自分という存在がこの世界においてのイレギュラーだって事はわかりきっている。俺のひとつの行動が史実の誰かを動かしてしまう事も、過ぎてしまえば後悔すらできない。『ヒロアカ』は油断すれば普通に人が死ぬから、最悪の未来はなんとしてでも避けなければならない。
雄英高校のヒーロー科は2クラスだけで、生徒はひとクラス20名。主人公の『緑谷 出久』を含め、そこには確かに個性豊かなキャラクターが20名いた。もう片方のクラスにも、だ。
俺が雄英のヒーロー科に合格する事は、その40人いる内の誰かを蹴落とす事となり、俺はソレを実行し、成功させてしまった。
いない生徒の分の役割は俺が補填しなければならないのだが……
今、この教室に『青山 優雅』がいない事は、果たしてこの物語にどれだけの影響を与えるのであろうか?
雄英高校の制服に身を包んだ俺と峰田は、入り口の聳え立つ門を悠々とくぐった。前回は決戦の場としてプレッシャーを放っていたこの建物も、今は俺を受け入れてくれる優しみすら感じる。
スマートフォンで専用の地図アプリを見ながら、あっちじゃないこっちじゃないと言い争いをしながらも、俺達は『1-A』の表札が示されたクソデカいドアを開けて、教室の中へと入ったのだ。
「雄英…………最高……!」
「そうだね峰田くん。席を探そうか」
教室の中には、もうほとんどの生徒が集まって自分の席についていた。何人かが喋っている俺と峰田を見て「あぁ、同じ中学ね……」と勝手に関心して、すぐに視線を思い思いの方向に戻した。
峰田は胸の大きな女子生徒しか見ていなかった。確かに女子の顔面偏差値は、トガちゃんには負けるがそれでも高かった。
俺の席は右から2列目の、前から2番目。扉に近い場所だった。俺の周りに座っている人は、前が『上鳴』 右前が『芦戸』 右が『蛙吹』 右後ろが『飯田』 後ろが『切島』 左後ろが『瀬呂』 左が『耳郎』 左前が『障子』だった。
峰田は窓際の後ろから2番目、椅子もご丁寧に峰田の身長に合わせた、座高高めのタイプだった。さっそく後ろにいる『八百万』の方を、何度も振り返っていた。
荷物らしい荷物もなく、誰かと話す空気でもなくしばらく待機していると、いきなりドアが荒々しく開き、金髪で爆発させたみたいに荒々しく刺々しく立てた髪型のクラスメイトが入ってきた。着用しなければならない雄英のネクタイをはずし、シャツも首元のボタンを外している。目付きも悪いし、歩き方もガラが悪い。コッテコテの不良みたいなヤツだ。
彼はジロジロと睨むように自分の席を探して移動すると、机の下に鞄を置いて椅子に浅く座り込み、ガンッと自分の机にだらしなく足をかけた。
そんな様子を見て最初に動き出したのは、俺の隣に座っていた飯田だった。
「君! 机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねェよ、てめェッ! どこ中だよ端役がッ!!」
窓際で激論を始めて周りが嫌がっている中、再びドアが開いて入ってきたのはもちろん緑谷。彼が最後のクラスメイトなのだが、飯田と不良のやりとりに、ドアの前に立ったままオドオドしている。
俺は机の事で言い争っている2人を無視して、視線が向きっぱなしの彼の元へと歩み寄った。
「君、いっつも緊張してるね」
「あっ! き、君は……!!」
俺の声を聞いて顔を向けた緑谷は、俺と視線を合わせた途端に表情を明るくさせる。まるで小動物を懐かせているみたいだ。
とりあえず俺は、彼を褒めた。
「凄かったよ、君」
「え?」
「逃げようとビルを渡ってたら、特等席で見れちゃった。君が、あの0ポイント仮想敵を倒して……彼女を助けた所をね」
「えっ!? えぇッ!!」
「え……?」
俺は話しながら視線だけを、緑谷の後ろで立ち往生していた麗日の方に向けた。
「あ……アレを倒したァ!?」
「ウッソっ、どうやってっ!!?」
俺の話を目の前で聞いていた上鳴と芦戸が、素っ頓狂な声を上げる。逃げる前提の、あの仮想敵を倒せると聞いては、嫌でも気になってしまうだろう。
そんな話に混ざりたくなってきたのか、後ろから峰田が追いかけてきた。
「なんだよ切裂、知り合いか?」
「実技試験会場が一緒だったんだ。すっごい子だよ、彼」
「い、イヤ、そそっ、そん、そんなことは……」
褒められ慣れていないのだろう。しどろもどろで視線を下に向ける。
そんな彼の視界に俺は手を広げて出す。
「『切裂 刃』 これからよろしくね」
「っ! みっ『
しかと握手をする。生でしっかりとした主人公との対面に、少し感動してしまった。
そんな干渉に浸っていると、爆豪との口論をやめた飯田も俺達の方へと来た。
「君っ! 君! 俺は私立聡明中学の……
「き、聞いてたよ! 僕、緑谷……よろしく、飯田くん……!」
「君は、あの実技試験の構造に気づいていたのだな? 俺は気づけなかった……君を見誤っていたよ……! 悔しいが、君の方が上手だったようだ……」
飯田は目の前で拳を握りしめて悔しがっていたが、本人たぶん気づいてない。絶対に気づいていない。彼の助けたい気持ちは、純粋なのだから。
「ほら、彼女がお礼を言いたがってるよ?」
「え? ……わっ!」
ボーゼンとしてる緑谷、俺は顎を動かして彼に後ろへ振り返らせる。
「へへ……プレゼントマイク先生が言ってた通り、受かったんだね……! そりゃそうだ、パンチ凄かったもん!」
制服のスカートと黒いタイツが破壊力抜群の麗日が、テンション上げながら彼の前で話を始めるが、本人は女慣れしていないのか、顔を真っ赤にして顔を逸らしていた。
「いや、あの……ホント……あなたの直談判のおかげで僕は、その……」
「雄英……最高…………イテ!」
太ももばっか見てる峰田の呟きに、俺は軽く彼の頭を叩いた。
「お友達ごっこしたいなら余所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」
そんな目の前で青春している緑谷と麗日の更に後ろの廊下で、横に転がっていた黄色の寝袋の中から、気だるげな目をした男が姿を現す。
寝袋に入ったままゼリー飲料を一瞬で飲み干し、モゾモゾとうごめきながら寝袋を脱ぎ捨てて立ち上がり、教室に入ってくる。ボサボサの長髪に無精髭は、おおよそ教師には見えないが、彼が担任の先生だ。
「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君達は合理性に欠くね……担任の『
彼の自己紹介にクラスメイト達は黙っているが、「担任!? こんなのが!?」という心の声が聞こえてきそうな表情をしている。俺だって何も知らなかったら、こんな浮浪者みたいなタイプの人間を見て、おんなじ感想を出すだろう。ひとまず俺も、他の生徒と同じく黙っていた。
「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」
戸惑う生徒達を残して1人勝手に教室を出た相澤は、言葉通りグラウンドに向かっていった。生徒達も先生がいなくなって困惑しながら、1人また1人と慌てて体操服を持って更衣室に急いだ。
こうして、雄英高校生活初日にして、いきなりジャージ上下にされて始まったのは、入学式もガイダンスも全部すっ飛ばした、個性把握テスト。
内容は中学校の体育でもやっていた、個性なしの体力測定だ。明確に違うのは、今度は個性をフル活用して良いって事。
実技入試成績トップの爆豪が、試しにボール投げを個性アリで実施し、705.2mと生身じゃあり得ない記録を叩き出した。投げた時のシャウトの「死ね」はよくわからんが、彼なりの気合いの入れ方だろう。
それを見たクラスメイトの全員は面白そうとはしゃいでいたが、相澤先生が総合記録最下位は除籍にすると言い始めて、真剣になり始めた。緑谷なんか震えちまってる。麗日が反論するけど、アッサリ言いくるめられてしまった。
「生徒の依願は俺達の自由……ようこそ、これが『雄英高校ヒーロー科』だ……!」
長髪を捲り上げて試すかの様に俺達を睨みつける相澤先生を見て、俺は爆豪と同じ笑い方をしてしまった。
こうして始まった個性把握テストに、俺は今まで自分の個性で試しに試した経験をフル活用させ、体力テストに臨んだ。
50メートル走
入試の実技試験の時と同じように、足を刃にして駆け出す。早いっちゃあ早かったが50メートルしかないから全速出す前に終わってしまった。飯田も同じ事を言っていた。俺と隣走ってたピンク色の女子である芦戸は「負けたー!」と叫んでいた。峰田は普通に全力疾走していたが、身長も足幅も小さいせいで平均よりも更に下の結果だった。
これからは初動で最高速度を出せるように練習しなくては。
握力
まぁ、コレは普通。でも高校生の平均以上はあるハズ。じゃないと指を刃にして切った時に指持ってかれるし。そういえば、母親も掴む力強かったな。
障子が腕3本使って、とんでもない記録出してた。ズルい。峰田がタコがどうとか言ってるけど、アイツ自分の記録に現実逃避してるな。
立ち幅跳び
実技試験よろしく、両脚から同時に刃を突き出して一気に飛び出す。ビルからビルへと飛び移れるだけの記録は叩き出した。峰田は普通に飛んだ。おバカ!
反復横跳び
足の刃を外側に交互に伸縮させて飛んだが。スッゴい首と足が疲れたし、俺の飛んでる場所がどんどん耕されて、最終的にバランス崩して遅くなった。峰田は両サイドにモギモギ設置して飛んでいた。パラパラ漫画みたいに残像が残って、凄い事になってた。
ボール投げ
爆豪よろしく、投げると同時に腕を刃にして突き出した勢いを利用する。つまり、自分の手をカタパルト代わりにしてブン投げた。爆豪の半分も行かない飛距離だったが、人並み以上の距離は飛んだ。
麗日が『∞』とかいう記録を叩き出して、周りに驚かれていた。緑谷は指1本ブッ壊し、『705.3m』と『0.1m』だけ爆豪以上の記録を出し、彼に詰め寄られていた。そして相澤先生にシバかれていた。
意外にも、峰田の素でブン投げる力が強い事に気がついた。
腹筋
背中から刃を出しては引っ込めるを繰り返して、極力筋肉の負荷を省きながら猛スピードで行う。頭がグワングワン揺れたが、これも人並み以上の結果になった。必死にやったから、ジャージの背中が穴だらけになって、相澤先生に叱られたが。
峰田も大変そうだった。
長座体前屈
まぁ、普通。かと思いきや、蛙吹が舌を伸ばして前屈の台を押し始めたので、俺も彼女に習って手の平から刃を伸ばし、自分の身長よりも長い距離を出した。しかし、体の柔らかさ自体は普通だ。足を刃にして振り回す時に不便かもしれないから、股関節周りも伸ばそうと決めた。峰田、意外と柔らかい。
持久走
コレが意外とツラい。延々と足を交互に刃にして伸縮するのは、意外と大変なのだ。終わった後に足を見てみたら、足全体が真っ赤になってた。そのおかげもあって、人並み以上の記録にはなっていたが。
以上が個性把握テストの結果である。
全部終わってから相澤先生は「除籍はウソな」と言っていたが、あの人の事だからウソじゃない。見込みがなかったら落とすのが、あの先生だ。
体力テストは終わり、教室に戻ると机に教科書や書類が用意されていたので、それをまとめてバッグに押し込み、雄英初日は終わった。
帰り道、俺は峰田と一緒に並んで雄英の外へと出る道を歩く。隣の彼は歩きながら、道端の石っころを草地へと蹴っ飛ばした。
「ったく! あの先生、ビビらせやがって!」
「よかったね峰田くん。除籍じゃなくて」
「うるせーっ!!!」
俺の総合成績の順位は半分より上、峰田は下から数えた方が早かった。こうなる事は仕方がない。戦闘向きな俺の個性と違って、彼の個性は拘束向きのサポートタイプであり、大記録を打ち立てられたのは1つのみ。それ以外は基礎スペックの低い身体能力で乗り切り、ドンケツだけは回避していた。
「反復横跳びぐらいしか、イカれた記録出せてなかったもんね」
「くっそ〜っ、こんな体じゃなかったら…………俺も切裂みたいに、シックスパックでも目指すかっ!」
腕を振り上げる峰田に、俺は助言する。
「腹筋の時に地面にモギモギ敷いとけば、良い結果になったんじゃない?」
「あぁぁぁっッ!?! そのテがあったぁぁぁ!!!」
俺の何気ないひと言に、峰田は頭を押さえて大きく叫ぶ。
「てかッ、なんで言ってくれなかったんだよっ!?」
「あの先生、そういうの嫌いそうだったから」
プロヒーローなら、基本的には1人で何でも対応しなければならない以上、相澤先生は共謀とかは好かないだろう。峰田の個性なら他の種目でも、もう少し上手いやり方がいくらでもあったと思う。
全体的に応用の効く爆豪の個性である『爆破』も器用に効果を利用していたが、1番は成績『1位』に輝いた、推薦入学のなんでも作りだす女子の個性。
「1位はやばかったな」
「個性の使い方が上手いとかいうレベルじゃないね。あのコ、マジで何でもアリだよ」
峰田の後ろの席の、まだ1回も話した事ない『創造』の個性を持った、胸の大きな女子生徒『八百万 百』 大体何か作ってエラい記録を作ってた。
「持久走の時、後ろからあのヤオヨロッパイが揺れるのを眺めようとしたのに……バイクなんか作っていきやがったもんアイツぅ!」
「そのままモギモギを数珠繋ぎにして原付に引っ付いとけば、ヤオヨロッパイ眺めながら2位にはなれたね」
「うがァァ〜〜〜ッ!!!?!」
とうとう峰田は歩みを止めて、膝をついて頭を抱えている。自分の頭の悪さに腹を立てているのか。
最後尾あたりだった彼女が、途中から原付きに乗って追い抜いてきた時は俺も驚いた。ご丁寧にヘルメットまで創造して被った姿に、走ってるヤツ全員ズッコケていた。爆豪は「免許持ってんのかァッ!!?」とズレたツッコミを披露し、誰かが「私有地だからかッ!!」と更にズレた回答を叫んで、持続走どころじゃなくなりそうになったのも、記憶に新しい。
少し冷静になれたのか、峰田は立ち上がってまたトボトボと歩き出す。
「前々から思ってたけどよ……切裂って本当に個性の使い方が上手いよな…………俺なんて個性がこんなんだからさ……」
自分の頭に生えているモギモギをひとつ違って、軽く揉んでからまた頭に戻す峰田。彼の個性『もぎもぎ』は頭に生えてくる玉───モギモギボールを生成できる個性だ。
モギモギは物や人にくっつき、ちょっとやそっとじゃまず取れない。でも峰田本人にはくっつかずに反発する、かなりトリッキーな個性だ。
「僻んじゃダメだよ、峰田くん。個性とは可能性さ。コレしかできないじゃなくて、アレもできるかも、コレもできるかもの精神で臨んだ方が成長するよ」
「個性とは可能性、かぁ……」
峰田の呟きに、俺は大きく頷いた。
「峰田くん地頭が良いんだから、もっと強くなれるよ。これから雄英の敷地で個性使いたい放題だし、一緒に特訓でも始めようか」
「……オイラ決めた」
俺の提案に、しばらく何かを考えていた峰田が決意をみなぎらせる。何か自分で努力でもするのだろう。
「いつか絶対、あのヤオヨロッパイに顔を埋める」
「……そっか。埋めさせてもらえるような男になろうね」
やっぱ峰田だったわ。でも、これから放課後の特訓には、峰田も付き合わせる事ができそうだ。これで1人じゃできないメニューも作る事ができる。これからの高校生活も、忙しくなりそうだった。
・・・♡・・・♡・・・
翌日。本当に入学式もガイダンスもなく、当たり前の様に1限目からの授業が始まった。ヒーローを育成する雄英と言っても、専門学校ではないので当然、普通の授業もする。午前中は必修科目や英語などの授業を受けた。
「じゃ、この英文のうち間違っているのは?」
ラジオの時と違ってテンションロウなプレゼントマイク先生の英語授業に、一部の人間はつまらなそうに聞いていた。
昼は大食堂で一流の料理を安価で頂ける。『コックヒーロー・ランチラッシュ』が1人で回していると言うのだから凄い。でもただの料理人にまで、プロヒーローの免許取らせるのは大変なような気もしたが。
そして午後の授業から、いよいよ雄英高校の目玉であるヒーロー基礎学が始まった。
「わ〜た〜し〜が〜、普通にドアから来た〜〜!!!」
教室に入ってきたのは、テレビで散々見てきた平和の象徴であるNo.1ヒーロー、オールマイトだった。
「「「「「おぉ……!」」」」」
「オ、オールマイトだ……!」
「すげえや、本当に先生やってるんだな!」
「あれ、
「画風が違いすぎて鳥肌が……」
本物のオールマイトの登場に、緑谷や爆豪のみならず、みんなが驚いている。俺も生で見る彼の姿に、圧倒されていた。
オールマイト先生が担当するのが、もちろん『ヒーロー基礎学』 ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位も多い。
そんな第1回目の科目で始めるのは『戦闘訓練』らしい。みんな各々のヒーローコスチュームの入ったバッグを持って、更衣室に向かった。
雄英に入学する前、俺達の家には自分達の資料として送る『個性届け』や身体情報と共に、こちらの要望に添って作ってもらえる『ヒーローコスチューム』のデザインを、雄英高校の専属であるサポート会社へ送り、最新鋭のコスチュームを用意してくれるのだ。
俺のヒーローコスチュームの依頼も、しっかり入学前に送った。俺は着てる衣類ごと刃にできるから、無理に露出する必要はない。完全に自分の趣味と機能性に走らせてもらった。
俺達1年A組は各々のヒーローコスチュームに着替え、入試の市街地演習場と場所や地形の似通った『グラウンド・β』へと移動した。
「峰田くん、カァイイね」
「なぁんだよ!? ヤローのお前に言われても嬉しくないやいっ!」
そう言って飛び上がりながら俺から距離を取る峰田のコスチュームは、彼の特徴と個性を表した紫色に、彼の体格に合った黄色のマント。『やなせたかし』とかが描きそうな、全体的に丸みのある寸胴型のコスチュームだ。黄色のデカいグローブと靴も、白のデカいズボンも、愛嬌があって良い。
「てかっ、お前切裂かよっ! いきなり話しかけられてビビったわ!!」
彼の言う通り、俺のコスチュームは一見だと、俺だとわからない。隣にいる甲冑みたいなコスチュームした飯田と良い勝負だ。
難燃防寒発汗性の迷彩服(せっかくの初回なので、今日は陸自迷彩)に、両肘両膝には頑丈なサポーター。丈夫な黒いブーツに、手元は器用に使うための指抜きグローブ。特に大した物も入ってないけど、ポーチがゴロゴロ付いたカーキの装具一式(ちなみに、コレ自前)。最後に、黒のフェイスマスクで目元以外を覆い隠して、頭にゴーグルの引っかかったヘルメットを被って完成だ。
この世界の日本は『個性』が発達してヒーローが台頭した代わりに、自衛隊は解体されてしまった。だから今時こんな格好するヤツは、単なるモノ好きか極右の過激派か何かだと思われる。
緑谷のコスチュームは、確かお母さんの自前だったか、オールマイトをそのまんま緑色にした、ちょっと可愛い感じのデザイン。それを褒めている麗日のコスチュームは、ピンクと黒のツートンカラーで頭にはバイザー付きのヘルメットを被った、パツパツスーツだった。
「ヒーロー科、最高……!」
「だね」
峰田が麗日や芦戸などの女子を見て呟く。特に八百万は穴が開くほど後ろから見ていた。
「いいじゃないか、みんな……カッコいいぜ……! さぁ、始めようか! 有精卵どもっ!!!」
オールマイトのお褒めの言葉も与り、こうして始まった戦闘訓練の内容は、ヴィラン組とヒーロー組で2対2ずつに別れた屋内戦。
状況設定としては、ヴィランが建物のどこかに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。
ヒーロー組は時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収───今回は体が触れたら勝ち。
ヴィラン組は制限時間内に核兵器を守るか、ヒーローを捕まえる事。
ペアと対戦相手はくじ引き。峰田は八百万と一緒になってテンション上がっている。
俺の相方は、個性把握テストで競争した時の女の子だった。
「……えーと、よろしくね、切裂!」
ショッキングピンクの肌に白目の部分が真っ黒で、黒目の部分が金色になっている少女が、元気よく手の平を差し出す。少したどたどしいのは、まだ俺との距離感を掴めていないからだろう。髪の毛までピンク色で、頭には一対の白っぽい柔らかそうな角が生えている。
この明らかに万人受けしなさそうな見た目の女子は『芦戸 美奈』ピンク色の体に反転目は一度見たら忘れられないインパクトがあるが、それでも身体は普通の人間となんら変わりはないし、出るトコは出てるし、成長したらスゴい事になると思う、たぶん。
「はい、よろしくね芦戸ちゃん」
とりあえず手を差し出してきた彼女と握手をしてから、俺達2人は実施する生徒以外の待機場所であるモニタールームに移動して、作戦を考える。
俺達はヒーロー側、ヴィラン側の相手は『砂藤』と『口田』だった。お互いに優しい人同士だから連携は考えるだろうが、爆豪や轟みたいなイカれた個性じゃない。充分に勝てる相手だ。
「さてどうしよっか、君の個性は『酸』だったよね? 具体的にどんな事ができる?」
「私は……体から酸性の粘液を飛ばして、なんでも溶かす事ができる! 私自身はもちろん溶けないし、粘液は滑るから足から出してスケートみたいに滑る事もできるよ!」
彼女はそう言って、両手の平から垂れない程度に、煙の出ている液体を見せる。酸でスケートするのは個性把握テストでもやっていた。
彼女に対して、俺は片腕ともう片方の手の指を刃物にしてみせる。
「俺は体から刃物を出したり、体そのものをデッカい刃にする事ができる……えらく殺意の高いチームになったね」
「そうだよねっ、爆弾もヴィランもオーバーキルしないように戦うって……けっこー難しいかもっ」
入試はロボット相手だったから、きっと彼女も容赦なくやっただろうけど、今回の相手は人間と爆弾。無闇に個性を向けるのは躊躇われた。
「えーと……砂藤くんの個性は糖分でパワーアップできるのと、口田くんの個性は動物と会話できる能力だったね」
「うんっ! 口田は私達と違って、サポートが得意な人だね!」
「砂藤くんは見た通りのパワータイプだから、多分前衛になるか、奇襲かけるかしてくる。口田くんは大人しい子だったから前衛向きじゃないけど、気をつけて。個性把握テストで見たけど……あの子、障子くんに負けないぐらいの馬鹿力の持ち主だったから」
「じゃあ……正面から戦うのは不利かな?」
「大丈夫、俺もパワータイプの前衛。まっ、方向性は違うかもだけど」
そう言って俺はさっきオールマイト先生に渡されて折り畳んでいた地図を彼女に渡した。
「それと……コレ、俺達の戦うビルの見取り図。始まる前に覚えといて」
「わっ、わかった! アレ、切裂は!?」
「もう覚えた」
「早っ!!?」
こうして始まった戦闘訓練。最初はヒーロー組、緑谷 & 麗日 VS ヴィラン組、爆豪 & 飯田。
その試合は終始爆豪が緑谷を狙って暴走して、緑谷と連携した麗日が飯田を翻弄し、彼女が爆弾に触れて緑谷 & 麗日ペアの勝利。緑谷は腕のケガでそのまま医務室に運ばれた。
次のヒーロー組、障子 & 轟 VS ヴィラン組、尾白 & 葉隠は、障子が体の感覚器官で相手の位置を特定させ、轟がビルごと氷漬けにして勝利。みんな彼の個性の力に驚いていた。そういえば、彼がA組のもうひとりの推薦入学者なのを思い出した。
3戦目、ヒーロー組、耳郎 & 上鳴 VS ヴィラン組、八百万 & 峰田。八百万は体からバリケードの部品を生成して防御していたけど、峰田は尻しか見とらんやんけ。防御側なんだから、お前の個性が最も活きる状況だろう。彼女の視線に勘づかれてから、彼もモギモギを設置して相手を待ち構えた。対して耳朗 & 上鳴ペアは、耳朗の個性であるイヤホンジャックで相手の位置を把握して、上鳴の電撃で部屋ごと一網打尽にしたが、爆弾まで巻き込んだので反則負けになった。
4戦目、ヒーロー組、常闇 & 蛙吹 VS ヴィラン組、切島 & 瀬呂。こちらも中々白熱した勝負だったが、常闇 & 蛙吹の個性が汎用性高過ぎて突破。爆弾に触れられて、2人が勝利した。
そして最後の5戦目。俺と芦戸は1階の出入り口から堂々と侵入を始めた。
「じゃ、始めよう」
「おーーッ!」
手袋越しに指を鳴らす俺の後ろで、芦戸が腕を上げて飛び上がる。俺達は入り口からしらみつぶしに、部屋を探索して回った。
「ねぇ……切裂って、あの峰田って子と同じ中学だったんでしょ?」
せっかく慎重になって進んでいるのに、退屈になったのか雑談を始めようとする芦戸。相手の気配はしないので、俺は壁に擦り寄って進行方向を確認しながら、話に乗った。
「そうだよ? 峰田くんとは中学も同じクラスで、雄英の試験も一緒に受けに行ったんだ。雄英を目指して以来、唯一無二の親友さ。また一緒のクラスになれて、良かったよ」
「へぇ〜、でもアイツ……八百万や私のコト、チラチラ見てくるんだけど……アレってさぁ、気があるとかじゃないよね……?」
アイツ、もうバレてら。進行方向先のドアをゆっくり開け、中を確認してからまた次のドアへと歩いて行く。
「男の欲望に忠実に生きてるのが峰田くんの魅力さ。だから俺も彼の事を嫌いになれないし、そんな部分を尊敬してる。ま、彼ももう少し言動を慎めば、女ウケする見た目してるんだけどね」
「女ウケって……ア、アンタも私の事、そーゆー目で見てるワケ?」
探索を続ける俺の後ろで、咄嗟に胸と股を腕で押さえる芦戸。彼女のヒーロースーツは色合いが派手でピッチリしたノースリーブのコンビネゾンに、白いファーの付いたフードジャケットだった。お陰で、その出るとこ出てるプロポーションもスレンダーな腰も、余す事なく披露されている。
「俺は女の子を後ろから目で追うより、真正面から堂々とおしゃべりしていたいね。特に他愛もない事をさ……」
「ふーん……ならいいけど」
彼女からジト目で見られたが、警戒を解いてくれた。1階にはいないようなので、俺達2人は階段を慎重に上がっていく。踊り場で彼女とようやく、視線が合った。
「そいえば、切裂のヒーローコスチュームって昔のジエイタイってヤツだよね? ひょっとして……オタクなの?」
俺のコスチュームは彼女にとって、昔話にも感じられてしまう時代遅れのデザインなのだろう。緑谷が聞いたらハートにグサリと刺さりそうだが、たぶん悪意はないし、故意でもない。
「まあね。でもまあ、元々人間同士で戦う事を想定した装備だし、便利さを追求すればこーゆーのに行き着いちゃうのよ。俺の個性も単純だしね」
階段を四つん這いで這い上がり、2階の廊下を確認して立ち上がる。そのまま忍び足で近場の壁に張り付き、ドアを開けて部屋を確認する。
「ふーん、私は体から酸を出すからさ、普通の服は溶けちゃうし、厚着もできないんだよね〜」
「へぇ。口からは出せないの?」
俺が人差し指を立てて疑問を投げかけると、彼女は口をムズムズさせる。
「うー……前に口から出したら、口内炎が10コぐらいできてヒドい目にあったし、ちょっと絵面がヤバくて……」
廊下から廊下へと壁に張り付きながら次の部屋を目指すと同時に、俺は頭の中で酸のゲロを吐きまくる芦戸を想像する。ゼノモーフもびっくりだろう。
「確かに、あんまり見たくないね。でも、それだと冬は辛いと思うよ? オールマイト先生はヴィランの屋内戦多いとは言ってたけど……ヒーローって基本的、野外勤務だし」
ドアの前まで来て耳を澄まし、ゆっくりと開けて中を確認する。
「それだとあの、透明の葉隠ちゃんとか、もうw」
「間違いなく死ぬね。一度彼女に聞いてみるといいかもよ」
ドアを開けっぱなしにして、俺と芦戸は更に部屋を探していく。
「そいえば……切裂と私の服の柄は似てるかも!」
彼女の言う通り、コンビネゾンの柄は彼女のパーソナルカラーでもあるピンク色も混ざった、目がチカチカしてくる迷彩模様だ。迷彩効果はないだろうが、デザインはよく似ている。
「案外、同じ趣味の所が作ってるのかもね」
2階の全部屋を探し終えて、俺は一度警戒を解除し、芦戸と3階へ向かう階段へと戻っていく。
「ねぇ、昨日は緑谷とすぐ話してたけど……中学は違うんでしょ? 知り合いだったの?」
「いや、入試の試験会場が同じだったんだよ」
「ふーん、でもあの0ポイントの仮想敵倒したんでしょ? さっきの戦闘訓練でもビルに穴あけちゃったし、私達も負けてられないねッ!」
俺達は2階と同じ要領で3階に上がっていく。
「そうだね。それに……あの子、麗日ちゃんに惚れてるね」
「えっ!? そうなの!?!」
後ろで四つん這いになっていた芦戸の黒目が大きく見開き、金色の目が輝き出した。
「俺見ちゃったんだけど、入試の実技試験で麗日ちゃんが仮想敵に踏み潰されそうになった時、彼が助けたんだよ」
「あぁっ、そいえば初めて会った時、言ってた! ふふ〜ん♪」
麗日が見えたのは嘘だが、事実といえば事実だ。俺が階段を上がって最初の部屋を確認している後ろで、芦戸は面白い物でも見つけた様に顔をニヤけさせる。高校生なんだから、後悔ないように恋ぐらい楽しんでほしい。
俺はそのまま部屋の中へと入り、真ん中で芦戸に見取り図を広げさせて、しゃがみ込んだ。
「でも、全然砂藤と口田達いないわね。もっと上なのかな?」
「たぶんね。そろそろ本気で動くか……少し待ってて」
俺はビルの窓を開けて、そのまま足から身を乗り出した。ちなみに、ここは3階である。
「ちょ、ちょっと!? なにすんの!?」
「こんだけペチャクチャ喋りながら探索してるのに向こうから何もないって事は、たぶんもっと上の階に2人で陣取ってるんだと思う。口田くんが……ゴキブリとか虫でも操れなかったら、この辺にいる動物はネズミ……あるいはもっと便利そうな鳥しかいないから、たぶん個性を便利にするために窓際の部屋にいるハズ」
「じゃ、じゃあビルの外なんかに張り付いたらバレるんじゃ……!」
「口田くんが動物と生体リンクでもできないかぎり、すぐにはバレないさ。ゴメン、窓閉めといて。あと、顔を出すのもダメだからね」
俺は手足から変化させた刃をビルの壁に突き刺し、さながら蜘蛛の様に壁を登っていく。ほえ〜と関心したような顔で俺を見る芦戸を見送りながら。
4階の窓側にはいなかったので、更に上に登って5階の部屋をひとつひとつ散策すると……いた。やっぱり2人で待っている。砂藤は仁王立ち。口田はソワソワしながら爆弾の影に隠れている。
見るべきものは見えたので、すぐ帰ろうとした不意に背後から聞こえた、鳥の鳴き声。本来なら叩き切ってでも情報が漏れるのを防ぐのだが、そんなのヒーローではないだろう。俺は鳥を無視して刃になっている腕のままビルの壁を滑らせて降下し、自分の出てきた窓からスルリと戻った。
「うわッ、ビックリした!!」
「5階の東側、真ん中の部屋にいた。地図出して」
驚く芦戸を隣に並ばせ、方角を合わせてビルの見取り図を広げる。俺はポーチから防水のマジックペンを出す。
「爆弾の位置はココ。2人とも部屋の中で待ってたから、たぶんもう向こうからは動かないと思う。ただ、ビルの周りに鳥が飛んでたから、たぶん見られた。爆弾の位置変えられる前に、こっちから先手を仕掛けるよ」
「ど、どうすんの?」
焦る芦戸に、俺は腕時計を確認する。
「お喋りしすぎて時間がなくなっちゃった。少し手荒な方法だけど、よく聞いて……!」
・・・♡・・・♡・・・
こちらは爆弾の前で切裂&芦戸を待ち構えているヴィラン組。
まるで岩山や怪獣を思わせる見た目をした、異形型の生徒である口田の周りを鳥が飛び回り、その鳥が窓の前をグルグル回る。彼が窓から頭を出すと、下の階に刃で滑り降りて、窓へと飛び込む切裂の姿が見えた。
「──ッッ───っ──っ!(ビルの壁に切裂くんが張り付いてた!)」
「なんだって!? アイツそんなコトもできんのかよ!!」
口田のジェスチャーに全身黄色のヒーローコスチュームを着た筋骨隆々の体に、丸鼻が特徴的な砂藤が驚く。昨日の個性把握テストでも、かなり器用に自分の個性を使いこなしていた切裂は、少なからずクラスメイト達の印象に残っていた。
(とは言え、残り時間はもう1分。切裂も芦戸も攻撃的な個性だから、戦闘に不向きな口田を1人にはできねぇと思って、2人で爆弾の前で迎え打つ戦法にしたんだが、思った以上に時間を稼げたな……!)
2人にはペアの口田や、ほかのクラスメイトの耳郎や障子と違い索敵性能がないし、轟の様な範囲攻撃も持っていない。きっと相手は地道に下から自分達を探してくる。なら、1番発見されるのが遅くなる5階で待ち構える事にしたのだ。
結果として、壁に張り付いて登って来る予想外の戦法はとられたものの、ギリギリまで彼等の時間を奪う事に成功していた。
「──っ─────!(残り時間1分切ったよ!)」
「喜ぶのは早いぜ、最後まで気を抜く───
口田が時計を見て喜ぶも、砂藤は油断しなかった。場所がバレた以上、相手は諦めずに突入してくる。彼はそう読んでいた。
そして、その読みは当たっていた。
2人の警戒している部屋の正面のドアが、壁ごと滅茶苦茶に切断されたのだ。
「「ッ!!?」」
「そう、喜ぶにはまだ早いんじゃないかな?」
吹き抜ける砂埃を両腕で抑える2人の視界の先では、無惨に破壊されたドアの中から、両手を刃にした切裂が堂々と姿を現す。
「よぉ〜やく見つけたよ。下からチマチマ探してたから、だいぶ時間がかかっちゃったけど……」
ユラリユラリと両腕の刃を揺らしながらゆっくりと歩み、まるでどっちがヴィラン組とヒーロー組だったのか不思議になる勢いで、切裂は2人に刃になっている片腕を突きつけた。
「───ッッ────っ!?」
「口田ッ!! もう1分切ってんだ! 俺と2人で押さえつければ、1分なんてあっという間に……ッ!?」
ビクッと怯える口田に、砂藤が切裂を睨みながら構える。
だが、彼は切裂の現れて砂埃の巻き上がる中に、いるはずの人間がいない事に気づく。
(芦戸が……いねえ!?)
途端、彼は刃を2人に突きつけたまま呟いた。
「いや、その時間も必要もない」
「「ッ!!?」」
砂藤達の後ろで、斬撃で壁の崩れた砂埃とは別の煙が、爆弾の周りからジワジワと現れたかと思えば、爆弾の置いてあった床へ一気にヒビが走り、下の階へと崩れ落ちた。
「うわぁッ!!?」
「──っ─────ッ!?」
爆弾の置いてあった床が抜けて砂埃が穴に吸い込まれ、部屋の見通しが良くなっていく。砂藤と口田は切裂の事も忘れて、爆弾の落ちていった穴の下を覗きこんだ。
「キャッチ♪」
そこには、待っていましたと言わんばかりの良い笑顔をした芦戸が、2人にウインクをしながら爆弾にしがみついていた。
「───────っ!?」
「あぁっ!?」
『ヒーローチームの勝利ーーーッ!!!!』
2人の策に嵌められた事に悲鳴をあげる砂藤と口田に、自分達の負けを告げるオールマイトのアナウンスが響き渡った。
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古典的な方法だが、俺が爆弾と2人のいる5階の真正面からカチこんでる間に、ひとつ下の4階から芦戸に穴を開けて、爆弾を落としてもらったのだ。彼女の酸はコンクリの天井と床など、簡単に溶かした。砂煙が立つほどド派手にカチこんだのは、芦戸が溶かす時の煙を誤魔化すため。俺が飛び込んだのを合図に溶解は始めるつもりだったから、合図もわかりやすかっただろう。
「やったあっ! 切裂っ、私達勝ったよ!!」
開けた穴から飛び降りて4階に着地した俺は、爆弾の前でピョンピョン飛び跳ねている芦戸とハイタッチする。
「想像以上だったよ。酸の溶けるスピードも早かったしね」
「そうっ! 下から吹き付けるのは大変だったけどね〜!」
頭を手に当てて舌を出して笑う芦戸。時間がなかったとはいえ、少し無理をさせてしまった。
「……その酸ってさ、芦戸ちゃんが直接操れないの?」
「え? ……やったことないけど……」
彼女は自分の手の平から出る酸を見て、軽く震わせる。ゼリーみたいにプルプル動く酸の塊は、それ以上の動きを見せなかった。
俺は彼女の前で刃にした指を立てる。
「個性とは可能性さ。足で滑りながら移動できるんだから、できるんじゃない?」
「う〜ん考えたこともなかったけど……できたら便利だもんね! やってみるっ!」
彼女は少し悩んでみせると、意気揚々と良い返事をしてくれた。
「あぁそれと、今日の話は緑谷くんにも麗日ちゃんにも内緒だよ? ……楽しみが減っちゃうからね」
「も、もちろんよ!」
手をバタつかせて息を荒げる芦戸に笑いながら、俺は消沈している佐藤と口田も呼んで、みんなが集合している外へと戻った。
緑谷は保健室に行ってしまったので、この場にいる19人とオールマイトが集合して今日の結言の後、俺達は制服に着替えて教室へと戻った。
そして帰りのSHRの後、俺達はクラスメイト全員を交えての講評をする事となった。ただ、緑谷はまだ戻ってきてないし、爆豪は先に帰っていったが。
「あー……みんなとりあえず、自己紹介も一緒にしない?」
「そうね、昨日は個性把握テストでバタバタしていたし」
俺の提案に、右の席のカエルを可愛らしく擬人化させたみたいな女子、『蛙吹』がすぐ賛成した。
「そう言えば、ウチら自己紹介もしてなかったけ……」
「あの先生がいきなり個性把握テストなんか始めたからさ!」
耳たぶがイヤホンのジャックになっている、ややボーイッシュな女子『耳郎』と、金髪に黒のイナズマのメッシュが入った男子『上鳴』がグチる。
「これから3年間、共にこの学校で勉学に励むのだ。彼の言う通り、自己紹介はしておくべきだと思う」
「じゃあ……個性はもう見たと思うけど、改めてちゃんとやっておこうか」
「はいはーいっ! 出席番号順番に私からいくね!」
障子が背中から生えた腕の一本を口に変えて話をして、俺が返事をしている間に芦戸が元気良く机から立ち上がった。
「私『芦戸 三奈』っ! 個性は『酸』でみんな溶かしちゃうッ!! 好きな事はダンス! よろしくね!」
いきなり物騒な自己紹介から始まって驚くも、勢いに乗ったクラスメイトは次々と自己紹介を始めた。
「『蛙吹 梅雨』よ。個性は『蛙』 カエルっぽい事ならなんでもできるわ。よろしくね……ケロっ♪」
「ぼっ……俺は聡明中学出身の『飯田 天哉』だ! 個性は、みんな見たかもしれないが『エンジン』! 速さなら誰にも負けないよ! 3年間、よろしくっ!!」
「私『麗日 お茶子』! 個性は触れた物を無重力にさせる『
「『尾白 猿夫』……個性は見ての通り『尻尾』 地味かもしれないけど……よ、よろしく……」
「俺『上鳴 電気』っ! 個性は『帯電』ッ!! 趣味は色々ッ! よろしくッ!」
「俺『切裂 刃』 個性は体を刃にする『
「俺『切島 鋭児郎』ッ!! お前スッゲェ根性あるじゃんか!!」
「いや、根性はないと思うけど……」
自己紹介そっちのけで、真っ直ぐ俺をベタ褒めしてくる切島に、思わず狼狽える。
「何言ってんだ! あんなビルの壁這い上がっていくヤツが根性ないワケないだろっ!! スゲーよ、お前ッ!!!」
「……で、アンタ個性は?」
流れをブチ壊した切島が、耳郎のジト目に睨まれていると、俺の近くの芦戸が含み笑いを始める。
「切島の個性は、体を硬くする『硬化』! だから切裂の個性とカブっちゃってるんだよねー!!」
「あぁっ!? ヒデーぞ、芦戸っ!!」
「ちなみに、私と切島は同じ中学だから♪」
芦戸に茶化されて、クラスの中で軽く笑いが起こる。そうして次のクラスメイトが自己紹介を始めた。
「───────っっっ!」
どっから出したのか、ホワイトボードに『名前、口田 甲司』『個性、生き物ボイス』『動物と会話できる』と書かれていた。
「恥ずかしがり屋さんなのね」
麗日がそう言うと、見た目は怪獣みたいな顔してる口田は顔を真っ赤にして、コクコクと頷いて席についた。可愛い。
「俺『砂藤 力道』! 個性は糖分でパワーアップする『シュガードープ』!! 趣味はベンチプレスとお菓子作りだ! よろしくっ!」
「『障子 目蔵』 個性は見ての通り、腕を目や口に変える『複製腕』 3年間よろしく頼む」
「ウチ『耳郎 響香』 個性はこの耳たぶで細かい音を聞いたり、音を流し込める『イヤホンジャック』 趣味は……音楽かな…………その……よろしく」
「俺『瀬呂 範太』! 個性はこの肘から出せる『テープ』! みんなよろしくっ!」
「『常闇 踏影』……個性はこの『
「ヨロシクネー!」
格好をつけているつもりなのだろう。黒い鳥の頭をした異形型の常闇が、スッと席に着こうとすると……彼の腹から出てきた影の塊みたいな生き物『ダークシャドウ』が手を振っていた。みんなホッコリしていた。
「『轟 焦凍』……個性は『半冷半燃』……」
コイツ個性の説明もせずに、1番短い自己紹介で席につきやがった。
「『轟』って……お前『エンデヴァー』の息子か!?」
「え!? あのNo.2の!?」
「スゴーい!!」
上鳴のひと言に、教室の中が騒がしくなる。
「チッ!」
「っ!?」
だが轟は、そんな彼の事を睨みつけ、これ以上喋る事はなかった。
「お、俺なんか変な事言っちゃったかな……?」
「まあまあ……父親がプロヒーローならプレッシャーもあるだろうし……」
困惑してる上鳴を宥め、少し大人しくなった教室の中で、次のクラスメイトが自己紹介を始める。
「私っ『葉隠 透』っ! 個性は見ての通り『透明化』! 目立たないかもしれないけど、いっぱい話しかけてくれると嬉しいなっ! 3年間よろしくねっ!」
制服だけがフリフリ動いているシュールな光景を見て、彼女の後ろの空いた2席に皆の視線が移る。
「そこの爆豪はいないとして……緑谷もまだ帰ってきてないから……」
「ハイハーイ! オイラ『峰田 実』ッ!! 個性は頭の『もぎもぎ』! なんでもくっつくし、オイラは逆に弾んでく! ちなみに理想のタイプは『マウントレディ』っ! 好きなヒーローは『ミッドナイト』っ!! 切裂とは同じ中学で、親友だぜっ!!」
いつも通りのオープンな峰田の自己紹介に、間髪入れず耳郎が俺の方を見て呟く。
「切裂……アンタ友達選びな」
「何でぇ!!?」
峰田のツッコミに、さっきよりも笑いが巻き起こる中、トリを飾る最後のクラスメイトが席を立った。
「私『八百万 百』と言います。個性は脂質を使って物を作り出す、文字通り『創造』 あまり世俗の知識には疎いので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
席から立って喋って戻るだけの仕草なのに、あまりにも良い所出のお嬢様な雰囲気を感じられた自己紹介に、クラスの何人かがため息を吐いていた。
そうして自己紹介が終わり、帰る者、勉強する者、残った者同士で話が始まった。てか、俺の席が会話の中心元になってた。
「いや〜、油断しちまったぜぇ! お前の個性にビビッちまった!」
「残り1分であんな作戦考えるんだもん! 切裂って頭良いよね!?」
砂藤が頭を押さえながら、芦戸はイスを俺の方に向けて、さっきの戦闘訓練の反省会を始める。
「いいや、爆弾の扱いが荒すぎた。芦戸ちゃんを屋上に移動させて、上から芦戸ちゃんだけ通れる穴を開けた方が、もっとスマートだったかも」
「おおっ、確かに! いや〜他の個性まで考えて戦うってのが、こんなに大変だとは思わなかったぜっ!」
俺の反省点に上鳴が賛同する。そこに耳郎が割り込んできた。
「ってか、上鳴アンタ電撃調整できないなら先言ってよ! 『俺に任せとけ!』とか言うもんだから、イケんのかと思ったのにッ!!」
「アレ凄かったぞっ!? 八百万も、2度と上鳴と戦いたくないって言ってたしなっ!」
「そんなぁ〜っ!?」
峰田からの酷評に、上鳴が悲鳴を上げる。だが、峰田も峰田でさっきの戦いは酷かった。
「峰田くんは八百万ちゃんのお尻見過ぎ。モギモギが1番活きる状況だったんだから、もう少し上手くやろうよ?」
「しゃ、しゃーねーだろッ! オイラの目線って、お前らのちょうど尻か股なんだよ!!」
「だからってガン見はないでしょ!? モニターで丸見えだったんだからね!」
「言い訳無用! アンタ、ウチの前でセクハラしたら『コレ』挿し込んで爆音流すからッ」
イヤホンのプラグを光らせる耳郎と、黒目を広げる芦戸に責められてギャーギャー喚く峰田を無視して、蛙吹がこちらに顔を寄せる。
「切裂ちゃん、あなたもしかして天井も這い回れるんじゃない?」
「もちろん蛙吹ちゃん。家でやったら親に怒られたけどね」
「『梅雨ちゃん』と呼んで。あなた、とっても個性の使い方が上手……私も負けてられないわ。ケロっ」
同じく壁や天井に張り付く事ができる蛙吹も、俺を評価してくれた。いきなり『梅雨ちゃん』許可をもらえて、俺も感無量である。
「蛙吹と常闇のペアは大変だったぜ!? この2人大体の事、何でもできちまうんだから!!」
「俺も爆弾守るために頑張ったけど……狭い所は苦手なんだなって思い知らされたよ」
切島は蛙吹と、離れた席で机に座っている常闇を交互に指差して、暑苦しく話す。その隣で瀬呂がポリポリと髪の毛を掻いて、悔しそうに呟いた。
「障子くんはどうだった?」
「……俺は大した事はできなかった。複製させた耳で尾白と葉隠の大体の位置を探って……あとは見ての通りだ」
「だなっ! あいつヤベェよっ!!」
やはり訓練時のインパクトが強すぎた。周りは轟の圧倒的な強さや、八百万みたいな万能な個性を持った雄英の推薦組は格が違うと、そんな話になっていた。
そんなクラスメイトの中で、俺はスッと手を挙げる。
「ねえ……ちょっとだけ話変えてもいい?」
「ん、どうしたんだよ?」
「雄英の入試の実技試験にさ……腹から青いレーザー出す個性の男って見たかな?」
「? ……いや、見てないけど?」
「私も」
「俺もだ」
「知り合いか?」
「……いや、見てないならいいんだ。忘れて」
果たして、彼等の答えが俺にどんな影響をもたらすのか、俺にはわからなかった。
その数分後、ようやくケガから復帰した緑谷が帰ってきたのであった。
次回『USJ』