いつの間にかUA20万超え、ありがとうございます!
アニメ終わっちゃいましたね……
でも、5月に『More』やってくれるって聞いて、天にも召されそうです。
この物語のトガちゃんも、笑顔で終わらせるように、頑張っていきます。
第四十一話
時期は雄英にて文化祭が催された数日後。
ヒーロービルボードチャートランキング下半期が発表された直後、名実共にNo.1ヒーローとなったエンデヴァーは、No.2のホークスに誘われて九州へと訪れていた。
「ハァ、ハァ……ゲホッ、ゴホ……ッ!!」
最初は彼と脳無の目撃情報について話すつもりが、気がつけば市街の中から狙った様にして自分に襲いかかってきた、新種の脳無との戦いに身を投じていた。
食事中だったビルの中から始まり、そのまま福岡の上空を飛び回りながら繰り広げられた激戦は、一度は脳無に地に伏せられたものの、雄英出身なのにも関わらず嫌っていたPlus Ultraの精神で彼は辛勝を果たした。
こうして多少の被害が広がった福岡の市街地で、必殺技の『赫灼熱拳』を浴びせて完全に動かなくなった脳無を前に、エンデヴァーはその巨体を垂らしつつもスタンディングポーズを決めていた。その様子は、遠目からシッカリとメディアに目覚められており、市街からも歓声が上がる。
そこに舞い降りてくるなり彼の体調を心配するのは、輝度の高い黄土色の髪をした青年。髪の毛と色の似たジャケットに、黒のインナーと手袋。薄く黄色がかったゴーグルは片側が割れている。
彼こそがNo.2である『ウィングヒーロー・ホークス』 しかし、彼を象徴する茶色がかった赤い羽の個性『剛翼』も、只今の戦闘でほとんど使い果たしていた。
「オールマイトとポーズ同じじゃないですか」
「腕が……違う! ヤツは左……だ!」
こんな状況下においてもNo.1としてのプライドを保ち続けようとするエンデヴァーに、若干呆れながらもホークスは膝をついた彼を腕で支える。
「知らんですよ。とにかく勝ってくれて、ありがとうございました」
「0点だ……随分と酷いスタートを切った……!」
そう吐き捨てる様に言いながら、エンデヴァーは深呼吸を繰り返して出血の止まっていない左側を押さえる。傷の具合を見るからに、すぐにでも治療をしなければならない状態だ。
「すみません。でも、この勝ちは絶対……絶対にデカいハズです……!」
それでも彼を元気付けようとしたホークスの言葉を覆う様に、彼の背後から声が響いた。
「ちょっと待ってくれよ。色々想定外なんだが……まあ、とりあえず……初めましてかな、エンデヴァー」
「「ッ!!?」」
一気に途切れていた緊張を引き上げた2人の視線の先には、半壊して砂埃の巻き上がっている中からこちらに向かって歩いてくる、敵連合の構成員である荼毘の姿だった。
「お前がいるとは聞いてねえんだが……」
ホークスに向かってそう言うなり、荼毘は両手を左右に広げて放った蒼炎を自身の背後から2人の逃げ場を塞ぐ様に広げて、大きく囲んだ。
道路の焼ける匂いが熱と共に広がり、激戦を終えたばかりで熱が篭りっぱなしだったエンデヴァーの体が、顔の傷から流れる血液も蒸発して煙が上る。ホークスの残り少ない羽も、チリチリと焼き焦がれ始めていた。
「敵連合、荼毘……! スナッチを殺したそうだな……!!」
それは、八斎會の治崎を護送していたヒーローの名前だったが、コンプレスの援護も借りて秒殺した彼には、わかる由もなかった。
「スナ……誰だっけ? んな事より、少し話そうぜ。せっかくの機会だし」
「エンデヴァーさん! 休んでてください、俺やります……雑魚羽しかありませんけど、時間稼ぎぐらいは……」
立とうとしてガクリと崩れ落ちそうになるエンデヴァーを抑え、ホークスは背中の羽を1本引き抜き、小太刀の様に構える。
「勘弁してくれよ。そこの脳無を取りに来ただけなんだ。俺が勝てるハズねえだろ、満身創痍のトップツー相手によォ!!!」
ユラリと動き出した次の瞬間、荼毘は両手の平から一気に炎を溜め込み、2人に向かって撃ち放とうとした。
しかし、彼の猛攻を上空からの踵落としで中断させる者が現れる。
「ううラァっッ!!!!!」
小麦色の肌に白い髪。胸の大きさはマウントレディやラグドールには負けるが、鍛えられて引き締まった、スタイル抜群のしなやかな体躯。そんな肢体を白地に紺の縁取りがされているバニー服のような際どいヒーローコスチュームで包み、胸元には黄色の三日月のマークがあしらわれている。首元には白いファーのようなものがついており、袖がない代わりに白い手袋を付け、また靴と一体化した紺色のタイツを太ももの半分ぐらいまで覆っており、爪先は兎の脚部のような形状になっている。
本来、人間の耳がある部分から白く長い兎の耳が真上に生え、臀部には白い兎の尻尾がついている赤い瞳の女性。
その正体は、ビルボードチャートランキングNo.5の『ラビットヒーロー・ミルコ』であった。
彼女は道路の地盤を砕く程の威力で、舞い上がった岩盤で荼毘の炎を防ぎながら再度飛び跳ね、上空から見ろ下ろす。
「ニュース見て跳んで来たぜ! テメえ連合だな! 蹴っ飛ばすッ!!」
雄英を脅かす敵連合対しても、恐れる気持ちなど微塵もない男勝りなミルコの口振りに、荼毘は顔を顰めて手元の炎を収めていく。
手負のNo.1、2に加えて無傷のトップヒーローの参上。圧倒的に不利になった状況下において、それでも荼毘は冷静にポツリと告げた。
「チッ……トガ、今だ」
本人にしか聞こえないぐらいの小さな声は、彼の無線機を通して伝わるべく相手へと伝わる。
そして、この場にはいないものの、その声を聞いていたトガヒミコは渋々彼の指示に従って、自らの能力を発動させた。
エンデヴァー、ホークス、ミルコの3人が荼毘に集中していた視線の外れ。倒れ伏していたハイエンドの下から真っ黒な霧が漏れ出したかと思えば、その体が地面へと沼の様に沈んでいった。
「なッ!!?」
「にィ!!?」
「あぁ?」
驚くエンデヴァーとホークス、そして何が起こったのかわかっていないミルコを尻目に、目標を達成した荼毘はニヤリと口元を歪める。
「また今度なナンバーワン。いずれ話せる機会が来るだろう。その時まで精々頑張れ……」
満足げに話す荼毘の背中からも黒い霧が広がり、彼の姿が徐々に包み込まれた。
「死ぬんじゃねえぞ『轟 炎司』ッ!!!!!」
「今、話してけッ!」
ミルコは霧を纏った荼毘に回し蹴りを叩き込むが、その足は霧を打ち払っただけで彼の姿はどこにもいなかった。
「なんだったんだ、いったい?」
彼女が地面に着地したと同時に周囲を包み込んでいた蒼炎も消え払った市街地で、ホークスはミルコからの疑問も無視してエンデヴァーの肩を担いだ。
「クッ……すみませんエンデヴァーさん! せっかくの脳無を、取られました……ッ!」
「ハァ、ハァ……いい。元より話せる状態ではなかった……! 加減をする余裕もなかったからな……ッ!」
エンデヴァーはそこまで気に留めてはいなかったが、ホークスの内心では更に混乱が広がっていた。
(『黒霧』は既に捕まっているッ! じゃあ、誰が……!?)
公安直属のプロヒーローである彼は、敵連合の情報についても纏めているのは当然。そこには連合が死穢八斎會に所属していた時の情報と、雄英のインターン生の2名が口述していた内容が僅かに重なり、その正体が彼の中に浮かび上がる。
反則的な能力である『ワープゲート』を使える可能性がある、連合の紅一点の存在を。
『二倍』というトゥワイスに次ぐ、下手をすればトゥワイス以上に危険な存在になり得るだろう、彼女の存在を。
早急に敵連合に潜入捜査を行いたかったが、現状は死柄木の潜む本拠地すら判明してないのが事実。
すぐにでも彼は荼毘と接触を図りたかった。
敵連合を内側から潰す、公安の作戦の下に。
「とりあえず……一件落着っぽいですね」
「いや、コレは……始まりだ……!」
それでも、現状では脳無を奪われたという事実だけを残した3人は、呆然とその場に立つ事しかできなかった。
・・・♡・・・♡・・・
秋から冬へのなり始め。
俺達はビッグ3の波動先輩や天喰先輩との戦闘訓練とかもこなしながら、雄英での日々を過ごしていた。
文化祭から数週間後、俺達は雄英高校でエリちゃんの再会を果たした。親の失踪した彼女は捨て子であり、祖父である八斎會組長も意識不明のままで、現状は寄る辺がない。
で、彼女の角も僅かに大きくなってるから養護施設じゃなくて、暴走を止める事ができる相澤先生のいる雄英に引き取り先が決まったという事だ。ちなみに、エリちゃんの部屋は教師寮の空き部屋。様子を見て、個性のコントロールも模索するそうだ。相澤先生の負担が凄い事になりそうだが、ソコは休学中の通形先輩。あと、先輩だけじゃ不安だから俺と緑谷も頑張る。
エリちゃんの個性が制御できるようになれば、通形先輩を個性の使える頃まで巻き戻せるかもしれないのだ。あくまで俺の希望的観測でしかないのだが、そうなる事を事件の場にいた誰もが信じていた。
ココまでは史実通り。重要なのはココから。
文化祭の後、俺はトガちゃんと公園のベンチでザクロ飴を舐めながら、ある程度これから先の話をしていた。敵連合とは完全に別組織である『異能解放軍』の事と、オール・フォー・ワンの側近である『ドクター』の事。
トガちゃんをボロボロにして祭り上げようなんざ輩、俺が逆に血祭りにしてやりたいのだが日程が全くわからないし、コッソリ抜け出せる程雄英が甘くない。かなりヤバい集団との対決になるが、今の彼女があんな組織に遅れをとる実力だとは思ってない。コレに関しては彼女に伝えるべき事を伝え、後は祈るしかなかった。
それと、オール・フォー・ワンの腹心なんだと思うドクターの真意も気になる。タルタロスにぶち込まれたヤツが、あんな所で本当に終わるのか怪しすぎる。
脳無のほぼ完成系が『ハイエンド』で、ソレを超える完全体が『マスターピース』という事しか、俺にはわからない。
ソレを弟子とは言え、あの『ギガントマキア』を服従させたら死柄木に全て渡すなんて都合が良すぎる。
何か裏があるハズだ。
でも、トガちゃん1人に死柄木の強化を阻止しろなんて指示は下せない。
どれだけ強くなろうと、アイツを止めるのは俺か緑谷の役目だ。
それでも不安事項が多すぎる。だから、具体的な情報がどうしても必要だった。
『マスターピース』の正体を。
トガちゃん曰く、護送中だった治崎を襲撃して回収した個性破壊弾は、血清諸共今は死柄木が全部管理しているらしい。
何個かを『ドクター』こと『氏子』に渡して、解析してもらうそうだ。大方、トゥワイスの個性じゃ無理だった複製を行うつもりだろう。それぐらいの予想はつく。
残りは相変わらず死柄木が所持しているらしく、今はスッてもトガちゃんが危険すぎるから、無理に奪うのは止めておいた。
俺の血は、少し多めに渡してある。個性と見た目を選べると知った時は驚いたが、それなら『刃』を遠慮する必要はない。しばらく敵連合は戦闘続きになるハズだから、攻防一体の俺の個性は必ず役に立ってくれる。
そこまで話して、俺はトガちゃんと別れた。
次の彼女との再会が、今日みたいに平穏である事を祈って。
あるいは、決断を迫られる瞬間になるかもしれないと、覚悟を背負って。
少し胸騒ぎがしたが、帰り道は何事も起こる事なく、俺は寮への帰路を辿った。
それから八會斎の事件も鳴りを治め、雄英の文化祭もネットニュースから消え、ヒーロービルボードチャートランキング下半期が発表されて数日後の事だ。
原作通り九州で脳無のハイエンドが現れ、そのビルボードチャートで名実共にNo.1となったエンデヴァーが、満身創痍になりながらも勝利するというニュースがLIVE中継された。仮免補講で少しだけ親父との関係は修復されたのか、轟も共同スペースのテレビの前で大きく息を吐いていた。
俺が気がかりなのは、同行していたNo.2の『ホークス』とか言うプロヒーロー。彼は敵連合のスパイとしてヒーロー公安委員会の指示の下、連合に取り入ろうとしている。異能解放軍と連合のゴタゴタが起こってから、大きく動き出すと思うのだが……公安がどうやって連合を始末しようとするのかは、俺にはわからない。
ただ、あんまりいい予感がしない。良くも悪くもだ。
最悪、トガちゃんを組織から逃さなければならなくなる。その選択肢も頭に湧いていた。
そしてこの日。とうとう、物間や一部のクラスメイト達が待ちに待った一大イベント、A組とB組との合同訓練が始まった。
「ついにこの時が来たーーーっ!!! ワクワクするねえっ!!」
相変わらず靴と手袋以外は何も見えない葉隠が、元気良くピョンピョンと飛び跳ねて金属の床を鳴らすこの場所は『運動場γ』 今までの戦闘訓練や救助訓練でもお世話になった、鉄骨やパイプの伸び広がる工業地帯を模している見知ったエリア。
そこに俺達A組は集結していた。
「切裂くんあったかそー!」
「そう? 服はあんま変えてないんだけど……」
葉隠の声に俺は彼女がいる方を向きながら、少し曖昧に答える。文化祭の後も何度か訓練はあって、選択する迷彩の種類は段々となくなってきていたが、今日の迷彩服はタイガーストライプ迷彩にした。
それより、俺にはコスチュームよりも気にしてほしい物があった。
「葉隠、寒くないの?」
上着のジャケットが分厚くなったが、それでも少し寒そうに両肩を押さえている耳郎が葉隠に問いかけると、彼女は両手を腰に押さえて胸を張りながらクラスメイト達に答えた。
「ふっふーんっ! 実はなんと……サポート科に依頼して、自分の髪の毛を服にしたのを着てるんだよーっ!」
「えっ!?」
「そうなの!?」
「凄いですわ!」
見た目は普段通りの全裸にしか見えない彼女の様子に、周りにいた数人のクラスメイト達が驚く中、彼女はVサインを送って更に話を続ける。
「ちなみにもう3回なくしかけたっ!」
「ダメじゃんっ!」
間髪入れず耳郎のツッコミを受けても葉隠は楽しそうに話を続ける。
「後ろ前は5回間違えてから、数えるのやめました!」
「アハハ……でも、さすがに寒くなってきたしね。良かったよ」
そう言いながら指を鳴らす尾白のコスチュームは、普段の白い道着の下に黒のインナー、それと首元には豪華にファーが付いている。コレ、尻尾の毛を再利用しているらしい。
「見て見て、私も冬仕様っ!」
そう言いながら尾白の隣で見比べてくれと言わんばかりに周りへ自慢する芦戸のコスチュームは、普段のコンビネゾンに彼と同じくファーが追加されていた。
「入学時と比べると、だいぶみんなのコスチュームも様変わりしてきたな!」
「飯田、それで夏耐え抜いたの凄いよなあ!」
砂藤も相変わらず目出し帽みたいな覆面に、全身黄色の筋肉超人みたいなコスチューム。飯田は太もものマフラー以外はあまり変わっていないが、全身甲冑のコスチュームは少し暖かそうで羨ましい。
そんな周りの変化を俺と一緒に見渡していた緑谷が、爆豪の姿も変わっている事に気付くのは当然だった。
「んっ、かっちゃんも変えてる……!」
「ああッ!? 文句あんなら面と向かって言えやッ!」
すぐさま彼に吠え返す爆豪のコスチュームは、本人が『クラスター』を使いこなすために発熱用の長袖にした仮免試験の時と大きな変更はないが、デザインが洗練された気がする。黒とオレンジのツートンカラーは、彼のキャラクターを表す色合いだった。
「そのスーツ、防寒発熱機能付き!? 汗腺が武器のかっちゃんにとって、とても理に適った変更で素晴らしいと思───
「褒めてんじゃねえッ!!」
爆豪に怒鳴られても自分のゾーンに入ってブツブツと話を続けている緑谷に、尾白が冷や汗を流しながらも彼に顔を向けて話す。
「でも緑谷が1番、変化激しいよな! 最近また何か付いたし」
「やれる事が増えてきたからさ、凄いんだよこのグローブ! 実はすでに2代目なんだけど……発目さん、強度の調整までしてくれて……!」
自分のコスチュームの変化に気づいてくれたのも嬉しかったのか、緑谷は尾白へウキウキと楽しそうに自分の両腕に装着されたガントレットを見せて長々と話し始める。
その隣では、耳郎の着てるジャケットとよく似た黒のジャケットを羽織った上鳴と、黒のマントが大きくなった常闇が文化祭での出来事を思い返していた。
「しっかし、ほんの少し前まで秋だったのに、こうも寒くなるもんかぁ?」
「文化祭が夢の跡……」
遠くを見上げる常闇に対して、俺は少しだけ素朴な疑問を彼に投げかける。
「常闇くんって鳥だけど……寒いの大丈夫なの?」
「心配無用」
「ヘッチャラダゼー ! 」
彼の返答に合わせて、腕をダバダバさせながら腹から伸びたダークシャドウも元気良く動いている。
そんな、俺達のやりとりを見て、冬着は黒のインナーが変わっただけで大差ない峰田が、隣に立っていた蛙吹を見上げた。
「そういやあ、梅雨ちゃんは? 蛙って、寒いの弱いんじゃなかったか?」
「冬に備えて、スーツに体温調節の機能を追加してもらったの。心配ないわ」
蛙吹のコスチュームも首周りのマフラーみたいな機械や、手袋とハイソックスみたいなブーツも大きくなった気がする。パツパツスーツなのは麗日と同じ、相変わらずだ。
その麗日のコスチュームも、仮免試験からあまり大きな変化は見られない。彼女のヒロコスは完成されているみたいだ。
すると今度は爆豪の隣に立っていた切島が、俺達クラスメイトに向けて元気良く問いかけてきた。
「なあなあっ! 俺達のライブ見たか!?」
「見たよ、もちろん!」
「みんな、すっごい頑張ってたもんねー!」
文化祭の時、俺達はライブを成功させる事に集中しすぎて、写真や動画で記録を残しておく事をすっかり忘れていた。だが、ソコは教師が動いていたのか、雄英高校の公式アカウントから俺達のライブを撮影した動画が、動画サイトに流れていたのだ。もちろんB組の演劇も合わせて、である。
「まさか雄英がやってくれてたなんて思わなかったぜ!」
「先生方に感謝しなければならないな!」
砂藤や飯田も嬉しそうに会話に混ざる中、そこへ耳郎が不機嫌な声で俺を指差しながら叫ぶ。
「てゆーか納得いかないッ! なんでアンタの切り抜きの方が再生回数上なのさッ!!」
「知らん!」
俺達の想像の斜め上を行ってしまったのが、ライブの一部始終を納めた動画よりも、切り抜きにされた俺の『2億4000万』の方が再生回数が上なのだ。それだけではなく、感化されたのかブームが再来したのか真似する者まで動画サイトにアップして、半ばネットミームと化していた。
「アレも凄かったなぁ〜!」
「『目良さん』と『相澤先生』で、あんなに爆笑掻っ攫えるなんてなっ!」
「まあ……耳郎もあれだけ頑張ったからな……」
少し離れた所から冷や汗を垂らす障子の言う通り、恥も何もかも投げ捨てて自分が主体となって催したライブで、1番印象に残ってしまったのが俺の『2億4000万』では嬉しくないのは頷ける。
だから、そのあとのフォローは俺が責任もってしっかり行った。
「耳郎ちゃん、上鳴くんの動画気に入ってくれた?」
「ブブゥっwww!! ちょっw! 今その話しないでよっwww!!!」
俺の問いかけに、彼女はいきなり吹き出した口元を押さえて、思い出し笑いを必死に抑え込み始めた。
耳郎の頑張ったご褒美として俺は少し前に上鳴へ頼み込み、彼の「ウェ〜イ」だけを編集して『ドレミの歌』にした動画を、A組B組ヒーロー科1年のグループメッセージに流したのだ。
結果として投稿してから数分間、寮の中が笑い声で何も聞こえなくなるほど爆笑に包まれた。B組の住む隣の寮からも、聞こえるほどの笑い声が聞こえたから相当だ。共有スペースにいた耳郎はソファーから崩れ落ちて、声が出なくなるまで笑ったあと「殺す気かぁァァァァッッっ!!!!!!!!」と俺に見事なキレ芸を見せてくれた。
含み笑いで会話どころではなくなった耳郎を皆で楽しそうに眺めていると、そこに緑谷が俺のコスチュームを指差して質問してきた。
「切裂くんっ! ソレ、新しいサポートアイテムっ!?」
俺は尾白に話しかけられた彼と同じ様に、両手をワキワキと開閉させながら答える。
「うん! 治崎と戦った時に、血も刃に変化できるようになったでしょ? だから……コイツはそのためのモノさ……!」
今、俺の両腕には緑谷が付けているガントレットのデザインとよく似た、黒と赤のツートンカラーでコーティングした籠手を身に付け、足の脛には同じ色合いで穴の付いた脛当てを装備していた。ただ、俺の個性の性質上、手足は刃に変化している事が多いので、背中や肩と腰からも操血刃を出す為の装置を追加してもらった。籠手、脛当て、肩当て、腰周り、ソレら全ては背中を中心に伸びた骨組みによって制御されている。まるでSF世界の、戦闘服の上から着る強化外骨格みたいだ。
コスプレ野郎から、ちょっとはヒーローっぽい格好になったかもしれない。
クラスメイト達と自分のヒロコスを見比べながらそんな事を思っていると、その思考を遮るかのように遠くから集団がゾロゾロと歩く音と同時に、聴き慣れた声が工場の空に響き渡る。
「おいおい……まあ、随分と弛んだ空気じゃないか……僕らをナメているのかい?」
「来たな……ワクワクしてんだよ!」
その声にいち早く反応した切島が、硬化した拳を叩き合わせて答える。彼だけでなく、周りのクラスメイトも葉隠を筆頭に、期待に満ち溢れていた。
「フンッ、そうかい……でも残念。波は今、確実に僕らに来ているんだよ……!!」
声の主はB組の物間。俺達と同じくヒーローコスチュームを纏った姿で話を続ける彼の後ろには、個性的なヒロコスを纏ったB組のクラスメイト全員が勢揃いしていた。
「さぁァ、A組ッッ!!!! 今日こそ白黒つけようかァッッッ!!!!!」
率いてきたクラスメイトの前で体を仰け反らせ、ジョジョ立ちみたいなポーズで俺らを見下す物間。見下すどころか見上げてそうな勢いだ。
「お久しぶりっ!」
「元気かっ!?」
「この日を待っていたよ……!」
「成果を見せる時が来たぜぇ……!」
「エンデヴァーの動画見たかっ!?」
「見た見た、もちろんっ!」
「見たに決まってんだろっ!!」
「あんなボロボロになっても、最後は勝利とガッツのスタンディング……」
「くううぅ〜っ、漢だぜぇぇっ!!」
「さすがNo.1だよね!」
「ホークスも凄かったよ!」
「イケメンだし!」
「『速すぎる男』の異名は伊達じゃねえよな!」
「轟、親父さん大丈夫だったのか?」
「ああ……命に別状はないそうだ。顔に傷は残っちまうらしいけどよ」
「なんにせよ、良かったわね!」
「B組女子のヒロコス……イイ……っ!」
「峰田ちゃん」
「グエ〜っ!?」
「……あの2人、なんかあったのか?」
「まぁ……色々ありまして……」
誰も物間の話を聞いておらず、そのままB組A組ぐちゃぐちゃになって会話を始める俺達だったが、それでもめげない彼は皆を注目させて大きな用紙をヒラヒラさせながら話を続ける。
「ねえねえ見てよ、このアンケート! 文化祭で取ったんだけどさぁァッ! A組のライブとB組の超ハイクオリティー演劇ッ!! どちらが良かったか見えるゥッ!!? 2票差で僕らの勝利だったんだよねぇェッ!!! 入学から続く君達の悪目立ち状況が変わりつつあるのさぁァァッ!!! そして今日ッ! A組バーサスB組ィッ!! 初めての合同戦闘訓練、僕らが勝───ッ!!?!?
「黙れ」
話の内容自体は気になったが、そろそろ拳藤や泡瀬が止めようと動き出すよりも早く、唐突に現れた相澤先生が捕縛布を彼の首元に縛りつけて止めた。
喉を締めた物間を先生がB組に放り投げてから、今度はB組の担任であるブラドキング先生がズイッと前に現れて、俺達に告げる。
「今回の訓練は特別参加者がいる!」
「しょうもない姿、あまり見せないでくれ」
少し呆れ気味な相澤先生に対して、集まった俺達1年が一斉に先生の所に集中する。
「特別参加者?」
「倒すッ!」
「女の子? ……あでッ!」
「「一緒に頑張ろうぜっ!」」
八百万と同じ様に疑問を向けるのが数十人。爆豪を筆頭に好戦的な反応が十数人。元気の良い返事が切島と鉄哲合わせて数人。しょうもないこと考えたのが上鳴や峰田の2人だけ。
そんなクラスメイトの前にスタスタと歩いて現れたのは、紫色のボサボサヘアを大雑把にオールバックにした、目元に深い隈の入ったダウナーな生徒。こうして会うのは体育祭以来になるだろう。
「あっ!」
「ああっ!」
俺が無言のまま感動する中、彼に洗脳された覚えのある尾白と砂藤が声を上げる。
「今回の特別ゲスト。ヒーロー科編入を希望してる……普通科C組、心操 人使君だ」
相澤先生に手短な紹介をされた心操は、俺達の前で先生の隣に並んで止まった。
体育祭の騎馬戦で自分が蹴落としてしまった彼が、しっかりとこの場にいる事に俺は安堵する。緑谷との邂逅が無くなったあのとき、彼をしっかり追って呼び止めた事に意味はあると思っていた。
彼はこの先、絶対に必要なキャラクターになると思っているから。ココではなく……俺の知らない、もっと先で。
「ヒーロー科に編入を希望って……!」
緑谷としては、ほぼ初対面になる彼に対してえらく驚いている。教室の前で彼が言っていた編入の話を、今になって思い返しているのかもしれない。
「アレ、相澤先生の捕縛布?」
「マスクはオリジナルかな?」
「よろしくなっ!」
吹出が心操の首に、相澤先生と同じ様に巻かれた捕縛布を指差す。その隣では小森が言う通り、捕縛布に隠れて黒い金属質のマスクが首元に降ろされている。鉄哲はいつも通りだ。
彼の個性は戦闘に直結しない。だからサポートアイテムに頼るのは当然。そして、そこに相澤先生の体術も合わされば、実力はそう簡単に測れるモノではない。
「………………」
A組B組のクラスメイト達は興味を示した視線で彼を見ているが、向こうとしては針の筵に近いだろう。その表情から感情は伺えない。
「心操、ひと言挨拶を……っ?」
だが、相澤先生の言葉が終わるよりも早く、心操は俺の前へと一歩出た。
「切裂」
「え?」
不意を突かれた俺の声に対しても、構う事なく彼は体育祭の時に見た気だるげな視線で真っ直ぐに見つめる。
「這い上がって来たぞ……!」
その台詞と同時に、死んだ魚みたいな彼の瞳が焔を宿した眼差しに見えた。
俺と彼の体育祭での対話は、俺達しか知らないハズだ。案の定、峰田や緑谷などA組B組の面々が、困惑しながらも俺と心操を交互に見る。
でも、そんなの気にしなかった。
「じゃあ……次は追い抜いてこいよ……!」
俺は大胆にも宣告した彼に、フェイスマスク越しに歯を剥き出しにして笑った。
「……っ!」
それに対して彼も無表情の顔から、いきなりニヤリと歯を見せた。
心操は現状、俺としかヒーロー科の生徒との繋がりがない。俺と彼の関係を探れる者は、誰もいなかった。
「オイ……アイツら、どうしたんだ?」
「切裂の知り合いか?」
「どうなんだ峰田」
「オイラに聞くのかよ!? あんなヤツ、中学でも見た事ねえよ!」
「じゃ、なんであんな……」
お互いに不敵な笑みを浮かべながら、ニヤニヤと笑い合う俺達にクラスメイトが勝手な想像を繰り広げるも、すぐに相澤先生の咳払いによって止められた。
「じゃ……早速やりましょうかね」
「戦闘訓練だ!」
1度は教師含めて緊張と困惑が広がった俺達の空間も収まり、ブラドキング先生から今回のA組対B組様による対抗戦のルールが説明された。
フィールドはもちろんココ『運動場γ』 制限時間は20分。状況設定としてはヴィラングループを包囲して確保に動くヒーローだが、今回に関してはヴィラン、ヒーローの組み分けは存在しない。互いが相手をヴィランだと思って行動する。
そして今回はチーム戦。双方4人組を作り、1チームずつ戦う、計5試合の対抗戦だ。
心操がいる事で全生徒41名になるので、彼はA組チームとB組チームで1回ずつ、2試合参加する。つまり5試合中の2試合は、どこかが5対4の訓練となるのだ。
で、このままだと4人が不利になるが、心操は実践も実戦も経験が全くない生徒だ。今まで全く接点がなかった分、チームワークも取りずらい。慣れない彼を上手く扱えるかは、完全にチームにかかってくるだろう。
先に4人捕獲して、スタート地点である自陣地に設置された檻『激カワ据置プリズン』(マジでこんな名前)の中にブチ込めば勝利である。今回は訓練用のハンドカフスも存在せず、完全に俺達の個性と実力行使で相手を行動不能にさせる必要があった。
5人のチームも条件は変わらない。必然的に心操は相手から狙われるだろうし、味方は相手を捕獲しながら彼を援護する必要性が生まれるのだ。
なお、時間内に決着がつかなかった場合、残り人数の多い方を勝利とする。コレばかりは5人チームが有利だった。
先生のルール説明が終わってから、チームはくじ引きによって早々に決まった。
【第1試合】
A組 切島・上鳴・口田・蛙吹+心操
B組 塩崎・宍田・鱗・円場
【第2試合】
A組 常闇・葉隠・八百万・切裂
B組 吹出・黒色・拳藤・小森
【第3試合】
A組 尾白・轟・障子・飯田
B組 鉄哲・骨抜・角取・回原
【第4試合】
A組 砂藤・耳郎・瀬呂・爆豪
B組 泡瀬・鎌切・取陰・凡戸
【第5試合】
A組 芦戸・麗日・峰田・緑谷
B組 小大・庄田・物間・柳+心操
「えぇぇ…………」
「………………」
研修場所に構える超大型モニターに映し出された対戦表を見て俺は思わず、これ以上ないぐらい低い声を漏らした。隣に立っている心操も、物凄く腑に落ちない顔をしている。
心操と共闘も対戦もできない。あんな啖呵を切ってくれたのだから、向こうもソレを期待しただろう。俺だって楽しみにしていたと言うのに、現実は非常である。
「まあ、切り替えていこう……」
「ああ……」
そんなおぼつかないやり取りだけ終えて、俺は自分のチームの集まりへと戻っていった。心操は早速試合なので、切島達のチームに向かった。
「仲良くやろうぜ! よろしくなっ!」
「個性の詳細を教えてっ」
「モテるツラだ。モテるだろ? 俺にはわかる……!」
「っ──っ───っ──!」
「……よろしく」
さっそく個性的だらけなA組のノリに揉まれている心操だが、それぐらいでブレる彼じゃない。普段通りの様な落ち着いた動きで、彼は首元のマスクを顔に装着した。ようやく掴み取ったヒーロー科への切符をモノにするため、その手元に震えなどない。
そんな彼の様子も見届け、最初の対戦チームにブラドキング先生の指示も飛んで移動も始まる中、俺は研修場所兼応援席でもあるOZASIKIスペースの外柵に寄りかかっていると、すぐ近くにいた八百万が質問してくる。彼女のヒロコスは普段の露出度の高い服の上から、大きな赤いマントを羽織っていた。
「ヤイバさん、彼とは知り合いでしたの?」
「うーん……話すと結構長いよ?」
彼女に心操との話をしながら、俺は対戦表の映ったモニターを眺めたまま別の事を思考する。
今回の対抗戦。不安なのは緑谷の試合だけだが、それ以外は恐れる必要はない。むしろせっかくのB組達と本格的に戦り合える機会なのだから、今まで積み重ねてきた経験で全力を尽くすだけだ。
それに……俺との接点があったせいで、鉄哲を筆頭にB組も何人かのクラスメイトは原作よりも大なり小なり個性が磨かれている。この勝負、どっちのクラスが勝つのかは俺には全くわからないし、心操がシッカリ活躍できるか少し心配だった。
ただ、ひとつ。確実に言えるのは、俺のチームが敗北する事は有り得ない、という事だった。
「ヤイバさん、先程緑谷さんともお話しておりましたけど……そのサポートアイテムは……」
「うん。常闇くんと葉隠ちゃんにも、後で説明しないといけないけど……」
俺は彼女にサポートアイテムの内容と、自分の個性を説明しながら両腕に装着された小手を見下ろす。何回か使用はしたが、まだ新品同様だ。
インターンで治崎との死闘を得て、俺の個性は進化を遂げた。俺は自分の体どころか、血液まで刃に変化させる事に成功した。
『
俺は、そう名付けた。
元が血である以上、硬化によって形を自由自在に変化させられるその能力は刃に留まらない。俺のずっと望んでいた機動力を、コイツはもたらしてくれた。正直、もう飛ぶ必要もないんじゃないかってぐらいの。
簡単に言えば、林間合宿で爆豪と轟が戦ったヴィラン『ムーンフィッシュ』の能力を、血で再現できるようになっていた。さすがに鎖鋸刃斬刃や斬撃波は出せなかったが、いつか出せる様にはしたいと思っている。
そして、2人とのデモンストレーションで俺はもうひとつ重大な特徴に気付いてしまった。訓練中の爆豪によって叩き折られた俺の血の刃は、俺から分離しても刃になったまま残り、訓練後に体内へと回収できた。つまり、血を刃にして分離しても血液には戻らず、そのまま固まり続けるのだ。
ブラドキング先生と同じ様に、自分の血で拘束具を作成できる。緑谷の『アレ』では、こうはいかないだろう。
しかもB組は、まだ担任のブラドキング先生しか俺の操血刃斬人を知らない。だから間違いなく奇襲がかけられた。
不意に研修場所の階段を登ってくる音がして、数人のクラスメイト達がその方向を見る。そこには、見慣れた教師2名の姿が現れた。
「あっ、オールマイトとミッドナイトが来たぁ! 熱愛?!」
「やめて。年上管轄外! どっちが勝つと思います?」
芦戸の相変わらずな恋愛煽りにピシャリと言い放ってから、ミッドナイト先生は大型モニターを見上げているオールマイト先生に問いかける。ピチピチボンデージ姿の女性の隣に普通のスーツ姿のオールマイト先生がいると、違和感だらけな光景で笑ってしまいそうだった。
「どうだろうねえ……多くのピンチを乗り越えてきたA組は確かに強い。しかし……成績を見ると、実はB組の方が伸びてるんだ。トラブルが無い分、カリキュラムをキチンと消化しているから着実に実力を上げている。ピンチに力を発揮するA組か、堅実に底上げしているB組か。楽しみだ……!」
冷静な説明をするオールマイト先生にミッドナイト先生や周りのクラスメイト達も聞き入っていたが、そこにマイクを掴んだブラドキング先生が割り込む様にモニターの前へと立った。
『じゃあ第1試合……スタートぉッ!!!!!』
「ノリノリだな」
テンション高く宣言をするブラドキング先生を見て呆れる相澤先生の後ろで、試合開始のブザーが鳴った。
「おっしゃー! 行けぇ宍田っ!!」
「塩崎がいんなら、楽勝だ!」
「鱗……A組との訓練の成果を見せる時だぜぇ……!」
「円場は宍田の背中ね……悪くない布陣だわ」
「梅雨ちゃん、いっけぇーっ!!」
「上鳴、スケボー乗りこなしてんな!」
「切島ファイトぉっ!」
「口田くんも頑張れーっ!」
「心操くん……どんな戦い方するんだろう……! 楽しみだ……!!」
「デクくん……ノートとペン、どこから出したん?」
クラスメイト達が大型モニターに集中する中、俺はすぐに実況中のブラドキング先生へと駆け寄った。
「ブラドキング先生!」
『ん?』
小指を立ててマイクを口元に当てたまま振り返って返事をするブラドキング先生に、俺はすぐ自分の装着された小手と脛当てを見せる。
「先生のアドバイスを得て、サポート科から新しいサポートアイテムを作って貰いました! コレですっ!!」
そう俺は元気良く言いながら、B組の面々に見えない様に籠手と脛当ての穴から真っ赤な血の刃を小さく、ぴょこぴょこと見せた。
『おおぉ! 俺のアドバイスが役に立ってくれたのなら、嬉しいぞ!! 君の試合っ、楽しみにしているよっ!!』
先生は驚いてはいたものの、血の刃を見てニコニコと良い笑顔を見せてくれた。もしかしなくても、自分の個性と似通った個性を生徒が持っているのは嬉しいのだろう。
身長190cm越えのガチムチ強面の先生に聞きにいくのは勇気が必要だったが、本当に良かった。
「「「「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」」」」
で、振り返ると俺はB組のクラスメイト達に睨まれていた。
「いきなり教師から懐柔するなんてッ、姑息が過ぎるんじゃないかなぁA組ぃッッ!!?」
「知るかダサ刈りッ! アイツが勝手にやってる事だッ!!」
後ろの方で物間と爆豪が騒いでいたが、俺は大人しく自分のクラスへと戻った。
なんだか、ますます彼らの事が好きになってきた。
【第1試合】
A組:切島・上鳴・口田・梅雨+心操
B組:塩崎・宍田・鱗・円場
お互い、体育祭や放課後の特訓によって、ある程度の個性や手の内は知られている。A組の4人は心操から彼の個性について軽く説明を受けた後、B組を捕まえるべくそれぞれの役割をもって動き出した。
前方は工場の背景に擬態した蛙吹が先行し、その後ろを心操がついて行く陣形をとっていた。
「心操ちゃん、私を見失わないように気をつけてね」
「ああ……(蛙吹の『保護色』……目を凝らせば見えるモンだな……)」
戦闘訓練にも関わらず少し気の抜けた事を思う心操だが、決して油断しているワケではない。切裂との対決する要望こそ叶わなかったものの、彼はこの日を待ち望んでいたのだから。
そして心操のみならず彼らの中にも切島と同じ様に、イレギュラーこと切裂によって急成長を遂げた者達がいる。
「うひゃあ〜!? なんじゃありゃあっ!?」
自らの放電する電力によって空を飛ぶスケートボード『エレクトライダー』の本領を発揮して工場の制空権を取った上鳴が、B組側の陣地を見て悲鳴じみた声を上げる。
「イバラがあんなに……! あの塩崎ってヤツのか!」
その上鳴のスケボーの下に、無謀にも両手でぶら下がっている切島も思わず言葉を溢す。元々2人乗りは想定されていないし、今の上鳴の電力では長時間は耐えられない上に機動力まで落ちるものの、実行可能な範囲まで納めていた。切島も2人乗りは一時的なモノと割り切っているし、仮に落下しても硬化で耐えられるからこその芸当だ。
そんな2人の視線の先に映ったのは、工場の一部を飲み込んでしまうほどに蔓を広げた緑色の茨の束である。上鳴が飛べる事を知っていたのか、その蔓は空中にまでウネウネと動きながら範囲を広げていた。
『
史実では体育祭の最終種目であるガチバトルで上鳴と対決し、切裂以上の秒殺を見せつけてB組の実力を披露した女子生徒だった。
しかし彼女との戦闘を得ていない上鳴にとって、塩崎は未知の相手である。『飛べる』というクラスでも少数に分類される圧倒的な能力を持っていても、今この光景を見て警戒するのは当然だった。
「俺が敵陣飛び込んで200万ボルトぶっぱなしゃあラクショーかと思ったんだけどよぉ……」
「いるのは間違いねえが……あのイバラ、触れない方がよさそうだぜ。それに……もしかしなくても、アソコには塩崎しかいねえだろ?」
切島の推測通り、ここからでは茨と建造物に遮られて姿こそ捉えられないが、彼等の視線の先にいるのは塩崎だけだった。
鎖骨から肩まで晒した白いトーガを身に纏い、目を閉じたまま頭から縦横無尽に茨を様な髪の毛を伸ばす個性『ツル』で、茨を広範囲に広げる彼女の必殺技『ヴィア・ドロローサ』 障害物や相手の位置を察知しながら、塩崎は陣地からゆっくりとA組側である敵方へと歩んでいく。
そんな同行など彼等の知る由もない中、心操は蛙吹の背後を口田と一緒に追いながら言葉を漏らす。
「1番厄介な個性から片付けたいな」
「分かってるじゃん心操!」
「誰でもわかるでしょ?」
声が届くぐらいまで下降してきた上鳴に、油断ならない声で辛辣な返事をする心操。
ギョッと動揺する上鳴に、蛙吹がコンクリートの壁を這い回りながら彼の意図を読み解く。
「こっちが茨ちゃんをどうにかしたいと思ってるように、向こうもまず上鳴ちゃんをどうにかしたいって考えてるかも。あとは経験値じゃ劣るものの、洗脳が強い心操ちゃん」
「そ、そうだよなぁ……」
彼女の言葉に上鳴は空中でスケボーに突っ立ったまま、腕を組んで頭を捻らせる。塩崎の茨を全員が警戒するのは正しい判断であり、少しでも茨に触れた瞬間、場所がバレる上にそのまま巻き付かれて拘束されてしまう。その上で本人は茨で全身を覆って防御も可能だ。個性伸ばしからの圧縮訓練を乗り越え、出来る事が一気に伸びた筆頭である。
そして、茨が空中にまで伸び広げているのを見た通り、向こうが警戒しているのは飛行能力を持って空からの強襲を可能にしている上鳴。急襲的に陣地に乗り込まれて放電されては堪らないと、B組は彼の拘束を最優先している様に見えた。
「塩崎もアブネーけど、1番ヤベえのは……」
「───────っ!」
しかし、そこまで切島が言った時、試合開始と同時に口田が飛ばしていた鳥が上鳴の近くを通過しながら降下し、彼の周りを忙しなく飛び回ってから岩肌みたいな太い腕に止まった。
そして、その鳥の声を聞いた瞬間、口田は普段の感謝の言葉も忘れて切島達に叫んだ。
「っ!? 宍田くんが真っ直ぐこっちに向かってくる!」
「なぁッ!?」
「あッ!?」
「んッ?!」
「ケロッ!?」
その声で数人が気を取られてしまった直後、建造物の陰から豪快に飛び出した茶色の獣人が、景色に溶け込んでいた蛙吹を剛腕で吹き飛ばし、心操の体を鷲掴みにした。
「『ガオンレイジ』ッ!!!」
「梅雨ちゃんッ!?」
「クソッ! もう来やがったかッ!!」
驚く上鳴が反射的にスケボーで上昇し、シューターを相手に構える。対して切島は掴んでいた彼の乗るスケボーを離し、数メートルはある上空から心操と口田を助けるべくアスファルトの地面に亀裂を走らせながら着地した。
「口田氏の索敵に捕捉されるのは、織り込み済みですぞ……塩崎氏を最も警戒するであろう事も……彼女を囮に、私は這い寄り近づく……準備をさせれば上鳴氏の独壇場となる可能性が高い……!」
「くッ……クソ……ッ!」
切島の倍以上の体格をもった上裸で毛むくじゃらの獣人は、もがく心操を大きな手の平で握ったまま黒いワンレンズのサングラス越しに切島を見下ろし、自身の鼻を優々と擦った。
「それ故、愚直に攻め入る……私は鼻が効くのですなあっ!! グッハッハッハハハッ!!!」
『
個性『ビースト』により、普段の獣人形態からひと回りふた回りも巨大化した上から更に獣寄りの姿となった彼のパワー、スピードは倍以上に跳ね上がる。相澤先生から直伝された体術でも、彼の腕力から逃れるのは心操には不可能であった。
すぐ上空では上鳴が腕に装着されたシューターを構えたままだが、撃てなかった。宍田の腕に心操が掴まれているこのままでは、雷撃すれば彼にも通電してしまう事ぐらいは理解していた。
「チックショッ! コレじゃ……!」
「仲間を巻き込む電撃はできないだろ、上鳴 電気ッ!」
そんな彼を嘲笑う様に、宍田の背中に乗っていたもう1人の男が上鳴を見上げている。
楕円形の瞳が特徴的な青年。コスチュームこそ私服の様にカジュアルな物を選んでいるが、その腰には小型の酸素ボンベが装着されていた。
『
そんな彼は吐息を固める個性『空気凝固』から口元に当てた手で形を変え、四角形状に変化した空気の板で相手を拘束する必殺技『エアプリズン』を放った。
宍田の目の前で対峙する切島ではなく、彼の背後で距離を取ろうとした口田を狙って。
「っ───っッ────っ!?!」
「口田ッ!!?」
空気の塊ぐらい、拳で壊すつもりだった切島が振り返った時にはもう、口田の体は半透明な箱型の中へと押し込められていた。
「音を一切通さない独居房だぜッ! しばらく大人しくしてなッ!」
「……ッ!」
蛙吹は吹き飛ばされて壁に激突し、口田は空気の塊が割れずにいる。上鳴は2人に有効打を考え出せず、心操は宍田の腕の中。切島にとっては不利であるものの、己の個性を信じて2人に対峙する。
しかし、円場の声を聞いた心操は宍田に掴まれたこの状況下でも冷静に、自由だった片手で装着しているマスクのダイヤル部分を操作し、準備を整えた。
変声可変機構マスク『ペルソナコード』
彼の個性『洗脳』は応答させた相手を自由に操る事ができる。洗脳の解除方法や繊細な命令を受け付けないなど細部の効果は色々あるが、洗脳のミソである返事をさせる事において重要な彼の『声』は、マイクや拡声器を通すと効力を失ってしまう。つまり生の肉声でないと意味がない。
そこで、数枚に重ね合わせた金属プレートを変形・共鳴させて、彼の喉の代わりに響かせるサポートアイテムをサポート科に依頼したのだ。早い話が、ボイスチェンジャーを製作してもらったのだ。
『よっしゃあッ! 厄介な心操を捕まえられたんだ! 檻に放り込みに戻るぞ、宍田っ!』
「任されましたぞ───ッ!
円場の声に変声した心操の呼び声に、獣人化で思考までハイになってしまった宍田が豪快に叫んで返事をした瞬間、彼は切島を目の前に立ったまま惚けた様に立ち尽くしてしまった。
「止まった……これが洗脳……っ!」
「(俺の声を真似しやがった!?)宍田っ! オイ、起きろッ!!」
すぐに円場が彼を叩き起こそうとするが、巨大化した彼の剛毛に覆われた体に普通の人間の拳では、洗脳を解除できる程の衝撃は与えられない。
『俺から手を離せ』
「………………」
一度洗脳が発動した以上、演技は必要ない。心操の冷静な命令によって宍田が自ら手の力を緩めた瞬間、彼はスルリと腕から擦り抜けて切島の元へと飛び退く。
「(ボイチェンは聞いてねえぞッ!)クッソッ! もう1回っ!」
「させねえッ!!」
宍田の覚醒を諦めた円場は、咄嗟に再度エアプリズンを心操に向けて放ったが、すぐさま身を挺して硬化した切島の拳で粉砕される。
「なッ!? いとも簡単に……ッ!!」
ガラスの破片の様に飛散する空気の壁に目を見開く円場の前で、心操を後退させた切島が叫んだ。
「上鳴撃てぇッ!!!」
「待ってましたぁッ!!!」
その上空から真下に向けてシューターを構えた上鳴が、ニヤリと歯を見せて笑った。
「80万ボルト……ッ!!!」
味方を巻き込まない且つ、スケボーを暴走させない。それでいて、この場で放てる最高威力の電力を込めた彼は、宍田と円場に狙いを定めた。
仮免試験前の圧縮訓練時に、切裂との会話からサポート科に開発を依頼したエレクトグライダーに合わせて、彼は電撃に指向性を持たせる『ポイントシューター』を本来の史実通り依頼していた。切裂からは、少しずつ放電に指向性を持たせろと言われ続けていたが、久しぶりのスケボーに浮かれて乗り回しばかり訓練していた彼は、雷撃の指向性は未だに完成には至らず、このシューターに頼っていた。
ポインターが尽きれば逆転されかねない上、ポインターに電気が吸われてしまう以上、咄嗟に電撃を指向できなくなる事を危惧していたのだが、そんな彼からボソリと言われたのだ。
(でも……ポインターの発射と同時に放電すれば、擬似的に指向性持たせられるね)
(ウェ……?)
彼の言葉に、放電していないにも関わらずアホの顔を見せつけた上鳴は、すぐさま特訓に項目を追加した。
そんな話を聞いて耳郎に呆れられていたのが、仮免試験中のほんの一幕である。
「必殺……ッ!」
鳴動する稲光を纏った上鳴の腕からポインターが放たれ、惚けたままの宍田の背中へ真っ逆様に落ちていく。
圧縮訓練中に彼のシューターから放たれた雷は、槍の様に伸び広がって標的に命中した。
想像以上に上手くいってはしゃいでいた上鳴の様子を、たまたま近くで見ていた常闇によって彼の必殺技は半ば強制的に名付けられた。
「『
シューターから発射されたオレンジの円盤状のポインターへと通電した稲妻が、爆音と明滅と放ちながら円場と宍田を纏めて貫いた。
「グゥゥウぅゥうぅゥゥゥゥっッッっ!?!!!?!」
「あばババばバばばばッッっッ!!?!?!!!」
洗脳も解く威力の雷撃を頭から足元へと受け、2人はなすすべもなく全身を震わせた。
落雷の如く光った上鳴の電撃に、至近距離にいた切島と心操が目を閉じる。
「くッ……!」
「ッ……うぉっ!」
次に2人が目を開くと、焦げた煙を吐いた円場が白目を向いて、宍田の背中からズリ落ちている様子だった。
それを見た瞬間、心操は首元の捕縛布を解いて構える。
「拘束する……ッ!」
「待て心操っ!!」
だが、それを腕で抑えた切島の前で、確かに目の前で雷撃を受けた宍田が身震いする程の咆哮を上げた。
「グッ……グォぉオォォオオォォォォッッッ!!!!!」
「何ッ!?」
「ハアッ!? 直撃のハズだぞッ!!?」
驚く心操と上鳴だったが、ポインターが付着しているなら電撃を追撃できると判断した上鳴が再びシューターを構えて充電を始めようとした、その時だった。
宍田の更に後方から数本の棘が放たれ、彼の乗るエレクトボードを串刺しにした。
「うわッ!!?」
「クッソ……ッ!」
そのまま火花と煙を吹いてバランスを崩した上鳴が建物の壁に激突しそうになるが、寸前の所で捕縛布を展開していた心操に捕らえられて建造物の鉄骨の部分へと引っ掛けた。
「うおぉっ、助かったぁ〜っ! サンキュー心操……って、あぁあぁぁ〜〜!! 俺のスケボーっ!!!」
続けて彼の足から外れて落ちてきたスケボーが、歪な音を立てて切島の足元へと転がってきた。目を落とせば、スケボーを突き刺したのは小さな緑色の鱗が数珠繋ぎに連結した、箸の様な形をした棘だった。
その棘を見た時にはもう、切島には誰の仕業かわかっていた。
壊れたスケボーを見て悲鳴を上げる上鳴と、警戒を切らさない心操と切島に、宍田の後ろの建造物から姿を現した男が声を発する。
「宍田がハイになって先行するのは予測通りだったけども……上鳴の雷撃を恐れて自分だけ分散したのが悪手だったか……!」
短めの黒い辮髪に、両手足には重厚な籠手と脛当。顔を覆う大きさの『随身保命』と書かれた御札の貼られたバイザーを装着し、妖怪のキョンシーを彷彿とさせる官服のコスチュームを纏った青年だった。
その姿を見た切島が、覚悟を決めた様な声を漏らした。
「鱗……ッ!!」
この男こそ、この場において切島に続き、切裂との個性特訓を受けていた筆頭株主である。
『
普段は短い辮髪で髪の毛を纏めた彼は、体育祭において切島よりも早期に切裂の刃を削った男だった。
鉄哲や切島と同じく、硬化に近い個性を持った彼が、切裂達と親しくなるのに時間はかからなかった。
周りの状況を確認した鱗は、電撃の痺れから復活した宍田にすぐさま指示を飛ばした。
「宍田! 口田を捕まえろっ!!」
「グォォオォォォォッッ!!!!!」
「させっか……ッ!」
上鳴は自身を吊るす捕縛布をほどきながら闇雲に放電を始めたが、宍田の背中に付着していたポインターは鱗の籠手から発射した鱗の弾丸が正確に命中し、宙に弾き飛ばされた。
「ウソだろッ!?」
「クソッ!」
「マジか……ッ!」
上鳴から放たれた電撃は明後日の方向へと飛び越え、唸り声を上げる宍田が跳躍して切島と心操を軽々飛び越えた。
振り返ろうとした切島の目の前に鱗が飛びかかり、両腕を鱗で覆った腕と硬化した拳が激突し、大きく火花を散らせる。
「グうぅッ!!」
「切島ッ……チッ!」
切島の手助けを得られなくなった心操は、残った捕縛布で宍田を止めようと彼の首に引っ掛けてみせたが、常人離れしたパワーを彼1人だけで止めるのは不可能であった。
「ムダですぞぉォッ!!!」
「くッっ!!」
地面を踏み締めたまま彼の体はみるみる引き摺られ、そのまま捕縛布を軽々と振りほどいた宍田は、エアプリズンの中でもがき続ける口田を軽々と腰に抱えて、建物の上へと飛び上がった。
「口田っ!!」
「────〜っ───っ!!!」
「よしッ! あとは……っ!」
後は気絶した円場を鱗が回収するだけであったが、その彼に向かってどこからともなく工場のダクトの一部が投げつけられた。
「んッ!?」
しかし、難なく鱗を纏った腕でダクトを弾き落とした鱗だったが、彼女にとってはその隙を稼いだだけで充分であった。
「ケロォッ!!!」
「梅雨ちゃんっ!!」
宍田に吹っ飛ばされながらも受け身でダメージを軽減し、なんとか体勢を立て直した蛙吹が鱗の死角を突いて飛び上がる。
それでも、決して少なくないダメージを負っていたが、彼女はすぐさま円場を伸ばした舌で絡め取り、蛙飛びで大きく後退する。
「しまったッ!」
咄嗟に切島を弾いた鱗は、籠手から機銃の様に鱗を連射する『芽鱗』で蛙吹を叩き落とそうとするが、その射線上に硬化した姿で飛び込んできた切島が遮る。
「ウオォォォオォォォォォッッッ!!!!!」
銃弾を弾く様な音で鱗の鱗弾を防ぎ、彼は鱗へと殴りかかったが、身体能力には分がある彼は難なく切島の拳をバク宙で回避した。
しかし、彼から円場を大きく引き離す事に成功したのは事実。
「クソッ!」
「よっしゃあっ! 牢までもってけ、梅雨ちゃんっ!!」
「ケロッ!」
捕縛布から抜けて地面に着地した上鳴が腕を振り上げて蛙吹に声援を送り届け、彼女は建物の向こうへと飛び上がる。
そこに捕縛布を纏め直して構える心操と、拳を握りしめてアンブレイカブルを発動した切島が鱗の前に立ちはだかった。
「援護頼むぜ心操ッ!」
「わかった……!」
「………………」
しかし、人数差で圧倒的に不利な状況に立たされたのは周知の事実。故に彼にはこれ以上の戦闘を継続する気はなかった。
不意に、鱗は腕を振り上げ心操に向かって籠手から鱗の連結した棘を飛ばした。
「『
「ッ!!?」
咄嗟に捕縛布を絡めて弾こうとした心操だが、それよりも早く切島が硬化された腕で弾き返す。普段の特訓での動きで彼が見慣れているという理由もあったが、実践経験の差で戦闘の展開速度に遅れが生じていた。
鱗は鉄哲を介して切裂との特訓を受け始めてから、彼に個性についてのアドバイスを受けていた。
本来なら幾重にも合わせ、結合する事で真価を発揮する『鱗』という特性から、ヒーロービルボードチャートランキング6位のプロヒーロー『クラスト』に目をつけたのだ。
自分の生成する鱗に近い形をした『盾』を攻防一体に使いこなす彼の姿を見て、鱗は自分自身の個性を見直した。個性とは可能性の言葉を信じた彼が、史実とは数倍も実りのある鍛錬を行った結果が、今此処にA組の障害となって表れたのだ。
そのまま鱗は鱗の棘を放ちながら、足の脛当てからも鱗を繋ぎ合わせた棘を伸縮して大きく後退。鱗の生えた腕で壁を掴んで飛び上がり、宍田の消えていった建物の陰へと同じ様に姿を消した。
「逃げられた……!」
「く……ッ!」
切裂の刃と同じ様な動きをとる彼を見て、機動力では敵わないと歯を噛み締める切島の言葉に、心操も悔しい声を漏らす事しかできなかった。
『これはっ、両チーム早くも削り合いッ! 宍田、円場、鱗の荒らしがテキメンッ!! 残り人数は不利でも精神的余裕はB組にありかぁ!!? 我が教え子の猛撃が、ついにA組を打ち砕くのかぁーーーっ!!!?!』
『いいぞー、僕らのブラキン先生ーーーッ!!!』
『偏向実況やめろーーーっ!!!』
エリア上に点在するスピーカーからテンションの高いブラドキング先生の声に続いて、その奥から物間の声援と芦戸の怒声が聞こえる。呆れてものも言えないオールマイトやイレイザーヘッドの姿すら連想された。
円場を牢屋に放り込んできた蛙吹と合流したA組と心操は、ひとまず物陰に集合して作戦の練り直しを始めた。
「完全にスキを突かれたわね。口田ちゃんが捕まっちゃったし、上鳴ちゃんは飛べなくなったわ」
「宍田を捕まえられなかったのが痛え……索敵できるヤツがいなくなっちまった……」
蛙吹の言葉に頷く切島の視線の先では、上鳴が串刺しにされたスケボーを涙目で調子を確認してから、工場の彼に立てかけて自分達へと近寄ってきた。
「クッソぉ〜! まぁ……お互い捕まえたのは1:1だから、時間切れにすれば俺達の勝ちだけどよ……」
「あの宍田ちゃんや鱗ちゃん達が、それを許すとは思えないわ」
「ああ、それに向こうには塩崎がいる……」
そう呟く切島の視線の先を見て、3人は思わず声を発する。
「ウソだろぉ……ッ!?」
「イバラが……!」
「このままじゃ私達の拠点が飲み込まれるのも、時間の問題ね……!」
自身の放出できる限界まで茨を広げてから、塩崎は試合開始から少しずつA組側へと歩いている。その蠢く茨が切島達からは、遠くの建物の奥から見えた。緑色が建物を覆いながら徐々に近寄っているその様子は、魚の追い込み漁の様だ。
焦燥する上鳴の様子を見て、心操が首元に巻き直した捕縛布を掴んで、声を漏らす。
「捕縛動作……もっと早く動けた。悪い」
「謝るのはこっちよ。実戦経験のない心操ちゃんを正面から戦わせてしまったわ。策を怠った私がいけなかった……」
「つうかさ、ガチ戦闘訓練で怪我当たり前なのに、よく動けたよな! 俺、助けられちゃったもんっ!」
「あのタイミングで上鳴を助けたのはナイスだったぜ! お前……しっかりヒーロー志望だよ!」
蛙吹、上鳴、切島の言葉に心操は少し呆けてしまうが、すぐに捕縛布を巻き直して拳を握りしめながら、意思の篭った口調で言葉を返した。
「そうか……それでも、戦闘経験の差で置いていかれるワケにはいかないんだ。アイツを……切裂を追い抜くには……!」
彼の口振りを見て、蛙吹が口元に指を当てながら言葉を発した。
「……ずいぶん、切裂ちゃんにこだわるのね?」
「お前と初めて会ったのは〜、体育祭の前だと思うんだけどよ……」
「障害走も騎馬戦も、ヒッソリしてたじゃんか。いつそんな知り合ったんだ?」
切島や上鳴も当然な疑問を心操に向けたが、今ここで悠長に話すほど彼も気は抜けていなかった。
「話すと長い。ただ……俺が今こうして、ヒーロー科を志望したのは、アイツのおかげだ……!」
「ふーん……!」
まるで、自分こそが彼の真のライバルだとでも言いそうな心操の台詞に、少しだけムッとしてしまった切島だった。
「いつか聞かせてくれよっ! それより、作戦はどうする? 宍田に付けたポインターは、落とされちまったし……」
「ソレなんだけど、私に考えがあるの……! この状況で優先で捕まえなきゃいけないのは、茨ちゃんでしょ? だから───
それでも、A組と心操の垣根がイレギュラーによって少しずつ取り払われながら、彼等はB組へと反撃を着々と進め始めた。
・・・♡・・・♡・・・
塩崎の茨を展開して大きな囮にしてから、残りの3人で奇襲をかけるB組の作戦は彼等の意表を突く事には成功したものの、大きな戦果を上げる結果とはならなかった。
「ああ……主よ……私の罪深き所業をお許したまえ……」
1人捕獲したに対して、こちらも円場を失ってしまった。4対5という不利な状況で始まった対抗戦は、イレギュラーである切裂 刃が原因で平行線となっていた。
しかし、索敵係の口田を捕まえ、更には飛行できる上鳴のエレクトグライダーを破壊する事には成功した。コレでA組はまともに斥候、索敵を仕掛けられる生徒は蛙吹しかいなくなっていたのだ。
「功は奏しましたぞ。向こうはもう塩崎氏以外を捉える事はできませぬなっ!」
「鞭で打たねば……!」
「なぜにッ!!?」
髪の毛の茨を展開したまま突拍子もない塩崎の発言に怯む宍田だが、そんな2人を落ち着かせる様に鱗が話を始める。
「とにかく、コレで俺達がだいぶ有利になったが……向こうもソレはわかってるだろ。落ち着き次第、塩崎に突っ込んでくるかもな」
「変声機のネタも割りました。心操氏さえ捕らえてしまえば……面倒な上鳴氏はスルーして勝利ですぞ!」
勝利は目前に迫っていると、嬉しそうに話す宍田に鱗は油断するなと厳しい言葉を投げるが、彼の気持ちも充分に理解していた。
「ブラドキング先生も……俺達の事を思ってインターンを先送りにしてくれたんだ……! B組に勢いをつけるためにも、先生の期待に応えるためにも、俺達は負けられない!」
『ウぅ……ウォォーーーーーっっ!!』
『先生、泣くならマイク離してください!』
感極まっているブラドキング先生の声は置いておいて、3人は残ったA組を捕まえるべく作戦を練ろうとしたその時であった。
不意に宍田の鼻が、A組の動き出した匂いを捉えた。
「んんッ!? コレは……ッ!?」
「どうした宍田?」
「わかりませぬ……しかし、間違いない。蛙吹氏が4人、向かってきてる!?」
鼻を擦りながら何度も匂いを確認する宍田の言葉に、鱗は声を上擦らせながら思考を巡らせる。
「4人!? 宍田の鼻を警戒して何か策を練ってきたのか?」
「ならば、教えて差し上げましょう……謀り事は汚れに通ずると……!」
そう呟いた塩崎の頭から更に茨が伸び広がり、宍田の向いているA組側の方へと周りの茨も集中し始める。個性強化訓練で放出できる茨を限界まで広げていた彼女だったが、指向性を持たせて展開すれば更に距離を伸ばせる事に気づいたからこそ出来る芸当であった。
対して、A組は史実通り蛙吹の体液を他の3人に塗って行動していた。緑谷や峰田ですら忘れかけていた彼女の能力を、B組が想定している筈もない。
位置が常に割れているのを利用する他なかった。
「我が真名『ヴァイン』の名において……謀る者へ裁きを……『ヴィアドロローサ』ッ!!!」
必殺技の口上と共に茨がゾロゾロと蠢きながら、敵方へ一気に広がっていく。
「黙示録の獣よ、位置を!」
「10時、11時、1時、2時! 扇状に展開してこちらに接近中! あと私、黙示録の獣ではない!」
「位置がバレているのは分かっているハズだ……そんな索敵個性、向こうにはいないだろうし……おおよそ、塩崎を狙ってきたな……!」
そう言いながら鱗は腰のポーチからサプリメントを無造作に取り出し、ガリガリと齧った。彼の鱗の生成源は、体内のコラーゲンとカルシウムが必要なのだ。
「主よ……哀れな愚者に裁きを……!」
塩崎は宍田の示した方向へ更に茨を広げていく。工場の建造物の形が手に取るように伝わりながら、茨の中で勝手に動くモノを探っていく。
そうして、微かな違和感と共に茨を踏ん付けた相手を感知し、閉じていた彼女の瞳が開いた。
「1人捕獲。引き摺り出します……!」
そう言ったと同時に塩崎の髪の毛から展開される茨が激しく蠢き、工場の建造物の陰から茨に巻き付かれた塊が飛び出す。
「誰が来るかわからない……下がろう宍田! 万一、上鳴の場合……!」
「ハイ正解ッ、ハズレくじィッ!!!」
鱗の台詞を遮って、茨に巻き付かれた上鳴が工場の陰から飛び出すと、3人を確認するなり放電を起こそうと電気を走らせる。
「『
しかし、その光が激しくなるよりも早く周囲の茨で彼の姿を全て覆おうとした塩崎に、上鳴は焦りながらも放電を続ける。
「なあッ!? せめて……ッ!!」
ポインターがなくとも、数十メートルなら雷撃のある程度の指向はできる。茨に包まれる隙間から、諦めずに彼は稲妻を放とうとする。
しかし、塩崎は残りの茨で自身と背後の2人を遮る程の壁を形成し、放たれた雷撃を防いだ。
「『
「ウソォーーーッ!?!!?」
彼の悲しい悲鳴を最後に上鳴の姿は完全に茨に包み込まれ、楕円形の簀巻きとなって地面に転がった。
「幾層もの蔓で放電は封じますし、万が一があっても盾で受け流します。対応は万全」
『次だッ! 早くツルを張り直せッ!!』
「ええ。宍田さん、位置を───
彼女へ指示する鱗の声に、そう返事をしようとした塩崎の言葉と、一帯に広がっていた茨の動きが止まり、宍田は動揺する。
「なッ!?」
「おいっ、今のは俺じゃないッ!! 心操の変声機だッ!!!」
放電する危険な上鳴を捉えるのに茨の大部分を使用していた結果、周辺の茨が疎かになった瞬間を狙ってA組は肉薄していた。
スケボーを失ってしまい、周りよりも機動力の劣る彼が囮を買って出たのだ。そのやりとりを工場の物陰に隠れながら、心操は思い返していた。
(別にみくびっていたワケじゃないけど……場数の違いを見せつけられた。コレがヒーロー科か……!)
「ッ!(どこから声がしたかわからねえ……!)」
「……ッ!(反響しやすい環境を利用されましたな……!)」
周りに心操が潜んでいる以上、下手に会話をするワケにはいかない。無言で顔を合わせた宍田と鱗は大きく頷き、塩崎を起こそうと動き出す。
「オラァッ!」
「ケロォッ!」
が、そうはさせまいと切島と蛙吹の2人が建造物から飛び出し、2人に襲いかかった。
「なッ!? クッ!!」
鱗は鱗を纏った両腕で、切島の飛び蹴りを防いだ。緑色の破片がガリガリと飛散したが、硬化が削れたのはお互い様であり、致命打には至らない。
「させませんぞッ!」
「ゲロッ!?」
その隙に蛙吹は洗脳された塩崎を舌で捕まえようとしたが、その前に匂いで動きを読んでいた宍田に舌を捕まれ、空中に放り投げられる。
空を舞った彼女は舌で工場の鉄骨の一部を掴み、難なく壁へとへばりつく。その様子を見た宍田は周囲の状況を確認して、気づいた。
「(この場に切島氏と蛙吹氏がいるという事は……残る匂いは……っ!) ……鱗氏、ココは任せましたぞっ!」
「宍田ッ!? おい待てっ!」
心操がいる限り、自分達はコミュニケーションが自由に取る事ができない。それを理解していた宍田は、上鳴の連行よりも心操の捕獲を優先した。
一方的に話した宍田は鱗に返事を返さず、工場のダクトやパイプを破壊して入り組んだ建造物の中へと入って行ってしまった。
「アイヤー、口元見てりゃ安全だろが!」
その場凌ぎでしかないが対策ぐらいは考えていた鱗は、ビーストモードで思考も後退している宍田に嘆きながらも、未だに殴りかかってくる切島の腕を弾いて足に鱗を纏い、回し蹴りを彼に放つ。
「グぅ……ッ! マズい、梅雨ちゃんっ!!」
「ええっ!」
鱗との攻防に手一杯な切島の声に、蛙吹は意思を読み取って動き出す。戦闘に不慣れな心操が1対1の状況になっては不利であるのは明確だった。
「行かせるか……『
咄嗟に鱗は籠手を蛙吹と切島に向け、機銃の様に鱗を弾丸として掃射したが、文字通り蛙の如く壁や煙突を跳ね回った彼女に弾丸は当たらず、宍田の消えて行った方へと跳ねて行ってしまった。
そして切島も、彼の棘すら弾いた硬化で難なく鱗を弾きながら、接近して拳を振り上げる。
「オラァッ!」
「チッ! (やっぱ良い動きしやがる……ッ!)宍田ッ、蛙吹だッ!! そっちに行ったぞッ!」
その鉄拳をバク転で回避して距離を取りながら、鱗は宍田の消えて行った方向に叫ぶ。返事が返ってくる事は想定していないが、それでも伝えるべき事を伝えた鱗の目の前で、切島が再び全身を硬化させて突進してくる。
「アンブレイカブル……ッ!!!」
全力を誇る彼の硬化は、鱗の鎧すら平然と破ってくる。ソレを身をもって理解している鱗は、両足に纏っていた鱗を刺々しく逆立てた
「『
同時に切島に向かって正面から駆け出し、鱗の伸縮で飛び上がった彼は両足を揃えて折り曲げると、体のバネを全て利用した飛び蹴りを放った。
「ぉアチョーーーーーッ!!!!!」
『出たーーーっ!! 鱗の《アチョー!》だぁぁぁっッ!!!!!』
『Oh〜〜〜っ!! ヒサしぶりにキキましたっ!!!』
『ヤベーぞっ! 鱗のヤツ、本気だっ!!!!』
『わけわからん』
『うん』
B組のボキャブラリーに若干置いていかれ始めるA組だったが、ヤバいというのだけはクラス内に伝わった。
そして、その鱗から放たれる全身全霊の飛び蹴りは、アンブレイカブルを発動している切島の体すら吹き飛ばした。
「グォォおぉォォォォっッッ!!?!?!!!」
蹴りをガードした腕に亀裂を走らせ、切島はパイプだらけの建造物に突っ込んで大きな音を立てる。
建物自体も崩落して砂埃も巻き上がり、瓦礫の山となった場所から切島の姿が出てこないのを確認してから、鱗は塩崎に近寄って肩を叩いた。
「塩崎ッ!」
「ハッ……っ!? 私は何を……!」
意識が戻って困惑する塩崎に、鱗は手早く状況を説明して動き出した。
「心操だッ! 宍田があっちに行っちまった!! 俺が上鳴を運ぶッ!」
とにかく、このままでは時間切れでも自分達が負けてしまうB組の鱗は、捕獲した上鳴を檻に入れる事を最優先とした。
捕獲と索敵、制圧能力に長けた塩崎に機動力は皆無。宍田が独走してしまった以上、彼が動くしかなかった。
「宍田の援護を!」
「はい……!」
茨で繭になった上鳴を鱗を生やした腕と肩で担ぎ、速やかに鱗は走る。放電されてもこの茨の分厚さなら、何をされているのかはわからない。味方が助けてくれるかもしれない状況で、闇雲に放電する上鳴ではなかった。
残された塩崎は彼に言われた通り宍田の援護をすべく、周囲に広がっていた蔓と、再び頭から伸ばした茨を合わせて示された方向へと広げると、すぐに人の動きの振動を捉えた。
「(すぐ近くに1人……その奥に2人……! 黙示録の獣は……?)」
味方を捕えてはならないと、先程よりも集中しながら塩崎は目を閉じてA組の動きを探ろうとする。
「オラァァァァァッッ!!!」
「きゃあッ!!?」
しかし、焦った事で鱗は切島の事を伝え忘れていた。
復活して瓦礫から這い出た彼が塩崎の茨の一部を硬化した腕で引っ張り、彼女を仰け反らせて引き倒したのだ。
「くッ……ヴィアドロローサッ!!!」
思わず尻餅をついた彼女だったが、すぐに茨を動かして切島を捕まえようと意識を集中する。
「負けるかぁァァァァッッ!!!」
しかし、彼のアンブレイカブルによる肌は多少の樹木なら平然と削り、鋸の様に切断する事ができる。闇雲に伸ばされた茨は硬化した彼に巻きつこうとするも、両腕を振り回す勢いで呆気なく引き千切られた。
「く……ッ!?!」
そのまま接近しようとする彼に、塩崎は負けじと残った茨を伸ばすが、宍田側に全力で伸ばしていた茨を巻き戻して一気に飲み込まねば、今の切島を止めて拘束する事はできなかった。
そして、脅威の高い切島に意識を集中した事で、彼女は宍田の把握に遅れが生じた。
「心操氏。いやはや、どうして恐ろしい……貴方はすでに立派な脅威ッ!」
自身の身の丈では邪魔な障害物を破壊し、宍田はほんの僅かな外の日差しだけが届く暗がりの中で、心操の姿を見つけた。
『ッ、流石だな……』
(そのテには乗りませんぞッ!!)
鱗の声で話す彼を無視して宍田は心操に掴み掛かったが、それよりも早く彼が動き出した。捕縛布で天井の太いパイプを巻き付けて引っ張り、宍田の頭に叩き落としたのだ。
金属の重たい音が鳴り響き、彼の脳天に直撃したパイプが地面を凹ませてゆっくりと転がる。
「ッ!?! ……なるほど……! しかし、これしきで倒れるほど、ヴィランは緩くないですぞっ!!!」
「ッ!?」
しかし、耐久力まで上がっている彼のビーストモードでは、意識を奪うまでには至らない。
驚愕しつつも次の手をどうするかと心操が考えようとした直後、声が響き渡る。
「後ろよ、心操ちゃんっ!!!」
「っ!」
(だからッ! そのテには…………って、心操ちゃん?!)
咄嗟に自分に掛けられた声ではない事と、心操を探す前に聞いた鱗の言葉が宍田の脳内に思い起こされたが、既に遅い。
彼が振り返るよりも早く、背後から蛙吹が飛びかかった。
「ケロぉっッ!!!」
「グうゥゥぅっッ!?!!!?」
建造物の一部を外してきたのか、舌で巻き付いていた土管がブン投げられて、宍田の後頭部に命中した。
不意打ちをくらって意識を途切らされたか、大きくよろめいた彼を狙って心操が動き出す。
「ッ!!!」
彼は捕縛布を宍田の顔に巻き付けながら、なんと彼の巨体を駆け上って肩から天井に向かって跳躍。捕縛布を天井近くのダクトに引っ掛けてそのまま落下。
「ケロぉっ!!!」
そこに捕縛布を掴んだ蛙吹の体重も合わさり、宍田の頭が勢い良く天井に衝突した。
「ガ……ハぁ……ッ!!?!」
2度も頭に衝撃を受けて、流石にビーストモードの宍田も耐えられなかった。割れたサングラスが地面に落ちる。
そのまま彼は頭に星を描きながら、意識を失った。
「檻に運びたいが……コイツの運ぶのは一苦労だな……!」
「しばらくは起きないと思うから、このまま置いておきましょう。それより、切島ちゃんの所に戻らないと……!」
捕縛布で逆さ吊りにした宍田をそのまま拘束し、2人は最初に接敵した広場へと走る。拘束に利用してしまった以上、捕縛布は失ってしまったものの、まだペルソナコードがあると自分を鼓舞して心操は援護に向かった。
だが、こちらでも決着はついていた。
「切島ちゃん!」
「待て蛙吹ッ!」
心操がペルソナコードを仕掛けるよりも早く、蛙吹が広場に飛び出してしまった。
「ハァ、ハァ……ッ! ここまで抵抗する者は初めてでしたが……『彼』に比べれば、まだ有利な戦いでした……!」
「グ……ぐソ……ぉ……っッ!」
2人が目を見張る広場の前では、塩崎が伸ばした茨で上鳴の時よりも激しく大きな塊にして、切島を拘束する光景が広がっていた。
ちなみに、彼と言うのは切裂の事。刃で平然と茨を切断し、斬撃波も飛ばせる彼は塩崎に捕まった事が1度もなかった。
「切島ちゃんっ!」
「ワリぃ……! 梅雨ちゃん、心操……あとは、任せた……ッ!!」
そのまま茨に消えた切島を一瞥してから、茨を大きな球体状にして地面に転がした塩崎は、今度は蛙吹と心操の2人に対峙して、頭に残った茨をゆっくりと伸ばしていく。
「またあの茨が……!」
「いいえ。そうでもなさそうね……!」
A組の残り人数は自分と心操の2人しかいないハズなのに、一気に制圧しようとしない彼女の違和感に蛙吹が気づいた。圧倒的制圧力を誇る彼女が、なぜか苦虫を噛み潰した様な表情のまま距離を離し始める。
(2名の拘束に茨を殆ど使い果たしてしまいました……!)
彼女から生える茨も、決して無限ではない。水と陽があれば成長させる事はできるが、この戦いで蓄えていた分の茨を消費し切っていたのだ。
「チャンスか?!」
「いいえ……茨はまだ伸ばせるみたいだから、油断はできないわ……!」
少しだけ勝機を見出すも、蛙吹に諭されて二手に別れた2人は、ジリジリと塩崎との距離を縮めていく。2人同時には相手できないほど切島に追い詰められており、焦燥の汗を垂らす彼女に声がかかる。
「その様子だと、宍田は捕まっちまったな……!」
そこに上鳴を檻に放り込んできた鱗が戻って来てしまった。
「ケロ……!」
「しまった……!」
お互い2対2の状況下。もはや作戦を立てる余裕もなくなった両者は、純粋な実力勝負へと移行した。
心操がペルソナコードのダイヤルを動かすも、2人は言葉を交わす事なく自分達に向けて構えた。
「ココまでやるとは思わなかったよ。特に心操……!」
「存在するだけで場を制圧する力……想像以上の脅威です……!」
「そりゃ、どうも……!」
一応、返事をした心操だが、当然彼等からの言葉はない。応答が成立したら洗脳される以上、2人は一方的に話す事しかできなかった。
「ココからは、俺も脅威となるよ……ッ!」
「「ッ!?」」
そして、鱗の隠し球はまだ存在する。
彼は普段の特訓でクラストに目をつけた時と同じ様に、彼は切裂の『怪獣刃斬人』から着想を得た。否、得てしまったのだ。
「『
両腕と両脚、更には肩から背骨を沿う大小様々な鱗を『逆鱗』で逆立て、腰部からは鱗を繋ぎ合わせた長い尻尾を生やした、竜人とも怪獣とも言える姿に変化した。
「GAAA……GAOOOOOOOOOOOONNN !!!!! 」
そこに、誰かに見習った様なケレン味のある演技がかった咆哮を上げてから、鱗は蛙吹と心操に対して構える。
「オイオイ……!」
「切裂ちゃん……恨むわよ」
その様子に2人も冷や汗を流しながら、迎え撃つ体制をとった。
『いいぞ鱗ーーっ!! 輝いてるよーーーっ!!!』
『ナマクラッ、テメェはどっちの味方だぁッッ!!!』
切裂の声援に続いて爆豪の怒声が響き渡る中、彼はニヤリと笑いながら尻尾を畝らせて蛙吹に飛びかかった。
「クッソッ!」
捕縛布の無い以上、心操は残る身体能力で大きく避ける。蛙吹を狙った鱗の動きに、彼女の名前を呼ぶ事しかできなかった。
「ケロッ!」
しかし、蛙吹も負けてはいない。インターンでハイエンド相手に悔しい思いをした彼女は、この日のためにいつも以上にハードな訓練に臨んでいる。文化祭のダンスで峰田と飛び回ってから、彼とは何度も訓練を共にしている仲だった。
機動力随一を誇る彼と切磋琢磨する事で、彼女も更に一歩向こうの世界へと踏み出そうとしているのだ。
「すばしっこいッ!」
「ケロぉッ!!」
尻尾の振り回しや、棘を飛ばす攻撃を的確に回避して、心操と塩崎から少しずつ距離を離そうと蛙吹は動き回る。
その動きを読んだ心操は、自らも塩崎を無力化しようと動き出す。
「チィッ!」
そして同時に、塩崎も残り少ない茨を伸ばして心操を捕まえようと動き出す。うねりながら迫る数本の茨を前に、彼はなんとか身体技術で回避行動を取り続け、その拘束の手から逃れようとする。
『今だ塩崎! 捕まえろッ!』
「………………」
鱗の声で塩崎に語りかけるも、彼女は目を閉じたまま答えようとはしない。
『……クソッ!」
ほぼ個人プレーとなった以上、ペルソナコードも通用しないと判断した心操は、それでも勝利を諦めるつもりはなかった。
不意に塩崎の操作する茨に違和感を感じ、彼女は目を開いた。
「なッ!?」
自身の茨が、自分の意思とは全く違う動きで、他の茨を妨害していた。
「私の茨……!?」
その勝手に動く茨の先には、心操が手で掴んで自身の茨を弾く姿があった。その茨は切島との戦いで千切れた物であり、彼は捕縛布と同じ様に構えるが、その手は当然茨の棘が刺さっており、血が滲んでいた。
「痛……ッ!」
「その執念……見上げたものです。主よ……どうか我に彼の者を倒す力を、与えたまえ……!」
両手で祈る塩崎の声に合わせて、彼女の頭から心操に集中して茨が広がっていく。
どちらか1人が倒された瞬間に、負けが確定する。4人が思考をシンクロしていた、その時だった。
時間切れで試合終了を告げるブザーが、エリア上に鳴り響いた。
「「「「ッ!!?」」」」
『そこまでッ!!! 両者2対2の引き分けーーーッ!!!!! ……くぅゥゥゥッ、惜しかった……っ!』
ブラドキング先生の悔しそうな声が聞こえ、2人はようやく緊張を解いて息をホッと吐くのであった。
さっきまで掴んでいた茨で、ズキリとした痛みが心操の手に走った。
次回『イレギュラーの成果』