切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第四十四話

 

 

 

 

 

『仕切り直すぞ』

 

 ブラドキング先生からマイクを奪ったのだろう。スピーカーから聞こえた相澤先生の鶴のひと声で、第5試合に参加していた全員がフィールド中央の広間に集められた。

 相澤先生が待っていた中央に、B組と心操の5人とA組の4人と合流した俺が集合する。緑谷も麗日も顔がまだ赤い。先生にはわからないだろう。

 

「全員、大きな怪我はないか?」

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 数人が元気な返事をする中、俺はヒーローコスチュームのバイザー付きヘルメットがなくなった麗日の方を見て答える。

 

「麗日ちゃんの頬に擦り傷あるけど?」

 

「ああッ! ごめん麗日さん、僕……!」

 

「大したことあらへん! 大丈夫だよデクくん!」

 

 黒いエネルギーを放つ緑谷に向かって躊躇いなく抱きしめにいった麗日の頬に、エネルギーが擦って擦り傷が付いてるが……それ以外のメンバーに大きな怪我はなし。謝ろうとする緑谷に両手を振る彼女の傷も、リカバリーガールを使うまでもないぐらいの軽い怪我だ。

 

「女を傷モノにした緑谷は、責任を取らないとな!」

 

「ウンウン!」

 

 俺の隣では緑谷を茶化す峰田が腕を組んでうなずいている。それに便乗して芦戸もうなずいている。

 

「そ、そんなんじゃないよっ! てか峰田くん責任って何!? 麗日さんを傷つけた僕にできる事と言えば麗日さんのお父さんとお母さんに全身全霊で謝罪の土下座を…………ブツブツブツブツ」

 

「ストップ、緑谷ストップ!」

 

 騒いでいる緑谷を落ち着かせ、話が脱線しそうになってイラつき始めた相澤先生の機嫌を取り戻してから、話は始まった。

 

「ええ……じゃあとりあえず緑谷……何なんだ、おまえ。今のアレ」

 

「え……あぁ……」

 

 全員の無事を確認できた所で、相澤先生がこの場にいる者達を代表した様な疑問を緑谷にぶつけた。

 

「なんか、めっちゃ黒いの伸ばしてたよね? 制御できてなかったみたいだけど……」

 

「まったく……悉く僕達の予想の上を貫いてくるよね、君達は」

 

「君の個性は『超パワー』だと認識していたのだが。先程の技は逸脱していないか?」

 

「かなりウラメシいよアレ……切裂と同じ、速いし遠距離まで届くし……!」

 

「ん、んっ」

 

 芦戸や物間、庄田や柳、小大も疑問に思っている様子。峰田や麗日も口にこそ出さないが、アレは何だったんだと思っているだろう。ワン・フォー・オールの力には間違いないが、緑谷も今はその正体がわかっていない。

 

「僕にも……まだハッキリわからないです。力が溢れて、抑えられなかった。今まで信じてたものが突然、牙を向いたみたいで……僕自身凄く怖かった……!」

 

 そう言って、さっきまでエネルギーが出て半壊したガントレットで拳を握る緑谷が、相澤先生と顔を合わせた。

 

「でも麗日さんが止めてくれたおかげで、そうじゃないってすぐに気付く事ができました。ありがとう……!」

 

「麗日ピューンって、すぐ飛んでったもんね! 速かったもんねー!」

 

 麗日に向かってお礼を言う緑谷に対し、芦戸は当時の2人の様子を大きな声で説明してから、麗日の耳元で囁いた。

 

「……ガッと抱きついたもんねぇ……!!!!!」

 

「考えなしに飛び出しちゃったので、もうちょい冷静にならんといかんでした……あっ、でも……何もできなくて後悔するよりは、よかったかな……?」

 

 赤面して若干カタコトになり始めている麗日を見て、相澤先生は少しだけ表情を和らげてから、もう一度緑谷の方へと目線を合わせる。

 

「今は大丈夫なのか」

 

「はい……少なくとも意識しなければアレは出ないと思います。フルカウルを30パーセントくらい抑えた上で、上限を越えなければ出ない……ハズです」

 

 緑谷も憶測でしか言えない状態だが、とりあえずもう出てくる事はないと説明する。相澤先生も納得しきれてはいないだろうが、そこに物間がこの場にいる全員へと話し始めた。

 

「で、どうなるんだい試合は? まさかここで不完全燃焼だなんて、嫌に決まってるよねェ?」

 

「ああ」

 

 真っ先に返事をしたのは心操。それに続いてB組の面々も緊張しながら頷き、そこに緑谷が相澤先生へ頼み込む。

 

「先生……僕のせいで一時中断になってしまったのは本当に申し訳ないですけど、試合を再開できませんか?」

 

「そこを俺も悩んでいた。お前ひとりの事情で最終戦を中断するのは他の生徒に申し訳ない。お前らの中で、もうやりたくないってヤツはいるか?」

 

 相澤先生の問いに対し、A組もB組も首を横に振った。危機は去った以上、俺も中途半端に終わりたくはない。どうせなら心操と、もっとガチでぶつかりたい。

 クラスメイト達の熱意のこもった反応を見て、先生はフィールドの1番近いカメラに向かって話しかけた。

 

「わかった。ブラド、聞こえていたな?」

 

『こっちでも教師陣で検討した。オールマイトとも話したが……イレイザー、緑谷を監視してくれないか? 生徒達にまだやる気があるのに一方的に止めるのもな……万が一再び暴走したとしても、お前なら必ず止められるだろう?』

 

 個性である以上、相澤先生の抹消で消せる。次からは先生が緑谷を見ていれば大きな問題はない。

 スピーカーから返ってきたブラドキング先生の説明に、相澤先生はすぐ俺達へと向き直って告げる。

 

「決まりだ。もう1度、両チームスタート地点から再開する。緑谷は30パーセント以上の力を使う事は厳禁。もし黒いのが再び出てきたら俺が止めた上で、お前はその時点で失格。それでいいな」

 

 

 

「「「「「「「「「「はい!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

「よし、全員スタート位置に戻って、5分後に再スタートだ」

 

 そう言った相澤先生の指示に従い、第5試合の仕切り直しが決定した俺達は、すぐさま自陣地の檻の位置へと素早く戻ってから緑谷へと告げる。

 

「ゴメン、作戦変えよう!」

 

「そうしよう! 切裂くん、さっきはどうなったの!?」

 

 お互いに個性と戦法が完全にバレたから、ここから先は本当に実力と応用力の勝負になる。

 色々と話したい事はあったものの、5分後には試合が始まってしまう。俺達は近況を手短に話してから、作戦を立て直してスタート位置である自陣地の檻の前に立ち並ぶ。後ろでは相澤先生が無言で見ているが、俺達の戦いには一切干渉しないだろう。当たり前か。

 

「なーんか大変だったなー」

 

「なんか……入学した頃を思い出すね。体育祭の時とか……」

 

「あの頃は自爆マンだったもんな緑谷。アレもそんな感じなのか?」

 

「う、うん……ちょっと気になるけど……今は試合に集中しよう!」

 

「そうだね……!」

 

 さっきの緑谷の暴走についてはクラスのみんなも首を傾げてはいたが、発現した個性が『浮遊』から入ったせいか、誰も疑おうとはしなかった。ちょっと能天気すぎるとは思ったが、今は彼等の優しさに甘えたい。

 

 いつかは緑谷の個性について、彼等は真実を知る日が来るのだろうか? ふと、そんな疑問が頭をよぎる。

 

 とにかく、この授業終わった後でオールマイトと話す必要はあった。

 

 

 

 

 

『想定外なアクシデントは起こったが……まだ勝負の勝敗はついていないぞぉッ!! 今度こそ最後の勝負だぁッ!!! いざッ、スタートォォォッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 仕切り直したブラドキング先生の合図と同時に、再び俺達は組み直した作戦通りに動き出す。

 やる事は大きく変わっていないが、さっきと陣形が少し変わった。俺と緑谷が先行。峰田が後衛だけど俺側に近い方に位置して、麗日も後衛になって緑谷に近い方へと位置している。お互いに距離は空け過ぎず、その4人の真ん中辺りに芦戸が誰の援護にも向かえる様に追従している。コレ、もう一度緑谷が暴走した時、麗日が真っ先にフォローできる陣形だ。

 ヒーローが辛い時、ヒーローの隣に立てる様に。今の彼女は俺には少し輝いている様に見える。

 

 さっき飛ばしすぎたから、今度は緑谷の様子が窺えるぐらいの距離を保って、俺は敵陣地側へと侵攻する。おそらくB組の陣営は変わらない。物間と心操が先行し、後続の3人がセットで支援。前衛2人のどちらかが接触したら、すぐに3人による援護射撃が始まる。

 さっきまで俺と戦っていた心操が本当に同じ動きで攻めてくるかがちょっと気になったが、向こうも大きな変更はないだろう。

 それより、物間がコピーしてる個性が何なのかが気になる。3つストックしているとして、ひとつが史実通り使い勝手の良い柳の『ポルターガイスト』だったのは緑谷達から聞いた。史実通りならあと2つは『サイズ』と『ツインインパクト』だが、本当にその通りなのか信じられる証拠が何も無い。もしも『洗脳』を持っていたとするのならば……残り1つは何だ?

 

 そう考えながら建造物を操血刃で飛び越えていくと、すぐに向こうから動きが見えた。

 工事エリアの影から浮かび上がる鉄骨とボルト。それら全てが巨大化したと同時に、俺に向かって滅茶苦茶な突進を始めた。

 

「フンッ!!!」

 

 余った穴から伸ばした操血刃と腕の刃で、鉄骨を切り払いながら俺は地面に着地すると、そこに戦いが始まったのを察して前に出て来た峰田が、モギモギで素早く跳ね飛んでくる。

 

「切裂……うわぁッ!!?」

 

 だが次の瞬間、声で俺の振り返った目の前で、峰田が壁に接着したモギモギを踏み外して、空中ですっ転んだ。

 

「峰田く……んッ!?!!?」

 

 咄嗟に腕から操血刃を伸ばして彼を助けようとしたが、俺の体から刃は出てこなかった。

 それでも足を踏み出していた俺は、そのまま床を駆けて峰田に向かって飛び出し、乱回転しながら落ちてくる彼をキャッチして地面に転がる。

 

「ぐぅッ!!!」

 

「イデぇッ!!!」

 

 硬化で痛みを軽減したかったのに、それすら許されずに俺は峰田を守ったまま体を打ち付け、壁に激突する。頭が揺れる感覚を覚えながらも立ちあがろうとして、腕の中から這い出た峰田も立とうとする。

 

「イ……ッ! 峰田くん、平気?」

 

「ク……ソっ! いきなりモギモギが反発しなくなったっ!」

 

 峰田の台詞に、俺は自分の見間違いじゃなかったのを知る。モギモギを踏み外したんじゃなくて、踏んだのに跳ねなかったんだ。

 俺が硬化できず、刃も伸ばせず、峰田のモギモギが効力を失う。そんな能力はひとつしか存在しない。

 

 物間が何の個性をコピーしたのか、ようやくわかった。

 

「『抹消』かよォォッ!!!!!」

 

「ご名答ッ!!!」

 

 闇雲に空へと向けて叫んだ俺に、建造物の物陰から現れた物間が金髪を揺らめかせ、目を赤く光らせながら俺達に蹴りかかってきた。

 

 いつの間に相澤先生の『抹消』をコピーしてやがった。

 

 可能性としては、さっきの集合した時しかない。先生も触れられた事には気付いただろうが、口には出さなかったのだろう。

 心操とは別ベクトルの必殺だ。峰田や俺だけじゃない、あらゆる相手に特効の個性。

 

「峰田下がってろッ!!!」

 

「わっ、わかったっ!!!」

 

 突撃してきた物間に対し、俺は速やかに峰田を隠れさせた。

 峰田に接近戦は言うまでもなく彼が不利だ。5歳児ボディは個性があるからこそ、体力も筋力もカバーして活かせる。投擲力は全力で鍛えているが、生身で肉弾戦なんて腕や足の間合いが違いすぎる。

 

「フンッ!!」

 

「おっとッ!」

 

 俺は生身の回し蹴りで物間を迎撃し、足と足が弾かれて大きく飛び退くが、すぐさま彼に向かって踏み込んだ。

 

「そうさッ! 元々接近戦が得意だった君は、彼を下がらせて自分を前に出すよねぇッ!!」

 

 俺の殴り掛かる腕を軽々しいステップで避けながら、不敵に笑っている物間の背後からボルトとナットが不規則な動きで飛来していた。

 

「ッ!?」

 

「だけど……コレはどうかなッ!?!」

 

 彼の叫び声に合わせて、浮遊する金属の弾丸は俺に向かって正確に突進してくる。無差別的な攻撃でないという事は、どこかで俺を見ている事になる。さっき隠れた峰田も危ない。

 

 だが、抹消を使っているという事は今の彼はそれ以外の個性を使えない。同時発動までできるようになっていたら終わりだが、一度使用した瞬間から5分のタイムリミットが始まる。つまり物間は確実に、この場で俺を倒そうとしたのだろう。

 

 抹消の解除方法を彼が知らないワケない。

 

 巨大化したボルトとナットが接近するよりも早く、俺は装具の腰から引き抜いた黒い艶消しされたナイフを、笑っていた物間の脳天目掛けてブン投げた。

 

「ちょっとぉォォォッ!!?!」

 

 殺意MAXの一撃を、彼はグリンッと頭を傾けて回避するが、さすがに瞬きの止められない恐怖でしかなかっただろう。次の瞬間には個性が使えるようになっていたから、俺は操血刃を伸ばすと同時に腕と手首から服を突き破って鎌切と同じ様に刃を展開し、飛び込んでくるボルトとナットを難なく弾いた。

 

「安心しろダミーナイフだ!」

 

「そういう問題じゃないよねぇッ!!!」

 

 壁に当たって転がったダミーナイフを操血刃で回収して、俺は叫んでいた物間に向かってすぐさま駆ける。その直後に再び彼が抹消を発動したが、ただの血液に戻って飛散する操血刃と違って、体から伸ばしていた実体の刃は影響されない。そのまま刃が爪みたいに広がった腕で、地面へ転びそうになっている彼に殴りかかった。

 

「フンッ!!!」

 

「相変わらず殺意が高すぎるなァッ! ヒーローとは思えないよっッ!」

 

 物間はそのまま前転で空中をひっくり返って俺の刃を避け、再び距離を取りつつ俺を攻撃を誘ってくる。

 峰田はポルターガイストの方向へ動き出したと思う。抹消が使える間は物間には挑めない。俺の大声を聞いて、緑谷達も察しただろう。さっきの状況下で俺の声が心操の演技だとは思わないハズだ。向こうが心操とぶつかっていれば、俺の声だと確定して万々歳だ。

 

「思うんだよ。君もどちらかと言えば、僕や心操くんと同じ側の人間じゃないかって……!」

 

「ぐっッ!」

 

 抹消を発動しながら適度に距離を保って俺の攻撃を誘い、刃を振り払った隙を狙って仕掛けてくる彼の蹴りを体で受け止める。伸ばした刃は遠心力もかかってそこそこ重い上、今は硬化もできない俺の体は彼の攻撃で痛みを覚え始める。

 それでも致命打にならない体力差がある事に、物間から少しずつ焦りが見え始めた。

 

「クッ……緑谷くんや爆豪くん、轟くんと違って……君はオールマイトにも、No.1にも興味がない。そうだろッ?!」

 

 柳と小大と庄田の援護が来ない事に、物間はすぐ察知しているハズだ。それでも俺をここで食い止める事を優先しているのか、彼は抹消を解かずに俺へ肉弾戦を仕掛け続ける。

 

「いつの時代にもいるじゃんかッ! 主役を喰らう脇役ってのは……ッ!! まさに君みたいに周りと空気を合わせながらッ、誰よりもクレバーを気取って本心を悟らせないッ!!!」

 

 腕の遠心力で振り回す刃も恐れず物間は俺の腕を踏んづけて飛び上がり、太陽の逆光を俺に浴びせながら踵落としを振り下ろしてきた。

 

「言ってみなよッ!! 体育祭の表彰式で宣言した『明るくて優しい世界』は、本当に君の夢なのかいッッ!!!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その答えはさ……」

 

「っ!」

 

 俺が語り始めた瞬間、物間の瞳から赤い光が消えて髪の毛が元に戻り始める。それと同時に彼の口元がニヤリと歪んだ。

 

「……案外、君が1番わかってるんじゃないっ?」

 

 その言葉と同時に俺の体から上に伸び広がる操血刃が、笑みを止めて目を見開いた物間の視界を、包み込むようにして覆い隠す。

 

「なッ、なんで……ッ?!!」

 

「『洗脳』の解除方法は聞かなかったのかァッ!!?」

 

 俺は背中の一部から肌を突き破って伸ばしていた操血刃で彼の頭を掴み、更に残りの操血刃で物間の足を掴んで固定すると、そのまま壁に叩きつけようと伸ばす。

 

「……目を狙ったのは判断ミスだね。今ので、時間切れさ……!」

 

 それは丁度、相澤先生の『抹消』のタイムリミットが過ぎた事を意味した。しかし、それでもまだ冷静さを振る舞う物間の台詞に、状況が覆された。

 

「ッ!?」

 

 俺が叩きつけようとしていた物間の拳が瞬く間に本人の身長の大きさまで巨大化し、俺の操血刃を粉砕した。

 聞かなくたって何が起こったのかはわかった。それでも俺は聞かずにはいられなかった。

 

「お前……ソレ……ッ!」

 

 

 

 彼が発動したのは、拳藤の『大拳』だった。

 

 

 

「フンッ!!」

 

 そのまま俺の操血刃を正面から拳で叩き割ってきた物間が、そのまま俺に向かって巨大化した拳を振り上げる。

 咄嗟に操血刃に加えて全身から迷彩服を突き破り、刃という刃を伸ばしながら硬化するという、針の筵となった俺の完全防御体勢にも構わず、物間は勢いのままに両拳を振り下ろした。

 

「グウぅゥゥっッ!?!!!!!」

 

「痛ッッっぎぃィッっッ!!?!!?!」

 

 伸び広げた刃が叩き折られ、俺は頭から地面に激突してそのまま床を凹ませる威力で、叩きつけられる。地面には亀裂が大きく広がり、地盤が傾いた。

 対して物間も無事じゃない。剣山の上から素手で鉄の塊を殴ったに等しい行為で、両手には俺の刃が突き刺さった上、叩いた面である小指辺りに濃淡が出来上がっていた。

 

「ッ……律儀な男じゃんか……女誑し……ッ!」

 

「ッ……君に言われる筋合いはないねぇ……ッ!」

 

 物間は元のサイズに戻した手に突き刺さった俺の刃を、反対の手の指で引き抜く。真っ赤な血が床へと滴り落ち、血痕が広がっていくも彼の目はまだ俺に追撃を仕掛けようと見据えていた。

 対して、地面にめり込んだ俺は頭を揺らすも、すぐに操血刃で地面を弾いて跳ね上がりながら物間と距離を取り、思考を冷静に巡らせる。

 

 彼が今コピーしている個性は『抹消』『洗脳』『大拳』 『ポルターガイスト』は中断した時に上書きしたのだろう。

 とにかく、もしも彼のストックが3つまで且つ、5分の制限時間が伸びていなかったなら、今の彼には『大拳』と『洗脳』しかない。

 

 そこまで理解した俺の動きは早い。今の彼には遠距離攻撃を防ぐ手段がない。

 操血刃で大きく飛び退いた俺は、両手の指を交差させて手の平を物間へと向けた。

 

「発泡斬撃波ッッッ!!!!!!!」

 

「───ッッ!!!!」

 

 障害物に隠れようとも全てを巻き込んでいく、斬撃の濁流。この場で完全に物間を捕まえるべく、本気で放った俺の必殺技が工場の建造物も巻き込み、彼へと迫った。

 

 瞬間、物間の体が白い捕縛布に縛り上げられ、そのまま引っ張り上げられる事で俺の斬撃波を逃れた。

 

「計画は頓挫したが……一矢報いたさ……! 後は任せたよ……ッ」

 

 爆撃の様な音と共に切り刻まれていく工場の一部が倒壊する中、捕縛布から解放された物間は血だらけの手を巨大化させて足場を両手で跳ね上がりながら、戦場を離脱する。

 その姿を見送って無事な足場から捕縛布を回収するのはもちろん……

 

「………………!」

 

 峰田が庄田達と戦闘する緑谷達に参戦した事で、彼の現れた方向から音を辿って援護に現れた心操だった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

「いけェェーーーーー切裂ィィーーーーーッっ!!!!!」

 

「負けんな心操ォォーーーーーッっ!!!!!」

 

 OZASHIKIスペースから切島と鉄哲による腹の底からの声援が交錯する中、ヒーロー科の生徒達は現在フィールドの2箇所で勃発している戦闘に釘付けだった。

 

「峰田が合流したっ!」

 

「アレッ!? 心操が引いたよっ!」

 

「物間の援護に向かったんだッ!」

 

「『抹消』まで使ってんのに、なんでアソコまで動けんだよッ!」

 

「切裂は元々近接戦闘が主体だ。個性が消されたぐらいで怯む男じゃない」

 

「校舎のトレーニングルームにも、しょっちゅう顔出してるもんなっ!」

 

「庄田達も負けてねえっ!」

 

「あの3人のコンビネーション、ヤバすぎるぞッ!!?」

 

「早く起点を崩さねえとヤベえっ!」

 

「チッ! 判断が遅えんだよ、クソデク……ッ! さっさとあの貞子を止めろォ……ッ!!」

 

「さ、貞子……w」

 

 緑谷と麗日、そしてその2人を援護する芦戸と峰田といった戦闘は、心操が抜けた事で徐々に押され始めていた。

 しかし、その戦場には今度は物間が向かっている。彼が庄田達の個性をコピーして補えば、逆転される可能性は大いに高い。大拳を巧みに動かして建造物を飛び交う姿に、間に合えとB組から歓声が湧き上がる。

 

「物間………………………………ッ!?!」

 

 そして、あんな男の勇姿に一瞬でもトキめいてしまった自分に混乱している拳藤を、後ろから取蔭や角取、小森にニヤニヤしながら見られていた事に気づいていない。

 

 そんな騒がしくも青々しさ溢れる光景にミッドナイトが興奮している一方、ブラドキングは心操に向かって腕や背中から操血刃を縦横無尽に伸ばす切裂の姿をモニターから眺めながら、隣に立つオールマイトに問いかけた。

 

「オールマイト……彼があの能力に目覚めたのは、つい最近ですか?」

 

「ああ。インターン中にヴィランとの交戦を経て、あの使い方を覚えたらしい。相澤君も現場にいたそうなんだが……詳しい様子は見れなかったそうだ」

 

 彼の話を聞きながらも、ブラドキングは疑問の表情を浮かべる。その様子を見たオールマイトはすぐに尋ね返した。

 

「そう言えば……切裂少年にアドバイスしたと言ってたね。彼に何か?」

 

「いえ……俺自身アレぐらいの頃は、自分の個性でだいぶ無茶をしていました。加減を間違えては貧血を起こして……よく医務室に運ばれていたものです」

 

 個性が似通った手前、自分の若い頃を思い返しながらブラドキングはオールマイトに話を続ける。

 

「俺も個性強化訓練で自分の扱える血液の量を増やしましたが……正直言って、彼はかなり異常です。顔色……は窺えないですが、特に足元がフラついたり……貧血の症状が見られない」

 

「それはつまり……出血に慣れすぎていると?」

 

 彼の単刀直入な問いかけに、ブラドキングは大きく頷いた。

 

「そうです。定期的に血を抜いたりして、自分の出せる血の限界を越えさせないと、あそこまで使いこなすのは不可能なハズです……」

 

 その言葉を聞いてオールマイトは思考する。合宿の後にイレイザーヘッドから聞いた話だが、個性強化訓練は体の刃に関するものばかりで、あのような使い方は本人も想定していなかっただろう。戦いのセンスとしては爆豪寄りの面があるが、血液云々の説明にはならない。

 そこまで考えてから、オールマイトは後継者である緑谷と一緒にヴィランとの戦いに身を投じてきた彼の軌跡を思い返していた。

 

 USJに林間合宿、そしてインターン。ヒーロー科志望とは言え、高校生が体験するにはあまりにも過酷すぎる経験ばかりだが、確かに彼は乗り越え、生還し、そして打ち勝った。

 

「……彼も緑谷少年と同じ、数々の修羅場を潜り抜けている……! 決して楽な道ではなかったハズだが……その経験が着実に彼の糧となっているのだと思いたい。相澤君は……頭を抱えていたのを見たけど……」

 

「酒の席でも愚痴っていましたからね……緑谷と同じぐらいの問題児だと……!」

 

 話は会議で聞いていたが、八歳會との戦いも相当な激戦だったそうだ。事件後、しばらくいつも以上に疲れた様子の相澤をプレゼントマイクやミッドナイトと一緒に酒の席へと誘った事のある2人は、少しだけその時の思い出に微笑みながら、次の宴会はどこにしようかと話が逸れていった。

 

 だが、2人の話を盗み聞いて心を揺らす者が、1人だけそこにはいた。

 

「梅雨ちゃん、顔色が悪いよ……! リカバリーガールの所に行った方がいいんじゃ……?」

 

「大丈夫か?」

 

 

 

 

 

「な、なんでもないわ……」

 

 

 

 

 

 皆が騒ぐOZASHIKIスペースの後ろ側に立っていた口田と障子の心配する声に、蛙吹は手を前に出しながら気にしないでと、2人から距離を離す。

 

 未だに忘れられる訳もないし、麗日と約束した手前、まだ誰にも言う訳にはいかない。

 

 思った事をすぐ口にする彼女には、あまりにも辛い事実を見てしまった。

 

 

 

 

 

 教師達の話を聞いて彼女の脳裏に映ったのは、トガヒミコの吸血行為を優しく受け入れる、彼の姿だったのだから。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 捕縛布と操血刃が工場の入り組んだ空間を飛び交う。パイプやダクトはたちまち切り刻まれるが、その部品を捕縛布が巻きつき、俺に向かって弧を描きながら迫り来る。

 

「心操ォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!」

 

「切裂ィィィィィィィィッッッッッ!!!!!!!」

 

 瓦礫を両腕の刃で弾きながら、全力の操血刃による薙ぎ払いを、すぐさま心操は捕縛布で障害物を掴んで飛び上がる事で回避していた。

 

「クッ!!」

 

「フンッ!!」

 

 荒れる呼吸の中で心操は息を飲みながら、俺の伸び広がる操血刃を至近距離で回避していく。

 物間の時と同じで、どれだけ叫んでも俺が心操に乗っ取られる事はない。体育祭のあの時と同じ、痛みがあれば洗脳はかけられない。

 

「あデデデデデデッ!!!!」

 

 俺は腕も足も、サポートアイテムからではなく直接肌と迷彩服を突き破って血の刃を出しているのだから。

 

「イカれたヤローだよッ、お前はァッッッ!!!!!」

 

 可能性としては向こうも考えていたかもしれないが、実行してくるとは本当に思わなかっただろう。あまりにも狂気的すぎる方法で洗脳を克服してきた俺に叫びながら、心操は捕縛布を伸ばして操血刃に巻き付け、刃と刃の隙間を潜り抜ける。

 

「ウザいッ!!!」

 

 操血刃は彼の捕縛布を切る事はできなかったが、ならばと俺は捕縛布が巻き付かれている刃の場所だけをただの血液へと戻した。

 

「何ッ!? ならっッ!」

 

 いきなり支えがなくなった心操だが、すぐさま別の場所に捕縛布を伸ばして俺の操血刃の追撃を避け、更には千切れて空中を舞っていた俺の操血刃を捕縛布で掴み、俺の顔に向かってブン投げてきた。

 でも、操血刃は俺の一部。別の部分から伸びる操血刃で受け止めて合体させ、難なく捌いたと思っていた俺が視界を戻すと、心操の姿はいなくなっていた。

 

「ヤベッ───ガァッッ!!!」

 

 すぐ探そうと動こうとした次の瞬間には、俺は後ろから心操に蹴っ飛ばされた。

 前のめりになって回転しそうになるも、操血刃を伸ばして体勢を戻そうとするが、そこに捕縛布が高速で俺の体に巻き付く。

 

「クッ!!」

 

「逃さねえッ!」

 

 なんとか体を捻らせてすり抜けようとしたが、片腕片足に捕縛布が完全に巻きつき、離れようとした俺の体がピタリと止められる。そのまま引きずり倒されそうになるも、脛当てと籠手から伸ばした操血刃で地面を突き刺し、アイゼンの代わりにしてロックする。そして残りの操血刃は心操に向けて容赦なく伸ばした。

 

「やっぱ……そーゆーのは心操くんの方が得意か……! 俺、コレできるようになったの、つい最近だし……!」

 

「つい最近で、ココまで使いこなせるお前が異常だよ……ッ!!」

 

 彼を捕まえようとする操血刃を避けつつ叫び上げながら、心操は更に捕縛布を絡めようと俺に対して旋回しながら飛び回り、俺の体をミイラみたいに捕縛布で巻き上げていく。

 どれだけ体の刃と操血刃を擦らせても、捕縛布は切れない。少しだけ焦りの感情が滲み出るが、それでも冷静になれたのはインターンの経験だろうか。

 

 操血刃が使えるようになってから、嬉しくて少しコレに頼りすぎたかもしれない。

 

「コイツばっかに頼ってちゃダメだ……原点に還らないと!」

 

「何ッ!?」

 

 心操は声を漏らしながらも、俺の操血刃と斬撃波を避けて更に捕縛布を巻きつけてきたが、俺は更に別の思考を巡らせた。

 この状況を突破するには、捕縛布をなんとかしなければならない。

 

 考え方を変えろ。

 

 切ろうとするな。

 

 切れずとも分離させればいい。

 

 少し前の休日を思い出す。前に海外サイトでナイフを調べていたら、面白いモノを見つけたのだ。

 

 

 

 『ツイストダガーナイフ』

 

 

 

 先端から滑らかに捻れる刃は、人の体に突き刺せば複雑な傷口を作る非人道的な代物であり、日本には法律で輸入できなかった。

 

「更に向こうへ……!」

 

 俺は身体中から生やしていた操血刃を全て仕舞い込み、捕縛布にも構わず刃となった両腕を交差して構える。

 

「ッ!?」

 

 操血刃を収めた事に心操は警戒したが、このまま何もさせずに畳み掛けると、更に機動力を上げて俺を捕縛布でグルグル巻きにしようとする。

 だか、俺は彼に構わず両腕の真っ直ぐ伸びた刃に意識を集中させ、その刀身を斜め斜めへと滑らかに捻らせた。

 

「『Plus Ultra』さ……ッ!!」

 

 更に、俺はその刃を『鎖鋸刃斬人』の如く流れる様に動かしていく、しかし今度は刃を滑らすのではなく、刃の位置そのものをズラしていった。

 

 捻れは加速し、流動する刃からは激しく白煙が噴き上がった。

 

 

 

 

 

「『螺旋刃斬人(スパイラル・スパーダー)』……ッ!!!」

 

 

 

 

 

 俺の両腕は削岩機の如く回旋していた。

 

「ッ!!? マジかよッ!!!!!」

 

「オラァァァァァァァァッッッッ!!!!!!」

 

 そのまま俺は両腕を振り翳し、絡みついていた捕縛布に向かって高速旋回する先端を押し付けると、あれだけ頑丈だった繊維が、白煙を上げながら無理矢理抉り切れていった。

 

「クッッソぉッッ!!!」

 

 捕縛布を引き裂いて拘束から逃れようとする俺に、残る捕縛布を無駄にできないと、すぐさま後退して距離を保とうとする心操。そこに捕縛布から解放された俺のドリルと化した両腕が迫る。

 

「チィッ!」

 

「クッ……!」

 

 建造物を火花を起こして破壊しながら心操を追う俺に、彼は移動に捕縛布を利用して逃げ回る。そしてすぐに彼は俺の新たな必殺技を分析して、攻勢に出た。

 

「ソレ……血の刃と併用できねえのかっ!?」

 

「まだ集中力いんだよッ!!」

 

 操血刃を全然伸ばさず、刃の射出だけの移動に切り替えていた俺が叫びながら心操に向けて回旋する腕を振り回す。バレる前に仕留めたかったのだが、心操の離脱が早かったのと、彼の方が機動力が上だった。

 

「そらよッ!」

 

 心操が瓦礫を捕縛布で俺に投げつけ、難なく腕で破壊する。その瞬間に彼は俺に向かって飛び込んできた。

 

「ッ!」

 

 旋回する両腕を前に突き出すも、心操はスライディングで俺の側面を通り抜け、足に向かって捕縛布を巻きつける。

 すぐに腕を突き刺して破壊するも、振り返った俺の目の前に白い捕縛布が飛び込んできた。

 

「何度もおんなじ……ッ!?」

 

 反射的に腕で薙ぎ払った捕縛布は、あまりにも手応えがなくて俺の腕で空回りし、端末はすぐそこで終わっていた。

 

「……なワケねえだろッ!!」

 

 瞬間、心操の声と共に俺の千切った捕縛布を連結させた紐が伸び、俺の顔と首を捕らえた。

 半壊した建造物の上に着地した心操が、そのまま捕縛布で締め落とそうとしてきたので、咄嗟に硬化して落ちるのを防ぎながら回旋する腕で紐を千切ろうとするも、彼は紐を巧みに動かして俺の腕の先端部を避けていく。

 

「へへ……っ! 先端じゃねえと切れねえみたいだな……それに、回転力が下がってねえか?」

 

「ッ!」

 

 正直言って、鎖鋸刃斬人より体力の消耗が激しい。威力は申し分ないが、タイミングは考える必要がある。操血刃と同時に使えない分、この技はまだまだ改良の予知アリだ。

 

「じゃあ……力比べにする?」

 

「ぐっッ!?」

 

 俺は回旋を止めて普通の腕で顔に絡まった捕縛布を掴み、逆に心操を引っ張る。頭を回旋させる気にはなれなかった。視界と脳がどうなるか、わかったモンじゃない。

 だが、ただの力比べなら俺に分がある。捕縛布は俺が千切ったせいで、長い物が今引っ張っているヤツしかない。

 

「……ッ!」

 

 だが、彼は俺に引っ張られた捕縛布の紐を、不意に自分から手放した。

 

 一瞬だけ俺はバランスを崩し、腕から操血刃を伸ばして地面に突き刺そうとする。

 

 その隙を狙って、飛び出した心操が短い捕縛布を拾い上げながら俺の前まで滑り込み、伸ばしていた操血刃を捕縛布で捕える。

 

「うおぉォォォォォォォッッっ!!!!!」

 

「あッ!!!!!」

 

 そのまま彼は掴んだ操血刃を180°転回させ、その先端を俺へと向けた。

 

 前のめりなった俺に自分自身の刃が迫るも、痛みを軽減すべく硬化を優先していた俺は、操血刃を解除できなかった。

 

 更に別の操血刃で心操を狙おうとしたが、このまま倒れ込むと本当に彼に向かって刃が刺さりそうだった俺は、操血刃を放棄して体から刃を伸ばした。

 

 そうしてお互いの刃が向き合って俺と心操が重なるのと同時だった。

 

 

 

 

 

 フィールドのスピーカーから、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「「ッ!!!?」」

 

 迷彩服を突き破って伸ばした刃で剣山となった俺の真下に、心操が驚きながらギリギリ刃の当たらない体勢で俺と床の間に挟まれていた。

 

『そこまでッ!!!!!』

 

 あんだけテンションが上がっていたのに、ブラドキング先生は実況を止めたのか、スピーカーから聞こえたのはミッドナイト先生の声だった。

 

『もう少し見ていたかったけど……4人投獄が成立したから、第5試合はここまで! これにて全試合終了ですっ!!!』

 

「そんな……っ! ハァ……」

 

 時間切れには早いと思っていたが、どうやら緑谷の方で決着がついたらしい。スピーカーを見上げながら、心操が煮え切らない声を絞り出す。

 

『どの試合も皆、敵を知り、己を知り、よく健闘しました。というワケで、結果発表っ!!!』

 

 俺は操血刃で軽く跳ね上がりながら着地し、立ち上がってスピーカーの方を見る。結果は聞かずとも、3勝1敗1分け。経過は違えど、俺達A組の勝利は、変わる事はなかった。

 

「強くなったね、心操くん……!」

 

 洗脳対策で操血刃の突き破った傷口が、今になって痛くなる。ミッドナイト先生の結果が聞こえて、離れているココからでもA組のみんなが騒いでいるのが聞こえる中、傷口を押さえている俺に対して心操はその場に倒れたまま動かなかった。

 

「まだまだ、だ……実際に対戦してみて、よくわかったよ……お前達ヒーロー科の凄さを、実感した……!」

 

「俺達だってまだまださ……切島くん以来だよ、俺をココまで追い詰めたのは……!」

 

 俺の言葉を聞いて彼は起き上がると、激戦続きでボロボロになった捕縛布を拾い上げて手元にまとめる。

 

「フッ……『Plus Ultra』ってヤツか……! 俺もまだ満足してねえ。もっと高みを目指す……! そして、みんなからの憧れになれる様な、ヒーローになる……!」

 

「それでいいさ。言ったじゃん、君ヒーロー科に入れる気がするって……!」

 

「フフ……っ!」

 

 彼は笑っていた。轟や上鳴、物間とへまた毛色が違うが、彼も笑顔で女をオトせるタイプの男だと思った。

 

「帰ろう。相澤先生達が待ってる」

 

 彼は立ち上がる。俺に背を向けたままクラスメイトと先生達のいるOZASHIKIスペースへと向けて、歩いていく。

 

「A組で待ってるよ……!」

 

「言われなくても……追い抜いてみせるさ……!」

 

 いつか聞いた事のある台詞だとは思ったけども、その時と違って彼の声は顔に似合わないぐらい明るく、希望に満ち満ちた声だった。

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 対抗戦が終了してからクラスでの好評も終わり、ようやくB組や心操とも別れた放課後。

 俺はオールマイトに呼び出された緑谷と爆豪の2人と一緒に、校舎の仮眠室に集合していた。

 

「結局、全てはわからなかった」

 

「「え?」」

 

「あァ?」

 

 部屋に入ってソファーに仲良く並ぶなり、オールマイトは1冊のノートを俺達の前に取り出した。緑谷や俺達学生が使っているような、よくある普通の水色のノート。

 その表紙には太い字で『歴代継承者、個性』『緑谷少年ノート』『FIGHT ! 』と書かれていた。

 

「だが、新たに先代の個性が発現した以上、我々も進めねばならない……次のステップへ……!」

 

「「ッ!」」

 

 それを見た瞬間、俺と爆豪の目が見開く。謹慎から大きな進展がないと思っていたが、ここに来て話が大きく動いた。オールマイトの知り合いだという公安の警察が、調査をまとめてくれたそうだ。

 

「歴代継承者の詳細を可能な範囲でまとめておいた。残念ながら2代目3代目に関しては、手掛かりも見つからなかった……時代とワン・フォー・オールの性質が相まって、記録から探るのは不可能。個性が宿るとわかっていれば、歴代も何かしらの形で残していただろうが……」

 

 そう説明するオールマイトの差し出されたノートを緑谷が手に取ろうとして、横から奪い取った爆豪がペラペラと開いて速読を始める。

 戸惑う緑谷の横で、俺は人数分のお茶をポットで注ぐオールマイトを手伝いながら、今日の暴走の話をしようとすると、爆豪がノートに目を通しながら機嫌悪そうに呟いた。

 

「いっつも、ここで話してたんか……ッ」

 

「う、うん! かっちゃんも来ててビックリした! 切裂くんもっ!」

 

「2人も、秘密を共有する者としてね」

 

 オールマイトに渡されたお茶を飲みながら、爆豪がノートを読んでいる間に俺は緑谷が見たというスキンヘッドの継承者について話を始めた。

 

「緑谷くん……今回も個性使った時……なんか違和感あった?」

 

「いや、違和感どころじゃなかった……アレは……!」

 

 緑谷からエネルギーが放出して暴走した時、彼は一瞬だけ意識をトバしていたらしく、その精神世界で会った人が話していた内容を緑谷は俺達に聞かせてくれた。

 寮の窓を壊した時に見た面影とは違う。完全に緑谷を認識した上で話をする先代の姿に、それを聞いたオールマイトも唸りながら首を捻らせる。

 

「スキンヘッドの継承者……お師匠の前の継承者は、黒髪の青年と聞いている。歴代継承者の個性が備わっていた事はお師匠も知らなかったとして……」

 

「今回の個性の発現……何かキッカケらしいキッカケ、あったんか?」

 

「ううん……ただ『時は満ちた』とだけ言ってた。何が外的な因果関係があるのかも……」

 

 緑谷は自分の手を見ながら答えてはいるが、曖昧すぎて苛立つ爆豪が答える。

 

「オール・フォー・ワンが関係してんじゃねえのか? ワン・フォー・オール……元々アイツから派生して出来上がったんだろ? 複数個性の所持……同じじゃねえか……ッ」

 

 今更かもしれないが、オール・フォー・ワンがワン・フォー・オールを欲しがっているのは間違いない。緑谷に緊張が走る中、それに続いて俺はオールマイトに尋ねた。

 

「オールマイト先生……最近、アイツ何か変な事ありました?」

 

「随分と聞いていないな……大きな変化が起これば、すぐ私の所に連絡が行くようにはなっているが……」

 

 オールマイトも悩みながら返事をする。関係があるのは間違いないが、不明な事が多すぎた。

 今度は緑谷の方へと俺は顔を向けた。ワン・フォー・オールに関するカギは、彼の中にしか存在しない。

 

「その人……他に何て言ってたか、覚えてる?」

 

「う、うん……残りはあと5つとか……『浮遊』をよく使いこなしているとか……」

 

 初代が『力を渡す個性』でオール・フォー・ワンから押し付けられた『力を溜める個性』が複合して『ワン・フォー・オール』となり、無個性のオールマイトを除いて7人もの個性を緑谷は引き継いでいる事となる。

 力を渡すだけの個性である初代はさておき、今の緑谷が使える『浮遊』の個性の持ち主が彼の話から上がらない事に、俺は違和感を覚える。

 

「先生の師匠には会ってないの?」

 

「うん……よくはわからないけど……あの男の人が言うには、なんか『恥ずかしがってる』って……」

 

「?」

 

 意味がわからなかったが、とにかく緑谷がココまで浮遊を扱えている以上、悪い関係ではないのだと思いたい。

 そこにお茶を注ぎ終えたオールマイトも、少しだけ湯呑みをすすりながら話す。

 

「とにかく……またああならぬように、もっとその力を知る必要があるね……!」

 

 新たな特訓の始まりに緑谷が息を飲んで頷く隣、爆豪がノートを見ながら口を開く。

 

「コイツか……第5代継承者『ラリアット』 本名『万縄(ばんじょう) 大悟郎(だいごろう)』 個性『黒鞭(くろむち)』 体から放出する紐状のエネルギーで、捕縛と空中機動を得意とした……」

 

「うわっ、まさにソレだよ!」

 

 隣でテンション高く騒ぎながらノートを覗いてくる緑谷を煩わしそうに顔を顰め、それでも爆豪はノートを読み進める。

 

「コイツもそうだが……どれも特に強え個性持ちってワケじゃねえんだな……聞いた事もねえヤツばっかだしよッ」

 

「えっ!? でもメチャクチャ凄い個性じゃないコレ!?」

 

「テメェは個性なら何でも凄えんだろがッ! 雑魚価値観がッ!!」

 

「ソレ……いろんな方面に酷いよ……」

 

 あまりにも酷い言い回しに緑谷がドン引いている目の前で、オールマイトは冷静に話を進めていく。

 

「爆豪少年の言う事も間違いじゃない。オール・フォー・ワンはワン・フォー・オールに固執していた。今では考えられない程に悪が力を持っていた時代……オール・フォー・ワンは強い者を徹底的に潰していった。歯止めの利かない悪意と支配が、それを可能にしていたんだ……地獄の中を踠き息絶える中、歴代はこの力に未来を託し紡いでいった」

 

「教科書に載らない、裏の話か……」

 

 聖火リレーなんて輝かしいモンじゃない。正真正銘、命を懸けた魂のリレー。彼らはヒーローアニメによくある『選ばれし者』なんかじゃなかった。永遠の様に繰り返される戦いの中で、ただ『託された者』であり『託した者』だったのだ。平和な世界を描いて自分の命を懸けた彼等が、どれだけの覚悟だったのかは俺達には計り知れない。

 少なくとも、トガちゃんと一緒の世界を夢見ている俺には、どうひっくり返っても器になれる人間じゃなかった。

 

 爆豪はノートを緑谷の背中を回して俺に渡してきたので受け取ると、彼はオールマイトの用意してくれたお茶を飲みながら呟いた。

 

「道理で……どいつもこいつも早死にだ……ッ」

 

「え……」

 

「そう……だね……」

 

「………………」

 

 彼の声も聞きながら、俺は渡されたノートを見る。オールマイトの師匠である7代目『志村(しむら) 菜奈(なな)』は、オール・フォー・ワンに殺されたと書いてあった。どんな最期だったのかは想像したくない。

 

 更にページをめくって読み進めても……彼女の『浮遊』から遡って、6代目『揺蕩井(たゆたい) (えん)』の『煙幕』 2代目3代目が名前も個性も不明で……4代目の『危機感知』 どれも俺の聞いた事もない個性ばかりだ。

 唯一、俺が知っていた『黒鞭』の5代目も、早くしてこの世を去っている。こんなの、歴史の教科書には一切書かれていない、本当に時代の影の情報だった。

 

 しかも4代目継承者『四ノ森(しのもり) 避影(ひかげ)』に至っては、途中で記録がプッツリと途切れていた。ほかの継承者は死因まで明記されているのに。

 それをオールマイトに聞いてみたが、結局わからないの一点張りだった。

 

「ひとまずは今回発現した個性『黒鞭』を使いこなせるようにしていこうじゃないか。丁度、ここにはよく似た個性の切裂少年もいるっ!」

 

 本当は瀬呂や麗日辺りも呼びたかったが、また暴走すると危険なので俺達はひとまず4人で体育館へと向かう事となった。

 

 夕日もすっかり暮れた雄英高校の体育館γ。

 照明を点けた広い空間の中で全員ジャージに着替えて、サポートアイテムのガントレットだけ装着した緑谷が、小手だけ装備した俺と素手の爆豪の前でフルカウルを発動してから徐々に出力を上げていく。

 

「フルカウルを『浮遊』よりも強めにして……フンッ!!!」

 

「ンっ!」

 

 オールマイトの窪んだ目が見開いた前で、雷光と纏う緑谷の半壊したガントレットから、あの時と同じ黒と緑に光るエネルギー体が紐状になって放出される。

 

「出た……けどそれガントレットが邪魔してるね」

 

「うん……みたいだね。また発目さんに改良お願いしないと……」

 

 ガントレットを外して素手になった緑谷が、さっきと同じ様に腕を突き伸ばすと、彼の手の甲や指の隙間から黒いエネルギーが伸びて、どっちつかずに伸び広がる。

 やっぱり、ずっと思っていたけども俺の操血刃斬人と同じぐらいの自由性がある個性だ。緑谷との違う事と言えば……質量があるのと、硬化できる事、あと切れる事か?

 

「カスみてえなスピードだな。カエル女の舌の方がまだ早えッ」

 

「うん。でも暴走していた時は、こんなもんじゃなかった……きっとコレも浮遊と同じ……鍛え方次第だと思う……!」

 

 眺めている爆豪の酷評が飛ぶが、緑谷の表情は期待に満ちているほど明るい。今までずっと浮遊を鍛えていたから、また新しい能力に楽しさすら覚えているみたいだ。

 

「緑谷少年……暴走しそうな気配は、あるかね?」

 

「……いいえ、今のところは。ただエアフォースの練習をし始めた頃のような調整の難しさと言いますかスマッシュの出力に苦労していたころの感覚と言いますか力の調整が今までよりも複雑で少し難しそうです。本当ならこの個性は鞭の様にしならせて使うのが本来の力だと思うんですけれどそれを活かすとなるとスマッシュやエアフォースの様な瞬間的な出力調整ができないとこの黒鞭の真の力は引き出せませないと思います。エアフォースの感覚で言うと今自損しない許容上限の25パーセントギリギリまで瞬時に引き出すような力の調整でかなりいい感じに動かせそうなんですが今もフルカウルの35パーセントのほかにスマッシュ60パーセントとエアフォース25パーセント、浮遊の40パーセントで力の調整しながら動いてるのでそこにもう1つの要素が増えるとどうにも今度は頭の許容量を超えてしまいそうなのでどうにかしてそれらを並行処理しながら動けるようにトレーニングをしていきたいと…………ブツブツブツブツ」

 

「そうか……切裂少年」

 

 目の前で10cmにも満たない長さの黒鞭を見ながら呪文を唱えている緑谷を前に、助けてくれと言わんばかりの表情で顔を向けてきたオールマイト。俺はイラついている爆豪を宥めながら簡潔に告げる。

 

「えーと……そしたら、やる事は単純ですよ。フルカウル、スマッシュ、エアフォース、浮遊に続いて、この黒鞭を追加して瞬間的な出力調整をするしかないです。本当は実戦が1番良いんですけど……」

 

 無意識下で2つ以上の事を行うのは、フルカウルからのエアフォース、浮遊で散々体験している。凄まじいマルチタスクが始まるが、またインターンが始まれば彼なら絶対に制御できるようになる。

 なんせ、ワン・フォー・オールの個性は、あと5つも残っているのだ。彼ならやり遂げてくれるだろう。

 

「ケッ! 実戦しかねえなら、積み重ねで馴染ませるしかねえだろうが……ッ! オラァッ、俺から殺らせろッ!」

 

「うわぁ、かっちゃんッ!!?!」

 

 苛立ちと同時に面白そうな笑みを浮かべた爆豪が爆風と同時に突撃をかまし、緑谷は慌てて浮遊で上昇しながら腕から伸びる黒鞭をがむしゃらに振り回し、彼をハエみたいにはたき落とそうとする。

 

「切裂少年……」

 

「はい、先生……?」

 

 飛び回る2人を眺めていた横で、オールマイトが俺を見下ろす。その窪んだ瞳はなんというか、表情が相変わらず窺えない。

 

「君には本当に助かっているよ……ワン・フォー・オールの事も、緑谷少年や爆豪少年の事も……」

 

「ぇ、と……先生?」

 

 いきなりお礼を言われ始めて、なんと返そうか迷っている間にオールマイトは話を続ける。

 

「君がいなければ……2人は今の様に仲良くはなれなかった。皆を正しい方向へと導く君は、まさに自分自身の理想するヒーローに近いと、私は思う……!」

 

 あのオールマイトに、ヒーローを認められたみたいに感じて……少しだけ心が躍った俺だったけれども、彼は俺の事を見たまま少し不気味にも感じる視線を、離さなかった。

 

「君の夢は『明るくて優しい世界』だったね……どうして、その夢を目指す様になったんだい?」

 

「そ、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ゴメンなさい。オールマイト先生でも、ちょっとヒミツです……」

 

「ン……いいさ。君の個人的な想いもあるだろう。私は応援してるよ……!」

 

 そう言ってオールマイトは優しく微笑みかけながら、それ以上俺に問いかけてくる事はなかった。

 

 数分の間だったが、すっかり爆撃を浴びて焦げた緑谷と満足した様な顔の爆豪が戻ってくる。表情は明るいが、目が据わり始めていた。俺も動ける様に着替えてはいるが、クラス対抗戦後で疲労は限界だろう。

 

「今日は、もうこれぐらいにしておこうか……君達もだいぶ疲れただろう」

 

「はい」

 

「はい……」

 

「フンッ!」

 

 こうして軽い特訓と言う名の試験運転は終わり、オールマイトはまだ仕事が残っているのか、校舎の方へと向かってしまった。

 彼と別れて3人で帰ろうとするも、爆豪は先々行ってしまった。が、その後を追おうとする緑谷に、俺にはワン・フォー・オールの事よりも聞きたい事があった。

 

「ねえ、緑谷くん」

 

「え、なに?」

 

 真っ暗に街頭の明かりだけが灯っている帰り道で、緑谷は俺に振り返った。

 

「麗日ちゃんに、なんて言われたの……?」

 

「え……!?」

 

 緑谷は驚いてはいるみたいだったが、普段の彼女との関係を茶化した時みたいな慌てっぷりは見せず、酷く冷静だった。

 

「あの暴走が止まった時……君は……」

 

 それでも好奇心の勝った俺が言葉を続けた時、彼は目の前で少し俯いたまま答えた。

 

 

 

 

 

「……よく覚えていないんだ」

 

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 俺は声を裏返らせた。

 

「確かに、麗日さんが何か言ったのは覚えてるんだけど……そこから記憶がなんか途切れちゃって、5代目の人の話を聞いたら黒鞭も収まって……目の前に麗日さんがいて……」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 垂れ流される彼の説明に、俺は大きくため息を吐く事しかできなかった。

 要は確信ではないが、物凄いタイミングの悪い事が起こってしまったのだと思った。麗日にも話を聞くべきだとは思ったが、7代目をもう少し見習ってほしい。

 

 でも、なんで彼女は力を与えた緑谷に顔を出さないのか、その疑問だけは俺の中に残っていた。

 

 

 

 

 

 そんな拙い会話だけが終わって、俺と緑谷が寮に戻ると共同スペースで鉄哲が切島を殴っていた。というか、B組の生徒達が何人か寮にお邪魔していた。

 

「バカヤロォォォォッッ!!!!!」

 

「グフゥッッ!!!!!」

 

 鉄哲に殴られて地面に吹き飛ばされる切島は、頬を押さえながら上体を起こす。

 

「テメェッ! 弱音吐いてんじゃねえッ!!!」

 

「しかし……今日、俺は完全にお前に上を行かれた……ッ! 試合も自分の強みを出せてねえ……良いトコロなしだ……ッ!」

 

「違うッ! 俺は金属故に熱には強いッ! けどなぁッ、俺が硬化でお前に劣る様にッ! 鎌切の刃が切裂の刃よりも鋭い様にッ! 俺達ゃあ違う強さが、あんじゃねえのかぁっ!!!!!」

 

「うおぉおぉぉぉっ、鉄哲ーーーーーッ!!!!!」

 

「相変わらず、暑苦しいヤツらだなぁ……」

 

「騒ぐなら外行けー!」

 

 差し出した手を掴み、肩を組んで騒ぎ合う鉄哲と切島に泡瀬と耳郎の無慈悲なヤジが飛ぶ中、飯田が帰ってきた俺達の目の前に急ブレーキで止まった。

 

「おかえり! 晩御飯はビーフシチューだぞ!」

 

「やった!」

 

 2戦もやったせいか、対抗戦後ですっかりお腹も空いていた。緑谷が無邪気に喜ぶ向こうで、爆豪がソファーに座って先に食べ始めている。

 

「紅茶を淹れましたわ」

 

「良い香り……! なんて銘柄なの?」

 

「うわあ、スゴい! ねえ、ホークスの写真ないノコ?」

 

「今ちょうど……」

 

 爆豪のいる場所とは別のソファーで、八百万と拳藤がほかの女子も集まってお茶会を開いていたり、常闇の携帯電話を小森が覗き込み、ソレを後ろから黒色が物凄い目力で見ている。

 そんなそこそこカオスな光景に、飯田が言葉を付け足した。

 

「反省と交流を兼ねて、何名か来ている!」

 

「飯食ったら、そっちにも混ぜて!」

 

「緑谷、探したぞ。お前も個性、2つ持ちだったのか?」

 

「あっ、え〜と……!」

 

 緑谷が轟に話しかけられている間を抜けて、俺はクラスメイトの騒ぎの中心から少し離れた場所のソファーに座っている蛙吹と、彼女と一緒にいた麗日の所へと真っ直ぐ向かった。

 

「麗日ちゃん……」

 

「ケロ……!」

 

「切裂くん……」

 

 向こうは近づいてくる俺をすぐに認識したのか、座ったまま顔を合わせてきた。

 

 俺には何故か、少し彼女が怯えている様に見えた。

 

「あの時……緑谷くんに抱きついた時……」

 

「ふぁ……!」

 

 そこまで口に出して彼女が困った様に驚いた時、俺は思わず自身の口元を手で押さえて止めた。

 そして、申し訳なく彼女に告げる。

 

「いや、いいや……」

 

「え……?」

 

 いきなり話を止めた事で少し頬を染めていた彼女も、どうしたのかと俺に疑問を向ける。

 

「麗日ちゃん……」

 

 けれども、俺はもう答えるつもりもなかった。

 

 

 

 

 

 これ以上は踏み込まない。

 

 

 

 

 

 ここから先は、麗日と緑谷だけの世界だ。

 

 

 

 

 

 彼女の想いは不完全燃焼だったかもしれないが……

 

 

 

 

 

 俺が頑張らなくても2人はこの先、大丈夫な気がした。

 

 

 

 

 

 これ以上は野暮ってヤツだと、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女を信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう願って、俺は麗日に笑った。

 

「緑谷くんを止めてくれて……ありがとう……!」

 

「……っ!」

 

 目を開いた瞳が照明でキラキラと輝き、彼女の表情がようやく明るく見えて、俺は安堵する。

 伝えるべき事は伝えた。彼女から離れて、俺は飯を求めて背を向けようとした。

 

 しかし、麗日は俺を呼び止める。

 

「切裂くん……」

 

「麗日ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、彼を呼び止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の澄んだ黒い瞳が、私に疑問を向けて見下ろしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い起こすのは、トガヒミコと彼の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の中で、なんでどうしてと言葉が膨れ上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、喉のすぐ手前まで出てきた疑問を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、そのまま飲み込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ううん、なんでもないっ!」

 

「そう……?」

 

 いつも通りの笑顔向けようとして、彼はまだ納得はしていない様にも見えたけれども。そこへ彼の後ろから数人の声が呼びかけられる。

 

「切裂っ! カラオケやろーぜっ!!」

 

「B組がお前の『Eve』聴きたいってっ!!」

 

「『2億4000万』も見せてくれよっ!」

 

「あ、うんっ! じゃあね……!」

 

 明るくて騒がしい呼び声に引かれて、彼は私達にひと言添えてから、クラスメイトの集まりへと歩いて行く。

 その様子を、隣の彼女と一緒に目で追う事しか、できなかった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 あの日見た出来事を、私達は誰にも言えなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭の翌日、彼とトガヒミコが一緒にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は自分の肩を差し出し、彼女の吸血行為を嬉しそうに受け止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園のベンチに座った彼は彼女と一緒にザクロの飴を舐めながら、話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を話していたのかは、遠すぎて聞こえなかったけれども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の目は恐ろしいぐらい真剣で、彼女も真面目に返事を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人がただの親密な関係ではないのが、すぐわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い返してみれば、違和感は幾つも存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林間合宿では圧倒的な実力で自分達を殺せたハズなのに、血を奪って見逃してくれた事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターンでは味方であるハズの脳無を倒して、自分達を助けた事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵であるハズの彼女の行動に関しては、明らかに謎が多すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、別れる最後にもう一度笑い合う2人を見て思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の目指す『明るくて優しい世界』に、彼女が関係しているのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のために、ずっと背中を押してくれた彼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デクくんの隣に並べるようにと、ずっと応援してくれた彼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣に座る彼女が、自分以外の誰にも聞こえないぐらいの小さな声で囁いた。

 

「お茶子ちゃん、私……やっぱり先生達に……切裂ちゃんとトガヒミコの事、伝えるべきだと思うの……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梅雨ちゃん……」

 

「お茶子ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の自分になら、わかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トガヒミコが、三奈ちゃんと百ちゃんが泣く程羨んだ、彼の隣に並ぶ人間である事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな2人の仲に口出しをするなんて、怖くてできなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、信じてみる……!」

 

「ケロ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼を信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、2人の間を結ぶのは悪い関係じゃないような、気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が彼女と結ばれているからこそ、彼はみんなの背中を押してくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その想いに、嘘偽りはないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ言えないのかもしれないけれども、信じる事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切裂くんの事……私は信じてる……!」

 

「ケロ……そうね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の選択が、隣にいる彼女を苦しめてしまう事になるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『クリスマス』

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