く締め上げる脳無の前に、そのままミシリと骨と血管の潰れる圧力が彼女の頭の中へと響き、視界が黒く染められていく。

 

「シ、ネ……!」

 

 最早、足掻く事もできない自分自身を前に、ただただ悔しさだけが滲んだ。

 

 

 

(………………助けて………………!)

 

 

 

 そうして意識を失う寸前、彼女の大きな瞳から冷たい涙が零れ落ちて、地面を弾───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「跳峰田スマ゛゛ァァア゛゛゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァァァァァァァァァァァァァァシュッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 腹の底から発声すると同時に、俊足の早業によって拡散したモギモギボールを蹴り付けた峰田が、弾丸の速度で脳無の顔面を正確に殴り飛ばした。

 

「ケロぉ……っ!?」

 

 瞳に大粒の涙を溜めた蛙吹の視線の先、尻尾に巻きつけていた麗日と、へし折らんばかりの力で首を掴んでいた蛙吹を手放した脳無は、壁に激突して爆風を起こす。

 宙を舞った麗日を咄嗟に舌でもう一度掴み取り、自分の腕へと抱きかかえた蛙吹が地面に着地する目の前で、峰田は殴り飛ばした脳無からクルクルと回転しながら飛び退き、彼女の目の前で見事な三点着地を決めた。

 

「み、峰田ちゃん……! どうしてココが……!?」

 

 喉を押さえて咳き込みながらも峰田に尋ねずにはいられなかった蛙吹の前で、峰田は砂煙に巻き込まれた脳無からは目を離さず、彼女にマントを靡かせる背中だけを見せつけて答えた。

 

 

 

 

 

「女の……涙の落ちる音がした……!」

 

 

 

 

 

 その額に青筋を立てた峰田の背中は、蛙吹にはこれ以上ないぐらい大きく、逞しく見えているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『切裂 刃:ライジング』

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