切裂ヤイバの献身   作:monmo

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お久しぶりです。お待たせいたしました。

この時がやって来てしまいました。

どうか、この章の結末まで、お付き合いください。


全面戦争
第五十話


 

 

 

 

 

 OP曲 シド - 乱舞のメロディ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2度目の春がやってきた。

 

 

 

 

 

 死柄木を筆頭とする『超常解放戦線』と、ヒーロー達による全面戦争が遂に始まったのだ。

 エンデヴァーは勿論のトップヒーローから、俺達仮免インターン生。上から下まで全ての戦力を掻き集めた公安委員会は、超常解放戦線を掃討するべく一大作戦を決行した。

 

 その日、インターンが始まった俺達は事務所ではなく、わざわざ雄英に来た送迎車……しかもバスじゃなくて荷台を運送業者に偽装したトラックへと乗せられた。それだけでも不穏な雰囲気を隠しきれていなかったが、そもそもインターンだというのに各ヒーロー事務所ではなく学校ごとで行動すると聞かされ、クラスメイト達の疑問は更に深まった。

 俺の乗せられた車を引率するのは、セメントス先生とミッドナイト先生。もちろん、クラスメイト達は先生に訳と状況を尋ねていたが、先生達も守秘義務があるのか今は何も話せないとしか答えてくれなかった。もしかしたら、プロヒーローである先生達にも詳しい状況は上から伝えられていないと考えるのが妥当だった。

 それでも、先生達はなんとなく察しているだろう。俺達学生の強制的なインターンが、今日この日のためである事に。だからか、先生達の目は不満と苛立ちを感じていた。俺達インターン生を戦争のための学徒動員の様に扱うのが、勘弁ならないのだ。

 

 クラスメイト達に任務の内容も示されないまま、俺の車は和歌山県『群訝(ぐんが)市』の山間に到着。車から降ろされるなり速やかに森の中へと放り込まれ、俺達が待機している間にプロヒーローであるミッドナイト先生とセメントス先生は任務を聞くため、作戦本部へと赴いていった。

 その間も林内に集まるプロヒーロー達の数はどんどん増えていき、同時に空気が張り詰めていくのをクラスメイト達も肌で感じていた。彼等プロヒーローやサイドキック達一人一人が緊張している事実に、俺達が困惑と不安の表情で辺りを見ていると、本部から任務を聞いてきたミッドナイト先生とセメントス先生が目の前に現れる。

 

 先生達の話を纏めると、以下の通りだ。

 

 敵連合が率いる超常解放戦線が、現行制度の破壊……すなわちヒーローの殲滅を掲げようとしており、その日程が概ね解ったらしく、その決行日前に俺達プロヒーローで強襲を仕掛けてヴィランを掃討する作戦だ。

 今日の群訝山荘で行われる定例会議には、その超常解放戦線を率いる幹部がガン首を揃えて出席するらしく、1人も逃してはならないとの事。

 ただ、連合の持っている黒霧とは別のワープの個性、通称『泥ワープ』で逃げられる可能性がヒーロー達の懸念事項だったが、その仕掛けも脳無によるモノと判明したらしく。ここから80km離れた京都府『蛇腔(じゃくう)市』にある病院でも、エンデヴァーをリーダーに同時作戦が行われる。

 AFOの腹心である『ドクター』こと『氏子(うじこ)』を捕まえるため。そして、その建物に封印されている死柄木を確保するためだ。クラスメイトの一部がいないのは、このため。向こうの相手は脳無になる事を想定して、タイマンの火力の高いプロヒーローばかりだった。

 俺達、群訝側のインターン生は一部を除いて後方支援班。事態が拡大した時の住民の避難や救助活動が主な任務だ。

 けれども、一部の範囲攻撃が得意な者はプロヒーロー達と前線に出る。

 

 

 

 

 

 俺も、その筆頭だ。

 

 

 

 

 

 作戦説明も終わり、先生達に連れられて林内の所定の位置に就いた頃。他のプロヒーロー達も集合を完了したのか、後は作戦開始の合図を待つばかりだった。

 俺は普段通りのヒーローコスチュームを着て、同じく前線に回された上鳴、常闇、小森、骨抜と一緒にプロヒーロー達と森の中で待機している。ちなみに今日の迷彩はしっかり任務内容を踏まえて日本の森林に合わせた、陸自迷彩だ。

 後方支援班に回されたのは切島、芦戸、八百万、砂藤、瀬呂、尾白、葉隠、耳郎、障子、鉄哲、塩崎、柳、拳藤、庄田、取蔭、黒色、宍田……そして、峰田。どうしても彼は後方支援だった。昔だったらビビリ散らかしていたかもしれないが、今の峰田は違う。

 それでも最近はヒューマライズやプッシーキャッツの事もあって調子に乗りすぎていたのか、気の抜けた態度を無理矢理にでも落ち着かせ、「絶対に油断するな、何がなんでも全員助けて、生きて帰ってこい」と約束させた。

 感情を込め過ぎたか彼はちょっと驚いていたが、そんな顔を見たのが別れる最後である。

 俺達以外に知っている人達を探してみると、同じラーカーズであるマウントレディとシンリンカムイ、エッジショットも筆頭に、ファットガム、シシド、ギャングオルカ、ヨロイムシャ、マジェスティック。それにサンイーターこと天喰先輩。ミッドナイト先生、セメントス先生などの雄英の教師。Ms.ジョークや士傑の教師までいた。

 

 一方で蛇腔側であるエンデヴァー班には、行きのトラックに同乗していなかった緑谷、爆豪、轟、飯田、麗日、蛙吹、口田、泡瀬、回原、鱗、円場、鎌切、凡戸、吹出、あと波動先輩。知ってるプロヒーローはミルコ、クラスト、リューキュウ、ウォッシュ、相澤先生とプレゼントマイク先生に、エクトプラズム先生。そして、それを指揮するエンデヴァーだ。

 ブラドキング先生と物間と角取は、更に別の任務へと回されたそうだ。

 

 トガちゃんがいる、超常解放戦線の本拠地である『群訝山荘』の前衛に回してくれたのは、本当に助かった。この位置からのスタートなら、だいぶ動きやすい。本当は先生やラーカーズに無理を言ってでもコッチに回りたいと思ったのだが、マウントレディが俺の広範囲攻撃である斬撃波を買ってくれたそうだ。

 ちなみに、ここの指揮を執っているのはエッジショット。ラーカーズも名が売れているとは思っていたが、なんだが行ける所まで行ってしまった感覚がある。

 

 少し気になっていた、プッシーキャッツの人達は病院側の前線に配置された。虎さん以外、戦闘向きの個性じゃないから、病院の無関係な人達の避難が主任務だ。俺達が参加するのを察したラグドールさんが、心配して連絡してくれたのだ。

 俺は彼女に林間合宿の話をした。向こうはまだあなたの個性を諦めていないかもしれないから、気をつけてって……

 でも……彼女は笑っていて、また俺が助けに来てくれると信じてると一方的に告げて、電話を切ってしまった。

 

 

 

 

 

 正史がわからない俺でも感じる。ここから先は史実とは完全に違う運命が始まる。

 

 

 

 

 

 俺がイレギュラーとして、全てを狂わせる事になる。

 

 トガちゃんを救うために、覚悟を決める時なのかもしれない。

 

 誰の助けも得られないが、それでも……やらなければならない。

 

 全てはこの日のために個性破壊弾を確保したし、『マスターピース』について調べてもらって、対策したのだ。

 

 死ぬつもりなんて毛頭無いが、万が一の事が起こったとしても、最善のためにやるべき事もやった。

 

 この戦いの先に、トガちゃんが明るい日の下で笑っている世界を実現するために。

 

 決着をつけるために、頭の中を整理した。

 

 俺がやらなければならない事は……

 

 

 

 

 

 まず、この山荘の中にいるトガちゃんと合流する事。もちろん、プロヒーロー達の目を掻い潜ってだ。最後に彼女と連絡を取れた時、山荘は八斎會の屋敷よりも複雑に地下が広がっており、そのどこかにいると言っていた。前線から一気に突出すれば、俺の機動力なら振り切れる。

 

 彼女と合流したら個性破壊弾と、その血清を受け取る事。まだ手元にはないらしいが保管場所はわかっているらしく、プロヒーローの襲撃で混乱が起こったと同時に盗み出すとの事。合流場所まではハッキリ決められなかったが、戦線が一気に切り開かれるのは想定して、必ず地下から出ないように約束させた。

 

 次にトガちゃんがコピーした黒霧の『ワープゲート』を使って、彼女と一緒に蛇腔病院へと速やかに移動する。黒霧のワープ移動には座標が必要らしく、病院近辺の座標は俺の頭にインプットした。直上にワープするとプロヒーローの誰かに見られて面倒事になりそうだから、それを踏まえて目的地からは数キロ離れた場所に決めている。

 

 そして、封印されたままエンデヴァーに倒されて終わるとは思っていない死柄木 弔に、個性破壊弾を撃ち込んで完全に倒す。生死は問わない。

 

 弾丸さえ撃ち込んでしまえば、終わりなのだ。

 

 トガちゃんの仕事は蛇腔に移動するまで。病院にワープした時点で身を潜めてもらい、ほとぼりが覚めるまでは潜伏してもらうつもりだ。

 

 死柄木を止めた功績に彼女が関わっていると知れば、連合を裏切って最初から味方である事を全て知れば、警察もプロヒーローも彼女を評価せざるを得なくなる。ラーカーズには迷惑をかけてしまうかもしれないが、俺の名前も中学の彼女との出会いも、全て話す。SNSだって利用してやる。

 

 

 

 

 

 もしも、それでも警察やプロヒーロー達がトガちゃんをヴィランとして裁くつもりだったら……

 

 

 

 

 

 いや、余計な事は考えるな。目の前の問題からなんとかするんだ。

 

 不安事項は目標以上に沢山ある。

 

 まず、超常開放戦線の幹部。山荘にいるだろう『リ・デストロ』や『外典』など名前付きの幹部はもちろん、それ以外の11万以上いる構成員を統率する無名の幹部も脅威となるだろう。八斎會の時と同様に、全国にある支部も同時に潰すそうなので、全ての戦力が山荘に集結しているワケではないだろうが、どれだけ俺の範囲攻撃が広かろうと、11万なんて人数は相手にしていられない。

 

 次に『荼毘』や『スピナー』を筆頭とする、旧敵連合のメンバー。ココでプロヒーロー達に揉まれて終わるとは考えにくい。最悪、逃げ出される可能性も十分ある。トガちゃんと山荘を抜け出す事が最優先だが、もしも遭遇したら動けなくしておかなければ何に響くかわかったものではない。

 

 1番危険なトゥワイスは、潜入捜査中のホークスがずっと監視していると思うから、いざとなれば彼が食い止めてくれるだろう。トガちゃんと少し親しい相手なのかもしれないと思うと、心苦しかったが。

 

 あの女……マグネもここにいるに決まっているだろうが、彼女は俺の味方ではなくトガちゃんの味方だ。直接的な支援は望めない。

 

 そして、ココに眠っているあの『ギガントマキア』とかいう巨人。奴の実力がどれだけのものなのかはハッキリしないが、山の形を変えるだけのパワーがあるなら暴れるだけでも災害に近い。オール・フォー・ワンに代わって死柄木を主として認めたヤツは、死柄木の声でしか動かないだろう。目覚めさせるワケにはいかなかった。

 

 病院側にもドクターの製造したハイエンドクラスの脳無がごまんと備えられているハズだ。向こうはエンデヴァーや相澤先生、クラストやミルコとかいうトップヒーローがいるが、遠く離れたココでは、どこまで頑張れるかは向こうに頼るしかない。

 

 緑谷や爆豪、麗日達は病院側の避難支援班だが、もしかしなくても彼等が動き出す運命にあるかもしれない。結局、緑谷の歴代継承者の個性は『浮遊』と『黒鞭』しか発現しなかった。4代目の『危機感知』が若干、頭で反応が起こり始めていると知ったのが最近だ。どうしても、訓練だと本物の殺意は再現できなかった。

 

 そして、まだ『マスターピース』の調整中であるハズの死柄木。異能解放軍との戦いで個性の『崩壊』も進化している彼が暴れたら、泥花市と同じ光景が蛇腔市で生まれてしまう。

 

 

 

 

 

 困難なのは解っている。今日1日は、間違いなく長い1日になる事が確定していた。

 

 でも、ソレを乗り越えれば、全ては終わる。

 

 俺には、この先の原作がどうなるのかわからないけれども……

 

 自分の行動が最善である事を信じて……

 

 ここまで尽くしてくれたトガちゃんを信じて……

 

 一緒に強くなった彼らを信じて……!

 

 

 

 

 

 俺の脳内に残る、史実の尽きた物語が今、動き出す。

 

 

 

 

 

 作戦の開始時刻が刻々と迫る頃、山荘襲撃側のリーダーであるエッジショットが、プロヒーロー達の前に出た。

 

「超常解放戦線の隊長共の集まる定例会議……それが今、あの館で開かれている」

 

 林内の稜線から彼の指差す約10キロメートル先に、そこそこ大きな建物の屋根と、広い中庭が見える。アジトにしては、少々目立ちすぎる大きさだ。

 

「敵にはワープを使う物がいるが、その発動者は病院側にいるとの事。逃がしてくれる者が捕えられたら、逃げ場はなくなるというワケだ」

 

「………………」

 

 エッジショットの話を聞きつつも、俺は近場の岩に座り込んで口元に両手を当てたまま、大きく深呼吸を繰り返す。

 

「切裂くん、大丈夫かしら?」

 

「……あっ、はい。ミッドナイト先生……!」

 

 それを気にかけてくれたのはミッドナイト先生だが、それでも俺の不安が晴れるわけでもなく、深呼吸を繰り返す。

 

「大丈夫です……ちょっと、精神統一……」

 

「そう……そこまで気負わなくていいわ。あなたのその力……頼りにしてるからね……!」

 

 発破のつもりで掛けてくれたミッドナイト先生の声に、俺は無言の頷きだけで返事した。

 そういえば、USJの時もこんな事していたと妙な懐かしさを感じた。あの初陣から随分と時間が経ってしまったものだ。

 

 俺とは別に、心の底から不安を抱いている者もいる。

 

「ねえ……私達、ココにいて大丈夫? 敵連合って雄英を狙ってたノコ?」

 

「小森……」

 

 プレッシャーの張り詰めた周りの雰囲気に飲まれかけていた小森が、涙声で骨抜に寄り添う。そこに彼女の声を聞いたミッドナイト先生が近寄った。

 

「彼等は大きくなり過ぎた。強大な力を手にした今、死柄木は最短で目的を達成するつもりよ。危ないのはもうあなた達だけじゃない」

 

「ミッナイ先生……」

 

 ミッドナイト先生は小森の前にしゃがんで視線を合わせると、震えている彼女の手を優しく握った。

 

「大丈夫よ。初動で少し力を借りたいだけだから。すぐ後方に回すわ」

 

 その言葉を聞いて、小森は緊張と不安を残しながらも決意の瞳で大きく頷く。それを見ていた骨抜がひと安心していると、更に近くにいた上鳴が唐突に叫んだ。

 

「てかッッ!!? なんで俺が最前線なんすかッッッ!!!!!?!?」

 

「事前に了承してくれたじゃない?」

 

「それは、その……みんなの手前、断りたくなかったっつうか、情けないトコ見せたくないっつうかっ……!」

 

「あなたの力が必要なの。不甲斐ない大人を助けると思って」

 

「いやッ、大人不甲斐ないとか、思ってないッスもん!!」

 

 最近見る事はなくなっていたのだが、上鳴がココに来て元々の性格からのビビリ症を起こしていた。なんとかミッドナイト先生の言葉で冷静さを取り戻そうとしているが、その腕に抱えるエレクトライダーが震えている。

 

「各地、拠点とやらは全て包囲している。アリ1匹逃がさぬ」

 

 そんな上鳴の意思に反して、エッジショットは淡々と任務を話していると、近くにいたファットガムが独り言の様に呟いた。

 

「しっかしまあ……会議の日程やら細かいトコまで、ようわかったなあ?」

 

「詳しくは知らぬが……公安からの情報だ。間違いはあるまい。時間だ、行くぞ……!」

 

 短節に答えたエッジショットの号令と同時に、凄まじい人数のプロヒーロー達が一斉に山荘に向けて突撃を仕掛ける。その周りの勢いに合わせて、俺もクラスメイト達も走る。

 

「ウワーーーーンッっっっ!!!!! みんなが恋しいよォーーーーーーーッッッっっ!!!!!!! 耳郎ぉぉぉーーーーーーーーーっっッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 スケボーに乗って低空飛行する技能はいつも通りだが、まだ泣き言をホザく上鳴に俺は感情のままに叫んだ。

 

「上鳴ぃッ、覚悟決めろッ!!!!! 後ろで耳郎ちゃん期待してっぞっッ!!!!!!!」

 

「あぁ〜〜〜ッ、やってやるよチクショォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 ヤケになって叫び返す上鳴を見て、それでもなんとか気を取り直そうとする様子を見て、俺は隣を並走していた常闇と顔を合わせて仕方なさそうに笑った。

 

「上鳴。俺は文化祭で、お前とギターを爪弾く中でわかった事があるんだ。俺は知っている……お前は心の底から友を思う男だ」

 

「今そんな事言われてもォォォォッッ!!!!!」

 

 果たして常闇の想いは正しく彼に伝わったのか、気になりながらも森を駆け抜けた俺とプロヒーロー達の中から、真っ先に山荘の門を抜けて正面から飛び込んだセメントス先生が、そのまま両手を地面に付けた。

 

「開けます!!!!!」

 

 山荘の前の中庭は車を何両も駐車できるスペースが充分にあるほど、無駄に広い作りをしていた。わざわざ山荘の玄関前に車を停車できるロータリーまで舗装していただけあって、ココには充分過ぎるぐらいのセメントが存在した。

 そんな所にセメントス先生が飛び込んだら、どうなるのかは明白だろう。先生は最大出力で個性を発動し、コンクリートで舗装されていたロータリーから館内部の基礎材や柱材、壁材のコンクリートにまで個性を浸透させていく。先生の四角い頭部に不似合いな青筋が浮き出るほど全力でセメントを操り、正面から館をブチ割りにかかった。建材に混ざっている木材はおろか、鉄筋コンクリートの鉄筋すら千切るほどのパワーを込めて地面がうねる。

 そのままセメントを動かし続けた先生は、バキバキと大きな音を立てながら屋敷を正面から裂くようにして切り開いた。

 

「1人たりとも逃すなッ! ヤツらは目的成就に命を懸ける。1人逃がせば、どこかで誰かを脅かすッ!! 守るために攻めろッ!!!」

 

 エッジショットの号令と同時に彼が紙糸に変身して、セメントで掻き分けられた中庭の道に飛び込んだ。

 俺も負けずと突っ込もうとしたが、その前に敵方からいきなり青い雷光が瞬く。

 

「んッ!!?」

 

 よく見れば解放戦士が騒ぎながら後ろに下がっており、その集団の前から1人の男が歩いてくる。セメントス先生に屋敷をブチ破られたのにも関わらず、その足取りは異様なほど軽い。

 そして、その手に持ったスタンガンを俺達に向けて構えながらタバコを吹かしている辺り、もしかしなくても電撃系の個性の持ち主。いきなり全く知らない相手が出てきた。

 

 が、こっちには向こうに負けるつもりもない電撃筆頭株主がいる。

 

「制圧放電……『雷網』ッ!!!!!」

 

 男の放った凄まじい光の爆雷は、スケボーで空へと飛翔した上鳴に吸い寄せられて、その電圧を一身に受け止めた。

 

「ハイッ! 幹部1名無力化成功ッ!!!! 後ろに心配かけねえためにも、皆さんパパッとやっちゃってぇッ!!!!!」

 

 その様子を見届けたセメントス先生が、彼にグッドサインを送る。

 

「最高だよ。チャージ!!!!!」

 

「あざーすッ!!!!!」

 

 ミッドナイト先生や常闇の笑顔もチラ見しつつ、俺は今度こそ中庭に向かってエッジショットの後を追った。

 ここから先はヴィランとの混戦になる。それをいなしつつ、どうやって屋敷へと忍び込むかの問題は、この場にいる広範囲攻撃を得意とするヒーロー達が解決してくれた。

 

「忍法、千枚通しッ!!!!!」

 

「安静にしてお眠んなさい……!」

 

「先制必縛……ウルシ鎖牢ッ!!!!!」

 

「いいぞマッドマンっ!!」

 

「マジっすか!」

 

「ふふっ……広域制圧はシーメイジとマッドマンにお任せノコ!」

 

「混成大夥……キメラ・ケンタウロスッ!!!!!」

 

「キャニオンカノンッ!!!」

 

「返すぜ電撃ッ!! 200万ボルトォォォォォォッッッ!!!!!!」

 

終焉(ラグナロク)……!!!」

 

「混合斬撃波ッッッ!!!!!!!!!」

 

 戦線が切り開かれて数多のヒーロー達が必殺技を叩き込む中に、ひと際攻撃範囲の広い俺の操血刃から放たれた斬撃波が中庭から屋敷へと放たれ、悲鳴を上げる解放戦士と一緒に舞い上がった砂埃の中へと、俺は飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「ブレイズっ! ……あらッ?!」

 

「切裂ッ!!? アレッ、どこ行ったぁーーーッ!?」

 

「ノコっ!?」

 

「あのアンちゃんッ、テンション上がり過ぎてプロヒーローと一緒に突っ込んじまったんかッ!!?」

 

「そんな冷静さを失う男じゃないハズなんだけど……彼がいた方が、ヴィランとの決着は早くつくかもよ?」

 

「ああっ! あいつが簡単にやられるヤツじゃねえっ!! 大丈夫だッ!!!」

 

「同意する! ファットガムと屋敷の出入り口の封鎖のついでに、俺が探してくる!」

 

 

 

 

 

 爆音と轟音の響き渡る中庭を操血刃で飛び抜け、俺は吹き抜け状態になった屋敷内へと単独で飛び込んだ。

 

「来たぞォッ!!!!」

 

「あァッ!!? 1人だとッ!?」

 

「ナメてんのかッ!!!!」

 

「袋叩きにしちまえッ!!!」

 

 砂埃から飛び出した瞬間、俺をヒーローと認識した解放戦士達の猛攻が襲いかかるも、硬化した防御力と操血刃から放たれる斬撃波、そして振り翳される俺の刃に精鋭揃いの解放戦士達が薙ぎ倒されていく。

 

「ぐぁあァァァッッ!?!!」

 

「クソッ!!!」

 

「止めろォォォォッ!!!!」

 

 地下への道を探したかったが、すぐにでも後ろからプロヒーロー達が追いついてくる。そうなる前に入り口を探すべく、俺は再び伸ばせるだけの操血刃を伸ばして、360°全方位に斬撃波を放った。

 

「ぎゃぁあァァァァッッ!!!!!」

 

「グあぁァァァァァァァッ!!!!」

 

「なッッ、なんだぁアイツはぁァァァァァァァッッ!!!!!

 

「たッ、台風だぁぁァァァッッ!!!!!」

 

「助けてくれぇェェェェェェッ!!!!」

 

 再び100人近くの開放戦士達の悲鳴が、爆音と共に響き渡り、屋敷内が更に原型を留めないほど崩壊していく。

 舞い上がる砂埃も切り払い、壁も容赦なく破壊された一部から、1階なのに下へと続く階段を見つけた俺は操血刃で飛び出そうとして、そのまま下に落ちた。

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 床が崩落して、俺は真下に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 操血刃を伸ばせば陸に戻れたが、好都合だと思った俺は、そのまま中へと落ちていった。

 直後、プロヒーロー達が追いついてきたのか俺の真上から更に爆発が起こり、そのまま喧騒の巻き起こる声が聞こえた。

 

 それでも、恐れるモノなんてない。

 

 ココまでは想定通りだ。

 

 トガちゃんと合流を果たすべく、俺は落下する真下へと操血刃を伸ばして、地下深くへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無い……」

 

 地鳴りと喧騒がすぐ近くから聞こえてくる室内。普段は旧敵連合メンバーが集まる談話室の一角で、トガヒミコは何度も金庫を確認していた。周りには誰1人仲間のいない、電線が切られているワケでもないのに電気をつけなかった薄暗い部屋の中で。

 ダイヤル式の鍵をかけていたのは死柄木だったが、彼女に金庫の施錠は意味を成さない。コンプレスの『圧縮』で穴を開ければ、簡単に取れる筈だったのだ。

 

 

 

 

 

 だが、彼女がどれだけ手探りで金庫の中身を全て出しても、そこに弾の入ったケースはなかった。

 

 

 

 

 

 異能解放軍の戦いがひと段落を終え、死柄木がココに収納したのを確かに見たのだ。最初は弾も血清も本人は全てドクターに渡すつもりだったのだが、「封印されている間の、自分達の奥の手になる」とトガの意見を受け入れ、何個かをケースで残していたのだ。それがイレギュラーの策略である事も知らず、彼は信頼していた彼女の意見を聞いていた。

 

 だが、今そこにあるハズの弾丸と血清がない。この金庫の存在を知っているのは、旧連合のメンバーのみである。異能解放軍の全てを信じていなかった死柄木は当然、弾丸の存在を彼等には一切話していなかった。

 

「……ッ!」

 

 戦いが始まってしまった以上、もう後戻りする事もできない。愛しの彼も、すぐに駆けつけて来る。

 

 この場にいても何も出来ない苛立ちと悔しさの入り混じった声を絞らせ、彼女は部屋から飛び出した。が、それと同時に響き渡るひと際大きな衝撃が走り、思わず壁に手をついてバランスを崩す。

 

「ヒーローが来たぞぉッ!!!」

 

「中に入ってきやがったッ!!!!」

 

「怯むなッ、迎え撃てッ!!!」

 

 薄煙の流れ込んでくる通路の方向から数人の構成員の声が聞こえて、彼女は自分を迎えてくれる彼が来た事を確信した。

 

「…………ヤイバくん……!」

 

 

 

 

 

 だが違った。

 

 

 

 

 

「地面が崩落したぞッ!?!」

 

「あのインターン生がやりすぎちまったんだッ!」

 

 彼とは違う焦燥感を含んだ男の声が、幾重にも重なった。

 

「マズいッ! 出入り口が広がっちまう!!!」

 

「出て来るヤツらも全員捕まえろッ!」

 

「俺達は、このまま突入するッ!!!」

 

 それは混乱に乗じて攻めの姿勢を崩さなかった、名もなきプロヒーロー達の声。イレギュラーが大穴を広げた事で地下からの構成員も戦場へと飛び出し、ヒーロー達は乱戦の最中で地下の制圧を試みていたのだ。

 

「ッ!?」

 

 彼の声ではないと素早く気づいた彼女は、地鳴りの響く通路から背を向けて地下の奥へと逃げようとする。

 自分の個性ならいくらでもプロヒーロー達を蹴散らす事ができるが、それをしなかったのは彼との作戦のため。彼と自分との邂逅を誰にも見られてはいけないのだから、注目を集めるような乱戦は避けなくてはいけなかったのだ。

 

「ハァ、ハァ……ッ、ヤイバくん……!」

 

 大きな地鳴りが何度も起こる中、トガは走り続けた。騒がしく喚きながらヒーローとの戦いに挑んでいく構成員とは逆の方向に走る彼女を見て、何人かの者達は疑問の視線を向けていたが、それも変化していく戦況に流されて気に留める者はいなくなっていく。

 しかし、それでもヒーロー達は戦線が大きく切り開いた勢いを利用して地下通路内の制圧を始める。そしてその勢いは逃げる彼女までも追い詰めていった。

 

「いたぞッ!!」

 

「トガヒミコだッ!」

 

「連合のメンバーだ!」

 

「油断するな!!」

 

「捕まえろッ!」

 

「く……ッ!」

 

 すぐそばまで聞こえてきたヒーロー達の怒声に、トガは瞬時に振り切るのを諦めて彼等に向かって身を翻し、肌とパーカーを突き破って彼の操血刃を伸ばそうとした。

 

「女の子をよってたかって捕まえようなんて……ヒーローらしくないじゃないの……ッ!!!!!」

 

 次の瞬間、トガを追っていたプロヒーロー達の体が青い光に包まれ、互いに反発するように吹き飛ばされて通路の天井や壁に叩きつけられた。

 

「っ!?」

 

 トガが声の聞こえた方向である、自分の走っていた通路の奥へと視線を戻すと、そこに現れたのは磁力を発動した手を突き出しながら、肩に棒磁石を担ぐマグネの姿だった。

 

「マ……マグ姉ぇっ!!?!」

 

「行きなさい……トガちゃん……!」

 

 彼女はサングラス越しにトガの顔を覗く。驚いているようにも見える反面、1人にならなければならないのに仲間が来てしまった事で、焦っているのも一目瞭然だった。

 だからこそ、彼女のするべき行動は決まっていた。

 

「ココはワタシに任せて……行くのよ……ッ!」

 

「え……!?」

 

 一緒に逃げようとせず、ヒーロー達を足止めしようとする事。自分の力を使わせようとせず、1人で食い止めようとする彼女の言動に、1番親しかったトガは疑問の声を漏らしたが、それよりマグネの返事が早かった。

 

「あなたのヒーロー……っ! ヤイバ君の所にっ!!!」

 

「マ……グ、姉……っ、……!? ど、どうして……っ!!?」

 

 

 

 

 

 知っていた。

 

 

 

 

 

 自分と彼との関係を。

 

 

 

 

 

 いったい、いつから。

 

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 

 

 

 どうして、自分の味方をしてくれたのか。

 

 

 

 

 

 どうして、黙っていてくれたのか。

 

 

 

 

 

 様々な疑問が一気に頭の中で混濁を起こすトガの前で、通路に立ちはだかる彼女は振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント……おバカさんなんだから……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳に、留めない程の涙を浮かべて。

 

「マグ姉……!」

 

 その涙を前に、トガはただ彼女の名前を呼ぶ事しかできなかった。

 ヒーロー達の吹き飛ばされた通路の奥から更に地鳴りが響き渡り、罵声と怒声が流れ込む砂煙の奥からすぐ近くまで迫ってきている。

 

「アナタはまだ道を外れていないわっ!!!」

 

「イ、イヤですっ! マグ姉……一緒に……ッ!」

 

 自分達の事を知って……それでも助けようとしてくるマグネにトガは震える口元で声をかけるも、彼女は明確に告げる。

 

「ダメよッ! ワタシはもう道を完全に踏み外したわっ!! そこから先は……アナタ達の世界なのっ!!!」

 

「マ……マグ姉……!」

 

 自分はついて行けないと、トガは彼女から拒否された事に動揺する。今まで過ごしてきた身辺の世話や会話、そして戦いの思い出が蘇り、それらが彼女の足を引き止める。

 こんな呆気ない別れ方にしたくないと、悔しがる彼女の瞳から涙が滲む。

 

 そんな彼女の様子も手に取るようにわかったマグネは、普段の優しい声で彼女に告げた。

 

「大丈夫……ヤイバ君と一緒なら、アナタは大丈夫なんだからっ!!!」

 

 それでも納得できなかったトガは彼女に向かって感情のままに叫んだ。

 

「マグ姉っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く行けッッつってんだろぉがァァッッッ!!! ブッ飛ばされてェのかぁァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 途端、今まで言われた事のない彼女からの荒々しい暴言に、トガは身を震わせてたじろいだ。

 対して鬼神のような形相で彼女を睨みつけたマグネは、更に野太い声でトガに叫んだ。

 

 

 

 

 

「行けえ゛゛ェェェェェェェェェェェェッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

「うぅ……ッ、うぅゥぅっ!! う゛うゥぅウ゛ぅゥゥ〜〜〜〜〜っッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 彼女は走った。

 

 

 

 

 

 もはや言葉にもならない声を絞らせ。

 

 

 

 

 

 一緒に逃げたい欲望も抑えて。

 

 

 

 

 

 その瞳に、涙を流して。

 

 

 

 

 

 雫が、冷たい地下通路の床を叩いた。

 

 

 

 

 

 自分のために泣いていた彼女を見届けて、マグネは鼻を啜った。

 

 

 

 

 

 彼女の声が荒々しさとは一変して、消えてしまいそうな慎ましさで呟く。

 

「そう……っ! それでいいのよ……アナタは……!!」

 

 人のためを思って涙を流せる彼女は、マグネにとってはヒーローでもヴィランでもない。

 

 ただ1人の人間であり、当たり前の様な恋をする乙女であり、自分の可愛い娘だった。

 

 地鳴りがすぐ近くから響き渡り、煙の晴れた通路の向こうからヒーロー達が現れる。

 

「アレは……!」

 

「マグネだッ!!!」

 

「クッソ! 面倒なヤツに……ッ!」

 

「トガヒミコはッ!?」

 

「奥に逃げられたッ!」

 

「ヤツも捕まえろッ!!」

 

 自分の姿を認識したヒーロー達が陣形を整えて構える中、マグネは肩に担いでいた棒磁石を1回転させ、脇に抱えて構えながらヒーロー達をサングラス越しの視線で睨みつけた。

 

「ココから先は行かさないわ……ッ!!!!!」

 

 そのまま戦闘の火蓋が切られ、飛び込んでくるヒーロー達の集団をマグネは磁力で吹き飛ばす。

 

 男女混合するヒーロー達は仲間同士で接着されたり、壁にめり込まされたりとマグネに近づく事もできなかったが、その完璧と言えそうだった防壁は1人のヒーローに破られた。

 

「やれぇ! イールボーイッ!!!」

 

「おうッ!!!」

 

 磁力を付与して壁にめり込ませた、黄色と黒のツートンカラーをした全員タイツのヒーローが、牙の様な歯を広げて叫ぶ。壁に拘束されたままの彼は手の甲から白い餅の様な物体を伸ばし、それは目と口の付いたコミカルな生命体となり彼女に向かって大口を広げた。

 

「クソッ!(性別不明なモノは付与できないのよっ!!!)」

 

 咄嗟に棒磁石で顔の片方を弾き飛ばしたが、感知能力もあるのかもう片方の顔には回避され、その大口が彼女を真横から喰らいついた。

 臼歯だらけの歯はマグネの体を傷つける事こそなかったものの、その顎から脱出する術を彼女は持っていなかった。

 

「ガァアぁァァっッ!!!!!」

 

「引石 健磁、確保ッ! 飲み込みますッ!!」

 

 勝利を確信するイールボーイの台詞と共に、顔は餅の様に膨張してマグネの姿をひと口に包み込んでいった。

 大きく体を振り上げられた拍子にサングラスが外れ、そのまま顔に飲み込まれて視界が真っ黒になる直前、彼女の脳裏に映ったのは日の当たった外の世界。

 

 口を半開きにした可愛らしい笑顔で、切裂 刃と一緒に笑っているトガヒミコ(愛娘)の姿だった。

 

(あとは頼んだわよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ヤイバくん……!)

 

 その幻想を最後に、彼女の意識は絶たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突入に成功したまでは良かったものの、あまりにも地下通路が広すぎる。作戦前からの連絡で、トガちゃんが丸暗記しきれないと途方に暮れるだけの広さはあった。

 それでも、彼女がいる場所はなんとなくわかる。俺を見つけるなり襲いかかってくる構成員の流れとは逆方向。誰にも見られる事のない通路の奥の奥に決まっていた。

 

 個性破壊弾の隠されているという金庫のある部屋は地下3階。その階からはなるべく動かないでほしいと事前に連絡したが、果たして叶うかどうかもわからない。

 構成員達を蹴散らして通路を駆け抜け、騒ぎや地鳴りが遠くなってきた所に差し掛かったが、トガちゃんの姿も痕跡もない。自分の個性が感知形とは無縁な事を、今になって恨む日が来るとは思わなかった。

 

 俺が切り開いた後ろからは、プロヒーロー達も勢いに乗って地下に雪崩れ込んできている。背中から聞こえる喧騒の音が俺を闇雲に押し続けていた。

 

「お困りかい、ヒーロー!」

 

「ッ!!?」

 

 不意に声をかけられ俺はその方向に操血刃を向けたが、そのあまりにも状況にそぐわない気さくな声の正体を見て動きを止めた。

 

 十字路となった通路の交差点に壁を背にしてもたれかかっていたのは、黒いシルクハットに幾何学模様の仮面。そして新調されたロングコート。

 

「コッ、コンプレスッ!!?」

 

「久しぶりかなァ!? 会えて嬉しいねェ!」

 

 思わず叫んだ俺の操血刃を指で軽く弾いて顔から逸らしながら歩み寄って来る彼の姿に、一気に警戒を引き上げる。

 ヤツの個性は指で触れた物に影響する。だから俺は咄嗟に伸ばしていた操血刃を全て引っ込めた。これで少しずつ距離を取ろうと後退りした俺に、彼は仮面越しに含み笑いを見せる。視線も表情も全くわからない分、何を考えているのか予測がつかなかった。

 

 けれども、コンプレスは妙に気さくな声を続けながら、手の中からいきなり圧縮した状態であるビー玉を俺の前へと優しく放り投げた。

 

「君が欲しいモノは、コレだろう?」

 

 そう言いながら彼のフィンガースナップと同時に、ビー玉の圧縮が解除されて俺の手元に投げ渡されたのは、それぞれ赤と青の手の平サイズの平箱。

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個性破壊弾と、その血清だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、罠が頭をよぎったが、その時にはもう箱は無意識に手を伸ばした俺の中へと収まった。コンプレスから警戒は途切らせなかったが、彼が動く気配も箱に何かが起こる気配も感じられない。指で蓋を開いても、小さな注射針の弾があるだけだ。

 見る限り、間違いなく本物だった。

 

「ど、どうして…………!!?」

 

「トガちゃんに伝えといて……

 

 渡された物が信じられずに目を見開く俺の前で、彼は嬉しそうに自身の左腕を見せつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……左手の、お礼だよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、史実なら治崎に千切られた手を補う義手ではなく、正真正銘な生身の腕があったのだ。

 

「ト、トガちゃん……!」

 

 オーバーホールの血を持っているトガちゃんなら、彼の腕を結合するなど造作もなかっただろう。でも、それでも、どうして俺が個性破壊弾を狙っていたのを知ったのか、どうして俺と逃げ出そうとしている彼女の味方をするのか、様々な疑問が生まれる目の前で彼はダンスを踊る様に回転して、俺を指差す。

 

「彼女を連れていってくれ。あの子は、こんな膨れ上がった組織には、もう無用の子さ……」

 

 義賊を気取っていたのかどうかはわからなかったけれども、その時の俺には確かに彼が、自分なりの正義を貫き通そうとしているのが伝わった。

 

 そのまま彼は真剣な口調で俺に話を続ける。一言一句聞き逃すなと言わんばかりに。

 

「俺は……同業者には、手を下さない主義なんでね……!」

 

「ど……同業者……?!」

 

 だとしても、俺とトガちゃんが個性破壊弾を狙っていたのを知っているなら、何をしようとしているのかはわかるだろう。それを止めようとしないコンプレスの顔は仮面越しだったけれども、笑っていた気がした。

 

「君の世直しが本当に世界を変えるのか、気になったのさ!」

 

 そう言いながらこの状況を、まるで楽しんでいるかのような様子だった。

 

 だが、ここで俺に個性破壊弾を渡し、トガちゃんと一緒に見逃すという事は、どういう事だかわかっているハズだ。

 

 俺は彼に告げる。自分の、明確な目的を。

 

「俺は……死柄木を殺すよ……?」

 

 それでも、彼は鼻で笑った。

 

「やれるものならやってみるといいさ! 超常社会を覆す君の世界か、全てを壊す死柄木の世界か!」

 

 俺の行動も、彼らにとっては死柄木と同じ様に見えたのだろうか。コンプレスは最後まで楽しそうに笑っていた。

 

「どちらの世界がトガちゃんに相応しいのか、力比べさ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ゴメン……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんの謝罪だったのだろうか。

 

 林間合宿で感情のままに告げた言葉の、訂正のつもりだったのだろうか。

 

 俺はケースを迷彩服のポケットに仕舞い込むと、彼は通路の道を指差した。まるで、八斎會の屋敷の地下で出会ったマグネの時と同じ様に。

 

「彼女は、この先に行けば会える。さっさと行きな……!」

 

 その言葉を聞いて迷いなく、俺は走り出していた。

 

 後ろから不意打ちされるとか、一切考えていない無防備な走りだったが、彼への警戒はもうしていなかった。

 

 その俺の背に向けて、コンプレスは叫んだ。

 

「ヴィランの少女を好きになったヒーローっ! 君がどんな運命を歩むのか、影ながら応援するよッ!」

 

 その声援を後ろから受けながらも、俺は振り返る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が走り去っていく足跡が地響きによって聞こえなくなってから、Mr.コンプレスこと『(さこ) 圧弘(あつひろ)』は装着していた仮面越しの顔に左手を押さえた。

 

「はぁ〜、なにやってんだろうね……俺は……!」

 

 一見、手品師や義賊を気取っている装いを断固として貫いていた彼の正体は、伝説の義賊王『張間歐児(はりまおうじ)』の子孫である。

 

 超常現象後、『ヒーロー』の登場と共に現行制度が整備され始めた頃、主に私腹を肥やすヒーローモドキを標的に盗みを行い、盗んだ金品を市井にばら撒き『世直し』を訴える義賊───ヴィランであった。名前も本名ではない。

 彼の行為自体は犯罪であるものの、一部の人々からは支持されていた。が、時が経つに連れてその歴史は忘れ去られ、歴史の1ページとして残るだけであった。

 

 彼は父親から『正義の血を継いでいる』と言われて育ったが、その意味を見出せずにいたのだ。結果、彼はヒーローともヴィランとも取れない曖昧な生活の日々を過ごす事となる。

 

 敵連合との関わり合いの始まりである『ヒーロー殺し』の思想には感化されてきたものの、世直しのためにとチンピラ同然の徒党と手を組み、彼はここまで上り詰めてきた。

 だが登れば登るほど、彼は超常解放戦線の幹部になった今、自分の見渡す世界に疑問を抱く。

 

 

 

 

 

 自分が見たかった世界は、こんなモノだったのだろうか……?

 

 

 

 

 

 たった1人でヒーローと戦ってきた孤高の英雄である御先祖に対し、狂信的な構成員達に崇め讃えられる自分自身に疑問を抱いた頃。彼が不意に思い出したのはボロ小屋のアジトに潜伏中、唯一の情報源だったラジオから『その男』の声が聞こえた時の話だった。

 

(はぁ〜っ♡ ヤイバくん! ヤイバくんですっ!♡ ヤイバくんの声ですっ!!♡)

 

 それは荼毘が脳無の要件で不在して、死柄木とスピナーがビデオゲームに夢中になっていた別の部屋。夜中に情報収集でラジオを動かしていた時、いきなり雄英教師にしてDJも務める『プレゼントマイク』のチャンネルから、ゲストに彼が現れたのだ。

 情報と関係のない話題ばかりなので彼としてはチャンネルを変えたかったのが、トガが許すハズもなくコンプレスは渋々ラジオの話を聞き入ってしまったのだ。

 

 だが聞けば聞くほど、彼の言葉はコンプレス自身に突き刺さり、そしてその話を聞く彼女へと自然に視線が向いた。

 

 マグネやコンプレスも、早い段階でトガヒミコの異常性に気付いていた。

 

 彼女はまだヒーローとヴィランの狭間に立っている事に。

 

 個性と、ヒーローと、超人社会のせいで、彼女は生きる場所を失っていたのだ。

 

 彼も引き留めただろうが、世界が許してはくれなかった。

 

 だから、彼はこの国を根底から覆す所業を決意したのだ。

 

 それは一重に『愛』なのだろう。

 

 この世界がもう少し優しくあれば、2人はここまで苦しい思いをせず、幸せになれたのだろう。

 

 だからこそだ。

 

 あの子はヴィランになんか、なるべきじゃなかった。

 

 ヴィランにしか、なれなかったんだ。

 

 

 

 

 

 俺の受け継がれてきた正義は、あんな子を助けるためのハズじゃなかったのか?

 

 

 

 

 

 ラジオから流れる彼の話は続いた。

 

 みんなが、個性を人のために。

 

 戦うだけが、ヒーローではない事。

 

 個性とは可能性。ただ圧力で押さえつけるんじゃなくて、それをどう使うか。その個性を持つ者達を、どう導いてあげられるか。

 

 ヴィランに染まる心を止めれるのは、ほんの少しの優しさと思いやりである事。

 

 それでも進化し続ける個性と『個性終末論』に対し、彼はこう言った。

 

 個性が進化する様に、俺達人類も進化している事を忘れている。

 

 次の世代は、自分達が手取り足取り導かなくても、次の時代に適応する力を持っている。

 

 あとは、自分達が背中を少し押すだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の子供達を、ナメるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分なんかよりも、正しい世界のために世直しを行い、王手寸前まで手を広げていた彼の姿に、コンプレスは憧憬した。

 そんな彼の言葉を聞いて、思い返すのは雄英の林間合宿を襲撃した時。ほんの数分にも満たない彼との出会いによって吐き付けられた言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───義賊にでもなったつもりかぁ……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの頃から覚悟の決まっていた男に、本領だったハズの義賊を疑われたのだ。

 

 誰にも理解されない善行を貫こうとする姿。

 

 トガヒミコが惚れたのも、頷けた。

 

 敵連合時代から、彼女の行動はヴィランの思考と違っていると気付くのは早かった。連合に所属した時の目的もない。ただなぁなぁに生きている少女。個性が優秀すぎるからスカウトされたのだと思っていた。

 自分と同時期に連合へ合流したマグネは早期に彼女と彼の関係性を気付いたみたいだったが、彼女もトガヒミコの純粋な心に動かされ、そして彼の思想に懸けた。

 

 

 

 

 

 今こうして、彼と対峙した後なら解る。彼女の目的は最初から、愛しい彼のためだけに動いていた事を。

 きっと彼女は、こんな生きづらい『クソみたいな世界』を必死に生き延びてきたのだろう。

 

 彼が世界を変えてくれると、信じて。

 

 

 

 

 

 片や、組織に命令されるがまま、ヒーロー科の生徒にヴィランの可能性を示した者。

 

 片や、愛する女性のために、全ての人類に向けてヒーローの可能性を示した者。

 

 

 

 

 

 互いに孤立無縁の中で、互いが互いを想い合いながら戦う彼と彼女の姿に、コンプレスは自分の意思で動いた。

 

 その手を血で染めすぎた自分には手遅れなのかもしれなかったが、彼は男に賭けた。

 

(君は確かに、彼女のヒーローだ……!)

 

 彼は望んだ。

 

 最期まで義賊である事を。

 

 たとえその真実が世界に理解できなかったとしても……!

 

 個性破壊弾を託し、組織に背いた自分がバレれば例え連合時代の者だろうと粛清は免れないだろう。それでもコンプレスが彼を手伝ったのは、全てを敵に回してでも彼女を救おうとする。彼の様な色男へ華を持たせる事に、これ以上ないほど義賊としての達成感を得ていたからである。

 

「さぁ……行ってくれ……!」

 

 果たして彼を待つのは、その言葉で示していた『明るくて優しい世界』か、あるいは『全てを壊した破滅の未来』か。

 

 少なくともトガヒミコの笑っている世界なら良いと、そうコンプレスは思い馳せながら連合との合流に向かった。

 その足取りは、今まさに戦争が起こっている状況とは思えないほど、軽やかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、助けを求めていたかの様な、彼女の甲高い声が俺を呼んだ。

 

「ヤイバくんっ!!!!!!!!」

 

 向こうからトガちゃんの姿が見えて、目元が泣き腫れて赤くなっていた。

 文化祭前に見たダッフルコートじゃなくて、厚手のパーカーを被って牙の様なデザインのガスマスクを付けた、完全な戦闘用仕様だ。

 

「トガちゃんっ!!」

 

 年明けからずっと会えなくて、焦りはあったけれども寂しさが募っていた。向こうも同じだと思っていた俺は、迷いなく目の前まで走って来た彼女と抱き合った。

 

「会いたかった……っ!」

 

「はい…………っ!」

 

 互いの存在を確かめる様な強い抱擁。だが、その時間は一瞬にして崩れ去る。彼女が泣いていた理由を問いかける事もできずに。

 

「トガヒミコはどこだッ!?」

 

「探せッ!!」

 

「こっちに行ったハズだッ!」

 

「「ッ!?」」

 

 通路を駆ける何人もの足音が響いて、一気に血の気が引くほど思考が冷える。焦燥と怒声の混じり合った、名も無きプロヒーロー達の声が聞こえた。

 俺と彼女は抱き合っていた体を同時に離し、しかし今度は俺が彼女の手を両手で掴んだ。

 

「ヤ、ヤイバくん……!」

 

「シーっ! トガちゃん、信じて……!」

 

 彼女と目を合わせて、俺は口早くできる限りの優しい声で告げる。

 

 座標を教えてワープゲートを開けて移動するには、間に合わない。咄嗟に俺は籠手と背中から操血刃を伸ばして、彼女へ適当に絡み付けた。

 そこに数秒遅れで通路の奥から駆けつけてきたプロヒーロー達が、俺の姿を認識して近くに駆け寄ってくる。

 

「んっ!?」

 

「き、君はっ!?」

 

 まさか、自分達よりも先頭がいるなんて思っていたかったのだろう。プロヒーロー達は一瞬だけ俺に戦闘の構えをとったが、トガちゃんを拘束している姿を見て警戒を解いた。

 状況をよく理解していなかったプロヒーロー達に、俺は捲し立てる様にして早口で説明し、歩き出そうとした。

 

「ヴィ……ヴィランを捕まえました! このまま連行します……っ!」

 

「ま、待てッ!」

 

 しかし、その歩みは1人のプロヒーローに止められてしまう。無視するワケにもいかず、俺は彼等の方へと顔を向ける。

 

「拘束なら俺の方が得意だ。さあ、彼女をコッチによこしな」

 

「だ、大丈夫です……! それより、崩れそうなんで、ここから早く出た方が……」

 

 黄色と黒の全身タイツみたいなヒーローが俺に向かって腕を伸ばすが、トガちゃんを渡す選択肢など存在しない俺は一歩下がって振り切ろうとするが、そこをまた別のプロヒーローに肩を掴まれる。

 

「君、確かインターン生だろ!?」

 

「ええっ!?」

 

「なんでこんな所にッ!」

 

「作戦は聞いていただろうッ!!」

 

 インターン生は突入時の突破口を開いてから、入り口の封鎖などを行った後に後方へ戻される予定である。こんな奥底にまでプロヒーロー達と一緒に攻め込んでいるハズがないのだ。

 彼等の俺を見る視線が厳しくなるが、それは俺とトガちゃんを疑っているのではなくて、ただ単に俺の命令違反を注意する視線だった。もう違反なんて知ったこっちゃない。

 

「す、スミマセン……すぐ外に出るんで……!」

 

「待て」

 

 適当に謝りながら俺はなんとか彼女を連れてここから逃げ出そうとしたが、リーダー格だったプロヒーローが有無を言わせない声で俺に告げる。

 

「彼女はヴィランの中でも、死柄木に直結する重要人物だ。我々が連行するから、君は脱出するんだ」

 

 向こうは完全に敵連合、幹部を狙っている集団。トガちゃんを諦めるハズがなかった。

 

「いや……でも……ッ」

 

「っ?」

 

「どうした、早くしてくれ!」

 

「なんでその子に拘る?」

 

 俺が引き渡す事をまるで疑っていない言い振りに、言葉を詰まらせてしまった。プロヒーロー達の俺を見る目が少しだけ変わり始めようとした直後、彼等が口を開くよりも別の場所から壁をブチ破って襲いかかる者が現れた。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「無限増殖……サッドマンズパレードッッッ!!!!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「うわッ!?」

 

「きゃっ!!?」

 

「ぐあッ!?」

 

「何だッ!!!」

 

「コレは……ッ!」

 

 黒と灰色の全身スーツに白目のマスク。インターンでは画面越しにか見る事のなかったが、それでも誰だかひと目でわかる人物。

 

「トゥ、トゥワイスっ!!?」

 

「仁さんっ!?!!」

 

 自分自身を『二倍』にして膨れ上がったトゥワイスが、通路を塞ぐほどに分裂を繰り返して俺達とプロヒーロー達を分断してくれた。

 人間の波に押されてトガちゃんと一緒にバランスを崩すも、その体は分裂した彼によって支えられて波乗りの様に運ばれていく。

 その内の1人が俺を見ながら陽気な声を上げた。

 

「君が、ヤイバくんっ!? いやー探したぜっ!」

 

「遅かったじゃねえかッ!」

 

「待ちきれなかったよっ!」

 

「トガちゃんを助けてくれたんだな!」

 

「会えて嬉しいぜ!」

 

 会うのは初めてだったが、周りの分身からも喧しいぐらいの勢いで話しかけられながら、俺は彼が助けてくれた事実に問いかける。

 

「……トゥワイス、どうして……!?」

 

 動揺の隠しきれない俺に対して、彼は抑えきれないほどテンション高くサムズアップで答える。

 

「君に懸けてみたくなったんだよ!」

 

「言わせんなッ!」

 

「イヨッ、裏切りヒーローっ!」

 

「トガちゃん、助けてくれたしな!」

 

 その何の迷いもないトゥワイス達の台詞を前に、彼等に胴上げされながら俺は思い知らされた。

 マグネ、コンプレス、トゥワイス。元を辿れば普通から外れてしまったヴィラン達にまで、俺というヒーローを受け入れられていた事に。

 

 コンプレスにどんな過去があったのかは、俺にはわからなかったが……少なくとも俺にはそう感じた。

 そこに俺の操血刃から解放されたトガちゃんが、間近にいるトゥワイス達に向かって感情を曝け出す。

 

「じ、仁さんっ! 助けてくれて……あ、ありがとう……っ!」

 

 彼女のお礼に周りのトゥワイス達も一斉に騒ぎ立てる。

 

「トガちゃん!」

 

「当たり前だろっ!」

 

「間に合ったぜッ!」

 

「ヒヤヒヤしたぞっ」

 

「君にプレゼントさっ!」

 

「手ぇ出しなっ!」

 

「……っ?」

 

 戸惑うトガちゃんの手を掴んだトゥワイス達に導かれ、目の前のトゥワイスが彼女の手の中へシッカリと握り込ませた。

 

 そこに渡されたのは手の平サイズの、数滴にも満たない小さな血液のボトルだった。

 

「コレ……仁さんの……!?」

 

 手の平に差し出されたボトルを前に、大きく目を見開いたトガちゃんの前でトゥワイスは両手を合わせて頭を下げる。

 

「ゴメンねっ! ホークスがど〜しても離してくれなくってさっ!」

 

「ホークス……!?」

 

 その言葉を聞いて俺が口を挟もうとした直後、彼の大群によって流された先の部屋へ俺とトガちゃんが放り込まれたかと思うと、扉の開けっ放しだった目の前の通路の天井が崩れ落ちた。

 

「うわッ!!?」

 

「あァッ!!!」

 

 瓦礫が重なって何人かのトゥワイスが潰れて泥に戻る。俺とトガちゃんが同時に悲鳴を上げ、砂埃が室内に舞い上がっても気にも留めない彼は、地鳴りと共に上から柱の軋む音だけが聞こえた部屋の天井を指差して話す。

 

「この部屋はシェルターみたいになってるからさ、よっぽどの個性じゃなきゃ壊れないぜ!」

 

 部屋の出入り口は今崩れ落ちた1箇所しかない。誰の襲撃も人の目も気にせず、充分な時間をかけてワープゲートが使える。

 それすらも、彼にはわかっていた。分身していた自分自身を泥に戻して、1人になったトゥワイスが平然と告げる。

 

「決着をつけにいくんだろッ? 少しは俺にも噛ませてくれよッ!」

 

「トゥワイス……お前は……?!」

 

 ひと一倍仲間思いで、ヴィランなんて似つかなかった彼が、俺とトガちゃんを助けてくれた事に疑問を抱き続けるも、彼は何度も言わせるなと言わんばかりの口調で俺に告げた。

 

「言ったろ? 君に懸けたんだって……!」

 

 まるで、希望に満ち溢れた様な声でサムズアップを見せる彼に感情的な声で言い返したのは、トガちゃんだった。

 

「イヤですっッ!!!」

 

「ト、トガちゃん……!?」

 

 彼女は大きく首を横に振って俺の前に歩み出ると、親指を立てていた彼の手を両手で強く握った。

 

「行きましょう仁さんッ! ヤイバくんと一緒なら……仁さんだってきっとっ! きっと……っ!」

 

「………………」

 

 トガちゃんがトゥワイスを引っ張ろうとしたけども、彼は必死になって声を上げる彼女を優しく見下ろしたまま、踏み出そうとしなかった。

 

「仁さん……?」

 

 

 

 

 

 彼女が呼びかけた瞬間、彼のグレーと黒のスーツの表面が茶色く染まり、体と一緒に泥となって崩れ始めた。

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

「は……?」

 

 泥になったという事は……目の前にいるのは本人が2倍にした偽物だ。

 

 じゃあ、本物は?

 

「仁さんっ!!? 仁さんっ!!!!!」

 

 俺の思考する合間もなく、目の前の偽物を察したトガちゃんが迷いなく彼に抱きついた。そんな彼女の肩を掴んだトゥワイスが、ゆっくりとその体が泥に汚れない様にと押し離す。

 

「トガちゃん……俺はもう、ソッチには行けねえ……!」

 

「そんな……ッ! そんなッ!!」

 

 彼女と目を合わせたトゥワイスは、自分の言葉を認めようとしないトガちゃんに、更に諭す様に言葉を紡ぐ。

 

「いいんだトガちゃん……君のおかげで……俺は幸せだった……!」

 

 そのまま力強く彼女を突き飛ばして俺が受け止めた瞬間にはもう、彼の体は四肢から崩れ落ちていた。

 

「ホークス……!」

 

 それと同時に、俺は悟る。

 ホークスはずっと、『二倍』を恐れてトゥワイスをマークしていたハズだ。彼がどうしても離してくれなかった……じゃくて、離せていないんだ。

 

「ヤイバくんっ、トガちゃんを……よろしくっ!!!」

 

「イヤですッ!! 仁さんッ!!!!」

 

 彼女に泣き叫ばれて、何度も名前を呼ばれても、彼は笑顔を絶やさずに俺達を見て元気良く叫んだ。

 

「君ならきっと、彼女が笑って暮らせる世界を作れるさっ!」

 

 その顔のマスクすら、泥となって消えようとも。

 

 

 

 

 

「トゥワイス……! ありがとう……!!!」

 

 

 

 

 

 果たして、その言葉が彼に相応しかったのかはわからなかった。

 

 でも、せめて何か伝えようとした俺の声に対し、トゥワイスは笑っていたんだ。

 

「上から見てるよーっ! お幸せに〜っ!!」

 

 

 

 

 

 あっという間の邂逅で……あっという間の離別だった。

 

 

 

 

 

 俺と彼の邂逅は1分にも満たなかったのに、彼は俺の全てを信頼してトガちゃんを託してくれた。

 

「仁さんっ!!! 仁さぁんッ!!!!」

 

 トガちゃんが俺の腕から離れて駆け寄ろうとするけども、間に合わなかった。

 

 彼は、最期まで笑っていた。

 

 腫れ物の消えた様な爽やかな笑顔を見せても、完全な泥となって消える寸前の瞳に、大粒の涙を浮かべながら。

 

「ぁ……あぁ……っ!」

 

 完全な泥しか残らなくなった床を目の前に、駆け寄ろうとしていたトガちゃんが、そのまま膝をついた。

 

 

 

 

 

「あぁァァァァァァァァァァァァァァァァッッッっッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 彼女の、こんな悲しい声を聞いたのは、初めてだった。

 

 同時に、ずっと彼はマグネやコンプレスと一緒に、彼女を見守り続けていたのを思い知ってしまった。

 

 ただ、それでも……悲しみに耽る彼女に寄り添いながらも、不安の種として残ってしまったのは彼の台詞。

 

「……ホークス……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は……何をしてしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切裂とトガヒミコの居る部屋とは遠く離れた。屋敷の屋内である薄暗い一室。ドアの向こうからは外の灯りが見える、喧騒と爆音がすぐ近くから響き渡る戦線も戦線に位置する場所に、トゥワイスは立っていた。

 そんな彼の背に向かって、赤褐色をした刃の様に鋭い羽と、まるで刀の様に巨大な羽の刃が突きつけられている。

 

「襲撃日時は暗号で遣り取りしました。いやぁ、メチャクチャ大変でしたよ」

 

「………………」

 

 気さくな声の奥に隠しきれていない冷酷な感情を秘めてトゥワイスに語りかけるのは、ヒーローチャートランキングNo.2のホークスだった。

 彼は超常解放戦線に潜入捜査を遂行していたヒーロー側のスパイであり、全ては全面戦争のこの日のために動いており、その中でも1番の脅威であったトゥワイスに目をつけていたのだ。

 

「今回の作戦は、とにかく数が脅威でしたので……二倍の個性を持つ貴方に少しの猶予も与えたくなかった」

 

「………………」

 

 そう語りかけながらホークスは自身の体に付着していた小型発信機を、分離させた羽で弾き落としながら切断して破壊した。地下施設の監視部屋で彼の動向を逐一監視していたスケプティックが、消えてしまった画面を見て歯を噛み締めていた。

 そんな事などつゆ知らず、ホークスは目の前で対峙するトゥワイスへ一歩ずつ、距離を縮めていく。

 

「貴方を常にマークする必要があった。トガヒミコに貴方の血が渡らないようにするのもね。会議前に解放思想のおさらい。自然だったでしょ?」

 

「………………!」

 

 解放戦線を襲撃するのに最も適していた定例会議の日付を捉え、次にホークスは今回の戦争において最も危険度の高いトゥワイスを警戒していたのだ。抵抗すれば命を奪う覚悟のつもりで。

 トガヒミコの名前が彼の口から流れた瞬間、トゥワイスが俯いていた顔を少しだけ動かすも、ホークスは自身の個性である『剛翼』で背中から引き抜いている刀型の羽を彼に構え直す。

 

「抵抗しないでください……貴方はこのまま拘束し、警察に引き渡します。貴方は運が悪かっただけだ……罪を償って、やり直そう。やり直せるように俺も手伝う。あなたは良い人だから……!」

 

「………………」

 

 こうして今も自分に殺意を向けているのにも関わらず、自分の全てを知った様な口をきく彼にトゥワイスはハラワタが煮え繰り返りそうになる。トガヒミコにも目をつけていたというのなら、尚更だった。

 

 

 

 

 

 それでも襲わなかったのは、時間稼ぎ。

 

 

 

 

 

 そして、その我慢が報われる事は確定していた。

 

「………………」

 

 トゥワイスには感じた。『自分自身』が彼女に血液を渡してくれたのが、確かに伝わったのだ。

 

 常に思考も行動もバラバラだった分身。前までこんな事できなかったのに、そんな確信が分身を介して通じていた。

 

 それを感じ取れた彼は、ここからは見る事の叶わない彼女の姿と、結局最後までこの目で見る事のできなかった彼の姿を想像して、ニッコリと微笑んだ。

 

 自分でも信じられないぐらいの、優しい笑顔で。

 

 

 

 

 

(『個性とは可能性』か……トガちゃんの言う通りだったよ……!)

 

 

 

 

 

 そんな想いを胸に、分倍河原は満足した様に目を閉じて頷き、次に目を開いた時にはもう……彼はヴィランとしてのトゥワイスに戻った。

 

「へ、へへ……」

 

「?」

 

 今の自分はホークスよりも冷静でいる自信があった。だからこそ、こうして自分に目をつけていたホークスの裏で、自分なんかよりも遥かに脅威の存在である2人が優々と抜け出そうとしている。そんなあまりにも滑稽な状況に、彼は笑っていた。

 

「……こんなケッタイな方法で俺達を追い詰めやがって……どっちが『ヴィラン』だか……!」

 

「やめろ……」

 

 まるで本意じゃないと言いたげに、ホークスは少しだけ声を震わせる目の前で、トゥワイスは彼の剛翼を恐れずに振り返る。

 彼の感情を感じられない冷たい瞳に対しても、トゥワイスは恐れない。それどころか、あまりにもヒーローらしくない彼の雰囲気に、元からヴィランだったのではないかと更に笑いを誘ってくる。

 

「おめえらは、ヒーローなんかじゃねえ……誰も彼も、あぶれた人間は切り捨てようとしやがる……!」

 

 その声を怒りを込めた彼は恐れを見せず、近くを浮かんでいたホークスの羽をデコピンで弾き、マスク越しに不敵な笑みを見せる。

 

「けどなぁ……へへっ……! おめえらみてえなヤツらにも、変わり者はいたんだな……っ!」

 

「何を言っている? (まさか……内通者の事か!?)」

 

 個性に対しては自分が完全に優位を取れる。ヒーローの襲撃を許したのは紛れもない自分であるハズなのに、余裕の表情を見せてくるトゥワイスにホークスは疑問を抱いた。

 そして、彼の言った変わり者という単語に、雄英高校を脅かしたヒーロー側の『内通者』という存在に、すぐ帰結した。

 

「お前、女とまともに付き合った事ないだろ?! まっ、お互い様だけど……っ!」

 

「何の話だ……それよりも、変わり者とは誰の事だッ!」

 

 ホークスの声が強まっても、トゥワイスは笑い続けるだけだった。公安直属で、スパイ活動をしていたプロヒーローをここまで騙し通した事実に、トゥワイスはトガヒミコの愛した彼の姿に憧憬すら感じていた。

 

 そして、自分の行動を否定せず、ただ感謝だけを告げてくれた事にも。その嬉しさすら、伝わった。

 

「ハッキリ言ってやるぜぇ……お前じゃ、俺達には……いいや、トガちゃんには勝てねえ……ッ!」

 

「ッ!?」

 

 彼の口から出た構成員の紅一点。それはホークスがトゥワイスの次に警戒していた人物の名前だった。

 

「俺を止めたとしても……俺達の希望は動いてやがるっ!」

 

 トゥワイスには、不安も後悔もなかった。

 

 あとは、この場所で目の前の男を足止め続ければ、目標は全て達成するのだから。

 彼女が笑っている世界が、実現するのだから。

 

 発動する『無限増殖』彼の体から泥と共に溢れ出したトゥワイス自身がホークスを飲み込もうとするも、剛翼から分離させた羽で動きを封じ込めながら切り裂いてく必殺技『大雨覆』の速度に抑えつけられる。

 だが、それでもトゥワイスは怯みはしない。泥と自分自身が崩れていく中で、更に分身を増やし続けて彼の意識を自分に集中させ続けた。

 

「俺は、あの子の幸せを守るだけだッ!」

 

 感情のままに叫んだトゥワイスの言葉で、長期間の潜入で旧敵連合の構成員とも面識があったホークスは、剛翼を動かしながらも答えに至った。

 

「トガヒミコか……ッ!!?」

 

 予測はしているつもりだった。彼女にトゥワイスの血が渡る可能性を、ホークスは可能な限り根絶していた。例え、彼女に自分の血を差し出す事になろうとも。

 だが、どれだけ策を凝らそうとも、24時間彼を監視する事は叶わない。

 

「残念だったなッ! 寝る間も一緒だったら防げたかもしんねーけどよッ!」

 

 彼女が裏で動き出されてしまえば、例え目の前の男を止めたとしても戦況は覆されてしまう。そう予測したホークスは背中の翼から更に羽を分離して、彼女を探そうと部屋の外へと飛ばそうとする。

 

「剛翼ッ!!!」

 

 しかし、それが的外れの推測であり、もはや彼女を探し出す事など不可能であると理解していたトゥワイスは、意地悪な意志を込めて動き出す。

 

「させねぇッ!!!」

 

 羽の嵐を突き抜けて飛び出した分身が、刃で手が切れるのも構わずに羽を掴んで潰した。

 その分身はホークスの持つ羽の刀によって切り払われるも、トゥワイスを押さえつける事に全力を注いでいた彼は、ほかのプロヒーロー達が彼女を捕まえるのを願う事しかできない。

 

「クッソッ!?(こちらの動きが読まれていたッ!? だったらなんでバレたッ!!?)」

 

 明らかに焦燥した汗を垂らすホークスを前に、追い詰められているハズのトゥワイスは分身を増やし続けて笑いながら、彼の思考を嘲笑うかの様に声を上げる。

 

「トガちゃんのソワソワしてる様子を見て、俺達はすぐわかったんだぜえッ!」

 

「答えろッ! 何を企んでいるッ!!!」

 

 どれだけホークスが荒々しく叫んでも、彼の耳には響かない。

 公安という感情論を捨てた様な組織に、自分達の考えなど理解できないとトゥワイスは読んでいた。

 

 そして、トガヒミコのために、理屈を差し置いて動き出した者達の事も。

 

 彼は確信していた。

 

 この戦いを越えた次の世界に、この男は立っていない。

 

 トガヒミコが笑って暮らせる世界に立つのは、彼だ。

 

 そんな確信があるからこそ、トゥワイスは戦えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が軽い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めてだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう何も怖くない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの剛翼の羽が分身を切り裂き、その体を掠らせようともトゥワイスは止まらなかった。

 

「お前がトガちゃんの脅威になるなら……」

 

 彼は今、彼女のヒーローとなっていたのだから。

 

「お前だけでも道連れにしてやんよォォッッッ!!!!!!」

 

 勝てぬと理解していた上で彼は自分自身を生み出し続け、本気で剛翼を展開したNo.2へと襲いかかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下の崩落は進んでいた。

 

 来た道すら崩れ落ちるぐらいに衝撃が響き渡り、部屋の壁や天井にまで亀裂が走った。

 

 おそらく、外では『外典』や『リ・デストロ』なと幹部クラスの団員と、エッジショットやセメントス先生などのプロヒーロー達が戦っているのだ。

 

 ほとんどの構成員は外に脱出して、ここも遅かれ早かれ崩れ落ちるだろう。

 

「トガちゃん……」

 

 俺は、しゃがんだまま背を向けている彼女の隣に寄り添った。

 

 目の前には、さっきまでトゥワイスだった泥が床に広がり、もう動く事はない。

 

 役目を終えて消えたのか、それとも……

 

「ヤイバくん……」

 

 本当だったら、そっとしておくべきなのかもしれなかったが、もう時間がない。

 

 それは、彼女もわかっていたのか。俺の名前を小さく呼ぶのだが、顔を合わせようとしてくれない。

 

 どうしたのかと聞く前に、しゃがみ込んだままのトガちゃんが、申し訳なさそうに声を震わせる。

 

「ゴメンなさいヤイバくん…………個性破壊弾……ドコにあるのか……」

 

「………………」

 

 最初は、そんな手筈だった。

 

 それが、彼女の背を押す者達によって、こんなにも都合良く導かれてしまった。

 

 トガちゃんの味方は、最初からいつもそばにいたんだ。

 

 俺は黙ったまま、装具のポーチから取り出した赤と青の2つのケースを彼女の前に見せた。

 

「え……!?」

 

 そのケースが視界に映った瞬間、彼女は小さな声で驚きながら俺と視線を合わせる。涙の痕は、まだ目元から赤く残っていた。

 

 どうして俺が持っているのかと目を疑う彼女に、俺は正直に答える。

 

「コンプレスが、くれた……!」

 

「迫さん……!?」

 

 彼はきっと、俺に会うためにトガちゃんよりも先に個性破壊弾を盗み出したのだろう。

 

 そして、彼はトガちゃんに一切の事を伝えなかった。

 

 マグネと同じ様に……

 

 

 

 

 

 トガちゃんと、トガちゃんを守る者達によって、俺は彼女とここまで来れた。

 

 

 

 

 

 もう、引き返せなかった。

 

「ヤイバくん……!」

 

 それは、トガちゃんも理解したのか。もう一度腕で目元を拭った彼女が、意志の強い瞳で俺を見据えた。

 

 俺は今一度、赤と青のパッケージを開いて中身を確認する。破壊弾は2発、血清は4発分。間違いなく本物だ。

 

「行こう……トガちゃん!」

 

「はいっ……!」

 

 俺の言葉に、彼女は大きく頷いた。

 

 俺がコレを使って何をしようとしているのかは、彼女も察しているハズだ。

 

 だが、止めるハズもない。

 

 

 

 

 

 死柄木を倒すために。

 

 

 

 

 

 彼女がカァイイ笑顔で笑っている、明るくて優しい世界を作るために。

 

 トガちゃんは今から、ヴィランと袂を分かつ。

 

 今度は俺が守り抜く。

 

 その意志を胸に、俺は動き出す。

 

「トガちゃん、お願い……!」

 

「はい……!」

 

 山荘は突撃と同時に非常口を全てプロヒーローが封鎖したから普通に脱出するには外に出なければならないが、トガちゃんならその必要はない。

 

 俺が示した座標を彼女に教えると、ガスマスクの裏に仕込んだチューブから黒霧の血を飲み込み、彼女の体から濃い紫色のガスが吹き出して伸び広がり、たちまち俺達の身長を超える大きさのゲートとなる。

 コレを見るのはUSJ以来で、最初は恐ろしく感じた雰囲気が、今はこれ以上なく頼もしく感じた。

 

「んッ!?」

 

 再び大きな地震が起こり、部屋の照明が明滅を繰り返す。通り抜けた先の状況を確認する暇はなかった。

 

「行ってください、ヤイバくんっ! 私もすぐ通りますっ!」

 

 彼女の言葉を背に受け、俺はトガちゃんの作り出した黒霧のゲートに思い切って飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ……コレ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の光を全身に受けたそこには、建物がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで火山の噴火後の様な砂埃と、地鳴り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、遠くに何千羽、何万羽もの鳥が飛び立っていく青空。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トガちゃんに教えた座標は間違っていない。携帯電話とGPSで何度も確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには病院も街も……何も残っちゃいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『兇刃』

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