切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第三十七話

 

 

 

 

 

 文化祭の出し物が決定してからの翌日、寮の中では再びA組の全員が集合して出し物の細部を決定する会議が行われていた。

 今日もインターン組の7名は不在だったが、待ってもいられなかったので先に決めれる場所を決めてしまう流れとなった。

 

「文化祭は丁度1ヶ月後! 時間もないし、今日色々と決めてしまいたい!」

 

 再び会議のリーダーシップを執る飯田の指示の下、今から決めていく事を定めていく。最初はもちろん、バンドに使用する音楽だ。

 

「まずは楽曲を決めないとね! 何にしよっか?」

 

「俺、そうゆうのに疎いから、みんなの意見に従うよ」

 

「俺もだ」

 

 テンションの高い葉隠の提案に、尾白と障子がすぐさま反応する。元々ストイックな2人は無理に考えるよりも、普段から嗜んでいる者の意見に賛同する柔軟な対応を見せた。

 

「とにかくさ! おもてなしなんだから、なるべくみんなが知ってる曲をやるべきじゃね?」

 

「やっぱノれるヤツっしょっ!」

 

「踊れるヤツー!」

 

 続いて普段から音楽を聴く上鳴、瀬呂、芦戸の3人が声を上げる。特に芦戸はダンスの指導もあるため、ココはしっかりと自分の要望も通しつつクラスメイト達が踊りやすい楽曲を提案する必要があった。

 そこにクラスメイト達の話を軽く纏めていた耳朗が、頭を指でトントンと叩きながら話を始める。

 

「みんなの意見をある程度総合すると、楽曲は4つ打ち系だよね。ニューレイヴ系のクラブロック。ダンスミュージックだと本当はEDMで回した方がいいけど、みんなは楽器やる気なんだよね?」

 

 本人は耳たぶのジャックもクルクル回しながら楽しそうに話しているが、そこから繰り出される専門用語の羅列に、ほとんど全員が頭から『?』を出している。

 

「ベースとかドラムやってた人いる?」

 

 

 

「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」

 

 

 

 耳朗の問いかけに、共同スペースの中がシーンと静かになった。

 

「……だよね。まず、バンドの骨子ってドラムなんだけどさ……ウチ、ギターメインでドラムは正直まだ練習中なのね。初心者に教えながらウチも練習しなきゃだと、1ヶ月じゃ正直キツい」

 

 クラスメイト達の無反応は、彼女にとっては想定内。しかし曲をCDで流さずに直接奏でるとなると、楽器を弾ける人間が必要となる。

 一般的なバンドとして組み上げるにはベース、ドラム、キーボード(シンセサイザー) ギターの4つが必須だと言い、ベースを耳朗本人がやる事は確定していたが、問題は彼女すら練習中のドラムだった。学業も並行して行う文化祭の準備期間では、とても手が回らない。

 そんな話を聞いて、上鳴が爆豪を見た。

 

「あっ、つうかお前昔、音楽教室に行かされてたっつってたじゃん!」

 

「あッ!?」

 

「えっ、意外!」

 

 あの荒くれ者の爆豪にそんな一面があったのかと、芦戸も含めクラスメイト全員が驚く。そこに瀬呂がドラムのスティックを持って、彼に突きつける。

 

「爆豪、ちょっとドラム叩いてみろよ!」

 

「誰がやるかよ……ッ!」

 

「かなりムズいらしいぞ〜!」

 

「ッ!」

 

 瀬呂の煽りに1発で触発された爆豪は、彼からスティックを奪い取るなり共同スペースに用意されていたドラムに腰を下ろして何度か試し打ちをすると、驚くべき事に見様見真似の知識でドラムのリズムを奏でてみせたのである。経験者である耳朗が、ほぼ完璧と漏らすほど綺麗に。

 

「才能マン、キタコレ!」

 

「爆豪ドラム決定だな!」

 

「そんなくだらねえ事やんねえよ俺は……ッ」

 

 ドラムは彼しか担えないと周りが絶賛する中、スティックを置いて去ろうとする爆豪を耳朗が呼び止めた。

 

「爆豪、お願い! つーか、アンタがやってくれたら良いものになる!」

 

「なるハズねェだろッ! アレだろ? 他の科のストレス発散みてーなお題目なんだろ? ストレスの原因が、そんなもんやって自己満以外のなんだってんだ。ムカつくヤツから素直に受け取るハズねェだろうがッ!」

 

 耳郎の制止に爆豪はそう言い返した。好き勝手言う他科の生徒達も問題だが、下手に出れば喜ばれると信じている能天気なクラスメイトに、彼は嫌悪感を抱く。

 

「ちょっと、そんな言い方……!」

 

「そういうのが馴れ合いだっつってんだよッ! 上から目線で施しのつもりかテメェらッ!」

 

 葉隠の純粋な怒りを向けられても、爆豪の苛立ちは止まらない。彼が吐き捨てるように言うと、クラスメイト達は飯田を筆頭にして、返す言葉に詰まらせた。

 

「いや、しかし……確かに配慮が足りなかったか……!」

 

「話し合いに参加しねえで、後から腐すなよ」

 

 轟がごもっともな意見で彼を宥めようとするが、爆豪の言い分もクラスメイト達は無視はできなかった。施しのつもりなど一切なかったが、現状そう受け取られかねない。

 ライブという選択は失敗だったかとA組の面々は気まずそうに俯く。しかし、そんな彼らを前にして爆豪は青筋を立てながら口を開いた。

 

「ムカツクだろうが……俺達だって好きでヴィランに転がされたんじゃねえ……ッ! 何でコッチが顔色伺わなきゃなんねえ……!? テメェらご機嫌取りのつもりなら止めちまえ……!」

 

 そう言って爆豪はクラスメイト達に対面する。

 

「殴るンだよッ! 馴れ合いじゃなく殴り合いッ!! やるならガチで……雄英全員、音で殺るぞォッ!!!」

 

 親指で首元を切る動作を見せながら、爆豪は啖呵を切った。

 最初から批判を受けるぐらいなら、非の打ち所がないレベルの完成度を見せつけて、無理矢理にでも納得させるしかない。中途半端を嫌う爆豪が望んだ要望だった。

 

「バァクゴォォォォっ!!!」

 

「理屈がヤバいけど、やってくれるんだね!」

 

「ガチでだぞッ!!」

 

「わかったガチガチ!」

 

「素直じゃねえなあ!」

 

「俺はいつだってマジだッ!」

 

 今までイベント事に一切参加しなかった爆豪が、あの爆豪がライブに参戦を表明した事でクラスメイト達も歓声を上げた。

 些か言い分は攻撃的過ぎるが、彼は林間合宿で連れ去られた身。彼自身、多大な負荷を負っている。その事を飯田と轟は思い出した。

 

「やったね、耳郎ちゃん!」

 

「うん! ウチ、頑張るよ……!」

 

 嬉しそうに駆け寄ってくる葉隠に向けて、はにかんだ笑顔を浮かべて耳郎が頷く。A組はそんな彼女を中心に一丸となり、そこから再び話はバンドの構成へと移った。

 爆豪のお陰で当初よりも団結の深まったクラスメイト達は、そこから流れる様に話が進められていった。

 

「私、幼少の頃から教養の一環でピアノを嗜んでおりましたが、何かお役に立ちますでしょうか?」

 

「わ〜! じゃあヤオモモはキーボードだ!」

 

「シンセはクラブミュージックに欠かせないポジなの! ヤオモモ助かるよ!」

 

「頑張りますわ!」

 

 ドラムの次に重要なポジションであるキーボードは、同じ鍵盤を引いた事のある八百万に決まった。本人も意欲があるのか、プリプリとしている。

 

「女子でガールズダンサーズやろって思ってたのに……でも、カワイイからいいや!」

 

「ベースはウチやるから、あとはギターとボーカルだね!」

 

 少し残念そうにしている芦戸の隣で、耳朗がベースに名乗り上げ、次に必要なギターとボーカルを決めようとするが、そこにどちらも好みではない尾白が話に割って入る。

 

「……って事は、それ以外の人はダンス?」

 

「うん、ただ普通にそれだけで盛り上がれるか……」

 

「それは、あのバカ騒ぎするヤツの……」

 

「演出を加えなきゃ!」

 

「そう、それだ」

 

「演出?」

 

 芦戸の台詞に数人のクラスメイトが疑問符を上げると、彼女は轟と一緒になってパソコンの動画サイトで映像を見せて説明する。

 そこに映っているのは、ステージから舞い上がる花火や紙吹雪にシャボン玉。ホールで騒ぐ観客に水蒸気を浴びせたり、ミラーボールで会場を照らして盛り上げる手法の数々。どれも、クラブの空間作りで欠かせない演出だ。

 

「夢の国でやるパレードみたいにしようよ!」

 

「ソレの参加一体型!」

 

 動画を見ながら盛り上がる芦戸と葉隠を見て、クラスメイト達の何人かが演出に興味を持ち始めていると、そこに砂藤が飯田に話しかける。

 

「会場は体育館を借りるんだっけ?」

 

「ああ! 既に相澤先生が手配してくれている!」

 

「じゃあね! 例えば例えば……!」

 

 雄英の広い上に個性訓練も踏まえて頑丈に作られている体育館なら、大概の演出も無理なく採用できる。芦戸を中心にしてクラスメイト達は演出の内容を考えていく。バンドのポジションから話が逸れている事にも気づかず。

 

「そうなると、演出の裏方さんもいるよね?」

 

「確かに。正直、ダンスも楽器もそんな得意じゃねえから、そっちに集中できんなら俺も助かる。こないだの仮免補備で氷の形を細かくコントロールするのにも慣れてきたところだ。足場から何まで、いけると思う」

 

 葉隠の提案に轟が賛同する。彼の性格上、舞台の上よりもそちらの方が魅力を感じた上、轟の個性なら2種類とも演出にもってこいの能力なのだから。

 

 

 

 

 

 

「つか、インターン組遅いな……」

 

「7人もいるから、まだ時間がかかってるんじゃないかな」

 

 

 

 

 

 そして、本来ならインターンの補習組がココで合流するハズなのだが、史実より2人も生徒が追加されたせいか、相澤先生の負担が増えていた。

 その事など誰にも解らず、ワイワイと演出とダンスの内容だけがクラスメイト達によって決まっていく。

 

「それで、肝心のボーカルとギターは誰が担当するんだ?」

 

「あ、そうだ! えと……コレばっかりはインターン組が帰ってこないと……」

 

 比較的冷静に話の様子を見ていた障子が耳朗に促し、彼女はうっかりしていた様に頭を掻きながら悩もうとしていると、そこに疑問を抱いて割り込んでくるのはやはり葉隠だった。

 

「えっ、歌は耳朗ちゃんじゃないの!?」

 

「ええっ!?」

 

 そして、この場にはボーカルに立候補する峰田も切島も青山も存在しなかったのだが、それを更に後押しする出来事を、あのイレギュラーが知らず知らず行っていた。

 

「前にみんなでカラオケ行った時! 耳朗ちゃんスゴかったじゃないっ!!」

 

 そう。彼女の言う通り、八斎會の事件が鳴りを潜めた頃、インターン中に緑谷と麗日の訓練に漕ぎ着けた切裂は芦戸との約束通り、彼女とカラオケに出かけたのだ。もちろん芦戸は服装から化粧まで、全てを完璧に整えた姿で。

 

 しかし、切裂も芦戸と2人でカラオケは喉の限界を感じていたせいか、彼は切島や耳朗、上鳴、葉隠。更には話を聞きつけた峰田、瀬呂、蛙吹、緑谷と麗日も誘っていたのだ。特に耳朗に関しては、前々から彼女の歌声を聞いてみたいという、切裂本人の要望でもあった。

 ただ、彼が1番面白がっていたのは、切島がアカペラで歌い出した『世良公則』の『銃爪(ひきがね)』だったが。

 

「いや、ウチ以外にもスゴいのいたし……!」

 

 そう耳朗は謙遜するが、実際は彼女一強の状態であり、カラオケのメンバー達も葉隠と同様の感想を漏らしていた。

 ちなみにそれぞれの歌声はと言うと、芦戸と葉隠と瀬呂は普通。峰田はガナってるだけ。上鳴はカッコつけすぎな上、高音が出ない。蛙吹も高音が出せない。緑谷はカラオケ自体初めてだったのか、緊張しすぎて論外だった。

 ひと際目立っていた麗日と切島は、残念ながら得意のジャンルが違いすぎる。ボーカルにはとてもではないが、今回の様なクラブロックには合わなかった。

 

「ああっ、ホラ! 切裂は?」

 

 自分が歌うという思考がなかったのか、まるで逃げるかの様に耳朗は芦戸に向き直ると、切裂の歌声の感想を聞いた。

 

「うん! ヤイバもカッコ良かったけど〜、ボーカルにしたら一緒に踊れなくなちゃうから……」

 

「あぅ」

 

 いくら歌声もダンスもセンスがあるとは言え、歌いながら踊らせるのはかなりの負担になってしまう。しかも、芦戸が彼に踊らせたいのは自分の得意技と同じブレイクダンスだ。地面を転がり回るのに、マイクは持つ事も付ける事もできない。

 耳朗は彼女に話を振った事を間違いと知った。

 

「そんなに凄い歌唱力でしたの?」

 

 少しだけ気になった八百万の問いかけに、上鳴が唸りながら答えた。

 

「メインで歌ってたのって『Eve』じゃなかった?」

 

「ジャンルが違いすぎんだろっ」

 

 瀬呂のツッコミが入り、彼もボーカルの該当からは外れてしまった今、歌声で残るのは耳朗だけとなってしまった。

 

「なら、やっぱ耳朗じゃん!」

 

「私も耳朗ちゃんだと思うんだよ! 前に部屋で教えてくれた時、歌もスッゴくカッコよかっただから!」

 

「ちょっとハードル上げないでよ……!」

 

 上鳴と葉隠に推されて困惑する耳朗だが、すでにスタンドマイクを彼女の前に持ってきていた葉隠が止まるつもりはなかった。

 

「いいからいいから!」

 

 こうなっては実際に披露して他のクラスメイトの判断も仰がなくてはならない以上、耳朗は前に立って葉隠に押し付けられたマイクを握る。

 そうして、彼女がひとフレーズ歌ってみた結果、やはり圧倒的というか、プロにも負けないぐらいの歌唱力を持った彼女の歌声に、クラスメイトの全員が賛同した。インターン組も彼女なら文句はないに決まっていると言える程の勢いだった。

 

「ようし! では満場一致で決定だ!」

 

 飯田の決定の声に、赤面しつつもボーカルを請け負う事となった彼女は、クラスメイト達の前で指を2本立てる。

 

「じゃあ、ソレはソレで……あとギター2本欲しい!」

 

「ウェーイ! やりてえっ! 楽器弾けるとかカッケェッ!!」

 

「やりてえじゃねえんだよ、殺る気あんのかッ!?」

 

「あるある超ある! ギターこそバンドの華だろ!?」

 

 耳朗の要望に我先にと手を挙げた上鳴が、ドラムの近くに置かれていたギターを手に取る。爆豪の威圧に対しても、どこ吹く風だ。弦を適当に弾いているだけなのに、サマになるのが腹立だしい。

 

「じゃあ、1人はアンタで、もうひとりは……」

 

「俺はダンスがいいな!」

 

「俺も、尻尾で割と動けるし」

 

「俺はテープで色々演出仕掛けたいな!」

 

 少しジト目を向けながらも耳朗は他にギターを希望する物を探すが、その目の前で楽器に興味の惹かれなかったクラスメイト達が話し合いを始めていると、そこに寮の扉が開かれた。

 切島率いるインターン組が、ようやく補習を終えて帰ってきたのである。

 

「う〜す!」

 

「遅くなってゴメン!」

 

「補習、今日でようやく穴埋まりました!」

 

「ケロォ〜!」

 

「本格参戦する」

 

「なんだなんだバンドの話か!?」

 

「アレ、今どこまで決まった?」

 

 1人だけ困惑している切裂を尻目に、クラスメイト達は合流してきたインターン組と話を合わせる。そして今、最後のギターを誰にするのかという話をしていた事を7人が聞いた直後、クラスメイトの輪の中から離れた常闇がドラムの横にあったギターを手に取り、たったまま慣れた手つきで奏でてみせた。

 

「なんて切ねえ音出しやがる……」

 

「弾けるのか? なぜ黙ってた?」

 

「Fコードで1度手放した身故……」

 

 切島と障子の声に、彼は哀愁を漂わせる表情で答えた。ギターの『Fコード』は初心者が躓く最初の難関である。彼としては人生の汚点だったのかもしれないが、経験者であるのは間違いない。耳朗は迷わず常闇をギターに引き入れた。

 話を聞いた峰田もギターを希望するが、体格(キャラデザ)のせいでそもそもギターを持つ事ができず、断念した。ソファーの上で丸まってスネている峰田はカァイイが、さすがに可哀想だと芦戸が峰田のハーレムパートを盛り込んであげようと提案したため、すぐに復活した。

 でも今の峰田ならモギモギ使って好きに跳ね回れるし、ジャグリングし放題なんだから好きなだけ目立てると思ったのだが、やはり子供相手じゃないとダメなのだろうか。

 

 バンドチームが完全に決まってから、今度は使う楽曲や演出、ダンスの種類などの細部内容まで会議は白熱し、深夜1時を回った頃。少し疲れ目となった飯田が用意していた用紙に出し物の編成をまとめて、空元気を発する。

 

「よーし、コレで全役割決定だ!」

 

 

 

 

 

 バンド隊

 

 耳郎  (ベース&ボーカル&リーダー)

 上鳴  (ギター)

 常闇  (ギター)

 爆豪  (ドラム)

 八百万 (シンセサイザー)

 

 

 

 演出隊

 

 轟(リーダー)

 切島

 瀬呂

 口田

 

 

 

 ダンス隊

 

 芦戸(リーダー)

 飯田

 緑谷

 切裂

 蛙吹

 峰田

 麗日

 砂藤

 尾白

 葉隠

 障子

 

 

 

 

 

「みんな明日から忙しくなるぞー!」

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おぉーーーっっ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 最後に飯田の鬨の声を聞いてクラス全員で盛り上がった俺達は、その日はおとなしく就寝へと移った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 そこから数日後の土曜日。雄英は午後から休みだが、文化祭前とあって校舎内からは騒がしい声が聞こえる。晴れている今日なら外で作業している者もいて尚更だ。

 爆豪と轟の仮免補講も今週はないとの事で、全員が揃った状態で午後から各々の練習や準備へと移っていた。

 

 バンド隊はひたすら楽器の練習。寮の中から音楽に混ざって爆豪が上鳴にキレ散らかす声が聞こえるが、彼もギターの弾き過ぎによる指の怪我を処置しながら、なんとか経験者達にくらいついていた。

 

 演出隊は轟がパソコン開いて他のクラブハウスの動画を見ながら、新しい演出のアイデアを考えたり、演出同士の繋げ方を会議している。少し話を聞いたが、ダンス隊の個性も使ってもっと煌びやかにできないかという話をしていた。ミラーボールなど必要な物も逐次注文したり、八百万の創造に力を借りてもいた。

 

 そして俺の所属するダンス隊は、寮の前で芦戸先生の指揮の下、ひたすらダンスの練習を繰り返していた。

 

「緑谷ちがーう! もっとこうムキっと! ロックダンスのロックは、L・O・C・Kのロックだよ! 鍵をかけるように……ビシッと止まる!」

 

 つまり『鍵』を意味する様に激しい動きから急停止するダンスに、俺も始めての経験ながら芦戸の指導にみんなでついていく。

 ちなみに、飯田のカクカクする動きは早々に修正を諦め、むしろ持ち味として活かすべく彼だけ重要な部分意外は自由に踊らされていた。

 現状、ダンスを教えられるのは芦戸だけなので、彼女1人で10人見なければならないのだが、本人は負担も気にせず楽しくてたまらない様子だった。

 

 そうして、一旦休憩を挟もうかと提案しようとした俺が踊っていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「ヤイバおにーさん……!」

 

「え!?」

 

 聞き間違うハズもなく、寮から通学路の道路に続く石畳の道から、俺に駆け寄ってくるのはエリちゃんだった。しかも彼女の服装はインターンで見た白のワンピースではなく、装飾のされた赤いワンピースだった。

 他にも黒のタイツと白いシャツで腕や足の傷を隠している、しっかりとしたコーディネートに俺が注目していると、彼女の後ろの茂みからジーパンを履いたケツが飛び出す。

 

「桃がなってるよ!」

「「「「エリちゃん!!!!!」」」」

 

 もしかしなくても通形先輩のギャグを完全に無視して緑谷、麗日、蛙吹、峰田の4人に続き、クラスメイト達が俺の前までやってきたエリちゃんに駆け寄る。

 病院で会った時よりも彼女の表情は明るい。角も大きさはほとんど変わっていなかった。

 

「エリちゃん!」

 

「デクさん……」

 

 少し残念そうに茂みから出た先輩に続いて、彼女の事を知らないクラスメイト達も、突然現れて俺を慕う少女の前に集まってきた。

 

「えっ! なになに、先輩の子供!?」

 

「そんなワケないだろブッ飛ばすぞ尾白!」

 

「ええっ!!?」

 

 俺の唐突な暴言に尾白が怯んでいる隣で、蛙吹と麗日が彼女の近くまで駆け寄って喜んでいた。

 

「素敵なおべべね!」

 

「かっ、か……カワイイっ!」

 

「……?」

 

 2人の顔を見てエリちゃんは首を傾げていたが、何か言葉を出す事はなかった。

 

 それにしても可愛い。確かに可愛い。騒ぐ2人を微笑ましく眺めていると、エリちゃんの後ろに立っていた通形先輩の更に後ろから、相澤先生が歩いてやってきた。

 

「緑谷、切裂。校長から許可が下りた。ビックリしてパニックを起こさないよう、一度来て慣れておこうって訳だ」

 

 先生の細かい説明曰く、社会から切り離されていた子を、いきなり非日常的すぎる文化祭に連れ出すのも乱暴だろうと、根津校長の計らいによって少し早めに外に出る事となったのだ。

 校長の英断も感謝したいが、それよりもだ。今この場に立ってこうして見ているからこそ気になったのだが、彼女の私服を毎日ヒロコスの相澤先生が用意したとはとても思えない。

 

「エリちゃんの服……先輩か先生が用意したんですか?」

 

「いや、その服はだな……」

 

 相澤先生から話を聞いてみると、八斎會の屋敷の地下室に彼女用の衣類が大量に残っていたらしく、事件後に押収されたソレをそのまま流用したそうだ。

 あのトラウマだらけの家の物で良いのだろうかと先生も先輩も悩んだそうだが、元々気に入っていたのか本人がえらく喜んでいたので問題ないと判断したらしい。

 そんな俺達の会話を聞いて、ようやくインターン組以外のクラスメイト達がエリちゃんの事を理解した。八斎會の事件が報道されてから、寮でクラスメイト達と話題にはしていたからだ。

 

「そうか、インターンの子か! 俺は飯田、よろしく!」

 

 お手本の様な挨拶で飯田がエリちゃんに手を差し出したが、彼女はそんな彼を見上げたまま俺の足の陰に隠れてしまった。

 

「おっ?」

 

「あっ」

 

「照れ屋さんなんだよね」

 

「照れ屋さんか!」

 

 通形先輩の言葉に飯田は笑っていたが、そこに割り込んできたのはエリちゃんと同じぐらいの身長の峰田。ファンサの時と比べて態度は少しおとなしめだが、子供相手となると彼の対応も慣れたものである。

 

「オイラ峰田っ、切裂のオトモダチだぜ! 10年後が楽しみ───

 

「峰田くん、変な事言ったら頭ごとモギるよ?」

 

「お、お前なんかテンションおかしくね?!」

 

 俺の躊躇なく遮った声に、驚いた彼が困惑する。心苦しいが、やはり峰田はエリちゃんの教育に悪いから、距離を離しておくべきだろうか。

 クラスメイト数人が俺を変な目で見ている中、通形先輩がエリちゃんを見て話し始めた。

 

「というワケで……これからエリちゃんと雄英内を回ろうと思ってんだけど、2人もどうだい?」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

「はい! ゴメン三奈ちゃん、ちょっと抜ける!」

 

 先輩の提案に少し驚きつつも受け入れる緑谷に対し、そのつもりだった俺は返事と同時に芦戸へ呼びかける。

 

「えー!? 今からブレイクダンスのパートだったのにー!」

 

「お願い、すぐ戻ってくるから!」

 

 残念そうな声を上げる芦戸だったが、せっかくのエリちゃんとの初外出、見逃すワケにはいかなかった。

 俺が彼女に頼み込んでいると、そこへ寮の扉が開いて切島が出てきた。

 

「お〜い、ダンス隊! ちょっと話が……って、エリちゃん!! オッスオッスッ……って、俺の事は知らねえか」

 

 切島はすぐ俺の足のそばのエリちゃんまで駆け寄り、彼女と目線を合わせて普段通りの気さくな挨拶をする。

 

「ヤイバおにーさんのオトモダチ……」

 

「おっ? そうだぜエリちゃん! 切裂の親友にして最大のライバル! レッドライオットこと切島 鋭児郎さっ!」

 

 切島の事は少しだけ彼女と話をしていた。自分の事を知られていた彼は、機嫌良く彼女の前で親指を自分に突きつけてウィンクする。

 その隣で緑谷が芦戸へ、俺と同じ様にエリちゃんの同行を頼み込んでいた。

 

「芦戸さん、練習中に申し訳ないんだけど……」

 

「ん〜、そしたら1回休憩挟もうか! ティーターイム!」

 

「三奈ちゃん、ありがと!」

 

「フフン♪ そしたら、私にも後で紹介してよねーその子!」

 

 休憩時間を境目にして芦戸の許可も得た俺は、緑谷や先輩と一緒にエリちゃんを学校内へと案内する事が決まった。

 一度練習着だった体操服を脱いで制服に着替え直してから、俺と緑谷と通形先輩はエリちゃんを連れて校舎内へと入ると、ポスターや飾りの貼り付けられた壁や窓の伸びる廊下を歩いていく。

 そんな風景をキョロキョロを見回す彼女は、俺と手を繋いでいた。最初は制服の裾を掴まれていたが、危なかったので俺が手を伸ばしたら掴んできたのだ。

 

「タッハ〜! やっぱり切裂くんに1番懐いてるね!」

 

「インターンで君を助けた事……相当大きな印象に残ってるのかな?」

 

「たぶんね……」

 

「…………///」

 

 緑谷と通形先輩の話に挟まれて、少し目線を下げた彼女の歩幅に合わせて歩いていく。峰田との歩きで慣れたものだ。

 

「今日は休日だけど、全寮制になった事もあって沢山の生徒が準備を進めてる」

 

 先輩の話通り、後者の中は他クラス他学科他学年関係なく、作業をしている人間でごった返している。廊下の所々には資材や脚立や大工道具が集積されているし、人の往来も結構ある。エリちゃんがつまづいたり、ぶつかったりしない様に守らねば。いざとなったら刃で緑谷を引っ張って盾にすればいい。

 パーティーモールやらリボンやら三角旗やらが飾りつけられた天井を見上げながら、ソレを興味深そうに眺めるエリちゃんの様子も観察して歩いていると、経営科の上級生のクラスの教室から数人の先輩が出てきて、エリちゃんや通形先輩の方を見てきた。

 

「あっ、通形じゃん!」

 

「えっ、子供!?」

 

「休学って、お前……」

 

「まさか、そういう……!」

 

「……フッ」

 

「いや、何か言えよ! ガチっぽいな!」

 

 学科は違えども友達なのだろうか、通形先輩は経営科の先輩達の疑問ににこやかな笑顔を返す。尾白と言い、コイツらと言い、どんな勘違いでエリちゃんが先輩の子だと思っているのだろうか。出るトコ出てやるぞ。

 

「冗談は置いといて……今年のI組はスゲえから、絶対来いよ!」

 

「行く行くっ!」

 

 本当に冗談だったのだろうか、経営科の先輩達は束で持っていたポスターを通形先輩に渡してきた。先輩もソレを嬉しそうに受け取る。ビッグ3と呼ばれるだけあって、人の繋がりも相当あるのだろう。クラスだったら個性関係なしで、その人柄から間違いなく人気者だろうし。

 

「君達も!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「凄い……立派なフライヤー……!」

 

 そんな事を考えいる間に、目の前の経営科の先輩は俺達にもポスターを渡してきた。内容的にはヒーロー事務所に関する経営の講演会みたいな感じで、会計士さんとかが興味持ちそうな内容だ。俺は貰ったポスターのデザインが良い事に注目していたが。

 

 先輩達と別れ、俺達は再びエリちゃんとの見回りに戻ると、今度は校舎の外へと回った。広い後者周りのスペースで色々な人が建物や看板を作ったり小道具作ったりしている。中には『SASUKE』みたいなアスレチックを作っている所もあった。金属の足場まで組んで頑丈に作られている徹底振りで、完成したら是非遊んでみたいと思わせる様なワクワクする造りだ。

 

「そこの釘取って!」

 

「おい、看板の字違くね!?」

 

「ああ! ちょっとソコ、ビラ貼んないで!」

 

「コラ、道具をソコら辺に置くな!」

 

 大工の音に混じって人の喧騒まで聞こえる校舎周りを見回しながら、緑谷が話を始める。

 

「1ヶ月前なのに、慌ただしいですね!」

 

「みんな去年よりもすごいモノを……Plus Ultraで臨んでるんだよね」

 

「エリちゃん、どう?」

 

「みたことないもの……たくさん……!」

 

 エリちゃんの負担も気にしながら俺達はゆっくり歩いているが、彼女もこの活気には興味深そうに周りをキョロキョロ見渡している。

 そうしていると、いきなり張子のドラゴンの頭が俺達の前を通りかかった。

 

「うおっ!?」

 

「わっ!」

 

「きゃ!」

 

「おっと!?」

 

「あっ、スンマセン! って、切裂じゃねえか!?」

 

「鉄哲くん!」

 

 驚いて足を止める俺達の目の前で、ドラゴンの頭から顔を出して覗いてきたのは、鉄哲だった。

 

「あーれあれあれぇ〜? こんな所で油売ってるなんて、余裕ですかぁ?」

 

 そして同時に、ドラゴンを一緒に運んでいたのか、彼の後ろから物間も現れた。

 のっけから上から目線で煽ってくる彼を無視して、俺は手を握ったままズボンに抱きついていたエリちゃんを気にかける。隣の緑谷も同様だった。

 

「エリちゃん平気?」

 

「う、うん……びっくりした……!」

 

「行こう緑谷くん、先輩。エリちゃんの教育によろしくない男だ」

 

 本当だったらもう少し会話したいのだが、今はエリちゃんがいる。俺の無慈悲な提案に緑谷も即答した。

 

「そうだね行こう」

 

「よくわかんないけど、切裂くんが言うならその通りなんだろうね! 失礼!」

 

「待て待て待ちたまえっ! 久しぶりだと言うのに、ずいぶんと残忍じゃないかぁ!」

 

 えらく動揺した声で俺達に手を伸ばした物間。残忍なんて言われる筋合いはないのだが、つけまわされても困るので俺は足を止めて彼の方を見る。

 

「いいのかい? A組はライブ的な事をするんだってね。いいのかなぁ? 今回、ハッキリ言って君達より僕らB組の方が凄いんだが!」

 

 そう言って物間は俺達に、着ているジャージのズボンに束で挟んでいたポスターを1枚ずつ渡してきた。ご丁寧に、エリちゃんにもだ。

 

「『ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人〜王の帰還〜』僕らの完全オリジナル脚本! 超スペクタクルファンタジー演劇!!!」

 

 混ざり過ぎだとは思ったが、B組は確か定期的に角取がアニメ鑑賞会開いていたから、ノウハウが積まれていたに違いない。吹出の趣味が漫画描く事で、ストーリー考えるのも得意だとか前に聞いた事あるので、彼が頑張ったのだろう。

 こっちのポスターも完成度がかなり高い。主演、小大と物間と鉄哲。役者は泡瀬、取影、庄田、鱗、角取、宍田。演出と脚本は吹出。総監督は骨抜だって。

 

「準備しといた方がいいよ! 僕らに食われて涙する、その時のためのハンカチをねぇ!! アッハッハッハ───ッ!!!?!」

 

 ポスターを見ている前でゲラゲラと品のない笑いを始めた物間に、鉄哲と一緒にドラゴンを運んでいた泡瀬が持っていた木の板で彼の後頭部を叩いて気絶させた。

 

「泡瀬くん!」

 

「よっ、久しぶり切裂! ゴメンな、拳藤いねえから歯止めが利かねえ」

 

 俺に挨拶しなぎら、慣れた動きで地に臥した物間を担いだ泡瀬に対し、緑谷はキョロキョロと周りを見まわしている。彼といつも一緒の拳藤を探して。

 

「物間君とセットのイメージあったけど……」

 

「今回は別。アイツはミスコン出るのよ」

 

「ミスコン!?」

 

 その聞き慣れない単語に緑谷が動揺する。ああ、俺も思い出してきた。あったなミスコン。なんかそんな事もあって、物間は野放し状態だったんだ。

 

「拳藤ちゃんが?」

 

「そう、物間が推薦したらしいぜ。勝手にだけど」

 

 泡瀬の説明を聞いて、俺は色々と思考を巡らせる。彼女の性格的にエントリーしても拒否したらいいのにと思ったが、何か思う所でもあったのだろうか。それとも、物間が推したからだろうか。

 それに相澤先生はミスコンの事なんてひと言も言ってなかったが、もしかしなくても興味なかったから忘れていたのか。ミスコンに興味持つ様な性格じゃないし、どうでもいいとか普通に思っていそうだとは思った。

 それにしても、文化祭でミスコンとか大々的なイベントとは思ったが、原作じゃアッサリ終わっていたイベントだった。クラスに参加したい女子が、誰もいなかったのが大きいだろう。

 

「ミスコンか……」

 

「みすこん……?」

 

「美しさと魅力で競い合う、女同士のバトルだよ!」

 

「ばとる……!」

 

 俺が呟いている隣で、エリちゃんが通形先輩に質問していた直後。目の前にいた鉄哲が疑問の声を漏らした。

 

「拳藤が気になってたんだがよ、A組はエントリーしねえのか? あの八百万ってヤツは……?」

 

「うーん……ヤオモモちゃん、バンドのキーボードだし、練習が忙しすぎてとても……」

 

「そりゃ好都合っ!!!」

 

「「「「うおっ!?」」」」

 

 俺の答えに対し、泡瀬に肩を担がれていた物間がいきなり復活する。

 

「ウチの拳藤の魅力に張り合えるのは、同等かちょっと低いぐらいの美貌に、職場体験で同じCMに出演していたA組の八百万しかいないと思っていたさっ! 彼女が出演しないならB組は勝ったも当然ッ!!」

 

 泡瀬の腕も振り解いて、物間はクルクルとテンション高く踊る様に煽りを始める。ウチの女子達が聞いたら袋叩きにされても文句は言えんが、エリちゃんの前で暴力は躊躇われる理性の働いていた俺は、物間の肩を優しく掴んだ。

 

「物間くん、ミスコンは任せた」

 

 元々ミスコンなんて見た事ないし、正直言ってどうでもいい。ライブの都合上、A組の全戦力を注ぎ込まなければならないのだから。ミスコンの勝利ぐらい、欲しけりゃB組にくれてやる。

 

「なぁんだ、僕達B組の不戦勝じゃないかっ! 君は納得するかもしれないけど、他のクラスメイトはどうかなぁっ!!?」

 

「いや、僕も別に……」

 

 いきなり物間の視線を向けられる緑谷も、特段ミスコンには興味ないらしい。もしかしたら興味はあるけど、根っこがクソナードだから言いづらいのかとしれない。

 

「アレアレアレェ〜!? いいのかい常にPlus Ultraである雄英のヒーロー科が、出来ない理由を作って逃げ出してもぉ!!?」

 

 更に煽りを滾らせる物間だったが、なんとでも言うがいいと口にしながら、俺は彼から貰った演劇のポスターと、最初の経営科の先輩から受け取ったポスターと重ねて折り纏める。

 その瞬間、ポスター貰った時からずっと頭に引っかかっていた事に俺は気付いてしまった。

 

「ちょっと待てッ! 俺達、バンドのポスターとかって作ってんのか!?」

 

「そ、そういえば……!」

 

 ポスター持ったままグルリと緑谷に向き直るが、今日まで一緒にずっと踊りっぱなしだった彼からも、期待できる答えは返ってこなかった。

 ライブする以上集客しなきゃいけないのに、口伝てなんかよりも目で伝わる文化祭らしい手段なのに、作っていないかもしれない。演出隊も、ステージの演出ばかりでそんな話していなかった。ミスコンなんかよりも重要項目が増えた。

 

「クッソッ! 出遅れたっッ!!」

 

「ア〜〜〜ッッハッハッハッハハハッッ!!! 精々頑張るといいよッ!! A組ィッ!!!」

 

 そう言って笑いながら物間は俺達に手を振って、スタスタと我先にとどこかへ歩いて行ってしまった。口調も性格もアレなのに、激励してくれるあたり優しいヤツである。

 

「ちょ、物間! 運ぶの手伝えって!!」

 

「物間じゃねえけど、お互い気張ってこうぜ!」

 

「ああっ!」

 

 物間を追いかける泡瀬と、最後に激励してくれた鉄哲を見送り、俺達は再び4人となった。視界の向こうで合流した3人が、また仲良くドラゴンの張子を運んでいるのを眺めながら。

 

「いきなり雄英の負の面を見せてゴメンよ、エリちゃん」

 

「ゆうえいのふのめん……」

 

 通形先輩の言葉を不思議そうに復唱するエリちゃん。その隣で俺は寮に帰ってからポスターの事と、あともうひとつ知りたい事ができたので、聞かなければならない話を頭にまとめていく。

 

「そう言えば先生、ミスコンの事なにも言わなかったな……」

 

 緑谷の呟くそんな中、通形先輩は明るい声で次に向かう場所を示した。

 

「ミスコンといえば、あの人も今年は気合い入ってるよ! 去年の準グランプリ……波動 ねじれさんだよね!」

 

 せっかくなので、ミスコンに参加する波動先輩にも挨拶していこうという話になり、俺達はエリちゃんを連れてミスコンの控え室である備品室へと移動し、波動先輩や裏方準備の天喰先輩とも会った。

 波動先輩はエリちゃんとまともに会うのはコレが初めてであり、胸元の切れ込みの深いドレスを着た姿で空中に浮かんだまま騒いでいた。胸が零れそうで、峰田に見せたら暴走してしまいそうだ。

 エリちゃんも目を輝かせながら、足の波動で飛んでいる波動先輩を見ており、悪くはない印象だと思った。天喰先輩は遠くから見ている事しかできなかったが。

 ついでに拳藤にも会って、八百万はライブの都合で出演しないと伝えておいた。A組が参戦しない事に少し残念そうにはしていたが、俺達の応援の声と……あと、物間が期待していたと嘘も伝えておいた。

 少し調子狂わされたみたいな顔をした彼女だったが、その嬉しそうな口元を見て俺は大丈夫だと確信した。

 

 その次に向かったのは『サポート科』の開発室。

 

 晴れ舞台である文化祭で、サポート科は全学年一律で技術展示会を開くらしいから、さぞ賑わっているに違いないと俺も緑谷も思っていた。

 だが、到着してみると……

 

 

 

 

 

 いやに静かな開発室の扉が、しっかりと閉まっていた。

 

 

 

 

 

「緑谷くん、ちょっと下がっててもらえる? 先輩も、エリちゃんも……」

 

「うん……なんか嫌な予感がしたよ……」

 

「「?」」

 

 事情をわかっていない通形先輩とエリちゃんの2人に、俺は彼女から手を離して扉の前に近寄る。経験のある緑谷が俺の代わりに、彼女と手を握った。

 

 それにしても、もう1度この場所で世話になる日が来るとは思わなかった。

 

 主な目的としては当然、エリちゃんの案内なのだが、俺としては別の目的もある。否、彼女に用件があった。

 

 

 

 

 

 俺は1人で入り口の扉の前に立って……

 

 

 

 

 

 ……爆発に吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

「わあっ!!?」

 

「おにーさん!?」

 

 驚く通形先輩の声と、今までで1番の大きな声を出したエリちゃんの様子が伝わった。

 硬化してるから爆風に関してはノーダメージだったが、一緒に中から吹っ飛んできた女子生徒を受け止めて、俺は廊下に倒れ込んだ。

 

「イタタ……あっ、切裂さん! お久しぶりですね!」

 

 乗っかってきたのは俺の顔面に胸を押し付けたまま、普通の挨拶を始める発目だった。服装はいつものニッカポッカにタンクトップ。ノーブラだ。

 爆発の砂埃とススに混じってオイルの汚れも衣類や体に張り付いており、物凄い匂いが彼女の体からするのだが、シャワー浴びてないだろうか。

 肺いっぱいに彼女の胸元の空気を吸い込んで俺の気がおかしくなりそうになっていると、驚く緑谷が彼女に話しかける。

 

「発目さん!? 何やってるの!!?」

 

「ドッかわベイビー代202子の試験中です!」

 

 発目は俺の顔から上体だけ起こして、馬乗りになったままズレたゴーグルを頭に掛け直して答える。

 

「ベイビーって、アレかい?」

 

 通形先輩の指差す先。開発室の奥では煙を吹いて黒焦げとなった、見上げるサイズのロボットがあった。

 

「アァァァァベイビィィィィィッ!!!」

 

「コラ発目! いきなり無茶苦茶するなってアレほど言ったでしょうがッ!」

 

「発目またかよっ!」

 

「消火器持って来い!」

 

 振り返った発目の悲鳴に続いて、倒れ込んでいる俺の耳にパワーローダー先生の声が聞こえた。それだけでなく、サポート科の生徒の咳き込む声や騒がしい声も聞こえる。

 

「それじゃあ切裂さん、私忙しいので失礼しますね!」

 

「あ、待って発目ちゃん!」

 

 そう言って俺の上から立ち上がった発目は、俺の制止の声も聞かずに開発室へとスタスタ歩こうとしていたが、逃すワケにはいかない。せめて話だけでも通しておきたかったから。

 

「痛……ッ!」

 

 起き上がった俺は咄嗟に腕から皮膚を突き破り、真っ赤な血の刃を1本だけ伸ばして彼女のお腹をグルグルと捕まえた。もちろん切れ味は一切ない、ナマクラの刃で。

 

「あらっ!?」

 

「あっ!」

 

「……!」

 

「コレが切裂くんの……!」

 

 俺の血の刃に、発目のみならず1番近くで見ている期間の長い緑谷も、先輩もエリちゃんも驚いていた。

 

「ッ……発目ちゃん。最高に忙しい所で申し訳ないんだけど……新しいサポートアイテム、君に頼みたいんだ……!」

 

 そして俺の要望にすぐさま振り向いた彼女は、伸びる血の刃を見ながらレティクルの入った眼を輝かせていた。

 

「サポートアイテム……! 私の自家製ベイビーを欲しがるなんて……フフフッ、切裂さんもわかってきましたねぇっ! まずは全身の計測から始めましょう!」

 

 そのまま血の刃を体内に収納して発目を拘束から解放すると、彼女は俺を連れて開発工房の中へと入った。

 その様子を見ていたサポート科の生徒と、パワーローダー先生の声が飛ぶ。

 

「おーい発目ー!」

 

「コイツどうすんだー!?」

 

「すぐ取り掛かるのでそのままで! あっ、緑谷さん! アイアンソールとグローブのその後はどうでしょう!? また何かあればすぐ言ってください!」

 

「う、うん!」

 

「ハッハッハッ、だいぶ混沌としてるけど、ちょっとだけ見ていこうか、エリちゃん!」

 

「うん……!」

 

 少しおっかなびっくりな反応をしているエリちゃんを通形先輩が引き連れ、彼女の開発工房の見学が始まった。

 発目は緑谷とも話をしていたが、エリちゃんには顔も向けず、工房の隅で俺の計測を嬉しそうに行っている。

 不思議そうに見ているエリちゃんの様子も気になったが、俺はしばらく体を発目に任せながら、具体的に欲しいサポートアイテムの要望事項を伝えた。

 

「さっきのみたいに、自分の血を刃にして伸ばせるんですね!」

 

「そう、結構自由度が高いから───

 

 インターンに治崎との戦闘で、俺は自分の血液を刃にする事に成功した。

 だが当然、血液は俺の体内を循環しているものであり、能動的に刃を出すためには今みたいに自分の体を内側から突き破るという自傷をする必要がある。戦闘の度にそんな激痛を伴う事をしている暇などないし、自傷していたら自由に発動もできない。

 

「全身から出すならパワードスーツ型にしましょうか! 私の代156子の───

 

「あ〜、あのコスチューム気に入ってるから、最低限で!」

 

 よって必要になるのは、体内の血を外に出すための装置。緑谷のアレは手からだけだったが、俺は血を使うので全身から出せる。なるべく差別化したいのだが、ひとまずこの能力をまともに練習できるようにするための試験用の物が必要だ。

 

「制作は文化祭終わってからでいいよ。急ぎじゃないから」

 

「大丈夫です! 絵描きが休憩中に絵描くのと同じです! 切裂さんの練習のために、すぐに要望に応えますよ!」

 

 とりあえず、発目には手と足から出せるようにしてほしいと頼んでおいた。同じく血を自由自在に操れる個性『操血』の使い手であるB組の担任、ブラドキング先生にも後で相談してもらおうと思った。

 

 発目が俺に集中していたせいか、比較的に穏やかにサポート科の様子をエリちゃんに見学させ、彼女と別れて開発工房を後にした俺達は、ランチラッシュの食堂で休憩を取る事にした。

 ちなみに腕の傷は最後に発目が処置してくれた。しょっちゅう爆発させるから医療道具も完備してるんだって。

 

「まあ、こんなもんかな?」

 

 飯時と違い、カフェスタイルになっている食堂で適当な冷たい物と、エリちゃん用のジュースを注文した俺達は、4人用テーブルについてひと息ついた。

 ストローで紙コップ型のジュースをチウチウ飲んでいるエリちゃんに、緑谷が覗き込む様にして尋ねる。

 

「慣れっていうか、どうだった?」

 

「よく、わからない……けど……たくさん、いろんなひとががんばってるから……どんなふうになるのかなって……」

 

 その反応に俺も緑谷も先輩も、満足だった。

 3人でニッコリと笑っていると、隣のテーブルから聞き覚えしかない声が聞こえた。

 

「ソレを人はワクワクさんって呼ぶのさ!」

 

「校長先生!」

 

「ミッドナイト先生も!」

 

 『2億4千万』では目良さんの次ぐらいにウケの良い根津校長とミッドナイト先生が並んで座っていた。少し遅めの昼食なのか、ミッドナイト先生はカレー食べてるし、校長はチェダーチーズに猛スピードでガッついている。

 

「有意義だったようだね。文化祭、私もワクワクするのさ! 多くの生徒が最高の催しになるように、励み、楽しみ、楽しませようとしてる!」

 

「警察からも色々とありましたからね」

 

「ちょっと香山くん。じゃ、君達存分に楽しんでくれたまえ!」

 

 チーズを食べ終えて口元を拭いていた校長先生は、喋ろうとしたミッドナイト先生の声を遮ってからイスを飛び降り、フリフリと細い尻尾を振りながら歩いて行ってしまった。

 

「………………」

 

「何かあったんですか?」

 

 残されたミッドナイト先生の表情が暗くなっていた俺は、先生に問いかけた。

 

「詳しくは言わないけど……校長、警察庁との交渉、頑張ったみたいよ。その結果、セキュリティーの更なる強化。そして、万が一警報が鳴った場合、それが誤報だろうと即座に中止と避難が開催条件になったの」

 

「厳しい……!」

 

 敵連合が動き出したという情報も流れた今、これ以上雄英がヴィランの被害に遭っては、ヒーロー全体の影響も大きすぎるという判断から、警察としても文化祭は中止にしたかったのだろうが、そこは我らが根津校長。俺達全校生徒のために頑張ったのだろう。

 まあ今回、連合は絡まないし、アイツの対処さえなんとかなれば文化祭は穏便に終わる。周りは深刻そうだったが、あのインターンに比べれば幾分もマシだ。俺が出る幕もない。

 

「もちろん、そうならないために、コチラも警備はしっかりするわ。学校近辺にハウンドドッグ(先生)を放つし……そうそう、A組の出し物、職員室でも話題になってるわよ? 青春……頑張ってね!」

 

「「はい!」」

 

 最後は元気と色っぽさを合わせた声で声援を送ってきたミッドナイト先生は、カレーを食べ終えたトレーを持って席を離れて行った。

 18禁ヒーローなんて二つ名を持っているのが嘘みたいな優しさに俺がため息を吐いていると、隣に座るエリちゃんが俺に声をかけてきた。

 

「おにーさんは、なにをするの?」

 

「確か、出し物は『パリピ空間』って聞いたけど、具体的に何をやるんだい?」

 

 通形先輩も続いてきた質問に、俺と緑谷は同時に答える。

 

「ブレイクダンスです!」

「ダンスとバンドです!」

 

「スゴいね! 踊れるの!?」

 

「はい!」

 

 インターン中から結構な頻度で芦戸からダンスを教えてもらっていたのだ。俺はもうウインドミルできるし、緑谷もそろそろマスターしそうだ。彼の場合、浮遊も使えるから更にメチャクチャな動きが期待できる。

 

「だんす……!」

 

「そう、音楽合わせて踊るんだよ!」

 

「エリちゃんに楽しんでもらえるよう頑張るから、必ず見に来てね?」

 

 俺と緑谷の言葉に、彼女は目を大きく広げてパチパチを瞬きしていた。その瞳には期待がこもっているのが見てわかるぐらいに。

 その反応を見て満足した俺と緑谷は、飲み物を飲み切って席から立とうとする。

 

「すみません、そろそろ休憩終わるので、行ってきます!」

 

「ああ! 言っとくけど、俺も楽しみにしてっからね!」

 

 手を振る通形先輩にも挨拶して俺も席を立つと、エリちゃんが俺の制服の裾を掴んだ。

 

「おにーさん……もういっちゃうの……?」

 

「ごめんね、練習があるんだ。切裂くんも……」

 

 物凄く後ろ髪を引かれる誘いだが、文化祭で良い場面をエリちゃんに見せるため、彼女のためだ。

 そんな彼女を悲しませまいと、希望も添えて通形先輩がエリちゃんに語りかける。

 

「当日、2人が終わったら4人で、また回ろう!」

 

「っ!」

 

 すると、最後にエリちゃんは少しだけ口を半開きにして、嬉しそうに答えた。

 

「おにーさん……デクさん。わたし……わくわくさんだよ……!」

 

「っ!?」

 

「っ!!」

 

 ほんの少しの笑顔。その様子を見て静かに驚いたのは、緑谷と通形先輩。

 この笑顔を完璧にするべく、緑谷も決意を固めたみたいだった。

 

「うんっ!」

 

 俺達がどんな活躍をするのか、期待に満ち溢れているエリちゃんを見送ってから、俺と緑谷は別れた。

 

 ちなみにその後、クラスメイト達と合流した緑谷が芦戸にダンス隊のクビを宣言された。

 厳密にはクビではなく、演出隊の手が足りなかったので引き抜きだった。フロアの固定されたミラーボールを動かす装置の代わりとして、人力で動かす役に『浮遊』できる緑谷が最適だったからだそうだ。なんなら、浮けるんだからそのままミラーボール持って踊ればいいとの事。

 序盤までは普通に踊れるので、エリちゃんにも嘘ついた事にはならないし、それで良いモノになるなら問題なしである。なんとか文化祭の練習も波に乗り始めていた。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 

 体育館での練習も終わって、校舎のトレーニングルームに併設されたシャワー室を利用した俺は寮に戻った。そして、今日のダンスで緑谷が浮遊してミラーボールを動かしながら踊る案に、ほかのクラスメイトも個性を使ってパフォーマンスできないか演出班と会議をするハズだったのだが、ココで想定外な事件が起こった。

 

「ミスコンやるのっ!?」

 

「ああっ! まだエントリー受け付けてんだってさ!」

 

 俺の驚愕の声に最初に答えたのは、共同スペースのイスに座って優雅にティーカップの紅茶を飲む、演出隊の瀬呂だった。

 

「いや、なんで!?」

 

「あのあと……少し経ってから物間くんがやって来たんだ……!」

 

「で、ミスコンの事一方的に話して帰ってった」

 

 隣にいた緑谷の疑問に、冷や汗を流す口田と頭を掻く切島が答えた話を簡単にまとめると、どうやらこのクソ忙しい時に物間のヤツが煽りに来たらしい。俺達がミスコンに人員を選出しない事に。

 更に彼から、エントリーが無理を言えば間に合うと発破も掛けられてしまい、ソレで火が着いてしまったのが峰田だった。

 

「それでね、今峰田くんが案を考えてるみたいなんだけど……」

 

「ソレ大丈夫なの?」

 

 ゴッツい手でティーカップを割らないように恐る恐る紅茶を飲んでいる口田の話す内容に、思わず不安を漏らす緑谷の視線の先では、ソファーの前にある脚の短いテーブルの上に胡座をかいている峰田が、右手で大きめの用紙にペンで何やら熱心に書き連ねている様子が確認できる。その左手では、片手だけで2個のモギモギをジャグリングしながら。

 で、ソレを少し遠くから眺めているクラスメイトの女子はと言うと、峰田に不審者でも見ているかのような視線を向けていた。

 

「最初は止めようとしたんだが、えらく真面目に考えているからな……」

 

「お前が帰ってくるまで俺達で様子を見ていたが、終始あの調子だ」

 

 ソーサーを持って紅茶を嗜む常闇と、複製腕の口で紅茶をすすりながらマスクで隠した口元で話す障子も彼の背中を見たまま、これまでの状況を説明してくれた。特段暴走とも言えない峰田を、少し尊重してやりたい気持ちが2人からは出ていた。

 職場体験からインターンまで、峰田の女子からの評価は決して低いワケではない。子供のためならヴィランなど恐れない、ヒーローに相応しい人間。それは蛙吹や麗日も知っているだろう。

 ただ、出し物の提案でオッパブを希望するなど、根っこがオープンスケベのままなので、非常時は強いのだが平時は信用がならない相手という評価に収まっていたのだ。

 逆に男子からは見ての通り、瀬呂や上鳴など明るいヤツらも、ストイックな障子にも一目置かれている人間だ。実力としても、爆豪や轟から評価を受けている。男で彼を嫌う者は、A組にはいなかった。

 そんな健気な彼の後ろ姿を見ていると、耳郎が近寄ってきた。

 

「ちょっと切裂、アイツ止めてきてよ……!」

 

「私達が言っても、『オイラに任せとけ〜』しか言わないんだもん……!」

 

 不安げな葉隠の耳打ちも受け、仕方なく俺は動き出した。万が一、鬼になってでも彼を止めなければならないと覚悟を決めて、俺は峰田に近寄る。

 

「峰田くん……」

 

 俺の呼びかける声ではなく、彼は書き物を終えたタイミングで紙に滑らせるペンを止めた。同時にジャグリングしていたモギモギを頭に戻す。

 

「切裂……オイラに考えがある……!」

 

「聞こう峰田くん」

 

 俺は彼と一緒にテーブルの上に乗っかってしゃがみ込んだ。後ろで女子6人がズッコケたのも気にせず。

 

「ミスコンの事はよくわかんねえけどよ! 少し話、聞いてもいいんじゃねえか?」

 

「うむ! だが、まずはテーブルから降りたまえ!」

 

 切島の明るい声と飯田からのお叱りを受けて、俺は少し軋んだテーブルからソファーに移って、峰田が持っていた紙を図版に留める。

 

「コレは?」

 

「ミスコンの作戦だぜ!」

 

 俺の問いかけに、自信満々に答えながら峰田が膝の上に乗っかり、両サイドは瀬呂と上鳴が座ってきた。

 

「え?」

 

 俺は左右の瀬呂と上鳴を交互に見ていると、2人は悪い事でも考えているかのように笑ってみせた。

 

「せっかくやんなら、楽しくやらねえとな!」

 

「勝ちにいくんだろ峰田? 俺にも噛ませろよ!」

 

 どうやら2人は元々の性格故かミスコンには賛成的らしい。上鳴もさっきまで少し離れた所で爆豪とギャーギャー言っていたのが見えたが、ミスコンと聞いて見逃しはしなかったようだ。

 そこに立ち直った女子達の内、耳郎がシカめっ面で手を挙げながらテーブルに近づいてくる。

 

「あー4人とも? 参加するなんてウチら、まだひとっ言も言ってないんだけど……!」

 

「それに……今からミスコンとライブの両立は、不可能なんじゃないかしら?」

 

「ミスコンに出る人はライブ出ずに、ミスコンのパフォーマンスに集中してもらうとか?」

 

「そんなー! せっかく練習してたのに!?」

 

「で、でも……ヤイバさんがどうしても言うのでしたら……」

 

「え!? じ、じゃ、じゃあ私が……!」

 

「ゴメン、ストップ。みんな落ち着いて。コレ、勝手に決めていい事じゃないから、ちょっと全員集合して」

 

 女子6人から様々な意見が出ようとしたのをピタリと止めて、俺はテーブルの周りで様子を見ていたクラスメイトを集合させた。爆豪だけは無視してどっかに行ってしまったが、今回は本当に関係の無い相手になるから、なんとかなるだろう。

 さっきから数人の飲んでいた紅茶のティーセットが八百万によって用意され、俺もクラスメイト達と一緒にティーカップで嗜みながら、とりあえず現状の確認から始めた。

 

「正直言って、A組はライブに全戦力と期間をブッ込んだスケジュールを立ててるし、絶対にそうしないと本番までに爆豪くんの求めてるクオリティは出せない。人と時間のどちらかが欠けた時点で、問題が起こっちゃう。みんな、ライブに不参加でミスコンは……やりたくないよね?」

 

「もちろん!」

 

「みんなと踊りたい!」

 

「ケロっ!」

 

 俺の女子達への呼びかけに、麗日や葉隠、蛙吹が返事をする。特に麗日は浮遊できる緑谷の補助もあるから、外すワケには絶対にいかない。本人もソレを楽しみにしているだろうし。

 

「そもそも、ライブとミスコンは両立できんのか? どっちつかずになっちまったら、それこそマズいだろ……」

 

 おそらく、この場にいる全員が思っている不安事項を、ティーセットのお供で手作りのクッキーを用意しながら話す砂藤に、クラスメイト達もウンウンとうなずく。彼の言う通り、中途半端な結果になっては目も当てられない。

 

「だったら! ライブにしっかり参加して……そっからミスコンに出れんなら、悪くはねえよな?!」

 

「それは……まあ、そうだけど……」

 

 それだったら……と耳朗は頭の後ろに両手を当てて、峰田を胡散臭そうに見る。まだ信用に達するほど問題は解決していないのは、たぶん彼もわかっている。

 

「ライブとミスコンを同時にってなると、参加する人には結構な負担がかかるね……」

 

「練習の期間もあるから、中途半端になっちゃうんじゃない?」

 

「そもそも、できるのか?」

 

 緑谷の当然な思考に尾白が同調し、障子からも疑問が向けられた。だが、峰田の表情は明るい。

 

「轟! ライブが終わってからミスコン開催までのインターバルは!?」

 

 彼の力強い呼びかけに、轟はテーブルでノートパソコンを開いて確認を始める。ちなみに、彼もミスコンの話に混ざるつもりだったのか、俺の真向かいのソファーに座っていた。

 

「……アンコール1回を想定して、閉幕から45分だ。次のB組が舞台で演劇をやるから、客が捌けた後の片付けに参加していたら間に合わねえ」

 

 ポスター見た時に気付いたが、B組は時間の都合上、ミスコンに出る拳藤を演劇に不参加にしていた。でも、俺達A組はライブをすぐ終わらせたら、必要な人員を猛ダッシュで会場に行かせれば参加できる。

 

「スピード勝負だな」

 

「当日の予行はできなくなるけど、ドレス着て化粧するだけの時間はあるね……!」

 

 常闇の呟きを聞きながら、俺はミスコン参加者が着飾る時間を逆算する。ギリギリになるが、本番の開催前には間に合うだろう。

 案の用紙をよく見てみると峰田も状況は理解しているのか、俺達のライブの時間やミスコンの時間など細かな調整事項まで書き連ねており、即興で書いたので見やすくはないが理解はできる原案だった。

 そして轟の説明通り、1番重要なミスコンの開催時間帯として、一応は6人の誰でもライブ終了後に参加できる結果が証明された。

 

「参加できるのはわかったけどさあ……誰を出すのよ……?」

 

 次に、女子の誰がミスコンに参加するのかという流れになったが、まだ訝しげな表情をしている耳郎が峰田を見ている。ちょっと頬が赤いので、もしも指名されたらライブの時以上に拒否られてしまいそうだ。

 

「八百万か?」

 

「わ、私ですか……?!」

 

 最初に提案を出したのは、なんと轟。ほかの女子どころか、男子までウソみたいな顔をして驚いていた。

 でも確かに轟の言う通り、雄英内で名の通っているA組女子と言えば、職場体験でプロヒーローのウワバミと一緒にCM出演している八百万が筆頭だ。次点でインターンでメディア露出した麗日か蛙吹となる。

 

「いいや、八百万はあくまで着付け役だ……!」

 

「峰田くん……?」

 

 だが、峰田の想像内で彼女はサポート側の人間らしい。彼の答えに俺は更に思考を巡らせる。

 芦戸と耳朗はリーダーとしてクラスメイトの指導がある上、本番でも1番目立つポジションなので練習時間の削除は一切許されない。八百万も元々、キーボードの替えがいないから、ミスコンの選手として参加させるにはかなりの負担が発生する。

 残る女子は麗日、蛙吹、葉隠の3人だが、タダでさえ晒し者になる事に麗日は意欲的ではない。蛙吹はミスコンに無関心。葉隠は頼んだら参加はするだろうが、美しさと華やかさで勝負しなければならないのに透明人間の葉隠を出したら、他クラス他科他学年の反応は否めないだろう。文句垂れた輩は尾白辺りが闇討ちしてくれそうだが。

 

「じゃ、じゃあ……ココに書いてある相手でいいんだね?」

 

「ああ……!」

 

 俺が図版の指差したクラスメイトの名前を見て、峰田は大きくうなずいた。

 

「え、決まってんの!?」

 

「だ、誰……っ!?」

 

 彼は八百万を参加させるのは負担が大きすぎるのも理解していた。その上で、峰田は自分が推薦する相手の方を至極真面目な視線で睨んだ。

 

 

 

 

 

「梅雨ちゃん……!」

 

「ゲっ!? ゲロぉっ!!?」

 

 

 

 

 

 その瞬間、今までに聞いた事のない声で蛙吹が驚いた。ちょっと頬を染めながら目を見開いて舌をはみ出す、物凄い様子が見れてしまった。

 

「梅雨ちゃん!!?」

 

 その彼女の隣に立っていた麗日が、目をまん丸にして驚く。蛙吹本人は絶対に自分じゃないと思っていただろうから、その衝撃もひと塩だろう。

 

「ああっ! 梅雨ちゃんじゃないと、絶対ダメだ!」

 

「おおっ! 意外性で勝負───モゴッ!!?」

 

 余計な事を言おうとした瀬呂に向かってグレープバスケットを顔面にぶつけた峰田は、まるで最初から決めていたと言わんばかりの口調でうなずいた。最近の特訓でモギモギの粘着性を、気合いと気分で調節できるようになったと言っていたから、息が詰まる前に剥がせるハズだ。

 

「梅雨ちゃん……ほんとに大丈夫?」

 

「無理に出場する必要ないんだよ?」

 

 隣でモギモギをなんとか引き剥がす瀬呂を無視して、麗日と葉隠が心配する蛙吹は峰田と視線を合わせながら、一度目を閉じた。

 

「そうね……私にしかできないのなら、頑張らせてもらうわ……!」

 

「え!?」

 

「梅雨ちゃん……!?」

 

 彼女が賛同した事に、更に周りのクラスメイトが驚いている中、本人はニッコリと笑った峰田に真面目な表情で告げる。

 

「でも、その前に教えてちょうだい。峰田ちゃんの作戦をね」

 

「峰田、練習の時間は削れないわよ?」

 

「セクハラ紛いだったら、即取り止めるわよ?」

 

「そんな難しい事はないぜ! コンセプトはコレな!」

 

 芦戸と耳郎のまだ信用なっていない視線を前でも、彼は臆する事なく俺が持っている図版の、ミスコン会場のステージの設計図みたいな部分をペンで指差しながら説明を始める。

 

「パフォーマンスは短期決戦っ! 梅雨ちゃんの個性があんま活かせねえのは悔しいけど……!」

 

「インパクトで勝負か。リハーサルは必要になるだろうが、コレなら長期な練習時間は必要ない」

 

「あ! なんか似たような話、絵本で見た事あるかも!」

 

 障子が複製腕の目も使って冷静に見下ろしながら分析し、葉隠がメルヘンチックな内容に思わず感想を漏らした。

 

「確かに個性を使ったモノではないが……梅雨ちゃん君らしさはある……!」

 

「でもよ、ココに書いてあるパフォーマンスをどうやんだ? 流れはわかったけど……」

 

 飯田もウンウンと納得している中、上鳴が熱弁する峰田に疑問を向ける。

 

「コイツを実現させるには、オイラもパフォーマンスの一部にならねえと! だから、ライブ終わったら抜けさしてくれ!」

 

「み、峰田くんも?!」

 

「どうして!?」

 

 麗日と葉隠の疑問に、彼はパフォーマンスの内容を指差しながら答えた。

 確かに図版を見ても彼の言う通り、このパフォーマンスは峰田がフリーじゃないと成立しなかった。

 

「じゃあ、峰田も着替えんのか?」

 

「ミスコンの控え室は女性専用ですわよ?」

 

「ソレも必要ねえ! オイラはカエルの着ぐるみ着るだけだ!」

 

 瀬呂と八百万の言葉にブンブンと首を横に振って答えた彼は、更に元気良く言葉を続ける。

 

「それに梅雨ちゃんは観客席側からステージに入るからな!」

 

「え?」

 

「ステージ上から観客席に……!?」

 

「ああ……ソレで『入れ替わる』って事か! ようやくわかったわ!」

 

「て事は……ドレスの上から制服を二重にする必要があるのか……」

 

 峰田の言葉でパフォーマンスの内容をようやく理解したクラスメイト達数人が、納得しながらも驚いている。

 初手で動揺を誘ってから、インパクトでババーンと蛙吹を出したら終わり。最後は彼女が適当にポーズを決めてゲート側に出ていけばいい。

 

「そんな手品みたいな事、個性使ったって……っ!?」

 

 呆れた様なため息を吐きながら悪態をつこうとした耳郎の前で、峰田は1本しか持っていなかったペンを、手の中で数本に増やして彼女に見せつけた。

 

「ソレができるんだよなぁ〜? オイラには……っ!!!」

 

「え!? スゴい!」

 

「ホントに!?」

 

「おうよ! 意外と簡単なモンだぜ。会場を少しセッティングかすりゃあいいからっ! オイラは特等席に座れればいい!」

 

 驚く尾白と葉隠の目の前でペンを全て手元に戻し、座ったまま堂々と胸を張る峰田。パフォーマンスの仕組みは彼に任せても大丈夫だろう。

 

「次は、着用するドレスか……」

 

「モチーフは当然『プリンセス』だけど……お姫様用のドレスが必要……って、そんなドレスあるの?」

 

 芦戸の問いかけに、ミスコン会場の現場を見ている緑谷が口元に手を当てながらブツブツと答える。

 

「うーん……今日、エリちゃんの案内した時にミスコンの準備室入ったけど、正直言って用意されてたドレスはどれもこれもお姫様みたいなモノじゃないし、何年も使い回されてるみたいだから、だいぶヨレてたよ?」

 

「オイオイ〜、オイラ達にはいっっっちば〜んドレスの事知ってるヤツがいるだろうよっ!」

 

 しかし、峰田は全く問題ないと緑谷に笑いかけながら答え、テーブルの周りの数人が八百万の方を見た。

 

「私ですわね……!」

 

 期末試験前の勉強会で、育ちの差を見せつけられた数名はわかっていた。A組1番の淑女の八百万がドレスを担当すれば、衣装に関する問題は全て解決する。だから峰田は彼女をミスコンの支援に回していたのだ。

 

「そうか、八百万が創れば!」

 

「他の相手に手の内晒す必要もないのか……!」

 

 彼女にはドレスを生地から作るだけの知識もある。既存のドレス借りる必要もない。完全にオリジナルで攻められる。

 

「お姫様風に致しますから、王冠や傘などのアクセサリもしっかり厳選させていただきますわ!」

 

「せっかくなんだから……口田! 訓練所のカエル、ちょろっと操って動かせないか!?」

 

「た、たぶんできると思うけど、水がないから……」

 

「そしたら私が無重力で持ってくる! 水玉状にして梅雨ちゃんの周りに浮かせれば……!」

 

「ソレ、いいかもな!」

 

 そこから周りのクラスメイト達でパフォーマンスの彩を増やそうと周りで議論が白熱し始める中、俺は今一度蛙吹の方を向いた。

 

「梅雨ちゃん……イケる?」

 

「ケロ……!」

 

 彼女は嬉しそうに、少し決意を固めたように、コクンとうなずいた。

 

「煽ってきたアイツに、吠え面かかせてやらあっ!」

 

 

 

「「「「「「「「「「おぉーーーっ!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 蛙吹の覚悟も合わさり、峰田の掛け声でミスコンの出場が統一された。

 

「では! 今から梅雨ちゃんのドレスを創りましょう!」

 

「ん、ドレス決めか。オイラも……!」

 

「峰田くん!」

 

「梅雨ちゃん、女子部屋行くよ!」

 

「そんなー!?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「調子乗んな」

 

「大丈夫よ峰田ちゃん、本番まで楽しみにしてて。ケロっ♪」

 

 さりげなく同行しようとした峰田を耳郎がソファーへ放り投げ、席を離した女子達の会話はステージの蛙吹に着せるドレスをどんなモノにするのかで盛り上がりを見せる。試作をする八百万が中心として話し合いながら、彼女達は女子棟のエレベーターへと入っていった。移動中も騒いでいるのが、上の階の女子部屋側からずっと聞こえた。

 

「うっ、う…………オイラちょっと、ミスコンのステージの構造見てくる……!」

 

「もう結構遅いから、早めに帰ってきなよ?」

 

「ハウンドドッグ先生に見つかったら吠えられるからな!」

 

 残された峰田は悔しそうに血涙流しながら、哀愁のある背中を見せて寮から出て行ってしまった。「夕食があるから、終わったらすぐ戻ってくるように」と飯田の声を受けながら。

 

「これで一件落着か?」

 

「いや、本番まではどうなるか……」

 

 ひと波乱起こったが、なんとかミスコンも波に乗れそうだとクラスメイトの何人かが俺と一緒にため息を吐いていたが、そこに轟が話しかけてきた。

 

「切裂、ちょっといいか? さっきのライブからアンコールまでの話なんだが……」

 

 少し落ち着いてから、俺は轟と元々話すつもりだったダンスと演出の話をする事となった。八百万が淹れてくれた『ゴールドなんとかかんとか』とか言う特別な紅茶を、湯呑みで飲みながら。彼女に見られたらティーカップ使えと怒られそうだ。

 緑谷にミラーボールを持たせて飛び回りながら踊る役に、ミラーボールをもうひとつ追加して麗日と一緒にデュエットで踊らせないかという俺の案を出したり、轟が天井に氷で梁を巡らせるなら峰田や蛙吹も、瀬呂や尾白もターザンみたいに舞台を飛び回りながら踊れる事を話しながら議論を白熱させていたが、1番重要だったのはそのライブが終わった直後の話だった。

 

「1曲目のダンスパートが最後まで終わってから、アンコールが起こった場合も踏まえて、曲の別バージョンも用意してある。ミラーボールは緑谷と麗日に戻してもらうとして、他の演出機材の仕様変更で準備に1分程度どうしても間が空く。だから……」

 

 そこまで説明した轟は、イケメン顔をキリッと引き締まらせた真面目な視線を俺に送る。そんな彼に張り合うつもりの真面目な表情を、俺は返した。

 

 

 

「俺の出番か」

 

「ああ。お前の『2億4千万』で場を繋げてくれ」

 

 

 

 そこに何の淀みも濁りもない轟との会話に、遠くで瀬呂と切島が笑っていて、口田が冷や汗を流しながら見ていた。

 

 なんか知らないのだが轟のヤツ、仮免補講が始まってしばらく経ってから、自分にもモノマネのコツを教えてくれと言われた。

 一瞬だけ正気を疑ったが、彼に親父のモノマネさせれば絶対に面白いと確信したので、遠慮なく人の特徴の掴み方を教えてやった。いつか見れる日が来るのかどうかは、本人の頑張り次第だろう。

 

 そんな轟の要望を快く受け入れた俺は、普段はヒーローコスチュームの装具の中に入れているメモ帳を開いて、ペンを滑らせながら披露するモノマネの構想を決めていく。

 

「ヒソヒソヒソヒソ…………(さて……MCの峰田くんは絶対に必要な人材で…………A組の身内ネタは封印して、先生だけに絞るか……でも『目良さん』入れたいんだよなぁ〜、ヒーロー科の2〜3年は知ってると思うから、アリっちゃアリか? でもそれだけだと単調だから……何かヒネりのあるヤツを……)」

 

 ミスコンと演出の会議が立て続けに起こり、俺がネタをまとめた時にはすっかり夜中になってしまった。

 途中で峰田もすぐに帰ってきて、グッドサインを見せつけてきた本人の元気な反応が見れた。女子達も食事の時間になるまで部屋から降りてくる事はなかったが、みんな楽しそうな表情が見てとれた。蛙吹だけは少し疲れていたが、もしかしなかくても八百万達に着せ替え人形にされていたのだろう。

 

 食事と入浴も終え、練習とミーティング詰めからやっと解放された寮の共同スペースで、ソファーに座った俺はテーブルの上の共用ノートパソコンと睨み合っていた。すでに何人かは練習の疲れで消灯前に自室へと眠りに入っていたが、俺にはまだやる事がある。

 

 文化祭用のオリジナルTシャツと、ライブのポスターの制作だ。

 

 本番まで自由な時間はあまり取れないが、コレも文化祭をより良くするためだ。史実で彼らがどこまで用意していたのかはわからないが、やらないワケにはいかない。青山のミラーボール役を緑谷に押し付けた分、俺は代わりにできる事をやる。

 完成してからコピーして、校舎の貼り付け作業と配布まで行わなければならないので、時間は長い様で短い。特にTシャツは発注から完成品の到着まで時間が掛かるので、早急に終わらせるべきだ。

 

 オリTの制作は耳郎が行っていたので、バンドの指導もある彼女の負担を減らすべく俺が肩代わりしたのだ。本人も「色々バンドの事考えるので頭いっぱいだったから助かった」と言っていた。ポスターが先に概成したので、明日のミーティング辺りで彼女に見せて意見を貰うとしよう。

 

「なぁにしてんのっ? そろそろ寝る時間だよ?」

 

 そんな事を考えていると、ソファーの後ろから芦戸が背もたれに手をかけて並んでくる。お風呂上がりなのか、肌の色よりも濃いピンク色の髪の毛がまだ艶っぽくて湯気からシャンプーの香りがした。

 

「ライブのポスター、あとオリTも並行して作ってる」

 

「えっ!!? ホントにっッ!!!?」

 

 彼女もダンスの指導で頭からすっぽ抜けていたのだろうか、俺より何倍も大きな声を発し、目の前にあったパソコンをソファーから身を乗り出して覗き込んできた。

 

「うわっ、スゴーいっ!! さっすがヤイバ!」

 

 芦戸は俺が即興で制作したポスターに目を輝かせている。模様はアプリのスタンプで制作し、楽器などの写真はネットのフリー素材から吸い出して貼り付けただけの物なのに、それでも彼女は喜んでいた。

 シャツの方はまだ未完成だ。それどころか、ベースは何色だったか、そもそも模様まで完全に忘れてしまったので、俺は1からシャツのデザインを考えていた。コレばかりは、史実と全く違うモノになるだろう。

 そんなワケで、今パソコンの画面に映っているTシャツは、まだ模様も柄も決まっていない真っ白な状態だった。

 

「ねっ! 色決まってないんでしょ!? ピンクにしよーよ!」

 

「ピンクじゃ三奈ちゃん目立たないでしょ?」

 

「う、うん……! そうだよね……っ!」

 

 芦戸がシャツの画面を楽しそうに指差すが、ピンクのシャツを彼女が着たら上裸に見えてしまうだろう。わかってくれたのか、俺の意見に彼女は反論しなかった。

 原作のシャツは確か明るい色だった気がするから、オールマイトみたいな黄色を基調として赤、青、白を差し色にした色合いにしたい。A組のTシャツなんだから、ひと目でA組だとわかるデザインにとしよう。概成した後で緑谷にも意見を聞いてみよう。

 いや、緑谷は我を出してきそうだから、同じオールマイト好きの爆豪にしよう。

 

 軽くシャツのデザインをどんなモノにするのかと彼女と話しながら、何個か作ったシャツの原案をならべていると。芦戸が更に身を乗り出して呟きながら、腰掛けていたソファーからパソコンに顔を寄せていた俺の隣にまで顔を近づける。

 

「盛り上がると良いね……!」

 

「盛り上げるさ……!」

 

 あの壮絶なインターンを乗り越えたのだ。ココが俺の知る限り、最後の祭典になる。体育祭みたいに体を疲弊する心配もないのだから、純粋に全力で楽しみたかった。

 ダンスの指導で疲労も溜まっているだろう、彼女に自信を持たせるべくハッキリ答えながら、俺は芦戸の方へと顔を向けた。

 

「あ……っ///」

 

 彼女の金色の瞳と、至近距離で視線が合った。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 耳郎と葉隠は迷っていた。

 

 ここ最近、切裂に対する芦戸の反応は、露骨と言っても過言ではない。

 

 文化祭の出し物の案を決める際、迷わず芦戸の提案だったダンスに賛同した彼を見て、とうとう切裂が彼女を意識し始めたと2人は感嘆した。実際は違っていたのだが、インターンの頃から彼女の指導でダンスを受けていた彼の答えはある想像がつく結果であり、芦戸の脳を更に焼いたのは間違いなかったが。

 

 今も共同スペースのソファーの所で、肌どころか唇まで密着するんじゃないかってぐらいに顔の距離感の近い2人が、ノートパソコンでシャツとポスターの製作に熱を上げている。いい加減、自分達女子グループのみならず、男子の数名も察するのではないかと思うほどに。

 それだけなら自分達は生暖かく見守ってあげる平穏なものだったのだが、この文化祭という一大イベントの前で彼女の熱は大きく舞い上がり、そして切裂を目の前に空回りしていた。

 

 ダンスの指導を教える者として担っている以上、ボディタッチも増える。実際、今日の午後の後段からブレイクダンスのパートの練習中、芦戸は切裂にしどろもどろで彼も周りも困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンスの指導者が彼女である以上、このままだと文化祭にも多大な影響を及ぼしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなごもっともな大義名分を掲げて、耳郎と葉隠は互いに目配せで意思の疎通を図ってみせると、遂に行動を起こした。

 

「アシミナっ」

 

「三奈ちゃん」

 

 背後から赤面する芦戸に近づいた2人は、ソファーから身を乗り出していた彼女の肩をそれぞれ両腕で担いで持ち上げた。そして人攫いの如く、速やかに切裂から引き離して自室へと続くエレベーターに向かって走った。

 

「んあっ!? な゛ぁーーーっ!!?」

 

 足を空中でバタつかせながら連行されていく芦戸の悲鳴に構わず、2人は彼女をエレベーター内へと連れ込む。

 

「ゴメンっ、切裂くん! 三奈ちゃん借りてくねっ! おやすみ!!」

 

「あ、あぁ……おやすみ」

 

 口早く葉隠が説明した時にはもうエレベーターのドアも閉じ、いなくなってしまった2人に何とも言えない挨拶を返して、彼は何事もなかったかの様にパソコンに顔を戻す。

 

「……あ、爆豪くん。ちょっとこのTシャツ見て」

 

「あぁッ?」

 

 そしてミスコンの話には一切参加していない、通りかかった爆豪を呼んで彼にパソコン画面を見せながら、新たな話を始めているのであった。

 

 しかし、この場にはもう1人、行動を起こした者がいた。

 

「………………」

 

 芦戸 三奈の中学からの知り合いであり、自分の辛い過去を今回のインターンで乗り越える事ができたと、彼女に伝えたかった男。

 

 

 

 切島 鋭児郎である。

 

 

 

「なぁ、瀬呂……」

 

「あぁ、どした?」

 

 彼女が葉隠と耳郎に連行されていく前の、一部始終をずっと眺めていた彼は、洗面を終えて通りかかった瀬呂を呼び止めた。

 

「ちょっと……話、聞いてくれねーか……」

 

「?」

 

 その、普段の熱血さとはかけ離れた表情する切島に、瀬呂は首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 耳郎と葉隠が全力で彼女を引き連れて到着した、芦戸の部屋。

 そこに到着するなり、切裂が作ったグループメッセージとは別の、A組女子だけのグループメッセージで非常招集がかけられ、少し寝ぼけ眼の麗日と蛙吹、欠伸をする八百万を集めた耳朗と葉隠は、突然の行動に動揺の止まらない芦戸を輪に加えて、部屋の真ん中で円になって座った。

 時間はすでに消灯後だが、八百万に創ってもらった光を一切遮断できる布をカーテンに引っ掛け、部屋の電気を点けている。芦戸の紅潮も照明に晒されていた。

 こうして、女子会とは全く別の雰囲気を醸し出しながら、事情の知らない3人も全く状況のわからないまま、会議の火蓋を葉隠が切った。

 

「三奈ちゃん……今日の練習の時、すっごいしどろもどろでみんな困ってたよ?」

 

「ナ、ナンノコトデショウカ……?」

 

 本当に誤魔化す気があるのかも疑わしい芦戸の取り繕いを、耳郎がササッと受け流す。

 

「いいってアシミナ。ウソヘタなんだから……!」

 

「っ!」

 

 体育祭で彼にも言われた記憶のある言葉に、彼女は何も言えなくなってしまった。

 

「何の話ですの?」

 

「今日のダンス……ぁ……!」

 

「ケロ……」

 

「まぁ……原因はわかってんだけど……」

 

 前々から察してはいた麗日の前で、耳朗は両手を頭の後ろに当てて背筋を伸ばしながら、彼女に問いただした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うけど……切裂のコト、好きなの?」

 

「………………っ///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早、誤魔化しはできない。

 

 そう観念した彼女はただ黙って、コクンとうなずいた。その肌の色でもわかるぐらいに頬を紅潮させたまま、潤んだ黒い瞳で。

 

「ケロ……っ!」

 

「まぁ……!」

 

 その反応に蛙吹と八百万が静かに驚く。林間合宿の女子会でも薄々察してはいたが、あの普段は天真爛漫かつ切裂との関係を認めようとしなかった芦戸が素直に認めた事に、彼が与えてしまった影響の大きさを理解したのだ。

 

「やっぱり最初は、オールマイトのヒーロー基礎学?」

 

「……うん……っ」

 

 実際、彼が印象付いたのは個性把握テストの50メートル走に負かされた時だった。だが、全ての始まりはヒーロー基礎学での勝利。そこから彼との不思議な関係は始まったのだ。

 お互い、加減をしなければ人を傷つけてしまう個性。他人の恋路に対しての興味、嗜好も共通した。

 

 ヒーロー基礎学での勝利があったからこそ、彼女は体育祭の騎馬戦で彼に協力を求めた。そこから劇的な勝利を収めた事実もあるが、何よりもトーナメントで圧倒的な実力差で負かされた時、自分の悔しさを察して現れた彼が身を挺して受け止めてくれたのが、何よりも大きかった。

 

 そこからだったのだろう。彼女が彼を意識し始めたのは。

 

 ヒーロー殺しと保須事件で一躍有名になった彼を尊敬すると同時に、彼がヒーローとして輝いている姿に惹かれてしまった。

 

 I・アイランドの一件は人伝でしか聞いていないものの、あんなに恐れを知らなかった、無敵だと思っていた彼を傷心させたのを知った。慰め半分、揶揄い半分で渡した、自分の食べかけのBBQの串に泣きそうな顔でカブりついた彼の顔が、忘れられなかった。

 

 ソコに林間合宿の一件が重なった。

 

 林間合宿の彼の動向も、八百万から聞いた。期末試験に受かっていれば彼の運命は変わっていたのではないかと、何度も自分自身を責めた。彼を失う恐怖を誰よりも、何よりも恐れて彼女は泣いた。

 

 事件発生から終始彼の側にいたハズの八百万が、目を覚ました時までずっと彼のベッドの前で座っていた。その場にいた彼女が1番心配していたのもわかってはいたが、それでも嫉妬してしまった。

 

 仮免試験での、ヒーローとしての在り方やリーダーシップを見せつけられ、彼を取り巻く女性達に剥き出しの感情で嫉妬した。

 

 インターンでは自己犠牲を伴いながらも生還してきた。それでも、命を落としたと聞いて無茶をした事を知った彼女は怒っていた。

 それでも、約束通り彼は自分を外出に連れ出した。他のクラスメイト達までいたのは、彼女の想定外だったが。

 

 そして、今回の文化祭でのダンスの一件である。

 

 

 

 

 

 彼女にとって彼への想いは、もう抑えきれない程に膨れ上がっていたのだ。

 

 

 

 

 

 気がつけば彼を視線で追っている。寮の中でも、普段の授業でも、ダンスの練習の時も、ヒーロー基礎学の訓練中でも。

 それだけでも幸せだったのに、それ以上を求めている自分がいるのも事実だった。

 

 しかしそこへ、芦戸の次ぐらいに彼を親しんでいると勝手に思っている八百万が呟いた。

 

「ですが……ヤイバさんのお気持ちはどうなのでしょう?」

 

 その彼女の言葉に同調する様に、芦戸の話を黙って聞いていた蛙吹が困った様子で自分の指を口元に当てる。

 

「問題は……切裂ちゃんにソノ気が全く感じられないコトね……」

 

「うぅ〜〜……っ!」

 

 つまり『気がない』とバッサリ言い切った彼女の言葉に、芦戸が俯いたまま溶ける様にして落ち込み始める。否定したいが現状として認めざるを得ない事実に、隣にいた麗日が「まぁまぁ……」と彼女を慰める。

 更に芦戸は下に向けたままの自分の顔を片手で押さえて、ポツリと呟いた。

 

「やっぱ……ヤイバもフツーの見た目のコが、イイのかな……?」

 

「そんな事ないッ!!!!!」

 

「切裂がそんな事気にするワケないでしょ!!!!!」

 

 その自虐に、麗日と耳郎が力強い口調で彼女の言葉を否定する。

 そこに葉隠も続いて彼女を元気付けようとする。

 

「前に峰田くんと上鳴くんと一緒に、共同スペースで堂々とエロ本開いてたじゃん! あの本、色んな肌の人が載ってたよっ!」

 

「ほ、ホントに……!?」

 

「あの人達は学校になんて物を……」

 

「ケロ……峰田ちゃん……」

 

 頭を押さえる八百万と蛙吹を尻目に、芦戸は彼女の言葉に少しだけ元気を取り戻した。

 寮生活になってすぐくらいの出来事で、ドン引きしつつも芦戸の事を思った葉隠はコッソリと覗いて切裂の趣味を伺ったのだ。峰田と上鳴との会話で、言質まで取れているから間違いはない。ちなみに切裂は平均体重より少し重めで、スレンダーよりも肉感的な体型の方が好みである事まで知れた。少し前にダイエットの事で悩んでいた芦戸は、該当する。

 もちろん、そんな暴挙をA組のほかの常識人が止めないハズもなく、数分後には共有スペースの隅で飯田に正座させられていた。

 

 芦戸の外見が問題ではない事はわかった。何なら体型まで好みである事まで知れた。それでも彼女の積極的な姿勢に彼が振り向かない事に、麗日は首を傾ける。

 

「あれだけアプローチしたら、普通気付くと思うんやけど……」

 

「だよねぇ? ウチ、アイツがそんなニブい男だとは思えないんだけど……」

 

 切裂は芦戸以外の女子に、他人の恋路を覗く趣味を伝えてはいないし、芦戸も話してはいない。それでも、なんとなく彼という人間性を理解しているつもりだった耳郎も疑問を零していると、その隣の葉隠が恐る恐る呟いた。

 

「案外、切裂くんもヌケてるのかも……」

 

「う〜ん、ありえる……」

 

 そのひと言に、麗日を筆頭にして数人が唸った。

 事実として、1年A組の男子共の疎さは女子全員が身に沁みていた。唯一まともだと思っていた切裂も、自分を取り巻く関係には全く気付いていないように見えたのだ。耳郎、葉隠、麗日には。

 峰田や上鳴などの例外はいるが、そもそも普段の言動が原因で女子からの評価が低かった。蛙吹のみ、更に峰田は例外だったが。

 

「こうなったら……峰田くんにも聞いてみるしかないね……!」

 

「「……!」」

 

 だが葉隠から峰田の言葉が出た瞬間、麗日と蛙吹が身を震わせた。そこに耳郎も腕を組んで悩みながら答える。

 

「うん……不本意だけど、切裂の事1番知ってんの、アイツだと思うし……!」

 

「ふ、2人とも何考えてるの……!?」

 

 何か勝手に話が進もうとしている事に気づいた芦戸が2人に問いかけるが、それに対して葉隠が透明な拳を握りしめて力強く答えた。

 

「そんなの……『三奈ちゃんと切裂くんラブラブ大作戦』に決まってるでしょ!?」

 

「え……ふえェえぇェっっッ!?!!?!!」

 

「……っ!」

 

 葉隠が提示した、あまりにIQの低い作戦名に先程と打って変わって素っ頓狂な悲鳴を上げた芦戸へ、更に彼女は背中を押した。

 その隣で八百万が両手で口元を押さえていた事を、誰も気にしていなかった。

 

「だって、大好きなんでしょ三奈ちゃん?! もうココはコクるっきゃないよ!」

 

「峰田に切裂の事、徹底的に聞いて……で、ライブとミスコンが終わったら、ウチら全員で協力して2人きりにさせるから! あとはアシミナが頑張って!」

 

「そ、そんないきなり……!」

 

「お……お2人とも、あんまり先を急いでは芦戸さんが混乱してしまいますわ……! ここはもっと長期的に……」

 

 嬉しいハズなのに困惑する芦戸に、八百万がフォローをかけようとしたが、耳郎と葉隠が更に彼女へ告げる。

 

「ココを逃したら、もう大きなイベントないよ? 冬休み中は実家帰っちゃうだろうし……」

 

「クリスマスはみんな寮の中だし……」

 

「あっ!? そ、そうだ……そうだった……!」

 

 クリスマスに何か考えでもあったのか、自分の作戦が水の泡と化して戸惑いを見せる芦戸に、葉隠が劇薬を投入した。

 

「早くしないと切裂くん、ラグドールさんに取られちゃうかもよ……?」

 

「ッ!!?」

 

 仮免試験から帰ってきた時に再会したプッシーキャッツの彼女の態度を見る限り、葉隠と耳郎は察していた。

 アレは年齢などお構いなしに攫うタイプの目である事を。

 

「さすがにラグドールさんは……いえ、ありえますわね……」

 

 八百万も考えはしたみたいだが、彼女の言動を見て認めざるを得なかった。

 彼の意思もあるだろうが、ラグドールはそれでも攻めの姿勢を崩さないだろう。そうなると経験的にも芦戸が圧倒的に不利になってしまう。そこまで予測のついた耳郎も、葉隠に賛同する。

 

「ねえ……ウチ、休みの日に見かけたんだけどさ……切裂がラグドールさんと電話してるトコロ。しかもテレビ電話で」

 

「っ!?」

 

 その話に、聞いていないと言わんばかりの目で驚く芦戸に、今度は麗日が続いた。

 

「爆豪くんの仮免補講も、もうすぐ終わるって言ってたし……インターン復活したら、今度こそプッシーキャッツに行っちゃうんじゃない?」

 

「ケロ……今は『チームアップ』って言う、ヒーロー同士で協力する仕事も増えてるらしいわ。切裂ちゃんが通形先輩のインターン事務所に所属しているからって……油断できないわよ?」

 

 あの(アマ)ァ……と言いたくなる気持ちをグッと抑え、芦戸はブンブンと雑念を横に振り払う。今はそんな事気にしている場合ではないのだ。

 

「それに切裂くん、インターンの時……最初、峰田くんと話してたから、本当はマウントレディの事務所に行きたかったんとちゃう?」

 

「そ、そう言えばそうでしたわ……!」

 

 しかも麗日の言う通り、元々彼は職場体験でマウントレディの事務所を選んでいた男だ。峰田が遅れてインターンに参加している事実を目撃している以上、周りから見ればソッチに行く可能性もあった。

 そう考えていくと、彼の周りはライバルだらけである上、自分にはないプロヒーローという権力も持っている事に芦戸は薄々勘付き始めた。

 

「ヤイバ……喜ぶかな……?」

 

「切裂じゃなくて、アシミナがどうしたいか、だよ?」

 

 それは、どうか自分の行動に後悔しないでほしいという、耳郎の願いだった。ほんの数日前に、自分がライブとボーカルを担当した時と、気持ちはよく似ていたと思ったのだ。

 

「三奈ちゃん……!」

 

「芦戸さん……」

 

「その気持ち、3年間ずっと仕舞い込むつもり……?」

 

「───っ!」

 

 耳郎の台詞に体をビクリと震わせたのは、麗日だった。予想もつかない所で、知らず知らず流れ弾が彼女に命中していた。

 だが、そんな事は露知らず、芦戸は顔を真っ赤にして頭から酸の蒸気を漏らしながらも、大きくうなずいた。

 

「うん……わかった……! 私……頑張る……!」

 

 その返事に、耳郎と葉隠のみならず、八百万、麗日、蛙吹も顔を綻ばせた。

 

「じゃあ……まずはライブに向けて、ダンスの練習頑張ろう!」

 

「そうね、まずはライブを無事に成功させましょう……ケロっ!」

 

「切裂くんとのブレイクダンス、楽しみにしてるね!」

 

「うぅ〜〜っ、だぁぁっ! みんなの想いもあるんだもの! やるっきゃないっ!!」

 

「そのイキだよ三奈ちゃん!」

 

「みなさん、もう消灯である事をお忘れなく……!」

 

 本人である芦戸が決意を固めたのを節目として、ひとまず女子達の緊急会議は終わり、解散した蛙吹と麗日は電気の消えた寮の中を歩いていた。

 本当なら、もっと彼女の恋心を祝いたい気持ちもあったし、誰よりも応援したいし協力もしたい覚悟もあった。だが、それでも……

 

「お茶子ちゃん……」

 

「うん……」

 

 この2人に関しては、芦戸の意中の相手である切裂の事で、大き過ぎる気掛かりが残っていたからだ。

 

「三奈ちゃんに……トガヒミコの事は伝える必要、ないわよね……?」

 

「私も、それでいいと思うんやけど……」

 

 2人の交わす重々しい会話の内容は、彼とトガヒミコに関する事だった。

 

 治崎との戦いこそ記憶に残るが、忘れるハズがない。脳無に襲われている自分達を何故か助けたトガヒミコと、彼女との会話を。そして峰田の反応を。

 インターンの八斎會襲撃後、病院で眠っていた切裂には内密にして峰田から聞いた、トガヒミコの話を2人は思い返していた。

 

 

 

 

 

 ───あの女…………切裂とオイラの通ってた中学校の……1年の時の転校生だったんだよ……

 

 

 

 ───オイラは別のクラスだったからさ……美人だって聞いて1回見に行ったぐらいで、接点なんかほぼねぇんだ。名前も2人が叫んだ時に知ったし……

 

 

 

 ───切裂は確か同じクラスで……ただ、そん時はまだ友達でもなかったし、オイラも細かい事はよくわからねぇ。それに、1ヶ月も経たない内に、いつの間にか転校しちまってたんだ……

 

 

 

 ───ワリぃ、あの女の話は学校じゃタブーみたいな空気になってたからさ…………切裂の方が何か知ってんじゃないのか? でも、アイツもあの女の事話したがらねぇし……接点あるとは思えねぇけどよ…………

 

 

 

 

 

 彼女の事をマウントレディやリューキュウにも話したが、一般のヴィラン情報を纏めるHNに彼女に関する情報は、殆ど掲載されていなかった。

 未成年故に一般メディアからは完全に隠蔽されているが、公安やヒーロー委員会からも危険視されている。殺人件数こそないものの、ヒーローヴィラン民間人無差別に数十人以上を襲って血を啜っている通り魔。

 彼女の素性は一切載っておらず、中学校の1ヶ月間だけ峰田と切裂の通う中学に所属していた事しか、判明しなかった。

 

 

 

(ヤイバくんはマグ姉のトコロです……)

 

 

 

 そんな彼女が、まるで彼を慕っているかの様に話したのだ。麗日と蛙吹のみならず、峰田が疑問を抱くのも当然だった。

 

 本人にも、まだその関係を問いただせずにいる。壊理を助け出すために、その身も命すらも投げ出してみせた彼に尋ねる時間も、隙もなかった。

 何より、彼に尋ねるのを恐れている自分自身もいた。峰田相手ですら話そうとしないトガヒミコの話に彼がどんな答えを返すのか、あまりにも予想がつかなかった彼女達は、足踏みをするしかなかったのだ。

 

 当然彼女達には、彼とトガヒミコの関係を直接尋ねた事のある爆豪に聞くという選択肢は、存在しなかった。

 

「トガヒミコとの関係も、よくわからないままだし……」

 

「ケロ……」

 

 どういう事なのだろうか。

 

 そんな静かな不安だけが彼女達の中にまとわりつき、芦戸との関係を考えている余裕すらなかった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 瀬呂 範太はA組の中でも常識人の枠組みに入っている人間である。

 

 そんな彼が消灯間際にも関わらず、突然クラスメイトからの相談に乗ったのは、女子棟で緊急会議が行われているのと同時期である。

 自室のアジアンテイストな部屋でカーテン側にパーテンションを広げ、部屋の照明を消す。代わりに、手元の明かりであるアンティーク調のランプをテーブルに置いて、室内を暖色系の優しい光が包んだ。

 そんな部屋に設置されたハンモックに切島を座らせて、自身はベッドに腰を下ろして彼の話を聞いていた。

 

 切島が相談相手に瀬呂を選んだ理由は、A組の個性的過ぎる野郎共を見れば一目瞭然だろう。

 緑谷、爆豪、轟は論外。飯田は堅物過ぎる。口田と常闇はウブ。上鳴、峰田は揶揄われて相談どころじゃなくなるのが目に見えている。残る常識的な男子は4人だが、障子、尾白はストイック過ぎた。砂藤も優しい男ではあるが、普段のトレーニングの様子を見る限り、どちらかと言えば障子と尾白側の人間である。

 

 相談した自分を揶揄わず真面目に対応してくれて、それで身近な意見を出してくれそうな相手。切島が瀬呂を選ぶのは、ごく自然の事だった。

 

 

 

 

 

 そんな切島からの話を聞いた瞬間、瀬呂の人生において未だ嘗てない面倒事に巻き込まれたのを、彼は察した。

 

 

 

 

 

「ずっと……過去を乗り越えたら、俺……アイツに伝えるつもりだったんだよ……!」

 

「………………」

 

 自分の過去の出来事と後悔も、雄英の門を叩き、潜り抜けた話も交えながら、必死に自分の気持ちを説明しようとする切島を、瀬呂は生暖かく見ていた。

 

「自分の求めるヒーローになれたって……俺のヒーローだったアイツに……!」

 

「………………」

 

 漢気に憧れる彼の原点が、『クリムゾンライオット』だけではないと知った彼は、言葉を慎重に選んでいた。そして同時に、芦戸が彼の中で特別な存在である事も察した。

 

「でもよ……アイツが切裂と一緒にいるの見るとよ……」

 

「………………」

 

 最初は話が支離滅裂過ぎて、お前と芦戸の関係を中学から話せ、と瀬呂は言ったのだ。雄英を目指した、彼と彼女の軌跡を。

 そうして瀬呂は、切島を取り巻く現状を知ったのだ。

 

「なんか胸がモヤモヤするってゆーか……ああ何だコレ!」

 

「………………」

 

 だが、困った事に、切島本人もわかっていないのだ。憧れの存在であり、自身のヒーローの原点でもあった芦戸に、特別な想いを抱いている事に。

 

「ワリい……ちゃんと話まとまってから相談すればよかった、瀬呂すまねえ……!」

 

「ハァ……いや、いいぜ……」

 

 それが『恋』である事をそのまま告げるほど、瀬呂も無頓着な男ではない。

 

「で、お前は芦戸と肩を並べて、どうすんだ?」

 

「え……?」

 

「え……って、そりゃそうだろうよ。芦戸だって、いつまでもお前を待つハズねえだろ? どうしてほしいのかハッキリ伝えねえと……芦戸にだって芦戸の人生があんだからな」

 

「そ、そうだよな……」

 

 普段の生活を見る限り、切島と芦戸の間柄は決して悪くないと瀬呂は思っている。そして切裂が芦戸に想いが向いていない事にも、薄々勘付いていた。

 

「勝手に追いついただけじゃ、ただの自己満だろ? お前がどうしたいのか、芦戸に伝えるのが重要なんじゃないか?」

 

「お、俺は…………俺は……」

 

「いい、今は。後で部屋帰って、1人でじっくり考えろ」

 

 だから、切島が自分の想いをそのまま告白すれば、成立する可能性すらあったのだ。

 

(とは言ってもなぁ……芦戸が完全に「ホ」の字だもんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……でも、アレは他に女がいる顔な気がすんだよなぁ……切裂は)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、自分と同じ眼をしていると言わんばかりに、瀬呂は普段の切裂の顔を想像しながら、女子に対する態度を思い返していた。

 

「まあ、俺から敢えて言っとくとすれば……」

 

「……?」

 

「……相手の幸せを考えてやんのが、本物の漢ってモンじゃないのか?」

 

「……っ!」

 

 瀬呂の言葉に切島は、大きく頷く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『文化祭開催』

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