大晦日から年明け。
ヴィラン活発化を踏まえて全寮制となった俺達学生に、特別に2日間だけ許された実家への帰省が終わった翌日。学校からの課題……引いては雄英より上である公安からの指示によって、俺達仮免ヒーロー達へのインターンが再会された。
久しぶりに再開した家族と別れ、制服姿に着替えと日用品の入ったやバッグパックを背負い、ヒーローコスチュームの入ったケースを持った俺が向かうは勿論、マウントレディの所属する『チーム・ラーカーズ』 事務所のある東京へと向かうべく雄英の最寄り駅まで歩いた俺は、最初に峰田と合流する。
「切裂っ!」
「峰田くんっ!」
「「あっけおめっ!」」
走り寄ってきた彼と新年1発目の挨拶をハイタッチで交わすと、少し離れた所の駅前で荷物を集積していた上鳴と瀬呂が手を振っていた。
「あけおめことよろォ!」
「新年早々騒がしいですわね……」
「コレで全員揃ったな!」
2人は俺達と同じ様にラーカーズへインターンを希望、あるいはシンリンカムイやエッジショットから推薦されたクラスメイトであり、そこには今回のインターン組の紅一点である、B組の塩崎も揃っていた。
野朗共の私服は見慣れていたが、普段はヒーローコスチュームの白いトーガしか見た事なかった彼女の、全体的にゆったりとした私服を見るのも新鮮だった。
人数の揃った俺達は仲良く新幹線へと乗り込み、話題は大晦日の帰省の事や年末の特番の話となる。人数が5人だったから座席を回転させて4人掛けにできる席を俺達で取り、塩崎だけ1人の席になってしまった。ただ、本人はそれで構わないと言っていたし、『A組エロバカ4人衆』と呼ばれる野郎共4人の騒ぎには入りづらそうにしていたから、ここは気遣って1人にさせるのが正解だと思った。
「峰田は行った事あんだっけ?」
「ああっ! 切裂ビックリするぜ!」
「ほんと!?」
「マウントレディも、チャートランキングメチャクチャ上がったもんなー!」
「主よ……これからのインターンにおいて、我々に実りある経験がある事を……」
これから向かう事務所に期待を膨らませながら、新幹線の中で朝食を済ませた俺達は東京の『保須』へと到着し、峰田の案内で現在『ラーカーズ』の事務所となっている。マウントレディの事務所の建物へと案内された。
「あっ! ココにしたんだっ!!」
「へへっ! 最初に見た時、オイラもイイなって思ったもんなっ!」
「デケー事務所っ!」
「さっすがは東京だな!」
「少々疲れました……」
最寄駅からは少し離れてるし、サーの事務所には劣るかもしれないが、それでも中々に大きい建物のエントランスからエレベーターを上がって、新品清潔に感じる廊下を通り抜けてオフィスルームに入る。
そこそこ大きめのビジネスデスクに、高そうなキャスター付きの椅子と本棚や大型のパソコン。その席に座っていたのは銅の鉄仮面にビジネススーツを着こなす、マウントレディの会計士さんだった。
「やあっ! あけましておめでとう峰田くん、そして切裂くん! 本当にお久しぶりっ!!」
「「あけましておめでとうございますっ!!!」」
立ち上がって俺達の前に歩み寄ってくる会計士さんに、俺と峰田は同時に頭を下げた。
職場体験以来となる会計士さんと気さくな挨拶をして、次に後ろにいた瀬呂達を紹介する。会計士さんの手に付けている結婚指輪に塩崎や瀬呂が気付いたので、3人には彼が職場体験からの知り合いで、マウントレディのサイドキック兼会計士である事を教えた。
「瀬呂 範太です。ヒーロー名は『セロファン』! よろしくお願いします!」
「上鳴 電気ッス! ヒーロー名は『チャージズマ』! インターンは初めてなんスけど……頑張ります!」
「塩崎 茨……真名は『ヴァイン』……」
「初めまして! 3人とも峰田くんから話は聞いているよ! インターンは未経験だったよね? 職場体験と違う事が色々あるかもしれないけど、これからよろしくっ!」
会計士さんとの挨拶も問題なく済ませた俺は、峰田と一緒にそこそこ広めのオフィスを見渡す。そこには会計士さん以外にも、スーツ姿の人や名前も知らないプロヒーローの姿も慌ただしく動いていた。
「なんか、人も結構多いですね……!」
「チームアップが始まってからは、僕1人だけだと手が回らなくてね……エッジショットのサイドキックにも手伝ってもらってるし……新しく事務員も雇い入れたんだ!」
確かシンリンカムイはミルコみたいにフリーで動いているタイプのプロヒーローだ。ここにいる無名のプロヒーローは、ほとんどエッジショットのサイドキックなのだろう。コスチュームのイメージが忍者とかアサシンっぽいし。
そんなサイドキック達の様子を見ていた時、俺達の入ってきた後ろのドアが開いて、雄英でのヒーロー情報学以来の再会となったマウントレディと、続く後ろに彼女の所属する『ラーカーズ』のメンバーである、シンリンカムイとエッジショットが現れた。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」
「「「マウントレディっ!!!」」」
「エッジショットにシンリンカムイも!!」
いつものヒーローコスチュームに身を包んだマウントレディに上鳴と瀬呂の2人と声を合わせ、彼女達と新年の挨拶を終えてから今日1日の大まかな仕事と、最初の任務であるパトロールのチーム分けが始まった。
「じゃあ早速だけど……これから各グループに別れて市内のパトロールに出発するわよ!」
「学校から郵送された書類で君達の個性は確認したが……実際にどれほど動けるかを見たい。パトロールに同行して保須の土地を覚えてもらう他、君達の純粋な力を見せてもらうぞ」
「仮免とはいえ、街に出ればお前らはヒーローとして見られる。油断するなよ、俺達も厳しくいくぞ」
「「「「「はい!」」」」」
エッジショットやシンリンカムイからの言葉に、俺達は気持ちを入れ替えて気合の入った返事をする。2人から期待のこもった視線を受けながら、チームが手早く振り分けられていく。
マウントレディには俺と峰田、コレは当然。シンリンカムイには、彼と同じ様に空中機動を取れる瀬呂と、茨での移動方法を成長させたい塩崎。エッジショットに上鳴が配分された。
と言っても、チーム分けは日ごとに変える予定だそうだ。峰田も忍者の様なエッジショットの動きを学びたいらしいし、俺もシンリンカムイの樹木での移動を学びたい。操血刃を覚えてから瀬呂にもだいぶ教えてもらったが、やっぱり1度プロにも見てもらいたかった。
「それじゃあ、みんなコスチュームに着替えてきてちょうだい!」
「向こうの部屋に更衣室があるよ! 前と違って、今度は男子用もねっ!」
「「はいっ!!」」
少し懐かしくなる台詞をマウントレディと会計士さんから受けながら、俺は瀬呂や上鳴と一緒に峰田に招かれて早速ヒーローコスチュームに着替える。サーの時と同じく本格的な仕事のインターンだが、今日の迷彩服は街中でも目立つ、クリプテック迷彩にした。
終業式以来、久しぶりに袖を通したヒーローコスチューム。休み中の特訓は緑谷みたいに、ジャージの上から小手と脛当てを装着していたから、新年も合わさって新鮮な気持ちだ。
「ッしゃあっ! 張り切っていこーぜっ!」
手荷物でずっと抱えていたサポートアイテムのエレクトライダーを片手で抑え、青いサングラスを装着した上鳴が意気揚々と声を上げる。が、その後ろから俺が声をかける。
「上鳴くん、ソレ消費電力に気をつけてね。耳郎ちゃん、今いないんだから」
「わ……わかってらぁっ!」
「お前も『ギャングオルカ事務所』の方が良かったんじゃねえのか?」
瀬呂からも茶化されてスケボーを抱きしめながら困惑する上鳴が俺を睨むが、その反対側から峰田が俺を見上げて疑問の声を上げる。
「つか、お前なんか背ぇ伸びたんじゃねえ?」
「そう?」
彼のひと言に少し戸惑いながらも返事をすると、その会話にマウントレディまで俺を見て呟く。
「確かに……あなたもう少し小さかった気がするわ……」
確かに終業式後のクリスマスの時に感じたが、同じ身長だったハズの切島を、ほんの少しだが見下ろしている気がするとは思った。今更、成長期なのだろうか。
そんな話をしていると、目の前の峰田が大きく息を吐いて俺を羨む様に見上げてくる。
「カーーーッ、イイよなぁ……オイラもこんな体じゃなかったら……今頃チビッ子だけじゃなくて、女性ファンからもチヤホヤ───
「お前が170cm以上もあったら気持ち悪いだろうよ……」
「お前はオイラ達背のちっさい異形型全員を敵に回したァーーーーーッ!!!」
「……哀れですね……理想の幸福を求めるあまり、すぐ隣の想い人にすら気付けない……」
「……え?」
最後の塩崎の呟きは、俺にしか聞こえないぐらいの小声だった。
彼女の言葉など知らず、瀬呂の言う事に納得いかず騒ぎ始める峰田を落ち着かせ、俺達はそれぞれのプロヒーロー達に連れられ保須の市街地を飛び出した。
「ふふっ、あなた達とのパトロールも、ずいぶん久しぶりね!」
「職場体験から……何ヶ月でしたっけ?」
「ハッカイサイの事件が終わったら、すぐにチームアップしようと思ったのに……だいぶ振り回されたもんな!」
と言っても、開幕からビルをすっ飛んで行ったエッジショットやシンリンカムイ達と違って、俺達はいつかの職場体験と同じ様に歩きで見て回る。マウントレディの個性も上手くやれば高機動が取れそうなのだが、一歩間違えれば建物を壊しかねないから危なすぎてやりたくないそうだ。
「キタコレ……!」
「キタコレ」
「キタコレ」
「キタコレ……おっ、ブレイズもいる……!」
マウントレディを先頭にして保須の市内を歩いて行くと、事務所前で出待ちしていたのか、キタコレ族が離れた所からカメラを構えながら、俺達の後を追ってくる。
「今日もキタコレ族は元気ですね。まだ元旦なのに」
「平日でもカメラ構えてるけど、あの人達って普段どんな仕事してるか気になるなオイラ」
「そこは触れてはいけないところよ」
マウントレディの人気は見ての通りだが、保須に引っ越したのも原因なのか、キタコレ族以外にも道ゆく人々から声援を受けている頻度が、田等院より遥かに増えた気がする。
「先月のビルボードチャートも、大盛り上がりでしたね」
「そうねっ! まさかリューキュウを追い抜くなんて、思ってもいなかったもの!」
「デビューからざっと1年でトップ10突入なんて、マウントレディが初じゃないスか!?」
もっと速いヒーローなら、18歳でデビューしたその年でトップ10入りした『ホークス』がいるが、それでもマウントレディの追い上げは凄まじかった。
史実の彼女のランキングが何位だったのかは忘れてしまったが、あそこまで高くなかったハズだ。もしかしなくても、インターンで八斎會の事件に大きく関わらせてしまったのが主な原因だと思う。
史実と違って文化祭の後にプッシーキャッツが顔を出さず、ラグドールさんの鬼催促電話が日常茶飯事だった頃。テレビで生放送された『下半期ヒーロービルボードチャートランキング』では、以下の通りの結果だった。
No.10ドラグーンヒーロー・リューキュウ
No.9山岳ヒーロー・マウントレディ
No.8洗濯ヒーロー・ウォッシュ
No.7樹木ヒーロー・シンリンカムイ
No.6シールドヒーロー・クラスト
No.5ラビットヒーロー・ミルコ
No.4忍者ヒーロー・エッジショット
No.3ファイバーヒーロー・ベストジーニスト
No.2ウィングヒーロー・ホークス
No.1フレイムヒーロー・エンデヴァー
彼女が1桁台に乗った事でキタコレ族はもちろん、純粋な彼女のファンも大勢喜んだだろう。そんなトップ10ヒーローが3人も手を組んだチームであるラーカーズが、人気の出ないワケがない。道ゆく人から賞賛の声が聞こえるし、他の事務所のプロヒーローからも声がかけられていた。
そんなテレビでの光景を思い出して、俺はマウントレディと一緒になって民間人に手を振りながら彼女に声をかける。
「そう言えば、ランキング見てた時にリポーターからコメント求められてましたけど……」
「え、ええ?」
俺は顔を戻してマウントレディと並び、そのまま彼女と視線を合わせた。
「シンリンカムイと熱愛疑惑って、本当ですか?」
「ねっ!?! そ、そんなワケないじゃない! 切裂くんメディアの言った事、鵜呑みにしすぎよ!!」
俺のストレートな問いかけに、彼女は少し顔を赤くしながら怒ってしまった。
かと思ったら、今度は口元に手を当てて含み笑いをしながら、少しモヤモヤする視線を俺に向けてくる。
「それともなぁに〜? サイドキックの約束守ってもらう前に私が彼と夫婦になったら……やりづらいのかしら?」
「えーーーッ!!? そりゃねーーーッスよっ!!」
俺が何かを言う前に後ろの峰田が叫んだが、そんな様子を見てマウントレディは笑っていた。
「ふふっ、大丈夫よ。あなた達がプロになるまで私、そーゆーのは待つつもりだから……!」
待つ必要なんかないです。そう素直に伝えても、彼女は俺に優しく視線を向けるだけで、答えてはくれなかった。
実際、彼女とシンリンカムイがどうなのかは神のみぞ知る所になりそうだが、ラーカーズとしてチーム結成した辺り、悪い関係には見えなかった。
この2人なら上手く行く気がする。なんとなくそう思った。
「それより、ブレイズ……あなた大丈夫? その……個性の事……」
「心配ないですよ。コレでだいぶ出来る事、増えたんですから……!」
話は変わって心配するように声をかけてきたマウントレディに、俺は籠手から数本の操血刃を短く伸ばして彼女に見せつける。
俺の個性が進化したのは、八斎會の現場でも見ていたし、インタビューの授業の時にも安定して使える様子を披露した。それでも彼女の表情は歯痒いままだったが。
「そう…………でも……あんな無茶、あれっきりにしてちょうだい。職場体験の時も思ったけど……もう少し自分の事を大切にして……?」
「そ、そうですね……善処します……」
思えば今に至るまで、病院のベッドでお世話になる機会は圧倒的に多かった。主人公の緑谷にも負けないぐらいの頻度でだ。
文化祭もクラス対抗戦も平和に終わったから、しばらくは激闘はないと思っているが、いつかは死柄木達との激闘も待っているのかと思うと、彼女の願いに応えられるようになるのは、もう少しだけ先になる。
それまでに、この操血刃の練度を上げて備えなくてはならないと考えていると、後ろを歩いていた峰田が俺の隣に並んだ。
「マウントレディ、お前が目覚める前にお見舞い、来てたんだぜ。林間合宿の時もなっ」
「え?」
俺の事は峰田から聞いてはいると思ったが、病院にまで来ていたのは今初めて知った。どこか楽しそうな彼に続いて、マウントレディは言葉を返す。
「当然でしょ? あなた達はオールマイトの引退した、これからの時代を生き残る事になるのよ? それに……」
そのまま彼女は迷いなく俺と峰田に告げる。
「あなた達はもう、みんなに夢と希望を差し示せる、ヒーローだから……!」
本当に、そうなのだろうか。
トガちゃんのために作る世界で皆が幸せににれるなら、それでもいいと思った。
それでマウントレディが幸せになれるなら、俺に躊躇いなんてなかった。
彼女がヒーローとして輝いている世界を、俺は見届けたい。できればシンリンカムイと幸せになっている世界まで……!
そんな決意がみなぎるインターンだった。
その日はマウントレディがいつものファンサービスする大きな公園に移動して、適度にファンサしてからまたパトロール。俺も峰田も久しぶりに子供と交流できて、ご満悦だった。
午後からは会計士さんの指導の下で書類作業。さすがに元旦から暴れる様なヴィランは、この国にはいなかったみたいだ。
そうして、この日は大きな事件も起きる事なく、俺達のインターン初日は終わった。
・・・♡・・・♡・・・
インターン2日目、今日はシンリンカムイのチームに入ってパトロール。昨日は一緒だった峰田は、エッジショットのチームに行った。瀬呂と上鳴はマウントレディのチームへ。ちなみに、今日の迷彩服はスプリッター迷彩だ。
そして、塩崎は昨日からの続投。あんまり話した事ないし、B組の中でもクセの強い性格をしている。瀬呂は昨日どうやって、この彼女とコミュニケーションを取っていたのか聞けばよかった。
「よろしくお願いします!」
「ああ。君の活躍は『岳山』からよく聞いている。期待しているよ」
史実ではちょくちょく見る機会が多かったものの話す事になるのは初めてだったシンリンカムイだが、喋り方が堅苦しいだけで意外にも話しやすい性格なのは伝わった。
全身を木目の目立つ木の様な体に包まれた異形型の彼は、オーガニック素材の青っぽいヒーロースーツに、会計士さんと同じ体の一部なのか木でできた鉢の様なヘルメットを被っている。その隙間から見える視線は、鋭くも優しさを感じる瞳だった。
「資料で確認したが、君も空中機動が得意らしいな。早速だが、その技量を見せてもらうぞ。ヴァインもついて来い!」
「はい!」
「仰せのままに……!」
事務所の屋上から走って柵を飛び出し、自らの腕を樹木の様に伸ばして信号機や電柱を掴み、ターザンロープのように遠心力を利用して移動するシンリンカムイに、俺は操血刃で地面や物を傷つけない様に跳ね上がりながら彼を追いかける。塩崎も頭から茨をゾロゾロと伸ばし、建物の壁や屋上を這う様にして移動していた。瀬呂のテープと違って、伸ばした茨は動かす事ができるから、移動の自由度は高い。空中機動は得意じゃなさそうなのは察していたが、白のトーガ姿で両手を合わせている彼女の茨だけが蠢いて移動する様子は少しシュールだった。
「なるほど……ッ! 伊達に修羅場を潜り抜けてきたワケではないな……!」
飛び回りながらシンリンカムイは後ろを振り返って、操血刃を縦横無尽に伸ばしながらしっかりついて来ている俺を見て頷くと、機動に関しては悪くない動きだと褒めてくれた。次はヴィランが出てきた時の対処が見たいと言っていたが、そんな都合良くヴィランが現れるワケもないので、少し速度を落としながら彼は俺達のすぐ近くを飛ぶ様に移動する。
そんなシンリンカムイが不意に俺へと声をかけた。
「君には感謝しているよ」
「はい?」
口元が見えないので、いきなり語りかけてきた言葉に俺が困惑していると、彼は跳ね上がる俺に高度を合わせる様にして移動するという芸当を見せながら、顔を向けて言葉を続ける。
「あの俗物の傾向が強かった岳山が……君に出会って確かに変わった。金や名声の為だけでなく、世の為人の為と考える様になった」
「そ、そうですかね……? あんま、変わった気がしないんですけど……」
「ハァ…………罪……」
塩崎の呟きは、空中機動をとる俺には聞こえるハズもなかった。
ファンサでキタコレ族を囲ったり、シャンプーの広告に出たりと、ショービズ色の強いヒーローのど真ん中を突っ走っている様に見える彼女だが、シンリンカムイには違うように見えたのだろう。もしかしたら俺には、わからない世界なのかもしれない。
「経緯は知らないが、あれ程の成長を果たしたんだ。彼女がトップ10に入ったのも、君の影響が大きいだろう」
「俺はなんもやってないです……それより、フリーでトップ10に入ったシンリンカムイの方が凄いですよ」
フリーで更に上はNo.5のミルコがいるのだが、シンリンカムイは彼女よりもショービズから距離が遠い。そんな中でNo.7を掴み取った彼の実力は相当だろうし、俺にはわからない努力もあったハズだ。
「まあ……俺も少し前は人気が伸び悩んで迷走していたからな。だが、結局はヒーローとして成すべき事を成すのが、最も人を集める手段である事を知った。俺には、それ以外わからん」
シンリンカムイにそんな悩みがあったなんて知らなかったが、見た目によらず人間臭い姿に俺は彼へ共感を覚える。マウントレディ曰く、エッジショットから彼へ『ラーカーズ』の誘いが来た時、2時間ぐらい咽び泣いて喜んだらしいし。
そんな中、それまで黙ったまま移動していた塩崎が、ハッキリと聞こえる声で俺とシンリンカムイに告げた。
「ッ! なにやら不穏な影……!」
「見えた。あそこか……ッ!」
「まだ三が日だってのに……っ!」
車の往来する大通りの中で、人混みは目立つ。保須も東京の都心から離れているとはいえ市街地には変わりないから、人の悲鳴が合わされば何かあったのかは一目瞭然。
「異能解放万ざ───ぬおぉぉォッ!?!!!!」
「ぎえぇェェェッ!?!!?」
「なんだこのツタッ、あぁァァッ!!!!!」
なんか軽トラに乗って街宣しながら、バカな事をしようとしていたヴィランをシンリンカムイが『ウルシ鎖牢』で車体ごと巻き上げながら空中に放り投げ、そこを俺の操血刃と塩崎の茨が放り出されたヴィランをグルグル巻きにして電柱に縛り付けた。
「あっけなかったですね」
「主よ……あの哀れな愚者に、裁きを……」
俺は千切った操血刃を腕に戻し、隣で祈りを捧げている塩崎と同時に地面に着地すると、放り上げた車両を樹木で道路脇に戻したシンリンカムイが、携帯電話を操作しながら俺達に告げる。
「事務所と警察への連絡はとった。すぐに回収されるだろう」
交戦時間10秒にも満たない一瞬の早業に、その場にいた民間人から驚きと歓声が湧き上がるも、シンリンカムイは適度に手を振って再び樹木で信号機を掴んで飛び上がり、塩崎もそれについて行こうとするので、俺も軽く手を振りながら操血刃を伸ばして跳ね上がった。
「最近、あの様な輩が増えました……」
「平和の象徴が不在となってから、ヴィラン同士による組織化された犯罪も増えた。前の『死穢八斎會』も同じだろう?」
塩崎とシンリンカムイの会話を聞きながら、今さっき捕まえたヴィランの叫んでいた台詞を思い出し、俺は『異能解放軍』について調べていた事を思い返す。
オール・フォー・ワンと同じぐらい名の知れ渡った犯罪組織のトップである『デストロ』と、彼が自殺する前に残した伝記であり、解放軍の残党である構成員の経典でもある『異能解放戦線』 オール・フォー・ワンが逮捕されてからというものの、今度は自分達が世界を牛耳る番だと言わんばかりに、奴等の布教行為は勢いを増している。最近この本も増刷されたそうだ。
元々、こんなコスチュームをしていたせいか、昨日の公園でファンサしてた時にも知らない人から本を押し付けられ、普段の登校中に俺のファンを公言するヤツから貰った事もある。俺だけでもう5冊目に突入していたし、他のクラスメイトは貰うどころか本の存在も知らない人がほとんどだった。
少しだけ気になったから読んではみたものの、曲がりなりにも超常社会を憂いて変革を望んだ『デストロ』の生涯を書いた普通の伝記だった。この辺は『ステイン』とよく似ている。
俺も一歩間違えると、こうなりかねないのは学んだつもりだ。
「あの時は手を貸せなくて、すまなかった……岳山から話は聞いていたが、非常に危険な状態だったと聞いている」
シンリンカムイはビルの間を飛び回りながら、俺に振り返って謝ってくる。
彼とエッジショットは八斎會の支部に襲撃を仕掛けていたのだ。インターン生の俺は知らない、必要のある配分だったに違いない。
「大丈夫です。確かに危ない所でしたけど……あの経験を経て俺も成長できましたから……!」
操血刃を伸ばしながら飛び跳ねている俺の言葉に、隣で優々と茨で移動する塩崎が割り込んできた。
「クラス対抗戦の前、取蔭さんも仰ってました。『なんか垢抜けてイケメンになった気がする』と……」
「そ、そう……」
褒められた様な、そうでもない様な。今日に至るまで修羅場は潜ってきたつもりだが、そこまで変わるだろうか。
そんな事を考えつつも、俺はマウントレディを自然に『岳山』呼びするシンリンカムイに顔を戻して追いかける。
「そう言えばシンリンカムイ、ビルボードチャート生放送の時……」
「ん?」
今度は樹木で移動する彼に、俺は操血刃で跳ね上がるのではなく、彼と同じ様にロープで掴める物を引っ掛けながら移動して並んだ。
「マウントレディと熱愛がどうのこうのって言われてましたけど……」
「……まあ、君達ぐらいの歳なら、本来はそういう事に興味を示すのは、当然なのだろう……」
一瞬ピクリと反応したシンリンカムイは、樹木でビルの壁を引っ掛けながらチラリと俺を見た気がするが、どこか達観した様な言い草がむず痒く、俺はマウントレディのためにもうひと押ししてみる。
「ラーカーズの前から一緒に仕事してるって聞いてましたけど……俺、結構似合ってると思うんです……!」
「生憎だが、俺と岳山はプロデビュー時期が近かっただけだ。それに……彼女も人気が登っている中で、そんな報道はされたくないだろう」
「そんな事ないです。これからの時代はオールマイトやエンデヴァーみたいな、圧倒的な力が支える孤高のヒーローじゃありません」
「………………」
俺の言葉にシンリンカムイは腕の樹木で飛び上がりながら、少しだけ迷っている様な視線だけを向けていた。
「大切な人と手を取り合える様な……明るくて優しい世界に、真の平和はあると思ってますから……!」
この人もマウントレディも、これから先の未来を生きる。絶対に必要な人達だってのは、なんとなくわかった。
だからって話じゃないけども……この2人なら俺とトガちゃんに負けないぐらいの、素敵な未来を描けると思った。
だが、その俺の言葉に塩崎が茨で追いつき、間髪入れずに声を挟む。
「なら何故、芦戸さんをフッたんですか……?」
「へぇッ!?」
待って、聞いてない。なんで彼女が知っている?
一瞬空中でバランスを崩すも、操血刃を更に伸ばして街路樹に引っ掛けながら、俺は空中に跳ね上がる。
「な、なんで……?」
俺の問いかけを察した塩崎は、移動しながら大きくため息を吐いた。
「貴方が知る由もありませんが……ヒーロー科のグループメッセージには、私達女子のみの専用グループも設立されてます」
じゃあつまり……文化祭の時、俺と芦戸が一緒になったのは女子達による策略で、彼女の告白の結末はヒーロー科1年の女子全員が知っている事になる。そして、俺が彼女を拒否した理由も。
彼女は確か文化祭の後、A組B組の女子全員で打ち上げに行っていた。あれは彼女を励ます意味もあったのだろう。俺とトガちゃんが密会している裏で。
それでも塩崎が俺に問いかけてきたのは、きっと本心を見極めたいから。
「そこまで他者への想いを尊ぶのであるなら……何故今、彼女の想いを突き放したのですか? 私達の学校生活は……あと2年も、ありますのに……」
雄英高校のヒーロー科は、基本的学年が上がってもクラス替えは起こらない。3年間をずっと同じ面子で過ごす事となる。
そんな環境で恋愛のゴタゴタなんて起こせば、流石に教師も一考を始めるとは思うが、仲が拗れるのは火を見るよりも明らかだ。
それでも、俺は彼女の想いには応えられない。
「……芦戸ちゃんには、切島くんがいるもの。あの2人の関係に、俺が入る余地は無いよ」
「八百万さんも泣かせておいて、ですか?」
「え……!?」
待って、聞いてない。彼女が泣いていたって……
「うわッ!?」
操血刃を引っ掛け損ねて体を街路樹に突っ込ませるも、俺は枝を数本バキバキと折りながら飛び出し、歩道橋に操血刃を伸ばして跳ね上がる。そうしてなんとか、悠然と移動を続ける塩崎に追いつく。
「い……いつ……?」
「察しのいい貴方なら、わかるハズです……!」
文化祭の終わりと同時だ。もしかしなくても、見られてたんだ……
塩崎に睨まれながら、俺はクリスマスでプリプリしていた彼女の事を思い返した。
八百万は確か『魔法ヒーロー・マジェスティック』とかいうヒーローの事務所に、B組の取蔭と一緒にインターンに行ったハズだ。あそこのプロヒーローは女好きを公言していたが、まさか学生に手を出すとは思っていないし……ただ、彼女が変な知識を身につけてきたらどうしようかという心配の方があった。
確かに林間合宿終わってから態度が変わった気はしていたし、この前のクラス対抗戦だって彼女はいつも通りの立ち振る舞いを見せていた。
病院でヤオヨロッパイに埋めさせてくれたのは、天然だからとか気にしてないとかじゃなかったんだ。
言葉が出てこなかった俺に、塩崎は憂いた視線で俺を見ながら、まだ話を続ける。
「ブレイズ……貴方の想いが揺らぐ事はないと、私は確信しています。ですが……貴方がヒーローとしての使命と覚悟を背負う裏で、確かに泣いていた人がいた事を忘れないように……」
だからって、俺にどうしろと? とは言えなかった。
纏めて幸せにしてやれ?
無理だ。俺はもう全てをトガちゃんに捧げてる。
この残り火じゃ、なにも幸せにできない。
たまに考えてしまう時がある。
俺がトガちゃんと出会わずに、雄英のみんなと騒いでいる光景を。
でも、浮かぶのは情景だけで、何も動いていないんだ。
考えるだけで、想像ができないんだ。
彼女に出会わなきゃ、俺は此処にいないのだから。
俺にできる事は、必ずトガちゃんと幸せになる事。
自分の方が幸せにできたなんて、思わせないために。
そう思うと、少しだけ気持ちが楽になった。
「まぁ、なんだ……他人を気遣う前に、自分の身の回りを何とかすべきなんじゃないか……?」
少し呆れた様な声を漏らしたシンリンカムイに、俺は勘違いしないでほしいと少しだけ声を荒げ、次に操血刃を引っ掛ける箇所を見据えながら、ハッキリと答えた。
「俺にはもう……決まった相手がいるんで……!」
「そうですか……」
「そうか……まあ、頑張れ………
………岳山は確か今年で24だったよな……? あと、2年か……うむぅ……」
急に移動速度を落としたシンリンカムイが後ろでブツブツと呟いていたが、俺は彼の言葉に耳を澄ますよりも塩崎を追いかけていた。
「……今話した事、オフレコにできる?」
「一考の猶予を頂きます」
真顔で告げる彼女に焦燥感を抱くも、これ以上は何もできない。ただ、きっと否定的には取られてないと願いながら、彼女の反応を伺う事しかできなかった。
そこに加速を取り戻したシンリンカムイが俺と塩崎を追い越し、俺達に優しい口調で語りかけてくる。
「君達と違って、俺にはまともな高校生活もない。その恵まれた環境と思い出を、大切にな……!」
「「はい……!」」
シンリンカムイの過去は壮絶だったと、昔何かのドキュメンタリー番組で聞いた事があった。人気が伸び始めたのも、彼の幼少期が放送された頃からだったとか。
きっとテレビじゃ脚色されただろうし、本人も話題に出そうとしないから聞くのは憚られた。きっと彼の過去を知れるのは、相澤先生のジョーク先生みたいに最も彼の近くに寄り添える人だけだ。
だから、俺はマウントレディと彼の背中を押したい。
いつか、話し合える関係になれると信じて。
・・・♡・・・♡・・・
インターン3日目。この日はエッジショットとチームを組んでパトロール。峰田がシンリンカムイの所に行って、塩崎はマウントレディ。俺は瀬呂と上鳴が一緒だった。ちなみに、今日の迷彩服はブラッシュアップ迷彩にした。
「「「よろしくお願いします!」」」
「うむ。2日経って多少は慣れてきたかもしれぬが、大なり小なり事件は起こるのがわかっただろう。三が日だからと油断はしない事だ。ついてこい」
顔の右半分を覆い隠す様に折れ曲がった灰色の前髪に、縦に2つに分かれた後ろ髪。赤と紺のツートンカラーの忍者装束に身を包んだヒーローコスチュームのエッジショットに3人で挨拶すると、彼は俺達の機動力をわかっていたのか、最初から高速機動で街を駆け抜けていく。
彼の個性『紙肢』は体を細い糸状にして敵を貫くのはもちろん、変化を繰り返して高速で移動する事もできるが、生身の身体能力もかなり高い。シンリンカムイよりも素早くビル群を抜けていく彼が、忍者を謳っているのも納得だった。
「速えぇッ!?」
「けどッ!」
しかし、俺達も負けてはいない。瀬呂は俺以上のテープ技術で空中を飛び上がり、ビルの壁を駆け抜ける。そして上鳴はエアログライダーで自由飛行しながら、エッジショットに余裕で追従していく。そして俺も普段の訓練場から本物の市街地に変わって、操血刃の動きにも慣れてきた。
紙糸から人間の姿に戻ってビルの壁を蹴り上げたエッジショットが、次の瞬間には紙糸に変化してビルを登っていく。そこにビルの縁までテープを伸ばした瀬呂が巻き取りながら飛び上がり、操血刃を背中から蜘蛛みたいに伸ばした俺が彼に遅れてビルの壁を駆け上がっていく。
こうして保須の1番高いビルの屋上に立ち、周囲の景色を眺めるエッジショットに俺と瀬呂が追いつき、最後に飛行する上鳴がスケボーに乗ったまま空中で静止する。
「悪くない動きだ。そこのチャージズマは、まだ改善の余地があるが」
「ゼェ……ゼェ……! ウッス……!!」
「それにしても、保須も滅茶苦茶広い都市っスよね? どうやってヴィランや事件とか探すんですか?」
電力の制御が疲れるのか、膝に両手を当てて息を吐く上鳴に対し、まだ余裕そうな瀬呂が手すりの上にしゃがみながら、バイザーを上げて保須の街並みを見渡す。俺もヘルメットのゴーグルを下ろして、賑やかな市内を拡大と縮小しながら見渡した。
そんな俺達3人に、腕を組んで足を合わせた直立不動で立つエッジショットは顔を動かす事なく、口元を隠す覆面から視線だけを動かしていた。
「探すのは事件ではない。事件には何かしら兆候があり、それは違和感となって日常に紛れ込む」
彼の言葉を聞いて、俺は下ろしていたゴーグルを上げて今一度保須の街並みを見渡しながら、エッジショットの話を聞いた。
「事件でなく、違和感を探せ。景色、音、匂い、温度……五感をフル活用しろ。事件が起きる前に防ぐのが最善……そのためには観察力が必要不可欠。人だけでなく、全ての物事に集中するんだ」
まさに忍者の様な口振りに、俺も瀬呂もウンウン頷きながら保須の景色に集中する。上鳴はアホになりかかっていたけども。
「一朝一夕で身につくモノではない。だが、経験を積めば、確度は上がる。常にPlus Ultraだ」
「ウェイ…………え!?」
「エッジショットって……!」
上鳴と瀬呂が問いかけた時、エッジショットはその違和感を見つけたのか、柵から飛び出して体を紙糸に変えながら俺達に振り返った。
「知らなかったか? 俺も雄英のOBだ……!」
「待って、エッジショット……!」
紙糸になりながら空中を駆け抜けるエッジショットを、俺と瀬呂は闇雲に飛び出してテープと操血刃でスイングしながら、上鳴は彼の後ろを追いかける様に飛翔する。
「雄英で努力を……そして此処、インターンでは経験を積み重ねよ。山の如くな!」
「見えた! アレだッ!!」
エッジショットが呟きながら降下し、ビルを駆け抜けていく視線の先。瀬呂が大通りに面する百貨店から、騒ぎと人混みを発見して叫んだ。
年始のセール品である福袋を、ガラスを破壊した百貨店からありったけ盗み出している馬鹿デカいヴィランと、その取り巻きだった。
「ヤベえッ! ヒーローが来たッ!!」
「アレはエッジショットだッ!!!」
「叩き落とせッ!!!」
取り巻きの1人が叫んだと同時にデカいヴィランの持っていた、福袋が滅茶苦茶に押し込まれた大きな袋が空中を飛翔するエッジショットにブン投げられたが、彼は体の一部を紙糸に変えて難なく回避しつつ、投げられた福袋の袋を俺達の方へと受け流す。
「フン……我が必殺忍法を使うまでもない……!」
「ヤッベ! 福袋っ!!」
「おっとっ!」
乱回転しながら迫るデカい袋は俺が操血刃を数本束ねて難なく受け止め、空中に舞った赤地に白文字で書かれた福袋を瀬呂がテープで貼り付け、電柱や街頭に引っ掛ける。
そんな俺達の前で、紙糸から人の姿に戻ったエッジショットは懐からクナイを数本取り出して投擲し、逃げようとしていた取り巻きのヴィランを全て衣類に突き刺し、地面へ磔にする。
「ぐあッ!!!?」
「ギャアァァッ!!!」
「ヒィィィィッ!!!」
「クソッ!! 死ねぇェェェッ!!!」
たちまち戦意を喪失された取り巻きに対し、巨大ヴィランはエッジショットに殴り掛かるが、奴の拳が彼を捉える事はない。紙糸に変化して瞬間移動の様に後退した彼は、上空を飛行する上鳴に淡々と告げる。
「引導は任せるぞ、チャージズマ」
「100万ボルト……『雷霆』ッ!!!!」
「ぐおぉォォォォォッッ!?!!!?!!」
最後に上鳴が上空からポインターと電撃を放って、脳天から電流を浴びた巨大ヴィランは黒焦げになって鎮静化した。
動けなくなった取り巻きを全員テープと操血刃で巨大ヴィランごとグルグル巻きにし、福袋も全て無事な状態でお店に返す。そうしている間にエッジショットが呼んだ警察とサイドキックが到着するまでの間、少しだけ周りの観客とも野次馬とも言える人達と交流しつつ、捕まえたヴィランを順番に交代で監視。その警察が到着したら後処理を申し送り、俺達は再び元のパトロールへと戻っていく。
「よし、再びビルに上がって違和感の鍛錬といこう」
民間人とのファンサービスは程々に、紙糸に変身して高速で移動するエッジショットを、俺達は追いかけた。
そこに上鳴が少しスケボーの高度を落として、俺達に聞こえる声で話を始める。
「いやぁ〜っ! 最初は緊張したけどッ、こんな経験できたなら俺もインターン行きゃあよかったぜ!」
「『校外活動』の経験が出たんじゃねーのかっ!?」
瀬呂がテープで飛び上がりながら、飛行する上鳴と並走して会話をする。そこに操血刃で飛び上がった俺も並んだ。
「また、みんなで行ってみたいね……!」
「そうだな! 今度は暑い日に行きたいぜ!」
「それまでに、ぜってーバイクの免許取ってやるっ!」
インターンが本格的に始まる前、俺達1年A組は引退したオールマイトの跡を継ぐ『次世代のヒーロー育成プロジェクト』の一環として、本州から遥か南に位置する離島『
駐在のプロヒーローが高齢で引退し、その間の穴埋めとして駐在警察ならぬ駐在ヒーローとして公民館を間借りして、俺達は相澤先生やオールマイトなどプロヒーローもいない環境で即席のヒーロー事務所を立ち上げながら、島民のトラブルを解決して回った。
せっかくの南国だからコスチュームの迷彩服は海自迷彩にしたし、寮にバイクを持ってくる許可が降りたから苦労して船に乗せて持っていったけど……特に大きな事件が起こる事もなかった。『 I・アイランド』の時みたいに大きな事件でも起こる予感はあったのだが、本当に最後までヴィランの1人も現れないイベントだった。先生達がいないのなら、もう少し島民と伸び伸びすればよかったと後悔だけが残った。
「しっかしアレはウケたなぁっ!」
「爆豪にあんだけ懐く女の子も、珍しいなんてレベルじゃねえよ!」
いや、それでも俺達A組の中では特大の事件が起こった。ヴィラン退治に比べれば、遥かに平和な大事件だったが。
「俺、『
「アッハハハハハハッ!!! だから、しばらくアイツ携帯が手放せなくて情緒不安定だったのか!」
「情緒不安定はいつもだろwww!!!」
具体的に言うなら、爆豪の未来の嫁が誕生した。
駐在して数日もしない内に、電話で女の子から迷子の捜索依頼が事務所に入ったのだが、手空きだった俺は暇そうにしていたと言うか、サボっていた爆豪を無理矢理引き連れて迷子になった弟の捜索に駆り出したのだ。
だが、結果として判明したのは迷子自体が女の子のガセ。つまり駐在してきた俺達の事を、プロヒーローとして相応しいのか試してきた、タチの悪いイタズラだった。
当然、そんな仕打ちを爆豪が許すハズもなく、暴れる彼を俺が押さえつけてその日は有耶無耶に集結したのだが、この『真幌ちゃん』という女の子も爆豪に怒鳴られて簡単にヘコむ性格ではなく、今度はヴィランが現れたと誤情報を自分の弟である『
ヴィラン退治だと聞いて張り切って飛び出した爆豪に同行したが、ヴィランは彼女の個性で作り出したホログラム。爆豪も今度ばかりは俺の制御の範囲を超えるレベルでキレ散らかし、「昨今のガキの増長を防ぐ対策」として、彼女はお尻ペンペン100回の刑(ソレ、お前が母親にされた刑だろ)にされかけた。
さすがに女の子のお尻100叩きは可哀想なので俺が止めたが、やった事が事な上に再犯なのでこのまま許すワケにもいかなく、俺と爆豪は逃げようとした姉弟を捕まえて事務所に連れ帰り、親を呼ぶ事にした。
事務所まで弟と一緒に連れてきた彼女だが、親の情報を聞き出そうとしても真幌ちゃんの相変わらずの態度に再びブチ切れた爆豪が吠えると、余程ショックだったのか、彼女は駄々を捏ねる勢いで泣き始めてしまったのだ。
泣いてしまった真幌ちゃんを緑谷を筆頭になんとか宥めようとする中、「あぁ〜〜〜っ!!! 泣〜〜〜か〜〜〜し〜〜〜た〜〜〜っ!!!!!」と、瀬呂と上鳴の2人が全力で爆豪を煽っていた。峰田だけは「チビッ子を泣かすなんて許さねえッ! 全国のお父さんとお母さんに変わって、お仕置きしてやらぁーーーッ!!!」と爆豪にブチ切れていたが。
そんな事務所の馬鹿騒ぎは放置して、俺はなんとか活真くんから話を聞き出す事に成功し、同時に飯田も近所の島民から2人に関しての情報を集める事に成功していた。だが、その情報を整理すると……2人の母親は早くに亡くなって、父親は本土で出稼ぎしているらしく、島民は皆で面倒を見ているらしいが実質的に2人で暮らしているそうだ。
そんな話を聞いてしまっては、さすがの俺達も大目に見ようという事で、事務所の邪魔をしないようにと2人を軽く叱って終わりにする流れとなった。
しかし、ここでまだ納得しないのが爆豪 勝己という男である。「あの手のバカはまた何かやらかす」と予測を立てた彼は、勝手に事務所を抜け出して姉弟の家へと見回りに行ってしまったのだ。
実際、真幌ちゃんの所業はまだ続いたのだ。それでも愚直に依頼をこなす俺達と、自分達に面と向かってくれる爆豪に、彼女は徐々に俺達へ心を開いていった。
峰田も蛙吹も言っていたが、年相応に構ってくれる相手を探していたのだろう。爆豪らしいっちゃ爆豪らしかったし、俺は知っている。彼も子供の触れ合い方を、理解している側である事に。
そして、真幌ちゃんと活真くんのお父さんが、無事に出稼ぎを終えて島に戻ってきた日。すっかり事務所に入り浸るようになっていた2人を爆豪が送り出した時、俺はクラスメイト達と共に見てしまったのだ。
彼女の爆豪を見る目が、完全に夢見心地な煌めきを持っていた事に。緑谷なんか脳でも焼かれたのか、バグを起こしているかの様に震えていた。
俺は、もしかして……と、ある種の予想を抱いた。クラスメイト達も、本人に知られると拗れてしまいそうだからと爆豪だけには内緒にして、2人の関係を話し合った。が……眞幌ちゃんはまだ小学生。いかんせん歳が離れすぎているという結果に収まった。
だが待ってほしい。あの爆豪に惚れる女なんて、この先の彼の人生に存在してくれるのかどうかも怪しいのだ。可能性があるのなら、そこに俺は賭けたい。
あと10年……いや、15年待てば爆豪にも春が来るだろう。
校外学習と爆豪の件で話が盛り上がる中、瀬呂が唐突に話を切り替えた。
「峰田のペット事件も凄かったらしいな?」
「あー、アレもウケたよなwww!」
彼のひと言で思い出し笑いを始める上鳴に、瀬呂も乗り始める。
年明け前の頃だっただろうか、ペットの不正売買を行なっているヴィランを、峰田が尾行して解決する事件が起こった。
その時の峰田は、引き取りの業者の顔がペットを見る視線がどうしても気に入らないという理由で、業者の車を跳峰田で追跡したそうだ。峰田にションベンをかけた犬なんて俺が見たら犬鍋にしてやりたかったが、その日はたまたま1人で出掛けていて事件に合流する合間がなかった。
彼の予測は見事的中し、業者だと思われていたのはペットの不正売買を行うヴィラングループ。それも被害総額がかなりのケタに達している、大型組織だという事が判明。八斎會の事件以降、寮で事件系のニュースやSNS見る様になってから察しが早くなった気がするからこそ、彼はヴィランを捉える事に成功した。
そっからは暴れん坊将軍にでもなったかの様な勢いで、峰田は1人でヴィラングループを鎮圧。携帯から保須の面構署長に連絡も入って、呆気なくヴィランは御用となった。
「なるほど、グレープジュースの観察眼は君によって鍛えられたらしいな」
「えっ? エッジショット……?」
ビルの屋上で観察を続けながら3人で峰田の事を話していると、それまで無言で観察を続けていたエッジショットが、直立不動のまま視線だけで俺を見た。
「昨日のパトロールを共にしたが、彼の見聞は目を見張るモノがある。違和感を察知する能力は、プロにも引けを取らない」
「あの峰田がぁ?」
「まあ……アイツも切裂や緑谷ばりに、デカい事件に巻き込まれてるもんな……!」
上鳴と瀬呂が納得した様に言葉を漏らす中、エッジショットは俺を見たまま話を続ける。
「マウントレディも……デビューしてすぐチャート上位に登った新参者は調子に乗りやすいモノだが……彼女は着実に腕と心を磨いている。全ては君との出会いで、東京のデビューを果たした事が大きいだろう」
「そう……ですかね……」
「懐かしいよなっ! 田等院の頃はモノ壊してばっかだったし! 金欠ヒーローのイメージが強かったんだぜ?!」
「ヒーロー殺しの後から、どんどん人気になってったもんな、マウントレディ。お前、ご利益でもあるんじゃねえの?」
瀬呂の突拍子もないような台詞に、エッジショットが頷きながら更に言葉を続けた。
「彼女の会計士も言っていた。まるで君の事を、幸運を届けてくれた天使か……あるいは座敷童だと」
「プッ……w」
隣で瀬呂と上鳴が笑ったのが見えた。俺も事務所の広い部屋の中で、着物を着た峰田の姿を想像してしまった。
その後、俺と瀬呂と上鳴とで、何回か思い違いや見間違いはあったものの、ビルの上から察知した事件を何件か解決して、この日のインターンは終わった。
マウントレディからファンサービスを。シンリンカムイから移動技術を。そして、エッジショットから観察眼を学ぶ、充実したインターンを受けながらも、俺はトガちゃんやクラスメイトが今どうしているのか、思いを馳せていた。
・・・♡・・・♡・・・
冬休みが終わっても、当たり前の様にインターンは続いた。
雄英での授業を各インターンの事務所ごとバラバラに挟みつつ、事務所に赴いて様々な任務をこなす。エリちゃんとの節分や、カオスすぎるバレンタインデーなど寮に戻るとイベントは沢山あったが、しばらくはクラスメイト全員で揃う事のない、少し寂しい日々が続いていた数週間後。
事件は起こった。
たった数分にして数十万人もの命が失われる、人類史上例のない大虐殺が起こったのだ。
インターネットもSNSもそのニュースで持ちきりだった中、俺達インターン生は学校で授業の日を変更して、事務所に緊急招集された。
「海外派遣の任務が来たわ……!」
この日のために整然とされた会議室で、シンリンカムイやエッジショットはもちろん、会計士さん達サイドキックも全員が集合している中で、中央のテーブルに座っているマウントレディが答えた。
「「海外派遣!!?」」
「日本じゃなくて……ですか?!」
塩崎も静かに息を呑む中、上鳴と瀬呂が驚きの声を上げ、俺の問いかけに彼女は大きく頷く。
そこにエッジショットとシンリンカムイが、会議室の上にある世界地図を見ながら話を挟む。
「既に日本は『ファットガム事務所』や『ギャングオルカ事務所』など、多数のヒーロー事務所に任務が回っている。海外派遣される事務所は、トップヒーローの中でもひと握り……」
「それだけ、公安委員会は『ラーカーズ』に信頼を寄せてくれたんだ。期待を裏切るわけにはいかない」
俺達以外のクラスメイトがインターンに所属している事務所の名前が上がり、この雰囲気だと緑谷達のエンデヴァー事務所でも同じ事が起こっていると、俺はなんとなく確信する。
そこに少しだけ不安げな顔をした塩崎が、言葉を零した。
「私達は『仮免』のインターン生ですが……この様な大規模且つ重大な任務に就いても、宜しいのでしょうか……」
彼女の言葉に、エッジショットが俺達インターン生全員に向けて、その意図を話してくれた。
「この数日で君達の実力が申し分ない事は俺達3人が承知している。公安委員会も、実力が伴うのならインターン生の運用を許可すると……達しが降りた。海外派遣はプロでも滅多に受ける事のない、貴重な任務。君達なら、これ以上ない程の経験になるだろう」
「おっしゃっ、せっかく期待してくれんなら……やるしかねえよな!」
瀬呂の言葉に塩崎も頷いて調子を取り戻す中、俺の前で机に飛びついた峰田がマウントレディに呼びかける。
「それで!? オイラ達の派遣先は!!?」
「アメリカ!? イギリス!?」
上鳴まで盛り上がる様子を見て、少しだけ笑顔を見せたマウントレディは冷静に呟いた。
「私達の派遣先は……
……エジプトよ……!」
次回『人類の救済』